植物

2019年11月 4日 (月)

羽村動物園、羽村の堰

11月2日(土)

久しぶりに羽村動物園へ。

昨年の初夏以来(6月に赤ちゃんのちゅび、9月にチョビとプフを引き取ってから3匹の世話に追われて)、行っていなかった。

一昨年の11月に一心同体のようだった愛猫ちゃびを失ってから、ただただ動物のぬくもりを追い求め続け、一度この目で見てみたかったレッサーパンダに初めて会いに行ったのは昨年の5月。その日からラテに熱狂。

ほかの動物園に移動(レッサーパンダは絶滅危惧種なので、血統を考えながら国内の飼育動物園が協力し合って、繁殖のためにペアリング、移動をくり返す)になったら淋しいとおそれていたが、ラテ、ソラ、リンリンが昨年と変わらず羽村にいてくれて嬉しかった。

久しぶりに会えたラテとソラはやはりすごくかわいくて、私の鼓動は激しくなった。

ちゅび、チョビ、プフの3匹を迎えたことで賑やかになったが、ラテとソラを忘れたわけではない。そして愛おしいちゃびを亡くした喪失感がいえたわけでもない。目の前のものに対する愛情と同時に、もう触れられないものへの哀惜はやまない。

くるりんしっぽが特徴のラテ(オス)。
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水を飲むラテ。
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飼育員さんにおねだりするソラ(メス)。
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さすが風太の孫(風美の子)のソラ。ちゃんと立ってリンゴを食べる。
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ソラはレッサーパンダにしては顔が白っぽく、ふるまいもふわふわして、うちのプフとイメージが似ている。
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ソラは室内でも屋外でも、やたらにいろんなところにおしりをこすりつけて匂いづけをしていたが、待望の赤ちゃんはなかなかできないのだろうか。

動物園を午後4時に出る。それから駅の反対側の羽村の堰へ。先日の台風の洪水で多摩川がどうなったか見に行った。

ススキ野原はなぎ倒されて水草のように地面にべったり貼り付いていた。

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羽村橋を渡る。

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激流に耐えて残った樹々の根元には流れて来た木の根や枯草がびっしり。

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こんもりと繁った緑の中に隠れていた細く優しい小川も、「鏡の湖」と呼んでいた白い野茨に囲まれた池も、なにもかも全部無くなっていた。

そして無惨に剥き出しのコンクリートの上に乗っかっている丸太はもしかして・・・?

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ゆったりと時を眺めるように川の縁に並んでいた、あの情緒ある牛枠なのでしょうか?奈良時代からあったという川の流れを制御する牛枠があとかたもないとは。

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昨年の素晴らしかった羽村の茂みや小川の風景。

http://chitaneko.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/index.html

突然の激しい濁流も含め、川の流れも、茂みや池も、人間の想像を超えて毎日刻々と変化していることを今更のように思い知らされる。

去年と同じようには決してならないだろうが、来年の初夏には、また生き生きとした緑の茂み、白い野茨咲く「鏡の湖」や『ムッドレの首飾り』に出てくるような細い秘密の小川が見られることがあるのだろうか?

 

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2019年10月24日 (木)

コスモスの丘

10月23日

今年もまた、多くの傷を残した暴風雨だった。

コスモスはずいぶん開花が遅れた。待ちわびた久しぶりの陽光に光るコスモスの丘。

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きれいに咲きそろった状態よりも、私はいつもしだかれたうねりに惹かれる。

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まぶしいほどの陽射しが3時過ぎに陰った。

不穏な曇り空を割って小さくのぞく青。

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果てしなく続く風に揺すられるコスモスの向こうには空と雲だけ。

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「果て遠き丘」という言葉が浮かぶ。

秋吉久美子が演じたドラマのヒロインのイメージに寄せて荒井由実が「あの日に帰りたい」の歌詞を書き直したと、昔どこかで読んだとき、てっきり『果て遠き丘』というドラマの主題歌だと思い込んでしまっていた。

「光る風 草の波間をかけぬける私が見える」という歌詞が、私の中で、わがままで人を傷つけずにはおかないがどこか少女っぽい『果て遠き丘』の主人公に重なっていた。

「あの日に帰りたい」が『家庭の秘密』の主題歌だと知って(そのドラマは見たことがないが)、え?・・と驚いた。

風に揺れる一面のコスモスの原っぱは、貧しく人見知りな幼いころの私の、秘密の記憶から果てしなく広がっている。

 

黄色いコスモス、イエローガーデン、イエローキャンパス。

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花の写真を撮るために、シャボン玉を飛ばしている人が何人かいて気になった。洗剤を植物にかけると枯れてしまう。私自身も敏感肌なのでシャボン玉が皮膚に触れるとかぶれて痛くなってしまう。生きている植物に合成界面活性剤を飛ばして何が素敵だと思うのだろう。

花にシャボン玉を飛ばせば、ファンタジックでSNSでもてはやされる写真になると思う(あるいはそうした写真をほめる)陳腐なセンスが、我慢できないほど嫌だ。

 

 

 

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2019年10月21日 (月)

神代植物公園 秋薔薇

10月20日(日)

銀の雲が折り重なった空。久しぶりの光。

神代植物公園に秋薔薇を見に行った。

おりしも今日、調布のスタジアムでラグビーの試合が行われるらしく、そのついでに公園に来る人で混雑しているかと思ったが、そんなに混んでいなかった。

一番気になっていた原生種とオールドローズ園は、ほとんど花がなく、実がオレンジ色に熟してきていた。

濃いピンクの絞りの花が咲くロサ・ガリカ・ウェルシコロル。
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薄ピンクの一重の花が咲くロサ・カニーナ。
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メインの薔薇園はちょうど見ごろ。

夕霧。
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名前を確認するのを忘れた深紅の薔薇。
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7月に来た時は暑くて具合が悪くなり、長く歩けなかかったのだが、きょうは一番歩きやすい気温だった。

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萎れてうつむいた姿が妖艶なクローネンブルグ。
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カラスウリの朱も、叢の中でちょうどきわだつ頃。

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4時半前に植物公園の外に出て、まわりの生産緑地に沿った小道を散歩。3mくらいの大きな金木犀の木がどこも満開。

毎年、金木犀の香りが充ちる頃に、ちょうどコスモスも満開になる気がする。昔は9月20日くらいにピークが来ていた。今年は台風のせいなのか、どちらも遅れた。


高円寺に戻り、駅前のガード下「高円寺ストリート」。以前、ここは「エンジー」という名前で、RAREレコードや靴の修理のお店などが入っていた。仲屋むげん堂とRAREを続けて見るのが大好きだったのに。仲屋むげん堂は通りに面した側に移ったけれど、なんとも淋しくなってしまった。

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通り側に面していた東京宝石が無くなってから、あの「輝きをあげよう~君~は明日の女~」という高円寺放送からくり返し流れる歌も無くなっている。

そう言えば「ピンホー、ピンホー」とか「男ならバーボンを飲め。バーボンハウス。」という放送も最近、聞いてないような。。

10月19日(土)

鈴木創士さんから英訳の件で電話で話したいとのメールが来る。

なにかたいへんなことを言われるのかと緊張してすごくドキドキしたが、基本的に校正は翻訳者におまかせします、という旨だった。

10月18日(金)

眼科健診。緑内障などの検査だったが、眼に毛が入ったようで痛いので、検査より先に診察してもらう。

「最近、やたらに目にまつげが入るんですよ。」と言ったら、女医の先生が

「あら、これまつげじゃないわ。白い毛よ。なにか飼ってる?白くて見えにくくてなかなかとれないわね。」と。

歳をとったせいでまつげが抜けやすくなっているのかと思っていたが、チョビ、プフの長毛コンビのだった。

緑内障などの疾患は無事。

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2019年10月 1日 (火)

次の本の制作 / 高田馬場

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/

9月24日(火)

私の次の本(画集)に載せるための評論(解説)の原稿を、編集さんが転送してくれた。鈴木創士さんに次いで、二番目に到着した鵜飼哲さんの原稿だ。

鈴木創士さんのときもそうだったが、鵜飼哲さんもまた、私が常にうまく言葉にできなくて苦しんでいること、私にとっての絵とは何かについて、厳密に言語化してくださっていて感激した。

正直に言えば、ここまで私という「個」の仕事に寄り添い、分け入って、精確に見て、書いてくださるとは思わなかった。

私の『反絵、触れる、けだもののフラボン』を、特にその中でも読みやすいとは言えないだろう若林奮論を、深く、微細なところまで読んだうえで書いてくださっていた。

概念によらないこと、その実践がどのようなものかを言葉にするためには、「言葉」とは何か、言葉でないものを「受容する」とはどういう身体の状態なのか、を言葉にしなければならない。

「前方にあるもの」との「三重の距離」・・それを概念に媒介されることなく、はかること。

素描の「リミット」。植物を描いていることの意味についても。

急に届いた私にとって最も嬉しい贈り物に戸惑い、恐ろしくて胸がざわざわした。

本当に、ありがたすぎて言葉にならず、御礼の言葉をすぐにはメールに書くことができなかった。

9月25日(水)

鵜飼哲さんに素晴らしい文章をいただいたことで、停滞していた思考回路から次の本の新たなアイディアが突如として生まれ出て来、編集さんを煩わせることとなった。

衝動が湧いてくると抑えられなくなり、今まで3、4年もかけて選択していた絵を入れ替えし、久しぶりに夜中まで夢中で仕事した。

深夜2時過ぎにお腹がすき、咽喉が乾いてたまらなくなり、冷凍の枝豆をおつまみに、1本だけとっておいた珍しいビールを飲んだ。

オールドトムというアルコール度8.5パーセントもある黒ビール。

「イギリスで最も古く、最も有名なビールの一つ」、「チョコレートやポートワイン、胡椒の風味を感じさせる、複雑で味わい深いビール」だそうだ。

10年くらい前は、明け方まで夢中で絵を描いていることもよくあった。3時や4時に気がつけばとてもお腹がすいて、食事をし(そんな時間ににカキフライなどを揚げてたべることも)、ビールをがんがん飲んで、外が明るくなってから眠りに着き、昼前に起きたりしていた。

ふとどこからともなく訪れるものを、自分で計画したりコントロールしたりできないので、顕現するものがあった時に、それを逃さないためために、すべてをそこに合わせる生活。頭が回転してくると、すごく楽しくなってきて、疲れも眠気もを感じない。

最近は体調を崩さないように思慮しなければやっていけず、夜に暴飲暴食はしたくないけれど、今日だけは。

9月26日(木)

高円寺でお世話になっていたマッサージ店が6月末に移転になってしまい、ずっと身体中が凝り固まっていたのだが、3か月ぶりにマッサージに行くことにした。電車を乗り継いで移転先へ。

以前お世話になったOさんはもう辞めてしまった。きょう初めてお会いするKさん。

「ここまで酷くなるまで我慢なんてちょっとすごすぎます。肩、背中の筋肉と皮膚ががちがちに固まってはり付いてしまっている。」と言われた。

首ががちがちで、頭皮が血行不良でぼこぼこしているそうだ。脚も冷えて固くむくみが酷い、と。

このところずっと頭の筋膜が凝って頭痛がするのを、鎮痛薬と神経ブロック注射でなんとか我慢してきた。とりあえず血行をよくする努力と、毎日10分でも運動をしようと思う。

高田馬場近くの、昔好きだった細い裏道を久しぶりに歩く。

とてもよい雰囲気の多摩旅館は健在。

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人ひとりがやっと通れてすれ違えないほど細い家と家の間の道。この道に面していた古い下宿屋のような素敵な建物が無くなって、原っぱになっていた。

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http://chitaneko.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-bd58.html#search_word=戸山 高田馬場

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2019年9月23日 (月)

がんの定期検査 / 阿佐ヶ谷 

9月21日

今日も阿佐ヶ谷まで散歩。

薄青紫のルリマツリ(瑠璃茉擬)がまだ元気に咲いている。初夏から晩秋まで次々に開花する花。

初めてこの花を見たのは「ビリティス」という映画の中。なんと優しい色の花なのだろうと思った。

どこからか木犀が匂った。今年は台風の影響か、この香で街が充ちるのが少し遅いような気がする。

阿佐ヶ谷北の、通ったことのない路地を散策していたら、行き止まりの先にいくつかの廃屋を見つけた。

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私の好きな細い路地と階段。

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9月20日

癌の定期検査で鎌ヶ谷の病院へ。今日は血液検査とレントゲンのため、いつもの予約よりも1時間早く11時に家を出る。

行きの電車の中と待ち時間にジャン= リュック・ナンシーの 『イメージの奥底で』を読む。

 

甲状腺がんは長年持っていることによって、きわめて進行が速い悪性の癌に突然変化することがある。

私の場合、原発の甲状腺は全摘しているが、肺の粟粒状転移が原発の乳頭がんと同じ性質を持っているので、無数の粟粒が急に進行のきわめて速い癌に変化することがないとは言えない。

そうなった時、まずどういう症状で癌の変化に気づくのですか、と主治医の浅井先生に質問したら、私の場合は、とにかく息が苦しくなる、急激に肺が侵されるので、その苦しさは風邪と間違えるようなレヴェルではないとのこと。

そうなればあっという間(1か月くらい?)に亡くなるそうで、強い(意識が朦朧とする)緩和しか手立てはなく、本人がその状態を記録する余裕などない、と言われた。

現在の定期健診は3か月に一度。ある時に急に呼吸困難になれば、それが甲状腺がんの肺転移の変化なのか、確認のために片道2時間かけて鎌ヶ谷の病院に来る余裕はなさそう。最期は浅井先生に判断してはもらえないのかな、と思った。

考えておくべきなのは猫たちのこと。あとはあまり考えてもしょうがない。

病院から駅までの線路沿いの道で、とても体の大きなジョロウグモを見た。黄色と黒の縞のボディが丸まると輝いていた。カメラを持って来なかったことが残念。

土手の葛の花が甘酸っぱく匂っていた。少しでも触れると儚く落ちてしまうので迷ったが、一房だけ手折って、ずっと左手に持って帰った。電車を3回乗り換えて2時間の道のり。気づくと地下鉄の中で眠ってしまっていたが花を手から落としてはいなかった。

夜に描いたが、少し花の色が褪せて黒紫を帯びていた。

9月14日

阿佐ヶ谷まで友人と散歩。

ヒメムカシヨモギの白い穂綿と茎のしなり具合が魅力的になってきた。まだ青く、本当に素晴らしくなるのはこれからだけれど。

近所で古い建物が壊され、雑草が美しく生い茂るかと思っても、ほんの数週間で真新しい大きな建物に変わってしまう。原っぱのまま休まされている土地はほとんどない。

ほんのわずかな時の姿だが、ハルノノゲシ、ヒメムカシヨモギ、メヒシバ、オヒシバ、カヤツリグサ、ヨウシュヤマゴボウたちのなんとも素晴らしい夏から秋への変化を毎日見ている。

高架の手前で70年代から存在していそうなアパートを発見。こういう建物がまだ少しでも残っていてくれるとほっとする。

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そう言えば、今期やっている「べしゃりぐらし」というドラマで、主人公の上妻圭右(間宮祥太朗)が一人暮らしをするアパートが、私の生家のある西新宿の懐かしい散歩コースのアパートだったので感激した。

紫雲荘、瑞雲荘、白雲荘、東雲荘(順番は忘れました)と並ぶ、それはそれは素敵な古い(60年代後半か70年代築の)建物だ。まだ健在だったことに涙。。。

中野、高円寺、阿佐ヶ谷あたりに、生まれ育った風景と同じアパートがまだ生きていてくれるのに出会うとすごく嬉しくなる。

 

阿佐ヶ谷駅の裏の倒れてしまった胡桃の樹は切り株だけになっていた。

 

この不思議な家、お店ではないようだ。覗く勇気はない。

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中杉通りの一本裏の通り、何年かぶりに散歩したら知らない古本屋さんを発見。懐かしい本を購入。

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最近あまり見ない小さな手芸のお店を発見。小学生の頃、洋裁の仕事をしていた母に付いて、こういう手芸材料の店に入るのが大好きだった。

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表生地の切れ端をあてながら裏地に使うのに合う色の布をさがす楽しい時間。変わったかたちのボタンが留められている厚紙、黒い台紙の上の白いレースの替え襟。単純でかわいらしいフェルトの動物。幼い私の別珍のワンピースの胸に付けるために買った小さなダイアのようなガラスの飾り。すべて鮮烈に残っている。

そしてグレイッシュで微妙な差異の色合いの光る刺繍糸がグラデーションに並んでいる引き出しを開けると、胸が震えるほど高鳴った。

光る微妙なグラデーションの色たち。ねじれて束ねてある光沢のある糸。それらを見た時の強烈な感覚は今も色褪せない。

 

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2019年9月12日 (木)

チョビとプフ、1歳になる / 台風 / 結膜下出血

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/8-cats/

9月12日(木)

台風による千葉県の深刻な被害。友人のことが気がかりだ。

きょう、生協から届くはずの千葉県八千代市の低温殺菌牛乳も欠品だった。停電による乳業工場の停止や乳の廃棄も気の毒だが、暑さで牛たちの命がすごく心配だ。

・・・

きょうは、1年前、生まれたばかりのチョビと初めて対面した日。

チョビは9月10日に拾われ、翌日、Sさんが預かった。

Sさんと同じの社宅の人が、ご自身は猫アレルギーにも関わらず、保護してくれたそうだ。猫用ミルクをスプーンでやっても自力でなめることもできず、ぐったりして、眠ってばかりいたらしい。

後のことを考えずに、とにかく拾ってくれたかたに感謝です。すぐに拾われなければ死んでいただろうから。本当にチョビは頼りなくて、よたよたしていて、死にそうな赤ちゃんだった。

9月11日にSさんから電話を受けた時、私は飛び上がるほど驚いた。6月にちゅびが落ちていたのとまったく同じ場所に、またも生後10日くらいの猫の赤ちゃんがひとりぼっちで落ちているなんて、そうあることではないから。

拾われたばかり(2018年9月10日)のチョビ。

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そしてさらに9月30日、台風直前の雨の中で、プフがSさんに拾われた。

ほんの少しのタイミングがずれて、優しい人に拾ってもらえなければ、ちゅびも、チョビも、プフも、今頃生きてはいなかった。

その後、Sさんの住む社宅の裏に、避妊されていない野良猫の群れが住む場所が発見された。Sさんや保護団体の人たちによって、たくさんの野良猫たちが保護やTNRをされた。

最近のチョビ(鉛筆スケッチ、デッサン)。

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最近のチョビとプフ(鉛筆スケッチ、デッサン)

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・・

近所のなぎ倒されていたオシロイバナ(白粉花)は全部引き抜かれて無くなっていた。枯れて花が緑色に変わっていたアジサイ(紫陽花)も、なにも残されていなかった。

9月10日(火)

結膜下出血していた右目の血はほとんど吸収された。

国産の鷹の爪や有機野菜を買いに阿佐ヶ谷まで自転車を走らせる。唐辛子は収穫されたてで、乾燥していないものしかなかった。

駅近くの、小さくて素敵な庭(かつてこの庭には「ご自由にお入りください」という札がかかっていて、私は喜んで入らせていただいた)。その古いお家の、私が好きだった胡桃の木が、台風で根から倒れてしまっていた。大きな葉の優しい樹だったのにショック。首都圏を直撃したのは観測史上最大の台風だったらしい。

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欅屋敷の敷地内に重機が入っていた。小学校側にあった3軒の素敵な建物、おしゃれな帽子屋さんと飲み屋さんの跡はもう駐車場になっていた。なんとも淋しい。

この貴重な生態系をも守っている屋敷林を、一部の人の金儲けのために潰すとしたら最悪の愚行だ。

https://waku2.hatenablog.jp/entry/20180623/p1

9月9日(月)

台風が去り、気温36℃。東京は9月としては27年ぶりの暑さだとか。

「血だまり」だった右目がやっと「酷く充血」の程度まで回復。2週間ぶりにクリニックに星状神経ブロック注射に行く。

カーテン越しに看護師さんとほかの患者さんの「きのうは怖かったですよねえ。3時頃から眠れずにずっとテレビを見てました。」という会話が聞こえた。朝、業務スーパーの大きな看板の半分が落ちていたと。

街路は踏みしだかれてチリチリになった青いイチョウの葉の芳しい匂い。まだつるつるした黄色いサクランボのような銀杏が落ちていて、見上げると枝には実がひとつも無かった。

毎年、咲き始めの頃から気にして見ている近所のオシロイバナは、そうとうへし折られ、なぎ倒されていた。

9月8日(日)

夜中から最大規模の台風が関東を直撃するという。空気がむんむんしている。昼に一度ざあっと雨が来て、すぐに地面が乾いた。

夕方5時、嵐の前にことさら高揚するように、近くを通る馬橋神社の山車のお囃子が大きく響いた。3匹の猫たちは一瞬びっくりしていた。

夜11時頃、大雨。まだ風は無く、垂直に打ちつけていた。

未明、3時過ぎに、風のうなり声が凄すぎて眼が覚めた。それから3時間くらい眠れなかった。

ちゅびは、私の右側に、プフは左側にべったりくっついて寝ていた。

チョビはゴロゴロ言いながら私の胸に乗っかってきてすりすり甘え、足元のほうに降りて行くのをくり返した。

5時前、アンティークの木製踏み台の上にちゅびが上り、外を見ていた。プフも続いて上り、狭い足場で押し合いながら目を丸くしていた。

私も一緒に、雨が打ちつける窓ガラスの向こうを見ると、吹き荒れる雨風に、街路の決して細くもしなやかでもない公孫樹が、激しく揺すぶられて狂った鞭のようにぶんぶんうなっていた。

植物たちは逃げることもできず、ただ晒されているしかできない恐ろしい光景。

プフがちゅびの背にまたがろうとして、踏み台のてっぺんから落ち、代わりにチョビが上って外を見ていた。

こんな日、外にいる猫たちはどこに隠れているのだろう。

台風や猛暑や雪の日があるたびに、今、どれだけの野良猫たちが死んでしまうのだろうか、と想像して、胃のあたりがぎゅっと痛くなる。

9月7日(土)

友人と出かける。まだ右目の血の色が異様なのでサングラスを使用。

9月3日(火)

朝、起きたら、右目が結膜下出血を起こしており、白目の半分以上が真っ赤。ホラー映画のよう。

以前に一度経験があり、眼科に行ったが検査だけで治療はなかった。視界は変化なく、痛くもないので眼科に行かずに様子を見ることにする。

温めたほうが速く吸収されるそうなので、お湯を入れたカフェオレボールを一日に何度も眼の上に当てていた。

 

 

 

 

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2019年7月26日 (金)

神代植物公園 日本固有のユリ

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/7-other-flowers-plants/

7月23日(火)

再び神代植物公園へ。午後からところどころ強い雨になるという予報だったので10時半くらいに到着。予報ははずれ、またも蒸し暑い日となった。

山野草園では先日よりも百合が開花していた。

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細長い林の中、点々と数十本のヤマユリ。まだ蕾もあるので、あと一週間は見頃。深大寺門近くの林の中にも数本咲いていた。

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一面緑の夏草の中に、うつむいた大きな白い花が見えるのがたまらない。

ユリの花を描いた絵で、私が子供の頃に最初に心惹かれたのは酒井抱一の「夏秋草図屏風」(風神雷神図の裏に描かれた絵)だった。その理由はススキの緑の葉の隙間から実に微妙な分量の白が見えていて、しかもうつむいているからだ。

子供の頃、山で、実際に何度かその状態のヤマユリを見て感動したことがあるので、抱一の描いたのはヤマユリだと思い込んでいたが、今見ると「夏秋草図屏風」のユリはテッポウユリだ。

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日本に自生するユリは15種で、そのうち日本固有種はヤマユリ、ササユリ、オトメユリ、サクユリ、カノコユリ、テッポウユリ、タモトユリ、ウケユリの8種。

・・・

最近、大好きなヤマユリとカノコユリについて調べていたら、ちょうど植物会館で、今日から「世界のなかで日本の植物が果たした役割と影響」という特別企画展をやっていた。

メモ。

17世紀に西欧諸国による貿易航路が整うと、まずイギリスからプラントハンターが各大陸へとやって来た。

トラデスカント親子(1570-1638と1608-1662)はプラントハンターのパイオニア。

フランシス・マッソン(1741-1805)はキューガーデンから最初に派遣されたプラントハンターで南アフリカからイギリスへ植物を送った。

日本は北半球の温帯地域の中でも植物の多様性がもっとも高い地域と言われる。

日本と北アメリカ東部はよく似た植物が多くみられる。これは「第三紀周極要素(第三紀周北極植物相)」と呼ばれ、6500万年~200万年前に広く北半球に分布していた植物が南下し、各大陸の中緯度地域に残存することになったもの。ヨーロッパではその多くが(寒冷化に伴う南下が阻まれたために)すでに絶滅。

長崎の出島にケンペル、トゥンベリィ(ツンベルク)、シーボルトの三学者に先立って日本の植物を研究していたクライエル(1634-1698)がいた。

クライエルは1682~83年、1685~86年の2回、来日。日本の画家に描かせた植物画1360枚をドイツ・ブランデンブルクに住むメンツェル(1622-1701)に送った。

当時のドイツの学術雑誌にクライエルが送った植物画をもとにしたメンツェルが執筆した日本植物レポートが掲載されている。そこにはヤマユリとカノコユリの図(「ヤマユリ」と「カノコユリ」とカタカナが添えられている)がある。

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三学者の一人、ケンペル(1651-1716)は自ら描いた植物画(日本語による植物名が添えられている)とともに1695年にヨーロッパへ帰還。『廻国奇観』を1712年に出版。これはカール・フォン・リンネ(1707-1778)が1753年に『植物の種』を出版するより40年余り前。

イギリスの医師ハンス・スローンがケンペルの遺品・遺稿を買い取り、『日本誌』を1727年に出版。

トゥンベリィ(1743-1828)はリンネの愛弟子で、出島に滞在後1784年に『日本植物誌』を完成。

シーボルト(1796-1866)は1823年に来日。1830年7月に現ベルギーのアントワープに到着した時、積載した485種の植物のうち約260種が生き残っていた。それらをヘントの植物園に運び、2ヶ月滞在。

ベルギー独立戦争のさなか、ヘントのカノコユリは1832年に開花し、現地の人々はその美しさに驚嘆したという。

その後ベルギー独立戦争の余波を受けてシーボルトはオランダのライデンへ避難。戦争中、ヘントの植物園に残された日本の植物は、現地の園芸商に持ち出されて増殖・販売され、大部分が散逸してしまっていた。シーボルトは1839年の戦争終了後に返還を求め、80種を取り戻した。

シーボルトはドイツの植物学者ゲアハルト・ツッカリーニ(1797-1848)の協力を得、『日本植物誌』(二人の共著)の刊行は1835年にはじまった。(この中に素晴らしいカノコユリの図版がある。

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しかし刊行は1844年に中断。シーボルトとツッカリーニの死後、オランダの植物学者ミクェルによって第2巻の後半が刊行された。

ヤマユリ(Lilium auratum)が1862年にイギリスにもたらされると「驚嘆すべき美しさ」と大評判になった。auratumは「金色の」の意味。

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シーボルトらによる日本の植物の普及活動が欧米ではじまると、まずユリの評判が高まり、その需要に応えるため、1867年ごろには横浜を拠点としてユリ根の貿易を行う在留外国人があらわれた。

ボーマー(1843-1896)は北海道開拓使として来日したが横浜に転居し、ユリ根などを扱う貿易商を始めた。

鈴木卯兵衛(1839-1910)は横浜植木商会を設立。ユリ根の輸出を始め、1893年に園芸植物全般を扱う株式会社に発展。横浜植木商会の『LILLIES OF JAPAN』(1899年)の図版は素晴らしく魅力的。(左:表紙、中:サクユリ、右:丸葉カノコユリ。)

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ジョン・シンガー・サージェント(1856-1925)のぼうっと光り輝くヤマユリと提灯のを見た時、衝撃を受けたが、この絵が描かれたのは1886年。日本から入って来たばかりの金の帯と赤い斑のあるヤマユリは、さぞかし輝いて見えたことだろう。

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(この企画展では、ほかにも世界に渡った日本のサクラ、アジサイ、バラ、キク、ハナショウブについての展示があった。)

・・・

私の一番好きなユリの絵といえば、やはり1900年頃に描かれたモンドリアンのヤマユリとカノコユリの水彩だ。たっぷりと涙を湛えたようなカノコユリの絵はすごいと思う。

モンドリアンはオランダで20代の頃に、日本から来たヤマユリやカノコユリを生まれて初めて見て、とても神秘的な美しさを感じたのかもしれないと思うと、感無量だ。

形骸的ではなく、張りつめたようでいてとても傷つきやすい百合の美しさを描くことができたら、と思う。百合を描くのはとても難しい。

植物センター内に貼ってあったサクユリの場所を職員さんに尋ね、植物多様性センターへ。サクユリは伊豆諸島に自生する伊豆諸島固有のユリで、世界最大のユリ。絶滅危惧種。

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植物多様性センターの中にもヤマユリが何本か生えていた。芝生の近くにとても背の高いヤマユリが。

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植物公園に戻り、再び職員さんにカノコユリはないか尋ねたら、なんと山野草園の入り口付近に、ほんとうに小さなつぼみがついたのが一本。カノコユリも絶滅危惧種。どうか無事に咲いて、増えてくださいますよう。

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このあと花蓮園できょう咲いている蓮の花を撮影、その後、野生種とオールドローズ園の薔薇をひとつひとつ丁寧に見て歩き、たまだ開花しないショクダイオオコンニャク(燭台大蒟蒻)を見に温室を訪ね、さらに薔薇園を歩き回ったのでクタクタ。

深大寺通りで9割蕎麦を食べた。3時頃から盆踊りの曲(三波春夫の「大東京音頭」)が流れ、太鼓の音が鳴り響いてきた。蕎麦屋に貼ってあるポスターには6時からと書いてあるが、太鼓の練習なのだろうか?

 

 

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2019年7月20日 (土)

神代植物公園 / 新宿御苑

<https://chisako-fukuyama.jimdo.com/p> 

7月19日

台風が近づいて来ていて雨もよいの曇りだから出かけよう、という友人に誘われて神代植物公園へ。

しかし昼過ぎには雨どころか青空。強い陽射し。JRの駅へ向かっただけで、むっとする湿気に全身汗がふき出してくる。

吉祥寺から4番のバス。

深大寺の西参道、苔むした樹々と水車、蕎麦屋と土産物屋が並ぶ道を歩いて、まずは水生植物園へ。

沼の中に白いハンゲショウの葉と赤紫のミゾハギの花、朱色のヒオウギズイセンの花が絡まって咲いていた。

 

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壊れていて、渡ってはいけない木橋。

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色あせた紫陽花。
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深大寺城跡へ登る道で、美しい声でさえずっている鳥を撮影している人がいた。名前を尋ねると「ガビチョウ」と教えてくれた。中国から来た鳥だと。

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城跡へ登る道は木漏れ日がきれいで気持ちよかった。てっぺんには遺跡のようなものは何もなかったが、この小さな丘が好きになった。

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湧き水の情景。

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水生植物園を出、深大寺の脇の坂道を登って神代植物公園へ。3時くらいに深大寺門から入場。

武蔵野の原生林。

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林を出て、薔薇園を見渡す休憩所でおにぎりを食べる。とにかく暑い。台風のニュースのせいと平日だからか、ほとんど人がいない。

とりあえず今日の目標はヤマユリ、ハス、ショクダイオオコンニャク、バラ。まずは林の中を見て、4時15分くらいまでに大温室に入り、4時半から5時の閉園までに薔薇を撮る計画を立てる。

山野草園(雑木林の中の道)には山百合がいっぱい。まだ6~7割は蕾だった。

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案の定、蚊に刺される。

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山野草園を抜けて花蓮園へ。ここでは池や沼ではなく、一種類ごとに大きな鉢に栽培された蓮が並んでいる。

八重でぼかしの華やかな蓮。

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ノコギリソウやキクイモ、紫陽花や向日葵が咲き乱れる畑を抜ける。

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まったく人気のない「せせらぎの小道」の水辺に、ひっそりと咲いている大きな山百合を見つけた。あまりの美しさにしばしうっとりする。

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4時を過ぎたので大温室(4時半閉園)へ。

これが世界最大級の花(仏炎苞に覆われている部分に、小さな雄花郡と雌花群のたくさん集まった花序がある)、ショクダイオオコンニャク(燭台大蒟蒻)。なんとも奇妙な姿。

付属体(黒い塔のような部分)は「死体花」と呼ばれるほど強烈な悪臭を放つと言われるが、今は臭いがない。開花すると強烈な臭いを放ち、たった2、3日でしぼんでしまうという。

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私の大好きなロバート・ジョン・ソーントンの『フローラの神殿』(最も美しい植物図鑑)の中のドラクンクルス・ウルガリスの絵を見た時の衝撃はすごかった。

その(仲間の?)植物をこの眼で間近に見ることができることの感激。動物の死体のような臭いを発してハエを集め、受粉してもらおうとする巨大にして珍奇な植物。

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睡蓮も満開。紫の花弁がねじれた花が神秘的で美しい。

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ベゴニア園は色といどりの花が満開。吊り下げた鉢から垂れる花がかわいらしかった。

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4時半に大温室を追い出され、閉園まで30分、やっと陽が陰って過ごしやすくなった薔薇園でいろんな花を撮影。

青紫や白の薔薇が好き。ベージュ色のバタースコッチはもう花がなかった。

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7月17日

新宿御苑へ。

私の好きな倒れかかった山桜の樹の夏。

 

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ナンバンギセル(寄生植物)が今、盛りだと表示されていたので期待して行ったら、上の池のススキの根元に看板が立っているだけで、まったく生えていなかった。

ヒオウギズイセンの花に舞うクロアゲハ。

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2019年7月10日 (水)

G先生からお返事 / 自己中心的な人/ 白州から贈り物

7月5日(金)

夜10時過ぎ、G先生から待ちに待ったメールを受信してほっとする。今日、私のエアメイルが届いたのだろう。

嬉しいというより緊張で身が引き締まり、胸がどきどき(後悔しないような本づくりができるのか、いろいろ考えすぎて)したが、親友ふたりがとても喜んでくれたので、嬉しかった。

これで一つ滞りがなくなり、本づくりの仕事が進めやすくなる。

7月6日(土)

つい最近、私に多大なストレスを与えた男性(画家としての私に長年「憧れていた」という)に対して、彼の私への不可解な言動について、親友がメールでその意図を質してくれた。

あまりに自己中心的に歪んだ返答が戻ってきたため、親友は驚き呆れ、ふたたび私に代わって彼にメールしてくれた。

その男性とは6月末に一度だけ会食した。会わなければよかったと思う。会った時とそのあとの彼の言動に、私はひどく疲弊した。

「なにか失礼があったら言ってください」と言われたので、私がずっと我慢していたことをメールに正直に書いたら、いきなり会話を遮断された。

そして(私からフォローされてすごく嬉しかった、と彼が言っていたことを自ら全否定するように)、ツイッターでブロックされた。

私はここまで過剰反応されるとは思わなかった。彼は私よりはるかに年下だし、「失礼しました」で終わると思っていた。

が、彼は、正直に言ってしまった私を恨んでいるようだ。

彼に「あなたの態度は、傍から見ても明らかに配慮がなく、相手を軽んじている。自己認識がおかしい。」と私に代わって言ってくれた親友に、ただ感謝。

もうひとりの親友からは「自己中心的な妄想でいい気になってる相手に、まともに話したらダメ。危険すぎる。」と怒られた。

7月7日(土)

七夕。肌寒い雨。陽射しの少ない日は好きなので、高円寺を南から北の端まで散歩。

小さな野原でヨウシュヤマゴボウやヒオウギやハルノノゲシに光る雫をいっぱい見たあと、民家の軒下のヤマユリを見る。

大好きな花なので夢中で撮影していたら、通りすがりの老婦人に声をかけられた。「あら、これ、ヤマユリよねえ。うちも今年はこんなに大きなカサブランカが6つも咲いたのよ。やっぱり、好きな人がいるのねえ。」と。

私はよく夢中で花の写真を撮っている時に声をかけられる。たいていは私より年上のかたに「熱心ですね!」「花、好き?」と。

気象庁住宅の廃屋の近くには、棘が恐ろしい大きなアザミがいっぱいはえていた。

歩きすぎて、全身ずぶ濡れになり、身体が冷えてしまった。

7月8日(日)

陽に色褪せたアジサイ(紫陽花)。最近は雨の中でみずみずしく色づく紫陽花よりも、乾いて微妙な色になった紫陽花に情趣を感じる。

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きのう見たヤマユリ。

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7月9日(月)

白州の友人Sから贈り物が届いた。

興味しんしんのチョビとプフ。

桃、杏、ブルーベリー、アスパラ、カリフローレ(カリフラワーと違うらしい)、丸いズッキーニ・・・珍しい野菜がいっぱい。

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太くて柔らかいアスパラにも感激。

(昨年、北海道の花輪和一さんのところに遊びに行った時、スーパーで売っているアスパラが佐賀県産のだったのでびっくりした。北海道産の太いアスパラは高級みやげものとしてしか売られていなかった。)

 

Sさんが自宅の横に植えているブルーベリーの実がこんなにたくさん!

庭で育てているカモミールと姫薄荷も。とてもいい匂い(猫には薄荷は毒なので注意)。

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ちゅびも興味しんしんでソワソワくんくん。

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この野菜たちを、イタリアのチナミさんが送ってくださったウンブリアのオリーブオイルでいただけるなんて、最高に幸せ。

心優しい友人たちに心より感謝。

 

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2019年6月 3日 (月)

白州の友人を訪ねる

5月31日(金)

以前から約束していた山梨県北杜市白州の友人宅を訪ねる。3匹の世話はいつも猫の世話を助けてくれる人にお願いしておいた。

バスタ新宿から朝、7時25分発の高速バス。10時前に小淵沢着。郭公の澄んだ声がずっと響いていた。

小淵沢を少し散歩。このあたりは大きなお蔵のある古い家がいくつもある。庭にはジャーマンアイリス、ヤグルマギク、ポピーが盛り。

その後、友人の知り合いで花を活ける仕事の人のお宅を訪ねるが、お留守だった。

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雑木林の奥の、まさに「秘密の花園」といえるような庭。木香薔薇、アイリス、キツネノボタンなどが咲いていた。

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微妙な薄紫色の雛罌粟。

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明野の「くじらぐも」という古民家カフェで食事。

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くるみくんといううさぎちゃん。

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素朴なベジタリアンメニュー。おいしかった。

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山羊の子どももいた。

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途中、冷たい雨が降り出し、だいぶ冷え込んだ。なんとも清涼な風景。東京ではとっくに終わってしまったシロツメクサや春紫苑が満開。

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友人宅に戻り、薪のストーブを焚いてくれた。

4匹の家猫と、8匹の外猫がいる(近所の人が避妊手術を拒否して餌やりだけをしていた野良猫が増えてしまい、その人が亡くなり、友人が全頭の避妊と食事の面倒をみているそうだ)。

私の愛猫、ちゃび(20歳で亡くなった)を拾った1997年に、やはり友人が生まれたばかりで拾ったルルちゃんが、ひと月前に22歳で亡くなったばかりだ。ルルちゃんは友人が生まれて初めて飼った猫なので、喪失のショックはそうとうだった。

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さり気なくいけてあるのはチョウジソウ(丁子草)、クロフウロ(黒風露)、ナデシコ(撫子)、ミヤコワスレ(都忘れ)。

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友人宅の裏庭。下の方に山が見える。ベルガモット、ニワトコ、ケール、ルッコラ、ブルーベリー、クレマチス・・家の周りには100種類くらいの草花が植えてある。

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諏訪の一度潰れて復活したお酒、「御湖鶴」の無濾過生原酒で乾杯。

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山ウドやアスパラの天ぷらをいただいた。昨年、日帰りで訪ねた時はあまり話せなかったが、お互いに胸襟を開いた話ができた。

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デザイナーの友人夫妻は、仕事以外ではPCもスマホもTVも見ず、夜9時前に寝て5時に起きたりする生活。

6月1日(土)

きょうは爽やかに晴れ渡った。「キチキチキチ・・と響く声はなに?」と聞くと春蝉だという。

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クロフウロの黒紫の花がとても風情があって素敵だった。

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昼過ぎからサントリー工場の上の川沿いの道を登って散歩。友人は難治性疾患で一時、杖が必要だったのだが、きょうはけっこうな距離を一緒に歩くことができて嬉しかった。花崗岩の真っ白い砂地の川原で透き通る冷たい水に手を浸した。

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大蛇のように樹に絡みついた藤蔓が至る所に見事だった。

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とても甘く優しい匂いを漂わせていた白いニセアカシアの花。

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昨日よりも山々がはっきり見えた。田植えしたばかりの田んぼが銀色に光っていた。

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樹齢2千年と言われる武川町実相寺の山高神代桜(日本初の天然記念物指定)。幹の太さと内部の崩れ具合(裏側)に驚愕。言葉を失う。

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もうひとつ、近くの隠れ里にある桜の名木に連れて行ってくれた。

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関の桜。これもまたエドヒガン。

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夕方の光の中の友人宅。

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テラスからの眺め。

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友人が山で拾ったという小鹿の頭蓋骨。

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・・

9時半に新宿着の高速バスで帰宅したらチョビの眼の具合が悪いと聞かされた。

急遽、明日、日曜に手術となった。

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