絵画

2018年6月12日 (火)

「岡本神草の時代展」、風太一族、動物からの収奪について

6月10日

台風で昼頃から雨の予想。陽射しがなく、人出が少ないこんな日こそ、私は出かけたくなる。

あの風太一族を、一度、見てみたいと思ってたので、千葉市動物公園へ。そのあと「岡本神草の時代展」を見に千葉市美術館へ。

羽村のかわいいソラは、風太の3番目の子、風美の子だ。

岡本神草は、今回は17歳くらいの時の素描(デッサン)着彩など、写生がたくさん見られるということで期待して行った。

9時頃家を出、約2時間で目的地へ。千葉市動物公園は初めて来たが、かなり広い。

レッサーパンダは暑さにとても弱いらしい。きょうは涼しいので、雨の中、樹の高い枝の上で寝ている子が多かった。

樹の上で寝るメイメイ(♀2007年生。風太の子、クウタのお嫁さんでユウのお母さん)のところに登るユウ。

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りんごを手で持って食べるメイメイ。手で持てないユウ。手で持てる子は左利きが多いそうだ。
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今年15歳になる風太。小屋の中で眠っていたが、「風太、お仕事だよ~」と起こされてりんごを食べるところを見せてくれた。ごめんね、風太。ありがとう。

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風太はチィチィ(♀2003年~2012年)とのあいだに8頭の子を生んだ。2017年12月現在で風太の子、孫、ひ孫、やしゃごは43名(?)。

今年、風太の15歳(人間で言うと70歳くらい)を祝う大きな記念イベントがあるそうだ。風太が疲れないようなイベントであることを祈るばかりだ。

動物園のイベントは興行であり、私はイベントのように人が集まる場所に行くことはまずないが、動物園、動物の「展示」というもののあり方、こうして見に来ている自分が「動物からの収奪」に加担しているのか、と内心はいろいろ考えて複雑だ。

私は一匹でも動物を殺すのが嫌なので、動物の肉を一切食べない。

大きな肉食獣を展示するために、人間が他の動物を殺して与えるのは、私個人は嫌なので、チーターなどは、わざわざ連れて来なくていいのに、と思う。

レッサーパンダには、今の飼育では動物は与えていないそうだ(スズメなどを食べてしまったことはあったそうだが)。

彼らを見たくて、動物園に来てしまう私も動物虐待に加担しているのかもしれない。この問いには、簡単に答えが出ることはない。

風太の立ち姿が一大ブームになっていた頃、日に3000人もの来園者があったらしい。

その頃、私にはちゃびがいた。ちゃびほど可愛い相手はいなかったので、ちゃびと暮らしているあいだ、私は動物園に行くことが一度もなかった。

ちゃびを失った今、人間的な倨傲と収奪そのものの「アート」界の瘴気に耐えられなくて、動植物に会わないと自分の生命的な活力が死んでしまいそうになるので、毎週遠出している。

リンゴを立って食べるみい(♀2013年生。クウタとメイメイの第4仔)。みいは長崎からお婿に来たライムと一緒にいるが、ライムはおとなしく、逆にみいはぴょんぴょん跳ねまわり、、木にじゃれついて転げウ~ッと木に怒ったりして、元気に遊んでいた。

土をどどどどっと掘って、虫を食べている(?)みいの姿も新鮮だった。
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クウタ(♂2008年生。風太の第6仔)は風太一家の跡取りで、メイメイとのあいだに8頭の子をもうけた。
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すごく愛嬌のあるメイタ(♀クウタとメイメイの第6仔)。お婿さん捜し中だそうだ。

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メイタという名前なのは、生まれた時にはオスと間違えられていたからだ。

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メイタは跳ぶのが得意で、1m20cmくらい上にあるリンゴをジャンプして取ることができる。

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3時半頃、動物公園を出る。

ずっとカメラ(望遠レンズと標準を使い分ける)を持って、少しの休憩もなく歩き回っていたので、かなり疲労し、肩と腰と足の裏が攣りそうになった。

私は動物や植物を見る時も、好きな絵を見る時も、のんびりおっとり見ることはまずなく、いつもぎりぎりまで体力を使い果たしてのめりこんで見るので、重労働になるのだ。

私は絵描きだけれど、人間の虚妄が集約されている「アート」を見るのが嫌いだ。嫌なものが身体になだれ込んで来てイライラする。

私にとって貴重な時間と心身ともにエネルギーを使ってまで見たい価値があるものは、すごく限られる。

「絵の範疇にはいらないもの」を得意気にやっている人を見ると、誰にも想像がつかないほどの激しい不快感、嫌悪感で、私は心身ともに損傷を受けるのだ。

その汚らわしさは、ずっと何年も身体損傷として残り、消えることはない。

・・・

「岡本神草の時代展」。

私は、いわゆる「大正デカダンス」の時代の画家の絵にはすごく惹かれるので、本物を見られる機会があれば、たいてい行っている(情報通ではないので、気がつかないうちに終わっている展覧会もあるが)。

岡本神草の10代の絵を見ることができたのが良かった。

17歳の時の「手鞠と追羽根」という絵に衝撃を受けた。手鞠と羽子板と羽根を写生し、紙を切り張りしつつ構成したものだ。

茶色い紙の上に描いた羽根の、ほとんど透明な胡粉の薄塗り、ところどころ細い線で起こしている筆跡。

小さな玩具から、ここまで弱弱しさ、柔らかさ、可憐さ、精妙さを見出すことのできる眼。それを「絵」に昇華させる力量に打ちのめされた。

羽根で隠されていて、隙間から見える羽子板の絶妙な量。朱と青の透明感と分量。

なぜ、この位置で紙が継がれているのか、なぜ、継ぎ目がずれているのか、作者の感性の謎に引き込まれる。

さりげないようでいて、すごく高度で、凡庸な人間にできるようなものでない、と感じさせる絵だ。

私は公募展に出すような大作よりも、むしろこういう小さくて個人の才能が迸るものに興味がある。

あとから年譜を見て知ったことだが、この「手鞠と追羽根」は、彼が美工絵専両校製作品競技展(校友会展)で銀牌を受けたものだった。

もう一つ、私がすごいと感じたのは21~23歳頃の「秋の野」の植物写生だ。ススキの葉の曲線のなまめかしさ、どこに向かって流れる線を選ぶか、これは私の感性が求めるもの、そのものだ。

人物の素描には、私の予想よりも幼いものも多くあった。夢二の模写、浮世絵の影響、マンガ的なデフォルメの研究。

「口紅」はたしかにすごく完成されていた。

美と醜、デザイン的なセンスとグロテスクのバランス。

か細くすんなりした幼い腕。焼けて黒く変色した銀箔の桜の簪。華美でありながら気品のある古典柄の衣装。

すっきりとしたフォルムの中に、びしっと緩みなく、濃密で冷たいような装飾的要素が詰まっている。

周到に着飾り、最後に「口紅」を塗る女の、陶酔したような、これから何をしでかそうをしているのかわからないほてった表情へと、画面のすべてがデモニッシュなものへと、渦を巻くように収斂していく。

そこには強烈な「わかり得ないもの」がある。

大きな下図を写して「塗って」いく「日本画」と呼ばれるものに、今の私はほとんど興味がないが、神草の「口紅」という作品には、「塗って」いるのにも関わらず、発散する妖気の「運動」があった。

神草は、下図よりもいわゆる「本画」と呼ばれているもののほうが、遥かに生気があること(これは逆になってしまうことも多い)、その落差に感嘆した。

大正デカダンスそのものの神草の若い頃の日記が展示されていたが、サタンを愛する者は・・のくだりが図録には載っていないようで残念だ。

この時代は、岡本神草や甲斐荘楠音が命を賭けた絵画の革新や、芸術運動というものが、まだ生きていた時代だ。

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2018年5月10日 (木)

ルドン、ハゴロモジャスミンの匂い、柑橘の花の匂い、タンポポの散種

5月10日

きのうは関東でも雪が降った。今朝は雷を伴う冷たい雨だったのが、午後にはきれいに晴れた。

しぼんだタンポポを摘んで硝子瓶に生けていたのが全部丸い穂綿に変わったのを持って出かけた。

ほかの雑草(ハルジョオンやキュウリグサ、ハルノノゲシ、オニタビラコ、ジシバリなどなど)が生えていてタンポポが生えていない土の上に持っていって、ふっふっと吹いた。

いろんな場所に散種した。来年の春、生えてくるのか、それらの場所がどうなっているのか。

風媒花なのに動物媒している。タンポポはヒトが飛ばすことをわかってその美しいかたちをとっているのだろうか?

4月の半ば、近所の飲食店と喫茶店の間の、人が入っていけない僅かな隙間から、風が変わる瞬間に飛ばされてくる白く光るシフォンのような粉っぽく甘い匂いを感じた。

ハゴロモジャスミンの匂いだ。けれど花は見えなかった。

隙間の向こうは建物と建物で挟まれた小さな裏庭のようなところらしいのだが、角にある飲食店の側面に廻っても人が通行できる幅はなくて、そこに到達できる道はなかった。

そのあたりを通るたびに、目には見えないその花の香りを確かめた。私は花の姿をこの目で見たくて何度も細くて真っ暗な隙間の向こうの明るい光を覗き込んだ。

「ここに立ってみて。ジャスミンの香り、わかる?」と、そこに友人を引っ張って行って立たせてみた。

数十秒待機するあいだに閃くシフォンが通り過ぎ、「ほんとだ。」と友人は言った。

暗い隙間の向こうの明るい場所に在った花は4月の12日頃に咲き始めて、4月の終わりに枯れた。

街ではジャスミンを追いかけてニセアカシアの白い花が香った。それに続いて柑橘(蜜柑、柚子、朱欒)の白い花の匂い(ネロリ)が、幾度も街路を帯状に抜けた。

柑橘の花の匂いはジャスミンの匂いよりも金色を帯びている。

ニセアカシアの花も柑橘の花もほろほろと地面に落ち、今はアイリス、スイカズラ、ヤグルマギク、モジズリ(ネジバナ)、ドクダミ、ホタルブクロや早咲きのバラが満開。

きょう、今年最初のツバメの巣を見た。毎年ツバメが巣をつくるしゃれた古着屋さんの軒先だ。「頭上注意!ツバメの巣があります」の貼り紙。下にはフンがたくさん落ちている。

春から夏へ。

5月9日

夕方からルドンを見に東京駅へ。5時ちょっと過ぎに着いたらけっこう行列していたのでどきっとしたが、展示会場内はそんなに混んではいなかったのでよかった。

昔、ヨーロッパを旅行雑誌と電車の時刻表だけを頼りに2か月間旅をした時、フランスのオルセーで見たルドンの花々。

特に「黄色い花咲く枝」、「黄色い背景の樹」、「人物(黄色い花)」・・・このあたりの黄色い連作が一番記憶に残っているので、もう一度間近で見て、どう感じるか確かめたかった。

やはり黄色をはじめとする色の使い方、一筆ごとに筆触が物質化されていく、その色ごとの質に激しい快感を覚えた。

抵抗感を持ち壁のように前に出てくるグレー、それよりさらに前に出てくる黄色、あるいは地として背後に引っ込む薄茶、透明な空間として後ろに遠ざかる青(ヤグルマギク色)の物質感、それぞれの筆触を見ていた。

アカデミックでないこと。柔らかく重厚。たどりつけない謎を含むこと。あらゆる色の質のモザイク。植物の動物化。

今回の展覧会のメインである「グラン・ブーケ」。私は今回初めて見た。確かによい作品だ。

仏画に譬えたり、御神木に譬えたりして崇めるのは勝手だけれど、しかし、これ、三菱地所の美術館が買い取ったの?フランスに置いておくべきなんじゃないの?という複雑な思い。

小さなことかもしれないが、「花々(赤い芥子)」という画題が気になった。フランス語の原題は「Fleurs(Vase de fleurs)」で芥子とは書いていない。私の眼では、この赤い花はどう見ても芥子ではない。シャクナゲやツツジの類だ。

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展示の最後のほうの部屋にあった「装飾プロジェクト」。

「装飾」という言葉は重要な芸術ではないような軽い響きがあるが、私はこの部屋の作品を夢中で見た。ほとんど熱心に見る人がいなかったので空いていてよかった。

「装飾」と言ってもルドンの描いたものは薄っぺらで単純なものではなく、花や葉のひとつひとつが謎めいて想像力をかきたて、胸がかき乱されるほど素敵なものだ。

それが刺繍になり、椅子になっても魔力は消えていない。

むしろ古い少し色褪せた椅子(1911-1913)の艶のない刺繍糸の盛り上がりとしてルドンの色やかたちを見たことで、私の想像力は大きくひろがった。

若林奮先生が「装飾という言葉を見直さなければならない」というようなことを言われていたことを思い出していた。

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2018年5月 6日 (日)

サラ・ムーン

5月3日

みゆきちゃんと古着屋でキャシャレルのスカートを見ていた時に、サラ・ムーンの写真を思い出した。サラ・ムーンのおかげで、「キャシャレル」という言葉だけで甘美なイメージを連想するようになってしまっている。

検索したら、ちょうど4日までサラ・ムーンの『 「Dun jour à lautre 巡りゆく日々』という写真展をシャネルでやっていたことを知る。急遽、写真の話が通じる友人と出かけることにした。

内容は素晴らしかった。会場内の撮影自由なのはすごく嬉しかった。

私が最初にサラ・ムーンに衝撃を受けたのは、84年のプランタンでの日本初個展の時だ。その時の写真集をずっと大事に見ている。

薄暗くて、けだるくて、甘やかで、淋しげで、沢渡朔さんの写真と共通するところがあると思った。

サラ・ムーン日本初個展の時は、男性の観覧者はほとんどいなかった。女性ファッションのコマーシャル写真というように捉えられていた。今は男の人もいっぱい。あの頃より、ずいぶん有名になってしまった。

あまり有名でたくさんの人が押し寄せるようになると、私は一気に冷めてしまうのだが、それほど混んではいなくてよかった。

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すべての写真が、一貫して「不分明なもの」を撮ろうとしている。

「変容」。あいまいで妖しいもの。

なにを撮っているのか、どう撮ったのかわからない写真。これは私が絵でめざしていることと同じだ。だから強く惹かれる。

私はわかりやすいものに興味がない。

あからさまな暴力で挑発するものも嫌いだが、牧歌的で穏やかな風景も嫌いだ。

「カモメ 1998」。カモメというタイトルが違っていたら、叫んでいる白い仮面のように見える。

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この写真も、ぱっと見て、私は犬を撮ってるのだとわからなかった。大きな黒い口を開けている顔として見た。

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ベルリンやハンブルクの私にとって懐かしい情景もあった。それも、もちろん普通の捉え方の風景ではなかった。

上「ハンブルクにてⅢ2013」 下「ハンブルクにてⅣ2013」。

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ハンブルク風景の横に展示してあったこの写真は、ホルスト・ヤンセン(ハンブルクに住んでいた)の初期の版画にそっくりだと感じた(友人はフォートリエの「人質」を思い出したそうだが)。私は、これをヤンセンへのオマージュだと思った。サラ・ムーンもハンブルクでヤンセンの作品を見たのだろうか。
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「白鳥の歌」と題された動画。サラ・ムーンの映画「ミシシッピーワン」の時の音楽はヴィヴァルディ。ヴィッド・ロウの女性ボーカルだった。この音楽はヴァン・デン・バーデンマイヤー。
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川崎の工場地帯だそうだ。
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シャネルのビルのぴかぴか光る階段で。

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四谷の私の好きな橋にて。風が強かった。

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きょうは、古着で買ったけど、なかなか着られなかったMarc Le Bihanを羽織って行った。男の人の着古した作業着をバラバラに切って、身ごろを上下逆につぎはぎしたすごいデザインのシャツワンピース。私が着ると、自分で切り張りしたみずぼらしい服と思われるみたいだ。

杉大門通りの裏通りの小さな階段はまだあった。

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ここも私の好きな裏道。時折、猫が横切る。

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2018年5月 3日 (木)

パラボリカ展示終了

4月30日

パラボリカの「森島章人『アネモネ・雨滴』トリビュート展」最終日。

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妙子さんととても久しぶりにギャラリーでお会いする。妙子さんは私が初個展をした時に、新聞で告知を見ていらしてくださり、知り合ったかただ。

お会いするのは10年以上前の四谷3丁目でやった展覧会以来だ。その後、妙子さんは結婚、出産、子育てと忙しくなってなかなかお会いできなかった。

私は2時にギャラリーに着いたのだが、少し前にお帰りになったお客様が私の「小さな蛙と風の薔薇」という絵を購入してくださったときいて驚く。

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「小さな蛙」とはラナンキュラスという花の名前の語源。「風の薔薇」とはアネモネのドイツ語での別名。画題は「ラナンキュラスとアネモネ」という意味だ。

この絵は私の絵の中ではカラフルなほうだが、衰弱し、うなだれたり、折れたりしている花を美しいと感じ、それをこそとらえようとするる私の「意志」が出ているので、一般には受け入れられにくいと思っていた。

どんなかたが買ってくださったのだろう。

5月1日

パラボリカより絵とコサージュ作品の搬出。

行く先が決まった絵「小さな蛙と風の薔薇」と最後に記念撮影。
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友人が重いもの(大きな絵)を持つのを手伝ってくれたので、私は大した荷物を運んでいないのに、すごく筋肉が痛くなり、疲労感がどっと出た。

2か月間の展示、やっと終わった、という精神的なものかもしれない。こんなに長く展示したのは初めてだ。

ゴールデンウイーク中、できるだけ静かな気持ちで仕事を続けたい。

私は今、毎日少しずつ絵を描くことができている。そのことは、ものすごく私自身にとって大切でありがたいことだ。

身体のどこかを共有しているように近い存在だった母とちゃびを喪失してから、絵を描くことも、本を読むことも、ましてや人と会うことなど、酷く苦痛だった。それくらい滅茶苦茶に心身ともに潰されていた。

絵を描いたとしも、それがなんになる、とすぐに冷めてしまうような、少しも充実感がない、絵を描くことが楽しいと人に思われること自体が苦痛、と思うような時期が続いていた。

半年が過ぎ、やっと、ようやく、私らしい私に戻って来つつある。

静かに自分を休養させる時間を持つことは難しい。どうしても辛いことを思い出し、苦しんでしまう。

穏やかに落ち着く方法を見出すこと、リラックスすることも簡単なことではない。

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2018年5月 2日 (水)

タンポポの穂綿、ハルジョオン(春女苑)

4月29日

真夏を思わせるような日射しの強い日。

みゆきちゃんに頼まれていた絵を渡すために高円寺で会う。

イタリアンで食事。毎年恒例の大道芸の人込みの中を歩き、私の好きな古着屋を一緒に廻った。彼女は「これから服はすべて高円寺で買おう。」と言った。

赤い薔薇の柄のネルと綿と絹をつぎはぎしたシャツを相当気に入っていたが、「これは私向きじゃなくてふっこ向きだよ。」と言った。

みゆきちゃんはヴィンテージのキャシャレルの小花模様のスカートを見つけた。小花の描き方が黒一色のペン画のようなしゃれた柄だ。

16、17歳の頃、なわばりのように徘徊していた新宿のファッションビルの中の店で、70パーセントオフの掘り出し物を見つけては「これ、いいんじゃない?」「これはかわいいんだけど、ふっこ向きだよ。」と試着しては笑い転げていた頃と同じだ。

みゆきちゃんは西新宿7丁目、私は4丁目で育った。西新宿の変遷を知っている友達でもある。

今のみゆきちゃんの家から少し離れたところに、古いお屋敷跡のようなところがあるそうだ。「そこの森のようなところがすごく気になるの。一緒に行かない?」と言われて嬉しかった。

高校生の頃、彼女とふたりで、数々の冒険をした。古いフェンスによじ登ったり、北風の吹きすさぶ浜や田舎の線路の上をどこまでも歩いたりした。

彼女もすごい人見知りだ。私は彼女と一緒に、ありきたりのものでない、多くの人にとっては価値がないが自分にとっては特別に素敵なものを見つけるのが楽しくてたまらなかった。

彼女は私がなにを見ているか。いつもなにを探しているのか、わかっている。だから一緒に歩いていてもペースの合う数少ない友達だ。

みゆきちゃんは3時から用事があり、きょうは2時過ぎに帰宅した。

・・・

4時過ぎにGと阿佐ヶ谷方面に散歩。Gも私が好きなものをよくわかっていて、先回りして見つけるのが好きだ。

狭い猫道。

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陽の当るところのハゴロモジャスミンはほとんど花が終わってしまったが、まだ残っているものは特有の強い香りを放つので、だいぶ離れていてもすぐにわかる。

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線路沿いにある古いアパート。外についているらせん階段が絵になる。

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もう終わりかけの春女苑と。

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萎れてちぢれ、斑点ができて美しくなった薔薇。Sdsc00778

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Gが先に見つけて私に指さした猫の広告イラスト。
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4月28日

朝、ガラス瓶に生けて観察していたしぼんだタンポポの一輪がきれいに開き、丸い穂綿になった。

踊り場のところで陽にあてて撮影。

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野の花をヨーグルトやジャムの空き瓶に挿すのが好きだ。この花たちを見ながら絵を描いている。ほかにキュウリグサも。
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青空の下で光を受けると、穂綿は内側から光を発するように輝く。Sdsc00663

・・・

昼過ぎ、先週に引き続き、Iさんと学習院の古い建物を見た。

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皇族の昔の寮の建物は修復中。

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ここでもタンポポはほとんど全部穂綿になってしまっていたが、4、5輪だけ残っていた黄色い摘んで茎を水につけて持ち帰った。

廃棄するのではないと思うが、古いベンチが集積されているのがすごく気になる。白いペンキの禿げたのが欲しい。

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その後、世界堂に私の(木のパネルに貼った)絵に合う額縁を見に行った。

縁の種類は以前来た時よりもずいぶん増えていた。毛利先生の使っていたアンティーク風のものもあった。

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2018年4月 9日 (月)

パラボリカ 森島章人トリビュート展 第2期のレセプション

4月7日

パラボリカ・ビスで開催中の森島章人『アネモネ・雨滴』出版記念トリビュート展、第2期(部屋が変わり、展示も少し変更)のオープニングレセプション。

今回はけっこう文学関係のかたたちが来られていた。

乾杯の音頭を森島さんがとり、その時に集まった人たちの紹介と、ひとことずつの言葉があった。

私は『アネモネ・雨滴』の口絵を描いた画家として最初に紹介いただいたが、特に言葉は出て来ず(人前で急に言葉を求められると一切話せない)、「使っていただいて恐縮です」とだけ述べた。

クロソウスキーなどの訳で知られる小島俊明さんが「森島さんから歌集を送っていただいて初めて森島さんを知った。「抽斗(ひきだし)に海をしまへば生きやすき少年といふもろき巻貝」という歌が素晴らしかった。詩、ポエジーとは言葉だと思っていたが、ここに集まっている作品を作った人は言葉ではないポエジーを持っている。」とお話しされていたのが印象に残っている。

私の口絵について「アネモネの絵にはとても驚きました。暗い情熱に狂い咲く寸前の、凄絶な精神の美を感じます。歌と拮抗した緊張感に痺れました。」という手紙を森島さんにくださったという藤本真理子さんが滋賀からみえていた。

藤本さんは紬のお着物を素晴らしく着こなしていらっしゃったのだが、うっかり撮影させていただくのを忘れて残念。

今回、森島さん所蔵の絵を展示されていた画家の田谷京子さん(左)と田之上尚子さん(右)。お二人とも正直で柔和なお人柄で、すぐに打ち解け、話が盛り上がった。

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9時過ぎに詩人の林浩平さんがかけつけ、写真を撮ってくださった。真ん中が森島章人さん。森島さんの右は歌人の天草季紅さん。
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林浩平さん撮影の私。林さんは、今日はこの前に4つものイベントに出席されたという。
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2018年4月 1日 (日)

千鳥が淵、善福寺川 、ソメイヨシノ、大島桜、八重桜

3月31日

高校時代からの友人、みゆきちゃんと2時に待ち合わせ。パラボリカの展示に案内する。

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そのあと一緒に散りゆく桜を見に行く。

新宿で生まれ育ったにもかかわらず私は、まだ千鳥ヶ淵の桜を見たことがないので、行ってみることにした。

遊歩道の入り口で、予想を上回るすごい人だかりで通行整理が行われていた。

人だかりをかき分けて柵越しにのぞいてみると、なるほど、昔の絵ハガキのような風景。

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緑の水に薄紅の花筏がすごい。

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ここは確かに別世界のような景色だが、柵に群がって水辺の写真を撮るだけで、座って休めるベンチもなく、まだ咲き始めの頃の平日の昼間にひとりで来たほうがいい場所だ。

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うちの近所の善福寺川沿いなら花の下でゆっくり見られるよ、ということで地下鉄で移動。

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ソメイヨシノは半分くらい空に舞っていた。

大島桜が満開だった。

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花のつきかたが林檎に似ている(林檎の蕾は赤いが)。

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新芽の早緑、白、薄紅の点、点、点・・・

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八重桜「一葉」が三分咲きでとてもかわいい。

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ソメイヨシノの前に濃い紅色の八重桃。
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川面が桜の花びらの点描で埋め尽くされていた。風にあおられ、髪の毛にもいっぱい花びらがつく。
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3月末になると一斉に開くハナニラ。高校時代、ふたりで行った房総の線路際で、この花を一杯摘んだらすごくニラ臭くなったのが忘れられない、とみゆきちゃんが笑う。

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上流の荻窪団地の方まで歩いてから、また川を下り、雨上がりにチョコレートの香りがするというカツラの樹の林や、鷹の巣があるらしいヒマラヤ杉の林を抜けて、釣り堀武蔵野園の横を通り、たまにカワセミが来るヒョウタン池を廻り、大宮八幡神社への土手を上った。

彼女も犬を16歳でみとって、もう死に目にあうのが辛いから飼いたくない、と言っていた。私は死ぬまでにもう一度、猫と暮らしたい。

そのあと阿佐ヶ谷に出て食事。きょうはたくさん歩いたがフラフラしなかった。胃のむかつきがおさまっていた。

ダイコンの葉の炒め物やヒジキ、メヒカリのから揚げなどを食べ、おそるおそるお酒を少し飲んだ。胃の痛みはなかった。やっと治った。

そのあと高円寺の古着屋で遊んだ。

彼女は16歳で出会った頃から少しも変わらない。尽きぬ話をしながら、何時間でも一緒に歩いていられる友だち。

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2018年3月26日 (月)

ブログを読んでくださっていたかたと出会う /  胃炎

3月24日

私のブログを読んでくださっていたご夫妻がギャラリーに来てくださった。

しかもお互いに、私のブログを読んでいたことを知らなかったとおっしゃる。

奥様から「行きたい展示がある」と言われ、そこで、ご主人も同じ「アネモネ・雨滴展」に行く予定だったということがわかって、一緒に来られたという。

12時過ぎにギャラリーでお会いして、すぐに、明晰で強い精神力を感じさせる奥様のY子さんに惹きつけられる。とても素敵なかた。

そのあと近くのフレンチレストランで食事。ランチは肉のメニューばかりだったのに、Y子さんがてきぱきと「魚にしてもらえますか?」とスタッフに聞いてくださる。

私はまだ胃が痛くて、生野菜は無理だったが、スモークサーモンと、白身の魚のソテーをいただいた。ひさしぶりにたんぱく質を摂れた。

当たり前だが、私にとってもっとも嬉しいことは絵や文章を認めてもらえること、私のものとして尊重してもらえることだ。

たまに見知らぬ人から連絡をいただくことがあるが、一方的に収奪される酷い経験を何度か味わわされ、素晴らしい出会いがあることをなかなか予測できないようになってしまっていた。

Y子さんは私と好きなことが似ているようだし、私のブログを最初に戻って全部読んでくださっているそうで、とても初めてお会いしたとは思えないほど、話しやすかった。

パラボリカのオープニングレセプションで居心地が悪すぎて神経性胃炎になってしまった私だが、自分にも心を通わすことのできる人がいてくれたことにとても救われた。

やっと快復期にはいり、体重は42.3kg。

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Windröschen

 

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Totes Feld und sein sprießen

 


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Blume der Erinnerung

 

アネモネがいい感じにしおれてきた。
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3月23日 16℃

近所の駅からE藤さんを電車でパラボリカの「アネモネ・雨滴展」にお連れする約束をしていたのだが、朝から薬を飲んでも激しい腹痛がおさまらなくて非常に困る。

ノンカフェインのミントティでさえ、胃に入れると激痛。なにも食べられなくて、動悸がして、立ち上がるのもしんどい。

なんとか頑張って近所の薬局でさらに水なしで飲める薬を買い、E藤さんと会う。

切符を買おうとするE藤さんに「待って。」とSiucaを差し出される。友人で持っていない人のために、いつも余分にSuicaを買って持っているのだそうだ。

E藤さんはご高齢なのに本当に頭がくるくる回る。

「申し訳ないから買い取らせてください。」と言ったが、結局3000円くらいチャージが残っているのを「只じゃ嫌だろうから1000円ちょうだい。」と譲ってくださる。

E藤さんは昔、本の取次関係にお勤めだったので「少年ジャンプ」の文字がはいった定期入れをくださったのが嬉しかった。

私は胃とおなかと背中にカイロを貼っていたのに、ここ数日ほとんど食事ができなかったせいで、電車の中でも手が紫色になるくらい身体が冷えて震えていた。階段を上るのにもはあはあと息が切れる。

「痛かったらうずくまっていいよ。」とE藤さんにいたわってもらいながら、なんとか浅草橋へ。初めて私の絵の実物を見ていただく。

「すごく難しいこと考えてるのねえ。」と言われる。

パラボリカのショップのほうで猟奇的な人形を見て、「夜に見なくてよかった。」とE藤さん。

帰りに、とても食べられるとは思えなかったが、休憩するために「魚がし日本一」へ。茶碗蒸しとカニみそ一貫、ウニ一貫でもう胃が痛くて食べられない。それでも少しだけ身体にエネルギーチャージされた。

体重は42kg。45kgまで戻したい。

3月18日

曇り空とハクモクレン。

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駅前の枝垂れ桜と数珠繋の鳩。
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2018年3月21日 (水)

浅草橋から東京駅

3月19日

A子ちゃんと11時40分に浅草橋待ち合わせ。まずは一緒にランチ。A子ちゃんは知る由もないパラボリカの独特の雰囲気を説明する。

そのあとパラボリカの私の展示に案内したが、間違えて12時30分に着いてしまい、まだ開廊していなかったので近所を散歩。

榊神社では岩根絞り、紅色の獅子咲き、薄桃色の八重など、数種の椿が咲き乱れていた。ソメイヨシノは枝の先のほうだけ咲いていた。

公園には薄桃色のぷっくりした八重の梅が満開で、まだ散っていなかった。

きょうは雨予報だったので私はカメラを持ってこなかった。

1時前にパラボリカにはいると思ったより明るくて、先日、日が暮れてから見た時より絵の色がきれいに見えた。

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私はこの後、展示会場に行くのは、23日の1時頃、24日の12時頃、30日の夕方6時半頃、31日の2時過ぎを予定しています。

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2時くらいに東京駅に移動し、八重洲地下街へ。お目当ての店がどこにあるのか、地図の表示がわかりにくくてウロウロ。

2時半頃、イタリアン系のお店でお酒を2杯ずつ飲んだ。

私はここ1か月、ずっと胃腸の調子が悪くて、一生懸命食べても42kg~43kg以上に体重を増やせないでいる。

うっかりポテトサラダを注文してしまったらハムがいっぱいはいっていて「ごめん、これ食べられない。A子ちゃん食べて。」と言ったら、「じゃ、お魚全部食べて。」と言われる。

A子ちゃんがスマホで撮ってくれたカルパッチョスタンド。

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私の女友達は皆すごくしっかりしていて情に厚くおおらかだ。歪んだり擦り切れたりしていない感情回路にすごくほっとする。

体力がなくて頼りない私にいろいろ世話をやいてくれて本当に感謝。

A子ちゃんより都会に住んでいる私のほうが、ほとんど東京駅に来ることもなく、巨大化した駅の中でまったく位置関係がわからない。A子ちゃんが丸の内線(店とは反対の方角)まで送ってくれた。

3月20日

きのうは友人と一緒だから食べられたが、やはり胃腸の調子が悪く、ついに近所のクリニックへ。

診察で仰向けに寝て、胃を押されたらすごく痛い。ストレスによる胃炎。

ラベプラゾールNa(胃酸の分泌を抑える)1日1錠、セレガスロン(胃潰瘍・胃炎)1日2錠、コロネル(腸内の水分量調整)1日3錠、ミヤBM(整腸)1日3包。

花輪和一さんと何度か電話でやりとりする。

3月21日

霙。すごく寒い。きのうは薬を飲んで少しよくなったと思ったのに、また胃がむかつく。冷えるのがよくないようだ。

ちゃびのことを思い出してまた涙。

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2018年3月12日 (月)

森島章人『アネモネ・雨滴』出版記念 トリビュート展初日

3月11日

森島章人『アネモネ・雨滴』出版記念 トリビュート展初日。

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3面の壁をもらったので、ここに森島章人のために「アネモネ領」をつくった。

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短歌研究社の堀山和子さんが持っていらした暗い赤紫の珍しい色のアネモネ。とても神秘的。

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私がつくったアネモネのコサージュ。

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私が今までどうしても描けなかった、3月になってやっと描いたちゃびの絵(鉛筆)のコーナー。

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私は17時過ぎに行った。森島章人さんはもういらしていた。

12年ぶりくらいにお会いできて感激。前に私の四谷3丁目の展示に白と緑の野の花のような花束を抱えて来てくださって以来だ。

18:30からカフェでレセプション。

今野裕一さんお手製のカナッペ。トマト、モッツアレラチーズ、バジル、オリーブオイル。これはすごくおいしかった。

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森島章人さん。

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今野裕一さんがウンカに食われた茶葉などを自ら摘んでつくったお茶。たいへんおいしゅうございました。
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手作りのお茶について熱弁をふるう今野裕一さん。左は堀山和子さん。
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ミルキィ・イソベさんがモンドールのチーズを焼いた料理をふるまってくださった。
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3月12日

森島さんが長野に帰宅された後、夜、電話でお話しした。

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