2026年9月12日 (土)

福山知佐子個展 NEW 神宮前 明日最終日 / 谷川俊太郎さんのこと

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個展開催中です。闘病中で体力がとぼしいので4時すぎくらいからの在廊となります。ご了承ください。

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【展覧会ページ】https://newwwauction.com/exhibitions/view/chisako_Fukuyama</p> /p>

会場:NEW(NEW AUCTION)
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前5-9-15 B1F 電話03-6419-7577 原宿駅から徒歩5分、表参道駅から徒歩5分

会期::2026年9月2日(水)~9月13日(日) 12:00 - 19:00 

【Google Map|NEW 】https://maps.app.goo.gl/otHEGPVaKQ4Hq31j7

神保町のNew Gallery とは違うのでご注意ください)

newwwgallery NEWでは、9月2日(水)から9月13日(日)まで、福山知佐子の個展「異生の顫動」を開催いたします。

福山知佐子はこれまで、萎れ、枯れ、朽ちへと移ろう植物の時間の運動を追うなど、見過ごされ、遺棄された小さな生命の徴候に応答しながら制作を続けてきました。

本展のタイトルにある「顫動(せんどう)」とは、かすかにふるえ動くこと。

福山が向き合うのは、人間の価値や意味の体系には決して回収されることのない、人ならざる生――「異生」の、微細な顫動の実在です。

踏みしだかれ、名を呼ばれることのないまま消えていく小さな生命の徴候に、絵画はどこまで応答しうるのか。

幾層にも重ねられた絵具と紙の堆積は、その問いに費やされた時間そのものとして画面にあらわれます。

本展にあわせ、写真家・沢渡朔、詩人・谷川俊太郎とのコラボレーションによる書籍『息の荒野、世界が顫動している 画家の触発する/される身体』をはじめ、福山知佐子の画集・著書も会場にて販売いたします。

ぜひ会場に足をお運びいただき、福山知佐子が描き出す「異生の顫動」をご体感ください。

9月8日(火)

谷川俊太郎事務所に、やっとできた本『息の荒野、世界が顫動している: 画家の触発する/される身体』(平凡社)をお渡しに行く。

谷川俊太郎さんが住んでいたお家にお通しくださった。

長く細い廊下、ひとつ、ふたつ、みっつ、と両側の部屋を過ぎる。

それらの部屋の扉は、風通しがいいように、見られてもいいように開けられている。

奥のほうの広い部屋。昔、吉田文憲さんと来た。その時はテレビがあった。

ぼうぼうではなく、短く雑草が生えている庭。北軽井沢に似せて、こうしていたそうだ。

ここから俊太郎さんは鳥を眺めて過ごした。

事務所のスタッフの川口さんが、俊太郎さんの最後の日の様子など、大切なことをお話しくださった。

棚には、とても魅力的な青銅の小さな動物たちが、50体くらいきれいに飾られているガラスケースがあった。

徹三さんと相談されながら、少しずつ買って、集めておられたそうだ。

俊太郎さん愛用の二眼レフカメラ、リコー・フレックスがあった。

そのカメラについて質問すると川口さんが、2023年にやったという谷川さんの写真展の図録を持って来て見せてくださった。

最初に、青年とも少年ともつかない谷川さんがきょとんと丸い目をしている、鏡を使って撮った自分の写真。

それらは、1ページごとにすべてが瑞々しく、純粋で、まっすぐにこちらの胸に届いた。

なぜなら、本当に絵がわかる人の写真、写真のための写真ではない、生の中の一瞬の二度とない光景を切り取った、俊太郎さん自身のための嘘のない絵だったからだ。

実際に、図録のあとがきに、僕は絵がかけないからファインダーで切り取って絵のような写真を撮る、というようなことが書いてあった。

犬が6匹、草の中で戯れている写真。隣の家で飼っていた犬だそうだ。

「この中にネロがいますよ。あとにネロだけ写っている写真がありますよ」と川口さんに言われ、

その写真を見て泣きそうになった。

耳が折れている人懐っこそうな犬がこちらをのぞいている。

このネロと俊太郎さんがじゃれあって、草の上に転げて笑いあっていた姿が見えた。

ああ、本当に俊太郎さんはネロを愛したんだな、

俊太郎さんは本当に絵が好きな、絵がわかる人だったんだな、と再確認出来て、

ここまで絵もわかって、ことばも使えるかたと出会えて、心からの言葉をいただけて、本当に幸せだったと思う。

9月9日(水)曇りのち雨

きょうは体が痛くて、昼過ぎてもふとんから起き上がれなかったのでギャラリーに行けずにずっと寝込んでいた。

午後、ギャラリーから電話があった。

3つよいことがあった。

私がずっと絵を見ていただきたいと望んでいた人に、やっとことばが届いたという知らせ。

これからどうなるかは、まだまったくわからないけれど、とにかく少し進展した。

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2026年9月 9日 (水)

福山知佐子個展 NEW 9月13日まで

私のXが8月8日に外国のメールアドレスに勝手に変更されてのっとられてしまいました。

すぐにX公式フォームに申請し、メールで返事をもらい、そのメールにまたアカウントなどを書いて返信しましたがそれから返事がきません。

解決法がわかるかたは、私のHPの問い合わせか、ギャラリー十二社ハイデのHPの問い合わせからどうかアドバイスをお送りください。

よろしくお願いいたします。

・・・・・・

9月6日(日)

斎藤哲夫さんと。大変な病気のふたりが、元気でまた再会できた記念のフォトです。
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斎藤哲夫さんに「FFA FORK DAYS フォーク夏の陣」のDVDと「昨日・今日・明日」のCDいただきました。
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4年前くらいに私の個展に初めて来られて、黙っていつまでも絵を見つめていらしたSさん。 

その常人ならざる澄明な佇まいが、このかたは何者なのだろう、とずっと心に残った。

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今日は5時にいらして「今日は、来る前に青山でコーヒーを飲んで体調を整えてきたので、とてもよく眼が見えます」とおっしゃられた。

2年前の高円寺での個展でフロランス・ビュルガのことばを壁に貼っていた時もずっと向き合ってくださって「読めば読むほど、迷宮に迷い込んだような気持になって」と言ってくださったことを覚えている。

4年目にして初めて少しお話しできた。

なんと7時までいてくださって、

「ずっと長く見ていられる絵は少ない。そしてこれらの絵はほかの誰にも似ていない絵だから」とのことばをいただき、とても胸に響いた。

少し冷たい雨の中を脚を濡らしながら原宿駅まで歩いた。

ふいに、ひとこと、育った環境のことを、ぽつっと短いことばで投げかけられ、

雑踏の中でかき消されそうなその微かな響きによって、「えっ?」と、胸をずん、と叩かれたような衝撃を感じて声が出てしまった。

静謐という語でも上品という語でもでも届かない、このかたの由縁が、ふと輪郭を帯びたように思われた。

9月7日(月)

沢渡朔さんの事務所に新刊『息の荒野、世界が顫動している: 画家の触発する/される身体』(平凡社)をお届けに上がる。

たいへん喜んでくださって、「この写真を撮っている時には、まさかいいこんな本にできるなんて思っていなかった。本にできて本当に良かった。」と。

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「平凡社というのがまたいいね。それにこんなふうに写真と絵と詩が一緒になっている本はほかにないもの」
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「すごくいい本は、俺は本当に売れてほしいと思う。海外にも誰か持って行ってほしいし、若い人たちに知ってほしい。」とおっしゃられた。

「今、本を売るのはほんとうにたいへんだ。でもこの本は本当にたくさんの人に知られてほしい。若くて感性の鋭いライターに書いてほしい」と切実なほどに言ってくださった。

若くして枯れ蔓や廃墟に感応してくれる物書きを私は知らない。

有名で影響力のある人は感性がマイナーではないから、この作品集と感性が合う人がどこにいるのかわからない。
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微細な震えに呼応し、寄り添う感性が、いったいどこにいるのか、私にはまだわからない。

この本は、一流のスターでありながら、私のような無名な人間にも静かに心を寄せ、撮影してくださった沢渡朔さんの

その自由さ、

さらには谷川俊太郎さんの、

そのおふたりの稀有なひらかれ。

その奇跡によって生まれた本です。

・・・・・・

個展開催中です。闘病中で体力がとぼしいので4時すぎくらいからの在廊となります。ご了承ください。

【展覧会ページ】https://newwwauction.com/exhibitions/view/chisako_Fukuyama</p> /p>

会場:NEW(NEW AUCTION)
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前5-9-15 B1F 電話03-6419-7577 原宿駅から徒歩5分、表参道駅から徒歩5分

会期::2026年9月2日(水)~9月13日(日) 12:00 - 19:00 ※月曜休廊

【Google Map|NEW 】https://maps.app.goo.gl/otHEGPVaKQ4Hq31j7
(神保町のNew Gallery とは違うのでご注意ください)

newwwgallery NEWでは、9月2日(水)から9月13日(日)まで、福山知佐子の個展「異生の顫動」を開催いたします。

福山知佐子はこれまで、萎れ、枯れ、朽ちへと移ろう植物の時間の運動を追うなど、見過ごされ、遺棄された小さな生命の徴候に応答しながら制作を続けてきました。

本展のタイトルにある「顫動(せんどう)」とは、かすかにふるえ動くこと。

福山が向き合うのは、人間の価値や意味の体系には決して回収されることのない、人ならざる生――「異生」の、微細な顫動の実在です。

踏みしだかれ、名を呼ばれることのないまま消えていく小さな生命の徴候に、絵画はどこまで応答しうるのか。

幾層にも重ねられた絵具と紙の堆積は、その問いに費やされた時間そのものとして画面にあらわれます。

本展にあわせ、写真家・沢渡朔、詩人・谷川俊太郎とのコラボレーションによる書籍『息の荒野、世界が顫動している 画家の触発する/される身体』をはじめ、福山知佐子の画集・著書も会場にて販売いたします。

ぜひ会場に足をお運びいただき、福山知佐子が描き出す「異生の顫動」をご体感ください。

 

 

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2026年8月 8日 (土)

新刊『息の荒野、世界が振動している:画家の触発する/される身体』/ 個展

8月8日(土)
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新刊『息の荒野、世界が振動している:画家の触発する/される身体』の予約告知がアマゾンに出ました。

『息の荒野、世界が顫動している:画家の触発する/ される身体』アマゾン

アマゾンでは9月7日以降の発送となっています。

おそらく全国のどこかの本屋さんで注文いただければ8月末か9月の頭には本屋さんで購入できると思います。

9月2日から原宿で個展をしますので、もしお越しいただける方はそこでお買い求めいただけたら心よりありがたく存じます。

この本は沢渡朔さんが(21年前と2年前に)私を撮ってくださった写真が中心で、それと私の絵、そのコラボに対して谷川俊太郎さんが寄せてくださった詩を合わせた本です。

・・

今朝、Xから私のメルアドが変更されたとのメールが来ていて、つまり乗っ取られたらしい。

ログインできなくなったのでXのヘルプセンターから問い合わせのメールを出した。

こういう余計な悩み、冷汗が出るような嫌なストレスに苦しめられなければならない奇妙な世の中に、私が生きているうちになってしまったことが信じられない。

日本の今の政治の状況にしてもそうだが、スマホ農場や生成AIなどがなければここまで歪んだ独裁はされなかったはずなのに。

入院する前もデモに行こうとしていて、元気になったらデモに行こうと思っているが、なかなか余裕がなくて行けない。

身体のあちこちが痛いのと眠くてだるくて頭がよく回らない。

・・・

6月9日に退院してから今日で2か月。体重がやっと39㎏から43㎏に増加。

途中、一日中とろろそばを食べていたらなぜか42㎏から41㎏に減ってしまったこともあったが、1か月に2㎏、2か月で4㎏の増加はなんとか達成できたみたい。

まだ胃腸が痛くてすぐにおなかがこわれるし、朝は食欲がない。

抗生物質がものすごく腸内環境に悪いことは知っていたが、それを3カ月も毎日摂取していたのだから、1年くらいは腸がよくならないのだろう。

1日に3食食べるのは無理なので、朝抜いて昼ゆっくりパスタを食べる。最近は完熟トマトとニンニクをオリーブオイルでいためてシラスを入れたパスタ。

桃も8月になるともう終わりだが、生の桃を食べると胃腸の調子がよく7月は桃に助けられた。

ここ20年くらい、果物のほかは甘いものを食べなかったのだが、体重増加のために最近は毎日「久保田」のいちごアイスクリームを食べていた。

8月4日(火)

10年以上前に買ったエアコンがガタガタ言ったりしていたので、省エネ基準を満たすエアコンに買い替えた。

4日に工事の人が来るので、1週間くらい前から家の中の整理と掃除をしていた。

一日4、5時間休み休みやっていたが、立ったり座ったりを数百回繰り返していたら、太腿の筋肉が鍛えられてだいぶ元に戻って来た。

大きな袋に詰めた荷物を高いところに上げたり窓の汚れを拭いたりしていたら、ガリガリに痩せてフニャフニャだった上腕二頭筋が少し復活してきた。

ものすごい全身筋肉痛と疲労感。4日の朝にはもうくたくた。

2時~4時に来るという連絡だったが、昼過ぎにはもう全身疲労と眠気がピークで横になって眠ってしまった。

4時少し前に荷物を運んでくるような異音がしたら、2匹が急にパッと押し入れの奥に隠れて完全に気配を消してしまった。

工事中、ベランダへの戸を開けるので、まさか急に出てきて飛び出すことはないだろうが、万が一のためにずっと戸の前に立って工事を見ていた。

工事が終わってからは気が遠くなるほど疲れ、Wさんのマッサージ。

明らかに先週より太く固くなった太腿を触ってみてもらった。

2匹は夜はいっぱい食べた。

プフは私が電気を消して横になると必ず私のおなかの上を渡ってきて、いっときフミフミしたあと私の顔の左側に寝てくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2026年7月17日 (金)

次の本のモニター校正

7月15日(水)35℃

印刷会社でモニター校正のため、真昼間に家を出る。

35℃予想だったので危険だと思い、昨日から凍らせておいた500mlのお茶を持って行き、首や額につけながら歩いたが、すぐに息が上がってしまう。

1時に神田の会社に到着。オペレーターしてくださるのは以前にもたいへんお世話になったK.Cさん。

PCを手早く操ってとても繊細に色調整してくださる。

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鬱金香(Tulips)。これは印刷ではなくてスマホで撮った画像。

今回は絵を印刷したものが全体に彩度とコントラストが高すぎる傾向にあったので、見た目のリアルな印象に近づける作業。

モニターを見た時よりも印刷のほうがインクが沈んで暗くなるので加減を注意しながら調整。

3時頃に終了。

そのあと久しぶりに神田の街を歩いた。前の画集を作っていた時以来だ。

コオニユリの花が満開。百合は茎が細くて花が下を向いているのが好き。上を向いたスカシユリはあまり好きでない。
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昔の文士たちの写真が飾ってあるハチマキという天ぷら屋さんが健在だった。

ハチマキで休んでからボヘミアンズギルドギャラリーを見る。

2階には大正時代の素敵な装丁の本や60年代の美術などが飾られている。感心するものやホッとするものもあるし、自分だったら捨てるだろうと思うものもある。

ホルスト・ヤンセンの版画は小さいのしかなくて高くなっていた。自分が昔購入したものは全部気に入っているしお得だったと思う。

神保町の古書店街で古い雑誌を探したりして散歩。

帰路、昔ながらの食塩入りのトマトジュースを飲みたかったのに、コンビニには食塩無添加のトマトジュースしか無かった。

私は分子標的薬の副作用で浮腫が出ているので、極力塩分は控えめにしているのだが、今日みたいに暑い日は身体が塩分を欲していた。

疲れて神保町の駅の階段が限りなく長く感じられた。

帰宅したら日焼け止めも落とさず倒れるように横になって眠ってしまった。

夜、起きて冷奴とアイスクリームを食べた。

7月14日(火)35℃

やはり朝起きられない。暑いせいか食欲がない。

Wさんにマッサージしてっもらい、首と頭ががちがちと言われる。

明日、印刷会社さんに行く大切な仕事があるのでスタミナをつけるため、夜はまた鰻1匹と卵2個を煮たものをご飯にかけて無理やり食べた。

7月13日(月)曇り30℃

水曜にモニター校正をする前に、本物の絵を見て写真を撮っておく。

帰宅して夜、卓球。

坂道を自転車で上がることはできたが、いつになく頬がほてる。

冷房を20℃に下げられて、いつもなら震えあがるのに今日は顔が熱かった。熱中症気味?

あまり食欲もない。

7月11日(土)31℃

きのう結構歩いたり、屋根修理のことでものすごく思い悩んだせいか、心身ともに疲れ果て午後まで起きられなかった。

昼過ぎに起きると一食抜けてしまう。

デッサン教室。

赤紫のブッドレアの花と深い赤のスモモ。

昨年、毎日たくさんのアオスジアゲハがブッドレアの蜜を吸うのを見たのは秋だった。

その頃はまだ空腹感があり、デッサン教室が終わる8時に眩暈がして、西新宿の駅まで飲み物なしでおにぎりを齧りながら歩いたりしていた。

今はただすごい疲労感があり、あまり食べられない。

7月10日(金)晴れ32℃

部屋の2015年製のエアコンがカタカタ言い出したので、新宿の家電量販店に見に行く。

エアコン内部だけでなく空気中に浮遊している黴も殺してくれるというナノEに惹かれる。

4機種くらい説明してもらっていたが3時半になってしまい、いったん西新宿のギャラリー十二社ハイデへ徒歩で向かう。

4時と5時に屋根修理の会社の人に調査をお願いしていた。

4時の人、神奈川の会社の営業さん。屋根を張り替えれば20年は持つ、と言われる。

5時の人、池袋の会社の社長さん。長い竿の上にカメラをつけて屋根の上を撮影。サーモカメラも使用。建て替えとかいろいろ勧められる。

十二社の家を、私が死んだ後に守ってくれる人がいるなら、今、百数十万円出して屋根を全部直すのは高くはないと思う。

でも誰もあの家を継いでくれないなら、あの家はあと数年で潰れるのだから修理しても仕方ない。

品川亭の屋根の上に乗っているビニルシートと土嚢を見せて「うちもああいうふうにしたいんです」と言ったが無視される。

6時に話が終わってから再び新宿まで歩き、エアコンを購入。

急に暑くなったので8月の頭まで工事の予約が取れなかった。

帰宅してエアコンをつけてみると、なんとカタカタいう音が無くなっている。正常運転。

だがあまり効いてないような・・・。

7月9日(木)晴れ 32℃

退院してひと月。

体重はここ3日、朝計ると41.3kgしかなかった。

1か月で3㎏増量とはいかなかった。しかし2㎏は増えた。

まだ胃酸過多が治らないし、下痢も完全には治らない。

体重が戻っていない割には動けてるような気がするが、やはり疲れやすい。てきぱき動けない。

胃酸過多が酷い日は一日800kcalくらいしか食べられない。特にお米を食べる気がしない。

1000Kcal を割ればまた痩せてしまう。

調子のよい時は少し無理してでも食べる。麺類のあとにアイスクリームを食べている。

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2026年4月 3日 (金)

沢渡朔さんの事務所で次の本の初校のチェック

3月24日(火)

ちゅびが逝ってしまってからずっと下腹が痛む。

今日は沢渡朔さんの事務所にに12時集合なので割と早くから準備したつもりなのに、おなかが痛くてまともに歩けない。

あろうことか15分くらい遅刻してしまう。

デザイナーの町口さんに写真の余計な傷などチェックしていただく。

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沢渡さんは「こんなにいい本になるとは思わなかった」と何度も感慨深げに言ってくださった。

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とりあえず沢渡朔さんに「良い本」と言っていただけるように編集制作をがんばってきた。

まだ私には再校ゲラの確認修正と印刷所でのモニター修正という重要な仕事がある。

 

本棚に飾られている昔の沢渡朔さんのものすごくかっこいい写真。

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沢渡さんに「改憲されそうなんですよ。今度デモに行くつもりです」と言ったら

「ええ!そうなの?全然知らなかった。」

「新聞は今の政権の都合のいいことしか書いてないですよ。世の中が急速に悪いほうに変わってしまってるんです」

「女性のほうがそういうのはっきりしてるんだよな」と。

沢渡さんの妹さんが「だめよデモになんか行っちゃ!今、からだが悪いんだから。休めないと」と言ってくださった。

「もうゲバ文字のプラカードも書いてるんですよ」

帰り道、ちょっと耐えられないほどおなかが痛み(下痢になる痛みではない)、

駅のベンチでしばし動けなくなった。

それでも私はこの痛みは胃腸の痛みで、やりすごせばそのうち何とかなると思っていた。

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2026年2月27日 (金)

毛利やすみさんとのお別れ

2月16日(月)

13日に恩師・毛利武彦先生の娘さんからメールをいただき、その前の日に毛利先生の奥様、やすみさんが亡くなられたと知った。

葬儀は家族のみで行うとのことで、本日、自由に対面ができるという安置室に伺った。

大変な時に、私などにまですぐにご連絡をいただき、恐縮だ。

ご家族が常にいるわけではないと書かれていたのでお会いできないと思っていたが、安置室に伺うと息子さんと娘さんがいらした。

やすみさんは棺ではなくて台の上に眠ってらっしゃる感じで、顔もつやつやされていた。

絵の関係のかたが何人も代わる代わる来られていた。

泣いてしまったが、やすみさんがお宅で猫と一緒にいる写真が飾られていて慰められた。

毛利家に動物がいる写真を見るのは初めてだ。

(庭の木に鳩の巣があったのに、いつのまにか無くなってしまって悲しい、というお葉書を毛利先生からいただいたことはあった。)

猫は毛利先生が亡くなったあとで拾ったという。息子さんも娘さんも猫好きなようでほっとした。

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やすみさんは、亡くなるまでずっと息子さんがお世話されて、ご自宅で過ごされたという。

息子さんとちゃんと話すのはほとんど初めてで、

「毛利武彦先生は私にとって絵の師と呼べる唯一の先生です」と泣きながら言ったら、ちょっと驚いたような反応をされた。

「大学でも皆に敬愛されて畏れられていました。俗なものが嫌いで、言葉は少なくて、つまらないもにははっきり「見るべきところがない」と言われて、厳しい先生だったと思います。

私の個展の時に、お二人で来てくださってたんですけど、先生が入って来られると私は緊張で全身が震えてしまって・・・」

と言うと「僕は父から一度も叱られたことがないんですよ」と。

「え?」

「ほめられたこともない。父は絵のことに夢中で・・・」

家では学校でのことを話したことがない、と伺った。

息子さんの進む道にも「そんなに好きならやれば・・」という感じだったという。

もし絵に進んだのだったら厳しい言葉もかけられたのだろうか。

「厳しい先生だったんだって」と息子さんが妹さんに言われて、妹さんも「そうなんだ~」と・・・

実際に私がその絵も、ものの見方も、人格も尊敬していた直接の恩師は毛利武彦先生ひとりだけ。

(若林奮先生、大野一雄先生、種村季弘先生、中川幸夫先生、沢渡朔さん、谷川俊太郎さん、皆、私に光を与えてくださったが、画家ではない。毛利武彦先生は私の美大の恩師であり、特別な存在。)

毛利先生は厳しくても、こちらの成長を願わないような厳しさはひとつもなかったから。

毛利先生の言葉には詩的直観が溢れていて、その深みに共振するからこそ私は毛利武彦先生を心から信頼することができた。

2002年頃だったと思うのだが、銀座の画廊で個展をしたときに、毛利先生がご夫妻で来てくださって、その時も私は緊張でからだがガチガチになったが

画廊の壁面の絵を見渡した毛利先生が「世界が煽動している」と言ってくださった。そして

「だいじょうぶだ。絶対に美術館にはいるよ」と、ふと言われた。

私は驚いて言葉につまったが、

それから20年後にその絵が公立美術館に入った。毛利先生に心の中で報告した。

やすみさんはいつも電車の中で私の冷たい手を両手で温めてくれた。

いつも明るくて、誰にも気配りして優しくおおらかなかただったと思う。

いつだったかやはり電車の中でやすみさんに「毛利がね、おまえは皆から羨ましがられる立場なんだから、態度に気をつけなさいって言うのよ」と言われたことがある。

すごい!さすが毛利先生、と思った。そしてやすみさんの無邪気な正直さにも感心したものだ。

お宅に伺った時に、やすみさんが150号にサザエを2つ描いた小下図を作ったことがあった、と毛利先生が言われて

「やめてくれって・・・」と笑っていたのを思い出す。

やすみさんは「うふふふ・・・大きく描くのが好きなの」と楽しそうに笑っていた。

つい最近のことのように思い出す・・・私は毛利先生ご夫妻に素晴らしい時間をいただいていたと思う。

やすみさんとの最後のお別れを、このように小さな部屋で息子さんと娘さんとお話しできて過ごすのははありがたかった。

正直、もし葬儀をお知らせいただいて会食があったら、私には気づまりだったから。

その理由は、やはり20年少し前に銀座での私の個展に来て「こんなのは絵じゃない!絵の世界から出ていけ!」と真っ赤になって私を怒鳴りつけた人の顔を見たくないからだ。

その人は毛利先生ご夫妻の前では優秀な人だろうが、私のような者には脅しをかけるような人間。

しかも私の大学の先輩でもなく私が指導を仰ぐ立場でもなく、名前と絵は知っていたが話したこともなかった人で、私がどんな絵を描こうが、その人から恫喝される立場にない。

背に権力を持つ人間が持たない人間を潰そうとする、本当に卑劣だと思う。

私の個展でその人が帰ったあと、すぐに毛利先生のご親友だった詩人の阿部弘一先生が来られて、私がたった今怒鳴られた話をお伝えしたら

「一家をなしましたね」とほほ笑んで祝福してくれた。

私はその時に怒鳴られた一言一句を覚えている。

彼は私に「日本画の」絵の具の使い方が滅茶苦茶だ、と言った。だから「こんなものは絵じゃない」と。

「では、日本画の絵の具とはどういうものだと思われるんですか?」と私が尋ねた時、

彼は毛利先生が書かれていた絵の具についての覚書を、非常に雑に曲解して私にぶつけてきた。

彼はものを深く考えることができない。読解力もなければ論理的に話す能力もない。

あいにく、彼が滅茶苦茶だと言った私の絵の具の使い方は毛利先生にほめられたし、

毛利先生は私の絵に「フランスに見に行った人類最初の頃の洞窟壁画を思い出す」とも言ってくださった。

恫喝された時から3、4年経って、毛利先生が春季創画展でトークされる時に伺ったら、少し遠くから私を凄い目で睨みつけている人がいて、

私はその人の顔も覚えていなかったので、誰だっけ?なんで睨んでいるのだろう?と不思議で、少し経ってから、ああ、あの時の人だと気づいた。

そのくらい私はその人に興味がない。

彼は毛利先生のような詩的直観もないし、私は彼の絵を尊敬もしていない。

彼は私のような人間が毛利先生にかわいがられるのが許せなかったのだと思う。

なにを言われようとも、私にはほかの誰とも共有していない毛利先生との思い出、やすみさんとの思い出がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2025年10月25日 (土)

福山知佐子個展最終日

10月19日(日)

ギャラリー十二社ハイデでの個展も最終日。

この絵は割と最近出来たのだがすごく気に入っている。この絵とも淋しいけどさよなら。
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鬱金香

最初に高校の時の友人タカちゃんや小学校低学年の時の友人マリコが来てくれた。

マリコは茨城に住んでいて、何十年かぶりかに新宿西口に降りたので、新宿が変わり過ぎてまったく方向がわからなくて迷ってしまったと。私も破壊されている新宿が辛い。

6歳の頃、マリコが住んでいたのは十二社通りの野菜市場の2階。そこはマリコが引っ越してすぐに普通のビルになってしまった。

毎回来てくれる音大卒のS.Y君。Twitterでお知り合いになったM.Sさん。

鎌倉で絵を描いているT.Jさん。芸大のデザイン科卒のアキさん。

そして静かに長い時間見てくださるS.Hさん。S.Hさんは佇まいがすごく美しいかた。
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今日は5時から舞踏のパフォーマンスだが、あいにくの降りだしそうな空。

5時、十二社の階段。

村野正徳の挨拶。福山知佐子が愛着がある十二社の記憶、昔あった十二社の大きな池などをテーマに身体表現するそうだ。

村野正徳舞踏パフォーマンス  (youtube)

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吉田文憲さんの(私が一番好きな)詩、「生誕」を暗唱し、そのあとに舞踏パフォーマンス。
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※日本には「舞踏」という日本特有の前衛的な舞踊の形式があります。

西洋の軽やかで流れるようなダンスとは違い、地面に這いつくばるように情念や土着性などを表現するものです。

60年代に土方巽が創始、大野一雄などが発展させたもので、今は世界的にButohとして認知されています。
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途中、ばらばらと大粒の雨が降って来て、けっこうな大降りになる。

スマホが濡れたら壊れるのでは、とコートを頭から被ってスマホを庇いながら撮影。

見てくださっているお客様も濡れて申し訳なかった。傘を最初からお客様に用意するべきだった。

パフォーマンス終了後、村野君の予備校時代からのお友達が来て一緒に録画を見ていた。

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本人はミミズをイメージして踊ったそうだ。

そして私に若いお客様が。友人のサヤカちゃんの息子さんのK君と、その幼馴染のT君。

多摩美の院生のK君。
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レザーベイビーというバンドのドラムスのT君。
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私は何と言ったらいいのかわからないくらい、この若いおふたりに励まされた。

私のデッサンを見て、二人で(私に向かって言うのではなく)「すげえ!全部すげえ!絶対描けない!」って本当に驚いて言ってくれていたので。

「どういうところが?」と質問するとK君は「線の選び方がすごい。こんなふうには誰も描けない」と。

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スケッチブックを一枚ずつめくって見せたら、その一枚ごとのデッサンに、いちいち「すごい。全部すごい」と言ってくれて

そして枯れたチューリップを和紙の上に鉛筆で描いて岩絵の具を散らした絵を見て、「これが一番好きです。生命の揺らぎを感じる」と言ってくれて、画集まで買ってくれた。
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T君は絵をやっている人ではないにも関わらず、私の銀箔の絵を見て「すごい!これ、なんなんですか?」と真剣にくいついてきて、

「銀箔を腐食して、絵の具を使わずに絵を描いたの」と応えたら「すごい!誰もやってない。誰もやってないことを考えるのがすごい」と。

花の部分だけ塗っている紫のチューリップの絵を見て「どうして一部分だけしか色を塗ってないんですか?」と聞かれ

「花は一瞬ごとに動いているから、今の瞬間を描こうとすると全部塗れない。全部塗ると絵が固くなるから。

左のチューリップに比べて右のチューリップは早く無造作に描いているでしょ。無造作に描いた方が運動が描けるから」と応えたら

「すごい!それで動いているように見えるのか」と。
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なんで若い人がこんなに素直に、強く興味を持ってくれているのか、本当に驚いた。

なにか表現している特に若い人は、自分のやっていることが一番と思っていて、私のデッサンに興味を持ってくれる人などほとんどいないから。

現代アートをやっている人は設計図は描くかもしれないが、自分の外にある小さな生き物をよく見て鉛筆で描くことなど必要ないと思っているし、

絵をやっている人でも自分の絵のスタイルを作るのに熱心で、ものを見てものに寄りそうデッサンの質には興味がなかったり・・

私の絵を見て敵愾心丸出しで、私から話しかけても「ふん!」とそっぽを向いた同じ美大の同じ学科の10年も15年も後輩の女の子が何人もいたし、

だから、絵の世界とはそういう嫌な感情が渦巻く世界だとずっと昔から認識していたので、ふたりの素直さに愕然とした。

私は萎れて枯れていく植物の運動に寄り添って描くこと、そしていわゆる美大受験用の画一的なデッサンを抜け出て線で描くことを目指して30年やって来たのだけど

きょうは馬鹿の一念で続けて来たことが無駄ではなかったと思えた幸せな日だった。

7時に個展終了。すぐに絵5点を梱包して足利市立美術館に送る準備をした。

そのあと打上げ。昨日H.Mさんにごちそうしていただいたちょっと高級なイタリアンへ。

私がごちそうすると言っているのに、二人はすごく遠慮していた。今日ばかりはごちそうさせて欲しい。

シャブリのグラスで乾杯。マグロと紫玉ねぎのカルパッチョ。スモークサーモンのサラダ。ウニのクリームソースレモン添え。

アケミさんが、「花輪和一展と福山知佐子展を手伝えて、すごくたくさんのお客様と会えて楽しかった。それと知佐子さんのお客様がみんな優しくて素敵な人ばかりでびっくりした」と言ってくれたのが嬉しかった。

「芸術家ってみんなおかしな人ばかりかと思ってたから」と言われ、

「そんなことはないよ。一流の人は優しいよ。変な人って自己顕示欲がおかしくなってるんだと思う」

9日間、たくさんのかたとの出会いがあり、すごく目まぐるしくて体力的に大変だったけれど、幸せでした。

お運びくださった皆様、絵や本や絵葉書をご購入くださった皆様、本当にありがとうございました。

10月25日からは足利市立美術館でのコレクション展「いのちの寓話」に8点が展示されます。

新宿から2時間。空気も澄んでいて、とても良い美術館ですので、お近くのかた、興味がおありのかた、よろしくお願いいたします。

 

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2025年5月14日 (水)

谷川俊太郎さんお別れの会

5月12日(月)

谷川俊太郎さんお別れの会

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https://www.youtube.com/watch?v=jOlFuDz3Lds

動画は6月11日まで見られるそうです。

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大きなスクリーンに谷川俊太郎さんの幼い時からの写真が映し出され、それとともに谷川さんの肉声の詩の朗読が流れ・・・

若い頃の活舌の良い早口言葉、その場で人を笑わせる詩、泣かせる詩、晩年の死を考える詩・・・

何人かのスピーチもあったのだけど、谷川さんがその場にいるような気がしてそちらに気をとられ・・

後半では、娘さんと二人のお孫さんの詩の朗読もあり、

お孫さんはお二人とも、途中で声がつまって落涙・・・

その様子をしーんと見ていた人たちも、もらい泣き・・

デタッチメントなどど言われることもあるが、谷川俊太郎さんがいかに家族から尊敬され、信頼されていたかがすごく伝わって来た。

最後の谷川さんの肉声朗読は「さよならは仮のことば」と「二十億光年の孤独」。

「さよならは仮のことば」という詩は胸が苦しくなって泣きそうになった。

 

谷川俊太郎さんには拙著『デッサンの基本』と『反絵、触れる、けだもののフラボン』に帯文をいただいています。

『デッサンの基本』の帯文は、4つも書いて下さり、「好きなのを選んで」と言われた。

その時にも、とても思いをこめて書いてくださったのだと涙が出た。

            *

「花」という言葉が花を覆い隠している
デッサンは花という言葉を剥ぎ取って
花という得たいの知れない存在に近づこうとする
            *
紙の上にワープして
花は「花」という言葉から
自由になる
花が生きるように沈黙のうちに線も生きる
それがデッサンではないか
            *
目前の具体物を紙の上に抽象化する過程で失われるもの
それを惜しむことで何かを得るのがデッサンかもしれない
            *
「写す」のは写真でもできる
デッサンは「移す」のだ
花を紙の上に


『反絵、触れる、けだもののフラボン』の帯文は

この書物をオビにするのは、至難の業です。
書いても描いても尽せない
いのちの豊穣に焦がれて
ヒトの世を生きる福山知佐子は
どこまでも濃密なエロスの人だ。

            *

というもので、「いいよ、この本は。だってとても面白いもん」と言ってくださった時、嬉しくて胸が高鳴るというより胸が痛くなった感覚がずっと残っている。

そして今編集制作中の私の絵と沢渡朔さんが撮って下さった写真とをまとめた本に、3篇の詩をくださっています。

なかなか制作に時間がかかっていますが、本当に大切につくっています。

谷川俊太郎さんには感謝してもしきれません。

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2025年4月27日 (日)

大手拓次 ヒヤシンス、薔薇

4月27日(日)

ヒヤシンス 水彩
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  ヒヤシンスの唄 大手拓次『藍色の蟇』より

ヒヤシンス、ヒヤシンス、

四月になつて、わたしの眠りをさましてくれる石竹色のヒヤシンス、

気高い貴公子のやうなおもざしの青白色のヒヤシンスよ、

さては、なつかしい姉のやうにわたしの心を看みまもつてくれる紫のおほきいヒヤシンスよ、

とほくよりクレーム色に塗つた小馬車をひきよせる魔術師のヒヤシンスよ、

そこには、白い魚のはねるやうな鈴が鳴る。

たましひをあたためる銀の鈴が鳴る。

わたしを追ひかけるヒヤシンスよ、

わたしはいつまでも、おまへの眼のまへに逃げてゆかう。

波のやうにとびはねるヒヤシンスよ、

しづかに物思ひにふけるヒヤシンスよ。

・・・

ヒヤシンスと言えば・・と思い出して大手拓次を検索したら、偶然にも今日、「薔薇忌」の集まりを磯部温泉でやっていたみたい。

行ってみたかった気もします。

大手拓次の詩をすごく好きになったのは15歳くらいだろうか。萩原朔太郎より大手拓次がずっと好きで、何度も繰り返し詩集を読んでいた。

小学生の時に『愛の詩集』(鈴木亨編 ジュニア版 日本文学名作選 偕成社)という本を持っていて、その中に「恋」「ばらのあしおと」「風のなかに巣をくふ小鳥 —―十月の恋人に捧ぐ」「とじた眼に」という詩があった。

その本には60人超の詩人の詩が抜粋されていたのだが、その中で私がすごく好きだったのは大手拓次(それから北村初雄、吉田一穂、安西冬衛、八木重吉、新見南吉、中原中也・・・)。

それが大手拓次を知った最初だが、ひらがなが多くて、なにが書いてあるのかよくわからなくても、文字面と音声とリズムで美しい絵が見えた。

大手拓次の詩は強烈に感覚に訴え、動物、植物、そして色や香りについて書かれた詩が多い。

そよそよと、よろよろと、透明で薄暗くて、陰で、不気味で、つかまえどころがなくて、消えいろうとしているのだが、不思議な生命を持ち、いつまでも繰り返し胸に戻ってくる。

大手拓次の詩は、たくさん好きなのがあって選びきれないのだが、とりあえず『藍色の蟇』から、あと五篇、書き写しておきます。

 

・・・

 

  あをざめた僧形の薔薇の花


もえあがるやうにあでやかなほこりをつつみ、

うつうつとしてあゆみ、

うつうつとしてわらつてゐた

僧形のばらの花、

女の肌にながれる乳色のかげのやうに

うづくまり たたずみ うろうろとして、

とかげの尾のなるひびきにもにて、

おそろしいなまめきをひらめかしてうかがひよる。

すべてしろいもののなかに

かくれふしてゆく僧形のばらの花、

ただれる憂欝、

くされ とけてながれる悩乱の花束、

美貌の情欲、

くろぐろとけむる叡智の犬、

わたしの両手はくさりにつながれ、

ほそいうめきをたててゐる。

わたしのまへをとほるのは、

うつくしくあをざめた僧形のばらの花、

ひかりもなく つやもなく もくもくとして、

とほりすぎるあをざめたばらの花。

わたしのふたつの手は

くさりとともにさらさらと鳴つてゐる。

 

・・・

 

  道化服を着た骸骨 


この 槍衾のやうな寂しさを のめのめとはびこらせて

地面のなかに ふしころび、

野獣のやうにもがき つきやぶり わめき をののいて

颯爽としてぎらぎらと化粧する わたしの艶麗な死のながしめよ、

ゆたかな あをめく しかも純白の

さてはだんだら縞の道化服を着た わたしの骸骨よ、

この人間の花に満ちあふれた夕暮に

いつぴきの孕んだ蝙蝠のやうに

ばさばさと あるいてゆかうか。

 

・・・

 

  雪が待つてゐる

 

そこには雪がまつてゐる、

そこには青い透明な雪が待つてゐる、

みえない刃をならべて

ほのほのやうに輝いてゐる。

 

船だねえ、

雪のびらびらした顔の船だねえ、

さういふものが、

いつたりきたりしてうごいてゐるのだ。

だれかの顔がだんだんのびてきたらしい。 

 

・・・


   花をひらく立像 


手をあはせていのります。

もののまねきはしづかにおとづれます。

かほもわかりません、

髪のけもわかりません、

いたいたしく、ひとむれのにほひを背おうて、

くらいゆふぐれの胸のまへに花びらをちらします。

 

・・・

 

 青い吹雪がふかうとも 


おまへのそばに あをい吹雪がふかうとも

おまへの足は ひかりのやうにきらめく。

わたしの眼にしみいるかげは

二月のかぜのなかに実をむすび、

生涯のをかのうへに いきながらのこゑをうつす。

そのこゑのさりゆくかたは

そのこゑのさりゆくかたは、

ただしろく いのりのなかにしづむ。

 

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2025年3月26日 (水)

ヒヤシンスの絵 / FODMAP 、ブレンダー 野菜ジュース

3月26日(水)

雪さまにリクエストいただいているヒヤシンスの絵、制作中。

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ヒヤシンスの花色は多いが、私は青色、水色、薄紫系統が一番好きだ。

ご注文いただいたかたからも青色系が希望だと言われたので嬉しかった。

淡い青だとスカイジャケット、ブルージャケット(花の根元が鮮やかな空色で花弁は紫がかった青)、デルフトブルー・・・などの種類のヒヤシンスをイメージして描きたい。

ヒヤシンスの詩と言えば、大手拓次である。

ヒヤシンスは特徴的な素晴らしい香りがあって、真珠や霜のように花弁が光って、幼い頃から大好きな花だが、大手拓次の詩を読んでさらにヒヤシンスが好きになった。

その詩は、ヒヤシンスに色をつけた時に載せようと思う。

・・

猫の絵を買ってくださったサヤカちゃん(30年来の友人)と、最近メールで久しぶりに話した。

サヤカちゃんも長く腸の病気に悩んでいる。彼女は高FODMAP食品を避けることを教えてくれた。

FODMAPというのは、小腸で吸収されにくい4種類の発酵性糖質を指す用語とのこと。

Fermentable➝発酵性
Oligosaccharides➝オリゴ糖
Disaccharides➝2糖類
Monosaccharides➝単糖類
AND
Polyols➝ポリオール

お腹によいとされているヨーグルトや納豆、はちみつやオリゴ糖も高FODMAPに含まれる。

玉ねぎ、にんにく、ブロッコリー、キムチ、マッシュルーム、豆類、絹ごし豆腐、さつまいもなど私の好きなものばかり。

そして私の大好きな果物、さくらんぼ、桃、りんご、梨、マンゴー、スイカ、アボカド、プルーン、あんず、ライチ、柿、西洋梨、いちじく、すいか、プラム、ドライフルーツ・・・これらは全部やめられない。

ずぼらな私にはFODMAPを避けるのは難しそう。

何十年も前から欲しかったのにまだ買っていないブレンダーを買って、生野菜ジュースを飲んでみたいです、と言うと、

サヤカちゃんから、ワット数の低いものだとうまくできないというアドバイスをいただき、一番安い150Wのを買おうとしていたのをやめて500Wのを買うことにした。

本日、ブレンダーが届き、仕事から帰宅して夜、生まれて初めての自分で作る生ジュース体験。

小松菜を2株と有機バナナ一本、それにラブレ1本を加えてジュースにしたら最高においしかった。

飲んだらすぐにおなかがきゅるきゅる・・と鳴ってしまったが。ミヤリサンとロペミンを飲みながらだましだまし飲んでいこうと思う。

・・

先日、卓球仲間のMさんに体重が減ったと言ったら「たいへん、甘いものいっぱい食べなきゃ」と言われたのだが、

私はもう30年くらい、好んで甘いものを食べたことがない。お菓子に興味がなく、ほとんど砂糖を摂らない。

がん細胞はまず糖を吸収するのは事実だが、甘いものを食べても癌の悪化には関係ない、とも言われている。

しかし癌の悪化に関係なくても、身体の糖化、酸化、炎症に関係あることは避けたいし、私は甘いものを食べたいという欲求がまったくない(お酒は時々飲みたくなるが)なので、勧められてもいただかない。

甘いものをお土産にいただいたら、友達にもらっていただいている。

ぶどう糖加糖液の入った飲料も飲まない。

同じく卓球仲間のKさんに「すごくおいしい」という揚げせんべいを持ってきているので食べないかと勧められたが、謹んでお断りした。炭水化物が揚げてあるお菓子は食べない。

癌が動き出してから、絶対に食べたくないものに無理してつきあうこともない。

・・・

明日はまた絵の撮影。

ちゃんと選んだはずなのに、あとから絵を修正したくなったり、選にもれた作品が重要に思えてきたり、どうしても感覚が微妙に変化するので一発で決定!というふうにはならない。

悩み、迷いながら修正を重ねて、頭が少しずつ冴えて、どうにか考えがまとまっていく感じ。時間がかかるのだ。

プロの撮影現場を見るのは楽しい。やりかたを見せていただいていろんな発見がある。

私が現場で、一番撮りたいところのポイント(ディテール、色味など)を説明して、そこに焦点を合わせて撮っていただいて、思い通りの撮影になっていくのがとても充実感がある。

 

 

 

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