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2020年7月

2020年7月26日 (日)

天沼、古い素敵な建物、クリーニング東京社

7月24日(土)

4連休の2日目。和紙を濾したような湿った淡い灰色の曇り空。隣町まで自転車で夏の景色を見に行く。

前から気になっている杉並区天沼の不思議な家。ここだけぽっかりと広い道の角にある。大谷石の門も素敵。古いアパートらしい。

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遊歩道の脇を通り、荻窪方面に自転車をこぐ。荻窪八幡と弁天池公園の近く、いつのまにか協会通りへ出る。

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大好きなクリーニング東京社さんの古い木の建物。閉まっていた。

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それはそれは美しい水色の剥落を隅から隅まで眺めていた。

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このあたり、懐かしい木の家と旺盛な夏草が息づいていた。カラスウリ、ヨウシュヤマゴボウ、エノコログサなどびっしり。

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きょうは至る所、オニユリが咲いていた。遠くから鮮やかなオレンジ色の点を見つけると、オニユリ!と何度も跳んで行った。カサブランカやヤマユリはもう散っていた。

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2020年7月20日 (月)

膠絵の制作 / 母の夢

7月19日(日)

一週間前から描きかけのパネルを引っ張り出して膠絵(「日本画」という言葉の由来に抵抗があるので、基本的には私は「膠絵」と言っている)を描きだした。

下図はなし。画面の中に絵が見えたものから少しずつ筆を入れ、並行して20枚ほどを制作。

制作しだすと頭が急激に回転しだして、頭の中にたくさんのイメージ、試したいことが溢れだしてくらくらするほどになる。

3匹が入れ替わり立ち代わり邪魔して、まともに場所がとれないが、台所のほんのわずかな隙間で立ったまま筆を入れたり、箔を貼ったり、腐食の部分を修正したり。

特にプッピィ姫がパイルヘアゴムを飛ばしてくれと、ひっきりなしにかわいい顔でにゃあにゃあ迫ってくる。ピーンと飛ばすと、ダッとすごい勢いで跳ねて、口にくわえて持ってくる。最近、やたらにおしゃべりやお返事が上手になって来た。

7月12日(日)

ガチャッと玄関のドアが開いた音がして目が覚める夢を見た。

母が帰って来た。

からだがだるくて眠りに引き戻されそうになるのを必死で振り切って起きる。早く、今、起きなければ、今会わなければ母に会えなくなると焦った。

ねばりつくふとんからからだを引きはがすように起き、隣の部屋に行くと母は待っていてくれた。ああ!間に合ってよかった。今の私より若い母。

「来てくれたの?」私は夢の中にいることも、現実では母はもう亡くなっていることもはっきりと知っていた。

「心配だったから。」と母は落ち着いて言った。私は母の肩に抱きついた。

「ありがとう。だいじょうぶだよ。また来てね。」

それから母は壁のほうにすうっと消えた。

・・・

描きかけでほっておいた絵のパネルを20数枚出してきて、埃を拭いた。

次の本のレイアウトと制作を同時進行。

レイアウトに関しては、絵と絵の間隔の問題、キャプションの位置の問題、見た目の直観で違和感を覚えた箇所を修正してもらっても、規則性としてどうなのかなどを考えるとわからなくなってくる。

・・・

セリーヌの『夜の果てへの旅』が読み返したくなって部屋の中を捜した。やはりすごくよかった。

 

 

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2020年7月10日 (金)

花輪和一さんから猫草守の絵が届く

7月8日(火)

雨が上がった瞬間に外に出ようとしたら花輪和一さんから手紙が来ていた。

なんと「猫力」「火水風土」「身強清心」「猫草守」と文字が入った猫の絵!!!

これは私の愛した「ちゃび」の絵らしい。手紙にはあいかわらずちゃびへの嫉妬まじりの花輪節。

「(略)・・・かわいかったんですが、やはり猫は猫。自分は死んだとはっきり認識できないんです。今も眠っているような気分でいるんですね。しぶと・・・かった。まあ生命力強いというか飼い主の影響力も大きかったんです。猫っかわいがりも度が過ぎた。今もそのつもり、ウトウトしつつこの地上にとどまって、旅立ってないんです。」

「杉並一、東京一、猫可愛がりされた幸福な、猫のぶんざいでそこまでいったんですから、幸福すぎたヤツでした。困った時など、幼児に語り掛けるように、状況が理解できるように、繰り返し説明すれば、やつもホッコリ片目を開けて力になって動いてくれるでしょう。」

「一生で使い切れないほどの愛情を注がれて「猫生」を終わったんですから、受けた「愛」を返してくれる・・」

「ということなので、「猫草守」は、折ってカバン等に入れていれば、あのしぶとかったチャッピピピイ~~~!のお力があり、健康体、長生き体になれます。」←(キッパリ)

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3日に肺のがん転移が増大してしまったことを電話した時、「なにかお守りの絵を描いてほしいけど、不動明王はかわいくないから嫌。動物がいい。」とわがままを言ったのにすぐに応えてくれた。

花輪さんも小学生の時に、友達の家で生まれた子猫をもらってかわいがって育てていたそうで、

「今でも夜、眠る前、心が落ち着いた時に呼べば来るなあ、と思う」と。涙。。。

「うちの長男のちゅびがDV男っぽいんだよね。朝4時からにゃあにゃあうるさくて、最近、安眠できなかったの。そうかと思うと私にべったりくっついてきて。ほかの2匹はおとなしいんだけど。」

「そんなバカ猫はビシィイ!!とやってやんなきゃだめだよ~!ペットホテルに預けるとか、他人様のめしを食わせて性根を叩きなおしてやんなきゃ!かわいがりすぎなんだよ~」

「そんなのかわいがるくらいなら花輪さんに愛情注いだほうがいいよね~」

「そうですよ~」

たくさん笑わせて、泣かせてくれて、勇気とやる気が湧いて来た。

花輪さんとのつきあいは、もう30年。彼の態度は出会った時から少しも変わらない。はかりしれぬ才能で、いつも私を驚かせてくれて、少しも偉そうなところがなくて正直で。

童心と、並外れた感性を潰されずに、地獄の苦しみをくぐり抜けてきた稀有な芸術家。

花輪さんは幼少の頃から虐待されて親の愛情不足のまま育ったが、決して自分が弱い者を虐待する側や、卑怯でセコイ搾取をする側にはならなかった。

(私は承認欲求ばかりが肥大したいんちきハリボテ野郎が大嫌いだ!すっこんでろ!と思う。)

 

私の永遠のちゃび。

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7月6日(月)

ちゃぶ台で猫背になってPC作業をするのは非常に内臓が圧迫されて身体に悪いそうなので、LANケーブルの長いのと、ソケット2本を買って来て机とちゃぶ台の配置を変え、机と椅子で作業するようにした。

壁に立てかけていた50号と30号の木製パネルの後ろを掃除。3匹のすごい毛と埃。50号に張っていた雲肌和紙が黴ていたので破って捨てた。壁の汚れを薄めたハイターで拭く。

本の詰めの作業と同時に、今まで途中にしておいたたくさんの絵の制作にとりかかる。

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2020年7月 8日 (水)

がんの腫瘍マーカー上昇

7月3日(金)

最近の経緯をまとめた紙と、データをもって鎌ヶ谷の病院へ。

甲状腺がんの腫瘍マーカーが上がってしまった。

前回の昨年9月に500くらいだったのが今回1380。

急遽、頸のエコーと、肺のレントゲン撮影。結果によっては脳のCT(脳転移がないか調べる)も撮ると言われる。

エコー(頸のリンパ節転移で手術で取り残したのが大きくなっていないかの検査)はセーフ。

レントゲン結果は、今まで小さ粟状転移だったのが、右の肺にひとつ2cm大くらいの塊ができた。

診断を聞くまでは、ついに未分化癌に変化してもう終わりかと思い、猫たちのこと、本の完成のこと、本を持ってイタリアへ行くことも、もう不可能か、・・ぐるぐるいろんなことが頭をよぎった。

診断では、とりあえずは急激な増大ではないので脳のCTは撮らないと。

最近、血圧と動悸を抑えるために勝手に数日断薬したことは、この腫瘍増大とは関係なく、少しずつ上がって来たということ。

・・

最近、認可されたレンビマという抗がん剤の説明を受けた(私の甲状腺がんに使えるのは、この一種のみ)。

先生の意見では「表向きは副作用が少ないとされているが、血管を攻撃し、この病院の緩和病棟で使用した患者さんは脳梗塞、心筋梗塞などになっているのでお勧めできない」と。

レンビマを使った患者さんは皆、私よりも早いスピードのタイプの癌で、危険をおかしてもこの抗がん剤をやっても延命できるのは6か月くらい、と非常にシビアな話をされた。

私は最初にシンチグラム陰性だったが、今やったらもしかしたら効くかもしれない、けれど粟状のたくさんの癌の粒粒すべてが放射性物質を発してしまうので肺が苦しくなる、とも言われた(結局、やらないほうがまし)。

とりあえず私は、なんの治療もせず、今まで通りチラジン(甲状腺ホルモン薬)とアルファロール(ビタミンD)を毎日飲んでいくしかなく、ストレスをかけないように、免疫が下がらないように気を付けていくしかない。

・・・

診察結果を心配してくれている数人の友人たちにメール。あまりショックを受けてほしくない。

7月1日(水)

新高円寺のクリニックに甲状腺の値を聞きに行ったら、とにかくすぐに癌の主治医に電話して、と言われ、帰宅してから電話すると、診察したからすぐ予約をとってと言われ金曜に鎌ヶ谷に行くことになった。

 

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