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2025年4月

2025年4月27日 (日)

大手拓次 ヒヤシンス、薔薇

4月27日(日)

ヒヤシンス 水彩
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  ヒヤシンスの唄 大手拓次『藍色の蟇』より

ヒヤシンス、ヒヤシンス、

四月になつて、わたしの眠りをさましてくれる石竹色のヒヤシンス、

気高い貴公子のやうなおもざしの青白色のヒヤシンスよ、

さては、なつかしい姉のやうにわたしの心を看みまもつてくれる紫のおほきいヒヤシンスよ、

とほくよりクレーム色に塗つた小馬車をひきよせる魔術師のヒヤシンスよ、

そこには、白い魚のはねるやうな鈴が鳴る。

たましひをあたためる銀の鈴が鳴る。

わたしを追ひかけるヒヤシンスよ、

わたしはいつまでも、おまへの眼のまへに逃げてゆかう。

波のやうにとびはねるヒヤシンスよ、

しづかに物思ひにふけるヒヤシンスよ。

・・・

ヒヤシンスと言えば・・と思い出して大手拓次を検索したら、偶然にも今日、「薔薇忌」の集まりを磯部温泉でやっていたみたい。

行ってみたかった気もします。

大手拓次の詩をすごく好きになったのは15歳くらいだろうか。萩原朔太郎より大手拓次がずっと好きで、何度も繰り返し詩集を読んでいた。

小学生の時に『愛の詩集』(鈴木亨編 ジュニア版 日本文学名作選 偕成社)という本を持っていて、その中に「恋」「ばらのあしおと」「風のなかに巣をくふ小鳥 —―十月の恋人に捧ぐ」「とじた眼に」という詩があった。

その本には60人超の詩人の詩が抜粋されていたのだが、その中で私がすごく好きだったのは大手拓次(それから北村初雄、吉田一穂、安西冬衛、八木重吉、新見南吉、中原中也・・・)。

それが大手拓次を知った最初だが、ひらがなが多くて、なにが書いてあるのかよくわからなくても、文字面と音声とリズムで美しい絵が見えた。

大手拓次の詩は強烈に感覚に訴え、動物、植物、そして色や香りについて書かれた詩が多い。

そよそよと、よろよろと、透明で薄暗くて、陰で、不気味で、つかまえどころがなくて、消えいろうとしているのだが、不思議な生命を持ち、いつまでも繰り返し胸に戻ってくる。

大手拓次の詩は、たくさん好きなのがあって選びきれないのだが、とりあえず『藍色の蟇』から、あと五篇、書き写しておきます。

 

・・・

 

  あをざめた僧形の薔薇の花


もえあがるやうにあでやかなほこりをつつみ、

うつうつとしてあゆみ、

うつうつとしてわらつてゐた

僧形のばらの花、

女の肌にながれる乳色のかげのやうに

うづくまり たたずみ うろうろとして、

とかげの尾のなるひびきにもにて、

おそろしいなまめきをひらめかしてうかがひよる。

すべてしろいもののなかに

かくれふしてゆく僧形のばらの花、

ただれる憂欝、

くされ とけてながれる悩乱の花束、

美貌の情欲、

くろぐろとけむる叡智の犬、

わたしの両手はくさりにつながれ、

ほそいうめきをたててゐる。

わたしのまへをとほるのは、

うつくしくあをざめた僧形のばらの花、

ひかりもなく つやもなく もくもくとして、

とほりすぎるあをざめたばらの花。

わたしのふたつの手は

くさりとともにさらさらと鳴つてゐる。

 

・・・

 

  道化服を着た骸骨 


この 槍衾のやうな寂しさを のめのめとはびこらせて

地面のなかに ふしころび、

野獣のやうにもがき つきやぶり わめき をののいて

颯爽としてぎらぎらと化粧する わたしの艶麗な死のながしめよ、

ゆたかな あをめく しかも純白の

さてはだんだら縞の道化服を着た わたしの骸骨よ、

この人間の花に満ちあふれた夕暮に

いつぴきの孕んだ蝙蝠のやうに

ばさばさと あるいてゆかうか。

 

・・・

 

  雪が待つてゐる

 

そこには雪がまつてゐる、

そこには青い透明な雪が待つてゐる、

みえない刃をならべて

ほのほのやうに輝いてゐる。

 

船だねえ、

雪のびらびらした顔の船だねえ、

さういふものが、

いつたりきたりしてうごいてゐるのだ。

だれかの顔がだんだんのびてきたらしい。 

 

・・・


   花をひらく立像 


手をあはせていのります。

もののまねきはしづかにおとづれます。

かほもわかりません、

髪のけもわかりません、

いたいたしく、ひとむれのにほひを背おうて、

くらいゆふぐれの胸のまへに花びらをちらします。

 

・・・

 

 青い吹雪がふかうとも 


おまへのそばに あをい吹雪がふかうとも

おまへの足は ひかりのやうにきらめく。

わたしの眼にしみいるかげは

二月のかぜのなかに実をむすび、

生涯のをかのうへに いきながらのこゑをうつす。

そのこゑのさりゆくかたは

そのこゑのさりゆくかたは、

ただしろく いのりのなかにしづむ。

 

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2025年4月20日 (日)

アオサギが寄って来てくれた、晩生の八重桜

4月15日(火)21℃風が強い

新宿御苑。

アオサギが優雅に池の中にいるな、と見ていたら

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目が合った!若冲の絵みたいに鳥と真正面で対峙する不思議な構図。

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こっちに寄って来た。
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どんどん寄って来た。
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なんで?なんで来てくれるの?

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すぐ目の前まで来た。心臓がどきどき・・・

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ああ・・きれい・・

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そして後ろを向いて・・

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飛び立ちました。

「まだ剖(わか)れない巨きな愛の感情です。」と宮沢賢治が書いた「鹿踊りのはじまり」の嘉十のような気持ちになり、しばし、ぼおっとする。

触れてはいけないもの、いつも遠くからしか見られないものが突然近くに来てくれて、とても動揺した。

毛のはえている動物もすごくかわいいけど、鳥もかわいい。どんな動物も殺したくない。食べたくない。

 

私の大好きな「太白」はもうすっかり花がなくて緑になっていた。

遺伝子鑑定により、なぜか(4月に咲いているにも関わらず)「十二月桜」と名前を変えられてしまったけど、それは見て、出会って、触れて、匂いを嗅いだ個人の体験や記憶とは別のことだ。

若林奮先生がいつも言っていらしたことは、自分の体験でないもの(情報など)をわかったかのように表現しないこと、

「振動尺」とは、自分と対象のあいだの振動をはかるものであり、自分の感覚が及ぶ限界をはかるものである。

だから私にとってはずっと「太白」の樹だ。

http://chitaneko.cocolog-nifty.com/blog/2022/04/post-690bf6.htmlp

 

西洋庭園の近くの日陰の森にひっそりと生きていた山桜の樹が、切られて無くなって、もう名残の切株も見つからなくなっていた。

切株があったら、在りし日の姿を脳裏に見ることがもっと容易なのに。

テングス病になっていて、それだからこそ西日を受けて輝く姿は荘厳にも見えていたのに。



「一葉」(盛春の八重桜)も散りかけていた。

おおよそ毎年、4月15日~17日くらいが「一葉」や「鬱金」、「御衣黄」などの盛りだったのに、今年はもうポシャポシャになっていた。

短い春があっという間に終わってしまう。胸が苦しい。

もうハルジオン(春紫苑)もぽつぽつ咲いていた。まだつぼみは多いけれど、春紫苑が咲き終わったらもう本当に春がいなくなりそう。

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今年も生きて福禄寿(晩生の八重桜)の樹と会えた。

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銀杏の新芽。
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2025年4月17日 (木)

沢渡朔さん「AWA no HIBI]」内覧会

4月10日(木)曇りのち雨

少女の頃から大好きな沢渡朔さんの写真展「AWA no HIBI」の内覧会に、Akio Nagasawa Gallery Aoyamaへ。おはがきをいただいていたので伺わせていただく。

青山骨董通りを散歩。ちょっと脇道に入ると、素晴らしくきれいな花々が飾られているウインドウに思わず駆け寄る。

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「青山フラワーマーケット」の本店だった。

6時から内覧会だが、5時半くらいに伺ったら立木義浩さんはもういらしていた。

それで私は27年も前のガーディアンガーデンとクリエイションギャラリーG8の「検証・沢渡朔の写真美学」展の時のことを思い出していた。
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6時を過ぎた頃からすごい数のお客様。ひとりひとりと話す沢渡朔さん。

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この日は少し肌寒くて、私は浮腫が酷く出てしまっていたので人に顔を見られたくなかった。

そうっと沢渡さんの近くに寄って、2.3m離れたところからお客様となにを話しているのか、わずかに聞こえてくる会話を伺ったりしていた。

「30歳の沢渡朔はまさにアンファンテリブル。『少女アリス』と『ナディア』は沢渡朔にしか撮れない。篠山紀信にもアラーキーにも撮れない」

と沢渡さんに熱弁しているお客様がいて、私がいつも沢渡さんに心からお伝えしていることと同じなので、

無言で沢渡さんに「本当にそのとおりですね」とにっこり目線を送ると

沢渡さんは昔から同じ仕草で、ちょっと困ったような恥ずかしそうな顔を私に返してくれる。

「いや、みんなもっとすごいの撮ってるわけだからさあ」と謙遜する沢渡さんは本当に繊細で気取りがなくて素敵な人。

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私を撮ってくださった時もそうだったが、ポーズをとらせるのではなく、自然な感じで女性を自由にさせて撮っていく。

その場所で、現場で、撮られる側と撮る側がなにか感じれば自然に絵になっていく感じが、沢渡さん特有の、女性を柔らかく自由にしていく無言の感応力、その信頼感が素晴らしいのです。

そして靄のような、小さく震える片隅の植物のような、その一瞬の場で出会うとらえがたいものを撮ってくださるから、私は沢渡朔さんの詩的な写真が大好きなのだ。

会場ではとても素敵なソムリエ(?)さんがワインなどの飲み物を配ってくれていた。

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この日はこのあとローソンのイートインで休んでいたら急に強い雨となり、傘を買って帰った。

・・

1998年「検証・沢渡朔の写真美学」展(Guardian Garden ガーディアンガーデンとクリエイションギャラリーG8の二会場)の時の沢渡朔さんと私。
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詩人の白石和子さんと沢渡朔さんと。
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この時のモノクロ写真は当時のアシスタントさんが撮ってくださっていた会場写真だと思うが、わざわざ自宅にお送りくださって、なんて丁寧なのかしらとたいへん感激したものだ。

この時、金子功ご夫妻が全身カネコイサオの服で現れて、うわ!すごい!ユリさんきれい!って衝撃を受けたのを覚えている。

今思うと、なんでお二方を撮れなかったのだろうと残念でたまらないのだが、緊張して慌てていたのか撮ることができなかった。

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写真家さんたちのトークがありました。女性を撮ることについてだったと思う。

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今も昔もかっこいい沢渡朔さんと立木義浩さん。

「検証・沢渡朔の写真美学」 この本は沢渡朔さんのお生まれの時のことから、「女性を撮ることに独自の美学を貫きとおす」沢渡朔さんのデビューから約20年の写真人生をまとめた素晴らしい本なのです。

当時いただいたサインも入っていて、とても大切にして時々読み返している。
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この本と2004年の「Natural Glow 特集沢渡朔 「NADIA 究極の愛との出会い」」は沢渡さんの感性のありかたがよくわかる。私の宝物。

今、私が編集制作中の本は、沢渡朔さんが撮ってくださった写真(20年前に廃墟で撮影、一昨年に癌で右肺葉を摘出した時の手術痕を撮影、昨年に枯れ野原で撮影)と、谷川俊太郎さんがくださった詩と、私の(1冊目の画集にはいらなかった)絵をまとめた本です。

 

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2025年4月11日 (金)

新緑、椿、枝垂桜、浮腫がましな日

4月9日(水)23.8℃

今朝は眼が覚めた時に顔が冷えていなくて、眼の奥と瞼の痛みが少なかった。明け方の最低気温が11℃で寒く無かったせいか。

きのう、マッサージ師のWさんに「頭ががっちがち!びっくりするくらい!頭痛が酷いレヴェル」と言われて、こめかみを思いっきりもんでもらったおかげか。

最近のうちでは浮腫(鬱血)が軽いほうだ。浮腫の調子は日によってすごく差がある。

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ソメイヨシノ。私の好きな緑の光の帯が出た。

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私の大好きな去年の立ち枯れと、点描の新芽と、緑の光の帯。
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この緑の光の帯はレンズの汚れのせい?


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白い八重椿。「白雪」だったろうか・・?
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枝垂桜。

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井之頭公園の池。残照ぎりぎりに間に合った。

なんとなく感傷的な風景だが、毛利武彦先生がこの池を森閑とした風景として描いていたのを思って、桜の季節にはつい来てしまう。

 

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2025年4月10日 (木)

冷えると浮腫が酷く体調悪い、国立がん研究センター

4月5日(土)

久しぶりに国立へ。

並木の桜は今日がまさに満開。だけど人気のない枯れ蔓の這う倉庫のようなところに惹かれてしまう。

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菊科の立ち枯れの風情に惹かれて走り寄ってみると、危険なアメリカセンダングサ。

この種子は服や運動靴に刺さって、指で丁寧に抜いても小さな棘が残っていてずっとチクチクと刺す。

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原生林の陰に花びらの大きいニオイスミレが咲いていた。

明治時代の一般の人が描いたスケッチなどを売っているというコレノナというお店に行ってみたかったのだけど、休業中だった。

裏通りを周ると明治牛乳の隣にユニコーンブレッドという素敵なお店と魅力的な古いアパートを見つけた。

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「第一松葉荘」と「月朋荘」と書いてある。

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18時過ぎに国立の駅に戻るとピーィッという高くてきれいな声が鳴り響いていた。

見上げると数羽のツバメが飛んでいた。とてもかわいい。

駅の構内のスピーカーの上に巣をつくっているのだ。新しい建物なのに気に入られたみたい。
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この日も浮腫が酷く、使い捨てカイロを貼っていたのに冷えたのか、夜は悶絶するくらい胃腸の調子が悪かった。

4月4日(金)18℃

1日から3日間、冷たい雨だったが、桜の花は散らずにしっかりと枝にくっついていた。

私はあいかわらず浮腫が酷く、調子が悪い。
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椿は早生の木は落花してしまった。咲いている花は雨で茶色く傷ついている。晩生の木はまだつぼみ。

4月1日(火)雨5.8℃

真冬の寒さの中、国立がん研究センター中央病院へ。

12時過ぎに採尿、採血。13時半くらいに内科のH先生の診察。

一般検査の方で脱水と言われて驚く。ずっと家にいてお茶ばかり飲んでいるのに。

つまり下痢で脱水していたみたい。

あいかわらず食べると胃腸が痛くて、どんどんやせている。ロペミン(強い下痢止め)は1日2回ずつ飲んでいいと言われる。

Y本先生の診察は15時半くらいまで待たされた。

粉のプロテインも飲んだ方がいいと言われる。ブレンダーで作るバナナと小松菜と牛乳の生ジュースは飲みやすいが、プロテインを入れるとおなかが痛くなるので少しずつ。

一日に50gくらい蛋白質をとらないといけないのに、私はせいぜい25gくらいしか摂れていないみたい。

3月31日(月)

卓球の時だけは汗びっしょりになる。代謝が上がるのは嬉しいけど、食べられないのに運動するのは筋肉が余計落ちてしまうのでよくなさそう。

とりあえず豆乳を飲んでダークチョコをポリポリかじりながらがんばった。

気がつくと自分の右上腕の筋肉が落ちてしまっているのに愕然とする。

それ以上に太腿とふくらはぎの筋肉が落ちてしまってふらふらしている。

アートフェアの日に痛めた右腰が治っていない。冬に捻挫した左足の甲の外側の痛みがぶり返してきて足を引きずっている。

3月30日(日)
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先週は25℃を越えた日が3日もあったのに、急に寒さが戻ったせいか、身体が冷えて浮腫が酷くなる。

朝、眼が覚めた時に顔が冷えていて、瞼が分厚く重く、眼の奥と頭が痛くて、今日は酷い顔をしているとわかる。

眼の下の隈が真っ黒で、その隈の上がぶっくり腫れている。

食べると胃腸が痛くなるので食べられなくて、どんどん体温が低く循環が悪くなり、浮腫が酷くなっている感じ。

浮腫が酷いと頭が重くて、だるくてとにかく苦しい。

それでも春が来たので、植物を見に外に出かけた。

枝垂桜もソメイヨシノも咲きかけ。

枝垂桜の開花していない枝は極細の墨の線のようで、遠くから見ると灰色の靄で、鬱々としながらも甘やかさを感じさせる。

早咲きの椿はぼたぼたと落ちて地面を華やかにしていた。

油断して厚着していなかったので夕方に寒くて震えてしまった。冷たい風にあたるとさらに覿面に顔の浮腫が酷くなる。

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