緘黙のトークイベント
11月8日
場面緘黙のまんが『かんもくって何なの?』の著者のモリナガアメさんと、緘黙研究者で『学校における場面緘黙への対応―合理的配慮から支援計画作成まで』(学苑社)『イラストでわかる場面緘黙サポートガイド』(合同出版)の著者の高木潤野さんのトークイベントを聞きに、神保町ブックセンターへ。
――印象に残ったことのメモ――
夜7時スタート。50人ほどのスペースは満員。
最初に高木先生から「きょうは台本中心に進めさせていただきます」との言葉があり、なるほどと思った。緘黙傾向の人はふいに聞かれることに応えるのが非常に苦手だ。決められている台本を読むことのほうが容易だ。
高木先生の話・・・
「緘黙」とは、「社会的な状況により、話せなくなること」であり、改善することができる。
モリナガさんの話・・・(私が使わない言葉づかいだったのでわかりにくいところもあった。なるべくモリナガさんの言葉づかいによせて記憶で書いてみますが、不正確かもしれません)
極度の不安になりやすい性質。人とずれていることがばれたらどうしよう、普通にならなければいけない、と思い込んでいた。
一度話せない人と認識されると、その殻を破れなくなる。子供の頃、盲腸でお腹が痛くても先生にも言えなかった。その時は、命がなくなってもしゃべらない自分を守ろうとした。
緘黙でよかったことはひとつもない。この体験を無駄にしたくなくてまんがをかいた。
まんがをかいたことで緘黙の悲惨な体験のフラッシュバックに苦しんだ。
開き直らないと死んでしまうと思った。変な人と思われても死ぬよりはいいと思った。「生きることへの執着」によって自分を変えることができた。
少しずつ改善するきっかけは環境を変えること。最初のバイトでは挨拶ができなかったが、2番目のバイトでは、最初のバイトの職場の人たちがやっていた挨拶のやりかたをまねた。3番目のバイトでは2番目のバイトの職場の人たちがやっていた報告、連絡、相談のやりかたをまねた。
夜勤をやって、自分が思っていたほど人とずれていなかったことを知った。
しゃべる時は、「これ言っていいの?相手はどう思うの?」という言葉を堰き止めていた部分を破壊して、言葉を押し出すイメージ。
不安になりやすい気質を認め、自分を肯定する。頑なさをほどき、今までと違うことをやってみる。
自分は話せなさとつながりやすい性質だったと言える。もともとの気質と、いろいろな体験(傷ついたこと、抑圧)が複雑に絡み合って、緘黙になった。
緘黙の原因が家庭環境ではないとも言いきることもできない(それぞれの状況による。)親のせいだとも言えないし、親は関係ないとも言えない。
高木先生の話・・・
緘黙は遺伝しないが、不安になりやすい気質は遺伝する。
緘黙になる原因はと聞かれたら、「あらゆることが関係する」と答えている。
モリナガさんの場合は、家庭環境や教師の対応も関係あったのではないかと思う。
「子どもにいつ、緘黙であると告げるべきか」という質問に対して、
モリナガさんの話・・・
「緘黙」と告げられることで、自分は他の人と違う、というふうに決められてショックを受けるのではないか。
高木先生の話・・・
告げ方に注意が必要だが、「あなたはしゃべれないことで苦しんでいるんですね」ということは言ったほうがいい。なぜ苦しいのか自分でわかっていない子もいるから。
子供の場合、支援を受けるために病院の診断(わざとしゃべらないのではない、という証明)はあったほうがいい。親に理解がある家庭の子しか病院や相談に連れて行かれることはないことが問題。
いろんな生き方、いろんな仕事(継いでくれる人を募集している職人技などなど)があることを知ってほしい。
緘黙を研究している人は少なく、緘黙を理解している病院はほとんどない。
誰と話せるようになりたいのか、どういう場面で話せるようになりたいのかをはっきりさせ、具体的にその練習をすれば、改善する。
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