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2018年4月22日 (日)

鎌ヶ谷の森喪失・学習院の森

4月20日

久しぶりに鎌ヶ谷の病院へ。

もとの予約の日よりずいぶん日にちがあいてしまったが、なぜか薬が余っていたので、薬を飲み切るまで予約を取らなかった。冬の寒い時期、遠くの病院に行くのがしんどかったのだ。

「何日くらい薬(チラジンとアルファロール)を飲まないと死にますか?」と先生に質問したら、1か月も飲まなければ動けなくなるけれど、そこまで行ったら電車に乗ることすらできないから、早めに、と言われた。

きょうはけっこう会計と薬に時間がかかり、病院を出るのが4時過ぎになった。

帰りに、昨年の3月に写真を撮った森に行ってみたら、大通りに面した側にスーパー建設中で、森の東側7割が失われていたので大ショック!

かろうじて残っていた森の端っこの木々。

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私がすごく魅力的だと思う枝ぶりが個性的で蔓に覆われた樹が、ほんのわずかに残っていた。
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大通りに面していた森は開放的で、樹が密集していなくて地面に陽がよく当たるために、様々な種類の植物が自由に育っていて素晴らしかったのに、失われて本当にがっかりした。

森の端には素敵なお家がある。
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森の奥の畑はそのまま残っていた。

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いろんな種類のチューリップが育っていた。

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チューリップの奥の雑木林は残っていたが、ここの植生は失われた森よりずっと単純で、すんなりしすぎていて、私が惹かれる樹はない。

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鎌ヶ谷駅の近くの原っぱはタンポポの穂綿も終わりかけていた。

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ハルジョオンの花に名前がよくわからない虫がいた。
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4月21日

学習院で授業を持っているY子さんのお誘いで学習院大学の奥の森を探訪。

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西1号館の横には桐の木の花が咲いていた。

築80年を超える南1号館。

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校舎の奥の昼なお暗い斜面を下る。

大きなスダジイの樹。斜面の土にはほとんど陽がささない。蔓植物は見られない。

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鬱蒼とした斜面を下りきると馬術場があった。
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「高田の馬場の決闘」で堀部安兵衛が血刀を洗ったという伝説の「血洗いの池。」水は黒ずんでいて、土色の鯉ばかりがうごめいていた。

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池の周りの陽の当たる小道には、まだ若いクサフジの蔓が絡んでいたが、花は見えなかった。二羽のカモがつーっと泳いできたので、レストランでナプキンに包んできたパンをちぎって放った。

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私が強烈に惹かれる樹のある森はどこにあるのだろう。

たしか山手メディカルセンターの裏手にも、すごく惹かれる樹があった。近所の墓場にもある。そうとう年月を経て、奇妙な形で、蔓植物に覆われた樹だ。けれど森ではない。

森ではないが、西新宿や阿佐ヶ谷の古い団地では素晴らしく入り乱れた植生を見ることができた。それももうない。

都会の近くで、水と光がうまく手入れされている生き生きした森に出会えることはなかなかない。

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2018年4月14日 (土)

新緑 盛りを過ぎた八重桜

4月13日

友人と新宿御苑内のレストハウスで待ち合わせ。地下鉄の階段を降りると、丸の内線が停電で止まっていた。

急遽、JRの駅まで走った。JR新宿南口からレストハウス(新宿門から一番遠い休憩所)までけっこうな距離を汗だくで走った。(千駄ヶ谷門から入るべきだった。)

今年の八重桜はもうほとんど散ってしまっていたが、今日の目的は、今までどうしても見つからなかった「太白」などの樹の位置を探して記憶すること。

今年最後の遅咲きの八重桜「梅護寺数珠掛桜」。小冊子によると「新潟県京ヶ瀬村の梅護寺に国の天然記念物に指定された原木があった」そうだ。

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かろうじて散っていない花もすべてくったりと色褪せているが、サクランボのような花のかたちがかわいい。細長い花びらを百枚もつけるところは「菊桜」と似ているが、萼片のかたちが異なるそうだ。

御苑に一本しかない「兼六園菊桜」はフランス庭園の脇にあった。萼片が広三角形で、「菊桜」と異なる点は、開花期に葉が開いていることだそうだ。

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来年こそ花の盛りの時期に蕾のかたちや微妙な色の特徴をこの目で見たい。

兼六園菊桜のうしろのオーニソガラムとたんぽぽの花園。
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ツマキチョウの雌がたんぽぽの蜜を吸っていた。前翅がきれいな曲線を描いて尖っている。
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後翅の裏側は斑模様。

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オーニソガラムの蜜を吸うアゲハチョウ。キアゲハとの見分け方は前翅の中室に筋があることと黄色が薄いこと。

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オーニソガラムはハナニラに似るが、茎が枝分かれしているので区別がつく。ユリ科なのでハナニラのようにネギの匂いがしない。

暗い森から漏れる光が微妙な色をつくっていた。

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池のほとりの藤。
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旧御涼亭の前の藤棚は日陰だが、近くに寄って撮ることができる。

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「上の池」近くのもうひとつの藤棚は光が差していたが、囲いの中なので近くに寄ることはできない。
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「上の池」の橋を渡り、今まで花を見たことがない「太白」(「早咲きの白色大輪。花弁はしわ状のうねりを持った円形で、サクラ類で最も大きいことが特徴」だそうだ。)の樹を発見。シャガの群生が眩しかった。
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「上の池」からオドリコソウの群生のある森を抜け、小さな流れのある場所へ。ここらへんは御苑の中でも一番人が少なく静かな一角。

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今が花盛りのハンカチノキ。思ったよりずっと大きな樹で驚いた。

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「幽霊の樹」とも呼ばれるらしい。

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真ん中の丸い部分が花で、大小2枚の白いひらひらは苞葉。
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もう一度中央の広場に戻り、細い枝が優しく垂れたハルニレ(エルム)の樹を見る。

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この明るい鵲色の粒粒は新芽ではなく果実らしい。
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4時前になってハルニレの影が長く伸びて来た。

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誰かが忘れた黄色い三輪車とハルニレ。
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管理事務所の前に咲いていたジャノメエリカ(クロシベエリカ)。
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このエリカは、私がドイツでリューネブルガーハイデを探しに行った時のハイデ(ハイデクラウト)で、『嵐が丘』のヒースでもある。
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4月13日

近所のアスファルトの隅のスミレ。こちらは濃い紫ではない赤紫のアカネスミレ。

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アスファルトの隙間から健気に咲くスミレたちの種を、どこか土の上に蒔いてあげたいと思う。









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2018年4月 6日 (金)

曇り空の八重桜

4月5日

6月のような陽気から急に気温が下がった1日。

午後、修正したラフを郵便局から出版社に送ってから、気になっていた八重桜を撮りに新宿御苑へ。

例年なら4月16日くらいに満開の八重桜、一葉(いちよう)がもう満開だった。まだ5分咲きくらいかと予想していたので残念。
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なんとも枝ぶりが素敵な一葉の樹。

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少し蕾の残っている一葉の樹を発見。

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不思議な枝ぶりの普賢象。
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華奢な幹が二手に分かれ、その先端にだけ、たわわに花をつけたアンバランスな枝ぶりに惹きつけられ、しばらくこの樹を撮っていた。
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普賢象はまだ半分くらい蕾。
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枝垂れ桜はもうほとんど散ってしまったが、それでもなお臈長けた美しさがある。
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華やかで柔らかい福禄寿。
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緑の八重桜、鬱金。
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鬱金は薄黄緑の花が日が経つにつれて紅色に変化する。
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鬱金も今がちょうど見ごろ。
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濃い桃色の八重桜、関山はまだ蕾がたくさんあった。Sdsc00291

たんぽぽと関山。
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暗緑色の森の前に、一葉と、散りかけた枝垂れ桜と、白い八重桜の3本が並んでいる一角が謎めいて見えた。
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近づいて見たら白い八重桜は白妙だった。
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白妙を背景に一葉。
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銀杏の新芽を背景に一葉。
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普賢象。代々木のNTTタワーを望む。
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何度も強風が吹き、乾いた土埃とともに花びらが舞った。4時前には冷え性の私には手が紫色にかじかむくらい寒かった(13℃くらい)。昨日26℃だったのが嘘のよう。

今年は桜が早く咲きすぎ、駆け足で散りすぎて淋しい。すっかり葉ばかりになったソメイヨシノの林。横に巨大化した枝ぶりがすごい。

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桜をひとりで眺めると、どうしても亡くなった人や動物のことを思い出してしまう。

母とよく来た新宿御苑。母が私の写真を撮ってくれた池のほとりには行けなかった。ひとりですごく感傷的になるのが怖かった。

4月3日

近所のスミレ。毎年、同じ路地のコンクリートの隅に健気に咲いてくれている。

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2018年4月 1日 (日)

千鳥が淵、善福寺川 、ソメイヨシノ、大島桜、八重桜

3月31日

高校時代からの友人、みゆきちゃんと2時に待ち合わせ。パラボリカの展示に案内する。

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そのあと一緒に散りゆく桜を見に行く。

新宿で生まれ育ったにもかかわらず私は、まだ千鳥ヶ淵の桜を見たことがないので、行ってみることにした。

遊歩道の入り口で、予想を上回るすごい人だかりで通行整理が行われていた。

人だかりをかき分けて柵越しにのぞいてみると、なるほど、昔の絵ハガキのような風景。

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緑の水に薄紅の花筏がすごい。

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ここは確かに別世界のような景色だが、柵に群がって水辺の写真を撮るだけで、座って休めるベンチもなく、まだ咲き始めの頃の平日の昼間にひとりで来たほうがいい場所だ。

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うちの近所の善福寺川沿いなら花の下でゆっくり見られるよ、ということで地下鉄で移動。

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ソメイヨシノは半分くらい空に舞っていた。

大島桜が満開だった。

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花のつきかたが林檎に似ている(林檎の蕾は赤いが)。

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新芽の早緑、白、薄紅の点、点、点・・・

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八重桜「一葉」が三分咲きでとてもかわいい。

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ソメイヨシノの前に濃い紅色の八重桃。
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川面が桜の花びらの点描で埋め尽くされていた。風にあおられ、髪の毛にもいっぱい花びらがつく。
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3月末になると一斉に開くハナニラ。高校時代、ふたりで行った房総の線路際で、この花を一杯摘んだらすごくニラ臭くなったのが忘れられない、とみゆきちゃんが笑う。

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上流の荻窪団地の方まで歩いてから、また川を下り、雨上がりにチョコレートの香りがするというカツラの樹の林や、鷹の巣があるらしいヒマラヤ杉の林を抜けて、釣り堀武蔵野園の横を通り、たまにカワセミが来るヒョウタン池を廻り、大宮八幡神社への土手を上った。

彼女も犬を16歳でみとって、もう死に目にあうのが辛いから飼いたくない、と言っていた。私は死ぬまでにもう一度、猫と暮らしたい。

そのあと阿佐ヶ谷に出て食事。きょうはたくさん歩いたがフラフラしなかった。胃のむかつきがおさまっていた。

ダイコンの葉の炒め物やヒジキ、メヒカリのから揚げなどを食べ、おそるおそるお酒を少し飲んだ。胃の痛みはなかった。やっと治った。

そのあと高円寺の古着屋で遊んだ。

彼女は16歳で出会った頃から少しも変わらない。尽きぬ話をしながら、何時間でも一緒に歩いていられる友だち。

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2018年3月29日 (木)

枝垂れ桜 / 胃腸炎

3月28日

4~5種類の薬を飲んでも胃酸が上がってきて吐き気がおさまらず。

午後3時、クリニックに行く。「普通なら治る頃なのになかなか治らないのは、虫垂炎など、変なところが炎症を起こしている可能性がある」と言われる。しかし熱はないので、私は違うと思う。

一応、腫瘍マーカーをはかる血液検査。

吐き気止めと抗生物質を入れた点滴を打たれる。点滴の商品名が「ユエキンキープ」。

点滴が終わりそうになったら自分で止めてからナースコール。ちゃびに一日おきに輸液をしていたことを思い出してたまらなくなる。

「薬をもう2種類追加しといたから。」と言われ、あとで確認したら、リタロクスと夜2錠の抗生物質だった。

抗生物質を飲んだら必ず胃が荒れて痛くなるのに、胃が荒れて苦しんでいる時に飲むわけない。先生に言うのもめんどくさいのでそのままもらって飲まなかった。

スーパーに寄るが、苦しくて食べられそうなものが見つからない。どれを食べても吐きそう。

帰宅して眠り、夜10時頃、起きたら胃酸過多が少しよくなっていた。温かいうどんを少々食べた。

3月29日 25℃

午前中、近所の禅寺で。ソメイヨシノと枝垂れ桜の饗宴。

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ツバキ。岩根絞り。華やかな獅子咲き。
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崑崙黒(こんろんぐろ)。風変わりで神秘的なツバキ。
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2時からマッサージ。

帰りに花屋に寄ったら、なんと非常に珍しくエステララインベルトがあった。10数年ぶり?3本買った。

近所の元耳鼻科の枝垂れ桜がみごとだったのでカメラをとってきて撮影。

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こちらは濃いピンクの枝垂れ桜と淡いピンクの枝垂れ桜、さらに手前に小さなユスラウメの饗宴。
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撮影して5時前に帰宅したら、猛烈にのどが渇いてきた。

今までぬるま湯を飲んでも胃酸が上がって吐きそうになっていた(脱水気味)のが、胃酸過多が治ったら、急に果物のジュースやスープが飲みたくてたまらなくなる。

とりあえず果汁100パーセントの桃のジュースを飲み、牛乳たっぷりのポタージュを鍋につくった。ポタージュスープがおいしくてカップに3杯飲んだ。「しげくに」のパンにチーズをのせたのを食べた。

水分をたくさん摂り、体重計に乗ったら41.6kgに増えていた。

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2018年3月27日 (火)

桜 / 胃腸炎

3月27日

善福寺川。満開の桜。

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ある橋のたもとで、かわいいカナヘビと出会った。Sdsc00108

コンクリートの割れ目から出て来ようとして様子をうかがいながら、外のお花見騒ぎに戸惑って、またおどおどと引っ込んだりしていた。
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石垣の割れ目からスミレとタンポポ。どこかでスミレを接写したい。
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20cmもある巨大輪椿。まるで牡丹のよう。

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白い八重の桃。
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朝からやはり胃が痛くてむかむかしていた。喉も乾いているので温かいミントティを2杯。

身体が栄養を欲しがっているのに、胃酸のきつさが食欲を奪う。薬でむかつきが少し抑えられると猛烈に食欲がわいてくる。しかし食べると吐く。

出かける前にトマトにマヨネーズをつけてひとかけのパンにはさんだものを食べた。

自転車で川まででかけ、散歩している時はなんとかだいじょうぶだったが、帰宅したらすぐに胃がでんぐり返って、2時間前に食べたものをお茶も含め全部吐いてしまった。吐き気止めも効かなかった。

体重を計ったら、ついに41kg。

とりあえず睡眠を多くとって絶食。

3月26日

午前中、クリニックへ。先週もらった胃腸の薬に、さらに吐き気止めを加えてもらう。星状神経ブロック注射。

2時から書道。胃がむかついてあまり集中できない。

4時からほぐしマッサージ。

アネモネミストラルの紫とワインの斑の花を描いている。ミストラルの変わった色味(斑)はアネモネの季節にもなかなか巡り合えない。

水声社さんから絵のレイアウトのラフが送られてくる。カラーページの再構成。

炊飯器に玄米のお粥と麹を入れて甘酒をつくってみた。飲みたいのに、飲むと米粒のもやもやとしたものが胃に触れただけでむかむかする。汁だけすくって飲んだ。

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2017年5月31日 (水)

銀座、 新橋、 阿佐ヶ谷、 代官山

5月29日

所用で代官山へ。

盛りを過ぎて枯れかけたパンジーは、もはや人工的に植えた平凡な花の様相を超えていて、乱れた薄い花弁と柄の変容、しどけなさ、ほころびがすごく綺麗だと思う。

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くずれかけた小さな淡い紅の薔薇。
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ここの店の前にあるジャカランダの花は、まだほとんどつぼみが開花していなかった。

雨ざらしになっているかすれたペンキや、木や石や貝がきれいだけれど、人工的なものや意匠がある限度を超えると、そのとたんにすごく嫌味なものになりそうな微妙なバランスの庭。

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鏡がもっと灰色にくすんでしみだらけだったら綺麗なのに。
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渋谷まで歩く途中で素敵な丸窓のある建物を発見。

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5月28日

阿佐ヶ谷で共謀罪反対のスピーチを聞く。

猫のプラカードを掲げている女性がひとりいて、そのプラカードの文字で「肉球新党」を知る。

そのあと散歩。たまたまスターロード祭りをやっていて、たくさんの出店とたくさんのお酒を飲んでいる人たち(裏路地には地べたに座り込んでお酒を飲んでいる人たち)がいた。

美大時代の学園祭を思い出して、いろいろ複雑な気分になる。(私は美大を自由で楽しい場所として謳歌することがまったくできず、現役で入学した直後に、絵を志す自分の将来は真っ暗闇だと自覚していたため)。

スターロードが細長く、ずいぶん奥のほうまで続いていることを知った。

北口駅前の古本屋さんがなくなっていて大きなビルが建っていたのに驚いた。たしか『プルーストの花園』を買った古本屋さん。

「おさかな食堂」で食事。店の前でマグロのカツを売っていた高校生くらいの男の子に「肉類が全部食べられなくて、肉を揚げた油もだめなんですけど、ここは肉類のメニューありますか?」と聞いたら、「たぶんないと思います」との答え。

それで入ってメニューを選んでいたら、その男の子が席に来た。「さっき、肉類はないって言っちゃったんですけど。僕、バイトにはいったばかりでくわしいことはわからないんで、店の人に聞いてください。」とわざわざ言いに来てくれたので感激。この店は完全禁煙で、小鉢もおいしくて、とてもよかった。「七田」というお酒を飲んだ。

商店街の裏にひっそりとした緑の庭が隠れている。不思議な街。

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古い井戸と流し台がある一角。
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野原の前に「オハリコヤ」さんがあった。

ドクダミの白い花が盛り。

数年前に母がいた施設に通った途中の道で、雨の中、生まれて初めて八重のドクダミを見つけて驚いて写真を撮っていた時のことを思い出した。しゃがんで撮っていたのでスカートが水たまりにつかり、泥に濡れた。

八重のドクダミには、あれ以来、再会していない。

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KijiのFUJIYAさん(右)で、レトロなかわいい柄の布を買った。

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以前高い枝の上に猫がいた梅の樹のある廃庭。ここは10年以上前からずっと廃庭だ。

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公園では紫陽花が色づき始めていた。その向いの「洋服修理センター」はまだあった。
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5月27日

書道の先生の展覧会を見に、銀座松屋へ。

古い漢詩の臨書が多かった。

書の展覧会はあまり見たことがなかったのだが、底が知れない世界だと思った。

帰りに、以前から興味があった新橋駅ビルに初めて行く。

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ビルの中に横丁(飲み屋の通り)がある。

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昭和の古い雰囲気はよいのだが、どこもかしこも喫煙OKの店ばかりなのが困る。

ちょっと一杯。

御品書きにおじさんを刺身にしたものがあった!(頼まなかったけど。)

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左に見えるは絵になる和光ビルの時計台。あそこで60年代に沢渡朔さんが、かわいい小さな外国人の女の子に縦笛を持たせて撮った「跳んでごらんブルーネ」という写真を思い出す。
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5月26日

曇りの日。寒かった。用事があって実家へ。玄関で作業していたら身体が冷えて震えがきた。

玄関前で、偶然、幼なじみのH美ちゃんと出会った。「あっ、こんにちは!」「あっ、こんにちは!」と笑い合う。元気そうでなにより。

西新宿の青葉。

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新宿中央公園の中の遊具もだいぶ変わったけど、このクジラだけは昔からある。

幼なじみのH美ちゃんが、小学生の頃に上に乗って遊んでいて、尾の近くにある金具に足を引っ掛けて転落して腕を骨折したクジラ。

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中央公園の中で、私が幼い頃からまったく変わらないのはこのクジラと富士見台(展望台)と噴水くらいだろうか。

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2017年3月20日 (月)

鎌ヶ谷の森 初富 植物

3月17日

鎌ヶ谷の病院のがん定期健診。

とにかく遠い。JR、地下鉄、JRと乗り継ぐ。ジュネの「葬儀」(無削除限定私家版 生田耕作訳)を読みながら行った。

血液検査とレントゲンの日なのに30分遅刻してしまった。

1時半に血液検査を受け、その結果が出るのに、1時間かかる。

診察に呼ばれて「遅刻してすみませんでした。」と謝ると、「いえいえ、検査結果が出るのに、お待たせしてすみません。」と浅井先生はいつも優しい。

レントゲンも変わっていない、とのこと。肺の下のほうにぽつぽつ粟粒状の転移があるが、素人目には血管の節目の白く濃くなっている点々と見分けがつかない。

頸の手術跡のところを指して「ここの、特に右前の筋肉が、今も痺れていたいんです。」と言うと「すみませんね。」と謝られた。

どういうふうにマッサージをしたらいいか聞くつもりで、先生を責めるつもりはまったくなかったのだが、痺れが残ることと手術のやり方と関係あるのだろうか?

血液検査の機能の結果、けっこう薬の飲み忘れがあるにもかかわらず、血中のチラジン濃度が上がっているという。運動すると甲状腺ホルモンが消費されるから、運動不足かも、と言われる。

「お酒をよく飲んでいることはよくないですよね。」と聞くと「このがんに関してはあんまり関係ない。それよりもっと食ったほうが、・・いや食べたほうがいいですね。」と言われた。

あいかわらず筋肉がつかないのが悩み。162cm、44kg~45kg。

・・

いつも電車の窓から見下ろしている小さな森に行ってみようと、きょうはカメラを持ってきた。

何しろ、病院のある新鎌ヶ谷駅のまわりは、何もないアスファルトの上に、どーんと大きなイオンと大きな病院と市役所だけ建てたようなところで、昔からの商店も古い家も雑木林も川もない。味のある樹木一本も見えない。本当に息が詰まる。

駅の土手の金網の中、そこだけ草が生えているところ、枯れ蔓に名前も知らない鳥がひとりぼっちでいた。金網で隔絶されたこちら側は、なにもない、殺伐としたアスファルトだけだ。

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病院のある新鎌ヶ谷駅から、鎌ヶ谷駅の方面へ歩く。

途中、初富稲荷神社の前を通る。境内の土のグランドで子供たちがサッカーしていた。球技などしてはいけないという神社が多いのに、おおらかでいいな、と思う。

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初富を少し歩くと、小さな植木鉢がいっぱいはりついた定食屋さんを発見。ここらへんには、わずかだが花木のある庭が続く細い路地があるのを見て、すごく気が休まる。

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初富から道野辺へ。美しい地名をたどって。

そして森についた。森と呼ぶには小さいが、樹に人の手がはいっていない。様々な蔓の絡んだ野性的な風情に夢中になる。

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折しも日が暮れ、銀と藍色のせめぎ合う空。ドイツの森、イングラントの森の記憶、その時の空気の匂い、光、音、肌触りに感覚が飛ぶ。

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ひとりで鳥の声を聞きながら、空の銀箔を切り刻んでいる枝の曲線をひたすらつかまえる。
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誰にも邪魔されない、人と話さない、樹木や草や空や鳥とだけ交信する時間にしばし酔いしれる。

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生きている線と空気と、そこに流れる時間に集中することによって生かされる気がする。擦り切れてしまった神経が再生して創造力が充填されてくる。

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羽ばたきの音がした。土鳩が四羽、短い草の中のなにかを食べていた。そのあと、犬を連れた婦人が来た。この場所がとても好きだ。

小さな森の裏には畑と、花木のしげる庭のある古い家があった。

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若くて瑞々しい蕗の群生。蕗の薹は摘まれずに花が咲いていた。
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菜の花畑。
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古い電柱に寄り添っている樹が、ちょうど電柱の頭のところで枝を広げて、お互い会話しているのに目をひかれた。まるで宮沢賢治の世界。この道も一目で好きになった。
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民家の庭では早咲きの桜と名残りの梅、濃い緑の中に黄色の点々のアクセントの金柑、ぷっくりとした赤い椿の色がひしめき合っていたが、私は去年の枯れ花に目がいく。

枯れ紫陽花。
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鎌ヶ谷駅前の空き地。
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乾いて白いネコジャラシ(エノコログサ)の中にぽつんと咲いていたタンポポ。
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立ち枯れの小さなセイタカアワダチソウ。
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電車から見え、以前から気になっていた「かのこや薬局」。手すりが赤茶色に錆びているいい感じのお店。
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朝からミルクティーを飲んだだけで何も食べす、夕方6時に帰宅してから今日初めての食事。

次にいく時は、新鎌ヶ谷でパンを買って、かじりながらあの森に行こうと思う。

私はひとりだとあまり食べることに注意がいかない。

私はおいしい(私が好きな)人と一緒に食べるときだけ、いっぱい食べる。

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2017年2月28日 (火)

本郷理華 「カルミナ・ブラーナ」 ・ 宇野昌磨 /  絵の撮影

2月26日

フィギュアスケート四大陸とアジア選手権が終わった。

本郷理華のSP「カルミナ・ブラーナ」の個人的な印象。

・・

「おお、フォルトゥナ!運命の女神よ。月のように、姿は移り変わり、……」

だがそれは、言葉ではない。無言の全重量と釣り合う、もはや誰のものでもない叫び。
合唱という匿名性によって名ざされ、召喚される、いまだ名もなきものの怒りにも似た静寂。
その魂ととともに立ち上がり、長い腕を掲げて天を仰ぐ出だしから、私はぐっと引き込まれた。

それからなよやかに、ひそやかに、冷たい水の中をすべってゆく銀の細い魚のように、

天から零れ落ちてくるなにかを、手を伸ばして受けるように、

空気に舞う風媒の種子たちに触れるように、

あるいは中空に無言で語りかけ、自らの思いを差し出すように、

きわめて優雅に、麗しく、かつ伸びやかに、誰かの記憶に息を吹き込む

「常に満ち、欠け、生は忌まわしく無情に、時に戯れに癒して、貧困も、権力も、氷のように溶かしてしまう……」

古い建物の窓のすりガラスの光、ずっと揺れている、震えている灰色の細い木々の重なり、

記憶の中の、淋しく、なつかしい薄暗い風景のなかに、

時折、見え隠れしていた、なまめかしく、生命的なもの、

危うく無防備でありながら、誰にも触れられない、傷つけられないもの、

私はずっと覚えていて、いつでもそこに戻っていけるのだと告げるように、

刻々と移り変わる薄明光の階の下で、

鳥が一斉に飛び立つ羽音を聞き、旋回する影と交差しながら、

そして強い風にさらされて翻弄されながらも、その風に乗って、どこまでも遠くまで未知の場所に流離っていくように、

そんな女性的な、なにかとても美しいものを見ていた。

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私は、本郷選手の中で、このプログラムが一番好きだ。

彼女の端麗さが非常に際立つプログラムだと思う。

ジャンプの失敗はあったが、表現はとても洗練されてよくなっていると思う。

若く瑞々しい選手の、まさに表現が大人になる時に、ちょうどスランプの危機が来ることが非常に悩ましく、いとおしくも切なくなる競技だ。

夏から足首の怪我があったらしいが、今、跳べないのが精神的なものであるならば、次はよくなりますように、心より復活を願っています。

・・・・

男子は4回転ジャンプ合戦になったが、やはり宇野昌磨の表現に引き込まれた。

彼の演技はいつも、めくるめく情景を見せてくれる。

人それぞれの体験の重さ、想いの丈の際だった瞬間、その記憶、感覚を呼び覚ましてくれる喚起力がある。

2月24日

次の本の制作のための、絵の撮影。

1:30にカメラマンの糸井さん宅へ。

外の光はカーテンで遮断して(真っ暗ではなく、自然に薄暗い昼間の感じ)、ストロボは3つ。

前回の最後に撮影していただいた感じがすごくよかったので、今回の撮影の光のあてかたもそれに近くなるように、4回ほど光を微妙に調整して撮影していただく。

銀箔が全体にフラットに白っぽくなりすぎないように、斜め上に軽くスポットを当てて、絵の下側に行くにつれて少し暗い色になるように、銀の質感が生々しく出るようにしていただいた。

絵の線描が全部、バランスよく見えるように撮るのはセオリーだが、強い太陽光の下ではなく、そんなに明るくない小さな部屋の壁に掛けられているのを見ているリアルな感じを希望した。

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糸井さんは、光の違いによる絵の見えかたの微妙なニュアンス、雰囲気の違いを、とても理解してくれて話がすっと通じるので、初対面から仕事がすごくやりやすい。

万一、追加で新作を撮ってもらうことがあるかもしれないことを想定して、ストロボの出力など、今回の設定を記録しておいていただく。

途中、3:30頃、撮影予定だった絵が一枚足りないことに気づく。

Mに電話して、事務所から届けてもらった。Mは一時間後に到着。駅で待っていたら、急にすごく冷え込んできて、胃が痛くなった。

この時の冷えによって、次の日、吐いてしまい、一日具合が悪かった。撮影終了後に、Mと駅前の居酒屋に入り、空腹に梅干しサワーを飲んだのがよくなかったのかもしれない。

風邪やインフルだったらどうしようと焦って、友人に連絡し、会う予定を延期してもらったが、結局風邪ではなく、ただ胃腸の調子を崩しただけだったのでよかった。

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2017年1月19日 (木)

森島章人さんの第二歌集 / E藤さんと食事 祖母と母のこと

1月16日

昨年末に、森島章人(森島章仁、あるいは蘭精果)さんから、ついに、待ちに待った第二歌集『アネモネ・雨滴』を出すとのお知らせのお手紙と、原稿をいただいた。

第一歌集『月光の揚力』(1999年)からずいぶん経って、長い時が結晶した歌集。

『アネモネ・雨滴』というタイトルには、“衰滅の中の希望”という意をこめたという。

昔からのお約束通り、私の絵を本(扉)に使ってくださるとのこと。

そのことに関して、きょうまた、おはがきが届いた。

私の「風の薔薇 あねもね』(2002)を使用したいとのことだったのだが、この絵が強烈すぎるので、やはり「鬱金香」(1998)を使用したいとのこと。

私としては、どちらを使っていただいても、まったくかまわないのですが・・・。

『アネモネ・雨滴』という歌集には、やはりアネモネの絵のほうが合うのではないかな、と思い、その旨と、一応、私が今まで描いたアネモネの絵を数十点メールで送った。

森島章人さんは静かなかたで、(私は行ったことはないが)空気と水のきれいな、静かなところに住んでいる。

彼の歌は、微妙な光と影が煌めく、なまめかしく妖しいイメージと、冷たく澄んだ空気を感じさせる。

森島章人さんの歌をたくさんの人に読んでほしい。

バレリーナ地に伏せるとき薄幸の世界を許すみだらを許す――『月光の揚力』より

1月18日

朝、まだ眠っていた時、10時20分くらいにE藤さんから電話があった。E藤さんは、今、私の近くに住んでいて、昔の西新宿で母が親しくしていただいていたかた。今は私が親しくしていただいている人生の大先輩だ。

正月に、今も西新宿在住で、私が小1から小2くらいの時に仲良くしていた女友だち、Oさんのお母さんが亡くなられたとのこと。

Oさんのお母さんは70歳をすぎて子宮がんになったという。

Oさんとも、Oさんのお母様とも、私は小学生の頃以来、お会いしていないのだが、E藤さんはずっと親しく交流されていたそうだ。

E藤さんは親しくしていた人が急に亡くなってとてもさみしい、とおっしゃって、私をランチに誘ってくれた。それで私は寝ぼけまなこで即飛び起きて、支度した。

駅前の「すしざんまい」でランチ。母の具合が悪く、今年の正月はおせちどころではなかった私のために、「お正月のごちそうと思って、ランチビールも飲みなさいよ。」と言われて起きたばかりだけど、ビールもいただいた。

E藤さんは、私が幼い頃の母のこと、私の祖母のことを知っている。その話を聞くと胸がいっぱいになってしまう。

E藤さんは、結婚されてすぐ(20歳代の後半)に、小児麻痺だったご主人の妹さんの、たいへんな介護をされていたとのこと。

その妹さんが亡くなった時、私の母がふたりの近所の友人とともにE藤さんのお宅に伺ったそうだ。E藤さんは残り物で悪いけど、と、ちょうど3人分余っていたお寿司を出したのよ、と言う。

「そんな時のことをすごく覚えているのに、もうそんな話をできる人もいなくなっちゃったわねえ。」と言われた。

私の母と祖母について「あなたのお母さんは本当によく働いてたものねえ。おばあさんはすごくきれいな人だった。おばあさんとよく魚屋さんで会ったわ。」と言われると涙が出てしまう。

人は皆、年老いて、記憶はどんどん時の彼方へ消えていってしまうけれど、私の祖母と母の元気な頃のことを覚えていて、私に話してくれる人がいることは、なんて幸せなことなのだろう、と思う。

「あなたはおばあさんによく似てるのかな。」と言われ、「いいえ、私は明るくて包容力のあるおばあちゃんが本当に大好きだったけれど、私と祖母は血がつながってないんですよ。」と応える。

「父はもらいっ子で、生まれてすぐもらわれてきて、本当の両親を知らない。あんなに優しかった祖母に甘やかされておかしくなった。」と。

(実際、祖母は私とは違う鼻筋のとおったはっきりした顔立ちだった。目や眉が似ていると子供の頃は信じていたけれど。大好きな祖母が私とは血のつながりがない、と母から聞いた時、二十歳くらいだった私はショックで泣いた。)

おばあちゃん(福山キョウ)と私。

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私が好きな写真。西新宿の熊野神社でおばあちゃんと。「ユキちゃんを見つけて嬉しそうにかけていきました。」と写真の裏に母の文字が書いてある。(ユキちゃんは幼なじみ)
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続く写真(ユキちゃんと私)。裏には「枝を得意そうにぽっきん、ぽっきん」という母の文字が書いてある。この頃から私は植物が大好きで、今とちっとも変わっていない。

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E藤さんは今年88歳だが、とても頭の回転が速く、新聞もよく読んでいて、とんとんと話が進む。

「それでね、その子は今、ヒッキーなんですって。」などといった言葉が飛び出す。「ヒッキー?あ、引きこもりのこと?」と言うと「そうよ。私、いろいろ若い人の言葉も知ってるの。」と。

感心するのは、話が回りくどくなくて、要旨が明解なことだ。頭がよく、人の気持ちがわかる人なので、こちらの悩み相談にものってくれる。本当に頼りになる先輩だ。

隙間のないきれいな歯も、全部、29本健在だという。それは本当にすごいことなのではないかと思う。

E藤さんは私なんかよりよっぽど元気だ。私とランチしたあと、荻窪でボランティアをするために電車で出かけていった。それも新聞で見つけて応募したそうだ。以前は新宿の老人福祉施設で絵手紙を教えていたそうだ。

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私は3時過ぎから母の施設へ。小口の預け金が足りなくなったようなので、10万円持って行った。

母は眠っていた。フロアリーダーのFさんがいらしたので、母の様子をきく。気管支炎はだいぶなおり、体調は安定してきて、昨日の夕食、今日の朝食、昼食はほとんど食べた、とのこと。

おやつと夕食の間の時間で、日誌をつけている職員さんたちにも挨拶と御礼。

エレベーターで一緒になった看護師さんに挨拶し、痰の吸引などお世話になっている御礼を言うと、「ああ、福山さん!年末がたいへんでしたね。きょうくらいから熱もちょうど落ち着いて、痰も少なくなりました。」と言われ、とても嬉しかった。

はきはきした小柄の看護師さん。「年末、年始、もうだめかとはらはらしていたのですが、先日、無事誕生日を迎えられて本当にありがとうございました。」と言うと「なぜか誕生日が鬼門なのよ。」と言われた。そんなこともあるのだろうか。

会議が終わって出て来たところの相談員のK島さんと、1階でお会いできた。先日、私が来た時よりも、今日のほうがずっと母の調子がいい、とK島さんも笑顔だった。

何度も何度も頭を下げた。

・・

少し気持ちが楽になったので、そのあと中野の材料店に行き、昔はあったが今は製造中止になった道具についてお話を聞いた。

古本屋さんに読みたかった70年代の本が入荷していたが、800円だったので今日は買うのを止めた(500円だったら買っただろう)。

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