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2019年10月 7日 (月)

西早稲田から目白台散歩

10月6日

酷暑だった夏の間、ほとんど出歩かずに座って作業していたせいで、脚の筋肉が衰えてしまったので、リハビリのため散歩。

友人を誘って、早稲田界隈の、まだ残る下宿屋を巡る。

まずは武井日本館(1929年築)。地下鉄西早稲田駅のすぐ近く。

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西早稲田駅には母が数回お世話になった施設があり、何度も来ていたのに、あの頃は古い下宿屋を見て歩こうという発想がまったく出てこないくらい気持ちに余裕がなかった。

実際には手落ちばかりの拙い介護であったとしても、心が焦りと苦しみに囚われて自由にならない時はいっぱいいっぱいで、目の前にある素敵なものに気づくこともできず、発想の転換もできず・・・

そのことを後で後悔してもどうにもならないということを受け入れるにもまた、自由闊達な精神が必要・・。

日本館のすぐ並びの富士見荘は、なんと潰されて工事中だった。あと1年早く見にくればよかったのだが。

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明治通りを歩く。古い網屋さんを発見。看板の名はそのまま「古井網店」。

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渡辺館(昭和34年開業の下宿。)

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この玄関を見た友人が「ここに来たことがある・・・!大学の同級生のA君が住んでいたところだ。ここのA君の部屋に遊びに来た。」と急に発言。

何十年も前の記憶が急によみがえったようで、A君は岩手県一関から東京に出てきて、渡辺館に下宿し、同じく一関から出てきたフォークグループNSPの天野滋の従兄弟の「天野君」とも親しくしていた、と話してくれた。

私たちは、古い落書きが残り、何重にもビラやポスターが貼られている薄汚れた壁や、わけのわからないものが校舎の陰に打ち捨てられてたまっているような大学の、濃密な時間の匂いと自由な空気を呼吸できた最後の世代なのかもしれない。昨今の大学は、ピカピカのオフィスビルのような建物で、なんとも面白みがない。

そのあと、友人のナビで神田川の橋を渡り、肥後細川庭園のほうへ。

5時。肥後細川庭園はもう観覧時間が終わっていた。夏の名残の真っ青な朝顔(ヘブンリーブル―?)の蜜を吸ってオオスカシバが遊んでいた。

夕暮れ迫る幽霊坂。

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奥のつきあたりに旧細川侯爵邸のある和敬塾。旧細川侯爵邸は、軽井沢などという設定でよくドラマの撮影に使われるところだ。

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とても東京とは思えない場所。

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蕉雨園。

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胸突坂。

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坂から横に入る水神神社の小さな祠の手前の地面に貼ってあった注意書き。神社及びその周辺で猫に余計なエサやりをしないこと。何も与えずにかわいがるのは、どうぞしてあげてください、とのこと。

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芭蕉庵の木戸。

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すっかり日が暮れていた。西早稲田へ戻る途中の裏通りで出会った廃屋らしいアパート。「エブルハウス」と書いてある。

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早稲田通りにあった廃屋。「ガラス店」というかすれた文字が見える。

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西早稲田からバスで新宿西口に帰る。

 

 

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