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2026年1月

2026年1月26日 (月)

早稲田での発表 / ちゅびのリンパ腫が悪性だった

22日にちゅびの細胞診の結果が出て、「LGLリンパ腫」、リンパ腫の中でもたちが悪いものと知って、頭が殴られたようになり、文字通り倒れていた。

手術後、抗がん剤をやってもあまり延命できないかも、という記事を読み(それもちゃんとは頭に入って来ない)、精神疲労マックスになり、朦朧とした。

早稲田での発表のための準備に根を詰め、ずっと過緊張で頭痛や動悸、そこにちゅびのことで、まともに言葉が出てこない感じ。

毎日のちゅびの通院には行っている。

手術後、一度も自主的に食べてくれなくなってしまい、毎回、抗生物質の注射(抗生物質の薬を抵抗して飲ませられないため)と輸液と強制給餌をしてもらっている。

後ろ脚の神経が麻痺して引きずっているが、強制給餌の時には4本の脚で先生を思い切り蹴ってくるので、私が前脚を押さえている。

頭はよく動くし、表情はしっかりしていて、私の呼びかけにも応える。

私は悲しすぎて心臓も胃も頭も全身の筋肉も痛い。

ちゅびがかわいくてたまらない。

1月22日(木)

早稲田大学 谷昌親先生の授業で発表。

塚原史先生も聞きに来てくださった。

「画家の身体」 

〇絵はなんのためにあるのか 画家の身体とは
画家の身体は普通の人が見ていない、あるいは見えないものを見ているということ

〇自我、主観、主体、あるいはそれらの主権、理性、さらに客体化された論理、習慣、常識、そこで繰り返され循環するステレオタイプ、ありふれたもの・・・、そうしたものから逸脱は可能か

〇デッサンは自分の外にあるものを見て、自分が受容体になることで、主客未分の状態になる
「証言」

〇言語でないもの、人間の外にある生命、文化の外にあるもの、遺棄されたものへ寄り添う

〇絵であるものと絵でないもの 絵は自分の外にあるものとの関係性 
具象という意味ではない

〇絵が「現代美術」としてあるためには、「問いかけ」が必要

〇若林奮 「人間に興味を持たない」、作品の「相手は」「犬であるかも知れない」、「自分の現在と最初期との接近を考え、その間にある歴史を不要としたい」

〇革命

〇アルトー ブルトンへの批判、シュルレアリスム、画家の身体

〇視覚芸術と無意識について

〇人は「現実」=「むき出しのままの表層」こそを見ていない、ということ

〇シュルレアリスムの目指した可能性を現代に生きるには

〇「現代美術」と「現代アート」(仮)

〇デリダの残したもの 動物、共苦、人間中心主義への批判 懐疑不可能なものに先行する 

ジャック・デリダ『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』(ちくま学芸文庫 鵜飼哲訳)

・・・・

結局、誰にも理解されない問題を発表したのだと思う。

でも、自分にしか発表できないことを発表したのだからよしとする。

死ぬ前に一番言っておきたかったことを、まあまあ言えた。

Z世代の学生さんが助けてくれて動画撮影はできたのだが、それを私が短く編集してYOUTUBEにアップするには、そうとう時間がかかるだろう。

20年前、私は早稲田大学のけっこう大きい教室で発表をさせていただき、そのあと谷昌親先生の授業でも発表したのだが、

その当時、吉田文憲さんが早稲田で教えていて、吉田さんが塚原史先生や谷昌親先生につないでくださったのだ。

この「画家の身体」という発表も、吉田文憲さんが聞いたら、なにを言っているのかわかってくれたかもしれない。

20年前、私は吉田さんに常に「画家の身体」の話をしていて、それはアルトー的な「宿痾」だと言われていたから。

・・・・・

アルトーの「アンドレ・ブルトンへの手紙」(1947)鈴木創士訳

「私は秘密の世界や、世界に隠された何かがあるなどとは信じない。見かけの現実的なものの下に、観念、知覚、実在性、あるいは真理の、埋もれた、あるいは抑圧された初段階があるとは信じない。
すべてはそしてとりわけ本質的なものは、むき出しのまま表層にあったのだし、それが垂直に、そして奥底に沈みこんだのは、人間たちがあくまでそう主張するすべを知らず、そう望まなかったからだと私は思っている。」

「秘法伝授を誕生させたのは現実的なものへの恐怖である。(…)もしシュルレアリスム(超現実主義)が現実的なものでないなら、いったいそれが何になるのか? 
だが、そうであっても、もうたくさんだ。いかなる外観のもとにあろうと私はもう芸術には我慢がならない。芸術、すなわちひとつの打撃、糞、殺戮、戦闘、決定的な一掃でないものは。」

・・・・・・

福山知佐子「応鳴、息の犇めき──ジャック・デリダの動物論に寄せて」『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』(ちくま学芸文庫)あとがきエッセイより

〈先決的、かつ決定的な問いは、動物が、苦しむことができるかであるだろう〉という言葉をめぐって、語れる能力を持っていることを示すことではなくて、動物たちの苦しみをどれだけ〈共に〉苦しむことが〈できる〉のか、どうしたらその苦しみを〈限界の周りで、限界によって〉〈養い〉、〈生成し、育成し、複雑にできる〉のかということだろう。
 
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打ち上げのサイゼリヤにて塚原史先生と谷昌親先生と
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2026年1月19日 (月)

ちゅびのリンパ腫の手術、成功

1月18日(日)

ちゅびのリンパ腫の手術、一応成功。
一応というのは、小腸を塞いでいた一番大きな腫瘍だけ摘出できたということ。

腫瘍がほかの臓器と絡んでいるがゆえに摘出できず、小腸のバイパス手術、みたいな恐ろしいことにならなくてよかった。
小さい腫瘍はいろいろあったみたい。詳しく聞いてないが。
それは抗がん剤に頼るということになるのだろう。

あとよかったのは、首に栄養を入れる管を入れられていなかったこと。
「内臓の色がきれいだったからだいじょうぶそう」みたいなことを言われた。

それと、押し入れの奥で発見された時から今現在までの中では一番元気そうだったこと。
麻酔のせいか低いどら声になっていたけど、頭を大きく動かしてすごく声が出て、キャリーの中で少し暴れていた。
もっとぐったりしているのかと思ったので、それには感動した。

明日まで絶食、明後日から食べさせてよい。栄養ちゅーるでもなめてくれればいいが。

飲ませなければいけない抗生物質の錠剤を2種類出された。

ちゅびが押し入れの奥の奥で発見されて病院に連れて行ったのが14日、

そこでリンパ腫のがんと言われてから、今日の手術までにかかったお金、ゆうに50万円近く。

(手術はしかたないが、CTの料金が高すぎると思う。全身麻酔CTと細胞診で16万以上かかった。)

私の飲んでいる癌の分子標的薬レットヴィモは1錠保険で8000円近くし、私はそれを毎日6錠飲んでいるので、ざっと月に140万円くらいかかっている計算になるが、高額医療の限度額制度を受けている。

ちゅびの医療費は私の年間にかかっている医療費をたった4日で超えてしまった。

最初はあまりのショックで、奈落の底に突き落とされた気持ちだったが、

今まで本当にこつこつと使わないで貯めてきたお金が、ちゅびの命のために使うことができた、と思うと少しすっきりした。

私が貯金ゼロで、そのせいでちゅびの腸が破れて死ぬような死なせ方をしたら、おそらくそうとう自分を責めてしまうだろうから。

1月19日(月)

ちゅび、昼くらいまではきのうの手術当日よりはぐったりしていた。疲れが出たのか?

しかし夕方には抗生物質を飲ませようとしたら暴れて飲ませられなかった。

結局、病院まで連れて行って、先生に飲ませてもらおうとしたら・・なんと暴れて先生でさえ飲ませることに失敗し、抗生物質の注射をしてもらった。

 

 

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2026年1月18日 (日)

ちゅびが末期がんだった

1月18日(日)

うちの長男のちゅびが今頃、おそらく手術中。

病院にちゅびを預ける直前に、キャリーの中のちゅびをなぜて、ちゅび、ちゅびと何度も呼んで泣いた。

眼もしっかりしているし、頭は元気そうに動いていた。

1月12日の夜、ちゅびが私の布団に入って来なくて、あれ?と思ったが、そんなに深刻に考えられなかった。

1月13日、私は国立がん研究センターにMRIの結果を聞きに行っていた。

夕方、マッサージを受けて帰宅してもちゅびが近くにいない。その夜も私の布団に入って来ず、どこで寝ているのだろう?もしかしたら急死?と急に不安になった。

14日、家じゅうを探していなくて、動物病院に電話したら、どこかで瀕死の状態になっているかもしれないから、とにかく探して、と言われ、

必死になって探したら、奥の部屋の押し入れの奥の奥にいた。頭が動いていた。とにかく生きていた。

すぐに病院に連れて行き、先生の触診で「おなかになにかあるね」と言われ、信じられなかった。

「腫瘍ってがんとは限らないんですよね?」と思わず聞いて「がんだと思う」と言われ、レントゲンを撮って、5㎝で腸を塞いでいると言われ、

ショックすぎて気持ちが追いつかなかった。

だって数日前まで、おやつを要求して私を嚙んだり、お風呂の蓋の上でお湯につかっている私の頭に頭をがつんがつんなすりつけてゴロゴロ喜んでいたり、プフを後ろから羽交い絞めにして怒られていたり、チョッピーにいたずらを仕掛けられて家じゅうを走り回ったりしていたのだから。

一昨日までは普通に食べていたと思うが、4.6㎏になっていた。今まではずっと6㎏。

腫瘍自体の痛みはないらしい。

2か月前くらいから、少量の胃液を吐くことがあったが、そのあとには食欲旺盛でけろっとしていたので、空腹で吐いたのかと思っていた。

それが腸に腫瘍があるからだなんて、とても考えられないほど元気だったから。

15日に浦和のCTができるところで検査。おそらくリンパ腫と言われた。

ほかにもいろいろ病気が広がっているみたいだが、頭に入って来ない。

全身麻酔の後遺症なのか、脳の神経まで病気が広がったのか、検査から戻ったちゅびは足が立たなかった。

私がイメージしたのは、とにかく緩和ケア(猫にそういう治療があればだが)・・・

16日に病院によばれ、抗がん剤か手術か、と言われ、その時もいろいろわからなすぎて、何も想像ができなかった。

「抗がん剤は割と効果がある、今日から打とうか」と言われ、それでいい、と最初思ったが

「いや、これだけの大きい腫瘍が抗がん剤ですごく小さくなるとは思えない」

「手術をしないと、このままでは腸が破けてしまう可能性がある、腸が破けたらそうとう痛い、もう助からない」

「けれど手術をしたら2週間は抗がん剤はできない、そのあいだに衰弱して死ぬかも」

「いや、手術後に弱い抗がん剤をやる手もあるな」

「手術自体で死ぬこともあるんですよね?」「もちろんあるよ」

先生もどうしたらいいか、すごく迷われていて、もう先生の決断におまかせするしかなくて・・・

手術をして、同時に首から栄養を入れる管を入れることができる、と言われたが、もうかわいそうすぎて、どう受け止めたらいいかわからなかった。

前のちゃびの時、あまりにもちゃびが死ぬことが怖すぎて、最後は1日おきに輸液したり、食欲増進薬を飲ませたり、給餌したりしたけれど、

不自然だったのかもしれない、エゴだったのかもしれない、とすごく悩んだから

3匹と暮らし始めたときは、今度は何かあってもやりすぎない、と心に決めていたのに。

しかしちゅびはまだ7歳だということで、手術にかけてみることになった。

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2026年1月15日 全身麻酔でCTを撮ったあとのちゅび。

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2006年1月4日 私の脚のあいだにべったりで電気毛布で温まるちゅび。

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2025年12月28日 お風呂の蓋の上で蛇口に顔をすりすりしてご機嫌なちゅび。

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2025年11月21日 プフのおなかに顔をうずめて眠る幸せなちゅび。

 

 

 

 

 

 

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2026年1月12日 (月)

ブログが消えていた

1月12日(月)

検索するとブログトップが消えていた。なぜなのだろう?

バックナンバーというのしか出なくて、そこからしかトップページに行けない。

こういうネット関係のわからなさは本当に地獄。ぱっぱっと教えてくれる人がいたらどんなにいいだろう・・・

 

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