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2019年11月18日 (月)

白州の友人宅へ

11月12日

白州に住む友人の家へ。新宿南口のバスタから高速バスに乗り、小淵沢で下車。

10日ほど前に喘息発作で入院になってしまった旧友と、やっと会えた。イタリアのチナミさんから送っていただいた早摘みオリーブオイルと、ドライポルチーニやドライトマトをお土産に渡す。

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透明な空気。光に黄色やオレンジの葉が透ける白州の山道。

友人の家に続く細道から見渡した景色。

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友人宅のすぐ裏。樹を刈り取られた後には真っ赤なウルシがびっしり生えていた。私は皮膚がかぶれやすいので、触れないように気を付けながら撮影。

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車で近隣を周った時に見つけた廃屋。

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蔵の屋根の下のカーブや、鉄の取っ手が付いた竹製の扉に興味を惹かれた。

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友人宅は夜が早い。特にご主人のYさんは毎日夜8時には寝ているそうだ。そして朝5時前に起きて、家の周りの掃除をしたり、薪の材料を集めたりしているのだという。

11月13日

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ゆっくりとした朝食のあいだに、友人夫妻が話してくれたことに目を丸くしていた。

友人夫妻は、最初は神田神保町で版下制作の仕事をしていた。もう30年も前から空気と水のきれいなところに住みたくて、ここの土地だけを買ったが、その時は家を建てるお金がなかったので、必死で仕事を続けたのだという。

現在の離れがある場所にプレハブの小屋だけを建てて、そこに500万円もした大きな印刷機を置いて仕事をしていたそうだ。「その印刷機、今、どうなったの?」と私が聞くと、「鉄ゴミ。プレハブ小屋は家を建ててくれた友人にあげた。」と。

最初の頃は切り貼りの手作業をする版下制作で、文字は写植屋さんに発注していた。一文字失敗したら全部ずらして貼り直しの、眼も疲れるたいへんな手作業だった。

途中から電算写植になった。ワープロの進化した機械(パソコンの直前)が出た時も購入し、マッキントッシュの最初のパソコンが発売された時は「これからはこれだ!」と思って即購入。当時は相当の値段だったそうだ。

「写植」という言葉はよく聞いていたが、実際はどういうふうに作っていたのかは知らなかった。活字が書いてある無数のプレートから、一文字ずつ見つけて写真を撮っていくのだという。

 

友人が車で小淵沢近くの信濃境駅付近の「高森草庵」に連れて行ってくれた。

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ドミニコ会の神父、押田成人さんが1964年に、この八ヶ岳の麓の村に居を据えたらしい。

紅葉の中に木の十字架が美しい。

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小さな小屋のような茅葺の日本家屋が建っている。

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外の茜色や樺色の光が刺し込む、簡素な礼拝堂。

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高森草庵のHPを見ると

「この土地は誰の土地でもありません。神様の土地なのです。すべての人々の土地なのです。結核患者や、身体障害者達が、白分自身を投げ出すようにして献げられたものと、貧しい人々の献げものによって賄われ、いとなまれ始めた土地です。一つ一つが不思議な歩みでした。今も私の手の中にはお金がありません。然しそれでもこの土地のいとなみは続けられて行くでしょう。

いく粒かの麦は地に落ちましたから。

ここは、弱い者や貧しい者が自分達の手で自給自足し乍ら修道的生活をするところです。弱い者が、依頼心という最大の病気を癒やすところであり、貧しい者が、貧しい心の報酬を受取るところです。そして、思想と宗教の如何を問わず人々が冥想のために、人生の杖を休めることの出来る小さなオアシスとなるべきところです。」という押田神父の言葉がある。

礼拝堂の裏には墓地。亡くなった年(西暦)が書いてあるプレートが、ただ土の上に置いてあるだけ。

友人Sは「私が死ぬときは入信して、ここに埋めてもらおうかと思う。」と言った。

高森草庵の周りを散策。林を抜け、水が湧き出ている場所へ。
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帰り際にSは「ばらのまどい」という押田神父の著書を購入していた。

薔薇色に染まった八ヶ岳の写真を撮るために入傘山の麓へ。「いりがさやま」ではなくて「にゅうがさやま」(重箱読み)だそうだ。

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ススキが陽の光を吸い込んで透き通っていた。

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夕暮れも近づき(このあたりは山に陽が隠れるので、4時半を過ぎれば真っ暗。)小淵沢のバス停に向かう途中で、いくつかの古い石の供養塔が集まっているところ、「蔓根血取場 乙事(おっこと)区」と書いてある看板を発見。

「血取場」の意味を帰宅してから検索してみると、昔、元気が亡くなった馬や牛の下に針を刺して血を抜くと元気になったとある。

しかし供養塔の群れが三つもあるところを見ると、その実は狩りで撃った動物の血を抜く場所だったのかな、と思ってしまう。

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小淵沢のバス停に向かう途中。歳を重ねて幽玄な枝垂れ桜。

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