植物

2017年4月27日 (木)

クロアゲハ 菫 牡丹  母のこと

4月23日

17日にも、母が夕方から熱を出したと施設から電話があり、心臓がどきどきしたが、座薬により、次の日には熱が下がったとのことで、またもたすけていただいた。

去年と同じように牡丹を見せに、母を近くのお寺に連れていきたいと思い、おとといぐらいから、母の体調を施設に問い合わせていた。

今朝、副施設長から、「最近は痰がらみが多いのと、夕方に熱を出すので、朝10時前に短い時間なら外出可能」という電話をいただいた。

皆が一番恐れていることは、痰がらみ(おそらく、パーキンソンで喉の筋肉がこわばっていることも原因のひとつ)で窒息することで、私もそれが怖かった。

母本人が、外出したいと私に言っているわけではないので、無理して連れ出しても、私の自己満足のために、危険が増すだけかもしれないと思い、車椅子で連れ出すのを諦めた。

夕方に、去年、母と行った寺に寄ってから、母に会いに行った。

去年と同じ場所に咲く、濃い紫の花で尖った葉のスミレ。私も母も大好きな花。

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お寺の牡丹は黄色い花のほかは満開だった。

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去年も魅せられた珍しい斑の牡丹。
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ふくよかで甘い薄紫の牡丹。

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母は、最近、傾眠と喉のこわばりが強くなってきて、食べられる量が減ってきている。

高齢で、パーキンソンで、もうそんなに長く生きられないことは自然なことで、肉親との別離も、たぶん親との別れの経験が幼少期だったりして、思い出せないような人もいるので、誰にでもあることなのだが、母が死ぬのが怖くて、胸が締め付けられ、身体が震えるような感じがする。

私は親しい人の死に、ものすごく苦しむ。そういうことにすごく弱い。

他人の感じ方を私が把握できるわけではないので、私が特に激しいとはいえないのかもしれないが、大切な人の死を知った時や、お葬式などの場面で、私は泣き過ぎて吐いたり、全身が痛くて、苦しすぎて卒倒しそうになったことが何度かある。

悲しみが強い身体的苦痛になり、全身がおかしくなるのだ。

感情の奔流にのまれやすいのだと思う。母もそういうところがあった。母もすごく涙もろかった。

母に認知症が少しずつ出てきて、介護するようになってから、ある日、母をショートステイに送って行くタクシーの中で、母がふとしゃべった。

「親が決めた結婚相手がいたのよ。近所の真面目な大工の人。その人と一緒に東京に出されたの。でも好きな人ができて飛び出したの。夜、鞄一つ持って、新橋の駅で。」と。

情熱的で激しいところが、私は母に似たのだ。

それにしても、田舎育ちで地味で生真面目な母が、駆け落ちまでして惚れた相手が、一見、ものをよく心得た優男だが、実は異常なほどわがままで、ギャンブル依存で浪費家で、母や私を殴る蹴るしていた父だ。

今になっても、父のようなろくでもない男に母が惚れないでくれていたら、と思うこともしばしばだ。

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東中野から中野まで、線路沿いの道を歩く。去年の立ち枯れの植物が私は好きだ。たくさんのことを思い起こさせてくれる。
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アスファルトの割れ目から、旺盛なタンポポ。
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そしてすごく美しいものが静かにそこにいた。

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クロアゲハ。弱っているのだろう。けれどストローのように伸びた口はしっかりタンポポの花の中に突き刺さっていた。
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ほとんど緑にかわった桜。まだ花びらが舞っていた。

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夕焼けに向かって錆びた線路が伸びていた。子どもの頃、無性に遠くに行きたかった気持ちがよみがえる。

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空地へと続くハルジオンの咲く細い道。なにか未知のものがひそんでいそうな片隅の風景。

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4月22日

西新宿で私の幼少期から母と親しくしてくださっていた遠藤さんの絵手紙の展示を見に、新宿中央公園のギャラリーへ。

遠藤さんの米寿を祝う絵手紙「新宿花の会」のかたたちの作品。

「新宿花の会の頼れるお母さん いくつになっても向上心持ちつづけている貴女のように年を重ねたい」「どなたにも気づかいが半端ではない人」などという言葉が贈られている。

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遠藤さんの日美絵画受賞作品(於国立新美術館)

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遠藤さんは、本当に米寿とは信じられないほどお若くて(実年齢より20歳くらい若く見える)、とても頭の回転が速くて、温かくて、聞き上手で、素晴らしい人だ。少しも押し付けがましくなく、相手の心によりそってくださる。私よりずっとエネルギッシュなかただ。

私の母とはもう会話ができない状態なので、遠藤さんを、もうひとりの心の母のように思っている。ずっとお元気でいてほしい。

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2017年4月20日 (木)

新宿御苑 八重桜 ・ 枝垂れ桜

4月19日

八重桜を見に友人と新宿御苑へ。昨日が28℃にもなったので、一気に開いて散っていた。あと3、4日早く来られればよかったのだけど。

今日は強風で、もったいないくらい桜の花びらが空に舞っていた。

地面を花びらが埋め尽くしていた。空にも、髪にも花びら。松、欅、銀杏、ユリノキ、ハンノキ、風に混じるなまめかしい新緑の匂い。
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2時40分くらいに苑に着いたが、日射しがきつくて、友人は花粉症で頭が痛いと言い、私は紫外線アレルギーで湿疹が出そうだったので、まずは茶屋で冷たいお茶を飲んで休み、どの樹を見に行くかの計画をたてた。

「兼六園菊桜」、「簪桜」、「太白」、「白妙」はうまく樹を見つけることができなかった。次に来る時は、人が多くなる開花の前に来て、樹を確認しようと思う。

関山は、寒さに強いそうで、街中に一番多い八見慣れた濃い桃色の八重桜なのだが、御苑の樹は、地面すれすれまで花の枝が垂れて、とてもきれいだ。

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このつぼみの枝を間近に見たかった。

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葉が緑で淡い紅の花の一葉(いちよう)。
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一葉は、雌しべが葉のように変化して発達し、花の真ん中から一本伸びているから、このような名だが、花によっては一本のもの、二本のものといろいろだ。

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鶯色の花の鬱金。日が経つにつれて紅色を帯びてくる。

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つぼみが紅色で、花は外側の花びらだけが紅を帯び、内側の花弁は白い、すごくシックな普賢象。遅く来過ぎたと思ったが、まだつぼみが残っていて嬉しかった。

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普賢象。
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緑の縞がある珍しい御衣黄。

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大欅の新芽。

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私が大好きな八重桜、福禄寿。
その名のとおり、とてもふくよかにたっぷりと優しく甘い花。

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頬に涙のように花びらがついていた。
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きょうは26度もあり、紫外線が強かった。私は午後4時過ぎくらいの柔らかい光が好きだ。

閉園のアナウンスがあり、新宿門に向う途中、一瞬、眩しい陽が射した。綿のようにもこもこした淡い紅の一葉。

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陽が翳った時の青ざめて見える一葉。

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今年も艶やかな八重桜を見ることができてとても嬉しかった。帰り道、新宿通りの看板が強風で倒れたりして、眼も顔も痛いほどだったので、早々に地下道にはいった。

4月15日

近所のお寺の桜。

左に散りかけの枝垂れ桜。右に八重の普賢象。

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花の真ん中に葉化した蕊が二本、象の牙のようにあるから普賢象。このくらいつぼみが多い時期がすごくきれいでかわいいと思う。

一葉と花は似ているが、普賢象は葉が紅色なので簡単に区別がつく。
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「無常 散る桜 残る桜も 散る桜」 柔らかくて優しい字。この文字の姿は桜の花に寄り添っていて素敵だ。私もよい字が書けるようになりたい。

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4月13日

近所のお寺の桜。浅田真央選手の引退ニュースで、すごくさびしくなるなあ、と言う気持ちで、誰もいないお寺の境内で撮っていた。

左に満開の枝垂れ桜。右に八重の普賢象。

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このお寺の枝垂れ桜は、誰も見に来ないが本当に美しい。
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枝垂れ桜は、エドヒガンの栽培品種で、平安時代にはもうあったらしいが、よくもまあ、こんなに愛らしく華奢でなよやかな桜をつくったものだと思う。

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2017年4月10日 (月)

多摩川 新緑、セイヨウカラシナ、枯れ蔓、タンポポ 

4月8日

朝、雨の音がしていた。昼過ぎ、薄暗い曇り空。

きょうは花見のピークなようだ。匂いや音や空気がかき消されてしまうので、宴会をする人たちの横で花を見る気にならない。

友人と春の匂いをかぎに、少しだけ遠出して多摩川へ。

河原に行く道の途中で素晴らしい甘い香りを放っていた白い花。花びらが4枚の十字型でかたちも匂いもセンニンソウにそっくりだが、花も葉も大きい。葉は細長くてテッセンに似ている。

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ここ数日雨模様だったが、多摩川は大部分干上がっていて、かつて大水の時に樹の枝にひっかかって残った泥からセイヨウカラシナが伸び、黄色い花を咲かせていた。

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雲雀の声を聴く。草が生えていて鳥の声と川の音だけのだだっぴろい場所を歩くと、すごく気持ちがいい。

きょうはアオサギやダイサギが見えなかった。

健気にも石の下からのびて咲いていたかわいいヴィオラを発見。一輪だけ咲いているこの花の種子はどうやって運ばれてきたのだろう。
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木々の新芽の早緑がきれいだった。水辺に誰かが忘れた水色のボールがあった。

白茶けた石の上にとまって遊ぶ銀色のセキレイを見ていた。

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河原に咲いている黄色い花は、ほとんどがセイヨウカラシナのようだった。セイヨウカラシナは花が小さくてまばらで、茎は細くて固く、つるつるしていて紫色。

たまに、ほんの一株、二株、セイヨウナノハナが混じって生えていた。

セイヨウナノハナは花がひとまわり大きく、菜の花(アブラナ)のようにかたまってついている。茎が緑で、葉の縁がぎざぎざしていない。なによりカラシナよりアブラナのほうが、花の香りが華やかに匂う。

これはセイヨウアブラナ。本当に、こんなに素晴らしい香りだったろうか、と感激するような春の匂い。

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これはセイヨウカラシナ。
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これもセイヨウカラシナ。緑色のコートに黄色い花粉がいっぱいついた。私自身が動物媒になっているのだな、と思う。
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土手には、以前、沢渡朔さんに撮っていただいた時にもあった蔓。葛だろうか?絡まり方の偶然の造形の面白さにしばし夢中になる。

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駅に帰る道を間違えて遠回りしたら、お寺の横の空き地に一面にたんぽぽが咲いているのに出会った。
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子どもの頃、友達の家の裏の、2m四方ほどの小さな空き地にびっしりたんぽぽが咲いていて、穂綿を飛ばして遊んだ。「種が耳に入ると耳が聞こえなくなるよ。」と友達が言った。

日当たりがよいせいかクサフジの群生も、早くも満開。

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夕方5時の鐘を聞いた。陽が落ちてしぼみかけたたんぽぽたち。ぺんぺん草(ナズナ)も真っ盛り。

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もっと輝く天候と時間に撮りたい。きょうは光が足りないけれど、それでも浮遊感のあるプーステブルーメ。
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春紫苑は、まだ咲いているのが少なかった。今度は春紫苑の群れの中から、際だってきれいなピンクがかったのを見つけよう。

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2017年4月 6日 (木)

巨大輪椿 桜

4月6日

紫外線アレルギーが心配だが、昼の日射しのうちに自転車を飛ばして川の方へ行ってみた。

ハナニラ満開。そのあいだにカラスノエンドウ。

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かつて阿佐ヶ谷住宅だったところを通ると、やはり胸が痛む。

あのうっそうとした植物群落、朽ちた木のベンチ、シロツメクサとネジバナが敷き詰められた静かな空間、真っ白な花が咲く大好きだったスモモの樹、金色のミモザの樹はもうない。

かつてハートマークの中に吊り上った目の顔の落書きの塀があったところから、川にはいる。

きょうはソメイヨシノ満開。毎年来ている「あいおい橋」。ここは変わらない。
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左岸の白いのはこれから咲く山桜。
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古い木枠の窓があった工場はもうない。

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鳥の声が騒いでいた。

今日は風が強く、高い枝の葉がざざざざ・・・と大きな音をたてていた。どの樹が鳴っているのだろうと見上げると、一番大きな音を出しているのはクスノキだった。

暗渠の上の蛇道のわきの畑も、煤けた美しい鏡をもらったゴミ焼き場も、もうない。

釣り堀武蔵野園は健在。

瓢箪池は、きょうはカワセミを撮りにカメラを構えている人が10人くらいいた。

瓢箪池のほとりには「猫たちが縁の下に向かって唸ってると思ったらね、狸がいたのよ。」と言っていたAさんのお宅。お元気でいらっしゃるだろうか。

葡萄棚のある家の近く、ちゃびを拾ったユキヤナギの茂みだったあたりは駐車場になっている。

「僕がいなくなっても世界はなくならない」とペンキで書き殴られていた落書きの塀ももうない。

2時くらいに陽が翳った。私は薄曇りの空のほうが気持ちがとても落ち着く。

お寺の裏の細い道。廃屋らしい家の椿の花びらが道をうめていた。

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4月3日

春が来た。ここ一週間、朝のちゃびの声が高く、大きくなってきた。

「あん、あん、うにゃ~~ん」と私の顔と首のあたりを何度もほじる。

近所の杏の花は枯れてしまった。真っ白なハナニラ、ユキヤナギ、モクレンが満開。春紫苑のつぼみもふっくらしてきた。

夕方4時半。カメラを2台持って川のほうへ。

川へ行く道にあるお宅の、毎年、巨大な花を咲かせる椿を撮影していたら、高い塀の中から「花、好き?今、切ってあげるわ。」と奥様の声。

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「もったいないから写真だけでいいですよ。」と言うと「いいのよ。どうせ枯れちゃうんだから。」と。
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「ありがとうございます!!」

赤と少し淡い赤と白の巨大輪椿(花の直径15~16cmもある!)をいただいてしまった。「花が終わったら、土に挿しておけば根が出るのよ。」と言われた。

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椿の花を傷つけないように気をつけながら、川べりへ自転車を飛ばす。

ソメイヨシノは、もうずいぶん咲いていた。

桜に関しての私の好みは、固いつぼみとほころびかけたつぼみと開いた花が同時にある枝。

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私は直線的な枝ではなく、下のように枝が柔らかくたわんだのが好きだ。

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枝の間からのぞく夕陽が蜜柑色できれいだった。このあと30分くらいで雨がぽつぽつ来て、雷雨になるとは思えなかった。

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木々の線と川の線。花の開花前の人のいない風景。

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きょうは普段使いのミラーレス一眼だけでなく、大きなデジタル一眼にマクロレンズをつけたのも持ってきたのでアオサギのアップ!

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魚はいるのだろうか。
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桜並木の下にアオサギがいる静かな風景。

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「アオサギがいるわ!」と通りすがりのご婦人に話しかけられた。「水の中の魚を見てるだけで、なかなか動かないのよね。羽を伸ばすとすごく大きいんだけどねえ。」と。

70歳代くらいのかただ。

グレーの帽子につけてらしたアールヌーボー調のパンジーのブローチが素敵だったので、「そのパンジー、とても素敵ですね。」と言うと「昔、働いていたところの社長がドイツのお土産に、みんなに買ってきてくれたの。」と。

「昔ね、社交ダンスやってたの。だから外反母趾がひどいんだけど、今も開脚でぺったりくっつくのよ。」と言われて、柵の上に片足をのせて見せてくれた。

180度開脚でぺったりとは羨ましい。最近、私は右肩の怪我に悩まされてから、柔軟ストレッチを真面目にやっている。前屈と後屈は、意外にも整骨院の患者の中ではトップクラスに柔らかいとほめられているのだが、どうせなら開脚にも挑戦していこうと思った。

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2017年3月29日 (水)

フローラとフォーナ / 書道

3月28日

堀辰雄の「フローラとフォーナ」を読んでいた。

「社會を描く作家を二種に分けてもいい。即ちそれを fauna として見て行かうとするものと flora として見て行かうとするものと。」――そしてクルチウスはプルウストを後者に入れて論じてゐる。」

「プルウストは人間を植物に同化させる。人間を植物(フローラ)として見る。決して動物(フォーナ)として見ない。」

ここで、人間社会をフローラとして見て行こうとする、という解釈が引っかかる。

これでは植物を見ても、動物を見ても、作家は結局、そこに人間しか見ていないことになってしまう。

それは、植物から、動物たちからの人間の収奪でしかない。

堀辰雄は、「僕はそんな風に花のことはちつとも知らない。しかし花好きでもあるし、小説の中で花を描くことも好きだ。僕なんかも flora 組かも知れない。」と書いている。

けれど私にはこの「フローラとフォーナ」の文章から、堀辰雄が花を好きな感じが伝わってこない。

プルウストの文章からは、彼がとても花を愛していることが伝わってくる。彼は、植物そのものを、その衝撃をちゃんと見ている。

それは、幼年時代の最初の記憶からずっと続く、暴力的なほどになまなましい、陽の光と風や雨の雫と植物の交信、植物が発する香気や響きあう色や質の運動の、強烈な生命の時間の体験だ。

植物を、植物として、強く体験できる人は非常に少ない。人工的なもの、人間的なものの、添え物のようにしか感じていない人は多い。このことは、私が大人になってから身に染みてわかったことだ。

幼い頃の私は、自分が興味を持つのと同じくらい、他の人も植物に興味を持っているのだと思っていた。

・・・・

最近の書道(きのう)。

「賞花釣魚」。

先生のお手本。

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下が私の字。初めて待望の「花」という字。「ヒ」の部分をもっとしなやかに書きたいが、バランスが難しい。次はぜったい、もっと柔らかく書きたい。

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先月の「温慈敬和」。

先生のお手本。「慈」という字の「いとがしら」の左右のかたちが同じではないのが不思議。右のほうが、三画目が長く、上の「一」の画に接している。

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下が私の字。「慈」という字の上の部分、「一」が長すぎた。

ちなみにこの「前」という字の上の部分と同じところは、「くさかんむり」ではなく、よび方がないらしい。

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墨汁のあまりを片づけている時、先生が「紙、使う?これ、書き損じ。」と出してくれた半紙の細筆の文字を見て「うわ、先生の書き損じ、かっこいい。」と、その紙をいただくのを辞退した。

いただいてくれば良かったのに、とすぐ後悔した。墨汁をぬぐうのにはとてももったいなくて使えないけれど、いただいてくれば私はそこから吸収するものがあった。

そこにある何がかっこいいと感じるのか、考えることができるから(これはすごく感覚的で重要なことだ)。

今、習っている楷書は、現代の字とかたちが違うこともよくあり、実務的に字がうまくなるかというと、よくわからない。

書道に惹かれるのは、筆と墨の造形と質感のなにか、水で絵の具をとく絵を描いていることと通じているたっぷりと豊かななにかを、強く感覚しているからなのだろう。

その時々の手本の四文字によって、字面のバランスをとるというのも面白い。

ゼロから考えるのではなく、手本を見てそれに倣うというのが、私には新鮮なのだ。

書道教室は、月一回、1時間半しかない。せめて2時間あれば、もう少し詰められるのに、と思う。

まわりの、いつもゲートボールの話ばかりしている奥様達にもめげず、最近は、最初からすっと入り込んで集中できるようになってきた。

私は、のめりこんでその瞬間にすごく集中したい性格ので、なんで書道教室に来て雑談ばかりしているのだろう?と、その奥様達が不思議でしかたないのだが。

最近はがんがん書いて、遠慮せずに、時間内に5、6回は先生に直していただきに行っている。

帰宅してすぐ、一度筆を洗ってから、その日に直されたところを注意しながら、もう一度自分で書いてみる。

まだ筆の扱いに慣れないので、自分なりに納得がいくまで書こうとしたら、なかなか終わらずエネルギーを使ってくたくたになる。

先生の家の書道教室に通うことも考えたが、そうすると書道にのめりこんでしまって絵が描けなくなりそうだ(それでなくても趣味が多いのに)。

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2017年3月20日 (月)

鎌ヶ谷 初富 植物

3月17日

鎌ヶ谷の病院のがん定期健診。

とにかく遠い。JR、地下鉄、JRと乗り継ぐ。ジュネの「葬儀」(無削除限定私家版 生田耕作訳)を読みながら行った。

血液検査とレントゲンの日なのに30分遅刻してしまった。

1時半に血液検査を受け、その結果が出るのに、1時間かかる。

診察に呼ばれて「遅刻してすみませんでした。」と謝ると、「いえいえ、検査結果が出るのに、お待たせしてすみません。」と浅井先生はいつも優しい。

レントゲンも変わっていない、とのこと。肺の下のほうにぽつぽつ粟粒状の転移があるが、素人目には血管の節目の白く濃くなっている点々と見分けがつかない。

頸の手術跡のところを指して「ここの、特に右前の筋肉が、今も痺れていたいんです。」と言うと「すみませんね。」と謝られた。

どういうふうにマッサージをしたらいいか聞くつもりで、先生を責めるつもりはまったくなかったのだが、痺れが残ることと手術のやり方と関係あるのだろうか?

血液検査の機能の結果、けっこう薬の飲み忘れがあるにもかかわらず、血中のチラジン濃度が上がっているという。運動すると甲状腺ホルモンが消費されるから、運動不足かも、と言われる。

「お酒をよく飲んでいることはよくないですよね。」と聞くと「このがんに関してはあんまり関係ない。それよりもっと食ったほうが、・・いや食べたほうがいいですね。」と言われた。

あいかわらず筋肉がつかないのが悩み。162cm、44kg~45kg。

・・

いつも電車の窓から見下ろしている小さな森に行ってみようと、きょうはカメラを持ってきた。

何しろ、病院のある新鎌ヶ谷駅のまわりは、何もないアスファルトの上に、どーんと大きなイオンと大きな病院と市役所だけ建てたようなところで、昔からの商店も古い家も雑木林も川もない。味のある樹木一本も見えない。本当に息が詰まる。

駅の土手の金網の中、そこだけ草が生えているところ、枯れ蔓に名前も知らない鳥がひとりぼっちでいた。金網で隔絶されたこちら側は、なにもない、殺伐としたアスファルトだけだ。

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病院のある新鎌ヶ谷駅から、鎌ヶ谷駅の方面へ歩く。

途中、初富稲荷神社の前を通る。境内の土のグランドで子供たちがサッカーしていた。球技などしてはいけないという神社が多いのに、おおらかでいいな、と思う。

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初富を少し歩くと、小さな植木鉢がいっぱいはりついた定食屋さんを発見。ここらへんには、わずかだが花木のある庭が続く細い路地があるのを見て、すごく気が休まる。

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初富から道野辺へ。美しい地名をたどって。

そして森についた。森と呼ぶには小さいが、樹に人の手がはいっていない。様々な蔓の絡んだ野性的な風情に夢中になる。

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折しも日が暮れ、銀と藍色のせめぎ合う空。ドイツの森、イングラントの森の記憶、その時の空気の匂い、光、音、肌触りに感覚が飛ぶ。

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ひとりで鳥の声を聞きながら、空の銀箔を切り刻んでいる枝の曲線をひたすらつかまえる。
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誰にも邪魔されない、人と話さない、樹木や草や空や鳥とだけ交信する時間にしばし酔いしれる。

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生きている線と空気と、そこに流れる時間に集中することによって生かされる気がする。擦り切れてしまった神経が再生して創造力が充填されてくる。

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羽ばたきの音がした。土鳩が四羽、短い草の中のなにかを食べていた。そのあと、犬を連れた婦人が来た。この場所がとても好きだ。

小さな森の裏には畑と、花木のしげる庭のある古い家があった。

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若くて瑞々しい蕗の群生。蕗の薹は摘まれずに花が咲いていた。
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菜の花畑。
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古い電柱に寄り添っている樹が、ちょうど電柱の頭のところで枝を広げて、お互い会話しているのに目をひかれた。まるで宮沢賢治の世界。この道も一目で好きになった。
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民家の庭では早咲きの桜と名残りの梅、濃い緑の中に黄色の点々のアクセントの金柑、ぷっくりとした赤い椿の色がひしめき合っていたが、私は去年の枯れ花に目がいく。

枯れ紫陽花。
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鎌ヶ谷駅前の空き地。
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乾いて白いネコジャラシ(エノコログサ)の中にぽつんと咲いていたタンポポ。
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立ち枯れの小さなセイタカアワダチソウ。
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電車から見え、以前から気になっていた「かのこや薬局」。手すりが赤茶色に錆びているいい感じのお店。
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朝からミルクティーを飲んだだけで何も食べす、夕方6時に帰宅してから今日初めての食事。

次にいく時は、新鎌ヶ谷でパンを買って、かじりながらあの森に行こうと思う。

私はひとりだとあまり食べることに注意がいかない。

私はおいしい(私が好きな)人と一緒に食べるときだけ、いっぱい食べる。

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2016年12月15日 (木)

急性アトピーが一晩で治った ベジタリアンについて / 銀杏と黄カラスウリ

12月15日

顔のかぶれ(急性アトピーの炎症?)がプロトピックで酷くなったこと、それが食べ物で一晩で治ったこと。

私はもともアレルギー体質ではなく、花粉症の薬も飲んだことがない。

若い頃は「肌理が細かく白い肌」と言われていた。思春期でも皮脂過剰になったことがなく、ニキビができたこともなく、特にケアも気にしていなかった。

最近は、ほこりや紫外線で湿疹ができるので注意している。注射のあとのアルコール綿などにもかぶれる。

去年くらいから、顔がひりひり痛くなったり、ところどころ赤くかぶれたように痒くなることが多い。もともと(皮膚科の先生にも驚かれるほどに)皮膚が薄いのが、加齢のためにさらに乾燥が進み、バリア機能が弱くなったのが原因だと思っている。

最近も、瞼や頬がところどころ少し赤くて痒かったので、痒いところにロコイドを塗って、オロパタジンを朝晩飲んでいたのだが、特によくならなかった。

痒みが強くなったので12月9日に皮膚科に行った。「結構赤く出ていますね。」と言われる。「私の顔、肌理がなくなったビニール肌ってやつですか?」と聞くと「いや、かぶれて腫れてるだけだと思う。」とK・H先生(その日は院長でなく、若い男性の先生だった)。

「大人になってから食べ物のアレルギーになることは考えられますか?」と質問したら「痒みが出ているのが顔だけだから、食べ物ではないと思う。」と言われた。

「試しにロコイドから違う薬に替えてみますか。まずは幼児用の出しときましょう。」と出されたプロトピックを、夜、さっそく顔に塗ってみたら、たいへんなことになった。

プロトピックはステロイドではない抗炎症薬というので、すごく期待して塗ってみたら・・・真っ赤に腫れてものすごく痒くなり、顔中、掻きむしらないと我慢できない状態に!!!

すぐにお風呂で(100円の植物石鹸で)洗顔して落としてしまった。

とりあえず保湿し、オロパタジンを2錠飲んだ(すごく痒い時は一日4錠飲んでよいとK・H先生に言われている)。

その夜、ネットで調べまくり、脂肪酸(リノール酸とリノレン酸)のバランスと、ビタミンB類の不足で代謝しきれない過剰なたんぱく質が炎症の原因になるらしいことを知った。

私は、物心ついた頃(3歳くらい)からずっとぺスコベジタリアン(魚と卵と牛乳は食べるが、肉類は出汁も含め一切食べない)なので、たんぱく質の摂取量は少ない。

だが、ごく最近のたんぱく質過剰について、ものすごく思い当たることがあった。

ここ4~5日、いつもはまったく飲まないホエイプロテイン(ドラッグストアで買った一袋2000円くらいのココア味)を、朝晩、多めに、がばがば飲んだのだ。

飲んだ理由は、なかなか痛みが治らなくて辛い右上腕の筋膜断裂の負傷にプロテインが良いかもしれない、と軽く考えたことだった。

確かにプロテインを牛乳に溶いて、多めに飲んだ日くらいから、顔の赤味、痒みが増している。

12月9日の夜、いつもより大量の白菜と蕪(アブラナ科の野菜がよいと思う)に牡蠣を入れた玄米雑炊を食べて、ビタミンB(特にB6とB12)と葉酸のサプリを多めに飲み、えごま油(ちゃびのために買ったもの)を大匙一杯飲んだ。

すると、10日の朝には、顔がかゆくなく、なんと赤味もほとんど引いていた!今まで何か月もアレルギー反応で腫れていたのか、一夜にして顔全体のむくみもとれてきた。

今年の春先からずっと、時々顔がかぶれて、ロコイドを塗ってもかゆみがとれなくて悩ましかったのが、一気に治ってしまったのでびっくり。

あれから4、5日。塗薬もオロパタジンもやめてしまったが、痒くない。心なしか顔の皮膚がぴんとしてはりが戻っててきた。

調剤薬局で、薬剤師に、「プロトピックは、最初刺激が強くてぴりぴりするかもしれないけど、我慢して続けたらよくなりますから」と言われたが、独断で使用中止してよかったと思っている。

野菜と果物中心の食生活、ビタミンBのサプリとえごま油は続けている。

リノール酸過剰(によるアラキドン酸の過剰、エイコサノイドのバランスの崩れ)が非常にアトピーの炎症に悪いらしいが、かつてTVで、リノール酸を多く含むサフラワー油やグレープシード油は美容や健康に良いとさかんに言われていたような気がする。あれはなんだったのだろう。

最近の研究では、コレステロールを下げるよりも脂肪酸のバランスに気を付けたほうがいいらしい。

ちなみに私はもう20年くらい、調理にはオリーブオイル(オレイン酸を多く含む)しか使っていない。あとは最近、ちゃびのために、えごま油(または亜麻仁油)を買い始めただけ。家で摂るオイルはこの2種のみだ。

また外食する時以外は白米は食べない。家では古代米の黒米を入れて炊いた無農薬玄米のみ(玄米はけっこうな量をどんぶりで食べている)。

お酒は好きでよく飲むが、甘いものやスナック菓子は好きでないので、まったく食べない。ジャンクフードは一切食べないので、ほとんどトランス脂肪酸を摂取することはないと思う。

食事は、種類や品目はあまり多くなく、いたってシンプル。無農薬の玄米かパスタと4、5種類の野菜と果物。海藻、豆類、牛乳、チーズ、卵、魚介少々。

私がベジタリアンであることの理由は、動物を殺して食べることが嫌だからで、健康のためではない。たとえ健康に悪くても(実際にはあり得ないが、たとえば「肉を食べないと癌が悪化する」と言われたとしても)私は絶対に肉を食べることができない。

健康や美容のためのベジタリアンではないのだが、「肉を食べないせいで肌や髪がきれい」と人に思われたほうが、一匹でも動物の命を救うためにはよい、そう人に言われるように努力すべきだ、と最近考えるようになった。

右腕の怪我の電気治療に通っているところの治療師の先生に、「福山さんの頭皮は珍しい青ですね。大きく分けて頭皮は、赤い人と青い人がいるんですが、青い人のほうがすごく少なくて、青い人はたいてい皮膚や髪の毛がきれいなんですよ。」と言われて嬉しかった。

私の長い髪が(年齢のわりに)まったく痛んでいなくて真っ直ぐなこともほめられた。ちなみに安いシャンプーで洗っているだけでトリートメントも何もしていない。美容院にもほとんど行ったことがない。

ベジタリアンは、日本では非常に生きづらいのだが、海外では特にロックミュージシャンなどに、動物虐待にはっきりと反対しているベジタリアンの人が多い。尖ったパンクスの人にベジタリアンが多いのは非常に励まされる。

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青梅街道の銀杏並木の黄葉(もみち)。(12月7日曇り)

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(12月7日曇り)
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(12月9日晴れ)
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(12月9日晴れ)今年は絵画館前の銀杏並木を友人と見に行きたかったのだけど、友人が風邪をひいたので行くのをやめた。青梅街道の銀杏並木もきれい。
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黄烏瓜(キカラスウリ)。毎年、葉が完全に枯れ落ちてからしか見つけることのない黄烏瓜の実を、今年は黄葉から見つけた
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カラスウリの実は赤いので葉が青いうちから目立つが、キカラスウリは葉も実も黄色いので、実が目立たないのでしょう。キカラスウリの実は小さなマクワウリのようで、つるんとしておいしそう。
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枯れたセイタカアワダチソウと鮮やかな蔦のコントラスト。
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2016年11月14日 (月)

『デッサンの基本』 第26刷  次の本(画集)について

11月13日

9月末に『デッサンの基本』(ナツメ社)増刷のお知らせをいただきました。これで第26刷りとなります。

購入してくださったかた、本当にありがとう存じます。

なにか面白いものを見つけて、ありあわせの道具で描くことは、とても楽しいです。

また、描くことができない時も、ものをよく見る習慣がつくこと、そこからたくさんのことを感じ、記憶し、思い出し、味わえることは、それだけで楽しいことだと思います。

実際に絵を描くことによって、絶えず新しい発見があり、新しいアイディアがわいてきます。

描くことを通して、ものの見方が変わり、見ることの喜びが増すように思います。

『デッサンの基本』が、絵を描くことに興味がある人の、なにかの小さなきっかけ、ヒントに、もしお役に立つことがあれば、とてもありがたく嬉しいことです。

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10月29日(土)の夜、ちゃびに給餌していて、口の中にマグロを入れてあげるタイミングを間違い、牙で右手の人差し指を思い切り強く噛まれてしまい、大量出血。

(それにしてもマグロのお刺身をあげるようになってから、ちゃびの調子が戻ってきたので嬉しい!ドコサヘキサエン酸が脳神経に効いたのではないかと思っている。)

31日(月)の朝、病院に行き、抗生物質の錠剤と化膿止めの軟膏を出された。少し化膿し、すごく痛くて人差し指を使えないために、字も絵もうまくかけなくなってしまった。

PCのキーボードを打つにも人差し指が使えないために、変なところに力がはいり、右の上腕(三角筋?)が異常に凝った。

10日経ち、傷も治り、やっと絵が描けるようになりました。

最近描いた黄色いコスモス(イエローガーデン)の鉛筆デッサン(素描)。

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以前にデッサン(素描)したいろいろのコスモスから描いたコスモス水彩。コスモスによくいる青虫も、そのまま描いてみた。

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私の好きなコスモスは、薄曇りの薄い和紙をこしたような光の下で揺れているイメージ。または雨に濡れたコスモス。日が暮れかけたあわいの時間のコスモス。

私にとってのコスモスは、雨風に倒されてから起き上がったくねくねとうねった茎で、決してすっとまっすぐな茎ではない。

葉はちまちまと尖ったのは嫌いで、裂が少なくて刺繍糸のように長く優雅に伸びた葉のコスモスが好きだ。

自分にとって、もっとも心惹かれる佇まいのコスモスの絵を描きたくて、そこに近づきたくて、何枚も描いている。

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今、私は次の本を制作中です。

次は描き方の本ではなく、私がデッサン(素描)によってなにを見てきたかをまとめた本です。

これまで描き続けてきた植物の鉛筆デッサン(素描)の中から、一連の時間の流れと分断、なにを見るか、どのように見るかを考えながら百数十点を選び、それに素描着彩と銀箔を使った絵を加えたた画集です。

きょう、撮影のためにカメラマンに預けていたたくさんのスケッチブックとパネルに貼った絵の返却があった。

絵を撮影するにあたって、撮影する人との意思の疎通が非常に難しいことを知った。

特に銀箔を使った絵は、撮影する時の光の加減により、どんな色にも変わってしまう。どの部分(腐蝕の微妙なトーン、線の流れなど)を大切にするかを端的な言葉で重々伝えたつもりだが、まったく伝わらなかった。

絵の雰囲気をどう感受するかで、写真の撮り方も、プルーフの出し方もまったく違ってくる。

どのように(一般的な、あるいは文学的な)言葉で伝えようとも、絵をわからない人にはまったく共有されない。

どのようなトーン、コントラストでとらえたいかは、私の絵の雰囲気をよく知る人が撮影するか、作者である私自身が、CMYKに変換分解後の印刷用補正をしなければどうしようもないのだとわかった。

昔から信頼しているデザイナーのS・Kさんにメールで絵の印刷について質問した。

S・Kさんはやはり私が求めていることを理解してくれていて、非常にためになる話をいろいろ伺うことができた。

やはりカメラマンで印刷用の補正について詳しい人はあまりいないそうだ。 昔は補正のプロがいたが、今は商売にならないのでいなくなってしまったとのこと。

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2016年10月29日 (土)

鈴木其一展 四季花鳥図屏風

10月27日

前期に行った時に見られなかった「四季花鳥図屏風」を見に、サントリー美術館の鈴木其一展へ。

鈴木其一「四季花鳥図屏風」 江戸琳派の旗手展図録より。

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第三展示室の「朝顔図屏風」の向かいに、それはあった。

「あっ、これだ!」と気づいた瞬間、胸が高鳴った。長年、ずっと見たかった絵で、やっと見ることができ、本物に初めて対峙する期待。

六曲一双に四季の花々を描いた屏風。

右隻(うせき)には春から夏にかけての花。辛夷(コブシ)、蕨(ワラビ)、蒲公英(タンポポ)、菫(スミレ)、蓮華(レンゲ)、躑躅(ツツジ)、紅花(ベニバナ)、立葵(タチアオイ)、燕子花(カキツバタ)、罌粟(けし)など。

左隻(させき)には秋から冬にかけての花。朝顔、鶏頭、葉鶏頭、菊、女郎花(オミナエシ)、石蕗(艶蕗、ツワブキ)、山茶花(サザンカ)、梅、紅葉した蔦など。

私がとても感動したのは、菊、燕子花、水の渦巻く表現などが琳派のやりかたを踏襲して図案化されて描かれているのに対し、その同じ画面に、その当時珍しかったであろう植物が、実際に写生してしか描くことができないやりかたで、生々しくリアルに描かれていたことだ。

特に胸が震えたのは、私の大好きな「まんまの樹」、大毛蓼(オオケタデ、オオベニタデ)が夏の花として堂々と描かれていたことだ。私はこの花が大好きだが、あまり絵のモチーフになる花ではない。

この花は、桜の花をもっと小さく桃色を濃く花弁も厚くしたような、最高に愛らしい花で、穂状花序のなよやかに垂れた房になる。

美術館での解説文には「犬蓼」と書いてあったが、断じてこれは犬蓼(イヌタデ、アカマンマ)ではなく大毛蓼である。犬蓼は20cm~50cmにしかならないが、大毛蓼は1~2mにもなり、人が見上げるほどの高さになる。

其一が、大毛蓼の花の中の黒い小さな種を、ぽつぽつと細い筆で描写しているのを見た時、涙が出そうになった。これは実物の絵を見なければわからなかったことだ。

そう、この花は、鮮やかな薄紅色の花の中に黒々とした丸い種が熟しているのがはっきり見えることが、すごい魅力なのだ。可憐さの中に充溢した生命力を見せてくれる花で、其一もこの花を見て何かを強く感じたのだなあ、と思うと泣けてきてしまった。

ほかに、特に其一が実物を見て、その面白さ、不思議さを特に心をこめて描いたと思われる花は、藪萱草(忘れ草、ヤブカンゾウ)と捩花(ネジバナ、モジズリ)、著莪(射干、胡蝶花、シャガ)だ。

捩花は、花の色は大毛蓼とよく似た鮮やかな桃色だが、ごく小さな蘭のかたちの花が螺旋状にねじれた花序で咲く、とても丈が低くて目立たない、琳派では描かれない植物だ。私はモジズリの花が胸が締め付けられるほど好きなので、其一が描いていたと知ってすごく嬉しい。

藪萱草と著莪は正面性を重視した丸いデザインされたかたちではなく、非常に乱れ、捩じれ、うねる不思議でリアルな花のかたちが描かれている。其一は本当に見て、その花の個性的な魅力を描いたということに鳥肌が立つ。

藪萱草と絡むように竹似草(タケニグサ)が描かれている。タケニグサは私が幼い頃に「マニュキアの樹」と呼んで茎を折ると出るオレンジ色の汁を爪に塗って遊んでいた草だ。

その藪萱草と竹似草のすぐ上に描かれている三羽集う鳥の、うちの二羽がひとつの虫をついばんでいるのに気付いて、さらに感動。

先達の流れをくんでデザイン化されている部分もあるが、其一はさらに瞬間ごとに過ぎてしまう生命の躍動の一瞬を描いていると感じて、胸が締め付けられた。

そのほか、「水辺家鴨図屏風」や「水辺蘆鴨図」でも、鳥の真後ろ向きの姿や、一羽の鳥の向こうにもう一羽のおしりだけが見えるところなどを、あえて選んで描いているところに、其一が生命の瞬間をとらえている姿勢を感じる。

「林檎図」でも、丸い林檎の姿をどこにも描かず、旺盛な緑の葉の下から林檎の実がちらっと見えているところが、非常に生命的なエロスを感じる。

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この日、私が出かけているあいだにちゃびの具合が悪くなったらどうしよう、と出かけることを躊躇した。ちゃびが心配なので、もし現場が混んでいたら、並んで時間を使ってまでは見に行きたくないと、行くかやめるか悩んだ。しかし、思い切って行ってみたら、案外混んでいなかったので良かった。

帰宅してすぐになでたら、ちゃびはゴロゴロ爆発して調子がよさそうだったのでほっと一息ついた。

10月25日(火曜日)

22日(土曜日)に岩盤に思いきり叩きつけた尾骶骨あたりが痛くてたまらないので、近くのクリニックにレントゲンを撮りに行く。

おしりを見られるのが嫌だったが、まったく見られないで、服のままレントゲンを撮って判断された。

「尾骶骨に罅がはいっていても不思議ではないが、このレントゲンでははっきりわからない」とのこと。レントゲンの説明を聞くと、やってしまった失敗についての後悔でなおさら具合が悪くなる。詳しく状態を知るためにMRTを撮りたいかと尋ねられて、「必要ありません」と応える。

骨盤を固定するバンドを出されたが、バンドを締めると怪我の部位が圧迫されて激痛がするので、結局帰宅してからはずしてしまった。

メロキシカム(消炎鎮痛剤の錠剤)と、セレガスロン(胃薬の錠剤)を出されたが、私は消炎鎮痛剤に敏感に反応して胃痛と下痢になり、あまり腰の痛みに効果がなかったので一回だけ飲んで飲むのをやめてしまった。

次の日、ちゃびの容態のことで相談しに動物病院に行った時、今、私が腰を強打して痛くてたまらないと言うと「打ったのが背骨でなくてよかった。背骨だったら骨髄神経の危険があったけど、尾骶骨なら治るからね。」と言われて安堵した。

人間の医者より、動物の医者である快作先生に言われる方がずっと安心する。

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2016年7月18日 (月)

多摩の丘のヤマユリ(山百合) / 大妖怪展

7月16日

自然の野山に咲く花で、出会えた時に私の胸がもっとも激しく高鳴る花は、ヤマユリ(山百合)だ。

多摩の丘で撮ってきた写真画像を見て描いたヤマユリの水彩。この大きな花は、強い、素晴らしい匂いがする。(写真はすべてクリックすると大きくなります。)

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なんと言っても、この濃い赤の斑点と黄色い帯が凄く、胸を締め付けるくらいに魅力がある。花屋で売られている真っ白なカサブランカリリーは去勢されているようで、きれいだが今一つ物足りない。

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背景を、灰色の中に薄い透明な青を混ぜ込むか、泥っぽい茶や砂色を混ぜ込むか、水彩絵の具の個別の色の材質によるたらしこみ結果の実験。

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ヤマユリは母が大好きな花だ。

「近所の山には顔よりも大きな花を10個もつけたすごいヤマユリがあったの。子どものころね、わあっと走って行って折りたいと思うんだけど、見つけるのは必ずマムシが出そうな藪の中なのよ。」といつも言っていた。

小さい頃、箱根に連れて行ってもらった時、ロープウェイから真下を見ると巨大なヤマユリが咲いていた。

ヤマユリは子どもの私にとって、人が歩けない道に咲いている手の届かない夢の花であり、思い切り顔を近づけて匂いをかいでみたくてたまらない花だった。

大きくて強く香るヤマユリが恋しくて、自生するヤマユリを間近で見たくて、友人Oと多摩の丘へ。

3時過ぎに新宿。新宿から電車で30分~40分ほどの駅で降り、てくてくと汗を流して丘を上ると・・・ウグイスの声とシャーシャーという蝉のシャワー。

坂道の横に、紫の緻密なグラデーションの葛の花が咲いていた。この花もたいへん風情があり、葡萄のような香りがする。

丘陵の斜面には、あった!なんとなく今日くらいかな、という勘で来たのだが、ちょうどぴったり開花の時期に合わせてヤマユリを見ることができた。まさにユリの王様(女王)。

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木漏れ日の下のユリの群れに、わあっっっと興奮。

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人もいなくて、ほんとうに静か。斜面の叢にぽつ、ぽつと気高く咲くヤマユリ。しんと冷たい空気が流れるようだ。
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なんという素晴らしい匂い。なんという凛として豪奢な輪郭。なんという色あい。なんという野生の、甘い魅惑。

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町を見下ろす丘の頂上まで上った。日陰にいるのは、まだつぼみのも多かった。今日の私は百合柄のブラウスです。

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駅を望むとても美しいカーヴの坂道。ガードレールの内側だけ階段になっている。

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由美かおるのアース渦巻の看板とおミズのハイアースの琺瑯看板(ゴールデンコンビ)がついている無人の野菜販売所。

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おミズの歌はカムイ外伝のアニメの歌くらいしかよく知らなかったが、夜、youtubeでいろいろ聴いてみた。

水原弘「黒い花びら」「黄昏のビギン」、永六輔の作詞。

すごい。いい!むせび泣くような低音の素晴らしい艶っぽさ。情の深さ。濃さ。暗い絵。これは子どもの時にはわからない味。

破滅型の人だったらしく、42歳で亡くなっている。こういうタイプの歌手はもう二度と出て来ないのかと思う。

「へんな女」という曲、これだけはバカらしいハマクラ(浜口庫之助)のナンセンスソング。なんでこんな曲を出したのだろう。さすがロールオーバーゆらの助(by 早川義夫)。

ついでに私の大好きな織井茂子の「夜がわらっている」を聴いて涙。私は織井茂子のかっこいい「銀座の雀」(元は森シゲの歌)が大好きなのだがyoutubeにはないみたい。

7月13日

紫外線アレルギーなので、小雨に喜んで外出。

傷めた右腕がひどく痛くなり、歩くのも苦しくなってしまったので、とりあえず新宿の龍生堂で湿布を買って貼る。最近の湿布薬の成分は5種類くらいあるらしい。胃の粘膜にも影響があるので長時間貼らない方がいいらしいが、この日は我慢できなかった。

江戸東京博物館の「大妖怪展」を見に行く。

3時頃、並んでいる人はなくすんなり入場。

肉筆の妖怪画の筆づかいに注意しながら見て行く。

「法具変妖の図」が面白い。名前や解説がなかった鮮やかな朱の大きな蚤のような妖怪が気になる。法衣の下から鋭い爪の足だけがのぞいている妖怪も。

私が一番長く見ていたのは南山「姫國山海録」(宝暦十二年 1762年)だ。ここに描かれている妖怪たちはほとんどヘンリー・ダーガーの世界。造型の面白味のすごさと、こなれていない(なかなか出せない)絶妙な筆づかい。

となりに展示してある茨木元行「針聞書」もよかった。人のお腹の中にいる妖怪たち。

一冊の本のたった一か所を見開きで展示しているだけなので、せめてパネルで本の全ページを展示、紹介してほしかった。

「百妖図」の中の「虎にゃんにゃん」や「蝦夷狼」もかわいい。

幽霊画は少ない印象。昔、谷中の全生庵で見たのがすごく迫力があった。

「六道絵」や「十界図」は、花輪和一が描いたらすごく面白いのができそうだな、と思いながら見ていた。

「遮光器土偶」。まさに花輪さんの世界!そう言えば土偶の実物を見たのは初めて。だがこれは妖怪展に出すようなものなのだろうか?

全体としては、展示の量は思ったより少なかった。すっきりしているけれど物足りないような気もする。

最後の妖怪ウォッチの展示はないほうがよかった。水木しげるの妖怪の展示ならよかったのに、と思う。

7月4日

母のいる施設から電話。

最近、むせる傾向にあるので、面会に行っても食事介助は職員さんにまかせてほしいとのこと。今までは、面会に行くなら食事介助しないと職員さんに申し訳ない(なにも手伝わずに、ただ会いには行きづらい)と思っていた。

私が食事介助して肺にはいることがあったら、と心配していたので、少しほっとしたが、同時に母の体調が悪くなってきたことが悲しい。

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