2020年6月30日 (火)

『デッサンの基本』34刷りとなりました

https://chisako-fukuyama.jimdofree.com/6-iris-rose-pansy-violet-etc/

6月の初めに『デッサンの基本』増刷、34刷となりました。

購入してくださったかたがた、読んでくださったかたがたに心より感謝申し上げます。

(受験のためのデッサンには傾向があると思いますが)デッサン(素描、スケッチ、写生)には正解の描き方はありません。

対象の姿、構造をよく知るためであれ、その魅力を紙に留めるためであれ、自分の外にあるものを見て描くことで、あらゆる意図を超えた未知のものに触れ得ることがデッサンの喜びではないでしょうか。

林檎の花(鉛筆デッサン、水彩、スケッチ)

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パンジー Pansy (鉛筆デッサン、スケッチ)
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猫 ちゅび(鉛筆デッサン スケッチ)
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薔薇 Rose (水彩)

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薔薇 Rose(鉛筆デッサン、スケッチ)

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2020年6月22日 (月)

絵の空間(紙の白い部分)も絵の一部 / 自主人体実験により血圧安定

https://chisako-fukuyama.jimdofree.com/

6月22日(月)雨 22℃

先週の18日(木)に目が覚めた時、発熱していた。体温計がなかったが、体感では38℃以上。激しい脈動性ではないが、熱がある時の頭痛。

内分泌の異常でカテコールアミンが急激に上昇している炎症反応なら、このままどんどん血圧と血糖が上昇して血管がボロボロになってしまう恐怖があった。

どの医師からも指示されていないが、いちかばちか、自分の勝手な判断でチラジンを断薬してみた。

その後、日ごとに発熱と高血圧がおさまってきた。

チラジン(甲状腺ホルモン)は身体から分泌されなくなると1~2ヶ月で死亡するそうだ。欠乏すればだるくなり、やる気も起きなくなるはずなので、自分の体感ではまだだいじょうぶそう(?)

私の場合、癌で甲状腺を切除しているので自身で甲状腺ホルモンを分泌することができず、チラジンを内服することにより、原発が甲状腺癌である肺転移の活動を抑制している。だから自己判断で休薬するのは危険と言われている。

次の癌の主治医の診察は9月。水曜に新高円寺のクリニックでチラジンの血中濃度について相談したあと、主治医にはがきを書くか。

11:00 35.6℃ 116-70 61

12:30 129-81 66

ここ数日は萎れた薔薇を描いている。

 

6月21日(日)

昼にネットで購入したオムロンの血圧計が届く。

122-82 64 正常値。

午後2時過ぎ、地方にいるNちゃんから体温計が届く(うちの近所のドラッグではどこも売り切れ)。

36・4℃ 木曜日の発熱は一体なんだったのだろう。

花輪さんに電話。発作で救急車で運ばれたことを話す。副腎腫瘍だったら片方の副腎摘出になる、もし悪性だったらなんの治療もできない、怖い、と言ったら「きっとだいじょうぶなんじゃなあい?」と言われ、なぜか気が落ち着く。ほかの人に言われたら、軽く言われているだけだと思うかもしれない。が、花輪さんに言われると、そうかもしれない、と思える。

昔から、私が癌の数値が上がってもうだめかと何度も思った時に、花輪さんは「きっとだいじょうぶなんじゃなあい?」と言ってくれた。

「だって福山さんてものすごく強運でしょ。」と。

 

6月20日(土)曇り28.7℃

チラジン断薬3日目。

起床時、額がひんやりしていた。熱が下がった。嫌な動悸もなかった。

14時すぎに少し発熱。37℃くらいの感じ。頭ほてり、首の後ろが痛む。ゴシュユ。

・・・

夕方から次の本のレイアウト第2校の修正。

「絵を少し大きく」と指定したところが、絵の図版自体は大きくなっておらず、絵の空間(余白)を勝手にトリミングされていることに愕然。

絵の空間、一見、何も描かれていないように見える紙の白い部分は、絵の一部であり、重要な意味がある。

私にとってはうねり、ねじれ、震える線の運動が重要であり、そのために空間をどのようにつくるかがとても大切。

画集の紙面でのレイアウトというのは、私にとって、その絵の運動が最大限に生かされる紙面を身体感覚で思考すること。

重要な空間をカットされた絵は、すべてがバカみたいな日の丸構図で、絵を並べても平板で陳腐で、なんのリズムも、響きも、詩情も無くなってしまう。

(また、私にとってはアタリも汚れも絵の一部である。むしろそっちのほうが大切と言いたいくらいだ。)

私はこぎれいにまとめられたイラストをやっているわけではない。

自分がなにをもって「絵画」とするのか、そのための発言として、苦労して画集を出すわけで、オペレータさんのやっていることは、私が本を出すことの根本を台無しにしている。

作者が指定していない絵の変更を、出版社のオペレータさんが勝手にやることがショック。私の常識では考えられない。

数百点すべての絵を、こちらの指定通りになっているかチェックしたので4、5時間かかったが、ほとんどが指定と関係なく勝手にトリミングされていたので、ストレスでカテコールアミンが上昇しそう。

・・・

16:45 142-83 63

その後、飲酒すると血圧と脈拍がどう変化するか実験してみた。山田錦をちびちび飲む。

17:10 118-70 70

17:43 94-58 71

17:52 89-54 77

血圧はだいぶ降下。

・・・

プフに飲ませる抗生物質(ドキシサイクリン)最終日。

 

6月19日(金)20℃

チラジン断薬2日目。

7時に眼がさめるとまだ発熱。37℃代前半の感じ。弱い脈動性頭痛。

8時、15時にアセトアミノフェン。10時テルネリン。17時ゴシュユ。フラフラ外に出、大好きなサクランボを買う。

 

6月18日(木)25.5℃

起床する前から発熱。弱い脈動性頭痛。この日から自己判断でチラジンを断薬。

アセトアミノフェン、レキソタンを飲んでまた寝る。昼テルネリン。この日は苦しくて、一日中寝ていた。

16時と23時にアセトアミノフェン。

 

 

 

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2020年6月17日 (水)

鵜飼哲さんとスカイプ / 血液検査と星状神経ブロック

https://chisako-fukuyama.jimdofree.com/pencil-drawing-watercolor-painting-1-tulip-anemone/

6月16日(火)

鵜飼哲さんと夜10時にスカイプのお約束をいただいていた。

次の本についての相談。

画集をこの秋に出すべきか来春まで伸ばすか迷いもあったのだが、コロナを含め、あらゆる状況がどうなるのか一切読めないので、出せる時に出しておくほうがいいとのこと。

イベントのことなども心配してもしかたないので、とにかくやれることをやれる時にやること。

鵜飼さんが退職とともに遠くに引っ越しされることを聞いてショックを受けた。頻繁にお会いするわけではないが、近くにおられるだけで何か安心していた。

時がどんどん過ぎていく。

6月17日(水)

新高円寺のかかりつけのクリニック(脳神経科はないが頭痛には対応している)に星状神経ブロックと今回の頭痛の相談に行く。

Sクリニックの待合室はコロナ対応でずいぶん変わっていた。待合室のベンチがひとり分のスペースごとにプラスチックの板で仕切られ、背中部分もプラスチックの板で遮断されていた。待っている人数も4人くらいで通常の2割くらいしかいなかった。

今回の頭痛発作の経過とかかったクリニック、薬のメモを渡す。先生も看護師さんも住友3MのN95マスク。

O院長先生はまず私の血圧を疑った。その場で計測すると上が180超あった。家から5、6分の距離を歩いて来ただけで、どきどきして明らかにおかしい。

なぜこんなにも血圧が急上昇するのか自分でもわからない。私は4歳くらいから肉食をしていないし、魚と野菜と果物、オリーブオイルやDHA,EPAも採っている。塩分控えめ。ジャンクフードも甘いものも食べない。162cm、47kg。内臓脂肪は平均より少ない。ストレッチもしている。

「自律神経かなあ。あなたの神経の細かさは異常よ。」と(毎回のことだが)言われる。「はい・・」としか言いようがない。

「カテコールアミンが高くなってるかもしれないから血液検査をしていい?もしかしたらお腹の腫瘍(褐色細胞腫)かもしれない」と、考えていなかった病気を出されて少し不安になる。

その前に動脈の硬さをみる検査。仰向けに寝た状態で両手両足の血圧を測定するとやや高めだが正常範囲だった。

星状神経ブロックのあとに検査のための血液採取。結果は一週間後になるそう。

「自粛期間中、特にがんばって運動をしていたんですよ。かえって悪かったのかな?」と言ったら「やんなくていいんじゃない?もともと運動なんてやってないでしょ。」と。しかし元気に運動できていた時は、確かにこんなにどきどき頭がほてっていなかったはずだ。

帰宅してから褐色細胞腫について検索して恐ろしくなった。

高血圧になる病気を調べて、もしかしたら常用しているチラジンの量が過剰で甲状腺機能亢進症なのかもしれない、とふと思った。チラジンの量を少し減らして、それで血圧が安定して普通に戻ればいいのだが・・。

 

 

 

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2020年6月16日 (火)

次の本(絵画作品集)のレイアウト / 頭痛、脳神経外科

https://chisako-fukuyama.jimdofree.com/6-iris-rose-pansy-violet-etc/

6月14日(日)

5月25日に緊急事態宣言が解除された次の日に、出版社の担当Tさんから、私の次の本のPDFが送られてきた。

デザイナーさんがやっレイアウトしてくださった絵の大きさなどをチェックし、細かく指摘する仕事をずっとやっていた。今日、修正をPDF上に書き込んだものを返送。

11日に激烈な脈動性頭痛の発作が起きてからは、PCの画面を見ると気分が悪くて、なかなか進まなかったが、少しずつ体調もいつもどおりに回復してきた。

6月15日(月)

7日、9日、11日の脈動性頭痛の発作について、私自身は偏頭痛(閃光などの前ぶれはないタイプ)と思っている。

発作が起きてからはずっと、普段よりは頭がほてり、首も痛い状態が続き、ネット検索するのも苦しかったが、調べれば調べるほど、慢性の緊張性頭痛と、たまにくる偏頭痛の混合に悩んでいる人は決して珍しくないことがわかる。

12日に行った高円寺のS宮クリニックでは「緊張性頭痛」と診断され、痛みの閾値を超えたから脈動性になったと言われ、SG顆粒(痛み止め)とテルネリン(筋肉弛緩剤)を出された。テルネリンは効いたが、SG顆粒は頭の締め付けにほとんど効かず役に立たなかった。

私が疑問だったのは、なぜ偏頭痛に効くトリプタン製剤を(次の発作の時のお守りとして)出してくれないのかだ。

何十年も緊張性頭痛に苦しんできたことは私本人がわかりきっていることで、軽い運動、ストレッチ、マッサージ、星状神経ブロック注射など、これまで自分なりにできることは考えてやってきている。

私が喫緊に求めているのは、次に激しい脈動性頭痛の発作が起きた時に効く薬であって、今更、首が細い(リンパ転移のために筋肉を切除しているのであたりまえの)ことを言われても何にもならない。

最初に病歴など記入する用紙に、レントゲンを希望するか、嫌か選べる項目が(わざわざ)あったので、前日にCTを撮ったばかりだから今は被爆したくないと拒否のほうに〇をしたのに「撮らないときちんと診断がつかない。年を経て、以前撮影したのはとっくに変化している」と強く言われ、結局7枚も首のレントゲンを撮られた。

ストレートネック気味なのは重々承知だが、「左右の肩の高さが違う」とは長年通った整骨院でも、ダンススタジオでも言われたことがない(むしろ後屈も一般人の中ではトップクラスで、バランスも柔軟もよかった)。「肩の位置が歪んでいる」としつこく言われ、返事をしないでいたら、こちらが「はい」と認めるまで「わかる?」としつこく繰り返すのに閉口。

最後はペラッとした(ヒサミツかなにかの、ごく平凡な)首の体操のチラシを渡され、「こんなので筋肉がつくんですか?」と言ったら「次の人が待ってるから、やり方の説明は外で(看護師に)聞いて。」と言われた。

発作のあった翌日、まだ私はフラフラしていて、はっきり言うべきことも言えなかったことを、後からとても悔やみ、今現在の症状の治療として役に立たないことを押し付けてくることに反感を持った。S宮クリニックにもう一度行って、はっきり自分の考えを言うか悩んだが、S宮院長の態度そのものが新たな頭痛のタネになりそうな気がした。

阿佐ヶ谷のH脳神経外科メディカルクリニックに行ってみることにした。

・・

阿佐ヶ谷のH脳神経外科メディカルクリニック、入り口のところで手と服の消毒。次亜塩素酸水のボトルを持参していたので、持参のものでやらせてもらった。建物は奥行があって、中は入り口から予想できないほど広くてきれい。

用紙に記入、検温、血圧測定(自転車で走ったのと、まだ少しほてりがあってやや高め)。

院長ではなく若いM島医師。自分が何十年も緊張性頭痛でいろいろ試してきたことと、今回の発作の状況を伝えた。

鎮痛剤は極力我慢して、酷い時にアセトアミノフェンのみ。たまにレキソタン1mgを飲んでいる(常用はしていないこと)も。

CTは撮影したけどMRIはまだでしょう、と即、勧められたが、とりあえず本日はやりたくない、と応えた(やるなら院長先生がいる時にしたいと思った)。

M島先生が言うには、緊張性頭痛と偏頭痛はふたつの交わる集合のようになっていて、どちらにも属する状態(両方の頭痛が共存している時)があると。確かに12日以降は、いつもの頭の筋膜が締め付けられる緊張性頭痛と首の痛みと、顔がほてってどきどきするのが共存している。

「うまく薬でコントロールしていくのは非常に困難ですね。もういろいろ試されてるようですし、漢方出しましょうか。僕にできるのはこのくらいです・・。」と力なく言われ、愕然。

頭痛専門外来のサイトで宣伝されていたのでここを選んだのだし、緊張性頭痛と偏頭痛の混在の患者は珍しくないはずだが・・。

「MRIを受ければ、もっと治療法が見つかるんですか?」と尋ねると「それはわからない」と。

とりあえず今回の目的、次の脈動性頭痛が起きた時のためのトリプタン薬を出してもらった。「薬価がすごく高いのでジェネリックでお願いします!」と言うと「あ、それは簡単にできますよ!」とM島先生はにっこり。

処方されたのは漢方の呉茱萸とエレトリプタン。

漢方では効果が自覚できないのではないかと思ったが、確かに、飲んで10~15分くらいである程度の頭痛緩和効果があるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020年6月 3日 (水)

ジョージ秋山さん / F

6月1日(月)

ジョージ秋山さんが5月12日に亡くなっていたというニュース。

とても淋しい。

もうずいぶん前になるが事務所でお話しした。床にずらーっと同じ銘柄の空の酒瓶が並んでいた。40~50本もあるように見えた。

若い編集さんに「ウイスキーですか?」と聞くと、「ジンです」と答えたような気がする。

子供の頃に読んだ『現約聖書』がすごく強烈だったことをお伝えした。

金持ちの若旦那が、好いた娘が見ている前でみすぼらしい乞食に恵んでやる。娘は「なんて心の優しいかた・・」と若旦那との結婚を決意する。乞食は若旦那に感謝して涙を流す。しばらくして若旦那が病に倒れたと噂に聞いた乞食は高い山に薬草を採りに行き、何度も崖から落ち、瀕死の状態でやっと手にした薬草を届けに行き、お屋敷の前で息絶える。若旦那は「汚い乞食が死んでいる。さっさと片付けなさい。」と召使に告げる。

これほど残酷な話を小学生が読むまんが雑誌に書くとは・・・ショックだった。大人になって思い出せば、どこにでもある、しかしだれも直視しない当たり前の〈リアル〉でしかないのだろうが。

あの日、私に「絵を描くなんて、暗闇を手探りで歩くようなもんで、ものすごく苦しいだろうな。」といきなりおっしゃったジョージさんが忘れられない。

そのあとだったか、ジョージさんの奥様が癌で亡くなられて抜け殻のようになってる、と(「少女コミック」編集長だった)山本順也さんからうかがった記憶がある。

そして私のところにジョージさんから宅急便が届き、開けてみると奥様のために買った鮫の軟骨の健康食品が入っていた。ありがたくいただいた。

映画『美しき諍い女』のVTRを送ってくださったこともあった。画家のモデル(マリアンヌ)役のエマニュエル・ベアールの巨大に張ったおしりが、ジョージさんの描く女のようだと思った。

・・・

深夜12時すぎにFさんから電話。Fさんの次の本の装丁を私に頼みたいという。それと私の絵を50万円から100万円で買いたいと。

Fがなにか夢見ているようでおかしい。昔の記憶ばかりが鮮明で、今現在の現実感覚や問題意識が希薄。明らかに感覚も鈍麻していて以前の明晰さがない。

ここ何年も、Fが私との約束を反故にし、こちらがどんなに連絡しても無視して電話にも出ないで、しばらくすると少しも悪びれずに電話してくる神経が理解しがたく、私の強いストレスになっていた。

私の展覧会に来なかったことについて謝りもせず、あるいは弁解もせず、今になって平気で私の絵を買いたいと言う。私のことを生涯で最高に才能を感じる人だと言う。

耐えられなくなって、あれだけ待っていたのに展覧会にどうして来てくれなかったの?展覧会で新作を見てもらうことほど嬉しいことはない、それを無視しておいて今更なんなの、と責めてしまったが、F本人は記憶にないという。

私が本を作る時にも、自分から手伝うと言いだしておいて急に一切の連絡を絶ったり・・、今まで不気味すぎてはっきり聞けなかったけれど、なぜそんな不誠実なことをするのか、と問い詰めると、自分でもわからない、思い出せない、自分の行動が不可解だ、と言う。

恐ろしいことにFは、ここ数年の私に対する自分の言動を記憶していなかった。今日、私に強く問い詰められなければ、Fさんのために私が酷く傷ついていることを、F自身が知ることもなかった。F自身は昔から何も変わらず、私と信頼関係があると信じ込んでいた。

私は、Fの私に対する態度が酷く変わってしまったのは、もう私の才能を認めていないから、私に関心が無くなったからだと思っていた。そのことは私にとって酷く惨めで悲しいことだったが諦念するしかないと思っていた。

ことの次第が呑み込めなくて、私自身、困惑して朝7時まで眠れなかった。ビールを飲んでやっと寝た。

昼になり、共通の友人にそのことを話すと、「それは怒るようなことじゃない。Fは自分が鬱状態の時のことを覚えていない。乖離症。記憶障害。」と言われた。

夕方、Fに電話して、昨日の話を覚えているかと聞き、私が話すことをメモしてほしい、きちんとメモして数日後に忘れていないか確認してほしいと告げた。

それから、昼間友人が言っていたことを伝え、「鬱病、あるいは認知症、アルツハイマーの前段階。とにかく脳の活動が著しく抑えられていると思う。」ともはっきり告げた。

そして話しているうちに、はっと気づいたのは、Fさんが常用している睡眠薬も関係あるのではないかということ。

ゾムビデム。「脳の活動を抑える」。「精神症状や意識障害が起こる危険性がある」「もうろう状態、睡眠随伴症状(夢遊症状)」と副作用に注意喚起が追記された薬。

重大な副作用に

離脱症状 、 薬物依存 、 反跳性不眠 、 いらいら感 、 精神症状 、 意識障害 、 譫妄 、 錯乱 、 夢遊症状 、 幻覚 、 興奮 、 脱抑制 、 意識レベル低下 、 一過性前向性健忘 、 もうろう状態 、 服薬後入眠までの出来事を覚えていない 、 途中覚醒時の出来事を覚えていない 、 呼吸抑制 、 炭酸ガスナルコーシス 、 肝機能障害 、 黄疸・・・などなど記載されている。

確かにFさんの言動が私に理解できないほどおかしくなったのは、睡眠薬を飲み始めて少ししてからだ。おそらく年齢に対して薬物過剰摂取で、日中も十分に代謝されずに残っているのではないかと思う。

鬱自体が脳の活動を抑えられた状態であり、(鬱だから苦しくて不眠になり、睡眠薬を飲むのだが、)さらに睡眠薬が脳の活動を抑える。結局認知症と似た症状になる。

とりあえず糖質、揚げ物、添加物をなるべく摂らずにたんぱく質と野菜を多く摂ることをすすめた。おいおいナイアシンやメラトニン、DHAなど、不眠や不安、脳に効くサプリを送ると。

薬をやめる方向に持って行ったほうがいいと思うが、私は経験者ではないので、離脱症状についてはよく調べないとまだわからない。

 

 

 

 

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2020年1月23日 (木)

桜井大造(野戦之月)×平井玄(地下大学)トーク

1月18日(土)

朝から雪。寒いところに出かけて熱を出したりするのが不安だったが、平井玄さんにお会いしたくて、決心して桜井大造(野戦之月)×平井玄(地下大学)トークへ。

うちから歩くと20分くらい。高円寺駅北口、素人の乱のまぬけ宿泊所ビルの2階奥の部屋。

狭い部屋は満杯で温かかった。アジア諸国からの留学生さんたちが多いようだった。

南シナ海の逆さの地図を見ながら「海市」、「陽炎の都市」のお話。

桜井さん、平井さん、そして司会の丸川哲史さんのお話を聞いていると、都市の擾乱の陽炎がふくれあがり、うねりながら、海を越えて、この島国にまで押し寄せてくるようだった。

その熱に、客席の足立正生監督がさらに地獄の劫火のような灼熱の発言で応えていた(過激すぎて、場内に笑い声)。
 
夜7時から9時までだったが、9時20分くらいに終わる。平井玄さんに話しかけたかったが緘黙気質のため、少し具合が悪くなるほど緊張。しかしこのために霙の中を来たのだから、と勇気を出して声をかけた。

平井玄さんと。私が持っている本は平井玄著『愛と憎しみの新宿』。私がグラシン紙(個人的に「ブーブー紙」と呼んでいる)をかけてしまったために白く飛んでタイトルが見えづらい。

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『愛と憎しみの新宿』は私が生まれ育った新宿(私の生家は西新宿だが)の、最高にエキサイティングだった60年代から70年代を書いた本。

ナジャ、風月堂、ATG新宿、澁澤龍彦、種村季弘、大島渚、若松孝二、坂本龍一、フーテン etc・・すべてがあった新宿に、私ももう少し早く生まれていたら、と地団駄踏みそうになる。

68年の新宿騒乱の映像などを見ると、遠い記憶の中の新宿西口の風景が蘇って、手が届きそうで届かないものへの憧れのように苦しくなる。

だが、もしその時代に青春だったら、それはそれで生きづらく、抑圧の多い青春だったのかもしれない。

トーク後の質疑応答で、スマホのナビを使って目的地に行くのと、それを使わずに歩く街はまるで違う、という話が出た。

それは当たり前に理解できるのだが、人それぞれ、何を見て「街」と言っているのだろう?スマホがなければ街の何を見ることができるようになるのだろうか?

個人の資質によるとはいえ、誰もが、ある文脈の中で意味を持つものしか見ていないのではないだろうか。

私はスマホも携帯電話も持っていない。

命を大切にされていない野良猫たちや、植物や錆びや雲ばかりに意識が行っている。

「混沌」という言葉が、ひとつの結論として出されていたが、私は最初(幼い頃)から〈人間〉の端っこにいて、あまり変わっていないような気がする。

「緘黙」というのは「(極度の不安により)言葉を発することができない」ことであり、言葉を発することができないために最も虐げられているのは(比喩ではない)「動物たち」だ。

新宿騒乱の頃であっても、論争の目的が見失われ文脈がたどれなくなった「混沌」の現在であっても、「動物たち」の生命に、悲痛なうめき声に耳を傾けようとする人は少ない。

 

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2019年12月28日 (土)

『デッサンの基本』(ナツメ社)33刷り

https://chisako-fukuyama.jimdofree.com/7-other-flowers-plants/

『デッサンの基本』がまた増刷になりました。

これで33刷りとなりました。

購入くださった方々、読んでくださった方、ありがとうございました。

来年はデッサン会をやりたいです。

皆様、楽しくデッサンしましょう!

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猫デッサン(プフ、チョビ、ちゅび)

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肥後菊、伊勢菊
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江戸菊、嵯峨菊
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江戸菊(春の霞、うたかた)
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2019年12月19日 (木)

猫たちのこと、風邪、がんの定期健診、薬疹

3匹が生まれて2回目の冬。あいかわらずチョッピー(チョビ)とプフはべったり。
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大好きなチョッピーを抱きしめるプフ。
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いつもくっついてお互いをなめあう大の仲良しなのだが、ここ数カ月、なめあった後のチョッピーの噛み方が激しい(興奮?)のでプフが悲鳴をあげることが多い。

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気づいたらすぐにチョッピーを引きはがしているが、どうしたらいいものか。(3匹とも早めに避妊手術している)

ちゅびとチョッピー。男の子どうしも仲良し。どたばた追いかけっこをする時は必ずチョッピーが追いかけて、最後はちゅびが段ボール箱の中に逃げる。
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ちゅびとプフ。
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ちゅびはプフともちゅびとも仲が悪いわけでもないのに、あいかわらずお風呂の戸を開けて「うにゅる~」と叫び続けるのをやめない。何かの欲求不満。おなかがすいたなら、なぜ私に向かって鳴かないで、わざわざ遠い風呂場に行って鳴くのか?

黙らせるために深夜におやつを何度もあげざるを得ず、体重は6.7kgになった。

・・・

病気関係のメモ。

12月19日(木)

顔中の湿疹が治らないので皮膚科へ。特に右の眼と頬が腫れてしまっていると言われる。

数年前にも総合感冒薬を飲んだあとに顔中に湿疹が出たことがあるので、たぶん薬疹。

皮膚科の診療代1080円。

プレドニン軟膏(目のまわり用)、キンダベート軟膏、ベボタスチンベシル塩酸錠(14錠)、プロペト(100g)で840円。

もっと早く皮膚科に行くべきだったと思う。

12月14日(土)

工事の人が入るため、朝から必死で部屋の中を片付け。

結局、来たのはNTTの人だった。マンションの電気室の中の機械が不具合だったそうで、新しい機械に取り換え。私にはお金がかからなかった。

12月13日(金)

ネットと固定電話が不通になった件で、(携帯を持っていないので)朝10時に公衆電話からテクニカルサポートに電話。

なかなか繋がらないのでNTTにかけてみたら「OCNひかりは別会社なので関係ありません」と。

昼から癌の定期健診のため鎌ヶ谷の病院へ。

顔に湿疹ができていて痒い。

12月12日(木)

夜、突然インターネットと電話が不通になる。

12月10日(火)

ようやく頭痛と吐き気が無くなってくる。軽い運動の再開。

12月8日(日)

岡田温司さんのトーク。アガンベン『書斎の肖像』について。

12月7日(土)

鵜飼哲さんと打ち合わせ。仕事が進み、気分が盛り上がったせいか、お酒も飲めて久しぶりにたくさん食べた。

12月5日(木)

迷ったが総合感冒薬を購入。5日と6日の夜に飲むが、尿が出にくくなる成分が入っていると気づき、飲むのを止める。舌が苦く、食事をするのが苦痛。

12月3日(火)

頭痛と吐き気で頭が回らないが、英訳原稿が上がってくる。

11月28日(木)

最高気温9度の寒い日。ゲルマ温浴を予約していたが使用させてもらえず、もやもやしながら冷えた身体で運動を始めたら発熱。

頭痛と胃痛。嘔吐。吐き気がして食べられない。

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2019年12月14日 (土)

岡田温司さんトークイベント「知識人と書斎――アガンベン自伝に見る書斎のかたち」

12月8日(日)

岡田温司さんのトークイベント「知識人と書斎――アガンベン自伝に見る書斎のかたち」を聞きに日本橋、コレド室町の中の誠品生活へ。

月曜社の小林さんより、月曜社の最初の本が『アウシュヴィッツの残りのもの』(上村忠男、広石正和訳)で、これが一番売れたとのこと。私もこの本で初めてアガンベンの思想に出会い、強く感銘を受けた。

岡田温司さんは予想していたより柔和なかたで、お話も軽妙で楽しかった。

『書斎の自画像』はハイデガーとの出逢いから始まり、それからは時系列ではなく、自分の書斎にあるものをアガンベンが見ることによって思いつくままに綴られている。

――お話の断片的メモ――

生きる形式と存在の様態が区別されないのはフーコーの影響。 

エピゴーネン・・・有限な存在であるということ。過去のテキストを独自の形式、新しい読み方で受け継ぐ考古学。発展可能性。

ハイデガーの存在論を乗り越える。存在と存在者を区別しない。

哲学と詩作。ポエジーの問題。コミュニケーション(伝達)に限定されない言葉。

岡田さんが最初に訳されたのは『スタンツェ』。

『イタリア的カテゴリー』「西洋の言語はますます哲学と詩のあいだで引き裂かれてしまい、一方は悦びなき認識へと、他方は認識なき悦びへと向かってきたのだが、いまや急を要するのは、哲学にそれ本来の悦びを、詩にそれ固有の認識を奪還することである。」

ダンテ論執筆への岡田さんの期待。

パゾリーニとの関係。

アガンベンは悲観的、黙示録的(「歴史の終わり」を語る)とジョルジュ・ディディ=ユベルマンにも言われているが、悲喜劇である。

コメディ・デラルテ、プルチネッラ・・・アイロニー、ペーソス、諧謔

トト(喜劇王)、人形劇仕立て

身振り・・・目的や意思にしばられない。ギャグ。

「大きな鳥と小さな鳥」・・・サン・フランチェスコの小鳥への説教。喜劇仕立て。

発想のアルケー。

ドゥルーズ追悼文においても「セルフ・エンジョイメント」の思想について言っている。

無為・・・無活性とは違う。常識的に考えていることを無為にする。行為する時の潜勢力。通常のやりかたをエポケーして別のやりかたでやる。

言語の別の使い方。

ジャン=リュック・ナンシー『無為の共同体』・・・共同体の別の可能性。

『書斎の自画像』の巻末・・「草」についての記述。ドゥルーズの動物の生成変化の向こうをはる。アガンベンの弟子エマヌエーレ・コッチャの著作『植物の生の哲学』。

植物は、世界があるとはどういうことか、生命が世界と結びうるもっとも基本的な関係を体現している。

ハイデガーの『放下 (Gelassenheit)』における星々 カント的・・・見上げるもの。それとは対称的な、草・・・足元の・・・。

京都からおいでになった岡田温司さんと。

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コレド室町というところに初めて来た。私には食べられそうな店が無かったので、キラキラしたイルミネーションだけを見て帰宅。
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2019年12月12日 (木)

鵜飼哲さんと会う 次の本の制作

12月7日(土)

制作進行中の私の次の本についての打ち合わせで、鵜飼哲さんとお会いする。

今朝はこの冬一番の寒さ。関東でも初雪。先週の金曜に発熱してからずっと頭痛と吐き気に悩まされていたので、冷気でぶり返さないように気を張りつめて外出。

3時に三鷹。駅からすぐの日本茶の店。窓から玉川上水の広葉樹に絡まる真っ赤な蔦が見えた。

鵜飼さんが頼んだ「濃い抹茶」と栗蒸し羊羹。
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編集Tさんの頼んだ「薄い抹茶」とクリーム大福。
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私の頼んだ抹茶ゼリー(和菓子など甘いものが苦手な私にもこれは優しい甘さでおいしかった)。
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「概念によらないで直接感応する」という若林奮先生がよく書いていらしたことについて、鵜飼さんに質問してみた。

旧石器時代に人類が初めて絵をかいた時のことは、私も若林先生の本で読んで想像し、またネットでいくつかの壁画の写真を見たりするだけなのだが、それらにもとづく思考もまた既成の「概念」を当てはめているに過ぎないのだろうか?

そのことについて鵜飼さんは「実際に現地の洞窟まで見に行っても、あまり何も感じられない人もいる。それよりも若林さんの本を読んだだけで、ここまで考え(感じ)られるということがすごいんです。」と、私の著書を手にとり、言ってくださった。

また、「すべての距離は3重である」ということについて。これは非常に難しい。

・・

2時間半くらい仕事の話をしたところで完全禁煙でお酒が飲める食事処に移動。「きょうはたくさん勉強しましたね。」とまずは熱燗で乾杯。

そのあと、私が強い嫌悪感を覚えるのは巨大な政治権力よりもむしろ、権力に抱きかかえられながら、それにおもねり、あるいは逆に抗うふりをしてみせる「アーティスト」たちと彼らが作る「アート」であることを、私としてはとても控えめにではあるが宣言させていただいた。

私の気質としては、私のいる日本の現況において表現の自由を勝ちとり守る闘いよりも、表現された「アート」と呼ばれているもののなかに私が興味を持てるものがあるのか、ということばかりが気になる。

政治的なメッセージが込められていようといなかろうと、「アート」はいつだってすでに政治的だ。

「アート」こそが、外(「アート」をめぐるおしゃべりの外)にいるものたちの無言の声、証言すべき経験を持っているものの声が発せられることを妨害している。その周りに群れ、つまらない御託をわめきたてる人たちが不快でたまらない。

心に残る作品は一瞬でわかる。そして作品の無言とともに、その無言が語る言葉があればそれにも当然興味がわく。

私が信頼する美術評論家は誰かと聞かれた。もうずいぶん前に亡くなられたかただが、詩人でもあった織田達朗さんのことが浮かび、織田さんと交わした言葉を少しだがお話しした。

丸木美術館にある「原爆の図」についてのずいぶん辛辣な批判も、私は織田さんからお電話でうかがっている。

聞けば鵜飼さんは丸木美術館の理事になったそうで、作品自体の評価はともかく、人が集まる場所として保存するのはよいのではないかと言われた。

また、私はもういい加減人生も終盤になったので、これからは「生」を侵害してきた相手、そうしていることさえ気づかずにいる相手に、(タイミングとしては随分と遅れてしまったとしても)面と向かって、こちらが非常に苦しめられている事実を伝えるように変わっていきたい、と話した。

そこで鵜飼さんと共通の知り合いのある人の名前を出すと、「あの人には何を言っても(理解できないから)無駄でしょう。」と。

私もその人に理解を求めても無駄なことは重々知っているが、なんであれ死活問題としてのしかかってくるのであれば、たとえ周りの誰もが何も感じていない状況であっても、私だけはそれに同調させないでほしい、と次からははっきり言うつもりだ。過去において勇気が出ずにその発言ができなかった自分を私はひどく後悔し、腹立たしく思っている。

鵜飼さんは、私の『反絵、触れる、けだもののフラボン』の中川幸夫先生について書いた文章から、「喉笛をかみ切る」というところをほめてくださった。喉笛をかみ切るためには普段は無言の植物であることのほうが望ましい。

『デッサンの基本』の増刷のお祝いに「酔鯨」の冷酒で乾杯してくださったあと、さらに「久保田」を飲んだ。

西洋のデッサンにはない呼吸の問題、ポンジュの言葉、ヘーゲル「花の宗教」、ジュネの昔の恋人の息子ジャッキー、現代詩、天皇制とキリスト教、女性崇拝、ロマ族・・・

話すことは尽きなくて、10時に閉まるまで店にいた。

駅のコンコースでも話は続いた。

鵜飼さんには次の本の制作に関して、また、私の宿痾ともいうべき性質(直感的に激しい違和や疑問を覚えることについて、追求しなければ気がすまないこと)について、言葉にできないほどお世話になっている。

あらためて心から感謝です。

 

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