
桜(墨) 季節がだいぶ過ぎてしまったが、以前に描いた桜の絵。
桜(小汐山 鉛筆素描)

桜 (太白 鉛筆素描)
5月2日
鎌ヶ谷の病院。浅井先生に会いに行く。
腫瘍マーカーはTSHと一緒に考えなければいけない(TSHと腫瘍マーカーの両方が上昇の時は危ないということ?)とY本先生が言われていたが、
浅井先生は腫瘍マーカーもTSHも、いろんな要因で変動しやすい、と。
やはり両方ともどんどん上昇の一方となれば危ないが、下がったり上がったりなら気にしすぎない方がいいとのこと。
次のMRIでどこか光っていたら、なにか新しい治療をすべきか、という質問に、
浅井先生は基本的には積極的にいろんなことをしてもしなくてもあまり余命は変わらないという考え。
肺の右中葉摘出の時だけは、浅井先生は一刻も早い手術を勧めた。
国立がん研究センターでは甲状腺癌を摘出して何年も経ったあとの転移の手術は前例がないとのことなのに、浅井先生のひとことで手術が決まった。
それ以外は、浅井先生はレットヴィモは勧めたが、レンバチニブはやらなくても・・・という感じ。
・・
8月で退職されるのか、とお聞きすると、
「前いたところの医局から若い人が来れば、その人に教えるという役割が与えられる。何年かは仕込まないと」というようなお話。
「前いたところとは・・・国立がんセンターですか?東大病院ですか?」
「東大のほうです。今は外科志望の人がすごく少なくなって、耳鼻咽喉科(頭頸科)でがんの手術もやろうという人は本当に少なくなってきていて・・。」
シビアな話だが、どんな科でもお給料は同じだそうで、夜中に呼び出されてがんの手術をするような科は、非常に身体的、精神的にたいへんなので志望者がほとんどなく、
最近は命にあまり関わらなくてお金になる美容外科に行きたがる人がすごく多いそうだ。
このままのペースで外科医減少が進めば、将来的にはがんで手術を受けたくても受けられない人が出てくるかもしれない、と浅井先生は危惧されていた。
「仕事がきつくてお金が少なくてもいいというばかな人が来てくれればいいんだけど・・・」
世の中の若い世代は短絡的になってきていて、昔みたいに志を高く持つ人が減ってきているのかもしれない。
「外科手術って手先の器用さが関係ありますよね?」
「いや、僕なんかすごく不器用のほうだから」
「え?昔、甲状腺摘出の時、同室の人に、浅井先生が担当でいいなあ、ほかの先生がいかにも不器用そうで怖いって言われましたよ」
「え!そんなこと言ったら怒られちゃいますよ。そんなことないです」
「でも私の傷、ものすごく細かく縫ってくださったじゃないですか。」
「それは年齢のことがあったからね」
抜糸(今は溶ける糸だが、当時は抜糸があった)の時に、看護師さんから「わあ、浅井先生すごいわ!若い人には全然違いますね~。ものすごく細かく縫ってる」と言われたのをずっと覚えている。
何十年も経っているのに、あの抜糸の緊張感。糸を引っ張ってチョキン、チョキンと切られる感覚が蘇る。
5月1日(木)
ストレスを吹き飛ばすために、初めての卓球教室へ。アケミさんと一緒。
オーダーで好きなことを教えてもらえ、10分やったらほかの人と交代を4回繰り返す。
とても細かく注意してもらえて夢中になる。必死になって汗だく。
途中から遅刻して高校生(国立の有名校)のS君が来た。明後日、大きな大会の試合だそうで綿密に戦略を練っていた。
終わったあと、アケミさんの自転車に重い荷物を載せてもらって歩いて帰った(家までゆっくりしゃべりながら歩いて50分くらい)。
まだ胃腸が痛くて空腹感がないのだが、やせたくないのでコンビニでサンドイッチを買って食べながら歩く。
甘い匂いがしてきて「ネロリだ。柑橘の花だよ」と、白いぽってりした花を拾ってアケミさんにあげた。
「わあすごいいい匂い。この匂いのアロマオイル買ったことがある」
団地の庭に春紫苑が満開。アオスジアゲハも飛んでいた。
塀の下に桜桃がびっしり落ちているところで、通りかかったご婦人に「あら~これ、サクランボなの?食べられるの?すごい上の方までいっぱい!」と言われ・・・
私が背のびして3粒採って、皆で一粒ずつ食べた。すっぱくておいしかった。
早稲田通りの古い医院の前から渡り、庚申通りを通って高円寺駅前に着いた頃に、はたしておなかが刺し込んできた。
帰宅して部屋に入ったらすごい疲労感で倒れてしまった。
そのあと、からだを奮い起こして高円寺図書館へ。
新しくてちょっと豪華すぎる建物(私は古くてボロい建物のほうが好き)。
疲れすぎてPCの画面入力ができないくらい朦朧としながら、お目当ての本を注文。