絵画

2018年4月 9日 (月)

パラボリカ 森島章人トリビュート展 第2期のレセプション

4月7日

パラボリカ・ビスで開催中の森島章人『アネモネ・雨滴』出版記念トリビュート展、第2期(部屋が変わり、展示も少し変更)のオープニングレセプション。

今回はけっこう文学関係のかたたちが来られていた。

乾杯の音頭を森島さんがとり、その時に集まった人たちの紹介と、ひとことずつの言葉があった。

私は『アネモネ・雨滴』の口絵を描いた画家として最初に紹介いただいたが、特に言葉は出て来ず(人前で急に言葉を求められると一切話せない)、「使っていただいて恐縮です」とだけ述べた。

クロソウスキーなどの訳で知られる小島俊明さんが「森島さんから歌集を送っていただいて初めて森島さんを知った。「抽斗(ひきだし)に海をしまへば生きやすき少年といふもろき巻貝」という歌が素晴らしかった。詩、ポエジーとは言葉だと思っていたが、ここに集まっている作品を作った人は言葉ではないポエジーを持っている。」とお話しされていたのが印象に残っている。

私の口絵について「アネモネの絵にはとても驚きました。暗い情熱に狂い咲く寸前の、凄絶な精神の美を感じます。歌と拮抗した緊張感に痺れました。」という手紙を森島さんにくださったという藤本真理子さんが滋賀からみえていた。

藤本さんは紬のお着物を素晴らしく着こなしていらっしゃったのだが、うっかり撮影させていただくのを忘れて残念。

今回、森島さん所蔵の絵を展示されていた画家の田谷京子さん(左)と田之上尚子さん(右)。お二人とも正直で柔和なお人柄で、すぐに打ち解け、話が盛り上がった。

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9時過ぎに詩人の林浩平さんがかけつけ、写真を撮ってくださった。真ん中が森島章人さん。森島さんの右は歌人の天草季紅さん。
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林浩平さん撮影の私。林さんは、今日はこの前に4つものイベントに出席されたという。
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2018年4月 1日 (日)

千鳥が淵、善福寺川 、ソメイヨシノ、大島桜、八重桜

3月31日

高校時代からの友人、みゆきちゃんと2時に待ち合わせ。パラボリカの展示に案内する。

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そのあと一緒に散りゆく桜を見に行く。

新宿で生まれ育ったにもかかわらず私は、まだ千鳥ヶ淵の桜を見たことがないので、行ってみることにした。

遊歩道の入り口で、予想を上回るすごい人だかりで通行整理が行われていた。

人だかりをかき分けて柵越しにのぞいてみると、なるほど、昔の絵ハガキのような風景。

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緑の水に薄紅の花筏がすごい。

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ここは確かに別世界のような景色だが、柵に群がって水辺の写真を撮るだけで、座って休めるベンチもなく、まだ咲き始めの頃の平日の昼間にひとりで来たほうがいい場所だ。

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うちの近所の善福寺川沿いなら花の下でゆっくり見られるよ、ということで地下鉄で移動。

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ソメイヨシノは半分くらい空に舞っていた。

大島桜が満開だった。

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花のつきかたが林檎に似ている(林檎の蕾は赤いが)。

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新芽の早緑、白、薄紅の点、点、点・・・

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八重桜「一葉」が三分咲きでとてもかわいい。

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ソメイヨシノの前に濃い紅色の八重桃。
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川面が桜の花びらの点描で埋め尽くされていた。風にあおられ、髪の毛にもいっぱい花びらがつく。
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3月末になると一斉に開くハナニラ。高校時代、ふたりで行った房総の線路際で、この花を一杯摘んだらすごくニラ臭くなったのが忘れられない、とみゆきちゃんが笑う。

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上流の荻窪団地の方まで歩いてから、また川を下り、雨上がりにチョコレートの香りがするというカツラの樹の林や、鷹の巣があるらしいヒマラヤ杉の林を抜けて、釣り堀武蔵野園の横を通り、たまにカワセミが来るヒョウタン池を廻り、大宮八幡神社への土手を上った。

彼女も犬を16歳でみとって、もう死に目にあうのが辛いから飼いたくない、と言っていた。私は死ぬまでにもう一度、猫と暮らしたい。

そのあと阿佐ヶ谷に出て食事。きょうはたくさん歩いたがフラフラしなかった。胃のむかつきがおさまっていた。

ダイコンの葉の炒め物やヒジキ、メヒカリのから揚げなどを食べ、おそるおそるお酒を少し飲んだ。胃の痛みはなかった。やっと治った。

そのあと高円寺の古着屋で遊んだ。

彼女は16歳で出会った頃から少しも変わらない。尽きぬ話をしながら、何時間でも一緒に歩いていられる友だち。

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2018年3月26日 (月)

ブログを読んでくださっていたかたと出会う /  胃炎

3月24日

私のブログを読んでくださっていたご夫妻がギャラリーに来てくださった。

しかもお互いに、私のブログを読んでいたことを知らなかったとおっしゃる。

奥様から「行きたい展示がある」と言われ、そこで、ご主人も同じ「アネモネ・雨滴展」に行く予定だったということがわかって、一緒に来られたという。

12時過ぎにギャラリーでお会いして、すぐに、明晰で強い精神力を感じさせる奥様のY子さんに惹きつけられる。とても素敵なかた。

そのあと近くのフレンチレストランで食事。ランチは肉のメニューばかりだったのに、Y子さんがてきぱきと「魚にしてもらえますか?」とスタッフに聞いてくださる。

私はまだ胃が痛くて、生野菜は無理だったが、スモークサーモンと、白身の魚のソテーをいただいた。ひさしぶりにたんぱく質を摂れた。

当たり前だが、私にとってもっとも嬉しいことは絵や文章を認めてもらえること、私のものとして尊重してもらえることだ。

たまに見知らぬ人から連絡をいただくことがあるが、一方的に収奪される酷い経験を何度か味わわされ、素晴らしい出会いがあることをなかなか予測できないようになってしまっていた。

Y子さんは私と好きなことが似ているようだし、私のブログを最初に戻って全部読んでくださっているそうで、とても初めてお会いしたとは思えないほど、話しやすかった。

パラボリカのオープニングレセプションで居心地が悪すぎて神経性胃炎になってしまった私だが、自分にも心を通わすことのできる人がいてくれたことにとても救われた。

やっと快復期にはいり、体重は42.3kg。

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Windröschen

 

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Totes Feld und sein sprießen

 


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Blume der Erinnerung

 

アネモネがいい感じにしおれてきた。
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3月23日 16℃

近所の駅からE藤さんを電車でパラボリカの「アネモネ・雨滴展」にお連れする約束をしていたのだが、朝から薬を飲んでも激しい腹痛がおさまらなくて非常に困る。

ノンカフェインのミントティでさえ、胃に入れると激痛。なにも食べられなくて、動悸がして、立ち上がるのもしんどい。

なんとか頑張って近所の薬局でさらに水なしで飲める薬を買い、E藤さんと会う。

切符を買おうとするE藤さんに「待って。」とSiucaを差し出される。友人で持っていない人のために、いつも余分にSuicaを買って持っているのだそうだ。

E藤さんはご高齢なのに本当に頭がくるくる回る。

「申し訳ないから買い取らせてください。」と言ったが、結局3000円くらいチャージが残っているのを「只じゃ嫌だろうから1000円ちょうだい。」と譲ってくださる。

E藤さんは昔、本の取次関係にお勤めだったので「少年ジャンプ」の文字がはいった定期入れをくださったのが嬉しかった。

私は胃とおなかと背中にカイロを貼っていたのに、ここ数日ほとんど食事ができなかったせいで、電車の中でも手が紫色になるくらい身体が冷えて震えていた。階段を上るのにもはあはあと息が切れる。

「痛かったらうずくまっていいよ。」とE藤さんにいたわってもらいながら、なんとか浅草橋へ。初めて私の絵の実物を見ていただく。

「すごく難しいこと考えてるのねえ。」と言われる。

パラボリカのショップのほうで猟奇的な人形を見て、「夜に見なくてよかった。」とE藤さん。

帰りに、とても食べられるとは思えなかったが、休憩するために「魚がし日本一」へ。茶碗蒸しとカニみそ一貫、ウニ一貫でもう胃が痛くて食べられない。それでも少しだけ身体にエネルギーチャージされた。

体重は42kg。45kgまで戻したい。

3月18日

曇り空とハクモクレン。

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駅前の枝垂れ桜と数珠繋の鳩。
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2018年3月21日 (水)

浅草橋から東京駅

3月19日

A子ちゃんと11時40分に浅草橋待ち合わせ。まずは一緒にランチ。A子ちゃんは知る由もないパラボリカの独特の雰囲気を説明する。

そのあとパラボリカの私の展示に案内したが、間違えて12時30分に着いてしまい、まだ開廊していなかったので近所を散歩。

榊神社では岩根絞り、紅色の獅子咲き、薄桃色の八重など、数種の椿が咲き乱れていた。ソメイヨシノは枝の先のほうだけ咲いていた。

公園には薄桃色のぷっくりした八重の梅が満開で、まだ散っていなかった。

きょうは雨予報だったので私はカメラを持ってこなかった。

1時前にパラボリカにはいると思ったより明るくて、先日、日が暮れてから見た時より絵の色がきれいに見えた。

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私はこの後、展示会場に行くのは、23日の1時頃、24日の12時頃、30日の夕方6時半頃、31日の2時過ぎを予定しています。

・・・

2時くらいに東京駅に移動し、八重洲地下街へ。お目当ての店がどこにあるのか、地図の表示がわかりにくくてウロウロ。

2時半頃、イタリアン系のお店でお酒を2杯ずつ飲んだ。

私はここ1か月、ずっと胃腸の調子が悪くて、一生懸命食べても42kg~43kg以上に体重を増やせないでいる。

うっかりポテトサラダを注文してしまったらハムがいっぱいはいっていて「ごめん、これ食べられない。A子ちゃん食べて。」と言ったら、「じゃ、お魚全部食べて。」と言われる。

A子ちゃんがスマホで撮ってくれたカルパッチョスタンド。

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私の女友達は皆すごくしっかりしていて情に厚くおおらかだ。歪んだり擦り切れたりしていない感情回路にすごくほっとする。

体力がなくて頼りない私にいろいろ世話をやいてくれて本当に感謝。

A子ちゃんより都会に住んでいる私のほうが、ほとんど東京駅に来ることもなく、巨大化した駅の中でまったく位置関係がわからない。A子ちゃんが丸の内線(店とは反対の方角)まで送ってくれた。

3月20日

きのうは友人と一緒だから食べられたが、やはり胃腸の調子が悪く、ついに近所のクリニックへ。

診察で仰向けに寝て、胃を押されたらすごく痛い。ストレスによる胃炎。

ラベプラゾールNa(胃酸の分泌を抑える)1日1錠、セレガスロン(胃潰瘍・胃炎)1日2錠、コロネル(腸内の水分量調整)1日3錠、ミヤBM(整腸)1日3包。

花輪和一さんと何度か電話でやりとりする。

3月21日

霙。すごく寒い。きのうは薬を飲んで少しよくなったと思ったのに、また胃がむかつく。冷えるのがよくないようだ。

ちゃびのことを思い出してまた涙。

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2018年3月12日 (月)

森島章人『アネモネ・雨滴』出版記念 トリビュート展初日

3月11日

森島章人『アネモネ・雨滴』出版記念 トリビュート展初日。

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3面の壁をもらったので、ここに森島章人のために「アネモネ領」をつくった。

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短歌研究社の堀山和子さんが持っていらした暗い赤紫の珍しい色のアネモネ。とても神秘的。

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私がつくったアネモネのコサージュ。

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私が今までどうしても描けなかった、3月になってやっと描いたちゃびの絵(鉛筆)のコーナー。

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私は17時過ぎに行った。森島章人さんはもういらしていた。

12年ぶりくらいにお会いできて感激。前に私の四谷3丁目の展示に白と緑の野の花のような花束を抱えて来てくださって以来だ。

18:30からカフェでレセプション。

今野裕一さんお手製のカナッペ。トマト、モッツアレラチーズ、バジル、オリーブオイル。これはすごくおいしかった。

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森島章人さん。

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今野裕一さんがウンカに食われた茶葉などを自ら摘んでつくったお茶。たいへんおいしゅうございました。
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手作りのお茶について熱弁をふるう今野裕一さん。左は堀山和子さん。
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ミルキィ・イソベさんがモンドールのチーズを焼いた料理をふるまってくださった。
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3月12日

森島さんが長野に帰宅された後、夜、電話でお話しした。

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2018年3月10日 (土)

森島章人『アネモネ・雨滴』出版記念 トリビュート展

3月10日

森島章人『アネモネ・雨滴』出版記念 トリビュート展に参加しています。

私はレセプションの時にはギャラリーにおります。そのほかの在廊日はまだ未定です。

第Ⅱ期は第Ⅰ期よりも展示作品の数が少なくなります。

なるべく第Ⅰ期にお越しいただけたらと存じます。

私は小品もたくさん出しております。どうぞよろしくお願いいたします。

★レセプション 3/11、4/7 18:30~

2018年3月11日[日]〜4月2日[月]mattina 第Ⅰ期 
    4月6日[金]〜4月30日[祝]Costad'Eva 第Ⅱ期
★レセプション 3/11、4/7 18:30~

月、木、金/13:00~20:00 土日祝/12:00~19:00

火・水曜休館 (21日の春分の日も休館となります)


■入場料:500円(開催中の展覧会共通)
■会場:parabolica-bis(パラボリカ・ビス)
住所:東京都台東区柳橋2-18-1

電話:03-5835-1180

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歌が到来する一瞬がある。遠くて近い、そして近くて遠い場所から。
その一首のために刻まれた時間を消し去って、少年のように。(森島章人 跋より)

いろいろにあって、そして最後にあるのは少年。少年の物性。
覗きこめば少年の坂下腹部へ百の銀杏ころがり落ちる。(今野裕一 跋より)

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アクセス:
「浅草橋」駅JR東口・徒歩6分/都営浅草線A6出口・徒歩4分
駅から:江戸通りを浅草方面に進み中華屋「川湘府」の角を右折。2本目の道を左、1本目の道を右に入る。tp://www.yaso-peyotl.com/archives/2018/03/morishima.html

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2018年3月 4日 (日)

森島章人『アネモネ・雨滴』出版記念トリビュート展の作品制作 / 次の本の打ち合わせ / 体調不良

3月3日(土)16℃

フジヤカメラに中古のミラーレス一眼レフを買いに行く。

若い女性店員のM尾さん、とても親切。

ずっと使っていたsonyαNEX-5NからファインダつきのαNEX-6に買い替える。

ステュディオ・パラボリカから森島章人『アネモネ・雨滴』出版記念トリビュート展のフライヤーのデザインが届く。

新作は、絵じゃないほう(アネモネの布花)はほぼ完成。これとデッサンの新作を数点出すつもり。

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あいかわらず胃が痛くて食欲不振に悩まされているが、里芋やじゃがいもをチンしたものの上に、ほうれん草のゆでてあく抜きしたもの、パプリカのスライスなどをのせ、上にたっぷりナチュラルチーズをのせてもう一度チン。

これをくり返し食べていたら体重が1kg増えた。

飲み物は熱いミントティーに牛乳と蜂蜜を入れたものばかり飲んでいる。

2月28日(水)15℃

中野に展示のための材料を買いに行く。

まだ胃腸は本調子ではないが、やっと暖かくなったのでほっとする。

近所の梅が盛かりを過ぎて、枝垂れ梅の花が枝の先端から咲き始めている。

2月26日(月)10℃

月一回の書道の日。

気温は10℃くらいだが北風にあたった手がかじかんで痛くて、筆がうまく扱えない。すごくもどかしい。

おなかと腰に貼った使い捨てカイロに右手をこすりつけるが、指がなかなかか温まらない。

メンバーは全員女性で、70歳代以上のかたが多い。毎朝のゲートボールの話で盛り上がっていて、真夏も真冬も元気はつらつだ。

わたしだけがすごく寒がっている。末梢血行不良。

下が本部から来ているお手本。「人生清福」。

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下が私の先生のお手本。

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下が今日書いた私の字。どこを直されているのか明確に意識するために、赤の入ったものを載せておく。

「波法」(はらい)は、穂先を右上に向けて通して、(私は適切な用語を知らないのでうまく説明できないが)最後の筆の腹をつけている下の部分は真横に、穂先はかすかに上向きにカーブして(波を描くように)終わること。これはとても面白くてやる気が出る。

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「人」の一角めは上にしゃくりあげないでほぼ真っ直ぐに。「しめすへん」の点は斜めより気持ち下向きに。「福」は長年書いている字だが難しい。
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2月24日(土)~25日(日)

材料を使い果たしたのでとにかく休養。眼と胃腸が痛いので寝ている。1日に3回、お風呂にはいる。

2月23日(金)8℃

次に出す本について水声社のTさんと打ち合わせ。

新宿京王百貨店のアフタヌーンティーで2時に待ち合わせ。すごく混んでいて店舗前にけっこうな行列。私は甘いものに興味がないが、優雅にアフタヌーンティーを楽しみたい人がこんなにいるとはびっくりだ。

お店の人に名前を言って尋ねたが、Tさんは店内にいないようで焦る。

Tさんは遅れて来(私がケイタイを持っていないせいで連絡不能)、二人で9階のお好み食堂のようなところに移動した。懐かしい感じで、こっちのほうがずっと落ち着く。

Tさんに聞かれたので、母とちゃびが亡くなった話をざっくりした。私にとって最大、最悪の緊張が続き、そのあとの喪失感、空虚感で次の本のことを詰めるエネルギーが出てこなかったこと。

「もう一度、ちゃびのような猫と暮らさない人生なんて考えらえない。」と言ったら、

「先生は守られるよりも守るほうが好きですか?」と聞かれて一瞬、答えにつまった。

私はずっとちゃびに守られていたのだと思う。

また、母と会話できなくても、生きていてくれることで母にも最期まで守ってもらっていた。

2月22日(木)2℃。

朝、雪がちらつく。

ここのところ、寒さで身体がしんどく、胃腸の調子を崩してしまった。なにを食べても胃が痛くて気持ち悪くなる。しばらく断酒。

寒い冬にも、いつも私にくっついていてくれた温かいちゃびが今年はいないことで、私の身体がおかしくなってしまったのだろう。

私は自堕落になりたくないし、苦しみすぎたくもないし、やつれたくもないのだが。

体重を久しぶりに測ったら42kgになっていた。ちょっとこれはまずいな、と思う。

細かい作業を何時間も続けたせいか眼の奥が痛くてたまらない。眼と肩の凝りと連動して吐き気が続く。どんなにしても身体が温まらない。

私の性格として、制作の時に必要以上に根をつめてエネルギーを使い果たしてしまうのがある。

一度のめりこむと、次々に新しいアイディアが浮かんできて、それを試さずにはいられなくなり、休めなくなる。

500パーセントくらい作業して、いろいろ試行錯誤して、そのうちのほんの一部を選んで発表する、というやりかたになっている。

いろいろ試してやはり最初につくったものがいい、と思える時もあるし、逆に最初とは比べ物にならないくらい、あとからのがよくなることもある。

しかし徒労が多い。

試行錯誤そのものは徒労でなくても、精一杯努力してなしえたことと、他人に伝わる可能性の落差に疲れ果ててしまうのだ。

ちょうど材料の布を使い果たした時点で、とりあえず制作作業を休んで、お風呂と睡眠をたっぷりとることにした。

今はとにかく身体の健康を優先したい。

2月20日

9月にイタリアのChinamiさんにお会いしに行く日程を決めて、航空券を予約するのに、ここ数週間、いろいろ悩んでいたが、ついに決行。

ネットで、あれこれ調べて迷いに迷い、刻々と値段が変動して上がっていくのに緊張してものすごく頭が疲労した。

当然、アリタリア・イタリア航空が直通で便利なのだが、倒産危機について旅行会社に電話で聞いたら、「前例がないのでわからない」との答え。

エールフランスは、乗り継ぎの時にシャルルドゴール空港で1時間20分は旅慣れない人には余裕がなくてきついとのこと。

乗り継ぎをアムステルダム・スキポールか、スイスのチューリッヒにするかと迷ったが、結局フランクフルトを選んだ。

航空券を購入したら、旅程も今から決めてしまってミラノ、ヴェローナ、ヴェネツィアの宿まで予約してしまった。

とりあえず決めたらすごくほっとした。

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2018年2月12日 (月)

森島章人『アネモネ・雨滴』出版記念展  / 宇野昌磨  団体戦 / 誕生日 ChinamiさんとSkype

2月7日

『夜想』(ペヨトル工房) の今野裕一さんからメールをいただいた。

森島章人さんの『アネモネ、雨滴』展について、出品のお誘い。

今野さんは森島章人さんの歌がとても好きで、ずいぶん前から歌で展覧会をやりたいと思っていたと言う。私も森島さんの歌を讃える展示に参加できて幸せです。

森島章人『アネモネ・雨滴』出版記念展

311日~42日 Ⅰ期 バラボリカビス・マッティナ

46日~430日 Ⅱ期 パラボリカビス・コスタディーバ

参加作家

相場るい児

麻生志保

亀田尚子

建石修志

田村京子

日野まき

福山知佐子

槙宮サイ

間村俊一

渡邊加奈子

素敵な展覧会になりますように。

2月9日

あっというまにオリンピック開幕。フィギュア団体戦。

宇野昌磨のSP(ビバルディの『四季』から『冬』)の生命感溢れる演技。

足替えのシットスピンからコンビネーションスピンにむかう時の燃え上がるような表情に胸が熱くなった。

2月10日

2月は私の誕生月なので友人Gがお祝いをしてくれた。

私の好きな完全禁煙のおさかなのお店で、1000円のお刺身定食のランチ。

そして昼間から鳳凰美田純米吟醸酒(華麗な名前のままにおいしかったです)と流輝(るか)純米吟醸無濾過生酒(こちらも果物のように華やかでおいしかったです)を飲んだ。

誕生祝に、とっくの昔に廃番になっているヴィンテージのスイカズラの香水と、昔の絵本をいただいた。超レアなものばかり。

ヴィンテージのAVONのハニーサクル。すごい郷愁の香り。

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『ネコジャラ市の11人』(原作:井上ひさし・山崎忠明・山本譲久/ 音楽:宇野誠一郎/ 人形:片山昌(ひとみ座))の絵本。ガンバルニャンがものすごくかわいい。

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私の好きな植物いっぱいの狭い路地にて。

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まだ足元に雪が残っている。私の好きなヒメムカシヨモギの立ち枯れと。
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偶然迷い込んだ狭い路地裏で、錆びた窓ガラスを発見。
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近所のたくさんの植木鉢と。
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夜10時。イタリア在住のChinamiさんと初めてskype ビデオ通話。

とても感激。

Chinamiさんは、昨年6月、私の母が経口摂取できなくなって、もう最期だと私が追い詰められた頃に、はるかイタリアから連絡をくださったかただ。

それからずっと、母が亡くなり、ちゃびも亡くなり、私がどん底の時に、毎日のようにメールのやりとりをして遠くから支えてくださった人。

Chinamiさんには感謝の言葉がとても追いつかない。正直、私にそんなにしてくださるかたがいることが信じられないというか、実感が足りない。

今年は秋にChinamiさんに会いにイタリアに行く予定。緊張症でだらしなくてうっかり者の私がすごくご迷惑をおかけしてしまうのが怖いけれど。

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2018年1月21日 (日)

変わり咲きのラナンキュラス / 大宮八幡神社

1月10日

1月8日に、久しぶりにオランダ屋さんに行ってアネモネを買ったら、「これ、日にちが経っちゃたんですけど、よかったら飾ってください。」とラナンキュラスを4本もおまけでくれた。

特に変わり咲きのラナンキュラスが素晴らしくて「わあ、それすっごく素敵!最近の種類ですか?」と大喜びしたら「喜んでもらえてよかったです。」と切り花用の水に入れる薬までいただいた。

このねじれた絞りの花弁のラナンキュラス。

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1月16日(火)

カメラマンさんに新しく撮影してもらった作品画像約100点の点検。

1月17日(水)

きょうは14~15℃くらいに暖かくなるという予報を信じて家を出てしまったらすごく寒い。

布花の資材を買いに中野へ向かった電車の窓から、現在の気温8.5℃という電光掲示板が見えた。

古本を4冊買い、いつもの天ぷら屋さんで食事。その後資材屋さんへ。

さらにもう一軒の資材屋さんを目指し、東中野へ。店員さんにいくつか質問した。

1月18日(木)

きのう暖かくなるのは予報間違いで、今日こそ暖かくなる、という予報を信じて家を出たら、すぐに陽が陰って寒い。今にも雨が降りそう。

善福寺川にはたくさんの鴨が来ていて、おしりをぷるぷるしながら水に潜っていた。高い樹の上にはツグミの巣があり、鳥たちが集まって騒いでいた。

もう何年もやっている護岸工事に気持ちが暗澹となる。川沿いの植物が繁茂していたひなびた細い道や小さな植え込みが滅茶苦茶に破壊されている。杉並区立郷土博物館の裏のテニスコートのあたりを全部潰して大きな貯水池をつくるらしい。

以前から気になっていたスダジイがまだあったので嬉しかった。この樹はサルノコシカケのような茸と湿った苔に覆われていて塀と門の間にどっしりと存在している。

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巨樹を見たくて大宮八幡神社へ。

私は俗に言われるパワースポットなどスピリチュアルなものを一切信じず、応仁天皇などへの信仰心はないのだが、鎮守の森の鬱蒼とした空気に触れたくて行ってみた。

神社が建ったのは1063年。ここは東京のへそにあたるそうだ。

大鳥居をくぐってすぐに森の木々の匂い。カエデ、シイ、クスノキ、カシワ・・・。数百年は生きている木々の下を歩くと落ち着く。

キエーッ、キエーッ、キチキチキチキチ・・・カァ、カァ、カァとヒヨドリ、ツグミ、カラスなどが枝のとても高いところで囀っていた。

男銀杏と女銀杏のてっぺんにはカラスがいっぱい。

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境内に咲いていたジュウガツザクラ。

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飼われているチャボ。

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お宮の横の森には去年の色とりどりの落ち葉。

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私は極度の末端冷え性なので、神社を出る頃は冷えすぎて手首から先が紫色になって痺れてきた。これはまずい、このままでは寒さで熱を出してしまいそう、と緊急避難で近くの不二家に飛び込んだ。

一杯の白ワインを飲んだら、すぐにちゃびのことを思い出して胸が苦しくなり涙がこぼれた。

そのあと永福町でサラダとお寿司と熱燗を少々。

1月19日(金)

新宿の銀行へ。そのあとMと会う。

『夕凪の街 桜の国』を読む。

阿佐ヶ谷で久しぶりにピザを食べる。

ここ10年以上、ずっと食べたいと思っていたが近所では売られていなかった八朔を高野青果で買う。

八朔の懐かしい苦みと香りがほっとする。みかんや甘夏よりずっと好きで、子供の頃はよく母と食べた。

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2017年12月28日 (木)

次の本の制作 カメラマンと打ち合わせ

12月28日

次に出す本に新たに加える絵画撮影のため、カメラマンさんにうちに絵を取りに来ていただいた。

既に以前、ほかのカメラマンに撮影してもらっている画像データが10年以上前の出版にしか対応できていないやりかた(保存形式など)であるということがわかった。

撮影済みデータと、今回新たに撮影してもらうデータを調整してもらうお願いをした。

出版、印刷のやりかた、それに対応するカメラマンのやりかたも、どんどん新しく変化しているらしい。

I井さんを信頼しておまかせする。

12月20日

昼から中野に出て造形材料と古本を買い、3時に阿佐ヶ谷でFと会う。

寒かったが、川北病院の裏の巨大な欅の古木を見、神明宮のあたりを少し歩いた。

小学校の金網のすぐ向こうに、丸い実が金色に光り、そこに薄茶色の枯れ蔓が絡みついていた。キカラスウリかと思ったら薔薇の実だった。その向こうにボール遊びをする子供が快活に踊っていた。

Fは、彼の母親と18歳で上京する時に別れ、それ以来、頻繁に交流することはなかった。亡くなってからは、自分が子どもだった頃の母親のことを鮮烈に思い出す、と言った。

私のように成人してからもずっと近くに母親がいたほうが稀なのかもしれない。ずっと近い関係であったほうが、亡くなった時に母親の記憶を思い出しにくい、と言われた。

そうかもしれない。

父が異常で、母や私に過度な負担を強いたせいで、私は少しでも母の苦しさを軽減したい、母を幸せにしたい、という思いに駆られて、必死になってきた。

必死になっていたことは覚えているのだが、その時々の具体的な母の様子が細かく思い出せない。

介護をずっとしてきたにも関わらず、母が危険な状態になった時から、私はなにか大切な母の記憶がどうしても思い出せないようなもどかしさに駆られ、苦しんでいる。

私は母が亡くなってから心身がおかしい。ちゃびが亡くなってから、さらに心身がおかしい。

母とちゃびが生きていた時には楽しく思えたことが楽しく思えない。今は、自分のために意欲を持つことが不可能に思える。

ただ生存のためにどうしたらいいのか、どうしたら生きていけるのか、それだけを真剣に考えている。

Fと知り合って、来年で20年になる。

歌人の森島章人さんからパラボリカ・ビスでの展示のお誘いがあったことを話した。

そしてステュディオ・パラボリカから復刊された雑誌『夜想』と、パラボリカ・ビスというギャラリーがどういう傾向で、どういう人たちをターゲットにしているのかを、それほど多くを知っているわけではないが、私が知っている範囲で、私なりに、Fに説明した。

FはPCもメールもやったことがない。インターネットで情報を知ることが一切ない人だ。現在の若い人たちの流行も、「アート」をめぐる現況も、ほとんどなにも知らない。

Fに対して、「ゴスロリ」の意味や、日本における「球体関節人形」の流行りなどのざっくりとした説明をした。

「それで、その展示、どうするの?やるの?」と聞かれたので、「だから、材料買って来たんでしょ。」と、あまり説明はせず、きょう買ってきた袋を見せた。なにをやるのかは、まだはっきり決めていない。

3時半、ひとまずカフェに入る。

まずFのために買っておいたメラトニンのサプリを渡した。眠剤がどんどん効かなくなってきて、かなり苦しんでいるそうだ。

私はちゃびがいなくなってから動悸や過緊張の肩凝りや頭痛にひどく苦しめられ、毎晩辛い記憶にうなされて安眠できないが、眠剤は飲んでいない。精神安定剤を飲むようになることが怖いので避けたい。

かつて私が、その並外れた芸術的才能ゆえに好きだった人が、「お金を貸して。」と言っては(返すはずもなく)、薬やたばこを買っていた。そのことが私の中で許せず、澱のように固まっているからだ。

Fは「バイラルメディア」や「Change.Org」、「Me Too」など、私がしゃべった単語をメモしていた。

今日の一番の目的、私が今作っている、次の本のカンプのようなもの(掲載順に絵を仮にならべたプリントの束)を見てもらった。

Fに最初に見てもらったおよそ3年前から、熟考の末、絵の量がはるかに増えている。それを見てどう感じるか、Fの感想を聞きたかった。

本に載せるための絵の撮影をいったんしてから、やはり自分の外に在るものに寄り添って描いた時間を取りこぼしては本をつくる意味がないと思い直し、これから新たに違うカメラマンに撮影を頼むことにした。

「すごくいいね。あなたにしか見えないもの、あなたにしかできないことだ。」とFは言った。

私は「そう言ってくれるのはFさんと、この世であと2人くらいだけどね。」と真面目に応えた。

Fは、私のことを「生涯でもっとも影響を受けた人だ」と言った。目のつけどころ、ものの見方、どれもが驚異で、私と散歩しているだけで、ほかの誰と歩くのともまったく違う世界が見える、と。

とりわけFがいる、「高踏的」とも形容してかまわないだろう文学の世界は、言葉を言葉で批評することだけですべてが回っているからだと思う。

彼らが思う「見る」ということと、私がものを見ることとは、言葉の意味などでなく、おそらく体験の内実が違う。

「アート」の世界はさらに絶望的なまでに自分の殻に閉じこもった病んだ精神が、自明なまでにそこでは主流になっているからだと思う。

私と関わり、影響を受けてから出した本のほとんどすべてで賞をとった、とFは言う。

私はおよそ賞といったものに縁がないが、Fがもらった最初の賞金で、カニを食べに行ったことを忘れていた。5万円くらいかかったという、私にとって人生で最も贅沢な会食だったのに、そういう楽しい記憶を私は忘れていることがすごくもったいない。

5時半に食事ができる場所に移り、私は「七田」を飲んだ。

そこで初めてFに、なかなか口に出せなかったこと、ちゃびが11月に亡くなったことを告げた。話しているうちに、涙がまた溢れてきた。

Fは「そのことが気になっていたけど、なかなか聞けなかった。」と言った。

私はちゃびのいない世界で、なにひとつ自分の魂が高揚することがない。

そのことは、この世の誰にも信憑できることではないと思っている。

「愛情に際限がない」という言い方がもっとも私にあっている、とFは言った。性格がお母さんとすごく似てるんでしょ、と。

「精神疲労で頭が朦朧として回転が悪くなっている」と言ったら、「そんなことはない、昔から少しも変っていない」と言ってくれた。

それから最近興味深かった映画や漫画の話をした。Fは今日私が買ってきた漫画を借りたいと言った。まだその漫画を味わい尽くしていなかったので、私は貸すのを断わった。

12月11日

今年最後の書道。

「高談娯心」(楽廣)。「高尚なる談論をして心をたのしませる事」と本部からのお手本にある。

先生のお手本。

Sdsc02418

私の書いた字。こうして写真に撮ってみると起筆の角度がおかしい(少し寝すぎている)。次から気をつけようと思います。

Sdsc02413

今まで半年くらい、ふたつに割れてどうしようもない筆を使って書いていたので、そうとうな徒労があった。先日、安い(1600円くらいの)筆を新調したら、今までの苦労は何だったのかと思うほど楽に書けるようになった。

一度割れてしまった筆は、先生に筆の洗い方が不十分と言われ、どんなに洗っても元には戻らず、むしろぱさぱさになって余計割れるようになった。

昔、小学生の時、そんなに必死に筆を洗った覚えがなく、それでも数年同じ筆を使っていたような気がするので、もしかしたらむしろ洗いすぎだったのか?

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