2019年12月28日 (土)

『デッサンの基本』(ナツメ社)33刷り

https://chisako-fukuyama.jimdofree.com/7-other-flowers-plants/

『デッサンの基本』がまた増刷になりました。

これで33刷りとなりました。

購入くださった方々、読んでくださった方、ありがとうございました。

来年はデッサン会をやりたいです。

皆様、楽しくデッサンしましょう!

Sdsc04752

猫デッサン(プフ、チョビ、ちゅび)

Sdsc04759

肥後菊、伊勢菊
Sdsc04761

江戸菊、嵯峨菊
Sdsc04760

江戸菊(春の霞、うたかた)
Sdsc04764

 

 

|

2019年12月19日 (木)

猫たちのこと、風邪、がんの定期健診、薬疹

3匹が生まれて2回目の冬。あいかわらずチョッピー(チョビ)とプフはべったり。
Sdsc04665
大好きなチョッピーを抱きしめるプフ。
Sdsc04532

いつもくっついてお互いをなめあう大の仲良しなのだが、ここ数カ月、なめあった後のチョッピーの噛み方が激しい(興奮?)のでプフが悲鳴をあげることが多い。

Sdsc04485-2

気づいたらすぐにチョッピーを引きはがしているが、どうしたらいいものか。(3匹とも早めに避妊手術している)

ちゅびとチョッピー。男の子どうしも仲良し。どたばた追いかけっこをする時は必ずチョッピーが追いかけて、最後はちゅびが段ボール箱の中に逃げる。
Sdsc04688

ちゅびとプフ。
Sdsc04702

ちゅびはプフともちゅびとも仲が悪いわけでもないのに、あいかわらずお風呂の戸を開けて「うにゅる~」と叫び続けるのをやめない。何かの欲求不満。おなかがすいたなら、なぜ私に向かって鳴かないで、わざわざ遠い風呂場に行って鳴くのか?

黙らせるために深夜におやつを何度もあげざるを得ず、体重は6.7kgになった。

・・・

病気関係のメモ。

12月19日(木)

顔中の湿疹が治らないので皮膚科へ。特に右の眼と頬が腫れてしまっていると言われる。

数年前にも総合感冒薬を飲んだあとに顔中に湿疹が出たことがあるので、たぶん薬疹。

皮膚科の診療代1080円。

プレドニン軟膏(目のまわり用)、キンダベート軟膏、ベボタスチンベシル塩酸錠(14錠)、プロペト(100g)で840円。

もっと早く皮膚科に行くべきだったと思う。

12月14日(土)

工事の人が入るため、朝から必死で部屋の中を片付け。

結局、来たのはNTTの人だった。マンションの電気室の中の機械が不具合だったそうで、新しい機械に取り換え。私にはお金がかからなかった。

12月13日(金)

ネットと固定電話が不通になった件で、(携帯を持っていないので)朝10時に公衆電話からテクニカルサポートに電話。

なかなか繋がらないのでNTTにかけてみたら「OCNひかりは別会社なので関係ありません」と。

昼から癌の定期健診のため鎌ヶ谷の病院へ。

顔に湿疹ができていて痒い。

12月12日(木)

夜、突然インターネットと電話が不通になる。

12月10日(火)

ようやく頭痛と吐き気が無くなってくる。軽い運動の再開。

12月8日(日)

岡田温司さんのトーク。アガンベン『書斎の肖像』について。

12月7日(土)

鵜飼哲さんと打ち合わせ。仕事が進み、気分が盛り上がったせいか、お酒も飲めて久しぶりにたくさん食べた。

12月5日(木)

迷ったが総合感冒薬を購入。5日と6日の夜に飲むが、尿が出にくくなる成分が入っていると気づき、飲むのを止める。舌が苦く、食事をするのが苦痛。

12月3日(火)

頭痛と吐き気で頭が回らないが、英訳原稿が上がってくる。

11月28日(木)

最高気温9度の寒い日。ゲルマ温浴を予約していたが使用させてもらえず、もやもやしながら冷えた身体で運動を始めたら発熱。

頭痛と胃痛。嘔吐。吐き気がして食べられない。

|

2019年12月14日 (土)

岡田温司さんトークイベント「知識人と書斎――アガンベン自伝に見る書斎のかたち」

12月8日(日)

岡田温司さんのトークイベント「知識人と書斎――アガンベン自伝に見る書斎のかたち」を聞きに日本橋、コレド室町の中の誠品生活へ。

月曜社の小林さんより、月曜社の最初の本が『アウシュヴィッツの残りのもの』(上村忠男、広石正和訳)で、これが一番売れたとのこと。私もこの本で初めてアガンベンの思想に出会い、強く感銘を受けた。

岡田温司さんは予想していたより柔和なかたで、お話も軽妙で楽しかった。

『書斎の自画像』はハイデガーとの出逢いから始まり、それからは時系列ではなく、自分の書斎にあるものをアガンベンが見ることによって思いつくままに綴られている。

――お話の断片的メモ――

生きる形式と存在の様態が区別されないのはフーコーの影響。 

エピゴーネン・・・有限な存在であるということ。過去のテキストを独自の形式、新しい読み方で受け継ぐ考古学。発展可能性。

ハイデガーの存在論を乗り越える。存在と存在者を区別しない。

哲学と詩作。ポエジーの問題。コミュニケーション(伝達)に限定されない言葉。

岡田さんが最初に訳されたのは『スタンツェ』。

『イタリア的カテゴリー』「西洋の言語はますます哲学と詩のあいだで引き裂かれてしまい、一方は悦びなき認識へと、他方は認識なき悦びへと向かってきたのだが、いまや急を要するのは、哲学にそれ本来の悦びを、詩にそれ固有の認識を奪還することである。」

ダンテ論執筆への岡田さんの期待。

パゾリーニとの関係。

アガンベンは悲観的、黙示録的(「歴史の終わり」を語る)とジョルジュ・ディディ=ユベルマンにも言われているが、悲喜劇である。

コメディ・デラルテ、プルチネッラ・・・アイロニー、ペーソス、諧謔

トト(喜劇王)、人形劇仕立て

身振り・・・目的や意思にしばられない。ギャグ。

「大きな鳥と小さな鳥」・・・サン・フランチェスコの小鳥への説教。喜劇仕立て。

発想のアルケー。

ドゥルーズ追悼文においても「セルフ・エンジョイメント」の思想について言っている。

無為・・・無活性とは違う。常識的に考えていることを無為にする。行為する時の潜勢力。通常のやりかたをエポケーして別のやりかたでやる。

言語の別の使い方。

ジャン=リュック・ナンシー『無為の共同体』・・・共同体の別の可能性。

『書斎の自画像』の巻末・・「草」についての記述。ドゥルーズの動物の生成変化の向こうをはる。アガンベンの弟子エマヌエーレ・コッチャの著作『植物の生の哲学』。

植物は、世界があるとはどういうことか、生命が世界と結びうるもっとも基本的な関係を体現している。

ハイデガーの『放下 (Gelassenheit)』における星々 カント的・・・見上げるもの。それとは対称的な、草・・・足元の・・・。

京都からおいでになった岡田温司さんと。

Sdsc04574

コレド室町というところに初めて来た。私には食べられそうな店が無かったので、キラキラしたイルミネーションだけを見て帰宅。
Sdsc04587

 

 

|

2019年12月12日 (木)

鵜飼哲さんと会う 次の本の制作

12月7日(土)

制作進行中の私の次の本についての打ち合わせで、鵜飼哲さんとお会いする。

今朝はこの冬一番の寒さ。関東でも初雪。先週の金曜に発熱してからずっと頭痛と吐き気に悩まされていたので、冷気でぶり返さないように気を張りつめて外出。

3時に三鷹。駅からすぐの日本茶の店。窓から玉川上水の広葉樹に絡まる真っ赤な蔦が見えた。

鵜飼さんが頼んだ「濃い抹茶」と栗蒸し羊羹。
Sdsc04546

編集Tさんの頼んだ「薄い抹茶」とクリーム大福。
Sdsc04545

私の頼んだ抹茶ゼリー(和菓子など甘いものが苦手な私にもこれは優しい甘さでおいしかった)。
Sdsc04544

「概念によらないで直接感応する」という若林奮先生がよく書いていらしたことについて、鵜飼さんに質問してみた。

旧石器時代に人類が初めて絵をかいた時のことは、私も若林先生の本で読んで想像し、またネットでいくつかの壁画の写真を見たりするだけなのだが、それらにもとづく思考もまた既成の「概念」を当てはめているに過ぎないのだろうか?

そのことについて鵜飼さんは「実際に現地の洞窟まで見に行っても、あまり何も感じられない人もいる。それよりも若林さんの本を読んだだけで、ここまで考え(感じ)られるということがすごいんです。」と、私の著書を手にとり、言ってくださった。

また、「すべての距離は3重である」ということについて。これは非常に難しい。

・・

2時間半くらい仕事の話をしたところで完全禁煙でお酒が飲める食事処に移動。「きょうはたくさん勉強しましたね。」とまずは熱燗で乾杯。

そのあと、私が強い嫌悪感を覚えるのは巨大な政治権力よりもむしろ、権力に抱きかかえられながら、それにおもねり、あるいは逆に抗うふりをしてみせる「アーティスト」たちと彼らが作る「アート」であることを、私としてはとても控えめにではあるが宣言させていただいた。

私の気質としては、私のいる日本の現況において表現の自由を勝ちとり守る闘いよりも、表現された「アート」と呼ばれているもののなかに私が興味を持てるものがあるのか、ということばかりが気になる。

政治的なメッセージが込められていようといなかろうと、「アート」はいつだってすでに政治的だ。

「アート」こそが、外(「アート」をめぐるおしゃべりの外)にいるものたちの無言の声、証言すべき経験を持っているものの声が発せられることを妨害している。その周りに群れ、つまらない御託をわめきたてる人たちが不快でたまらない。

心に残る作品は一瞬でわかる。そして作品の無言とともに、その無言が語る言葉があればそれにも当然興味がわく。

私が信頼する美術評論家は誰かと聞かれた。もうずいぶん前に亡くなられたかただが、詩人でもあった織田達朗さんのことが浮かび、織田さんと交わした言葉を少しだがお話しした。

丸木美術館にある「原爆の図」についてのずいぶん辛辣な批判も、私は織田さんからお電話でうかがっている。

聞けば鵜飼さんは丸木美術館の理事になったそうで、作品自体の評価はともかく、人が集まる場所として保存するのはよいのではないかと言われた。

また、私はもういい加減人生も終盤になったので、これからは「生」を侵害してきた相手、そうしていることさえ気づかずにいる相手に、(タイミングとしては随分と遅れてしまったとしても)面と向かって、こちらが非常に苦しめられている事実を伝えるように変わっていきたい、と話した。

そこで鵜飼さんと共通の知り合いのある人の名前を出すと、「あの人には何を言っても(理解できないから)無駄でしょう。」と。

私もその人に理解を求めても無駄なことは重々知っているが、なんであれ死活問題としてのしかかってくるのであれば、たとえ周りの誰もが何も感じていない状況であっても、私だけはそれに同調させないでほしい、と次からははっきり言うつもりだ。過去において勇気が出ずにその発言ができなかった自分を私はひどく後悔し、腹立たしく思っている。

鵜飼さんは、私の『反絵、触れる、けだもののフラボン』の中川幸夫先生について書いた文章から、「喉笛をかみ切る」というところをほめてくださった。喉笛をかみ切るためには普段は無言の植物であることのほうが望ましい。

『デッサンの基本』の増刷のお祝いに「酔鯨」の冷酒で乾杯してくださったあと、さらに「久保田」を飲んだ。

西洋のデッサンにはない呼吸の問題、ポンジュの言葉、ヘーゲル「花の宗教」、ジュネの昔の恋人の息子ジャッキー、現代詩、天皇制とキリスト教、女性崇拝、ロマ族・・・

話すことは尽きなくて、10時に閉まるまで店にいた。

駅のコンコースでも話は続いた。

鵜飼さんには次の本の制作に関して、また、私の宿痾ともいうべき性質(直感的に激しい違和や疑問を覚えることについて、追求しなければ気がすまないこと)について、言葉にできないほどお世話になっている。

あらためて心から感謝です。

 

|

2019年11月 3日 (日)

次の本の制作、アミアタ山の猫

10月31日(木)

イタリアのチナミさんと、毎日のようにメールのやりとりをしている。

話題の中心は、昨年の9月にアミアタ山の頂上で出会ってしまった、亡きちゃびの面影のある茶白の子のこと、それから、今年もアミアタ山で生まれてしまった子猫たちの命をどうしたら救えるのか、ということ。

10月12日にチナミさんがイタリアの動物愛護団体にメールを送ってくれたのだが、日本の事情と比べても、保護活動に積極的な人は少なく、その団体にしても活動の指針や実践がどうも不透明なようだ。

10月30日(水)

11月1日に訪問する約束をしていた山梨県白州のSさんから、急な発作が起きてしまった、とメールが来る。高速バスをキャンセル。

Sさんは20年来の友人で、私の著書『反絵、触れる、けだもののフラボン』のブックデザインもやってくれた。

世の中の風潮に流されず、猫と植物と本を愛し、正直に自由に生きる尊敬できる友人。親の介護をしながら、Sさん夫婦はたくさんの野良猫の避妊をし、暖かくて安全な居場所とフードをあげて保護して来た。

そしてSさんは難病にもかかわらず、いつも落ち着いていて、症状が思わしくないときも飄々と乗り越えて来た。

イタリアのチナミさんから送ってくれた最高の早摘みオリーブオイルを届けに、今年中に伺えたら嬉しいけれども。

10月29日(火)

チナミさんより、舌が痺れるような青くみずみずしい味の早摘みオリーブオイルが届く。

お願いしていたポルチーニとドライトマトも。とてもありがたく嬉しい。

10月28日(月)

筋肉量を増やすための運動のオリエンテーリング2回目。

10月27日(日)

次の本の制作。デザイナーさんに言われたとおり、絵のグルーピングを試み、指定をする。

もう一度、最初から絵の日付と照らし合わせながら順番を確認していくと、一度決めた順番に(今現在の私の感覚で)違和感のある部分がいくつかあった。

これまで何度も絵の差し替えをやっていただいており、今更といった感じで、版元の編集さんにはたいへん申し訳ないのだが、やはり私の気のすむように入れ替えさせていただいた。

膨大な数から絵を選んで、構成、編集する作業。私はなにをやるのにもそうだが、できることからやって、少しずつ自分の頭の中のイメージに合致するように修正を重ねながら詰めていく。

このやりかたでは追加や差し替えがいくらでも出てきてしまい、編集さんに迷惑をかけることになるのだが、自分の感覚と意識が徐々に高まって来、作業しながら初めて気づくことがある。

私が絵を描くときと同じだ。

完成形が最初から見えているわけではなく、眼と手を動かすことで見えてくる。どこで手を動かすのをやめるのかもやりだしてからでないとわからない。

絵を選ぶのにも、かれこれ4、5年かかったが、こういうやりかたしか自分にはできない。

10月26日(土)

これ以上筋肉が萎えてしまうと、サルコべニア、フレイルまっしぐらで、誰かに迷惑をかけてしまうことになりそうなので、わずかな運動をするクラブに入会。

全身の筋肉量が計れる体重計に乗る。体重と内臓脂肪は標準よりだいぶ低い。両手足の筋肉が標準より-3レヴェル。腹筋は-2レヴェル。

オリエンテーリング1回目。インストラクターについてトレーニング。

 

|

2019年10月17日 (木)

下高井戸でグラフィックデザイナーさんと打ち合わせ

10月16日(水)

水声社の担当さんと、グラフィックデザイナーの宗利淳一さんと下高井戸で打ち合わせ。

下高井戸の駅にあまり降りたことがなかったのだが、駅の2階の窓から下高井戸駅前市場のアーケードを見て感激。なんと懐かしい昭和の市場が残っていたとは!

Sdsc03140

待ち合わせの喫茶店はCofee Roaster 2-3。とにかく禁煙であるお店を希望して探していただいた。雰囲気のよい素敵な喫茶店だった。カフェオレとエビのサンドが食べたかったのに、胃腸の調子の悪い私は自粛してホットミルクのみ。

宗利さんは落ち着いたしゃべりかたの穏やかな方で、本づくりのアイディアをいろいろ示唆してくださったので、とてもありがたく思った。

禁煙のお店をお願いする際に、私が肺に転移を持つ癌患者であることをお伝えしたらとても心配してくださり、恐縮だった。

打ち合わせが終わってから駅周辺を探索。この看板、すごくいい。

Sdsc03141
こんな大きな魚屋さんの個人商店は都心ではなかなか見ない。近所だったらぜひ買いたい。
Sdsc03146
線路際の細い道。
Sdsc03159

帰りは永福町までぷらぷら歩き、そこからバスで高円寺に戻った。

静かな玉川上水永泉寺緑地。
Sdsc03170

永福稲荷神社の白鳥社の阿吽のキツネ。キツネらしくなくて奇妙でかわいい。

Sdsc03172

首が太く、鼻があまり尖ってなく、下がり眼で、耳も丸い、困った犬のようなキツネ像。

Sdsc03173

歩く道すがら、どこでも木犀が匂った。

今日は最高20℃。ひんやりした風が気持ちよく、気分もいいのだが、体温調節できない私は急に冷えてしまい、この秋初めての耳痛。この程度の気温でも手も紫色になり、薄い手袋が必要なほど。

10月14日(月)

酷暑の夏にほとんど家のなかで過ごしていたせいか、筋肉の衰え(特に脚)を痛感し、たんぱく質強化のため、最近は卵をたくさん食べていた。

ウズラ卵を茹でて出汁醤油と蜂蜜と酒で味付けたらおいしすぎて、一気に12個食べてしまい、急におなかを壊してしまった。

数年ぶりに食あたりの薬のお世話になっている。体力増強したいのに逆に体重減で涙。

|

2019年10月 1日 (火)

次の本の制作 / 高田馬場

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/

9月24日(火)

私の次の本(画集)に載せるための評論(解説)の原稿を、編集さんが転送してくれた。鈴木創士さんに次いで、二番目に到着した鵜飼哲さんの原稿だ。

鈴木創士さんのときもそうだったが、鵜飼哲さんもまた、私が常にうまく言葉にできなくて苦しんでいること、私にとっての絵とは何かについて、厳密に言語化してくださっていて感激した。

正直に言えば、ここまで私という「個」の仕事に寄り添い、分け入って、精確に見て、書いてくださるとは思わなかった。

私の『反絵、触れる、けだもののフラボン』を、特にその中でも読みやすいとは言えないだろう若林奮論を、深く、微細なところまで読んだうえで書いてくださっていた。

概念によらないこと、その実践がどのようなものかを言葉にするためには、「言葉」とは何か、言葉でないものを「受容する」とはどういう身体の状態なのか、を言葉にしなければならない。

「前方にあるもの」との「三重の距離」・・それを概念に媒介されることなく、はかること。

素描の「リミット」。植物を描いていることの意味についても。

急に届いた私にとって最も嬉しい贈り物に戸惑い、恐ろしくて胸がざわざわした。

本当に、ありがたすぎて言葉にならず、御礼の言葉をすぐにはメールに書くことができなかった。

9月25日(水)

鵜飼哲さんに素晴らしい文章をいただいたことで、停滞していた思考回路から次の本の新たなアイディアが突如として生まれ出て来、編集さんを煩わせることとなった。

衝動が湧いてくると抑えられなくなり、今まで3、4年もかけて選択していた絵を入れ替えし、久しぶりに夜中まで夢中で仕事した。

深夜2時過ぎにお腹がすき、咽喉が乾いてたまらなくなり、冷凍の枝豆をおつまみに、1本だけとっておいた珍しいビールを飲んだ。

オールドトムというアルコール度8.5パーセントもある黒ビール。

「イギリスで最も古く、最も有名なビールの一つ」、「チョコレートやポートワイン、胡椒の風味を感じさせる、複雑で味わい深いビール」だそうだ。

10年くらい前は、明け方まで夢中で絵を描いていることもよくあった。3時や4時に気がつけばとてもお腹がすいて、食事をし(そんな時間ににカキフライなどを揚げてたべることも)、ビールをがんがん飲んで、外が明るくなってから眠りに着き、昼前に起きたりしていた。

ふとどこからともなく訪れるものを、自分で計画したりコントロールしたりできないので、顕現するものがあった時に、それを逃さないためために、すべてをそこに合わせる生活。頭が回転してくると、すごく楽しくなってきて、疲れも眠気もを感じない。

最近は体調を崩さないように思慮しなければやっていけず、夜に暴飲暴食はしたくないけれど、今日だけは。

9月26日(木)

高円寺でお世話になっていたマッサージ店が6月末に移転になってしまい、ずっと身体中が凝り固まっていたのだが、3か月ぶりにマッサージに行くことにした。電車を乗り継いで移転先へ。

以前お世話になったOさんはもう辞めてしまった。きょう初めてお会いするKさん。

「ここまで酷くなるまで我慢なんてちょっとすごすぎます。肩、背中の筋肉と皮膚ががちがちに固まってはり付いてしまっている。」と言われた。

首ががちがちで、頭皮が血行不良でぼこぼこしているそうだ。脚も冷えて固くむくみが酷い、と。

このところずっと頭の筋膜が凝って頭痛がするのを、鎮痛薬と神経ブロック注射でなんとか我慢してきた。とりあえず血行をよくする努力と、毎日10分でも運動をしようと思う。

高田馬場近くの、昔好きだった細い裏道を久しぶりに歩く。

とてもよい雰囲気の多摩旅館は健在。

Ssdsc02820

人ひとりがやっと通れてすれ違えないほど細い家と家の間の道。この道に面していた古い下宿屋のような素敵な建物が無くなって、原っぱになっていた。

Sdsc02835

http://chitaneko.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-bd58.html#search_word=戸山 高田馬場

|

2019年9月23日 (月)

がんの定期検査 / 阿佐ヶ谷 

9月21日

今日も阿佐ヶ谷まで散歩。

薄青紫のルリマツリ(瑠璃茉擬)がまだ元気に咲いている。初夏から晩秋まで次々に開花する花。

初めてこの花を見たのは「ビリティス」という映画の中。なんと優しい色の花なのだろうと思った。

どこからか木犀が匂った。今年は台風の影響か、この香で街が充ちるのが少し遅いような気がする。

阿佐ヶ谷北の、通ったことのない路地を散策していたら、行き止まりの先にいくつかの廃屋を見つけた。

Sdsc02698

私の好きな細い路地と階段。

Sdsc02722

9月20日

癌の定期検査で鎌ヶ谷の病院へ。今日は血液検査とレントゲンのため、いつもの予約よりも1時間早く11時に家を出る。

行きの電車の中と待ち時間にジャン= リュック・ナンシーの 『イメージの奥底で』を読む。

 

甲状腺がんは長年持っていることによって、きわめて進行が速い悪性の癌に突然変化することがある。

私の場合、原発の甲状腺は全摘しているが、肺の粟粒状転移が原発の乳頭がんと同じ性質を持っているので、無数の粟粒が急に進行のきわめて速い癌に変化することがないとは言えない。

そうなった時、まずどういう症状で癌の変化に気づくのですか、と主治医の浅井先生に質問したら、私の場合は、とにかく息が苦しくなる、急激に肺が侵されるので、その苦しさは風邪と間違えるようなレヴェルではないとのこと。

そうなればあっという間(1か月くらい?)に亡くなるそうで、強い(意識が朦朧とする)緩和しか手立てはなく、本人がその状態を記録する余裕などない、と言われた。

現在の定期健診は3か月に一度。ある時に急に呼吸困難になれば、それが甲状腺がんの肺転移の変化なのか、確認のために片道2時間かけて鎌ヶ谷の病院に来る余裕はなさそう。最期は浅井先生に判断してはもらえないのかな、と思った。

考えておくべきなのは猫たちのこと。あとはあまり考えてもしょうがない。

病院から駅までの線路沿いの道で、とても体の大きなジョロウグモを見た。黄色と黒の縞のボディが丸まると輝いていた。カメラを持って来なかったことが残念。

土手の葛の花が甘酸っぱく匂っていた。少しでも触れると儚く落ちてしまうので迷ったが、一房だけ手折って、ずっと左手に持って帰った。電車を3回乗り換えて2時間の道のり。気づくと地下鉄の中で眠ってしまっていたが花を手から落としてはいなかった。

夜に描いたが、少し花の色が褪せて黒紫を帯びていた。

9月14日

阿佐ヶ谷まで友人と散歩。

ヒメムカシヨモギの白い穂綿と茎のしなり具合が魅力的になってきた。まだ青く、本当に素晴らしくなるのはこれからだけれど。

近所で古い建物が壊され、雑草が美しく生い茂るかと思っても、ほんの数週間で真新しい大きな建物に変わってしまう。原っぱのまま休まされている土地はほとんどない。

ほんのわずかな時の姿だが、ハルノノゲシ、ヒメムカシヨモギ、メヒシバ、オヒシバ、カヤツリグサ、ヨウシュヤマゴボウたちのなんとも素晴らしい夏から秋への変化を毎日見ている。

高架の手前で70年代から存在していそうなアパートを発見。こういう建物がまだ少しでも残っていてくれるとほっとする。

Sdsc02454-2

そう言えば、今期やっている「べしゃりぐらし」というドラマで、主人公の上妻圭右(間宮祥太朗)が一人暮らしをするアパートが、私の生家のある西新宿の懐かしい散歩コースのアパートだったので感激した。

紫雲荘、瑞雲荘、白雲荘、東雲荘(順番は忘れました)と並ぶ、それはそれは素敵な古い(60年代後半か70年代築の)建物だ。まだ健在だったことに涙。。。

中野、高円寺、阿佐ヶ谷あたりに、生まれ育った風景と同じアパートがまだ生きていてくれるのに出会うとすごく嬉しくなる。

 

阿佐ヶ谷駅の裏の倒れてしまった胡桃の樹は切り株だけになっていた。

 

この不思議な家、お店ではないようだ。覗く勇気はない。

Sdsc02483-2

中杉通りの一本裏の通り、何年かぶりに散歩したら知らない古本屋さんを発見。懐かしい本を購入。

Sdsc02488

最近あまり見ない小さな手芸のお店を発見。小学生の頃、洋裁の仕事をしていた母に付いて、こういう手芸材料の店に入るのが大好きだった。

Sdsc02489

表生地の切れ端をあてながら裏地に使うのに合う色の布をさがす楽しい時間。変わったかたちのボタンが留められている厚紙、黒い台紙の上の白いレースの替え襟。単純でかわいらしいフェルトの動物。幼い私の別珍のワンピースの胸に付けるために買った小さなダイアのようなガラスの飾り。すべて鮮烈に残っている。

そしてグレイッシュで微妙な差異の色合いの光る刺繍糸がグラデーションに並んでいる引き出しを開けると、胸が震えるほど高鳴った。

光る微妙なグラデーションの色たち。ねじれて束ねてある光沢のある糸。それらを見た時の強烈な感覚は今も色褪せない。

 

|

2019年7月26日 (金)

神代植物公園 日本固有のユリ

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/7-other-flowers-plants/

7月23日(火)

再び神代植物公園へ。午後からところどころ強い雨になるという予報だったので10時半くらいに到着。予報ははずれ、またも蒸し暑い日となった。

山野草園では先日よりも百合が開花していた。

Sdsc01352 
細長い林の中、点々と数十本のヤマユリ。まだ蕾もあるので、あと一週間は見頃。深大寺門近くの林の中にも数本咲いていた。

Sdsc01365

一面緑の夏草の中に、うつむいた大きな白い花が見えるのがたまらない。

ユリの花を描いた絵で、私が子供の頃に最初に心惹かれたのは酒井抱一の「夏秋草図屏風」(風神雷神図の裏に描かれた絵)だった。その理由はススキの緑の葉の隙間から実に微妙な分量の白が見えていて、しかもうつむいているからだ。

子供の頃、山で、実際に何度かその状態のヤマユリを見て感動したことがあるので、抱一の描いたのはヤマユリだと思い込んでいたが、今見ると「夏秋草図屏風」のユリはテッポウユリだ。

Sdsc01207

日本に自生するユリは15種で、そのうち日本固有種はヤマユリ、ササユリ、オトメユリ、サクユリ、カノコユリ、テッポウユリ、タモトユリ、ウケユリの8種。

・・・

最近、大好きなヤマユリとカノコユリについて調べていたら、ちょうど植物会館で、今日から「世界のなかで日本の植物が果たした役割と影響」という特別企画展をやっていた。

メモ。

17世紀に西欧諸国による貿易航路が整うと、まずイギリスからプラントハンターが各大陸へとやって来た。

トラデスカント親子(1570-1638と1608-1662)はプラントハンターのパイオニア。

フランシス・マッソン(1741-1805)はキューガーデンから最初に派遣されたプラントハンターで南アフリカからイギリスへ植物を送った。

日本は北半球の温帯地域の中でも植物の多様性がもっとも高い地域と言われる。

日本と北アメリカ東部はよく似た植物が多くみられる。これは「第三紀周極要素(第三紀周北極植物相)」と呼ばれ、6500万年~200万年前に広く北半球に分布していた植物が南下し、各大陸の中緯度地域に残存することになったもの。ヨーロッパではその多くが(寒冷化に伴う南下が阻まれたために)すでに絶滅。

長崎の出島にケンペル、トゥンベリィ(ツンベルク)、シーボルトの三学者に先立って日本の植物を研究していたクライエル(1634-1698)がいた。

クライエルは1682~83年、1685~86年の2回、来日。日本の画家に描かせた植物画1360枚をドイツ・ブランデンブルクに住むメンツェル(1622-1701)に送った。

当時のドイツの学術雑誌にクライエルが送った植物画をもとにしたメンツェルが執筆した日本植物レポートが掲載されている。そこにはヤマユリとカノコユリの図(「ヤマユリ」と「カノコユリ」とカタカナが添えられている)がある。

Sdsc01401-2

三学者の一人、ケンペル(1651-1716)は自ら描いた植物画(日本語による植物名が添えられている)とともに1695年にヨーロッパへ帰還。『廻国奇観』を1712年に出版。これはカール・フォン・リンネ(1707-1778)が1753年に『植物の種』を出版するより40年余り前。

イギリスの医師ハンス・スローンがケンペルの遺品・遺稿を買い取り、『日本誌』を1727年に出版。

トゥンベリィ(1743-1828)はリンネの愛弟子で、出島に滞在後1784年に『日本植物誌』を完成。

シーボルト(1796-1866)は1823年に来日。1830年7月に現ベルギーのアントワープに到着した時、積載した485種の植物のうち約260種が生き残っていた。それらをヘントの植物園に運び、2ヶ月滞在。

ベルギー独立戦争のさなか、ヘントのカノコユリは1832年に開花し、現地の人々はその美しさに驚嘆したという。

その後ベルギー独立戦争の余波を受けてシーボルトはオランダのライデンへ避難。戦争中、ヘントの植物園に残された日本の植物は、現地の園芸商に持ち出されて増殖・販売され、大部分が散逸してしまっていた。シーボルトは1839年の戦争終了後に返還を求め、80種を取り戻した。

シーボルトはドイツの植物学者ゲアハルト・ツッカリーニ(1797-1848)の協力を得、『日本植物誌』(二人の共著)の刊行は1835年にはじまった。(この中に素晴らしいカノコユリの図版がある。

Sdsc01403

しかし刊行は1844年に中断。シーボルトとツッカリーニの死後、オランダの植物学者ミクェルによって第2巻の後半が刊行された。

ヤマユリ(Lilium auratum)が1862年にイギリスにもたらされると「驚嘆すべき美しさ」と大評判になった。auratumは「金色の」の意味。

Sssdsc01385

シーボルトらによる日本の植物の普及活動が欧米ではじまると、まずユリの評判が高まり、その需要に応えるため、1867年ごろには横浜を拠点としてユリ根の貿易を行う在留外国人があらわれた。

ボーマー(1843-1896)は北海道開拓使として来日したが横浜に転居し、ユリ根などを扱う貿易商を始めた。

鈴木卯兵衛(1839-1910)は横浜植木商会を設立。ユリ根の輸出を始め、1893年に園芸植物全般を扱う株式会社に発展。横浜植木商会の『LILLIES OF JAPAN』(1899年)の図版は素晴らしく魅力的。(左:表紙、中:サクユリ、右:丸葉カノコユリ。)

Sdsc01393

ジョン・シンガー・サージェント(1856-1925)のぼうっと光り輝くヤマユリと提灯のを見た時、衝撃を受けたが、この絵が描かれたのは1886年。日本から入って来たばかりの金の帯と赤い斑のあるヤマユリは、さぞかし輝いて見えたことだろう。

Dsc01396

(この企画展では、ほかにも世界に渡った日本のサクラ、アジサイ、バラ、キク、ハナショウブについての展示があった。)

・・・

私の一番好きなユリの絵といえば、やはり1900年頃に描かれたモンドリアンのヤマユリとカノコユリの水彩だ。たっぷりと涙を湛えたようなカノコユリの絵はすごいと思う。

モンドリアンはオランダで20代の頃に、日本から来たヤマユリやカノコユリを生まれて初めて見て、とても神秘的な美しさを感じたのかもしれないと思うと、感無量だ。

形骸的ではなく、張りつめたようでいてとても傷つきやすい百合の美しさを描くことができたら、と思う。百合を描くのはとても難しい。

植物センター内に貼ってあったサクユリの場所を職員さんに尋ね、植物多様性センターへ。サクユリは伊豆諸島に自生する伊豆諸島固有のユリで、世界最大のユリ。絶滅危惧種。

Ssdsc01414

植物多様性センターの中にもヤマユリが何本か生えていた。芝生の近くにとても背の高いヤマユリが。

Ssdsc01425

植物公園に戻り、再び職員さんにカノコユリはないか尋ねたら、なんと山野草園の入り口付近に、ほんとうに小さなつぼみがついたのが一本。カノコユリも絶滅危惧種。どうか無事に咲いて、増えてくださいますよう。

Sdsc01430

このあと花蓮園できょう咲いている蓮の花を撮影、その後、野生種とオールドローズ園の薔薇をひとつひとつ丁寧に見て歩き、たまだ開花しないショクダイオオコンニャク(燭台大蒟蒻)を見に温室を訪ね、さらに薔薇園を歩き回ったのでクタクタ。

深大寺通りで9割蕎麦を食べた。3時頃から盆踊りの曲(三波春夫の「大東京音頭」)が流れ、太鼓の音が鳴り響いてきた。蕎麦屋に貼ってあるポスターには6時からと書いてあるが、太鼓の練習なのだろうか?

 

 

|

2019年7月10日 (水)

G先生からお返事 / 自己中心的な人/ 白州から贈り物

7月5日(金)

夜10時過ぎ、G先生から待ちに待ったメールを受信してほっとする。今日、私のエアメイルが届いたのだろう。

嬉しいというより緊張で身が引き締まり、胸がどきどき(後悔しないような本づくりができるのか、いろいろ考えすぎて)したが、親友ふたりがとても喜んでくれたので、嬉しかった。

これで一つ滞りがなくなり、本づくりの仕事が進めやすくなる。

7月6日(土)

つい最近、私に多大なストレスを与えた男性(画家としての私に長年「憧れていた」という)に対して、彼の私への不可解な言動について、親友がメールでその意図を質してくれた。

あまりに自己中心的に歪んだ返答が戻ってきたため、親友は驚き呆れ、ふたたび私に代わって彼にメールしてくれた。

その男性とは6月末に一度だけ会食した。会わなければよかったと思う。会った時とそのあとの彼の言動に、私はひどく疲弊した。

「なにか失礼があったら言ってください」と言われたので、私がずっと我慢していたことをメールに正直に書いたら、いきなり会話を遮断された。

そして(私からフォローされてすごく嬉しかった、と彼が言っていたことを自ら全否定するように)、ツイッターでブロックされた。

私はここまで過剰反応されるとは思わなかった。彼は私よりはるかに年下だし、「失礼しました」で終わると思っていた。

が、彼は、正直に言ってしまった私を恨んでいるようだ。

彼に「あなたの態度は、傍から見ても明らかに配慮がなく、相手を軽んじている。自己認識がおかしい。」と私に代わって言ってくれた親友に、ただ感謝。

もうひとりの親友からは「自己中心的な妄想でいい気になってる相手に、まともに話したらダメ。危険すぎる。」と怒られた。

7月7日(土)

七夕。肌寒い雨。陽射しの少ない日は好きなので、高円寺を南から北の端まで散歩。

小さな野原でヨウシュヤマゴボウやヒオウギやハルノノゲシに光る雫をいっぱい見たあと、民家の軒下のヤマユリを見る。

大好きな花なので夢中で撮影していたら、通りすがりの老婦人に声をかけられた。「あら、これ、ヤマユリよねえ。うちも今年はこんなに大きなカサブランカが6つも咲いたのよ。やっぱり、好きな人がいるのねえ。」と。

私はよく夢中で花の写真を撮っている時に声をかけられる。たいていは私より年上のかたに「熱心ですね!」「花、好き?」と。

気象庁住宅の廃屋の近くには、棘が恐ろしい大きなアザミがいっぱいはえていた。

歩きすぎて、全身ずぶ濡れになり、身体が冷えてしまった。

7月8日(日)

陽に色褪せたアジサイ(紫陽花)。最近は雨の中でみずみずしく色づく紫陽花よりも、乾いて微妙な色になった紫陽花に情趣を感じる。

Sdsc00702

きのう見たヤマユリ。

Sdsc00756

7月9日(月)

白州の友人Sから贈り物が届いた。

興味しんしんのチョビとプフ。

桃、杏、ブルーベリー、アスパラ、カリフローレ(カリフラワーと違うらしい)、丸いズッキーニ・・・珍しい野菜がいっぱい。

Sdsc00743

太くて柔らかいアスパラにも感激。

(昨年、北海道の花輪和一さんのところに遊びに行った時、スーパーで売っているアスパラが佐賀県産のだったのでびっくりした。北海道産の太いアスパラは高級みやげものとしてしか売られていなかった。)

 

Sさんが自宅の横に植えているブルーベリーの実がこんなにたくさん!

庭で育てているカモミールと姫薄荷も。とてもいい匂い(猫には薄荷は毒なので注意)。

Sdsc00748

ちゅびも興味しんしんでソワソワくんくん。

Sdsc00751

この野菜たちを、イタリアのチナミさんが送ってくださったウンブリアのオリーブオイルでいただけるなんて、最高に幸せ。

心優しい友人たちに心より感謝。

 

|

より以前の記事一覧