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2026年3月

2026年3月15日 (日)

ちゅび LGLリンパ腫、給餌できなくなる / 次の本の制作

3月14日(土)晴れ15℃

今日もぐったりしていたが、陽が差していたことだけはよかった。

空が暗い日は嫌。せめて日向ぼっこさせてあげたい。

でも暑さを感じると自分で椅子から降りる。後ろ足が麻痺しているのでどん!と落ちる感じ。

ずっとおしっこしてないので2時半頃、おむつをとってトイレに入れようとしたら、急に自分からよろよろ動いておしっこしようとした。

(尿意は残っている?)倒れてスチール棚に頭をぶつけそうになり焦った。

トイレの中で少しした。

一度止まってからトイレから出してシートの上にのせて、下腹部のふくらみを少し圧迫したら今度は大量におしっこした。

3時頃、マロビタント(セレニア)を肩甲骨の下くらいに皮下注射。

そのあと強制給餌してみるが嫌がる。なかなかごくんと飲み込めなくなっている。

ステロイドに期待したけれど、もう食事をとることは無理なのかも。

そのあともぐったり眠るようになっていた。

・・・

夕方6時からデッサン教室。その前にモチーフを探す。

新宿のルミネの交差点の銀杏並木の根元に野襤褸菊と仏の座の群れがあったのでそこから採取。

3月13日(金)曇り10℃

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おむつをしたちゅび。
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絶食。

午前11:30病院、キャリーの中で強い吐き気。

診察台の上にのると怖がって低いが割と大きな声で鳴いた。声が出たので私は少し安心した。

S山先生、おしっこを出してもらう。

「触ってみて」と言われて、下腹部と言っても少し上のほう、丸くてぷっくりしているところを右手で少し上に押すとおしっこが出る。

痛かったらどうしよう、と怖くて強く押すことができなかった。

デポメドロール(ステロイド剤)の注射。2週間に一度しか打てない。これが最後の治療。

「左目の眼球が少し出ているのが気になる。目ヤニも。その下あたりに転移があるのかも?」と言われる。

確かに顔が変わっている。

帰りがけ、キャリーの中でもおもらし。

午後、マロピタット(吐き気止め、セレニア)を混ぜて輸液。

目薬ゲンタマイシン。

すごくぐったりしているが吐き気はなさそう。

「ちゅび、ちゅび」と呼びながら撫でたら、弱いが確かにゴロゴロ言ってくれたのですごく嬉しかった。

静かによく眠っている。

・・・

次の本の文章の校正が出てきて修正。

3月12日(木)12℃

絶食。

朝、おねしょ。やっと出たけれど、布団と、ちゅびのからだがビチャビチャ。

おしっこの感覚がないみたい。

強い吐き気の発作はそれほどない(昼間に1度くらい)。

よだれの量は減ってきた。

夜は比較的落ち着いて眠っている。

3月11日(水)11.9℃

絶食。

昼間、強い吐き気の発作はなく、比較的よく眠っている。

よだれは変わらずたえず出ている。

おしっこが出ない。

夕方、急遽、病院、O田先生の診察。

おしっこは「ほっとけば、そのうち自分でするよ」とのこと。

右の口吻(ひげ袋)のふくらみ「触っても痛がらないので様子を見て」とのこと。
 
左の下の歯茎の黒さは転移ではなく「柄」とのこと。

セレニアの注射。

よだれ一旦止まったが、数時間で状態はもとにもどる。よだれがたえず出ている状態。

後脚が完全に萎えている。

午後(夜中)11:30、強い吐き気の発作におそわれる。

3月10日(火)明け方の雪から雨に変わる

絶食。

強い吐き気の発作におそわれる間隔が3時間おき、4時間おきと少しずつ開いている感じ。

よだれは変わらずたえず出ている。今の状態でもうセレニアは無駄なのか?

外は3℃。蕗の傘の上にみぞれの塊が残っていた。こんな寒い日にちゅびを移動するのがかわいそう。

午前11:30 病院。 O田先生、よだれの原因は口の中の腫瘍のことが多い。

口の中、喉の奥、異常なし。

エコーで内臓を見ても大きな腫瘍などは見えない。

セレニアの注射。

セレニアの錠剤の箱に「5日まで」と書いてあることを質問すると「気にしなくていい。自宅で半年も毎日注射している人がいる」と。

午後、輸液500mlをするが、夜、おしっこが出ない。

3月9日(月)夜雨から雪

1〜2時間おきにのたうつような強い吐き気の発作に襲われる。

吐き気のために給餌できない。

ステロイドは胃に穴が開くから2週間に一度しか注射できないと電話で言われる。

よだれがたえず出ている状態。眠れていない。

3月8日(日)12℃

吐き気強く、午前中、急遽病院、O田先生 圧迫排便、セレニアの注射、輸液。

午後4:00、強制給餌するも、4:30、嘔吐。もう強制給餌は無理なのか・・?

セレニアの注射を私が自宅で打てるようにしたい。

3月7日(土)17℃

朝、吐きそうになる。

午前11:00 病院、O田先生、オンシオール(鎮痛剤)。

3月6日(金)14℃

朝、吐きそうになる。

夜も眠れていない様子。

3月5日(木)17℃

朝、吐きそうになる。

 

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2026年3月 4日 (水)

ちゅび、自分でカリカリを食べる(奇跡) / 次の本のカヴァーデザインができてくる

3月4日(水)

11時に病院でS山先生に摘便してもらう。かぼちゃを食べてもカチカチ。

ステロイドのおかげで今になってから自分でカリカリを食べたことを報告するとS先生は「すごいね!」と驚いてくれた。

ほんとによくがんばってえらいね、と。

体重も奇跡的に前回3.15kgを上回る3.25㎏だった。

ステロイド注射は2週間持つということで今日はしなかった。

3月3日(火)

朝起きた時に頭が朦朧としていて、もう一度寝たら遅い午後に起きてしまった。

輸液、薬、給餌。

デザイナーさんから表紙と見返しと帯の色指定するように言われ、ネットでタントとDICの色見本を見ながら指定するのにすごく時間がかかった。

3案作った。タケオまでタントの実際の色を見に行くべきだが、最近、朝眠くてまともに動けない。

3月2日(月)

今日もちゅびが少量だがカリカリを自分で食べた!手術以来、自力で食べたのは3回目。
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吐き気も ないみたい。

手術後、本当に、6週間も食べられなくて体重も半分になり、もう二度と自分で食べてくれることはないと思っていたので奇跡だ。

おそらくステロイドのおかげなのだろう。手術後からずっと打っていなかったのは、耐性がすぐについてしまうからなのだろうか。

薬と給餌。ちゅーるばかりだと便がカチカチになるのでかぼちゃを食べさせるとよい、とネットに実例を書いている人がいたので、かぼちゃのスライスを買ってレンチン、潰して牛乳で溶いてシリンジで与えてみた。

・・・

選挙が終わってからずっと憂鬱で毎日Xを見ている。

今の悪夢のような状況にやはり激しいストレスを感じて言葉を発している人がたくさんいるのを読むと、止まらなくなる。

新しい戦争が始まったのも恐怖。どこまで酷くなるのか。

夜3時過ぎまで眠れなくて、なのに朝7時すぎに起きてしまったり、自律神経がおかしい。

3月1日(日)

ちゅびが今日も少量だがカリカリを自分で食べた!
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今日は薬と輸液と給餌。
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・・

テスト校正紙に赤を入れる。

問題はいつも同じだが、実際の絵よりもずいぶん色が沈んでしまうこと。

写真撮影で鈍くなり、4色分解でさらに鈍くなり、紙に印刷した時にインクが沈んでさらに鈍くなる。

だからデータ画像のサイドをどのくらい上げておくか、その加減を最終的には印刷会社さんに出向いてオペレーターさんと一緒に調整する予定。

・・・

ギャラリー十二社ハイデに寄り、搬出を見届け、久しぶりに自転車で来たアケミさんと中野坂上まで暗渠を歩いて話しながら帰った。

今日は寒くて、綿のコートでは震えてしまった。

2月28日(土)

ちゅびが少量だがカリカリを自分で食べた!奇跡。昨日のステロイドの効果?

手術してから1度も自分で食べることができなくて、シリンジで給餌していたので、信じられない。

手術しても食欲が戻らなかった時は絶望で真っ暗になり、2週間くらいしか生きられないかと思ったが、

介護して気がつけばもう6週間。

薬、給餌。

2月27日(金)

ちゅびがうんこが詰まって苦しそう、何度もトイレの砂を掻くので、午前中に病院に連れて行って摘便してもらう。

手術以降、脚の付け根が麻痺していて(手術のせいではなくてリンパ腫のせい?)自分でうんこができないのだ。

毎日、総合栄養ちゅーる3本程度しか食べていないのに、S山先生がおなかを触ると固い便が詰まっていた。

「一日おきに500ml皮下輸液しているのに、大量におしっこが出て、水分が腸のほうには行っていないんですか?」と質問すると

「口からも水をとったほうがいい」と言われた。

手術後、ちゅびは一度も自分で食べることも水を飲むこともできなくなっているので、水をシリンジで飲ませるのも嫌がって頭を振るのでたいへんなのだ。

輸液してもらい、そのあとS山先生に「ステロイド打っていい?炎症を抑える効果があるから楽になる。食欲も出るかもしれない」と言われ、お願いした。

帰りにリンゲル液3パックとラインと針を購入して今日の治療費は13000円超。

確かオリーブオイルと牛乳が猫の便秘に効くという記憶があり、ネットで調べるとやはりそのようなことが書いてあったので、午後に少量やってみることにする。

3時頃に給餌の際にオリーブオイルを混ぜると嫌がった。特有の味が嫌みたい。

牛乳もオイルほどではないがやはり嫌がる。

・・・

次の本のカヴァーと帯と表紙のデザインがデザイナーのM口さんから上がってきた。

私が回らない頭で苦しんで描いたラフすぎるスケッチから、それを具現化した素晴らしいデザインが出来てきたので感心した。

本当に私の頭の中のイメージを汲んでくださっている。

帯と表紙がピンク系だったのだけ、紫系に変更していただくお願いをした。

カヴァーと帯のデザインができてくると、次の本の全体像が俄然はっきりしてくる。

まだこの先、一番たいへんな仕事、中身の写真と絵の印刷の校正が待っている。

 

 

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2026年3月 1日 (日)

次の本のテスト校正を持って沢渡朔さんの事務所へ

2月26日(木)11.8℃

次に出す本の写真と絵のテスト校正(2種類の紙)が出来上がってきたので、それを沢渡朔さんに見せに行く。

今日は寒くて、四谷3丁目に早く着いてしまったので北風を避けてコンビニに入っていた。

富久町の、蔦と一体化したとても古くて魅力的な成女学園の建物が破壊されて無くなっていたのでショック。中に入ってみたかったのに。

1時に沢渡事務所へ。

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2024年に私を撮ってくださった写真の印刷を見る沢渡朔さん。

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マットコートとサンシオンの紙の印刷の仕上がり具合を比較する。

本として重厚感が出るのはサンシオン。私の絵の色が比較的沈まずに出るのはマットコート。

沢渡さんは本づくりに関してはあまり注文を出されない。

どんなかたちでもいいから本にして残しておきたい、とおっしゃっただけで、ここまで時間をかけて作るとは思っておられなかったと思う。

売れない本でも、とにかく作っておくことが大事。そうすればいつかどこかで誰かが手にとってくれるから、と。

まあ紙はどっちでもいいか・・という感じで、ローズヒップティーをいただき、いつもの雑談になる。

沢渡さんは相変わらず一日おきにジムに行かれていて、スポーツもよく見ているとのこと。

フィギュアスケートも見ていらした。若いスケーターの演技を「数年後にはうまくなるかもしれないけれど、もうあの演技はできない」と。

その瞬間にしか見られない無邪気さ、奔放さ、無意識で無造作でささやかな仕草、もう二度と見られない風景、

そういうものがお好きなんだと思う。

沢渡さんのすごいところは、本当に権威や勲章のようなものが好きではないところ。

昔からそこは徹底している。

そして私のような人間や、若い人に対してもまったく偉ぶらない。

本当に気取りがなくて、余計なものがない。

 

たくさんの写真展のポストカードが貼ってあるロッカー。黄色いピースパークのマグネットがかっこいい。

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亡くなったご友人の写真家さんが描かれたという絵。

まだ2月なのにベランダには満開のミモザが光っていた。

「南向きなのでとても日当たりがいいから」と。

妹さんが「切ってあげましょうか?」と言ってくださる。

でもこのかわいらしい鉢植えの花は、ここのベランダに咲いていたほうがいいと思った。

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ちゅび、LGLリンパ腫/ 次の本の制作(文章)

2月25日(水)雨 13℃

寒くて陰鬱な雨。

薬(セレニア)、輸液、給餌(栄養ちゅーる3本と高カロリーちゅーる1本)。

2月24日(火)

うちのドアの下部分が錆びて膨張してしまったのでドアを変えることになり、その工事の日。

朝9時に業者さんが来るというのでその3時間前に起床。疲れた。

ちゅびは私の顔を見ると「にゃあ!」と鳴いて近寄るとゴロゴロ。

午前中からビールを飲んでちゅびを撫でていた。

眠くて床に横になると、久しぶりに(手術後、初めて)私の股のあいだでゴロゴロ言いながら寝た。

あまりにもガリガリに痩せてしまったので私が寝返りを打ったら踏みつぶしそうで、ずっと一緒に寝るのが怖かったのだけど。

ちゅびが入ってきたので私はじっと動かないようにしていたが、気がつくと眠ってしまった。

電気毛布が熱かったようで、しばらくするとちゅびは私の顔の右横に頭を出していた。

3時頃給餌。

ちゅびは今日、なぜか割と元気に動き回っていた。ひとりで椅子から降りて歩き回ったり、」また椅子に乗って寝たり。
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後ろ脚が麻痺しているのだが、横座りでなく、なんとかしゃがんでおしっこもしていた。

私は疲労のせいで長い耳鳴り(左耳)が3回あった。ずっと緊張性の頭痛。

顔の浮腫が酷くて頬や目の周りを軽く押しても痛い。

2月23日(月)天皇誕生日 22℃
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次の本の原稿の締め切りで朝も文章を推敲していた。なんとか頭が動かしたが、冴えていないと思う。

一応の決定稿を提出。帰りの電車の中でもう一度文章を読み直したら2文字、脱落していた。

薬、輸液、給餌。

5時頃ギャラリー十二社ハイデへ。

私が誘った大船のT・Jさんが来てくれていた。もうすぐ新しい仕事をするそうで、よかった。

2月22日(日)

ギャラリー十二社ハイデに1時過ぎに行く。

今日はアガサさんのご家族がみえていた。

そのあとちゅびのところへ。薬、給餌。

夜、次の本のあとがきの文章を修正する。頭と首と肩と背中が痛くて、朦朧として詩的なことばが出てこない。

2月21日(土)

ちゅびがうんこがしたくて何度もトイレに行って一晩中砂を掻いている、ということで、朝11時半に病院に連れて行くことになった。

10時50分に吐き気止めを何とか飲ませて、病院で給餌してもらおうとしたが、

病院でうんこを絞ってもらった(苦しがっていた)あと輸液してもらい、給餌の用意をする時に吐きあげる動作があったので、病院では給餌を諦めた。

病院で1時間以上待たされて、ずいぶん時間が押してしまった。

1時半くらいに帰宅して軽食をとり、事務所に行って私が給餌。

私が給餌したほうが病院で給餌するよりは嫌がっていない。

・・・

きょうはギャラリー十二社ハイデのアガサ森田・芍薬アカデミー二人展「絵と音の彫刻」の初日。

4時半頃にギャラリーへ。

おふたりの親しいお友達がいらしていました。
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(アガサ森田さん、芍薬アカデミーさん、エミリー村山さん)

おふたりは初めてのお客さんにもひとりひとりにたいへん丁寧に接しておられた。

・・・

その後、モチーフを用意し、6時からデッサン教室。

デッサン教室が終わる頃に3月にやる劇団の人たちが見学に来ると聞いていたが、7時半すぎても来てくれないので焦っていた。

デッサン指導中は気が張っているので感じないのだが、デッサン教室が終わった8時には、疲労困憊と空腹でめまいがした。

劇団の人たちが8時を過ぎてから来られたので驚いた。

測量をされていたが、その25分くらいのあいだ、めまいと頭痛と吐き気で倒れそうなほど苦しかった。

あとでメールで「デッサン教室の邪魔になると思って7時半から8時まで外で待っていた」と聞いて、本当に驚いた。

デッサン教室を邪魔したくないなら6時前の展示の時間に来てほしい。

1時から6時まで展示しているので、ギャラリー見学だけの人も展覧会に来るのは大歓迎だ。私が対応する必要もない。

8時はギャラリーを閉める時間で、そこで限界。それ以上の時間は心身ともに無理。

過労で体調悪いので、1分1秒でも早く帰宅して自分の本の制作の仕事をしたい。

2月20日(金)

薬、給餌。

ずっとあとがきの文章を考えている。

今日はアガサ森田・芍薬アカデミー二人展の搬入なので、ギャラリー十二社ハイデに寄ってみようとしたが遅くなった。

4時半ごろ、坂の下の道でちょうど帰宅途中の二人に会った。

それからひとりでギャラリーを見に行ったが、バランスよく展示してあった。

 

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