絵画

2025年12月 5日 (金)

ギャラリー十二社ハイデでのデッサン教室・「絵」の話

ギャラリー十二社ハイデのデッサン教室

12月は、6日(土)17時~と20日(土)17時~ 各2時間となります。

参加ご希望のかたはギャラリー十二社ハイデのHPの問い合わせからメールください。

11月29日(土)

ギャラリー十二社ハイデでのデッサン教室。

新宿西口中央公園の木々の色づき。後ろに都庁が見えます。
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かわいいかたちの十二社熊野神社前交番。ギャラリー十二社ハイデでは、ここから徒歩3分くらいのところです。

今日初めて参加のK君には自分の手を描いてもらった。
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K君は美大生なのでちゃんと描ける人なのだが、余計な塗りを入れないで、必要最小限のかたちのかわり目のタッチと

繊細な骨格、皮膚の立体感に添った皺だけで人の手の感じを出すように描いてもらいました。

微妙なニュアンス、生命的な皮膚感を大事にしたい。

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I君はケイトウ(鶏頭)。この花は柔らかくてギザギザもこもこした質感を2Bの鉛筆でガシガシ描いてもらった。

垂れ下がったフリルの曲線部分と光っているエッジ、暗い穴のような部分を強調して描きます。

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アケミさんには薔薇を描いてもらった。

この薔薇には花弁とも葉とも判別できない緑色の筋のあるものがついていた。

私はそういう畸形の花に巡り合えると幸運と思う。

私は花屋でそういう変形の花を選んで買う。

そういう奇妙で独特な部分を持っているのが、花の真実だから。

そういうところに面白さや美しさを感じるから。

アケミさんは「ええ!?そうなの?そういう畸形がない花を選んで描くのかと思ってた」と。

花のどういうところに「美しさ」や「それらしさ」を感じるかは非常に微妙なところだが、そこに画家の体質や神経が出るのではないだろうか。

アケミさんが別の絵画教室で、ビニールやプラスチックでできた果物や造花をモチーフに描いていたと聞いて愕然としたが、

工業製品の造花には畸形や個体の個性が無い。

一般になんとなくそれっぽく見える単純化した記号を造形化したものを描いて、それで満足できるのは、本物を見てもその程度の絵しか描けないからなのだろう。

「現代アート」の行為として、あえて造花を描く、という意図ががはっきりしているのなら理解できるが、そうでなくてそんなモチーフを出されたら、私なら爆発してしまうだろう。

・・

終わってからK君と新宿駅方面へ歩き、絵の話をした。道沿いの樹々に年末恒例のネオンがキラキラしている。

それから西口のカフェで9時半まで話した。

K君もいろいろ悩んでいるみたいだ。

「自分が本当にやりたいことを追求していったとしても、他者に認められなければ、自分が本当にやりたいことはなんなのかもわからなくなってきてしまう」と言ったら

K君は「そのとおりです」と言った。

自分の悩みや苦しみを表現しても、それは「自己表現」にしかならず「表現」未満だ。

絵画は絵画として成り立たなければならない。

そして「芸術」である「絵画」には、必ず「問いかけ」が存在している。

美大時代、私は決して楽しい学生生活ではなかった。

入学してすぐに、とんでもないところに来てしまったと思った。

純粋に信じて絵に打ちこめた予備校(高3)時代が懐かしかった。

私の場合は絵の世界の構造のようなものが見えてしまったから。

そんな業界に自分が入ってやっていけるはずもないと思ったし、今でも18歳の時のその直観は正しかったと思っている。

美大なんかに入ったら悩むのは当たり前だろう。

自分が絵になんの(どういう)価値があるのか、絵なんか描いていていいのか、

そもそも「絵を描く」ということがどういうことなのか、

それを考えないで、ただ楽しく描いている人の絵は、たぶん絵未満なのだと思う。

恩師、毛利武彦は、絵になっていないものを「見るべきところがない」と言った。

若林奮先生は「絵になっているか、なっていないか。あなたのは絵になっています」と言った。

今の私には、ほぼ明晰にそれが見えていると思う。

若い頃からよく「絵が好きなら○○も好きでしょう」とか「絵が好きなら○○を見に行くといいよ」などと人に言われて戸惑った経験があるが、

本当に絵が好きならば、絵未満のものに全く興味がないし、むしろストレスになるのだ。

真っ赤なポリの造花を「素敵でしょう?」と言われているのを同じく、絵のまがいものを見ることはストレスになる。

アートフェアに行った時、作者の名前を見ないで、作品に強く惹かれたものだけ、その近くに行って名前を確認すると、すべてもう亡くなっている画家だった。

その作家の世に知られている画風でないものもあったが、燦然と、絵として存在してた。

具象、抽象、コラージュに関わらず歴然としていた。

そして私がすごい画家だと認める人たちは、全員、その人独特の詩的言語もすごいということ。

私の感覚では、その人の言葉を読んだ(聞いた)時点で、どの程度の絵を描く人なのか知れてしまう。

言葉がばからしいと感じた人の絵は、やはり絵未満でしかない。

「絵」を描くということは全身の運動であり、総合芸術だということ。

すごい絵を描ける人はすごい詩的文章を書けるし、詩的映像や写真も撮れるし、すべてに対して慧眼でありラジカルである、と私は思っている。

すごい絵には哲学的な「問いかけ」がある。

たぶん私が志向しているのはとうにこの世に存在しない「芸術家」というもので、私は結局そういう人にしか興味を惹かれないのだ。

 

 

 

 

 

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2025年11月25日 (火)

『デッサンの基本』40刷のお祝い

11月の次の(最後の)ギャラリー十二社ハイデでのデッサン教室は、20日土曜日の17時からです。

新規に参加ご希望の方はHPの問い合わせからメッセージください。

11月20日(木)

『デッサンの基本』ナツメ社 40刷となりました。

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ナツメ社の編集長のS.Aさんが40刷のお祝いをしてくださった。

『デッサンの基本』は2009年に出版されて、もう16年目となり、実用書でここまでロングセラーのものは非常に珍しいということです。

この本を作るのに、確か9か月くらいかかったと記憶している。

人物デッサンのモデルを探すのに、自分が描きたいと思える人を求めて3か月くらい街で人を見ていた。

私はなにに対しても、自分の感覚に合わないと気持ちがはいらないし、努力してできることはすべてやりたい性格なので、詩的な雰囲気のある人をずっと探していた。

人物であれ、植物であれ、「どこに惹かれているのか」「何を感じて描くのか」がなければ、ただコピーするのではデッサンにはならない。

個人の眼を、身体を通って、手仕事としてあらわれてくるものでなければ。

ここまでITが発達した時代に、人々は情報を得ることで、それを「知っている」と勘違いしてしまう。

しかしそれはどこまでも情報であって、自分の身体を通した経験とは程遠いものです。

一輪の花を手にとってよくよく見れば、雄蕊、雌蕊のかたち、花びらの折れ、ねじれ、茎が真っすぐではなく葉の柄のついているところでじぐざぐに曲がっていること、葉の柄のついている反対側から小さな葉が出ていることなど、初めて気づくことが多いはずです。

その微妙なニュアンス、柔らかくて儚い生命の不思議を感じて描けば「絵」になります。

いわゆる「現代アート」をやっている人は、設計図をかくがデッサンはやらないようだ。

私はこの時代だからこそ、自分の外にある生命に寄りそう(生命のありかたを発見する)デッサンが重要だと考えています。

江戸時代の素描き、江戸末期に日本に西洋の水彩画が入って来てからのデッサン、油画の黎明期の明治時代のデッサン、エランヴィタール(生命の跳躍)が溢れる大正時代のデッサン、

それから日本以外の国の昔の画家のデッサン、さまざまなとらえかた、やりかたのデッサンを見ると、昔の人の身体感覚はすごい、ほんとうに素晴らしいと思う。

正直、私にとってはいわゆる現代アートを見るよりずっとずっと興味深い。

私は「デッサン」を「本画」より下のもの、あるいは「現代アートに必要ないもの」とは考えていません。

また、私自身の絵を「日本画」あるいは「現代日本画」と呼ばれることには苦痛を感じます。

それは、そもそも「日本画」という言葉のなりたちが戦争と国威発揚に直結したもので、それを疑問なく受け入れることに抵抗があるからです。

自分の絵は「現代絵画」でありたい。

大きなくくりでは「現代アート」だと思っているが、若林奮先生が言っていたように「現代美術」ということばのほうがしっくりくる。

・・・

編集長のS.Aさんにお聞きしたが、私がこの『デッサンの基本』を作った時に担当編集だったS藤さん(5年前、コロナの時に退職されたのでお会いすることも叶わなかった)は山登りが趣味だったそうだ。

ひとりで会社帰りに山に行って縦走したり、夜通し走ったりされていたそうだ。

気さくなだけではなくて、そんな屈強な心身の持ち主だったのか、と感動してしまった。

S藤さんは増刷になるたびにメールをくれて、一緒にとても喜んでくれた。Sさんがいたら40刷を一緒に喜びたかった。

40刷になったこと、皆さんに感謝していることを編集長からお伝えしていただき、S藤さんが満面の笑顔で山頂に立っている画像をいただいた。

想像した以上に朗らかで突き抜けているお顔。

・・

生まれてまれて初めての京懐石ランチ。

先付:長芋羹 蟹餡 オクラ 山葵 花穂

お凌ぎ:飯蒸し 松の実

遠肴:聖護院かぶら 鯛 京菊菜 柚子

向付:本日のお魚 お刺身

八寸:甘海老酒盗漬け 栗ワイン煮 蟹湯葉巻き揚げ 蒸し安納芋 銀杏 蓮根チップス

煮物椀:蟹茶巾蒸 松茸 法蓮草 柚子

揚げ物:金目鯛 舞茸 青

食事:秋しらすご飯 青のり

汁・香の物

菓子・抹茶

 

 

 

 

 

 

 

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2025年11月16日 (日)

デッサン教室・造花では無理

2025年年11月のデッサン教室は、あと22日(土)と29日(土)の17時からの2回となります。

参加したいかたはHPからメールください。

11月13日(木)

阿佐ヶ谷区民センターでのデッサン教室。

今日、薔薇の花を描きたいから持ってくるとTさんが言っていたので、楽しみにしていたのだが。

遅れて来たTさんが持ってきたのは、なんと本物とは似ても似つかない真っ赤なポリエステルと緑のビニルでできた造花の花束だったので、驚きすぎて言葉に詰まった。

しかもなんの味わいもない安い茶色の壺まで、わざわざ買ったのだという。

「造花ではデッサンできません!いんちきなものではできません!」と声を荒げてはいけないとトーンを抑えて言ったが、内心、かなりイラっときてしまった。

なんでそんな不快なものをわざわざ描きたがるのだろう?

「私がモチーフを探してきます」と言って外に出て、寒い遊歩道を歩きつつ、熱くなった頭を冷ました。

Tさんは何十年も油絵をやってきているが、Tさんの眼に映る薔薇は、安物の造花と区別がつかないのだろう。

実際に、Tさんが家で描いたと見せてくれた薔薇や百合の絵も、安物の造花と区別がつかない。

かたちは雑で色はショッキングピンクで微妙なニュアンスも細部もない。

つまり生命を持った花に見えない。

歪んでいようが濁っていようが魅力的に描けていれば、その人がなにに惹かれて描いたのかが伝われば、良い絵になっているはずなのだが。

Tさんは「薔薇の描き方を教えてもらおうと思って」造花を買って来た、という。

人に絵を教えるようになってわかってきたことは、絵を描くのが好きだと言っている人であっても、そこに在るものが見えて(在るものに感じて)いる人はほとんどいないということだ。

本当は、生きている花から造花のいんちきさを引いた、残余のエッセンス、その香りや生々しさ、儚さを描ければ、輪郭なんてとる必要もないのだけれど。

それは高度で不可能に近いから、まずは薔薇の中心がきゅっと固く巻いて、それが外に向かってしどけなくほどける感じや、

花弁の根元は淡いクリーム色でそこから紅色が滲む様子や、一枚一枚違う花弁の皺や亀裂のニュアンス、

規則性があるようで変則的な個々のかたち、柄のついている部分の托葉、左右非対称な棘などをていねいに見て描くのだ。

遊歩道で拾った桜の今が盛りの紅葉を10枚ほど持ち帰って、それを描いてもらった。

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いつもどおり、Tさんの根気が続かずに私に手を入れてもらいたがるので、ほとんど私の絵になってしまうのだけど。

色はあっさり薄めにした。

葉のめくれ上がった部分と、縁のギザギザ(きょ歯)、黒く枯れた部分や虫くい部分を丁寧に描くのがポイント。

よく見ると葉の根元にふたつ、むかごのような小さな球がついている。

アケミさんとTさんは別の絵画教室に何年も通っているが、そこの先生はモチーフ用にたくさんのプラスチックの果物や花を用意していて、それを描かせるのだそうだ。

ちょっと私にはなにが楽しいのか、なにがしたいのか理解できない。

石膏なら光と影を見るのによい。ガラスや人形などの人工物を描くのもよい。

しかしいんちきのブドウやいんちきのリンゴを描いて、「自分はブドウやリンゴの描き方がわかった」と勘違いさせることは最悪だ。

植物の生命のみずみずしさや儚さを感じたことのない、よほど感性の麻痺した人だから平気なのだろう。

つまり優れた絵のすごさもわからない人。

その教えている人に対してかなり気持ち悪さを感じるが、それで楽しいサロンができているのだから。世の中にはそういうのが絵だと思っている人もたくさんいるのだろう。

アケミさんが明るい単純な色ばかり使っているので、私が大正時代の絵や着物の色を参考にするように言ってグレイッシュトーンやダルトーンを教えたら、

その先生がそれらの絵を見た時「色が暗い!まるで大正時代の絵みたいだ」と言ったそうだ。

まさしく私とはまったく感覚が違う、私から見るとはっきり言って「絵」になっていないもの(絵にならない方向性)を「絵のかきかた」と言って教えている人だ。

拙いせいで「絵未満」ならいいのだけど、「絵」と逆のベクトルを教えていることに呆れるというか腹立たしく思う。

その人と会うこともその人に何かいう機会もないだろうけれど、私のデッサン教室では私の考えを話していくつもりだ。

なにも変わりたくなくて現状で楽しくやりたい人、現状でほめてもらいたい人には何も言わない。

11月16日(日)

急に寒くなってから顕著にレットヴィモの副作用の顔の浮腫が酷い。

浮腫と眼の下の隈の見た目も酷いが、なによりむくんだ眼の周りや眼の奥が痛いのが苦しい。

お風呂に入ったり、遠赤外線パックを顔にあてたり、ストレッチしたり、いろいろやっているが、とにかく気温が低くなると体調が悪くて辛い。

それといつものことだが、舌に口内炎が出来て痛い。

火曜の夜から木曜の朝までの休薬期間、口内炎に関しては少しましになる気がする。

しかし浮腫のほうは良くなっている気がしない。

これからの冬がとても憂鬱。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2025年11月 9日 (日)

足利市立美術館コレクション展2025

11月7日(金)晴れ

足利市立美術館コレクション展2025に二度目の訪問。

舘林に着いた時に少しゆっくり歩いていたら乗り継ぐはずの電車が行ってしまった。

足利市駅に着くと中橋が工事中だが人は渡れる。橋の上が強風。

まずは鑁阿寺近くの門前蕎麦菊屋本店へ。緑色の韃靼蕎麦がとてもおいしい。

それから市内を散策。細い裏道から織姫神社を経由し、大通り、そしてまた裏道。

ものすごくショックなことがあった・・・博仁堂薬局が無くなって更地になっていた。

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博仁堂薬局(2023年8月25日撮影)

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この建物と壁に会った漢方薬一覧n看板はとても面白かったのに。

鑁阿寺参道脇の古い塀も無くなっていた。この場所も大好きだったのに・・。
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(2023年8月25日撮影)

駅前の古いマンションも、美術館のポスターが貼ってあったレトロなマルケイ帽子店ももう無い。

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(2023年8月25日撮影)

私の大好きだった映画館通りの看板と東映の劇場ももう無い。

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(2023年8月25日撮影)

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(2025年9月12日撮影)
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古くて枯れた植物がいっぱいの不思議な家も。
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(2023年8月25日撮影)

ああ、もうどこを散歩したらいいの?というくらい、もっとも面白い建物ばかりが無くなっている。

・・

3時くらいに美術館に入り、先日のお詫びとお礼のお菓子を受付にお渡しする。篠原さんはお留守だった。

若林先生の「Blue Daisy」はよく見ると名古屋のホテルの薄い便箋に描かれていた。宿泊している時に描かれたのだろう。

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これは彫刻「Daisy」シリーズのスケッチであり、四角い茎のようなものが空に向かって伸び、上から見たところ(四角柱のてっぺんに硫黄やべんがらを入れる穴のようなものが空いている)がその上に描いてある。

べんがらや硫黄は花粉だと思う。

若林先生がBlue Daisyという花があることを知っていらしたかはわからない。実際の花のDaisyとBlue Daisyはだいぶ形状が違う。

Daisyは雛菊であり、たんぽぽくらいの丈で白やピンクの柔らかい舌状花を咲かせる。

Blue Daisyは一重の花弁で、雛菊よりもマーガレットや紫苑に近い。

Daisyは茎が太くて短くて直立している。やはりこれはDaisyなのだ。

Daisyが生えている周りの空気がBlue(空色)で、霧や靄など水蒸気を含んでいるのだ。

そのDaisyのドローイングの向かいに、私の「鳥の声—―若林奮に。」を含む一連の絵を展示していただいたことは、私にとって大きな意味がある。

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「鳥の声—―若林奮に。」

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美術館を5時過ぎに出てから橋を渡って足利市駅の南側を歩いた。

暗くなってきてあまり何も見えない中、八幡山古墳群を目指して歩いた。

駅の南側は本当に何もなくて、とても寂しいのだが、遠くに見慣れた緑と赤のネオンが。

まさか、と思ったがサイゼリヤだった。

真っ暗な八幡山古墳群にちょこっと登ったあと、サイゼリヤで凍えた身体を休める。

昼に蕎麦を食べただけで歩き回ったので血中カルシウム濃度が下がり、脚にテタニー(痙攣)が出てきていた。

帰りの電車で舘林と久喜で乗り換え、そのあとのんびりしていたら上野に着いてしまった。

大宮で湘南新宿ラインに乗り換えないといけなかったみたい。

しかも新宿で人身事故のために電車が止まっているというので焦った。

幸いすぐに電車が動き出し、神田から中央線で帰宅。

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2025年10月28日 (火)

足利市立美術館コレクション展2025「いのちの寓話」トーク

10月26日(日)

アケミさんと9時過ぎに待ち合わせて11時半くらいには足利市駅に着くはずだったのに、しゃべっていて、気がついたら終点の宇都宮。

小山まで戻って両毛線。篠原さんに1時間以上遅れることを電話。

足利駅に着いたらなんと館長さんと篠原さんが美術館の車で迎えに来てくれていた。アケミさんを蕎麦屋に送って私は美術館へ。

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十二社ハイデに展示していた時は大きく見えたのに、美術館の空間ではそうとう小さく見えるあねもね。

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2年前に篠原さんが「次のコレクション展には若林奮先生のドローイング(「Blue Daisy」)の向かい側に展示する」と言ってくれたのが、本当に叶った。

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14:30くらいからトーク。

「まずチューリップが私が最初に題材にした植物で、それはなぜかと言うと

チューリップというのは歌にもあって、筒型に咲いているイメージがあるけれど、

実際はチューリップが開いてからは、薔薇のようにも牡丹のようにもなり、さらに萎れてからは曲線の運動を描くんですね。

それでその、萎れていく曲線の運動というものに、非常に・・時間というものに惹かれて

チューリップが萎れてまた水分がさらに蒸発してカサカサに枯れて、虫に食われてという・・

2年くらいそれをとっておいて毎日描いて行くというデッサンを30年続けてやっていたんですね。

その過程で、アネモネというのも、この絵はアネモネなんですけど、非常にその花びらや葉が細かくこう運動する、

絡み合ったり、しなだれたり力が抜けたりとか、枯れていく時に乾燥して拘縮したりするんですね。

その運動がわかりやすい植物として、最初にチューリップ、次にアネモネに興味を持ったという・・

若林先生が私に残してくれた最大の言葉というのは・・・

美術は人間と人間の間にだけあるものではない、

人工物と人工物、テクノロジーのの発展、そうものではなくて、

自分の美術作品は人間ではない生命のためにあってもいいんじゃないか、ということを若林先生が言われていたことが、ものすごく自分にとって強烈に残っていて、

若林先生は自分の彫刻を見るのは犬であってもいい、と言っていて、

旧石器時代の絵から今までの美術の歴史をすべてゼロにする、とまでおっしゃって、

旧石器時代の「人間が初めて洞窟の壁面に自分の手の跡をつけた、その瞬間から現在の自分までのあいだをゼロにして自分のありかた考える」とまで言った、

それで私は手仕事で、植物が萎れて・・みんなが盛りと言ってきれいと言ってからゴミ箱に捨ててしまう、それからが私にとっての一番描きたい植物の時間が始まるので

それから腐るまでとか、乾燥して虫に食われて粉になるまでを描くということが

その中ですごく生命の運動の時間というのでしょうか・・・

そこにすごく美しさを感じて、それで30年やってきたんですけど

そのデッサンの中で色を付けて描いたのがこれらの作品です。

若林先生は、今はテクノロジーの時代になって最初から情報でしかものを知っていないんですけども、自分で知っているような気になっているともおっしやっていたと思うんですけども・・

自分で直に見た花の姿、植物の姿というものが、非常に独特で、奇妙で、固定概念の花ではない、非常に奇妙なものだというそのリアリティを描きたくて、

銀箔の腐蝕は、それも自分の予想を超えた変化が顕われるということ、人間の力の及ばない外の変化や運動というものと

人間以外の植物とか動物という弱い生命の運動を自分で見る、経験する、ということがテーマです。

ありがとうございました。」

トークが終わってから江尻潔さんに話しかけられた。

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「いやあ、若林さんの話、懐かしかった。いろいろ思い出しました」と。

若林先生にもっとたくさんいろいろな話を聞いておけばよかった、と。本当に後悔ばまりだ。

若林先生が私に「ぜひお見せしなきゃ」と何度も言ってくださっていた服のモデルをした写真も、結局見られなかったのものすごく残念。

「Yギャラリーならその写真を持っているという話も聞いたんですけど・・」

「Yギャラリーね、あそこは話しかけづらいね」と。

やはり美術館の学芸員さんでも話しづらいギャラリーがあるのだな。

・・・

小雨の中、アケミさんと散歩に出る。

私の大好きだった古い映画館(「今夜ロマンス劇場で」という映画のロケに使われた建物)が跡形も無く更地になっていたのを見て大ショックで

その手前の駐車場でつまづいて前に転倒してしまった。

両手をつき、両膝を強くコンクリートに打った。

右膝が痛くて立てなくて、またも篠原さんに電話。すごく申し訳ないのだが美術館まで5分くらいの道を車で迎えに来ていただいた。

それから5時半の閉館まで図書コーナーのベンチに座らせていただき、保冷剤を貸していただいて冷やしていたら、だんだん痛みが弱まった。

帰りも駅まで車で送ってくださった。本当に美術館のかたがたにはご迷惑かけまくり、お世話になりっぱなし。

膝のお皿に罅がはいっていたら、とぞっとしたが、擦り傷と打撲だったみたいだ。

 

 

 

 

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2025年10月25日 (土)

足利市立美術館コレクション展トーク / 『デッサンの基本』40刷・デッサン教室

10月25日(土)

足利市立美術館コレクション展2025「いのちの寓話」本日、展示始まりました。

私の絵は8点展示していただいています。

明日14:30頃より、私が絵の前で短いトークをします。

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足利の学芸員の篠原さんが3年前に約束してくださった「若林奮先生の向かい側に私の絵を展示する」という夢が叶いました。

興味がおありのかた、お近くのかた、よろしくお願いいたします。

同時開催「刀装の美」、刀剣乱舞ファンのかたがたくさん来られるそうで、足利市内のホテルは満杯とか。

「刀装の美」を見に来られるかたも、ついでに見ていただけたら幸いです。

10月24日(金)

『デッサンの基本』(ナツメ社)ついに40刷となりました。

(たぶん)デッサンの実用書ではたいへん珍しいロングヒットだと編集さんに言われました。

買ってくださったかた、読んでくださったかた、ありがとうございます。

18:30~ギャラリー十二社ハイデでのデッサン教室。

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私の個展でいただいた花もあり、たくさんの花の中から自由に一本選んで描いてもらいました。

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今日初めて来られた15歳のHさん。この完成度、すごくないですか?

なんと(私の影響か?)花が枯れているテッセンを選びました。

まず茎と花芯から描くこと、花は大きめに、花芯の部分強くアクセントに、

葉の柄はくるりと曲がっているところが面白いので生かす、

葉の柄や茎は自由に曲線を生かして描いてかまわない、

葉は輪郭の波立ち、柔らかな曲線をよく見て、すうっと力を抜いて線を描く、

葉の先端、花びらの先端のちょこっとくびれて曲がっているところを大切に、

葉の柄の付け根のところに小さい芽が2本ずつ出ているところをちゃんと描く、

画面いっぱいに描いてこの繊細さ。素晴らしい出来です。

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薔薇を選んだIさん。

薔薇を描くコツは、萼、茎が葉のついているところからジグザグにしなっているところ、托葉を丁寧に描く。

花芯、しべをアクセントに強く丁寧に描く、

花びらの規則性をよく見る、真ん中の花弁は5,6枚ずつ重なって巻いている、

花びらの輪郭のギザギザ、花びらの真ん中のすじを描く。

実物を見ながら説明すると「なるほど。ここ見えていませんでした」と素直に聞いてくれるIさん。

上達が早いです。

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アケミさん。私の好きな雑草ノゲシ。

なんかもうあまり言うこと無くなってきたくらい、上達しています!

今日の完成度は素晴らしい。私はアタリをつけていません。すべて本人の力です。

「見た通りに描く、と思いながら漫然と描いていると絵が固くなる、茎や葉のしなやかさを意識して、しなやかさを「見せる」ようにして描くと

断然リアルな絵が描ける。植物の特徴や規則性を理解したら茎は自由に曲げて描いていい」

と私に言われたことで、俄然、描きやすくなったということです。

 

 

 

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福山知佐子個展最終日

10月19日(日)

ギャラリー十二社ハイデでの個展も最終日。

この絵は割と最近出来たのだがすごく気に入っている。この絵とも淋しいけどさよなら。
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鬱金香

最初に高校の時の友人タカちゃんや小学校低学年の時の友人マリコが来てくれた。

マリコは茨城に住んでいて、何十年かぶりかに新宿西口に降りたので、新宿が変わり過ぎてまったく方向がわからなくて迷ってしまったと。私も破壊されている新宿が辛い。

6歳の頃、マリコが住んでいたのは十二社通りの野菜市場の2階。そこはマリコが引っ越してすぐに普通のビルになってしまった。

毎回来てくれる音大卒のS.Y君。Twitterでお知り合いになったM.Sさん。

鎌倉で絵を描いているT.Jさん。芸大のデザイン科卒のアキさん。

そして静かに長い時間見てくださるS.Hさん。S.Hさんは佇まいがすごく美しいかた。
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今日は5時から舞踏のパフォーマンスだが、あいにくの降りだしそうな空。

5時、十二社の階段。

村野正徳の挨拶。福山知佐子が愛着がある十二社の記憶、昔あった十二社の大きな池などをテーマに身体表現するそうだ。

村野正徳舞踏パフォーマンス  (youtube)

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吉田文憲さんの(私が一番好きな)詩、「生誕」を暗唱し、そのあとに舞踏パフォーマンス。
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※日本には「舞踏」という日本特有の前衛的な舞踊の形式があります。

西洋の軽やかで流れるようなダンスとは違い、地面に這いつくばるように情念や土着性などを表現するものです。

60年代に土方巽が創始、大野一雄などが発展させたもので、今は世界的にButohとして認知されています。
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途中、ばらばらと大粒の雨が降って来て、けっこうな大降りになる。

スマホが濡れたら壊れるのでは、とコートを頭から被ってスマホを庇いながら撮影。

見てくださっているお客様も濡れて申し訳なかった。傘を最初からお客様に用意するべきだった。

パフォーマンス終了後、村野君の予備校時代からのお友達が来て一緒に録画を見ていた。

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本人はミミズをイメージして踊ったそうだ。

そして私に若いお客様が。友人のサヤカちゃんの息子さんのK君と、その幼馴染のT君。

多摩美の院生のK君。
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レザーベイビーというバンドのドラムスのT君。
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私は何と言ったらいいのかわからないくらい、この若いおふたりに励まされた。

私のデッサンを見て、二人で(私に向かって言うのではなく)「すげえ!全部すげえ!絶対描けない!」って本当に驚いて言ってくれていたので。

「どういうところが?」と質問するとK君は「線の選び方がすごい。こんなふうには誰も描けない」と。

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スケッチブックを一枚ずつめくって見せたら、その一枚ごとのデッサンに、いちいち「すごい。全部すごい」と言ってくれて

そして枯れたチューリップを和紙の上に鉛筆で描いて岩絵の具を散らした絵を見て、「これが一番好きです。生命の揺らぎを感じる」と言ってくれて、画集まで買ってくれた。
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T君は絵をやっている人ではないにも関わらず、私の銀箔の絵を見て「すごい!これ、なんなんですか?」と真剣にくいついてきて、

「銀箔を腐食して、絵の具を使わずに絵を描いたの」と応えたら「すごい!誰もやってない。誰もやってないことを考えるのがすごい」と。

花の部分だけ塗っている紫のチューリップの絵を見て「どうして一部分だけしか色を塗ってないんですか?」と聞かれ

「花は一瞬ごとに動いているから、今の瞬間を描こうとすると全部塗れない。全部塗ると絵が固くなるから。

左のチューリップに比べて右のチューリップは早く無造作に描いているでしょ。無造作に描いた方が運動が描けるから」と応えたら

「すごい!それで動いているように見えるのか」と。
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なんで若い人がこんなに素直に、強く興味を持ってくれているのか、本当に驚いた。

なにか表現している特に若い人は、自分のやっていることが一番と思っていて、私のデッサンに興味を持ってくれる人などほとんどいないから。

現代アートをやっている人は設計図は描くかもしれないが、自分の外にある小さな生き物をよく見て鉛筆で描くことなど必要ないと思っているし、

絵をやっている人でも自分の絵のスタイルを作るのに熱心で、ものを見てものに寄りそうデッサンの質には興味がなかったり・・

私の絵を見て敵愾心丸出しで、私から話しかけても「ふん!」とそっぽを向いた同じ美大の同じ学科の10年も15年も後輩の女の子が何人もいたし、

だから、絵の世界とはそういう嫌な感情が渦巻く世界だとずっと昔から認識していたので、ふたりの素直さに愕然とした。

私は萎れて枯れていく植物の運動に寄り添って描くこと、そしていわゆる美大受験用の画一的なデッサンを抜け出て線で描くことを目指して30年やって来たのだけど

きょうは馬鹿の一念で続けて来たことが無駄ではなかったと思えた幸せな日だった。

7時に個展終了。すぐに絵5点を梱包して足利市立美術館に送る準備をした。

そのあと打上げ。昨日H.Mさんにごちそうしていただいたちょっと高級なイタリアンへ。

私がごちそうすると言っているのに、二人はすごく遠慮していた。今日ばかりはごちそうさせて欲しい。

シャブリのグラスで乾杯。マグロと紫玉ねぎのカルパッチョ。スモークサーモンのサラダ。ウニのクリームソースレモン添え。

アケミさんが、「花輪和一展と福山知佐子展を手伝えて、すごくたくさんのお客様と会えて楽しかった。それと知佐子さんのお客様がみんな優しくて素敵な人ばかりでびっくりした」と言ってくれたのが嬉しかった。

「芸術家ってみんなおかしな人ばかりかと思ってたから」と言われ、

「そんなことはないよ。一流の人は優しいよ。変な人って自己顕示欲がおかしくなってるんだと思う」

9日間、たくさんのかたとの出会いがあり、すごく目まぐるしくて体力的に大変だったけれど、幸せでした。

お運びくださった皆様、絵や本や絵葉書をご購入くださった皆様、本当にありがとうございました。

10月25日からは足利市立美術館でのコレクション展「いのちの寓話」に8点が展示されます。

新宿から2時間。空気も澄んでいて、とても良い美術館ですので、お近くのかた、興味がおありのかた、よろしくお願いいたします。

 

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2025年10月24日 (金)

福山知佐子個展8日目

10月18日(土)

ギャラリー十二社ハイデでの個展、最終日の前日。今日はアケミさんはお休みなので、Uさんに手伝っていただいた。

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パフォーマーで写真家の中村博さんが撮ってくださった写真。中村さんは私の絵の写真も、ものすごく素敵に撮ってくださった。

今日は書ききれないほどたくさんのお客様がいらした。

水墨画家の新倉章子さん。この絵にもすごく思い入れがある。彩度を上げて私の『反絵、触れる、けだもののフラボン』の装丁に使った絵。
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アケミさんのお友達で美術に詳しいユミさん。

優秀な編集者のミナコさん。

彦坂尚嘉さん。デッサンを見てくださっていた。
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いつもあたたかく応援してくださる逗子のO.Iさん。

近所で花を山ほど育てておられるY.Tさん。

そして作曲家で演奏家のすずきみゆきさん。

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昨年の「二匹展」の時に展示していた私の絵、2点が気になっていたとご連絡を下さり、本日買ってくださった。

すずきみゆきさんは、私が若い頃にお世話になった音楽家の桑原弘明さんの奥様である。

私の初個展の時に桑原先生に連れられて来てくださったみゆきさんが、あとで桑原先生に私のことを

「彼女はものすごく神経が鋭敏で、繊細で、いつも震えているような感じがすごく芸術家っぽい」と言ってくださったことを、桑原先生が嬉しそうに私に伝えてくださったことを強烈に覚えている。

(桑原先生が20代の頃の私に注文した絵が、ポーランドの作曲家のもとから海を渡って何十年も長い旅をして、骨董屋を経て、コスタリカの花を愛する人から私の絵を持っているとFBで連絡が来た、という感動的な話もある)

みゆきさんは作品を大切に持ち帰るためにスーツケースまで持って来てくださって、涙・・・本当に感激いたしました。

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中村博さん。今日初めてお話するが、2016年の室伏鴻アーカイブカフェSHYでの「対論 : 未知のアントナンアルトー」で同じ空間にいらしたという。どこかで誰かが見ていてくれて、こういう出会いがあるから、苦しくてもなんとかブログを書いてきてよかったと思う。
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ハナ動物病院にも通われていたというし、いろいろご縁がある。クロポンちゃんの写真も見せていただいた。

平田星司さん。

寺山修司研究のK.Fさん、モノポさん・・・いっぱい・・・
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最後は麗しい絵を描くH.Mさんがいらして、私とUさんをお祝いの食事に連れて行ってくださるという。

十二社バス停の前の、おしゃれで気になっていたイタリアンへ。

シャブリを2本も開けて、それはそれは贅沢なディナー・・写真をたくさん撮ったのだが、載せるとまずい(内緒のエスケイプ)そうなので載せられなくて残念。

H.Mさんに二人の関係を聞かれ、Uさんは、2007年くらいに詩人の友人に連れられて私の個展に来てくれて、そのあと私のブログや本を読んでくださっていたとこたえ、

「本の文章がすごくかっこよくて」と言ってくださったのと

「私(Uさん)がすごく緊張することを肯定的にとらえてくれる人はいない」と言ってくださったのがすごく嬉しかった。

H.Mさんごちそうさまでした。Uさん手伝ってくださってありがとうございます。

 

 

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2025年10月22日 (水)

福山知佐子個展5日目~7日目

10月17日(金)

ギャラリー十二社ハイデでの個展もあと3日。

1階の窓越しの光。カーテンには蔦の影がまだらになって揺れている。

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元平凡社の「太陽」や「コロナブックス」の編集長、清水壽明さんがいらしてくださった。

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横浜の港の見える丘あたりもずいぶん変わったそうで、古くて素敵な教会がマンションになったとか・・・ショック!山下公園近くの人形館はまだあるそうだ。

それから花を愛する桃子さん、スパイダー咲きのガーベラがお好きだと聞いて、伊勢ナデシコや伊勢菊、変化朝顔などを画像検索でお見せしたら喜んでくださった。

細い花弁が絡まり合っている不思議な花は描きたい心を刺激する。

木彫りの彫刻をやっておられる高屋敷哲さんと写真家の黒瀬輝智志さんと。

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高屋敷さんはとてもリアルな動物の木彫りの作品画像を見せてくださって感動。

黒瀬輝さんは「今までのハイデの展示で一番良かった。花輪さんのより良かった。これだけの世界をつくっているのがすごい」と言ってくださった。

以前、レコード会社の財団にお勤めで、音楽関係にとても詳しい堀内さん、堀内さんは足利市立美術館の私のトークにも来てくださると言う。堀内さんが気に入ってくださったのはこちらの絵。

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明後日パフォーマンスがある「十二社の階段」でカメラテスト。暗いかも?

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7時過ぎ、看板を入れてもう閉めようとしていたら、ポルトリブレの平井勝正さんが来られた。プリントした地図をお渡ししていたが、道に迷ったそうだ。

「グーグルマップに載ってる」と言ったら「グーグルマップを見る習慣がない」と。

10月16日(木)

寒くて暗い雨で、お客様がほとんど来られなかったので、アケミさんに絵の前で動画を撮ってもらった。

アケミさんの大好きな一粒万倍日なので、面白いことを考えてふたりで笑っていた。

10月15日(水)

新高円寺でお世話になっているギャラリー工の濱田さんが来てくださった。

濱田さんは十二社のあたりは初めてだそうで、もう何年か、せめて1年前に来られたらかつての料亭っぽい場所も見せられたのに、残念。

 

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2025年10月15日 (水)

福山知佐子個展4日目

10月14日(火)

ギャラリー十二社ハイデで福山知佐子個展の4日目。

今日は私の高校のA先輩が一番乗り。

A先輩の親友で、私が美大受験予備校に迷っていた時に、高校の一番近くの小さな美大予備校(もうとうの昔に無くなった)を紹介してくれたM子先輩が癌で亡くなったことを聞く。

言葉にならない。私と同じ武蔵野美術大の先輩でもあり、とても気持ちの優しいかただった。

その後斎藤哲夫さんが来てくださった。

哲夫さんは私の最初の個展の頃からずっと来てくださっている、芸能人的な気取りが無くて、本当に温かい人。

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スケッチブックのデッサンを真剣に見てくださって、枯れた花の絵に「華やかだ」と。

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ツアーから帰ったばかりなのに明後日手術とお聞きする。

私は最初に甲状腺癌に気づいた時には肺に粟粒状転移していて4期。その時に、15年くらい経ったら肺の粟粒上転移が急に活性化する時が来る可能性が高い、そうしたら成すすべはない、と最初の執刀医の浅井先生に伺っていて・・・

その転移の活性化が15年ではなくて30年後(忘れていた頃)に来たのだけれど、甲状腺癌の肺転移手術という前例のない(麻酔が切れた時に気が狂いそうなくらい痛い)手術を受け、

さらに脳転移にサイバーナイフを受け、認可になったばかりの分子標的薬レットヴィモ(30年前にはこんな薬ができるなんて想像もできなかった)を服用して、

まあなんとか元気に生きている、ということをお話したら「すごい経験をしてきてるね」とけっこう元気づけられたようだった。

12月からのツアーを全部キャンセルされたと聞いて「キャンセル料とかだいじょうぶなんですか?」と聞くと

「それがだいじょうぶなんだよね。ライブハウスはさ。これが大きな会場だったら死んででもやらなきゃいけなかった」と。

お互い頑張って生きようとハグ。

そのあといつも優しい古い友達が来てくれた。

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それから今日は私ひとりなので心細くて来てほしいとお願いしていた詩を書くUさん。Uさんはとても鋭敏なかたで、神経と言うのか・・話が通じるのが嬉しい。

いつもマッサージでお世話になっているWさん。

Uさんはなかなか食事ができない私のために柿を剥いて切ったものを容器に入れて持って来てくださった。

Wさんは私の生家の古い雰囲気をとてもいいと言ってくれて、それからナニワイバラとハゴロモジャスミンの絵をすごく気に入ってくれたそう。

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