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2018年3月 6日 (火)

平昌オリンピック ザキトワ メドベージェワ ほか

3月4日

だいぶ前に終わった平昌オリンピックについて個人的な感想とメモ。

スピードスケート女子が輝いていた。高木姉妹の、最大のライバルであり、かつ以心伝心の最高に信頼できるチームメイトでもある関係性が素晴らしかった。

小平奈緒の落ち着き。結城匡啓コーチが13年かけてカーボン素材のスケート靴を開発し続けてきたという話に感銘を受けた。

平野歩夢。彼には非常にエレガンスを感じた。

飛んでいる時の「表現」はもちろんだが、内向的なしゃべりかた。普段から24時間、自分のやるべきことについてよく考えている人だと思った。

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フィギュア。

アダム・リッポンがやっとオリンピックに出られて、彼の喜ぶ顔を見ることができて嬉しかった。彼は生き方、発言、すべて含めて本物の表現力を持った人。

SPは明るく遊び心も見せて色気たっぷりに、FPは生命のひたむきさをリアル、かつ幻想的に。FPの首をくっと曲げる鳥の仕草。野生の鳥の本能と洗練されたダンスの両方。

長洲未来は団体戦でトリプルアクセル成功。

彼女も表現がとても洗練された。名前を呼びあげられて手をふり、おじぎをする時の仕草が完璧に美しく演じられているのに感心した。

ネイサン・チェン。SPを失敗した原因は本人にしかわからないが、自国の利権の思惑のプレッシャーに潰されたのだとしたら皮肉だ。FPでの盛り上がりは素晴らしかった。

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田中刑事の表現が全日本の時よりはるかによくなっていると感じた。

たとえば肘の使い方だけでも、すごく柔らかく豊かになっていた。高橋大輔にみっちり教わったのだろうか。

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ザキトワのエキシ。「火のプリステス(女神官)」。

これは面白い。このエキシを自分で考えたのなら、彼女はきっとすごい才能があるに違いない。

非常にプリミティブな、生命の根源的なもの。アニミズム。資本主義にも、近代以前の私有制にもにからめとられない、まだいきいきとなまめかしかった初原の身体。

オリンピックという世紀の経済イベント、この歴史の終わりに資本主義の欲望が化け物のように膨れ上がった祭典で、金メダルを(図らずも)勝ち獲ったザキトワが、経済イベントとは対極の、はるか歴史のあけぼのの、人間とも動物ともつかない生命のおののきを表現するとは。

その動物は火におののき、火をあがめ、火と交感していた。

彼女は決してセクシーな女性を演じたかったわけではない。

彼女は「火のプリステス(女神官)というものを考えています。これ以上は言えません。」と答えた。

彼女自身、巨大な組織や、大人の思惑に巻き込まれていくなかで、なにものにも縛り付けられない生身の身体や生命、その発露のようなものを大切にしたいと願い、その自分の核にあるものを安い言葉でマスコミに汚されたくなかったのではないか。

ザキトワ自身が、なぜこのようなものを演じているのか明確に意識できていないのかもしれない。彼女の即物的な直観から生まれているようで興味深い。

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メドベージェワとザキトワの頂上決戦。

私の感覚ではショートはザキトワ、フリーはメドベージェワのほうがよかった。

メドベージェワはマイムの芝居が得意すぎて、それがかちすぎてしまうために、彼女自身のやむにやまれぬもの、内発的なものが見えにくい。

それによって、プログラム全体が芝居がかって見え、身体的、感情的なリアリティを共有しにくくなるきらいがある。

ザキトワは驚異の身体能力を無造作に見せる。ことさらに感情表現をしているわけではないが、雑味も含めてはつらつとした身体運動そのものの魅力がある。

フリーでは、初めてメドベージェワのなかの何かが破れてあふれ出すようなものが見えた。

アンナカレーニナの不安に追いつめられていく神経、そして破滅する人生に、メドベージェワ自身が否応なく呼応し、そこからどんなに逃れたくても乗り移らざるをえなくて苦悶してしているようだった。

極上の夢と、熱狂と、破滅にむかう恐怖、そして自分が鉄道に飛び込む幻を見てメドベージェワは泣き出したのかのように見えた。

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