旅行・地域

2018年1月21日 (日)

変わり咲きのラナンキュラス / 大宮八幡神社

1月10日

1月8日に、久しぶりにオランダ屋さんに行ってアネモネを買ったら、「これ、日にちが経っちゃたんですけど、よかったら飾ってください。」とラナンキュラスを4本もおまけでくれた。

特に変わり咲きのラナンキュラスが素晴らしくて「わあ、それすっごく素敵!最近の種類ですか?」と大喜びしたら「喜んでもらえてよかったです。」と切り花用の水に入れる薬までいただいた。

このねじれた絞りの花弁のラナンキュラス。

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1月16日(火)

カメラマンさんに新しく撮影してもらった作品画像約100点の点検。

1月17日(水)

きょうは14~15℃くらいに暖かくなるという予報を信じて家を出てしまったらすごく寒い。

布花の資材を買いに中野へ向かった電車の窓から、現在の気温8.5℃という電光掲示板が見えた。

古本を4冊買い、いつもの天ぷら屋さんで食事。その後資材屋さんへ。

さらにもう一軒の資材屋さんを目指し、東中野へ。店員さんにいくつか質問した。

1月18日(木)

きのう暖かくなるのは予報間違いで、今日こそ暖かくなる、という予報を信じて家を出たら、すぐに陽が陰って寒い。今にも雨が降りそう。

善福寺川にはたくさんの鴨が来ていて、おしりをぷるぷるしながら水に潜っていた。高い樹の上にはツグミの巣があり、鳥たちが集まって騒いでいた。

もう何年もやっている護岸工事に気持ちが暗澹となる。川沿いの植物が繁茂していたひなびた細い道や小さな植え込みが滅茶苦茶に破壊されている。杉並区立郷土博物館の裏のテニスコートのあたりを全部潰して大きな貯水池をつくるらしい。

以前から気になっていたスダジイがまだあったので嬉しかった。この樹はサルノコシカケのような茸と湿った苔に覆われていて塀と門の間にどっしりと存在している。

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巨樹を見たくて大宮八幡神社へ。

私は俗に言われるパワースポットなどスピリチュアルなものを一切信じず、応仁天皇などへの信仰心はないのだが、鎮守の森の鬱蒼とした空気に触れたくて行ってみた。

神社が建ったのは1063年。ここは東京のへそにあたるそうだ。

大鳥居をくぐってすぐに森の木々の匂い。カエデ、シイ、クスノキ、カシワ・・・。数百年は生きている木々の下を歩くと落ち着く。

キエーッ、キエーッ、キチキチキチキチ・・・カァ、カァ、カァとヒヨドリ、ツグミ、カラスなどが枝のとても高いところで囀っていた。

男銀杏と女銀杏のてっぺんにはカラスがいっぱい。

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境内に咲いていたジュウガツザクラ。

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飼われているチャボ。

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お宮の横の森には去年の色とりどりの落ち葉。

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私は極度の末端冷え性なので、神社を出る頃は冷えすぎて手首から先が紫色になって痺れてきた。これはまずい、このままでは寒さで熱を出してしまいそう、と緊急避難で近くの不二家に飛び込んだ。

一杯の白ワインを飲んだら、すぐにちゃびのことを思い出して胸が苦しくなり涙がこぼれた。

そのあと永福町でサラダとお寿司と熱燗を少々。

1月19日(金)

新宿の銀行へ。そのあとMと会う。

『夕凪の街 桜の国』を読む。

阿佐ヶ谷で久しぶりにピザを食べる。

ここ10年以上、ずっと食べたいと思っていたが近所では売られていなかった八朔を高野青果で買う。

八朔の懐かしい苦みと香りがほっとする。みかんや甘夏よりずっと好きで、子供の頃はよく母と食べた。

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2018年1月13日 (土)

年末から新年

1月13日

昨年暮れから今までのこと。

次に出す本の作品撮影のため、12月28日に、カメラマンの糸井さんがスケッチブックをうちに取りに来てくれた。

近くのファミレスで本の概要や撮影についての希望を説明。

前のカメラマンさんの撮影データと合わせるための試作データが30日には送られて来、それから第2回補正、第3回補正と、色味や鉛筆の線の濃さの調整などのやりとりを正月中に、ずっとできていたのは、とてもありがたかった。

この仕事がなければ、なにひとつ充実しない淋しいお正月だった。

色味のニュアンスなど、感覚的なことを言葉で伝えるのはとても難しいのだが、糸井さんは軽妙で勉強熱心でコミュニケーションしやすいか人なので、彼のお人柄に感謝。

1月1日

福山家の菩提寺から年賀状が届いた!「謹んで新春のお慶びを申し上げます」に呆れて笑ってしまった。

昨年10月、母の火葬場まで若いお坊さんがお経を読みにいらしてくださったのに、そういう事実をちゃんと記録していないらしい。

(私が精神的に参っていたために)母の納骨を春頃まで待っていただきたいという電話をこちらからしないで、ずるずると年を越してしまった非礼を申し訳なく思っていたのだが、そんな気持ちも吹っ飛んでしまい、たいへん気が楽になった。

原宿で見たヤマガラ。

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素敵な枝ぶりの冬の樹。
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12月30日

話し合いのため、Y子のアパートへ。

2017年の年末も差し迫ってから、私にとって人生最大のストレスと言ってもいいほどの他人からの迷惑に対して闘わなければならない事件があった。

以前書いた、母の火葬の日に私の怒りが爆発してしまった件・・・知人H子が何十年も昔に私の父に保証人のハンコを押させていたH子の娘Y子の借金の件で、ついにY子に債権者側から裁判の準備段階として召喚される書類が届いたのだ。

(この顛末については詳細を後述する予定。)

世間一般のように仕事納めで解放される年末どころか、心身ともに酷使せずにはいられない年末となった。

疲労しすぎて帰宅前に駅前の居酒屋で休んだら、薬などのはいったポーチを席に忘れて来てしまった。翌日、店に電話したら感じよく対応してくれた。魚民さん、ありがとう。

・・。

2017年の年末は、大掃除も気力と体力の不充分によりできず、正月の準備、花飾りやおせちなどはなにひとつやらず。

マッサージと整骨にだけは通っていた。

新しい年の新鮮なまっさらになった喜びや、心身ともにひきしまる感じはなく・・・。

思えば母がパーキンソンの認知症になってから、おせちや雑煮など、もう10年以上食べたことがない。

私自身はおせちや雑煮に興味はないが、昔、毎年暮れに祖母が大釜で炊いていた煮物や、母の手作りのニシンの昆布巻きがたいそう嬉しかったことを思い出してしんみりした。

「一夜飾りはいけないのよ」と言って、28日までに千両や万両の赤い実に花を組み合わせた正月の生花を買っていた母。かいがいしく働きまわっていた母の姿を思い出す。

母がいなくなってから、私は正月のために花は買わない。

儀式などは関係なく、ただ、純粋に自分が描きたいという衝動が起きる花を見つけた時に買うだけ。

元日の朝、母のタンタンタン!と勢いよく階段を駆け上がって来る音を聞いた。ねぼけまなこの私を「知佐子!早く起きなさい!年賀状が来てるよ!」と起こしに来た母。

母が亡くなり、最愛のちゃびもいなくなった今、気ぜわしい色とりどりの年末や、真っ白に光り輝いて見えた元日の朝の光が、遠く鮮明な記憶の中だけのものになってしまった。

私にかつてそういうことがあったことが信じられないようにも、また同時に、失われてしまったことが信じられないようにも感じる。

まだどこかに強烈にあるのに、それをつかめない、全身で触れられない淋しさ、苦しさ。

初詣の時に、母とちゃびの健康と幸せを一心に願えないことが、どうしようもなく辛かった。

昨年、ちゃびが亡くなった11月の初めから、12月、私は人生で一番の危機に耐えた。動悸と悪夢、不眠が苦しかった。

眼の前は真っ暗、なにも楽しくなかったし、なにもやる気が起きなかった。

でも大切な相手を亡くした人は私だけではないはずだし、淋しい年末年始を過ごしている人も、この世にはたくさんいるだろう。

12月24日

図書館に行く細い道の途中にある寸断された樹。

頭にトタンのようなものがかぶせてあるのが気になる。

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曹洞宗鳳林寺にて。

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江戸時代からここにあるこれらの石仏にこめられた過去の出来事を思う。
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曹洞宗宿鳳山高円寺の白椿とメジロ。
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花の蜜を食べ、鴬色(渋い黄緑色)なのはメジロで、ウグイスではない。ウグイスは虫を食べ、地味な茶色で、花には来ない。
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2017年12月19日 (火)

森島章人さんから歌集刊行記念展へのお誘い  /  東中野、中野

12月16日

森島章人さんから丁寧に封書でお手紙が来ていた。

来年の2月から3月のいつかに、森島さんの歌集『あねもね・雨滴』刊行記念の展覧会をパラボリカでやるということ。そこに作品を出してくれないかとのこと。

私以外では、雑誌『夜想』の今野裕一さんが声をかけて作家さんたちを集めるそうだ。

森島さんの歌に喚起されるイメージでなにかできたらいいけれど・・・。

やる場所がパラボリカだということをふまえて、いつもの私とは違うやりかたでなにかやれたらいいのかもしれない、とも思う。

12月15日

遠くに住むデザイナーの友人、和美さんに、ちゃびが亡くなったことをなかなかメールで伝えられないでいた。

和美さんとは、何年もずっと、お互いの母親の介護のこと、猫の介護のこと、それらにまつわる悲喜こもごもをメールで会話していた。今までなんとかぎりぎりでがんばっていることを伝えてきたので、母が亡くなったことに続けて、ちゃびが亡くなったことを伝えることが辛かったのだ。

ひと月以上すぎて、メールで伝えると、

「たいへんなメールをいただきました。このメールが来るのをおそれていました。どんな慰めの言葉を書いていいのかわかりません。」という返事が来た。

和美さんも9年間で4匹の猫をみおくったが、「どの子たちもそれぞれが唯一の存在とはいえ、私の場合は他の猫たちがいることで救われているので、福山さんの心境はもっと深刻なものだろうと思います。」と。

美大時代の友人愛子ちゃんからも、「ちゃびさんは子供以上の存在なんだろうね。私は、飼ったことがなくてわからないんだけど、自分以上に愛おしい存在なんだろうなって。生きているからにはいつかはって思うと、ふっこがどうなるか凄く怖かった。」というメールが来た。

私がどれほどのダメージを受けるか、どれくらいおかしくなるかわかってくれていた友人がありがたかった。

12月12日

母のお世話になった施設へ最後の精算に行く。

駅からの階段を降りて道を渡ったところ、染物屋さんの工場の前にいつも寝ていた猫が亡くなったという貼り紙があり、花と食べ物が供えられていた。

14歳だったという。外猫にしてはすごく長生きだが、最期は交通事故だそうで、とても残念だ。

私が母の施設へ向かうこの横断歩道で、たまたま車道のほうへ出てきているこの子を、よいしょっと抱き上げて染物屋さんの前に運んでいる人を見かけていた。

地域の人に愛されていろんな名前で呼ばれていたらしい。

施設に着き、受付に行って、ケアマネのK島さんを待つ間に、母との思い出が溢れてきて、もう涙が出てきてしまった。

母が施設から病院に移る直前に買った介護用の室内履きや未使用の紙おむつなど、まだ新しくて使えるものをもらっていただいた。

最後の精算の書類に記入してからも涙。涙。

母とちゃびが死んでしまうことが怖くて、あまりに張りつめていた時が終わったが、少しも解放された感覚がなく、ただ悲しい。

そのあと友人と中野の裏道を歩く。

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駅前に2匹でつながれていた犬。とても人懐っこくて、しゃがんだら飛びついてきて、口をなめられた。けだもののぬくもりと匂い、息づかいが身体いっぱいになだれ込んで、たまらなくなる。

たまにこんなふうに往来につながれている犬に出会うが、「飼い主」は人目につくところにほっておいて心配じゃないのかと不思議だ。私なら、不安で、怖くて、とてもできない。しっぽや手足をカラーリングされているのも身体に悪いのじゃないかと心配。

少なくとも、カラーリングが、犬自身のためになること、犬の身体によいこと、犬にとって心地よいことにはなっていないのは確かだ。

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私は動物に対して「癒される」という言葉を使うことができない。相手に対して愛おしさと心配が激しすぎるからだ。「癒される」というのは、生きている存在に対して使う時、非常に手前勝手な収奪の言葉だと思う。そういう人間中心的な言葉遣いが嫌いだ。

鎧神社。オオミズアオの色の錆びた鉄の扉。薄青とチャコールグレーの混じった風景に酵公孫樹の山吹色が映えていた。

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昔の西新宿にあったような古いアパートと敷石。家の玄関までをコンクリートで固めないで、雑草が息をする土の上にこの石を置いただけの細い道が好きだ。

(この画像、何度やり直しても画像が勝手に横に倒れてしまうのでそのままにしてあります。)

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東中野のムーンロード。大きな塊のアーチになった羽衣ジャスミン。冬でも緑の葉が茂っている。4月にはここは白い花の香りでむせかえるだろう。

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懐かしい雰囲気の中野の仲道通り。「文化堂」というレコード屋も健在。20年くらい前に、この入り口にあった「めりけん吉田」というとても面白い看板の古道具屋でブリヂストンの中古自転車を買った。

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「新鮮 蔬菜」と書いてある八百政の看板。「蔬」というのはキノコという意味らしい。ここでも季節外れの丸葉朝顔の葉が青々と生い茂っている。東京では冬も完全な立ち枯れにはならない。

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2017年5月31日 (水)

銀座、 新橋、 阿佐ヶ谷、 代官山

5月29日

所用で代官山へ。

盛りを過ぎて枯れかけたパンジーは、もはや人工的に植えた平凡な花の様相を超えていて、乱れた薄い花弁と柄の変容、しどけなさ、ほころびがすごく綺麗だと思う。

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くずれかけた小さな淡い紅の薔薇。
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ここの店の前にあるジャカランダの花は、まだほとんどつぼみが開花していなかった。

雨ざらしになっているかすれたペンキや、木や石や貝がきれいだけれど、人工的なものや意匠がある限度を超えると、そのとたんにすごく嫌味なものになりそうな微妙なバランスの庭。

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鏡がもっと灰色にくすんでしみだらけだったら綺麗なのに。
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渋谷まで歩く途中で素敵な丸窓のある建物を発見。

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5月28日

阿佐ヶ谷で共謀罪反対のスピーチを聞く。

猫のプラカードを掲げている女性がひとりいて、そのプラカードの文字で「肉球新党」を知る。

そのあと散歩。たまたまスターロード祭りをやっていて、たくさんの出店とたくさんのお酒を飲んでいる人たち(裏路地には地べたに座り込んでお酒を飲んでいる人たち)がいた。

美大時代の学園祭を思い出して、いろいろ複雑な気分になる。(私は美大を自由で楽しい場所として謳歌することがまったくできず、現役で入学した直後に、絵を志す自分の将来は真っ暗闇だと自覚していたため)。

スターロードが細長く、ずいぶん奥のほうまで続いていることを知った。

北口駅前の古本屋さんがなくなっていて大きなビルが建っていたのに驚いた。たしか『プルーストの花園』を買った古本屋さん。

「おさかな食堂」で食事。店の前でマグロのカツを売っていた高校生くらいの男の子に「肉類が全部食べられなくて、肉を揚げた油もだめなんですけど、ここは肉類のメニューありますか?」と聞いたら、「たぶんないと思います」との答え。

それで入ってメニューを選んでいたら、その男の子が席に来た。「さっき、肉類はないって言っちゃったんですけど。僕、バイトにはいったばかりでくわしいことはわからないんで、店の人に聞いてください。」とわざわざ言いに来てくれたので感激。この店は完全禁煙で、小鉢もおいしくて、とてもよかった。「七田」というお酒を飲んだ。

商店街の裏にひっそりとした緑の庭が隠れている。不思議な街。

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古い井戸と流し台がある一角。
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野原の前に「オハリコヤ」さんがあった。

ドクダミの白い花が盛り。

数年前に母がいた施設に通った途中の道で、雨の中、生まれて初めて八重のドクダミを見つけて驚いて写真を撮っていた時のことを思い出した。しゃがんで撮っていたのでスカートが水たまりにつかり、泥に濡れた。

八重のドクダミには、あれ以来、再会していない。

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KijiのFUJIYAさん(右)で、レトロなかわいい柄の布を買った。

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以前高い枝の上に猫がいた梅の樹のある廃庭。ここは10年以上前からずっと廃庭だ。

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公園では紫陽花が色づき始めていた。その向いの「洋服修理センター」はまだあった。
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5月27日

書道の先生の展覧会を見に、銀座松屋へ。

古い漢詩の臨書が多かった。

書の展覧会はあまり見たことがなかったのだが、底が知れない世界だと思った。

帰りに、以前から興味があった新橋駅ビルに初めて行く。

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ビルの中に横丁(飲み屋の通り)がある。

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昭和の古い雰囲気はよいのだが、どこもかしこも喫煙OKの店ばかりなのが困る。

ちょっと一杯。

御品書きにおじさんを刺身にしたものがあった!(頼まなかったけど。)

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左に見えるは絵になる和光ビルの時計台。あそこで60年代に沢渡朔さんが、かわいい小さな外国人の女の子に縦笛を持たせて撮った「跳んでごらんブルーネ」という写真を思い出す。
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5月26日

曇りの日。寒かった。用事があって実家へ。玄関で作業していたら身体が冷えて震えがきた。

玄関前で、偶然、幼なじみのH美ちゃんと出会った。「あっ、こんにちは!」「あっ、こんにちは!」と笑い合う。元気そうでなにより。

西新宿の青葉。

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新宿中央公園の中の遊具もだいぶ変わったけど、このクジラだけは昔からある。

幼なじみのH美ちゃんが、小学生の頃に上に乗って遊んでいて、尾の近くにある金具に足を引っ掛けて転落して腕を骨折したクジラ。

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中央公園の中で、私が幼い頃からまったく変わらないのはこのクジラと富士見台(展望台)と噴水くらいだろうか。

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2017年5月 7日 (日)

三浦半島 貝拾い 立ち枯れ / 錆 野ばら(イヌイバラ)

5月6日

友人Mちゃんとと三浦半島へ貝拾いに行く。

京急を降りたら、すごい風だった。バスは、渋滞でなかなか進まなかった。

乗ってしばらくしてからバスを間違えてしまったことに気づく。終点までノンストップのバスで、目的の場所より少し行き過ぎてしまった。

終点の丘で降りて坂道を下る時、海から日傘がへし折れそうなほどの強風。目も痛いし、風に抗って一歩、一歩進むのに、すごい抵抗感があって、へとへとになる。

シラス販売のお店のお兄さんに聞いて、お店の裏から海に降り、磯づたいに歩く。

登った時にどんな景色が開けるかわくわくする、こういう草ぼうぼうの細い道が好き。生命力の強そうな薊(アザミ)の葉のギザギザがきれい。

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昨年秋、海ですべって転び岩に思いきり尾骶骨を打ちつけて、しばらく回復しなかった経験を踏まえて、慎重にゆっくり進む。Mちゃんの姿がはるか先に見える。

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岩場を乗り越えて浜に着いたのだが、風が強すぎて顔が痛くて、落ち着いて貝を拾えない。
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今日は薄紫や桃色の小さな貝と、持っていない種類のタカラガイを目標に拾う。

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アメフラシの卵発見。毒があるので食べないように。
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波も強く、空気が白くけぶるほどのしぶきのシャワーで全身がべたべたになる。
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今日は落ち着いて拾えないので、早めに引き上げて食事に行くことにした。

バス停へと戻る道で、私の大好きな立ち枯れの植物と美しい錆びのある場所を見つけた。
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私が生き生きする(誰も見向きもしないような)、場所。

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少し脇道をはいると、信じられないくらい広大なな畑が広がっている。
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バス通りに出る手前のひっそりした小さな神社のタンポポの穂綿に囲まれた狛犬。

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バス通りに面していた、春紫苑(ハルジオン)の野原。

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一番赤みがあって、ことさらにきれいな春紫苑の群れを見つけて撮った。ハルジオンの甘くなくて苦いような香りをかぐと胸が締め付けられる。

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帰りの車窓から。

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今日のつつましい収穫。一番大きなオミナエシダカラ(右下)はMちゃんが海藻の中から見つけたもの。私はキイロダカラ2つ拾えただけで嬉しかった。

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この小さい貝殻たちはムギガイというらしい。

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5月5日

近所を散歩。お気に入りの錆びの階段。

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錆と苔と、罅割れたコンクリートの隙間から伸びている春紫苑と蒲公英(タンポポ)。

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イヌイバラ(犬薔薇)とハゴロモ(羽衣)ジャスミンが絡まって咲いているところを見つけた。

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5月の透明な光。

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病院の塀から細い路地にはみ出したさくらんぼの生っている木。誰も採っていなくて、ぼたぼた下の道に落ちている。食べた~い。

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2017年3月20日 (月)

鎌ヶ谷 初富 植物

3月17日

鎌ヶ谷の病院のがん定期健診。

とにかく遠い。JR、地下鉄、JRと乗り継ぐ。ジュネの「葬儀」(無削除限定私家版 生田耕作訳)を読みながら行った。

血液検査とレントゲンの日なのに30分遅刻してしまった。

1時半に血液検査を受け、その結果が出るのに、1時間かかる。

診察に呼ばれて「遅刻してすみませんでした。」と謝ると、「いえいえ、検査結果が出るのに、お待たせしてすみません。」と浅井先生はいつも優しい。

レントゲンも変わっていない、とのこと。肺の下のほうにぽつぽつ粟粒状の転移があるが、素人目には血管の節目の白く濃くなっている点々と見分けがつかない。

頸の手術跡のところを指して「ここの、特に右前の筋肉が、今も痺れていたいんです。」と言うと「すみませんね。」と謝られた。

どういうふうにマッサージをしたらいいか聞くつもりで、先生を責めるつもりはまったくなかったのだが、痺れが残ることと手術のやり方と関係あるのだろうか?

血液検査の機能の結果、けっこう薬の飲み忘れがあるにもかかわらず、血中のチラジン濃度が上がっているという。運動すると甲状腺ホルモンが消費されるから、運動不足かも、と言われる。

「お酒をよく飲んでいることはよくないですよね。」と聞くと「このがんに関してはあんまり関係ない。それよりもっと食ったほうが、・・いや食べたほうがいいですね。」と言われた。

あいかわらず筋肉がつかないのが悩み。162cm、44kg~45kg。

・・

いつも電車の窓から見下ろしている小さな森に行ってみようと、きょうはカメラを持ってきた。

何しろ、病院のある新鎌ヶ谷駅のまわりは、何もないアスファルトの上に、どーんと大きなイオンと大きな病院と市役所だけ建てたようなところで、昔からの商店も古い家も雑木林も川もない。味のある樹木一本も見えない。本当に息が詰まる。

駅の土手の金網の中、そこだけ草が生えているところ、枯れ蔓に名前も知らない鳥がひとりぼっちでいた。金網で隔絶されたこちら側は、なにもない、殺伐としたアスファルトだけだ。

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病院のある新鎌ヶ谷駅から、鎌ヶ谷駅の方面へ歩く。

途中、初富稲荷神社の前を通る。境内の土のグランドで子供たちがサッカーしていた。球技などしてはいけないという神社が多いのに、おおらかでいいな、と思う。

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初富を少し歩くと、小さな植木鉢がいっぱいはりついた定食屋さんを発見。ここらへんには、わずかだが花木のある庭が続く細い路地があるのを見て、すごく気が休まる。

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初富から道野辺へ。美しい地名をたどって。

そして森についた。森と呼ぶには小さいが、樹に人の手がはいっていない。様々な蔓の絡んだ野性的な風情に夢中になる。

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折しも日が暮れ、銀と藍色のせめぎ合う空。ドイツの森、イングラントの森の記憶、その時の空気の匂い、光、音、肌触りに感覚が飛ぶ。

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ひとりで鳥の声を聞きながら、空の銀箔を切り刻んでいる枝の曲線をひたすらつかまえる。
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誰にも邪魔されない、人と話さない、樹木や草や空や鳥とだけ交信する時間にしばし酔いしれる。

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生きている線と空気と、そこに流れる時間に集中することによって生かされる気がする。擦り切れてしまった神経が再生して創造力が充填されてくる。

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羽ばたきの音がした。土鳩が四羽、短い草の中のなにかを食べていた。そのあと、犬を連れた婦人が来た。この場所がとても好きだ。

小さな森の裏には畑と、花木のしげる庭のある古い家があった。

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若くて瑞々しい蕗の群生。蕗の薹は摘まれずに花が咲いていた。
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菜の花畑。
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古い電柱に寄り添っている樹が、ちょうど電柱の頭のところで枝を広げて、お互い会話しているのに目をひかれた。まるで宮沢賢治の世界。この道も一目で好きになった。
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民家の庭では早咲きの桜と名残りの梅、濃い緑の中に黄色の点々のアクセントの金柑、ぷっくりとした赤い椿の色がひしめき合っていたが、私は去年の枯れ花に目がいく。

枯れ紫陽花。
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鎌ヶ谷駅前の空き地。
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乾いて白いネコジャラシ(エノコログサ)の中にぽつんと咲いていたタンポポ。
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立ち枯れの小さなセイタカアワダチソウ。
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電車から見え、以前から気になっていた「かのこや薬局」。手すりが赤茶色に錆びているいい感じのお店。
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朝からミルクティーを飲んだだけで何も食べす、夕方6時に帰宅してから今日初めての食事。

次にいく時は、新鎌ヶ谷でパンを買って、かじりながらあの森に行こうと思う。

私はひとりだとあまり食べることに注意がいかない。

私はおいしい(私が好きな)人と一緒に食べるときだけ、いっぱい食べる。

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2016年12月25日 (日)

宇野亞喜良展《絵本の城》 / ちゃび

12月23日

宇野亞喜良さんの個展《絵本の城》へ。

その前に、3時頃、外苑前を少し散歩した。

きょうは真冬なのに20度にもなった異常に暖かい日。そのせいか黒雲と入道雲が混じるような不思議な空模様だった。

外苑のあたりには、欅、スダジイ、松などの巨樹。

グレーの諧調で光る背景に並んだ欅の細枝を見て、モンドリアンの描いた水辺の木々の絵を思い出した。

それと象徴派の画家で生け垣を何枚も描いていた人(名前を思い出せない)。穴澤一夫先生が解説を書いた展覧会で見た絵だ。

細い血管のような線の先端が溶けてつながっていた。

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しだれ桜も象徴派の線のように垂れていた。

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このあたり、都会には珍しくビルがなく空が広い。イギリスやドイツの小さな町を歩いた時の記憶が蘇る。サイレンセスター、バーミンガム、バーモンジー、バース、オルテンブルク、ハンブルク、ベルリン・・・と記憶が飛ぶ。

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絵画館前の銀杏並木はすっかり裸になっていた。シンメトリーの風景をマラソンする人たちが速いスピードで横切って行った。
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ユリノキ(リリオデンドロンチューリッピフィラ)の黄葉。
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駅に戻る時、黒雲から雨がぽつぽつ。陽に光っているほうの雲は明るい。めまぐるしくてコントラストの強いバルセロナやフィゲラスの雲を思い出す。

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電車で新宿に移動。地下道から伊勢丹にはいると、いつになくすごく混んでいた。毎年意識しないので気づかなかったが、クリスマスの直前だからなのか。

宇野亞喜良さんの個展《絵本の城》は、『白猫亭 追憶の多い料理店』(小学館)と『おばあさんになった女の子は』(講談社)の絵本原画展示。

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会場はとても盛況だった。2時から5時まで、ひとり2分としても3時間以上。100人にも丁寧にサインをしている宇野亞喜良さんはすごい。

5時を過ぎてもなかなかサインが終わらないようなので、きょうは奥様にだけご挨拶をした。

撮影OKの場所は、このコーナーともうひとつTVのあるコーナーのみ。

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TVでは宇野亞喜良先生の昔の実験的なフィルムが流れていた。60年代後半の絵だろうか。「あのこ」を思い出す馬の絵のボディペインティング。

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資生堂マジョリカマジョルカのイラスト。パーツをどのように組み合わせても絵になるように色彩と線の分量のバランスがうまくできているのが鮮やか。
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12月24日

ちゃびの検査結果を聞きに行く。体重が増えると同時にまた少し腎臓の数値が上がってしまったようだ。BUN36.3 CRE3.0。

でも最近は元気だ。

13日と14日に2日連続でほんの少し黄色い唾液を吐いたので、14日に病院に電話したら「連れて来て。」と快作先生に言われたので、青くなって連れて行った。

診てもらったら「おなかに毛玉がつまってる」と言われ、バリウムと吐き気止めを飲まされた。

受付の看護師さんに聞いたら「うちの子もしょっちゅう黄色い胆汁吐くけど、けろっとしてるんでほっといてますよ~」とも言われた。

大事なくてよかったのだが、ついでにワクチンが切れていないかの検査と、腎臓などの検査一式をしたので、いつもの輸液セットと薬と合わせて、この日は25000円もかかった。

毎朝、私のふとんにはいってきて、私の口に自分の口を近づけ、大きな声でゴロニャア!爆発のちゃび。顔にチュッとやると「ウギュルルウウウ~」とゴロゴロの爆音で大きくお返事。

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真夜中、ふと目を開けると、私の顔を見つめてゴロゴロ言っているちゃびの顔が目の前に。
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体調がいい時ほど激しく甘えてくる。

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私の左腕に顔をのせて、さらにお手々で私の腕の付け根を押さえて、嬉しそうなちゃび。

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息で鼻を膨らませたちゃび。

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2016年12月 6日 (火)

三浦半島 貝拾い

12月4日

先日、私が三浦半島に貝拾いに行った話をしたら、Fがぜひ連れて行ってほしいと言ったので、案内した。運よく絶好の穏やかな天気(予報では17度)。

今回は11時に新宿で待ち合わせて、湘南新宿ラインと京急を乗り継ぎ、バスと徒歩で浜へ。

浜についた瞬間、素晴らしい景色が開けた。

Fが「わあすごい!素晴らしいところだよ!」と何度も感動して言ってくれるので、私も(この場所に慣れているわけではなく、来たのは2度目だけれど)とても嬉しくなる。

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素晴らしく透明度の高い海水。ヤドカリが歩いているのがクリアに見える。
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(画像では淡く見えにくいが)きょうは真正面に富士山が大きく見えた。
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岩の際に貝殻が溜まっている。お宝の山に興奮!タカラガイも多いが、この場所はアマノオブネ(蜑小舟)がすごく多い。私はこんなに大量のアマノオブネを見たのは初めてだ。

アマノオブネは調べると南日本を含むインド・太平洋の暖海域に生息すると書いてあるが、死殻がたくさん打ち上げられたのだろうか。

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タカラガイとアマノオブネは、すぐに数百個は拾えてしまう。海水に濡れた貝溜りが美しくて胸がどきどきする。
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Fは、これまでの一生にタカラガイを1~2個しか拾ったことがなかったので、生まれて初めてざっくざくのお宝の山を見てとても感激していた。

しかし不思議なことだが、目の前に何十個もあっても、眼が慣れないうちは見つけられないらしい。彼はその場で貝拾いを続けて、20分くらいしてやっと「わあ、あるある。やっとタカラガイが見えるようになってきた。」と喜んでいた。

私は今回、タカラガイはすごく艶があってきれいなのだけを拾った。そしてきょうは、桃色や赤、緑の鮮やかな貝を見つけることにした。

夢中で貝を拾い、1時間ほどで700mlのタッパーウエア2つがいっぱいになった。

6~8歳くらいの女の子がお母さんに連れられて磯遊びをしていた。私は強風にそなえてボアネックロールにマフラーを重ねていたので、すれ違いざまにその女の子に「すごくあったかいですね!」と言われて苦笑。

その女の子のかわいい犬が歓喜に跳ね回るように近くに走ってきた(画像では保護色でよく見えません)。

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「タロー!タロー!どこ行くの!」とお母さんに呼ばれながらはしゃぎまわり、遠くへ行くタローさん。
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打ち捨てられた人の海の遊具に、ノブドウの蔓が絡まっていた。野葡萄は、山葡萄と違い、人は食べることができない瑠璃色や桃色の鮮やかな実を生すほうの野生のブドウだ。

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浜には野良猫もいた。「桜猫(避妊手術をされて耳の先端をカットされている猫)」ではない。ちゃんと世話をされているのだろうかと気にかかる。
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午後3時を過ぎた頃、風が強くなった。Fが「おなかがすいた」と言うので、もうそろそろ引き揚げようということになった。

山側の澄んだ空を飛んでいる鳶(トンビ)が、来たときは3、4羽だったのが、日が落ちるにつれて20羽以上に増えていたので、ちょっと怖かった(食べ物は持っていないので襲われることはないけど)。

なんとなく「ネヴァーエンディングストーリー」のファルコンが斜め右上を向いているかのように見える岩。

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(小さな女の子に笑われた)私がかぶっているボアネックロールは、見た目は変だけども、強風から耳や顔を守り、冬に自転車で走行中もマフラーのようにほどけない便利グッズです。
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先日滑って転倒して腰を酷く打ったあたりの岩は、乾いていたので、なんの問題もなく歩けた。先日来たときは遅い時間だったために岩が濡れていて、さらに暗くて危険だったのだと確認。

そのあとバス停までの道を尋ね、てくてく歩いた。バス停近く、坂道から見渡す素晴らしいお蔵のある、まるで子供の頃の夢のような庭。

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バスで駅に戻り、地元の魚が食べられるとても安いお寿司屋さんで食事。
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今回、数百個のタカラガイとその他もろもろの貝殻はFにあげた。

帰りの電車の中で私がいくつか選んで持ち帰ったのは、桃色と赤色の極小の貝殻(左側の三角の2個はチグサガイ?)と、アマノオブネ2個。

アマノオブネは、私が小学校2年くらいの時に、江の島で買ってもらった貝殻のアソートパックの中にはいっていて、とても好きで大切にしていた貝だ。

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それと緑色のコシダカサザエ一個とシーグラスをいくつか。シーグラスも私は100個以上拾ったが、Fは開眼しなかったので、Fにほとんどあげた。

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皿に水を入れて、外に出て日陰で撮ってみた。
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2016年11月19日 (土)

出版四賞パーティー

11月18日

今年もFと集英社出版四賞のパーティー(帝国ホテル)へ。

ストール、ブラウス、スカート コート、靴まで全部古着。

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今年もFが仕事で遅れて来たので、授賞式は最後のスピーチと受賞者の花束贈呈のところだけ出席。ぎりぎり間に合ったので掲載誌はもらうことができた。

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そしてビュッフェ。私はぺスコベジタリアンなので、毎年、魚介の前菜が楽しみ。特にウニとカニとアワビ。お寿司もおいしかった。
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テーブルに勝手に肉の皿を置いていかれるのを断固拒否。こちらの会話がとぎれさせられるし、食べ物をとる時も邪魔なので、いい加減にパーティーコンパニオンは廃止してほしい(学生時代には私もこのバイトをしていたけど、今はそういう時代じゃないと思う)。
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Fには席に座っていてもらって、私がちょこちょこと二人分の好きな食べ物を運んでくるのが楽しい。逆に私は人が食べ物をとってくれたりたり、取り分けてくれたりするのが嫌いだ。

Fも私も肉とお菓子を食べない。食べ物で相手に気をつかわなくていいことは私にとってすごく楽。
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Fと会うと、話すことがいっぱいあるので、いつも弾丸のようにしゃべっている。文章のこと、絵のこと、人との関わりの質のこと、動物との関わりの質のこと。

次の私の画集にのせる文章に関して、絵にあう(植物についてなどの)文章でなくても、自分の気持ちが一番のって書ける内容を書けばいい、とFは言ってくれた。

私は表面的で当たり障りのない話をしてくる人がすごく苦痛で、核心的な話しか興味がない。Fにはいきなり核心の話をできるので、私は無味乾燥な会話をしている焦燥にかられることがないので嬉しい。

いつも私がなにに全身を動かされているか、どんなことにすごく苦しむかについてFはよくわかってくれているので、なにを話しても、ちゃんと重みのある対応がかえってくる。

最近、心底思うことは、なにに夢中になるか、なにに嫌悪を感じるか、根源的なところで話が通じる人に出会えるのは奇跡だということ。

心が通じる人は数回会っただけで通じるし、通じない人は何十年つきあっても無理だ。

普段は着ることのないアンティークレースのブラウスを着たので記念撮影。
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夜も明るい日比谷花壇のウインドウの前で。日比谷公園では菊花祭りで、たくさんの屋台が出、混雑していてた。
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かわいい桜の花が狂い咲きしていた。ソメイヨシノではない。暖かい夜だったのでお濠のほうへ歩いた。
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お濠には二羽の白鳥がゆったり泳いでいた。暗くて写真には写らなかったが、闇の中に優雅な生き物がひそんでいたことにどきっとした。

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しーんとした夜の都会の水際はカメラを通して見ると余計に美しかった。

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柱頭がライトアップされている東京商工会議所の重厚な建物。
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納戸色の空と光が反射した銀杏と、車の入れない、人もいない空間がすごく幻想的で素敵だった。

毛利武彦先生の「首都風景」や「秋映」という絵を思い出す。銀杏が金色に光るこの時期に都会の風景がしんと静まりかえり、違和を感じるほど見知らぬ場所になる、このはっとするような変容に惹かれたのだろう。
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反対側に東京駅。幅の広い道路と冷たい空気。ドイツやイギリスに行ったときの感覚がよみがえる。高円寺の細いミクロコスモスの路地も大好きだが、都心の冷たい風景も好きだ。

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丸の内のライティングの通りの横を抜けて東京駅から帰宅。

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2016年10月26日 (水)

鵜飼哲さんと三浦半島の海岸へ 身体と思想について

10月22日

前から鵜飼哲さんと会う約束をしていたのだが、私の希望で三浦海岸へ貝拾いに行く。

12時45分に新宿で会い、湘南新宿ラインを横浜で京急に乗り換えて三浦半島へ。

行きの電車では、鵜飼さんが「シュルレアリスムの最後のアウラがある人」というアニー・ル・ブラン(Annie Le Brun)と会ったお話を聞く。

それから私は質問した。具体的な人名をあげてフェミニズムの話や日本会議の話、右翼、左翼、混沌としてなんとも判断がつきづらいニューウエイヴのことなど。しかし、私が質問のしかたを間違えてしまったのだろう。それらのことなど、私はどうでもよかったのだ。

私が聞きたいのは、思想の分化や分類の話ではなくではなく、それらの思想がそこから生まれるところの、というよりむしろ、思想が形を成す以前の身体感覚の話。

その人が自分の標榜している思想を裏切らない生き方をしているのか、などど問うべきでもない。

そうではなく、私はいつも、その人の身体はいかに思想そのものであるかを問いたいのだ。

瞬間ごとに変わる目の前の状況に対して、すぐれた舞踏のように、どのように臨機応変な態度をとれるか。

三崎口に着き、もう3時近かったので、体力と時間の温存のため、タクシーで行った。

鵜飼さんは貝拾いは初めてなので、私も貝の名に詳しくはないが、ごく基本の、よくある貝の名前などを教える。

これがタカラガイ、これがヘビガイ、これがヒオウギ、これがチリボタン、これがツノガイなど・・・。

あるわ、あるわ、タカラガイがうじゃうじゃ。私は生まれて初めてのすごい量のタカラガイに頭がくらっくらした。

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私はもう夢中になってしまって、しゃがみこみながら蟹のように移動したり、その場にじっと座りこんだまま、拾い続けたりした。

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「キャー!青い綺麗なガラス瓶、見つけたー!見てください、これ!」と私はすごく興奮。

私は同じ場所で拾い続け、気がつけば鵜飼さんはどんどん遠くに。

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貝をさがす鵜飼さん。

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どこらへんが穴場とかのなんの予備知識もなく、ただ来てみたのだが、岩場を超えてさらにすごい拾い物スポットにたどりつき、私は超興奮。

ふいに「これ、よかったらどうぞ。私、もうひとつ拾ったので。」の声に驚いて、見上げる。集中していたので、それまで周りにほかに人がいることも、その人が私のところに歩いてきていたことも、まったく気づかなかった。

先に来ていたらしい女性が私に、小さなピンクの巻貝をくださろうとしていた。「あ!ありがとうございます。」と応える。

わあ、珍しい薄桃色のベニフデガイじゃないですか!大きさ2cmほど。

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小学校低学年の頃の気持ちで、しゃにむにタカラガイばかり拾っていた私に、レアなものをくださる優しいかたがいるなんて感激。

「たくさん拾っちゃいましたけど・・・」と言うと「ふふっ。夢中になってきりがなくなっちゃいますよね。」と微笑されて、その女性は去っていった。ビーチコーミングについて、もっと言葉を交わせばよかったのに~、とすぐに後悔した。

しばらくして、鵜飼さんは疲れたのか、岩の上に座って、ぼうっと海や岩の上の鳥を眺めていたりしていた。

「子供は帰りましょう。大人は、子供の安全を守りましょう。」という5時を告げるアナウンスが浜に響き、急激に薄暗くなるころ・・・

「ギャー!オミナエシ~!うわ!またでっかいの~!うわ!キイロダカラ~~!!」と思わず大きな声をあげてしまう私。

そして、ほとんどものの詳細が見えなくなるくらい闇に包まれた浜を、もと来た駐車場に帰ろうとする時、平板な岩の上を普通に歩いて渡っていたのに、岩に海藻類が薄くついてぬるぬるしていて、つるっと滑って転んでしまった。

一瞬、なにが起こったかわからなかったが、尾てい骨のあたりが酷く痛くて、立ち上がるのもたいへんだった。

鵜飼さんがスマホを持っていたのでタクシーを呼んでくださったが、私ひとりだったら携帯も持っていないので、歩けないのにタクシーを呼ぶこともできないのだな、と思う。そのくらいなんにもないところ。

タクシーがやっとこさ来て、駅前のお店に行ってもらい、食事。強く打ちつけたせいか腰だけでなく脚や腕も痛くて力がはいらず、申し訳ないが鵜飼さんにサワーのグレープフルーツを絞っていただいた(打撲にお酒はよくないのだが、飲んでしまった)。

地元のお魚をいただく。三浦海岸の名物、メトイカや鮪、カワハギがおいしかった。

食事中も、帰りの電車の中でも、ずっと話していた。現代詩について。動物をテーマにしたアートについて。

些末なことをことさらに面白がるような表現や、浮薄な観念に造形を与えて解釈を迫るようなもの、動物の命を救うのでなく人間の側への収奪そのものである表現、すべてが私にとっては、もともとある身体感覚を無感覚にしろ、と強制されるようで激しい抑圧となること。

・・・

本日の収穫。タカラガイばかりたくさん拾いすぎて未整理。

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青いガラス瓶と陶片とビーチグラス(とツノガイ)。
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いろいろなタカラガイと、赤いチリボタン、ヒオウギ、イモガイなど。
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きょう、とっても嬉しかったもの。左からベニフデガイ、オミナエシダカラ、キイロダカラ。
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