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2017年6月 4日 (日)

苦しい夢 / 次の本の構成

最近、朝、動悸のせいで連続して苦しい夢を見たが、夕方には正常に戻る。集中力はまあまあ。次の本の構成(特に絵の順番)を完璧にやり遂げたいことだけがプレッシャーだ。折り(16ページ)に順番を合せるのがひどく難しい。

他人にはほとんど理解されないようなところで張りつめて、綱渡りで生きているが、優しい人にも会えている。

6月3日(土)

やはり朝、悪夢を見た。

海で大きな珍しい貝殻をたくさん拾っている(これもよく見る夢)。巻貝や二枚貝の形状や色鮮やかな柄が、細部まですごく鮮明に見えて、私は夢中で水際で採集している。

にわかに空がほとんど漆黒と言っていいほど真っ暗になって、大雨が来る。慌てて屋根のあるところに走り、貝を砂浜において来てしまって、残念で切ない。

そのあと、怒って怒鳴りながら私を追いかけてくる女性から逃げて電車に乗ろうとするが、操車場のような工事現場に迷い込み、巨大なクレーンや鉄材や、掘り起こされて何もない不気味な泥の中を必死で逃げる。危険な機材の間を縫って全速力で走るのがすごく怖くて苦しい。

急に2本の電車が前と後ろから同時に轟音をたてて迫ってくる。その電車に轢かれないように、電車が交差する瞬間に、間一髪のように、なんとか必死で身をよけて、走って逃げる。

先のほうに江ノ電のような小さな駅が見え、電車に飛び乗る。追ってきた人は電車に乗れていなかったらいいのにと願うが、はたして彼女は乗ってきている。

中は寝台車で,、通路の両側に扉があり上下に寝台がある(アガサ・クリスティの映像の記憶)。なんとか空いている寝台を見つけて隠れ、ドアを閉めて息をひそめているのに、壁とドアの隙間が経年劣化して少しあいていたために、(なぜか天井に近い高い位置から覗かれて)見つかってしまう。

また私は必死で走り出してトイレの窓から外へ逃げるが、まだ追ってくる。どこまで走っても追ってくる。あまりに逃走が長い。苦しすぎて息が切れて心臓がばくばくする。

さらにその女性が二人の仲間のような人と私を追いつめてくる。なんでもその女性は詐欺で大金を手にして、分け前をその二人の女性にあげたようだ。二人の女性は完全な手下になっている。

その詐欺の責任を負って謝れ、というようなことを言われ、私は「謝る気はない。私とは関係ない。」とその女性に言うのだが、これからいったいどうなってしまうのか怖くてたまらない。という夢。

・・・

5時に母に会いに行く。

そのあと、外は北風が強く、寒いくらいだった。

東中野の高台から早稲田通りのほうまで歩き、落合から中野へ。夕陽が灰色の雲を照らして、劇的な色の対比をつくっていた。

東中野から中野は、奇妙な(やる気がないような)リサイクル屋さんが多い。

紫陽花の色が濃くなってきていた。ホタルブクロ(カンパニューラ・プンクタータ)の釣鐘の中をのぞいて斑点を確認した。タチアオイのガラス質の紅、赤紫。くすんだピンクの小さな蔓薔薇。

早稲田通りで古い蔵がお店になっている不思議な酒屋さんを発見。ベルギーのハチミツ入りビールやストロベリーチョコレートのビールなど、珍しいお酒を売っていた。タモリ倶楽部でも訪問されたらしく、記事が貼ってあった。

6月2日(金)

やはり朝方、苦しい夢を見た。

懐かしい幼なじみのユキちゃんの家に、何人かの仲間(?)と訪問に来ているらしい。会食のための買い物で、チーズとサラダの材料などを吟味しながら買いそろえている。いつのまにかここは、ある教授がつくった、ブリュージュにある日本人村、と店の人に言われる(ブリュージュには行ったことがないのでなぜ出てくるのかわからない)。

そのあと、みんなが先に帰ってしまい、私は何十年も行っていないユキちゃんの家に戻ることができない。まったく知らない土地で道に迷い、どうしたらいいのかわからなくてすごく不安になる。

いろんな人に道をたずね、なんとか近くまで行くのだが、どうしてもその家にたどり着くことができない。細い路地の奥の、白い玄関の家だとわかっていても、まるで化野のようにそこにたどり着けない。という夢。

・・・

以前、母のケアマネをしてくださっていてたいへんお世話になったMさんからデートのお誘い。お茶に誘っていただいたが、私はお酒を希望した。

・・・

整骨院に行ったら、またチーフが担当してくれた。

「私の担当、私が言ったせいで、ずっとOさんになったの?なんか気まずくて胸がざわざわして、来づらいんだけど・・・」と言ったら、最初「偶然です。」と彼は言ったが、

「嘘。だって私が来たときにカーテンから出てきたでしょ。私の時間に合わせてたんでしょ。私、そういうのすぐに気づくのよ。」と言ったら、「体調を崩したのが心配だったんで、この一週間は僕がやるって言ったんです。」と言われた。

「上からそう言われたの?それとも皆がそうしてほしいって言ったの?」と言ったら

「上からも皆からもなにも言われてません。僕がそうするって言ったんです。」と言われたので、少しほっとした。

・・・

新しい本の図版の順番のページ合わせを、深夜2時過ぎまで考えていた。

なにがたいへんかというと、時系列で並ぶ絵の一連の塊と、本の16ページ(あるいは8ページ)単位の「折り」を合わせるのが難しいのだ。

カラーページをどこにはさむかを、折りに合わせ、しかも時系列の流れに合わせることがほぼ不可能なのだ。

頭と感覚を最大限使おうとして疲れる。

6月1日(木)

朝方、苦しい悪夢を見た。朝だけは動悸が強くなるからだろう。

美大生たちの前でかばんを落として、中の絵の具や筆など、もろもろの道具や描きかけの絵を道いっぱいにばらまいてしまう。そういうものひとつひとつを他人に見られるのが酷く恥ずかしくて屈辱的な感じがする。なかなか収集がつかなくて、ひとりでいつまでもあたふたと拾っている。

そのあと、大きな建物の中に閉じ込められて、外に出ようと扉を開けると、そこは横幅1.5m、奥行き60cmくらい(灯りがなく)暗く狭く四角い場所で、すぐ目の前にまた扉がある酷く逼塞した空間。

扉はノブつきの金属のドアだったり、観音開きだったり、横開きだったり、それぞれ形状は違うが、扉を開けてもそこにはまた扉、という状態は繰り返される。やっと扉を開けて出た場所は、また扉を開けて次の空間に出られるほどのスペースしかない。

私は何度でも扉を開ける。扉が重くて、肩が痛くて、狭くて暗くて何もない空間の圧迫感と、永遠に続く恐怖に、もう耐えられないと思うのだが、必死で扉を開けて前に進み続けるしかない。という夢。

この手の、どんなに努力しても建物から外に出られない夢は、精神的に苦しい時によく見る。

・・・

肩と背中の緊張が酷かったので、午後2時すぎにほぐし系のマッサージ屋さんに行った。

店長のOさんにいつもお願いしているのだが、Oさんは6月は土日しか来られないそうで、Oさんにメールで土日のどちらかの3時か4時くらいからもしできれば予約を、とお願いした。

2時過ぎに担当していただいたのはMさん(女性)。彼女は田舎の自然の中で、浪曲師のお父さんと三味線師のお母さんに自由に育てられたので、緊張やストレスがないそうだ。Mさんはすごくおっとりしている。うらやましい限り。

マッサージが終わってから、Oさんの予約を確認していただいたら。土日とももう3時半の分がうまっていて、Mさんに「土日は混むんですよ~」と言われた。

それでは4時半から、と予約して帰宅したが、名前が記入してなかったけど、土日の3時半から埋まってたのは、もしかしたら私の?と思い、Oさんにメールしたらやはり私のために押さえていてくださったのだった。

Oさん、Mさん、私の身体をたすけてくれている人たちに感謝。

Mさんの息子さんはふたりとも音楽をやっている。帰宅してyoutubeを見たら、けっこう知られたバンドのようだ。

・・・

今日から6月だ。もう春ではなく、初夏だ。

カルメン・マキ&OZの「六月の詩」を聴きつつ、『スプリット―存在をめぐるまなざし 歌手と武術化と精神科医の出会い)を読む。カルメン・マキと甲野善紀と名越康文の、今から20年位前の鼎談の本だ。

1974年くらいのOZの時のカルメン・マキが美しすぎて、かっこよすぎて、彼女の生い立ちや、どんなことを話すのか知りたかったのでこの本を図書館で借りた。

内容は難しくなくて一気に読める。ちょっと「存在」とか「リアリティ」とかの言葉の解釈がゆるすぎて、「え?こんなおしゃべりで本になるの?」と思った。今よりも出版界がゆるかった時代なのかもしれない。私にとってはマキだけのインタビューのほうがよかった。

・・・

夕方5時半。白い綿シャツとセルリアンブルーのベロアのパンツに、素足にサンダルを引っかけて外を歩いたら、風が涼やかでとても気持ちがよかった。青い空気の中を歩いていた。

スーパーに血圧計があったので計ってみたら上113、下63、脈拍78だった。私は落ち着いているな、だいじょうぶだな、と思った。

5月31日(水)

やはり朝、苦しい夢を見た。

昔、同僚だったYさんに明日から1か月間、海外旅行に行くと言われ、「仕事、たったひとりでいったいどうしたらいいの?」とすごく不安になるが、そんなことはひとことも言えない夢。

Yさんは旅行の準備で楽しそうにはしゃいでいる。なぜか大きなぬいぐるみまで持って行くのだと言う。私はそれを見ながら心細さとさびしさでいっぱいになっていた。という夢。

・・・

手続きをしてあったのに、手違いで荷物が別のところに届いた件で、きのう電話した城南信用金庫さんの副支店長Tさんから、昼1時に電話をいただいた。

丁重過ぎて、すみません、とこちらが謝りたくなるような知的で親切な大人の対応。3日前に私が電話した時に出た若い職員の対応が間違っていた、と簡潔に2つの要点を言明して謝罪された。

「原発反対してらっしゃるので、応援させていただいてます。これからもがんばってください。」と言うと「わたくしTと申します。いらした時はどうぞお声をかけて顔を見てやってください。」と言われた。

・・・

頸と肩の緊張が酷いのでSクリニックで神経ブロック注射を受ける。頸の前の筋肉ががちがちなので、針が刺さる時にびりびりっと痺れて痛い。

「ちょっと緊張する事件があって、・・・過緊張は酷いんですけど、・・・私の本、また、ちょこっとだけ売れたんですよ。」と院長先生に言ったら、

「すごいじゃん!すごいじゃん!その、本が売れることと酷く緊張することは、まったく同じことなのよ!ここまで緊張して根詰める性格だからこそできるのよ!。楽にいい大学はいって、楽に仕事してうまくやろうなんて考えてるやつはろくなことになんないんだから。」と言われた。

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