絵画

2019年3月21日 (木)

G先生、次の本の制作、PC破損修理、サーバーのメール消滅

2月23日(土)

G先生から写真を送ってくれとのメールが来る。

前の私のメールへの返答はない。ただ「写真を送れる?」という短いメール。

G先生のエッセイに写真についての思いを書いたものがあるが、思索的な意味があるのか、わからない。とても不思議。

2月25日(月)

G先生に写真を送る。

送った後で、ずっと緊張しっぱなしで神経が疲れていたことが、なんだかおかしくなって笑い出したくなってきた。

とにかく先生は私の絵についてお言葉をくださったのだから。お言葉をいただいたことが重要で、あとはどうにかなるだろう。

・・・

鵜飼哲さんからメール。

研究室の片づけなども含め、原稿は8月以降になるとのこと。

2月26日

出版社に電話。

翻訳作業は水沢勉さんの原稿を出版社に送ったあと、文字数を数えた後でいいと言われた。

美術専門の英語翻訳家を紹介してもらえてほっとした。それで少し気が楽になった。

3月8日

ナツメ社のSさんから『デッサンの基本』重版のお知らせをいただく。

今度で32刷り。

Sさんは今年の6月に定年退職されるというので驚いた。

Sさんに担当していただいてもう10年。年月に実感がないことが怖い。

3月12日(火)

本とは別の仕事の件でHさんと電話。Hさんも、もう歳だから仕事をやめたいと言う。

ぶつっとやめるのは淋しいから、まばらにやったらいいのじゃない、と言ったら、そうだね、それがいいね、と。

3月13日(水)

ジョナス・メカスの写真展を見に、新井薬師の「スタジオ35分」へ。

中野から歩き、スタジオへ向かう前に、こうの史代『桜の国』に出てくる水の塔を見に行った。

陽が落ちたら急に寒くなり、一眼レフを持ったせいか左肩と首が痛くなる。新井薬師の商店街は昔にタイムスリップしたようだったが、北風に凍えて楽しめなかった。

3月15日(金)

机で書き物に集中するため、ノートPCを閉じて布団の上に置いていた。

ふとPCを開け、スイッチを入れると真っ暗な画面から「NEC」と書いた画面に移行せず、ガラスが割れたような放射状の亀裂と、極彩色の格子がちかちかする画面が出た。

これはもう絶対壊れたと一瞬でわかる。画面自体が割れているわけではなく、割れている画像が見えている状態。

3月16日(土)

NECに電話。

やはり液晶画面の破損、液漏れにほぼ間違いなさそう。

購入時に3年保証に入っていたが、液晶画面の交換はその補償に含まれないそう(ショック!)で、75000円かかると言われた。

子猫3匹が暴れまわる狭い部屋の中では、なにが起きても不思議ではない、こんなこともあるだろうと妙に納得していた。

(スカイプを使えないので)友人に電話したら「死ぬわけじゃないし」と言われて、ほっとした。

3月17日(日)

S急便の人が昼にPCを引き取りに来てくれる。PC専門の入れ物に、そっと入れてくださいと言われる。

古いPCを繋ぎ、OCNメール(サーバー)を見たら1000件ためていたメール履歴が全部消えていた。こちらのほうがPCの破損より理不尽に思え、すごいストレスになった。

OCNメールのリニューアルと同時に消えたようで、3月3日以降の40件ほどしか残っていない。これでは仕事にならない。

3月18日(月)

OCNに電話して尋ねると、「新しくなったOCNメールで、メール履歴が消える設定はない」という。ならどうして私だけが?

「聞いてきますのでちょっとお待ちください」と何度も言われ、3時間近くかかった。

メール検索など何度もかけたが、読み込みの問題ではなく、消えている。右上に40件と書いてあるのだからその数しかない。

古いPCで使っていたのはサポートがなくなったWindows Liveメールで、そこにはメール履歴が残っていたが、セキュリティがないので、へたにエキスポートなどしないほうがいいと思い、やめた。

Windows live メールの詳細設定を見たが、ちゃんと「サーバーにメールを残す」設定になっている。

OCNメールはなんとも迷惑だ。

さらに新しくなってからやたらに「読み込んでいます」というくるくる渦巻になって、書くのも削除するのも時間がかかるのでイライラ。

3月20日(水)

首(特に左)が、がちがちになってしまい、ほぐしマッサージに行く。すごく固い凝りの塊があると言われる。

夕方、PCが戻って来た。予想より早い。

コンテナから出す時、やはりS急便の人は触ってはいけない決まりだった。

中のデータは元のままだったのでやっと安心。

久しぶりにブログにアクセスしたらniftyのココログも新しくなっていた。嫌だなあと思う。

このブログを書いただけでも、コピペできない、複数カテゴリが選べない、ツイッター連携できないなどの不具合だらけ。

PC、メール、ブログ、ツイッター・・こういうことに振り回されることは本当に嫌だ。

 

 

|

2019年2月28日 (木)

G先生からのお言葉(次の本)/ 花輪さん、友人に感謝

2月15日

G先生から私の絵についてのお言葉(次に出す画集のための)が届いた。

文章をいただけたことがまだ信じられない。ありがたいのだが、いろいろ考えてしまい、緊張して恐ろしいのがまさる。

親友たちが本当に喜んでくれた。彼らの喜ぶ様子を見て、私も少しずつ嬉しくなってきた。

それでもまだ現実感がない。

2月13日

花輪和一さんと電話。気温は氷点下で、雪も溶けずに積もっているが、バスで出かけていたそうだ。

先日の私の絵に似すぎている絵を描いている学生の話について、花輪さんは私のブログを読んでくれていた。

「すっごい変なのがいるねえ。性格が異常だよねえ。そんなのの絵は絶対ものにならないでしょ。言ってることがDV男みたい。」と言われた。

「なんで最近の若い人はそんなにおかしいの?食べ物が悪いの?」と聞かれたけれど、おそらく現代の病で、やたらに自尊感情や承認欲求ばかりが高く、利己的、功利主義的に育ったのでしょう。

「ずばっと本当のことを言ってやってよかったんだよねえ。絶対に自分は悪くないってどんなにわめいて、言い張って見せても、「鎧通し」のように突き刺さってるから。」

「鎧通し」とは、格闘して敵を鎧の隙間から刺す、身幅が狭くて、手元に近いところはかなり厚みがあるが先は薄くなっている短刀だそうだ。

花輪さんは幼少期の愛情不足や虐待(ネグレクト)もあり、15歳の頃からひとりで生きて、苦労して絵(漫画)をかいてきたけど、自分が努力して道を伐り拓いてきた、とは決して言わない。そういうことを言うのはすごく恥ずかしい、と言う。

私は花輪さんの並外れた才能と謙虚な人柄を尊敬している。

花輪さんがすごいところは絵に嘘がないこと。

植物や動物へ愛情のこまやかさ、眼を通して細部のニュアンスまでとらえる力が突出していること。

仕事に対して効率よくお金を得ることは考えず、自分で納得できる作品を常に目指していること。

人への遠慮や気遣いがあること。

花輪さんとのつきあいも長いが、思えば、私はすごく尊敬している人から大切にされなかった経験があまりない。

もしかしたらこれはすごいことかもしれない、とありがたく思う。

昨年の7月、花輪さんに会いに北海道に行った時、(花輪さんの担当編集さんお気に入りの)少しだけ高級な寿司屋に行こうか、と言われ、私は食べ物に高いお金を使うことに躊躇があるので断ってしまったことを、今、少し後悔している。

花輪さんに会いに北海道に行くことも滅多にないのだし、特別な機会としてちょっとだけ贅沢してもよかったのかも、と。

だけど次に会いに行っても、やっぱり(お金を使うのが怖くて)高級寿司屋には行かずに、庶民的な居酒屋に行ってしまうのかもしれない。

私にとって最高においしい食事は、高級料理よりも、どれだけ素敵な人と食べるかが一番大切だと思うから。

・・・

しばらくほっておいたツイッターを、またやり始めた。

なにもかもわからないことばかりで、全然気軽につぶやけないが、少しずつ。

無知な私に教えてくださったM子さま。久しぶりにお便りをくださったN子さま。

ツイッターがきっかけで知り合った女性の友人は皆、メールの文面も素晴らしくしっかりした思いやりのあるかたたちだ。

お知り合いになれて本当に嬉しい。

心から感謝します。

|

2019年2月17日 (日)

宇野昌磨「月光」

遅くなりましたが、ごく個人的な感想を記録しておきます。

2月10日

右足首3度の捻挫。大会2日前に再々受傷。

試合前に「練習してきたわけではないので、自分を信じるとかではない」という発言。

SP後、「後悔しいといえるほど練習していない。悔しいという権利がない」と発言。

どれほど足の具合が悪いのか、どれほど練習不足なのか、その状態で試合に出ることがどれほどリスキーなことなのか、本人(とスタッフ)でなければわからないことだが、棄権する選択をしない彼に、ファンは全員、心臓に負担をかけて祈るような気持ちだったろう。

ネットに詳しくない私が、どうにかライストを捜し、見るほうの心の準備もできないままにフリーの本番。

厳かにピアノのひんやりとした音色が流れ、彼が滑り出したとたん、硬質で透明で、とても強いものが動き出し、ぐんと加速するのが見えた。

そこからは、ごちゃごちゃと外国の言葉で埋め尽くされるライストの画面も、ざわめきも、なにも気にならずに見入ってしまった。

しんと静まった藍色の薄闇の中を、熱を放つ生き物が疾走していて、時折聞こえるブレードの音に、私の眼の奥の冬の樹々の尖った枝たちも共振するようだった。

眼はなにかをじっと見つめている。

思い定めた先にあるその核心は、無限を孕んだ点のように小さく凝縮しているがゆえに、なににも、少しも乱されないようだった。

顔は淡々とした表情のままだが、腕や肩、首、腰、指先まで、身体は自分のなすべきことを知っていて、未明と喪失の残響を、重く、あるいは鋭く、力強く奏でながら、一瞬一瞬を輝かしい奇跡に変えていった。

終わった瞬間、崩れ落ちた彼は、気を失ったのかと見えた。

それほど集中し、演技中は苦しいことを苦しいとさえ感じられない境地に入っていたのかと思えた。

追いつめられて、自身が呑み込まれてしまいそうな身体の闇に対峙させられながら、不安でたまらない場面で、どうしたら「無心」(あるいは「無我」というのだろうか)になることができるのか。

「身体を開く」とはどういうことなのか。

「気合」「自分を信じる」と、どんなに念じても、不安はぬぐえず、恐怖心はどこまでも追いかけてくるのではないだろうか。

「無心」、「無我」・・・どうしたら、ある状態を超えてそこに出られるのか、それは本人にしかわからない、言語化不可能のことだ。

繊細で大胆。こちらの息もとまりそうなほど張りつめた『月光』。

優勝、おめでとうございます。

シーズン最初の頃は、よくこんな難しい曲を選んだなあ、と思ったが、その頃聞いた同じ演奏者のピアノとは思えないほど、眼に見えるものとともに音も劇的に胸に迫ってきた。

Sdsc06612
Fading Rose (しおれゆくバラ、薔薇の散策、水彩、Pencil Drawing, Watercolor)

|

2019年2月 4日 (月)

私をナルシスティックな欲望の道具にする人

2月3日

私に共感してくださるかたは、どうか私の絵を見てください。お願いいたします。

私がずっとどんな仕事(絵、文章など)をしてきたか、知っていてくださるかたがいるということが、私を支えてくれます。

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/japanese-style-paintings-1-膠絵/

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/pencil-drawing-watercolor-painting-1-tulip-anemone/

私は緘黙気質で、自分を強く前面に押し出していける性質ではありません。過敏で緊張が強く、考えすぎ、躊躇、逡巡して悩む性格です。

私の絵や文章は、私の生きづらさから生まれているものだと思っています。

ほとんど孤絶して、苦しみながら生み出されいる絵だからこそ標的にされ、このように「知る人ぞ知る画家」と書かれて道具にされたと思うと、苦しくてたまりません。

「私のものを自分のものと思い込む人」では誤解を生むので、「私をナルシスティックな欲望の道具にする人」と言ったほうが、より正確かもしれません。

もちろん「私のもの」と書いたのは単に枯れ花を描くことではないです。

彼は最後のメールで「福山さんの枯れ花への独占欲のようなものが理解できない。怒りを感じる。」と書いて来ました。

これについては、私が意見を聞いた複数の第三者の誰もが、この世にたくさんある枯れた花を描いた絵の中で、彼の絵だけが著しく、私の描いた絵に似ている、と言ってくれました。

他人との差別化には必死になりながら、私の絵に「似すぎていると自覚している」絵を発表、販売して、自分が私に与えている苦しみは理解しない、という彼の思考の構造が、私には理解できかねます。

「収奪」とは、自分の欲望を満たすことが他者を苦しめることに直結している、それでも平気で自分優先でやる、という意味です。

・・・・・・・・

今、トラウマが蘇り、苦しんでいる(2010年~16年に苦しめられた)パクリストーカーNも、私を彼のナルシスティックな欲望の道具にしていたという意味では同じです。

Nにも会ったことはありません。2010年に彼から熱烈な長いメールをもらいました。

「画家として、人間として純粋に生きようとされている福山知佐子氏の強さと繊細さ」

「物事に鋭くて、異次元のような、知的な世界をお持ちの方」

「是非ともお会いしたいです!画家として、人間として、真の芸術家の空気に触れてみたいと思います」

「先生の花は狂おしくて、病的な筆致、緻密で繊細、妖しくも格調高く、優雅なエロティシズムに満ちています。なにより、植物への愛情、その純度の高さにただ敬服します。」

「福山さんの誰よりも純粋で、(多分、誰しもが理解、共有しえない)研ぎ澄まされた少女が持つような刃は、稀有だと思います」

けれどNは一度も、メールに書いてきたような言葉を、N自身のブログに私の名前とともに書いて、公にしたことはありません。彼のブログの読者には、私に惹かれていることを隠していました。

そのうちNは、私の書いた単語、言い回し、言葉の癖、好きな画家や愛読する作家、親密にさせていただいている芸術家の名前、好きな植物やものの名前までなにからなにまで真似てブログを書くようになりました。

彼に意味が理解できないだろう言葉や、読めるはずもないだろう作家の名前が目につくや、すぐに跳びついて写していました。

彼はあるがままのNとは似ても似つかない人に、ブログでなりすましているかのようでした。

言葉では語りがたいものをなんとか言葉にしようと、私が苦しんだ残余としての断片や言い回しが、何も考えていない彼に有頂天になる道具にされること、

私が自分に戒めている「自分が実感としてわからないことを、わかったように書かない」という自制の上での言葉が、

逆に、Nが知ったかぶりをして陶酔するために利用されていることが、気持ち悪くてたまりませんでした。

「現在を生き、常に事物(もの)の本質に迫り、また事物の深淵へと眼差しを向ける一人の画家のヴィジョンは、(いつまでも)私のヴィジョンにさえ、波紋のように静かな影響を与え、新たな風景を垣間見せてくれる契機となっていた。」

と、Nが私の名前をふせて書いているのを見て、私はぞっとしてしまいました。(実際の私は一度も本質主義など語ったことがないので、余計に気持ち悪いです。)

彼に、私の書く単語、固有名の後追いや、言い回し、言葉の癖などを真似するのをやめてください、と告げても、Nは私に言われている意味が理解できませんでした。

彼はすべて「無意識」で、ほぼ条件反射のように、夢中で真似ていたらしいのです。

いつのまにかNは、私よりはるかに偉い態度をとるようになっていました。

私は、話がまったく通じない相手にストーカーされている恐怖で心身ともに病みそうになりました。

Nは、自分が私のものを見て真似ている、という事実を認識できていなかった、と2016年に認めました(私への横柄で傲岸な態度は崩しませんでしたが)。

強く惹かれている相手のものをそっくり真似する人は、現実よりも、他人や自分に言い張っている嘘のほうを信じる、と私はNの経験から思いました。

|

2019年1月30日 (水)

激しい怒りの長い長いメールをもらった

1月30日

(私はPCしか持っていないのですが、スマホではサイドバーが見えないそうなので、今年から)署名として自分の絵のホームページを載せることにします。

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/pencil-drawing-watercolor-painting-1-tulip-anemone/

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/

・・・・

前回のブログに書いた事実について、若い学生画家は私に激怒し、

「返信しないつもりでしたがやっぱりこれを最後にします」という一方的に上から目線の、私に対する激しい怒りを、えんえんとぶつけてくる長い長いメールをよこした。

彼の自己正当化だけを書きまくって、これで終わり!「何を話し合うのか、会う目的がわからない」と言う。

美人画をやっていた彼が、急に私にそっくりな絵を描いているのに気づいて吐き気がするほどショックを受けた私の苦しみには、彼は一切興味がないそうだ。

私の苦しみには興味ないが、私の苦しみから生まれている絵の表面には、ついつい似すぎた絵を描いていまうほど利用しやすい道具として興味があるのか。

「福山さんの考えかたが好きでそれこそ『深層部に至るほど』の衝撃を受けました」と、彼はまた書いて来ているが、

私は、つきあいのある画家に対して相手が不快に思うレヴェルまで似ている絵は発表も販売もしない。

そんな失礼で、恥知らずなことはできない。それが私の「考えかた」であり、私の神経だ。

私は好きな作家に関しては、その人の名前と、作品のどんなところが好きかを、なるべく自分の言葉でブログ(公)に書くようにしている。

言葉に書くのが難しくても、その人の名を出して書くことが、その作品と作家が生き延びるチャンスであると思うからだ。

「他者」とは語り得ないものだが、それでもなお、相手の作家の名を出して、語り尽くせないものに対して言葉を尽くそうと努力することが、「他者」からの「贈り物」に対する「礼」ではないかと私は思う。

彼は私の絵も「考え方」も好きだといいながら、私の気持ち、作品の命を尊重する気はまったくないと言う。そういう感覚が私にはまったく理解できない。

SNSに対して無知でよくわからなかったから私の名前をふせたと彼は言うが、今までいくらでも私にメールで話しかけて相談してくれるチャンスはあったが、彼はやらなかった。

彼はどこまでも「無意識に」利己的で、狡くて、自己正当化しか考えていない。

彼は私とは全く逆の考えかた、感じ方をする人間だ。彼は私だったらとても恥ずかしくて言えない言葉を平気で吐き、私が激しく痛みを感じるところでなんにも感じない。

「枯れ花を描き始めた時点に関しては福山さんの影響ではない」、

「僕は福山さんの絵が好きでしたが、僕の絵とは関係のないことです」、

「悩んでいるといったのは福山さんを心配してではなく今の自分の絵が福山さんの絵に似た雰囲気を醸し出していることについてです。そもそもそういう意味で書いたつもりです」

「福山さんの考えかたが好きでそれこそ『深層部に至るほど』の衝撃を受けましたがそれに己を重ねるつもりはなくその画家としての姿勢を学ぶ気はありません」

「真似と言われる筋合いもありません。これが収奪だとも思えません。」

「ナルシズムへの転換も何もそんなものはありません」

「あれは絵が良かったというよりは「藝大」という学校名とその値段の手軽さで売れたのです」

「無意識に似たとはいえ苦労してつくったものに違和感や恥を感じる意味がわかりません」

「そもそも人物を描くことに自分の何か重要な要素を感じることもありませんし、合わなかったからまた植物に戻っただけのことです」

「福山さんは途中からの要素でありそもそもの『枯れ花を描く』を作ったのは自分です」

「枯れ花は」「僕が一浪の時」、「もう2年以上前のこと」「受験対策用に家でこそこそやっていました。」「ですから枯れ花を描くのをやめる気はありません。」

「時間を掛けて自力で道を切り開いてきました。その程度の努力はできる人間であるつもりです。」

はあ?道理もつじつまも、私にはよく理解できないのですが。

二十歳そこそこで、こんな姑息なやりかたをしながら「人の心に何か少しでも揺さぶりをかけることができたらと思って絵をかいています」と言われても・・・。

確かに私が嫌悪感で激しく動揺するほど、あなたは人の心に揺さぶりをかけることに成功していますよ、としか言えない。

この件について、第3者に判断を委ねるつもりだ。

・・・

この400字詰め原稿用紙何十枚もある長い長い「絶対に自分は悪くない」という激昂メールも、まるで、以前はりつかれたN・Sというパクリストーカーのデジャブだ。

もちろん、今回と前回はあらゆる点が異なるが、しかし「福山さんに言われる筋合いはない」というようなセリフまでそっくり同じだ。

まったく共感能力がない異常性を感じる。

|

2019年1月29日 (火)

「影響」と「真似」の違い、わたしのものを自分のもののように思い込む人

1月28日

(スマホではサイドバーが見えないそうなので、今年から)署名として自分の絵のホームページを載せることにします。

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/pencil-drawing-watercolor-painting-1-tulip-anemone/

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/

・・・

新年から酷く苦しんでいる。

最近になって急に、私の名をふせて私の枯れ花の絵に「近すぎている絵」を描いている二十歳くらいの若い画家のことだ。

私は、自分のブログに「ナルシズムのための他者からの収奪ほど、私が嫌悪するものはない」と繰り返し書いてきたつもりだ.。

なのにどうして、私のブログや絵をずっと見ていて、私に共感して「いいね」やリツイートをしてくれている人から、私がもっとも傷つく「収奪」をされなければならないのだろう。

彼は昨年4月の私の絵の展示にも、私が在廊していない時に来て、長いこと見ていたという。

どうして、(数少ない)私の味方かと信じて気を許していた人に、平気で私のもっとも大切なものを侵害されるのだろう。

私に「深く影響を受けた」なら、私の書いている言葉の意が理解できるなら、私から「収奪」だけは絶対やらないはずなのだが。

・・・

2、3年前の彼が浪人中から、お互いフォローしていた。自分と同じ日本画科を目指して頑張っている人と思い、また彼が私と同じに父親のことで苦しんでいるツイートを知って、心情的にとても応援していた。

彼は私の記事を何度も「いいね」やリツイートしている。私もたくさん「いいね」している。

しかし彼がやっていたのは「鍵付き」のツイッターだ。

彼が東京芸大日本画科に入学したと知った時には「おめでとうございます」とDMを送った。その時にメールで話した。

つい最近、とても久しぶりにツイッターにログインし、彼の「鍵つき」ツイッターの中身をふと見たら、

私の枯れ花の絵によく似た(友人、知人に見てもらっても「ちょっと似すぎている」と言われた)彼の絵(私はぎょっとした)と、

「以前は美人画を描くと言ってたのに、今植物ばかり描いている。

あるときふと見かけた存在(画家)に心の深層部に至るほど深く影響を受けて」(1月15日)

という彼の言葉を見つけた。

彼とは昨年5月にメールで会話したきりだ。その時、彼は美人画(人物画)をがんばっていたはずだ。

最後は私から出したメールに、彼が返信をくれなかったのでメールはとだえていた。

今の彼が私に「似すぎている」枯れ花の絵を描いていることに驚きすぎて、さんざん悩んだ末、私は彼に質問のメールを出した。

そのメールの返事で彼は、その「心の深層部に至るほど深く影響を受け」た「画家」とは私のことだと認めた。

彼は、彼の描いた枯れた花の絵を「完全に自分が1から創り出したものとは思えない」とまで言ってきた。

絵の「表面」だけをそっくりに類似させることは「影響」ではなく、もっとも安易な「真似」だ。

たとえば私が「師、毛利武彦の影響を受けた」と言う場合、それは師の生き方の姿勢を、不可能に決まっているが、少しでも真似ていきたいという意思のことであり、毛利先生自身が喜んでくださるような実践だけだ。

私本人がもっとも嫌がることをやりながら「深く影響を受け」などと、私の名前をふせて書かれていることは、気持ち悪い以外のなにものでもない。

いくらモダニズムの批評では「作品」と「作家」は別のものとして考えられる、と言っても、私にとって、私の表現は私の血と肉そのものだ。

「誓って盗作しようとしたわけでは無い」と言うが、描いている途中で、私の作風にあまりに似ていると本人が「自覚している」と言いながら発表、販売しているのはどういうことなのだろう。

私の絵を以前から知っていて、関心を持って見ていて、私の絵の展示も見に来ている以上、結果として著しく類似していることに「偶然の類似」は通らない。「意識」も「無意識」も同義だ。

「パクリをする気ではない証拠」に、彼は周囲の人に私のことを話している、と平気で言うのだが、公(鍵のかかっていないSNSなど)に、私自身が見られるかたちで、私の名前と彼の言葉を書いていないかぎり、私にとっては何の証拠にもならないことだ。

そして彼の作品を見る人、買う人に、いちいち私の名前を出していたわけがあるはずもなく、買った人にとって、彼の絵が私のような無名画家に類似していようがいまいが、興味のないことなのだ。

そこにあるのは「私の絵によく類似した表面」という事実だけだが、その絵は、まるで私の私秘的な苦しみの体験を「悶絶するそぶり」だけで真似られているような、私にとってはぎょっとするものだった。

ずっと「美人画」をやりたくて素朴な人物画を描いていた二十歳そこそこの男子学生の絵には、とても見えない。 その絵は 急に別人のように見える。

私が描いたものだと言っても、私の絵を知っている人に、おそらく通るだろう。

なんともやりきれない。

彼は自分の個性が確立できないことを「悩んでいる」だけで、作家としての私を自分がどれほど傷つけているかわかって、そのことを「悩んでいる」のではない。

私のメールへの返信も「連絡しにくい」からしなかったと言う。それなのに私の絵とそっくりな絵を描いて発表することは「しやすかった」から夢中でやったのか。

「福山さんの絵に似すぎていることをはっきり自覚しており」「いわゆる「パクリ」で絵を描いていくつもりは無い」と彼は言っているが、その絵が売れて、とても喜んでいる。

その事実に私は強い「違和感」を覚える。

本来の自分が描いてきた人物画ではなく、私の「絵に似すぎ」の絵が売れたことに、微塵の「違和感」も恥も感じずに有頂天になるのなら、私の苦しみから生まれ出ているものにそっくりのものが、もう既に自分独自のものと区別がつかなくなっているということではないのか。

「人物を描く中で徐々に違和感を感じ」、「他の方向性を求め、植物を描き始めた」と言うが、彼の言う「違和感」は、本当の批判精神や内省から出ていることばではなく、自分が高く評価されない時に感じる不全感ではないのだろうか。

人の絵に「似すぎていると自覚している絵」でも、他人に高く評価されてしまえば、これこそが自分の生きる道、だと有頂天になってしまうのかもしれない。

彼のやっていることすべてが、ほとんど無意識に、気持ちよくなる方向にずるずる流れていて、自分に都合よく歪んでいる。

認識したくないことを認識しない、楽しいことだけしたい、相手の苦しみは想像しない。

どうして本人から何も言ってきてくれないのだろう、とさんざん悩んでこちらからメールしたのだが、彼は、私がそっくりな絵を描かれることを、酷く嫌がっているということをわかりたくないようだ。

そんなことがわからない彼が、私から「深い影響を受けた」と言い、「弱さ」を主題にしようとしていることは、転倒以外の何ものでもないのではないか。

その「弱さ」は決して「傷つきやすさ」「過敏さ」ではなくて、「鈍さ」「狡さ」ではないのか。

自分の「弱さ」と「不安」に向き合わないで、私のエピゴーネンをやることが作家としての自立を模索する道なのでしょうか?

私が長年、困難に耐えながらやってきたものの真似で、偽りの自己実現をすれば、不安も緊張もなく、自分がすごい個性を持っているような気になり、気分が高揚することでしょう。

こんなことをやるために、苦労して親や教師の反対を押し切ってまで東京芸大に入ったのですか?

芸大に入学したばかりで、二十歳そこそこで、なんでも自由に試せる時期に、もうこんな姑息なことをするのか。

芸大には真似すべき人がたくさんいるでしょうに。私を標的にするなんてやめてほしい。

・・・

私が安易に収奪、侵害の標的にされるのは、私が無名だからだろう。

彼は「“知る人ぞ知る”イメージ。自分の求める緻密さがそこにあっったから。」と私の名前をふせて書いている。ぞっとする。

私がほとんど誰からも知られない「知る人ぞ知る」作家だから、安心して私の絵を自分の特別な秘密のように感じ、私に同一化したように似すぎた絵を描いてしまう。

そして自分が周囲の人とは異なる強烈な世界を持っているように思い込んで、気持ちよくなるのだと思う。

私の苦しみや困難から生まれているものが、相手のナルシズムに転化されるのが気持ち悪くてたまらない。

セクハラの構造と、ものすごくよく似ている。「惹かれる」「興味がある」と言って蹂躙するのは痴漢や強姦と同じだ。

私の絵を「好き」で、作家として認めてくれるならば、余計に相手に触れないように、気をつけて距離を保つべきなのに。

私はMeTooの酷く辛いセクハラ経験が山ほどある。けれど作品に関する蹂躙は、私にとってセクシャルハラスメントよりもずっとずっと辛い。

・・・

自分の実情に「違和感を感じ」、それから「福山さんに深い影響を受け」、この二つ言葉が出てきたらもう、デジャブで、背筋が怖気だつ。

「無意識に」「悪気はない」と言いながら「私の名前をふせて」自分のもののように発表され、勝手に同一化されて侵害された体験、そのトラウマがよみがえり、不安と嫌悪感で心臓がばくばく言い出す。

かつて私はN・Sという年下男性のパクリストーカーに数年はりつかれてなにもかもうっとりとパクられ、まとわりつかれるような嫌悪感で、心身ともに滅茶苦茶になりそうなくらいに悩まされたことがある。

また同じ悪夢のような被害が繰り返されている。

私の絵やブログに惹かれながら、私の名前を、決して自分の記事に書かないことが同じ。

元の作家(私)に対して、真似した「彼」のほうが偉そうに激怒してきているのも同じだ。

以前の時は文章そのほかのパクリ(N・Sには基本的な画力がなかったから、私の絵をそっくり真似ても似ていないものになっていた)、

しかし今回は、私の命の「絵」が真似されているのだ。

私の苦痛とやりきれなさは前回の比ではない。

|

2019年1月26日 (土)

鵜飼哲さんと打ち合わせ、現代の美術について

1月15日

次の本の打ち合わせで鵜飼哲さんと会う。

9月にイタリアに行って来た話をした。

オルヴィエトで、古代の井戸を訪れたときの話。入場料を払って、暗く深い井戸の底へと続く螺旋階段を降りていくのだが、階段の壁には、その町の画家とおぼしき現代作家の油絵が飾られていた。古い井戸の古色の肌合いを見るために中に入ったのに、すごく嫌だった、と言ったら、

鵜飼さんは「ヨーロッパのパブリックアートは日本よりもっとやりかたがまずいかもしれない。林の中に李禹煥(リ・ウーファン)があるとかならいいけど。」と言った。

こういう時に咄嗟に言葉が出なくて、私は帰宅してから悶々としてしまう。

私は林の中で李禹煥なんか見たくない。私は、林であれば、たぶんどんな林でも、細部まで一日中飽きずに楽しむことができる。しかし、だからこそ、せっかくの林の中で李禹煥の作品と鉢合わせしてしまったら、それが邪魔で、そうとうイライラするだろう。

どんな主体にとっての存在の無意味や意味なのか。

小難しい理論がなければ自然や、そこにある様々なものの細部に触れられないと思っている人にとってだけ、「もの派」は意味があるのだろうか。私には逆に、ただ自分の感覚の伸びやかな運動の邪魔になるだけだ。

古代の井戸だろうが、林だろうが、街中だろうが、私は見たくもないアートに出くわすのが嫌いだ。それらを見たいと思う人といっしょに、その「表現の自由」に似つかわしい、どこか狭い空間に閉じ込めておいてほしいと思う。

イタリアでは丘の上の廃墟を見た。あまりにも魅惑的な空間だった。私は廃墟でない人工物、アートが嫌いなのだ。

話の流れで、鵜飼さんの口にのぼった地方の女性画家の名を、帰宅してから検索した。某美大の学長にまでのぼりつめたというその画家の絵を見て、また嫌悪感で気持ち悪くなった。

美術史の中に組み込まれているものの中にも、好きな作家と、そうでない作家がいるが、なにも考えないでただ乏しい感性と惰性でやっていて、なぜか現在、権力を得ている人もさらに気持ち悪い。

私は嫌悪感を感じる作品を見ると、強い抑圧を受ける。その作品の向こうから襲いかかってくる鈍いもの、それを作った作家の病的な自己顕示欲に、窒息させられるような感覚に陥るのだ。

1月19日

2年ほど受けていなかった健康診断を受ける。

血液検査の結果は4週後。機器で測る骨年齢はC (平均)。血管年齢と肌年齢はA(平均マイナス13歳)だった。

思ったより良い結果だったのは、イタリアのチナミさんからいただいた早摘みオリーブオイルのおかげかな、と感謝。

終わってから中野に出て、ひとり天ぷらを食べた。検査のために絶食していて、とてもおなかがすいて寒かったので少々熱燗を飲んだ。

その後、肌触りがよくて余計な柄や飾りのない手袋をさがして街を歩いた。

グレーの無地のお気に入りの手袋を片方失くしたようなので、チクチクしないで温かい手袋が欲しかったが、見つからなかった。

ブロードウェイの地下は昔からほとんど変わらない闇市風というのか、アメ横みたいだ。もう松の内が過ぎてだいぶ経つのに、「初売り」という呼び込みで魚屋が賑わっていた。

8色ソフトクリームの店は1966年のブロードウェイ開業当時からやっているらしい。

・・

帰宅してから疲れて眠ってしまい、夜、起きたら鈴木創士さんから原稿が送られて来ていた。

『あんちりおん3』の時にも、締め切りにぴたりと合わせて原稿を送ってくださったのは鈴木創士さんだけだ。胸が痛くなる。

鈴木創士さんも「現代美術にはうんざり」と言う。彼にそう言われることで励まされる。

|

2018年12月29日 (土)

猫の絵、枯れたアネモネ

12月29日

年の暮れは嫌いだ。とても働き者だった元気な頃の母と祖母を思い出して、胸が苦しくなるから。

おせちは味が濃すぎておいしくないし、初詣も人が多くて疲れるので私は好きではなかったが、母や祖母の楽しそうな顔を見ることだけが嬉しかったのだと思う。

大きな鍋にいっぱいの煮物をつくっていた祖母の姿や、母と正月に飾る花を買いに行った時のことばかり思い出してしまう。

しゃれた高級な食べ物に私自身は興味がないが、華やかに飾られているスーパーに行けば、あれもこれも、母が今まで食べたことのないおいしいものを、食べさせてあげたかった、と涙が出てしまうから。とても辛いので年末とお正月は嫌い。

・・・

猫の絵。

赤ちゃんの頃のちゅび。

Sdsc04603
(Cat drawing, dessin)
Sdsc04607
生後3か月目の時のちゅび。運動能力抜群のやんちゃっ子。
Sdsc04611

現在に比べるとずいぶん細かったちゅび。
Sdsc04614

禿げていた毛も生えそろい、日ごとにたくましくなってきたチョビ。毛の質はちゅびと違って柔らかくベルベットのよう。薄茶の縞のしっぽだけが長毛。
Sdsc04906

ちゅびとチョビ、プフ。対面して3日目にはお互いをなめてあげるほど仲良しになった。特にちゅびとチョビはオス同士なのに、じゃれあいのボカスカはするがまったくいがみ合わず、お互い優しいのに驚いた。
Sdsc04911

大きいちゅびにのっかるプフ。恋人同士のような(実は4つ子のうちの別々の日に落ちていた2匹)プフとチョビ。
Sdsc04913

去年のすっかり乾いたアネモネ(冷蔵庫に保存していた)。
Sdsc04916
(dead and dried anemones, watercolor painting)

|

2018年12月22日 (土)

猫の絵、動物の犠牲について、デリダ

12月22日

猫の絵(Cat drawing, Dessin)

わずか100gちょっとで拾われた日のチョビ。初めて病院に行った日(135g)のチョビ。

Sdsc04593

Sdsc04596
小さな犬のぬいぐるみだけに甘えていたチョビ。
Sdsc04597

真菌によってしっぽ、手足、首の毛がはげたチョビ。特にしっぽが真っ赤で痛々しかった。
Sdsc04591

ひとりぼっちではなくなったチョビとプフ。
Sdsc04600

「〈殺すなかれ〉は、ユダヤ・キリスト教の伝統のなかでは、また明らかにレヴィナスによっても、〈生物一般を死なせてはならない〉という意味で解釈されたことは一度もない」。

「人間主義を超えて」存在の思考を推し進めたはずのハイデガーも、犠牲(サクリファイス)のエコノミーを問いなおすことはできなかった。

ハイデガーでもレヴィナスでも、「主体」とは、「犠牲が可能であり、生命一般の侵害が禁じられていない世界における、ただ人間の生命に対する、隣人である他者の、現存在としての他者の生命に対する侵害だけが禁じられている世界における人間なのだ」

(「〈正しく食べなくてはならない〉あるいは主体の計算――ジャン=リュック・ナンシーとの対話」)。

こうしてデリダが、ユダヤ=キリスト教も含めて、西洋形而上学の「肉食=男根ロゴス中心主義」を問題化する。

それは、現代の動物実験、生物学実験に至るまで、「肉食的犠牲が主体性の構造にとって本質的である」ような世界である。

いまからほど遠くない過去に、「われわれ人間」が「われわれ成人の、男性の、白人の、肉食の、供犠をなしうるヨーロッパ人」を意味した時代もあった(『法の力』)。

(高橋哲哉『デリダ――脱構築』(講談社)より引用)

・・・

「 問題は(略)動物が思考すること、推論すること、話すこと等々ができるかどうかではない。(略)先決的かつ決定的な問いは、動物が、苦しむことができるかどうかであるだろう。《Can they suffer?》

この問いは、ある種の受動性によっておのれを不安にする。それは証言する、それはすでに、顕わにしている、問いとして、ある受動可能性への、ある情念=受苦(passion)、ある非‐力能への証言的応答を。「できる」(can)という語は、ここで、《Can they suffer?》と言われるやいなや、たちまち意味および正負の符号を変えてしまう。

「それらは苦しむことができるか?」と問うことは、「それらはできないことができるか?」と問うことに帰着する。

(略)苦しむことができることはもはや力能ではない。それは力能なき可能性、不可能なものの可能性なのである。われわれが動物たちと分有している有限性を思考するもっとも根底的な仕方として、生の有限性そのものに、共苦(compassion)の経験に属する可死性は宿っているのである、この非‐力能の可能性を、この不可能性の可能性を、この可傷性の不安およびこの不安の可傷性を、分有する可能性に属する可死性は。」

(ジャック・デリダ『動物を追う、ゆえに私は(動物)である』(鵜飼哲訳、筑摩書房)より引用)

|

2018年10月30日 (火)

ちゅびとチョビとプフの記録 / 素晴らしい夕焼け

10月30日

次に出す本の編集、ゲラの修正。

ちかちかと明滅して暗闇に消えていく命。

一瞬と一瞬の錯綜する重なりあい、淡くて脆くて気まぐれで激しい記憶。自分もそのなかのひとつでしかない。

弱くて儚くて、誰もかえりみない小さなものの命ほど、愛おしく守りたく思う。

誰も興味を持たないが私は美しいと思ったもの、人間の自己愛からの妄想(自分に都合よく粉飾した世界)ではなく、「自分の外に在る」命の姿を見つめていきたい。

そのための本。

・・・・・

きょうのちゅび。

Sdsc00697_2

きょうのチョビとプフ。

きのうはお互い警戒してウー、シャーッと威嚇し合っていたが、一晩寝たら今朝からは距離がぐっと縮まり、興味を持って触れ合い、遊びだした。

きょうは「ウー」と怒っているのはチョビのほうだけ。プフは威嚇していない。

自分よりずっとからだの大きいプフがどこにでもくっついて来て、マネしてくるのでチョビがちょっと警戒して怒っている。

チョビがトイレでうんこしようと紙砂を掘っている時も、プフが一緒にトイレに入ってくるのでチョビは怒っていた(誰にも邪魔されずにひとりで集中したい時間だよね)。

かまって、かまって、とチョビにくっついてくるプフ。

「えいっ!」「ウッ、やられた。」

Sdsc02084

「お返しだ!」「ウッ。。」(のけぞるプフ。)
Sdsc02089_2

「それならこうだ!」「ワッ!」
Sdsc02093

ツッパリ同士の握手のような光景(逆光)。
Dsc02096_2


パイルヘアゴムを結んだ紐に夢中でじゃれるプフをじっと物陰で見つめるチョビ。Sdsc02133_2

プフが紐のほうに夢中になっている時にダッと後ろから襲いかかってバシッとパンチをしては、さっと逃げてまた物陰に隠れるチョビ。
Sdsc02134

チョビはこの戦法を何度もやっていた。まるで自分よりずっと大きい相手を爽快に打ちのめすツッパリのギャグまんがの主人公のように、狡い頓智を生み出したチョビ(おりこうさん)。

チョビが大好きなペンギン(チョビが生後一週で拾われた時から与えられているお気に入り)のぬいぐるみで遊んでいるのをじ~っと見ているプフ。
Sdsc02170

じ~っと見ていたけど、相手にしてくれないなら「ええい!」と襲うプフ。
Sdsc02171

なんで邪魔するの~?!も~!。。
Sdsc02182

チョビのペンギンのぬいぐるみを奪い取って大事に抱きかかえるプフ。
Sdsc02184

結局、チョビに相手にしてもらいたいだけのプフ。
Sdsc02186

窓辺の眩しい光の中でうっとり。
Sdsc02212

幸せ。
Sdsc02213

きょうは素晴らしい夕焼けだった。

Sdsc02228_2

金色、枇杷色、銀鼠から少しずつ薔薇色と紫に変わっていく雲を、ずっと12階の非常階段から見ていた。
Sdsc02237_2_2

紺色の空に淡い薔薇が散っていた。
Sdsc02241_2

ふわふわと風に浮かんで蒸発していくうたかたの薔薇。

Sdsc02242_2

Sdsc02246_2

最後は柿色の地平線に沿って、紫鼠色の雲が長く伸びる。納戸色の空。
Sdsc02252



|

より以前の記事一覧