動物

2019年11月 6日 (水)

アミアタ山の猫を救ってください Please rescue the cats on Mt. Amiata!!!

11月6日

動物を愛するイタリアの皆さん、どうか、アミアタ山の山頂の猫たちを救出してください。

イタリアに住む日本語がわかるかた、どうかアミアタ山の頂上に捨てられた猫たちのことを考えてください。

去年の猫たちのほとんど全部が冬を越せずに死んでいます。

冬を生き残ったたった2匹の猫が、春夏に繁殖をくり返しています。

猫たちは暖かい寝場所も与えられていず、ただ食べ物だけを与えられ、避妊もされていません。

どうか、どうか、アミアタ山の猫たちを救出してください!

Everyone who love animals in Italy,

Please rescue the cats on Mt. Amiata!!!

Most of the cats that lived last year died without passing through the winter.
Ten new kittens are born again in spring and summer.
They are not given a warm place, they just get food. They are not contraceptive.


Please, please rescue amiata mountain cats!!!!

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・・・

親愛なるENPA  Amiata Grossetana - zona monte amiata(イタリア国立動物保護局 アミアタ山管轄)の
ラーラ・バンチーニ様

どうか、どうかアミアタ山の猫たちを救出してください!!

どうかあの猫たちを凍死させないでください!!

猫たちの生死は、あなたの慈悲にかかっています。

あなたは若く美しい。あなたは猫を救出するための協力者を集める力がある。

捕獲器が足りない(1~2器しかない)というのなら、本部から借りてきてください。
ボランティアが足りないなら、どうしてSNSで募集しないのですか?

あなたは若くて能力もあるはずです。

あなたは国立動物保護局アミアタ山支部の会長なのですから、どんな手段を使ってでもアミアタ山の猫たちを救ってください。

私は昨年、アミアタ山の頂上でたくさんの子猫たちを見ました。

その中に20歳で死んでしまった私の愛猫にそっくりな子を見つけました。
私は万難を排してその子を日本に連れて帰りたかった、けれどできませんでした。

今年、私が愛したその子はどこにも見えません。
その子猫は冬を越せずに死んでしまったのでしょう。

私は死ぬほど悲しいです。

猫が生まれて1年も生きられないで死んでいくことに私は耐えられません。

どうか猫たちが凍死する前に救出してください!

私はあなたの動物たちへの愛情を信じます。どうか・・・どうか!お願いします。

 

Dear Lara Banchinii,

Please, please rescue the cats on Mt. Amiata!!

Don’t freeze them!!

The Life and death of cats depend on your mercy.

You are beautiful and young.
You should have the power to gather collaborators to rescue the cats.

If you do n’t have enough catchers, borrow from the headquarters.

If you don't have enough volunteers, please recruit on Facebook.

You are young and have potential.

Because you are the president, use any means to rescue the amiata mountain cats.

I saw many kittens at the top of Mt. Amiata last year.
In it, I found a kitten that looks exactly like my dead cat at the age of 20.

I wanted to take the kitten back to Japan, but I couldn't catch it.

This year my beloved child is nowhere.
The kitten died without passing the winter.

I'm so sad to die.

I just can't stand the breeding cats that can't live for a year!!

Please rescue the cats before they freeze to death!!!

I want to believe in love for your cats

Please…please!!

 

Chisako Fukuyama

 

 

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2019年11月 4日 (月)

羽村動物園、羽村の堰

11月2日(土)

久しぶりに羽村動物園へ。

昨年の初夏以来(6月に赤ちゃんのちゅび、9月にチョビとプフを引き取ってから3匹の世話に追われて)、行っていなかった。

一昨年の11月に一心同体のようだった愛猫ちゃびを失ってから、ただただ動物のぬくもりを追い求め続け、一度この目で見てみたかったレッサーパンダに初めて会いに行ったのは昨年の5月。その日からラテに熱狂。

ほかの動物園に移動(レッサーパンダは絶滅危惧種なので、血統を考えながら国内の飼育動物園が協力し合って、繁殖のためにペアリング、移動をくり返す)になったら淋しいとおそれていたが、ラテ、ソラ、リンリンが昨年と変わらず羽村にいてくれて嬉しかった。

久しぶりに会えたラテとソラはやはりすごくかわいくて、私の鼓動は激しくなった。

ちゅび、チョビ、プフの3匹を迎えたことで賑やかになったが、ラテとソラを忘れたわけではない。そして愛おしいちゃびを亡くした喪失感がいえたわけでもない。目の前のものに対する愛情と同時に、もう触れられないものへの哀惜はやまない。

くるりんしっぽが特徴のラテ(オス)。
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水を飲むラテ。
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飼育員さんにおねだりするソラ(メス)。
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さすが風太の孫(風美の子)のソラ。ちゃんと立ってリンゴを食べる。
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ソラはレッサーパンダにしては顔が白っぽく、ふるまいもふわふわして、うちのプフとイメージが似ている。
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ソラは室内でも屋外でも、やたらにいろんなところにおしりをこすりつけて匂いづけをしていたが、待望の赤ちゃんはなかなかできないのだろうか。

動物園を午後4時に出る。それから駅の反対側の羽村の堰へ。先日の台風の洪水で多摩川がどうなったか見に行った。

ススキ野原はなぎ倒されて水草のように地面にべったり貼り付いていた。

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羽村橋を渡る。

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激流に耐えて残った樹々の根元には流れて来た木の根や枯草がびっしり。

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こんもりと繁った緑の中に隠れていた細く優しい小川も、「鏡の湖」と呼んでいた白い野茨に囲まれた池も、なにもかも全部無くなっていた。

そして無惨に剥き出しのコンクリートの上に乗っかっている丸太はもしかして・・・?

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ゆったりと時を眺めるように川の縁に並んでいた、あの情緒ある牛枠なのでしょうか?奈良時代からあったという川の流れを制御する牛枠があとかたもないとは。

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昨年の素晴らしかった羽村の茂みや小川の風景。

http://chitaneko.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/index.html

突然の激しい濁流も含め、川の流れも、茂みや池も、人間の想像を超えて毎日刻々と変化していることを今更のように思い知らされる。

去年と同じようには決してならないだろうが、来年の初夏には、また生き生きとした緑の茂み、白い野茨咲く「鏡の湖」や『ムッドレの首飾り』に出てくるような細い秘密の小川が見られることがあるのだろうか?

 

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2019年9月12日 (木)

チョビとプフ、1歳になる / 台風 / 結膜下出血

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/8-cats/

9月12日(木)

台風による千葉県の深刻な被害。友人のことが気がかりだ。

きょう、生協から届くはずの千葉県八千代市の低温殺菌牛乳も欠品だった。停電による乳業工場の停止や乳の廃棄も気の毒だが、暑さで牛たちの命がすごく心配だ。

・・・

きょうは、1年前、生まれたばかりのチョビと初めて対面した日。

チョビは9月10日に拾われ、翌日、Sさんが預かった。

Sさんと同じの社宅の人が、ご自身は猫アレルギーにも関わらず、保護してくれたそうだ。猫用ミルクをスプーンでやっても自力でなめることもできず、ぐったりして、眠ってばかりいたらしい。

後のことを考えずに、とにかく拾ってくれたかたに感謝です。すぐに拾われなければ死んでいただろうから。本当にチョビは頼りなくて、よたよたしていて、死にそうな赤ちゃんだった。

9月11日にSさんから電話を受けた時、私は飛び上がるほど驚いた。6月にちゅびが落ちていたのとまったく同じ場所に、またも生後10日くらいの猫の赤ちゃんがひとりぼっちで落ちているなんて、そうあることではないから。

拾われたばかり(2018年9月10日)のチョビ。

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そしてさらに9月30日、台風直前の雨の中で、プフがSさんに拾われた。

ほんの少しのタイミングがずれて、優しい人に拾ってもらえなければ、ちゅびも、チョビも、プフも、今頃生きてはいなかった。

その後、Sさんの住む社宅の裏に、避妊されていない野良猫の群れが住む場所が発見された。Sさんや保護団体の人たちによって、たくさんの野良猫たちが保護やTNRをされた。

最近のチョビ(鉛筆スケッチ、デッサン)。

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最近のチョビとプフ(鉛筆スケッチ、デッサン)

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近所のなぎ倒されていたオシロイバナ(白粉花)は全部引き抜かれて無くなっていた。枯れて花が緑色に変わっていたアジサイ(紫陽花)も、なにも残されていなかった。

9月10日(火)

結膜下出血していた右目の血はほとんど吸収された。

国産の鷹の爪や有機野菜を買いに阿佐ヶ谷まで自転車を走らせる。唐辛子は収穫されたてで、乾燥していないものしかなかった。

駅近くの、小さくて素敵な庭(かつてこの庭には「ご自由にお入りください」という札がかかっていて、私は喜んで入らせていただいた)。その古いお家の、私が好きだった胡桃の木が、台風で根から倒れてしまっていた。大きな葉の優しい樹だったのにショック。首都圏を直撃したのは観測史上最大の台風だったらしい。

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欅屋敷の敷地内に重機が入っていた。小学校側にあった3軒の素敵な建物、おしゃれな帽子屋さんと飲み屋さんの跡はもう駐車場になっていた。なんとも淋しい。

この貴重な生態系をも守っている屋敷林を、一部の人の金儲けのために潰すとしたら最悪の愚行だ。

https://waku2.hatenablog.jp/entry/20180623/p1

9月9日(月)

台風が去り、気温36℃。東京は9月としては27年ぶりの暑さだとか。

「血だまり」だった右目がやっと「酷く充血」の程度まで回復。2週間ぶりにクリニックに星状神経ブロック注射に行く。

カーテン越しに看護師さんとほかの患者さんの「きのうは怖かったですよねえ。3時頃から眠れずにずっとテレビを見てました。」という会話が聞こえた。朝、業務スーパーの大きな看板の半分が落ちていたと。

街路は踏みしだかれてチリチリになった青いイチョウの葉の芳しい匂い。まだつるつるした黄色いサクランボのような銀杏が落ちていて、見上げると枝には実がひとつも無かった。

毎年、咲き始めの頃から気にして見ている近所のオシロイバナは、そうとうへし折られ、なぎ倒されていた。

9月8日(日)

夜中から最大規模の台風が関東を直撃するという。空気がむんむんしている。昼に一度ざあっと雨が来て、すぐに地面が乾いた。

夕方5時、嵐の前にことさら高揚するように、近くを通る馬橋神社の山車のお囃子が大きく響いた。3匹の猫たちは一瞬びっくりしていた。

夜11時頃、大雨。まだ風は無く、垂直に打ちつけていた。

未明、3時過ぎに、風のうなり声が凄すぎて眼が覚めた。それから3時間くらい眠れなかった。

ちゅびは、私の右側に、プフは左側にべったりくっついて寝ていた。

チョビはゴロゴロ言いながら私の胸に乗っかってきてすりすり甘え、足元のほうに降りて行くのをくり返した。

5時前、アンティークの木製踏み台の上にちゅびが上り、外を見ていた。プフも続いて上り、狭い足場で押し合いながら目を丸くしていた。

私も一緒に、雨が打ちつける窓ガラスの向こうを見ると、吹き荒れる雨風に、街路の決して細くもしなやかでもない公孫樹が、激しく揺すぶられて狂った鞭のようにぶんぶんうなっていた。

植物たちは逃げることもできず、ただ晒されているしかできない恐ろしい光景。

プフがちゅびの背にまたがろうとして、踏み台のてっぺんから落ち、代わりにチョビが上って外を見ていた。

こんな日、外にいる猫たちはどこに隠れているのだろう。

台風や猛暑や雪の日があるたびに、今、どれだけの野良猫たちが死んでしまうのだろうか、と想像して、胃のあたりがぎゅっと痛くなる。

9月7日(土)

友人と出かける。まだ右目の血の色が異様なのでサングラスを使用。

9月3日(火)

朝、起きたら、右目が結膜下出血を起こしており、白目の半分以上が真っ赤。ホラー映画のよう。

以前に一度経験があり、眼科に行ったが検査だけで治療はなかった。視界は変化なく、痛くもないので眼科に行かずに様子を見ることにする。

温めたほうが速く吸収されるそうなので、お湯を入れたカフェオレボールを一日に何度も眼の上に当てていた。

 

 

 

 

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2018年12月29日 (土)

猫の絵、枯れたアネモネ

12月29日

年の暮れは嫌いだ。とても働き者だった元気な頃の母と祖母を思い出して、胸が苦しくなるから。

おせちは味が濃すぎておいしくないし、初詣も人が多くて疲れるので私は好きではなかったが、母や祖母の楽しそうな顔を見ることだけが嬉しかったのだと思う。

大きな鍋にいっぱいの煮物をつくっていた祖母の姿や、母と正月に飾る花を買いに行った時のことばかり思い出してしまう。

しゃれた高級な食べ物に私自身は興味がないが、華やかに飾られているスーパーに行けば、あれもこれも、母が今まで食べたことのないおいしいものを、食べさせてあげたかった、と涙が出てしまうから。とても辛いので年末とお正月は嫌い。

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猫の絵。

赤ちゃんの頃のちゅび。

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(Cat drawing, dessin)
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生後3か月目の時のちゅび。運動能力抜群のやんちゃっ子。
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現在に比べるとずいぶん細かったちゅび。
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禿げていた毛も生えそろい、日ごとにたくましくなってきたチョビ。毛の質はちゅびと違って柔らかくベルベットのよう。薄茶の縞のしっぽだけが長毛。
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ちゅびとチョビ、プフ。対面して3日目にはお互いをなめてあげるほど仲良しになった。特にちゅびとチョビはオス同士なのに、じゃれあいのボカスカはするがまったくいがみ合わず、お互い優しいのに驚いた。
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大きいちゅびにのっかるプフ。恋人同士のような(実は4つ子のうちの別々の日に落ちていた2匹)プフとチョビ。
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去年のすっかり乾いたアネモネ(冷蔵庫に保存していた)。
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(dead and dried anemones, watercolor painting)

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2018年12月22日 (土)

猫の絵、動物の犠牲について、デリダ

12月22日

猫の絵(Cat drawing, Dessin)

わずか100gちょっとで拾われた日のチョビ。初めて病院に行った日(135g)のチョビ。

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小さな犬のぬいぐるみだけに甘えていたチョビ。
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真菌によってしっぽ、手足、首の毛がはげたチョビ。特にしっぽが真っ赤で痛々しかった。
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ひとりぼっちではなくなったチョビとプフ。
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「〈殺すなかれ〉は、ユダヤ・キリスト教の伝統のなかでは、また明らかにレヴィナスによっても、〈生物一般を死なせてはならない〉という意味で解釈されたことは一度もない」。

「人間主義を超えて」存在の思考を推し進めたはずのハイデガーも、犠牲(サクリファイス)のエコノミーを問いなおすことはできなかった。

ハイデガーでもレヴィナスでも、「主体」とは、「犠牲が可能であり、生命一般の侵害が禁じられていない世界における、ただ人間の生命に対する、隣人である他者の、現存在としての他者の生命に対する侵害だけが禁じられている世界における人間なのだ」

(「〈正しく食べなくてはならない〉あるいは主体の計算――ジャン=リュック・ナンシーとの対話」)。

こうしてデリダが、ユダヤ=キリスト教も含めて、西洋形而上学の「肉食=男根ロゴス中心主義」を問題化する。

それは、現代の動物実験、生物学実験に至るまで、「肉食的犠牲が主体性の構造にとって本質的である」ような世界である。

いまからほど遠くない過去に、「われわれ人間」が「われわれ成人の、男性の、白人の、肉食の、供犠をなしうるヨーロッパ人」を意味した時代もあった(『法の力』)。

(高橋哲哉『デリダ――脱構築』(講談社)より引用)

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「 問題は(略)動物が思考すること、推論すること、話すこと等々ができるかどうかではない。(略)先決的かつ決定的な問いは、動物が、苦しむことができるかどうかであるだろう。《Can they suffer?》

この問いは、ある種の受動性によっておのれを不安にする。それは証言する、それはすでに、顕わにしている、問いとして、ある受動可能性への、ある情念=受苦(passion)、ある非‐力能への証言的応答を。「できる」(can)という語は、ここで、《Can they suffer?》と言われるやいなや、たちまち意味および正負の符号を変えてしまう。

「それらは苦しむことができるか?」と問うことは、「それらはできないことができるか?」と問うことに帰着する。

(略)苦しむことができることはもはや力能ではない。それは力能なき可能性、不可能なものの可能性なのである。われわれが動物たちと分有している有限性を思考するもっとも根底的な仕方として、生の有限性そのものに、共苦(compassion)の経験に属する可死性は宿っているのである、この非‐力能の可能性を、この不可能性の可能性を、この可傷性の不安およびこの不安の可傷性を、分有する可能性に属する可死性は。」

(ジャック・デリダ『動物を追う、ゆえに私は(動物)である』(鵜飼哲訳、筑摩書房)より引用)

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2018年11月14日 (水)

新宿暮しの記録

11月14日

10月15日からここに泊まり、もうひと月になる。

建物の玄関から10分も歩けば新宿駅。

駅前の交差点は信号待ちの人々で歩道の幅が埋め尽くされる。地下街は忙しない蟻の群れのように人々がわらわらと交錯していて、人にぶち当たらないように速足で歩くのは難しい。

ごちゃごちゃ汚いところも多いし、昔のように革新的で自由な感じはないけれど、どんどん変わっていく新宿は、私が生まれ育ったところで、大好きな落ち着く街。

狭いところにさまざまのものや人がひしめき合っていて、さばけているというのか、活気がありながら素気ない。ほかの街よりは心地よい無頼感がある。

今いるところは賑やかな表通りから道を一本曲がっただけなのに、空気が隔絶されたかのように静か。

12階の窓からは人の声も車の音も聞こえない。聞こえるのは鳥の声、風の音、雨の音、時々通る電車の音、たまにヘリの音。夕方5時を知らせる「夕焼け小焼け」のメロディだけ。

常に大きな空の色、雲の流れ、気象の変化が見られるだけで胸が震える。

ヘンリー・ダーガーが描いた劇的な雲、ハドソンリヴァー派が描いた壮大な雲、のようにはいかなくても、胸に残った雲を描きたい。

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朝は、眩しすぎる光を遮ってくれるカーテンの隙間から、黄土や樺色に色づき始めた明治神宮の森と銀色の雲が見える。

昼間、ちゅびとチョビとプフは窓際の暖かい光とカーテンにじゃれて遊んでいる。

夕方4時から「夕焼け小焼け」のメロディまでのあいだの、涼やかで心もとない空。

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空が甘いトルコ石の色から納戸色に滲んでいき、西の地平が山吹色、枇杷色から橙色に輝き、懐かしいような柿色、石榴色、最後は雲が葡萄色に沈み、渋谷や代々木のタワーの光がキラキラと金色に浮き上がってくる時間が一番好きだ。

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ここで毎日空を見ながら猫たちだけと暮らせたら。

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夜、サンダルを引っかけて、長いコートをはおって、コンビニまで散歩する。例年より暖かく、まだ凍えるほどではなく、ひんやりした夜風がとても心地よい。

5分くらい歩けば表通りの喧騒にまみれるのに、マンションの前の通りはしんと静かな藍色の空気が満ちていて、酔っ払いに会うこともない。

新宿のキラキラしたネオンを間近に見ながら、音のない通りを歩くと、とても気持ちが落ち着く。

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ここに来る夜、部屋で着る綿スエットだけ持ってきた。ジーンズ(イエナの古着)と黒いシャツブラウス、黒のナイロンコート(ジル・スチュアートの古着)だけで一週間過ごした。

今も、外出はシャツブラウスにずっと同じジーンズ、その上にローブ型のベージュのロングコート(古着)だけ。

服がシンプル、モノトーンで極力少ないことは、確かに気持ちが楽になる。

私はコンビニのお惣菜、弁当などは食べられないので、部屋に調理設備がないことに最初、少し困った。

私は肉類(肉エキス、肉と一緒の油で揚げたものを含む)を一切食べられない。

“You are what you eat.”

殺した動物の肉を食べられないことは、私の中では猫、その他の動物を愛することとまったく同義で分離できない。

ルミネ、高島屋、京王、小田急デパートの地下、コンビニには、これだけいろんなものが溢れているにも関わらず、ほとんど私には食べられるものがなかった(肉類、肉エキスが入っているため、また赤色102号、ソルビン酸カリウム、亜硝酸ナトリウム、リン酸塩などの添加物を避けたいため)。

最近、気に入って食べているものは、すぐ近くのオーガニック食料品店(オーサワジャパン)購入の有機栽培大根や有機人参をレンジで加熱し、出汁つゆとごま油をかけたもの。大根1本で4日くらい食べられる。

オーガニック食料品店はとにかく高いのであまり買えない。たまに大豆ボール、ベジタブル100パーセントのカレーを買う。味つけはあまりおいしくない。

調味料がベジタブル100パーセントのメンマ、これだけはすごくおいしい。

まいばすけっとの国産大豆のグリセリン(消泡剤)の入っていない豆腐、なめこ、チンゲンサイ、柿、リンゴ、アボカド、マンナンごはん、素煎りナッツ。(イオンは中国産の食品が多い)。

ローソンの「北海道鮭あらほぐし」をマンナンごはんにかけて毎日食べている(セブンイレブンの鮭ほぐしは赤色102号が入っているので食べられない)。単調な食事に飽きることもない。

甘いものは食べないがお酒はやめられない。高円寺で「獺祭」、やまやで「東光」。

静かな都会の夜景と猫と日本酒、最高。

海苔と、国産小麦のパン、低温殺菌牛乳も高円寺で調達。

毎日、必ず飲まないと気が済まないオーガニックアールグレイティーはiHerbで購入。

今の生活は奇跡のように充足している。

11月13日

今年も、いつのまにか新宿南口サザンテラスのイルミネーションが点灯されていた。

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先週、ここに来た時、橋に電飾のコードを巻いて飾り付けていた。

橋の上から見る新宿新南口。

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タカシマヤ タイムズスクエアから見る新宿駅のホーム。

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サザンテラス。
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Suicaのペンギン広場。
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ここら辺り新宿南口一帯のイルミネーションを「ミナミルミ」と名づけているらしい。マインズタワー、ミライナタワー、JR南新宿ビルのツリーはまた今度。

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2018年11月13日 (火)

ちゅびとチョビ、プフ初対面

11月10日

きょう、ついに、ちゅびとちびっこ猫たちとの対面。

ちゅびを昼1時に私とチョビとプフのいる部屋に連れて来た。

先住猫と新入り猫との対面は慎重にやらないといけないという記事を読んで、ここ数日は緊張していた。

まずはチョビとプフにケージの中に入っていてもらって、ニャアニャア騒ぐちゅびをキャリーから部屋に放す。

チョビ、プフは初めて会う大きなちゅびをまったく怖がらず、「出して!出して!」と手作りケージを壊して外へ。いつも通り、ふたりで無邪気にじゃれ合い、もつれ合い、平気でお昼寝。

まったく緊張せずリラックスのチョビちゃん。

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ちゅびのほうは大きな図体にも関わらず、初めて接する猫たちに緊張。怯えて棚の上に上がっている。

ちゅびは恐る恐るちびっこ猫たちに近づいて匂いをかぎ、顔と顔が合うと「シャーッ」と威嚇して走って逃げるのをくり返す。ちびっこたちは怯えることもなくマイペース。

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友だちになりたいのに、どうしても「シャーッ」と威嚇してしまうちゅび。
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怖がりなちゅびはチョビやプフがトイレしている最中や、眠っている時に、ここぞとばかりに匂いをかぎに行ってはダッと逃げていた。

玄関の方まで逃げてから、追いかけて来てほしそうにちびっこを見つめるちゅび。

ちゅびはまだ眼も見えないうちにひとりぼっちで落ちていたので、ほかの猫と接触したことがないかわいそうな子だ。生まれて初めて見る子猫たちが気になってたまらない様子。

遊んでもらいたいポーズをとるちゅび。

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ちゅびがボール紙の影に隠れて手だけ出して、チョビ、プフにじゃれてもらったり、逆にチョビ、プフが隠れてガサガサしてちゅびにじゃれてもらったり。

猫たちはお互い、どうしても目の前の動くものにじゃれてしまう習性をうまく利用して、遊びながら距離を縮めていく賢さに感心した。

私が紐を走らせると皆がその紐を追いかけて走り、勢い余ってからだがぶつかる時にはまったく威嚇しない。

この日、チョビとプフは私のふとんで一緒に寝、ちゅびはひとり離れて高いところで寝た。

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怖いもの知らずのプフがちゅびに超接近。

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後ろから、「えい!」
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ちゅびとチョビも、だいぶ仲良くなる。(遠近法により同じくらいの大きさに見えるが、実際のちゅびのからだはチョビの3倍ある。)
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物陰に隠れて(手だけ出して)チョビとキャッチボールするちゅび。

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深夜まで遊び続けていた。

11月12日

朝5時過ぎ、目が覚めたら、ちゅびは私の右脇にべったりくっついて寝ていた。ちゅびのおしりにプフがくっついて、チョビは私の左肩で眠っていた。

6時に食事。4か月未満のベビー用ロイヤルカナンのウエットとカリカリ。3匹とも同じものを食べたがり、ほかの子のお椀が気になって、ぐるぐる交代しながら全部きれいに食べる。

ちゅびはプフに勢いよく押されてお椀をとられても、怒ったりしない。いっぱい食べたくてウーウー言うのはプフのほう。

朝から激しく追いかけっこ遊び。

二本足で立って万歳のように両手を上げて相手をやっつける仕草をしてからダダダッと一目散に逃げて追いかけてもらう。追いかけるほうは追いついたら「つかまえた!」というタッチをして、一目散に逃げる。その繰り返し。

ちゅびは6月の初めに生まれ、もう5ヶ月。ちゅびは今、乳歯と永久歯が同時に生えている。

上下左右のキバが2本づつ、計8本あるちゅび。ちょっと魔物っぽい。

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もうすっかり仲良く、3匹で一緒に寝ている。

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お友達ができてよかったね、ちゅび。

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2018年10月12日 (金)

ちゅびとチョビの記録 / イタリアの旅の記録7(9月23日)

10月12日(金)

きょうのチョビ。

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体重600gを超えたので、明日、血液検査。どうか無事でありますように。

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二本足でたっち。
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きょうのちゅび。

やたらにゴロゴロ言って私の膝の上で甘えっぱなし。風呂場のホースなどでもよく遊んだ。

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イタリアの旅の記録

9月23日(日)

日曜日なので午前中はゆっくりし、お昼はUova di carpa(トラジメーノ湖のコイの卵)のタリオリーニ(細めのスパゲティ)。

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昨日、拾ったアミアタ山の栗をチーロさんがオーブンで塩焼にしてくれた。陽射しが強くて夜が寒いせいなのか、イタリアの栗は野生なのに日本のよりも甘い。
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光り輝くキュージ湖。手前にはディル(フィノッキオ・セルバーティコ)の黄色い粒々の花。
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田舎道で見かけるマリアの絵を飾った小さな塔。イタリアのお地蔵様のようなもの。
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妙な絵皿が置いてある。「このおじさんは誰?」と尋ねると「聖ピオ」とのこと。最近(1968年没)の聖人らしい。聖ピオの詳しいことについては、イタリア人のチーロさんは、チナミさんよりもっと興味ないそうだ。
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きょうはPiana(ピアーナ、平地という意味)という町の、チナミさんがお気に入りの廃屋に連れて行ってくださった。

私がすごく喜ぶものを見つけておいてくださったことに大感激。

同じものを素敵と心から感じあうことができるチナミさんに案内していただけるなんて最高だ。このような幸福なめぐり逢いは滅多にない。
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以前は、左上の赤いトタン屋根部分が無くて、もっと雰囲気がある建物だったという。

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この建物の斜め裏側。

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とても雰囲気がある。が、この建物はフェンスの中なので近づくことはできなかった。
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しばらく車で走り、また素敵な廃屋を発見。こちらは探検可能。

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この廃屋も素晴らしく絵になる。手前の枯れ植物が夕陽で金色に光っていた。
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浅緑の窓と繊細な野草たちが美しい。まるで計算され尽くしたかのような色の配分。
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しばしこの空間にいられることにうっとり。
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今日は昼29℃だった(最低気温は16℃)。夕方5時近くでも陽射しが強くて眩しい。
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しばらく車で走り、かわいい山羊たちが大勢いるところを発見。
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小さくて頼りなげな秋仔ちゃんたちがいっぱいいた。
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キャワンキャワン大騒ぎして、私たちが撮影し終わって車に戻った頃に、通りまで出て来てこちらに吠えているちっちゃな犬。山羊たちの番犬のお仕事をしっかり果たしている(?)

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次にきれいな深い紺紫の葡萄の畑を見つけて写真を撮っていたら、これまたギャンギャン!ギャワン!と姿は見えども狂暴で獰猛な吠え声。すぐに2匹の犬がすっ飛んで来た。
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跳びかかって来るのかと思ったら、顔を見たら急におとなしくなり「遊んで、遊んで。」と甘えて、車道のほうまで着いてきた人懐っこいかわいい犬。

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Pianaから戻り、菫色と枇杷色の夕陽に染まるキュージ湖。

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9月23日のちゅび。

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2018年10月11日 (木)

ちゅびとチョビの記録 / イタリアの旅の記録6(9月22日)

10月11日(木)

PCが起動しなくなってしまい、朝9時一番からメーカーに電話して指導してもらった。

プログラムの更新がたまり再起動に2時間近くかかっていたのを、我慢できずに途中で切ったせいかと思われる。

裏のネジを緩めてパカッと開けて小さな丸い丸いバッテリーを取り出して90秒。これでなんとか元に戻った。

ちゅびが、PCの普段は晒されない剥き出しの内臓に、やたらちょっかいを出して恐ろしい90秒であった。

電話中に目の前にあるトイレにうんこ。普段ならうんこした直後にさっと身体をトイレから出すのだが、作業中にそれはできず、ちゅびはいつまでも楽しそうに砂とまんべんなく混ぜていた。

きょうのちゅび。

新しいカリカリ(月齢12か月まで)をあげたら、2度もおかわりのおねだりをして一度に30gも食べた。結局一日で50g食べた。

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私が帰国してから一度も高い本棚の上に上がっていない。いつも私にべったり。ちょっと触れたらゴロゴロ。
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あくびした直後の顔。
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きょうのチョビ。

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本当は長毛で、同じ日に生まれた兄妹のユキちゃんはふっさふさなのに、この子だけははげてしまっていてかわいそう。毎日の殺菌シャンプーで、日に日によくなってきている。がんばれ!チョビ。

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イタリアの旅の記録6

9月22日(土)

この日はお弁当を持ってチナミさんの大好きなMonte Amiataアミアタ山にポルチーニ茸と栗を採りに行った。

アミアタ山のふもと、Abbadia San Salvatore(アバッディア・サン・サルヴァトーレ) という町の「Pinzo Pinzuti」という不思議な雑貨屋さん。
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Marcella(マルチェッラ)さんという妖精のようなご婦人がやっている。ごちゃごちゃと雑多でかわいいものがひしめき合う店内。

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私が見て楽しいものがいっぱいある。

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このキューブ型の絵合わせ?のようなおもちゃ、すごく気になる。

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チナミさんはマルチェッラさんにポルチーニ茸はいつ入荷するのか聞いていた。夕方には店にはいるという。つまり今が盛り。

アミアタ山に到着。まずはお昼のお弁当。大きなバスケットにスパゲッティのオムレツなどが詰まっていた。

食べられなさそうだがきれいなキノコがあちこちにいっぱい。

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昔、イギリス湖水地方のビアトリクスポターの家で見た森のキノコの素晴らしい細密描写を思い出していた。

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4、5cmの大きなヤマビル?怖い。
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長い年月をかけて自然がつくった朽木と苔の造形。
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それはそれはたくさんの種類のキノコがあった。
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チナミさんの家には分厚いキノコ事典がある。本当にキノコの判別は難しい。

同じような見た目の毒キノコが存在する紛らわしい茸はすべて避けた。

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これは食べられるらしい。
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ずいぶん探してついに見つけた、これがポルチーニ茸らしい。

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山頂近い店でアマーロ(薬草酒)を飲んだ。甘いけれどすうっとするリキュール。

お店のある場所から徒歩で急な山道を登り、アミアタ山の山頂へ。そこで、見晴らしのよい場所で景色を撮ろうと大きな岩の裏側に身体をねじこんた時に、信じられないものを見てしまった。

岩の裏側の裂け目の陰に、猫の親子がいた。その中に去年亡くなったちゃびによく似た茶白の女の子がいたのだ。

これはもう、私にとっては何もかも頭から吹き飛んでしまう衝撃で、心臓がズッキーンと来た。

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泥にまみれたピザを食べているのもショックだった。
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全部で6匹(母親とその母親、赤ちゃん4匹)いたが、ちゃびによく似た子は一匹だけだった。
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これからイタリアの山は急激に寒くなるのにどこに寝るのだろう、この子を連れ帰ってちゅびと一緒に育てられたらどんなにいいだろう、と胸がばくばくした。今もずっとこの子のことを考えて気持ちが乱れて苦しくなってしまう。

その後、山の中腹の栗林で栗拾い。栗の緑のイガは落ちているが、どこに栗の樹があるのかわからなかった。

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あまりに巨大で枝葉がはるか上方にあるので、何の樹かわからないのだ。数百年も生きている栗の樹を見たことがなかったので驚いた。この場所は栗の巨樹の林。

栗はまだ若くて小粒なのがほとんどだった。もう一週間か10日したら大きい栗がざくざく拾えそう。

帰路、馬が二頭いるところを見つけた。

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おーい、と呼んだら近くに来てくれた。

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馬たちに、今日拾った栗のうち、まだ白くて柔らかいのを選んであげた。


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人懐っこくて、とてもかわいい。
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帰り道のトスカーナらしい風景。この家を入れたアングルは撮影ポイントらしく、ここを撮った写真が掲示されているのを見た。
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今日の夕焼けは濃くて美しかった。
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本日の収穫のキノコ。大きいのは傘が10cmくらい(黒い粒はオリーブの実)。

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9月22日のちゅび。

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2018年9月17日 (月)

『デッサンの基本』 第31刷り

9月17日

『デッサンの基本』(ナツメ社)増刷、31刷りになっています(5月15日に増刷のお知らせをいただいていましたが、記事にするのが遅れました)。

自分が気になったもの、心を動かされたものを、その時その時の感覚でとらえて描く「素描(デッサン)」や「スケッチ」は、楽しくて、思い出の記録にもなります。

マチエールに凝り、何か月も描き続け、どこを「絵の完成」とするのか、それ自体に苦しむことも面白いけれど、

見ているものの変貌、自分のものの見方の変化、そうした対象と自分の身体との関係性を、もっと短い時間で紙に残すことのできるデッサン(素描)は、なお面白いと思います。

私はデッサン(素描)というものを、言語ではとらえきれないものと関わる手立て、そこに在るものを発見する行為だと思っています。

私ににとって「絵」は、生命的なものとの交接、収奪ではなく受容、静かな愛情関係であり、その痕跡です。

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私がチューリップを好んで描くのは、世間一般に広く浅く共有されている「チューリップ」という言葉とそこから喚起されるイメージをはるかに超えた、劇的で妖しい変容を見せる花だからです。

丸くてかわいい観念の「チューリップ」ではない、自分が体験した奇妙な生命を描きたい。そういつも思っています。

なかなか花屋に出ないチューリップ「エステララインベルト」。4月5日に購入。

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(Tulip drawing, Dessin )
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上が4月6日、下が5月15日のチューリップ(エステラ・ラインベルト)。萎れてかさついていくことによって、妖艶に変身する。
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八重の少し萎れかけたフランスギク。
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濃い紫のアジサイ。
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植物の変容、緩やかな運動、微妙な色、細部の不思議に飽きることはない。

動物たちの愛らしい仕草にも限りなく魅せられ、飽きることはないです。

レッサーパンダ(ソラ。♀)の素描。ふっくら、おっとりしている。
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グルーミングするソラ。しっぽが長く、しっぽの先が細い。
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レッサーパンダ(ラテ。♂)の素描。
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くるりんしっぽで後ろ姿がかわいいラテ。
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レッサーパンダ(メイタ ♀)の素描。愛嬌たっぷり。生まれた時は男の子に間違えられていた仔。
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うちの猫、ちゅびが赤ちゃんだった頃の素描。

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(Cat drawing, Dessin)

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うちに来た日。まだ眼が見えていなかった頃のちゅび。
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おなかだけが張って、手足が恐ろしく細く、汚れていて、ネズミの子みたいだった。

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素描(スケッチ)と同時に、画面右下にはその時のちゅびの授乳、排泄の記録をメモした。

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きょうのちゅびの素描(デッサン)。やせているが筋肉質で重く、運動能力抜群の甘えん坊。

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