2025年10月28日 (火)

足利市立美術館コレクション展2025「いのちの寓話」トーク

10月26日(日)

アケミさんと9時過ぎに待ち合わせて11時半くらいには足利市駅に着くはずだったのに、しゃべっていて、気がついたら終点の宇都宮。

小山まで戻って両毛線。篠原さんに1時間以上遅れることを電話。

足利駅に着いたらなんと館長さんと篠原さんが美術館の車で迎えに来てくれていた。アケミさんを蕎麦屋に送って私は美術館へ。

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十二社ハイデに展示していた時は大きく見えたのに、美術館の空間ではそうとう小さく見えるあねもね。

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2年前に篠原さんが「次のコレクション展には若林奮先生のドローイング(「Blue Daisy」)の向かい側に展示する」と言ってくれたのが、本当に叶った。

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14:30くらいからトーク。

「まずチューリップが私が最初に題材にした植物で、それはなぜかと言うと

チューリップというのは歌にもあって、筒型に咲いているイメージがあるけれど、

実際はチューリップが開いてからは、薔薇のようにも牡丹のようにもなり、さらに萎れてからは曲線の運動を描くんですね。

それでその、萎れていく曲線の運動というものに、非常に・・時間というものに惹かれて

チューリップが萎れてまた水分がさらに蒸発してカサカサに枯れて、虫に食われてという・・

2年くらいそれをとっておいて毎日描いて行くというデッサンを30年続けてやっていたんですね。

その過程で、アネモネというのも、この絵はアネモネなんですけど、非常にその花びらや葉が細かくこう運動する、

絡み合ったり、しなだれたり力が抜けたりとか、枯れていく時に乾燥して拘縮したりするんですね。

その運動がわかりやすい植物として、最初にチューリップ、次にアネモネに興味を持ったという・・

若林先生が私に残してくれた最大の言葉というのは・・・

美術は人間と人間の間にだけあるものではない、

人工物と人工物、テクノロジーのの発展、そうものではなくて、

自分の美術作品は人間ではない生命のためにあってもいいんじゃないか、ということを若林先生が言われていたことが、ものすごく自分にとって強烈に残っていて、

若林先生は自分の彫刻を見るのは犬であってもいい、と言っていて、

旧石器時代の絵から今までの美術の歴史をすべてゼロにする、とまでおっしゃって、

旧石器時代の「人間が初めて洞窟の壁面に自分の手の跡をつけた、その瞬間から現在の自分までのあいだをゼロにして自分のありかた考える」とまで言った、

それで私は手仕事で、植物が萎れて・・みんなが盛りと言ってきれいと言ってからゴミ箱に捨ててしまう、それからが私にとっての一番描きたい植物の時間が始まるので

それから腐るまでとか、乾燥して虫に食われて粉になるまでを描くということが

その中ですごく生命の運動の時間というのでしょうか・・・

そこにすごく美しさを感じて、それで30年やってきたんですけど

そのデッサンの中で色を付けて描いたのがこれらの作品です。

若林先生は、今はテクノロジーの時代になって最初から情報でしかものを知っていないんですけども、自分で知っているような気になっているともおっしやっていたと思うんですけども・・

自分で直に見た花の姿、植物の姿というものが、非常に独特で、奇妙で、固定概念の花ではない、非常に奇妙なものだというそのリアリティを描きたくて、

銀箔の腐蝕は、それも自分の予想を超えた変化が顕われるということ、人間の力の及ばない外の変化や運動というものと

人間以外の植物とか動物という弱い生命の運動を自分で見る、経験する、ということがテーマです。

ありがとうございました。」

トークが終わってから江尻潔さんに話しかけられた。

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「いやあ、若林さんの話、懐かしかった。いろいろ思い出しました」と。

若林先生にもっとたくさんいろいろな話を聞いておけばよかった、と。本当に後悔ばまりだ。

若林先生が私に「ぜひお見せしなきゃ」と何度も言ってくださっていた服のモデルをした写真も、結局見られなかったのものすごく残念。

「Yギャラリーならその写真を持っているという話も聞いたんですけど・・」

「Yギャラリーね、あそこは話しかけづらいね」と。

やはり美術館の学芸員さんでも話しづらいギャラリーがあるのだな。

・・・

小雨の中、アケミさんと散歩に出る。

私の大好きだった古い映画館(「今夜ロマンス劇場で」という映画のロケに使われた建物)が跡形も無く更地になっていたのを見て大ショックで

その手前の駐車場でつまづいて前に転倒してしまった。

両手をつき、両膝を強くコンクリートに打った。

右膝が痛くて立てなくて、またも篠原さんに電話。すごく申し訳ないのだが美術館まで5分くらいの道を車で迎えに来ていただいた。

それから5時半の閉館まで図書コーナーのベンチに座らせていただき、保冷剤を貸していただいて冷やしていたら、だんだん痛みが弱まった。

帰りも駅まで車で送ってくださった。本当に美術館のかたがたにはご迷惑かけまくり、お世話になりっぱなし。

膝のお皿に罅がはいっていたら、とぞっとしたが、擦り傷と打撲だったみたいだ。

 

 

 

 

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2025年10月25日 (土)

足利市立美術館コレクション展トーク / 『デッサンの基本』40刷・デッサン教室

10月25日(土)

足利市立美術館コレクション展2025「いのちの寓話」本日、展示始まりました。

私の絵は8点展示していただいています。

明日14:30頃より、私が絵の前で短いトークをします。

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足利の学芸員の篠原さんが3年前に約束してくださった「若林奮先生の向かい側に私の絵を展示する」という夢が叶いました。

興味がおありのかた、お近くのかた、よろしくお願いいたします。

同時開催「刀装の美」、刀剣乱舞ファンのかたがたくさん来られるそうで、足利市内のホテルは満杯とか。

「刀装の美」を見に来られるかたも、ついでに見ていただけたら幸いです。

10月24日(金)

『デッサンの基本』(ナツメ社)ついに40刷となりました。

(たぶん)デッサンの実用書ではたいへん珍しいロングヒットだと編集さんに言われました。

買ってくださったかた、読んでくださったかた、ありがとうございます。

18:30~ギャラリー十二社ハイデでのデッサン教室。

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私の個展でいただいた花もあり、たくさんの花の中から自由に一本選んで描いてもらいました。

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今日初めて来られた15歳のHさん。この完成度、すごくないですか?

なんと(私の影響か?)花が枯れているテッセンを選びました。

まず茎と花芯から描くこと、花は大きめに、花芯の部分強くアクセントに、

葉の柄はくるりと曲がっているところが面白いので生かす、

葉の柄や茎は自由に曲線を生かして描いてかまわない、

葉は輪郭の波立ち、柔らかな曲線をよく見て、すうっと力を抜いて線を描く、

葉の先端、花びらの先端のちょこっとくびれて曲がっているところを大切に、

葉の柄の付け根のところに小さい芽が2本ずつ出ているところをちゃんと描く、

画面いっぱいに描いてこの繊細さ。素晴らしい出来です。

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薔薇を選んだIさん。

薔薇を描くコツは、萼、茎が葉のついているところからジグザグにしなっているところ、托葉を丁寧に描く。

花芯、しべをアクセントに強く丁寧に描く、

花びらの規則性をよく見る、真ん中の花弁は5,6枚ずつ重なって巻いている、

花びらの輪郭のギザギザ、花びらの真ん中のすじを描く。

実物を見ながら説明すると「なるほど。ここ見えていませんでした」と素直に聞いてくれるIさん。

上達が早いです。

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アケミさん。私の好きな雑草ノゲシ。

なんかもうあまり言うこと無くなってきたくらい、上達しています!

今日の完成度は素晴らしい。私はアタリをつけていません。すべて本人の力です。

「見た通りに描く、と思いながら漫然と描いていると絵が固くなる、茎や葉のしなやかさを意識して、しなやかさを「見せる」ようにして描くと

断然リアルな絵が描ける。植物の特徴や規則性を理解したら茎は自由に曲げて描いていい」

と私に言われたことで、俄然、描きやすくなったということです。

 

 

 

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福山知佐子個展最終日

10月19日(日)

ギャラリー十二社ハイデでの個展も最終日。

この絵は割と最近出来たのだがすごく気に入っている。この絵とも淋しいけどさよなら。
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鬱金香

最初に高校の時の友人タカちゃんや小学校低学年の時の友人マリコが来てくれた。

マリコは茨城に住んでいて、何十年かぶりかに新宿西口に降りたので、新宿が変わり過ぎてまったく方向がわからなくて迷ってしまったと。私も破壊されている新宿が辛い。

6歳の頃、マリコが住んでいたのは十二社通りの野菜市場の2階。そこはマリコが引っ越してすぐに普通のビルになってしまった。

毎回来てくれる音大卒のS.Y君。Twitterでお知り合いになったM.Sさん。

鎌倉で絵を描いているT.Jさん。芸大のデザイン科卒のアキさん。

そして静かに長い時間見てくださるS.Hさん。S.Hさんは佇まいがすごく美しいかた。
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今日は5時から舞踏のパフォーマンスだが、あいにくの降りだしそうな空。

5時、十二社の階段。

村野正徳の挨拶。福山知佐子が愛着がある十二社の記憶、昔あった十二社の大きな池などをテーマに身体表現するそうだ。

村野正徳舞踏パフォーマンス  (youtube)

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吉田文憲さんの(私が一番好きな)詩、「生誕」を暗唱し、そのあとに舞踏パフォーマンス。
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※日本には「舞踏」という日本特有の前衛的な舞踊の形式があります。

西洋の軽やかで流れるようなダンスとは違い、地面に這いつくばるように情念や土着性などを表現するものです。

60年代に土方巽が創始、大野一雄などが発展させたもので、今は世界的にButohとして認知されています。
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途中、ばらばらと大粒の雨が降って来て、けっこうな大降りになる。

スマホが濡れたら壊れるのでは、とコートを頭から被ってスマホを庇いながら撮影。

見てくださっているお客様も濡れて申し訳なかった。傘を最初からお客様に用意するべきだった。

パフォーマンス終了後、村野君の予備校時代からのお友達が来て一緒に録画を見ていた。

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本人はミミズをイメージして踊ったそうだ。

そして私に若いお客様が。友人のサヤカちゃんの息子さんのK君と、その幼馴染のT君。

多摩美の院生のK君。
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レザーベイビーというバンドのドラムスのT君。
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私は何と言ったらいいのかわからないくらい、この若いおふたりに励まされた。

私のデッサンを見て、二人で(私に向かって言うのではなく)「すげえ!全部すげえ!絶対描けない!」って本当に驚いて言ってくれていたので。

「どういうところが?」と質問するとK君は「線の選び方がすごい。こんなふうには誰も描けない」と。

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スケッチブックを一枚ずつめくって見せたら、その一枚ごとのデッサンに、いちいち「すごい。全部すごい」と言ってくれて

そして枯れたチューリップを和紙の上に鉛筆で描いて岩絵の具を散らした絵を見て、「これが一番好きです。生命の揺らぎを感じる」と言ってくれて、画集まで買ってくれた。
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T君は絵をやっている人ではないにも関わらず、私の銀箔の絵を見て「すごい!これ、なんなんですか?」と真剣にくいついてきて、

「銀箔を腐食して、絵の具を使わずに絵を描いたの」と応えたら「すごい!誰もやってない。誰もやってないことを考えるのがすごい」と。

花の部分だけ塗っている紫のチューリップの絵を見て「どうして一部分だけしか色を塗ってないんですか?」と聞かれ

「花は一瞬ごとに動いているから、今の瞬間を描こうとすると全部塗れない。全部塗ると絵が固くなるから。

左のチューリップに比べて右のチューリップは早く無造作に描いているでしょ。無造作に描いた方が運動が描けるから」と応えたら

「すごい!それで動いているように見えるのか」と。
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なんで若い人がこんなに素直に、強く興味を持ってくれているのか、本当に驚いた。

なにか表現している特に若い人は、自分のやっていることが一番と思っていて、私のデッサンに興味を持ってくれる人などほとんどいないから。

現代アートをやっている人は設計図は描くかもしれないが、自分の外にある小さな生き物をよく見て鉛筆で描くことなど必要ないと思っているし、

絵をやっている人でも自分の絵のスタイルを作るのに熱心で、ものを見てものに寄りそうデッサンの質には興味がなかったり・・

私の絵を見て敵愾心丸出しで、私から話しかけても「ふん!」とそっぽを向いた同じ美大の同じ学科の10年も15年も後輩の女の子が何人もいたし、

だから、絵の世界とはそういう嫌な感情が渦巻く世界だとずっと昔から認識していたので、ふたりの素直さに愕然とした。

私は萎れて枯れていく植物の運動に寄り添って描くこと、そしていわゆる美大受験用の画一的なデッサンを抜け出て線で描くことを目指して30年やって来たのだけど

きょうは馬鹿の一念で続けて来たことが無駄ではなかったと思えた幸せな日だった。

7時に個展終了。すぐに絵5点を梱包して足利市立美術館に送る準備をした。

そのあと打上げ。昨日H.Mさんにごちそうしていただいたちょっと高級なイタリアンへ。

私がごちそうすると言っているのに、二人はすごく遠慮していた。今日ばかりはごちそうさせて欲しい。

シャブリのグラスで乾杯。マグロと紫玉ねぎのカルパッチョ。スモークサーモンのサラダ。ウニのクリームソースレモン添え。

アケミさんが、「花輪和一展と福山知佐子展を手伝えて、すごくたくさんのお客様と会えて楽しかった。それと知佐子さんのお客様がみんな優しくて素敵な人ばかりでびっくりした」と言ってくれたのが嬉しかった。

「芸術家ってみんなおかしな人ばかりかと思ってたから」と言われ、

「そんなことはないよ。一流の人は優しいよ。変な人って自己顕示欲がおかしくなってるんだと思う」

9日間、たくさんのかたとの出会いがあり、すごく目まぐるしくて体力的に大変だったけれど、幸せでした。

お運びくださった皆様、絵や本や絵葉書をご購入くださった皆様、本当にありがとうございました。

10月25日からは足利市立美術館でのコレクション展「いのちの寓話」に8点が展示されます。

新宿から2時間。空気も澄んでいて、とても良い美術館ですので、お近くのかた、興味がおありのかた、よろしくお願いいたします。

 

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2025年10月24日 (金)

福山知佐子個展8日目

10月18日(土)

ギャラリー十二社ハイデでの個展、最終日の前日。今日はアケミさんはお休みなので、Uさんに手伝っていただいた。

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パフォーマーで写真家の中村博さんが撮ってくださった写真。中村さんは私の絵の写真も、ものすごく素敵に撮ってくださった。

今日は書ききれないほどたくさんのお客様がいらした。

水墨画家の新倉章子さん。この絵にもすごく思い入れがある。彩度を上げて私の『反絵、触れる、けだもののフラボン』の装丁に使った絵。
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アケミさんのお友達で美術に詳しいユミさん。

優秀な編集者のミナコさん。

彦坂尚嘉さん。デッサンを見てくださっていた。
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いつもあたたかく応援してくださる逗子のO.Iさん。

近所で花を山ほど育てておられるY.Tさん。

そして作曲家で演奏家のすずきみゆきさん。

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昨年の「二匹展」の時に展示していた私の絵、2点が気になっていたとご連絡を下さり、本日買ってくださった。

すずきみゆきさんは、私が若い頃にお世話になった音楽家の桑原弘明さんの奥様である。

私の初個展の時に桑原先生に連れられて来てくださったみゆきさんが、あとで桑原先生に私のことを

「彼女はものすごく神経が鋭敏で、繊細で、いつも震えているような感じがすごく芸術家っぽい」と言ってくださったことを、桑原先生が嬉しそうに私に伝えてくださったことを強烈に覚えている。

(桑原先生が20代の頃の私に注文した絵が、ポーランドの作曲家のもとから海を渡って何十年も長い旅をして、骨董屋を経て、コスタリカの花を愛する人から私の絵を持っているとFBで連絡が来た、という感動的な話もある)

みゆきさんは作品を大切に持ち帰るためにスーツケースまで持って来てくださって、涙・・・本当に感激いたしました。

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中村博さん。今日初めてお話するが、2016年の室伏鴻アーカイブカフェSHYでの「対論 : 未知のアントナンアルトー」で同じ空間にいらしたという。どこかで誰かが見ていてくれて、こういう出会いがあるから、苦しくてもなんとかブログを書いてきてよかったと思う。
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ハナ動物病院にも通われていたというし、いろいろご縁がある。クロポンちゃんの写真も見せていただいた。

平田星司さん。

寺山修司研究のK.Fさん、モノポさん・・・いっぱい・・・
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最後は麗しい絵を描くH.Mさんがいらして、私とUさんをお祝いの食事に連れて行ってくださるという。

十二社バス停の前の、おしゃれで気になっていたイタリアンへ。

シャブリを2本も開けて、それはそれは贅沢なディナー・・写真をたくさん撮ったのだが、載せるとまずい(内緒のエスケイプ)そうなので載せられなくて残念。

H.Mさんに二人の関係を聞かれ、Uさんは、2007年くらいに詩人の友人に連れられて私の個展に来てくれて、そのあと私のブログや本を読んでくださっていたとこたえ、

「本の文章がすごくかっこよくて」と言ってくださったのと

「私(Uさん)がすごく緊張することを肯定的にとらえてくれる人はいない」と言ってくださったのがすごく嬉しかった。

H.Mさんごちそうさまでした。Uさん手伝ってくださってありがとうございます。

 

 

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2025年10月22日 (水)

福山知佐子個展5日目~7日目

10月17日(金)

ギャラリー十二社ハイデでの個展もあと3日。

1階の窓越しの光。カーテンには蔦の影がまだらになって揺れている。

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元平凡社の「太陽」や「コロナブックス」の編集長、清水壽明さんがいらしてくださった。

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横浜の港の見える丘あたりもずいぶん変わったそうで、古くて素敵な教会がマンションになったとか・・・ショック!山下公園近くの人形館はまだあるそうだ。

それから花を愛する桃子さん、スパイダー咲きのガーベラがお好きだと聞いて、伊勢ナデシコや伊勢菊、変化朝顔などを画像検索でお見せしたら喜んでくださった。

細い花弁が絡まり合っている不思議な花は描きたい心を刺激する。

木彫りの彫刻をやっておられる高屋敷哲さんと写真家の黒瀬輝智志さんと。

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高屋敷さんはとてもリアルな動物の木彫りの作品画像を見せてくださって感動。

黒瀬輝さんは「今までのハイデの展示で一番良かった。花輪さんのより良かった。これだけの世界をつくっているのがすごい」と言ってくださった。

以前、レコード会社の財団にお勤めで、音楽関係にとても詳しい堀内さん、堀内さんは足利市立美術館の私のトークにも来てくださると言う。堀内さんが気に入ってくださったのはこちらの絵。

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明後日パフォーマンスがある「十二社の階段」でカメラテスト。暗いかも?

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7時過ぎ、看板を入れてもう閉めようとしていたら、ポルトリブレの平井勝正さんが来られた。プリントした地図をお渡ししていたが、道に迷ったそうだ。

「グーグルマップに載ってる」と言ったら「グーグルマップを見る習慣がない」と。

10月16日(木)

寒くて暗い雨で、お客様がほとんど来られなかったので、アケミさんに絵の前で動画を撮ってもらった。

アケミさんの大好きな一粒万倍日なので、面白いことを考えてふたりで笑っていた。

10月15日(水)

新高円寺でお世話になっているギャラリー工の濱田さんが来てくださった。

濱田さんは十二社のあたりは初めてだそうで、もう何年か、せめて1年前に来られたらかつての料亭っぽい場所も見せられたのに、残念。

 

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2025年10月15日 (水)

福山知佐子個展4日目

10月14日(火)

ギャラリー十二社ハイデで福山知佐子個展の4日目。

今日は私の高校のA先輩が一番乗り。

A先輩の親友で、私が美大受験予備校に迷っていた時に、高校の一番近くの小さな美大予備校(もうとうの昔に無くなった)を紹介してくれたM子先輩が癌で亡くなったことを聞く。

言葉にならない。私と同じ武蔵野美術大の先輩でもあり、とても気持ちの優しいかただった。

その後斎藤哲夫さんが来てくださった。

哲夫さんは私の最初の個展の頃からずっと来てくださっている、芸能人的な気取りが無くて、本当に温かい人。

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スケッチブックのデッサンを真剣に見てくださって、枯れた花の絵に「華やかだ」と。

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ツアーから帰ったばかりなのに明後日手術とお聞きする。

私は最初に甲状腺癌に気づいた時には肺に粟粒状転移していて4期。その時に、15年くらい経ったら肺の粟粒上転移が急に活性化する時が来る可能性が高い、そうしたら成すすべはない、と最初の執刀医の浅井先生に伺っていて・・・

その転移の活性化が15年ではなくて30年後(忘れていた頃)に来たのだけれど、甲状腺癌の肺転移手術という前例のない(麻酔が切れた時に気が狂いそうなくらい痛い)手術を受け、

さらに脳転移にサイバーナイフを受け、認可になったばかりの分子標的薬レットヴィモ(30年前にはこんな薬ができるなんて想像もできなかった)を服用して、

まあなんとか元気に生きている、ということをお話したら「すごい経験をしてきてるね」とけっこう元気づけられたようだった。

12月からのツアーを全部キャンセルされたと聞いて「キャンセル料とかだいじょうぶなんですか?」と聞くと

「それがだいじょうぶなんだよね。ライブハウスはさ。これが大きな会場だったら死んででもやらなきゃいけなかった」と。

お互い頑張って生きようとハグ。

そのあといつも優しい古い友達が来てくれた。

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それから今日は私ひとりなので心細くて来てほしいとお願いしていた詩を書くUさん。Uさんはとても鋭敏なかたで、神経と言うのか・・話が通じるのが嬉しい。

いつもマッサージでお世話になっているWさん。

Uさんはなかなか食事ができない私のために柿を剥いて切ったものを容器に入れて持って来てくださった。

Wさんは私の生家の古い雰囲気をとてもいいと言ってくれて、それからナニワイバラとハゴロモジャスミンの絵をすごく気に入ってくれたそう。

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2025年10月14日 (火)

福山知佐子個展2日目・3日目

10月13日(月)

今日は開廊すぐから若いお客様が待っていてくださった。

聞けば龍谷大学の渡邉悟史先生から、良い画家だから見に行くように、とのご紹介があったとのこと。

渡邉悟さんは『生き物の死なせ方』の著者で、私はXで相互フォローしていただいているだけで、面識なくメールでさえお話したこともないかたなのだが、 なんとありがたい・・・

その渡邊先生の教え子のかたはすごく感じがよいかたで、とても熱心に見てくださっていた。

そのあと早稲田大学名誉教授の塚原史先生が。

先日『異説 ダダ・シュルレアリスム』という分厚い超力作の御本をお送りいただいたばかりで、お世話になりっぱなし。

私が特にシュルレアリスムとアナキストの関係に興味を持った、と感想をかいたことを評価してくださった。

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20年前に早稲田によんでいただいて、講演や、授業などに出させていただいたのだが、また今度よんでいただけるかも、というお話になって、

「なにしろ福山さんは生き方そのものが芸術だからね。そういう人はいないから。ゴッホとかならいたけどね、今は・・」と言われてびっくり。

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水彩画家の伊佐さんと。
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シモーヌ・ヴェイユの研究者の今村純子さんも。

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私の装丁した吉田文憲さんの詩集『ふたりであるもの』を見て「こんなに素敵な装丁の本は見たことがないと言ってくださった。

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夕方、この場所に通ってくださっていた、母のケアマネだったMさんもいらしてくれた。

夕方、6時半以降に来てくれたかたもいたのだけど、きっちり7時に閉廊させていただいた。

閉廊して、やっとお茶。今日はギャラリーに来てから水分を口にすることも完全に忘れていた。

本日はこれから動画撮影。

最初に私が自宅で録音してきた詩(吉田文憲さんの)をスマホで共有するのに手間取り、それから撮影の段取りの打ち合わせなどに1時間を要した。

自分の絵の前で、私の生まれて初めてのアドリブのパフォーマンス。スマホで撮影してもらったものを逐一見て、撮影の角度や構図などを修正してもらって、6,7テイクくらい撮っただろうか。

終了したらやっとおなかがすいて、10時近くだったがお赤飯とビールをいただいた。

10月12日(日)

いつもアオスジアゲハが集まる花壇。昨日、陽射しがきらきらしていた時間には5匹(5頭)もいた。

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夕方、マツダトイズさんが15歳のご子息を連れていらした。

私のデッサンへの姿勢(同じ固体の花を咲いてから萎れて枯れてカサカサに拘縮するまで何か月も捨てないで描いている)に感銘を受けられられたそうで・・。

息子さんも絵を描いていきたいそうだ。

マツダトイズさん自身が時代の趨勢に息苦しさを感じていらっしゃるのは、もともとが純粋に美術志向で傷ついた経験をお持ちだからだ。

時代の趨勢にどこまでどこのように同調し、あるいは反発していくのか、個人の感性、個人の意識、個人の趣味、個人の体質、そういうことは私はわからない。

私が教えられることは、「そこに在るもの(生命)」の、なにを、どのように、どういうふうに「見る」のか。

どうやったら「見る(感じる)」ことができるようになるのか、ということ。

 

 

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2025年8月18日 (月)

NEW AUCTIONギャラリー 沢渡朔『NANA』展 / 国立がん研究センター中央病院

8月17日(日)

沢渡朔さんの『NANA』展の最終日で13時から在廊されるとネットで見たので、ご挨拶に行って来た。

沢渡朔さんに撮っていただいた写真と谷川俊太郎さんの詩と私の絵を編集した本、1か月以上前に写真の出版社さんに入稿しているが、まだデータが来ていないことをお伝えした。

たぶんデータが来てから、私の修正希望がはいるので、今年中に本ができるのかはわからない。

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いつもながら静かでさり気なくてかっこいい沢渡朔さん。その写真は若々しくて生気に満ちる。モデルとの共鳴。

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一日半で一気に撮ったという本当にたくさんの写真。スタイリストがついていたそうで、何十種類もの服を着替えているので、そんなに短い日数で撮ったとは思えない。

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8月15日(金)

NEW AUCTIONギャラリーに11時に見学に行く。篠原さんも来てくださった。

表参道ヒルズの向かい側。裏原宿キャットストリートの側よりは静かな、大きなガラスから優しい光が差し込む地下のスペース。

12時過ぎに篠原さんが30年以上?も毎年企画しているというトキ・アートスペースのブックアート展へと移動。

灼熱の太陽の下、表参道を横切り、裏通りで古い昭和のマンションや夏草繁る廃屋を見つけたりしながら、ワタリウムの前を通り、外苑前のほうへ歩く。

足利市立美術館で11月にやるはずだったコレクション展が、市長がOKを出したのに会計課の人が予算を出さなくて中止になった話、また逆転して、今は市長のほうに分がある、と篠原さんに言われた。ええ?!

もしそうなら、すごく嬉しい(若林奮先生の絵の隣に私の絵を展示してもらえるかもしれない)のだけど、まだわかりません・・。

ブックアート展には、小学生の作った絵本から、製本のプロの作品まで、いろいろなかたちの本があった。

私が一番素敵だと思ったのはこちら。活版印刷の活字のような、しかし文節になっているもの。黒い鉛筆にも文字。入れ替え可能で詩になる。箱も手づくりだそうだ。
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吉田文憲さんの『原子野』(砂子屋書房)の装丁をした時、もう日本にはほとんど残っていない活版印刷の会社に行ったのを懐かしく思い出した。

『銀河鉄道の夜』のジョバンニがアルバイトで活字(これも星のメタファ)を拾う場面を思い出しながら、その時は印刷所にいた。

『原子野』の本の奥付を見たら内外印刷という会社だった。もうないのかもしれない。板橋のトレーニングセンターの近くだったのを覚えている。

・・・

夕方から夜、Mに舞踏の話をきく。

大きな場でなく細部の。

言葉もまた大きな言葉でないほうがいいのだろうと思う。

私の感覚では大きくて壮大な言葉ほど詩でなくなる。

デッサンする身体。

最近、人にデッサンを教えるようになって、私はデッサンのことばかり考えている。

基礎の基礎ととして構造を踏まえることはあるが、その先は

良いデッサンとはどういうものか。それは鈍くないもの、繊細で感情があって、捧げられたもの。

受動体となって、どこ(なに)が残されるのか、なのだが

おそらく身体感覚の強度や繊細にものを見る(あるいは気づく)力、線を選ぶ身体が「絵」であるデッサンを生み出すが、

「絵」になっているか、「絵」になっていない(絵未満)か、を見分けらえる人はあまりにも少なく、機械的で均質な「鉛筆画」のようなものが世間では絶賛され、人気が高い。それはデッサンでも「絵」でもない。

そしていわゆる現代アートをやっている人でデッサンを大切に考えている人は皆無だろう。

8月12日(火)

国立がん研究センター中央病院。

尿と血液検査。結果が出るまで時間がかかった。

若い男性のかたが採血してくれたのだが、「刺すときに痛いか痛くないかは、痛点に当たるかどうかで、技術とは関係ないのですか?」

と質問したら

「そのとおりです。それに針の太さも痛さと関係ないんですよ」と言われて驚いた。

普通に考えれば太いほうが痛点に当たりやすい気がするけど・・?さらに見た目で太い針の方が痛く感じてしまうというのはある。

いや、やはり太い針は痛いと思う。昔は点滴の針が太くて長時間すごく痛かった思い出が・・。

あまり細い針を開発しても、血液の成分が潰れてしまうのでだめだそうだ。

帰りにハイデに行く。

8月10日(日)

2時に足利市立美術館の篠原さんがNEW AUCTIONギャラリーのAさんとギャラリー十二社ハイデに来られた。

篠原さんはギャラリー工事途中(ダクトレールがつく前)は見ていただいたが、完成してから来られるのは初めて。

Aさんは奈良美智のドローイングなど見ていただいた。

篠原さんは、次の本のために撮影した私の絵の画像をAさんに見せてくれた。

それと紐にクリップで吊るしていた私の鉛筆デッサンを「これ、すごくいいよ」と言ってくださった。

Aさんは私の絵を「錆にこだわった画家が日本にもいたんですね」と言われた。Aさんはキ-ファーや若林奮先生が好きだそうだ。

『デッサンの基本』を見て「懐かしい。これ受験の時に使ってました」と言われたので「この本、私が書いたんですよ」と言ったらすごく驚いていらした。

どこかで誰かが自分の本を読んでいてくださるのがとても不思議だ。

 

 

 

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2025年6月 8日 (日)

OSAKA INTERNATIONAL ART

5月30日(金)~6月1日(日)

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大阪城ホールでのアートフェア、OSAKA INTERNATIONAL ARTに、GALLERY KTO(ギャラリー・クトー)さんのブースから出展していただきました。

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私にとって素晴らしいことは、丹生谷貴志さんが見に来てくださったことだ。

そのことはいまだに信じられないほどありがたいことです。

丹生谷さんは文章を読むときにまず言葉が視覚になると言ってらした。それは私と同じだ。

私は小説などはすべて映像で記憶している。

難しい論理的な文章でも、意味がわからなくてもまず視覚的なものがはいってくる。意味を考えるのはそのあとだ。

自分が受容する身体であるということ。

丹生谷さんは自分の外にあるものを見るということと、アートという空虚について考えておられると思う。

どんなお話をされたのかはおいおいオーナーに伺おうと思う。

 

 

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2025年4月27日 (日)

大手拓次 ヒヤシンス、薔薇

4月27日(日)

ヒヤシンス 水彩
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  ヒヤシンスの唄 大手拓次『藍色の蟇』より

ヒヤシンス、ヒヤシンス、

四月になつて、わたしの眠りをさましてくれる石竹色のヒヤシンス、

気高い貴公子のやうなおもざしの青白色のヒヤシンスよ、

さては、なつかしい姉のやうにわたしの心を看みまもつてくれる紫のおほきいヒヤシンスよ、

とほくよりクレーム色に塗つた小馬車をひきよせる魔術師のヒヤシンスよ、

そこには、白い魚のはねるやうな鈴が鳴る。

たましひをあたためる銀の鈴が鳴る。

わたしを追ひかけるヒヤシンスよ、

わたしはいつまでも、おまへの眼のまへに逃げてゆかう。

波のやうにとびはねるヒヤシンスよ、

しづかに物思ひにふけるヒヤシンスよ。

・・・

ヒヤシンスと言えば・・と思い出して大手拓次を検索したら、偶然にも今日、「薔薇忌」の集まりを磯部温泉でやっていたみたい。

行ってみたかった気もします。

大手拓次の詩をすごく好きになったのは15歳くらいだろうか。萩原朔太郎より大手拓次がずっと好きで、何度も繰り返し詩集を読んでいた。

小学生の時に『愛の詩集』(鈴木亨編 ジュニア版 日本文学名作選 偕成社)という本を持っていて、その中に「恋」「ばらのあしおと」「風のなかに巣をくふ小鳥 —―十月の恋人に捧ぐ」「とじた眼に」という詩があった。

その本には60人超の詩人の詩が抜粋されていたのだが、その中で私がすごく好きだったのは大手拓次(それから北村初雄、吉田一穂、安西冬衛、八木重吉、新見南吉、中原中也・・・)。

それが大手拓次を知った最初だが、ひらがなが多くて、なにが書いてあるのかよくわからなくても、文字面と音声とリズムで美しい絵が見えた。

大手拓次の詩は強烈に感覚に訴え、動物、植物、そして色や香りについて書かれた詩が多い。

そよそよと、よろよろと、透明で薄暗くて、陰で、不気味で、つかまえどころがなくて、消えいろうとしているのだが、不思議な生命を持ち、いつまでも繰り返し胸に戻ってくる。

大手拓次の詩は、たくさん好きなのがあって選びきれないのだが、とりあえず『藍色の蟇』から、あと五篇、書き写しておきます。

 

・・・

 

  あをざめた僧形の薔薇の花


もえあがるやうにあでやかなほこりをつつみ、

うつうつとしてあゆみ、

うつうつとしてわらつてゐた

僧形のばらの花、

女の肌にながれる乳色のかげのやうに

うづくまり たたずみ うろうろとして、

とかげの尾のなるひびきにもにて、

おそろしいなまめきをひらめかしてうかがひよる。

すべてしろいもののなかに

かくれふしてゆく僧形のばらの花、

ただれる憂欝、

くされ とけてながれる悩乱の花束、

美貌の情欲、

くろぐろとけむる叡智の犬、

わたしの両手はくさりにつながれ、

ほそいうめきをたててゐる。

わたしのまへをとほるのは、

うつくしくあをざめた僧形のばらの花、

ひかりもなく つやもなく もくもくとして、

とほりすぎるあをざめたばらの花。

わたしのふたつの手は

くさりとともにさらさらと鳴つてゐる。

 

・・・

 

  道化服を着た骸骨 


この 槍衾のやうな寂しさを のめのめとはびこらせて

地面のなかに ふしころび、

野獣のやうにもがき つきやぶり わめき をののいて

颯爽としてぎらぎらと化粧する わたしの艶麗な死のながしめよ、

ゆたかな あをめく しかも純白の

さてはだんだら縞の道化服を着た わたしの骸骨よ、

この人間の花に満ちあふれた夕暮に

いつぴきの孕んだ蝙蝠のやうに

ばさばさと あるいてゆかうか。

 

・・・

 

  雪が待つてゐる

 

そこには雪がまつてゐる、

そこには青い透明な雪が待つてゐる、

みえない刃をならべて

ほのほのやうに輝いてゐる。

 

船だねえ、

雪のびらびらした顔の船だねえ、

さういふものが、

いつたりきたりしてうごいてゐるのだ。

だれかの顔がだんだんのびてきたらしい。 

 

・・・


   花をひらく立像 


手をあはせていのります。

もののまねきはしづかにおとづれます。

かほもわかりません、

髪のけもわかりません、

いたいたしく、ひとむれのにほひを背おうて、

くらいゆふぐれの胸のまへに花びらをちらします。

 

・・・

 

 青い吹雪がふかうとも 


おまへのそばに あをい吹雪がふかうとも

おまへの足は ひかりのやうにきらめく。

わたしの眼にしみいるかげは

二月のかぜのなかに実をむすび、

生涯のをかのうへに いきながらのこゑをうつす。

そのこゑのさりゆくかたは

そのこゑのさりゆくかたは、

ただしろく いのりのなかにしづむ。

 

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