動物

2024年4月14日 (日)

河畔林の新芽

4月13日(土)

レットヴィモ副作用のむくみと頭の濁りがある中でも、きのうと今日は比較的マシだった。

透き通った点々の新芽が見たくて出かけた。

朝起きた時は、全身倦怠と筋肉痛で、駅から歩いて行けるのかと不安だったが、今日は歩けた。先日の御苑に行った時よりは力がある。

早緑の点描の中に枯れ蔓の複雑な絡みの塊が残る。

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枯れ蔓が絡まる枯れ木はほとんどがサイカチで、よくみるとすべての枝だけでなく幹までもが鋭い棘で覆われている。怪我しそうでとても危険。
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昔、6月に来た時はぬかるんで運動靴がずぶずぶと沈んだ。

あの時は壮麗な花火のようなシシウドの花が美しかった。

林の中にはたくさんのカタツムリがいた。

2月にひとりで来た時は、凍えながら間近にアオサギを見た。

すべて、忘れることなく覚えている。私の好きな場所。

もう体力的に来られなくなるかもしれない。でも今日は来ることができた。

今日の乾いた原には雪の結晶のような、まだ若いカワラヨモギ。

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近くの藪の中からキジが飛び立った。

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前に沢渡さんと撮影した日曜日にもいたが、「ラジコン禁止」の看板があるのにラジコンを飛ばしている人たちがいる。

横を通ったが、けっこう年配の男性3人だった。看板はいくつか立っているが、ここは鳥獣保護区じゃないのだろうか?

さらに林全体に響く大音量で音楽を流していたのですごく腹が立った。青江三奈の「伊勢佐木町ブルース」だった。

ウグイスやシジュウカラのかわいい鳴き声が聞こえない。

わざわざドラムセットを車で運んで来て、土手で反響するように大きな音で叩いて喜んでいる人にも何度か会っている。

静かな空気を壊す勝手で汚らしい自己顕示。そういう人たちが本当に嫌。

 

 

 

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2023年10月27日 (金)

個展開催中 新高円寺駅すぐのGALLERY工にて

10月26日(木)

きょうもいろんなお客様がいらしてくださった。

最初のほうにいつもメールでおしゃべりしてくれるAちゃん。気取りのない友達が来てくれてほっと一息。

イタリアの現代思想の紹介で著名な、私が感動したアガンベン『アウシュヴィッツの残りのもの――アルシーヴと証人』を訳された上村忠男先生、シモーヌ・ヴェイユの思想から現代への鋭い問いかけをされている今村純子さんと。

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今村純子さんはずっとお会いしたかったかたで、今村さんも私のブログを読んでくださっていたと知ってびっくり。

しかも私を知っていただいた最初が、映画だったと知って本当にびっくり。

美術評論家の中野中さんと。
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谷川俊太郎さん事務所の川口恵子さん。

肺の手術の時に猫2匹を預かってくれたSさん。Sさんはうちの3匹の命の恩人(拾い主)。

6時50分くらいになり、ひとりでビールを飲んでいたらお客様が来られた。誰かわからなかったが、芳名帳へのサインを見たら美大でのI先輩だった。

ご案内をお送りしたS先輩からメールで私の個展のことを知らされたという。

お顔ははっきり覚えていたが年も離れていてあまり深く話したこともない先輩が、ご案内ハガキに書かれていた私の病気のことを心配してわざわざ個展を見に来てくださったので感激した。

何十年も時を経て、いきなり心を割ってお話できていることが信じられなかった。

10月25日(水)

個展初日。

最初に私よりずっと年上だが美大の懐かしい同級生が来てくれた。恩師のお葬式以来、10数年ぶりに再会。

彼の絵は私とはまったく違うタイプの絵(性格もまったく違う)なのに、私が自分で一番気に入っていて非売にしている絵をぴたりと当てた。

「こういう画面から血の滲むような感じ。体質だと思う。そこが毛利先生に似ている。」と言われた。

荻窪の古書店のNさん。とても長い時間、熱心に見てくださり、絵の感想をくださった。

そしてかな書道の先生。「ひとつのことを徹底してやり続けるのはすごいことね。」と言われた。

『戦争と児童文学』(みすず書房)の著者、繁内理恵さんと友人のぱせりさん。繁内さんとも初対面だがいろいろお話を伺って感激。

もう何十年もお会いしていない美大のU先輩も。容貌はすっかり貫禄になられていたが、絵に対する気持ちは変わらず。

卓球のおともだち。(私は、肺の手術後半年は卓球は無理、と主治医に言われていたのだが、1か月後には痛む傷口を左手で押さえながら卓球に復活していた。すごくへたなのだが、卓球をやっていると癌のことを忘れられるので。)

画家の伊藤ゲンさんに花かごをいただいた。

夕方に鵜飼哲さんとみすず書房の尾方邦雄さん、筑摩書房の大山悦子さんが来られた。

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みすず書房の尾方さんは、鵜飼さんがみすずから出された論文集『いくつもの夜、いくつもの砂漠』に、私の仕事について鵜飼さんが論じた文章が、私の絵とともに収録されることになったときのご縁で。

(収録されているのは、私のエッセイ集『反絵、触れる、けだもののフラボン』についての文章と画集『花裂ける、廃絵逆めぐり』のための文章の2本です。)

筑摩書房の大山さんは、もうすぐ、ちくま学芸文庫として刊行される鵜飼さん訳のジャック・デリダ『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』の巻末に付される、私が書かせていただいたエッセイの担当編集さん。

ちなみに、今回の個展のタイトル「応鳴、息の犇めき」は、そのエッセイのタイトルから借り受けてきています。

鵜飼さんはこのあと芸大での「イスラエル・ハマス戦争をめぐる討議vol. 01」に向かわれた。

ポルトリブレで知り合った絵描きの太田国穂さんも。「わびさびは金属が錆びるのと同じ語源だと思う。人間も錆びる。さびは出そうと思って出せるものではない。錆びを持っているというのはすごいことだ。」

10月24日(火)

GALLERY工で個展の設営。

たいへん難しかったが、午後3時過ぎに足利市立美術館の篠原さんがいらして、プロのワザで設営を手伝ってくださった。

数多い小品の位置決め、写真の展示の方法や位置決め、照明の調整など、今まで数百の展示をやってきた篠原さんの手慣れた要領でどんどん進んだ。

まさか公立美術館の学芸員さんに個展の設営をやっていただくとは思わなかった。心より感謝。

 

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2023年7月16日 (日)

花輪和一と小樽天狗山リス園

7月8日(土)

今回の旅で、私がずっと楽しみにしていた小樽天狗山山頂のリス園へ。

本当は平日に行きたかったのだけど、天気が不安定で月曜は雨になるかもしれなかったので急遽出発することにした。

札幌を出発し、思ったより早く、25分くらいで真っ青な海が見えた。車窓のすぐ近くを飛んで行く石ばかりの狭い浜。錆びたトタン屋根に眼を奪われる。

昼に小樽着。天狗山ロープウエイ乗り場までバスで20分くらい。

頂上に着き、ついに来ました!夢にまで見たエゾシマリス園。リスたちはとてもすばやく走り回る。白い綿状のものはポプラの花(穂綿)。

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この表情はうちのちゅびお(キジトラの♂猫)に似ている気がする。
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フードは入り口のところにあるカプセルガチャでヒマワリの種300円を購入。

柵の中にはリスたちの巣穴(土に堀った穴)があるので立ち入り禁止。家族連れとカップルが多い。

「リスが怖がるので追いかけたりしないでください」と書いてあるのに、 大声で叫びながらリスを追いかける子供たちにげんなりする。

暑いので日傘を差してしゃがんで静かに見ていたら、私の日傘の影に入って来た子。

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膝に置いた上着に乗ってきて、布の影に入って休んでいた。かわいすぎてたまらない~。
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夢中でシマリスを撮り続け、汗をかき、喉はカラカラ。自動販売機で冷たい飲み物を飲んだ。マーガレットが咲く斜面。
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2匹並んでいるのは、たぶん親子。
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左の小さい子は、まだ眼が開いていないようで、ずっと眼を閉じて動かずモグモグ食べて、そのあと巣穴に入って行った。
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こちらの子はブタナの長く伸びた茎を引っ張ったり、噛んだりして遊んでいた。
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茎をおまたにはさんでみたり・・
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お手手で莟を引っ張ったり・・リスは若い草の芽も食べる。
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水飲み場で飲んでいる子をしゃがんでじっと見ていたら、また私のほうに近づいて来た。
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静かにしていたら手首に乗って来て、このあと肩まで乗って来た。まわりの子供たちに騒がれたくないので、日傘で隠してじっとしていた。

(注意 感染症注意のため、手から直接に餌をあげてはいけないこと、木のスプーンでやることになっています。)
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1時に山頂に着いて日暮れまで4時間以上、私は水分補給とトイレのほか休憩なしてずっとシマリスを撮っていた。

私には夢のような体験だったのだけど、またもいつもの理由で花輪さんと喧嘩してしまった。

最初の20分くらいで花輪さんが私に黙っていなくなり、すぐに気づいてリス園の外に出ると、思ったお通り、端っこで煙草を吸っていたのだ。

「なんで黙っていなくなるの?」

「邪魔しちゃ悪いと思ったから。リスに興味ないし。」

「嘘!煙草の禁断症状でおかしくなってるだけじゃない。ここ禁煙だよ。まわりに誰一人吸ってる人いないし。」

「どこにも禁煙て書いてないから。」と言われて頭に来て、売店の人にはっきり聞いてくる、と言って走って行ったらやはりドアのところに「敷地内禁煙」と書いてあった。

花輪さんにはレストランハウスで好きなものを食べて待っていてもらった。

5時過ぎにロープウエイで下山しバスを待つ時も、花輪さんは即、木陰の方に行ってタバコを吸う。

「さっき吸ってたのにもう我慢できないの?」と聞くと「だってさっきは半分しか吸えなかったんだよ~。」と。

3月に私が右肺の中葉切除の手術を受ける報告をして、もう死ぬかもしれないから煙草をやめてほしい、と言ったときは「わかりました。やめます。」と言ったのに。

帰りは私の大好きな「石狩挽歌」に出てくる「朝里の浜」に降りてみたいと思ったのだけど、そうすると帰宅が相当遅くなってしまうので、車窓から流れる景色を撮るだけで諦めた。

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岩の上に鵜がいる寂しい海の景色。

この日、札幌からの地下鉄には浴衣の若い女の子が多く、真駒内公園で花火大会だと話しているのが聞こえた。

スーパーで買い物をしてバス停でバスを待つ時もまだ、8時半くらいまで花火が上がっていた。

 

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2022年12月 7日 (水)

羽村、レッサーパンダ(ラテ、ソラ、アル、リンリン)

12月4日(日)

今日は特に暖かく17℃になる予報だったので、久しぶりに羽村市動物園に行ってみることにした。

夕方の寒さをおそれ、先に動物園とは逆方向、多摩川の羽村大橋を渡って川沿いの林の方へ。思ったより樹が裸でちょっと寂しい風景。

土手沿いを「羽村の羽」まで歩いたが、向こう岸に並んでいた「牛枠」(昔の丸太でできた水防装置)が無い!数年前の大雨で流されてから復元されていないみたい。

動物園に着くと、久しぶりのラテとソラ!ふたり仲良く絡み合ってぴょんぴょんしているのを見られて感激。ふたりとも木などにおしりを擦り付けるマーキングの仕草が見られた。
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ラテ(2013年6月11日生)はくるりんと回転して立っているシッポが本当にかわいい男の子。
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ソラ(2014年6月12日生)は白っぽくて横にふわっと広がったおっとり顔がかわいい女の子。左耳が折れ曲がっているのもチャームポイント。
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このほわんほわんした感じ、どうもソラはうちのプフに様子が似ている。

ラテとソラには、私が先代の愛猫ちゃびを失った欠落感で真っ暗になっていた時に気持ちを救ってもらった。レッサーパンダを見に行ったのはその時が初めて。

室内には2020年に新しく来たアル君(2013年8月15日生)がくつろいでいた。アルは白内障で眼がよく見えないのだが、とても賢くて、またTVのイケメンレッサーパンダ選手権で優勝したそうだ。

3時半頃、リンゴタイム。このシッポの毛の薄さは、なんと21歳のリンリンではないか!元気でいてくれたんだ。嬉しい。Sdsc01852
リンリン(玲玲)は2001年6月19日生まれで、あの有名な風太(2003年7月5日生)より年長さん。今年9月に国内最高齢のファンファン(花花1999年7月9日生)が多摩動物公園で死亡したそうだが、リンリンには長生きしてほしい。

最後はアルが外でリンゴをもらって笑顔。
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今日は会えなかったがもう1頭、まだ4歳の女の子、リーリー(梨梨、2018年7月11日生)が今年、旭山動物園から来たそうだ。ラテとソラになかなか子供が生まれないので遠くにやられてしまったら淋しいと思っていたのだが、繁殖のためにアルとリーリーが来て賑やかになったみたい。

羽村動物園は冬季4時閉園なので、4時2分発のバスで羽村駅に戻る。

西友の中にあるクーポールで食事しようと思ったら、なんともう片付けをしていた。確か8時まで営業のはずなのに愕然。ここはとてもリーズナブル(パスタ、グラタン類700円程度なのにお味はしっかり)なレストランなので絶対に潰れてほしくない。

空腹でどうしようもなかったので西友で手巻き寿司とビールを買い、羽村の史跡「まいまいず井戸」のほとりで食べた。

 

 

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2022年8月27日 (土)

E藤さんと会える、胃腸が治ってきた

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ヤマユリ(部分、銀箔、岩絵の具、膠)

2022年9月26日(月) ~ 10月2日(日)
吉祥寺の gallery re:tail で個展をします。
  
9月26日(月)  15:00~20:00(初日15時から20時まで)
9月27日(火) ~ 10月1日(土) 12:00~19:00
10月2日(日) 12:00~17:00(最終日17時まで)

よろしくお願いいたします。

8月20日

私の高円寺のお母さんのような存在のE藤さん(西新宿に住んでいた頃の母の友人で、そこから高円寺に引っ越して娘さん夫婦と同居)に久しぶりにお会いできて嬉しかった。

コロナ禍の状況が悪くなってからはずっとお会いしていなかった。

知人からいただいたお菓子を持って(私は甘いものを食べないのでもらっていただいた)自転車で伺う。家の前で少しおしゃべり。7月末にコロナに罹ってしまったことなどのご報告。

E藤さんはいつも明るく何があっても落ち着いていて、他人に親切で活動的だ。悲惨な戦争体験を持っておられることなども関係しているかもしれない。

E藤さんのご主人はずいぶん前に突然死された。朝、目が覚めたら亡くなっていたという。その時のことをE藤さんは「とにかくびっくりした」と言った。

私の母の亡くなる少し前、母が亡くなることが怖くて悲しくてものすごく思いつめていた私に、「(そういう時は)流れにまかせる」と言ってくれたのはE藤さん。どうにもならないことを必死で思いつめないこと。

E藤さんの同居していた娘さんは肝硬変で40代で亡くなり、私も葬儀に参列した。娘さんは長く闘病していたので、「心の準備はあった」とE藤さんは言った。

そして昨年末、同居していた娘さんのお婿さんが頭の血管が切れて倒れてしまい、90代のE藤さんが娘婿さんを介護することになった。このことを電話で聞いた時、私はものすごくショックを受けたのだが、E藤さんは「だいじょうぶよ。介護には慣れてるから。」と。

いろいろな手続きをしたり、病院やリハビリに付き添ったり。

すごく心配していたのだが久しぶりにお会いできたE藤さんはお元気で、まったく認知も衰えていず、「個展のはがきを持ってきたのかと思った。個展、ぜひ行くから知らせてね。」と。(涙)

「でもお忙しいでしょう?」と言う私に、「気晴らしも必要よ!ぜひ行くわ!」と。

本当にE藤さんはすごい。それからすぐに絵手紙のはがきを送ってくださった。

強いアザミの絵に「コロナも近づけぬ防衛力 この夏の心がまへはあざみです」という言葉。表書きには「先日はおいしいお菓子を有難とう御座居ました。アット云ふ間に頂きました。いつもすみません。病気したと聞き、驚きました。充分養生して体力を持ち治してください。少々痩せていらしたので心配です。作品展是非知らせて下さいね。お大切にね。」ときれいでしっかりした文字。

E藤さんが元気でいてくださることで、どんなに私が支えられているかしれない。

・・・

コロナ後遺症の胃腸の方はだいぶ良くなり、ほぼコロナ前の食欲に戻ったが、相変わらず固くないスープのようなものが食べやすい。

保護猫活動を続けておられる「猫スペースきぶん屋」さんを応援したくて、ベジニャンカレーを購入した。

https://kenkoshukan.stores.jp/items/6267b61c84ec6e29c7f8b8db

https://twitter.com/nekocafekibunya

猫スペースきぶん屋さんを知ったのは「癌と闘わずに」「猫と癌と諸々と。。」のmikaさんのブログからだ。

ベジニャンカレーは、私の好みでは断然、日陰茶屋チャヤマクロビのヴィーガンカレー(520円)よりもおいしい。チャヤのはカボチャがごろごろ入っているのが甘くて苦しかった。ベジニャンカレーはカボチャは入ってなくて赤ピーマンが入っている。

しかもベジニャンカレーは350円でお値打ち。殺される動物が少しでも減りますように。

玉ねぎを炒め、ベジニャンカレーを入れ、さらに私は、カレーパウダー、昆布出汁、ニンニクすりおろし、牛乳を加え、卵を落とし、ふにゃふにゃのマンナンご飯にかけて毎日夕方に食べる。

それといただいたひとつ1500円もする清水白桃を一日にひとつずつと、シャインマスカットを数粒ずつ食べている。

 

 

 

 

 

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2022年5月15日 (日)

癌の定期検診 / ジャック・デリダ『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』(鵜飼哲訳 筑摩書房)

5月13日(金)

夢中でおもちゃをつかまえるプッピィ(プフ)。まんがのような顔。
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癌の定期検診のために鎌ケ谷の病院へ。午後1時に着くためには11時に家を出ないといけないのに、遅刻してしまった。

血液検査とレントゲンを受け、血液の結果が出るまで1時間待つ。

そのあいだ、デリダの『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』を最初からゆっくり読み返していた。

血液検査もレントゲンも、前回(3か月前)とほとんど変化なしだが、サイログロブリンは少し増加。

右肺の転移は29mm(左肺にも細かく散らばっている)。右肺の塊を手術でとるには、脇などに3か所穴を開けて、立体的に見ながら内視鏡の手術となるが、それを技術的にできる先生がいるかが問題と言われた。

もしうまくできなくて右肺全摘となるのなら、それで命が延びるかはわからない(左肺の容量は心臓があるため4割、右肺が6割なので、右肺全摘したら4割の肺となり呼吸は苦しくなる)。

甲状腺がんの抗がん剤は最近開発されたばかりだが、受けた患者さん(国立がんセンターから回ってきた患者さん)は高い確率で脳梗塞になっているとのこと(私は受けるつもりはない)。

9月に個展をするので忙しくなってきましたと言うと、「とにかく仕事に集中しすぎて薬を飲み忘れるのが心配。なので、注意喚起のためにも、次回もまた検査します」と言われた。

・・・

ジャック・デリダ『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』(鵜飼哲訳 筑摩書房)。

デリダの全作品を通じて、「動物」の問いが顕著に執拗に現れているのは、

「特異で激烈なある感受性、哲学がもっとも蔑視あるいは失念してきた動物的な生の諸側面と、おのれが「共感している」と感じるある種の適性であろう。ジェレミー・ベンサムが動物について、「それらは苦しむのか[Can they suffer]?」と問うたことに、彼が非常におおきな重要性をみとめるのもそれゆえである。」

デリダが動物の苦しみ、動物の命についてこのような言葉を残してくれて、本当にありがたいと切実に思う。

「脱構築は忍耐強く差異を多数化して、「人間」と「動物」の伝統的対立を基礎づけうるものとあまりに長く信じられてきた、この「固有のもの」の前提的な境界の数々の脆弱性、多孔性を現わしめるのである。」

(まえがき マリ=ルイーズ・マレ)

デリダの言葉は「はじめに――私は私を委ねたい、ありうることなら、裸である言葉たちに。」で始まる。

「裸であるような言葉」とはどんな言葉だろうか?そんな言葉が存在するのだろうか。

「それらは苦しむのか[Can they suffer]?」

「この回答の否認不可能なもの(その通り、あのものたちは苦しむ、あのものたちのために、あのものたちとともに苦しむ私と同様に)の前では、他の一切の問いに先行するこの回答の前では、問題構成の土壌と土台が変わるのである。」

この本は迂回する言い回しが非常にわかりにくいのだが、読めば読むほどあらたな発見があり、今は私の根本的な生き方を支えてくれて、失望からつなぎとめてくれる本になっている。

 

 

 

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2022年4月 4日 (月)

旧友再会、枝垂れ桜、ちゅびがお風呂に落ちる

4月2日(土)晴れ13℃

高校時代からの旧友Mさん、Aさんと久しぶりの再会。うちの近所の善福寺川緑地へ。

散りかけてもまだ美しい桜(ソメイヨシノ)。一昨日の夜は冷たい雨で、花びらが全部落ちてしまうかと心配だったが、きょうは日差しも十分で霞色にけぶる。

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オオシマザクラの向こう岸に霞むソメイヨシノとオオシマ、新芽。
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柔らかな光の中で、こうして旧友と再会できた。

私の尊敬する友人たち。二人とも、私とはくらべものにならないほど努力家で、いつも毅然と落ち着いていて、芯が強くて、自分の仕事に打ち込んでいる。

Mさんは外資系の大きな銀行にずっと勤めている。今回の戦争について、「本当にどうしてこんな酷いことになっちゃったんだろう!プーチンは頭がおかしいでしょ!」と。

Mさんが勤務する銀行の支社がウクライナにもあって、数千人の社員を避難させるためのバスを会社がチャーターしたそうだ。会社ではウクライナの人道支援に10億円の寄付をするという。

私も戦争が始まってからずっと身体がおかしい。残虐さのリアリティに身体が強く反応してしまって吐き気や胃や首肩の痛みが酷い。

Aさんも外資系の大きな製薬会社でずっと働いていた人。

彼女はオリンピック、パラリンピックの選手村のボランティアをやったそうで、それは「まったく別世界の経験」だったそうだ。世界の人たちとの交流、特にパラリンピックの、あらゆる障害のある選手との交流は素晴らしい体験だったと。

こんな体験をできるチャンスはもう二度とないと、2年前にボランティアに申し込んでいたそうだ。

初めて会った時から何十年も経っても、まるで時が過ぎたことに気がつかないように、なんの違和もなく過ごせることに感謝した。

4月1日(金)曇り12℃

ちゅびはお風呂を沸かしている時に湯気が上がるお湯をのぞくのが大好きな猫だ。

今日も午後にお風呂を沸かす時、蓋を半分開いてやると、ゴロゴロ言いながら蓋の上に乗ってお湯をのぞき込んでいた。

そして私が部屋に戻って30分ほど経ったころ、いきなり全身びしょ濡れのちゅびが出て来たのでびっくり。お湯の中に落ちたらしいが、いったいどうやって這い上がれたのだろう。

落ちた時の叫び声も聞こえなかった。

とにかく急いでバスタオルでふいた。ドライヤーは怖がって拒否。

そのあと、風邪をひかないように暖房を27℃にした。ずっと心配で様子を見ていたが、どうやら大事なさそうで普通に食欲もあったので一安心。

3月31日(木)曇り、夜雨

神代植物公園へ。

ずっと見たかったすみれ展をやっていた。

解説には次のようなことも書いてあった。

「すみれ」と「スミレ」

「ひらがなの「すみれ」はスミレ科スミレ属の総称、カタカナの「スミレ」は濃い赤紫の菫色の花を咲かせる葉が細長い種類、スミレ一種類だけを表し使い分けます。

しかし口に出して呼ぶ場合は紛らわしいので、すみれ愛好者のあいだではスミレを学名の種小名である「マンジュリカ」と呼ぶことがあります。」

いろいろなすみれの種が無料で配布されていた。

薄紅の枝垂れ桜の手前に、ソメイヨシノと似た淡い花色の枝垂れ桜が重なっている。

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甘い花の香りが満ちていた。枝垂れ桜、ソメイヨシノやオオシマの桜吹雪、桃、アーモンド、アカバナミツマタ・・・それらの花の混ざり合った香り。


きょうは薄曇り。

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椿園はほとんどの花が散り終わっていた。

梅園も花はとうに終わっていたが、樹形を見るだけでも素敵だ。

私が好きだった不思議なかたちの梅の古木が、あとかたもなく無くなっていたのがショック。

2020年2月14日に撮影した今はなき梅の古木。
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あの時は、コロナの不安と緊張から、久しぶりに植物園に行けて本当に晴れ晴れとした気分だった。

梅園の前に着いた時から、素晴らしい香りにめまいがするほど感動した。

 

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2021年11月29日 (月)

太田快作先生のトーク「犬部!」川越スカラ座

11月28日(日)

うちの亡きちゃびと、現在のちゅび、チョッピー、プフの主治医である太田快作先生をモデルにした映画「犬部!」を見に、川越スカラ座へ。

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27日(土)に、気が付いたら関東ではもう川越スカラ座しか「犬部!」を上映しているところがないこと、快作先生のトークが28日にあること、しかしその予約はもう締め切られていたことを知った。

それで今日、当日券を朝から並んで手に入れることになった。川越は思ったより(朝霞よりさらに)遠く、スカラ座は駅からけっこう離れていた。

15年以上前に来たきりの川越は、「小江戸」をテーマにずいぶん観光地化されていた。

今の「大正ロマン夢通り」、昔はひなびた商店街だったと思う。みこもり煎餅「発狂くん」というすごいディープな看板(たしか赤鬼の絵)のお店がが無くなっているのがとても残念。

(ブルテリア)の顔の彫刻が一体となってるベンチが表にあるしゃれた店ももう無い(フィルムで撮ったその写真がどこかにあるので探さなければと思う)。

スカラ座の「犬部!」の会場は4時なので、3時半すぎまで川越を歩き回る。雲一つない青空。北風が冷たい。蔵造りの通りはすごい人。着物を着て歩いている人も多い。

菓子屋横丁を抜け、人気のない裏道で崩れた土壁を見つけた。
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3時すぎににスカラ座の前に戻る。
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スカラ座の側面の壁の錆び。隣の太陽軒との狭い隙間。
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「犬部!」の映画の感想。

太田快作先生は、当時の北里大学獣医学部でただひとりだけ、生きている犬を手術実習に使って殺すことを拒否した学生なので、たいへんな苦労をしたはずだ。対立する教授や、大学に逆らえない「犬部」のメンバーとの軋轢が描かれているかと思ったら、そこらへんはあっさりしていた。特に岩松了演じる教授が良い人でびっくり。

多頭崩壊の現場も、共食いの動物の死体などは描かれず、そこらへんは現実よりもかなりソフトに描かれていたように感じた。

実際に快作先生のまわりには動物愛護センターに行った人はいないそうだが、映画では中川大志が、センターに就職して殺処分に苦しむ役どころを熱演していた。

太田快作先生のトーク。前に調布市での講演に行った時に経験しているが、PCをプロジェクタにつないで、たいへん簡潔にわかりやすく問題点をまとめてお話しされた。

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〇捨て犬は、昔も今も、地方には普通にいる。ほとんどは愛護センターに収容され、一定期間(映画ではたった7日)ののち、殺処分

〇日本の殺処分は、犬猫合わせて年間訳4万匹 毎日100匹。(2016年に調布で講演を聞いた時には8万匹と言っていたと思う。確実に減ってきている。)

〇迷子で処分されるのが、一番やりきれない犠牲。田舎の人は飼い犬がいなくなってもすぐに探さないで、処分されてしまうことが多い。

〇対策はマイクロチップと啓蒙

〇愛護センターは飼い主が持ち込んだりした動物を一定期間収容し、殺処分する施設

〇飼い主を批判しても意味はない。だめな飼い主は一定数いる。そのためにどうするか。行政と民間の連携、臨床獣医師やボランティアとの協力が必要

〇目標は殺処分ゼロ!

〇獣医学教育において動物を犠牲にする実習が存在する。そのほとんどが不必要、あるいは命に見合う価値はない

〇欧米では学生の選択で動物を犠牲にすることなく卒業が可能

〇大学も教員も責任はあるが、悪いのは学生。目の前の命にちゃんと向き合ってほしい。それこそが獣医師。

実習を拒否して目立つのが嫌だとか面倒くさいと言う理由で、動物の命を犠牲にする人は獣医師には向いていない。

〇多頭飼育崩壊の現場はまさに地獄絵図。批判すべきは飼い主ではない。地域、行政の責任も大きい。見て見ぬふりをしてボランティアを待つ現状、甘え。

〇悪徳ブリーダー問題は、消費者に大きな責任がある。消費者の意識を上げることが唯一にして最大の解決策。安く買えるからと安直に買わないで、自分の飼う子はどういう生まれ方をして、その親はどんな生活をしているかを知ろうとするべき。

◎目指すべきもの 殺処分ゼロ!!!!!!

◎犬や猫は家族 誰かの家族が、殺されていいはずはない!
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◎日本の人口1億2千万人 1年間の殺処分4万 3000人で1匹助ければいい

◎新しく犬や猫を飼う人は年間100~200万人くらい 新しく飼う人のうち30~40人にひとりが、愛護センターからの保護犬保護猫を飼えばいい。これだけで今日から殺処分ゼロ。

◎日本に動物病院が1万軒、さらに増加傾向。動物病院一軒につき年間4匹助ければいい。犬舎もあり、スタッフもいる、治療も実費でできる。これでも今日からゼロ。

快作先生は福島や千葉に野良猫の不妊手術に行っている。なぜその地域の獣医師がやってくれないのか。先生は休みの日に東京から朝早く高速に乗って行って手術しているそうだ。1匹5000円でやっても、実費は1000円くらいだから儲けはあるのにやってくれない、と。

◎なぜできない?自分の力が足りないと思わず、目の前の一匹が、最後の殺処分の1匹だと持って!自分自身が日本の殺処分ゼロを実現するヒーローという意識で!

講演後の質疑応答。

野良猫の避妊手術代が高すぎて、5000円の補助金でもやっていけない、という質問に対し、

議員さんに言って行政に働きかけてもらうこと、絶対に黙らせられない厄介な人と思われるまでしつこく要望すること。

トークイベントが終わり、外に出ると真っ暗。しーんと静まり返った蔵造りの街。

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雲のない暗い藍色の夜空には星も見えていた。
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2021年9月28日 (火)

画集づくり / 動物の哲学,、猫たち / 胃痛

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あいかわらずべたべたのチョッピーとプフ。お互い交互になめあう。

9月20日(月)

カバー第6案。

黒字の紫系のインキと白地の紫系のインキの見え方(彩度が全く違って見える)の対比を考える。

9月21日(火)

カズミさんの提案により、カバーの絵を入れ替える。絵の配置、最初からやりなおし。

9月22日(水)

カバー第6案の4点の中から1点を選ぶ。

9月23日(木)

胃痛。

カバー第7案の英字タイトルのレイアウト修正。

9月24日(金)

お腹が痛くてどうしようもない夢でうなされ、起きたら胃腸痛。ずっと口内炎も治らない。

帯の絵の入れ方。帯の文字のレイアウト修正。

9月25日(土)

朝から強い胃痛。

カバーに入るデッサンの大きさと位置かえ。

・・・

鵜飼哲さんから哲学について、2回目の質問のおこたえが届く。

哲学と「根拠」(懐疑不可能なものを提示すること)の関係が複雑であることを教えていただいて目から鱗。

原因という観念をこだいにつきつめたアリストテレスは「根拠」を原理にしなかった。根拠率を定式化したのはデカルトのあとのライプニッツ。ハイデッガーの「根拠律」は真理が確実性と理解される主体の時代、近代的思考の特徴とみなした。

ハイデッガー自身は根拠律の外で存在を考えることを試みた。(「薔薇は〈なぜ〉なしにある」シレジウス)

デリダは後期ハイデッガーの考えを受け継ぎ、ハイデッガーが排除した動物たちとの関係を根拠(証拠)ではなく「証言」で考えようとした。

近代社会には根拠が証拠と呼ばれて真実の条件になることが非常に有力だが、デリダは共苦を根拠(証拠)ではなく証言に基づいて考えた。

証言論を、証言する資格とされる主体の問題設定の外で考える。(ほかにも教えていただいたことは山ほどあるが、とりあえずのメモ。)

9月26日(日)

胃痛で、食事はミントティー、ヨーグルトのみ。外に出るのも苦しい。

カバーに入るデッサンの位置かえ。

9月27日(月)

久しぶりにマッサージに行く。首の凝りからの頭痛がどんどん激しくなって、カロナールを飲んでも治らなかったのが少し回復。

9月28日(火)

昨日に続いてマッサージを受ける。少し食欲戻る。

明日は出張校正。

 

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2021年9月20日 (月)

癌の数値上昇、画集づくりがすごく忙しい

忙しくてまったくブログを書く余裕がなかった。

9月3日(金)雨

甲状腺癌の定期検診で鎌ケ谷の病院へ。血液検査の腫瘍マーカーが上がってしまった。

血液検査でとても待たされ(たくさん並んでいた人たちは、コロナ検査と関係あるのか不明)、肺(転移)のレントゲンを先に。

頸部のエコーを待つあいだ、TVで菅首相が次の総裁選に出ないというニュース、パラリンピックの競技をぼんやり見た。

診察室に呼ばれ、先生が検査結果について話す前に私のほうを見ないで暗い顔をしていたので、結果が悪いことがわかった。

癌の悪化にはとにかくストレスが悪い、それと絶対に薬の飲み忘れをしないこと。

・・・

今の私のストレスの原因はただひとつ。画集の制作の進行予定が示されず、私に理解できない理由で進行を待たされたり、その分私(著者)が徹夜までして早く仕事をあげなければならないように焦らされたり、振り回されていることだ。

デザイナーさんが遅れる理由が示されなかったり、修正指示した部分が修正されなかったりで、不安が限界になってしまった。一番恐ろしかったことは、私が締め切りを守っても進行が押せ押せになって、一番重要な色校やカバーなどに納得するコミュニケーションがとれないことだ。

帰宅してから出版社に電話したが、担当編集のTさんは本日お休みだった。

9月4日(土)

白州のカズミさんに電話。すごく久しぶりに話す。カズミさんも体調が悪く、なかなか言い出せなかったが、本当に自分勝手で申し訳ないが、レイアウトや装丁を引きついでいただけないかお願いする。私にとっては、コミュニケーションができる相手と仕事することが最も重要なのだ。

担当のTさんと電話で話し、申し訳ないけれどデザイナーさんを昔なじみのカズミさんに変更していただいた。前代未聞の事態なので社長に相談すると言われる。

9月6日(月)

カズミさんに装丁を引き継いでいただくことに決定。

担当編集さんに初めてはっきりした刊行スケジュールを出していただく。ここから忙殺。

本文レイアウトの修正や表記の確認、英訳の校閲の翻訳者への確認、印刷用に分解された画像データの修正、印刷所で色味や鉛筆の線の出具合いを修正してもらうための見本作成、カバーと表紙のデザインの希望ラフ作成などなど。

9月7日(火)

病院に行った日に冷えたのか、咽喉が痛くて口がきけなくなる。

9月11日(土)

4色分解したカラー画稿の色と線とレイアウト修正。

9月13日(月)31℃

カバー試作3。1色ページの画稿の修正。

満開の金木犀が香る。その下に彼岸花。

9月15日(水)

カバー試作2が届く。

9月16日(木)

1色ページの画稿の修正がコントラストが強すぎて(中間の繊細なタッチが消えて)使えない。一般的な言葉で指示しているのに通じなくて苦しむ。

依頼されている文章を考えながら、夕方、狭い暗渠を川まで自転車で走る。頭を刺激するため。

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薊の種子がこぼれているのを見たかった。

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9月17日(金)

印刷所から送られてきた1色の2度目の修正が、元の何も修正しなかった時の画像よりも悪くなったものが多い。やはり自分で現場に行かないと無理な気がする。

9月18日(土)

大雨で木犀の花がすべて叩き落されてしまった。

カズミさんとカバーや紙について何度もやりとり。

9月19日(日)

カバー試作4。ほぼ決定。

9月20日(月)

カバー修正5。

エリザベート・デ・フォントネの本を読む。

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