がんセンター・枇杷採り ヤマモモ

枇杷 鉛筆デッサン、水彩 枇杷の葉のねじれたりぼこぼこしたりしているところに魅力を感じて描いた。

ヤマモモ 鉛筆デッサン、水彩 ヤマモモの実は微妙な色のガラス玉のよう。
6月17日(火)35℃
国立がん研究センター中央病院。
今日はサイログロブリン検査(サイログロブリンの結果は来月)を含め、採血4本。
一般検査の方の結果は、まあいつも通り。肝臓と腎臓の値が少し高いが酷いというほどではない。
あいかわらずアルブミンの値も低いが少しだけ。
来月、造影剤MRI検査をすると言われた。
血液を採ったあと、疲れて胃がむかむかして食事できなかった。
・・・
4時半くらいに帰宅できた。
アケミさんと打ち上げということで、完熟になった枇杷を採りに出かけた。
なにしろこのためにアケミさんは高枝切挟みを買ってしまったくらい楽しみにしているのだから。
アケミさんは胸に今はやりのオニヤンマ君をつけている。田舎では皆使っていたそうだ。
今回は、前回とはまた別の親切な人が大きな脚立を貸してくれた。ありがたい。
夏至近い夕暮の陽射しは暑いけれどまだ甘く、夕日の色に熟した枇杷は、この前に採った時よりずっと甘かった。
ヒヨドリたちがついばんで欠けている実を残りを食べてみる。
鳥たちはどんな味を感じているのだろう、私の身体よりもっと切実な甘みを感じているのではないか、と思う。
60歳以上になる高い枇杷の樹は数千個の実をつけていて、鳥たちの分の100の1くらいをいただいた。
夢中になり過ぎて塀の上に上ったりしてフヂヤ薬局の澄子さんに「危ないからだめ」と叱られた。
終わったあとで澄子さんに
「すみませんでした。ありがとうございました」と一番大きくて赤く売れた枇杷を両手に差しだしたら
「いいのよ。あんなに一生懸命採ったんだもの。持って行きなさいよ」と。優しい~。
澄子さんは今年87歳になる色白でかわいくて自立した女性。
そのあと、高南通りのヤマモモの街路樹を見に行ったら、もうほとんど枝に実はついていなくて、夥しいガラスビーズのような赤や濃い紫の実が歩道に落ちていた。
ヤマモモは東京ではとても珍しい。私もヤマモモを食べたのは今日が初めて。
少し渋いような野性的な味。ポリフェノールが強そう。
昔、鹿児島出身の友人が、私にヤマモモを食べさせたい(私が感激するに違いない)と言っていたのを思い出した。
来年は6月10日くらいにヤマモモの実を見に来よう。
そのあと食事に行き、そこでアケミさんがギャラリー十二社ハイデについてやりたいことをいろいろしゃべっていた。
7月には週に3日在廊して常設(コレクション)展をやるという。
私が絵の制作で手いっぱいで、ギャラリーを回すのに困っていたところに、アケミさんは管理人になってくれて、いろいろ企画し、在廊までしてくれるという。
アケミさんと急激に親しくなったのはつい最近だ。
「なんでそんなにまでしてくれるの?」と本当に不思議なのだが
「ギャラリーに関わるのが夢だったの。知佐子さんが幸せを運んできてくれた。今は毎日が充実していてすごく幸せ」という。
「もっと早くに知佐子さんが絵をかいていることを知っていれば」とも。
アケミさんは芸術関係に興味があって、昔は美学校に通って版画を習っていたり、
ビデオ作品をつくる教室(先生が寺山修司と谷川俊太郎の往復ビデオレターを撮った人で、谷川俊太郎さんが講評に来たこともあるそうだ)に通っていたりした人だ。
7月に何を展示するかなどは追ってXやブログでお伝えしていきます。
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