2025年10月25日 (土)

福山知佐子個展最終日

10月19日(日)

ギャラリー十二社ハイデでの個展も最終日。

この絵は割と最近出来たのだがすごく気に入っている。この絵とも淋しいけどさよなら。
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鬱金香

最初に高校の時の友人タカちゃんや小学校低学年の時の友人マリコが来てくれた。

マリコは茨城に住んでいて、何十年かぶりかに新宿西口に降りたので、新宿が変わり過ぎてまったく方向がわからなくて迷ってしまったと。私も破壊されている新宿が辛い。

6歳の頃、マリコが住んでいたのは十二社通りの野菜市場の2階。そこはマリコが引っ越してすぐに普通のビルになってしまった。

毎回来てくれる音大卒のS.Y君。Twitterでお知り合いになったM.Sさん。

鎌倉で絵を描いているT.Jさん。芸大のデザイン科卒のアキさん。

そして静かに長い時間見てくださるS.Hさん。S.Hさんは佇まいがすごく美しいかた。
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今日は5時から舞踏のパフォーマンスだが、あいにくの降りだしそうな空。

5時、十二社の階段。

村野正徳の挨拶。福山知佐子が愛着がある十二社の記憶、昔あった十二社の大きな池などをテーマに身体表現するそうだ。

村野正徳舞踏パフォーマンス  (youtube)

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吉田文憲さんの(私が一番好きな)詩、「生誕」を暗唱し、そのあとに舞踏パフォーマンス。
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※日本には「舞踏」という日本特有の前衛的な舞踊の形式があります。

西洋の軽やかで流れるようなダンスとは違い、地面に這いつくばるように情念や土着性などを表現するものです。

60年代に土方巽が創始、大野一雄などが発展させたもので、今は世界的にButohとして認知されています。
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途中、ばらばらと大粒の雨が降って来て、けっこうな大降りになる。

スマホが濡れたら壊れるのでは、とコートを頭から被ってスマホを庇いながら撮影。

見てくださっているお客様も濡れて申し訳なかった。傘を最初からお客様に用意するべきだった。

パフォーマンス終了後、村野君の予備校時代からのお友達が来て一緒に録画を見ていた。

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本人はミミズをイメージして踊ったそうだ。

そして私に若いお客様が。友人のサヤカちゃんの息子さんのK君と、その幼馴染のT君。

多摩美の院生のK君。
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レザーベイビーというバンドのドラムスのT君。
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私は何と言ったらいいのかわからないくらい、この若いおふたりに励まされた。

私のデッサンを見て、二人で(私に向かって言うのではなく)「すげえ!全部すげえ!絶対描けない!」って本当に驚いて言ってくれていたので。

「どういうところが?」と質問するとK君は「線の選び方がすごい。こんなふうには誰も描けない」と。

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スケッチブックを一枚ずつめくって見せたら、その一枚ごとのデッサンに、いちいち「すごい。全部すごい」と言ってくれて

そして枯れたチューリップを和紙の上に鉛筆で描いて岩絵の具を散らした絵を見て、「これが一番好きです。生命の揺らぎを感じる」と言ってくれて、画集まで買ってくれた。
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T君は絵をやっている人ではないにも関わらず、私の銀箔の絵を見て「すごい!これ、なんなんですか?」と真剣にくいついてきて、

「銀箔を腐食して、絵の具を使わずに絵を描いたの」と応えたら「すごい!誰もやってない。誰もやってないことを考えるのがすごい」と。

花の部分だけ塗っている紫のチューリップの絵を見て「どうして一部分だけしか色を塗ってないんですか?」と聞かれ

「花は一瞬ごとに動いているから、今の瞬間を描こうとすると全部塗れない。全部塗ると絵が固くなるから。

左のチューリップに比べて右のチューリップは早く無造作に描いているでしょ。無造作に描いた方が運動が描けるから」と応えたら

「すごい!それで動いているように見えるのか」と。
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なんで若い人がこんなに素直に、強く興味を持ってくれているのか、本当に驚いた。

なにか表現している特に若い人は、自分のやっていることが一番と思っていて、私のデッサンに興味を持ってくれる人などほとんどいないから。

現代アートをやっている人は設計図は描くかもしれないが、自分の外にある小さな生き物をよく見て鉛筆で描くことなど必要ないと思っているし、

絵をやっている人でも自分の絵のスタイルを作るのに熱心で、ものを見てものに寄りそうデッサンの質には興味がなかったり・・

私の絵を見て敵愾心丸出しで、私から話しかけても「ふん!」とそっぽを向いた同じ美大の同じ学科の10年も15年も後輩の女の子が何人もいたし、

だから、絵の世界とはそういう嫌な感情が渦巻く世界だとずっと昔から認識していたので、ふたりの素直さに愕然とした。

私は萎れて枯れていく植物の運動に寄り添って描くこと、そしていわゆる美大受験用の画一的なデッサンを抜け出て線で描くことを目指して30年やって来たのだけど

きょうは馬鹿の一念で続けて来たことが無駄ではなかったと思えた幸せな日だった。

7時に個展終了。すぐに絵5点を梱包して足利市立美術館に送る準備をした。

そのあと打上げ。昨日H.Mさんにごちそうしていただいたちょっと高級なイタリアンへ。

私がごちそうすると言っているのに、二人はすごく遠慮していた。今日ばかりはごちそうさせて欲しい。

シャブリのグラスで乾杯。マグロと紫玉ねぎのカルパッチョ。スモークサーモンのサラダ。ウニのクリームソースレモン添え。

アケミさんが、「花輪和一展と福山知佐子展を手伝えて、すごくたくさんのお客様と会えて楽しかった。それと知佐子さんのお客様がみんな優しくて素敵な人ばかりでびっくりした」と言ってくれたのが嬉しかった。

「芸術家ってみんなおかしな人ばかりかと思ってたから」と言われ、

「そんなことはないよ。一流の人は優しいよ。変な人って自己顕示欲がおかしくなってるんだと思う」

9日間、たくさんのかたとの出会いがあり、すごく目まぐるしくて体力的に大変だったけれど、幸せでした。

お運びくださった皆様、絵や本や絵葉書をご購入くださった皆様、本当にありがとうございました。

10月25日からは足利市立美術館でのコレクション展「いのちの寓話」に8点が展示されます。

新宿から2時間。空気も澄んでいて、とても良い美術館ですので、お近くのかた、興味がおありのかた、よろしくお願いいたします。

 

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2025年5月14日 (水)

谷川俊太郎さんお別れの会

5月12日(月)

谷川俊太郎さんお別れの会

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https://www.youtube.com/watch?v=jOlFuDz3Lds

動画は6月11日まで見られるそうです。

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大きなスクリーンに谷川俊太郎さんの幼い時からの写真が映し出され、それとともに谷川さんの肉声の詩の朗読が流れ・・・

若い頃の活舌の良い早口言葉、その場で人を笑わせる詩、泣かせる詩、晩年の死を考える詩・・・

何人かのスピーチもあったのだけど、谷川さんがその場にいるような気がしてそちらに気をとられ・・

後半では、娘さんと二人のお孫さんの詩の朗読もあり、

お孫さんはお二人とも、途中で声がつまって落涙・・・

その様子をしーんと見ていた人たちも、もらい泣き・・

デタッチメントなどど言われることもあるが、谷川俊太郎さんがいかに家族から尊敬され、信頼されていたかがすごく伝わって来た。

最後の谷川さんの肉声朗読は「さよならは仮のことば」と「二十億光年の孤独」。

「さよならは仮のことば」という詩は胸が苦しくなって泣きそうになった。

 

谷川俊太郎さんには拙著『デッサンの基本』と『反絵、触れる、けだもののフラボン』に帯文をいただいています。

『デッサンの基本』の帯文は、4つも書いて下さり、「好きなのを選んで」と言われた。

その時にも、とても思いをこめて書いてくださったのだと涙が出た。

            *

「花」という言葉が花を覆い隠している
デッサンは花という言葉を剥ぎ取って
花という得たいの知れない存在に近づこうとする
            *
紙の上にワープして
花は「花」という言葉から
自由になる
花が生きるように沈黙のうちに線も生きる
それがデッサンではないか
            *
目前の具体物を紙の上に抽象化する過程で失われるもの
それを惜しむことで何かを得るのがデッサンかもしれない
            *
「写す」のは写真でもできる
デッサンは「移す」のだ
花を紙の上に


『反絵、触れる、けだもののフラボン』の帯文は

この書物をオビにするのは、至難の業です。
書いても描いても尽せない
いのちの豊穣に焦がれて
ヒトの世を生きる福山知佐子は
どこまでも濃密なエロスの人だ。

            *

というもので、「いいよ、この本は。だってとても面白いもん」と言ってくださった時、嬉しくて胸が高鳴るというより胸が痛くなった感覚がずっと残っている。

そして今編集制作中の私の絵と沢渡朔さんが撮って下さった写真とをまとめた本に、3篇の詩をくださっています。

なかなか制作に時間がかかっていますが、本当に大切につくっています。

谷川俊太郎さんには感謝してもしきれません。

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2025年4月27日 (日)

大手拓次 ヒヤシンス、薔薇

4月27日(日)

ヒヤシンス 水彩
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  ヒヤシンスの唄 大手拓次『藍色の蟇』より

ヒヤシンス、ヒヤシンス、

四月になつて、わたしの眠りをさましてくれる石竹色のヒヤシンス、

気高い貴公子のやうなおもざしの青白色のヒヤシンスよ、

さては、なつかしい姉のやうにわたしの心を看みまもつてくれる紫のおほきいヒヤシンスよ、

とほくよりクレーム色に塗つた小馬車をひきよせる魔術師のヒヤシンスよ、

そこには、白い魚のはねるやうな鈴が鳴る。

たましひをあたためる銀の鈴が鳴る。

わたしを追ひかけるヒヤシンスよ、

わたしはいつまでも、おまへの眼のまへに逃げてゆかう。

波のやうにとびはねるヒヤシンスよ、

しづかに物思ひにふけるヒヤシンスよ。

・・・

ヒヤシンスと言えば・・と思い出して大手拓次を検索したら、偶然にも今日、「薔薇忌」の集まりを磯部温泉でやっていたみたい。

行ってみたかった気もします。

大手拓次の詩をすごく好きになったのは15歳くらいだろうか。萩原朔太郎より大手拓次がずっと好きで、何度も繰り返し詩集を読んでいた。

小学生の時に『愛の詩集』(鈴木亨編 ジュニア版 日本文学名作選 偕成社)という本を持っていて、その中に「恋」「ばらのあしおと」「風のなかに巣をくふ小鳥 —―十月の恋人に捧ぐ」「とじた眼に」という詩があった。

その本には60人超の詩人の詩が抜粋されていたのだが、その中で私がすごく好きだったのは大手拓次(それから北村初雄、吉田一穂、安西冬衛、八木重吉、新見南吉、中原中也・・・)。

それが大手拓次を知った最初だが、ひらがなが多くて、なにが書いてあるのかよくわからなくても、文字面と音声とリズムで美しい絵が見えた。

大手拓次の詩は強烈に感覚に訴え、動物、植物、そして色や香りについて書かれた詩が多い。

そよそよと、よろよろと、透明で薄暗くて、陰で、不気味で、つかまえどころがなくて、消えいろうとしているのだが、不思議な生命を持ち、いつまでも繰り返し胸に戻ってくる。

大手拓次の詩は、たくさん好きなのがあって選びきれないのだが、とりあえず『藍色の蟇』から、あと五篇、書き写しておきます。

 

・・・

 

  あをざめた僧形の薔薇の花


もえあがるやうにあでやかなほこりをつつみ、

うつうつとしてあゆみ、

うつうつとしてわらつてゐた

僧形のばらの花、

女の肌にながれる乳色のかげのやうに

うづくまり たたずみ うろうろとして、

とかげの尾のなるひびきにもにて、

おそろしいなまめきをひらめかしてうかがひよる。

すべてしろいもののなかに

かくれふしてゆく僧形のばらの花、

ただれる憂欝、

くされ とけてながれる悩乱の花束、

美貌の情欲、

くろぐろとけむる叡智の犬、

わたしの両手はくさりにつながれ、

ほそいうめきをたててゐる。

わたしのまへをとほるのは、

うつくしくあをざめた僧形のばらの花、

ひかりもなく つやもなく もくもくとして、

とほりすぎるあをざめたばらの花。

わたしのふたつの手は

くさりとともにさらさらと鳴つてゐる。

 

・・・

 

  道化服を着た骸骨 


この 槍衾のやうな寂しさを のめのめとはびこらせて

地面のなかに ふしころび、

野獣のやうにもがき つきやぶり わめき をののいて

颯爽としてぎらぎらと化粧する わたしの艶麗な死のながしめよ、

ゆたかな あをめく しかも純白の

さてはだんだら縞の道化服を着た わたしの骸骨よ、

この人間の花に満ちあふれた夕暮に

いつぴきの孕んだ蝙蝠のやうに

ばさばさと あるいてゆかうか。

 

・・・

 

  雪が待つてゐる

 

そこには雪がまつてゐる、

そこには青い透明な雪が待つてゐる、

みえない刃をならべて

ほのほのやうに輝いてゐる。

 

船だねえ、

雪のびらびらした顔の船だねえ、

さういふものが、

いつたりきたりしてうごいてゐるのだ。

だれかの顔がだんだんのびてきたらしい。 

 

・・・


   花をひらく立像 


手をあはせていのります。

もののまねきはしづかにおとづれます。

かほもわかりません、

髪のけもわかりません、

いたいたしく、ひとむれのにほひを背おうて、

くらいゆふぐれの胸のまへに花びらをちらします。

 

・・・

 

 青い吹雪がふかうとも 


おまへのそばに あをい吹雪がふかうとも

おまへの足は ひかりのやうにきらめく。

わたしの眼にしみいるかげは

二月のかぜのなかに実をむすび、

生涯のをかのうへに いきながらのこゑをうつす。

そのこゑのさりゆくかたは

そのこゑのさりゆくかたは、

ただしろく いのりのなかにしづむ。

 

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2025年3月26日 (水)

ヒヤシンスの絵 / FODMAP 、ブレンダー 野菜ジュース

3月26日(水)

雪さまにリクエストいただいているヒヤシンスの絵、制作中。

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ヒヤシンスの花色は多いが、私は青色、水色、薄紫系統が一番好きだ。

ご注文いただいたかたからも青色系が希望だと言われたので嬉しかった。

淡い青だとスカイジャケット、ブルージャケット(花の根元が鮮やかな空色で花弁は紫がかった青)、デルフトブルー・・・などの種類のヒヤシンスをイメージして描きたい。

ヒヤシンスの詩と言えば、大手拓次である。

ヒヤシンスは特徴的な素晴らしい香りがあって、真珠や霜のように花弁が光って、幼い頃から大好きな花だが、大手拓次の詩を読んでさらにヒヤシンスが好きになった。

その詩は、ヒヤシンスに色をつけた時に載せようと思う。

・・

猫の絵を買ってくださったサヤカちゃん(30年来の友人)と、最近メールで久しぶりに話した。

サヤカちゃんも長く腸の病気に悩んでいる。彼女は高FODMAP食品を避けることを教えてくれた。

FODMAPというのは、小腸で吸収されにくい4種類の発酵性糖質を指す用語とのこと。

Fermentable➝発酵性
Oligosaccharides➝オリゴ糖
Disaccharides➝2糖類
Monosaccharides➝単糖類
AND
Polyols➝ポリオール

お腹によいとされているヨーグルトや納豆、はちみつやオリゴ糖も高FODMAPに含まれる。

玉ねぎ、にんにく、ブロッコリー、キムチ、マッシュルーム、豆類、絹ごし豆腐、さつまいもなど私の好きなものばかり。

そして私の大好きな果物、さくらんぼ、桃、りんご、梨、マンゴー、スイカ、アボカド、プルーン、あんず、ライチ、柿、西洋梨、いちじく、すいか、プラム、ドライフルーツ・・・これらは全部やめられない。

ずぼらな私にはFODMAPを避けるのは難しそう。

何十年も前から欲しかったのにまだ買っていないブレンダーを買って、生野菜ジュースを飲んでみたいです、と言うと、

サヤカちゃんから、ワット数の低いものだとうまくできないというアドバイスをいただき、一番安い150Wのを買おうとしていたのをやめて500Wのを買うことにした。

本日、ブレンダーが届き、仕事から帰宅して夜、生まれて初めての自分で作る生ジュース体験。

小松菜を2株と有機バナナ一本、それにラブレ1本を加えてジュースにしたら最高においしかった。

飲んだらすぐにおなかがきゅるきゅる・・と鳴ってしまったが。ミヤリサンとロペミンを飲みながらだましだまし飲んでいこうと思う。

・・

先日、卓球仲間のMさんに体重が減ったと言ったら「たいへん、甘いものいっぱい食べなきゃ」と言われたのだが、

私はもう30年くらい、好んで甘いものを食べたことがない。お菓子に興味がなく、ほとんど砂糖を摂らない。

がん細胞はまず糖を吸収するのは事実だが、甘いものを食べても癌の悪化には関係ない、とも言われている。

しかし癌の悪化に関係なくても、身体の糖化、酸化、炎症に関係あることは避けたいし、私は甘いものを食べたいという欲求がまったくない(お酒は時々飲みたくなるが)なので、勧められてもいただかない。

甘いものをお土産にいただいたら、友達にもらっていただいている。

ぶどう糖加糖液の入った飲料も飲まない。

同じく卓球仲間のKさんに「すごくおいしい」という揚げせんべいを持ってきているので食べないかと勧められたが、謹んでお断りした。炭水化物が揚げてあるお菓子は食べない。

癌が動き出してから、絶対に食べたくないものに無理してつきあうこともない。

・・・

明日はまた絵の撮影。

ちゃんと選んだはずなのに、あとから絵を修正したくなったり、選にもれた作品が重要に思えてきたり、どうしても感覚が微妙に変化するので一発で決定!というふうにはならない。

悩み、迷いながら修正を重ねて、頭が少しずつ冴えて、どうにか考えがまとまっていく感じ。時間がかかるのだ。

プロの撮影現場を見るのは楽しい。やりかたを見せていただいていろんな発見がある。

私が現場で、一番撮りたいところのポイント(ディテール、色味など)を説明して、そこに焦点を合わせて撮っていただいて、思い通りの撮影になっていくのがとても充実感がある。

 

 

 

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2025年2月13日 (木)

村上昭夫『動物哀歌』、抒情と思想、死(生)、アートと動物

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初雁 数寄屋侘助椿(水彩) 

2月12日(水)

村上昭夫の詩集『動物哀歌』を読んでいる。

この詩集は1967年に上梓され、第8回土井晩翠賞を受賞し、1968年に第18回H氏賞を受賞。

その年の10月に村上昭夫は亡くなっている。

最初に私に村上昭夫の名前を教えてくれたのは丹羽文夫さんだ。

丹羽文夫さんは私とメールで文通している人で、横浜市立大学でフランス文学を、京都大学で昆虫生態学を学んだ。

横浜市立大学では奥浩平(私の大好きだった『青春の墓標』を残した人)と同級でサークルも一緒(史学研究部)。

京都では高野悦子(『二十歳の原点』)と同時代の青春を過ごし、『日本的自然観の方法』、『メーサイ夜話』、『ミャンマー行脚』の著者でもある。

 

『村上昭夫詩集』詩人論・作品論より

「村上昭夫の詩がわかりやすく思われるのはその透明性によってであり、平易だからではない。」

「詩は喩によって難解になるのではない。思想の曖昧さが詩を難解にするのである。」

「鮮やかな分析の手口によって読者を魅了するが、読み終わって事態が解明されたようにも、認識が進んだようにも思えない評論が多いのはなぜか、それはおそらく歴史的な社会、あるいは今日的な社会に対峙すべき作品、詩人の思想の眼が曇っているからだ。」

「そこには、弱々しいもの、滅びゆくものに対するシンパシィが溢れている。」・・・辻井喬

「嘘の自分への反逆、嘘の世間への反逆、自己脱却のための闘争の情緒、それが私にとっての詩だとつづる村上昭夫」・・・高橋昭八郎

・・・・

   雁の声

雁の声を聞いた

雁の渡ってゆく声は

あの涯のない宇宙の涯の深さと

おんなじだ

 

私は治らない病気を持っているから

それで

雁の声が聞こえるのだ

治らない人の病いは

あの涯のない宇宙の深さと

おんなじだ

 

雁の渡ってゆく姿を

私なら見れると思う

雁のゆきつく先のところを

私なら知れると思う

雁をそこまで行って抱けるのは

私よりほかないのだと思う

 

雁の声を聞いたのだ

雁の一心に渡ってゆくあの声を

私は聞いたのだ

 

   ねずみ

ねずみを苦しめてごらん

そのために世界の半分は苦しむ

 

ねずみに血を吐かしてごらん

そのために世界の半分は血を吐く

 

そのようにして

一切のいきものをいじめてごらん

そのために

世界全体はふたつにさける

 

ふたつにさける世界のために

私はせめて億年のちの人々に向って話そう

ねずみは苦しむものだと

ねずみは血を吐くものなのだと

一匹のねずみが愛されない限り

世界の半分は

愛されないのだと

 

・・・・

辻井喬の詩論によっていろんなことが明確になった気がした。

戦後、現代詩は三好達治の四季派の抒情性を激しく批判してきたわけだが、

三好達治の「村落共同体の拡がり、そういった時空に包まれている自分という存在への甘い容認の姿勢」、「伝統的な感性とそこに忍びこんだように横たわっている保守的、そして浪漫主義的心情」、その大衆性、「社会的制度をも一つの自然とみなして、それに自己を融合させ、偏在へと自己を拡散させる」抒情性と、

村上昭夫の「死を見詰めて生きようとする意志そのもの」は全く異なる。

村上昭夫の詩は「日本的美意識」とかかわるが、それは三好達治の「自然との一体感、四季の移り変わりと無常観の混同」とは異質である。

三好達治の受容の形態は、「体制によって公認され、いわゆる欧米にはないアジア的なものを日本に発見しようと試みた欧米の審美家によって称揚されることによって、逆に日本人のあいだにも固定観念を植え付けた」ところの「日本的なもの」で語られることが多い。

村上昭夫の詩は「現代の詩人としては例外的なほど思想詩人の骨格を持っている」。

村上昭夫の詩を語る時に「ひたすら抒情性に焦点を当てることは、村上昭夫を平板な抒情詩人に引下してしまう」ことである。

そして村上昭夫の詩は、村野四郎の詩のように「生き物との共感」が「理性的で骨っぽい社会批評によってつくられている」のでもない。

「影のような存在としての生命は理性と言う光にさらされることを嫌うのだと主張しているように思える」。

 

「不治の病」で時間が限られてくると、本当に上っ面のものや浅はかで饒舌なおしゃべりが耐えられなくなってくるのだ。

だから寂寥のなかで動物や植物とともにいるしかないのだ。

どんな優れた作品であっても、結局は鑑賞する側に思想性(と言えるほどの思考力)や、「不治の病」で死(つまりは生)を見つめる感覚を想像する力(深み)がなければ、安易な「抒情」でしか語られることはない。

それどころか、彼らは「自分は抒情でなく高度な理論でやっている」とか「自分はそういう古いやりかたでなく最先端を行っている」と傲慢にもマウントしてくるのだ。

私がある種の現代アートや現代詩に拒絶感があるのは、今の社会状況への対峙ではなく流行り(どんな流れも相対化され主流をなさないが、複数の流行り、あるいは流儀があるようだ)にのっかっているようなものに気持ち悪さを感じるからなのだが、

さらに言えば「体制」によって公認されてるような感性、いかにもありがちなコンテキスト、最初にアートがあって、アートのために自分でないもの(特に動物や他者の苦しみ)から収奪しているものには激しい嫌悪感を抱いてしまう。

 

少し前のことだが、一緒に暮らしていたわけではないが私が愛していてずっと見守っていたある動物の子が若くして急死したことを知って、私がショックで号泣してしまったことがある。(ブログにも、その子に何度も会いに行っている時のことを書いていて、あまりにも悲しすぎて辛すぎて今は名前を書けません)

そのことを友人が、ある動物を世話している人を取材してアートをつくっているKという女性に話してしまい、それを聞いたKは私のことを笑ったそうだ。

どういう意味で笑ったのか、ぜひとも本人に(私が生きているうちに)会える機会があったら、直接聞いてみたいものだ。

動物を「ネタ」にしてアートをやっているくせに、動物の死に大きなショックを受けて泣く人間を笑うとはどういうことなのだろう。

つまり最初にアート(を作るのが当然という前提)があり、アートのための取材であって、動物のための行動からではないのだろう。

問いかけをつくるのもアートのため、つまりは人間の社会の「文化的処方」のため。これを「収奪」という。

私は動物が死んだことに泣いている人間を笑う人間が嫌いだ。私の痛みの激しさは私のものだ。

そのことを思い出すと、癌に悪いとわかっていても胸がむかむかしてくる。

 

 

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2023年5月24日 (水)

谷川俊太郎 絵本百貨展 立川

5月16日(火)晴れ

沢渡朔さんからチケットをいただいた「谷川俊太郎 絵本 百貨展」へ、友人と。

立川はおそろしく変わってしまっていた。GREEN SPRINGSという巨大な建物に驚いた。広い敷地内にある店はどれもおしゃれで高級。

その中のこれまた大きな美術館?で、絵本展というものに抱いていた予想よりずっと大きくてお金がかかっている感じ。

いくつかの絵本が、アニメーションなどで紹介されている。

そのなかで一番感動したのが、やはり谷川俊太郎さんの言葉と沢渡朔さんの写真でできている「なおみ」だ。

この展示は薄暗いところにひっそりと、そんなに大きくない写真と女性の朗読で構成されていて、とてもよかった。

実はこの絵本は、以前に谷川俊太郎先生のお宅に遊びに伺った時に、先生からいただいている。

「なおみ」は6歳の少女とおなじくらいの大きさの日本人形。

少女はなおみといつもふたりきり。海に行ったり、応えてくれないなおみを「きらい」だったり、そしてある日、なおみは病気になり、「なおみは しんだ」。

古い達磨時計。おかっぱの黒髪。物陰。洋館の窓の外。庭の緑。湿った匂い。少女となおみだけ。他に誰もいない世界。

沢渡朔さんの写真は幻想的なようで暗くなまっぽい。

子供の絵本にしてはとても異質な、覗いてはいけない秘密のような、なまめかしい体温。怖さ。妖しさ。

これは時の経過をテーマにした物語。そして恐ろしいほどの名作。

ほかにも戦争をテーマにした谷川さんの言葉とアイディアが生きている絵本、いのちと死、時間をテーマにした谷川俊太郎さんの言葉を、漫然とではなくリアルに感じてしまうとぞっとするような恐怖を感じるものが多かった。

しかし巨大で真新しいツルピカの建物に、私はどうしても居心地の悪さを感じてしまって寛げない。

私は昔の十二社(西新宿)のようにごちゃごちゃした小さな古い家や店がびっしり並んだ細い路地が好きだ。

錆びた看板や崩れた塀に植物が絡まるような風景や草ぼうぼうの空き地が好きだ。

そういうところの隅っこに面白いもの、不思議なものを発見しながら歩くとき、自分が自由である実感がある。

何もかも新しくきれいに作りあげられた空間では息が詰まる。

立川基地のあった頃に来られていればよかったのだけど・・。

それでも少しだけ残っていた古い扉、古い壁、古い看板、そういうものたちに出会えて楽しかった。

錆びた扉の下に青い矢車菊が満開。
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古くて面白い建物が残っていた線路際。

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髪の毛はどんどん抜けてだいぶ少なくなった。
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2022年1月11日 (火)

毛利やすみさんと森久仁子さんのこと

2021年年末のことだが、記録しておこうと思う。

26日くらいに、森久仁子さん(春日井建さんの妹さんで、毛利武彦先生の従兄弟)からお電話があった。私の画集を受け取ったことについて。

森久仁子さんは、以前通り、とても快活で知的な話し方をされていたが、しかしコロナ禍になってしまってから2年、ほとんど外を歩いていない、と言われたことが心配だった。フェイスブックも、久仁子さんのほうから友人申請があったくらい、モバイルで積極的にやっていられたのに、今は機械が変わったらログインできなくなってしまったと。

久仁子さんに「やすみさんはお元気ですか」と尋ねると、「ええ、元気です。前みたいにものすごく元気って感じではないけど。」と。

そのあと、毛利やすみさん(恩師、毛利武彦先生の奥様)に年末、お電話した。以前ならやすみさんが出られたが、今回は、まず番号表示のアナウンスが流れ、そのあと彦丸さん(音楽家)が出られた。

やすみさんのお声は明るかったのでほっとした。私の画集を毛利先生の写真の横に飾ってくれていると。

「森久仁子さんにもお送りしました」と言うと、「ああ、久仁ちゃん!よかった!喜ぶと思うわ。久仁ちゃんは本当に本が大好きだもの。昔はふたりでしょっちゅう、いろんなところへ遊びに行って、歩き回ったの。」と。

春日井建さんのお話も出た。「建ちゃんはパーティーの時はいつも全身黒でびしっと決めててね。そういえばあなたもそうね。いつも黒ね。私が入っていくと、必ずねえさ~ん、て抱きしめてくれたの。」

「まさ子おばさま(春日井建さんのお母様)がお風呂で亡くなった時、毛利が何か抜けられない用事でお葬式に行けなったの。そしたら建ちゃんが、やすみねえさんだけでも来てほしいって言われて、新幹線に乗って行ったのね。そしたら『姉さん、姉さん』て泣いて私に寄り添ってくれて・・・。私が『まさこおばさまはオフィーリアになったのよ』って言ったら、『そうか。そうだね。姉さんありがとう』って。」

阿部弘一先生のことをお聞きしたら、うしお画廊での阿部先生と毛利先生の詩画集刊行パーティー(2019年6月10日)の時のことを鮮烈に覚えてらして、つい最近のことと思っておられるようだった。「阿部先生の息子さんも来られて、すごく元気よ。」と。

http://www.suiseisha.net/blog/?p=15714p

福山知佐子画集『花裂ける、廃絵逆めぐり』

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1月9日

画集に掲載した絵の購入申し込みをいただく(チューリップ、グドシュニクと、萎れたアネモネモナーク)。

ここ数日、スナウラ・テイラーの『荷を引く獣たち』(洛北出版)を読んでいるが、あいかわらず首と頭の付け根が痛くて、集中して読めない。

カラスウリ、アネモネ(ミスト)などのデッサン、水彩を描く。

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2021年11月12日 (金)

吉田文憲『ふたりであるもの』装丁

吉田文憲さんの新しい詩集『ふたりであるもの』(思潮社)の装丁をしました(実際の作業はこの夏)。

秋の河原と枯れた草の花束のイメージで、以前描いたこの絵を使って。

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(銀箔、膠、岩絵の具、日本画)

カバーの絵は、上の絵の写真をモノクロに分解して、特色1色で、版画のようにしたかった。

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呼気であり、火であり、残された時であるもの

「契約(アリアンス)」のふたりであるもの

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「薄く裂けた、薄く裂けて、絶句したままの顔を残し、見えない飛跡を描いている。この世にはいない人の残光。離れながら、遠くから返信することだけがいまは可能だ。」

吉田文憲さんの初期の詩集『花輪線へ』のイメージから、見返しにはどうしても花輪線の写真を使いたくて、昔の花輪線で、季節は枯れ木の頃、正面からのものでなくて細長く車体が写されているものを求めてずいぶん探した。

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西村光さんというかたが撮影していた花輪線が感覚的にぴったり来たので、お願いして使用許可をいただいた。

見返しの紙の色もずいぶん悩んだ。吉岡実の『サフラン摘み』のように、暗いチャコールグレーの中に黒い線を見せるか、藍色の夜の中にするか。

神田の紙屋さん「竹尾」に赴き、(私の画集の表紙と見返しに使う紙も模索して)40枚くらい様々な色と材質の紙を購入し、簡易プリンタで画像を印刷してみて、すごく迷ったけれども、枯れ枝の繊細なシルエットがもっとも際立つ雪の白に近いペールグリーンにした。

後ろ見返し。
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タイトルのフォントは古くかすれて欠けた感じにしたかったので、フォトショップで白い欠けを描き入れた。「り」や「あ」や「の」の平仮名の最後の筆づかいの部分を丸っこくしたくなかったので終わり部分を削った。

表紙の絵はペンで感覚的に納得がいくまで50枚以上描きなおした。本当は表1から背の下に蔓が伸びて表4に続くはずだったのに、なぜか印刷屋さんのミスで背から表4の絵が落ちてしまった(涙)。

さらにメーカーで廃番になっていたOKフロート(熱で押した部分の色が濃く変化する)の「しゃけ」を無理を言ってせっかく手に入れてもらったのに、押した部分の色が変化しなかった(涙)。

この点については、紙のメーカーの平和紙業さんに電話で問い合わせたところ、製本屋さんの空押しの温度が低かったせいではないかと言われた。

箔押しや空押しをやや高温で押す工場と、温度を上げないでそのまま押す工場があるということ、OKフロートは110~130℃くらいで変化するので、それくらい高い温度にしないといけないということだ。

何度も空押しの「スタンプ」ではなく「ホットスタンプ」で、と編集のIさんに念を押したのだが、スタンプを押す人に温度まで伝わっていなかった。低い温度でも「ホットスタンプ」とよばれていることを初めて知った。

OKフロートのHPに温度も明確に書いてほしいと平和紙業さんに話した。

また、この装丁に関してはデータ制作の技術的なことでデザイナーのSさんにたいへんお世話になった。

すでに発売中です。ぜひ実物を手にとって見ていただけたらと思います。

 

 

 

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2021年8月24日 (火)

画集にのせる文章、かかりつけ医の反応

8月23日(月)

午前中、吉田文憲さんと電話。書いたばかりの画集巻末の文章を(ファクシミリで)見ていただいた。

時間をあけて、あらためて正午に電話すると「詩人には書けない、最高に詩的な文章。どこも直すべきところはない。」と。

「すごくいいよ。読んでみようか?」「いや、読まなくていい。どういうところがいいと思うの?」と返事をするや、もう嬉しそうに読み始めている。

そして、「説明的ではなく、わからなさの屈折のしかたが抜群。語の選びかたも語順も完璧。これ以上どこも動かしちゃだめ。」と言われた。

文章の後のほうの謝辞の部分に関しても、「思ったように書いていい。失礼ではない。萎縮してつまらないものにならないでいい。どこもおかしいところはない。」と言われてほっとする。

英訳者のNさんと担当編集Tさんにメールで送り、治療院へ。

夜、沢渡朔さんからいただいた写真データをデザイナーMさんへ送る。これでNさんから英訳が送られて来るまで少し休める。

8月19日(木)

ごく具体的な細部にわたる身体的な言葉を得るために、5時過ぎ、川まで細い暗渠を自転車で下る。

眼によるスケッチに眼の奥の幾層もの記憶のスケッチを重ねる。

帰宅した時に一気に書けた。

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陽の傾いた川の手前の細道。アブラゼミ、ミンミンゼミ、ツクツクボウシ、ヒグラシたちの絶唱。

問題は謝辞。目上の人にいただいた文章に対する形容、何を与えてくださったのかを(失礼でないかたちで)言語化するのは思いのほか困難で、とても迷い苦しんだ。

8月18日(水)

画集の巻末に急遽、私の文章と謝辞を入れることになった。

何十年もの絵から選び、何年もかかってやっとできそうな画集に思うことはたくさんあったが、何をどう書いたらいいのか頭がまとまらなくて焦った。

首の凝りと精神的緊張による頭痛を緩和のため星状神経ブロック注射を受けにSクリニックへ。案の定、外に立って待つ人もいるほど混んでいた。

短い文の中に何を書くべきか、どういう文体にするのか考えるために、自分の本『反絵、触れる、けだもののフラボン』を待ち時間に読んでいた。

「来たよ~!」とあわただしく処置室のカーテンを開けて「あら読書中失礼!」と言う明久先生に、「これ、私の本なんですよ。」とボソッと告げるとと、思いのほか大喜びされた。

「ええっ!ちょっと触ってもいい?」と本を手に取って、「すごい!題名からしてすごく難しい!中身も難しすぎてなにを書いてあるかわからない!すごい頭いいね~!ほんとにすごいよ!」

と看護師さんたちのほうに持って行って、「見て見て!これ福山さんの本なんだって!すごいね~!」と大騒ぎ。

「谷川俊太郎とかジャコメッティとか書いてある!」「ジャコメッティって名前、知ってたんだ?」「長っぽそい人のやつでしょ。」

明久先生は若くてテキパキしていて、大きな声で早口に話す人で、私から見ると前向きすぎ、いつも慌ただしすぎ。

最初会った頃は「本(当時作っていたのは『デッサンの基本』)作ってるの?すごいね。応援してます!」と言われても、まったく軽い口先だけとしか思えなかったのだけど、10年以上つきあううちに、いつも率直に本心を口にしている人なのだと信じられるようになった。

私のことを「異常に繊細過ぎる、今までの膨大な患者の中でも会ったことがない異常レヴェル、頭が回りすぎ、余計なことまで気にしすぎ、気にしちゃだめ!」と最初の頃にはっきり言ってくれたのもこの先生だ。

彼は偏狭なところがなく、臨機応変でサバサバしているので、こちらで薬のことなど詳しく調べて相談すれば、たいがいのことには患者の希望に柔軟に対応してくれるのも魅力でつきあいやすい。頭の回転が速いので、こちらが心を開きさえすれば話がどんどん通じる。

 

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2019年10月 7日 (月)

室井光広さんの訃報 / 吉田文憲ラジオ「土方巽」特集

10月2日(水)

室井光広さんが亡くなったニュースを聞いて驚き、ショックを受ける。

室井さんとはもうずいぶんお目にかかっていないが、個展にも来てくださって、まだ室井さんが千葉県四街道市に住んでおられた頃、吉田文憲さんに連れられて2度ほど伺ったことがある。

初めて伺った時、正月だったので、私は珍しくわりと堅い服装でパンプスだったのだが、着くなり雪の残る丘に連れて行かれ、面食らった。室井さんの奥様と4人で縄文土器拾いをした。

パンプスが泥と雪に埋まり、スカートの脚がつりそうなほど冷えて苦しかったが、室井さんは本当に楽しそうに、宝物のように縄文土器を捜していた。

私が絵に描きそうな泥だらけの樹の根っこを見つけて「これ、持って帰ろう!」と言って、奥様に「そんな汚いのやめて。」と苦笑いされていたのを鮮やかに覚えている。

室井さんはたいへんシャイな感じのかたで、私に面と向かって話しかけてくることはなかなかなく、私はなにか文学に関わるような質問をしなくてはならないと焦りながら、もともとの緘黙気質から言葉が出て来ず・・。変なことを言ったら失礼だし・・とぐるぐる考えあぐね、躊躇するばかりで、結局、なにひとつうまく話せなかった。

私は、室井さん宅にいた真っ黒でツヤツヤした猫、クロちゃんを抱いていた。

いつかまた必ずお会いできて、いろいろなお話を伺えると思っていたのに、なぜまだお若い室井さんが・・?と思うと、どんどん胸が苦しくなってたまらなくなってきた。

室井さんは、吉田文憲さんと、佐藤亨さんと、東北三人衆でたいへん親しくされていた。残されたおふたりの言葉を聞こうと思った。

10月3日(木)

吉田文憲さんが話をしたラジオ「土方巽」特集の再放送が昼12:30くらいからあるというので、PCで聞いていた。

文京区の「金魚坂」という(創業350年の金魚屋さんがやっている)喫茶店(レストラン)で録音したそうで、周りの雑音が入っていた。

舞踏は、ひとりで踊っていても、幻の誰かをよび寄せる、また、よび寄せられるもの。

死者とともに踊るもの。

誕生は一度限りだが、たえず親しい死者とともにいる。

詩は幻の死者をよぶ。死者の声を言葉とする。あるいは死者が立っているところを言葉にするもの。

それは詩だけではなく、表現の行為の根幹に在るもの。

『病める舞姫』第14章より 翻案:十田撓子 朗読:原田真由美、森繁哉

吉田さんが話していた西馬音内の盆踊りについてネットで調べ、とても心惹かれた。

まさに亡者の、未成年女性の彦三頭巾と絞りの浴衣には瞠目するが、成年女性の端縫い(はぬい)と言われる(先祖代々の着物の絹の切れ端を縫い合わせた)着物の美しさにも非常に心を動かされた。

10月4日(金)

佐藤亨さんに久しぶりにメールした。

佐藤亨さんも室井さんの訃報が信じられず、「その日の夕方、動かなくなった室井さんを見てはじめて事の大きさを知りました」と。亡くなったことが受け止められないと。

吉田文憲さんに電話し、室井さんの病気のことを聞いた。

夏頃から具合が悪かったと聞いていたそうだが、やはり現実感がないようだった。

「あまりにも親しいと、いつも変わらずそばにいる感じが強くて、亡くなったと聞いても信じられない」と。

 

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