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2019年12月14日 (土)

岡田温司さんトークイベント「知識人と書斎――アガンベン自伝に見る書斎のかたち」

12月8日(日)

岡田温司さんのトークイベント「知識人と書斎――アガンベン自伝に見る書斎のかたち」を聞きに日本橋、コレド室町の中の誠品生活へ。

月曜社の小林さんより、月曜社の最初の本が『アウシュヴィッツの残りのもの』(上村忠男、広石正和訳)で、これが一番売れたとのこと。私もこの本で初めてアガンベンの思想に出会い、強く感銘を受けた。

岡田温司さんは予想していたより柔和なかたで、お話も軽妙で楽しかった。

『書斎の自画像』はハイデガーとの出逢いから始まり、それからは時系列ではなく、自分の書斎にあるものをアガンベンが見ることによって思いつくままに綴られている。

――お話の断片的メモ――

生きる形式と存在の様態が区別されないのはフーコーの影響。 

エピゴーネン・・・有限な存在であるということ。過去のテキストを独自の形式、新しい読み方で受け継ぐ考古学。発展可能性。

ハイデガーの存在論を乗り越える。存在と存在者を区別しない。

哲学と詩作。ポエジーの問題。コミュニケーション(伝達)に限定されない言葉。

岡田さんが最初に訳されたのは『スタンツェ』。

『イタリア的カテゴリー』「西洋の言語はますます哲学と詩のあいだで引き裂かれてしまい、一方は悦びなき認識へと、他方は認識なき悦びへと向かってきたのだが、いまや急を要するのは、哲学にそれ本来の悦びを、詩にそれ固有の認識を奪還することである。」

ダンテ論執筆への岡田さんの期待。

パゾリーニとの関係。

アガンベンは悲観的、黙示録的(「歴史の終わり」を語る)とジョルジュ・ディディ=ユベルマンにも言われているが、悲喜劇である。

コメディ・デラルテ、プルチネッラ・・・アイロニー、ペーソス、諧謔

トト(喜劇王)、人形劇仕立て

身振り・・・目的や意思にしばられない。ギャグ。

「大きな鳥と小さな鳥」・・・サン・フランチェスコの小鳥への説教。喜劇仕立て。

発想のアルケー。

ドゥルーズ追悼文においても「セルフ・エンジョイメント」の思想について言っている。

無為・・・無活性とは違う。常識的に考えていることを無為にする。行為する時の潜勢力。通常のやりかたをエポケーして別のやりかたでやる。

言語の別の使い方。

ジャン=リュック・ナンシー『無為の共同体』・・・共同体の別の可能性。

『書斎の自画像』の巻末・・「草」についての記述。ドゥルーズの動物の生成変化の向こうをはる。アガンベンの弟子エマヌエーレ・コッチャの著作『植物の生の哲学』。

植物は、世界があるとはどういうことか、生命が世界と結びうるもっとも基本的な関係を体現している。

ハイデガーの『放下 (Gelassenheit)』における星々 カント的・・・見上げるもの。それとは対称的な、草・・・足元の・・・。

京都からおいでになった岡田温司さんと。

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コレド室町というところに初めて来た。私には食べられそうな店が無かったので、キラキラしたイルミネーションだけを見て帰宅。
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