« 2024年2月 | トップページ | 2024年4月 »

2024年3月

2024年3月30日 (土)

宇野昌磨 フィギュア世界選手権2024

Sdsc07145_20240330001301
青紫の斑のアネモネ(風の薔薇)

ショートプログラム・・・映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』より「I Love You Kung Fu」

どうしても白い靄に光が差している中で踊っているのが見えてしまう。
静謐で人がいない世界。

湖の氷に何度も透明な声が反響する。
孤独で、怜悧で、溌剌として、一糸乱れぬ暴力的な
この1秒ごとに最大振り幅の生命が捧げられている舞踏。

至高の演技にただ驚嘆。
昨年の末に見た時より顔も体つきもずっと大人びて見えた。
そのとおりに演技も異様に洗練されて深みが増し、完全に異質なものになっていた。

敢えて透明で淡い音楽の中で、すべての動きをくっきりと
強烈に印象付ける挑戦的なプログラム。

時折激しくかぶりを振るような
絡みついてくるもろもろの迷いを振り払うような
ふっと力が抜けて落下する花びらのような
強靭さとしなやかさ、儚さと爆発。
踊り狂う身体は彼の制御を超えて、端正であると同時に予測不可能。

熾烈な争いと言われるが、宇野昌磨選手だけはまったくの別物。
異質であり、これぞ至高のフィギュアスケート。
今までのフィギュアスケートの域を超越して、(美しいジャンプを備えつつ)身体表現の極を行く。

 

フリープログラム・・・『Timelapse』~『鏡の中の鏡』

盛り上がる後半に「鏡の中の鏡」に入り込み、成功すれば度肝を抜くようなプログラム。

確かにジャンプを失敗したら、緊張の極の中での息が止まるような表現の美しさは見えづらくなってしまうけれど、
スケートとは何かを全身を使って伝えようとする彼にとって、それはもはや大きな問題ではなかっただろう。

フリープログラムでの演技に衰えは全く感じない。
これが彼の最後の試合だなんて思いたくはない。

彼がもう試合に出ないのなら、私はフィギュアスケートを観ることは無くなりそうだ。
私は絵でもなんでも、自分がエロスと詩情を感じないものに興味がないから。


昨年の世界フィギュア選手権フリーの日、私は癌研究センター中央病院で右肺中葉摘出の手術を受けていた。
動脈、静脈、硬膜外と3本の麻酔の管を繋がれ、激痛と嘔吐でどうしても観ることができなかった。
宇野昌磨選手の試合を見るにはそうとうなエネルギーがいる。
優勝したと知って安心したが、観たのは退院してだいぶ体力が戻ってからだ。

昨年のフリーは感情が入りやすかった。
曲は典雅なクラシックからたぎる情熱へ。
もっと!もっと!と激しさとスピードを増す動き。

終わった瞬間、倒れ込み、会場総立ち、鳴り響く拍手。
日本で開催されて、彼の演技に歓喜する観客に囲まれている宇野昌磨選手を見られるのも嬉しかった。
ステファンのワンダフォー!ワンダフォー!と繰り返す抱擁。
彼だけの良さが遺憾なく発揮された演技。

そして驚くべきことに、
今年のフリーの表現は、昨年よりさらに重厚さや深遠さを増していた。

昨年よりさらに「点数に評価されない次元」の高みへ向かおうとしていた。

高難度ジャンプ偏重のフィギュアスケートではなく、
フィギュアスケートの始原へ、

フィギュアスケートの域を超えた始原の未知の表現の深みへと。

またぜひとも情熱でたぎるような宇野昌磨の演技を見たい。

 

 

|

2024年3月23日 (土)

鎌ヶ谷の病院

3月22日(金)

A井先生に現状報告のため、鎌ヶ谷の病院へ。

寒かったけれど、病院の植え込みのタンポポは陽を吸った地べたにはりついて満開。

A井先生は「適合する分子標的薬があってよかった。抗癌剤(レンビマのこと)は全体の統計で何割かが効果ありですが、レットヴィモは個々の遺伝子に合っているわけですから。」と。

また「(4割が適合する)BRAF遺伝子の薬よりも、(少数の)RET遺伝子、レットヴィモに適合したのもよかった」と言われた。

BRAFの薬は脳転移には効かないがレットヴィモは脳に効く、そして比較的長く使えると、国立がんセンターのH先生からうかがっている。

A井先生は頭頸外科の先生なので個々の薬については詳しくは知らないかも・・・そんな印象だった。

レットヴィモに耐性がついて使えなくなったら、次に何ができるのか質問したかったのだけど、次に何があるという答えはなさそうで聞けなかった。

甲状腺癌は癌の中では少数なので、レンバチニブ(レンビマ)ができるまでは抗癌剤がひとつもなかった。

A井先生は脳の血管が切れやすくなるレンビマをあまり推奨しない感じだ。

「初めての薬であるレットヴィモを飲み始めてから、まだ日が経っていないのだから慎重に。」と言われ、

血圧が上昇したら自己判断せずにすぐにがんセンターに電話すること、汗だくになるような運動は加減を見ながらやること、

自転車に乗っても骨転移部分が潰れることはないと思うが、それより自転車事故に気を付けて、と。

そして「先日、藪の中を走り回って、足じゅうにひっかき傷ができちゃったんですけど、弱いステロイドの軟膏を出していただけますか?」と言ったらすごく困った顔をされて、

「そういうのが心配なんですよね~、薬やったら免疫が落ちるから、なにかの細菌に感染しちゃうかもしれないから。そういうのを慎重に。」と

言われた。

・・・

夜はフィギュア世界選手権を見る。

宇野昌磨選手が異次元だった。顔つきもずいぶん変わった。

 

 

 

 

|

2024年3月20日 (水)

沢渡朔さんに選んでいただいた写真を見る / レットヴィモ開始

3月19日(火)曇りのち晴れ

7時に目が覚めた時、少し瞼に違和感。目を開けようとすると押さえつけられる感じ。

微かだがレットヴィモのむくみと倦怠感が始まっている感覚。

昨日と同じ雑炊。9時にレットヴィモ80mg×2。

・・

沢渡朔さんの事務所に行って、選んでくださった写真をPCで見る。

正直、ずっと私の動きが美しくなくて失敗だったという悔恨に苦しんでいたのだけれど、

写真を見てびっくり。本当にすごかった。

さすが、写真の詩人、沢渡朔さん。

私が撮られているので、決して顔がきれいなわけでもなく、スタイルもまったく色気がないのだが、

まさに私らしくて、私ではない誰か

細い蔓の無数の曲線がうねる隙間から微かに見える誰か

髪の毛がなびく瞬間、身体がしなる瞬間、跳躍する瞬間、くずおれる瞬間、

森の中の移ろう黒いシルエットになったり

突然、森が白く燃え上がったり・・・

私の知っている大好きな枯れ蔓の森の世界でありながら、完全に「もうひとつの世界」になっていた。

すべてがさり気なく、まったくありきたりではないことに激しく打たれた。

そして「すごく自然でしょう。植物と一体になってるし。今回はすごく動いてくれたので、前に撮った時にはなかった写真が撮れた」と言ってくださった。

「福山さんがどうしても嫌だと言うのがあったら、それははずすから言って。」と言われ、

あまり距離が近いもの、顔や皮膚がはっきりしすぎているものは恥ずかしくて嫌だったのだが

「これ?だいじょうぶだよ。これいい写真だよ。」と。

「若く見えるし、子供が遊んでいるみたいでいいよ。」

きわめつけは「俺は福山さんが絶対気に入るものだけを選んだんだから。」と言われ・・・

沢渡さんが私の感覚を理解していると言いきってくださった、

あまりのかっこいい言葉に胸が詰まって、もう何も言葉が出なかった。

すべては沢渡朔さんのおかげ。

・・

そのあとローズヒップティーを飲みながらお話した。

最近製造中止になったチェルシーの昔のCM(私の大大大好きなサマンサが弟と出ていた)は沢渡さんが撮られたのですか、と質問すると、

あのCMは動画ではなくスチールを撮った、と。(ああ、見てみたい・・)

床に積んであった昔(70年くらい)のたくさんの写真パネル
Sdsc07754
(私が子供の頃に恋焦がれて、今も胸しめつけられる失われた情景)を少し見せていただいたり

お父様、沢渡恒(ひさし)さんのお話を伺ったりした。

上は沢渡恒さんが1934年に描かれた絵。下は1980年頃の沢渡朔さんの写真。
Sdsc07757

沢渡恒さんは文学者を志し、石川淳や稲垣足穂と交流があったが、

戦争末期に駆り出され、肺結核になり、35歳で亡くなられたそうだ。

「35歳って言ったら、まだ自分が何者かもわからない頃だよね・・・あの頃は酷かったね。戦争で負けるってわかってるのに日本全体が流されて・・・」ととても悲しそうに静かに言われた。

私の癌についても「福山さんはすごく夢中になれるものがあるからだいじょうぶだよ。」と言ってくださった。

 

3月18日(月)夕方強風 とても寒い

朝、8時頃雑炊を食べ、9時に初めてのレットヴィモ。80mg×2。

雑炊は玄米少々に卵、昆布出汁、紀州南高梅、鮭フレーク、三つ葉、海苔、わさび。

2時半に沢渡朔さんに電話。「写真を選ったので明日1時に事務所に見に来て。」と言われる。

夕方5時半に家を出て卓球へ。分子標的薬を始めるのでもしかしたら参加できないかも、とあらかじめメールでお伝えしていたS井さんに

「わあ、福山さん!来たんだ~」と喜んでいただけた。

まだなんの副作用も無し。

卓球はもうてきぱき動けなくなるかもしれない、とがんばって今日は試合で1番になった。

卓球が終わって自転車で帰宅する時間が強風でものすごく寒くて、指も顔も耳も冷えてがんがんした。

身体が冷えすぎると癌に悪い・・と不安になる。

夜8時頃にまた朝と同じあっさり雑炊。+イワシの南蛮漬け。

9時にレットヴィモ80mg×2。

 

 

 

 

 

|

2024年3月18日 (月)

沢渡朔さんと撮影

3月17日(日)21℃ 風やや強い

緊張して何度も目が覚めた。

7時すぎに起床。昨夜のリゾットの残りを茶碗に半分くらい食べ、お風呂に入る。

9時半に家を出て沢渡さんの事務所へ。

そこからアシスタントのS原さんの運転で沢渡さん宅へお迎えに行き、高速に乗って目的地へ。

「なかなか暖かい日がなかったけど、今日は暖かくなって本当に良かった。風もあるし。」と沢渡さんが窓を開けて手のひらで風を確かめながらおっしゃった。

沢渡さんのケイタイに電話が来て「ああ、カズオちゃん?」とお話されていた。

電話を切ってから「従兄弟。こないだ山形に行ったんで会ったんだよ。向こうの新聞に俺の親父のことが載ってね。」と。

沢渡さんのお父様は詩人だったと聞いている。

明日から分子標的薬を始めること、そうしたら副作用でむくみが出、倦怠感や吐き気、頭痛などで元気に走り回れなくなりそうなことをお伝えする。

「今日みたいなのは楽しいから病気にはいいんでしょ。」と沢渡さんはわかってくださっている。

現地には12時頃着。

朽ちた樹と枯れ蔓の絡まる中で撮影。

少し撮ってから「自分で写真を作っていって。」と言われ、じゅうじゅうわかっているはずなのに

すごく緊張してしまって、きれいな動きができない。

うまくできない自分がもどかしく、苦しい。

私はこれほどの憧れの人と相互作用で奇跡を起こせない自分を憎んでしまう。

けれど、とても楽しい、生きている感覚に充ちた一日。

 

これは手伝ってくれた友人が撮った休憩時の写真。
Sdsc07718 

きれいな蔓を見つけたらイケマの名残の鞘がついていたので歓喜。さっそく身に絡めた。

草原はまだまだノイバラの蔓が渦を巻くようにはびこっていて、もこもこちくちくして足を取られて小走りにも走ることができない。

樹の枝は棘だらけのサイカチが多く、それに絡まったカナムグラの蔓の細かい棘もやられ、

撮影が終わった時には手も腕も脚も足も引掻き傷だらけ。血だらけ。

イガイガトゲトゲだらけの草の上に倒れこんだりもしたのでもうたいへん。

一歩一歩が絡み取られるようなぼこぼこの草地を無理やり走ったので、帰り道ではふくらはぎが痙攣。

<

沢渡朔さんはいつでも自由でそよそよしていて、気取りのない芸術家で、ほんとうにかっこいい。

19年前にこことは別の廃墟(私がほれ込んだ場所)で撮っていただいてから、また沢渡さんと一緒に作業できた夢のような一日。

 

 

|

2024年3月16日 (土)

野イバラの棘 / 傷つけられる言葉

3月15日(金)

沢渡朔さんに午後1時半に電話して打ち合わせの約束をしていたのに、急にうちの電話が不通になる。

(電話代を少しでも安くしようとプロバイダなどが複雑になってしまい)ルータを3つもつないであるので、どこが抜けたのか調べるのもたいへん。

とりあえずフヂヤ薬局さんで電話を貸していただいて、沢渡さんとお話しできた。

その後、ゆっくりコードを確認して電話とPC復活。

3時過ぎにT・Hが電話をくれた。

彼女は私の病気の不安や対人で負う傷をすごくわかってくれる人。

それでだいぶ落ち着くことができた。

3月14日(木)

もうすぐ沢渡朔さんと撮影する予定の現場に、棘でいっぱいのイバラの蔓を切りに行った。

通り道が野イバラで塞がれていてとても危険だったからだ。

前回来た時は野イバラはまだあまり芽吹いておらず、枯れ枝に棘がいっぱいで、ジーパンの上からもたくさんの棘が喰い込んで脚が血だらけになった。

今は枯れ枝から緑の棘と新芽でいっぱいの蔓がしゅる~と伸びている。

前に来た時は気づかなかったが、大きいものは3メートル以上のしなった蔓がびっしり出て、高い樹に絡まっている。

もうひとつ怖いのはサイカチの棘。枯れた枝が突っ立っていて、茶色くて目立たないがぎょっとするほど大きく固く鋭い棘だ。

5時に高円寺に戻らなければならなかったので急いで作業。

Sdsc07536_20240316213601

Sdsc07553

3月13日(水)

レットヴィモ(セルベルカチニブ)を服用しているかたのブログを読んでいた。

夜、眠れないほどの口内乾燥、口内炎、発熱、頭痛、

酷いむくみ、そして肝臓の値の急上昇(倦怠感)や皮疹(アレルギー)が出たら休薬しなければならず、

休薬したらすぐにまた腫瘍が増大。

個人差はあると思うが、怖いことに変わりない。

これから耐えていかなければならないことが重くて、不安で神経が張りつめてしまった。

肝臓の値が大きく上がったら安静と言われるらしい(卓球なんてとんでもない)。

経済的なことも不安。

なによりも効かなくなったら終わり、もう使えなくなることが怖い。

友人に短いメールを送ったら、「薬がおいしいといいね」という返事が来て、ものすごくイライラしてしまった。

命に関わる病気でない人が命の不安ではりつめている相手に、まるで高みの見物発言。

彼女は「笑わそうとした」と言う。

まったく笑えないし、笑わそうとしてほしくなんかない。

ただ「たいへんだね」と言ってくれればそれでいいのに。

気持ちが暗く張りつめている時に投げかけられた不用意なひとことで体調が滅茶苦茶になった。

マッサージの人に「つい2日前に、柔らかくしたのに、どうしてまた首や肩や頭ががちがちになってるのかと思ったら、ストレスですね」と言われた。

友人に悪気はないのはわかっている。私は悪気が無い人がすごく怖い。

感覚的なものが通じない相手がすごく怖いのだ。

|

2024年3月13日 (水)

レットヴィモ

3月12日(火)冷たい雨から暴風雨

5日に受けたPETMRIの結果を聞きに国立がん研究センター中央病院へ。まずは頭頸内科のH間先生。

血液検査の結果、サイログロブリンはさらに上昇していて、

その原因は骨転移のひとつが活発化しているからだとわかった、とのこと。

国立がん研究センター中央病院がまとめた「甲状腺がんに対するセルペルカチニブ(レットヴィモ)療法を受けられる患者さんへ」というプリントをもらった。

私は「RET融合遺伝子陽性甲状腺癌」。

副作用・・高血圧、下痢、末梢性浮腫(むくみ)、口内乾燥・口内炎、疲労・食欲低下・吐き気、頭痛、肝機能障害、腎機能障害・電解質異常・内分泌障害・心電図異常(QT間隔延長)、皮疹などなど

薬剤費・・月約866000円 自己負担額(3割)260000円

高額療養費の適用

私は1日に朝晩1錠ずつだと思い込んでいたが、

1錠80mgを朝晩2錠ずつ、一日4錠で320mg。

1錠約7000円。

「で、お薬はいつから・・・」とお尋ねすると「明日からでも始めたい」と言われ、

今週末に沢渡朔さんとの仕事があるので「18日の月曜からでもいいですか」とお願いした。

副作用は個人差があるということ。

院外処方で、がんセンターのすぐ近くの薬局でないと分子標的薬は置いていないと言われた。

・・・

次に頭頸外科のY本先生。

呼ばれて入室したらいきなりケニアからの留学生のかたが座っていてびっくりした。

Y本先生は最近A井先生(私の最初の主治医)にお会いしたそうだ。私が分子標的薬を始めることを伝えてくださったとのこと。

・・・

最後に放射線科のS町先生。

脳転移は(サイバーナイフができないほど)小さいものが4つあると言われた。

分子標的薬の効果に期待しましょうということで、これからS町先生の診察は数か月に一度、撮影結果が出た時に合わせるとのこと。

帰りは駅までの道で横殴りの激しい雨に服が濡れてしまった。

 

 

|

2024年3月 6日 (水)

PETMRI

3月5日 冷たい雨

朝は9時半から絶食なので8時頃に玄米少々としらす干し、ミルクティ。

12時過ぎに家を出て国立がん研究センター中央病院へ。

1時過ぎに着いてまず採血。遠慮したけれど、本数が多いので看護師さんがベッドでやりましょうと言ってくれて、痛くなかった。

そのあと地下2階の核医学検査へ。

ここでの血糖値検査が痛かった。左人差し指の先端にパチン!と針が刺さった瞬間、太ももの裏側までビリッと来て反射的に動いてしまった。

次に左腕の甲の細い部分に針を刺し、水を通し、放射性物質を付加したブドウ糖を注入。

その後、針を抜かずに固定したが、固定のしかたが悪いのかずっと痛かった。

薬剤が全身にまわるまで安静にする小部屋に案内され、レキソタンを飲んで眠ろうとしたが、ついTVを見てしまう。

チバニアン、磁力の逆転、地層、象の奥歯の化石、オオキトド、森を土壌ごと移植、水生植物の光合成・・・

夢を見ているような景色。

カーテンで仕切られた他の小部屋からはエッフェル議員の不倫会見の声が響いていた。

うとうとするとTVはサブカルチャーの番組に移った。

アメリカの2000年代、ブルーカラーの死の増加、ハリケーンで低地に住んでいた人が見捨てられ、貧しく冷酷な家族、映画「ミリオンダラーベイビー」・・・

名前を呼ばれて検査室へ。左腕の針が変な感じに痛いと申し出たが、あと1時間我慢するしかなかった。

台の上に寝て固定器具を上からつけられる時に、固定器具が左腕の針の上を直撃して「痛い!」と叫んでしまう。

最初30分くらいMRIをやったあと、造影剤を注入してさらに10分。

MRIの強烈な機械音は苦手。コイルが動くときに出る音だと聞いたが。

全部終わると4時前だった。冷たい雨。とても疲れた。

今日は3匹を被曝させないため、自分を隔離して寝た。

 

|

2024年3月 4日 (月)

ストレスと散歩

3月2日(土)10℃

画材店へ。

強い北風のホームで電車を待つだけで凍えてしまい、今、熱を出したらまずいと思い、駅に着いてからすぐに使い捨てカイロを買った。

新宿で昼食をとってからマッサージ店へ。

治療中、私のすぐ隣のベッドに入って来た女性がいきなり大声で話し始め、

「最初に首が酷く痛くなったのは20代の出産後で~私は首が長いんですって!ロングストレートネックなんですって!それから○○のマッサージに行ったんですよ。そしたらマッサージでなおるみたいで~、でもその先生が病気になっちゃったんですよ~、それから○○に行って~。その○○は~だったんですけど~そこが××で~!それから耳鳴りで耳鼻科にに行ったんですけど~酷いことを言われたんですよ!!耳鳴りを中和する音の出る補聴器をつけろって。そんなの老人がつけるようなやつで~!ねえ酷いと思いません?酷いですよね!!」

カーテン一枚隔てただけで、すぐ私の耳の横からうるさい声ががんがん響いてきて、ストレスで頭痛と吐き気がしてきた。話が長くて止まらない。しつこく同意を求める。

私にはこういうおしゃべりの騒音が一番ストレス。

5、6分我慢してから耐えられなくて両耳を塞いだら、担当の人に「頭が痛いんですか?」と聞かれ、

「そうじゃなくて、声が辛い・・」と言ったら

「そうですよね」と奥のベッドに変更してくれた。

私は自己顕示の強すぎるおしゃべりの人が本当に苦手。

個展の時に声が大きくて私となんの関係もないおしゃべりをする人が来ると、ストレスで倒れそうになる。

3月3日(日)14℃

撮影した画像にゴミが映るので、センサークリーニングをしてもらいに中野のカメラ屋へ。

前回、センサークリーニングをしてもらってから半年も経っていないし、レンズ交換もしていないのになぜセンサーにゴミが付くのか質問したら、

ズームする時に鏡筒の中のゴミが落ちているのではないかと言われた。

クリーニングが出来上がるまでブロードウエイで天ぷらを食べ、古くてレアな漫画の本を探し、

カメラを引き取ってから散歩。

趣のあった古い団地(水仙の群れがあった)が潰されたあとに建った巨大ビルの中を通り(テナントは空きが多かった)、

木造の小さなバブテスト教会の横の緩やかな階段坂が無事なのを確認し、

不思議なスペイン風の家の前を通り、SLのある公園の脇を上り、

明治時代の洋館(旧中村家)を囲む煤けた大谷石の塀をつたい、くねった坂を下る。

紅葉山の向かいの旧中野第9中学校は瓦礫になりつつあった。

私の好きな散歩道はどんどん破壊されていく。

帰りは少し寒かったが桃園川緑道を通って高円寺まで歩いた。

沈丁花が満開。

田中稲荷という小さな神社で、チョッピ―によく似たかわいいおキツネ様と出会った。
Dsc07480
桃園川緑道沿いの古いアパート。
Sdsc07490

アパートの横にいた猫たち。片方の子は桜耳だった。
Sdsc07498

昔はかわいい野良猫を見つけたら喜んだりしたけれど、野良猫は1、2年しか生きられないと知ってからは

外に暮らしている猫を見つけるだけで保護しなければ死んでしまう、という心配でストレスになる。

すぐ向かいに保護猫活動をしている家があったのでほっとした。

 

|

2024年3月 2日 (土)

神代植物園 梅園 書肆山田展

3月1日

神代植物園の梅園へ。

正門の近くにある、私の好きな大輪緑萼は散ってしまっていた。

薔薇園の中を通ると、薔薇苗は全部切り詰められた茶色い枝だけ。花も葉もなく棘ばかりが目立つ。

ところどころに赤い新芽が吹き出しているものもあるが、造ン作業で働く人しかいない閑散とした風景。

梅園はもうほとんど花が無いのかと思っていたが、意外にもまだ華やかに咲いている樹が多く、素晴らしい匂い。

メジロたちの天国だった。

Sdsc07349

私の好きな「塒出の鷹枝垂」は散っていたが、「輪違い」や「白牡丹」、「見驚」などが満開。

Sdsc07389


鳥の声ばかりが響く静かで清涼な花の香りに満ちた空間で、

地面に腰を下ろしてうねっている古木のそばにいると、とても心が落ち着く。
Sdsc07391

Sdsc07398_20240302185101

椿園のほうは「有楽(侘助・太郎冠者)」はもう散ってしまって地面のほうが華やかだった。
Sdsc07354

ほかに満開だったのは柔らかな色とぽってりした花弁の「曙」。

ほとんどの椿がまだ莟だったが、光だけはとてもまぶしい一日。

Sdsc07409

帰りは吉祥寺に出て、佐藤美奈子(フリーの編集)さんが企画した書肆山田の展示&販売へ。

2024年 3月1日(金)~3月10日(日)「凝て、触れて、読む――『書肆山田の本』展」 | Gallery ナベサン

Sdsc07452_20240302190801

 

 

 

 

|

« 2024年2月 | トップページ | 2024年4月 »