絵画

2018年9月17日 (月)

『デッサンの基本』 第31刷り

9月17日

『デッサンの基本』(ナツメ社)増刷、31刷りになっています(5月15日に増刷のお知らせをいただいていましたが、記事にするのが遅れました)。

自分が気になったもの、心を動かされたものを、その時その時の感覚でとらえて描く「素描(デッサン)」や「スケッチ」は、楽しくて、思い出の記録にもなります。

マチエールに凝り、何か月も描き続け、どこを「絵の完成」とするのか、それ自体に苦しむことも面白いけれど、

見ているものの変貌、自分のものの見方の変化、そうした対象と自分の身体との関係性を、もっと短い時間で紙に残すことのできるデッサン(素描)は、なお面白いと思います。

私はデッサン(素描)というものを、言語ではとらえきれないものと関わる手立て、そこに在るものを発見する行為だと思っています。

私ににとって「絵」は、生命的なものとの交接、収奪ではなく受容、静かな愛情関係であり、その痕跡です。

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私がチューリップを好んで描くのは、世間一般に広く浅く共有されている「チューリップ」という言葉とそこから喚起されるイメージをはるかに超えた、劇的で妖しい変容を見せる花だからです。

丸くてかわいい観念の「チューリップ」ではない、自分が体験した奇妙な生命を描きたい。そういつも思っています。

なかなか花屋に出ないチューリップ「エステララインベルト」。4月5日に購入。

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上が4月6日、下が5月15日のチューリップ(エステラ・ラインベルト)。萎れてかさついていくことによって、妖艶に変身する。
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八重の少し萎れかけたフランスギク。
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濃い紫のアジサイ。
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植物の変容、緩やかな運動、微妙な色、細部の不思議に飽きることはない。

動物たちの愛らしい仕草にも限りなく魅せられ、飽きることはないです。

レッサーパンダ(ソラ。♀)の素描。ふっくら、おっとりしている。
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グルーミングするソラ。しっぽが長く、しっぽの先が細い。
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レッサーパンダ(ラテ。♂)の素描。
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くるりんしっぽで後ろ姿がかわいいラテ。
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レッサーパンダ(メイタ ♀)の素描。愛嬌たっぷり。生まれた時は男の子に間違えられていた仔。
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うちの猫、ちゅびが赤ちゃんだった頃の素描。

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うちに来た日。まだ眼が見えていなかった頃のちゅび。
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おなかだけが張って、手足が恐ろしく細く、汚れていて、ネズミの子みたいだった。

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素描(スケッチ)と同時に、画面右下にはその時のちゅびの授乳、排泄の記録をメモした。

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きょうのちゅびの素描(デッサン)。やせているが筋肉質で重く、運動能力抜群の甘えん坊。

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2018年9月16日 (日)

ちゅび(ぴょんすけ)の記録 9月16日 白血病検査

9月16日

明日の朝、私はイタリアに旅立つ。

昨年、はるかイタリア中部からメールをくださり、私の一番苦しい時期にずっと変わらず支えてくださったChinamiさんのお宅にお世話になりに行きます。

今、心配なのはちゅびのことばかりだ。

朝9時前にちゅびを連れて病院の扉の前に並ぶ。もうすでに3組くらい並んでいた。

快作先生がTシャツ姿で犬のハナちゃんを背負って「おはようございます!」と出勤して来られ、扉が開く。

待合室で、ちゅびはキャリーのネットの隙間から強引に鼻づらを出して大騒ぎ。

白血病の血液検査。「大きくなったネ。」と快作先生(よくここまで生き延びてくれたね、と内心、涙。。)。

結果は陰性だった。陰性なら予防接種としてワクチンを打つのかと思っていたら逆で、陽性だった場合に打つということだ。

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公園の満開の彼岸花の前で撮ろうと思ったが、座って煙草を吸っている人がいたので、花のない紫陽花と椿と南天の前でちゅびと。
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帰宅してから、ちゅびはずっと私の膝の上でゴロゴロ甘えっぱなし。お風呂にもついて来る。

眠りながら赤ちゃんの頃にお乳を吸っていた夢を見て口をチュッチュッチュチュッと動かしているのがとてもかわいい。

ちゅびが愛しくて愛しくてたまらない。明日から離れることを思うと胸がぎゅっと絞られる。

きょうのちゅびの素描(デッサン)。

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ちゅび、元気にしててね。
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2018年9月15日 (土)

ちゅび(ぴょんすけの記録) (9月14日~9月15日)

9月14日

きょうはちゅびがうちの子になった日から3か月目。

拾った頃は少し寒い雨の日もあり、脱水してミルクもうまく吸えず、ヘルペス(ウイルス性鼻気管支炎)もあった。

それから身体中ブツブツのカサブタだらけになって、この子は長く生きられないんじゃないか、と不安で泣いてしまったり。

今は2回のワクチンで抗体もばっちりできて、元気いっぱい。

心配なのは私がイタリアに旅立つ間、ちゅびを預けている友人が、新参の赤ちゃんチョビも24日頃に預かることになっていることだ。

扉の閉まる部屋(風呂、トイレ、洗面所)に隔離し、キャリーの中だけで授乳、排泄させて、手をAP水消毒する。それを10日間、私が帰国するまで絶対にちゅびに間接的に接触させないようにできるだろうか。

ちゅびねこの赤ちゃんの時の素描(デッサン)。

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かつて一緒に撮ったシュタイフ猫のぬいぐるみとちゅび。
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2018年6月23日のシュタイフ猫ぬいぐるみとちゅび。
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ぬいぐるみのほうが大きいくらいだった。
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ぴょん!
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9月15日

一日中私にくっついているちゅび。

昼は私の膝の上。夜は私の枕の上で、私の頭や首に半身をのせるようにして眠る。

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旅行の準備、ちゅびのことが心配でそわそわして自転車の鍵を失くしてしまった。

今のミヤタの自転車を買ったKサイクルのおじさんに鍵を付け替えてもらう。

自転車の後輪を右手で持ち上げながら店まで行くのが重くてたいへんだった。右の指の付け根が痛くなった。

おじさんのお店はは昭和21年からだそうだ。現在81歳。背筋がぴんと伸び、休日には多摩川で鮎を釣ってくる元気な人。私はここのおじさんにとてもお世話になっている。

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2018年8月13日 (月)

ホームページが消えていた / 次の本、 アートへの拒絶反応

8月13日

午後3時前から激しい雷雨。

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8月9日に友人が教えてくれて初めて、自分のホームページが自分の名前で検索してもウェブ上に出てこないことに気づき、愕然。

過去のjimdoからのメールを検索して、ホームページへのアクセス方法が変わったことを知る。

昨年末から編集画面にお知らせが出ていたらしいが、ログインしていないのでまったく気づかず。

ずっとホームページを更新も確認もしていなかった自分のうかつさが嫌になった。

あらためてアカウントをつくらないといけないらしく、メールアドレスを確定するとドイツ語のページへとんだ。

(jimdoはハンブルクの会社だということに気づく。Horst Janssenの家を訪ねた懐かしいハンブルクだ。あの丘の上の小さな家・・・向こう岸がかすんで見えない灰色のエルベ川の景色が浮かぶ。)

とりあえずアカウントをつくり自分のホームページと接続した。が、名前で検索してもいっこうに出てこない。

グーグルコンソールに登録。プロパティの確認、HTMLタグがなんたら・・・でけっこうな手間がかかった。

ホームページがないと、初めて会う人に自分の絵を見てもらうことができない。

自分のやってきたことの証明とまでは言わないが、名刺がわりのものが消えてしまったようで、たいへん気落ちした。

言葉で「絵をかいています」と言っても、なにも伝わらない。絵をかいていることは重要でははなく、どんな絵をかいているかが重要だから。

私は、自分の仕事、絵を見てもらえなくて、ブログだけを見られることに、惨めで恥に耐えない感覚がある。

12日になって、やっと検索に出てくるようになった。

(ブログの横のバーにホームページのリンクが貼ってあります。クリックして見ていただけたら幸いです。)

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6月にちゅび(ぴょんすけ)がうちに来てから、次の本をつくる作業がずっとストップしていた。

(ゲラとカンプ。作業中。)
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ちゅびに夢中で、二度と来ない赤ちゃん時代を存分に胸に焼き付けたい、という思いが激しい。そのことに関してはなにも迷うことがない、素直な欲望だ。

仕事のほうがおろそかになるのは、本をつくることが自分にとって有益なことなのかどうか、気持ちが揺れてしまうからだ。

常に、本をつくってもなにになるのだろう、誰が手にとってくれるのだろう、理解してくれる人なんているのだろうか?という思いにふさがれてしまう。

ここ20年、私はアートと呼ばれるものやそのシーンに対する拒絶反応が、いよいよひどくなってしまった。

絵が大好きで、2歳から夢中で絵を描き続けてきたのに。

クソつまらなくて吐き気がするどころではなく、アートは、動植物や弱く小さいもの、はかないものと直接深く交わる私の力をむしろ抑圧してくる。私の身体は耐えがたいストレスを感じる。

私の生きる希望や活力を潰しに来るアートに、これ以上ないほどの憎悪を感じる。

アートのほうでも、私の仕事を認めることはないだろうが。

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なぜアートが気持ち悪いか。それはとどまるところを知らない自己顕示欲、自己愛そのものだからだ。

人間だけが持つ嫌らしさの権化だ。

他人の不幸を餌にして成り上がろうとする人たち。

「相手のために」「思いを込めて」という欺瞞。

自己利益のためなのに、「無償性」を騙る厚かましさ。

対峙するべき現実があるにもかかわらず、アートにかまけている、鈍くて傲岸な人たち。

アーティストもアート好きのスノッブもそうだ。

そこに金儲けが絡まり、計算高い人たちが群がり、アートシーンができあがる。

(いまだに「アートのためのアート」の信仰にしがみついている人たちについては、ここでも触れないでおく。)

たとえば、どこかの旅先で素敵な懐かしい景色を見つけても、そこに趣味の悪いアートが鎮座ましましていたら、パチンコ屋やキャバクラの看板よりもずっとずっと私は不快だ。

人工物のない荒涼とした光景、土と植物と動物だけの景色が私の憧れの心象だ。

私は、そこに在るものを鋭く見ることができる人、柔らかな感性を持つ人にしか憧れることはない。

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福島のヤノベケンジの件、アートを飾れば復興にプラスになる、みんなが喜ぶ、という馬鹿げた思い込みが気持ち悪い。

そこにアートはいらない。なにかを置きたいなら大きな線量計を置けばいい。

自己都合のこじつけ解釈ができるオブジェなどむしろ邪魔だ。一つの局面でしかないにしろ、現実をそのまま多くの人に伝えることに力を注ぐべきだ。

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2018年6月12日 (火)

「岡本神草の時代展」、風太一族、動物からの収奪について

6月10日

台風で昼頃から雨の予想。陽射しがなく、人出が少ないこんな日こそ、私は出かけたくなる。

あの風太一族を、一度、見てみたいと思ってたので、千葉市動物公園へ。そのあと「岡本神草の時代展」を見に千葉市美術館へ。

羽村のかわいいソラは、風太の3番目の子、風美の子だ。

岡本神草は、今回は17歳くらいの時の素描(デッサン)着彩など、写生がたくさん見られるということで期待して行った。

9時頃家を出、約2時間で目的地へ。千葉市動物公園は初めて来たが、かなり広い。

レッサーパンダは暑さにとても弱いらしい。きょうは涼しいので、雨の中、樹の高い枝の上で寝ている子が多かった。

樹の上で寝るメイメイ(♀2007年生。風太の子、クウタのお嫁さんでユウのお母さん)のところに登るユウ。

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りんごを手で持って食べるメイメイ。手で持てないユウ。手で持てる子は左利きが多いそうだ。
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今年15歳になる風太。小屋の中で眠っていたが、「風太、お仕事だよ~」と起こされてりんごを食べるところを見せてくれた。ごめんね、風太。ありがとう。

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風太はチィチィ(♀2003年~2012年)とのあいだに8頭の子を生んだ。2017年12月現在で風太の子、孫、ひ孫、やしゃごは43名(?)。

今年、風太の15歳(人間で言うと70歳くらい)を祝う大きな記念イベントがあるそうだ。風太が疲れないようなイベントであることを祈るばかりだ。

動物園のイベントは興行であり、私はイベントのように人が集まる場所に行くことはまずないが、動物園、動物の「展示」というもののあり方、こうして見に来ている自分が「動物からの収奪」に加担しているのか、と内心はいろいろ考えて複雑だ。

私は一匹でも動物を殺すのが嫌なので、動物の肉を一切食べない。

大きな肉食獣を展示するために、人間が他の動物を殺して与えるのは、私個人は嫌なので、チーターなどは、わざわざ連れて来なくていいのに、と思う。

レッサーパンダには、今の飼育では動物は与えていないそうだ(スズメなどを食べてしまったことはあったそうだが)。

彼らを見たくて、動物園に来てしまう私も動物虐待に加担しているのかもしれない。この問いには、簡単に答えが出ることはない。

風太の立ち姿が一大ブームになっていた頃、日に3000人もの来園者があったらしい。

その頃、私にはちゃびがいた。ちゃびほど可愛い相手はいなかったので、ちゃびと暮らしているあいだ、私は動物園に行くことが一度もなかった。

ちゃびを失った今、人間的な倨傲と収奪そのものの「アート」界の瘴気に耐えられなくて、動植物に会わないと自分の生命的な活力が死んでしまいそうになるので、毎週遠出している。

リンゴを立って食べるみい(♀2013年生。クウタとメイメイの第4仔)。みいは長崎からお婿に来たライムと一緒にいるが、ライムはおとなしく、逆にみいはぴょんぴょん跳ねまわり、、木にじゃれついて転げウ~ッと木に怒ったりして、元気に遊んでいた。

土をどどどどっと掘って、虫を食べている(?)みいの姿も新鮮だった。
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クウタ(♂2008年生。風太の第6仔)は風太一家の跡取りで、メイメイとのあいだに8頭の子をもうけた。
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すごく愛嬌のあるメイタ(♀クウタとメイメイの第6仔)。お婿さん捜し中だそうだ。

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メイタという名前なのは、生まれた時にはオスと間違えられていたからだ。

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メイタは跳ぶのが得意で、1m20cmくらい上にあるリンゴをジャンプして取ることができる。

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3時半頃、動物公園を出る。

ずっとカメラ(望遠レンズと標準を使い分ける)を持って、少しの休憩もなく歩き回っていたので、かなり疲労し、肩と腰と足の裏が攣りそうになった。

私は動物や植物を見る時も、好きな絵を見る時も、のんびりおっとり見ることはまずなく、いつもぎりぎりまで体力を使い果たしてのめりこんで見るので、重労働になるのだ。

私は絵描きだけれど、人間の虚妄が集約されている「アート」を見るのが嫌いだ。嫌なものが身体になだれ込んで来てイライラする。

私にとって貴重な時間と心身ともにエネルギーを使ってまで見たい価値があるものは、すごく限られる。

「絵の範疇にはいらないもの」を得意気にやっている人を見ると、誰にも想像がつかないほどの激しい不快感、嫌悪感で、私は心身ともに損傷を受けるのだ。

その汚らわしさは、ずっと何年も身体損傷として残り、消えることはない。

・・・

「岡本神草の時代展」。

私は、いわゆる「大正デカダンス」の時代の画家の絵にはすごく惹かれるので、本物を見られる機会があれば、たいてい行っている(情報通ではないので、気がつかないうちに終わっている展覧会もあるが)。

岡本神草の10代の絵を見ることができたのが良かった。

17歳の時の「手鞠と追羽根」という絵に衝撃を受けた。手鞠と羽子板と羽根を写生し、紙を切り張りしつつ構成したものだ。

茶色い紙の上に描いた羽根の、ほとんど透明な胡粉の薄塗り、ところどころ細い線で起こしている筆跡。

小さな玩具から、ここまで弱弱しさ、柔らかさ、可憐さ、精妙さを見出すことのできる眼。それを「絵」に昇華させる力量に打ちのめされた。

羽根で隠されていて、隙間から見える羽子板の絶妙な量。朱と青の透明感と分量。

なぜ、この位置で紙が継がれているのか、なぜ、継ぎ目がずれているのか、作者の感性の謎に引き込まれる。

さりげないようでいて、すごく高度で、凡庸な人間にできるようなものでない、と感じさせる絵だ。

私は公募展に出すような大作よりも、むしろこういう小さくて個人の才能が迸るものに興味がある。

あとから年譜を見て知ったことだが、この「手鞠と追羽根」は、彼が美工絵専両校製作品競技展(校友会展)で銀牌を受けたものだった。

もう一つ、私がすごいと感じたのは21~23歳頃の「秋の野」の植物写生だ。ススキの葉の曲線のなまめかしさ、どこに向かって流れる線を選ぶか、これは私の感性が求めるもの、そのものだ。

人物の素描には、私の予想よりも幼いものも多くあった。夢二の模写、浮世絵の影響、マンガ的なデフォルメの研究。

「口紅」はたしかにすごく完成されていた。

美と醜、デザイン的なセンスとグロテスクのバランス。

か細くすんなりした幼い腕。焼けて黒く変色した銀箔の桜の簪。華美でありながら気品のある古典柄の衣装。

すっきりとしたフォルムの中に、びしっと緩みなく、濃密で冷たいような装飾的要素が詰まっている。

周到に着飾り、最後に「口紅」を塗る女の、陶酔したような、これから何をしでかそうをしているのかわからないほてった表情へと、画面のすべてがデモニッシュなものへと、渦を巻くように収斂していく。

そこには強烈な「わかり得ないもの」がある。

大きな下図を写して「塗って」いく「日本画」と呼ばれるものに、今の私はほとんど興味がないが、神草の「口紅」という作品には、「塗って」いるのにも関わらず、発散する妖気の「運動」があった。

神草は、下図よりもいわゆる「本画」と呼ばれているもののほうが、遥かに生気があること(これは逆になってしまうことも多い)、その落差に感嘆した。

大正デカダンスそのものの神草の若い頃の日記が展示されていたが、サタンを愛する者は・・のくだりが図録には載っていないようで残念だ。

この時代は、岡本神草や甲斐荘楠音が命を賭けた絵画の革新や、芸術運動というものが、まだ生きていた時代だ。

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2018年5月10日 (木)

ルドン、ハゴロモジャスミンの匂い、柑橘の花の匂い、タンポポの散種

5月10日

きのうは関東でも雪が降った。今朝は雷を伴う冷たい雨だったのが、午後にはきれいに晴れた。

しぼんだタンポポを摘んで硝子瓶に生けていたのが全部丸い穂綿に変わったのを持って出かけた。

ほかの雑草(ハルジョオンやキュウリグサ、ハルノノゲシ、オニタビラコ、ジシバリなどなど)が生えていてタンポポが生えていない土の上に持っていって、ふっふっと吹いた。

いろんな場所に散種した。来年の春、生えてくるのか、それらの場所がどうなっているのか。

風媒花なのに動物媒している。タンポポはヒトが飛ばすことをわかってその美しいかたちをとっているのだろうか?

4月の半ば、近所の飲食店と喫茶店の間の、人が入っていけない僅かな隙間から、風が変わる瞬間に飛ばされてくる白く光るシフォンのような粉っぽく甘い匂いを感じた。

ハゴロモジャスミンの匂いだ。けれど花は見えなかった。

隙間の向こうは建物と建物で挟まれた小さな裏庭のようなところらしいのだが、角にある飲食店の側面に廻っても人が通行できる幅はなくて、そこに到達できる道はなかった。

そのあたりを通るたびに、目には見えないその花の香りを確かめた。私は花の姿をこの目で見たくて何度も細くて真っ暗な隙間の向こうの明るい光を覗き込んだ。

「ここに立ってみて。ジャスミンの香り、わかる?」と、そこに友人を引っ張って行って立たせてみた。

数十秒待機するあいだに閃くシフォンが通り過ぎ、「ほんとだ。」と友人は言った。

暗い隙間の向こうの明るい場所に在った花は4月の12日頃に咲き始めて、4月の終わりに枯れた。

街ではジャスミンを追いかけてニセアカシアの白い花が香った。それに続いて柑橘(蜜柑、柚子、朱欒)の白い花の匂い(ネロリ)が、幾度も街路を帯状に抜けた。

柑橘の花の匂いはジャスミンの匂いよりも金色を帯びている。

ニセアカシアの花も柑橘の花もほろほろと地面に落ち、今はアイリス、スイカズラ、ヤグルマギク、モジズリ(ネジバナ)、ドクダミ、ホタルブクロや早咲きのバラが満開。

きょう、今年最初のツバメの巣を見た。毎年ツバメが巣をつくるしゃれた古着屋さんの軒先だ。「頭上注意!ツバメの巣があります」の貼り紙。下にはフンがたくさん落ちている。

春から夏へ。

5月9日

夕方からルドンを見に東京駅へ。5時ちょっと過ぎに着いたらけっこう行列していたのでどきっとしたが、展示会場内はそんなに混んではいなかったのでよかった。

昔、ヨーロッパを旅行雑誌と電車の時刻表だけを頼りに2か月間旅をした時、フランスのオルセーで見たルドンの花々。

特に「黄色い花咲く枝」、「黄色い背景の樹」、「人物(黄色い花)」・・・このあたりの黄色い連作が一番記憶に残っているので、もう一度間近で見て、どう感じるか確かめたかった。

やはり黄色をはじめとする色の使い方、一筆ごとに筆触が物質化されていく、その色ごとの質に激しい快感を覚えた。

抵抗感を持ち壁のように前に出てくるグレー、それよりさらに前に出てくる黄色、あるいは地として背後に引っ込む薄茶、透明な空間として後ろに遠ざかる青(ヤグルマギク色)の物質感、それぞれの筆触を見ていた。

アカデミックでないこと。柔らかく重厚。たどりつけない謎を含むこと。あらゆる色の質のモザイク。植物の動物化。

今回の展覧会のメインである「グラン・ブーケ」。私は今回初めて見た。確かによい作品だ。

仏画に譬えたり、御神木に譬えたりして崇めるのは勝手だけれど、しかし、これ、三菱地所の美術館が買い取ったの?フランスに置いておくべきなんじゃないの?という複雑な思い。

小さなことかもしれないが、「花々(赤い芥子)」という画題が気になった。フランス語の原題は「Fleurs(Vase de fleurs)」で芥子とは書いていない。私の眼では、この赤い花はどう見ても芥子ではない。シャクナゲやツツジの類だ。

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展示の最後のほうの部屋にあった「装飾プロジェクト」。

「装飾」という言葉は重要な芸術ではないような軽い響きがあるが、私はこの部屋の作品を夢中で見た。ほとんど熱心に見る人がいなかったので空いていてよかった。

「装飾」と言ってもルドンの描いたものは薄っぺらで単純なものではなく、花や葉のひとつひとつが謎めいて想像力をかきたて、胸がかき乱されるほど素敵なものだ。

それが刺繍になり、椅子になっても魔力は消えていない。

むしろ古い少し色褪せた椅子(1911-1913)の艶のない刺繍糸の盛り上がりとしてルドンの色やかたちを見たことで、私の想像力は大きくひろがった。

若林奮先生が「装飾という言葉を見直さなければならない」というようなことを言われていたことを思い出していた。

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2018年5月 6日 (日)

サラ・ムーン

5月3日

みゆきちゃんと古着屋でキャシャレルのスカートを見ていた時に、サラ・ムーンの写真を思い出した。サラ・ムーンのおかげで、「キャシャレル」という言葉だけで甘美なイメージを連想するようになってしまっている。

検索したら、ちょうど4日までサラ・ムーンの『 「Dun jour à lautre 巡りゆく日々』という写真展をシャネルでやっていたことを知る。急遽、写真の話が通じる友人と出かけることにした。

内容は素晴らしかった。会場内の撮影自由なのはすごく嬉しかった。

私が最初にサラ・ムーンに衝撃を受けたのは、84年のプランタンでの日本初個展の時だ。その時の写真集をずっと大事に見ている。

薄暗くて、けだるくて、甘やかで、淋しげで、沢渡朔さんの写真と共通するところがあると思った。

サラ・ムーン日本初個展の時は、男性の観覧者はほとんどいなかった。女性ファッションのコマーシャル写真というように捉えられていた。今は男の人もいっぱい。あの頃より、ずいぶん有名になってしまった。

あまり有名でたくさんの人が押し寄せるようになると、私は一気に冷めてしまうのだが、それほど混んではいなくてよかった。

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すべての写真が、一貫して「不分明なもの」を撮ろうとしている。

「変容」。あいまいで妖しいもの。

なにを撮っているのか、どう撮ったのかわからない写真。これは私が絵でめざしていることと同じだ。だから強く惹かれる。

私はわかりやすいものに興味がない。

あからさまな暴力で挑発するものも嫌いだが、牧歌的で穏やかな風景も嫌いだ。

「カモメ 1998」。カモメというタイトルが違っていたら、叫んでいる白い仮面のように見える。

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この写真も、ぱっと見て、私は犬を撮ってるのだとわからなかった。大きな黒い口を開けている顔として見た。

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ベルリンやハンブルクの私にとって懐かしい情景もあった。それも、もちろん普通の捉え方の風景ではなかった。

上「ハンブルクにてⅢ2013」 下「ハンブルクにてⅣ2013」。

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ハンブルク風景の横に展示してあったこの写真は、ホルスト・ヤンセン(ハンブルクに住んでいた)の初期の版画にそっくりだと感じた(友人はフォートリエの「人質」を思い出したそうだが)。私は、これをヤンセンへのオマージュだと思った。サラ・ムーンもハンブルクでヤンセンの作品を見たのだろうか。
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「白鳥の歌」と題された動画。サラ・ムーンの映画「ミシシッピーワン」の時の音楽はヴィヴァルディ。ヴィッド・ロウの女性ボーカルだった。この音楽はヴァン・デン・バーデンマイヤー。
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川崎の工場地帯だそうだ。
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シャネルのビルのぴかぴか光る階段で。

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四谷の私の好きな橋にて。風が強かった。

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きょうは、古着で買ったけど、なかなか着られなかったMarc Le Bihanを羽織って行った。男の人の着古した作業着をバラバラに切って、身ごろを上下逆につぎはぎしたすごいデザインのシャツワンピース。私が着ると、自分で切り張りしたみずぼらしい服と思われるみたいだ。

杉大門通りの裏通りの小さな階段はまだあった。

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ここも私の好きな裏道。時折、猫が横切る。

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2018年5月 3日 (木)

パラボリカ展示終了

4月30日

パラボリカの「森島章人『アネモネ・雨滴』トリビュート展」最終日。

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妙子さんととても久しぶりにギャラリーでお会いする。妙子さんは私が初個展をした時に、新聞で告知を見ていらしてくださり、知り合ったかただ。

お会いするのは10年以上前の四谷3丁目でやった展覧会以来だ。その後、妙子さんは結婚、出産、子育てと忙しくなってなかなかお会いできなかった。

私は2時にギャラリーに着いたのだが、少し前にお帰りになったお客様が私の「小さな蛙と風の薔薇」という絵を購入してくださったときいて驚く。

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「小さな蛙」とはラナンキュラスという花の名前の語源。「風の薔薇」とはアネモネのドイツ語での別名。画題は「ラナンキュラスとアネモネ」という意味だ。

この絵は私の絵の中ではカラフルなほうだが、衰弱し、うなだれたり、折れたりしている花を美しいと感じ、それをこそとらえようとするる私の「意志」が出ているので、一般には受け入れられにくいと思っていた。

どんなかたが買ってくださったのだろう。

5月1日

パラボリカより絵とコサージュ作品の搬出。

行く先が決まった絵「小さな蛙と風の薔薇」と最後に記念撮影。
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友人が重いもの(大きな絵)を持つのを手伝ってくれたので、私は大した荷物を運んでいないのに、すごく筋肉が痛くなり、疲労感がどっと出た。

2か月間の展示、やっと終わった、という精神的なものかもしれない。こんなに長く展示したのは初めてだ。

ゴールデンウイーク中、できるだけ静かな気持ちで仕事を続けたい。

私は今、毎日少しずつ絵を描くことができている。そのことは、ものすごく私自身にとって大切でありがたいことだ。

身体のどこかを共有しているように近い存在だった母とちゃびを喪失してから、絵を描くことも、本を読むことも、ましてや人と会うことなど、酷く苦痛だった。それくらい滅茶苦茶に心身ともに潰されていた。

絵を描いたとしも、それがなんになる、とすぐに冷めてしまうような、少しも充実感がない、絵を描くことが楽しいと人に思われること自体が苦痛、と思うような時期が続いていた。

半年が過ぎ、やっと、ようやく、私らしい私に戻って来つつある。

静かに自分を休養させる時間を持つことは難しい。どうしても辛いことを思い出し、苦しんでしまう。

穏やかに落ち着く方法を見出すこと、リラックスすることも簡単なことではない。

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2018年5月 2日 (水)

タンポポの穂綿、ハルジョオン(春女苑)

4月29日

真夏を思わせるような日射しの強い日。

みゆきちゃんに頼まれていた絵を渡すために高円寺で会う。

イタリアンで食事。毎年恒例の大道芸の人込みの中を歩き、私の好きな古着屋を一緒に廻った。彼女は「これから服はすべて高円寺で買おう。」と言った。

赤い薔薇の柄のネルと綿と絹をつぎはぎしたシャツを相当気に入っていたが、「これは私向きじゃなくてふっこ向きだよ。」と言った。

みゆきちゃんはヴィンテージのキャシャレルの小花模様のスカートを見つけた。小花の描き方が黒一色のペン画のようなしゃれた柄だ。

16、17歳の頃、なわばりのように徘徊していた新宿のファッションビルの中の店で、70パーセントオフの掘り出し物を見つけては「これ、いいんじゃない?」「これはかわいいんだけど、ふっこ向きだよ。」と試着しては笑い転げていた頃と同じだ。

みゆきちゃんは西新宿7丁目、私は4丁目で育った。西新宿の変遷を知っている友達でもある。

今のみゆきちゃんの家から少し離れたところに、古いお屋敷跡のようなところがあるそうだ。「そこの森のようなところがすごく気になるの。一緒に行かない?」と言われて嬉しかった。

高校生の頃、彼女とふたりで、数々の冒険をした。古いフェンスによじ登ったり、北風の吹きすさぶ浜や田舎の線路の上をどこまでも歩いたりした。

彼女もすごい人見知りだ。私は彼女と一緒に、ありきたりのものでない、多くの人にとっては価値がないが自分にとっては特別に素敵なものを見つけるのが楽しくてたまらなかった。

彼女は私がなにを見ているか。いつもなにを探しているのか、わかっている。だから一緒に歩いていてもペースの合う数少ない友達だ。

みゆきちゃんは3時から用事があり、きょうは2時過ぎに帰宅した。

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4時過ぎにGと阿佐ヶ谷方面に散歩。Gも私が好きなものをよくわかっていて、先回りして見つけるのが好きだ。

狭い猫道。

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陽の当るところのハゴロモジャスミンはほとんど花が終わってしまったが、まだ残っているものは特有の強い香りを放つので、だいぶ離れていてもすぐにわかる。

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線路沿いにある古いアパート。外についているらせん階段が絵になる。

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もう終わりかけの春女苑と。

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萎れてちぢれ、斑点ができて美しくなった薔薇。Sdsc00778

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Gが先に見つけて私に指さした猫の広告イラスト。
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4月28日

朝、ガラス瓶に生けて観察していたしぼんだタンポポの一輪がきれいに開き、丸い穂綿になった。

踊り場のところで陽にあてて撮影。

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野の花をヨーグルトやジャムの空き瓶に挿すのが好きだ。この花たちを見ながら絵を描いている。ほかにキュウリグサも。
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青空の下で光を受けると、穂綿は内側から光を発するように輝く。Sdsc00663

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昼過ぎ、先週に引き続き、Iさんと学習院の古い建物を見た。

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皇族の昔の寮の建物は修復中。

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ここでもタンポポはほとんど全部穂綿になってしまっていたが、4、5輪だけ残っていた黄色い摘んで茎を水につけて持ち帰った。

廃棄するのではないと思うが、古いベンチが集積されているのがすごく気になる。白いペンキの禿げたのが欲しい。

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その後、世界堂に私の(木のパネルに貼った)絵に合う額縁を見に行った。

縁の種類は以前来た時よりもずいぶん増えていた。毛利先生の使っていたアンティーク風のものもあった。

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2018年4月 9日 (月)

パラボリカ 森島章人トリビュート展 第2期のレセプション

4月7日

パラボリカ・ビスで開催中の森島章人『アネモネ・雨滴』出版記念トリビュート展、第2期(部屋が変わり、展示も少し変更)のオープニングレセプション。

今回はけっこう文学関係のかたたちが来られていた。

乾杯の音頭を森島さんがとり、その時に集まった人たちの紹介と、ひとことずつの言葉があった。

私は『アネモネ・雨滴』の口絵を描いた画家として最初に紹介いただいたが、特に言葉は出て来ず(人前で急に言葉を求められると一切話せない)、「使っていただいて恐縮です」とだけ述べた。

クロソウスキーなどの訳で知られる小島俊明さんが「森島さんから歌集を送っていただいて初めて森島さんを知った。「抽斗(ひきだし)に海をしまへば生きやすき少年といふもろき巻貝」という歌が素晴らしかった。詩、ポエジーとは言葉だと思っていたが、ここに集まっている作品を作った人は言葉ではないポエジーを持っている。」とお話しされていたのが印象に残っている。

私の口絵について「アネモネの絵にはとても驚きました。暗い情熱に狂い咲く寸前の、凄絶な精神の美を感じます。歌と拮抗した緊張感に痺れました。」という手紙を森島さんにくださったという藤本真理子さんが滋賀からみえていた。

藤本さんは紬のお着物を素晴らしく着こなしていらっしゃったのだが、うっかり撮影させていただくのを忘れて残念。

今回、森島さん所蔵の絵を展示されていた画家の田谷京子さん(左)と田之上尚子さん(右)。お二人とも正直で柔和なお人柄で、すぐに打ち解け、話が盛り上がった。

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9時過ぎに詩人の林浩平さんがかけつけ、写真を撮ってくださった。真ん中が森島章人さん。森島さんの右は歌人の天草季紅さん。
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林浩平さん撮影の私。林さんは、今日はこの前に4つものイベントに出席されたという。
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