文化・芸術

2025年12月 5日 (金)

ギャラリー十二社ハイデでのデッサン教室・「絵」の話

ギャラリー十二社ハイデのデッサン教室

12月は、6日(土)17時~と20日(土)17時~ 各2時間となります。

参加ご希望のかたはギャラリー十二社ハイデのHPの問い合わせからメールください。

11月29日(土)

ギャラリー十二社ハイデでのデッサン教室。

新宿西口中央公園の木々の色づき。後ろに都庁が見えます。
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かわいいかたちの十二社熊野神社前交番。ギャラリー十二社ハイデでは、ここから徒歩3分くらいのところです。

今日初めて参加のK君には自分の手を描いてもらった。
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K君は美大生なのでちゃんと描ける人なのだが、余計な塗りを入れないで、必要最小限のかたちのかわり目のタッチと

繊細な骨格、皮膚の立体感に添った皺だけで人の手の感じを出すように描いてもらいました。

微妙なニュアンス、生命的な皮膚感を大事にしたい。

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I君はケイトウ(鶏頭)。この花は柔らかくてギザギザもこもこした質感を2Bの鉛筆でガシガシ描いてもらった。

垂れ下がったフリルの曲線部分と光っているエッジ、暗い穴のような部分を強調して描きます。

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アケミさんには薔薇を描いてもらった。

この薔薇には花弁とも葉とも判別できない緑色の筋のあるものがついていた。

私はそういう畸形の花に巡り合えると幸運と思う。

私は花屋でそういう変形の花を選んで買う。

そういう奇妙で独特な部分を持っているのが、花の真実だから。

そういうところに面白さや美しさを感じるから。

アケミさんは「ええ!?そうなの?そういう畸形がない花を選んで描くのかと思ってた」と。

花のどういうところに「美しさ」や「それらしさ」を感じるかは非常に微妙なところだが、そこに画家の体質や神経が出るのではないだろうか。

アケミさんが別の絵画教室で、ビニールやプラスチックでできた果物や造花をモチーフに描いていたと聞いて愕然としたが、

工業製品の造花には畸形や個体の個性が無い。

一般になんとなくそれっぽく見える単純化した記号を造形化したものを描いて、それで満足できるのは、本物を見てもその程度の絵しか描けないからなのだろう。

「現代アート」の行為として、あえて造花を描く、という意図ががはっきりしているのなら理解できるが、そうでなくてそんなモチーフを出されたら、私なら爆発してしまうだろう。

・・

終わってからK君と新宿駅方面へ歩き、絵の話をした。道沿いの樹々に年末恒例のネオンがキラキラしている。

それから西口のカフェで9時半まで話した。

K君もいろいろ悩んでいるみたいだ。

「自分が本当にやりたいことを追求していったとしても、他者に認められなければ、自分が本当にやりたいことはなんなのかもわからなくなってきてしまう」と言ったら

K君は「そのとおりです」と言った。

自分の悩みや苦しみを表現しても、それは「自己表現」にしかならず「表現」未満だ。

絵画は絵画として成り立たなければならない。

そして「芸術」である「絵画」には、必ず「問いかけ」が存在している。

美大時代、私は決して楽しい学生生活ではなかった。

入学してすぐに、とんでもないところに来てしまったと思った。

純粋に信じて絵に打ちこめた予備校(高3)時代が懐かしかった。

私の場合は絵の世界の構造のようなものが見えてしまったから。

そんな業界に自分が入ってやっていけるはずもないと思ったし、今でも18歳の時のその直観は正しかったと思っている。

美大なんかに入ったら悩むのは当たり前だろう。

自分が絵になんの(どういう)価値があるのか、絵なんか描いていていいのか、

そもそも「絵を描く」ということがどういうことなのか、

それを考えないで、ただ楽しく描いている人の絵は、たぶん絵未満なのだと思う。

恩師、毛利武彦は、絵になっていないものを「見るべきところがない」と言った。

若林奮先生は「絵になっているか、なっていないか。あなたのは絵になっています」と言った。

今の私には、ほぼ明晰にそれが見えていると思う。

若い頃からよく「絵が好きなら○○も好きでしょう」とか「絵が好きなら○○を見に行くといいよ」などと人に言われて戸惑った経験があるが、

本当に絵が好きならば、絵未満のものに全く興味がないし、むしろストレスになるのだ。

真っ赤なポリの造花を「素敵でしょう?」と言われているのを同じく、絵のまがいものを見ることはストレスになる。

アートフェアに行った時、作者の名前を見ないで、作品に強く惹かれたものだけ、その近くに行って名前を確認すると、すべてもう亡くなっている画家だった。

その作家の世に知られている画風でないものもあったが、燦然と、絵として存在してた。

具象、抽象、コラージュに関わらず歴然としていた。

そして私がすごい画家だと認める人たちは、全員、その人独特の詩的言語もすごいということ。

私の感覚では、その人の言葉を読んだ(聞いた)時点で、どの程度の絵を描く人なのか知れてしまう。

言葉がばからしいと感じた人の絵は、やはり絵未満でしかない。

「絵」を描くということは全身の運動であり、総合芸術だということ。

すごい絵を描ける人はすごい詩的文章を書けるし、詩的映像や写真も撮れるし、すべてに対して慧眼でありラジカルである、と私は思っている。

すごい絵には哲学的な「問いかけ」がある。

たぶん私が志向しているのはとうにこの世に存在しない「芸術家」というもので、私は結局そういう人にしか興味を惹かれないのだ。

 

 

 

 

 

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2025年10月25日 (土)

福山知佐子個展最終日

10月19日(日)

ギャラリー十二社ハイデでの個展も最終日。

この絵は割と最近出来たのだがすごく気に入っている。この絵とも淋しいけどさよなら。
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鬱金香

最初に高校の時の友人タカちゃんや小学校低学年の時の友人マリコが来てくれた。

マリコは茨城に住んでいて、何十年かぶりかに新宿西口に降りたので、新宿が変わり過ぎてまったく方向がわからなくて迷ってしまったと。私も破壊されている新宿が辛い。

6歳の頃、マリコが住んでいたのは十二社通りの野菜市場の2階。そこはマリコが引っ越してすぐに普通のビルになってしまった。

毎回来てくれる音大卒のS.Y君。Twitterでお知り合いになったM.Sさん。

鎌倉で絵を描いているT.Jさん。芸大のデザイン科卒のアキさん。

そして静かに長い時間見てくださるS.Hさん。S.Hさんは佇まいがすごく美しいかた。
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今日は5時から舞踏のパフォーマンスだが、あいにくの降りだしそうな空。

5時、十二社の階段。

村野正徳の挨拶。福山知佐子が愛着がある十二社の記憶、昔あった十二社の大きな池などをテーマに身体表現するそうだ。

村野正徳舞踏パフォーマンス  (youtube)

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吉田文憲さんの(私が一番好きな)詩、「生誕」を暗唱し、そのあとに舞踏パフォーマンス。
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※日本には「舞踏」という日本特有の前衛的な舞踊の形式があります。

西洋の軽やかで流れるようなダンスとは違い、地面に這いつくばるように情念や土着性などを表現するものです。

60年代に土方巽が創始、大野一雄などが発展させたもので、今は世界的にButohとして認知されています。
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途中、ばらばらと大粒の雨が降って来て、けっこうな大降りになる。

スマホが濡れたら壊れるのでは、とコートを頭から被ってスマホを庇いながら撮影。

見てくださっているお客様も濡れて申し訳なかった。傘を最初からお客様に用意するべきだった。

パフォーマンス終了後、村野君の予備校時代からのお友達が来て一緒に録画を見ていた。

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本人はミミズをイメージして踊ったそうだ。

そして私に若いお客様が。友人のサヤカちゃんの息子さんのK君と、その幼馴染のT君。

多摩美の院生のK君。
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レザーベイビーというバンドのドラムスのT君。
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私は何と言ったらいいのかわからないくらい、この若いおふたりに励まされた。

私のデッサンを見て、二人で(私に向かって言うのではなく)「すげえ!全部すげえ!絶対描けない!」って本当に驚いて言ってくれていたので。

「どういうところが?」と質問するとK君は「線の選び方がすごい。こんなふうには誰も描けない」と。

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スケッチブックを一枚ずつめくって見せたら、その一枚ごとのデッサンに、いちいち「すごい。全部すごい」と言ってくれて

そして枯れたチューリップを和紙の上に鉛筆で描いて岩絵の具を散らした絵を見て、「これが一番好きです。生命の揺らぎを感じる」と言ってくれて、画集まで買ってくれた。
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T君は絵をやっている人ではないにも関わらず、私の銀箔の絵を見て「すごい!これ、なんなんですか?」と真剣にくいついてきて、

「銀箔を腐食して、絵の具を使わずに絵を描いたの」と応えたら「すごい!誰もやってない。誰もやってないことを考えるのがすごい」と。

花の部分だけ塗っている紫のチューリップの絵を見て「どうして一部分だけしか色を塗ってないんですか?」と聞かれ

「花は一瞬ごとに動いているから、今の瞬間を描こうとすると全部塗れない。全部塗ると絵が固くなるから。

左のチューリップに比べて右のチューリップは早く無造作に描いているでしょ。無造作に描いた方が運動が描けるから」と応えたら

「すごい!それで動いているように見えるのか」と。
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なんで若い人がこんなに素直に、強く興味を持ってくれているのか、本当に驚いた。

なにか表現している特に若い人は、自分のやっていることが一番と思っていて、私のデッサンに興味を持ってくれる人などほとんどいないから。

現代アートをやっている人は設計図は描くかもしれないが、自分の外にある小さな生き物をよく見て鉛筆で描くことなど必要ないと思っているし、

絵をやっている人でも自分の絵のスタイルを作るのに熱心で、ものを見てものに寄りそうデッサンの質には興味がなかったり・・

私の絵を見て敵愾心丸出しで、私から話しかけても「ふん!」とそっぽを向いた同じ美大の同じ学科の10年も15年も後輩の女の子が何人もいたし、

だから、絵の世界とはそういう嫌な感情が渦巻く世界だとずっと昔から認識していたので、ふたりの素直さに愕然とした。

私は萎れて枯れていく植物の運動に寄り添って描くこと、そしていわゆる美大受験用の画一的なデッサンを抜け出て線で描くことを目指して30年やって来たのだけど

きょうは馬鹿の一念で続けて来たことが無駄ではなかったと思えた幸せな日だった。

7時に個展終了。すぐに絵5点を梱包して足利市立美術館に送る準備をした。

そのあと打上げ。昨日H.Mさんにごちそうしていただいたちょっと高級なイタリアンへ。

私がごちそうすると言っているのに、二人はすごく遠慮していた。今日ばかりはごちそうさせて欲しい。

シャブリのグラスで乾杯。マグロと紫玉ねぎのカルパッチョ。スモークサーモンのサラダ。ウニのクリームソースレモン添え。

アケミさんが、「花輪和一展と福山知佐子展を手伝えて、すごくたくさんのお客様と会えて楽しかった。それと知佐子さんのお客様がみんな優しくて素敵な人ばかりでびっくりした」と言ってくれたのが嬉しかった。

「芸術家ってみんなおかしな人ばかりかと思ってたから」と言われ、

「そんなことはないよ。一流の人は優しいよ。変な人って自己顕示欲がおかしくなってるんだと思う」

9日間、たくさんのかたとの出会いがあり、すごく目まぐるしくて体力的に大変だったけれど、幸せでした。

お運びくださった皆様、絵や本や絵葉書をご購入くださった皆様、本当にありがとうございました。

10月25日からは足利市立美術館でのコレクション展「いのちの寓話」に8点が展示されます。

新宿から2時間。空気も澄んでいて、とても良い美術館ですので、お近くのかた、興味がおありのかた、よろしくお願いいたします。

 

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2025年10月14日 (火)

福山知佐子個展2日目・3日目

10月13日(月)

今日は開廊すぐから若いお客様が待っていてくださった。

聞けば龍谷大学の渡邉悟史先生から、良い画家だから見に行くように、とのご紹介があったとのこと。

渡邉悟さんは『生き物の死なせ方』の著者で、私はXで相互フォローしていただいているだけで、面識なくメールでさえお話したこともないかたなのだが、 なんとありがたい・・・

その渡邊先生の教え子のかたはすごく感じがよいかたで、とても熱心に見てくださっていた。

そのあと早稲田大学名誉教授の塚原史先生が。

先日『異説 ダダ・シュルレアリスム』という分厚い超力作の御本をお送りいただいたばかりで、お世話になりっぱなし。

私が特にシュルレアリスムとアナキストの関係に興味を持った、と感想をかいたことを評価してくださった。

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20年前に早稲田によんでいただいて、講演や、授業などに出させていただいたのだが、また今度よんでいただけるかも、というお話になって、

「なにしろ福山さんは生き方そのものが芸術だからね。そういう人はいないから。ゴッホとかならいたけどね、今は・・」と言われてびっくり。

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水彩画家の伊佐さんと。
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シモーヌ・ヴェイユの研究者の今村純子さんも。

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私の装丁した吉田文憲さんの詩集『ふたりであるもの』を見て「こんなに素敵な装丁の本は見たことがないと言ってくださった。

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夕方、この場所に通ってくださっていた、母のケアマネだったMさんもいらしてくれた。

夕方、6時半以降に来てくれたかたもいたのだけど、きっちり7時に閉廊させていただいた。

閉廊して、やっとお茶。今日はギャラリーに来てから水分を口にすることも完全に忘れていた。

本日はこれから動画撮影。

最初に私が自宅で録音してきた詩(吉田文憲さんの)をスマホで共有するのに手間取り、それから撮影の段取りの打ち合わせなどに1時間を要した。

自分の絵の前で、私の生まれて初めてのアドリブのパフォーマンス。スマホで撮影してもらったものを逐一見て、撮影の角度や構図などを修正してもらって、6,7テイクくらい撮っただろうか。

終了したらやっとおなかがすいて、10時近くだったがお赤飯とビールをいただいた。

10月12日(日)

いつもアオスジアゲハが集まる花壇。昨日、陽射しがきらきらしていた時間には5匹(5頭)もいた。

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夕方、マツダトイズさんが15歳のご子息を連れていらした。

私のデッサンへの姿勢(同じ固体の花を咲いてから萎れて枯れてカサカサに拘縮するまで何か月も捨てないで描いている)に感銘を受けられられたそうで・・。

息子さんも絵を描いていきたいそうだ。

マツダトイズさん自身が時代の趨勢に息苦しさを感じていらっしゃるのは、もともとが純粋に美術志向で傷ついた経験をお持ちだからだ。

時代の趨勢にどこまでどこのように同調し、あるいは反発していくのか、個人の感性、個人の意識、個人の趣味、個人の体質、そういうことは私はわからない。

私が教えられることは、「そこに在るもの(生命)」の、なにを、どのように、どういうふうに「見る」のか。

どうやったら「見る(感じる)」ことができるようになるのか、ということ。

 

 

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2025年7月23日 (水)

脳の造影剤MRI、冷房で具合が悪くなる

7月15日(火)ゲリラ豪雨

国立がん研究センター中央病院

最近、不眠でなかなか寝付けないので夜、レキソタンを前より多く飲んでいる。

昼は絶食なので、無理やり8時に起きて、まったく食べたくないのにバナナと牛乳と卵を食べる。それからまた少しウトウト・・

血液と尿検査。

1:45から脳の造影剤MRI。

検査室が寒くてたまらないので、検査着の下に着るアンダーウエアを持参していてよかった。寝不足なので寝てしまう。

終わった時に「気分はだいじょうぶですか?」と造影剤アレルギーについて聞かれる。

「MRIのだったかCTのだったか忘れちゃったんですけど、以前にくしゃみが止まらなくなったことがあって・・」と一応お伝えすると

「それはCTのです。カルテに書いてありますね。MRIとCTの造影剤は全く違うものなんです」

「一度アレルギーが出たら、もう二度と造影剤CTはできないのですか?」

「メーカーを変えてみたりすると、添加物が違うので、できたりします」

3時過ぎ、H先生の診察。

脳に2つある腫瘍(サイバーナイフ後に新しくできたもの)は変わらず。

脳天にあって開頭手術したがっていたほうの腫瘍は、腫瘍のまわりの浮腫(これが質問しても説明がよくわからない)が消えていた。

サイログロブリン(先月採取した結果)は先々月よりは落ちていた。

とりあえず、レットヴィモが効いているということ。

レットヴィモが効かなくなってからは、この2つの腫瘍が活発になるわけではなく、いろんなところに転移が出てくるという。

私はあと2年くらい、レットヴィモが効いているうちに活動的にやりたいことをやって、痛みが出てきたり動けなくなったら、人前から引っ込んでひっそりと暮らしたいと思っている。

自分の人生のタイムリミットが迫ってくる感じ。つまらないものは本当につまらない。熱狂するものはほんの少し。

レットヴィモを2か月分出してもらう。一粒4000円で2か月分で144万円?保険でMRIと合わせて44万?

8丁目の東京画廊まで歩いたら後ろから殴られる大雨で全身びしょ濡れ。

山本豊津さんはもう出かけられていたし、さんざんだった。

1丁目のサイゼリヤでワインを飲み、冷房で凍える。風邪をひきそうだった。

昔プランタンだったところにあるOKストアで買い物。

7月16日(水)曇り 肌寒い

プラトーギャラリーでの瀬戸内逍遥さんの東京での最後の個展を見に行く。瀬戸内さんが上岡さんだったと初めて知った。

そこでその前に個展をしたまむ(万夢)さんと知り合う。

イラストの仕事のこと、デッサンのこと、いろいろ熱心に質問された。まさにコンサル。

このギャラリーでも冷房がきつくて、ものすごく体が冷えて顔と眼の奥が痛くなってしまった。

7月17日(木)

高円寺駅前で川北スぴ子さんの個展。

昔の文化人形たちの世界。服飾の学校を出られたそうで、何とも言えない女の子の人形のかわいらしさとレトロ感がたまらない。

ぜひギャラリー十二社ハイデで個展してほしいのだけど。うちの雰囲気にぴったりだと思う。

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この日も冷房で顔や眼の奥が痛くなり、具合が悪くなった。

レットヴィモを飲んでいるのと関係あると思う。冷えると敵面に血液循環が悪くなってやたらに浮腫む。

 

 

 

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2025年6月20日 (金)

彦坂尚嘉 糸崎公郎展終了

6月15日(日)

彦坂尚嘉 糸崎公郎展2日目

今日は18時から彦坂さんのトークがありました。
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密な空間で、彦坂さんのお話に対して熱い質疑応答がなされていた。

彦坂さんは誰にでも垣根を作らず打ち解けてお話下さっていました。

私は台所にいたのですべてのお話をちゃんとは聞いていないのだが、現代アートの世界では芸術未満のものがもてはやされている、というようなこと言っておられたと思う。

Y.Tについて以前に中原佑介が高く評価した時、彦坂さんは中原祐介とけんかになったという話。

彦坂さんは以前から、芸術分析に

《想像界》《象徴界》《現実界》《サントーム》《ディープミステリ》《ノーネイム》《越境》《未知》《その先》《死》の10界があると言っておられて、そのすべてを兼ね備えているのが超一流の芸術だという。

また《原-芸術》《芸術》《反-芸術》《非-芸術》《無-芸術》 《無-文明》の《無-芸術》これらすべてを持っているのが超一流の芸術、

というようなことを言われている。

芸術に《原-芸術》《芸術》《反-芸術》《非-芸術》《無-芸術》の5つの段階があり、

芸術未満のデザインにも5段階あり、さらにその下のデザインにもなっていないものにも5段階ある、それくらい下の下まである、というようなことを今日は言っていらした。

ここらへんの言葉の厳密な意味に関しては、私はまだ全部理解しているわけではない。

ただ原芸術やデザインしかないいわゆるライトアートというもの、「象徴界」のない「想像界」だけでできたイラストに、私も興味を持つことがないので、感覚的にはわかる。

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小さな女の子の持ってきた絵を見てあげている彦坂さん。

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きょうもアットホームな雰囲気でした。

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最後にふたりで自撮り。

彦坂さんは芸術判定などユニークなやりかたで、とても面白いかた、優しいかたですが、

私は彦坂さんとは政治的考えかたは顕著に違っています。私は15歳くらいから一貫して左派です。そのことは誤解されないように追記しておきます。

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「お疲れさまでした。何か飲まれますか?」とお聞きすると「あのね、あの果物のお酒のね、なにか」と所望されたので手づくりダークチェリーのお酒を出すと「おいしい」と飲んでらした。

夜遅くまでお疲れ様でした。

6月14日(土)

ギャラリー十二社ハイデにて彦坂尚嘉(三筆おばあちゃん) 糸崎公朗展(みんなのフォトモ)展

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終始なごやかに、皆様、彦坂尚嘉さんを囲んで談笑されていました。

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私としては自分の生まれ育ったボロ家にたくさんの芸術関係のかたたちがリラックスされているのが、とても不思議な感覚です。

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彦坂さんと学生時代に同級だったという須永さん。この(わざと)白く塗り残している古い壁を、とても気に入ってくださって嬉しかった。
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2025年6月 4日 (水)

丹生谷貴志さん / がん研究センターでで全身CT

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5月26日(月)

29日から6月1日まで開催の大阪のアートフェア、OSAKA INTERNATIONAL ARTに、GALLERY KTO(ギャラリー・クトー)さんから展示していただくことになり、

大阪と言えば丹生谷貴志さんがいらっしゃるな。丹生谷さんに私の絵を直に見ていただけたらいいな、と分不相応なことを願い、

いや、絶対にアートフェアなんて来てくださらないでしょう、それでなくても外に出たり他人と関わったりするのがお嫌なのに、とすごく悩んだのだが・・・

いやいや、私はあと2年くらいで死ぬかもしれないんだから、無謀なアタックもしてみるのもいいんじゃない?と勇気を奮い起こし、

きよぶたで頭から突っ込むようにアタックすることにしました。

5月27日(火)

MRIだと思っていたら全身CTだった。

CTは被曝するけれど、時間的に短いし、MRIのような刺激的な機械音を聞かないですむので楽だ。

脳や以前あった脇のあたりの転移が大きくなっていたら、と不安だったが、

結果としては「変わらず」だった。

CTではあまりはっきり見えないのでおおよそではあるが(PETのほうがはっきりする)。

だったらなぜCTをやるのか?と思ってしまうけれど、いきなりドーンと転移が広がる前に軽く検査を挟みたいということだろうか。

・・

私がずっとブログを読んでいた癌患者のかたで、私と同じくレットヴィモを(彼女は2022年1月から)飲んでいたRさんが、4月末からブログの更新が止まっていたので心配していたら、亡くなっていたことがわかってで大ショックだった。

性格的にすごく前向きというのか、癌治療に対して、私からしたら脅威といえるほどに恐怖心がないかたで・・・

最期もご本人は亡くなると思ってなかったと思う。癌が広がって強い痛みがあると書いても、不安や恐怖を訴えないかただった。

私はなにかにつけ、不安が先立つ性格。不安に思う必要のないことまで不安に思ってしまう。

たぶん育ち方のせいだと思うけれど・・。

なるようにしかならない、どうにもでもなれ、と思わないといけないとわかってはいるのだけれど。

たぶん癌の痛みがあまりない状態は、あと2年くらいしかないのかな、と思う。

癌の痛みがないうちに活動しておきたいことはやっておきたいと思って焦ってしまう。

痛みが出てきたらただ静かに過ごしたい。

 

 

 

 

 

 

 

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2025年4月27日 (日)

大手拓次 ヒヤシンス、薔薇

4月27日(日)

ヒヤシンス 水彩
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  ヒヤシンスの唄 大手拓次『藍色の蟇』より

ヒヤシンス、ヒヤシンス、

四月になつて、わたしの眠りをさましてくれる石竹色のヒヤシンス、

気高い貴公子のやうなおもざしの青白色のヒヤシンスよ、

さては、なつかしい姉のやうにわたしの心を看みまもつてくれる紫のおほきいヒヤシンスよ、

とほくよりクレーム色に塗つた小馬車をひきよせる魔術師のヒヤシンスよ、

そこには、白い魚のはねるやうな鈴が鳴る。

たましひをあたためる銀の鈴が鳴る。

わたしを追ひかけるヒヤシンスよ、

わたしはいつまでも、おまへの眼のまへに逃げてゆかう。

波のやうにとびはねるヒヤシンスよ、

しづかに物思ひにふけるヒヤシンスよ。

・・・

ヒヤシンスと言えば・・と思い出して大手拓次を検索したら、偶然にも今日、「薔薇忌」の集まりを磯部温泉でやっていたみたい。

行ってみたかった気もします。

大手拓次の詩をすごく好きになったのは15歳くらいだろうか。萩原朔太郎より大手拓次がずっと好きで、何度も繰り返し詩集を読んでいた。

小学生の時に『愛の詩集』(鈴木亨編 ジュニア版 日本文学名作選 偕成社)という本を持っていて、その中に「恋」「ばらのあしおと」「風のなかに巣をくふ小鳥 —―十月の恋人に捧ぐ」「とじた眼に」という詩があった。

その本には60人超の詩人の詩が抜粋されていたのだが、その中で私がすごく好きだったのは大手拓次(それから北村初雄、吉田一穂、安西冬衛、八木重吉、新見南吉、中原中也・・・)。

それが大手拓次を知った最初だが、ひらがなが多くて、なにが書いてあるのかよくわからなくても、文字面と音声とリズムで美しい絵が見えた。

大手拓次の詩は強烈に感覚に訴え、動物、植物、そして色や香りについて書かれた詩が多い。

そよそよと、よろよろと、透明で薄暗くて、陰で、不気味で、つかまえどころがなくて、消えいろうとしているのだが、不思議な生命を持ち、いつまでも繰り返し胸に戻ってくる。

大手拓次の詩は、たくさん好きなのがあって選びきれないのだが、とりあえず『藍色の蟇』から、あと五篇、書き写しておきます。

 

・・・

 

  あをざめた僧形の薔薇の花


もえあがるやうにあでやかなほこりをつつみ、

うつうつとしてあゆみ、

うつうつとしてわらつてゐた

僧形のばらの花、

女の肌にながれる乳色のかげのやうに

うづくまり たたずみ うろうろとして、

とかげの尾のなるひびきにもにて、

おそろしいなまめきをひらめかしてうかがひよる。

すべてしろいもののなかに

かくれふしてゆく僧形のばらの花、

ただれる憂欝、

くされ とけてながれる悩乱の花束、

美貌の情欲、

くろぐろとけむる叡智の犬、

わたしの両手はくさりにつながれ、

ほそいうめきをたててゐる。

わたしのまへをとほるのは、

うつくしくあをざめた僧形のばらの花、

ひかりもなく つやもなく もくもくとして、

とほりすぎるあをざめたばらの花。

わたしのふたつの手は

くさりとともにさらさらと鳴つてゐる。

 

・・・

 

  道化服を着た骸骨 


この 槍衾のやうな寂しさを のめのめとはびこらせて

地面のなかに ふしころび、

野獣のやうにもがき つきやぶり わめき をののいて

颯爽としてぎらぎらと化粧する わたしの艶麗な死のながしめよ、

ゆたかな あをめく しかも純白の

さてはだんだら縞の道化服を着た わたしの骸骨よ、

この人間の花に満ちあふれた夕暮に

いつぴきの孕んだ蝙蝠のやうに

ばさばさと あるいてゆかうか。

 

・・・

 

  雪が待つてゐる

 

そこには雪がまつてゐる、

そこには青い透明な雪が待つてゐる、

みえない刃をならべて

ほのほのやうに輝いてゐる。

 

船だねえ、

雪のびらびらした顔の船だねえ、

さういふものが、

いつたりきたりしてうごいてゐるのだ。

だれかの顔がだんだんのびてきたらしい。 

 

・・・


   花をひらく立像 


手をあはせていのります。

もののまねきはしづかにおとづれます。

かほもわかりません、

髪のけもわかりません、

いたいたしく、ひとむれのにほひを背おうて、

くらいゆふぐれの胸のまへに花びらをちらします。

 

・・・

 

 青い吹雪がふかうとも 


おまへのそばに あをい吹雪がふかうとも

おまへの足は ひかりのやうにきらめく。

わたしの眼にしみいるかげは

二月のかぜのなかに実をむすび、

生涯のをかのうへに いきながらのこゑをうつす。

そのこゑのさりゆくかたは

そのこゑのさりゆくかたは、

ただしろく いのりのなかにしづむ。

 

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2025年3月26日 (水)

ヒヤシンスの絵 / FODMAP 、ブレンダー 野菜ジュース

3月26日(水)

雪さまにリクエストいただいているヒヤシンスの絵、制作中。

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ヒヤシンスの花色は多いが、私は青色、水色、薄紫系統が一番好きだ。

ご注文いただいたかたからも青色系が希望だと言われたので嬉しかった。

淡い青だとスカイジャケット、ブルージャケット(花の根元が鮮やかな空色で花弁は紫がかった青)、デルフトブルー・・・などの種類のヒヤシンスをイメージして描きたい。

ヒヤシンスの詩と言えば、大手拓次である。

ヒヤシンスは特徴的な素晴らしい香りがあって、真珠や霜のように花弁が光って、幼い頃から大好きな花だが、大手拓次の詩を読んでさらにヒヤシンスが好きになった。

その詩は、ヒヤシンスに色をつけた時に載せようと思う。

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猫の絵を買ってくださったサヤカちゃん(30年来の友人)と、最近メールで久しぶりに話した。

サヤカちゃんも長く腸の病気に悩んでいる。彼女は高FODMAP食品を避けることを教えてくれた。

FODMAPというのは、小腸で吸収されにくい4種類の発酵性糖質を指す用語とのこと。

Fermentable➝発酵性
Oligosaccharides➝オリゴ糖
Disaccharides➝2糖類
Monosaccharides➝単糖類
AND
Polyols➝ポリオール

お腹によいとされているヨーグルトや納豆、はちみつやオリゴ糖も高FODMAPに含まれる。

玉ねぎ、にんにく、ブロッコリー、キムチ、マッシュルーム、豆類、絹ごし豆腐、さつまいもなど私の好きなものばかり。

そして私の大好きな果物、さくらんぼ、桃、りんご、梨、マンゴー、スイカ、アボカド、プルーン、あんず、ライチ、柿、西洋梨、いちじく、すいか、プラム、ドライフルーツ・・・これらは全部やめられない。

ずぼらな私にはFODMAPを避けるのは難しそう。

何十年も前から欲しかったのにまだ買っていないブレンダーを買って、生野菜ジュースを飲んでみたいです、と言うと、

サヤカちゃんから、ワット数の低いものだとうまくできないというアドバイスをいただき、一番安い150Wのを買おうとしていたのをやめて500Wのを買うことにした。

本日、ブレンダーが届き、仕事から帰宅して夜、生まれて初めての自分で作る生ジュース体験。

小松菜を2株と有機バナナ一本、それにラブレ1本を加えてジュースにしたら最高においしかった。

飲んだらすぐにおなかがきゅるきゅる・・と鳴ってしまったが。ミヤリサンとロペミンを飲みながらだましだまし飲んでいこうと思う。

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先日、卓球仲間のMさんに体重が減ったと言ったら「たいへん、甘いものいっぱい食べなきゃ」と言われたのだが、

私はもう30年くらい、好んで甘いものを食べたことがない。お菓子に興味がなく、ほとんど砂糖を摂らない。

がん細胞はまず糖を吸収するのは事実だが、甘いものを食べても癌の悪化には関係ない、とも言われている。

しかし癌の悪化に関係なくても、身体の糖化、酸化、炎症に関係あることは避けたいし、私は甘いものを食べたいという欲求がまったくない(お酒は時々飲みたくなるが)なので、勧められてもいただかない。

甘いものをお土産にいただいたら、友達にもらっていただいている。

ぶどう糖加糖液の入った飲料も飲まない。

同じく卓球仲間のKさんに「すごくおいしい」という揚げせんべいを持ってきているので食べないかと勧められたが、謹んでお断りした。炭水化物が揚げてあるお菓子は食べない。

癌が動き出してから、絶対に食べたくないものに無理してつきあうこともない。

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明日はまた絵の撮影。

ちゃんと選んだはずなのに、あとから絵を修正したくなったり、選にもれた作品が重要に思えてきたり、どうしても感覚が微妙に変化するので一発で決定!というふうにはならない。

悩み、迷いながら修正を重ねて、頭が少しずつ冴えて、どうにか考えがまとまっていく感じ。時間がかかるのだ。

プロの撮影現場を見るのは楽しい。やりかたを見せていただいていろんな発見がある。

私が現場で、一番撮りたいところのポイント(ディテール、色味など)を説明して、そこに焦点を合わせて撮っていただいて、思い通りの撮影になっていくのがとても充実感がある。

 

 

 

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2025年3月12日 (水)

彦坂尚嘉さん個展・ART FAIR TOKYO 19 (2025)

3月7日(金)

天王洲アイルの寺田倉庫2、CONTEMPOART TOKYOの彦坂尚嘉さんの個展へ。

天王洲という湾岸の場所が海風で寒いだろうと恐れていたのだが、やはり冷たい強風に震える。顔が冷えると敵面に浮腫が酷くなり、眼の奥が痛む。方向がよくわからず迷ってやっとたどり着いた。

エレベーターを待っていたらちょうど彦坂さんと糸崎公朗さんがいらした。

個展タイトルは「3層の美術・・・イベント・絵画の死・生成AIの絵画」。

昨年、永井画廊でされた個展「ゾンビ芸術と美女絵画」について質問してみた。

「ホワイトアート(原始性、狂気)、ピンクアート(イラスト、想像界)、ブラックアート(想像界と象徴界、言語活動)と分類した絵画は3者の比較では読み解くことができるけれど、例えばAI美女絵画1点だけを見て、それがホワイトアートだと判定できるのですか?」

答えは「それは難しいね」ということだった。そして「永井さんはこの分類について理解しているのですか」という質問に対しては「理解していない」と。

「絵画の死」のウッドペインティング連作について、素材は桂の木と表記してあるが杉とのこと。

「この造形なんですけど、下側が丸くて上側が直角に切ってある、このかたちにはどういった意味があるのですか?」と質問すると

「ダダの流れからやったんだよね。よく覚えてないな・・」とのこと。

1971年から72年まで、3回やったという床にラテックスをまくアクションの写真の前で糸崎さんが撮影してくださった。

私が手を向けているのは当時の25歳くらいの彦坂さんの写真。
Sdsc01538

71年の自宅でやった時のは撮影されただけだけれど、ルナ三画廊でやった時はたくさんの人が見に来て、最後には数人の女性が躍っていたりしたそうだ。

ART FAIR TOKYO 19 (2025)について、搬入の時に見てきたそうだが、「今の現代アートはとにかく酷いね。」と言われていた。

「どういうふうに酷いですか?」

「とにかく知能程度が低いとしかいいようがない。芸術に達していない。やっている人もギャラリーもなにもわかってない人たちがやってるね」

また、ずっと避けられていた村上隆とやっと話せて動画を撮ることができたと言っておられた。

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駅へと戻る途中で、ガラス張りの店の中にずら~~と数百色もグラデーションで並んだ岩絵の具の瓶を見て、ついつい中に引き込まれてしまった。

こんなところに「PIGMENT」という店。

右の棚にはフルーツを詰めるような細長い瓶に鮮やかな顔料がずらり。店員さんに質問すると、イタリアのゼッキ社の顔料だと。

「テンペラやフレスコに使うものですか?」と聞くとそうだという。

もう極力、絵の具を買い足すことはせず、死ぬまでに今持っている岩絵の具を使い果たすと決めていたのに。

迷いに迷って、ラピスラズリよりも鮮やかなフタロブルーと、最近できた岩絵の具の煌く雲母系の黒を1両目(15g)ずつ買ってしまった。

たくさんの種類の膠がおいてあり、膠に混ぜて使えるというアルギン酸溶液が売られていたのだが、どうなのだろう?

「アルギン酸でつまり海藻ですよね?これをまぜて膠の柔軟性が高まるのですか?」と質問したが・・・結局買わなかった。

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次に有楽町のART FAIR TOKYO 19 (2025)へ。

通常の私なら絶対に来ない(今の現代アートは異常に疲れるので。)イベントだが、5000円もするチケットをいただいたので。

彦坂さんのブースは2階の無料コーナーで最初に見つけた。75年の「絵画の死」がテーマのウッドペイントの作品郡が目立っていた。

隣がボヘミアンズギルドだった。ジョン・ケージのシックな色の線だけの絵がよかった。ひとつひとつの線がおざなりでなく、全部違う音色。若林奮先生の繊細な「百線」もあった。

KTOのブースで、塚原史さんと会った。22年の私の吉祥寺の個展からの再会。20年以上前に早稲田大学で私の講演があってお世話になった、とKTOのオーナー田中さんに言ったら驚いていた。

「彼女はか弱く見えて、ものすごく強い人なんですよ」と、塚原さんが田中さんに私のことを言ってくださった。

南雄介さんにもお会いできた。

KTOスタッフで、詩が好きで、特に西脇順三郎と左川ちかが好きという珍しい人、一詩(かずし)さんに紹介された。一詩さんは私となら詩の話ができると、私と会うのを楽しみにしていたそうだ。

そして1階のメイン会場へ入場。
Sdsc01543

正直、4日の検査結果でサイログロブリンがさらに上がっていたら来なかった。死を目の前に突き付けられた状態で私が耐えられるようなイベントではない。

意外だったのは、超然と我が道を行くギャラリーがけっこうあったことだ。

ローマングラス専門の店、ガレやドームのガラス器専門の店、中国骨董専門の店、素朴な陶の店、漆細工専門の店、熊谷守一ばかりの店、香月泰男ばかりの店、徳岡神泉や小野竹喬の抽象に近い小品を売っている店、戦争画(宮本三郎など)の専門ブースなど、私にはこれらのほうが面白い。

確かに彦坂さんが言ったように、いかにも現代アートといったものたちに関しては10年前、20年前よりレベルが落ちていると感じる。デザイン要素すらもなく幼稚さを売りにしているようなものも多かった。本当によく見る版で押したような類型。日本古美術のパロディなど。

一番惹かれたのは香月泰男の「幼鳥」。中村宏の女学生の顔の絵。

さり気ない古い厚紙に亀裂が入っているような作品郡を見つけて、「あ、この人はセンスいい」と作家名を見たら松澤宥だった。

概念派でオブジェを消そうとした人だが、皮肉にも、コンセプトを読まなくても、眼から入ってくるものにしっかりとなにかがある。まわりに展示されている大方の現代アートの人たちとは知能もセンスもまったく異なる。昔の人の感覚は違う。

なんの予断もなくただ眼をすべらせて行って、「あ、この人はいい!」と、そこだけ異質なものを発見して作家名を見ると、必ず昔の人の作品なのだ。

極力疲労しないように、眼からストレスになる悪いものを入れないようにと気を引き締めて行ったのだが、やはりそうとう疲れた。

最後のほうで東京画廊の山本豊津さんにもご挨拶できた。あいかわらずとても忙しそう。

右の腰に今まで経験したことが無いような痛みが走り、生まれて初めてのぎっくり腰になる危険を感じた。

銀座INZまで歩いて軽食、休憩して帰宅。

 

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2025年2月 1日 (土)

南雄介さんに絵を見ていただく

1月29日(水)

元新国立美術館副館長の南雄介さんに絵を見ていただいた。

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最初にお茶を飲みながらおしゃべり。

アガンベンの『アウシュヴィッツの残りのもの』と、デリダの『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』などにからめて、証言不可能性、表象不可能性と、アートによる「当事者」の身体からの収奪について私からお話した。

おしゃべりのあと、梱包を解きながら、絵を見ていただく。

私の絵について「破滅的な生き方の人を引き寄せそうな絵ですね」と言われた。

そうだとすれば、それはきっと枯れていく植物の運動を描いていると同時に、絵そのものが崩落しているから(止めてあるけれど)だろう。

私は自分の外にあるもの、枯れていく植物、錆、退色、剥落など人間の手ではなく雨風と時が作ったものに惹かれること、なるべく自分の意図でなく偶然や時が作ったものを画面に召喚したいことなどをお話しした。

私の絵は、現代アートの要素があると同時に桃山の障壁画につながっていて、また、宗達のような要素もあるとも言われた。

現代アートについて、いろいろ質問してお答えいただいた。

現代アートは感性がなくても理論が理解できれば見ることができるので「意識高い系」の若い人たちが見る、とのこと。自分が最先端のアートを楽しんでいるという自負もあるのだろう。

「テキストだけで作品はいらないのでは?と思ってしまうものが多いんですけど」と言うと、「そういうことはありますね」と。

現代アートの3大コンテキストというものも教えていただいて、ああ・・なるほど、と思うと同時に虚しさを感じる。

最先端のメディアアートなどは、メディア(人工)と人工の組み合わせで、私にとっては非常にストレスになるもの。

現代アートの作家の仕事はますます人工にのめり込み、デッサンから乖離し、そこに生きているもの(ロジックが破綻した場所で時とともに生成するもの)を見ようとしない。

南さんは村上隆の企画展をされたことがあるそうだが、「村上隆はきっと福山さんの絵が好きですよ」と言われた。ああ見えて村上隆はホルスト・ヤンセンが好きらしい。

 

 

 

 

 

 

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