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2019年11月

2019年11月26日 (火)

江戸菊の咲き方の変化 / 旧友Mと会う 

11月15日

江戸菊の咲き方の変化、「追抱(おいがかえ)」、「褄折抱(つまおれがかえ)」、「丸抱」、「乱れ抱」、「自然抱」、露心抱(ろしんがかえ)」、「管抱(くだがかえ)」という7通りの名前についての説明をぜひとも読みたくて、新宿御苑インフォメーションセンターの「菊花壇解説展」へ。

江戸菊の変化の種類についての説明ボードはなかった。

事務の職員さんに尋ねたが、HPはずいぶん昔の資料から書き写したもので、詳細はわからないとのこと。

ひとつの株から500以上の花を咲かせる大作り花壇の制作過程、設計図と職人さんたちが1年以上かけてやっている繊細な作業のVTRは面白かった。茎の丈をどうやってきれいに合わせていくのかがVTRを見ても今ひとつわからなかったので、そこに興味を持った。

菊花壇の近くの池のほとりに、なぜか人を怖がらない鷺が日向ぼっこしていた。

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11月20日(水)

高校からの友人Mと高円寺で会う。

彼女は朝5時に起きて仕事前にプールやテニスに行ったり、とにかく活動的。最近はフランス語検定のために勉強していたという。

以前に連れて行って彼女が気に入ったBという店でランチ。

Mは普段は普通に肉食しているが、私と会う時は私に合わせてくれて肉類を食べない。

私が昨年イタリアに行った頃、彼女もジェノヴァに1週間行ったそうだが、いろいろとトラブルに巻き込まれて疲れたそうだ。イタリア在住の友人チナミさんに、初対面にも関わらずあまりにも大事にされたこと、あり得ない幸せだとMも驚いていた。

アミアタ山の猫のことでさんざん苦しんだ話をする。Мのほうでも、彼女のお母さんが貸しているアパートの部屋で、老夫婦が猫の多頭崩壊を起こしていて目を覆うような惨状だったという話を聞く。

それにまた、Мが自宅近くで弱っている野良猫を動物病院に連れて行って、外猫として飼っていたが死んでしまった話。ご主人と一緒に、猫を庭に埋めたそうだ。

それから、最近ずっと私が迷っている終の棲家について尋ねてみた。

Mは結婚してまもなく家を買ったのだが、「畑仕事ができて、テニスができれば、もっと田舎に引っ越してもいい」と言ったので驚いてしまった。

私は都会が好きだ。同じ西新宿で育ったMも都会が好きなのかと思っていた。彼女は大学を卒業してすぐ外資系の銀行に勤めて以来、ずっと銀座、汐留あたりで働いでいるので、もう都会には飽きたのかもしれない。

私もオフィス街や高級ブランドの店は好きではないけれど、小さくて個性的な店がびっしりくっついて狭い路地が入り組んでいるような裏通りはすごく好きだ。雑多な人たちが行き交う感じ。

奇妙な古着を着てサンダルを引っかけて、気ままに歩き回れる感じ。ガラクタの中から宝物を探すのが好きなのだ。

昔は紀伊国屋書店の下の商店の連なりも闇市の空気を残す魅力的な場所だった。十二社の商店街も楽しかった。

昔の新宿はもうどこにもないので、今は高円寺が気に入っている。

そしてなによりも重要なのは都会の干渉されない感じ。

絡まり合って繁茂した植物も私にはなくてはならないものだが、私がずっと求め続けている植物群は里山ではなく、東京郊外の多摩川などの川岸にあるのだと最近気がついている。私は結局、武蔵野が一番好きだ。

Mは私からデッサンを習いたいと言った。

「だってね、絵に描いてみなければ、私なんてなんにも見てないと思うの。」とMは言った。

受験用の絵をやるわけじゃないので、ビール飲みながら楽しいデッサン会をやろう、と約束した。

 

 

 

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2019年11月18日 (月)

白州の友人宅へ

11月12日

白州に住む友人の家へ。新宿南口のバスタから高速バスに乗り、小淵沢で下車。

10日ほど前に喘息発作で入院になってしまった旧友と、やっと会えた。イタリアのチナミさんから送っていただいた早摘みオリーブオイルと、ドライポルチーニやドライトマトをお土産に渡す。

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透明な空気。光に黄色やオレンジの葉が透ける白州の山道。

友人の家に続く細道から見渡した景色。

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友人宅のすぐ裏。樹を刈り取られた後には真っ赤なウルシがびっしり生えていた。私は皮膚がかぶれやすいので、触れないように気を付けながら撮影。

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車で近隣を周った時に見つけた廃屋。

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蔵の屋根の下のカーブや、鉄の取っ手が付いた竹製の扉に興味を惹かれた。

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友人宅は夜が早い。特にご主人のYさんは毎日夜8時には寝ているそうだ。そして朝5時前に起きて、家の周りの掃除をしたり、薪の材料を集めたりしているのだという。

11月13日

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ゆっくりとした朝食のあいだに、友人夫妻が話してくれたことに目を丸くしていた。

友人夫妻は、最初は神田神保町で版下制作の仕事をしていた。もう30年も前から空気と水のきれいなところに住みたくて、ここの土地だけを買ったが、その時は家を建てるお金がなかったので、必死で仕事を続けたのだという。

現在の離れがある場所にプレハブの小屋だけを建てて、そこに500万円もした大きな印刷機を置いて仕事をしていたそうだ。「その印刷機、今、どうなったの?」と私が聞くと、「鉄ゴミ。プレハブ小屋は家を建ててくれた友人にあげた。」と。

最初の頃は切り貼りの手作業をする版下制作で、文字は写植屋さんに発注していた。一文字失敗したら全部ずらして貼り直しの、眼も疲れるたいへんな手作業だった。

途中から電算写植になった。ワープロの進化した機械(パソコンの直前)が出た時も購入し、マッキントッシュの最初のパソコンが発売された時は「これからはこれだ!」と思って即購入。当時は相当の値段だったそうだ。

「写植」という言葉はよく聞いていたが、実際はどういうふうに作っていたのかは知らなかった。活字が書いてある無数のプレートから、一文字ずつ見つけて写真を撮っていくのだという。

 

友人が車で小淵沢近くの信濃境駅付近の「高森草庵」に連れて行ってくれた。

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ドミニコ会の神父、押田成人さんが1964年に、この八ヶ岳の麓の村に居を据えたらしい。

紅葉の中に木の十字架が美しい。

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小さな小屋のような茅葺の日本家屋が建っている。

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外の茜色や樺色の光が刺し込む、簡素な礼拝堂。

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高森草庵のHPを見ると

「この土地は誰の土地でもありません。神様の土地なのです。すべての人々の土地なのです。結核患者や、身体障害者達が、白分自身を投げ出すようにして献げられたものと、貧しい人々の献げものによって賄われ、いとなまれ始めた土地です。一つ一つが不思議な歩みでした。今も私の手の中にはお金がありません。然しそれでもこの土地のいとなみは続けられて行くでしょう。

いく粒かの麦は地に落ちましたから。

ここは、弱い者や貧しい者が自分達の手で自給自足し乍ら修道的生活をするところです。弱い者が、依頼心という最大の病気を癒やすところであり、貧しい者が、貧しい心の報酬を受取るところです。そして、思想と宗教の如何を問わず人々が冥想のために、人生の杖を休めることの出来る小さなオアシスとなるべきところです。」という押田神父の言葉がある。

礼拝堂の裏には墓地。亡くなった年(西暦)が書いてあるプレートが、ただ土の上に置いてあるだけ。

友人Sは「私が死ぬときは入信して、ここに埋めてもらおうかと思う。」と言った。

高森草庵の周りを散策。林を抜け、水が湧き出ている場所へ。
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帰り際にSは「ばらのまどい」という押田神父の著書を購入していた。

薔薇色に染まった八ヶ岳の写真を撮るために入傘山の麓へ。「いりがさやま」ではなくて「にゅうがさやま」(重箱読み)だそうだ。

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ススキが陽の光を吸い込んで透き通っていた。

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夕暮れも近づき(このあたりは山に陽が隠れるので、4時半を過ぎれば真っ暗。)小淵沢のバス停に向かう途中で、いくつかの古い石の供養塔が集まっているところ、「蔓根血取場 乙事(おっこと)区」と書いてある看板を発見。

「血取場」の意味を帰宅してから検索してみると、昔、元気が亡くなった馬や牛の下に針を刺して血を抜くと元気になったとある。

しかし供養塔の群れが三つもあるところを見ると、その実は狩りで撃った動物の血を抜く場所だったのかな、と思ってしまう。

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小淵沢のバス停に向かう途中。歳を重ねて幽玄な枝垂れ桜。

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2019年11月11日 (月)

古典菊と秋薔薇 / 高円寺再開発反対デモ

11月10日

江戸菊、嵯峨菊などの古典菊を見たくて、神代植物公園の菊花展へ。朝10時に家を出る。

江戸菊・・・江戸中期から後期にかけて発達。「狂菊」。
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嵯峨菊・・・京都の嵯峨地方(京都市右京区)で作出されたもの。
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伊勢菊・・・伊勢松坂(現三重県)で改良され、今日も栽培が続けられている。花弁が細く、ねじれ、垂れさがったりする。これのナデシコ版、伊勢ナデシコという花を花屋で買ったことがある、ナデシコの花弁の裂が細長く、ねじれて垂れさがっていて、息をのむほど異様な美しさだった。
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丁子菊・・・内側の花弁が発達して筒状となり、花の中心が盛り上がる。最近よく見る丁子咲きのマーガレットに似ている。
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肥後菊・・・武士が好んだという一重咲き。管弁、サジ弁など。
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陽射しが戻って来たせいか、この前来た時よりも薔薇は多く開花していた。

フラウ・カール・ドルシュキの上に大きなカマキリ。薔薇の中心に集まってくるコバエを捕食しているのだろうか。
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こちらの濃いピンクの薔薇にもカマキリ。
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クラウス・シュテルテベガー。萎れかけの黒紫がかった色に惹かれる。きょうはとても陽射しが眩しく、そのまま撮ったらコントラストが強すぎて色が出なかったので、日傘で完全に蔽い、影を作って撮った。
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グリーンローズ。19世紀前半、米国で発見されたチャイナローズの枝変わり品種。花弁がすべて萼片化している。
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眩しくて目を開けていられないほどの光に満ちた野生種・オールドローズ園。

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今日は高円寺再開発反対デモがあるので、午後1時にあわただしく植物園をあとにする。

細い路地に小さくて怪しげなお店がひしめき合う高円寺、ふらふら散歩するだけで楽しい雑多な魅力のこの街が、どこにでもあるつまらない街になってしまうのは耐えられない。

2時過ぎに帰宅。2時半高円寺南中央公園スタートのデモ隊に、近所の高円寺南通りから参加した。

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新高円寺駅の手前。高南通りから右折し、青梅街道に入る。

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素人の乱。
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ねたのよい(バンド)。サウンドカーはバンドカーとDJカーの2台。
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南阿佐ヶ谷の区役所前を通り、欅通りをJR阿佐ヶ谷駅へ向かう。
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阿佐ヶ谷駅に着き、神明宮の前辺りで解散。

きょうはたくさん歩いて疲れた。最近、ずっと胃腸の調子が悪く(毎日、耐性乳酸菌とミヤリサン、時々下痢止めを飲んでいる)禁酒していたのに、帰宅してついビールを飲んでしまった。

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緘黙のトークイベント

11月8日

場面緘黙のまんが『かんもくって何なの?』の著者のモリナガアメさんと、緘黙研究者で『学校における場面緘黙への対応―合理的配慮から支援計画作成まで』(学苑社)『イラストでわかる場面緘黙サポートガイド』(合同出版)の著者の高木潤野さんのトークイベントを聞きに、神保町ブックセンターへ。

 

――印象に残ったことのメモ――

 

夜7時スタート。50人ほどのスペースは満員。

最初に高木先生から「きょうは台本中心に進めさせていただきます」との言葉があり、なるほどと思った。緘黙傾向の人はふいに聞かれることに応えるのが非常に苦手だ。決められている台本を読むことのほうが容易だ。

高木先生の話・・・

「緘黙」とは、「社会的な状況により、話せなくなること」であり、改善することができる。

 

モリナガさんの話・・・(私が使わない言葉づかいだったのでわかりにくいところもあった。なるべくモリナガさんの言葉づかいによせて記憶で書いてみますが、不正確かもしれません)

極度の不安になりやすい性質。人とずれていることがばれたらどうしよう、普通にならなければいけない、と思い込んでいた。

一度話せない人と認識されると、その殻を破れなくなる。子供の頃、盲腸でお腹が痛くても先生にも言えなかった。その時は、命がなくなってもしゃべらない自分を守ろうとした。

緘黙でよかったことはひとつもない。この体験を無駄にしたくなくてまんがをかいた。

まんがをかいたことで緘黙の悲惨な体験のフラッシュバックに苦しんだ。

開き直らないと死んでしまうと思った。変な人と思われても死ぬよりはいいと思った。「生きることへの執着」によって自分を変えることができた。

少しずつ改善するきっかけは環境を変えること。最初のバイトでは挨拶ができなかったが、2番目のバイトでは、最初のバイトの職場の人たちがやっていた挨拶のやりかたをまねた。3番目のバイトでは2番目のバイトの職場の人たちがやっていた報告、連絡、相談のやりかたをまねた。

夜勤をやって、自分が思っていたほど人とずれていなかったことを知った。

しゃべる時は、「これ言っていいの?相手はどう思うの?」という言葉を堰き止めていた部分を破壊して、言葉を押し出すイメージ。

不安になりやすい気質を認め、自分を肯定する。頑なさをほどき、今までと違うことをやってみる。

自分は話せなさとつながりやすい性質だったと言える。もともとの気質と、いろいろな体験(傷ついたこと、抑圧)が複雑に絡み合って、緘黙になった。

緘黙の原因が家庭環境ではないとも言いきることもできない(それぞれの状況による。)親のせいだとも言えないし、親は関係ないとも言えない。

高木先生の話・・・

緘黙は遺伝しないが、不安になりやすい気質は遺伝する。

緘黙になる原因はと聞かれたら、「あらゆることが関係する」と答えている。

モリナガさんの場合は、家庭環境や教師の対応も関係あったのではないかと思う。

 

「子どもにいつ、緘黙であると告げるべきか」という質問に対して、

モリナガさんの話・・・

「緘黙」と告げられることで、自分は他の人と違う、というふうに決められてショックを受けるのではないか。

高木先生の話・・・

告げ方に注意が必要だが、「あなたはしゃべれないことで苦しんでいるんですね」ということは言ったほうがいい。なぜ苦しいのか自分でわかっていない子もいるから。

子供の場合、支援を受けるために病院の診断(わざとしゃべらないのではない、という証明)はあったほうがいい。親に理解がある家庭の子しか病院や相談に連れて行かれることはないことが問題。

いろんな生き方、いろんな仕事(継いでくれる人を募集している職人技などなど)があることを知ってほしい。

緘黙を研究している人は少なく、緘黙を理解している病院はほとんどない。

誰と話せるようになりたいのか、どういう場面で話せるようになりたいのかをはっきりさせ、具体的にその練習をすれば、改善する。

 

 

 

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2019年11月 6日 (水)

アミアタ山の猫を救ってください Please rescue the cats on Mt. Amiata!!!

11月6日

動物を愛するイタリアの皆さん、どうか、アミアタ山の山頂の猫たちを救出してください。

イタリアに住む日本語がわかるかた、どうかアミアタ山の頂上に捨てられた猫たちのことを考えてください。

去年の猫たちのほとんど全部が冬を越せずに死んでいます。

冬を生き残ったたった2匹の猫が、春夏に繁殖をくり返しています。

猫たちは暖かい寝場所も与えられていず、ただ食べ物だけを与えられ、避妊もされていません。

どうか、どうか、アミアタ山の猫たちを救出してください!

Everyone who love animals in Italy,

Please rescue the cats on Mt. Amiata!!!

Most of the cats that lived last year died without passing through the winter.
Ten new kittens are born again in spring and summer.
They are not given a warm place, they just get food. They are not contraceptive.


Please, please rescue amiata mountain cats!!!!

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親愛なるENPA  Amiata Grossetana - zona monte amiata(イタリア国立動物保護局 アミアタ山管轄)の
ラーラ・バンチーニ様

どうか、どうかアミアタ山の猫たちを救出してください!!

どうかあの猫たちを凍死させないでください!!

猫たちの生死は、あなたの慈悲にかかっています。

あなたは若く美しい。あなたは猫を救出するための協力者を集める力がある。

捕獲器が足りない(1~2器しかない)というのなら、本部から借りてきてください。
ボランティアが足りないなら、どうしてSNSで募集しないのですか?

あなたは若くて能力もあるはずです。

あなたは国立動物保護局アミアタ山支部の会長なのですから、どんな手段を使ってでもアミアタ山の猫たちを救ってください。

私は昨年、アミアタ山の頂上でたくさんの子猫たちを見ました。

その中に20歳で死んでしまった私の愛猫にそっくりな子を見つけました。
私は万難を排してその子を日本に連れて帰りたかった、けれどできませんでした。

今年、私が愛したその子はどこにも見えません。
その子猫は冬を越せずに死んでしまったのでしょう。

私は死ぬほど悲しいです。

猫が生まれて1年も生きられないで死んでいくことに私は耐えられません。

どうか猫たちが凍死する前に救出してください!

私はあなたの動物たちへの愛情を信じます。どうか・・・どうか!お願いします。

 

Dear Lara Banchinii,

Please, please rescue the cats on Mt. Amiata!!

Don’t freeze them!!

The Life and death of cats depend on your mercy.

You are beautiful and young.
You should have the power to gather collaborators to rescue the cats.

If you do n’t have enough catchers, borrow from the headquarters.

If you don't have enough volunteers, please recruit on Facebook.

You are young and have potential.

Because you are the president, use any means to rescue the amiata mountain cats.

I saw many kittens at the top of Mt. Amiata last year.
In it, I found a kitten that looks exactly like my dead cat at the age of 20.

I wanted to take the kitten back to Japan, but I couldn't catch it.

This year my beloved child is nowhere.
The kitten died without passing the winter.

I'm so sad to die.

I just can't stand the breeding cats that can't live for a year!!

Please rescue the cats before they freeze to death!!!

I want to believe in love for your cats

Please…please!!

 

Chisako Fukuyama

 

 

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2019年11月 4日 (月)

羽村動物園、羽村の堰

11月2日(土)

久しぶりに羽村動物園へ。

昨年の初夏以来(6月に赤ちゃんのちゅび、9月にチョビとプフを引き取ってから3匹の世話に追われて)、行っていなかった。

一昨年の11月に一心同体のようだった愛猫ちゃびを失ってから、ただただ動物のぬくもりを追い求め続け、一度この目で見てみたかったレッサーパンダに初めて会いに行ったのは昨年の5月。その日からラテに熱狂。

ほかの動物園に移動(レッサーパンダは絶滅危惧種なので、血統を考えながら国内の飼育動物園が協力し合って、繁殖のためにペアリング、移動をくり返す)になったら淋しいとおそれていたが、ラテ、ソラ、リンリンが昨年と変わらず羽村にいてくれて嬉しかった。

久しぶりに会えたラテとソラはやはりすごくかわいくて、私の鼓動は激しくなった。

ちゅび、チョビ、プフの3匹を迎えたことで賑やかになったが、ラテとソラを忘れたわけではない。そして愛おしいちゃびを亡くした喪失感がいえたわけでもない。目の前のものに対する愛情と同時に、もう触れられないものへの哀惜はやまない。

くるりんしっぽが特徴のラテ(オス)。
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水を飲むラテ。
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飼育員さんにおねだりするソラ(メス)。
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さすが風太の孫(風美の子)のソラ。ちゃんと立ってリンゴを食べる。
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ソラはレッサーパンダにしては顔が白っぽく、ふるまいもふわふわして、うちのプフとイメージが似ている。
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ソラは室内でも屋外でも、やたらにいろんなところにおしりをこすりつけて匂いづけをしていたが、待望の赤ちゃんはなかなかできないのだろうか。

動物園を午後4時に出る。それから駅の反対側の羽村の堰へ。先日の台風の洪水で多摩川がどうなったか見に行った。

ススキ野原はなぎ倒されて水草のように地面にべったり貼り付いていた。

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羽村橋を渡る。

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激流に耐えて残った樹々の根元には流れて来た木の根や枯草がびっしり。

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こんもりと繁った緑の中に隠れていた細く優しい小川も、「鏡の湖」と呼んでいた白い野茨に囲まれた池も、なにもかも全部無くなっていた。

そして無惨に剥き出しのコンクリートの上に乗っかっている丸太はもしかして・・・?

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ゆったりと時を眺めるように川の縁に並んでいた、あの情緒ある牛枠なのでしょうか?奈良時代からあったという川の流れを制御する牛枠があとかたもないとは。

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昨年の素晴らしかった羽村の茂みや小川の風景。

http://chitaneko.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/index.html

突然の激しい濁流も含め、川の流れも、茂みや池も、人間の想像を超えて毎日刻々と変化していることを今更のように思い知らされる。

去年と同じようには決してならないだろうが、来年の初夏には、また生き生きとした緑の茂み、白い野茨咲く「鏡の湖」や『ムッドレの首飾り』に出てくるような細い秘密の小川が見られることがあるのだろうか?

 

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2019年11月 3日 (日)

次の本の制作、アミアタ山の猫

10月31日(木)

イタリアのチナミさんと、毎日のようにメールのやりとりをしている。

話題の中心は、昨年の9月にアミアタ山の頂上で出会ってしまった、亡きちゃびの面影のある茶白の子のこと、それから、今年もアミアタ山で生まれてしまった子猫たちの命をどうしたら救えるのか、ということ。

10月12日にチナミさんがイタリアの動物愛護団体にメールを送ってくれたのだが、日本の事情と比べても、保護活動に積極的な人は少なく、その団体にしても活動の指針や実践がどうも不透明なようだ。

10月30日(水)

11月1日に訪問する約束をしていた山梨県白州のSさんから、急な発作が起きてしまった、とメールが来る。高速バスをキャンセル。

Sさんは20年来の友人で、私の著書『反絵、触れる、けだもののフラボン』のブックデザインもやってくれた。

世の中の風潮に流されず、猫と植物と本を愛し、正直に自由に生きる尊敬できる友人。親の介護をしながら、Sさん夫婦はたくさんの野良猫の避妊をし、暖かくて安全な居場所とフードをあげて保護して来た。

そしてSさんは難病にもかかわらず、いつも落ち着いていて、症状が思わしくないときも飄々と乗り越えて来た。

イタリアのチナミさんから送ってくれた最高の早摘みオリーブオイルを届けに、今年中に伺えたら嬉しいけれども。

10月29日(火)

チナミさんより、舌が痺れるような青くみずみずしい味の早摘みオリーブオイルが届く。

お願いしていたポルチーニとドライトマトも。とてもありがたく嬉しい。

10月28日(月)

筋肉量を増やすための運動のオリエンテーリング2回目。

10月27日(日)

次の本の制作。デザイナーさんに言われたとおり、絵のグルーピングを試み、指定をする。

もう一度、最初から絵の日付と照らし合わせながら順番を確認していくと、一度決めた順番に(今現在の私の感覚で)違和感のある部分がいくつかあった。

これまで何度も絵の差し替えをやっていただいており、今更といった感じで、版元の編集さんにはたいへん申し訳ないのだが、やはり私の気のすむように入れ替えさせていただいた。

膨大な数から絵を選んで、構成、編集する作業。私はなにをやるのにもそうだが、できることからやって、少しずつ自分の頭の中のイメージに合致するように修正を重ねながら詰めていく。

このやりかたでは追加や差し替えがいくらでも出てきてしまい、編集さんに迷惑をかけることになるのだが、自分の感覚と意識が徐々に高まって来、作業しながら初めて気づくことがある。

私が絵を描くときと同じだ。

完成形が最初から見えているわけではなく、眼と手を動かすことで見えてくる。どこで手を動かすのをやめるのかもやりだしてからでないとわからない。

絵を選ぶのにも、かれこれ4、5年かかったが、こういうやりかたしか自分にはできない。

10月26日(土)

これ以上筋肉が萎えてしまうと、サルコべニア、フレイルまっしぐらで、誰かに迷惑をかけてしまうことになりそうなので、わずかな運動をするクラブに入会。

全身の筋肉量が計れる体重計に乗る。体重と内臓脂肪は標準よりだいぶ低い。両手足の筋肉が標準より-3レヴェル。腹筋は-2レヴェル。

オリエンテーリング1回目。インストラクターについてトレーニング。

 

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