旅行・地域

2017年3月20日 (月)

鎌ヶ谷 初富 植物

3月17日

鎌ヶ谷の病院のがん定期健診。

とにかく遠い。JR、地下鉄、JRと乗り継ぐ。ジュネの「葬儀」(無削除限定私家版 生田耕作訳)を読みながら行った。

血液検査とレントゲンの日なのに30分遅刻してしまった。

1時半に血液検査を受け、その結果が出るのに、1時間かかる。

診察に呼ばれて「遅刻してすみませんでした。」と謝ると、「いえいえ、検査結果が出るのに、お待たせしてすみません。」と浅井先生はいつも優しい。

レントゲンも変わっていない、とのこと。肺の下のほうにぽつぽつ粟粒状の転移があるが、素人目には血管の節目の白く濃くなっている点々と見分けがつかない。

頸の手術跡のところを指して「ここの、特に右前の筋肉が、今も痺れていたいんです。」と言うと「すみませんね。」と謝られた。

どういうふうにマッサージをしたらいいか聞くつもりで、先生を責めるつもりはまったくなかったのだが、痺れが残ることと手術のやり方と関係あるのだろうか?

血液検査の機能の結果、けっこう薬の飲み忘れがあるにもかかわらず、血中のチラジン濃度が上がっているという。運動すると甲状腺ホルモンが消費されるから、運動不足かも、と言われる。

「お酒をよく飲んでいることはよくないですよね。」と聞くと「このがんに関してはあんまり関係ない。それよりもっと食ったほうが、・・いや食べたほうがいいですね。」と言われた。

あいかわらず筋肉がつかないのが悩み。162cm、44kg~45kg。

・・

いつも電車の窓から見下ろしている小さな森に行ってみようと、きょうはカメラを持ってきた。

何しろ、病院のある新鎌ヶ谷駅のまわりは、何もないアスファルトの上に、どーんと大きなイオンと大きな病院と市役所だけ建てたようなところで、昔からの商店も古い家も雑木林も川もない。味のある樹木一本も見えない。本当に息が詰まる。

駅の土手の金網の中、そこだけ草が生えているところ、枯れ蔓に名前も知らない鳥がひとりぼっちでいた。金網で隔絶されたこちら側は、なにもない、殺伐としたアスファルトだけだ。

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病院のある新鎌ヶ谷駅から、鎌ヶ谷駅の方面へ歩く。

途中、初富稲荷神社の前を通る。境内の土のグランドで子供たちがサッカーしていた。球技などしてはいけないという神社が多いのに、おおらかでいいな、と思う。

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初富を少し歩くと、小さな植木鉢がいっぱいはりついた定食屋さんを発見。ここらへんには、わずかだが花木のある庭が続く細い路地があるのを見て、すごく気が休まる。

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初富から道野辺へ。美しい地名をたどって。

そして森についた。森と呼ぶには小さいが、樹に人の手がはいっていない。様々な蔓の絡んだ野性的な風情に夢中になる。

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折しも日が暮れ、銀と藍色のせめぎ合う空。ドイツの森、イングラントの森の記憶、その時の空気の匂い、光、音、肌触りに感覚が飛ぶ。

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ひとりで鳥の声を聞きながら、空の銀箔を切り刻んでいる枝の曲線をひたすらつかまえる。
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誰にも邪魔されない、人と話さない、樹木や草や空や鳥とだけ交信する時間にしばし酔いしれる。

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生きている線と空気と、そこに流れる時間に集中することによって生かされる気がする。擦り切れてしまった神経が再生して創造力が充填されてくる。

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羽ばたきの音がした。土鳩が四羽、短い草の中のなにかを食べていた。そのあと、犬を連れた婦人が来た。この場所がとても好きだ。

小さな森の裏には畑と、花木のしげる庭のある古い家があった。

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若くて瑞々しい蕗の群生。蕗の薹は摘まれずに花が咲いていた。
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菜の花畑。
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古い電柱に寄り添っている樹が、ちょうど電柱の頭のところで枝を広げて、お互い会話しているのに目をひかれた。まるで宮沢賢治の世界。この道も一目で好きになった。
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民家の庭では早咲きの桜と名残りの梅、濃い緑の中に黄色の点々のアクセントの金柑、ぷっくりとした赤い椿の色がひしめき合っていたが、私は去年の枯れ花に目がいく。

枯れ紫陽花。
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鎌ヶ谷駅前の空き地。
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乾いて白いネコジャラシ(エノコログサ)の中にぽつんと咲いていたタンポポ。
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立ち枯れの小さなセイタカアワダチソウ。
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電車から見え、以前から気になっていた「かのこや薬局」。手すりが赤茶色に錆びているいい感じのお店。
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朝からミルクティーを飲んだだけで何も食べす、夕方6時に帰宅してから今日初めての食事。

次にいく時は、新鎌ヶ谷でパンを買って、かじりながらあの森に行こうと思う。

私はひとりだとあまり食べることに注意がいかない。

私はおいしい(私が好きな)人と一緒に食べるときだけ、いっぱい食べる。

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2016年12月25日 (日)

宇野亞喜良展《絵本の城》 / ちゃび

12月23日

宇野亞喜良さんの個展《絵本の城》へ。

その前に、3時頃、外苑前を少し散歩した。

きょうは真冬なのに20度にもなった異常に暖かい日。そのせいか黒雲と入道雲が混じるような不思議な空模様だった。

外苑のあたりには、欅、スダジイ、松などの巨樹。

グレーの諧調で光る背景に並んだ欅の細枝を見て、モンドリアンの描いた水辺の木々の絵を思い出した。

それと象徴派の画家で生け垣を何枚も描いていた人(名前を思い出せない)。穴澤一夫先生が解説を書いた展覧会で見た絵だ。

細い血管のような線の先端が溶けてつながっていた。

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しだれ桜も象徴派の線のように垂れていた。

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このあたり、都会には珍しくビルがなく空が広い。イギリスやドイツの小さな町を歩いた時の記憶が蘇る。サイレンセスター、バーミンガム、バーモンジー、バース、オルテンブルク、ハンブルク、ベルリン・・・と記憶が飛ぶ。

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絵画館前の銀杏並木はすっかり裸になっていた。シンメトリーの風景をマラソンする人たちが速いスピードで横切って行った。
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ユリノキ(リリオデンドロンチューリッピフィラ)の黄葉。
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駅に戻る時、黒雲から雨がぽつぽつ。陽に光っているほうの雲は明るい。めまぐるしくてコントラストの強いバルセロナやフィゲラスの雲を思い出す。

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電車で新宿に移動。地下道から伊勢丹にはいると、いつになくすごく混んでいた。毎年意識しないので気づかなかったが、クリスマスの直前だからなのか。

宇野亞喜良さんの個展《絵本の城》は、『白猫亭 追憶の多い料理店』(小学館)と『おばあさんになった女の子は』(講談社)の絵本原画展示。

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会場はとても盛況だった。2時から5時まで、ひとり2分としても3時間以上。100人にも丁寧にサインをしている宇野亞喜良さんはすごい。

5時を過ぎてもなかなかサインが終わらないようなので、きょうは奥様にだけご挨拶をした。

撮影OKの場所は、このコーナーともうひとつTVのあるコーナーのみ。

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TVでは宇野亞喜良先生の昔の実験的なフィルムが流れていた。60年代後半の絵だろうか。「あのこ」を思い出す馬の絵のボディペインティング。

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資生堂マジョリカマジョルカのイラスト。パーツをどのように組み合わせても絵になるように色彩と線の分量のバランスがうまくできているのが鮮やか。
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12月24日

ちゃびの検査結果を聞きに行く。体重が増えると同時にまた少し腎臓の数値が上がってしまったようだ。BUN36.3 CRE3.0。

でも最近は元気だ。

13日と14日に2日連続でほんの少し黄色い唾液を吐いたので、14日に病院に電話したら「連れて来て。」と快作先生に言われたので、青くなって連れて行った。

診てもらったら「おなかに毛玉がつまってる」と言われ、バリウムと吐き気止めを飲まされた。

受付の看護師さんに聞いたら「うちの子もしょっちゅう黄色い胆汁吐くけど、けろっとしてるんでほっといてますよ~」とも言われた。

大事なくてよかったのだが、ついでにワクチンが切れていないかの検査と、腎臓などの検査一式をしたので、いつもの輸液セットと薬と合わせて、この日は25000円もかかった。

毎朝、私のふとんにはいってきて、私の口に自分の口を近づけ、大きな声でゴロニャア!爆発のちゃび。顔にチュッとやると「ウギュルルウウウ~」とゴロゴロの爆音で大きくお返事。

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真夜中、ふと目を開けると、私の顔を見つめてゴロゴロ言っているちゃびの顔が目の前に。
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体調がいい時ほど激しく甘えてくる。

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私の左腕に顔をのせて、さらにお手々で私の腕の付け根を押さえて、嬉しそうなちゃび。

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息で鼻を膨らませたちゃび。

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2016年12月 6日 (火)

三浦半島 貝拾い

12月4日

先日、私が三浦半島に貝拾いに行った話をしたら、Fがぜひ連れて行ってほしいと言ったので、案内した。運よく絶好の穏やかな天気(予報では17度)。

今回は11時に新宿で待ち合わせて、湘南新宿ラインと京急を乗り継ぎ、バスと徒歩で浜へ。

浜についた瞬間、素晴らしい景色が開けた。

Fが「わあすごい!素晴らしいところだよ!」と何度も感動して言ってくれるので、私も(この場所に慣れているわけではなく、来たのは2度目だけれど)とても嬉しくなる。

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素晴らしく透明度の高い海水。ヤドカリが歩いているのがクリアに見える。
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(画像では淡く見えにくいが)きょうは真正面に富士山が大きく見えた。
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岩の際に貝殻が溜まっている。お宝の山に興奮!タカラガイも多いが、この場所はアマノオブネ(蜑小舟)がすごく多い。私はこんなに大量のアマノオブネを見たのは初めてだ。

アマノオブネは調べると南日本を含むインド・太平洋の暖海域に生息すると書いてあるが、死殻がたくさん打ち上げられたのだろうか。

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タカラガイとアマノオブネは、すぐに数百個は拾えてしまう。海水に濡れた貝溜りが美しくて胸がどきどきする。
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Fは、これまでの一生にタカラガイを1~2個しか拾ったことがなかったので、生まれて初めてざっくざくのお宝の山を見てとても感激していた。

しかし不思議なことだが、目の前に何十個もあっても、眼が慣れないうちは見つけられないらしい。彼はその場で貝拾いを続けて、20分くらいしてやっと「わあ、あるある。やっとタカラガイが見えるようになってきた。」と喜んでいた。

私は今回、タカラガイはすごく艶があってきれいなのだけを拾った。そしてきょうは、桃色や赤、緑の鮮やかな貝を見つけることにした。

夢中で貝を拾い、1時間ほどで700mlのタッパーウエア2つがいっぱいになった。

6~8歳くらいの女の子がお母さんに連れられて磯遊びをしていた。私は強風にそなえてボアネックロールにマフラーを重ねていたので、すれ違いざまにその女の子に「すごくあったかいですね!」と言われて苦笑。

その女の子のかわいい犬が歓喜に跳ね回るように近くに走ってきた(画像では保護色でよく見えません)。

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「タロー!タロー!どこ行くの!」とお母さんに呼ばれながらはしゃぎまわり、遠くへ行くタローさん。
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打ち捨てられた人の海の遊具に、ノブドウの蔓が絡まっていた。野葡萄は、山葡萄と違い、人は食べることができない瑠璃色や桃色の鮮やかな実を生すほうの野生のブドウだ。

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浜には野良猫もいた。「桜猫(避妊手術をされて耳の先端をカットされている猫)」ではない。ちゃんと世話をされているのだろうかと気にかかる。
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午後3時を過ぎた頃、風が強くなった。Fが「おなかがすいた」と言うので、もうそろそろ引き揚げようということになった。

山側の澄んだ空を飛んでいる鳶(トンビ)が、来たときは3、4羽だったのが、日が落ちるにつれて20羽以上に増えていたので、ちょっと怖かった(食べ物は持っていないので襲われることはないけど)。

なんとなく「ネヴァーエンディングストーリー」のファルコンが斜め右上を向いているかのように見える岩。

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(小さな女の子に笑われた)私がかぶっているボアネックロールは、見た目は変だけども、強風から耳や顔を守り、冬に自転車で走行中もマフラーのようにほどけない便利グッズです。
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先日滑って転倒して腰を酷く打ったあたりの岩は、乾いていたので、なんの問題もなく歩けた。先日来たときは遅い時間だったために岩が濡れていて、さらに暗くて危険だったのだと確認。

そのあとバス停までの道を尋ね、てくてく歩いた。バス停近く、坂道から見渡す素晴らしいお蔵のある、まるで子供の頃の夢のような庭。

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バスで駅に戻り、地元の魚が食べられるとても安いお寿司屋さんで食事。
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今回、数百個のタカラガイとその他もろもろの貝殻はFにあげた。

帰りの電車の中で私がいくつか選んで持ち帰ったのは、桃色と赤色の極小の貝殻(左側の三角の2個はチグサガイ?)と、アマノオブネ2個。

アマノオブネは、私が小学校2年くらいの時に、江の島で買ってもらった貝殻のアソートパックの中にはいっていて、とても好きで大切にしていた貝だ。

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それと緑色のコシダカサザエ一個とシーグラスをいくつか。シーグラスも私は100個以上拾ったが、Fは開眼しなかったので、Fにほとんどあげた。

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皿に水を入れて、外に出て日陰で撮ってみた。
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2016年11月19日 (土)

出版四賞パーティー

11月18日

今年もFと集英社出版四賞のパーティー(帝国ホテル)へ。

ストール、ブラウス、スカート コート、靴まで全部古着。

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今年もFが仕事で遅れて来たので、授賞式は最後のスピーチと受賞者の花束贈呈のところだけ出席。ぎりぎり間に合ったので掲載誌はもらうことができた。

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そしてビュッフェ。私はぺスコベジタリアンなので、毎年、魚介の前菜が楽しみ。特にウニとカニとアワビ。お寿司もおいしかった。
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テーブルに勝手に肉の皿を置いていかれるのを断固拒否。こちらの会話がとぎれさせられるし、食べ物をとる時も邪魔なので、いい加減にパーティーコンパニオンは廃止してほしい(学生時代には私もこのバイトをしていたけど、今はそういう時代じゃないと思う)。
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Fには席に座っていてもらって、私がちょこちょこと二人分の好きな食べ物を運んでくるのが楽しい。逆に私は人が食べ物をとってくれたりたり、取り分けてくれたりするのが嫌いだ。

Fも私も肉とお菓子を食べない。食べ物で相手に気をつかわなくていいことは私にとってすごく楽。
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Fと会うと、話すことがいっぱいあるので、いつも弾丸のようにしゃべっている。文章のこと、絵のこと、人との関わりの質のこと、動物との関わりの質のこと。

次の私の画集にのせる文章に関して、絵にあう(植物についてなどの)文章でなくても、自分の気持ちが一番のって書ける内容を書けばいい、とFは言ってくれた。

私は表面的で当たり障りのない話をしてくる人がすごく苦痛で、核心的な話しか興味がない。Fにはいきなり核心の話をできるので、私は無味乾燥な会話をしている焦燥にかられることがないので嬉しい。

いつも私がなにに全身を動かされているか、どんなことにすごく苦しむかについてFはよくわかってくれているので、なにを話しても、ちゃんと重みのある対応がかえってくる。

最近、心底思うことは、なにに夢中になるか、なにに嫌悪を感じるか、根源的なところで話が通じる人に出会えるのは奇跡だということ。

心が通じる人は数回会っただけで通じるし、通じない人は何十年つきあっても無理だ。

普段は着ることのないアンティークレースのブラウスを着たので記念撮影。
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夜も明るい日比谷花壇のウインドウの前で。日比谷公園では菊花祭りで、たくさんの屋台が出、混雑していてた。
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かわいい桜の花が狂い咲きしていた。ソメイヨシノではない。暖かい夜だったのでお濠のほうへ歩いた。
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お濠には二羽の白鳥がゆったり泳いでいた。暗くて写真には写らなかったが、闇の中に優雅な生き物がひそんでいたことにどきっとした。

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しーんとした夜の都会の水際はカメラを通して見ると余計に美しかった。

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柱頭がライトアップされている東京商工会議所の重厚な建物。
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納戸色の空と光が反射した銀杏と、車の入れない、人もいない空間がすごく幻想的で素敵だった。

毛利武彦先生の「首都風景」や「秋映」という絵を思い出す。銀杏が金色に光るこの時期に都会の風景がしんと静まりかえり、違和を感じるほど見知らぬ場所になる、このはっとするような変容に惹かれたのだろう。
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反対側に東京駅。幅の広い道路と冷たい空気。ドイツやイギリスに行ったときの感覚がよみがえる。高円寺の細いミクロコスモスの路地も大好きだが、都心の冷たい風景も好きだ。

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丸の内のライティングの通りの横を抜けて東京駅から帰宅。

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2016年10月26日 (水)

鵜飼哲さんと三浦半島の海岸へ 身体と思想について

10月22日

前から鵜飼哲さんと会う約束をしていたのだが、私の希望で三浦海岸へ貝拾いに行く。

12時45分に新宿で会い、湘南新宿ラインを横浜で京急に乗り換えて三浦半島へ。

行きの電車では、鵜飼さんが「シュルレアリスムの最後のアウラがある人」というアニー・ル・ブラン(Annie Le Brun)と会ったお話を聞く。

それから私は質問した。具体的な人名をあげてフェミニズムの話や日本会議の話、右翼、左翼、混沌としてなんとも判断がつきづらいニューウエイヴのことなど。しかし、私が質問のしかたを間違えてしまったのだろう。それらのことなど、私はどうでもよかったのだ。

私が聞きたいのは、思想の分化や分類の話ではなくではなく、それらの思想がそこから生まれるところの、というよりむしろ、思想が形を成す以前の身体感覚の話。

その人が自分の標榜している思想を裏切らない生き方をしているのか、などど問うべきでもない。

そうではなく、私はいつも、その人の身体はいかに思想そのものであるかを問いたいのだ。

瞬間ごとに変わる目の前の状況に対して、すぐれた舞踏のように、どのように臨機応変な態度をとれるか。

三崎口に着き、もう3時近かったので、体力と時間の温存のため、タクシーで行った。

鵜飼さんは貝拾いは初めてなので、私も貝の名に詳しくはないが、ごく基本の、よくある貝の名前などを教える。

これがタカラガイ、これがヘビガイ、これがヒオウギ、これがチリボタン、これがツノガイなど・・・。

あるわ、あるわ、タカラガイがうじゃうじゃ。私は生まれて初めてのすごい量のタカラガイに頭がくらっくらした。

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私はもう夢中になってしまって、しゃがみこみながら蟹のように移動したり、その場にじっと座りこんだまま、拾い続けたりした。

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「キャー!青い綺麗なガラス瓶、見つけたー!見てください、これ!」と私はすごく興奮。

私は同じ場所で拾い続け、気がつけば鵜飼さんはどんどん遠くに。

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貝をさがす鵜飼さん。

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どこらへんが穴場とかのなんの予備知識もなく、ただ来てみたのだが、岩場を超えてさらにすごい拾い物スポットにたどりつき、私は超興奮。

ふいに「これ、よかったらどうぞ。私、もうひとつ拾ったので。」の声に驚いて、見上げる。集中していたので、それまで周りにほかに人がいることも、その人が私のところに歩いてきていたことも、まったく気づかなかった。

先に来ていたらしい女性が私に、小さなピンクの巻貝をくださろうとしていた。「あ!ありがとうございます。」と応える。

わあ、珍しい薄桃色のベニフデガイじゃないですか!大きさ2cmほど。

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小学校低学年の頃の気持ちで、しゃにむにタカラガイばかり拾っていた私に、レアなものをくださる優しいかたがいるなんて感激。

「たくさん拾っちゃいましたけど・・・」と言うと「ふふっ。夢中になってきりがなくなっちゃいますよね。」と微笑されて、その女性は去っていった。ビーチコーミングについて、もっと言葉を交わせばよかったのに~、とすぐに後悔した。

しばらくして、鵜飼さんは疲れたのか、岩の上に座って、ぼうっと海や岩の上の鳥を眺めていたりしていた。

「子供は帰りましょう。大人は、子供の安全を守りましょう。」という5時を告げるアナウンスが浜に響き、急激に薄暗くなるころ・・・

「ギャー!オミナエシ~!うわ!またでっかいの~!うわ!キイロダカラ~~!!」と思わず大きな声をあげてしまう私。

そして、ほとんどものの詳細が見えなくなるくらい闇に包まれた浜を、もと来た駐車場に帰ろうとする時、平板な岩の上を普通に歩いて渡っていたのに、岩に海藻類が薄くついてぬるぬるしていて、つるっと滑って転んでしまった。

一瞬、なにが起こったかわからなかったが、尾てい骨のあたりが酷く痛くて、立ち上がるのもたいへんだった。

鵜飼さんがスマホを持っていたのでタクシーを呼んでくださったが、私ひとりだったら携帯も持っていないので、歩けないのにタクシーを呼ぶこともできないのだな、と思う。そのくらいなんにもないところ。

タクシーがやっとこさ来て、駅前のお店に行ってもらい、食事。強く打ちつけたせいか腰だけでなく脚や腕も痛くて力がはいらず、申し訳ないが鵜飼さんにサワーのグレープフルーツを絞っていただいた(打撲にお酒はよくないのだが、飲んでしまった)。

地元のお魚をいただく。三浦海岸の名物、メトイカや鮪、カワハギがおいしかった。

食事中も、帰りの電車の中でも、ずっと話していた。現代詩について。動物をテーマにしたアートについて。

些末なことをことさらに面白がるような表現や、浮薄な観念に造形を与えて解釈を迫るようなもの、動物の命を救うのでなく人間の側への収奪そのものである表現、すべてが私にとっては、もともとある身体感覚を無感覚にしろ、と強制されるようで激しい抑圧となること。

・・・

本日の収穫。タカラガイばかりたくさん拾いすぎて未整理。

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青いガラス瓶と陶片とビーチグラス(とツノガイ)。
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いろいろなタカラガイと、赤いチリボタン、ヒオウギ、イモガイなど。
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きょう、とっても嬉しかったもの。左からベニフデガイ、オミナエシダカラ、キイロダカラ。
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2016年10月23日 (日)

味戸ケイコ「夕暮れの少女」展 / 原宿裏通り

10月20日

味戸ケイコ「夕暮れの少女」展(10月29日まで)を見に、北青山のギャラリーハウスマヤへ。

この新作のひまわりと一緒の少女は、名作「ひぐれのひまわり」の絵を思い出す。

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味戸ケイコさんの絵を少女の頃に見てから、ずっとその味戸さんの少女の世界と、無言の交信を繰り返しながら、行き来しているような感じだ。

味戸ケイコさんの魅力は、何と言っても鉛筆で描かれた微妙な光と、さびしいけれど、静かで豊かなもので満ちた空間だ。

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下のススキの野原にぽつんといる女の子。地平線近くにほんの少しの柿色。夕暮れの不安で淋しい空に、すべて包まれてしまう感じがとても好きだ(撮影時、絵の右がわの空間に向かいの壁の額が映りこんでしまいました)。
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下の絵は、女の子が空に近い岩山のてっぺんに座っている。まわりは雲の海だけれど、飛んでいるのはカモメ。

最近見たばかりの「ピクニック・アット・ハンギングロック」を思い出した。

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幼稚園の頃から、私は野原でいつまでも草花を摘んだり、きれいな貝や石をさがして一日中拾ったり、夕焼けの雲が刻々と変化していくのをじっと見つめているのが大好きだった。

自由時間があれば、絵を描いているか、本を読んでいるかが好きで、お遊戯や、みんなで元気に校庭で遊びなさい、と言われるのが苦痛だった。

なにかを夢中で見ていたり、雨や風や波の音、鳥の声を聞いていたりするのが好きな子なら、味戸ケイコさんの世界はとてもはいりこめて、安心できる世界だと思う。

味戸ケイコさんと。
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味戸さんは、私が子どもの頃からずっと味戸さんの絵が好きだったことを、とても喜んでくださる。

私が『白樺のテーブル』の女の子の顔が一番好きです、と言ったら、「あの絵、怖いって言われるの。」と。「全然。あの絵は特に髪の毛の表現がすごく繊細で、きれいで、大好きです。」と言うと、「あれを怖いって言う人がいるのよね。怖いとは思わないのは、やっぱり福山さんは私と似てるのよね。」と言われた。

下の絵。この絵を「怖い」と言う人がいることが、私には驚きだが、そんな人もいるのだろうか。味戸さんの絵は、最近よくあるような、あからさまにホラー的なものを見せつける絵ではまったくない。

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『白樺のテーブル』(安房直子/作 味戸ケイコ/ 絵)は偕成社より復刊されています。素晴らしい本なので、皆さん、ぜひ買ってください。

楳図かずおさんの『おろち』の小学館漫画文庫の味戸さんのカヴァー画の話、まんがの話など。私が『おろち』が大好きで、ストーリーやセリフをほとんど覚えていることに驚いてらした。

味戸さんの住んでらっしゃるところは山の斜面で、近くに秋草が咲き乱れる野原はいっぱいあるそうだ。最近、山百合の球根を鹿が掘り返して食べてしまったそう。

味戸さんも私も青梅街道のすぐそばに住んでいる、青梅街道は山のほうから新宿のほうまでずっとつながっている、という話。

新聞に映画「悪童日記」についてのインタヴューが載ったが、記者の編集により、自分が大切に思っている部分ではなく、どうでもいい部分を掲載されてしまった、という話。

絵描きにとって、自分の絵を大切にしてくれる人がいることがなによりも嬉しい、という話。自分の絵に興味を持って見てくれる人、好きになって、買って、手元においてくれる人。

絵には、絵を生み出すための困難、悩みや迷いの時間、じっと待機しなければならない時間、静かに集中する時間、それ以前の身体の記憶、大切な人や動物や植物やものとの深い関わりや思いなど、それに関わるすべてのものが含まれる。

そのことが理解できない人、他人の作品がどういうものか想像できず、他人の作品をぞんざいに扱ったり、ファンと言いながら、相手の貴重な時間も、相手の神経も、尊重しないで滅茶苦茶にしてしまう人がいる、という話。私もさんざんいやな思いはしてきたが、味戸さんにもそういうことがあったのだなあ、と、非常に共感した。

久しぶりに味戸さんとたくさんお話できて嬉しかった。

・・・

帰りに友人Oと外苑西通りから原宿まで散歩。

都会の真ん中にありながら昔ながらの都営住宅の雰囲気がとても素敵だった霞ヶ丘アパートはどうなったか見てみた。すっかり工事の柵に覆われ、かつて素晴らしかった植物たちはもう失われていた

柵の外側から、この廃墟を見るだけで、私はかつて西新宿にあった都営角筈アパートや、南阿佐ヶ谷にあった阿佐ヶ谷住宅の記憶で胸がいっぱいになってしまうのだ。

私が通った小学校のすぐ裏にあった角筈アパートには、同級生の友達が何人もいた。罌粟やダリアや向日葵、雛菊、オイランソウ、色とりどりの植物が咲き乱れていた。

阿佐ヶ谷住宅は、こういうアパートに加え、前川國男が設計した、たくさんの低いテラスハウスが曲がりくねった道に配置され、李、梨、枇杷、蜜柑、柘榴など実の生る樹や、桜、ミモザ、野薔薇、紫陽花、芙蓉、カンナ、葉鶏頭、白粉花、彼岸花、蕗、白詰草、モジズリ、春女苑など、植物の迷宮だった。
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ビクタースタジオの前を通って、裏道を一周。

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「リカリスイ」っていったいなんだろう?不思議な看板を発見。飲み屋さんのようだが、かなりマイペースな雰囲気。細い柳も素敵。

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神宮前の裏通りの商店街は、なんとなく高円寺に似ているような、古い木の家と変なお店がいくつかあった。
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キラー通り、原宿通り、少し道に迷いながらアートスクール表参道の建物をさがし、Mさんの彫金作品を見た。

キディランドの裏の曲がりくねった細い路地を散歩しながら、コンビニで買った鮭おにぎりとビール。

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派手で大づくりな表参道の裏道には、意外にも植物でいっぱいの狭い路地や、古いアパートが残っていた。
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2016年10月 2日 (日)

宇野亞喜良展「綺想曲」 銀座 四谷

9月30日

友人と宇野亞喜良展「綺想曲」(銀座三越9月28日ー10月4日)のレセプションへ。

またも描き下ろし。宇野先生のエネルギーに感嘆。

このご案内はがきは正方形。タイトルは「ピカソとフジタとミロとわたしの猫、そしてコクトーの猫」。

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少女の右側には、下からピカソの描いた鳥をくわえた猫、その上に藤田嗣治の猫、その上にミロの猫。少女の薄黄色のワンピースにはコクトーの猫。少女の左側の下には、私の大好きな鳥の写生画を描いたエドワード・リア(1812-1888)のちょっとまったりした梟と猫の絵のコピー。

エドワード・リアが私の背筋がぞくぞくするほどの見事な鳥の写生画を描いたのは、14歳の頃だという。

宇野亞喜良先生のこの絵は、猫を魅力的に描いた才能たちへのオマージュでもあるだろう。

先人(画家、美術家)の絵のコラージュは続く。スペインのダリとピカソの本歌どり。王女マルゲリータ。ヘンリー・ダーガーの怪獣。エジプト風。昔の新書館風。

どれもメランコリックに、ごてごてしすぎずに、仕掛ける。30年前、40年前、50年前、それよりもっと前の、遥か昔の、ふっとした風、それぞれ秘密の個別の体験とノスタルジイ。

「ボディーペインティング」という絵。ネコ科の猛獣が三頭、体にペイントされている。猫を抱いた女の子は嬉しそうに絵筆を持っている。この絵が一番好きだった。もう売れていた。

魚の口から猫が飛び出している(食物連鎖が逆に描かれている)のの横に、白鳥が頭からはえたウロコの肌の女の絵、「ひとりぼっちのあなたに」。これも素敵だった。

夕刻5時から、よく冷えたフリュートグラスでワインなどの飲み物が出た。すきっ腹にスパークリングワインを飲んだら胃がきりきりした。つまみには私の(甘くて)苦手な苺色のマカロンだけが供されていたので手が出なかった。

レセプションはたいへんな盛況だった。奥様の三枝子様にもご挨拶できた。先日、たまたま奥様がお留守の時に、宇野先生のお仕事場にお邪魔したことのお詫びを申し上げた。

有名なファッションデザイナーや寺山修司の演劇関係のかたもいらしていた。蘭妖子さんは、私が子どもの頃に見た寺山修司の映画のお姿とあまり変わらなかった。

残念ながらレセプションのスナップも、写真撮影は一切禁止だった。

そのあと、友人と夜の銀座に遊びに出た。

銀座の夜を遊ぶと言っても、飲んだり食べたりは一切せず、裏通りを探検して、なにか不思議な面白いものを見つける遊び。お金はかからず、どこに行っても外国に行った時となんらかわらない。

私は、ものを見る楽しさを知っている友人と、おなかをすかせたまま町をほっつき歩くのが大好きだ。

後ろに泰明小学校の建物が見える公園。岡本太郎のオブジェの前で。

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まるでゴシック。耽美な雰囲気のある夜の泰明小学校の建物の前で。

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裏通りでビルの暴かれた内臓のような黒く煤けた壁面を見つけた。

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ドイツやイングランドで、数百年を経た煤けた建物の壁面を夢中で撮っていたことを思い出す。ロンドンのバーモンジーの蚤の市の近くで素晴らしく古い建物を撮っていたら、「ロンドンで最も古いアパートなんだよ。」と現地の人に話しかけられた。
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走り抜けて行った三毛猫。この直前に狭い裏路地で、私の足もとを駆け抜けて行った鼠を見た。からだは茶色っぽくて、とても素早かったので確認できなかったが赤いプチトマトのようなものをくわえていたように見えた。
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そのあと四谷に出て、いきつけの庶民的な店で食事。

四谷に来たとき、私は必ず立ち止まって、この駅前の橋の上から、また地下鉄のホームから、暗い谷をのぞく。ここだけひんやりした空気がたまっていて、鬱蒼とした植物の中に無数の虫の音が響いているから。

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橋のたもとの街灯も、店の光がにじむのも外国のよう。都会の駅前なのに静かな空間。

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スズメウリの蔓が幾重にも垂れ下がっているのを見つけて嬉しくなっているところ。

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きょうの服装はBlitis A un Cher Amiの黒いフランスレースのロングチュニックとアシンメトリースカートの重ね着(靴もコサージュも含め全部古着)。秋になり、レースとベルベットの古着で思いっきり奇妙な重ね着をするのが楽しみだ。

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2016年9月12日 (月)

貝拾い(散牡丹 チリボタン) 

9月11日

少し涼しそうな雨もよいの日。鎌倉近辺に貝拾いに行く。

私は幼稚園児の頃からきれいな貝や石を黙々と拾うのが大好きだ。浜で拾いものを楽しむことを「ビーチコーミング」と言うらしいことを知ったのはつい最近。

新宿から午後2時30分ごろの電車に乗る。紫外線アレルギーで4月から顔がずっと痛いままなので、遅い出発。

「江ノ電のりおりくん」を買い、4時頃、由比ヶ浜に降りる。浜に歩く頃、雨が降り出して、少し身体が冷えてしまった。

昔から由比ヶ浜には桜貝(サクラガイ)が多い。浜に打ち上げられたたくさんの茶色い昆布に絡まったけっこうたくさんのサクラガイを見つけた。夢中で拾ううちに雨もやんだ。

カラスがやたらに集まっていて(30羽くらい)ギャアギャア鳴いていて、ちょっと怖かった。集まっているほうをよく見ると、砂浜に横幅が50cmくらいの白いエイが打ち上げられていて、それをつついていた。

また、由比ヶ浜ではたくさんの小さなチリボタンを見つけた。小さなタカラガイもけっこう拾った。

1時間ほど拾ってから江ノ電で移動。もう夕暮れなので、どこに降りるか迷ったが、一度も降りたことのない「腰越」に行ってみることにした。

腰越に降りて港のほうに歩いてみた。シラス漁で有名なところだ。(下の画像の緑の崖からでっぱった枝にトンビ)

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腰越港から江の島を望む。

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港の入口の左側が崖になっていて、地層の筋が美しい。

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この崖からでっぱった樹の裸の枝に、6羽くらいの大きな鳶(トンビ)がいた。その野生の美しさに胸を奪われた(画面右の枝に三羽、左上の枝に一羽、画面左下に一羽飛び立ったところです)。しばし鳶に見とれていた。
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漁師小屋から出てきたご婦人が「魚を待ってるのよ。」と言って小魚を地面にまいていた。

それから細い坂道を通って浜に降りた。スペインのフィゲラスに行った時のことを思い出した。観光地化されていない、うねって煤けた素晴らしい道。

この腰越の浜では、3cmもある大きいタカラガイを見つけた。ここではサクラガイはひとつも拾えなかった。チリボタンも大きいのばかり拾った。

遠くのオレンジ色の灯りのほかは華やかな色のない、青と菫と灰色の滲んだ夕暮れ。静かですごくいい。江ノ電の窓から眺めた藍色の空気も素敵だった。

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きょうの収穫。1cm以下のサクラガイなどは薄くて繊細すぎて、並べている時に割ってしまったりした。シーグラスはほんの少々しか見つからなかった(画面右下)。

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チリボタン(散牡丹 カキ目ウミギク科)とはよく名づけたものだ。鮮やかな赤や朱の花びらのような二枚貝。
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こちらも上と同じチリボタン。2枚貝の片方が厚く、膨らみが強く、細長いひしゃげたしずくのようなかたちで、もう片方は薄く丸い花弁のような扇型。
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1cm~2cmくらいの小さな貝殻たち。左の列はアズマニシキ?左から2列目の一番上はイタヤガイ。2番目はヒオウギ?

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左側の大きいタカラガイは腰越で、あとの小さいタカラガイはほとんど由比ヶ浜で拾った。

大きいタカラガイの左から3番目はナシジダカラ?小さいタカラガイの薄茶色のはチャイロキヌタ。右側の3列の黒紫色のはメダカラ?

(左下に2個置いたのはカキ?)。

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貝の分類と名前については少しずつ勉強中です。

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2016年8月31日 (水)

写真家、後藤真樹さんと打ち合わせ / 方南歌謡祭

8月25日

次の私の本のための絵の撮影について、写真家の後藤真樹さんと打ち合わせ。

特に箔をつかった作品について、なにを優先して撮影していただくか(銀箔のきれいな光の質感か、腐蝕部分の細かい線か、腐蝕部分の微妙な色か)、難しい問題がある。

また、写真をPCで調整しても、印刷物での再現は、それとはまったく違うノウハウになるそうだ。いろいろ想像して悩んでしまった。

・・・・

後藤さんは、座右宝刊行会代表として、書籍の執筆、編集、刊行も行っている。

座右宝刊行会という名称は、大正時代にさかのぼり、下のようないきさつがあるらしい。

(ホームページから引用します。)

「大正末期に作家・志賀直哉がコロタイプ印刷で作った自らの心眼に叶うものを集めた美術写真集「座右寶」を刊行する為に座右寶刊行會を創設しました。

大正15(1926)年に「座右寶」を刊行したのち、岡田三郎助氏の元で「時代裂」を刊行。その後、後藤眞太郎が引き継いで数々の文学書・美術書などを編集・出版。終戦の翌年、昭和21年には美術雑誌「座右寶」を創刊。

真太郎没後は、息子の後藤茂樹が引き継ぎ、美術全集の編集などを行い、日本の編集プロダクションの先駆けとなったが、1981年に解散。

現在の座右宝刊行会は、後藤眞太郎の孫にあたる写真家・後藤真樹が祖父と伯父の志のいくばくかを継ぎたいとして書籍の編集・出版を行っています。」

http://gotophoto.zauho.com/zauhopress/zauho.info.html

後藤さんとのご縁のきっかけは、私がハナ動物病院の待合室で、たまたま「座右宝」という薄い小冊子を見つけたことだ。

なんだろう?と読んでみたら快作先生の殺処分ゼロ運動のインタヴューと、高円寺ニャンダラーズ(猫レスキューのボランティアさんたち)のメンバーのかたの、福島での動物レスキューの現場体験を語る言葉がのっていた。

「福島被災猫レスキューの現場から」――西井えり(高円寺ニャンダラーズ)の全文は下のURLで読めます。

http://gotophoto.zauho.com/zauhopress/nishii-hisaineko.pdf

後藤さんは、たまたま被災猫の里親探しの活動に賛同し、譲渡会で出会った猫を引き取り、フクスケ(フクチン)と名付けた。

そして福島の警戒区域から保護された猫たちが、引きとった人々の元で幸せにくらしている姿をつづった物語つき写真集『おーい、フクチン! おまえさん、しあわせかい?――54匹の置き去りになった猫の物語』を刊行した。

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http://gotophoto.zauho.com/book/fukuchin.html

打ち合わせ中、フクチンは、うにゃ~お!うにゃ~お!と、すごく元気な声で、おしゃべりしてきていた。おなかがすいたみたい。フクチンは、ごはんをもらう前に、おすわりをして、お手!をする。

フクチンは福島で大けがをしたらしく、横隔膜が破れて内臓が肺を圧迫して呼吸ができなくて、内臓をもとに戻す大手術をしたそうだ。今は、そんなふうには全く見えないほど、元気だ。(ほかにアレルギー症状もあって、投薬によるコントロールが続いているそうだけど。)

後藤さんのお宅のまわりは、鬱蒼とした植物に囲まれていた。帰り道、コオロギたちが一斉に鳴いていた。もう秋だ。

8月27日

台風のせいで、雨がしとしと。その中、杉並区方南町の方南歌謡祭に行ってみた。

駅前の駐車場に、ステージカーが。その前に折りたたみ椅子をびっしり並べて、みんな雨合羽を着て座っていた。私は前から3番目の一番端っこの席。

熱心に見ているのは、70歳以上と思しき、元気なご高齢のかたが多いのにびっくり。駐車場の柵の外から、酔っぱらって大きな掛け声をかける男の人。柵によじ登る人。立ち見で煙草を吸っている人。全体的に、すごく自由というのか、無法地帯というのか、騒がしく、いなかっぽい雰囲気。

正直、高円寺の阿波踊りでは、考えられない感じだ。高円寺は、商店街の人の踊りが「芸能」まで高められているというのもあるが、観客も、もっと上品だ。

一番よかったのはフィンガー5の晃。歌もトークもすごくうまかった。

いきなり「・・・お祭りって、こんなんだっけ?」と。「なんか、すごく、いなかっぽいね。」とずばり。「すごい人だね。これ、お金とったらすごいけどね。タダだからね。」とも。

まずは「恋のダイヤル6700」。追っかけの人が10人くらい、最前列の真ん中に陣取っていてキャーッと黄色い(?)歓声。会場全体がすごい盛り上がり。「ここ、騒音対策、だいじょうぶ?俺、歌いながら帰ろうかと思っちゃった。」

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「個人授業」、晃の自作の沖縄ことばの歌も素晴らしかった。それから最後は「学園天国」。

彼はさすが、和製マイケル・ジャクソンとかつて言われただけのことはあって、歌唱から独自のソウルフルなものが伝わってくる。

(小学生にして、レコードデビューの時に、まわりの大人の耳がよくなくてつまらない、と言っていたらしい。)彼を見られたことは、とてもよかった。

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終わってから、方南通りを西永福まで歩いた。大宮八幡宮のあたりは人通りがなく、暗い湿った空気をふるわす虫の音がすごかった。

西永福の三崎丸で牡蠣のオイルづけや白子の天婦羅を食べ、生グレサワーを飲んだ。

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2016年7月 4日 (月)

陽に褪せた紫陽花、西新宿、コスモスの思い出、母のことなど

7月3日

気温35度。夕方になっても息苦しいほどの真夏日。友人Tと高円寺を少し歩く。

陽に痛めつけられて色あせた紫陽花と。植物が雨を恋しがっている。

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昔から好きな一角。木の枠の扉が素敵。

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高円寺駅の近く、公務員高円寺宿舎の廃屋。失われてしまった懐かしい西新宿の角筈団地や阿佐ヶ谷住宅を想い、切なくなる。

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錆びた小さな滑り台と鉄棒。
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高円寺の高架下にすごくおしゃれな店を発見。古い人形などが飾ってあるのでアンティーク屋さんかと思い、入ろうとしたら、美容院だった。

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「マッサージ薬――ラブ」と書いてある古い看板のある建物。薬局だったのだろうか。
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7月1日

夕方、I工務店の社長さん(ジュリーのお父様)と食事。

社長は新宿駅の駅舎が木でできていた頃を知っているそうだ。

市電はそこら中を走っていたらしい。

社長が高校生の時、淀橋浄水場(今の中央公園や高層ビルのあたり)の周りをよく自転車で走っていたそうだ。

西新宿の今のエルタワーのあたりに精華学園高校があり、そこに吉永小百合がいたので見に行っていたという。

若い頃、同じ飯場に2年も寝泊りしていたことなど、興味深いお話をいろいろしてくださった。

6月30日

明日(7月1日)に、現在の1300円から2300円に値上げになるヘアカットの店で6cmほど髪を切る。

私の髪質だと細すぎてレイヤーはおすすめできないといつも言われ、ほとんどぱっつんとただ切るだけ。

6月28日

朝、雨が降っていた。

午後、雨がやんだのを見はからって雨に濡れた紫陽花を撮りに行く。(画像はすべてクリックすると大きくなります)

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紫陽花は陽に色あせて柔らかくぼけて、美しくなっていた。

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桔梗紫、藤紫、白群青、紅玉末、紫鼠。

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黒曜石、銀鼠。

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灰色にけぶる桔梗紫、岩桃、砂色、灰鼠。ところどころに赤茶色。

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こんな色の絵を描こうか、それとも布をこんな古色に染めて花をつくってみようか・・・と思う。
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藤紫、紅藤紫、岩桃、黄土、胡粉。

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夕方、母の施設へ。

食事介助の時、口に食べ物を含んだまま、うとうとすることがよくあり、どうにも困ってしまって職員のかたを呼んだ。

スプーンを、私がいつもやっているよりずっと奥まで入れて、抜くときにスプーンの腹で舌をこすって刺激するようにするといい、とのこと。

その後、ナツメロのCDをかけながら私も母の耳のそばで小声で熱唱しながら、全身で食事介助。

曲は「りんごの歌」、「青い山脈」、「水色のワルツ」、「芸者ワルツ」など。

口に食べ物を入れたまま眠ってしまって、誤嚥性肺炎になったらどうしよう、と必死で刺激を与えながら2時間かけて食べさせる。

右腕をひねってしまい、筋を負傷。

6月27日

書道の日。

「安心立命」。人力のすべてを尽くして、心を安らかにして身を天命にまかせ、どんなときにも動揺しないこと。

そうなれたらいい、と思う言葉。

ウ冠ではなく、ワ冠を書いたあとに下の女という字まで続けて書く。女という字がすごく難しい。いつかかっこよく書いてみたいと思う字。

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小学生以来、数十年ぶりに書道を習っているが、とても楽しい。たった1時間半だが、私は集中しすぎて、終わったあと倒れそうになるくらいお腹が減る。

この頃やっと、とめ、はね、はらい、仰勢、覆勢などが、以前より楽しくできるようになってきた。

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ひとりでぐちゃぐちゃと悩むのでなく、先生に細かくだめなところを指摘していただけることがありがたくて、書道が面白くてたまらない。

6月24日

がんの定期健診で鎌ヶ谷の病院へ。

調子はどうですか、と聞かれて、がんとは直接関係ないけれど、毎年5月に顔の皮膚がひりひりして炎症を起こしてしまい、今年は特にひどく、まだ痛いまま、と伝える。

(顔が痛くて、ずっと日焼け止めもぬれない状態。顔を洗うと痛いので、極力洗わないで保湿用化粧水だけつけている。)

唇の皮がむけて真っ赤に腫れて痛くてたまらないのでプロペト(白色ワセリン)を出してください、と浅井先生にお願いしたのに、先生はヒルドイド軟膏を処方しくださっていた(笑)。

それと、筋肉が落ちてしまい、一生懸命食べても体重が増えないこと。区の健診の時の42kgよりは増えたが、現在43kg。陽が落ちたあとに自転車で坂道を上がったりしているが筋肉がつかない。

「この年齢になると、やせたくてもやせないですぐ太るはずなのにねえ。」と言われる。筋肉に負荷をかけたあとにプロテインを飲むといいと言われた。

6月20日

私と同じ頃に近所(西新宿)で生まれたユキちゃん(幼なじみ)のお母さんから、とても久しぶりに電話があった。母の具合を聞かれた。

ユキちゃんの家は、十二社(じゅうにそう)の交差点近く、昔スタジオゼロがはいっていた市川ビルの裏にあった。それから道路拡張で、ユキちゃん一家は板橋区に引っ越し、小学生の頃、よく遊びに行った。

その頃の板橋はまだ、いなかだった。低い土の丘や原っぱがあった。

近くに一面のコスモス畑があって、子どもだったので胸のあたりまであるコスモスの花に埋もれて、ずっと飽きずに花を摘んでいた素晴らしい思い出がある。

茎を手折った時、キク科の苦い香気が胸いっぱいにはいってきた。

触手のように細くなびく葉と、薄い昆虫の羽のような花びらの感覚と同時に、その香りが強烈に胸に焼き付いて、たまらないほどコスモスが好きになった。

子どもの頃にかいだ匂いで、一生、その花を好きになるのだろう。

両手に抱えられないほどのコスモスの花を、ユキちゃんのお母さんが新聞紙にくるんでくれて、家に持ち帰って花瓶に生けると、コスモスの葉にそっくりな細い青虫が何匹もついていたのにびっくりした。

電話口で、その一面のコスモス畑のことをユキちゃんのお母さんに話すと、「そう、よく覚えてたわね。あなたのお母さんもコスモス畑のこと、何度も言ってたわ。」と言われた。

私にとって強烈な思い出が、やはり母にとっても素晴らしい思い出だったと聞いて嬉しかった。

母はいなか育ちで、本当に植物が好きで、散歩の時に、これは何の花、と花の名と特徴を幼い私に話していて、私は母の感受性をそのままもらって育った。

庭のある木の平屋に住みたい、そしたら実の生る樹を植えるのが素敵、と言っていた母の願いを叶えてあげられなかったのが残念だ。

母の具合がだんだん悪くなってからも、一緒によく新宿中央公園を散歩した。スズカケ(プラタナス)の実を拾ったり、木陰のシャガの花を見たり、都会の何でもない公園だが、草刈りをされていないところには面白い草が生えていて虫もいた。

6月9日

ウズアジサイとアジサイのキメイラ。

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まだ若く、みずみすしくて、くすみのないアジサイ。中心の乳白色のぼかしの部分に惹かれる。

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