« 2019年4月 | トップページ | 2019年6月 »

2019年5月

2019年5月30日 (木)

チョビ、眼瞼内反、毛玉を切る、Hさんと会う

5月29日(水)

きのうよりいちだんとチョビの目やにが酷く、目の周りが真っ赤になっていて「瞬膜」も被っていたので、重篤な細菌感染の炎症かと焦って、また病院へ連れて行った。

「毛が伸びるのが速いね。酷い内反。」と言われ、また目の下の毛を抜かれる。

目が膿んで潰れてしまったらどうしよう、と焦ったのだが、眼球が膿むことはないという。炎症による失明を悩むほどではないらしいが、赤くなった目の周りはとても痛々しい。

12日の手術の前に、週に一度は目の周りの毛を抜いたほうがいいとのこと。

チョビは135gで地面に落ちていて、母親のおっぱいの味もちゃんと味わえないまま、うちの子になった。哺乳瓶からまともにミルクも吸えず、真菌で身体中の毛が赤剥けになって、病院でも「ちょっと目を離したすきに死んでいてもおかしくない」と言われていたような子だ。

Chyobi2

2018年9月10日のチョビ。

Chyobi1

体重が少なすぎるために抗生物質も飲ませることができず、抗菌シャンプーで真菌を落とし、ドライヤーをしたらぷるぷるして心臓が止まってしまいそうだったちっちゃな赤ちゃん。

小さい時から苦労したせいか、3匹のなかでもっとも我慢強く、ドライヤーや掃除機の音も怖がらない穏やかで優しい子。

そんなチョビが愛おしくてたまらない。

なにがあっても、守ってあげるからね。

5月25日

長毛の子と暮らしたことがなかったので、毛玉がこんなに固い石のようになるとは想像もできなかったが、調べると猫にとってかなりのストレスで、皮膚炎の原因にもなるらしいので早く対処したほうがいいようだ。

百均で売っている先の丸いちっちゃな鋏(鼻毛切り?)が猫の毛玉を切るのに使える、という情報があったのでさっそく挑戦してみる。

私の膝の上に乗って来て、うっとりゴロゴロ眠そうにしている時、バンザイさせるようにして、プフの脇下の固い毛玉を確かめながら、鋏の刃を皮膚と平行にして3mmくらいカット。

それをくり返し、毛玉の半径くらいまで切り進んだら、そっとサキイカを裂くように縦に毛をほぐしながら、さらに少しずつ切っていく。

大きな毛玉石の癒着していた部分の毛をすれすれまできれいにカットすることに成功。

下の皮膚は少し痒くなっていたようで、固い瘤が無くなって、とても気持ちよさそうにうっとりゴロゴロ。

同じようにチョビの脇の下の毛玉石もカット。

5月24日

きょうから急に気温が上がり、夏日になる。

Hさん(スケッチを趣味にしている人)と初対面。

午後3時からHさんとお会いするのに合わせて友人に自宅に来てもらい、私が留守のあいだ、3匹を見ていてもらうようにお願いした。まだ1歳にならない3匹を数時間もほっておけないので。

5月22日のチョビ。左眼が目やにでしみになっている。

Sdsc09753-3

5月20日

チョビの目やにがまた酷くなっていたので、きょう、また病院に連れて行ったら、6月12日に眼瞼内反の手術をすることになった。

チョビの左目にやたら目やにが多くなってきたのは4月の後半。動物病院で最初クラミジアと言われ、抗生物質を8日間飲ませたが治らないので、また連れて行ったら、逆まつげと言われ、目の周りの毛を抜いてもらった。

帰宅してからネットで猫の逆まつげを調べ、眼瞼内反の手術について知りショックを受けた。なんとか自然に治らないかと祈っていたのだが。とにかく手術するしかないようだ。

チョビはまだ9カ月だ。全身麻酔で身体に負担をかけるのが心配。

快作先生が「(目のかたちが)少し変になるかもしれないけど」と言ったのも心配。

とりあえずさらに目の周りの毛を少し抜いてもらった。

チョビとプフの脇下のあたりの毛が、気がついたら石のような塊になって癒着していたことについても相談。私が鋏で切っていいか尋ねたら、「うまくやらないと皮膚まで切ってしまうかもしれない。トリマーに頼むと1万円くらいでやってもらえる」と言われて困惑。

 

|

2019年5月27日 (月)

ワイエス展 Andrew Wyeth / モロー展 Gustave Moreau

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/japanese-style-paintings-1-膠絵/

5月16日

PCが修理から戻って来た(早い)。今回はスイッチボードを交換したそうだ。

1度めの修理は液晶画面。2度めはメインボード。3度めはスイッチボード。ほとんど全部交換されている。

・・・

午後から「アンドリュー・ワイエス展」(四谷3丁目の愛住館)へ。

私が展覧会を見に行くことは、もうほとんどないが、オルソン・ハウス・シリーズのデッサン(スケッチ)、習作を見るため。

私がワイエスを最初に好きになったのは中学生の時。見学に行った小さな美術研究所の階段の壁に貼ってあったポスター。いきなり強烈に痺れさせられた枯草の絵がワイエスだった。

枯れた植物を描きたい、と激しく思った。

今思えば、単なる枯草ではなく、あるなまめかしい数本の枯れた草が描かれていることに感応したのだろう。

日常の片隅にあって、誰にも見つめられることのない、異様で、静謐で、儚い、不思議な、捉えがたいもの。

そういうなにかをかいてみたい、と私も思った。

前回、ワイエスを見たのは1995年の東急文化村。そうとう大規模な展覧会だった。

その時の図録の高橋秀治「ワイエス――その内なる世界」のなかに、ワイエスの「正直私は自分を抽象画家だと思っているのです」という印象的な言葉がある。「別の核がある――明らかに抽象的な、気持ちの高まりという核。」

また高橋秀治が1993年11月にチャッズ・フォードを訪問した際に、ワイエス自身から、彼が評価しているのはマーク・ロスコである、と聞いた、という記述がとても興味深い。

そしてさらに、1945年の父親の不慮の死から、「悲哀の仕事」、「喪の仕事」がワイエスの大きな「核」を成していたとする。

「さらされた場所」(1965年 テンペラ)について、ワイエスは、「このもろく、からからに乾燥した骨のような家が、この世から消えていくのもそう遠いことではないと感じていた。私はこの世のはかなさというものに人一倍敏感である。すべては移り変わる。決して立ち止まりはしない。父の死が私にそう教えてくれたのである。」と述べている。

今回の展示にあった「納屋のツバメ」(「さらされた場所」の習作)のほうが、私にははるかに本画よりもいいと感じられた。

ツバメも、数本の草も、本画よりもずっとなまめかしく束の間の生を震えていて、白く光る木の壁の眩しさが哀しい。

私は「悲哀の仕事」、「喪の仕事」しか絵に求めていないのだと思う。

つねにすでに失われている儚い生命と交わす、ある幅をもった一瞬。

世の中に溢れるうるさくてはしゃいだアートが眼に入ってくると、そうした大切な時間が、そのなかにある追悼の静けさをふくめてまるごと蹂躙され収奪されるようなストレスを感じる。

会場の隅で上映されている映像で、ワイエスの生涯と、丸山芸術の森の須崎勝茂代表がワイエスのこれらの習作を買い入れた経緯などを見ることができた。

それによると、欧米では習作、スケッチ(デッサン)の価値はすごく低いそうだ。

私は現代美術として、習作、スケッチ(デッサン)と本画を分けることはするべきでないと思っている。

そしてむしろ私がいつも惹かれてしまうのは、スケッチ(デッサン)、習作そのもののほうだ。

5月23日

「ギュスターヴ・モロー展 サロメと宿命の女たち」(パナソニック汐留美術館)へ。

爛熟したもの、暗い中で煌めく謎や、強烈さ、重さと、繊細さの共存を見たかった。

私がパリのモロー美術館に行ったのはもう20年以上も前。癌の手術をして、少し回復してきた頃だ。

回転式に収蔵されている夥しい素描や水彩、その密度に激しく感動して興奮した思い出がある。

モローが住んでいた家の暗く妖しい雰囲気と、部屋にびっしり詰め込まれている、到底自分の身体で受け止めきれるはずもない巨大な重量の絵を一気に見ている奇妙な眩暈があり、何とも言えない強烈な美術館だった。(その強烈さは、邸内にしつらえられた階段の螺旋形をメタファーとしていた。)

今回の「刺青のサロメ」のエジプト、インド、そのほかの装飾からの文様の習作が面白かった。中にバッタがいた。

この絵は、あとから描き加えられた白と黒の細い線が、下の暗い色の輪郭とずれて宙に浮いているのがすごく斬新だ。すべてが亡霊のように輪郭をブレさせて見せる。残酷さ、重苦しさと同時に浮遊する感覚。

「一角獣」は、絶賛されたとおり、きらきらと透ける繊細な絵の具の使い方がすごかった。一角獣の無垢な愛らしさのせいなのだろうか、この絵には人を慰める力がある。

この絵はクリュニー中世美術館の「一角獣を連れた貴婦人」に影響を受けているそうだが、私が去年見て来た大好きな絵、ヴェローナのサンタナスタシア教会のピサネロの「聖ゲオルギウスと王女」の王女の服装とも関係があるらしい。

今回の展示は描きかけのままの油彩がけっこうあった。が、それは途中なのであって、端的にとらえるためにほかの部分は描かれていないスケッチ(デッサン)とは違う。途中であっても繊細で生き生きした幻想が動き出しているものと、そうでないものの差がけっこうあった。

モローの水彩をもっと見たかった。

 

 

 

 

|

2019年5月17日 (金)

哲学の本 / 阿佐ヶ谷散歩 欅屋敷

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/pencil-drawing-watercolor-painting-1-tulip-anemone/

5月3日(金)

4月の後半に図書館から借りた思想系の本を、期間延長してずっと読み続けている。ポイントをノートに書き出している。

いわゆるインテリ層にはすらすらと理解できるのだろうが、(私を含め)一般と括られる人たちには、存在すら知られず、たとえ興味を持ったとしても容易には近づき得ないような本。

私が努力して読んでいる理由は、その抽象的で普遍的とされている用語が、実際に、どういう身体において、どういう状況において発せられているのか、知りたいからだ。

もちろん、それは本に書かれることなく、その背後へいつも退きつづけているなにものかなのだけれど。

難解な思想を語りながら、先が見えないその瞬間、瞬間に、その人の身体はどのように捻じ曲げられ、痙攣しているのか。

絶対的他者の手前で他人や動物たちを、どういうふうに受け入れられているか。

言語の恣意性を認めても、言葉が発せられるのは、言葉でないものからであると思う。

そこを考えながらでないと、絵を続けていけないような気がしている。

・・・

ナニワイバラとジャスミンが絡み合って咲いている。

ナニワイバラとイヌイバラの違いを最近知った。柄(え)に細かい刺がびっしりあるのがナニワイバラ。つるつるしているのがイヌイバラ。

Sdsc09049

エトワール通りの裏のサクランボ。

Sdsc09061

5月6日(月)

世の中ではきょうまでが10連休らしい。

奥歯が少々しみたので新しくできた一番近い歯科へ。もう何年も検診していないが、意外なことに虫歯は無いと言われた。レントゲンを撮る。

・・・

先日の杉並区議選の時、駅前再開発のために阿佐ヶ谷の欅屋敷が潰されてしまうという話を聞いたので、たいへんショックを受け、久しぶりに見に行くことにした。

欅屋敷の中に入れるわけではないのだが、この周辺の雰囲気が最高に素敵で、ここが無くなって大きな商業ビルができるなら阿佐ヶ谷の魅力もほとんど無くなってしまうと思う。

Sdsc09277

杉並保護樹林の素晴らしい巨樹たち。

手前に3軒あったかわいらしいお店は立ち退いていた。「ドゥミレーヴ」という帽子屋さんは引っ越したらしい。「月は夜を見て」というバーは閉店?

Sdsc09275

Sdsc09260

 

駐車場側から見た巨樹たち。

Sdsc09294

塀の隙間からのぞくと中には春紫苑が咲き乱れていた。

この素晴らしい森を潰し、そこに河北病院を建て直す。そして病院の、有害薬品で汚染された跡地に小学校を建て直し、小学校が今あるところに大型商業施設をブッ建てる、というのだから気持ち悪いことこの上ない。

Sdsc09308


すごく絵になる白いペンキの壊れた扉。

Sdsc09307

 

欅屋敷の裏の古い家。

Sdsc09259

ここの庭は、かつて「ご自由に見てください」と書いた札があって、散策できた。

Sdsc09258


阿佐ヶ谷駅南口の、美しい錆びた看板の豆腐屋の建物はまだ残っていた。

Sdsc09338

北の商店街をぶらぶらしていたら、強烈なよくわからないものを発見。こんもりした藤蔓に絡んだ、木香薔薇のクリーム色の花の下に集められたデコラティブなガラクタ。

Sdsc09378_1

一緒に歩いていた友人が「昔、ミュージシャンの白石民夫さんに連れて来てもらった店のような気がする」と言う「山路」。

ここのゲイのママよし子さんが亡くなったという貼り紙とお花があった。ママが豊川誕の「星めぐり」をかけていたのを覚えていると友人は言う。よし子さんのおかげで友人は「星めぐり」が好きになって、よく歌っていたのだ。

Sdsc09362

北のアーケード内には、まだ千章堂書店という古本屋さんが残っていた。

Sdsc09386_2

 

5月7日(火)

書き文字の手描き版下をつくる仕事。

5月8日(水)

髪を8cm切る。

美容師は38歳の男性で杉並区成田東の出身だという。

「阿佐ヶ谷住宅が壊されてすごくきれいな億ションになって、それで阿佐ヶ谷が住みたい街ランキングの上の方に来たんですよ~」と言われて、「ええ?私、新しくなったあそこ見るだけですごい鬱になるのに。前の団地だっから住みたいと思ったけどね。前の植物いっぱいの庭、大好きだった。前川國男っていう有名な建築家の設計だよ。ル・コルビジェに師事した人。」と応える。

最近の若い人はピカピカつるつるのデザイナーズマンションが好きなのか。私とぜんぜん感性が合わない。

昔の阿佐ヶ谷住宅は多様な植物が混沌と絡まりあい、傾斜したテラスハウスの佇まいも外国のようで、信じられないよう美しい庭になっていたのに。

5月10日(金)

8日間も抗生物質を飲ませたあとも、チョビの右目の目やにが出ているようなので、病院に聞きに行く。ついでにAP水をもらう。

「眼圧、測ってみよう」とのこと。明日連れてくることになった。

5月11日(土)

チョビを5時に病院に連れて行く。

なんと逆睫毛だと!今までの診断はなんだったの。

「え?!クラミジアじゃないの?」「うん。」「手術する?」「ええ~かわいそうでしょう。」「手術も失敗する時あるからね~。」

結局、快作先生が毛抜きで下睫毛を抜いて、様子を見ることになった。

チョビはまだ生後8カ月半だが、成長によって眼瞼内反症が治ることがあるのだろうか。また心配の種ができた。

Sdsc09013

5月12日(日)

夜、ブログを書いていたら、またPCがフリーズ。切ってから起動できなくなった。

全部のコードを抜いて数時間休ませ、裏を開けて静電気をとってから、もう一度電源を入れたら起動した。

スリープにして眠る。

5月13日(月)

朝、スリープからボタンを押しても起動できないのでNECに電話。指導されるままにいろいろやってみたが、電源ランプも点灯しなくなった。

やっと修理から戻って来たと思ったのに、またまた故障。さすがに今度は不安とストレスで胸が苦しくなった。

初期化はNGですと何度も言っているのに、言っているそばから「初期化する際は有償となります」って説明してくるのはなんなのだろう。

・・・

歯科2回目。犬歯の詰め物を新しくしてクリーニングして終了。

地下鉄の駅近く、栗の花がむせるほどに匂う。樹がどこにあるのか見えない。匂いをたどって探すと、商店街から少し奥まった井戸のある家の裏庭のほうにあるらしく、屋根の上から白い房がびっしりついた枝がほんの少し見える。

・・・

新宿郵便局へ。簡易書留を受け取る。

ついでに新宿御苑に寄って来ようとしたら閉門していた(桜の季節以外は月曜日閉園だった)。新宿高校の塀の蔓薔薇が満開だった。

5月14日(火)

正午過ぎにPCを引き取りに来る。

佐川のお兄さんに「3回目ですよね。パソコンがこんなに頻繁に壊れることってあるんですか?」と聞かれる。私が聞きたいわ。

 

 

 

 

|

2019年5月12日 (日)

自転車またまた盗難 / 味戸ケイコさん個展 / チョビ病院/ PCまた修理

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/2-tulip/

 

4月15日(月)

高円寺に越してきた頃、私が愛していたクリがいた古い平屋の林檎の花が満開。

Sdsc08732

あの頃、高円寺にたくさんいた野良猫たちのことを想うと胸が痛くなる。あの頃は快作先生もおらず、野良猫を見てもどうたすけたらいいのかわからず、かわいそうなことが多かった。

昨年から今年、この周りの私の大好きだった場所たち、有機的に植物と絡み合っていた家や魅力的な細道や庭がどんどん壊された。

この蔦に覆われた古くて小さな木の家だけは残っている。

4月16日(火)

19時、高円寺駅前に、あの杉田水脈衆議院議員が(杉並区議選挙、松浦威明の応援に)来た。

予想通り、杉田議員に抗議する人たちが集まり「帰れ!帰れ!」の大合唱。

「三島由紀夫は同性愛を認めていたぞ!」(威明の威の字は三島由紀夫が命名)、「思想の問題じゃないんだよ!差別の問題なんだ!」といった怒号も飛んでいた。

しまいには松浦威明が「高円寺の皆様、本当に申し訳なく思っています。杉田水脈さんをよんだこと、後悔しております。」と謝罪。

奥さんも泣いて謝っていたが、それも滑稽だ。母親の松浦芳子と杉田水脈本人は平然としているのに。

4月20日(土)

梅護寺数珠掛桜の花の盛りがどんなものなのか興味があったので新宿御苑へ。

その前に新宿4丁目ビジネス旅館街へ行ってみた。もとは旭町というドヤ街だったらしい。

この中田荘は3階建てなのだろうか。

Sdsc08779

おしゃれなAPARTMENT HOTEL SHINJYUKU。

Sdsc08781

新宿御苑にて。

これが梅護寺数珠掛桜(バイゴジジュズカケザクラ)。まだ3分の1ほどつぼみだった。が、葉が一緒に出ているので、まるで散りかけの関山のように見える。

Sdsc08811

・・・

夕方、買い物に出ようとして自転車置き場に行ったら、自転車が無かった。またまた盗まれた。

20年乗っていた白いミヤタ自転車を盗まれて青緑色の自転車を買い、青緑色の自転車が盗まれて薄黄緑(ワサビ)色の自転車を買い、青緑色の自転車が諦めた頃に戻って来、ワサビ色のほうが乗り慣れてきたところでまたまたワサビ色が盗難。

すぐに近所の交番に届け出る。

交番は留守で、電話で呼び出してもらった。来てくれたおまわりさん(この交番の人ではなく、ほかの地域の担当だそうだ)が要領を得ず、何度も同じことを聞かれ、PCの入力が異常に遅く、ちょっとイライラ。中古の自転車の値段設定などでもめる(自己申告に文句を言うなら決めてくれればいいのに、と思う)。

1時間20分もかかった。

あんまりまどろっこしいので、立ち上がっておまわりさんの入力している画面を見ようとしたら、「あっ、立ち上がらないで!記録を見せたらいけないんで。」と言われる。

自転車の色の説明で「薄い黄緑色」という私の表現に「黄緑はもともと薄いから!」と強く言われて私はついに反発。

「黄緑は鮮やかな色です。私のは灰色と黄緑のちょうど中間!灰色にも見える色なんです!」と大きな声を出したら急におまわりさんの態度が変わり、横柄さが弱まった。

4月22日(月)

スパンアートギャラリ―の味戸ケイコさんの個展へ。

味戸さんの親戚の80歳くらいのH子さんが絵を買われていた。3人で席でおしゃべり。

私は、今、自分の画集をつくるのに苦しんでいることを少し話した。味戸さんは(当然だが)、今まで出版社がすべてやってくれて、画集も数冊出ているので、絵を自分で管理したり、編集したりという経験がない。自分であれこれ苦しみながらつくる、そういうやりかたがまったくわからないと言う。もちろん味戸さんには、自分でギャラリーを捜して売り込んだような経験もない。

H子さんに「画家って好きな絵をかいて売って、自分が死ぬときは一緒に燃やしてくださいって言えば、それで幸せなんじゃないの?」と問われ、返答に困った。

また、「絵描きってみんな、自分のかいてる絵が大好きなんでしょ。」とも言われ、まったく言葉に詰まってしまった。

味戸さんは、「それはそうよね。自分の絵にうっとりする時があるわね。ちょっと違うなって思うのもあるけど、それをいいって言ってくれる人がいるからね。」とH子さんに同意。

確かに自分でいいと思えることしかしていないはずだが、私は自分の絵にほれぼれしたことはない。いつもこれではまだだめだと思う。不全感や焦燥に掻き立てられ、次の絵のことを考える。

さらに味戸さんは、意味不明の嫉妬や嫌がらせをされたり、敵愾心をぶつけられたりした経験もないそうだ。「お客さんはみんないい人ばかり」と言う。そんな幸せな絵描き人生があるのか、と、ちょっとうらやましく思った。

私とはまったく違う絵の人生だ。

4月23日(火)

チョビの左目が、このところ一週間ほどずっと目やにが出続けて治らないので、病院へ連れて行く。

待合室でほかの飼い主さんに「猫ちゃん?見ていいですか?」と声をかけられて、ケージの中を見せたら、「あ~ら、かわいい。ハンサムさんですねえ。」という声が返ってきて、ちょっと意外だった。チョビは猫らしくない妙に長いキツネ顔だ。やせていた若い頃の及川光博に似ていると思う。体操の萱和磨選手にも似ている。

片目だけ引っ掻いたのかと思っていたら、クラミジアと言われてショックを受ける。

他の子たちも当然クラミジア菌を持っている。症状が出た時に抗生物質を飲むしかないと、ドキシサイクリンを出される。

「すごく大きくなった。ふっわふわ!ノルウェイジャンみたい。」と看護師さんに驚かれる。毛で太さ15cmにもふくらんでいる自慢のしっぽを見てもらった。

快作先生も「ホリが深いね。」と。チョビは生後8か月で4.1kg。

「ちゅびのほうは、もっとすごく大きくて6kgあるんですよ。真夜中2時過ぎくらいに、「うにゅるう?」と疑問形でうるさく鳴きだすのですごく困っている」と言ったら、「手術する?」と言われ、「なんの手術?」と尋ねると、なんと、犬や猫の声帯除去手術をする人がいるのだそうだ。

「それか、もといた場所にリリースするか。」と言われて、苦笑。

4月26日(金)

3月15日に修理に出して75000円もとられたPCが、きょうまた、使用中に突然プツッと電源が切れて動かなくなった。

NECに電話して、いろいろやってみたが、だめ。3月のときも特に外傷を加えた覚えはないが、今回はいつも以上に順調に動いてくれていたところに、突然のアクシデント。これで高い修理代を請求されたりしたら、ちょっと耐えられないと思った。が、結論としては、メーカー3年保証がきいて無料とのこと。

しかし、いずれにしても、大切なデータが入っているので初期化だけはNG。明日、引き取りに来るそうだが、ちょうど大型連休にかかってしまうアンラッキー。

しかたなく古いPCを代わりに使用。フリーズしまくりで非常に使いづらい。OCNメールも、すぐに「くるくる読み込み」になってしまい、メール削除も、書くのも異常に時間がかかる。肩首が凝って頭痛がしてくる。

4月27日(土)

自転車が発見された。すぐに盗難届の取り消しに行く。

今度は二人のおまわりさん。ひとりは警視で、もうひとりは若い新人。届け出の証明番号が発行されていないとのことで、警視が署に電話で問い合わせる。

「ここに盗難届出したんですよね?どんな人でした?」と言われ、「ちょっと・・・むさくるしい感じの。」と正直に言ったら、二人で大笑いされ、「○○巡査長だ!」と。

4月28日(日)

自転車で駅向こうに買い物に行く。街路樹の植え込みにハルジオン(春紫苑)が美しく咲き乱れているの見て、すぐにカメラを取って来る。

雑草が抜かれていないのがすごく嬉しい。雑草のない街ほど嫌なものはない。

Sdsc08896
毎年、ハルジオンの茎を手折った時のキク科の揮発するような香気を吸い込むと、愛おしくて、懐かしくて泣きたいような気持ちになる。

ハルジオンはヒメジョオン(姫女苑)よりも舌状花が細く弱い糸のようによれっていて、つぼみがいくつか集まって下を向いているところがたまらなく好きだ。

同じハルジオンでも、そのなかに個体差を感じさせるいろいろな際立った特徴がある。茎が細めで、つぼみの数が多すぎない、やや紅ががって可憐なものを探してしまう。

ハルジオンの花を描くのは難しい。かたちをとるのが難しいのではなくて、この花が自分に与えているものの強度、この花の生々しい生命力と柔らかさに絵が届くのがむずかしいのだ。

大仰で観念的な絵物語ではなくて、どこにでもある小さいものを、誰もが持ち得ない眼で描けたらすごいと思う。

ハルノノゲシ(春の野芥子)の風情も素晴らしい。ハルノノゲシは、街路樹の下、民家の植え込み、古い塀の元のセメントの割れ目など、いたるところから伸びている。ここにも、あそこにも、と、この花を眼で集める。

街を歩くとき、常にどこの、いつの個体が一番胸に迫るかを探している。丈、枝ぶり、花のどれほどが穂綿になった状態か、穂綿が飛んでいった後の状態があったほうがいいのか・・・。

この花の姿に目を凝らしている人はこの世にどれほどいるのだろう、と思いながら。

Sdsc08916

ハルジオン、ハルノノゲシ、ナズナ(ペンペングサ)、ハナニラ、(鉛筆スケッチ、デッサン)

Sdsc08892

5月2日(木)

PCが戻ってくる。結果は「メインポートの不具合、同部品交換」。PCの中に保存していたデータが消えなくて、ほっとした。

なぜかoutlookメールのアイコンだけが崩れていた。

 

 

 

|

« 2019年4月 | トップページ | 2019年6月 »