動物

2020年7月10日 (金)

花輪和一さんから猫草守の絵が届く

7月8日(火)

雨が上がった瞬間に外に出ようとしたら花輪和一さんから手紙が来ていた。

なんと「猫力」「火水風土」「身強清心」「猫草守」と文字が入った猫の絵!!!

これは私の愛した「ちゃび」の絵らしい。手紙にはあいかわらずちゃびへの嫉妬まじりの花輪節。

「(略)・・・かわいかったんですが、やはり猫は猫。自分は死んだとはっきり認識できないんです。今も眠っているような気分でいるんですね。しぶと・・・かった。まあ生命力強いというか飼い主の影響力も大きかったんです。猫っかわいがりも度が過ぎた。今もそのつもり、ウトウトしつつこの地上にとどまって、旅立ってないんです。」

「杉並一、東京一、猫可愛がりされた幸福な、猫のぶんざいでそこまでいったんですから、幸福すぎたヤツでした。困った時など、幼児に語り掛けるように、状況が理解できるように、繰り返し説明すれば、やつもホッコリ片目を開けて力になって動いてくれるでしょう。」

「一生で使い切れないほどの愛情を注がれて「猫生」を終わったんですから、受けた「愛」を返してくれる・・」

「ということなので、「猫草守」は、折ってカバン等に入れていれば、あのしぶとかったチャッピピピイ~~~!のお力があり、健康体、長生き体になれます。」←(キッパリ)

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3日に肺のがん転移が増大してしまったことを電話した時、「なにかお守りの絵を描いてほしいけど、不動明王はかわいくないから嫌。動物がいい。」とわがままを言ったのにすぐに応えてくれた。

花輪さんも小学生の時に、友達の家で生まれた子猫をもらってかわいがって育てていたそうで、

「今でも夜、眠る前、心が落ち着いた時に呼べば来るなあ、と思う」と。涙。。。

「うちの長男のちゅびがDV男っぽいんだよね。朝4時からにゃあにゃあうるさくて、最近、安眠できなかったの。そうかと思うと私にべったりくっついてきて。ほかの2匹はおとなしいんだけど。」

「そんなバカ猫はビシィイ!!とやってやんなきゃだめだよ~!ペットホテルに預けるとか、他人様のめしを食わせて性根を叩きなおしてやんなきゃ!かわいがりすぎなんだよ~」

「そんなのかわいがるくらいなら花輪さんに愛情注いだほうがいいよね~」

「そうですよ~」

たくさん笑わせて、泣かせてくれて、勇気とやる気が湧いて来た。

花輪さんとのつきあいは、もう30年。彼の態度は出会った時から少しも変わらない。はかりしれぬ才能で、いつも私を驚かせてくれて、少しも偉そうなところがなくて正直で。

童心と、並外れた感性を潰されずに、地獄の苦しみをくぐり抜けてきた稀有な芸術家。

花輪さんは幼少の頃から虐待されて親の愛情不足のまま育ったが、決して自分が弱い者を虐待する側や、卑怯でセコイ搾取をする側にはならなかった。

(私は承認欲求ばかりが肥大したいんちきハリボテ野郎が大嫌いだ!すっこんでろ!と思う。)

 

私の永遠のちゃび。

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7月6日(月)

ちゃぶ台で猫背になってPC作業をするのは非常に内臓が圧迫されて身体に悪いそうなので、LANケーブルの長いのと、ソケット2本を買って来て机とちゃぶ台の配置を変え、机と椅子で作業するようにした。

壁に立てかけていた50号と30号の木製パネルの後ろを掃除。3匹のすごい毛と埃。50号に張っていた雲肌和紙が黴ていたので破って捨てた。壁の汚れを薄めたハイターで拭く。

本の詰めの作業と同時に、今まで途中にしておいたたくさんの絵の制作にとりかかる。

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2020年5月29日 (金)

太田快作先生の「ザ・ノンフィクション」、プフの眼、阿佐ヶ谷、薔薇

5月13日(水)

きょうも阿佐ヶ谷北を自転車で走る。馬橋公園のそばの薔薇で溢れるお庭。
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高円寺に25年も住んでいて初めて阿佐ヶ谷の五叉路に気づく。すぐ近くの欅屋敷と河北病院の辺りは散歩していたのに。知らないところがいっぱい。どれだけ狭い習慣の中で動いていたか。

それも、コロナで自粛になって自転車で人のいない通りを選んで(体力持続のために)走り廻るようになってわかったこと。

阿佐ヶ谷教会の辺り、私の琴線に触れる絵になる家が多い。
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この四角い敷石、とても懐かしい。
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アメリカの西海岸のようなペンキのドア。
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早稲田通りに近いところの古い看板。(消えた文字は「装」と「アクセサリー」?)ざらざら、かすれと腐食にものすごく身体が反応して興奮。

自分にとって重要なこと(マチエール)を言語ではなく身体で考えることが沁みついている。自分が夢中になることは、おそらくほとんどの人からはまったく理解されない感覚だろう。

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5月14日(木)

プフ、まだかすかに残っている目薬をさしてやるが、目やにがよくならない。日によって涙の量が違う。赤茶色の涙の跡が酷い日とそうでもない日がある。
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5月15日(金)

夕方6時頃青紫の薔薇を撮る。午後3時頃に撮るよりずっと深い、私の眼の感覚に近い色。
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長くなった髪を自分で切る。後ろの髪を前に引っ張りながら。背中の真ん中より下だったのを15~20cmほどカット。もともと年に一度くらいカットモデルで切ってもらうくらいしか美容院には言っていないのだけれど、美容院で切ってもらうよりも自分で切ったほうが気持ちいい。

5月16日(土)

快作先生にプフの眼の状態の画像添付してメールを出す。

・・

雨の中で薔薇を撮る。ひしがれた花。雫の冷たい感触。冷たい雨の中の花を撮ること自体よりも、そこの身体感覚を絵にどう描くか。

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5月17日(日)

ハナ動物病院の太田快作先生の「ザ・ノンフィクション」後半。

快作先生と実際に関わる体験であまりに多くのことを感じ、考えた。私の命だった愛猫ちゃびが20歳で亡くなるまでの数年を快作先生にお世話になり、そのあとも、新たに3匹がお世話になっている。

私と20年一体だったちゃびも、今、私と一緒にいるちゅび、チョッピー、プフの3匹も、生後一週間から10日の赤ちゃんの時に捨てられていた、あるいは落ちていた猫だ。

苦しい、深い想いが激しすぎて、簡単に番組の感想など言えるはずもない。感動したなどと軽く言えるわけもない。

快作先生は人間がかえりみない動物の命を救うために人生を捧げていて、どんな誹謗中傷にも負けない信念を持った人。

ほっておいたら凄惨に命の短い野良猫を、ただ「見て癒される」と言ってしまう人には、どう言葉にしたらいいのかわからない。

少なくとも私は耳がカット(避妊手術したしるし、TNR 避妊手術してから元の場所に戻して地域で世話)されていない野良猫の写真を、「いいね」「かわいいね」とはとても言えない。逆に焦燥で悪寒がして具合が悪くなる。

(外気温、菌、ウイルス感染などなどによって)あっという間に死んでしまう野良猫(特に体力や免疫のない子猫)や、多頭崩壊で飢えて共食いしているような犬猫を救うために、身を粉にして無償で働いているボランティアの人たちがいることを知ってほしい。

野良猫の命、動物の命に関しては、自分なりの言葉が見つかり次第、少しずつ書いていくしかできない。

・・

きょうも松の木あたりを自転車で走る。廃屋らしい古い建物を見つける。

5月20日(水)

暗渠をたどって阿佐ヶ谷の中杉通りまで出て、きょうは中杉通りを渡って天沼のほうまで走る。

中杉通りを渡ると、来たことのない場所ばかり。

ルドゥーテが描いたそのもののクラシックなかたちの薔薇。

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さりげなく素敵な生け垣と庭。
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急にぽっかりと広い空間に緑の蔦の家。高円寺からほんの2、3kmの距離でも、高円寺よりはるかに住宅が密集していない場所があることに驚く。

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その斜め向かいに民間信仰の石仏を集めた場所。

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「宝永元年(1704)銘・元文5年(1740)銘の庚申塔、享保15年(1730)銘の地蔵塔、宝暦9年(1759年)銘・享和3年(1803)銘の百番観音供養塔です」「「お地蔵様」と呼ばれて人々に親しまれている地蔵菩薩は、人間の苦を除き楽を与え六道衆生を救済する仏として信仰を集めました。また、境の守護と村の安全の守護を行う仏ともされ、村境や辻に多く造立されています。」

「なお、石塔隣の区画整理記念碑は、整理の完了した昭和13年に建てられたものです。」と区のHPより。

5月22日(金)

プフの眼、まだ涙と赤み、とれない。少し良くなったかと思うと、すぐに赤茶色の目やに。
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5月23日(土)

夕方、善福寺川まで自転車で行く。

川への坂を下る途中の、高原にあるような水色の木でできた家。
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緑地の中の誰もいない木陰で運動。ネットニュースで知ったHIIT(High Intensity Interval Training)。私が通っていたフィットネスの30秒運動×8種×3周を超コンパクトにした運動。正直、これならそんなにきつくない。

 

 

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2020年5月28日 (木)

プフの眼、松の木、阿佐ヶ谷、八重チューリップ、薔薇、ザボンの花

4月29日(水)

4月からずっと見てきた(高円寺北の公園前の)紫の八重、大輪のチューリップが散り始め、一部は雨で腐り、しどけなく美しくなってきた。調べたが種類の名前はわからない(知っているかたは教えてください)。
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ナニワイバラ(難波薔薇)とジャスミンの絡んだ一角がほころび始めた。ジャスミンはまだ蕾が多い。
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イヌバラ(犬薔薇、ロサ・カニーナ)とナニワイバラはよく似ている。ナニワイバラの葉はつるつるしておうとつがなく、濃い深緑。イヌバラの葉はいわゆる薔薇らしく表が膨らんでいて葉脈もおうとつがあり、柔らかな印象。色はやや明るい草緑。
花はほとんど区別がつかないが、ナニワイバラは白のみ?イヌバラは白と薄ピンク。

タンポポは半分が穂綿になった。

プフの眼、抗菌目薬プラノプロフェンをさしているが涙と目やにがあまりよくならないので心配。
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5月1日(金)

ナニワイバラとジャスミン満開。ラッフルパンジーの花が終わりかけ。紫の八重のチューリップ、雨で腐って爛熟。

ハルジオン、キュウリグサ満開。

プフの眼、目薬で少し良くなった?
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5月3日(日)

きょうのプフの眼、わりといい?
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5月4日(月)

ジャスミンは茶色く枯れかけ、ナニワイバラは少し散りかけ。

毎年気にして見ている、人ひとりすり抜けるのがやっとの猫道にあるサクランボが熟してきた。

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近所2~3kmを自転車で周ると、素敵なイングリッシュローズを育てている家が増えている。花の形は、やはりクォーターロゼット咲きに惹かれる。

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植物園が閉鎖していても、近所を見て周れば山ほどの薔薇。

5月8日

薔薇、薔薇。町中に薔薇の香りが溢れかえる。

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この剣弁の白薔薇の咲く一丁目一番地から、細い暗渠の道を辿って阿佐ヶ谷北を行くと、どこまでも続いている。
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暗渠を辿って中杉通りまで 出た後、折り返して善福寺川へ下った。

松の木の住宅街の薔薇。
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やっぱり涙と炎症があるプフの青い眼。
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5月9日(土)

阿佐ヶ谷北の大きな屋敷森。
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「Aさんの庭」の垣根の白薔薇も満開。小輪の蔓薔薇はまだ蕾が残っている。

5月10日

ずっとうちの子たちがお世話になっているハナ動物病院の太田快作先生の「ザ・ノンフィクション」の前編。花子と20年一緒だった、何もかも花子のおかげ、花子を自分で看取るために開院した、と・・・私も20年ずっと一体だったちゃびのことを思い出して激涙。

夕方、善福寺川でシラサギを見てから、松の木の坂道のたくさんの薔薇を見る。

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人っ子ひとりいない夕暮れに、こっそり秘密のポランの広場を発見。
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ここの草花たちも、すぐに潰されてしまうのだろうけど・・。
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5月11日(月)

プフ、やはり少し涙。目やにを拭いてあげないと眼のまわりが汚れる。抗菌目薬が効かない。不安でたまらない。

5月12日(火)

近所の薄紫の薔薇レイニーブルー満開。

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スズラン満開。

待っていた近所の柑橘(朱欒 ザボン)の花、満開。大好きな香り。
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ネロリ、まだ残っているジャスミン、薔薇の香りが混じりあう、この眩暈する陶酔は一年のうちで今だけ。

 

 

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2020年1月23日 (木)

桜井大造(野戦之月)×平井玄(地下大学)トーク

1月18日(土)

朝から雪。寒いところに出かけて熱を出したりするのが不安だったが、平井玄さんにお会いしたくて、決心して桜井大造(野戦之月)×平井玄(地下大学)トークへ。

うちから歩くと20分くらい。高円寺駅北口、素人の乱のまぬけ宿泊所ビルの2階奥の部屋。

狭い部屋は満杯で温かかった。アジア諸国からの留学生さんたちが多いようだった。

南シナ海の逆さの地図を見ながら「海市」、「陽炎の都市」のお話。

桜井さん、平井さん、そして司会の丸川哲史さんのお話を聞いていると、都市の擾乱の陽炎がふくれあがり、うねりながら、海を越えて、この島国にまで押し寄せてくるようだった。

その熱に、客席の足立正生監督がさらに地獄の劫火のような灼熱の発言で応えていた(過激すぎて、場内に笑い声)。
 
夜7時から9時までだったが、9時20分くらいに終わる。平井玄さんに話しかけたかったが緘黙気質のため、少し具合が悪くなるほど緊張。しかしこのために霙の中を来たのだから、と勇気を出して声をかけた。

平井玄さんと。私が持っている本は平井玄著『愛と憎しみの新宿』。私がグラシン紙(個人的に「ブーブー紙」と呼んでいる)をかけてしまったために白く飛んでタイトルが見えづらい。

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『愛と憎しみの新宿』は私が生まれ育った新宿(私の生家は西新宿だが)の、最高にエキサイティングだった60年代から70年代を書いた本。

ナジャ、風月堂、ATG新宿、澁澤龍彦、種村季弘、大島渚、若松孝二、坂本龍一、フーテン etc・・すべてがあった新宿に、私ももう少し早く生まれていたら、と地団駄踏みそうになる。

68年の新宿騒乱の映像などを見ると、遠い記憶の中の新宿西口の風景が蘇って、手が届きそうで届かないものへの憧れのように苦しくなる。

だが、もしその時代に青春だったら、それはそれで生きづらく、抑圧の多い青春だったのかもしれない。

トーク後の質疑応答で、スマホのナビを使って目的地に行くのと、それを使わずに歩く街はまるで違う、という話が出た。

それは当たり前に理解できるのだが、人それぞれ、何を見て「街」と言っているのだろう?スマホがなければ街の何を見ることができるようになるのだろうか?

個人の資質によるとはいえ、誰もが、ある文脈の中で意味を持つものしか見ていないのではないだろうか。

私はスマホも携帯電話も持っていない。

命を大切にされていない野良猫たちや、植物や錆びや雲ばかりに意識が行っている。

「混沌」という言葉が、ひとつの結論として出されていたが、私は最初(幼い頃)から〈人間〉の端っこにいて、あまり変わっていないような気がする。

「緘黙」というのは「(極度の不安により)言葉を発することができない」ことであり、言葉を発することができないために最も虐げられているのは(比喩ではない)「動物たち」だ。

新宿騒乱の頃であっても、論争の目的が見失われ文脈がたどれなくなった「混沌」の現在であっても、「動物たち」の生命に、悲痛なうめき声に耳を傾けようとする人は少ない。

 

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2019年11月18日 (月)

白州の友人宅へ

11月12日

白州に住む友人の家へ。新宿南口のバスタから高速バスに乗り、小淵沢で下車。

10日ほど前に喘息発作で入院になってしまった旧友と、やっと会えた。イタリアのチナミさんから送っていただいた早摘みオリーブオイルと、ドライポルチーニやドライトマトをお土産に渡す。

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透明な空気。光に黄色やオレンジの葉が透ける白州の山道。

友人の家に続く細道から見渡した景色。

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友人宅のすぐ裏。樹を刈り取られた後には真っ赤なウルシがびっしり生えていた。私は皮膚がかぶれやすいので、触れないように気を付けながら撮影。

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車で近隣を周った時に見つけた廃屋。

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蔵の屋根の下のカーブや、鉄の取っ手が付いた竹製の扉に興味を惹かれた。

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友人宅は夜が早い。特にご主人のYさんは毎日夜8時には寝ているそうだ。そして朝5時前に起きて、家の周りの掃除をしたり、薪の材料を集めたりしているのだという。

11月13日

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ゆっくりとした朝食のあいだに、友人夫妻が話してくれたことに目を丸くしていた。

友人夫妻は、最初は神田神保町で版下制作の仕事をしていた。もう30年も前から空気と水のきれいなところに住みたくて、ここの土地だけを買ったが、その時は家を建てるお金がなかったので、必死で仕事を続けたのだという。

現在の離れがある場所にプレハブの小屋だけを建てて、そこに500万円もした大きな印刷機を置いて仕事をしていたそうだ。「その印刷機、今、どうなったの?」と私が聞くと、「鉄ゴミ。プレハブ小屋は家を建ててくれた友人にあげた。」と。

最初の頃は切り貼りの手作業をする版下制作で、文字は写植屋さんに発注していた。一文字失敗したら全部ずらして貼り直しの、眼も疲れるたいへんな手作業だった。

途中から電算写植になった。ワープロの進化した機械(パソコンの直前)が出た時も購入し、マッキントッシュの最初のパソコンが発売された時は「これからはこれだ!」と思って即購入。当時は相当の値段だったそうだ。

「写植」という言葉はよく聞いていたが、実際はどういうふうに作っていたのかは知らなかった。活字が書いてある無数のプレートから、一文字ずつ見つけて写真を撮っていくのだという。

 

友人が車で小淵沢近くの信濃境駅付近の「高森草庵」に連れて行ってくれた。

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ドミニコ会の神父、押田成人さんが1964年に、この八ヶ岳の麓の村に居を据えたらしい。

紅葉の中に木の十字架が美しい。

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小さな小屋のような茅葺の日本家屋が建っている。

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外の茜色や樺色の光が刺し込む、簡素な礼拝堂。

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高森草庵のHPを見ると

「この土地は誰の土地でもありません。神様の土地なのです。すべての人々の土地なのです。結核患者や、身体障害者達が、白分自身を投げ出すようにして献げられたものと、貧しい人々の献げものによって賄われ、いとなまれ始めた土地です。一つ一つが不思議な歩みでした。今も私の手の中にはお金がありません。然しそれでもこの土地のいとなみは続けられて行くでしょう。

いく粒かの麦は地に落ちましたから。

ここは、弱い者や貧しい者が自分達の手で自給自足し乍ら修道的生活をするところです。弱い者が、依頼心という最大の病気を癒やすところであり、貧しい者が、貧しい心の報酬を受取るところです。そして、思想と宗教の如何を問わず人々が冥想のために、人生の杖を休めることの出来る小さなオアシスとなるべきところです。」という押田神父の言葉がある。

礼拝堂の裏には墓地。亡くなった年(西暦)が書いてあるプレートが、ただ土の上に置いてあるだけ。

友人Sは「私が死ぬときは入信して、ここに埋めてもらおうかと思う。」と言った。

高森草庵の周りを散策。林を抜け、水が湧き出ている場所へ。
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帰り際にSは「ばらのまどい」という押田神父の著書を購入していた。

薔薇色に染まった八ヶ岳の写真を撮るために入傘山の麓へ。「いりがさやま」ではなくて「にゅうがさやま」(重箱読み)だそうだ。

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ススキが陽の光を吸い込んで透き通っていた。

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夕暮れも近づき(このあたりは山に陽が隠れるので、4時半を過ぎれば真っ暗。)小淵沢のバス停に向かう途中で、いくつかの古い石の供養塔が集まっているところ、「蔓根血取場 乙事(おっこと)区」と書いてある看板を発見。

「血取場」の意味を帰宅してから検索してみると、昔、元気が亡くなった馬や牛の下に針を刺して血を抜くと元気になったとある。

しかし供養塔の群れが三つもあるところを見ると、その実は狩りで撃った動物の血を抜く場所だったのかな、と思ってしまう。

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小淵沢のバス停に向かう途中。歳を重ねて幽玄な枝垂れ桜。

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2019年11月 6日 (水)

アミアタ山の猫を救ってください Please rescue the cats on Mt. Amiata!!!

11月6日

動物を愛するイタリアの皆さん、どうか、アミアタ山の山頂の猫たちを救出してください。

イタリアに住む日本語がわかるかた、どうかアミアタ山の頂上に捨てられた猫たちのことを考えてください。

去年の猫たちのほとんど全部が冬を越せずに死んでいます。

冬を生き残ったたった2匹の猫が、春夏に繁殖をくり返しています。

猫たちは暖かい寝場所も与えられていず、ただ食べ物だけを与えられ、避妊もされていません。

どうか、どうか、アミアタ山の猫たちを救出してください!

Everyone who love animals in Italy,

Please rescue the cats on Mt. Amiata!!!

Most of the cats that lived last year died without passing through the winter.
Ten new kittens are born again in spring and summer.
They are not given a warm place, they just get food. They are not contraceptive.


Please, please rescue amiata mountain cats!!!!

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・・・

親愛なるENPA  Amiata Grossetana - zona monte amiata(イタリア国立動物保護局 アミアタ山管轄)の
ラーラ・バンチーニ様

どうか、どうかアミアタ山の猫たちを救出してください!!

どうかあの猫たちを凍死させないでください!!

猫たちの生死は、あなたの慈悲にかかっています。

あなたは若く美しい。あなたは猫を救出するための協力者を集める力がある。

捕獲器が足りない(1~2器しかない)というのなら、本部から借りてきてください。
ボランティアが足りないなら、どうしてSNSで募集しないのですか?

あなたは若くて能力もあるはずです。

あなたは国立動物保護局アミアタ山支部の会長なのですから、どんな手段を使ってでもアミアタ山の猫たちを救ってください。

私は昨年、アミアタ山の頂上でたくさんの子猫たちを見ました。

その中に20歳で死んでしまった私の愛猫にそっくりな子を見つけました。
私は万難を排してその子を日本に連れて帰りたかった、けれどできませんでした。

今年、私が愛したその子はどこにも見えません。
その子猫は冬を越せずに死んでしまったのでしょう。

私は死ぬほど悲しいです。

猫が生まれて1年も生きられないで死んでいくことに私は耐えられません。

どうか猫たちが凍死する前に救出してください!

私はあなたの動物たちへの愛情を信じます。どうか・・・どうか!お願いします。

 

Dear Lara Banchinii,

Please, please rescue the cats on Mt. Amiata!!

Don’t freeze them!!

The Life and death of cats depend on your mercy.

You are beautiful and young.
You should have the power to gather collaborators to rescue the cats.

If you do n’t have enough catchers, borrow from the headquarters.

If you don't have enough volunteers, please recruit on Facebook.

You are young and have potential.

Because you are the president, use any means to rescue the amiata mountain cats.

I saw many kittens at the top of Mt. Amiata last year.
In it, I found a kitten that looks exactly like my dead cat at the age of 20.

I wanted to take the kitten back to Japan, but I couldn't catch it.

This year my beloved child is nowhere.
The kitten died without passing the winter.

I'm so sad to die.

I just can't stand the breeding cats that can't live for a year!!

Please rescue the cats before they freeze to death!!!

I want to believe in love for your cats

Please…please!!

 

Chisako Fukuyama

 

 

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2019年11月 4日 (月)

羽村動物園、羽村の堰

11月2日(土)

久しぶりに羽村動物園へ。

昨年の初夏以来(6月に赤ちゃんのちゅび、9月にチョビとプフを引き取ってから3匹の世話に追われて)、行っていなかった。

一昨年の11月に一心同体のようだった愛猫ちゃびを失ってから、ただただ動物のぬくもりを追い求め続け、一度この目で見てみたかったレッサーパンダに初めて会いに行ったのは昨年の5月。その日からラテに熱狂。

ほかの動物園に移動(レッサーパンダは絶滅危惧種なので、血統を考えながら国内の飼育動物園が協力し合って、繁殖のためにペアリング、移動をくり返す)になったら淋しいとおそれていたが、ラテ、ソラ、リンリンが昨年と変わらず羽村にいてくれて嬉しかった。

久しぶりに会えたラテとソラはやはりすごくかわいくて、私の鼓動は激しくなった。

ちゅび、チョビ、プフの3匹を迎えたことで賑やかになったが、ラテとソラを忘れたわけではない。そして愛おしいちゃびを亡くした喪失感がいえたわけでもない。目の前のものに対する愛情と同時に、もう触れられないものへの哀惜はやまない。

くるりんしっぽが特徴のラテ(オス)。
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水を飲むラテ。
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飼育員さんにおねだりするソラ(メス)。
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さすが風太の孫(風美の子)のソラ。ちゃんと立ってリンゴを食べる。
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ソラはレッサーパンダにしては顔が白っぽく、ふるまいもふわふわして、うちのプフとイメージが似ている。
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ソラは室内でも屋外でも、やたらにいろんなところにおしりをこすりつけて匂いづけをしていたが、待望の赤ちゃんはなかなかできないのだろうか。

動物園を午後4時に出る。それから駅の反対側の羽村の堰へ。先日の台風の洪水で多摩川がどうなったか見に行った。

ススキ野原はなぎ倒されて水草のように地面にべったり貼り付いていた。

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羽村橋を渡る。

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激流に耐えて残った樹々の根元には流れて来た木の根や枯草がびっしり。

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こんもりと繁った緑の中に隠れていた細く優しい小川も、「鏡の湖」と呼んでいた白い野茨に囲まれた池も、なにもかも全部無くなっていた。

そして無惨に剥き出しのコンクリートの上に乗っかっている丸太はもしかして・・・?

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ゆったりと時を眺めるように川の縁に並んでいた、あの情緒ある牛枠なのでしょうか?奈良時代からあったという川の流れを制御する牛枠があとかたもないとは。

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昨年の素晴らしかった羽村の茂みや小川の風景。

http://chitaneko.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/index.html

突然の激しい濁流も含め、川の流れも、茂みや池も、人間の想像を超えて毎日刻々と変化していることを今更のように思い知らされる。

去年と同じようには決してならないだろうが、来年の初夏には、また生き生きとした緑の茂み、白い野茨咲く「鏡の湖」や『ムッドレの首飾り』に出てくるような細い秘密の小川が見られることがあるのだろうか?

 

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2019年9月12日 (木)

チョビとプフ、1歳になる / 台風 / 結膜下出血

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/8-cats/

9月12日(木)

台風による千葉県の深刻な被害。友人のことが気がかりだ。

きょう、生協から届くはずの千葉県八千代市の低温殺菌牛乳も欠品だった。停電による乳業工場の停止や乳の廃棄も気の毒だが、暑さで牛たちの命がすごく心配だ。

・・・

きょうは、1年前、生まれたばかりのチョビと初めて対面した日。

チョビは9月10日に拾われ、翌日、Sさんが預かった。

Sさんと同じの社宅の人が、ご自身は猫アレルギーにも関わらず、保護してくれたそうだ。猫用ミルクをスプーンでやっても自力でなめることもできず、ぐったりして、眠ってばかりいたらしい。

後のことを考えずに、とにかく拾ってくれたかたに感謝です。すぐに拾われなければ死んでいただろうから。本当にチョビは頼りなくて、よたよたしていて、死にそうな赤ちゃんだった。

9月11日にSさんから電話を受けた時、私は飛び上がるほど驚いた。6月にちゅびが落ちていたのとまったく同じ場所に、またも生後10日くらいの猫の赤ちゃんがひとりぼっちで落ちているなんて、そうあることではないから。

拾われたばかり(2018年9月10日)のチョビ。

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そしてさらに9月30日、台風直前の雨の中で、プフがSさんに拾われた。

ほんの少しのタイミングがずれて、優しい人に拾ってもらえなければ、ちゅびも、チョビも、プフも、今頃生きてはいなかった。

その後、Sさんの住む社宅の裏に、避妊されていない野良猫の群れが住む場所が発見された。Sさんや保護団体の人たちによって、たくさんの野良猫たちが保護やTNRをされた。

最近のチョビ(鉛筆スケッチ、デッサン)。

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最近のチョビとプフ(鉛筆スケッチ、デッサン)

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近所のなぎ倒されていたオシロイバナ(白粉花)は全部引き抜かれて無くなっていた。枯れて花が緑色に変わっていたアジサイ(紫陽花)も、なにも残されていなかった。

9月10日(火)

結膜下出血していた右目の血はほとんど吸収された。

国産の鷹の爪や有機野菜を買いに阿佐ヶ谷まで自転車を走らせる。唐辛子は収穫されたてで、乾燥していないものしかなかった。

駅近くの、小さくて素敵な庭(かつてこの庭には「ご自由にお入りください」という札がかかっていて、私は喜んで入らせていただいた)。その古いお家の、私が好きだった胡桃の木が、台風で根から倒れてしまっていた。大きな葉の優しい樹だったのにショック。首都圏を直撃したのは観測史上最大の台風だったらしい。

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欅屋敷の敷地内に重機が入っていた。小学校側にあった3軒の素敵な建物、おしゃれな帽子屋さんと飲み屋さんの跡はもう駐車場になっていた。なんとも淋しい。

この貴重な生態系をも守っている屋敷林を、一部の人の金儲けのために潰すとしたら最悪の愚行だ。

https://waku2.hatenablog.jp/entry/20180623/p1

9月9日(月)

台風が去り、気温36℃。東京は9月としては27年ぶりの暑さだとか。

「血だまり」だった右目がやっと「酷く充血」の程度まで回復。2週間ぶりにクリニックに星状神経ブロック注射に行く。

カーテン越しに看護師さんとほかの患者さんの「きのうは怖かったですよねえ。3時頃から眠れずにずっとテレビを見てました。」という会話が聞こえた。朝、業務スーパーの大きな看板の半分が落ちていたと。

街路は踏みしだかれてチリチリになった青いイチョウの葉の芳しい匂い。まだつるつるした黄色いサクランボのような銀杏が落ちていて、見上げると枝には実がひとつも無かった。

毎年、咲き始めの頃から気にして見ている近所のオシロイバナは、そうとうへし折られ、なぎ倒されていた。

9月8日(日)

夜中から最大規模の台風が関東を直撃するという。空気がむんむんしている。昼に一度ざあっと雨が来て、すぐに地面が乾いた。

夕方5時、嵐の前にことさら高揚するように、近くを通る馬橋神社の山車のお囃子が大きく響いた。3匹の猫たちは一瞬びっくりしていた。

夜11時頃、大雨。まだ風は無く、垂直に打ちつけていた。

未明、3時過ぎに、風のうなり声が凄すぎて眼が覚めた。それから3時間くらい眠れなかった。

ちゅびは、私の右側に、プフは左側にべったりくっついて寝ていた。

チョビはゴロゴロ言いながら私の胸に乗っかってきてすりすり甘え、足元のほうに降りて行くのをくり返した。

5時前、アンティークの木製踏み台の上にちゅびが上り、外を見ていた。プフも続いて上り、狭い足場で押し合いながら目を丸くしていた。

私も一緒に、雨が打ちつける窓ガラスの向こうを見ると、吹き荒れる雨風に、街路の決して細くもしなやかでもない公孫樹が、激しく揺すぶられて狂った鞭のようにぶんぶんうなっていた。

植物たちは逃げることもできず、ただ晒されているしかできない恐ろしい光景。

プフがちゅびの背にまたがろうとして、踏み台のてっぺんから落ち、代わりにチョビが上って外を見ていた。

こんな日、外にいる猫たちはどこに隠れているのだろう。

台風や猛暑や雪の日があるたびに、今、どれだけの野良猫たちが死んでしまうのだろうか、と想像して、胃のあたりがぎゅっと痛くなる。

9月7日(土)

友人と出かける。まだ右目の血の色が異様なのでサングラスを使用。

9月3日(火)

朝、起きたら、右目が結膜下出血を起こしており、白目の半分以上が真っ赤。ホラー映画のよう。

以前に一度経験があり、眼科に行ったが検査だけで治療はなかった。視界は変化なく、痛くもないので眼科に行かずに様子を見ることにする。

温めたほうが速く吸収されるそうなので、お湯を入れたカフェオレボールを一日に何度も眼の上に当てていた。

 

 

 

 

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2018年12月29日 (土)

猫の絵、枯れたアネモネ

12月29日

年の暮れは嫌いだ。とても働き者だった元気な頃の母と祖母を思い出して、胸が苦しくなるから。

おせちは味が濃すぎておいしくないし、初詣も人が多くて疲れるので私は好きではなかったが、母や祖母の楽しそうな顔を見ることだけが嬉しかったのだと思う。

大きな鍋にいっぱいの煮物をつくっていた祖母の姿や、母と正月に飾る花を買いに行った時のことばかり思い出してしまう。

しゃれた高級な食べ物に私自身は興味がないが、華やかに飾られているスーパーに行けば、あれもこれも、母が今まで食べたことのないおいしいものを、食べさせてあげたかった、と涙が出てしまうから。とても辛いので年末とお正月は嫌い。

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猫の絵。

赤ちゃんの頃のちゅび。

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(Cat drawing, dessin)
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生後3か月目の時のちゅび。運動能力抜群のやんちゃっ子。
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現在に比べるとずいぶん細かったちゅび。
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禿げていた毛も生えそろい、日ごとにたくましくなってきたチョビ。毛の質はちゅびと違って柔らかくベルベットのよう。薄茶の縞のしっぽだけが長毛。
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ちゅびとチョビ、プフ。対面して3日目にはお互いをなめてあげるほど仲良しになった。特にちゅびとチョビはオス同士なのに、じゃれあいのボカスカはするがまったくいがみ合わず、お互い優しいのに驚いた。
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大きいちゅびにのっかるプフ。恋人同士のような(実は4つ子のうちの別々の日に落ちていた2匹)プフとチョビ。
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去年のすっかり乾いたアネモネ(冷蔵庫に保存していた)。
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(dead and dried anemones, watercolor painting)

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2018年12月22日 (土)

猫の絵、動物の犠牲について、デリダ

12月22日

猫の絵(Cat drawing, Dessin)

わずか100gちょっとで拾われた日のチョビ。初めて病院に行った日(135g)のチョビ。

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小さな犬のぬいぐるみだけに甘えていたチョビ。
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真菌によってしっぽ、手足、首の毛がはげたチョビ。特にしっぽが真っ赤で痛々しかった。
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ひとりぼっちではなくなったチョビとプフ。
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「〈殺すなかれ〉は、ユダヤ・キリスト教の伝統のなかでは、また明らかにレヴィナスによっても、〈生物一般を死なせてはならない〉という意味で解釈されたことは一度もない」。

「人間主義を超えて」存在の思考を推し進めたはずのハイデガーも、犠牲(サクリファイス)のエコノミーを問いなおすことはできなかった。

ハイデガーでもレヴィナスでも、「主体」とは、「犠牲が可能であり、生命一般の侵害が禁じられていない世界における、ただ人間の生命に対する、隣人である他者の、現存在としての他者の生命に対する侵害だけが禁じられている世界における人間なのだ」

(「〈正しく食べなくてはならない〉あるいは主体の計算――ジャン=リュック・ナンシーとの対話」)。

こうしてデリダが、ユダヤ=キリスト教も含めて、西洋形而上学の「肉食=男根ロゴス中心主義」を問題化する。

それは、現代の動物実験、生物学実験に至るまで、「肉食的犠牲が主体性の構造にとって本質的である」ような世界である。

いまからほど遠くない過去に、「われわれ人間」が「われわれ成人の、男性の、白人の、肉食の、供犠をなしうるヨーロッパ人」を意味した時代もあった(『法の力』)。

(高橋哲哉『デリダ――脱構築』(講談社)より引用)

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「 問題は(略)動物が思考すること、推論すること、話すこと等々ができるかどうかではない。(略)先決的かつ決定的な問いは、動物が、苦しむことができるかどうかであるだろう。《Can they suffer?》

この問いは、ある種の受動性によっておのれを不安にする。それは証言する、それはすでに、顕わにしている、問いとして、ある受動可能性への、ある情念=受苦(passion)、ある非‐力能への証言的応答を。「できる」(can)という語は、ここで、《Can they suffer?》と言われるやいなや、たちまち意味および正負の符号を変えてしまう。

「それらは苦しむことができるか?」と問うことは、「それらはできないことができるか?」と問うことに帰着する。

(略)苦しむことができることはもはや力能ではない。それは力能なき可能性、不可能なものの可能性なのである。われわれが動物たちと分有している有限性を思考するもっとも根底的な仕方として、生の有限性そのものに、共苦(compassion)の経験に属する可死性は宿っているのである、この非‐力能の可能性を、この不可能性の可能性を、この可傷性の不安およびこの不安の可傷性を、分有する可能性に属する可死性は。」

(ジャック・デリダ『動物を追う、ゆえに私は(動物)である』(鵜飼哲訳、筑摩書房)より引用)

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