デッサン

2016年9月 4日 (日)

対論:未知のアントナン・アルトー 

9月2日

室伏鴻アーカイヴカフェ、SHYでのイヴェント「対論:未知のアントナン・アルトー」に(編集のOさんと)行ってきた。出演は宇野邦一さん、 鈴木創士さん、荒井潔さん、岡本健さん。

早稲田にある、かわいい小さな喫茶店は超満員。定員15名くらいと聞いていたのに、40人くらい(?)集まった。今日はひどく暑く、会場は熱気むんむん。

河出書房新社から『アルトー後期集成 2』が出たので、それに関わるお話。

写真は左から荒井潔さん、岡本健さん、鈴木創士さん、宇野邦一さん。

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私の心がすごく顫動した話は、

「ピエロ・デラ・フランチェスカの塵と光」

フランチェスカには光る不思議な粒子があると思う。色の中の色。色の外の色。

「アルトーは崩壊そのものを詩的体験としてつぶさに描き続けた」ということ。

「狂気と言われる状態で、同時にアルトー、ニーチェ、ゴッホははっきりとヴィジョンが見えていた」ということ。

「アルトーは常に書いていた。地下鉄でもデッサン、線を引いていた。ベケットも常に書いていた。散歩、息、食べ方、沈黙、すべてが文章になる稀有な詩人」ということ。

そして「アルトーは自分の経験の固有性が盗まれることを極端に嫌った。決して言語以前の世界を目指しているわけではない」ということ。

私は、共有不可能な固有の体験がどのようなものであるか想像しようともせずに、私の言葉のうわずみだけを有頂天で盗用したり、私の身体にかかる重圧を面白がって収奪した人間を殺してやりたいほど憎んでいる。

私は自分たちはなにひとつ身体に損傷を負わずに、当事者を置き去りにして「知のおしゃべり」を楽しむ人たちが大嫌いだ。なんでもすぐに「わかります、わかります」と言ってくる人が嫌いだ。

不安で心細く張りつめた真に自由の旅ではなく、「漫遊」をしてものを書く人が嫌いだ。

立ち止まって眼を凝らして見ることさえせずに、些末なことについて、さも何か感じたように大袈裟なそぶりをして見せる人が嫌いだ。神経が死んでいるのだと思う。

そういう体験がよみがえってきて、胸が焼けつくような感じがした。

・・・・

4人のかたがたのお話は、たいへん内容が濃く、私は聞き書きしていたが、A4の紙、3枚の表と裏にびっしり書いても足りなくて、そのあとは小さな余白に書き連ねた。

その聞き書きの中から、ほんの一部を自分のためのメモとして、ここに抜き書きしておきたい。

宇野邦一さん・・・

アルトーの生誕120年になり、アルトーの読み方はどんどんかわってきている。

アルトーは実験演劇の提唱者として世界中で読まれた時期があった。寺山修司は影響を受け、成功。

精神病院でデッサンとともに書き続けた400冊のノートに触発されて、デリダ、ドゥルーズ、ガタリなど新しい哲学が生まれた。

荒井潔さん・・・

第3巻(『アルトー後期集成 3』)、『カイエ』について。

フランスでも大きな動き。『カイエ全集』が2012年、2015年にまとめて出る。

第2巻(『アルトー後期集成 2』)、『手先と責苦』。最後の作品集。死後30年。反社会、反宗教。

乱暴な言葉も細心の注意を払って書かれている。何度も推敲。口述筆記。断片。

『冥府の臍』、『神経の秤』、あえて雑然。

3部構成と序文。1947。序文の語りが奇妙。非人称。予言者。

第1部「断片化」。8つの独立したテクスト。

息もたえだえに行われる文化。身体を持つ前に根絶やしにされたひとつの文化。

トーテム。手に負えない獣性の深い穴。私の殺されたトーテムたちを寄せ集める。

損傷された身体をなんとか再集結しようとしているみじめな胃袋。

人間以前のけもの。まだ生まれていないが、大地が与えてくれるであろうもの。

現存の文化の外に立つ。

文盲。神秘。人間の生まれていないトーテム。

ポポカテペトル。文化の再検討。人間と身体の根本から見直し。

一者と自我・・・己を見ない。

二者・・・常に見る。

鏡像という分身を拒絶。砕け散った、内側から生きられない身体。それを見る眼。死の模造。

ヨーロッパのシミュラークルを離れ、自分の生きた身体をもって横断する。

「家畜小屋の母たち」。ロートレアモンについての手紙。ふくれあがった魂の袋。血を流す肉色の袋。

6つ追記。女性たちが死体として。アフォリズムではない、ヴィジョン。私は見た。動詞。

フラグマンタシオン。「断片化」されたもの。間隙。

不可視の統一体。身体の作業。

第2部「書簡」。手紙の受け取り手は生き証人。相手に態度決定を迫る。

1.閉ざされた世界、夢、葛藤。

2.外界の人に訴える。

3.社会への反撃。言礫(ことつぶて)。アンテルジェクシオン。

第3部「言礫」。いわゆる正常な、しかし空疎な意味を削ぎ落とし、凝縮した言葉をちぎっては投げかける。

三幕の復讐ドラマ。出版計画がとん挫したことで一冊になった。書物が必然的にまとう身体構造が明らかになった・・・「残酷」。晩年、3という数字を激しく嫌悪。

『手先と責苦』。ノートの裏。構成主義的側面。論理を構築する。

ポール・テヴナン・・・意味で読めるものとしての『カイエ』。

ローラン・ド・ブルイエ(?)・・・読み方を3つくらいに分けた。1、理論でまとめる。2、反復になるが、これは正しいとつき従う。3、理性的な読み、つまづいて止まる。ブルイエとしては3。

アルトーは意味を突き抜けてしまうくらい意味がある人。極端に意味の人。身体の叫びなんだから意味なんて考えなくていい、というのは怠惰。

鈴木創士さん・・・

ポール・テヴナン、「わが心の娘たち」。女優。その娘、幼児、ドミニーヌ。晩年のアルトー、52歳、手をつないで幼稚園。

ジャック・リヴィエール。ガリマール社に詩を拒絶されたことを批判した書簡集。

思考ができない。ものを考えることの中心、思考の崩壊。生理的次元。

思考の中心には崩壊がある。過激。

『へリオガバルス』・・・構成、古典的。

『ヴァン・ゴッホ』・・・古典的とは言えないが理解できる。詩的だが、構文的にはおかしくない。

『タマウマラ』・・・メキシコ。人類学的な旅とは違う。ペヨーテ、ペヨトルの儀式に関わる。麻薬。コールリジ、ドラッグをしながらものを書くことにおいてアルトーに匹敵するのはバロウズ。

「この私の肉体という最悪。」「私の中へ脱臼。」

アルトー・・・自分自身の「中の外」へ出て行くため、分裂を繰り返す。「断片化」。

文化人類学者・・・自分自身の中に入る。

アンリ・ミショー。ヒッピー、中に入って拡大。

演劇的。演劇とはなにか。構成と分裂。極端にあらわれる。

ギリシャ悲劇の戯曲。

最後の『手先と責苦』。

寺山修司。この演劇を支配しているのは誰か。演劇によって演劇を(黒子が)ぶっつぶす。当時は、外で闘争やってるのに舞台でなにやってるんだろう、と腹がたったけれど、今にして思えば天才的。

日本の舞踏家たちへの影響。自分の中に出て行く。原理とのたたかい。

土方巽。「肉体の中にはしごをかけて降りて行く。」

全ての帝国は滅ぶ。アナーキー。古代原理の闘争。太陽神、アマテラス、アポロ。

『へリオガバルス』。アナーキーとは統一の感覚を持つことだ。塵の感覚でもある。

歴史はカオス。事物の分裂。事物の多様性。統一の感覚。

ルネサンス芸術。ルーカス・ファン・ライデン「ロトと娘たち」が演劇のイメージ。アルトーは近親相姦のこだわりも強い。火山の爆発。船が沈んでいる。

アンジェリコ、フランチェスカ、マンテーニャをルネサンスから分ける。

演劇・・・音声、身振り、ルネサンス的。

自身の身体がバラバラになって、また寄せ集める。

ルネサンス・・・ボッティチェリが思い浮かぶが、ボッティチェリはメディチ家を批判した坊さんを支持。晩年はバロック。渡辺一夫や大江健三郎のように人文主義と考えるのはよくない。

映画『神々の黄昏』。地球から500年遅れている。ルネサンスもそんなだったかも。ペスト。ダンテはフィレンツェに帰ると火あぶり。そうした状況で『神曲』は書かれた。

フランチェスカ・・・光。塵。知覚。バルテュス(アルトーが絶賛)への影響。

ものすごく繊細。

フランス人におけるアンティゴネー。ソフォクレス、エウリピデス。死ぬまでギリシャ悲劇を読んでいた。分裂と構成。

アルトーのひげを剃る人に『ヴァン・ゴッホ』を献呈。イヴリーの庭、庭師とよく話す。一般の人にはすごくやさしい。ユーモアの人。

カフカと少し似ている。日記ということ。

アルトーは常に書いていた。地下鉄でもデッサン、線を引いていた。ベケットも常に書いていた。散歩、息、食べ方、沈黙、すべてが文章になる稀有な詩人。

フーコー『狂気の歴史』。狂気とは営みの不在である。アルトー、ニーチェ、ゴッホはそれが同時に起こっている。

岡本健さん・・・

理性のありかたが疑問視される。20世紀は一世紀だけで、有史から19世紀までの戦死者の数をはるかに超える。優生――理性。

狂気、非理性の側から、理性が問い直される。

フーコー。狂気とは患者との関係性。反精神医学。

個人的体験。糞尿。恨み。この世の便器。

1歳8か月前の人間は五感のすべてを使い経験。その後、言葉以前の世界と融和させる。直接的経験。

言葉とは他者のもの。ズキズキ・・・判断を共有しているにすぎない。

自分の経験の固有性が盗まれる。固有性を維持するためにグロスバリ(?)言葉をつくる。

言語以前の世界を目指しているわけではない。自分の体験の独自性を盗まれないことを目指す。

展覧会の壁に視覚、聴覚、香り、ゴッホの絵。

「アルトー・モモ(子ども、ガキ)」。鼻たれ言葉のアルトー。言語をもって、言語を超えた世界をつくる。

言語の他者性。他者のなかで受肉して脅かす。

発語しているのは誰か。「キ・スイ・ジュ? 」(アンドレ・ブルトン『ナジャ』の書き出し)私とは誰か、私は誰を追っているのか。

私を名づけてくれる人。他者を排除するのではなく、名指す、名指される関係を再構築する。俺は俺の父、母。

宇野邦一さん・・・

出発点は初期の書簡。思考の不可能性。崩壊。身体の麻痺。若い頃の仕事、生き延びるため。

哲学の体験。既成のいかなる哲学とも似ていない。

崩壊と同時に構成。したたかに続ける。

ドゥルーズ『差異と反復』・・・思考のイメージ(ほとんど「表象」と同じ意味でつかわれている)が崩壊。「表象」がない思考が体験される。

アルトー・・・崩壊そのものを詩的体験としてつぶさに描き続けた。

マラルメ・・・自殺の危機。崩壊。新しい言語空間。アルトーとは似ていない。

アルトーは不可能性そのものから詩を生み出す。イメージをしっかりつかんでいる。崩壊を絵画のように描き出すことができた。

ドゥルーズの言うイメージとは違う意味。映画論の新たな独自のイメージとはひっかかる。

アルトーはあらゆる危機を生き延びた。新しい思考のかたちを提出できた。

「私の職業はカリカチュリスト(風刺画家)である。」

人間の顔はうつろな力、死の畑。身体とは一致したところがなく、顔を描くことをアカデミックであると批判を与えるのは馬鹿げている。

かたちをすりつぶしているにすぎない。顔は身体に対応していない。

人間の顔はフェズ(?聞き取り不明)を見つけておらず、それを発見するのは画家。永遠の死。

あるがままの顔面は、顔をさがしている。顔にその固有の線を返してやることで、画家が顔を救う。

アルトーにとって、デッサン、顔、死とはなにか。

アルトーの人類学。バリ島に行ってフィールドワークなどしていない。パリに来たバリの舞踏団。ヨーロッパ世界の外の生き方。読解。精神の中の運河。非人称化。

タマウマラ。山の岩石の上で責め苛まれる身体。記号の山。山なのか、私なのか。岩石そのものが苦しめられる身体。偽造された身体とともに生まれた。

被害妄想を突き進んでいく。そのまま受け取らないと。そのまま理解する。

テヴナン、統合失調に光をあてた一大叙事詩『アンチ・オイディプス』に激怒。ドゥルーズは臨床例ない。あまり自分のテリトリーから出ない。ガタリは臨床ともつきあっている。

『へリオガバルス』。太陽神信仰。論文のような小説。D.H.ロレンス、へリオガバルスに興味。精神分析を否定。両性。せめいぎあいは永遠に続く。

古代エトルリアはかなり不思議な文明、ローマは批判。

「スノードロップのような(清らかなみずみずしい)へリオガバルス」を批判したらだめだ。破廉恥、女装、乱交。

アニミズムとはなにか。動物と人間の境がない。すべてが主体。

レヴィ・ストロースの構造主義は、もうすっかり終わらざるを得ない時代。

客席から、「もっとわれわれにとって有意義な(「有益な」だったかもしれない)議論の枠組みを」みたいなサジェスチョンも入る。だが、アントナン・アルトーの失望と怒りの声を(彼の評伝から)ここに控えめに書き写して、今回のイヴェントの、私なりのささやかなまとめとしておきたい。

「彼らはいつでもなにかについて知りたがる。『演劇とペスト』についての客観的な会議なら許せるというわけだ。けれどわたしは彼らに経験そのものを、ペストそのものを与えてやりたい。彼らが恐怖を感じ、覚醒するように。」(アナイス・ニンの日記に残されたアルトーの言葉)

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・・・・

この室伏鴻アーカイヴカフェ、SHYには、室伏鴻さんが持っていたたくさんの本や、CDなどもあります。

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本は数千冊ありそう。ここにはいらなかったのもあるそうです。

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ほとんど考えられないくらい充実した現代思想に関する蔵書。多くの本の背には、室伏さんの自筆で書名と著者名が書かれています。
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室伏鴻さん所有のCD。やはりすごく多い。

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イヴェント後、室伏鴻アーカイヴカフェ SHYの窓を外から撮った写真。

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サインに応える鈴木創士さん。
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カフェに来た自分の記念写真を撮ってもらうのを忘れていたので、高田馬場へと向かう裏道できょうの記念に撮影。

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高田馬場の細い裏道が好きだ。「多摩旅館」と書いてある古い旅館があった。

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私の好きな階段。いつ来ても、また、この階段の上にはなにがあるのだろう、階段を上ったらいったい何が待っている(見える)のだろう、と思う場所。

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私は黒くくすんだ細い階段が大好きだ。セメントの狭い亀裂からのびているヒメジョオン。メヒシバ。オヒシバ。フェンスに絡まるヒルガオ。虫の声。

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2016年7月26日 (火)

愛しのちゃび 19歳 /  書道

7月24日

きょうは、1997年にちゃびがうちの子になってから19年目の日だ。

最近のちゃび。私の膝の上でゴロゴロ爆裂中。便秘がちだがまあ元気です。快作先生には「ジャンキー」と呼ばれている(食欲増進剤を飲んでいるから)。

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19年間も一緒にいてくれて本当にありがとう。ちゃびから、どれだけ多くのものをもらったことか。これからもずっと元気でいてね。

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うちに来た日のちゃび。

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うちに来て数日後のちゃび。

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7月19日に動物病院にちゃびの薬をとりに行った際に、診療時間が終わるのを待って、駅近くのお寺の脇道に子猫が数匹ぴょんぴょんしているのを見たのだけれど、野良の子猫を見つけた時にはどのように対応したらいいのか快作先生に聞いた。

「簡単だよ。ケージを持ってってつかまえて、保護して、生後2か月になったら避妊手術して。」とにっこり言われる。最低でも1kgにならないと手術できないそうだ。

正直言って今の私には体力的(紫外線アレルギー、右腕の負傷など)、時間的、経済的、今の住居の条件的に無理なので、すごく悩んでいた。

出来る範囲でどうしたらいいか、と聞くと、快作先生はその時ちょうど最後の順番で子猫を連れて来ていたご婦人に向かって「ねえ、簡単だよね!」と声をかけた。

そのご婦人はM上さんという、もう40年も野良猫の保護活動をやってらっしゃるかただった。

M上さんは谷川俊太郎さんと小学校の同級生だったという。見るからに私よりずっとずっとお元気。

M上さんは「きょう、鳥越さんが阿佐ヶ谷に来てたから自転車で応援に行ってきたのよ。」と言う。「山添拓ちゃんがしゃべってたのよ。あの子は私の孫と同い年だからすごく応援してるの。ストップ安倍でがんばってもらわなくちゃいけないから。」と。

快作先生も「鳥越さんは今ひとつなんだけどね~、でも今の選択では鳥越さんしかないでしょう。」とはっきり言われる。

「子猫がいたのどの辺?」とM上さんに聞かれ「K寺のあたりです。」と言うと「ああ、K寺ね。私、昔、自転車を盗まれてね。そしたらK寺の前の交番から自転車が見つかったって電話かかってきたのよ。」とM上さん。

すかさず「わあっ!それはご縁だねえっっ!」とアピールする快作先生に思わず笑ってしまった。

そのあと快作先生が仕事で奥にはいり、M上さんとしばらくふたりで話していたが、私が自ら労力やまとまったお金を提供できない分際で、なんとかしてくださいと図々しく人に頼めるわけもなく、とりあえずM上さんのお話を伺っていた。快作先生が奥から出て来て「どう?話まとまった?」と言われ「いいえ。」と応える。

M上さんと住所と名前を交換した。出版関係の仕事をしていたかたで「うちはね、典礼聖歌っていう本、出したのよ。」とおっしゃると、すかさず快作先生が「テンレイサンカねっ!!うんうん!」と(笑)。

そのあとM上さんと快作先生から、関わりがあったいくつかの野良猫愛護団体のメンバーの人についての雑談をうかがう。某会は自然消滅したとか、○○さんと●●は性格がきつくて、とかいろいろ・・・。

「(野良猫レスキューの)仲間になっちゃえ!」と言う快作先生に「ええ。。。性格が強い人とか、聞いただけで胃が痛くなっちゃう・・・無理ですよ私は。」と言うと、M上さんに向かって私のことを「この人は対人恐怖症だからね。」と。快作先生、ちゃんとわかってるじゃないですか。

結局、地元の野良猫レスキューのS藤さんに電話して相談したら、そのK寺のあたりは、保健所からも言われていて、近々行くつもりだったと言われた。さすが快作先生が「仏のS藤さん」と呼んでいるかただ。保健所と連携して殺処分されないようにしているのもさすがだ。

保護活動をされているかたには、本当にありがたく申し訳ない。これからちょこちょこ寄付をするつもりだ。

7月25日

書道の日。帰宅してからすぐに復習。「白砂青松」。「砂」のつくり、「少」のはらいが難しい。なぜか右の点より上からはじめる。はらいは「石」の下すれすれくらいにつけて左真横にはらうとのこと。

これは「松」の木偏の下の「とめ」ひどく失敗。
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下のほうが「白」はうまくいったような気がする・・・。「青」という字が難しいです。「松」の字もうまくいかない。「公」の字、きたない。要練習。
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先生の朱墨のお直しを見ていると、下手な人ほどお直しがはいるわけではなく、むしろその反対だ。

当たり前だが一流の眼から見たら、どこまでも無限にお直しがはいるに決まっている。厳しくお直しをしてくださるのはありがたいことだ。

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2016年7月18日 (月)

多摩の丘のヤマユリ(山百合) / 大妖怪展

7月16日

自然の野山に咲く花で、出会えた時に私の胸がもっとも激しく高鳴る花は、ヤマユリ(山百合)だ。

多摩の丘で撮ってきた写真画像を見て描いたヤマユリの水彩。この大きな花は、強い、素晴らしい匂いがする。(写真はすべてクリックすると大きくなります。)

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なんと言っても、この濃い赤の斑点と黄色い帯が凄く、胸を締め付けるくらいに魅力がある。花屋で売られている真っ白なカサブランカリリーは去勢されているようで、きれいだが今一つ物足りない。

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背景を、灰色の中に薄い透明な青を混ぜ込むか、泥っぽい茶や砂色を混ぜ込むか、水彩絵の具の個別の色の材質によるたらしこみ結果の実験。

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ヤマユリは母が大好きな花だ。

「近所の山には顔よりも大きな花を10個もつけたすごいヤマユリがあったの。子どものころね、わあっと走って行って折りたいと思うんだけど、見つけるのは必ずマムシが出そうな藪の中なのよ。」といつも言っていた。

小さい頃、箱根に連れて行ってもらった時、ロープウェイから真下を見ると巨大なヤマユリが咲いていた。

ヤマユリは子どもの私にとって、人が歩けない道に咲いている手の届かない夢の花であり、思い切り顔を近づけて匂いをかいでみたくてたまらない花だった。

大きくて強く香るヤマユリが恋しくて、自生するヤマユリを間近で見たくて、友人Oと多摩の丘へ。

3時過ぎに新宿。新宿から電車で30分~40分ほどの駅で降り、てくてくと汗を流して丘を上ると・・・ウグイスの声とシャーシャーという蝉のシャワー。

坂道の横に、紫の緻密なグラデーションの葛の花が咲いていた。この花もたいへん風情があり、葡萄のような香りがする。

丘陵の斜面には、あった!なんとなく今日くらいかな、という勘で来たのだが、ちょうどぴったり開花の時期に合わせてヤマユリを見ることができた。まさにユリの王様(女王)。

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木漏れ日の下のユリの群れに、わあっっっと興奮。

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人もいなくて、ほんとうに静か。斜面の叢にぽつ、ぽつと気高く咲くヤマユリ。しんと冷たい空気が流れるようだ。
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なんという素晴らしい匂い。なんという凛として豪奢な輪郭。なんという色あい。なんという野生の、甘い魅惑。

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町を見下ろす丘の頂上まで上った。日陰にいるのは、まだつぼみのも多かった。今日の私は百合柄のブラウスです。

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駅を望むとても美しいカーヴの坂道。ガードレールの内側だけ階段になっている。

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由美かおるのアース渦巻の看板とおミズのハイアースの琺瑯看板(ゴールデンコンビ)がついている無人の野菜販売所。

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おミズの歌はカムイ外伝のアニメの歌くらいしかよく知らなかったが、夜、youtubeでいろいろ聴いてみた。

水原弘「黒い花びら」「黄昏のビギン」、永六輔の作詞。

すごい。いい!むせび泣くような低音の素晴らしい艶っぽさ。情の深さ。濃さ。暗い絵。これは子どもの時にはわからない味。

破滅型の人だったらしく、42歳で亡くなっている。こういうタイプの歌手はもう二度と出て来ないのかと思う。

「へんな女」という曲、これだけはバカらしいハマクラ(浜口庫之助)のナンセンスソング。なんでこんな曲を出したのだろう。さすがロールオーバーゆらの助(by 早川義夫)。

ついでに私の大好きな織井茂子の「夜がわらっている」を聴いて涙。私は織井茂子のかっこいい「銀座の雀」(元は森シゲの歌)が大好きなのだがyoutubeにはないみたい。

7月13日

紫外線アレルギーなので、小雨に喜んで外出。

傷めた右腕がひどく痛くなり、歩くのも苦しくなってしまったので、とりあえず新宿の龍生堂で湿布を買って貼る。最近の湿布薬の成分は5種類くらいあるらしい。胃の粘膜にも影響があるので長時間貼らない方がいいらしいが、この日は我慢できなかった。

江戸東京博物館の「大妖怪展」を見に行く。

3時頃、並んでいる人はなくすんなり入場。

肉筆の妖怪画の筆づかいに注意しながら見て行く。

「法具変妖の図」が面白い。名前や解説がなかった鮮やかな朱の大きな蚤のような妖怪が気になる。法衣の下から鋭い爪の足だけがのぞいている妖怪も。

私が一番長く見ていたのは南山「姫國山海録」(宝暦十二年 1762年)だ。ここに描かれている妖怪たちはほとんどヘンリー・ダーガーの世界。造型の面白味のすごさと、こなれていない(なかなか出せない)絶妙な筆づかい。

となりに展示してある茨木元行「針聞書」もよかった。人のお腹の中にいる妖怪たち。

一冊の本のたった一か所を見開きで展示しているだけなので、せめてパネルで本の全ページを展示、紹介してほしかった。

「百妖図」の中の「虎にゃんにゃん」や「蝦夷狼」もかわいい。

幽霊画は少ない印象。昔、谷中の全生庵で見たのがすごく迫力があった。

「六道絵」や「十界図」は、花輪和一が描いたらすごく面白いのができそうだな、と思いながら見ていた。

「遮光器土偶」。まさに花輪さんの世界!そう言えば土偶の実物を見たのは初めて。だがこれは妖怪展に出すようなものなのだろうか?

全体としては、展示の量は思ったより少なかった。すっきりしているけれど物足りないような気もする。

最後の妖怪ウォッチの展示はないほうがよかった。水木しげるの妖怪の展示ならよかったのに、と思う。

7月4日

母のいる施設から電話。

最近、むせる傾向にあるので、面会に行っても食事介助は職員さんにまかせてほしいとのこと。今までは、面会に行くなら食事介助しないと職員さんに申し訳ない(なにも手伝わずに、ただ会いには行きづらい)と思っていた。

私が食事介助して肺にはいることがあったら、と心配していたので、少しほっとしたが、同時に母の体調が悪くなってきたことが悲しい。

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2016年1月22日 (金)

『デッサンの基本』(ナツメ社) 第23刷り / 昔の伊藤キムのクロッキー

1月18日

『デッサンの基本』(ナツメ社)の増刷のお知らせをいただきました。 第23刷りとなりました。

本当に嬉しく、ありがたいことです。

『デッサンの基本』を読んで(見て)くださった方が、鉛筆一本と紙一枚だけで始められる絵の面白さに興味を持ってくださったら、そして、ものを「よく見る」喜びを感じてくださったら、これ以上嬉しいことはありません。

最近の私は、昨年からずっと、今まで数十年描きためてきたデッサン(素描、素描着彩)の整理をやっています。

ものの変化に追いつこうともがいたり、記憶や体験の感触を含めて描いたものが、千枚くらいあります。

描いて忘れていたスケッチブックが発見されるたびに、その時に夢中で見ていたもの、心躍らせたもの、本当に好きだった(今も好きな)もの、その時だけしか体験できなかったものがよみがえってきて、なんとも言えない気持ちになります。

昔描いた人物クロッキーを発見。ダンサーの伊藤キムさんがヌードでムーヴィングをしてくれたところをクロッキーしたもの。(画像はすべてクリックすると大きくなります)

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伊藤キムさんはダンサーで振付師でもあり、美しいポーズ、体線の見せ方をよくわかっている人なので、その魅力に牽引されて夢中で描くことができた。

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伊藤キムさんの細くてしなやかな身体の動きのエロスを間近で見ることは恐ろしく素晴らしい。
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足の腱や筋がはっきり見えるほどに贅肉が削ぎ落とされた肢体。私は人体を描くのも、ダンスを見るのも、痩せてしなやかな人に強烈に惹かれる。
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休憩が終わるごとにムーヴィングの速度は高まっていき、最後はとても速いダンスとなった。
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私は植物を描くことが多いですが、身近にある植物の一枝を描くだけでも、そのものをよく見ると、とても描ききれないほど、たくさんの微妙な美しさや面白さを発見します。

同じ種類の植物にも個体差があり、変わったかたちのもの、花弁や花芯や葉や茎に趣のあるものをさがすことだけでも興味深い作業です。道端でも、生花店でも、そうした自分にとって稀れと感じるものに眼が惹かれます。

さらにそれぞれの生命は常に運動し、変化しているので、それを追うことは無限の劇を見るような感動があります。

その時に出会った植物を描くことは、その季節、その時の気温や光や、さらにその植物にまつわる親しい人との思い出も、その絵の中に残してくれます。

今の季節、街を歩くと、去年からの立ち枯れのセイタカアワダチソウが美しい。北風に磨かれた空に映えて、椿の花がとても鮮やか。紅梅白梅の香も素晴らしい。陽のあたる庭には水仙も咲いている。

枝に積もった雪をのせた赤い椿は一層鮮やかで風情がある。

以前描いた椿の素描着彩を載せます。

この椿は花芯の中に小さな花弁が混じっているところに面白さを感じて描いたもの。花弁も変則的な斑や絞りのものに惹かれます。

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この白地に赤の絞りの椿は、花の正面でなく、深緑の艶々した葉の隙間から見える花弁や、花の後ろ姿に美しさを感じて描いたもの。
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獅子咲き椿のねじれた花弁と絞り模様が面白くて描いた。

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こぶりな白い椿。

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薄桃色、八重咲きの乙女椿。花芯(しべ)が見えない。
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きょう、花屋さんにヒヤシンスの鉢植えが出ていた。

ヒヤシンスは赤(濃いピンク)と紫と白の鉢植えが多いのだが、私が毎年捜しているのは「ミオソテス」という薄紫のや、「デルフト・ブルー」という灰色がかった水色の、それと淡いアプリコット色の「オデッセウス」というヒヤシンス。

以前描いた薄紫のヒヤシンス。半透明なガラス質のような花を描くのが難しい。もっと光る花の質感が出るように、また描いてみたい。

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下は、花弁のふちが白く、内側に星のようにピンクの筋がはいったヒヤシンス。このときは固い感じで描いた。同じ花でも描きたいイメージによって描き方をかえて描きます。

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今年もいろんな素敵なものを見つけて、描いていきたいと思います。

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2015年12月31日 (木)

椿 年賀状 書 / ちゃびのこと

12月31日

もうすぐ一年が終わる。

12月30日

年賀状に阿部弘一先生のお好きな椿の花を描こうと思い、いろいろやってみる。

年の暮れぎりぎりになるまで年賀状が書けていないので、焦っておかしくなる。

阿部弘一先生には、先生が一番お好きな「侘助」。それと一重の絞り。

「侘助」は雄蕊の葯が退化して花粉をつくらないらしい。本格的な「侘助」だと極小輪で、正月にはちょっとさびしいかな、と思い、「玉之浦」、「乙姫」や「雛侘助」「有楽」などを混ぜた淡いイメージで描いてみた。

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私は「岩根絞」など、斑入りや絞りの花が好きなのだが、こちらはちょっと濃いめに描いてみた。
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侘助だけだとやさしい感じ。
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やはり吹掛けの獅子咲きも描いてみたい。
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葉の色もそれぞれ変えてみた。だけど、早くしなければ!こんなことを何日もしていたら歳が明けてしまう。。。!

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恥ずかしげなかわいらしい抱え咲きや、強烈な唐子咲きなど、いろいろ描いた。そのあと、宛名リストを見ながら、お世話になった人の顔を思い浮かべ、この人はどんな花が好きかを考える。

ブログの画像には載せていないが、獅子咲きの椿を描いていたら、凝りすぎてどんどん花が大きくなってしまい、狂乱の獅子咲き椿になってしまった。これはいったいどなたに出せばいいのだろうと悩んだが、たぶんこんな絵をわかってくれるだろう花輪和一さんと沢渡朔さんに出した。

(花輪和一さんに久しぶりに電話してみたら、もう今年は20回以上雪かきをしたそうだ。)

昔のスケッチブックを開いてみたら、「有楽」や獅子咲きの変形椿を丁寧に描いていた。無我夢中で素描していて、その時はわからないのだが、あとで見返すと、実際、そのような花の個体には二度と出逢えないし、自分の記憶よりその時の素描(デッサン)が遥かに良く描けていることに驚く。

大きな獅子咲きの花の一期一会の不思議な模様と「有楽」の花びらの艶、光る質感は、その場でリアルに見なければ描けないものだ、とあらためて素描(デッサン)の力を確信する。

ところで、私が大好きな、魅力ある椿を描いた絵に、狩野重賢画・写本『草木写生春秋之巻』(1657~1699)という図譜がある。見たままを写していながらも写真のような味気ないリアリズムではなく、写本であったかもしれないが、ちゃんと個々の植物の魅力の核心を描いているところに打たれる。

・・・

今年、少しずつながら書道の進歩のさまをブログに記録しようと思っていたのにできなかったので一枚。

私にしてはあまり先生に手直しされなかった書。こつこつ地味にやって、やっと「とめ」が少しできるようになってきたのと、最初の頃より筆の上のほうを持てるようになった記念。

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最近のちゃびのこと。結論から言うと、流動パラフィンが効きました。

ちゃびが12月になってから主にk/dのカリカリを食べるようになり、それから極端に○○こが小っちゃく少なくなってしまっていた。

前は一日2回で、いっぺんに10cm以上も出ていたのに、最近は一日8回もトイレに行って、そのうち4回は空振り。あとの4回に1cmずつしか出ないような状態。

あまり食べてもいないので詰まっているのかは不明。毎日おなかをマッサージしていたが、腎臓を押さないように、腸をうまく押すのが難しい。

それでもおそるおそるおなかの下の方をやや強めにさすってもんであげたら、さっそくトイレに行って、たった1.5cmしたり。

いよいよ食欲が落ちてきた12月26日に快作先生に油を飲ませるといいかもと言われ、流動パラフィンをもらって来る。

その日から、一日2回、1ml飲ませたが、なかなか出ず。やっぱり一回1.5cmのままで、どうすりゃいいの、と私は目の下に隈ができるほど追い詰められていたが・・・

4日目の12月29日、

朝5時前 1.5+1.5。

10時 4+2+2+2.。

昼1時 2。

1時40分 5。

この日、一日で計20cm出た。やった―――!!

「今まで辛かったんだね。ごめんね。ごめんね。」とちゃびを抱きしめて耳を優しく噛むと「にゃぁぁァァァァァん・・・・にゃぁぁァァァァァん・・・・」と高く甘~い声。

12月30日

朝10時40分 1.5。

昼1時 1.5。

4時 3+1+1。

夜8時30分 2。

9時50分 1.5。計11.5cm。

12月31日

朝8時 3+1.5。

10時 2+1。

昼3時 2。

8時23分 3。計12.5cm。

来年もどうか元気でいてね。

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2015年11月21日 (土)

ちゃび 久しぶりに病院 / 西新宿のこと

11月18日

午前中は晴れていて気温21度もあった。

寒くなる前に健診をしておこうと、ちゃびを久しぶりに動物病院に連れて行く。

私はちゃびの輸液セットや薬をもらいに週に一度は通院しているが、ちゃびが病院に行くのは今年の2月28日以来だ。

怖がって大声を出すのじゃないかと心配だったが、意外にもソフトキャリーに入れてもにゃあとも言わない。病院に向かって歩いている間、中を覗いてみたらおとなしく寝ていた。

「キャリーに入れても暴れなかったから、元気ないのかと心配で。」と言うと「たま~には病院に行くのもいいや、と思ったんじゃないですか?しょっちゅうだと嫌だけど。」と快作先生。

計量。3.94kg(また増えてる!!)。

食べられなくなって、もうだめかと思われたのに、すっかり大きくなったちゃびを見て「こんなこともあるんですねえ・・・」と快作先生。「今も薬をあげないと食べないんですけど。」と言うと「やっぱりなにか脳の病気なんでしょうね。人間にも突然の味覚障害とか、解明されてない病気がたくさんあるんですよ。」と。

去年の9月15日、ちゃびが急に食べなくなって、初めてこの病院に連れてきた時、ちゃびは2.8kg。検査しても、結局食べられない原因は不明だった。

セレニア(吐き気止め)、ぺリアクチンとセルシン(食欲増進剤)、ピモベハート(心臓の薬。以前はベトメディンかアカルディしかなく、オブラートにくるんだが飲ませるのがたいへんだった)と一日置きの輸液。レンジアレン。ガスター(胃薬)。

必死で介護したが、なかなか食欲が出ず、三日間、何も食べなければ命が危ないと言われ、私の緊張はピークに達し、夜も眠れない日が続いた。ちゃびのようすがおかしい時、毎日のように先生に電話してアドバイスをもらった。

もうだめかと思ったが、毎日の観察と試行錯誤により、だんだん食欲増進薬の使い方――これはすごく個体差があると思うが、ちゃびにとっての薬の量やタイミングもわかってきて、ちゃびは少しずつ食べるようになり、体調も落ち着いてきた。

今はぺリアクチン一回につき1/8~1/6錠程度を飲ませた30分後にセルシン一回につき1/10~1/8錠程度を(ハサミで錠剤を切って)飲ませるとよく食べる。

ちゃびの久しぶりの血液採取。針を刺してる間、ちゃびの頭を抱いて、顔に唇をつけて「だいじょうぶよ~、痛くない、痛くないよ・・・」と言っていた。終わったあと、診察台の上が濡れていた。私の手の甲から流れ落ちた汗だった。

ちゃびが針を刺されたり、大きなニッパーで爪を切られているだけで、私の全身から汗が噴き出す。痛くないのかと心配でたまらないのだ。

「だいじょうぶですよ。ただ痛いだけですから。」と微笑みを浮かべる快作先生(ほんとうにいい性格!)。

この快作先生は、獣医科大学時代に、外科実験で生きた犬を使い手術練習をする(使われた犬は安楽死させられる)ことにたったひとり果敢に反対したり、捨てられた犬を自宅アパートに引き取りまくって飼い主を捜したりした。犬猫の殺処分を減らすための運動に邁進している若き獣医師だ。

この先生の明るさと恐ろしいほどのタフさのおかげで、とにかく生きづらい、人とつきあいづらい私が、とても励まされたことは確かだ。

私が(動物を殺すことが絶対的に受け入れられないために)肉食に身体的拒否反応がでてしまうこと、そのためにあらゆる会食の場に出席できないことも、「私のためにだけ肉抜きの食事をください」とオープンに言えばいい、何も悪いことはしていないのだから、と言われて気が楽になった(なかなか実践するのは難しいが)。

緊張で汗だくになって診察室からちゃびを連れて出て来た私に、待合室にいたふたりの女性がキャリーをのぞいて「あら、かわいい~。」と声をかけてくれた。ボランティアの人達だという。

18歳です、というと「そんなに見えないわ。全然、言われなきゃ若く見える。きれいだし、可愛い顔してる。すごく大切にされてるからなのねえ。」と言われてとっても嬉しかった。

ちゃび素描。

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私の書類棚の上にのっかているちゃび。

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あにゃ~~ん・・
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すりっすりっ
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あにゃ~ん
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あにゃあああ~ん!
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すりっすりっっ
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あにゃあああぁああん!
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カメラレンズをパシパシ!

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いいこいいこ・・・
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再びカメラレンズをパシッ!
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いいこいいこよ~
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すりっすりっ
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午後から雨らしいので、降らないうちにE・Aさんのお宅へいただきものの林檎を届けに自転車で走った。

E さんは、昔西新宿に住んでいた人で、母が親しくしていただいていた人だ。Eさんは留守だった。

住宅街の木々を眺めながら走って帰宅したら、Eさんから電話があり、近くで会うことになった。雨が近かった。

西新宿(昔は十二社(じゅうにそう)と言った)の話をしていて、夕食の買い物の時に、商店街でよくうちの祖母に会ったそうだ。「毎日ごはんつくって偉いですね。」と言うと「嫁が外で働いてくれてますから。」とにこにこしながら話していたと聞いて涙がこぼれた。

「お母さん、一生懸命働いてたものねえ。」と言われ、本当に私の母と祖母(父の母)はよく働く真面目な人だったな、とあらためて思う。結局、それが父を甘やかした。父の自分勝手で無責任な性格を増長させるために、祖母と母が心身が滅茶苦茶になるほど貢いだようなものだ。

「今だったらとっくに離婚しているよね。あなたのお父さん、死んでくれてよかったわねえ。」と言われる。この「死んでくれてよかったわねえ」とはっきり言ってもらえることが嬉しくて、また涙。

「方南通りに瓦屋さんがあったでしょ。時計屋さんの隣の。今はセブンイレブンになってるところ。」と言われて、長らく忘れていた商店街の店並みの記憶が一瞬でばっと見えてきて、胸が詰まった。

黒々とした土の上の資材置き場、暗渠にはりついた小さな茶色い家々。今はオフィスビルと高層マンションしかない大通りが生き生きとして、顔見知りの人がたくさんいた昔の記憶が蘇って来た。

Eさんのように昔のことを知っていて、ずっと元気で頭が切れる人がいてくれることが、私にはものすごくありがたい。

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2015年8月15日 (土)

猛暑、朝顔、花輪和一

8月13日

少し前に、大輪朝顔、変化朝顔展に行った思い出の水彩素描。

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きのうほどの痛みはないが、治療院に行き、右足の内側のくるぶしの下の神経痛の相談をすると、右の腰の張りから来ているということ。確かに右の腰と背中がすごく硬くなっいて痛い。

この時期、思いのほか、ぎっくり腰の人がとても多いと聞く。暑いので冷房の部屋にいて動かないせいもあるとか。絶対に急に重いものを持ち上げたりしないように、と言われる。

昔からのスケッチブックを全部引っ張り出して、素描の整理をしている。これがけっこう時間がかかる。この作業に打ち込んだせいで腰が硬くなったのかもしれない。

8月にはいってからは夏の花の記憶、夏草の記憶の素描をやっている。それとちゃびの連続素描。

カモジグサ(髪文字草)、イヌビエ(犬稗)など、どこにでも生えているイネ科の雑草を描こうと思って摘みに行くと、信じられないほどどこにも生えていないのに驚く。

近所に一番多いイネ科の雑草はエノコログサ(狗尾草)とメヒシバ(女日芝)、オヒシバ(雄日芝)。オヒシバとメヒシバは広い原っぱでないと共存していない。小さな路地の端っこの群れには、どちらかしか生えていない。

初夏にも、昼顔に絡み取られた春女苑を描きたかったのに、いざ捜してみるとめぐり会えなかった。

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今読んでいる小説の第三巻が、きのうまで古本屋のどこにもなかったのに、今日は安売りのコーナーにはいっていた。店員さんが私が二巻まで連日買っているのに合わせて在庫の引き出しから出してくれたのかなと思う。

8月12日

なぜか朝早くから右足の内側のくるぶしの下の酷い神経痛で、悪夢にうなされて眼が覚める(その箇所が切れて出血している夢)。それから深夜寝るまでずっと数分置きに、ずきっとくる痛みが断続的に続く。

昼に熱めのお風呂にはいって、その箇所をさすったが、痛みは無くならなかった。生まれて初めての変な神経痛に落ち着かない一日。

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今読んでいる小説の第二巻が、きのうまでなかったのに古本屋の安売りコーナーにはいっていた。

それと一緒に読み終えたのはメーテルリンクの「青い鳥」。

観念的なもの(たとえば「大きな喜びたち」とか)にメーテルリンクは細かい指示と注意書きのある具体的な衣装を与えたのがすごい。

ごくごく幼い頃に「青い鳥」の漫画絵本を持っていた。この絵本の記憶は強烈なものだ(これについてはまた書こうと思う)。

8月11日

メーテルリンクと同時に、ある評論を読んでいる。

高度な批評文を書く人は何人もいる。

よくよく注意して読んでいることは、どんなに論旨が正しくても、実際のところ、その人が具体的にはどのようなものを生かそうとして、どのようなものの息の根を止めようとしているかだ。

8月7日

きょうで東京は8日連続猛暑日。1875年以来の最長記録だという。

夕方5時に治療院に行った。曇ってはいたが、気温は体温くらい高い感触。あとで記録を見たら、きょうの東京は38度とある。きのうは36度。外に出ると朦朧とする。

雨が来るらしいときいてほっとしていたのに、夜になっても雨が来ない。肺が焼けるくらいに暑苦しい。

治療院の院長が生まれて初めて国会前のデモに行ってみたという。先週の火曜日の夕方5時頃。

「人、たくさんいた?」と訊いたら「いたなんてもんじゃない。ものすごい人だった。」と院長。

「原発反対デモの時はもっといた感じがする。歩道が開放されて、人が溢れかえってたもん。」と私。

とりあえず今の私は、この猛暑で自分がダウンしないように保つのが精いっぱいで、デモに行く余力がない。毎日胃酸があがってきて吐きそうになるのを押さえるため制酸薬を飲んでいる。

夜、近所の散歩コースに、夏草を(描くために)摘みに行った。カヤツリグサ(蚊屋吊草)、メヒシバ(女日芝)、エノコログサ(狗尾草)・・・カモジグサ(髪文字草)やイヌビエ(犬稗)やコバンソウ(小判草)は今度、もっと遠い場所から摘んで来ようと思う。

今年、5、6回目の開花となる金柑の花が咲いている。4、5日咲いて散ってしまい、1、2週間花が咲かないのを5月から繰り返している。たしか5月に2回くらい開花して、6月は咲かず、7月に2回開花した気がする。それから8月4日くらいにまた開花した。

蜜柑や柚子や晩白柚など、ほかの柑橘の花はみな5月の中頃に1週間くらい咲いて、初夏の風景の記憶とともに散ってしまったので、この猛暑にもめげず白い小さな花を開いて、見覚えのある甘い匂いを放つ金柑の花を愛おしく嗅いでいる。

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夜10時すぎ、やっと帰宅された阿部弘一先生より電話。

毛利武彦先生画稿などの保存の件。

8月6日

花輪和一に電話で「『ビッグコミックオリジナル増刊号』の「戦後70年特集」のまんが、すごくよかった!」と言ったら、

「ええ?そう?そうかなあ・・・」

「巻末で特別扱いじゃない。一番面白かった。」

「つまんないから最後にやられたんですよ~。」

7月半ばに、「戦後70年特集」のまんがを描いたときいて、「どんなの描いたの?」と心配して尋ねた時は

「むふふふふ・・・すごいの描いたよ~!もう福山さんが見たら、なにこれ!って怒り狂って本をびりびりに破いちゃうようなやつ。イケイケどんどんみたいなね~っ」

と言っていたので、この、安保法案が問題になっている微妙な時期に、いったいどんなの描いたんだろ、まさか・・・?とほんとに心配していたのだが、さすが花輪さん、鬼才たるゆえんの、素晴らしい発想の作品だった。

「なんで私が怒るって思ったの?」と訊くと

「だって、戦争反対のこと描いてないから。」

「ああいう描き方は面白くて、充分戦争反対になってると思うけど・・・。」

「安保法案って、ただアメリカに気を遣ってるだけでしょ~。だから俺も反対だよね~。アメリカにそんなに気を遣うくらいなら中国と仲良くした方がいいよね~。」と花輪さん。

次の「みずほ草紙」の原稿は「もう出したけど、暑くて本当にきつかった。」と言っていた。今年は北海道も暑いそうだが、花輪さんはエアコンはもちろん扇風機も持っていない。もちろん買えないのではなくて、欲しくないから買わないのだ。

今年はようやく冷蔵庫を買ったそうだが、今まで何十年も冷蔵庫を持っていなかったはずだ。

「冷蔵庫あっても冷たいビールとか一切飲まないよね。俺、夏でも毎日熱いお茶飲んでる。パセリは冷蔵庫に入れるとすごく持つね。あんまり野菜とか買い置きはしない。」と言っていた。

「ごはんは麦飯?」

「いや、100パーセント玄米。」

「私もそう。白米は入れないで、ほんの少し古代米を入れるの。」

「古代米はうまいよね~。田んぼアートで古代米をつくってるんだよね。田んぼアートはほんとすごいよ~。」

8月2日

母の施設で夕涼み会があった。

4時すぎに行くと、庭に盆踊りのやぐらができていて、玄関に屋台が出ていた。職員さんたちは忙しそうでたいへんそうだった。

きょうは一階の食堂で食事介助した。あらかじめ出席のはがきを出した家族だけ名札が出ていて、席が設けられているようだった。

メロン(スプーンでつぶすのがたいへんだった)とアイスクリーム(メイバランス)付きのごちそう。ゆっくりだが完食。

6時から車椅子を外に出して、皆と一緒に盆踊りを見た。母は傾眠で残念だったが、高円寺からつつじ連の皆さんが来て阿波踊りを見せてくれた。

至近距離(踊りながら1m以内まで近づいてきた)で見る阿波踊りに感激。

暑い中、きちんとした衣装を着けて、踊り手さんたちは終始はじけるような笑顔で元気いっぱいに演技している。額から滝のように汗が流れて光っていた。

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2015年3月31日 (火)

世界フィギュア2015 個人的な感想 / パンジー着彩

3月31日

最近描いたパンジーの着彩。「三色菫」と言ったほうが香気を感じる。

パンジーはフランス語の「パンセ」(思考)から名前がつけられたという「物思い」の花。

あまりに多彩なパンジーの色柄の規則性に興味があり、この季節に街を歩く時、パンジーを見かけたら、その色柄を必ず記憶するようにしている。これはフリルのパンジー。(クリックすると大きくなります)

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きょうは忙しい一日だった。

問題解決のために、勇気を出していろいろ行動してみた。明日も大変。

3月29日

世界フィギュア、エキシビション。

ラジオノワ・・・ようやく熱も下がってきたのか、生き生きと動いて可愛かった。「演じる」ことが好きな生来の才能。自分の魅力をこれでもかと見せつける力。

ラジオノワの激く燃える闘志の修羅のような顔と、子供らしい可愛い笑顔の落差を見るたび、ロシアの女子選手が幼い頃から叩きこまれてきた熾烈な闘いの苛酷さの、ほんの僅かな断片を垣間見る気がして、強烈に惹かれる気持ちと、痛々しい気持ちと半々。

デニス・テン・・・まさに自在な躍動。爆発。小気味よさ。彼も急激に洗練された選手。

3月28日

世界フィギュア男女フリー。

(個人的には父の納骨の日だったので、落ち着いて見ることができなかった。)

宮原知子・・・祝!銀メダル。落ち着いて集中して勝ち取ったメダルが素晴らしい。「叔」という字が似合う、聡明さによってどんどんきれいになる選手。

村上佳菜子・・・表現はぐっと洗練された。まだ引退しないでほしい。このままいけば、ぞくっとするような謎めいた表現もできるはずの選手。

トゥクタミシェワ・・・フリーでは、ショートの演技のような張りつめた密度を感じなかった。

かつて私が惹きつけられた彼女が12~13歳(?)の「アストゥリアス」の張りつめた硬質な印象ではなく、やはり「ゆらゆら」して見えた。手首をくねらす演技がオールオーヴァーすぎて、軟質でめりはりがない印象。

ポゴリラヤ・・・足の怪我が完治してない様子で痛々しいが、彼女の「火の鳥」の世界は非常に魅力がある。

激情を押し殺して制御した気品。優雅なコケット。彼女特有の、長い手足を生かした清楚で初々しくもなまめかしい表現。他の選手とくらべて、特に太腿の角度が美しいような気がした。

小塚崇彦・・・結果は残念だったけれど、演技力はやはり以前とは違う。訴えるものがある。以前は「すっすっ」と演技をやってしまっていたところに、空気を押し戻すような「抵抗感」が出て来た。

デニス・テン・・・どんどん演技力が増して自在になってきた印象。

3月27日

世界フィギュア男子ショート。

小塚崇彦・・・今回、とても注目していた選手。以前とくらべて確かに演技が変わった。

具体的にどう変わったのかを観察しようとして見ていた。首の使い方。首と肩と腰のタイミングのずらし方。ほんの少しずらしていく動作のうねりに、感情の盛り上げ方が音楽に乗ってきた。

アダム・リッポン・・・紗がかかったような、靄にけぶるような美青年で、うんと詩的な鉛筆の線で顔を描いてみたい選手。

最近はすごく上位にはいかないのだが、4回転ルッツに挑戦する覇気と笑顔が見られてよかった。

3月26日

世界フィギュア女子ショート。

村上佳菜子・・・彼女の演技の中で、今までで一番あでやかに、洗練されて見えた。

「女性性」「切望」のようなもの。

トゥクタミシェワ・・・滾るものが最後まで保たれていた。「ボレロ」の曲にしては、少しくねくねしすぎる振付だと思っていたのに、きょうは全く違って見えた。

全身も顔の表情も締まって見え、腕を歪曲させる動きに強いアクセントがついていたので、「くねくね」ではなく「激しさの協調」に見えた。

もちろん、どの選手もそうなのだろうけれど、きょうのトゥクタミシェワには、よほどの地獄をくぐり抜けてきたのだろうと思える迫力と落ち着きがあった。

宮原知子・・・チューリップの中をのぞいたら、そこに座っていそうなほど華奢なのに、ひたむきで精神力が強くて、内面の美しさが見た目に顕われているような演技。

本郷理華・・・華やかなのに気どらず、おっとりした素直な雰囲気が魅力。演出でどうにでも変化できそうな可能性の幅を感じる選手。

ポゴリラヤ・・・「火の鳥」を見てからはっとさせられ、胸を押さえて押し殺すように泣いていたのを見てからすごく好きになった選手。

ひとつひとうの決めポーズの彼女らしいセンス。足さばきが上品できれい。知的で鬱屈した何かと、強い自己制御力。エキシビションの演出も頭の良さを感じる。

きょうの転び方が激しかったたので怪我が心配。

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2015年3月11日 (水)

『デッサンの基本』 (ナツメ社)第21刷り 素描着彩(ダブルフレミングパロット、ミステリアスパロット)

3月11日

『デッサンの基本』(ナツメ社)第21刷りが決まりました!

買ってくださった皆様に心より感謝します。

きょうは震災があった日。2011年の3月11日に『デッサンの基本』9刷りが決まったメールが届いて、喜んでいた時に、あの地震が来て、現実を受け入れがたいような恐怖が始まった。

いろいろと現実の過酷さは続くが、自分が見たもの、体験したものの記憶を持ち続けたくてデッサン、素描、スケッチ、というものを生活の一部にしている。

最近描いた素描着彩。

チューリップ チャト Tulip Chato 紫がかったピンクの八重。花被片のピンクと白と緑の筋の対比が魅力的。左下のはバイキング Vikingのつぼみ。

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チューリップ  マリージョー Tulip mary Joe 黄色の大輪八重。モンテオレンジ Monte Orange オレンジの八重。

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チューリップ バイキング Tulip Viking  赤の八重。

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チューリップ バイキング Tulip Viking。右上のはチャト Chato。

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チューリップ ダブルフレミングパロット Tulip Double Flaming Parrot

フレミングパロットの八重(ダブル)。今年初めて手に入れて描くことができたが、茎が帯化していたり、花被片(花弁と萼が区別できない)が、さらに葉と区別できない状態になっているのを見て、非常に興奮した。

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チューリップ ダブルフレミングパロット Tulip Double Flaming Parrot
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チューリップ ミステリアスパロット Tulip Mysterious Parrot
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チューリップ ミステリアスパロット Tulip Mysterious Parrot ふちが白い赤紫、モーブ色の大輪。ブラックパロットよりも肉厚で、ごつごつしていると同時に華麗。

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チューリップは、花被片が内側3枚、外側3枚の六角形の花だが、ミステリアスパロットは、特に外側の花被片にある緑の突起の部分にすごく惹かれる。下の画像の緑の部分です。植物学ではこの突起を何というのだろうか。

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チューリップ ミステリアスパロット Tulip Mysterious Parrot 

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チューリップ ミステリアスパロット Tulip Mysterious Parrot 

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税務署へ用紙をとりに、陽射しの春めいた昼の裏道を歩いた。

ちょっと歩かなかったうちに、私の好きだった建物が、少なくともふたつ、無くなっていたのでショック。

ひとつは古い木の家の二階の窓まで届く大きな仙人掌(サボテン)があった家。庭の中ではなく道に面して生えていたその巨大仙人掌は、いつもきれいに花が咲いていた。そこまで立派に育った仙人掌を見たことがなかったので、とても稀少ですごいな、と思っていたのに。

もうひとつは、『福井桂子全詩集』(かまくら春秋社)の本の装丁をしたとき、福井桂子さんに捧げるイメージで、どうしても立ち枯れの可憐な花を描きたくて、雪の降る日にモチーフになる植物を捜して歩いた。その日、やっとなんとか、種のついた立ち枯れの雑草を見つけた場所の、奥の古いアパート。

私の愛する古い味わいのある家と、手入れされるでもなく、さりげなくそこに咲いている植物たちが、どんどん破壊されていく。それはしかたないことだとしても、淋しい。

その近所の、毎年見に行っているフェンスに絡んだ忍冬(スイカズラ)は、健在だった。その横のしゃれたハーブの教室の看板はなくなっていた。

税務署の廊下で用紙を選んでいる時、「皆さん、きょうは大震災の日です。まもなく2時46分なので、黙祷をお願いします。作業中のかたも、ご起立願います」というアナウンスがあった。

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ちゃびの輸液パックや薬をもらいに動物病院へ。

この前のワクチンの抗体検査の結果を聞いた。基準値が100のところ、300もあった。意外にもすごく効いている、ということでほっとした。

マイクロチップのこと、質問したら、また大きな震災が来ることも考えて、入れたほうがいいと勧められた。高齢だから躊躇していたが、そんなに痛くないのなら今度やってもらおうかと思う。

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2015年3月 9日 (月)

アネモネ、チューリップ素描/ コスタリカのヴァレリオさん

2015年3月9日

最近描いていた花の素描(デッサン)のまとめ。

1月14日 アネモネ。赤い花弁に緑色の筋がきれいだった。が、着彩の時間がなかった。

いつか水彩で着色しようと思う。

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1月19日 アネモネ。花の開き方が均一でなく、花弁の一部だけが下がってきたところが面白いと思った。

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1月14日 チューリップ モンテオレンジ。鮮やかなオレンジ色の八重。

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1月16日 チューリップ モンテオレンジ。茎が柔らくて、しなるのが魅力。

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1月16日 チューリップ モンテオレンジ 

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1月23日に描いたチューリップ プリティプリンセス(だったような気がする)と2月1日、2月4日のチューリップ アプリコットパロット。ねじれて躍動感と力の方向性が出て来た。

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2月11日 チューリップ アプリコットパロット

ぷっくりしていたアプリコットパロットの花弁が萎れて、乾いて細くなったのが面白い。
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3月3日~9日

久しぶりに、コスタリカのヴァレリオさんからメールが来て、やりとりしていた。

以前にも書いたが、ヴァレリオさんは、私の絵を持っている、と、突然、コスタリカからfacebookを通じて連絡してきてくれた人で、最初、なにかの冗談かと思ったが、画像を見たら本当に、すごく昔の私の絵(サイン入り)だったので仰天した。

昔々、(私はとうに忘れていたのだが)ベルギーの作曲家にプレゼントしたいから、とある音楽家に頼まれて描いた絵が、その作曲家が亡くなってベルギーから海を越えてコスタリカの古物商のもとに渡り、ヴァレリオさんの手元に行ったらしい。

ヴァレリオさんも花が好きなので、遠い海の向こうの店で私の絵を見つけて買ってくれた。こんなことがあるのだろうか、と本当に信じられない不思議な縁です。

3月3日に来たメールは、スペイン語と英語が溶解して合体した不思議な単語でできた文だったので、よくわからないところもあった(それがまた面白い)。

ヴァレリオさんが、若い日本女性と会ったと言う話。サンホセのヴァレリオさんの家の近くに国立大学があって、そこに日本人の若い女性が日本語を教えに来ているそうだ。その女性はJICA(国際協力機構)のメンバーとしてコスタリカに行っているらしい。

コスタリカの季節は、雨季と乾季のふたつしかなくて、もうそろそろ雨季だそうだ。

ヴァレリオさん宅の庭に咲く、コスタリカの国花の画像を送ってくれた。

日本にいると、蘭が自然に咲いている状態をほとんど見ることは無いが、庭の樹の幹に寄生して優雅に咲いている紫の蘭。カトレアに似ているけれど、20輪くらいも豪勢に花がついているので、違うのかな、と思ったら、やはりカトレアだった。

蘭の女王と言われる、まさに華麗なカトレアがコスタリカの国花。

ヴァレリオさんが私に送ってくれる花の画像は珍しいものばかり。

遠い遠いコスタリカに、もし、行けるチャンスがあったら、花や鳥や動物や虫の写真を撮りまくるだろうと思う。

コスタリカには信じられないような鮮やかな動植物が生息している。

世界一美しい鳥と言われる、エメラルド色の羽と長い尾と、黄緑の冠と深紅の胸を持つケツァール。

赤、青、黄の極彩色のオウムやインコ(まさにエドワード・リアが10代で描いた、私の大好きな瑞々しい水彩素描の、夢のように美しいオウムやインコが!)。

さまざまなかわいいハチドリ、真っ赤な体に足だけが真っ青なイチゴヤドクガエル、・・・。

なんとも愛らしい様子のナマケモノ、アリクイ、ノドジロオマキザル、リスザル、クモザル、イグアナなどの動物も、もし遭遇したら、写真を撮ることができなくても、この眼でじかに見ることができただけで、嬉しくて興奮して心臓が苦しくなりそう。

コスタリカは小さな国で、環境保護先進国と言われ、全国土の4分の1が、国立公園と自然保護区らしい。死ぬまでに行けるかな、もし行けたらすごいな・・・。

ヴァレリオさんは、私が寝ぼけた顔でちゃびとふとんに寝ている写真を、ツイッターのお気に入りに登録してくれていた。

地球の裏側に住んでいる人が、ちゃびと私の写真を見ていてくれることが不思議でならない。

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