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2019年6月

2019年6月26日 (水)

チョビ抜糸、『ニンファ その他のイメージ論』ジョルジョ・アガンベン

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/

6月14日(金)

チョビの目薬(クロラムフェニコール)を使い切る。病院に電話すると、まだ続けて使ったほうがいいとのことでもらいに行く。

6月17日(月)

午後6時過ぎ、チョビ、(左目の眼瞼内反の手術の)抜糸。

まだ目のふちが赤く、目やにはほとんどないが、目薬のせいか、分泌物で左眼の周りがよごれている。

手術はうまくいっているとのこと。

場合によってはまだドキシサイクリン(抗生物質、チョビは副作用の下痢がひどい)を飲ませると言われていたので心配だったが、もう飲ませなくていいことになり、ほっとする。

なにかあったら連れて来てとのこと。

エリザベスカラーを病院に返し、やっと首が自由に。

帰宅したらすぐに、鎖骨あたりをいっしょうけんめい舐めていた。よしよし、ストレスだったね、と顎の下や耳、頬の周辺をかいてあげるとゴロゴロ爆裂。

そのあと放心したように私の布団で眠る。

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6月20日(木)

チョビとプフ、舐め合い、じゃれ合いの追いかけっこ、大運動会復活。チョビがエリザベスカラーをしていた2週間は、プフは神妙な距離感を保っていて、怖がったりもしないがじゃれたり噛んだりもしなかった。ほんとうにいい子。

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しおれた薔薇レイニーブルーを描く。

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6月21日(金)

がんの定期検診。

病院への往路2時間の電車と、会計の待ち時間で『ニンファ その他のイメージ論』(ジョルジョ・アガンベン 高桑和巳訳)をひととおり読み終える。

・・・

「イメージはどのようにして時間という負荷を帯びることができるのか?
(・・・)
アリストテレスは時間、記憶、想像力を緊密に一つに結びつけ、「時間を知覚する存在だけが、時間を知覚するのと同じところを用いて記憶する」と断言していた。つまり、想像力を用いて、ということである。じつのところ、記憶は「イメージ」がなければ不可能である。「イメージ」とは、感覚や思考の「触発」である。この意味で、記憶は何か身体的なものであり、想起はイメージを身体的なところにおいて探求することである。」

「イメージの問題についてのあらゆる探究は何よりもまず、この用語が私たちの文化においてはある不可能なものを表すものであるということを認めるところから始まるのでなければならない。じつのところイメージとは、西洋形而上学がそのまさに中心的な謎の解決を探し求めてきた当の場である。」

「(プラトンがイデアについて言っていることを、私たちは芸術の完了に関する教説として読むのでなければならない――哲学は最高のムーサの術であるとプラトンが言っているのはそのためである。フリードリッヒ・ニーチェと同じように、プラトンも芸術の思想家である。もしかすると真正な哲学はすべて、芸術の完了――芸術の終わり――の思考であるのかもしれない。)

「イデア(idea)という単語は、動詞の語源「id」から直接形成されている――のであって、名刺の語源「eid」から形成されているのではない。この単語は、見るという意味を最大限に表現している。だがイデアは、あらゆるイメージを超えたところにあるまた別のイメージではない。イデアとは言葉を見るということ、それぞれのイメージをイメージとして構成する当のものを見るということである。

それが私たちに見える点において、言葉は沈黙する。ここにおいてついに私たちに言語活動の沈黙が、言語活動の顔が見える。それは事物の顔と一致する。じつのところ、私たちに言語活動が見えるのはただ、私たちが言語活動から暇を取る点においてである。(・・・)」」

・・・

線路際の夏草が私の背よりも高く茂っていた。ススキとヒメムカシヨモギが大きい。ヤブカラシの砂糖菓子のような花。

帰りの電車ではどうしても疲れて眠ってしまう。

6月22日(土)

手紙になにか絵を添えたいと思い、雑草を耳鼻科医院後の原っぱから摘んでくる。ハルノノゲシ(春の野芥子)、イヌビエ(犬稗)、スズメノチャヒキ(雀の茶引き)、ヒメジョオン(姫女苑)、ヒルガオ(昼顔)。

草を見て一番狂喜乱舞するのはプフ。夢中で机に乗ってきて齧ろうとする。

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越前和紙鳥の子の便箋3枚(かまくら社頭or香紙堂or鳩居堂)。

6月23日(日)

いい感じに雲っていたので阿佐ヶ谷近辺まで自転車で散歩。遊歩道で拾った杏。直径6cm。

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「赤いトマト」が閉店していた。すごくショック。レトロで大好きなお店だった(35年間営業)。初めて来た時、大昔のゲームつきのテーブルや、星占いの紙が出てくる赤銅色のおもちゃが置いてあったのを覚えている。

姫女苑でいっぱいだった野原も駐車場に変わっていた。

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都会では「原っぱ」というものが残ることはない。ビルが潰されたあとの、新しくビルが建てられるまでのほんの短い間に、どこからか運ばれて来たのか、あるいは土の中に潜在していたのか、種たちが一斉にふき出すのを私は見逃さないように追っている。田舎の広々した土地で見る植物以上に、そこに美しさを感じる。

6月24日(月)

ようやっと手紙を投函。エアメイルで110円。

チョビの左眼のまわり、だいぶきれいになってきた。しかし彫りが深すぎる。ホワイトライオンのような風情。

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カメラの紐を噛むチョビ。

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しっぽのふかふかの柔らかさは天下一品(しっぽの毛がほかの部分と違い、繊細なワッフルパーマのような状態になって空気を含んでいる)。

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同時に同じお母さんから生まれた妹なのに、まん丸目で鼻も短くまったく顔が違うプフ。

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6月25日(火)

神奈川近代美術館葉山館長の水沢勉先生よりお返事をいただく。

本づくりについてのスケジュールをOKしてくださった。

たいへんありがたく、ほっとした。

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2019年6月12日 (水)

 「毛利武彦詩画集『冬の旅』出版記念展、阿部弘一先生朗読会

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/japanese-style-paintings-1-膠絵/

6月10日(月)大雨

チョビのことが心配だったが、病院に預けるのが(チョビが恐怖でおかしくなりそうなので)かわいそうで、結局、家にプフと2匹で置いたまま、銀座うしお画廊へ。

地下鉄の駅を出てから横殴りの強い雨で服も靴もびしょ濡れ。こんな天候の日に、無事来られるのだろうか、と阿部弘一先生のことがすごく心配になる。

画廊の入り口前で毛利先生の奥様のやすみさんとお嬢様とお会いする。奥様の体調も心配だったが、とてもお元気そうでよかった。

会場は多くの人で賑わっていた。

阿部弘一先生は雪のように頭が白くなってらしたが、背筋もすらっと伸びてお元気そう。笑顔が見られて感激。ご子息にご紹介くださった。

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毛利先生のスケッチ。銅版画のように黒くて端的な線と、その分量。本画を想定して思索的に描かれていることに注意して見ていた。

森久仁子さん(春日井建さんの妹で毛利先生の従妹さん)にも、久しぶりにお目にかかることができてありがたかった。陶芸をやっている息子さんと一緒だった。

16時から朗読会が始まる前、阿部先生と、毛利先生の奥様と、朗読する藤代三千代さんのほかは、ほとんど全員が床に座った。その時、「毛利先生の画集だから。」とおっしゃられて、自分も(ステージ用の椅子ではなく)床に座ろうとする阿部先生。

まず最初に阿部弘一先生から、毛利先生と初めて会った時のお話。戦争が終わってから、慶応高校が日吉にできて、そこで出逢ったそうだ。

毛利先生は生前、慶應高校に勤めて何よりも良かったことは阿部先生と出会えたこと、とよく言ってらした、と奥様から伺っている。

藤代三千代さんが何篇か朗読された後に、阿部弘一先生自らが朗読されるのを生でお聴きする、という素晴らしく貴重な経験をさせていただいた。

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肉声で阿部弘一先生の詩を聴くという初めての体験は、言葉が絵と音として強く胸に響いて来、予想を超えた新鮮な衝撃だった。

阿部先生の詩をもっとたくさんの人に知ってほしいと心から思った。

阿部弘一先生が、ご子息に私を紹介してくださるときに、『反絵』の本にふれて、私のことを「厳しい文章を書く人」と言ってくださったことが信じられないほどありがたかった。

「最近は本屋に行って詩の棚を見ても辛くなりますね。」と嘆いていらした。

「ポンジュって知ってる?僕の友人が訳してるんだけど。」と毛利先生がご自宅の本棚から一冊の詩の本を見せてくださったのは、私が大学を出て少しした頃。

父の借金に苦しめられていて、世の中のすべてが暗く厚い不透明な壁に閉ざされて息ひとつするのもひどく圧迫されて苦しく、ただひとつの光に必死にすがるように、敬愛する恩師の家を訪ねた日のことだ。

それから阿部先生の現代詩人賞授賞式に誘ってくださった時のことも素晴らしい想い出(そこでは息も止まりそうな大野一雄先生の舞踏(その出現)があった)。ずっと私は夢中で阿部先生の著書を読み、私の絵を見ていただいてきた。

私にとって阿部弘一先生は、毛利先生と同じく、昔からずっと畏れを感じる存在、とても緊張する相手で、気安く話ができるかたではない。

阿部先生のような方と出会えたことが信じがたい僥倖だ。

「次の本はもうすぐ出ますか?」と覚えていてくださることもすごいことだ。

阿部先生のご子息は水産関係の研究をしてらっしゃるそうで、私のことを「そうか!この人は一切肉食べないんだよ。だから魚のほうの研究はいいんだ!」と、先生が笑って言われたこと、「植物の名前を本当によく知ってるんだ。今度、庭の樹を見に来てもらわなきゃ。」と言ってくださったことも嬉しかった。

「草や樹がどんどん増えてなんだかわからなくなってる。誰かさんがどっかからとってきて植えるから。」とご子息も笑っていらした。

阿部先生は、前々から、大きくて重たい椿図鑑をくださるとおっしゃっている。とりあえず阿部先生のご自宅のお庭の、68種類もある椿の名札をつけるのに、その図鑑を見ながらやる必要がある。

毛利先生のお嬢様に、原やすお(昔のまんが家で、毛利先生の奥様のお父様)の大ファンだった話をしたら、とても驚いて喜んでくださった。

毛利先生の奥様のご実家に原やすおさんのたくさんの本や切り抜が保存してあって、お嬢様がもらうつもりでいたのに、亡くなった時に全部処分されていてショックを受けたそうだ。

上野にある国立国会図書館国際子ども図書館で、いくつかの作品を見ることができるとのこと。

阿部先生の新刊、詩集『葡萄樹の方法』を出された七月堂の知念さんともお話しできた。

http://www.shichigatsudo.co.jp/info.php?category=publication&id=budoujyunohouhou

記念撮影。阿部先生と毛利やすみさん。

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阿部弘一先生の向かって左にはべっているのが私。

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慶應高校の毛利先生の教え子のかたが持って来てくださったらしい当時の写真。

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1964年夏の毛利武彦先生。

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1962年、裏磐梯の毛利武彦先生。

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当時の阿部弘一先生。

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皆様お元気で、お目にかかれて本当に幸せでした。

 

 

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2019年6月11日 (火)

チョビ 眼瞼内反手術後、下痢

6月5日(水)

朝、クロラムフェニコール(目薬)。ラリキシン+ピルポケット。

11時ラリキシン。食事。プラノプロフェン(目薬)。

12時過ぎにトイレでひどい下痢。トイレ、床、チョビの足をきれいにするのがたいへんだった。

ドキシサイクリン(抗生物質)が合わないのか。

14時過ぎ、おなかがすいたらしく「にゃあ!にゃあ!」とおねだり。だがいつもの3分の1も食べない。

夜、ミヤリサンをピルポケットで食べさせてみる。

が、深夜0時過ぎにまた下痢。

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6月6日(木)病院定休日

ピルポケットが嫌になってきたようで口から出してしまう。

そのままでは頭を押さえるのが困難なため、エリザベスカラーをはずして保定し、薬を飲ませる。

病院に電話し、私の明日の癌の定期検診の予約を2週後(チョビの抜糸後)にずらしてもらう。飲み忘れで余っている薬が2週間分ほどあったので良かった。

朝、ミヤBM、ラリキシン+ピルポケット。

13時下痢。下痢した後におねだり。

17時下痢。

夜、ミヤBM、ラリキシン+ピルポケット、ドキシサイクリン+ピルポケット。

クロラムフェニコール(目薬)5~6回。プラノプロフェン(目薬)3回。

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6月7日(金)大雨

17:30病院へ。下痢がひどいことの相談。抗生物質は眼には効いているので、下痢しても8日間飲み切らせるように言われる。

ドキシサイクリンは食欲不振や吐き気も出るとのこと。

おしっこの量が少ないと言ったら輸液される。

下痢をする前、トイレで何度も砂を掘り、くるくる位置を換えるのを異常に長く(5分くらいも)やっている。おなかが痛くて落ち着かないのだろう。

トイレ砂を掘り出したらすぐに飛んで行って傍らで待ち、足につかないように、終了した瞬間を見極めてさっと抱き上げ、始末する。

6月8日(土)曇り、小雨

ミヤBMを朝晩飲ませてもおさまらず2回下痢。

6月9日(日)小雨

ミヤBMを朝晩飲ませてもおさまらず2回下痢。

6月10日(月)大雨

朝9時に下痢。

誰かに見ておいてもらわないと心配なので、病院にペットホテルの予約をしておいたが、酷い雨と、手術前の緊張と恐怖を思い出すだろうことがかわいそうで、予約キャンセル。

12時にまた下痢。

下痢で部屋中汚されてもしかたない覚悟で14時半に私は家を出、「毛利武彦詩画集『冬の旅』出版記念展」の阿部弘一先生の詩の朗読会へ。

20時に帰宅。便はしていなく、私の布団に寝ていた。

夜、ついに最後のドキシサイクリンを飲ませ終わり、ほっとした。

手術そのものの成功も心配だったが、術後の感染症や下痢でこんなに悩まされるとは想像していなかった。

チョビ、まだ1歳にもならないのに、ずいぶんいろいろ苦労していてかわいそう。

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私のバッグに入るのがお気に入りのプフ。

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6月11日(火)

朝薄暗い時に目を覚ますと、2匹がぴったり私の左横にくっついて眠っている。ほんとうにかわいい。

今日から目薬2種類のみ。

12時に下痢したが、少しかたちになってきた。

花輪さんに電話。無事、書類届いたとのこと。私が猫に必死になっていることを話すと傷つけてしまうことがわかっているので、少しだけ話す。

 

 

 

 

 

 

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2019年6月 5日 (水)

チョビ、眼瞼内反の手術。目やにひどくなる

6月2日(日)

チョビの眼瞼内反の手術当日。

きょうは日曜なので動物病院は12時に受付終了なのだが、11:40くらいにチョビを連れて行ったら、とても混んでいた。

預けるのを待っている間、いつもはすごく我慢強いチョビが恐怖で声も失くして固まり、わき腹がドドドドドッと超高速の鼓動で波打っているのがすごくかわいそうで「チョッピー、だいじょうぶだよ~」と話しかけながらずっと撫でていた。

12:20頃、受付に呼ばれた。きょう3番目の手術だから遅くなるそうだ。

私は自宅待機のあいだ、掃除をしたが、夕方、朦朧としてきて少し眠ってしまう。

ずっと電話を待っていたが来ないので19:20にこちらから電話してみたら、まだ前の手術が終わっていないと言われる。ずっと待たされて恐怖しているチョビを想像し、胸が苦しくなった。

結局、22:40に「もう目がさめてるので迎えに来てください」との電話がある。会計の時に聞いたらきょうは緊急の手術が何件も入ったとのこと。先生も看護士さんもほんとうにたいへんだ。

2日後の火曜に一度診せに来るよう言われる。

左眼の下の切ったところ、青い糸で縫ってある。自宅に戻ったのは23時頃。前足にも落ちた血が付着していて生々しい。

すぐにエリザベスカラーをつける。ふらふらして後ずさりしている。

3匹でどたばたして傷が開いたらたいへんなので、野生児で暴れん坊のちゅびを友人宅に預かってもらうことにする(ちゅびが地下鉄の車内で大暴れしソフトキャリーを破壊して飛び出そうとしたそうで友人は23:30に戻って来、ハードキャリーに入れ替えて再出発)。

「チョッピー。」となでるとゴロゴロ。カリカリとちゅーるを少々食べる。

ラリキシンをピルポケットに包んで食べさせたら薬だけ舌で出したが、なんとか口の中に入れて呑み込ませる。

布団の上に来ずぐったりと床の上に寝ている。

23:40くらいから少し元気になり食欲が出てくる。水を勢いよく飲む。

1:40頃、麻酔が切れたのか、とても元気にばたばた転がり、両前足で引っ張ってスポッとエリザベスカラーを抜いてしまった。

2番目のホックにしても、また同じようにスポッと抜いた。

3番目ではきつすぎないか心配だったが、今度はジャストフィット。しかし筒の角度が狭くなり、非常に食べにくくなった。

撫でるとゴロゴロの音が激しくなった。呼ぶと声を出さずにしっぽでお返事。

プフ、いつもと違うチョビの姿を見て神妙な顔になり、あまり近づかない。私にはくねくねゴロゴロ言って甘えている。

・・

私、昨夜から寝ているあいだずっと、咽喉に大きな固い飴玉のようなものがつかえている痛みがあった。寝る前に大きな錠剤を水無しで飲んだのだっけ?と思った。

朝、起きてお茶を飲んでもつかえがとれない。咽喉の前側の筋肉が硬直しているのだ。咽喉頭異常感症?

緊張による肩凝りはいつものことだが、咽喉が狭く硬直したのは初めて。

6月3日(月)

8:30チョビ、良いうんこ。輸液した分、おしっこ大量。

9:10眠そうなうちにピルポケットでラリキシン飲ませる。

10:10カラーの広がりが狭いので、カリカリやちゅーるがカラーの縁に付いてしまう。

12時から私のふとんで気持ちよさそうに眠る。撫でるとゴロゴロ。

夕方からプフとチョビ、私の脚の上でいつものようにべったり抱き合って一体化して眠る。エリザベスカラーを怖がらないプフ、いい子。

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チョビは手術でよほど疲れたのかほんとどずっと眠りっぱなし。プフも大人しく、いつものように2匹でレスリングしないので安心。

21:40ピルポケットでラリキシン飲ませる。

カリカリとウェットの総合栄養食を食べる。量はいつもよりずっと少ない。水をほとんど飲まない。

・・

私、咽喉の硬直が元に戻らず、お茶を飲む時に固い塊を無理に嚥下するかのような(昨日より強い)痛みを感じた。

明らかに咽喉の筋肉が不自然に硬く委縮している。脳神経の病気?と不安になる。

チョビの容態は落ち着いているので、私はそれほど緊張していないはずなのに、自律神経が狂ってしまったようで、額や手の甲からぴりぴり沁みる汗がふき出し、突然に鼓動が速くなったりした。

午後にレキソタンを飲み、夜にゆっくりお酒を飲んでいたら徐々に治ってきた。

6月4日(火)

チョビ、朝、ゴロゴロ言いながら私の胸の上に乗っかってくる。私の顔に勢いよく鼻や口をつけようとしたので、エリザベスカラーの(小学校時代の下敷きのような固い)縁が私の頬や咽喉に何度もぶち当たる。

そのあと私のタオルケットを掘り、私の股に入ってゴロゴロ言いながら眠る。

プフも私の左横で、私の腕に横っ腹を、肩に顎を乗せるようにしゴロゴロすやすや。

あまりの心地よさに、ついまた眠りこけてしまい、目が覚めたら昼近かった。

チョビの左眼を見たら、昨晩とは劇変してべたべたした目やにで蔽われていて、目頭の黒い塊も大きくなっていたので一気に不安になる。

しかもラリキシン経口投与に失敗。とりあえず食事させて診療を待つ。

16:30動物病院の診察。

「目やにがひどいね。おかしいな。手術うまくいってるんだけどな。感染症かな。」と言われる。

その場で午前の分のラリキシンを飲ませてもらう。もう一回は深夜1時頃に飲ませるようにとのこと。

さらにドキシサイクリン(抗菌薬、一日1回)とクロラムフェニコール(抗生物質の目薬、一日5~6回)が増える。

クロラムフェニコールとプラノプロフェン(抗炎症の目薬)は20分以上感覚を開けて点眼すること。

18:00クロラムフェニコール。食事。斜めにした器から水を飲む。

プフとチョビのおしり周りの毛を、眠っているあいだになるべく短くカット。

20時プラノプロフェン。

21時クロラムフェニコール。

22時プラノプロフェン。

23時クロラムフェニコール。

23:20食事。

23:25ドキシサイクリン+ピルポケット。

23:50ついにいつもの大運動会が再開される。元気が戻って来た。

0:10疲れて眠る。

1:00ラリキシン+ピルポケット。

「だいじょうぶ?目、痛くない?」と聞くと「にゃん!」とお返事。目やにが出ていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年6月 3日 (月)

白州の友人を訪ねる

5月31日(金)

以前から約束していた山梨県北杜市白州の友人宅を訪ねる。3匹の世話はいつも猫の世話を助けてくれる人にお願いしておいた。

バスタ新宿から朝、7時25分発の高速バス。10時前に小淵沢着。郭公の澄んだ声がずっと響いていた。

小淵沢を少し散歩。このあたりは大きなお蔵のある古い家がいくつもある。庭にはジャーマンアイリス、ヤグルマギク、ポピーが盛り。

その後、友人の知り合いで花を活ける仕事の人のお宅を訪ねるが、お留守だった。

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雑木林の奥の、まさに「秘密の花園」といえるような庭。木香薔薇、アイリス、キツネノボタンなどが咲いていた。

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微妙な薄紫色の雛罌粟。

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明野の「くじらぐも」という古民家カフェで食事。

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くるみくんといううさぎちゃん。

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素朴なベジタリアンメニュー。おいしかった。

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山羊の子どももいた。

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途中、冷たい雨が降り出し、だいぶ冷え込んだ。なんとも清涼な風景。東京ではとっくに終わってしまったシロツメクサや春紫苑が満開。

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友人宅に戻り、薪のストーブを焚いてくれた。

4匹の家猫と、8匹の外猫がいる(近所の人が避妊手術を拒否して餌やりだけをしていた野良猫が増えてしまい、その人が亡くなり、友人が全頭の避妊と食事の面倒をみているそうだ)。

私の愛猫、ちゃび(20歳で亡くなった)を拾った1997年に、やはり友人が生まれたばかりで拾ったルルちゃんが、ひと月前に22歳で亡くなったばかりだ。ルルちゃんは友人が生まれて初めて飼った猫なので、喪失のショックはそうとうだった。

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さり気なくいけてあるのはチョウジソウ(丁子草)、クロフウロ(黒風露)、ナデシコ(撫子)、ミヤコワスレ(都忘れ)。

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友人宅の裏庭。下の方に山が見える。ベルガモット、ニワトコ、ケール、ルッコラ、ブルーベリー、クレマチス・・家の周りには100種類くらいの草花が植えてある。

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諏訪の一度潰れて復活したお酒、「御湖鶴」の無濾過生原酒で乾杯。

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山ウドやアスパラの天ぷらをいただいた。昨年、日帰りで訪ねた時はあまり話せなかったが、お互いに胸襟を開いた話ができた。

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デザイナーの友人夫妻は、仕事以外ではPCもスマホもTVも見ず、夜9時前に寝て5時に起きたりする生活。

6月1日(土)

きょうは爽やかに晴れ渡った。「キチキチキチ・・と響く声はなに?」と聞くと春蝉だという。

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クロフウロの黒紫の花がとても風情があって素敵だった。

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昼過ぎからサントリー工場の上の川沿いの道を登って散歩。友人は難治性疾患で一時、杖が必要だったのだが、きょうはけっこうな距離を一緒に歩くことができて嬉しかった。花崗岩の真っ白い砂地の川原で透き通る冷たい水に手を浸した。

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大蛇のように樹に絡みついた藤蔓が至る所に見事だった。

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とても甘く優しい匂いを漂わせていた白いニセアカシアの花。

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昨日よりも山々がはっきり見えた。田植えしたばかりの田んぼが銀色に光っていた。

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樹齢2千年と言われる武川町実相寺の山高神代桜(日本初の天然記念物指定)。幹の太さと内部の崩れ具合(裏側)に驚愕。言葉を失う。

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もうひとつ、近くの隠れ里にある桜の名木に連れて行ってくれた。

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関の桜。これもまたエドヒガン。

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夕方の光の中の友人宅。

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テラスからの眺め。

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友人が山で拾ったという小鹿の頭蓋骨。

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・・

9時半に新宿着の高速バスで帰宅したらチョビの眼の具合が悪いと聞かされた。

急遽、明日、日曜に手術となった。

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