デッサン

2019年10月 1日 (火)

次の本の制作 / 高田馬場

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9月24日(火)

私の次の本(画集)に載せるための評論(解説)の原稿を、編集さんが転送してくれた。鈴木創士さんに次いで、二番目に到着した鵜飼哲さんの原稿だ。

鈴木創士さんのときもそうだったが、鵜飼哲さんもまた、私が常にうまく言葉にできなくて苦しんでいること、私にとっての絵とは何かについて、厳密に言語化してくださっていて感激した。

正直に言えば、ここまで私という「個」の仕事に寄り添い、分け入って、精確に見て、書いてくださるとは思わなかった。

私の『反絵、触れる、けだもののフラボン』を、特にその中でも読みやすいとは言えないだろう若林奮論を、深く、微細なところまで読んだうえで書いてくださっていた。

概念によらないこと、その実践がどのようなものかを言葉にするためには、「言葉」とは何か、言葉でないものを「受容する」とはどういう身体の状態なのか、を言葉にしなければならない。

「前方にあるもの」との「三重の距離」・・それを概念に媒介されることなく、はかること。

素描の「リミット」。植物を描いていることの意味についても。

急に届いた私にとって最も嬉しい贈り物に戸惑い、恐ろしくて胸がざわざわした。

本当に、ありがたすぎて言葉にならず、御礼の言葉をすぐにはメールに書くことができなかった。

9月25日(水)

鵜飼哲さんに素晴らしい文章をいただいたことで、停滞していた思考回路から次の本の新たなアイディアが突如として生まれ出て来、編集さんを煩わせることとなった。

衝動が湧いてくると抑えられなくなり、今まで3、4年もかけて選択していた絵を入れ替えし、久しぶりに夜中まで夢中で仕事した。

深夜2時過ぎにお腹がすき、咽喉が乾いてたまらなくなり、冷凍の枝豆をおつまみに、1本だけとっておいた珍しいビールを飲んだ。

オールドトムというアルコール度8.5パーセントもある黒ビール。

「イギリスで最も古く、最も有名なビールの一つ」、「チョコレートやポートワイン、胡椒の風味を感じさせる、複雑で味わい深いビール」だそうだ。

10年くらい前は、明け方まで夢中で絵を描いていることもよくあった。3時や4時に気がつけばとてもお腹がすいて、食事をし(そんな時間ににカキフライなどを揚げてたべることも)、ビールをがんがん飲んで、外が明るくなってから眠りに着き、昼前に起きたりしていた。

ふとどこからともなく訪れるものを、自分で計画したりコントロールしたりできないので、顕現するものがあった時に、それを逃さないためために、すべてをそこに合わせる生活。頭が回転してくると、すごく楽しくなってきて、疲れも眠気もを感じない。

最近は体調を崩さないように思慮しなければやっていけず、夜に暴飲暴食はしたくないけれど、今日だけは。

9月26日(木)

高円寺でお世話になっていたマッサージ店が6月末に移転になってしまい、ずっと身体中が凝り固まっていたのだが、3か月ぶりにマッサージに行くことにした。電車を乗り継いで移転先へ。

以前お世話になったOさんはもう辞めてしまった。きょう初めてお会いするKさん。

「ここまで酷くなるまで我慢なんてちょっとすごすぎます。肩、背中の筋肉と皮膚ががちがちに固まってはり付いてしまっている。」と言われた。

首ががちがちで、頭皮が血行不良でぼこぼこしているそうだ。脚も冷えて固くむくみが酷い、と。

このところずっと頭の筋膜が凝って頭痛がするのを、鎮痛薬と神経ブロック注射でなんとか我慢してきた。とりあえず血行をよくする努力と、毎日10分でも運動をしようと思う。

高田馬場近くの、昔好きだった細い裏道を久しぶりに歩く。

とてもよい雰囲気の多摩旅館は健在。

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人ひとりがやっと通れてすれ違えないほど細い家と家の間の道。この道に面していた古い下宿屋のような素敵な建物が無くなって、原っぱになっていた。

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http://chitaneko.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-bd58.html#search_word=戸山 高田馬場

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2019年9月12日 (木)

チョビとプフ、1歳になる / 台風 / 結膜下出血

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9月12日(木)

台風による千葉県の深刻な被害。友人のことが気がかりだ。

きょう、生協から届くはずの千葉県八千代市の低温殺菌牛乳も欠品だった。停電による乳業工場の停止や乳の廃棄も気の毒だが、暑さで牛たちの命がすごく心配だ。

・・・

きょうは、1年前、生まれたばかりのチョビと初めて対面した日。

チョビは9月10日に拾われ、翌日、Sさんが預かった。

Sさんと同じの社宅の人が、ご自身は猫アレルギーにも関わらず、保護してくれたそうだ。猫用ミルクをスプーンでやっても自力でなめることもできず、ぐったりして、眠ってばかりいたらしい。

後のことを考えずに、とにかく拾ってくれたかたに感謝です。すぐに拾われなければ死んでいただろうから。本当にチョビは頼りなくて、よたよたしていて、死にそうな赤ちゃんだった。

9月11日にSさんから電話を受けた時、私は飛び上がるほど驚いた。6月にちゅびが落ちていたのとまったく同じ場所に、またも生後10日くらいの猫の赤ちゃんがひとりぼっちで落ちているなんて、そうあることではないから。

拾われたばかり(2018年9月10日)のチョビ。

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そしてさらに9月30日、台風直前の雨の中で、プフがSさんに拾われた。

ほんの少しのタイミングがずれて、優しい人に拾ってもらえなければ、ちゅびも、チョビも、プフも、今頃生きてはいなかった。

その後、Sさんの住む社宅の裏に、避妊されていない野良猫の群れが住む場所が発見された。Sさんや保護団体の人たちによって、たくさんの野良猫たちが保護やTNRをされた。

最近のチョビ(鉛筆スケッチ、デッサン)。

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最近のチョビとプフ(鉛筆スケッチ、デッサン)

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近所のなぎ倒されていたオシロイバナ(白粉花)は全部引き抜かれて無くなっていた。枯れて花が緑色に変わっていたアジサイ(紫陽花)も、なにも残されていなかった。

9月10日(火)

結膜下出血していた右目の血はほとんど吸収された。

国産の鷹の爪や有機野菜を買いに阿佐ヶ谷まで自転車を走らせる。唐辛子は収穫されたてで、乾燥していないものしかなかった。

駅近くの、小さくて素敵な庭(かつてこの庭には「ご自由にお入りください」という札がかかっていて、私は喜んで入らせていただいた)。その古いお家の、私が好きだった胡桃の木が、台風で根から倒れてしまっていた。大きな葉の優しい樹だったのにショック。首都圏を直撃したのは観測史上最大の台風だったらしい。

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欅屋敷の敷地内に重機が入っていた。小学校側にあった3軒の素敵な建物、おしゃれな帽子屋さんと飲み屋さんの跡はもう駐車場になっていた。なんとも淋しい。

この貴重な生態系をも守っている屋敷林を、一部の人の金儲けのために潰すとしたら最悪の愚行だ。

https://waku2.hatenablog.jp/entry/20180623/p1

9月9日(月)

台風が去り、気温36℃。東京は9月としては27年ぶりの暑さだとか。

「血だまり」だった右目がやっと「酷く充血」の程度まで回復。2週間ぶりにクリニックに星状神経ブロック注射に行く。

カーテン越しに看護師さんとほかの患者さんの「きのうは怖かったですよねえ。3時頃から眠れずにずっとテレビを見てました。」という会話が聞こえた。朝、業務スーパーの大きな看板の半分が落ちていたと。

街路は踏みしだかれてチリチリになった青いイチョウの葉の芳しい匂い。まだつるつるした黄色いサクランボのような銀杏が落ちていて、見上げると枝には実がひとつも無かった。

毎年、咲き始めの頃から気にして見ている近所のオシロイバナは、そうとうへし折られ、なぎ倒されていた。

9月8日(日)

夜中から最大規模の台風が関東を直撃するという。空気がむんむんしている。昼に一度ざあっと雨が来て、すぐに地面が乾いた。

夕方5時、嵐の前にことさら高揚するように、近くを通る馬橋神社の山車のお囃子が大きく響いた。3匹の猫たちは一瞬びっくりしていた。

夜11時頃、大雨。まだ風は無く、垂直に打ちつけていた。

未明、3時過ぎに、風のうなり声が凄すぎて眼が覚めた。それから3時間くらい眠れなかった。

ちゅびは、私の右側に、プフは左側にべったりくっついて寝ていた。

チョビはゴロゴロ言いながら私の胸に乗っかってきてすりすり甘え、足元のほうに降りて行くのをくり返した。

5時前、アンティークの木製踏み台の上にちゅびが上り、外を見ていた。プフも続いて上り、狭い足場で押し合いながら目を丸くしていた。

私も一緒に、雨が打ちつける窓ガラスの向こうを見ると、吹き荒れる雨風に、街路の決して細くもしなやかでもない公孫樹が、激しく揺すぶられて狂った鞭のようにぶんぶんうなっていた。

植物たちは逃げることもできず、ただ晒されているしかできない恐ろしい光景。

プフがちゅびの背にまたがろうとして、踏み台のてっぺんから落ち、代わりにチョビが上って外を見ていた。

こんな日、外にいる猫たちはどこに隠れているのだろう。

台風や猛暑や雪の日があるたびに、今、どれだけの野良猫たちが死んでしまうのだろうか、と想像して、胃のあたりがぎゅっと痛くなる。

9月7日(土)

友人と出かける。まだ右目の血の色が異様なのでサングラスを使用。

9月3日(火)

朝、起きたら、右目が結膜下出血を起こしており、白目の半分以上が真っ赤。ホラー映画のよう。

以前に一度経験があり、眼科に行ったが検査だけで治療はなかった。視界は変化なく、痛くもないので眼科に行かずに様子を見ることにする。

温めたほうが速く吸収されるそうなので、お湯を入れたカフェオレボールを一日に何度も眼の上に当てていた。

 

 

 

 

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2019年8月23日 (金)

猫たちのこと

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8月23日(金)

夕方6時から、阿波踊りの前夜祭のお囃子が大きく響いた。うちの3匹はこのお囃子を聴くのが初めてだから、最初は少しびっくししていたようだ。

〇ちゅび、1歳と2.5ヶ月。6.2kg。キジ白。

一歳になった頃、はしばみ(薄茶)色で藍色の虹彩の周りだけが緑色に滲んでいた目が、緑色に変わった。

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おなかがすいた時にうるさく鳴くので困っている。朝6時に食事をあげた後も9時過ぎまで大声で鳴く。その後、私が眠ってしまうと、横に来てどかっと私の上に半身をのせるようにくっついて眠る。

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固い短毛。筋肉質。野性的。イエネコの原種であるリビアヤマネコの遺伝子構造に近い?甘えんぼうだが噛み癖が抜けない。

しばらく外にあずけられていて帰ってきた時、私やチョビ、プフにシャーシャーと怒った。臆病でわがまま。

 

〇チョビ、11.5  ヶ月。5kg。

赤ちゃんの頃は真菌でからだ中剥げていて、短毛かと思っていたが、プフよりさらに長毛。

雑種だが、「ターキッシュバン」というトルコの珍しい種類の猫にそっくりなことが最近判明。

(この下の画像はチョビではなく、ターッキッシュバンのWikipediaからお借りしたものだが、チョビによく似ている。)

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うちのチョビ。↓ 頭の耳のついている部分としっぽが茶トラ。毛が長くて信じられないほど柔らかいのもターキッシュバンの特徴と一致。

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6月の初めに眼瞼内転の手術をしてから眼の炎症はなくなった。

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真菌で身体中の皮膚がボロボロになっても、身体を洗って乾かすドライヤーにも、掃除機の爆音にも恐怖せず、おなかがすいても大声を出すこともなく、私のところに走って来てゴロゴロすりすりするだけ。とても賢く、我慢強く、素直で育てやすい子。

 

〇プフ、同じく11.5ヶ月。3.5kg。

赤ちゃんの時、青(右)と灰色(左)のオッドアイだったが、左目がトパアズ色に変わった。

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雑種だが、ペルシャ ターキッシュアンゴラの白にそっくり。

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チョビと同じ環境で同じ親のもとに生まれたので、真菌におかされていたが、チョビほど弱い個体でなく、抗生物質を飲ませる必要なく、しっぽが少し剥げていただけですぐに回復。

早熟で発育が良く、生後早い時期からでミルクを飲まずにカリカリを食べていた(赤ちゃんなのにすごいと言われた)。

初めてうちに来た時は、先輩猫2匹を押しのけてカリカリをガツガツ食べていたのは、サバイバルのために必死だったのか、最近はすっかりのんびりおっとりしてしまって、ひとりだけ食事の時間に食べないで寝ている。ほかの2匹からずっと遅れて、私にニャアニャア催促。

ちゅーるをのせないとカリカリを食べない。

現在は逆にチョビよりずっと小さくて、赤ちゃんぽい。

今になって充たされていなかった甘えの欲求が出ているのか、しょっちゅう私の膝に乗ってくる。ゴロゴロしならよく私のからだで足踏み。お母さんのおっぱいが恋しいみたい。

部屋の隅におしっこしていたことが発覚。床を掻きだしたらすぐに抱き上げて急いでトイレの砂の上にのせれば、そこでおしっこ(これではトイレの躾前の赤ちゃんと同じ)。

去年の12月2日のちゅびとプフ。ちゅびの眼の色はハシバミ色、プフの黄色い左眼はグレー だった。

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・・・

昨日、ツイッターで野良猫の話題に明るく応えることができなかった。それからずっと心がざわざわしっぱなし。

暑い夏ならノミによる貧血やパルボ、寒い冬なら風邪などで、外にいる赤ちゃん猫はあっけなく死んでしまう。

イタリアのアミアタ山の頂上で出逢ってしまった、亡きちゃびの面影の、茶白のちっちゃな女の子の姿が脳裏をぐるぐる巡って、たまらなく苦しい。

山の斜面の写真を撮ろうと、よじ登った巨岩の陰に、奇跡のようなあの子を見つけた時、心臓が止まるかと思った。

(茶白のメスは非常に少ない。そしてその子は本当にちゃびに似ていた。)

イタリアで、旅行の途中だっかたら、どうしようもできなかったのだけれど、本当にどうしようもできなかったのか、何かできることがあったのではないか、なんとも言い難い悔恨と自責の念で居ても立ってもいられないような気持ちになる。

 

 

 

 

 

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2018年12月29日 (土)

猫の絵、枯れたアネモネ

12月29日

年の暮れは嫌いだ。とても働き者だった元気な頃の母と祖母を思い出して、胸が苦しくなるから。

おせちは味が濃すぎておいしくないし、初詣も人が多くて疲れるので私は好きではなかったが、母や祖母の楽しそうな顔を見ることだけが嬉しかったのだと思う。

大きな鍋にいっぱいの煮物をつくっていた祖母の姿や、母と正月に飾る花を買いに行った時のことばかり思い出してしまう。

しゃれた高級な食べ物に私自身は興味がないが、華やかに飾られているスーパーに行けば、あれもこれも、母が今まで食べたことのないおいしいものを、食べさせてあげたかった、と涙が出てしまうから。とても辛いので年末とお正月は嫌い。

・・・

猫の絵。

赤ちゃんの頃のちゅび。

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(Cat drawing, dessin)
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生後3か月目の時のちゅび。運動能力抜群のやんちゃっ子。
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現在に比べるとずいぶん細かったちゅび。
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禿げていた毛も生えそろい、日ごとにたくましくなってきたチョビ。毛の質はちゅびと違って柔らかくベルベットのよう。薄茶の縞のしっぽだけが長毛。
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ちゅびとチョビ、プフ。対面して3日目にはお互いをなめてあげるほど仲良しになった。特にちゅびとチョビはオス同士なのに、じゃれあいのボカスカはするがまったくいがみ合わず、お互い優しいのに驚いた。
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大きいちゅびにのっかるプフ。恋人同士のような(実は4つ子のうちの別々の日に落ちていた2匹)プフとチョビ。
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去年のすっかり乾いたアネモネ(冷蔵庫に保存していた)。
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(dead and dried anemones, watercolor painting)

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2018年12月22日 (土)

猫の絵、動物の犠牲について、デリダ

12月22日

猫の絵(Cat drawing, Dessin)

わずか100gちょっとで拾われた日のチョビ。初めて病院に行った日(135g)のチョビ。

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小さな犬のぬいぐるみだけに甘えていたチョビ。
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真菌によってしっぽ、手足、首の毛がはげたチョビ。特にしっぽが真っ赤で痛々しかった。
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ひとりぼっちではなくなったチョビとプフ。
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「〈殺すなかれ〉は、ユダヤ・キリスト教の伝統のなかでは、また明らかにレヴィナスによっても、〈生物一般を死なせてはならない〉という意味で解釈されたことは一度もない」。

「人間主義を超えて」存在の思考を推し進めたはずのハイデガーも、犠牲(サクリファイス)のエコノミーを問いなおすことはできなかった。

ハイデガーでもレヴィナスでも、「主体」とは、「犠牲が可能であり、生命一般の侵害が禁じられていない世界における、ただ人間の生命に対する、隣人である他者の、現存在としての他者の生命に対する侵害だけが禁じられている世界における人間なのだ」

(「〈正しく食べなくてはならない〉あるいは主体の計算――ジャン=リュック・ナンシーとの対話」)。

こうしてデリダが、ユダヤ=キリスト教も含めて、西洋形而上学の「肉食=男根ロゴス中心主義」を問題化する。

それは、現代の動物実験、生物学実験に至るまで、「肉食的犠牲が主体性の構造にとって本質的である」ような世界である。

いまからほど遠くない過去に、「われわれ人間」が「われわれ成人の、男性の、白人の、肉食の、供犠をなしうるヨーロッパ人」を意味した時代もあった(『法の力』)。

(高橋哲哉『デリダ――脱構築』(講談社)より引用)

・・・

「 問題は(略)動物が思考すること、推論すること、話すこと等々ができるかどうかではない。(略)先決的かつ決定的な問いは、動物が、苦しむことができるかどうかであるだろう。《Can they suffer?》

この問いは、ある種の受動性によっておのれを不安にする。それは証言する、それはすでに、顕わにしている、問いとして、ある受動可能性への、ある情念=受苦(passion)、ある非‐力能への証言的応答を。「できる」(can)という語は、ここで、《Can they suffer?》と言われるやいなや、たちまち意味および正負の符号を変えてしまう。

「それらは苦しむことができるか?」と問うことは、「それらはできないことができるか?」と問うことに帰着する。

(略)苦しむことができることはもはや力能ではない。それは力能なき可能性、不可能なものの可能性なのである。われわれが動物たちと分有している有限性を思考するもっとも根底的な仕方として、生の有限性そのものに、共苦(compassion)の経験に属する可死性は宿っているのである、この非‐力能の可能性を、この不可能性の可能性を、この可傷性の不安およびこの不安の可傷性を、分有する可能性に属する可死性は。」

(ジャック・デリダ『動物を追う、ゆえに私は(動物)である』(鵜飼哲訳、筑摩書房)より引用)

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2018年10月24日 (水)

ちゅびとチョビの記録 / イタリアの旅の記録16(10月2日)

10月24日

きょうのチョビ。

チョビより後から保護され、チョビより全然元気で、もうとっくにカリカリも食べているチョビの妹、白い長毛の雪ちゃんとチョビを交換して預かるお話が出ている。

雪ちゃんがもしうちのちゅびと相性がよければ、私と一緒に帰宅できるかもしれない。しかし慎重に様子を見なければ。

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きょうのちゅび。

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10月23日(火)

きょうのチョビ。

午後4時すぎ、病院で真菌感染の治り具合を診てもらう。

ほとんどよくなっているが確実に治すため、トラコナを2週間飲むことになった。もう800gもあるので、抗生物質を飲ませてもだいじょうぶとのこと。

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きょうも元気いっぱい。遊びまくるチョビ。

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きょうのちゅび。

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元気。

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紙を齧って破ることを覚えた。

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イタリアの旅の記録16

10月2日(火)

イタリアの旅ももう最後。

午前中はホテル近くのスーパーへ。イタリアのスーパーは東京では食べられない珍しいおいしいものがいっぱいで、とても楽しかった。

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イタリアの魚介。
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イタリアと言えば燦燦と降り注ぐ太陽に映えるレモンのイメージがある。昔、カプリ島に行った時、金色に輝くレモンが鈴生りの樹が美しかった。
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日本ではなじみのないルピナスの実。しょっぱくて香ばしい枝豆のような味。
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イタリアのおみやげはほとんど何も考えていなかったのだけど、乾燥したポルチーニを一袋だけ買った。

(今、私とチョビがいるところは調理ができないので、まだ食べていない。帰宅したら有機全粒粉スパゲッティにたっぷりの野菜と魚介とニンニクを入れて食べたい。)

ミラノでは大聖堂のほかは特に撮りたい意欲をそそられる建物がなかった。どこを撮っても面白かったヴェローナとは対照的だ。

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きょうはこの旅の最後の目的、アンプロジアーナ図書館の絵画館へ。本当はここに収蔵されているピサネロのデッサンを見せてもらうことが目的だった。

とにかく私は以前よりピサネロに関心があり、特にピサネロのデッサンを見たかったのだ。

数か月前にアンプロジアーナ図書館の資料は事前に閲覧許可を申請しなければいけないことがわかり、さらにピサネロのデッサンは予約して閲覧可能な資料の項目に入っておらず・・・。

閲覧をお願いするため、チナミさんが、なんとアンプロジアーナ美術館長のRocca枢機卿に特別許可を願い出るメールを書いてくださったのだった。

しかし非常に古くて痛んでいる最重要の資料のため、閲覧許可は下りず、そのかわりにアンプロジアーナ美術館の入場許可をいただいた。

ふたりで30オイロくらいの入場料が無料になったのだから、まあ幸運だ。

アンプロジアーナ絵画館は落ち着いたよい雰囲気の美術館だった。

ボッティチェリの「パビリオン(天蓋)の聖母子。(画像はお借りしました)

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修復をしたのか、実物はこの画像とは彩度が異なり、まったくくすんでいない派手な色調だった。緞帳と聖母の服の色は真っ赤、キリストを支えている天使の服の色は鮮やかな桔梗紫、左端の天使の服の色は山吹色だった。

私はこの画像のようにくすんでいたほうが、よりメランコリックで好きだ。

それぞれの表情、服の襞の描き方、非常に優美で豊か。


ヤン・ブリューゲル(父)(花のブリューゲル)の花の静物画は2点あった。

暗い背景に浮かび上がっている色とりどりの花たち、一輪ごとにその個性と差異を訴えるように、丁寧に精緻に描かれている。

(チナミさんが見つけてくださった画像。)
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これはひとつ、ひとつ、丹念にディテイルを味わい、そこここに生起しているドラマに時を忘れて見入るような花の絵だ。

(チナミさんが見つけてくださった動画。)

https://m.youtube.com/watch?v=l5tetKtu3jc

イトトンボ、ハナムグリ、蝶、芋虫なども時間をかけて見た。

ヤン・ブリューゲル(父)の淡彩素描が1点見られたのでよかった。ネズミと、薔薇と、蝶と芋虫。薔薇はことさらにくねっていた。


最後の暗い部屋にあったカラヴァッジョの「果物籠」。

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この絵も不思議な絵だった。

ひとつひとつの果実や葉が、びしっと一部の隙もなく決まっている。虫食いの林檎、半透明にけぶる葡萄、洋梨、黄桃、青い無花果。

恐ろしい静謐。

一番右に描かれている葡萄の葉は影のようなシルエットのみ。なぜか無花果の右端に茎が隣接している。

レオナルドダヴィンチのデッサン(素描)をいくつか見ることができて面白かった。今回の展示は、音楽や楽器に関係する素描だった。

アンプロジアーナ絵画館を出て、空腹に耐えかねて、食事する店をさがして彷徨った。そして、この旅がもう最後という時になって、この旅最大の失敗をしてしまった。

うっかり裏通りのこの店に入ってしまったのだ。この店は最悪にまずかった。イタリア人ではないアジアの人がやっていて、メニューの写真とは別物の、イタリアンではないようなものが出て来た。

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ああ、こんな失敗をしてしまうとは!と後悔でいっぱいで歩いていた時に、前からすごく愛嬌のあるかわいい仔ちゃんが。

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この仔と会えたので少し慰められた。
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10月2日のチョビ。

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10月2日のちゅび。

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2018年9月16日 (日)

ちゅび(ぴょんすけ)の記録 9月16日 白血病検査

9月16日

明日の朝、私はイタリアに旅立つ。

昨年、はるかイタリア中部からメールをくださり、私の一番苦しい時期にずっと変わらず支えてくださったChinamiさんのお宅にお世話になりに行きます。

今、心配なのはちゅびのことばかりだ。

朝9時前にちゅびを連れて病院の扉の前に並ぶ。もうすでに3組くらい並んでいた。

快作先生がTシャツ姿で犬のハナちゃんを背負って「おはようございます!」と出勤して来られ、扉が開く。

待合室で、ちゅびはキャリーのネットの隙間から強引に鼻づらを出して大騒ぎ。

白血病の血液検査。「大きくなったネ。」と快作先生(よくここまで生き延びてくれたね、と内心、涙。。)。

結果は陰性だった。陰性なら予防接種としてワクチンを打つのかと思っていたら逆で、陽性だった場合に打つということだ。

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公園の満開の彼岸花の前で撮ろうと思ったが、座って煙草を吸っている人がいたので、花のない紫陽花と椿と南天の前でちゅびと。
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帰宅してから、ちゅびはずっと私の膝の上でゴロゴロ甘えっぱなし。お風呂にもついて来る。

眠りながら赤ちゃんの頃にお乳を吸っていた夢を見て口をチュッチュッチュチュッと動かしているのがとてもかわいい。

ちゅびが愛しくて愛しくてたまらない。明日から離れることを思うと胸がぎゅっと絞られる。

きょうのちゅびの素描(デッサン)。

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ちゅび、元気にしててね。
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2018年9月15日 (土)

ちゅび(ぴょんすけの記録) (9月14日~9月15日)

9月14日

きょうはちゅびがうちの子になった日から3か月目。

拾った頃は少し寒い雨の日もあり、脱水してミルクもうまく吸えず、ヘルペス(ウイルス性鼻気管支炎)もあった。

それから身体中ブツブツのカサブタだらけになって、この子は長く生きられないんじゃないか、と不安で泣いてしまったり。

今は2回のワクチンで抗体もばっちりできて、元気いっぱい。

心配なのは私がイタリアに旅立つ間、ちゅびを預けている友人が、新参の赤ちゃんチョビも24日頃に預かることになっていることだ。

扉の閉まる部屋(風呂、トイレ、洗面所)に隔離し、キャリーの中だけで授乳、排泄させて、手をAP水消毒する。それを10日間、私が帰国するまで絶対にちゅびに間接的に接触させないようにできるだろうか。

ちゅびねこの赤ちゃんの時の素描(デッサン)。

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かつて一緒に撮ったシュタイフ猫のぬいぐるみとちゅび。
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2018年6月23日のシュタイフ猫ぬいぐるみとちゅび。
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ぬいぐるみのほうが大きいくらいだった。
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ぴょん!
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9月15日

一日中私にくっついているちゅび。

昼は私の膝の上。夜は私の枕の上で、私の頭や首に半身をのせるようにして眠る。

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旅行の準備、ちゅびのことが心配でそわそわして自転車の鍵を失くしてしまった。

今のミヤタの自転車を買ったKサイクルのおじさんに鍵を付け替えてもらう。

自転車の後輪を右手で持ち上げながら店まで行くのが重くてたいへんだった。右の指の付け根が痛くなった。

おじさんのお店はは昭和21年からだそうだ。現在81歳。背筋がぴんと伸び、休日には多摩川で鮎を釣ってくる元気な人。私はここのおじさんにとてもお世話になっている。

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2018年3月15日 (木)

『デッサンの基本』重版(第30刷り)

3月6日

『デッサンの基本』(ナツメ社)、3月6日に重版のお知らせをいただきました。

これで30刷りとなりました。

ご購入くださった方々、誠にありがとう存じました。

自分の眼で見たものを(勝手な妄想でなく)そのままに描いてみたいと思う人の参考に、少しでもなれたら幸いに存じます。

初心者のかたにも、鉛筆一本でも描ける、楽しい世界を知っていただけたらと思います。

最近描いたちゃびの素描。在りし日の写真を見て描きました。

ちゃびが亡くなってからずっと辛すぎて描くことができなかった。

これらの素描は、今、パラボリカ・ビスというギャラリーに展示しています。(これらの小品はおそらく第1期のみ、4月2日までで展示終了となります)

よろしければご覧いただけたら幸いです。

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2018年1月21日 (日)

変わり咲きのラナンキュラス / 大宮八幡神社

1月10日

1月8日に、久しぶりにオランダ屋さんに行ってアネモネを買ったら、「これ、日にちが経っちゃたんですけど、よかったら飾ってください。」とラナンキュラスを4本もおまけでくれた。

特に変わり咲きのラナンキュラスが素晴らしくて「わあ、それすっごく素敵!最近の種類ですか?」と大喜びしたら「喜んでもらえてよかったです。」と切り花用の水に入れる薬までいただいた。

このねじれた絞りの花弁のラナンキュラス。

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1月16日(火)

カメラマンさんに新しく撮影してもらった作品画像約100点の点検。

1月17日(水)

きょうは14~15℃くらいに暖かくなるという予報を信じて家を出てしまったらすごく寒い。

布花の資材を買いに中野へ向かった電車の窓から、現在の気温8.5℃という電光掲示板が見えた。

古本を4冊買い、いつもの天ぷら屋さんで食事。その後資材屋さんへ。

さらにもう一軒の資材屋さんを目指し、東中野へ。店員さんにいくつか質問した。

1月18日(木)

きのう暖かくなるのは予報間違いで、今日こそ暖かくなる、という予報を信じて家を出たら、すぐに陽が陰って寒い。今にも雨が降りそう。

善福寺川にはたくさんの鴨が来ていて、おしりをぷるぷるしながら水に潜っていた。高い樹の上にはツグミの巣があり、鳥たちが集まって騒いでいた。

もう何年もやっている護岸工事に気持ちが暗澹となる。川沿いの植物が繁茂していたひなびた細い道や小さな植え込みが滅茶苦茶に破壊されている。杉並区立郷土博物館の裏のテニスコートのあたりを全部潰して大きな貯水池をつくるらしい。

以前から気になっていたスダジイがまだあったので嬉しかった。この樹はサルノコシカケのような茸と湿った苔に覆われていて塀と門の間にどっしりと存在している。

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巨樹を見たくて大宮八幡神社へ。

私は俗に言われるパワースポットなどスピリチュアルなものを一切信じず、応仁天皇などへの信仰心はないのだが、鎮守の森の鬱蒼とした空気に触れたくて行ってみた。

神社が建ったのは1063年。ここは東京のへそにあたるそうだ。

大鳥居をくぐってすぐに森の木々の匂い。カエデ、シイ、クスノキ、カシワ・・・。数百年は生きている木々の下を歩くと落ち着く。

キエーッ、キエーッ、キチキチキチキチ・・・カァ、カァ、カァとヒヨドリ、ツグミ、カラスなどが枝のとても高いところで囀っていた。

男銀杏と女銀杏のてっぺんにはカラスがいっぱい。

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境内に咲いていたジュウガツザクラ。

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飼われているチャボ。

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お宮の横の森には去年の色とりどりの落ち葉。

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私は極度の末端冷え性なので、神社を出る頃は冷えすぎて手首から先が紫色になって痺れてきた。これはまずい、このままでは寒さで熱を出してしまいそう、と緊急避難で近くの不二家に飛び込んだ。

一杯の白ワインを飲んだら、すぐにちゃびのことを思い出して胸が苦しくなり涙がこぼれた。

そのあと永福町でサラダとお寿司と熱燗を少々。

1月19日(金)

新宿の銀行へ。そのあとMと会う。

『夕凪の街 桜の国』を読む。

阿佐ヶ谷で久しぶりにピザを食べる。

ここ10年以上、ずっと食べたいと思っていたが近所では売られていなかった八朔を高野青果で買う。

八朔の懐かしい苦みと香りがほっとする。みかんや甘夏よりずっと好きで、子供の頃はよく母と食べた。

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