10月15日(土)
ひろき真冬さんと夕方6時に中野で待ち合わせ、ひろきさんお気に入りのお店に連れて行っていただく。
私の個展のお祝いと言ってくださり、あまりに恐縮。
私が肉を食べられないのでお魚だけのお店。ビールの大瓶で乾杯。
そして、なんと私のために、ひろき真冬さんのデビュー第2作「幻想鬼」や花輪和一さんの「怨獣」の載っている1974年の『ガロ』と、ひろきさんの最初の単行本『K,quarter』と宮谷一彦さんの新聞記事のコピーを持ってきてくださっていて大感激。

『K,quarter』に関しては私も購入して持参していたので、それにサインしていただく。
ひろきさんの生い立ちのお話。それから、漫画に夢中になり高校生の時に宮谷一彦さんのところに遊びに行くようになったこと。
ひろきさんが高2の時に、宮谷さんのアシスタントだった宮代洋司(はっぴいえんど「風街ろまん」の内ジャケットの都電を描いた人、のちの空飛光一)さんが辞め、
さらに高3の夏休み前に残りのアシスタント全員が辞めてしまい、
宮谷一彦さんに「お前の夏休みをおれにくれ」と言われ、たいへんなことになったことなど、宮谷さんをめぐるたくさんのエピソードを伺う。
非常に細かく具体的に、当時の時代背景なども併せて話してくださるので、私はメモを必死にとりつつも、おいしいお魚を食べ、ビールはどんどん進む。
ひろきさんの言葉にはもったいぶりや飾ったところがなく、すべてが「証言」として、情景が私の身体を通して見えるように感じられた。

大海老やニシンの炉端焼き、揚げ出し豆腐など食べ、ふたりで大瓶4(~5?)本飲んだ。私はいつもならそんなに飲むと気持ち悪くなるのだが、興奮していたせいか頭は冴え、それほど酔わなかった。
岡田史子さんや合田佐和子さんの思い出の貴重なお話も伺えた。
私は合田佐和子さんとお目にかかれたのは種村季弘先生によんでいただいたスパンアートギャラリーでの集まりで。
岡田史子さんとは、高円寺文庫センターのサイン会(すごくどきどきして行列に並んだ)で。いずれも2000年を少し過ぎた頃だったように思う。
ちなみに初めてスクリーントーンを削るテクニックを生み出したのはひろきさんだそうだ。その頃、ドットの印刷面が裏(紙に貼り付ける面)から表に変わったので、カッターで削れるようになった。それまではホワイトでドットを消していたとか。
2件目は中野のSと阿佐ヶ谷のDと高円寺の「なんとかバー」とどこがいい?と言われ、なんとかバー(素人の乱)が選択肢に入っているのにびっくりした。
今日のところは中野の隠れ家のような小さな白いバーへ。

中野の私の好きな裏道にこんなお店があったの?と驚く。

日本ではあまり手に入らないと言う珍しいジン「ノストラダムス」(青い瓶、ミント風味)のソーダ割を飲んだ。
左からひろきさんのボトル、緑色の瓶が「パラケルスス」(レモングラス風味)。

話が盛り上がりすぎて、私は酔いで倒れないように途中、温かいお茶やレモンのソーダ割をいただく。ひろきさんは「なんでも(飲み物の)わがまま言って!」と言ってくださる。
「実は私、ひろきさんの最初のレコード持ってるんですよ。」と言うとすごく驚かれた。
「Onna」のレコードの「コルティジアーナ・ダル・ベーロ」と「胸をつつんで・・・」は、当時何度、繰り返して聞いたかしれない。
楽器を演奏しているようには思えないあまりにも不思議な音、妖しく美しい景色に全身が侵され、めまいする衝撃。
当時、私にこのレコードをくれたのは宮西計三だ。私はその頃、宮西計三の卓越した線と詩に心酔していた。
ひろきさんは宮西さんとの出会いと、どうやってこの不思議で刺激的な音ができたかを話してくださった。
マイクが無かったのでカセットデッキを録音状態にしてティアックの244に繋げたとか。
ひろきさんはバーボンのボトルを飲み干し、目の前で新しいボトルを入れていたので、空いたひろきさんのイラストの描いてある瓶を記念にいただいた。

「胸をつつんで・・・」の最後のカラスの泣き声のリフレインも偶然で、声を録音している時に窓辺にカラスが来たんだ、と聞いて本当に驚いた。
「あの時はケミストリーが起きた。作ろうとしてやると構えてしまう。そうじゃなくて二人で落書きみたいにしてつくったから。」と。
ひろき真冬さんは「宮谷一彦先生と宮西計三君は似てる」と言った。その意味が私にはすごくわかる気がした。
また、私の絵に「シンとくる(沈黙させる)ものがある」と言ってくださった。
才能とエゴ、表現者どうしの共鳴と軋轢、作品と作者・・・私が常にもっとも関心がある問題を、信じられないほどストレートに語ってくださり、本当に濃くてありがたい時間だった。
ひろき真冬さんはたいへん紳士的なかたで、さりげなく濃やかなお気遣いが(私に対しても、店員さんに対しても)すごくて、その穏やかな明るさ、優しさはお酒を飲んでも少しも乱れない。
なによりもお酒が進んでもことばが的確で、核心からぶれない(フェアである)ことに驚嘆した。
ロックをやって絵を描いていて見た目もおしゃれで、それでいてこれだけ自然に話ができるかたと私は初めて出会った。
私もすごい量を飲んだのだがふらつきもせず、ちゃんと高円寺駅から歩いて帰った。家に着いたのは午前零時近かった。