動物

2018年12月29日 (土)

猫の絵、枯れたアネモネ

12月29日

年の暮れは嫌いだ。とても働き者だった元気な頃の母と祖母を思い出して、胸が苦しくなるから。

おせちは味が濃すぎておいしくないし、初詣も人が多くて疲れるので私は好きではなかったが、母や祖母の楽しそうな顔を見ることだけが嬉しかったのだと思う。

大きな鍋にいっぱいの煮物をつくっていた祖母の姿や、母と正月に飾る花を買いに行った時のことばかり思い出してしまう。

しゃれた高級な食べ物に私自身は興味がないが、華やかに飾られているスーパーに行けば、あれもこれも、母が今まで食べたことのないおいしいものを、食べさせてあげたかった、と涙が出てしまうから。とても辛いので年末とお正月は嫌い。

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猫の絵。

赤ちゃんの頃のちゅび。

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(Cat drawing, dessin)
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生後3か月目の時のちゅび。運動能力抜群のやんちゃっ子。
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現在に比べるとずいぶん細かったちゅび。
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禿げていた毛も生えそろい、日ごとにたくましくなってきたチョビ。毛の質はちゅびと違って柔らかくベルベットのよう。薄茶の縞のしっぽだけが長毛。
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ちゅびとチョビ、プフ。対面して3日目にはお互いをなめてあげるほど仲良しになった。特にちゅびとチョビはオス同士なのに、じゃれあいのボカスカはするがまったくいがみ合わず、お互い優しいのに驚いた。
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大きいちゅびにのっかるプフ。恋人同士のような(実は4つ子のうちの別々の日に落ちていた2匹)プフとチョビ。
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去年のすっかり乾いたアネモネ(冷蔵庫に保存していた)。
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(dead and dried anemones, watercolor painting)

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2018年12月22日 (土)

猫の絵、動物の犠牲について、デリダ

12月22日

猫の絵(Cat drawing, Dessin)

わずか100gちょっとで拾われた日のチョビ。初めて病院に行った日(135g)のチョビ。

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小さな犬のぬいぐるみだけに甘えていたチョビ。
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真菌によってしっぽ、手足、首の毛がはげたチョビ。特にしっぽが真っ赤で痛々しかった。
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ひとりぼっちではなくなったチョビとプフ。
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「〈殺すなかれ〉は、ユダヤ・キリスト教の伝統のなかでは、また明らかにレヴィナスによっても、〈生物一般を死なせてはならない〉という意味で解釈されたことは一度もない」。

「人間主義を超えて」存在の思考を推し進めたはずのハイデガーも、犠牲(サクリファイス)のエコノミーを問いなおすことはできなかった。

ハイデガーでもレヴィナスでも、「主体」とは、「犠牲が可能であり、生命一般の侵害が禁じられていない世界における、ただ人間の生命に対する、隣人である他者の、現存在としての他者の生命に対する侵害だけが禁じられている世界における人間なのだ」

(「〈正しく食べなくてはならない〉あるいは主体の計算――ジャン=リュック・ナンシーとの対話」)。

こうしてデリダが、ユダヤ=キリスト教も含めて、西洋形而上学の「肉食=男根ロゴス中心主義」を問題化する。

それは、現代の動物実験、生物学実験に至るまで、「肉食的犠牲が主体性の構造にとって本質的である」ような世界である。

いまからほど遠くない過去に、「われわれ人間」が「われわれ成人の、男性の、白人の、肉食の、供犠をなしうるヨーロッパ人」を意味した時代もあった(『法の力』)。

(高橋哲哉『デリダ――脱構築』(講談社)より引用)

・・・

「 問題は(略)動物が思考すること、推論すること、話すこと等々ができるかどうかではない。(略)先決的かつ決定的な問いは、動物が、苦しむことができるかどうかであるだろう。《Can they suffer?》

この問いは、ある種の受動性によっておのれを不安にする。それは証言する、それはすでに、顕わにしている、問いとして、ある受動可能性への、ある情念=受苦(passion)、ある非‐力能への証言的応答を。「できる」(can)という語は、ここで、《Can they suffer?》と言われるやいなや、たちまち意味および正負の符号を変えてしまう。

「それらは苦しむことができるか?」と問うことは、「それらはできないことができるか?」と問うことに帰着する。

(略)苦しむことができることはもはや力能ではない。それは力能なき可能性、不可能なものの可能性なのである。われわれが動物たちと分有している有限性を思考するもっとも根底的な仕方として、生の有限性そのものに、共苦(compassion)の経験に属する可死性は宿っているのである、この非‐力能の可能性を、この不可能性の可能性を、この可傷性の不安およびこの不安の可傷性を、分有する可能性に属する可死性は。」

(ジャック・デリダ『動物を追う、ゆえに私は(動物)である』(鵜飼哲訳、筑摩書房)より引用)

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2018年11月14日 (水)

新宿暮しの記録

11月14日

10月15日からここに泊まり、もうひと月になる。

建物の玄関から10分も歩けば新宿駅。

駅前の交差点は信号待ちの人々で歩道の幅が埋め尽くされる。地下街は忙しない蟻の群れのように人々がわらわらと交錯していて、人にぶち当たらないように速足で歩くのは難しい。

ごちゃごちゃ汚いところも多いし、昔のように革新的で自由な感じはないけれど、どんどん変わっていく新宿は、私が生まれ育ったところで、大好きな落ち着く街。

狭いところにさまざまのものや人がひしめき合っていて、さばけているというのか、活気がありながら素気ない。ほかの街よりは心地よい無頼感がある。

今いるところは賑やかな表通りから道を一本曲がっただけなのに、空気が隔絶されたかのように静か。

12階の窓からは人の声も車の音も聞こえない。聞こえるのは鳥の声、風の音、雨の音、時々通る電車の音、たまにヘリの音。夕方5時を知らせる「夕焼け小焼け」のメロディだけ。

常に大きな空の色、雲の流れ、気象の変化が見られるだけで胸が震える。

ヘンリー・ダーガーが描いた劇的な雲、ハドソンリヴァー派が描いた壮大な雲、のようにはいかなくても、胸に残った雲を描きたい。

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朝は、眩しすぎる光を遮ってくれるカーテンの隙間から、黄土や樺色に色づき始めた明治神宮の森と銀色の雲が見える。

昼間、ちゅびとチョビとプフは窓際の暖かい光とカーテンにじゃれて遊んでいる。

夕方4時から「夕焼け小焼け」のメロディまでのあいだの、涼やかで心もとない空。

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空が甘いトルコ石の色から納戸色に滲んでいき、西の地平が山吹色、枇杷色から橙色に輝き、懐かしいような柿色、石榴色、最後は雲が葡萄色に沈み、渋谷や代々木のタワーの光がキラキラと金色に浮き上がってくる時間が一番好きだ。

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ここで毎日空を見ながら猫たちだけと暮らせたら。

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夜、サンダルを引っかけて、長いコートをはおって、コンビニまで散歩する。例年より暖かく、まだ凍えるほどではなく、ひんやりした夜風がとても心地よい。

5分くらい歩けば表通りの喧騒にまみれるのに、マンションの前の通りはしんと静かな藍色の空気が満ちていて、酔っ払いに会うこともない。

新宿のキラキラしたネオンを間近に見ながら、音のない通りを歩くと、とても気持ちが落ち着く。

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ここに来る夜、部屋で着る綿スエットだけ持ってきた。ジーンズ(イエナの古着)と黒いシャツブラウス、黒のナイロンコート(ジル・スチュアートの古着)だけで一週間過ごした。

今も、外出はシャツブラウスにずっと同じジーンズ、その上にローブ型のベージュのロングコート(古着)だけ。

服がシンプル、モノトーンで極力少ないことは、確かに気持ちが楽になる。

私はコンビニのお惣菜、弁当などは食べられないので、部屋に調理設備がないことに最初、少し困った。

私は肉類(肉エキス、肉と一緒の油で揚げたものを含む)を一切食べられない。

“You are what you eat.”

殺した動物の肉を食べられないことは、私の中では猫、その他の動物を愛することとまったく同義で分離できない。

ルミネ、高島屋、京王、小田急デパートの地下、コンビニには、これだけいろんなものが溢れているにも関わらず、ほとんど私には食べられるものがなかった(肉類、肉エキスが入っているため、また赤色102号、ソルビン酸カリウム、亜硝酸ナトリウム、リン酸塩などの添加物を避けたいため)。

最近、気に入って食べているものは、すぐ近くのオーガニック食料品店(オーサワジャパン)購入の有機栽培大根や有機人参をレンジで加熱し、出汁つゆとごま油をかけたもの。大根1本で4日くらい食べられる。

オーガニック食料品店はとにかく高いのであまり買えない。たまに大豆ボール、ベジタブル100パーセントのカレーを買う。味つけはあまりおいしくない。

調味料がベジタブル100パーセントのメンマ、これだけはすごくおいしい。

まいばすけっとの国産大豆のグリセリン(消泡剤)の入っていない豆腐、なめこ、チンゲンサイ、柿、リンゴ、アボカド、マンナンごはん、素煎りナッツ。(イオンは中国産の食品が多い)。

ローソンの「北海道鮭あらほぐし」をマンナンごはんにかけて毎日食べている(セブンイレブンの鮭ほぐしは赤色102号が入っているので食べられない)。単調な食事に飽きることもない。

甘いものは食べないがお酒はやめられない。高円寺で「獺祭」、やまやで「東光」。

静かな都会の夜景と猫と日本酒、最高。

海苔と、国産小麦のパン、低温殺菌牛乳も高円寺で調達。

毎日、必ず飲まないと気が済まないオーガニックアールグレイティーはiHerbで購入。

今の生活は奇跡のように充足している。

11月13日

今年も、いつのまにか新宿南口サザンテラスのイルミネーションが点灯されていた。

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先週、ここに来た時、橋に電飾のコードを巻いて飾り付けていた。

橋の上から見る新宿新南口。

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タカシマヤ タイムズスクエアから見る新宿駅のホーム。

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サザンテラス。
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Suicaのペンギン広場。
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ここら辺り新宿南口一帯のイルミネーションを「ミナミルミ」と名づけているらしい。マインズタワー、ミライナタワー、JR南新宿ビルのツリーはまた今度。

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2018年11月13日 (火)

ちゅびとチョビ、プフ初対面

11月10日

きょう、ついに、ちゅびとちびっこ猫たちとの対面。

ちゅびを昼1時に私とチョビとプフのいる部屋に連れて来た。

先住猫と新入り猫との対面は慎重にやらないといけないという記事を読んで、ここ数日は緊張していた。

まずはチョビとプフにケージの中に入っていてもらって、ニャアニャア騒ぐちゅびをキャリーから部屋に放す。

チョビ、プフは初めて会う大きなちゅびをまったく怖がらず、「出して!出して!」と手作りケージを壊して外へ。いつも通り、ふたりで無邪気にじゃれ合い、もつれ合い、平気でお昼寝。

まったく緊張せずリラックスのチョビちゃん。

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ちゅびのほうは大きな図体にも関わらず、初めて接する猫たちに緊張。怯えて棚の上に上がっている。

ちゅびは恐る恐るちびっこ猫たちに近づいて匂いをかぎ、顔と顔が合うと「シャーッ」と威嚇して走って逃げるのをくり返す。ちびっこたちは怯えることもなくマイペース。

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友だちになりたいのに、どうしても「シャーッ」と威嚇してしまうちゅび。
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怖がりなちゅびはチョビやプフがトイレしている最中や、眠っている時に、ここぞとばかりに匂いをかぎに行ってはダッと逃げていた。

玄関の方まで逃げてから、追いかけて来てほしそうにちびっこを見つめるちゅび。

ちゅびはまだ眼も見えないうちにひとりぼっちで落ちていたので、ほかの猫と接触したことがないかわいそうな子だ。生まれて初めて見る子猫たちが気になってたまらない様子。

遊んでもらいたいポーズをとるちゅび。

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ちゅびがボール紙の影に隠れて手だけ出して、チョビ、プフにじゃれてもらったり、逆にチョビ、プフが隠れてガサガサしてちゅびにじゃれてもらったり。

猫たちはお互い、どうしても目の前の動くものにじゃれてしまう習性をうまく利用して、遊びながら距離を縮めていく賢さに感心した。

私が紐を走らせると皆がその紐を追いかけて走り、勢い余ってからだがぶつかる時にはまったく威嚇しない。

この日、チョビとプフは私のふとんで一緒に寝、ちゅびはひとり離れて高いところで寝た。

11月11日

怖いもの知らずのプフがちゅびに超接近。

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後ろから、「えい!」
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ちゅびとチョビも、だいぶ仲良くなる。(遠近法により同じくらいの大きさに見えるが、実際のちゅびのからだはチョビの3倍ある。)
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物陰に隠れて(手だけ出して)チョビとキャッチボールするちゅび。

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深夜まで遊び続けていた。

11月12日

朝5時過ぎ、目が覚めたら、ちゅびは私の右脇にべったりくっついて寝ていた。ちゅびのおしりにプフがくっついて、チョビは私の左肩で眠っていた。

6時に食事。4か月未満のベビー用ロイヤルカナンのウエットとカリカリ。3匹とも同じものを食べたがり、ほかの子のお椀が気になって、ぐるぐる交代しながら全部きれいに食べる。

ちゅびはプフに勢いよく押されてお椀をとられても、怒ったりしない。いっぱい食べたくてウーウー言うのはプフのほう。

朝から激しく追いかけっこ遊び。

二本足で立って万歳のように両手を上げて相手をやっつける仕草をしてからダダダッと一目散に逃げて追いかけてもらう。追いかけるほうは追いついたら「つかまえた!」というタッチをして、一目散に逃げる。その繰り返し。

ちゅびは6月の初めに生まれ、もう5ヶ月。ちゅびは今、乳歯と永久歯が同時に生えている。

上下左右のキバが2本づつ、計8本あるちゅび。ちょっと魔物っぽい。

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もうすっかり仲良く、3匹で一緒に寝ている。

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お友達ができてよかったね、ちゅび。

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2018年10月12日 (金)

ちゅびとチョビの記録 / イタリアの旅の記録7(9月23日)

10月12日(金)

きょうのチョビ。

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体重600gを超えたので、明日、血液検査。どうか無事でありますように。

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二本足でたっち。
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きょうのちゅび。

やたらにゴロゴロ言って私の膝の上で甘えっぱなし。風呂場のホースなどでもよく遊んだ。

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イタリアの旅の記録

9月23日(日)

日曜日なので午前中はゆっくりし、お昼はUova di carpa(トラジメーノ湖のコイの卵)のタリオリーニ(細めのスパゲティ)。

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昨日、拾ったアミアタ山の栗をチーロさんがオーブンで塩焼にしてくれた。陽射しが強くて夜が寒いせいなのか、イタリアの栗は野生なのに日本のよりも甘い。
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光り輝くキュージ湖。手前にはディル(フィノッキオ・セルバーティコ)の黄色い粒々の花。
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田舎道で見かけるマリアの絵を飾った小さな塔。イタリアのお地蔵様のようなもの。
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妙な絵皿が置いてある。「このおじさんは誰?」と尋ねると「聖ピオ」とのこと。最近(1968年没)の聖人らしい。聖ピオの詳しいことについては、イタリア人のチーロさんは、チナミさんよりもっと興味ないそうだ。
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きょうはPiana(ピアーナ、平地という意味)という町の、チナミさんがお気に入りの廃屋に連れて行ってくださった。

私がすごく喜ぶものを見つけておいてくださったことに大感激。

同じものを素敵と心から感じあうことができるチナミさんに案内していただけるなんて最高だ。このような幸福なめぐり逢いは滅多にない。
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以前は、左上の赤いトタン屋根部分が無くて、もっと雰囲気がある建物だったという。

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この建物の斜め裏側。

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とても雰囲気がある。が、この建物はフェンスの中なので近づくことはできなかった。
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しばらく車で走り、また素敵な廃屋を発見。こちらは探検可能。

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この廃屋も素晴らしく絵になる。手前の枯れ植物が夕陽で金色に光っていた。
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浅緑の窓と繊細な野草たちが美しい。まるで計算され尽くしたかのような色の配分。
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しばしこの空間にいられることにうっとり。
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今日は昼29℃だった(最低気温は16℃)。夕方5時近くでも陽射しが強くて眩しい。
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しばらく車で走り、かわいい山羊たちが大勢いるところを発見。
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小さくて頼りなげな秋仔ちゃんたちがいっぱいいた。
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キャワンキャワン大騒ぎして、私たちが撮影し終わって車に戻った頃に、通りまで出て来てこちらに吠えているちっちゃな犬。山羊たちの番犬のお仕事をしっかり果たしている(?)

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次にきれいな深い紺紫の葡萄の畑を見つけて写真を撮っていたら、これまたギャンギャン!ギャワン!と姿は見えども狂暴で獰猛な吠え声。すぐに2匹の犬がすっ飛んで来た。
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跳びかかって来るのかと思ったら、顔を見たら急におとなしくなり「遊んで、遊んで。」と甘えて、車道のほうまで着いてきた人懐っこいかわいい犬。

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Pianaから戻り、菫色と枇杷色の夕陽に染まるキュージ湖。

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9月23日のちゅび。

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2018年10月11日 (木)

ちゅびとチョビの記録 / イタリアの旅の記録6(9月22日)

10月11日(木)

PCが起動しなくなってしまい、朝9時一番からメーカーに電話して指導してもらった。

プログラムの更新がたまり再起動に2時間近くかかっていたのを、我慢できずに途中で切ったせいかと思われる。

裏のネジを緩めてパカッと開けて小さな丸い丸いバッテリーを取り出して90秒。これでなんとか元に戻った。

ちゅびが、PCの普段は晒されない剥き出しの内臓に、やたらちょっかいを出して恐ろしい90秒であった。

電話中に目の前にあるトイレにうんこ。普段ならうんこした直後にさっと身体をトイレから出すのだが、作業中にそれはできず、ちゅびはいつまでも楽しそうに砂とまんべんなく混ぜていた。

きょうのちゅび。

新しいカリカリ(月齢12か月まで)をあげたら、2度もおかわりのおねだりをして一度に30gも食べた。結局一日で50g食べた。

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私が帰国してから一度も高い本棚の上に上がっていない。いつも私にべったり。ちょっと触れたらゴロゴロ。
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あくびした直後の顔。
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きょうのチョビ。

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本当は長毛で、同じ日に生まれた兄妹のユキちゃんはふっさふさなのに、この子だけははげてしまっていてかわいそう。毎日の殺菌シャンプーで、日に日によくなってきている。がんばれ!チョビ。

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イタリアの旅の記録6

9月22日(土)

この日はお弁当を持ってチナミさんの大好きなMonte Amiataアミアタ山にポルチーニ茸と栗を採りに行った。

アミアタ山のふもと、Abbadia San Salvatore(アバッディア・サン・サルヴァトーレ) という町の「Pinzo Pinzuti」という不思議な雑貨屋さん。
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Marcella(マルチェッラ)さんという妖精のようなご婦人がやっている。ごちゃごちゃと雑多でかわいいものがひしめき合う店内。

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私が見て楽しいものがいっぱいある。

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このキューブ型の絵合わせ?のようなおもちゃ、すごく気になる。

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チナミさんはマルチェッラさんにポルチーニ茸はいつ入荷するのか聞いていた。夕方には店にはいるという。つまり今が盛り。

アミアタ山に到着。まずはお昼のお弁当。大きなバスケットにスパゲッティのオムレツなどが詰まっていた。

食べられなさそうだがきれいなキノコがあちこちにいっぱい。

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昔、イギリス湖水地方のビアトリクスポターの家で見た森のキノコの素晴らしい細密描写を思い出していた。

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4、5cmの大きなヤマビル?怖い。
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長い年月をかけて自然がつくった朽木と苔の造形。
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それはそれはたくさんの種類のキノコがあった。
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チナミさんの家には分厚いキノコ事典がある。本当にキノコの判別は難しい。

同じような見た目の毒キノコが存在する紛らわしい茸はすべて避けた。

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これは食べられるらしい。
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ずいぶん探してついに見つけた、これがポルチーニ茸らしい。

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山頂近い店でアマーロ(薬草酒)を飲んだ。甘いけれどすうっとするリキュール。

お店のある場所から徒歩で急な山道を登り、アミアタ山の山頂へ。そこで、見晴らしのよい場所で景色を撮ろうと大きな岩の裏側に身体をねじこんた時に、信じられないものを見てしまった。

岩の裏側の裂け目の陰に、猫の親子がいた。その中に去年亡くなったちゃびによく似た茶白の女の子がいたのだ。

これはもう、私にとっては何もかも頭から吹き飛んでしまう衝撃で、心臓がズッキーンと来た。

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泥にまみれたピザを食べているのもショックだった。
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全部で6匹(母親とその母親、赤ちゃん4匹)いたが、ちゃびによく似た子は一匹だけだった。
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これからイタリアの山は急激に寒くなるのにどこに寝るのだろう、この子を連れ帰ってちゅびと一緒に育てられたらどんなにいいだろう、と胸がばくばくした。今もずっとこの子のことを考えて気持ちが乱れて苦しくなってしまう。

その後、山の中腹の栗林で栗拾い。栗の緑のイガは落ちているが、どこに栗の樹があるのかわからなかった。

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あまりに巨大で枝葉がはるか上方にあるので、何の樹かわからないのだ。数百年も生きている栗の樹を見たことがなかったので驚いた。この場所は栗の巨樹の林。

栗はまだ若くて小粒なのがほとんどだった。もう一週間か10日したら大きい栗がざくざく拾えそう。

帰路、馬が二頭いるところを見つけた。

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おーい、と呼んだら近くに来てくれた。

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馬たちに、今日拾った栗のうち、まだ白くて柔らかいのを選んであげた。


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人懐っこくて、とてもかわいい。
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帰り道のトスカーナらしい風景。この家を入れたアングルは撮影ポイントらしく、ここを撮った写真が掲示されているのを見た。
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今日の夕焼けは濃くて美しかった。
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本日の収穫のキノコ。大きいのは傘が10cmくらい(黒い粒はオリーブの実)。

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9月22日のちゅび。

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2018年9月17日 (月)

『デッサンの基本』 第31刷り

9月17日

『デッサンの基本』(ナツメ社)増刷、31刷りになっています(5月15日に増刷のお知らせをいただいていましたが、記事にするのが遅れました)。

自分が気になったもの、心を動かされたものを、その時その時の感覚でとらえて描く「素描(デッサン)」や「スケッチ」は、楽しくて、思い出の記録にもなります。

マチエールに凝り、何か月も描き続け、どこを「絵の完成」とするのか、それ自体に苦しむことも面白いけれど、

見ているものの変貌、自分のものの見方の変化、そうした対象と自分の身体との関係性を、もっと短い時間で紙に残すことのできるデッサン(素描)は、なお面白いと思います。

私はデッサン(素描)というものを、言語ではとらえきれないものと関わる手立て、そこに在るものを発見する行為だと思っています。

私ににとって「絵」は、生命的なものとの交接、収奪ではなく受容、静かな愛情関係であり、その痕跡です。

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私がチューリップを好んで描くのは、世間一般に広く浅く共有されている「チューリップ」という言葉とそこから喚起されるイメージをはるかに超えた、劇的で妖しい変容を見せる花だからです。

丸くてかわいい観念の「チューリップ」ではない、自分が体験した奇妙な生命を描きたい。そういつも思っています。

なかなか花屋に出ないチューリップ「エステララインベルト」。4月5日に購入。

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(Tulip drawing, Dessin )
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上が4月6日、下が5月15日のチューリップ(エステラ・ラインベルト)。萎れてかさついていくことによって、妖艶に変身する。
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八重の少し萎れかけたフランスギク。
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濃い紫のアジサイ。
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植物の変容、緩やかな運動、微妙な色、細部の不思議に飽きることはない。

動物たちの愛らしい仕草にも限りなく魅せられ、飽きることはないです。

レッサーパンダ(ソラ。♀)の素描。ふっくら、おっとりしている。
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グルーミングするソラ。しっぽが長く、しっぽの先が細い。
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レッサーパンダ(ラテ。♂)の素描。
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くるりんしっぽで後ろ姿がかわいいラテ。
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レッサーパンダ(メイタ ♀)の素描。愛嬌たっぷり。生まれた時は男の子に間違えられていた仔。
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うちの猫、ちゅびが赤ちゃんだった頃の素描。

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(Cat drawing, Dessin)

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うちに来た日。まだ眼が見えていなかった頃のちゅび。
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おなかだけが張って、手足が恐ろしく細く、汚れていて、ネズミの子みたいだった。

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素描(スケッチ)と同時に、画面右下にはその時のちゅびの授乳、排泄の記録をメモした。

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きょうのちゅびの素描(デッサン)。やせているが筋肉質で重く、運動能力抜群の甘えん坊。

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2018年9月14日 (金)

ちゅび(ぴょんすけ)の記録(9月12日~9月13日)/ 白猫の赤ちゃん

9月12日

朝10時、Sさんと病院で待ち合わせ。赤ちゃんが入った小さな箱を抱えたSさんが来る。

カルテにSさんは「チョビ」と名前を書いていた。ちゃび、ちゅび、と来たらちょびだよね、と。

ニャア!ニャア!と思ったより元気。しかし小さい。生後一週間で200gくらいになるのが標準なのに135g。。眼は開いている。

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おととい下痢をして心配したが、きのうの夜から急に元気になってミルクを飲んだそうだ。

先生におしっこをちょんちょんして診てもらう。脱水はない。輸液はなし。蚤もだいじょうぶ。

「今の時点で大きな病気ではなさそうですか?」と尋ねると

「人間の子どもと違って猫の赤ちゃんの病気はよくわかっていないし、判断できない。今はまだ、いつなにがあるかわからない段階。4時間ごとに箱をのぞいて、さっきまで生きてたのにもうだめってこともあるからね。」と言われた。

「毎日体重を計って。増えていなかったら重篤な病気だから。」

ちゅびの時のように、かぶれ、ただれがいくらかあったが、今は抗生物質をやるのも危険、できればやりたくない、やる時はタイミングを図ってやるそうだ。

やはり2回目のワクチンが完了する(生後1か月半くらい)までは完全に隔離したほうがいいと言われた。

とりあえずSさんに面倒をみてもらい、その後、様子を見ながら私の友人と私に引き継ぐことにしたが不安がいっぱい。

9月13日

3か月前の今日、ちゅびはチョビと同じ駐車場で拾われた。

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毛利武彦先生のクジャクの版画と、若林奮先生の写真と、ホルスト・ヤンセンのポスターのカラーコピーと、私の描いたクリの絵とちゅび。
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9月13日

20年前に買ったちゃびとこなのためのハーネスをつけてみたちゅび。もう少し淡いピンクが似合うんだけど。

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おとといあたりから特に私にべったりくっついてゴロゴロ言いまくり。夜もぴったり寄り添って眠っている。

もうすぐ私が旅行に出るのがわかるのだろうか、と思う。

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2018年7月31日 (火)

ちゅび(ぴょんすけ)の記録 (7月15日~7月17日)

7月31日

ちゅび(ぴょんすけ)は一生のうちで最も活発な時期。

生きる喜び、生命の躍動の極致。どんなものにも興味津々で、すべてが遊び道具になってしまう。

体重も1kgを超えた。

私の手を安心して遊べるおもちゃと思って、高くジャンプしてつかまえ、噛みまくるのだけは本当に困っている。特に眠っている時、タオルケットを被って防ぐが、何度でも跳びかかってくるので、私の手と腕は生傷だらけ。

・・

私が北海道に行っているあいだのちゅび(ぴょんすけ)の記録。友人による撮影とメモ。

7月15日 

朝4:50 ミルク+トラコナ。

6時に友人宅着。

トイレにまだ慣れないがおしっこ、うんこ成功。

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ネズミのおもちゃのしっぽを食べてしまう!

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ウェットのベビーフード6回食べる。試供品のドライフードをよく食べる。

7月16日

朝5:00 ミルク+トラコナ。

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ソフトキャリーの中はけっこう好き。
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ウェットのベビーフード9回食べる(一日に1パックほど)。

7月17日

朝5時、ミルク+トラコナ。

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興奮して毛を逆立てて遊んでいるところ。

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タオルケットでくるんでみた。
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フランシス・ベーコンの絵みたいになっている。
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病院で診察。全身のブツブツがきれいに治ったのでトラコナはおしまい。

3種混合ワクチン(フェロバックス3)打たれる。ウギャーと痛がる。

そのあと眠そう。寝てばかり。

ウェット+ドライ4回。注射のせいか食欲が落ちる。

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2018年7月27日 (金)

北海道の旅の記録 その6 札幌円山原始林 円山動物園

7月20日

明日は東京に帰る日。

朝、花輪さんに「ブルーチーズがあるよ。」と言われ、喜んで食べようとしたら、4月の賞味期限のものを冷蔵庫に入れないでずっと廊下に置いていたという。

「わざとだよ。熟成してどれくらいおいしくなるのかみようと思って。」と言われ、私は怒ってしまう。

「熟成じゃなくて腐敗!ブルーチーズは、スーパーで賞味期限ぎりぎりで半額になっているのでさえ、すでに熟成が進みすぎていて臭くて食べられないのが多い。冷蔵でも開封してすぐに食べないとまずくなるのに。」と私。

「花輪さんはおかしい。吐き気がするくらい生臭いものを全然感じない。2、3日前のお刺身をナマで食べるなんて異常。シメサバは封を切ってから何日も食べていたら蕁麻疹が出る。トウモロコシも買ってすぐに茹でなきゃまずくて食べられないのに、常温に何日も置いとくなんて最悪。どうして北海道まで来て、味のないシワシワに腐ったトウモロコシ食べなきゃいけないの?」

私はグルメじゃないし、贅沢はしないけれど、わざわざ新鮮でない魚や野菜を食べたりするのだけは我慢できない。

花輪さんは「痛んでたら臭いや味でわかるでしょ?」と言う。私には耐えられない臭いや味や、カビがはえているものも「痛んでいない」と言うのだ。ニコチンのせいで麻痺しているのかもしれない。

きょうは一日、ずっと原稿のお手伝いをしようと思っていたが、私ができる部分は全部終えてしまったので、ひとりで円山の原始林(天然記念物)と動物園に行ってくることにした。

この日、札幌は29℃。バスと地下鉄を乗り継ぎ、2時頃に円山公園駅に着き、人に道を聞きながら原始林へ。

花輪さんが言っていた素晴らしいカツラの巨樹は麓付近に何本もあった。

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森の中全体にカツラの樹の甘い香りがしていた。

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暑い盛りなので、残念ながらリスたちには会えなかった。

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登山道は一部、ぬかるんでいて、スニーカーでもちょっと歩ぎづらかった。

29℃での登山はきつかった。きょうの札幌の原始林はぜんぜん涼しくなく、釧路湿原や野付半島で歩くのとはまったく違った。

たまにすれ違う人はみな、本格的な登山の服装でストックを持っている人が多かった。

しばらく登って、普段では考えられないくらい猛烈に汗が噴き出し、身体中がべたべたに濡れてしまった。顔がのぼせ、心臓がばくばくし、これはまずい、熱中症で倒れてしまうのではないか、と恐怖を感じた。

スカートが汗で足に貼りついて歩きにくく、スカートで来てしまったことを大後悔。念入りに虫よけをスプレーして来たが、カやハエがぶんぶんうるさく、辛かった。

(ヒトスジシマカに脚を刺され、一週間経ってもまだかゆく、真っ赤に腫れている。)

途中で何度も引き返そうかと思ったが、もうすぐ頂上に着くのかもしれないと思い、歩いてしまった。

(頂上近くは花輪さんの好きなヤマブドウの蔓が多かった。)

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思ったよりずっと時間がかかり、50分くらいでやっと頂上に着いた。頂上から札幌の街を一望する。

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頂上にも涼めるところはなく、すぐに下山。 

もう一つのコースから登って来た年配のご婦人(やはり本格的な登山の服装のかた)と言葉を交わした。「こんにちは。そちらの道はきついですよね?」と尋ねると、やはり私の来た道のほうが、距離はあるが緩やかだとのこと。

道の真ん中にメスのカブトムシがのそのそ歩いていたので、樹の幹に移動させた。

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動物園の閉園時間が迫るのであせって下るが、ぬかるんでいたり、滑りやすかったり、木の根につまづいたりで、けっこう脚に負担がかかってきつかった。

3時半頃、ようやく動物園着。とりあえず自販機で冷たい飲み物を買って飲む。

レッサーパンダの居場所を探すが、一番奥のアジアゾーンの寒冷地帯が、ちょっとわかりにくくて、ここでもさらに時間がかかってしまった。

やっとレッサーパンダに会えて感動。

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この子はセイタ。

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ここ、円山動物園は、人も冷房のきいた館内にはいってガラスなしで見ることができるのが素晴らしい。

こちらはガラス越しに見るギンとココ(だったと思う・・)。お手てで嬉しそうに仲良くりんごを食べる。

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これ以上屋外にいたら具合が悪くなったと思うが、4、50分ほど冷房のきいた館内でかわいいレッサーパンダに夢中になっていたら、体調も回復した。

レッサーパンダの向いにいるクマも元気に水遊びしていた。

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駅への帰り道、円山公園でポプラの巨樹を見た。ポプラは縦に細長いイメージがあったので、こんなに立派なのを見たのは初めて。

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公園には、まだアジサイが咲いていた。

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円山駅周辺で食料を買い物。円山のスーパーでも佐賀産のアスパラ198円が売られていた。道内産のアスパラは特別なブランドなのだろう、一束500円くらい。九州から運んで来たアスパラのほうが道内産よりずっと安い。

道内産のトウモロコシも一本400円くらいしていた。果物や野菜は東京のうちの近所のスーパーのほうが安い。

夕食は私が作った。ヨモギ入り生モッツァレラのカプレーゼ。アンチョビと夏野菜(庭で収穫したミニトマト、ホウレンソウ、買ってきたインゲン、パプリカ)のパスタ。

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「作るのがすごく速いね~。」(私は作業も歩くのも速いほうだ。)「うまい。すごくいいもん食べてんだなあ。俺なんて豚みたいなもの食ってんだなあ。」と言われる。

夜は原稿の手伝い。相当進んだ。「こういうのゲバ字とかトロ文字っていうんだよ。」と言いながらがんがん書いていたら、「よく下書きなしで早く書けるね~。俺だったらまだ最初の1文字下書きしてるな。」と。

「これくらいやってもらったら、もう締め切りには間に合いますよ。」と言われて、一応ほっとした。締め切りだけが気がかり。

花輪さんは東アジア武装戦線「狼」の大道寺将司に興味がある。「実の母親と2歳くらいで別れているんだよね。爆破なんてするのも、母親に気づいてほしいという感情があるんじゃないかな。」と言った。

政治とか経済とか、花輪さんにもっとも関係なさそうなものをどうして描くの?と尋ねると、わからないけど興味があるのだという。

夜11時近くに外に出て星を眺めた。人も車も通らない、物音ひとつしない道。さらに街灯のないバス停横の野原の空は広い。

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