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2017年4月

2017年4月27日 (木)

クロアゲハ 菫 牡丹  母のこと

4月23日

17日にも、母が夕方から熱を出したと施設から電話があり、心臓がどきどきしたが、座薬により、次の日には熱が下がったとのことで、またもたすけていただいた。

去年と同じように牡丹を見せに、母を近くのお寺に連れていきたいと思い、おとといぐらいから、母の体調を施設に問い合わせていた。

今朝、副施設長から、「最近は痰がらみが多いのと、夕方に熱を出すので、朝10時前に短い時間なら外出可能」という電話をいただいた。

皆が一番恐れていることは、痰がらみ(おそらく、パーキンソンで喉の筋肉がこわばっていることも原因のひとつ)で窒息することで、私もそれが怖かった。

母本人が、外出したいと私に言っているわけではないので、無理して連れ出しても、私の自己満足のために、危険が増すだけかもしれないと思い、車椅子で連れ出すのを諦めた。

夕方に、去年、母と行った寺に寄ってから、母に会いに行った。

去年と同じ場所に咲く、濃い紫の花で尖った葉のスミレ。私も母も大好きな花。

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お寺の牡丹は黄色い花のほかは満開だった。

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去年も魅せられた珍しい斑の牡丹。
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ふくよかで甘い薄紫の牡丹。

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母は、最近、傾眠と喉のこわばりが強くなってきて、食べられる量が減ってきている。

高齢で、パーキンソンで、もうそんなに長く生きられないことは自然なことで、肉親との別離も、たぶん親との別れの経験が幼少期だったりして、思い出せないような人もいるので、誰にでもあることなのだが、母が死ぬのが怖くて、胸が締め付けられ、身体が震えるような感じがする。

私は親しい人の死に、ものすごく苦しむ。そういうことにすごく弱い。

他人の感じ方を私が把握できるわけではないので、私が特に激しいとはいえないのかもしれないが、大切な人の死を知った時や、お葬式などの場面で、私は泣き過ぎて吐いたり、全身が痛くて、苦しすぎて卒倒しそうになったことが何度かある。

悲しみが強い身体的苦痛になり、全身がおかしくなるのだ。

感情の奔流にのまれやすいのだと思う。母もそういうところがあった。母もすごく涙もろかった。

母に認知症が少しずつ出てきて、介護するようになってから、ある日、母をショートステイに送って行くタクシーの中で、母がふとしゃべった。

「親が決めた結婚相手がいたのよ。近所の真面目な大工の人。その人と一緒に東京に出されたの。でも好きな人ができて飛び出したの。夜、鞄一つ持って、新橋の駅で。」と。

情熱的で激しいところが、私は母に似たのだ。

それにしても、田舎育ちで地味で生真面目な母が、駆け落ちまでして惚れた相手が、一見、ものをよく心得た優男だが、実は異常なほどわがままで、ギャンブル依存で浪費家で、母や私を殴る蹴るしていた父だ。

今になっても、父のようなろくでもない男に母が惚れないでくれていたら、と思うこともしばしばだ。

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東中野から中野まで、線路沿いの道を歩く。去年の立ち枯れの植物が私は好きだ。たくさんのことを思い起こさせてくれる。
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アスファルトの割れ目から、旺盛なタンポポ。
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そしてすごく美しいものが静かにそこにいた。

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クロアゲハ。弱っているのだろう。けれどストローのように伸びた口はしっかりタンポポの花の中に突き刺さっていた。
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ほとんど緑にかわった桜。まだ花びらが舞っていた。

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夕焼けに向かって錆びた線路が伸びていた。子どもの頃、無性に遠くに行きたかった気持ちがよみがえる。

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空地へと続くハルジオンの咲く細い道。なにか未知のものがひそんでいそうな片隅の風景。

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4月22日

西新宿で私の幼少期から母と親しくしてくださっていた遠藤さんの絵手紙の展示を見に、新宿中央公園のギャラリーへ。

遠藤さんの米寿を祝う絵手紙「新宿花の会」のかたたちの作品。

「新宿花の会の頼れるお母さん いくつになっても向上心持ちつづけている貴女のように年を重ねたい」「どなたにも気づかいが半端ではない人」などという言葉が贈られている。

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遠藤さんの日美絵画受賞作品(於国立新美術館)

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遠藤さんは、本当に米寿とは信じられないほどお若くて(実年齢より20歳くらい若く見える)、とても頭の回転が速くて、温かくて、聞き上手で、素晴らしい人だ。少しも押し付けがましくなく、相手の心によりそってくださる。私よりずっとエネルギッシュなかただ。

私の母とはもう会話ができない状態なので、遠藤さんを、もうひとりの心の母のように思っている。ずっとお元気でいてほしい。

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2017年4月20日 (木)

新宿御苑 八重桜 ・ 枝垂れ桜

4月19日

八重桜を見に友人と新宿御苑へ。昨日が28℃にもなったので、一気に開いて散っていた。あと3、4日早く来られればよかったのだけど。

今日は強風で、もったいないくらい桜の花びらが空に舞っていた。

地面を花びらが埋め尽くしていた。空にも、髪にも花びら。松、欅、銀杏、ユリノキ、ハンノキ、風に混じるなまめかしい新緑の匂い。
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2時40分くらいに苑に着いたが、日射しがきつくて、友人は花粉症で頭が痛いと言い、私は紫外線アレルギーで湿疹が出そうだったので、まずは茶屋で冷たいお茶を飲んで休み、どの樹を見に行くかの計画をたてた。

「兼六園菊桜」、「簪桜」、「太白」、「白妙」はうまく樹を見つけることができなかった。次に来る時は、人が多くなる開花の前に来て、樹を確認しようと思う。

関山は、寒さに強いそうで、街中に一番多い八見慣れた濃い桃色の八重桜なのだが、御苑の樹は、地面すれすれまで花の枝が垂れて、とてもきれいだ。

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このつぼみの枝を間近に見たかった。

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葉が緑で淡い紅の花の一葉(いちよう)。
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一葉は、雌しべが葉のように変化して発達し、花の真ん中から一本伸びているから、このような名だが、花によっては一本のもの、二本のものといろいろだ。

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鶯色の花の鬱金。日が経つにつれて紅色を帯びてくる。

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つぼみが紅色で、花は外側の花びらだけが紅を帯び、内側の花弁は白い、すごくシックな普賢象。遅く来過ぎたと思ったが、まだつぼみが残っていて嬉しかった。

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普賢象。
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緑の縞がある珍しい御衣黄。

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大欅の新芽。

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私が大好きな八重桜、福禄寿。
その名のとおり、とてもふくよかにたっぷりと優しく甘い花。

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頬に涙のように花びらがついていた。
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きょうは26度もあり、紫外線が強かった。私は午後4時過ぎくらいの柔らかい光が好きだ。

閉園のアナウンスがあり、新宿門に向う途中、一瞬、眩しい陽が射した。綿のようにもこもこした淡い紅の一葉。

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陽が翳った時の青ざめて見える一葉。

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今年も艶やかな八重桜を見ることができてとても嬉しかった。帰り道、新宿通りの看板が強風で倒れたりして、眼も顔も痛いほどだったので、早々に地下道にはいった。

4月15日

近所のお寺の桜。

左に散りかけの枝垂れ桜。右に八重の普賢象。

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花の真ん中に葉化した蕊が二本、象の牙のようにあるから普賢象。このくらいつぼみが多い時期がすごくきれいでかわいいと思う。

一葉と花は似ているが、普賢象は葉が紅色なので簡単に区別がつく。
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「無常 散る桜 残る桜も 散る桜」 柔らかくて優しい字。この文字の姿は桜の花に寄り添っていて素敵だ。私もよい字が書けるようになりたい。

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4月13日

近所のお寺の桜。浅田真央選手の引退ニュースで、すごくさびしくなるなあ、と言う気持ちで、誰もいないお寺の境内で撮っていた。

左に満開の枝垂れ桜。右に八重の普賢象。

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このお寺の枝垂れ桜は、誰も見に来ないが本当に美しい。
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枝垂れ桜は、エドヒガンの栽培品種で、平安時代にはもうあったらしいが、よくもまあ、こんなに愛らしく華奢でなよやかな桜をつくったものだと思う。

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2017年4月16日 (日)

浅田真央引退  タラソワ  『仮面舞踏会』 『鐘』

4月13日

11日の夜に浅田真央の引退のニュースを聞いて、言葉が出て来なかった。もう少しのあいだは、彼女が闘う姿を見られると思っていたので、すごくショックだった。

彼女の演技のなにに、こんなにも惹きつけられたのか、それを表す言葉が新たに出てくるだろうか、とずっと考えていた。

12日のTVの『引退特別番組 浅田真央26歳の決断~今夜伝えたいこと~』を見た。

浅田真央自身がどれほど重いものを背負って死に物狂いでやってきたかを、近くにいて確かに知っている浅田舞が、直接、真央にむけて言葉を(選びながら、かみしめながら)かける、というシーンに泣けた。

彼女がやってきたことの価値も意味も少しもわからないタレントの頓珍漢なコメントや、大人げない記者の間抜けな質問は不快なだけだ。

タラソワについての思いを聞かせてくれる質問がほしかった。

・・・

私が浅田真央に痺れたのは、彼女が17~18歳で、タチアナ・タラソワに師事した時からだ。タラソワは、無邪気な浅田真央をがらりと変えた。

『仮面舞踏会』。この、なんとも妖しく豪奢な、速い3拍子の、繰り返したたみかけてくる旋律の曲を選んだタラソワのすごさ。

初めての舞踏会に浮き立つ少女、同時に運命の残酷さにまだ気づかない少女。

浅田真央が頬を染めて初々しく輝けば輝くほど、私には毒を盛られたことに気づかず舞踏会の夢で踊る少女、悶絶する最期を前に、死に神と手を取り合って高らかに舞う乙女にも見えてくる。

シャンデリアの煌めく大きな部屋、彼女のまわりにも光る絹やビロードの衣装と仮面をつけて、ざわざわとなにかささやきながら踊りに興じるたくさんの死者が見える。彼らの口元は微笑んでいるが、眼は隠されて見えない。

そのように、めくるめく多重のイメージを自分が演じていることを、この時の浅田真央は、気づいていないように見える。

タラソワはもちろんすべてわかっていて、浅田真央が(類い稀な身体能力を持つ天才で、かつ)無垢で可憐な少女だからこそ、このような暗く濃い色彩の、残酷で華麗な、夢幻劇が展開される曲を、彼女に振り付ける。

タラソワの振り付けは、文学的な意味ではなく、暗喩や象徴の極みとも言える身振りとして、見る者、ひとりひとりの内奥、記憶の深遠に直接訴える。

タラソワの深みの、情念を排除しない、いわば骨がらみの思想を顕在化するにあたって必然の、実際にそれを可能にする能力を持つ極めて稀な身体、その受難(パッション)のしるしを刻まれた人材、

夢見るような顔で難易度の高い振付を実現してくれる浅田真央の天才に、その千載一遇の邂逅に、タラソワはどんなに歓喜しただろうか。

浅田真央は自分が甘美な少女でありながら、死の舞踏を演じていること、自分が見るものをぞくっとさせる魅惑で、人々の眼を見開かせていることに気づかない。

だからこそ、『仮面舞踏会』の浅田真央は、この世のものではない、触れるこのできない美少女として輝く。

この時の綺麗な衣装は黒、紅薔薇色、黒紫、鮮やかなピンクと、4、5着あったように思う。衣装によっても舞踏会の情景や、そのドラマはその都度違って見えた。それほどに想像力を刺激するドラマチックなプログラムだった。

バンクーバーで紅薔薇色の衣装の浅田真央は最高に豪奢な『仮面舞踏会』を舞った。

そしてバンクーバーのクライマックスに、もっとも難しい『鐘』という曲を選んできたタラソワの思い、その感性。なんという良い曲を、タラソワは浅田真央という主役の、最高の舞台に選んだのだろう。

浅田真央でない凡庸な選手が『鐘』を演じたら、この曲の重厚さに押し潰されてしまい、ただの暗鬱でもったりした退屈なものになってしまう。

自分で自分の頬を叩いて怒りの形相をする真央のなんという斬新さ。

この凄まじい闘争、怒り、忍耐といったものを、ある濃い色彩や幅のある喚起力を伴う強烈に印象的な動作、変幻する鮮明な絵として具現化するタラソワの真骨頂。

この『鐘』の映像を見ながら、「この時が一番強い気持ちだった。毎日怒ってたもん、リンクで。」「負けたくないという気持ちが・・・鬼みたいだった」と浅田真央自身が言っていた。

それほどこの曲は浅田真央を最大限に生かし、鬼に、魔物に変容させた。

タラソワと浅田真央の『鐘』は、真にスリリングな生存の闘争のドラマであり、陰影の濃い叙事詩であり象徴詩だ。

タラソワの底知れぬ深みと卓越した感覚から生まれてくる詩が、浅田真央という素の天才の身体によって、現実に顕わされてくる瞬間、瞬間、その奇跡に、私は完全に魅入られてしまったのだと思う。

浅田真央の身体は、理論や言葉ではなく、身体の感受性として、直接的に、非常に高度で難解なタラソワの振り付けの核心を受容し、理解してしまう。

浅田真央の身体の感受性のなににも染まっていない素直さ、柔軟さ、同時に頑迷とも言えるほどのひたむきさ、激しく一途で、困難に耐え、あえてリスクに挑む勇気、最高の難易度のことをやり遂げようとする向上心、その不屈の精神が、この『鐘』を体現した。

バンクーバーでは、エキシビションもタラソワが浅田真央のために最高に華やかな「カプリース」を用意していた。

どんな点数が出ようと、この大会で、浅田真央は明らかに主役であり、すべてにおいて、二度とあり得ないほど突出していた。

・・

タラソワが浅田真央に選んだ素晴らしい曲のひとつ『シュニトケのタンゴ』もまたよかった。

もの哀しいようで情熱的、格調高いステップ。

シュニトケは、前衛的な表現のためにソ連当局から弾圧された作曲家だ。私は詳しいことは知らないが、タラソワの亡くなったご主人(ピアニスト)に捧げた曲もいくつかあるらしい。

タラソワが浅田真央にシュニトケを演じさせることに深い思いがあったことは、おそらく間違いない。

「ロマノフ王朝の最期」(原題は「苦悶」)。この映画もまた破滅、最期がテーマだ。

このタンゴが使われている「愚者との生活」のヴィクトル・イェロフェーフェフ台本の歌劇のCDは実に興味深かった。

倒錯と狂気、ソ連当局を痛烈に批判する風刺に溢れながら、極めて詩的だ。

・・

タラソワがほかの選手に振り付けたプログラムにはどんなものがあるのか、少し調べていて、偶然、タラソワのアニバーサリーのショーの動画を見た。

名だたる選手がたくさん出演していたが、浅田真央の『鐘』や『仮面舞踏会』『ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番』ほどにすごいものは、ほかにないと感じた。

タラソワと浅田真央の出逢いが生みだした奇跡は、女子フィギュアの最高傑作だと思う。

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2017年4月10日 (月)

多摩川 新緑、セイヨウカラシナ、枯れ蔓、タンポポ 

4月8日

朝、雨の音がしていた。昼過ぎ、薄暗い曇り空。

きょうは花見のピークなようだ。匂いや音や空気がかき消されてしまうので、宴会をする人たちの横で花を見る気にならない。

友人と春の匂いをかぎに、少しだけ遠出して多摩川へ。

河原に行く道の途中で素晴らしい甘い香りを放っていた白い花。花びらが4枚の十字型でかたちも匂いもセンニンソウにそっくりだが、花も葉も大きい。葉は細長くてテッセンに似ている。

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ここ数日雨模様だったが、多摩川は大部分干上がっていて、かつて大水の時に樹の枝にひっかかって残った泥からセイヨウカラシナが伸び、黄色い花を咲かせていた。

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雲雀の声を聴く。草が生えていて鳥の声と川の音だけのだだっぴろい場所を歩くと、すごく気持ちがいい。

きょうはアオサギやダイサギが見えなかった。

健気にも石の下からのびて咲いていたかわいいヴィオラを発見。一輪だけ咲いているこの花の種子はどうやって運ばれてきたのだろう。
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木々の新芽の早緑がきれいだった。水辺に誰かが忘れた水色のボールがあった。

白茶けた石の上にとまって遊ぶ銀色のセキレイを見ていた。

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河原に咲いている黄色い花は、ほとんどがセイヨウカラシナのようだった。セイヨウカラシナは花が小さくてまばらで、茎は細くて固く、つるつるしていて紫色。

たまに、ほんの一株、二株、セイヨウナノハナが混じって生えていた。

セイヨウナノハナは花がひとまわり大きく、菜の花(アブラナ)のようにかたまってついている。茎が緑で、葉の縁がぎざぎざしていない。なによりカラシナよりアブラナのほうが、花の香りが華やかに匂う。

これはセイヨウアブラナ。本当に、こんなに素晴らしい香りだったろうか、と感激するような春の匂い。

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これはセイヨウカラシナ。
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これもセイヨウカラシナ。緑色のコートに黄色い花粉がいっぱいついた。私自身が動物媒になっているのだな、と思う。
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土手には、以前、沢渡朔さんに撮っていただいた時にもあった蔓。葛だろうか?絡まり方の偶然の造形の面白さにしばし夢中になる。

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駅に帰る道を間違えて遠回りしたら、お寺の横の空き地に一面にたんぽぽが咲いているのに出会った。
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子どもの頃、友達の家の裏の、2m四方ほどの小さな空き地にびっしりたんぽぽが咲いていて、穂綿を飛ばして遊んだ。「種が耳に入ると耳が聞こえなくなるよ。」と友達が言った。

日当たりがよいせいかクサフジの群生も、早くも満開。

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夕方5時の鐘を聞いた。陽が落ちてしぼみかけたたんぽぽたち。ぺんぺん草(ナズナ)も真っ盛り。

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もっと輝く天候と時間に撮りたい。きょうは光が足りないけれど、それでも浮遊感のあるプーステブルーメ。
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春紫苑は、まだ咲いているのが少なかった。今度は春紫苑の群れの中から、際だってきれいなピンクがかったのを見つけよう。

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2017年4月 6日 (木)

巨大輪椿 桜

4月6日

紫外線アレルギーが心配だが、昼の日射しのうちに自転車を飛ばして川の方へ行ってみた。

ハナニラ満開。そのあいだにカラスノエンドウ。

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かつて阿佐ヶ谷住宅だったところを通ると、やはり胸が痛む。

あのうっそうとした植物群落、朽ちた木のベンチ、シロツメクサとネジバナが敷き詰められた静かな空間、真っ白な花が咲く大好きだったスモモの樹、金色のミモザの樹はもうない。

かつてハートマークの中に吊り上った目の顔の落書きの塀があったところから、川にはいる。

きょうはソメイヨシノ満開。毎年来ている「あいおい橋」。ここは変わらない。
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左岸の白いのはこれから咲く山桜。
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古い木枠の窓があった工場はもうない。

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鳥の声が騒いでいた。

今日は風が強く、高い枝の葉がざざざざ・・・と大きな音をたてていた。どの樹が鳴っているのだろうと見上げると、一番大きな音を出しているのはクスノキだった。

暗渠の上の蛇道のわきの畑も、煤けた美しい鏡をもらったゴミ焼き場も、もうない。

釣り堀武蔵野園は健在。

瓢箪池は、きょうはカワセミを撮りにカメラを構えている人が10人くらいいた。

瓢箪池のほとりには「猫たちが縁の下に向かって唸ってると思ったらね、狸がいたのよ。」と言っていたAさんのお宅。お元気でいらっしゃるだろうか。

葡萄棚のある家の近く、ちゃびを拾ったユキヤナギの茂みだったあたりは駐車場になっている。

「僕がいなくなっても世界はなくならない」とペンキで書き殴られていた落書きの塀ももうない。

2時くらいに陽が翳った。私は薄曇りの空のほうが気持ちがとても落ち着く。

お寺の裏の細い道。廃屋らしい家の椿の花びらが道をうめていた。

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4月3日

春が来た。ここ一週間、朝のちゃびの声が高く、大きくなってきた。

「あん、あん、うにゃ~~ん」と私の顔と首のあたりを何度もほじる。

近所の杏の花は枯れてしまった。真っ白なハナニラ、ユキヤナギ、モクレンが満開。春紫苑のつぼみもふっくらしてきた。

夕方4時半。カメラを2台持って川のほうへ。

川へ行く道にあるお宅の、毎年、巨大な花を咲かせる椿を撮影していたら、高い塀の中から「花、好き?今、切ってあげるわ。」と奥様の声。

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「もったいないから写真だけでいいですよ。」と言うと「いいのよ。どうせ枯れちゃうんだから。」と。
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「ありがとうございます!!」

赤と少し淡い赤と白の巨大輪椿(花の直径15~16cmもある!)をいただいてしまった。「花が終わったら、土に挿しておけば根が出るのよ。」と言われた。

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椿の花を傷つけないように気をつけながら、川べりへ自転車を飛ばす。

ソメイヨシノは、もうずいぶん咲いていた。

桜に関しての私の好みは、固いつぼみとほころびかけたつぼみと開いた花が同時にある枝。

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私は直線的な枝ではなく、下のように枝が柔らかくたわんだのが好きだ。

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枝の間からのぞく夕陽が蜜柑色できれいだった。このあと30分くらいで雨がぽつぽつ来て、雷雨になるとは思えなかった。

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木々の線と川の線。花の開花前の人のいない風景。

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きょうは普段使いのミラーレス一眼だけでなく、大きなデジタル一眼にマクロレンズをつけたのも持ってきたのでアオサギのアップ!

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魚はいるのだろうか。
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桜並木の下にアオサギがいる静かな風景。

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「アオサギがいるわ!」と通りすがりのご婦人に話しかけられた。「水の中の魚を見てるだけで、なかなか動かないのよね。羽を伸ばすとすごく大きいんだけどねえ。」と。

70歳代くらいのかただ。

グレーの帽子につけてらしたアールヌーボー調のパンジーのブローチが素敵だったので、「そのパンジー、とても素敵ですね。」と言うと「昔、働いていたところの社長がドイツのお土産に、みんなに買ってきてくれたの。」と。

「昔ね、社交ダンスやってたの。だから外反母趾がひどいんだけど、今も開脚でぺったりくっつくのよ。」と言われて、柵の上に片足をのせて見せてくれた。

180度開脚でぺったりとは羨ましい。最近、私は右肩の怪我に悩まされてから、柔軟ストレッチを真面目にやっている。前屈と後屈は、意外にも整骨院の患者の中ではトップクラスに柔らかいとほめられているのだが、どうせなら開脚にも挑戦していこうと思った。

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2017年4月 3日 (月)

世界フィギュア2017 FP 宇野昌磨ほか

4月1日

世界フィギュアFP。

本郷理華選手、身体的、精神的苛酷さに耐えてよくやりきったと思う。どんどん美しくなってきた。

綺麗な目に涙をいっぱいためて、いじらしすぎる。

若いふたりのがんばりにも瞠目した。

ポゴリラヤ、まさかの事故?というようなミス。思わず氷に頭をつけてうなだれる歎きの動作も劇的に美しく、彼女の表現になっている。

どうしようもなく「本物」を感じさせる身体表現、人並みはずれた力を受け止め解き放つ身体を持っていながら、ジャンプで失敗してしまう選手を、心から愛おしく、応援せずにはいられない。

点数がどうでも、私はあなたの美しさをずっと覚えていますよ、と言いたい。

・・・

宇野昌磨FP「ブエノスアイレス午前零時 ロコへのバラード」。

ここ一番の大舞台で最高の演技。今回はSP、FPそろえてやりきった。

本当に、よくこんな曲を、と思う素晴らしい選曲。この選曲がよくないと言う人がいることが信じられない。

浅田真央の「鐘」の時にも、選曲が悪い、暗いとか言っていた人たちがいて、うわ、クソアホラシイと思ったが。

耳に心地よいとばかりは言えない平凡ではない楽曲、彼の年齢では踊りこなすことができないと思われるような難しい曲を、若い彼が、尋常ではない感性と、さらされつつだれにも見えない秘匿された身体によって踊りこなしてしまうこと、この奇跡にこそ、醍醐味があるのに。

都会の午前零時。時計の針は乾いた音を刻む。喧騒は遠ざかり、空気がしんと冷えてきて、冷たく固い街路に、ひとつひとつの物音がもの哀しく金属的にく響く時刻。

真夜中、零時から始まる熱いドラマの開幕。

どこにもない失われた時のドラマ、25時の夢幻劇だ。

時の流れは残酷だけれど、人の匂いにひきつけられ、酒を飲み、その時々の熱を交わし、叶えられない夢、喪失されてしまった大切なもの、愛した人の思い出・・・

そしてキーン!という音とともに時空は劇的に破壊され、

私だけのロコ、ロコ、ロコ、・・・それは目の前にいる愛くてたまらない恋人、いかれたあなた・・・

頭にはメロンをかぶり、素肌にシャツの模様を書き、

あるいは、とても辛い片思いの恋人、まだ見ぬあなた、空想のなかの愛しいあなた、

ピアンタオ、ピアンタオ、ピアンタオ(crasy、)・・・

さあ、私を愛して!おいで、一緒に飛ぼう、おいで!!

アッハハハハハ・・・

孤独で、淋しくて、ぎりぎりに追いつめられて、甘くて、苦くて、自嘲しながらも、それでも思い切り自由に、一度きりの人生を生き抜く強い生命の讃歌。

最初から最後まで、権力の側にいるのではない、つましい人たちの、それでも必死に生き、人生を楽しむ夜の讃歌。魂が自由に飛ぶ真っ暗な夜の。素晴らしい楽曲。

宇野昌磨は、大人のはみ出し者の歌を、つまり他者の歌を、表面的ではなく、その深みから、危機と隣り合わせのバランスで、情感ともども救出した。

彼にしかできない奇跡。

FPで宇野のPCSが4番目というのがわからない。特に曲の解釈が4番目というのが納得できない。

(SPでもPCS・・・SS(スケート技術)、TR(要素のつなぎ)、PE(動作/身のこなし)、CH(振り付け/構成)、IN(曲の解釈)すべてがフェルナンデスより下なのには、今さら驚くようなことでもないが、あらためてうんざりしていた。FPの評価ではさらにげんなり。)

私としては、オリンピックでも、どうか世界中で彼だけが演じきれるような、個性的に際立った選曲でありますようにと願わざるをえない。

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