旅行・地域

2018年6月 7日 (木)

ふわふわのソラ、ミンごろう、マミー商店街

6月2日(土)

きょうも多摩川の中流方面へ。拝島からあきる野、秋川方面へ行ったが、私の求めている蔓草が絡まり合った薄暗い林や、小さな美しい水溜まりは見つからなかった。Googleマップの空撮で調べてから行ったのだが、この辺りは樹のない葦原ばかりで失敗だった。

小さな三日月湖のような水溜まりと倒木。最初に入ったここだけは少しよかった。

Sdsc02836

27~28℃くらいだが日差しが強すぎて汗だくになった。

Sdsc02839

Sdsc02843


Sdsc02844

くじら池。釣り人が何人もいた。
Sdsc02845

きょうのレッサーパンダコーナーは、暑いせいか屋外には誰もいず、ガラスのお部屋の中にはソラちゃんだけがまったりとご飯を食べ、いろんなところにすりすりと匂いづけをしていた。

Sdsc02850

多くの人が「あ!レッサーパンダだ!かわいいなあ。」と言った後に、「あれ?このレッサーパンダ、大きい。」などと付け加える。
Sdsc02854

そう言えば・・・(笑)・・最近、ソラばかり見慣れていたせいか気づかなかったが、ソラは普通のレッサーパンダと違う、赤ちゃん(ジャイアントパンダのような)体形だ。

Sdsc02870_2

ソラは、やたらにふわふわ、ぽわぽわ、まるまるしている。2月8日にラテと交尾が確認されたと書いてあったが、もしかして妊娠しているのかなあ。

Sdsc02876

ラテとソラの赤ちゃんだったら、もう悶絶レヴェルにかわいいだろうなあ。

チリーフラミンゴのミンごろうちゃんは、1958年から2003年まで上野動物園にいたそうで、少なくとも59歳にはなっている。国内最長老のフラミンゴさんだ。エリック・ドルフィーのように額の部分が盛り上がっているのですぐ見分けがつく。
Sdsc02892

団地の庭は花盛り。カシワバアジサイ。

Sdsc02904

ホタルブクロ(カンパヌーラ・プンクタータ)。

Sdsc02905


タチアオイとデルフィニウム・シネンシス。

Sdsc02903

キツネノテブクロ(ジキタリス)。この花はイングランド湖水地方のベアトリクス・ポターの庭で見てから大好きになった。

Sdsc02909

バスの窓から見てとても心惹かれていたレトロな商店街に行ってみた。団地に直結して昭和49年にできたもので、マミー商店街というらしい。
Sdsc02925

ちょっとアメリカやヨーロッパの片田舎を思い出す雰囲気がある。
Sdsc02927


Sdsc02930


Sdsc02931


Sdsc02943

きれいなオブジェのようになったゴミ置き場の壁のテープ。

Sdsc02946

いろいろ種類のアジサイが咲き乱れている古い塾の建物。
Sdsc02952

きょうは町中で様々な種類のアジサイを見た。最近のアジサイは八重や斑や覆輪の華やかなものも多く、100種類以上あるらしい。

|

2018年5月29日 (火)

多摩川 アオサギ ノイバラ ウツギ(卯の花) / 右脚の怪我

5月27日

梅雨に入る前に、毎週、多摩川に行っては林の中を歩いている。

きょうは25℃の予報だったが、思ったより日差しが強く、私にはきつかった。

川に行く前に、駅前の「クーポール」というモンパルナスにある店(岡田史子の『ダンスパーティー』に出て来たのが印象深い)と同じ名前の店でビールを飲んだ。

日陰のない橋の上はぎらぎらで、木陰にはいるとほっとする。

Sdsc02640

先週とは逆の川下のほうへ、林の中を歩けるところまで歩いてみる。ちょうどきれいな木漏れ日で斑になっている倒木。

Sdsc02643

Sdsc02654

サンショウ(山椒)の樹。葉をちぎると香りはいいが、この樹にも棘がある。
Sdsc02656

迫力のあるオブジェのような樹根。

Sdsc02659

川下の林の細い道は、いくつかに分かれていたが、ある地点で途絶えていて、そこから先は手足を切るような草木で蔽われて進むことができなかった。

橋のたもとまで戻り、郷土博物館でトイレを借りた。

そこで、父が好きで全巻持っていた『大菩薩峠』(41巻未完)の作者、中里介山についてのビデオを見た。小説の主人公、机竜之介の虚無感、まさに父が好きなタイプの主人公だ。

4時を過ぎ、日差しも和らいでき、先週行った橋の川上の湿地のほうへ、また行ってみることにした。小さな木の橋を渡ったところで、すぐ近くにアオサギがいた。

Sdsc02667_2

先週、カメラのISOボタンを誤って押してしまったせいで、画質が異常に荒くなってうまく撮影できていなかった場所。もう一度きれいな光で撮れて嬉しい。

Sdsc02673_3

ここらへんの倒木の幹の得も言われぬ奇妙さは絵になる。
Sdsc02676

Sdsc02689

スイカズラの花は銀から金に移り、日陰にほんの少し残っていた。キショウブはまだ咲いていた。

ノイバラが旺盛に繁茂してきていた。藪の中はよく目を凝らしながら歩かないと、ニセアカシア(ハリエンジュ)、ノイバラなど棘のある植物がいっぱいだ。

Sdsc02716

Sdsc02731_3

Sdsc02735_2

去年のヤマイモの三角形のプロペラ状の種子がキラキラつややかに光ってきれい。
Sdsc02741

川の向こう岸(中州)の枯れ蔓が傘のように絡まった樹のてっぺんにいたアオサギ。

Sdsc02755_2

それから葦の原を押し分けて、隙間からの細い流れを、橋代わりの木ぎれや石の上をつたい上流へと渡ると、前に来た牛枠のあたりに出た。

ノイバラと「鏡の湖」(と私が呼んでいる水たまり)。
Sdsc02767

ウツギと「鏡の湖」。
Sdsc02769

夕日に光る一面のチガヤ。
Sdsc02773

もう一度、先ほど来た細い流れの上を通って帰った。
Sdsc02780

子どもの頃に読んだ『ムッドレのくびかざり』の、川を下る冒険のようでとてもわくわくする。
Sdsc02783

Sdsc02784

堰の夕陽とアオサギ。きょうは何度もアオサギに会えた。

Sdsc02789_2

5月29日

右脚の怪我の記録。

きょうは痛みも引いてきたので一週間ぶりにお風呂で湯舟につかった。

先週(5月20日の日曜)、動物園で、樹に登ったラテの表情を金網越しにカメラで追いかけていた時、振り返りざまに、檻の前に置いてあった大きな甕(土がいっぱいにはいって植物が植えてある)の縁に右脚の膝下を思いっきりぶつけてしまったのだ。

なぜかその甕は、縁がギザギザに割れているもの(発掘された土器のようなもの)だったので皮膚が破れて穴があいてしまい、けっこう出血していた。

びりびりと痛んだが、とりあえず事務所で絆創膏をもらい、せっかく遠くから来たので気にしないことにして川べりへと向かった。

川沿いの湿地帯で黴や苔の胞子をいっぱい浴びたせいか、そのあと傷が少し化膿したようで、月曜の朝には傷パワーパッドから漏れた血がシーツについていた。

傷の痛みは気にしないようにして火曜日には白州へ行った。

水曜、木曜には右脚の膝下が熱をもって傷がじんじんびりびり痛んだ。

金曜に医者に行って抗生物質をもらい、4日間飲んだら痛みがひいた。

|

2018年5月23日 (水)

白州 友人と十数年ぶりに会う

5月23日

私には珍しく朝早く(6時に)起き、山梨県白州へ。

冬のうちから愛子ちゃんに 、いい季節になったら白州に連れて行ってもらうお願いをしていた。そして昨日急遽、行くことが決まった。

きれいな水と透明な緑に触れてみたかった。

もうひとつの目的は、『あんちりおん』や『反絵、触れる、けだもののフラボン』のエディトリアルデザインをやってくれたデザイナーで、十数年前に白州に移住した友人、カズミさん夫妻に会えたらいいな、ということだった。

お互い親の介護や病気で、長らくお会いしていない。メールはこの冬までお互いの介護のこと、病気のこと、猫のことなどでつっこんだ話のやりとりをしていたが、カズミさんからの返事が途絶えたので、おそらく寒さで具合が悪いのだろうと思っていた。

そして陽気がよくなったら、顔を見に行きたいと願っていた。

連絡してから行くべきか悩んだのだが、あちらが無理して都合を合わせてくれたら困るので、とりあえず家の周辺まで行ってみることにした。

9時に高尾駅で愛子ちゃんの車を待つ。こういう時にケイタイを持っていない私はどきどきする。

愛子ちゃんが高速を飛ばしてくれた。北杜市に入ると、雪を被った素晴らしい甲斐駒ヶ岳。

まずは「道の駅白州」に寄って、冷たいお蕎麦を食べる。きれいな天然水でお蕎麦がきゅっとしまっていて、とてもおいしかった。

地元の野菜がいっぱい売られている。私は大好きなさくらんぼ(自然に生ったような小粒)1パック300円を買う。

腹ごしらえしてから、まずは尾白川渓谷の千が淵というところへ。竹宇(ちくう)駒ケ岳神社の脇から細い吊り橋(定員5名)を渡る。

Sdsc02574_2

夜の墓場やお化けはまったく怖くないが、高くて不安定なところと、人が怖い私。この吊り橋は風にあおられるとちょっと怖い。
Simg_1680_2

橋の上から見る透明な川の水。

Sdsc02576

Sdsc02577

地質が花崗岩なので水がエメラルドグリーンに見えるそうだが、この白い石が擦り切れて砂になっている足場はすごく滑る。砂ののっている岩の上でずるっと滑って転倒しそうになった。

Sdsc02579

きれいな滝壺。
Sdsc02585

川べりに座って涼んでいる犬を連れている母子に愛子ちゃんが声をかけ、かわいい犬に触らせてもらった。下は愛子ちゃんに撫でられているワンちゃん。

Sdsc02596

さて、それからが冒険だった。

カズミさんの住所と「サントリー白州工場の上のほうに住んでいる」という言葉だけを頼りに車で細い山道を入る。

「そういえば昔、田中泯が近所に住んでると言ってた・・・」と言ったら、急に「キャー、それ最初に言ってよ。どきどきする。」と愛子ちゃん。朝ドラに出ていたそうで、「塩をまく姿の背筋がすごく美しくって」、大ファンだそうだ。

「昔、ムサ美の学祭で、局部にだけ包帯を巻いて庭で裸で踊ってるの見たよ。」「みんなヌードモデル描いてるんだから全裸でいいのにね。」「一般の人も学祭見に来てるから問題だったんじゃないの?」「ヌード描いてみたいけど、いい作品できないから無理だなあ。」「すごく好きですって、モデルお願いして見たら?言われるほうは嫌な気しないんじゃない?」「ドラマや映画ですごく忙しそうだから無理だと思う。」などと盛り上がりながら別荘地を車で徘徊。

白尊神社のあたりを車でトロトロ巡回していたら、いきなり小鹿が飛び出して来た。

あまりのかわいさ、美しさに息が止まった。全部で3頭いた。こちらをキョトンと振り返ってから森の中にギャロップして行った。

写真には撮れなかったが、「すごい・・・!いるんだねえ・・いいもん見れたね。」と愛子ちゃんと感動。

ここにも湧き水の川。至るところにきれいで冷たい湧き水。

Sdsc02605

森の中の家には住居表示がない家がほとんどで、なかなかカズミさんの家は見つけられなかった。

結局、愛子ちゃんのケイタイからカズミさんの家に電話。地名は昔の「大原」から「白須」にかわっていた。

シャトレーゼ白州工場の前に車で来てくれて、ようやく会えた。

いきなり勝手に来て迷惑をかけているのに、会うなりカズミさんはこちらの車に乗って来て、十年以上のギャップを感じさせない屈託ないおしゃべり。「それでねえ。」とまるできのうも会っていたかのよう。

田中泯は、残念ながら忙しくてもう近所にはいないそうだ。身体気象研究所には舞踏を志す人たちが集っているらしい。

そしてカズミさん夫妻のお宅へ。落ち着いた風格の外猫がお出迎え。

Sdsc02610

森の中のおしゃれな木の家。5匹の家猫と数匹の外猫。庭にはいろんな花がいっぱい。

Sdsc02622
地主さんの都合で家の後ろの森の樹を大量に切ってしまったので、ショックでカズミさんは鬱になりかけたが、日当たりはよくなり、暖かくなったという。
Sdsc02613

私が猫や庭の植物についてカズミさんと会話している時に、だんなさんのYさんも、まるで昔からの友人のように愛子ちゃんに話しかけ、家についてのいろいろな説明をしていた。

部屋には薪ストーブ。本格的な「ふいご」もある。家の中にはYさんの手作りの木の椅子や棚などがいっぱいあった。

Sdsc02616

きょう、一番、私が感動したことは、カズミさん夫妻が十数年ぶりにもかかわらず、すごく気さくで、そこに愛子ちゃんも初対面とは思えないほど、すんなりなじんで話が盛り上がっていたことだ。

3人は私とは違って人見知りしない。同時に(私の苦手な)元気すぎてうるさい人たちではない。私は心配性で余計なことを考えて気疲れするタイプなので、とても素敵だな、と思う。

3人とも虚飾や気どりがない正直な人たちなのだけど、洗練された感性をもっていて、繊細さ、さりげなさがある、私にはすごくありがたい関係。

Sdsc02617

素敵な木のテーブルについてお茶を飲みながらも、カズミさんは私に、Yさんは愛子ちゃんに、それぞれたくさん話しかけてくれていて、私は二人の話にキョロキョロ。

やはりこの冬は5年ぶりに諏訪湖に御神渡り(おみわたり)が出現するほどの強烈な寒さで、カズミさんの体調はすごく悪くなり、メールが出せなくなってしまっていたという。

私にとっても母とちゃびを失ったこの冬ほどきつい冬はなかった。

「富士見のほうに素敵なところがいっぱいあるから、今から行く?7時まで明るいから。」と言われたが、もう5時で、愛子ちゃんは相模の方まで帰らないといけないのでおいとました。

家を出てすぐに「気さくでいい人たちでしょう?」と言ったら、愛子ちゃんが、「あんなにおしゃべりしてくれたら楽しいだろうね。今のふたりのおしゃべりだけでウル(愛子ちゃんのだんなさんのあだ名)のおしゃべりの一生分は超えてる」と言ったので大笑いしてしまった。

愛子ちゃんのだんなさんも芸術系だが、ほとんどまったくしゃべらない(自分の世界で完結している)タイプだと聞いている。

帰り道の車から名残り惜しく山を望む。道の駅白州に着く前に真っ直ぐな一本道の向こうに最初に見えた駒ケ岳の写真を撮っておけばよかった。
Sdsc02630

長い時間を運転してくれた愛子ちゃんには心から感謝しかない。朝早くから一日、本当にありがとう。

|

2018年5月21日 (月)

ラテ、ソラ、リンリン、多摩川

5月20日

ラテとソラとリンリン(玲玲)に会いに。

私の最も好きな絡まりあった植物たちをさがしに、また多摩川へ。

蚊が多くなる前に、緑がまだ若くて柔らかいうちに、毎週行こうと決めていた。

きょうもソラ(2014年6月12日生)は屋内でいっぱい食べて。

Sdsc02387


Sdsc02388

こんなになって。

Sdsc02389

ふわふわもこもこ毛づくろいをしていた。すごく赤ちゃんぽい。

Sdsc02395

ラテ(2013年6月11日生)は外の樹に登って葉っぱを食べたり、歩き回って中に入ったり、の繰り返しでそわそわ。
Sdsc02412

午後から行ったので午前中はわからないが、ソラとラテは一緒にいなかった。
Sdsc02417

4時過ぎには、きょうはリンリン(2001年6月19日生)が外でりんごをもらっていた。ゴウ(剛。2000年6月19日生)が(4月29日に)亡くなってさみしいけれど、リンリンは長生きしてほしい。

Sdsc02466

4時半に動物園を出、多摩川の誰も行かない茂みを目指して奥へ。

Sdsc02470

細い木の橋を渡り、人にまったく出あわない場所を進む。

Sdsc02474

Sdsc02475

私にとって最高に面白い場所に入っていくことができた。
Sdsc02484

Sdsc02492

全身黒づくめの服を着ているのは、屋内のレッサーパンダを撮る時に、自分の服がガラスに反射して映り込むのを避けるためだが、スズメバチには黒色の服は危険だ。
Sdsc02499

苔や黴の胞子で汚れるし、ノイバラやススキで手足を切るので、軽装で藪に入るのは真似しないでください。
Sdsc02502

Sdsc02511

Sdsc02512

Sdsc02520

陽があたる場所のスイカズラの花はもう落ちていたが、鬱蒼とした林の中のスイカズラは今が盛りと匂いたっていた。
Sdsc02532

陽が完全に落ちる直前に川原に出た。
Sdsc02564

|

2018年5月18日 (金)

小網代の森、 古い黒ずんだ石塀 

5月16日

気温29℃。真夏のように暑い日だが、三崎口に着くと強風で肌寒いくらいだった。

関東唯一の稀少な生態系が残っているという小網代の森。

Sdsc02221

森の入り口を入ると急勾配に下る長い階段。いろんな鳥のさえずり。澄んだ空気。

Sdsc02240

絡まり合う植物を抜けるきれいな光。

Sdsc02244

奇妙で魅力的なかたちの樹をさがしてゆっくり歩いた。

Sdsc02251


Sdsc02258


Sdsc02250_3

目立つ蔓のほとんどはヤマフジだった。
Sdsc02257

枯れかけてわずかに残るハルジョオンの花を見つけてとまるキタテハ。
Sdsc02259_2

期待が大きすぎたせいか、それほど強烈に目を奪われるものもなく、やや物足りない。

散策路から一歩も外に出てはいけないので、素敵な樹があっても近づくことができないからだ。

私は風景としてものを見るのが好きではない。ぎりぎりまで近づくのが好きだ。

森を抜けてふらふらと近辺を散歩。すごく気になる古く黒ずんだ石塀を発見。これに私は夢中になった。

Sdsc02281

近所のお爺さんが話しかけてくれたところによると、ここは戦前、大きなお屋敷だったそうだ。

Sdsc02296

この階段の上から桟橋がかけられており、伝馬船が着いたのだという。

Sdsc02294

お爺さんは宮城で兵役を終えたという。特攻に行って、帰って来た、とおっしゃっていた。

Sdsc02297

どこにもつながっていない階段や、かつてなにかだった建物、そこに寄り添う植物は最高に魅惑する。

Sdsc02300

潮風にさらされて美しいマチエールになった白い木の壁の家。

Sdsc02287

静かな路地ではちっちゃな女の子と退屈そうなお兄ちゃんが遊んでいた。お兄ちゃんは私が塀の写真を撮っているのに気づくと、珍しそうにずっと後をくっついてきていた。
Sdsc02285


近くに咲いていたニゲラ(黒種草)。緑の果実がいっぱい。
Sdsc02301

おしゃれな緑色のゴミ箱。
Sdsc02302

古くからやっていそうな魚屋さん。
Sdsc02304

波止場に降りる道の途中の、剥げた貼り紙の跡のある不思議な劇場のような塀。

Sdsc02315

Sdsc02313

日射しに熟してきた桑の実。
Sdsc02320

三崎口駅前にいつもいる大きくておっとりした猫。2年前の春にもいた。オスのさくらねこ(避妊した印に耳をカットしている地域猫)だ。

Sdsc02328_2

夕方の三浦海岸の波打ち際はあまりの強風で、全身に砂がびしびし打ちつけるのが痛くて、5分ほどしか歩けなかった。犬の散歩の人たちも早々に引き上げていた。

きょうはほとんど貝殻は無く、ナミマガシワも拾えなかったが、欠けていないイタヤガイを2枚拾った。

|

2018年5月13日 (日)

りんごが好きなソラ、倒木と枯れ蔓

5月12日

薄曇り。25℃。きょうもカメラをしょってラテたちに会いに出かけた。

きょうはラテ(男の子)は外に出たくないようで、早めに宿舎に入ってしまった。

3時頃になるとりんごをおねだりなのか、飼育員さんのほうに猛烈にアピールするソラ(女の子)。

Sdsc01860

りんごをもらって上機嫌なソラ。
Sdsc01862_2

ソラはとてもよく食べる。ラテよりも顔の毛が白っぽくて眉毛のような部分がはっきりしていず、ほんわかした顔。

Sdsc01866

左耳が少し寝ているのが特徴。

Sdsc01867

Sdsc01873

りんごを2切れいっぺんに持って食べようとしたソラ。1切れ床に落としたが、落としたりんごもちゃんと拾って食べました。

Sdsc01896_3

多摩川へと歩く。

道すがら咲いていたヤクルマギク。ルドンの「グランブーケ」の花瓶の色。

Sdsc01978

私がもっとも惹かれる情景、苔に覆われた倒木や絡まり合った蔓草を見つけた。

Sdsc02003

スイカズラ(金銀花、忍冬、ハニーサクル)が満開。スイカズラはなぜかニセアカシアの樹が好きで、ニセアカシアにばかり絡んで高く枝をのぼっていた。
Sdsc02031

森の中のそこここに私の大好きなスイカズラの香りが満ちていた。

幹から垂直に空に向かって何本も枝が伸びているのを見ると、ここに倒れてからかなり時を経ていることがわかる。

Sdsc02020

この場所はまだまだハルジョオンが全盛だった。街中ではハルジョオン(春女苑)の細い花びらが乾いて茎も枯れかかって、ヒメジオン(姫紫苑)の花が満開になってきたのだが。
Sdsc02043

Sdsc02067

もうひとつ満開だったのは白い野茨。棘がびっしりで手足を傷つける。

Sdsc02070

最高に私の好きな蔓草の絡まった樹を見つけた。

Sdsc02078_2

Sdsc02099

小さな沼が外国の風景のようだった。
Sdsc02104

「牛枠の羽」というところ。

Sdsc02157

「牛枠」とは牛を繋いだ枠ではなくて、古来からの川の水流の衝突部に設置して減勢、導流を行う設備。丸太材でつくり、牛のように見えるからそう呼ぶらしい。上の写真の上部、川べりに並んでいるこれ。

Dsc02158_2


Sdsc02164
この場所は地面が斜めに作られていた。

はるか遠くに来てしまったように感じさせる場所。ひとつの建物もない。人っ子一人いない。チガヤの白くツヤツヤした穂が光っていた。

Sdsc02172_2

空と雲が映る水。
Sdsc02171

Sdsc02177

|

2018年5月 7日 (月)

くるりんしっぽのラテ、多摩川

5月4日

昨晩雨が降ったあとの乾いた涼やかな空気。透明な風とひんやりした光にたまらなくなって1時間ほど電車に乗って出かけた。電車の窓から積乱となった雲が見えた。

小さな動物園。

食べるのに夢中なちっちゃなプレーリードッグ。

Ssdsc01117_2


人懐っこく、なんども近くに来て立ち上がるムツオビアルマジロのハナコ。

Ssdsc01127


真昼間の日差しに少しだるそうなミーアキャット。
Ssdsc01138_2


優しい眼をしたロバのアヤメちゃん。この子は頭をなでられるのが好きだそうで、たくさんなでた。
Sdsc01178_2

そして一番長い時間、見つめ続けていたのはレッサーパンダのラテ。

Ssdsc01238_2

しっぽがくるりんと丸まっているのがラテのチャームポイントだ。

Ssdsc01264_2

ラテのふるまいや表情がちゃびに重なる。魂をわしづかみにされるあどけなさ。

Ssdsc01281_3


何度もすぐ近くまで来てくれた。ラテ、ありがとう。

Ssdsc01321


Sdsc01351_2_2


Sdsc01379_2

ラテの恋人のソラは、きょうは室内でお休み。

Sdsc01289

樹皮が剥がれているとても魅力的な樹を発見。

Ssdsc01404_2

ホルスト・ヤンセンの「ニグロモンターヌス」の版画を思い起こさせる。ユーカリの類だとはわかったが、なんという樹なのかはっきりしなかった。

Ssdsc01406_2

帰宅してから調べたところ、ユーカリ(ユーカリプトス)の中のグロブルス ( Eucalyptus globlus ssp, globlus、ブルーガム)だとわかった。ユーカリは700を超える種類があるという。葉のかたちもいろいろだ。グロブルスは特に60m以上の大木に育つ種類だそうだ。

Ssdsc01407_2


劇的な雲を追いかけて多摩川べりまで歩いた。

Sdsc01424

Sdsc01435_1_2

Sdsc01444_1_2

Sdsc01440_2

|

2018年1月21日 (日)

変わり咲きのラナンキュラス / 大宮八幡神社

1月10日

1月8日に、久しぶりにオランダ屋さんに行ってアネモネを買ったら、「これ、日にちが経っちゃたんですけど、よかったら飾ってください。」とラナンキュラスを4本もおまけでくれた。

特に変わり咲きのラナンキュラスが素晴らしくて「わあ、それすっごく素敵!最近の種類ですか?」と大喜びしたら「喜んでもらえてよかったです。」と切り花用の水に入れる薬までいただいた。

このねじれた絞りの花弁のラナンキュラス。

Sdsc02506

Ssdsc02460

1月16日(火)

カメラマンさんに新しく撮影してもらった作品画像約100点の点検。

1月17日(水)

きょうは14~15℃くらいに暖かくなるという予報を信じて家を出てしまったらすごく寒い。

布花の資材を買いに中野へ向かった電車の窓から、現在の気温8.5℃という電光掲示板が見えた。

古本を4冊買い、いつもの天ぷら屋さんで食事。その後資材屋さんへ。

さらにもう一軒の資材屋さんを目指し、東中野へ。店員さんにいくつか質問した。

1月18日(木)

きのう暖かくなるのは予報間違いで、今日こそ暖かくなる、という予報を信じて家を出たら、すぐに陽が陰って寒い。今にも雨が降りそう。

善福寺川にはたくさんの鴨が来ていて、おしりをぷるぷるしながら水に潜っていた。高い樹の上にはツグミの巣があり、鳥たちが集まって騒いでいた。

もう何年もやっている護岸工事に気持ちが暗澹となる。川沿いの植物が繁茂していたひなびた細い道や小さな植え込みが滅茶苦茶に破壊されている。杉並区立郷土博物館の裏のテニスコートのあたりを全部潰して大きな貯水池をつくるらしい。

以前から気になっていたスダジイがまだあったので嬉しかった。この樹はサルノコシカケのような茸と湿った苔に覆われていて塀と門の間にどっしりと存在している。

Sdsc02475_2_2

巨樹を見たくて大宮八幡神社へ。

私は俗に言われるパワースポットなどスピリチュアルなものを一切信じず、応仁天皇などへの信仰心はないのだが、鎮守の森の鬱蒼とした空気に触れたくて行ってみた。

神社が建ったのは1063年。ここは東京のへそにあたるそうだ。

大鳥居をくぐってすぐに森の木々の匂い。カエデ、シイ、クスノキ、カシワ・・・。数百年は生きている木々の下を歩くと落ち着く。

キエーッ、キエーッ、キチキチキチキチ・・・カァ、カァ、カァとヒヨドリ、ツグミ、カラスなどが枝のとても高いところで囀っていた。

男銀杏と女銀杏のてっぺんにはカラスがいっぱい。

Sdsc02487

境内に咲いていたジュウガツザクラ。

Sdsc02484

飼われているチャボ。

Sdsc02481

お宮の横の森には去年の色とりどりの落ち葉。

Sdsc02483

私は極度の末端冷え性なので、神社を出る頃は冷えすぎて手首から先が紫色になって痺れてきた。これはまずい、このままでは寒さで熱を出してしまいそう、と緊急避難で近くの不二家に飛び込んだ。

一杯の白ワインを飲んだら、すぐにちゃびのことを思い出して胸が苦しくなり涙がこぼれた。

そのあと永福町でサラダとお寿司と熱燗を少々。

1月19日(金)

新宿の銀行へ。そのあとMと会う。

『夕凪の街 桜の国』を読む。

阿佐ヶ谷で久しぶりにピザを食べる。

ここ10年以上、ずっと食べたいと思っていたが近所では売られていなかった八朔を高野青果で買う。

八朔の懐かしい苦みと香りがほっとする。みかんや甘夏よりずっと好きで、子供の頃はよく母と食べた。

|

2018年1月13日 (土)

年末から新年

1月13日

昨年暮れから今までのこと。

次に出す本の作品撮影のため、12月28日に、カメラマンの糸井さんがスケッチブックをうちに取りに来てくれた。

近くのファミレスで本の概要や撮影についての希望を説明。

前のカメラマンさんの撮影データと合わせるための試作データが30日には送られて来、それから第2回補正、第3回補正と、色味や鉛筆の線の濃さの調整などのやりとりを正月中に、ずっとできていたのは、とてもありがたかった。

この仕事がなければ、なにひとつ充実しない淋しいお正月だった。

色味のニュアンスなど、感覚的なことを言葉で伝えるのはとても難しいのだが、糸井さんは軽妙で勉強熱心でコミュニケーションしやすいか人なので、彼のお人柄に感謝。

1月1日

福山家の菩提寺から年賀状が届いた!「謹んで新春のお慶びを申し上げます」に呆れて笑ってしまった。

昨年10月、母の火葬場まで若いお坊さんがお経を読みにいらしてくださったのに、そういう事実をちゃんと記録していないらしい。

(私が精神的に参っていたために)母の納骨を春頃まで待っていただきたいという電話をこちらからしないで、ずるずると年を越してしまった非礼を申し訳なく思っていたのだが、そんな気持ちも吹っ飛んでしまい、たいへん気が楽になった。

原宿で見たヤマガラ。

Sdsc02421

素敵な枝ぶりの冬の樹。
Sdsc02424

12月30日

話し合いのため、Y子のアパートへ。

2017年の年末も差し迫ってから、私にとって人生最大のストレスと言ってもいいほどの他人からの迷惑に対して闘わなければならない事件があった。

以前書いた、母の火葬の日に私の怒りが爆発してしまった件・・・知人H子が何十年も昔に私の父に保証人のハンコを押させていたH子の娘Y子の借金の件で、ついにY子に債権者側から裁判の準備段階として召喚される書類が届いたのだ。

(この顛末については詳細を後述する予定。)

世間一般のように仕事納めで解放される年末どころか、心身ともに酷使せずにはいられない年末となった。

疲労しすぎて帰宅前に駅前の居酒屋で休んだら、薬などのはいったポーチを席に忘れて来てしまった。翌日、店に電話したら感じよく対応してくれた。魚民さん、ありがとう。

・・。

2017年の年末は、大掃除も気力と体力の不充分によりできず、正月の準備、花飾りやおせちなどはなにひとつやらず。

マッサージと整骨にだけは通っていた。

新しい年の新鮮なまっさらになった喜びや、心身ともにひきしまる感じはなく・・・。

思えば母がパーキンソンの認知症になってから、おせちや雑煮など、もう10年以上食べたことがない。

私自身はおせちや雑煮に興味はないが、昔、毎年暮れに祖母が大釜で炊いていた煮物や、母の手作りのニシンの昆布巻きがたいそう嬉しかったことを思い出してしんみりした。

「一夜飾りはいけないのよ」と言って、28日までに千両や万両の赤い実に花を組み合わせた正月の生花を買っていた母。かいがいしく働きまわっていた母の姿を思い出す。

母がいなくなってから、私は正月のために花は買わない。

儀式などは関係なく、ただ、純粋に自分が描きたいという衝動が起きる花を見つけた時に買うだけ。

元日の朝、母のタンタンタン!と勢いよく階段を駆け上がって来る音を聞いた。ねぼけまなこの私を「知佐子!早く起きなさい!年賀状が来てるよ!」と起こしに来た母。

母が亡くなり、最愛のちゃびもいなくなった今、気ぜわしい色とりどりの年末や、真っ白に光り輝いて見えた元日の朝の光が、遠く鮮明な記憶の中だけのものになってしまった。

私にかつてそういうことがあったことが信じられないようにも、また同時に、失われてしまったことが信じられないようにも感じる。

まだどこかに強烈にあるのに、それをつかめない、全身で触れられない淋しさ、苦しさ。

初詣の時に、母とちゃびの健康と幸せを一心に願えないことが、どうしようもなく辛かった。

昨年、ちゃびが亡くなった11月の初めから、12月、私は人生で一番の危機に耐えた。動悸と悪夢、不眠が苦しかった。

眼の前は真っ暗、なにも楽しくなかったし、なにもやる気が起きなかった。

でも大切な相手を亡くした人は私だけではないはずだし、淋しい年末年始を過ごしている人も、この世にはたくさんいるだろう。

12月24日

図書館に行く細い道の途中にある寸断された樹。

頭にトタンのようなものがかぶせてあるのが気になる。

Sdsc02379

曹洞宗鳳林寺にて。

Sdsc02382

江戸時代からここにあるこれらの石仏にこめられた過去の出来事を思う。
Sdsc02383


Sdsc02384

曹洞宗宿鳳山高円寺の白椿とメジロ。
Sdsc02392_2

花の蜜を食べ、鴬色(渋い黄緑色)なのはメジロで、ウグイスではない。ウグイスは虫を食べ、地味な茶色で、花には来ない。
Sdsc02393_2

|

2017年12月19日 (火)

森島章人さんから歌集刊行記念展へのお誘い  /  東中野、中野

12月16日

森島章人さんから丁寧に封書でお手紙が来ていた。

来年の2月から3月のいつかに、森島さんの歌集『あねもね・雨滴』刊行記念の展覧会をパラボリカでやるということ。そこに作品を出してくれないかとのこと。

私以外では、雑誌『夜想』の今野裕一さんが声をかけて作家さんたちを集めるそうだ。

森島さんの歌に喚起されるイメージでなにかできたらいいけれど・・・。

やる場所がパラボリカだということをふまえて、いつもの私とは違うやりかたでなにかやれたらいいのかもしれない、とも思う。

12月15日

遠くに住むデザイナーの友人、和美さんに、ちゃびが亡くなったことをなかなかメールで伝えられないでいた。

和美さんとは、何年もずっと、お互いの母親の介護のこと、猫の介護のこと、それらにまつわる悲喜こもごもをメールで会話していた。今までなんとかぎりぎりでがんばっていることを伝えてきたので、母が亡くなったことに続けて、ちゃびが亡くなったことを伝えることが辛かったのだ。

ひと月以上すぎて、メールで伝えると、

「たいへんなメールをいただきました。このメールが来るのをおそれていました。どんな慰めの言葉を書いていいのかわかりません。」という返事が来た。

和美さんも9年間で4匹の猫をみおくったが、「どの子たちもそれぞれが唯一の存在とはいえ、私の場合は他の猫たちがいることで救われているので、福山さんの心境はもっと深刻なものだろうと思います。」と。

美大時代の友人愛子ちゃんからも、「ちゃびさんは子供以上の存在なんだろうね。私は、飼ったことがなくてわからないんだけど、自分以上に愛おしい存在なんだろうなって。生きているからにはいつかはって思うと、ふっこがどうなるか凄く怖かった。」というメールが来た。

私がどれほどのダメージを受けるか、どれくらいおかしくなるかわかってくれていた友人がありがたかった。

12月12日

母のお世話になった施設へ最後の精算に行く。

駅からの階段を降りて道を渡ったところ、染物屋さんの工場の前にいつも寝ていた猫が亡くなったという貼り紙があり、花と食べ物が供えられていた。

14歳だったという。外猫にしてはすごく長生きだが、最期は交通事故だそうで、とても残念だ。

私が母の施設へ向かうこの横断歩道で、たまたま車道のほうへ出てきているこの子を、よいしょっと抱き上げて染物屋さんの前に運んでいる人を見かけていた。

地域の人に愛されていろんな名前で呼ばれていたらしい。

施設に着き、受付に行って、ケアマネのK島さんを待つ間に、母との思い出が溢れてきて、もう涙が出てきてしまった。

母が施設から病院に移る直前に買った介護用の室内履きや未使用の紙おむつなど、まだ新しくて使えるものをもらっていただいた。

最後の精算の書類に記入してからも涙。涙。

母とちゃびが死んでしまうことが怖くて、あまりに張りつめていた時が終わったが、少しも解放された感覚がなく、ただ悲しい。

そのあと友人と中野の裏道を歩く。

Sdsc02273

駅前に2匹でつながれていた犬。とても人懐っこくて、しゃがんだら飛びついてきて、口をなめられた。けだもののぬくもりと匂い、息づかいが身体いっぱいになだれ込んで、たまらなくなる。

たまにこんなふうに往来につながれている犬に出会うが、「飼い主」は人目につくところにほっておいて心配じゃないのかと不思議だ。私なら、不安で、怖くて、とてもできない。しっぽや手足をカラーリングされているのも身体に悪いのじゃないかと心配。

少なくとも、カラーリングが、犬自身のためになること、犬の身体によいこと、犬にとって心地よいことにはなっていないのは確かだ。

Sdsc02275

私は動物に対して「癒される」という言葉を使うことができない。相手に対して愛おしさと心配が激しすぎるからだ。「癒される」というのは、生きている存在に対して使う時、非常に手前勝手な収奪の言葉だと思う。そういう人間中心的な言葉遣いが嫌いだ。

鎧神社。オオミズアオの色の錆びた鉄の扉。薄青とチャコールグレーの混じった風景に酵公孫樹の山吹色が映えていた。

Sdsc02310

昔の西新宿にあったような古いアパートと敷石。家の玄関までをコンクリートで固めないで、雑草が息をする土の上にこの石を置いただけの細い道が好きだ。

(この画像、何度やり直しても画像が勝手に横に倒れてしまうのでそのままにしてあります。)

Sdsc02315_5

東中野のムーンロード。大きな塊のアーチになった羽衣ジャスミン。冬でも緑の葉が茂っている。4月にはここは白い花の香りでむせかえるだろう。

Sdsc02316

懐かしい雰囲気の中野の仲道通り。「文化堂」というレコード屋も健在。20年くらい前に、この入り口にあった「めりけん吉田」というとても面白い看板の古道具屋でブリヂストンの中古自転車を買った。

Sdsc02350

「新鮮 蔬菜」と書いてある八百政の看板。「蔬」というのはキノコという意味らしい。ここでも季節外れの丸葉朝顔の葉が青々と生い茂っている。東京では冬も完全な立ち枯れにはならない。

Sdsc02357

|

より以前の記事一覧