2月15日(日)
私が輸液。給餌。今日もゴロゴロ。
2月14日(土)
11時半から夜10時までずっとちゅびとふたりっきりで隔離部屋にいた。
私の顔を見ると「にゃあ!」とおしゃべりしてゴロゴロ。

カーテンを開けて光の中で温まってゴロゴロ。私の腕をおててでおさえるちゅび。
抗がん剤をやっていた時より明らかに気持ちよさそう。
でもすぐにリンパ腫の吐き気が襲ってくるのだろうか。
自力でトイレに入っておしっこして、自力で椅子の上にのぼれていた。
夕方6時。椅子の上に横座りではなく縦に伏せの姿勢にして、私が真後ろから抱え込むようにして押さえつつ、左手で頭を上に向けて吐き気止めを飲ませる。
その姿勢でなんとかちゅーる2本給餌。
2月13日(金)
プフがここ6日くらいくしゃみをしているので病院に連れて行った。
快作先生は「ちゅびじゃないの?」と。
プフは、2年前の同じ日、2月13日に同じくしゃみで受診していた。
その時は風邪ではなくアレルギーの注射をした。今日も同じ注射で様子を見ることになった。
プフは食欲もあり、最近はカリカリだけでは嫌でおやつちゅーるを欲しがってわがままに鳴くようになっている。
2月12日(木)
大きな耐熱ガラスボウルに入れた水を電子レンジで熱くして、そこに500mlのリンゲル液をつけて温める。
10年ぶりに私が輸液。
リンゲル液が常温でも冷えているので、ボウルのお湯をけっこう熱くしないとぬるくなってしまい、ボウルのお湯をもう一度レンチンしてやりなおし。
その間に吐き気止めの錠剤(メトクロプラミドを4分の1にハサミで切ったもの)を飲ませる。
輸液セットを組み立てるのも、(雑菌がついたら終わりなので)絶対に針に指を触れないように緊張。
ものすごい緊張でなかなか針を刺せない。
ちゅびがガリガリにやせているので皮膚が縦にしぼんでしまって、つまんでもふくらまないので、貫通してしまいそうで刺すのが怖い。
背中の丸みの一番高いところの皮膚に針を刺した時、そこをブルブルッと震わせて痛がったので、私は汗だくに。
昔は滴が落ちるのをじっと見つめてがんばっていたが、皮下なので滴でなくスーッと流して大丈夫だそうなので500ml一気に入れる。
そのあと栄養ちゅーる2本とこうカロリーちゅーる1本給餌。
終わってから首の両脇の筋肉とこめかみの筋肉ががちがちになったまま、頭痛が酷かった。
ちゅびはそのあとゴロゴロ気持ちよさそうに寝ていた。
2月11日(水)
午前中、快作先生は、「S山先生と相談したけど、ちゅびにはどうしたらいいかわからない」と。
L‐アスパラキナーゼに関しては、ネットでは猫に効いた例があげられているが、先生の経験ではほとんと効かなかったそうだ。
「私が吐き気止めを飲ませてきました」と申告して給餌してもらう。
いつも吐き気止め注射してすぐには吐き気はおさまらず30分くらいかかるので、吐き気止め注射の後すぐ給餌はかわいそうだから。
とりあえず抗がん剤はやめて、明日から自分で輸液すると申し出て6回分のセットを購入した。
快作先生の説明だと「肩甲骨の間ではなく、一番背骨の丸みの出っ張っているところに打つ。
三角形のテント型に皮膚を引っ張るのではなく、皮膚をつまんで、そこに(針穴を上に向けて)針の先端だけ刺し、
クランメを緩めて液を入れて皮膚が膨らんできたら、針の近くでなく管に近い位置を持ってすっと奥まで入れる」と。
「youtubeで見たのと違う」と言ったら「youtubeは間違っている」と。
管のほうを持って刺すのは、「そうしたほうが皮膚2枚を貫通しにくいから」と。それはけっこう難しそう。
10年前、ちゃびの時は「肩甲骨の間の皮膚を三角形のテント状に引っ張って、テントの下のほうに直角に刺す」と教わった気がする。
が、
「それだと前足ばかりに液が入って足がむくんでしまう。おなかに液を入れるためにはもっと下。肩甲骨の間のほうが痛みは感じないんだけどね」と言われ、
そう言えばちゃびの時は、もろに前足がむくんでいたと思う。
2月10日(火)
ミヤリ酸を溶かしたぬるま湯をシリンジに入れ、それで吐き気止めを飲ませてから30分で給餌。
給餌自体は嫌がるのでたいへんだが、その前と後はゴロゴロ。
次の本の副題と帯文とあとがきについて考えるように言われたが、頭が朦朧としてまったく思いつかない。
2月9日(月)晴れ
雪が固く残り、つーんと冷えた空気の中、ちゅびを病院に連れて行くのがかわいそう。
今日はS山先生という初めての女性の先生の診察。そのせいか午前中、すいていたので話しやすかった。いつもは超混雑で、落ち着いて質問したり確認したりしづらいので。
強い抗がん剤でぐったりしているちゅびを見るとすごくかわいそうだから、もう抗がん剤をやめるか、弱い抗がん剤(L‐アスパラキナーゼ)だけにしようかと思います、と相談する。
S山先生はそれでもいいんじゃないか、と。
「私が11月中に連れて来ていたら・・・」と後悔で涙してしまったらS山先生は
「病気の質が悪すぎる。11月に血液検査しても出なかったと思う」と。
それでも先生ならリンパが腫れていたのに気づいたと思う・・。それを思うと私の精神が崩壊してしまいそう。
輸液はしてもらったが、吐き気があるようなので給餌してもらえなかった。
吐き気止めを打ってもらって、帰宅してから給餌。
選挙の結果で鬱気味。ちゅびのことの悲しみと自責で胸がふさがれっぱなし。
Xを見ていたら、高額医療の限度額を上げるという政府の恐ろしく残酷な企ての関連で、齊藤樺嵯斗(さいとうかざと)さんという、悪性リンパ腫で医大の5年生で亡くなられてしまったかたの記事にたどりついた。
そのかたは激しく辛い闘病をされた。もちろん私も同じだが、高額医療の限度額制度に助けられてこそ治療ができた、とご家族のかたたちも高額医療制度の改悪に反対しておられる。
どうして、闘病の苦しみでもう限界ぎりぎりのところからお金をとろうとするのだろう。
本来使ってはいけないようなところに多額の税金がが使われているというのに。
どうにもやりきれない気持ち。