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2025年6月

2025年6月21日 (土)

がんセンター・枇杷採り ヤマモモ

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枇杷 鉛筆デッサン、水彩 枇杷の葉のねじれたりぼこぼこしたりしているところに魅力を感じて描いた。

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ヤマモモ 鉛筆デッサン、水彩 ヤマモモの実は微妙な色のガラス玉のよう。

6月17日(火)35℃

国立がん研究センター中央病院。

今日はサイログロブリン検査(サイログロブリンの結果は来月)を含め、採血4本。

一般検査の方の結果は、まあいつも通り。肝臓と腎臓の値が少し高いが酷いというほどではない。

あいかわらずアルブミンの値も低いが少しだけ。

来月、造影剤MRI検査をすると言われた。

血液を採ったあと、疲れて胃がむかむかして食事できなかった。

・・・

4時半くらいに帰宅できた。

アケミさんと打ち上げということで、完熟になった枇杷を採りに出かけた。

なにしろこのためにアケミさんは高枝切挟みを買ってしまったくらい楽しみにしているのだから。

アケミさんは胸に今はやりのオニヤンマ君をつけている。田舎では皆使っていたそうだ。

今回は、前回とはまた別の親切な人が大きな脚立を貸してくれた。ありがたい。

夏至近い夕暮の陽射しは暑いけれどまだ甘く、夕日の色に熟した枇杷は、この前に採った時よりずっと甘かった。

ヒヨドリたちがついばんで欠けている実を残りを食べてみる。

鳥たちはどんな味を感じているのだろう、私の身体よりもっと切実な甘みを感じているのではないか、と思う。

60歳以上になる高い枇杷の樹は数千個の実をつけていて、鳥たちの分の100の1くらいをいただいた。

夢中になり過ぎて塀の上に上ったりしてフヂヤ薬局の澄子さんに「危ないからだめ」と叱られた。

終わったあとで澄子さんに

「すみませんでした。ありがとうございました」と一番大きくて赤く売れた枇杷を両手に差しだしたら

「いいのよ。あんなに一生懸命採ったんだもの。持って行きなさいよ」と。優しい~。

澄子さんは今年87歳になる色白でかわいくて自立した女性。

そのあと、高南通りのヤマモモの街路樹を見に行ったら、もうほとんど枝に実はついていなくて、夥しいガラスビーズのような赤や濃い紫の実が歩道に落ちていた。

ヤマモモは東京ではとても珍しい。私もヤマモモを食べたのは今日が初めて。

少し渋いような野性的な味。ポリフェノールが強そう。

昔、鹿児島出身の友人が、私にヤマモモを食べさせたい(私が感激するに違いない)と言っていたのを思い出した。

来年は6月10日くらいにヤマモモの実を見に来よう。

そのあと食事に行き、そこでアケミさんがギャラリー十二社ハイデについてやりたいことをいろいろしゃべっていた。

7月には週に3日在廊して常設(コレクション)展をやるという。

私が絵の制作で手いっぱいで、ギャラリーを回すのに困っていたところに、アケミさんは管理人になってくれて、いろいろ企画し、在廊までしてくれるという。

アケミさんと急激に親しくなったのはつい最近だ。

「なんでそんなにまでしてくれるの?」と本当に不思議なのだが

「ギャラリーに関わるのが夢だったの。知佐子さんが幸せを運んできてくれた。今は毎日が充実していてすごく幸せ」という。

「もっと早くに知佐子さんが絵をかいていることを知っていれば」とも。

アケミさんは芸術関係に興味があって、昔は美学校に通って版画を習っていたり、

ビデオ作品をつくる教室(先生が寺山修司と谷川俊太郎の往復ビデオレターを撮った人で、谷川俊太郎さんが講評に来たこともあるそうだ)に通っていたりした人だ。

7月に何を展示するかなどは追ってXやブログでお伝えしていきます。

 

 

 

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2025年6月20日 (金)

彦坂尚嘉 糸崎公郎展終了

6月15日(日)

彦坂尚嘉 糸崎公郎展2日目

今日は18時から彦坂さんのトークがありました。
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密な空間で、彦坂さんのお話に対して熱い質疑応答がなされていた。

彦坂さんは誰にでも垣根を作らず打ち解けてお話下さっていました。

私は台所にいたのですべてのお話をちゃんとは聞いていないのだが、現代アートの世界では芸術未満のものがもてはやされている、というようなこと言っておられたと思う。

Y.Tについて以前に中原佑介が高く評価した時、彦坂さんは中原祐介とけんかになったという話。

彦坂さんは以前から、芸術分析に

《想像界》《象徴界》《現実界》《サントーム》《ディープミステリ》《ノーネイム》《越境》《未知》《その先》《死》の10界があると言っておられて、そのすべてを兼ね備えているのが超一流の芸術だという。

また《原-芸術》《芸術》《反-芸術》《非-芸術》《無-芸術》 《無-文明》の《無-芸術》これらすべてを持っているのが超一流の芸術、

というようなことを言われている。

芸術に《原-芸術》《芸術》《反-芸術》《非-芸術》《無-芸術》の5つの段階があり、

芸術未満のデザインにも5段階あり、さらにその下のデザインにもなっていないものにも5段階ある、それくらい下の下まである、というようなことを今日は言っていらした。

ここらへんの言葉の厳密な意味に関しては、私はまだ全部理解しているわけではない。

ただ原芸術やデザインしかないいわゆるライトアートというもの、「象徴界」のない「想像界」だけでできたイラストに、私も興味を持つことがないので、感覚的にはわかる。

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小さな女の子の持ってきた絵を見てあげている彦坂さん。

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きょうもアットホームな雰囲気でした。

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最後にふたりで自撮り。

彦坂さんは芸術判定などユニークなやりかたで、とても面白いかた、優しいかたですが、

私は彦坂さんとは政治的考えかたは顕著に違っています。私は15歳くらいから一貫して左派です。そのことは誤解されないように追記しておきます。

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「お疲れさまでした。何か飲まれますか?」とお聞きすると「あのね、あの果物のお酒のね、なにか」と所望されたので手づくりダークチェリーのお酒を出すと「おいしい」と飲んでらした。

夜遅くまでお疲れ様でした。

6月14日(土)

ギャラリー十二社ハイデにて彦坂尚嘉(三筆おばあちゃん) 糸崎公朗展(みんなのフォトモ)展

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終始なごやかに、皆様、彦坂尚嘉さんを囲んで談笑されていました。

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私としては自分の生まれ育ったボロ家にたくさんの芸術関係のかたたちがリラックスされているのが、とても不思議な感覚です。

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彦坂さんと学生時代に同級だったという須永さん。この(わざと)白く塗り残している古い壁を、とても気に入ってくださって嬉しかった。
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2025年6月12日 (木)

斎藤哲夫さんと偶然会う、6月の花、6月の実

6月8日(月)

フヂヤ薬局さんの枇杷の実を採らせていただいていたら、七ツ森の前の信号の向かいに斎藤哲夫さんが立っていた。

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「わあ~~!!」と言ってハグ。

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「ここら辺に住んでるって聞いてたから会うんじゃないかと思ってた。ほんとに会ったね!」と笑顔。

阿佐ヶ谷から青梅街道の方に出て、新高円寺の方まで散歩していたという。これから高円寺で友人と会うと。

「お元気そう。またやせた?」

「やせたよ。歩いた方がいいからね。元気なの?」

「元気です。きょうも夜は卓球行くんですよ。」

「夜卓球?すごいね~」

哲夫さんは顔はやせていたけどお腹周りはちょっとふっくらしていた。

「でもそんなにガリガリじゃないですよね。よかった。私のあばら見て。腸が痛くて42kgまでやせちゃったんですよ」

「わ~、やせてるね。でも元気でよかった」

哲夫さんはビリケンでやった花輪和一さんの個展を見たそうだ。元気でいろいろ活動されていてほんとうによかった。

哲夫さんのホームページが見られなくなっていたから心配していたのです。

今度は7月の私の個展に来ていただけると思う。

6月6日(金)

枇杷と檸檬をリカーにつける。花のような甘い香りで気分がよくなる。

ダークチェリーのお酒と白加賀梅のお酒も。

6月3日(火)雨

まだ夏も若い日。暖かい雨に濡れ、蛇道(細い暗渠)を歩く。

春紫苑に変わって、春紫苑よりも背の高い姫女苑の花。

咲き急ぐ梔子の花。小さくとがった南天の花。

足首のあたりに広がるドクダミの花のみずうみ。

高い枝には泰山木の花。

6月の花は白が多い。

蜜柑色に色づいてきた枇杷の実。

同じ色を競う杏の実。

固く光る小豆色の椿の実、青い木瓜の実。

急に大きくなった梅の実。

まだ青く固いマルメロの実。

植物の繊毛に銀の玉が夥しくとどまって、はじけて、流れるのを見ている。

どこかで鳥が鳴いている。

去年から落ちなかった檸檬の実に飛びつくと

千枚の葉にのった滴が滝のように落ちてきてずぶ濡れになる。

 

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2025年6月 8日 (日)

OSAKA INTERNATIONAL ART

5月30日(金)~6月1日(日)

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大阪城ホールでのアートフェア、OSAKA INTERNATIONAL ARTに、GALLERY KTO(ギャラリー・クトー)さんのブースから出展していただきました。

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私にとって素晴らしいことは、丹生谷貴志さんが見に来てくださったことだ。

そのことはいまだに信じられないほどありがたいことです。

丹生谷さんは文章を読むときにまず言葉が視覚になると言ってらした。それは私と同じだ。

私は小説などはすべて映像で記憶している。

難しい論理的な文章でも、意味がわからなくてもまず視覚的なものがはいってくる。意味を考えるのはそのあとだ。

自分が受容する身体であるということ。

丹生谷さんは自分の外にあるものを見るということと、アートという空虚について考えておられると思う。

どんなお話をされたのかはおいおいオーナーに伺おうと思う。

 

 

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2025年6月 6日 (金)

ギャラリー十二社ハイデのアートフリマ / 暴力の話

6月1日(日)

ギャラリー十二社ハイデにてアートフリマ開催。11時~17時。

11時スタートで、私は11時に着いたらもうお客様がけっこういらしていた。

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作家さんたちのご友人のかたがたがずっと途切れずいらしていて、10足くらいしかないスリッパが足りないくらいでした。

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作家さんたちの作品はどんどん売れていた。

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私は・・昔買ってずっと使わずに箪笥の中にしまっていたPowderのフランケンシュタインとカンガルーのハンカチ、

ラインストーンのトカゲとカエルのブローチ、実家から出て来た贈答品のサンローランやダンヒルの男性用靴下などが売れました。

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K野さんから預かっていた95年の清志郎のツアーの時のTシャツ(未使用品)も、私が交渉して4500円で売れました。

散歩でふらりと寄ってくださったかたも数人いて、「昔、この辺りに尼さんが住んでいて・・」など、私がすっかり忘れていた幼少期の話をされてびっくりしたりもした。

・・

友人で優秀な編集者のM子さんがいらしてくださって、以前伺っていた共通の知人に仕事で騙された話(共同の仕事なのに仕事をしないでお金だけ取られて、まるで仕事の責任者のように本に名前を載せられたこと)がやっと一段落したという報告をいただいた。

何も悪いことをしていないという態度で馴れ馴れしくまた連絡してきた本人に(そのメールを見ただけで心臓がばくばくしたという)、どんなに酷いことをされて精神的におかしくなるくらい苦しんだかをメールで伝えることができた、ということ。

M子さんがその体験を私に告白されたのは昨年の展覧会の時だったが、「いつどこにでも告発できるように、やられたことと苦しんだことをわかりやすく、すべて書き残しておいたほうがいい」という私のアドバイスが役に立ったと言われて、私でも少しはお役に立てたのかと嬉しかった。

加害者はそこそこ一部では名の知れた人なので、実名でどこかに告発しても良かったと思うが、とにかくやっと本人に言えたことがよかった、これで完全に縁が切れることもよかった、とのこと。

この件は非常に性暴力の構造に似ていて、年上の男性にいいようにされて、どんなに反論しても一切聞いてもらえなかったとのこと、

そして暴力をしたほうは、なにもなかったように馴れ馴れしい態度をとり、こちらが本当のことを言うと

「そんなふうに思われていたなんて驚きました」「全く悪気はなく」というような自己正当化の言い訳をしてきたとのこと。

その人は私に対しても含め、昔からおとなしそうに見える女性へのセクハラ行動が目に余る人である。

M子さんの話を聞きながら、ふたりで中央公園を歩き、そこここにいる外国人観光客に私が英語で話しかけてアートフリマのチラシを渡した。

6月最初の日曜日。公園にはきれいな光がさして、たくさんの人がのんびりしていて、紫陽花が咲いていた。

「この真っ青で少し花が小さめなのが日本紫陽花。シーボルトが彼が好きだったオタキさんの名前をつけてオタクサと言う学名をつけた」と私が言うと、M子さんは

「覚えておきます」と言った。

「こっちの白い花はシモツケ」

「それも覚えておきます」と。

 

 

 

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2025年6月 4日 (水)

丹生谷貴志さん / がん研究センターでで全身CT

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5月26日(月)

29日から6月1日まで開催の大阪のアートフェア、OSAKA INTERNATIONAL ARTに、GALLERY KTO(ギャラリー・クトー)さんから展示していただくことになり、

大阪と言えば丹生谷貴志さんがいらっしゃるな。丹生谷さんに私の絵を直に見ていただけたらいいな、と分不相応なことを願い、

いや、絶対にアートフェアなんて来てくださらないでしょう、それでなくても外に出たり他人と関わったりするのがお嫌なのに、とすごく悩んだのだが・・・

いやいや、私はあと2年くらいで死ぬかもしれないんだから、無謀なアタックもしてみるのもいいんじゃない?と勇気を奮い起こし、

きよぶたで頭から突っ込むようにアタックすることにしました。

5月27日(火)

MRIだと思っていたら全身CTだった。

CTは被曝するけれど、時間的に短いし、MRIのような刺激的な機械音を聞かないですむので楽だ。

脳や以前あった脇のあたりの転移が大きくなっていたら、と不安だったが、

結果としては「変わらず」だった。

CTではあまりはっきり見えないのでおおよそではあるが(PETのほうがはっきりする)。

だったらなぜCTをやるのか?と思ってしまうけれど、いきなりドーンと転移が広がる前に軽く検査を挟みたいということだろうか。

・・

私がずっとブログを読んでいた癌患者のかたで、私と同じくレットヴィモを(彼女は2022年1月から)飲んでいたRさんが、4月末からブログの更新が止まっていたので心配していたら、亡くなっていたことがわかってで大ショックだった。

性格的にすごく前向きというのか、癌治療に対して、私からしたら脅威といえるほどに恐怖心がないかたで・・・

最期もご本人は亡くなると思ってなかったと思う。癌が広がって強い痛みがあると書いても、不安や恐怖を訴えないかただった。

私はなにかにつけ、不安が先立つ性格。不安に思う必要のないことまで不安に思ってしまう。

たぶん育ち方のせいだと思うけれど・・。

なるようにしかならない、どうにもでもなれ、と思わないといけないとわかってはいるのだけれど。

たぶん癌の痛みがあまりない状態は、あと2年くらいしかないのかな、と思う。

癌の痛みがないうちに活動しておきたいことはやっておきたいと思って焦ってしまう。

痛みが出てきたらただ静かに過ごしたい。

 

 

 

 

 

 

 

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