旅行・地域

2020年1月17日 (金)

真冬の多摩川、枯れ野

<https://chisako-fukuyama.jimdofree.com/japanese-style-paintings-1-膠絵/p> 

だいぶ遅くなってしまったが2019年大晦日の記録。

12月31日

川沿いの立ち枯れた植物を見たくて多摩川へ。

川が分かれてできた水溜まり。

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水は透き通っていて緑の水草が青い空をさらに濃い色にし、細い枝を映していた。

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大きな台風で川が氾濫した時に流れて来た枯草たちが樹の根元に引っかかったまま。

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建物もない、人も見えない、吹きっ晒しの川べりの草の中。風の音と鳥の声。私の大好きな風景。

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だいぶ穂綿は飛んでしまった光るススキが揺れていた。

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西武線の駅から京王線の駅へと3時間半ほど川沿いを歩いた。

枯草の中には小さなイヌフグリの空色の点々、斜面の陽だまりにはハルノノゲシの花が元気に咲いていた。

乾いた木陰には思いっきり派手なネックレスのような、こんがらがったヤマノイモの蔓。

夢中で撮っていたらメモリーカードの空きが無くなってしまった。

きょうは暖かくなるという予報に騙されたように、午後から強い北風になり、吹き飛ばされそうになる体を踏ん張りながら土手を歩いた。

耳がキーンと凍えてガチガチ、鼻水ダラダラ、温かい食べ物が恋しくてたまらず、よくやく駅に着いてすぐ蕎麦屋を探した。

まだ夕方だが年越し蕎麦になった。

 

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2019年11月26日 (火)

江戸菊の咲き方の変化 / 旧友Mと会う 

11月15日

江戸菊の咲き方の変化、「追抱(おいがかえ)」、「褄折抱(つまおれがかえ)」、「丸抱」、「乱れ抱」、「自然抱」、露心抱(ろしんがかえ)」、「管抱(くだがかえ)」という7通りの名前についての説明をぜひとも読みたくて、新宿御苑インフォメーションセンターの「菊花壇解説展」へ。

江戸菊の変化の種類についての説明ボードはなかった。

事務の職員さんに尋ねたが、HPはずいぶん昔の資料から書き写したもので、詳細はわからないとのこと。

ひとつの株から500以上の花を咲かせる大作り花壇の制作過程、設計図と職人さんたちが1年以上かけてやっている繊細な作業のVTRは面白かった。茎の丈をどうやってきれいに合わせていくのかがVTRを見ても今ひとつわからなかったので、そこに興味を持った。

菊花壇の近くの池のほとりに、なぜか人を怖がらない鷺が日向ぼっこしていた。

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11月20日(水)

高校からの友人Mと高円寺で会う。

彼女は朝5時に起きて仕事前にプールやテニスに行ったり、とにかく活動的。最近はフランス語検定のために勉強していたという。

以前に連れて行って彼女が気に入ったBという店でランチ。

Mは普段は普通に肉食しているが、私と会う時は私に合わせてくれて肉類を食べない。

私が昨年イタリアに行った頃、彼女もジェノヴァに1週間行ったそうだが、いろいろとトラブルに巻き込まれて疲れたそうだ。イタリア在住の友人チナミさんに、初対面にも関わらずあまりにも大事にされたこと、あり得ない幸せだとMも驚いていた。

アミアタ山の猫のことでさんざん苦しんだ話をする。Мのほうでも、彼女のお母さんが貸しているアパートの部屋で、老夫婦が猫の多頭崩壊を起こしていて目を覆うような惨状だったという話を聞く。

それにまた、Мが自宅近くで弱っている野良猫を動物病院に連れて行って、外猫として飼っていたが死んでしまった話。ご主人と一緒に、猫を庭に埋めたそうだ。

それから、最近ずっと私が迷っている終の棲家について尋ねてみた。

Mは結婚してまもなく家を買ったのだが、「畑仕事ができて、テニスができれば、もっと田舎に引っ越してもいい」と言ったので驚いてしまった。

私は都会が好きだ。同じ西新宿で育ったMも都会が好きなのかと思っていた。彼女は大学を卒業してすぐ外資系の銀行に勤めて以来、ずっと銀座、汐留あたりで働いでいるので、もう都会には飽きたのかもしれない。

私もオフィス街や高級ブランドの店は好きではないけれど、小さくて個性的な店がびっしりくっついて狭い路地が入り組んでいるような裏通りはすごく好きだ。雑多な人たちが行き交う感じ。

奇妙な古着を着てサンダルを引っかけて、気ままに歩き回れる感じ。ガラクタの中から宝物を探すのが好きなのだ。

昔は紀伊国屋書店の下の商店の連なりも闇市の空気を残す魅力的な場所だった。十二社の商店街も楽しかった。

昔の新宿はもうどこにもないので、今は高円寺が気に入っている。

そしてなによりも重要なのは都会の干渉されない感じ。

絡まり合って繁茂した植物も私にはなくてはならないものだが、私がずっと求め続けている植物群は里山ではなく、東京郊外の多摩川などの川岸にあるのだと最近気がついている。私は結局、武蔵野が一番好きだ。

Mは私からデッサンを習いたいと言った。

「だってね、絵に描いてみなければ、私なんてなんにも見てないと思うの。」とMは言った。

受験用の絵をやるわけじゃないので、ビール飲みながら楽しいデッサン会をやろう、と約束した。

 

 

 

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2019年11月18日 (月)

白州の友人宅へ

11月12日

白州に住む友人の家へ。新宿南口のバスタから高速バスに乗り、小淵沢で下車。

10日ほど前に喘息発作で入院になってしまった旧友と、やっと会えた。イタリアのチナミさんから送っていただいた早摘みオリーブオイルと、ドライポルチーニやドライトマトをお土産に渡す。

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透明な空気。光に黄色やオレンジの葉が透ける白州の山道。

友人の家に続く細道から見渡した景色。

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友人宅のすぐ裏。樹を刈り取られた後には真っ赤なウルシがびっしり生えていた。私は皮膚がかぶれやすいので、触れないように気を付けながら撮影。

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車で近隣を周った時に見つけた廃屋。

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蔵の屋根の下のカーブや、鉄の取っ手が付いた竹製の扉に興味を惹かれた。

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友人宅は夜が早い。特にご主人のYさんは毎日夜8時には寝ているそうだ。そして朝5時前に起きて、家の周りの掃除をしたり、薪の材料を集めたりしているのだという。

11月13日

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ゆっくりとした朝食のあいだに、友人夫妻が話してくれたことに目を丸くしていた。

友人夫妻は、最初は神田神保町で版下制作の仕事をしていた。もう30年も前から空気と水のきれいなところに住みたくて、ここの土地だけを買ったが、その時は家を建てるお金がなかったので、必死で仕事を続けたのだという。

現在の離れがある場所にプレハブの小屋だけを建てて、そこに500万円もした大きな印刷機を置いて仕事をしていたそうだ。「その印刷機、今、どうなったの?」と私が聞くと、「鉄ゴミ。プレハブ小屋は家を建ててくれた友人にあげた。」と。

最初の頃は切り貼りの手作業をする版下制作で、文字は写植屋さんに発注していた。一文字失敗したら全部ずらして貼り直しの、眼も疲れるたいへんな手作業だった。

途中から電算写植になった。ワープロの進化した機械(パソコンの直前)が出た時も購入し、マッキントッシュの最初のパソコンが発売された時は「これからはこれだ!」と思って即購入。当時は相当の値段だったそうだ。

「写植」という言葉はよく聞いていたが、実際はどういうふうに作っていたのかは知らなかった。活字が書いてある無数のプレートから、一文字ずつ見つけて写真を撮っていくのだという。

 

友人が車で小淵沢近くの信濃境駅付近の「高森草庵」に連れて行ってくれた。

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ドミニコ会の神父、押田成人さんが1964年に、この八ヶ岳の麓の村に居を据えたらしい。

紅葉の中に木の十字架が美しい。

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小さな小屋のような茅葺の日本家屋が建っている。

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外の茜色や樺色の光が刺し込む、簡素な礼拝堂。

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高森草庵のHPを見ると

「この土地は誰の土地でもありません。神様の土地なのです。すべての人々の土地なのです。結核患者や、身体障害者達が、白分自身を投げ出すようにして献げられたものと、貧しい人々の献げものによって賄われ、いとなまれ始めた土地です。一つ一つが不思議な歩みでした。今も私の手の中にはお金がありません。然しそれでもこの土地のいとなみは続けられて行くでしょう。

いく粒かの麦は地に落ちましたから。

ここは、弱い者や貧しい者が自分達の手で自給自足し乍ら修道的生活をするところです。弱い者が、依頼心という最大の病気を癒やすところであり、貧しい者が、貧しい心の報酬を受取るところです。そして、思想と宗教の如何を問わず人々が冥想のために、人生の杖を休めることの出来る小さなオアシスとなるべきところです。」という押田神父の言葉がある。

礼拝堂の裏には墓地。亡くなった年(西暦)が書いてあるプレートが、ただ土の上に置いてあるだけ。

友人Sは「私が死ぬときは入信して、ここに埋めてもらおうかと思う。」と言った。

高森草庵の周りを散策。林を抜け、水が湧き出ている場所へ。
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帰り際にSは「ばらのまどい」という押田神父の著書を購入していた。

薔薇色に染まった八ヶ岳の写真を撮るために入傘山の麓へ。「いりがさやま」ではなくて「にゅうがさやま」(重箱読み)だそうだ。

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ススキが陽の光を吸い込んで透き通っていた。

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夕暮れも近づき(このあたりは山に陽が隠れるので、4時半を過ぎれば真っ暗。)小淵沢のバス停に向かう途中で、いくつかの古い石の供養塔が集まっているところ、「蔓根血取場 乙事(おっこと)区」と書いてある看板を発見。

「血取場」の意味を帰宅してから検索してみると、昔、元気が亡くなった馬や牛の下に針を刺して血を抜くと元気になったとある。

しかし供養塔の群れが三つもあるところを見ると、その実は狩りで撃った動物の血を抜く場所だったのかな、と思ってしまう。

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小淵沢のバス停に向かう途中。歳を重ねて幽玄な枝垂れ桜。

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2019年11月11日 (月)

古典菊と秋薔薇 / 高円寺再開発反対デモ

11月10日

江戸菊、嵯峨菊などの古典菊を見たくて、神代植物公園の菊花展へ。朝10時に家を出る。

江戸菊・・・江戸中期から後期にかけて発達。「狂菊」。
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嵯峨菊・・・京都の嵯峨地方(京都市右京区)で作出されたもの。
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伊勢菊・・・伊勢松坂(現三重県)で改良され、今日も栽培が続けられている。花弁が細く、ねじれ、垂れさがったりする。これのナデシコ版、伊勢ナデシコという花を花屋で買ったことがある、ナデシコの花弁の裂が細長く、ねじれて垂れさがっていて、息をのむほど異様な美しさだった。
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丁子菊・・・内側の花弁が発達して筒状となり、花の中心が盛り上がる。最近よく見る丁子咲きのマーガレットに似ている。
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肥後菊・・・武士が好んだという一重咲き。管弁、サジ弁など。
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陽射しが戻って来たせいか、この前来た時よりも薔薇は多く開花していた。

フラウ・カール・ドルシュキの上に大きなカマキリ。薔薇の中心に集まってくるコバエを捕食しているのだろうか。
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こちらの濃いピンクの薔薇にもカマキリ。
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クラウス・シュテルテベガー。萎れかけの黒紫がかった色に惹かれる。きょうはとても陽射しが眩しく、そのまま撮ったらコントラストが強すぎて色が出なかったので、日傘で完全に蔽い、影を作って撮った。
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グリーンローズ。19世紀前半、米国で発見されたチャイナローズの枝変わり品種。花弁がすべて萼片化している。
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眩しくて目を開けていられないほどの光に満ちた野生種・オールドローズ園。

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今日は高円寺再開発反対デモがあるので、午後1時にあわただしく植物園をあとにする。

細い路地に小さくて怪しげなお店がひしめき合う高円寺、ふらふら散歩するだけで楽しい雑多な魅力のこの街が、どこにでもあるつまらない街になってしまうのは耐えられない。

2時過ぎに帰宅。2時半高円寺南中央公園スタートのデモ隊に、近所の高円寺南通りから参加した。

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新高円寺駅の手前。高南通りから右折し、青梅街道に入る。

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素人の乱。
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ねたのよい(バンド)。サウンドカーはバンドカーとDJカーの2台。
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南阿佐ヶ谷の区役所前を通り、欅通りをJR阿佐ヶ谷駅へ向かう。
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阿佐ヶ谷駅に着き、神明宮の前辺りで解散。

きょうはたくさん歩いて疲れた。最近、ずっと胃腸の調子が悪く(毎日、耐性乳酸菌とミヤリサン、時々下痢止めを飲んでいる)禁酒していたのに、帰宅してついビールを飲んでしまった。

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2019年11月 6日 (水)

アミアタ山の猫を救ってください Please rescue the cats on Mt. Amiata!!!

11月6日

動物を愛するイタリアの皆さん、どうか、アミアタ山の山頂の猫たちを救出してください。

イタリアに住む日本語がわかるかた、どうかアミアタ山の頂上に捨てられた猫たちのことを考えてください。

去年の猫たちのほとんど全部が冬を越せずに死んでいます。

冬を生き残ったたった2匹の猫が、春夏に繁殖をくり返しています。

猫たちは暖かい寝場所も与えられていず、ただ食べ物だけを与えられ、避妊もされていません。

どうか、どうか、アミアタ山の猫たちを救出してください!

Everyone who love animals in Italy,

Please rescue the cats on Mt. Amiata!!!

Most of the cats that lived last year died without passing through the winter.
Ten new kittens are born again in spring and summer.
They are not given a warm place, they just get food. They are not contraceptive.


Please, please rescue amiata mountain cats!!!!

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親愛なるENPA  Amiata Grossetana - zona monte amiata(イタリア国立動物保護局 アミアタ山管轄)の
ラーラ・バンチーニ様

どうか、どうかアミアタ山の猫たちを救出してください!!

どうかあの猫たちを凍死させないでください!!

猫たちの生死は、あなたの慈悲にかかっています。

あなたは若く美しい。あなたは猫を救出するための協力者を集める力がある。

捕獲器が足りない(1~2器しかない)というのなら、本部から借りてきてください。
ボランティアが足りないなら、どうしてSNSで募集しないのですか?

あなたは若くて能力もあるはずです。

あなたは国立動物保護局アミアタ山支部の会長なのですから、どんな手段を使ってでもアミアタ山の猫たちを救ってください。

私は昨年、アミアタ山の頂上でたくさんの子猫たちを見ました。

その中に20歳で死んでしまった私の愛猫にそっくりな子を見つけました。
私は万難を排してその子を日本に連れて帰りたかった、けれどできませんでした。

今年、私が愛したその子はどこにも見えません。
その子猫は冬を越せずに死んでしまったのでしょう。

私は死ぬほど悲しいです。

猫が生まれて1年も生きられないで死んでいくことに私は耐えられません。

どうか猫たちが凍死する前に救出してください!

私はあなたの動物たちへの愛情を信じます。どうか・・・どうか!お願いします。

 

Dear Lara Banchinii,

Please, please rescue the cats on Mt. Amiata!!

Don’t freeze them!!

The Life and death of cats depend on your mercy.

You are beautiful and young.
You should have the power to gather collaborators to rescue the cats.

If you do n’t have enough catchers, borrow from the headquarters.

If you don't have enough volunteers, please recruit on Facebook.

You are young and have potential.

Because you are the president, use any means to rescue the amiata mountain cats.

I saw many kittens at the top of Mt. Amiata last year.
In it, I found a kitten that looks exactly like my dead cat at the age of 20.

I wanted to take the kitten back to Japan, but I couldn't catch it.

This year my beloved child is nowhere.
The kitten died without passing the winter.

I'm so sad to die.

I just can't stand the breeding cats that can't live for a year!!

Please rescue the cats before they freeze to death!!!

I want to believe in love for your cats

Please…please!!

 

Chisako Fukuyama

 

 

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2019年11月 4日 (月)

羽村動物園、羽村の堰

11月2日(土)

久しぶりに羽村動物園へ。

昨年の初夏以来(6月に赤ちゃんのちゅび、9月にチョビとプフを引き取ってから3匹の世話に追われて)、行っていなかった。

一昨年の11月に一心同体のようだった愛猫ちゃびを失ってから、ただただ動物のぬくもりを追い求め続け、一度この目で見てみたかったレッサーパンダに初めて会いに行ったのは昨年の5月。その日からラテに熱狂。

ほかの動物園に移動(レッサーパンダは絶滅危惧種なので、血統を考えながら国内の飼育動物園が協力し合って、繁殖のためにペアリング、移動をくり返す)になったら淋しいとおそれていたが、ラテ、ソラ、リンリンが昨年と変わらず羽村にいてくれて嬉しかった。

久しぶりに会えたラテとソラはやはりすごくかわいくて、私の鼓動は激しくなった。

ちゅび、チョビ、プフの3匹を迎えたことで賑やかになったが、ラテとソラを忘れたわけではない。そして愛おしいちゃびを亡くした喪失感がいえたわけでもない。目の前のものに対する愛情と同時に、もう触れられないものへの哀惜はやまない。

くるりんしっぽが特徴のラテ(オス)。
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水を飲むラテ。
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飼育員さんにおねだりするソラ(メス)。
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さすが風太の孫(風美の子)のソラ。ちゃんと立ってリンゴを食べる。
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ソラはレッサーパンダにしては顔が白っぽく、ふるまいもふわふわして、うちのプフとイメージが似ている。
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ソラは室内でも屋外でも、やたらにいろんなところにおしりをこすりつけて匂いづけをしていたが、待望の赤ちゃんはなかなかできないのだろうか。

動物園を午後4時に出る。それから駅の反対側の羽村の堰へ。先日の台風の洪水で多摩川がどうなったか見に行った。

ススキ野原はなぎ倒されて水草のように地面にべったり貼り付いていた。

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羽村橋を渡る。

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激流に耐えて残った樹々の根元には流れて来た木の根や枯草がびっしり。

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こんもりと繁った緑の中に隠れていた細く優しい小川も、「鏡の湖」と呼んでいた白い野茨に囲まれた池も、なにもかも全部無くなっていた。

そして無惨に剥き出しのコンクリートの上に乗っかっている丸太はもしかして・・・?

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ゆったりと時を眺めるように川の縁に並んでいた、あの情緒ある牛枠なのでしょうか?奈良時代からあったという川の流れを制御する牛枠があとかたもないとは。

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昨年の素晴らしかった羽村の茂みや小川の風景。

http://chitaneko.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/index.html

突然の激しい濁流も含め、川の流れも、茂みや池も、人間の想像を超えて毎日刻々と変化していることを今更のように思い知らされる。

去年と同じようには決してならないだろうが、来年の初夏には、また生き生きとした緑の茂み、白い野茨咲く「鏡の湖」や『ムッドレの首飾り』に出てくるような細い秘密の小川が見られることがあるのだろうか?

 

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2019年10月24日 (木)

コスモスの丘

10月23日

今年もまた、多くの傷を残した暴風雨だった。

コスモスはずいぶん開花が遅れた。待ちわびた久しぶりの陽光に光るコスモスの丘。

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きれいに咲きそろった状態よりも、私はいつもしだかれたうねりに惹かれる。

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まぶしいほどの陽射しが3時過ぎに陰った。

不穏な曇り空を割って小さくのぞく青。

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果てしなく続く風に揺すられるコスモスの向こうには空と雲だけ。

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「果て遠き丘」という言葉が浮かぶ。

秋吉久美子が演じたドラマのヒロインのイメージに寄せて荒井由実が「あの日に帰りたい」の歌詞を書き直したと、昔どこかで読んだとき、てっきり『果て遠き丘』というドラマの主題歌だと思い込んでしまっていた。

「光る風 草の波間をかけぬける私が見える」という歌詞が、私の中で、わがままで人を傷つけずにはおかないがどこか少女っぽい『果て遠き丘』の主人公に重なっていた。

「あの日に帰りたい」が『家庭の秘密』の主題歌だと知って(そのドラマは見たことがないが)、え?・・と驚いた。

風に揺れる一面のコスモスの原っぱは、貧しく人見知りな幼いころの私の、秘密の記憶から果てしなく広がっている。

 

黄色いコスモス、イエローガーデン、イエローキャンパス。

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花の写真を撮るために、シャボン玉を飛ばしている人が何人かいて気になった。洗剤を植物にかけると枯れてしまう。私自身も敏感肌なのでシャボン玉が皮膚に触れるとかぶれて痛くなってしまう。生きている植物に合成界面活性剤を飛ばして何が素敵だと思うのだろう。

花にシャボン玉を飛ばせば、ファンタジックでSNSでもてはやされる写真になると思う(あるいはそうした写真をほめる)陳腐なセンスが、我慢できないほど嫌だ。

 

 

 

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2019年10月21日 (月)

神代植物公園 秋薔薇

10月20日(日)

銀の雲が折り重なった空。久しぶりの光。

神代植物公園に秋薔薇を見に行った。

おりしも今日、調布のスタジアムでラグビーの試合が行われるらしく、そのついでに公園に来る人で混雑しているかと思ったが、そんなに混んでいなかった。

一番気になっていた原生種とオールドローズ園は、ほとんど花がなく、実がオレンジ色に熟してきていた。

濃いピンクの絞りの花が咲くロサ・ガリカ・ウェルシコロル。
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薄ピンクの一重の花が咲くロサ・カニーナ。
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メインの薔薇園はちょうど見ごろ。

夕霧。
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名前を確認するのを忘れた深紅の薔薇。
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7月に来た時は暑くて具合が悪くなり、長く歩けなかかったのだが、きょうは一番歩きやすい気温だった。

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萎れてうつむいた姿が妖艶なクローネンブルグ。
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カラスウリの朱も、叢の中でちょうどきわだつ頃。

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4時半前に植物公園の外に出て、まわりの生産緑地に沿った小道を散歩。3mくらいの大きな金木犀の木がどこも満開。

毎年、金木犀の香りが充ちる頃に、ちょうどコスモスも満開になる気がする。昔は9月20日くらいにピークが来ていた。今年は台風のせいなのか、どちらも遅れた。


高円寺に戻り、駅前のガード下「高円寺ストリート」。以前、ここは「エンジー」という名前で、RAREレコードや靴の修理のお店などが入っていた。仲屋むげん堂とRAREを続けて見るのが大好きだったのに。仲屋むげん堂は通りに面した側に移ったけれど、なんとも淋しくなってしまった。

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通り側に面していた東京宝石が無くなってから、あの「輝きをあげよう~君~は明日の女~」という高円寺放送からくり返し流れる歌も無くなっている。

そう言えば「ピンホー、ピンホー」とか「男ならバーボンを飲め。バーボンハウス。」という放送も最近、聞いてないような。。

10月19日(土)

鈴木創士さんから英訳の件で電話で話したいとのメールが来る。

なにかたいへんなことを言われるのかと緊張してすごくドキドキしたが、基本的に校正は翻訳者におまかせします、という旨だった。

10月18日(金)

眼科健診。緑内障などの検査だったが、眼に毛が入ったようで痛いので、検査より先に診察してもらう。

「最近、やたらに目にまつげが入るんですよ。」と言ったら、女医の先生が

「あら、これまつげじゃないわ。白い毛よ。なにか飼ってる?白くて見えにくくてなかなかとれないわね。」と。

歳をとったせいでまつげが抜けやすくなっているのかと思っていたが、チョビ、プフの長毛コンビのだった。

緑内障などの疾患は無事。

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2019年10月17日 (木)

下高井戸でグラフィックデザイナーさんと打ち合わせ

10月16日(水)

水声社の担当さんと、グラフィックデザイナーの宗利淳一さんと下高井戸で打ち合わせ。

下高井戸の駅にあまり降りたことがなかったのだが、駅の2階の窓から下高井戸駅前市場のアーケードを見て感激。なんと懐かしい昭和の市場が残っていたとは!

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待ち合わせの喫茶店はCofee Roaster 2-3。とにかく禁煙であるお店を希望して探していただいた。雰囲気のよい素敵な喫茶店だった。カフェオレとエビのサンドが食べたかったのに、胃腸の調子の悪い私は自粛してホットミルクのみ。

宗利さんは落ち着いたしゃべりかたの穏やかな方で、本づくりのアイディアをいろいろ示唆してくださったので、とてもありがたく思った。

禁煙のお店をお願いする際に、私が肺に転移を持つ癌患者であることをお伝えしたらとても心配してくださり、恐縮だった。

打ち合わせが終わってから駅周辺を探索。この看板、すごくいい。

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こんな大きな魚屋さんの個人商店は都心ではなかなか見ない。近所だったらぜひ買いたい。
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線路際の細い道。
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帰りは永福町までぷらぷら歩き、そこからバスで高円寺に戻った。

静かな玉川上水永泉寺緑地。
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永福稲荷神社の白鳥社の阿吽のキツネ。キツネらしくなくて奇妙でかわいい。

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首が太く、鼻があまり尖ってなく、下がり眼で、耳も丸い、困った犬のようなキツネ像。

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歩く道すがら、どこでも木犀が匂った。

今日は最高20℃。ひんやりした風が気持ちよく、気分もいいのだが、体温調節できない私は急に冷えてしまい、この秋初めての耳痛。この程度の気温でも手も紫色になり、薄い手袋が必要なほど。

10月14日(月)

酷暑の夏にほとんど家のなかで過ごしていたせいか、筋肉の衰え(特に脚)を痛感し、たんぱく質強化のため、最近は卵をたくさん食べていた。

ウズラ卵を茹でて出汁醤油と蜂蜜と酒で味付けたらおいしすぎて、一気に12個食べてしまい、急におなかを壊してしまった。

数年ぶりに食あたりの薬のお世話になっている。体力増強したいのに逆に体重減で涙。

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2019年10月 7日 (月)

西早稲田から目白台散歩

10月6日

酷暑だった夏の間、ほとんど出歩かずに座って作業していたせいで、脚の筋肉が衰えてしまったので、リハビリのため散歩。

友人を誘って、早稲田界隈の、まだ残る下宿屋を巡る。

まずは武井日本館(1929年築)。地下鉄西早稲田駅のすぐ近く。

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西早稲田駅には母が数回お世話になった施設があり、何度も来ていたのに、あの頃は古い下宿屋を見て歩こうという発想がまったく出てこないくらい気持ちに余裕がなかった。

実際には手落ちばかりの拙い介護であったとしても、心が焦りと苦しみに囚われて自由にならない時はいっぱいいっぱいで、目の前にある素敵なものに気づくこともできず、発想の転換もできず・・・

そのことを後で後悔してもどうにもならないということを受け入れるにもまた、自由闊達な精神が必要・・。

日本館のすぐ並びの富士見荘は、なんと潰されて工事中だった。あと1年早く見にくればよかったのだが。

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明治通りを歩く。古い網屋さんを発見。看板の名はそのまま「古井網店」。

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渡辺館(昭和34年開業の下宿。)

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この玄関を見た友人が「ここに来たことがある・・・!大学の同級生のA君が住んでいたところだ。ここのA君の部屋に遊びに来た。」と急に発言。

何十年も前の記憶が急によみがえったようで、A君は岩手県一関から東京に出てきて、渡辺館に下宿し、同じく一関から出てきたフォークグループNSPの天野滋の従兄弟の「天野君」とも親しくしていた、と話してくれた。

私たちは、古い落書きが残り、何重にもビラやポスターが貼られている薄汚れた壁や、わけのわからないものが校舎の陰に打ち捨てられてたまっているような大学の、濃密な時間の匂いと自由な空気を呼吸できた最後の世代なのかもしれない。昨今の大学は、ピカピカのオフィスビルのような建物で、なんとも面白みがない。

そのあと、友人のナビで神田川の橋を渡り、肥後細川庭園のほうへ。

5時。肥後細川庭園はもう観覧時間が終わっていた。夏の名残の真っ青な朝顔(ヘブンリーブル―?)の蜜を吸ってオオスカシバが遊んでいた。

夕暮れ迫る幽霊坂。

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奥のつきあたりに旧細川侯爵邸のある和敬塾。旧細川侯爵邸は、軽井沢などという設定でよくドラマの撮影に使われるところだ。

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とても東京とは思えない場所。

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蕉雨園。

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胸突坂。

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坂から横に入る水神神社の小さな祠の手前の地面に貼ってあった注意書き。神社及びその周辺で猫に余計なエサやりをしないこと。何も与えずにかわいがるのは、どうぞしてあげてください、とのこと。

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芭蕉庵の木戸。

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すっかり日が暮れていた。西早稲田へ戻る途中の裏通りで出会った廃屋らしいアパート。「エブルハウス」と書いてある。

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早稲田通りにあった廃屋。「ガラス店」というかすれた文字が見える。

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西早稲田からバスで新宿西口に帰る。

 

 

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