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2020年1月23日 (木)

桜井大造(野戦之月)×平井玄(地下大学)トーク

1月18日(土)

朝から雪。寒いところに出かけて熱を出したりするのが不安だったが、平井玄さんにお会いしたくて、決心して桜井大造(野戦之月)×平井玄(地下大学)トークへ。

うちから歩くと20分くらい。高円寺駅北口、素人の乱のまぬけ宿泊所ビルの2階奥の部屋。

狭い部屋は満杯で温かかった。アジア諸国からの留学生さんたちが多いようだった。

南シナ海の逆さの地図を見ながら「海市」、「陽炎の都市」のお話。

桜井さん、平井さん、そして司会の丸川哲史さんのお話を聞いていると、都市の擾乱の陽炎がふくれあがり、うねりながら、海を越えて、この島国にまで押し寄せてくるようだった。

その熱に、客席の足立正生監督がさらに地獄の劫火のような灼熱の発言で応えていた(過激すぎて、場内に笑い声)。
 
夜7時から9時までだったが、9時20分くらいに終わる。平井玄さんに話しかけたかったが緘黙気質のため、少し具合が悪くなるほど緊張。しかしこのために霙の中を来たのだから、と勇気を出して声をかけた。

平井玄さんと。私が持っている本は平井玄著『愛と憎しみの新宿』。私がグラシン紙(個人的に「ブーブー紙」と呼んでいる)をかけてしまったために白く飛んでタイトルが見えづらい。

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『愛と憎しみの新宿』は私が生まれ育った新宿(私の生家は西新宿だが)の、最高にエキサイティングだった60年代から70年代を書いた本。

ナジャ、風月堂、ATG新宿、澁澤龍彦、種村季弘、大島渚、若松孝二、坂本龍一、フーテン etc・・すべてがあった新宿に、私ももう少し早く生まれていたら、と地団駄踏みそうになる。

68年の新宿騒乱の映像などを見ると、遠い記憶の中の新宿西口の風景が蘇って、手が届きそうで届かないものへの憧れのように苦しくなる。

だが、もしその時代に青春だったら、それはそれで生きづらく、抑圧の多い青春だったのかもしれない。

トーク後の質疑応答で、スマホのナビを使って目的地に行くのと、それを使わずに歩く街はまるで違う、という話が出た。

それは当たり前に理解できるのだが、人それぞれ、何を見て「街」と言っているのだろう?スマホがなければ街の何を見ることができるようになるのだろうか?

個人の資質によるとはいえ、誰もが、ある文脈の中で意味を持つものしか見ていないのではないだろうか。

私はスマホも携帯電話も持っていない。

命を大切にされていない野良猫たちや、植物や錆びや雲ばかりに意識が行っている。

「混沌」という言葉が、ひとつの結論として出されていたが、私は最初(幼い頃)から〈人間〉の端っこにいて、あまり変わっていないような気がする。

「緘黙」というのは「(極度の不安により)言葉を発することができない」ことであり、言葉を発することができないために最も虐げられているのは(比喩ではない)「動物たち」だ。

新宿騒乱の頃であっても、論争の目的が見失われ文脈がたどれなくなった「混沌」の現在であっても、「動物たち」の生命に、悲痛なうめき声に耳を傾けようとする人は少ない。

 

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