ねこ

2026年7月27日 (月)

プフを動物病院に連れて行く / 次の本の第3稿(念校)

7月27日(月)曇り31℃

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次に出す本の念校。

最後まで1枚の絵の印刷の色調が気になってほんの少し黄色を挙げていただくように赤字指定して終了。

気がつくとプフがいなくて、ちゅびが死ぬ前に潜り込んだ隣の部屋の押し入れの奥の奥に潜り込んでいたのでショックで精神的に追い詰められた。

なんとか引きずり出してキャリーに入れて動物病院へ。

4時からの診察に予約なしで急遽お願いする。

診察待ちのあいだ、ずっとキャリーに手を入れてプフを撫でていたが、小さなキャリーの中の端っこに丸まるように不自然に縮こまって、呼吸が速いので私も生きた心地がしなく・・・。

猫が人から見えないところに隠れた時は、相当具合が悪くてほっておいたら死ぬ時だ。

ちゅびみたいに、また悪性の病気だったらどうしようという不安で私も過呼吸になりそうだった。

待合室のTVで普段見ることがない4時からのニュースをやっていた。

緊張で余裕がない時に高市の顔を気味悪い作り笑顔を見たら不快さで本当に吐きそうになった。

東野圭吾が大腸がんで亡くなったというニュースもショックだった。

診察してもらうとプフの体重は前(くしゃみでかかった2月)より増えている、触診の感じでは便秘はしている(猫はだいたい便秘)が腫瘍はない、ということで血液検査となった。

1時間くらい待ち、結果は炎症はない、腎臓も大丈夫、おそらく毛玉が胃腸に詰まって気持ち悪くなっている、ということで輸液と吐き気止め注射。17000円超。

明日までに食べなかったら明日の夜連れて来て、と言われる。

夜、細くて固いうんこ。カリカリを少し食べる。

グルーミング。ネズミのおもちゃを振ってやるとじゃれついてくる。そのあとまた少し食べる。

しかし少し食べてやめる。

パイルヘアゴムを飛ばしてやるとジャンプしてキャッチ。遊ぶ元気があるならだいじょうぶだよね?

それにしても食べる量が少ない。

とても少ない量を何度も食べた。少しずつ調子よくなっている?

明日も目が離せない。

7月25日(土)

4時に家を出、西新宿に着いたら梔子の花と紫陽花の花がどうなったかを見るために中央公園の中を歩き回る。

ショックだったのは枯れて色あせた紫陽花の花がすべて刈り込まれて葉だけになっていたこと。

梔子の花もなかった。枯れた花を全部切り捨てられていた。

5時に屋根修理の3件目の見積もりの業者さんが来た。

すごく若くてこの道13年という人で、今までで一番話しやすい人だった。

私が「作品が黴てしまうことが一番怖いんですよね」と言ったら

絵にすごく興味があるという。

私の画集を見せたらすごく喜んでいた。不思議だけど本当に絵に興味があるみたい。

6時からデッサン教室。

近くにあった古いアパートの一角が潰されて夏草ぼうぼうの空き地になっていたので、そこから洋種山牛坊(ヨウシュヤマゴボウ)を採って来た。

ヨウシュヤマゴボウの茎に山鳩がとまっていたのでどきっとした。

その株だけ、下のほうの実が黒く熟していたから食べていたのだ。

ほとんどのヨウシュヤマゴボウの実はまだ青くて、先端には白い小さな花が咲いている。

秋には実が黒紫色に熟すだけでなくて葉も鮮やかなフーシャピンクがかった赤紫になり、ものすごく美しくなる。

その時にもう一度デッサンしたい。

I君が私が買い逃して残念がっていた『一ノ関圭本』を持って来てくれたので感激。

 

 

 

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2026年6月 7日 (日)

植物園・プフ甘えてくる・生の果物で胃が治ってくる 6.4~6.7

6月4日(木)

血液検査でCRP 0.76まで下がる。

1982年のドラマ「あまく危険な香り」(TBS)がyoutubeで公開になったと知り、すぐに見た。

根津甚八の陰りと繊細さの凄み。仕草もきれい。こういう俳優も、こういうシリアスなドラマももうあり得ないのかもしれない。

市村俊幸さんという年配の俳優さんが良い仕事をされていた。ピアニストでもあったかた。

市村さんはこのドラマの翌年にお亡くなりになった。

6月5日(金)

土日の外泊許可をもらう。

6月6日(土)

10時頃病院を出て歩いて帰宅。気温22℃くらいで風も爽やか。

骨董屋さんのクマさん(おとなしい犬)を撫でることができた。

紫陽花と菖蒲を見るためにお寺に寄った。

奥の門をくぐると甘い香りがして、クチナシ?ユリ?いやそれよりも清涼感のある森の香り・・

木立の中に一本、楡の樹の朝緑色の花が夥しく咲いてこぼれていた。

いつも紫陽花の時期には藪蚊が酷いのだが、今日は蒸してもなく、蚊もいなかった。

菖蒲(ショウブ)は花弁の中央に黄色い筋がはいる。燕子花(カキツバタ)は花弁の真ん中に白い筋。アヤメは白い網目模様があり、乾燥した山野に生える。
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これはショウブ。

速足で歩くと、まだヘモグロビンが低いせいか、耳が冷えて頭が痛んで来た。心肺が苦しくて息が上がる。

帰宅して3時間くらい休んで猫と遊んでいた。食事はキノコポタージュとコーンポタージュ。

2時過ぎに家を出て、地下鉄で先週と同じく四季の香りローズガーデンへ。

アーティチョークの花がひとつくらい開花していると期待したのだがまだだった。

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それでも先週とは違う植物たちの様子を見ることができて満足。

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黒い立葵の花。

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夥しい百合。

百合はいろんな園芸種が植えてあり、茎の直径が3cm以上、背丈は120㎝くらいある巨大な赤紫のスカシユリもあったが、私は俯いて咲く細い茎の百合が好きだ。

ヤマユリとカノコユリが一番好き。

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薔薇も盛りを過ぎたが、まだけっこう咲いていたし、種類によってはまだ蕾もたくさんあった。

赤黒いレースフラワー(ダウクス・カロタ・ダラ)が素敵。

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茎が細くてしなる花に惹かれる。矢車菊とダイヤーズカモミール。

まずいのは体調だけ。空腹なのか胃が痛くてわからず、何度もめまいがし、おなかが下りそうなので食事やお茶も我慢した。

ごくゆっくりしか歩けなかったが、2.3周ずつ3つのガーデンを回る。

4時半頃帰宅。

6時前に駅前の青果店に行ってサクランボと今年最初の桃を買った。

テニスボールくらいの固くて小さい桃、4つで500円。

本当に食べたいものといえば生の果物だけ。無理にたんぱく質を採るのをやめた。

桃を食べたら柔らかい繊維質とペクチン、酵素がよかったのか、急に胃の調子がよくなって吐き気が消えた。

本当に食欲が出てきて桃3つ食べた。

夜、チョッピーがローテーブルの上から私のおなかにジャンプ。ギャー!!

プフも私のドレーンのクランプした部分が飛び出ているところを服の上から踏んだり。

なかなか帰って来ない私に怒ってるみたいだ。

そのあとプフは甘えて、私の左腕の肘から手首までの上に横腹で乗っかって、私をロックオン。

私の指をなめてから甘噛みして、鼻に縦皺を寄せながら「えいえいっ」と口を横に振る。

ものすごくかわいくてちっとも痛くない。

2か月以上ぶりに私に抱かれてゴロゴロ言いながら眠った。

6月7日(日)

今日はずっと猫たちとだらだら遊んだり、溜まった洗濯をしたり。

豆でできたパスタをクリームソースで食べた。あとは昨日と同じポタージュとサクランボと桃。

下痢は相変わらずだが胃の痛みと吐き気は治った。

4時半頃バスで病院に戻った。

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2026年4月 2日 (木)

ちゅび永眠 LGLリンパ腫

3月19日(木)

偶然だがうちの近所のお寺に合同供養碑がある火葬の業者さんを見つけたのでそこにした。

3時に車で来てくれて、ちゅびの入った箱を渡した後に焼香させてくれた。

この1分くらいの白薔薇のお香の匂いで、ほんの少し残虐さが慰められる気がした。

車を見送る時に大泣きしてしまった。

そのあと部屋に戻りたくなくて見知らぬ裏道のほうへ泣きながら歩いた。

竹に埋もれた廃屋、今年最初の菫、バレエアーツの瀟洒な建物、図書館に続く古い階段 朽ちた木の塀

ミモザも咲いているこの空気のどこかに、ちゅびがまだ元気に走り回っている気がした。

3月18日(水)

ちゅびをどこに葬るのか思案。

それでもまだ「にゃあ!」と応えてくれる気がして「ちゅび、ちゅび」と何度も声掛けをした。

3月17日(火)

夜中、午前2時から3時、のけぞり宙を描く痙攣的発作が10分から15分おきに5回ほど。

その後落ち着くが、

朝方6時30分から息が荒くなる。

やがて8時25分くらいになって、

呼吸が止まったかと思うと、深い息を30秒から1分おきにするようなことを繰り返し、

8時30分頃には完全に呼吸が止まり、体も動かなくなる。

ちゅび、永眠。

ちゅびと一緒に寝て、ちゅび、ちゅび、と呼びながら撫でていたら、冷たいのだけどまだ生きているとしか思えなくて

そのまましばらく一緒に眠った。

3月16日(月)

朝落ち着く。

11時痙攣。

午後3時 輸液 セレニア

ずっと横に倒れたようになったまま。息が速い。

3月15日(日)15℃
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ずっとずっとものすごい甘えん坊だったちゅび。

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朝、おむつがはずれていて、ふとんにおしっこしたので洗濯。

午前中は少し元気になって移動していた。おとといのステロイドのおかげと思う。

しかし午後からぐったり。

横に倒れて顔の半面も布団につけたまま、眼を開けているがほとんど動かないので、このまま死んでしまうのかとどきどきする。

トイレに連れて行ったらおしっこした。

布団の上から陽のあたる窓際の椅子の上に移動したら、少しして窓のほうにどん!と降りて、

その瞬間、両手を伸ばして壁をガリガリガリッと引っ搔いて「にゃあ!にゃあ!にゃあ!」と3回低い声で叫んだ。

何か身体に異変。そのまま死んでしまうのかと心臓が止まりそうになったが、おさまった。

4時ごろ輸液。一度に500mlでは負担になると思い、250mlにした。

そのあとまたぐったり。私とくっついて布団で眠った。

夜8時おしっこ大量。

2から3時 3回けいれん。

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2026年3月15日 (日)

ちゅび LGLリンパ腫、給餌できなくなる / 次の本の制作

3月14日(土)晴れ15℃

今日もぐったりしていたが、陽が差していたことだけはよかった。

空が暗い日は嫌。せめて日向ぼっこさせてあげたい。

でも暑さを感じると自分で椅子から降りる。後ろ足が麻痺しているのでどん!と落ちる感じ。

ずっとおしっこしてないので2時半頃、おむつをとってトイレに入れようとしたら、急に自分からよろよろ動いておしっこしようとした。

(尿意は残っている?)倒れてスチール棚に頭をぶつけそうになり焦った。

トイレの中で少しした。

一度止まってからトイレから出してシートの上にのせて、下腹部のふくらみを少し圧迫したら今度は大量におしっこした。

3時頃、マロビタント(セレニア)を肩甲骨の下くらいに皮下注射。

そのあと強制給餌してみるが嫌がる。なかなかごくんと飲み込めなくなっている。

ステロイドに期待したけれど、もう食事をとることは無理なのかも。

そのあともぐったり眠るようになっていた。

・・・

夕方6時からデッサン教室。その前にモチーフを探す。

新宿のルミネの交差点の銀杏並木の根元に野襤褸菊と仏の座の群れがあったのでそこから採取。

3月13日(金)曇り10℃

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おむつをしたちゅび。
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絶食。

午前11:30病院、キャリーの中で強い吐き気。

診察台の上にのると怖がって低いが割と大きな声で鳴いた。声が出たので私は少し安心した。

S山先生、おしっこを出してもらう。

「触ってみて」と言われて、下腹部と言っても少し上のほう、丸くてぷっくりしているところを右手で少し上に押すとおしっこが出る。

痛かったらどうしよう、と怖くて強く押すことができなかった。

デポメドロール(ステロイド剤)の注射。2週間に一度しか打てない。これが最後の治療。

「左目の眼球が少し出ているのが気になる。目ヤニも。その下あたりに転移があるのかも?」と言われる。

確かに顔が変わっている。

帰りがけ、キャリーの中でもおもらし。

午後、マロピタット(吐き気止め、セレニア)を混ぜて輸液。

目薬ゲンタマイシン。

すごくぐったりしているが吐き気はなさそう。

「ちゅび、ちゅび」と呼びながら撫でたら、弱いが確かにゴロゴロ言ってくれたのですごく嬉しかった。

静かによく眠っている。

・・・

次の本の文章の校正が出てきて修正。

3月12日(木)12℃

絶食。

朝、おねしょ。やっと出たけれど、布団と、ちゅびのからだがビチャビチャ。

おしっこの感覚がないみたい。

強い吐き気の発作はそれほどない(昼間に1度くらい)。

よだれの量は減ってきた。

夜は比較的落ち着いて眠っている。

3月11日(水)11.9℃

絶食。

昼間、強い吐き気の発作はなく、比較的よく眠っている。

よだれは変わらずたえず出ている。

おしっこが出ない。

夕方、急遽、病院、O田先生の診察。

おしっこは「ほっとけば、そのうち自分でするよ」とのこと。

右の口吻(ひげ袋)のふくらみ「触っても痛がらないので様子を見て」とのこと。
 
左の下の歯茎の黒さは転移ではなく「柄」とのこと。

セレニアの注射。

よだれ一旦止まったが、数時間で状態はもとにもどる。よだれがたえず出ている状態。

後脚が完全に萎えている。

午後(夜中)11:30、強い吐き気の発作におそわれる。

3月10日(火)明け方の雪から雨に変わる

絶食。

強い吐き気の発作におそわれる間隔が3時間おき、4時間おきと少しずつ開いている感じ。

よだれは変わらずたえず出ている。今の状態でもうセレニアは無駄なのか?

外は3℃。蕗の傘の上にみぞれの塊が残っていた。こんな寒い日にちゅびを移動するのがかわいそう。

午前11:30 病院。 O田先生、よだれの原因は口の中の腫瘍のことが多い。

口の中、喉の奥、異常なし。

エコーで内臓を見ても大きな腫瘍などは見えない。

セレニアの注射。

セレニアの錠剤の箱に「5日まで」と書いてあることを質問すると「気にしなくていい。自宅で半年も毎日注射している人がいる」と。

午後、輸液500mlをするが、夜、おしっこが出ない。

3月9日(月)夜雨から雪

1〜2時間おきにのたうつような強い吐き気の発作に襲われる。

吐き気のために給餌できない。

ステロイドは胃に穴が開くから2週間に一度しか注射できないと電話で言われる。

よだれがたえず出ている状態。眠れていない。

3月8日(日)12℃

吐き気強く、午前中、急遽病院、O田先生 圧迫排便、セレニアの注射、輸液。

午後4:00、強制給餌するも、4:30、嘔吐。もう強制給餌は無理なのか・・?

セレニアの注射を私が自宅で打てるようにしたい。

3月7日(土)17℃

朝、吐きそうになる。

午前11:00 病院、O田先生、オンシオール(鎮痛剤)。

3月6日(金)14℃

朝、吐きそうになる。

夜も眠れていない様子。

3月5日(木)17℃

朝、吐きそうになる。

 

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2026年3月 4日 (水)

ちゅび、自分でカリカリを食べる(奇跡) / 次の本のカヴァーデザインができてくる

3月4日(水)

11時に病院でS山先生に摘便してもらう。かぼちゃを食べてもカチカチ。

ステロイドのおかげで今になってから自分でカリカリを食べたことを報告するとS先生は「すごいね!」と驚いてくれた。

ほんとによくがんばってえらいね、と。

体重も奇跡的に前回3.15kgを上回る3.25㎏だった。

ステロイド注射は2週間持つということで今日はしなかった。

3月3日(火)

朝起きた時に頭が朦朧としていて、もう一度寝たら遅い午後に起きてしまった。

輸液、薬、給餌。

デザイナーさんから表紙と見返しと帯の色指定するように言われ、ネットでタントとDICの色見本を見ながら指定するのにすごく時間がかかった。

3案作った。タケオまでタントの実際の色を見に行くべきだが、最近、朝眠くてまともに動けない。

3月2日(月)

今日もちゅびが少量だがカリカリを自分で食べた!手術以来、自力で食べたのは3回目。
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吐き気も ないみたい。

手術後、本当に、6週間も食べられなくて体重も半分になり、もう二度と自分で食べてくれることはないと思っていたので奇跡だ。

おそらくステロイドのおかげなのだろう。手術後からずっと打っていなかったのは、耐性がすぐについてしまうからなのだろうか。

薬と給餌。ちゅーるばかりだと便がカチカチになるのでかぼちゃを食べさせるとよい、とネットに実例を書いている人がいたので、かぼちゃのスライスを買ってレンチン、潰して牛乳で溶いてシリンジで与えてみた。

・・・

選挙が終わってからずっと憂鬱で毎日Xを見ている。

今の悪夢のような状況にやはり激しいストレスを感じて言葉を発している人がたくさんいるのを読むと、止まらなくなる。

新しい戦争が始まったのも恐怖。どこまで酷くなるのか。

夜3時過ぎまで眠れなくて、なのに朝7時すぎに起きてしまったり、自律神経がおかしい。

3月1日(日)

ちゅびが今日も少量だがカリカリを自分で食べた!
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今日は薬と輸液と給餌。
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・・

テスト校正紙に赤を入れる。

問題はいつも同じだが、実際の絵よりもずいぶん色が沈んでしまうこと。

写真撮影で鈍くなり、4色分解でさらに鈍くなり、紙に印刷した時にインクが沈んでさらに鈍くなる。

だからデータ画像のサイドをどのくらい上げておくか、その加減を最終的には印刷会社さんに出向いてオペレーターさんと一緒に調整する予定。

・・・

ギャラリー十二社ハイデに寄り、搬出を見届け、久しぶりに自転車で来たアケミさんと中野坂上まで暗渠を歩いて話しながら帰った。

今日は寒くて、綿のコートでは震えてしまった。

2月28日(土)

ちゅびが少量だがカリカリを自分で食べた!奇跡。昨日のステロイドの効果?

手術してから1度も自分で食べることができなくて、シリンジで給餌していたので、信じられない。

手術しても食欲が戻らなかった時は絶望で真っ暗になり、2週間くらいしか生きられないかと思ったが、

介護して気がつけばもう6週間。

薬、給餌。

2月27日(金)

ちゅびがうんこが詰まって苦しそう、何度もトイレの砂を掻くので、午前中に病院に連れて行って摘便してもらう。

手術以降、脚の付け根が麻痺していて(手術のせいではなくてリンパ腫のせい?)自分でうんこができないのだ。

毎日、総合栄養ちゅーる3本程度しか食べていないのに、S山先生がおなかを触ると固い便が詰まっていた。

「一日おきに500ml皮下輸液しているのに、大量におしっこが出て、水分が腸のほうには行っていないんですか?」と質問すると

「口からも水をとったほうがいい」と言われた。

手術後、ちゅびは一度も自分で食べることも水を飲むこともできなくなっているので、水をシリンジで飲ませるのも嫌がって頭を振るのでたいへんなのだ。

輸液してもらい、そのあとS山先生に「ステロイド打っていい?炎症を抑える効果があるから楽になる。食欲も出るかもしれない」と言われ、お願いした。

帰りにリンゲル液3パックとラインと針を購入して今日の治療費は13000円超。

確かオリーブオイルと牛乳が猫の便秘に効くという記憶があり、ネットで調べるとやはりそのようなことが書いてあったので、午後に少量やってみることにする。

3時頃に給餌の際にオリーブオイルを混ぜると嫌がった。特有の味が嫌みたい。

牛乳もオイルほどではないがやはり嫌がる。

・・・

次の本のカヴァーと帯と表紙のデザインがデザイナーのM口さんから上がってきた。

私が回らない頭で苦しんで描いたラフすぎるスケッチから、それを具現化した素晴らしいデザインが出来てきたので感心した。

本当に私の頭の中のイメージを汲んでくださっている。

帯と表紙がピンク系だったのだけ、紫系に変更していただくお願いをした。

カヴァーと帯のデザインができてくると、次の本の全体像が俄然はっきりしてくる。

まだこの先、一番たいへんな仕事、中身の写真と絵の印刷の校正が待っている。

 

 

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2026年3月 1日 (日)

ちゅび、LGLリンパ腫/ 次の本の制作(文章)

2月25日(水)雨 13℃

寒くて陰鬱な雨。

薬(セレニア)、輸液、給餌(栄養ちゅーる3本と高カロリーちゅーる1本)。

2月24日(火)

うちのドアの下部分が錆びて膨張してしまったのでドアを変えることになり、その工事の日。

朝9時に業者さんが来るというのでその3時間前に起床。疲れた。

ちゅびは私の顔を見ると「にゃあ!」と鳴いて近寄るとゴロゴロ。

午前中からビールを飲んでちゅびを撫でていた。

眠くて床に横になると、久しぶりに(手術後、初めて)私の股のあいだでゴロゴロ言いながら寝た。

あまりにもガリガリに痩せてしまったので私が寝返りを打ったら踏みつぶしそうで、ずっと一緒に寝るのが怖かったのだけど。

ちゅびが入ってきたので私はじっと動かないようにしていたが、気がつくと眠ってしまった。

電気毛布が熱かったようで、しばらくするとちゅびは私の顔の右横に頭を出していた。

3時頃給餌。

ちゅびは今日、なぜか割と元気に動き回っていた。ひとりで椅子から降りて歩き回ったり、」また椅子に乗って寝たり。
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後ろ脚が麻痺しているのだが、横座りでなく、なんとかしゃがんでおしっこもしていた。

私は疲労のせいで長い耳鳴り(左耳)が3回あった。ずっと緊張性の頭痛。

顔の浮腫が酷くて頬や目の周りを軽く押しても痛い。

2月23日(月)天皇誕生日 22℃
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次の本の原稿の締め切りで朝も文章を推敲していた。なんとか頭が動かしたが、冴えていないと思う。

一応の決定稿を提出。帰りの電車の中でもう一度文章を読み直したら2文字、脱落していた。

薬、輸液、給餌。

5時頃ギャラリー十二社ハイデへ。

私が誘った大船のT・Jさんが来てくれていた。もうすぐ新しい仕事をするそうで、よかった。

2月22日(日)

ギャラリー十二社ハイデに1時過ぎに行く。

今日はアガサさんのご家族がみえていた。

そのあとちゅびのところへ。薬、給餌。

夜、次の本のあとがきの文章を修正する。頭と首と肩と背中が痛くて、朦朧として詩的なことばが出てこない。

2月21日(土)

ちゅびがうんこがしたくて何度もトイレに行って一晩中砂を掻いている、ということで、朝11時半に病院に連れて行くことになった。

10時50分に吐き気止めを何とか飲ませて、病院で給餌してもらおうとしたが、

病院でうんこを絞ってもらった(苦しがっていた)あと輸液してもらい、給餌の用意をする時に吐きあげる動作があったので、病院では給餌を諦めた。

病院で1時間以上待たされて、ずいぶん時間が押してしまった。

1時半くらいに帰宅して軽食をとり、事務所に行って私が給餌。

私が給餌したほうが病院で給餌するよりは嫌がっていない。

・・・

きょうはギャラリー十二社ハイデのアガサ森田・芍薬アカデミー二人展「絵と音の彫刻」の初日。

4時半頃にギャラリーへ。

おふたりの親しいお友達がいらしていました。
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(アガサ森田さん、芍薬アカデミーさん、エミリー村山さん)

おふたりは初めてのお客さんにもひとりひとりにたいへん丁寧に接しておられた。

・・・

その後、モチーフを用意し、6時からデッサン教室。

デッサン教室が終わる頃に3月にやる劇団の人たちが見学に来ると聞いていたが、7時半すぎても来てくれないので焦っていた。

デッサン指導中は気が張っているので感じないのだが、デッサン教室が終わった8時には、疲労困憊と空腹でめまいがした。

劇団の人たちが8時を過ぎてから来られたので驚いた。

測量をされていたが、その25分くらいのあいだ、めまいと頭痛と吐き気で倒れそうなほど苦しかった。

あとでメールで「デッサン教室の邪魔になると思って7時半から8時まで外で待っていた」と聞いて、本当に驚いた。

デッサン教室を邪魔したくないなら6時前の展示の時間に来てほしい。

1時から6時まで展示しているので、ギャラリー見学だけの人も展覧会に来るのは大歓迎だ。私が対応する必要もない。

8時はギャラリーを閉める時間で、そこで限界。それ以上の時間は心身ともに無理。

過労で体調悪いので、1分1秒でも早く帰宅して自分の本の制作の仕事をしたい。

2月20日(金)

薬、給餌。

ずっとあとがきの文章を考えている。

今日はアガサ森田・芍薬アカデミー二人展の搬入なので、ギャラリー十二社ハイデに寄ってみようとしたが遅くなった。

4時半ごろ、坂の下の道でちょうど帰宅途中の二人に会った。

それからひとりでギャラリーを見に行ったが、バランスよく展示してあった。

 

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2026年2月15日 (日)

ちゅび LGLリンパ腫

2月15日(日)

私が輸液。給餌。今日もゴロゴロ。

2月14日(土)

11時半から夜10時までずっとちゅびとふたりっきりで隔離部屋にいた。

私の顔を見ると「にゃあ!」とおしゃべりしてゴロゴロ。
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カーテンを開けて光の中で温まってゴロゴロ。私の腕をおててでおさえるちゅび。
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抗がん剤をやっていた時より明らかに気持ちよさそう。

でもすぐにリンパ腫の吐き気が襲ってくるのだろうか。

自力でトイレに入っておしっこして、自力で椅子の上にのぼれていた。

夕方6時。椅子の上に横座りではなく縦に伏せの姿勢にして、私が真後ろから抱え込むようにして押さえつつ、左手で頭を上に向けて吐き気止めを飲ませる。

その姿勢でなんとかちゅーる2本給餌。

2月13日(金)

プフがここ6日くらいくしゃみをしているので病院に連れて行った。

快作先生は「ちゅびじゃないの?」と。

プフは、2年前の同じ日、2月13日に同じくしゃみで受診していた。

その時は風邪ではなくアレルギーの注射をした。今日も同じ注射で様子を見ることになった。

プフは食欲もあり、最近はカリカリだけでは嫌でおやつちゅーるを欲しがってわがままに鳴くようになっている。

2月12日(木)

大きな耐熱ガラスボウルに入れた水を電子レンジで熱くして、そこに500mlのリンゲル液をつけて温める。

10年ぶりに私が輸液。

リンゲル液が常温でも冷えているので、ボウルのお湯をけっこう熱くしないとぬるくなってしまい、ボウルのお湯をもう一度レンチンしてやりなおし。

その間に吐き気止めの錠剤(メトクロプラミドを4分の1にハサミで切ったもの)を飲ませる。

輸液セットを組み立てるのも、(雑菌がついたら終わりなので)絶対に針に指を触れないように緊張。

ものすごい緊張でなかなか針を刺せない。

ちゅびがガリガリにやせているので皮膚が縦にしぼんでしまって、つまんでもふくらまないので、貫通してしまいそうで刺すのが怖い。

背中の丸みの一番高いところの皮膚に針を刺した時、そこをブルブルッと震わせて痛がったので、私は汗だくに。

昔は滴が落ちるのをじっと見つめてがんばっていたが、皮下なので滴でなくスーッと流して大丈夫だそうなので500ml一気に入れる。

そのあと栄養ちゅーる2本とこうカロリーちゅーる1本給餌。

終わってから首の両脇の筋肉とこめかみの筋肉ががちがちになったまま、頭痛が酷かった。

ちゅびはそのあとゴロゴロ気持ちよさそうに寝ていた。

2月11日(水)

午前中、快作先生は、「S山先生と相談したけど、ちゅびにはどうしたらいいかわからない」と。

L‐アスパラキナーゼに関しては、ネットでは猫に効いた例があげられているが、先生の経験ではほとんと効かなかったそうだ。

「私が吐き気止めを飲ませてきました」と申告して給餌してもらう。

いつも吐き気止め注射してすぐには吐き気はおさまらず30分くらいかかるので、吐き気止め注射の後すぐ給餌はかわいそうだから。

とりあえず抗がん剤はやめて、明日から自分で輸液すると申し出て6回分のセットを購入した。

快作先生の説明だと「肩甲骨の間ではなく、一番背骨の丸みの出っ張っているところに打つ。

三角形のテント型に皮膚を引っ張るのではなく、皮膚をつまんで、そこに(針穴を上に向けて)針の先端だけ刺し、

クランメを緩めて液を入れて皮膚が膨らんできたら、針の近くでなく管に近い位置を持ってすっと奥まで入れる」と。

「youtubeで見たのと違う」と言ったら「youtubeは間違っている」と。

管のほうを持って刺すのは、「そうしたほうが皮膚2枚を貫通しにくいから」と。それはけっこう難しそう。

10年前、ちゃびの時は「肩甲骨の間の皮膚を三角形のテント状に引っ張って、テントの下のほうに直角に刺す」と教わった気がする。

が、

「それだと前足ばかりに液が入って足がむくんでしまう。おなかに液を入れるためにはもっと下。肩甲骨の間のほうが痛みは感じないんだけどね」と言われ、

そう言えばちゃびの時は、もろに前足がむくんでいたと思う。

2月10日(火)

ミヤリ酸を溶かしたぬるま湯をシリンジに入れ、それで吐き気止めを飲ませてから30分で給餌。

給餌自体は嫌がるのでたいへんだが、その前と後はゴロゴロ。

次の本の副題と帯文とあとがきについて考えるように言われたが、頭が朦朧としてまったく思いつかない。

2月9日(月)晴れ

雪が固く残り、つーんと冷えた空気の中、ちゅびを病院に連れて行くのがかわいそう。

今日はS山先生という初めての女性の先生の診察。そのせいか午前中、すいていたので話しやすかった。いつもは超混雑で、落ち着いて質問したり確認したりしづらいので。

強い抗がん剤でぐったりしているちゅびを見るとすごくかわいそうだから、もう抗がん剤をやめるか、弱い抗がん剤(L‐アスパラキナーゼ)だけにしようかと思います、と相談する。

S山先生はそれでもいいんじゃないか、と。

「私が11月中に連れて来ていたら・・・」と後悔で涙してしまったらS山先生は

「病気の質が悪すぎる。11月に血液検査しても出なかったと思う」と。

それでも先生ならリンパが腫れていたのに気づいたと思う・・。それを思うと私の精神が崩壊してしまいそう。

輸液はしてもらったが、吐き気があるようなので給餌してもらえなかった。

吐き気止めを打ってもらって、帰宅してから給餌。

選挙の結果で鬱気味。ちゅびのことの悲しみと自責で胸がふさがれっぱなし。

Xを見ていたら、高額医療の限度額を上げるという政府の恐ろしく残酷な企ての関連で、齊藤樺嵯斗(さいとうかざと)さんという、悪性リンパ腫で医大の5年生で亡くなられてしまったかたの記事にたどりついた。

そのかたは激しく辛い闘病をされた。もちろん私も同じだが、高額医療の限度額制度に助けられてこそ治療ができた、とご家族のかたたちも高額医療制度の改悪に反対しておられる。

どうして、闘病の苦しみでもう限界ぎりぎりのところからお金をとろうとするのだろう。

本来使ってはいけないようなところに多額の税金がが使われているというのに。

どうにもやりきれない気持ち。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2026年2月 3日 (火)

ちゅび 悪性リンパ腫 / 次の本の制作

2月1日(日)

ちゅびへの思いに塞がれて回転が鈍くなっている頭で、次の本のタイトルを必死に考える。

今まで編集してできているもの、沢渡朔さんの写真を1ページ目から順番に見て、谷川俊太郎さんの詩を読んで、私の絵を順番に見て、

全体のイメージから直接浮かんでくる言葉をいくつか書き留める。

・・・

午前中に動物病院へ。

今日で最後の抗生物質注射2種類(手術の傷のため)。

明日、月曜に血液検査で白血球が正常であれば2回目の抗がん剤を打つと言われた。

午後。窓辺の陽射しをいっぱい浴びたちゅびは、しっかり私の眼を見つめて、大きな声で私を呼んで、私が喉をなでるとはっきりゴロゴロ言ってくれた。

がりがりにやせてしまった(あっという間に2kg以上減)けれど、お日様を浴びすぎて暑くなると脚を引き摺りながら部屋の中を移動することもできる。

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ゴロゴロ言って、私の顔を見つめてにゃあ、にゃあ、と呼んでくれて・・・つかの間でも幸せな時間。
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(自撮り)

そしてなんと、私がトイレに立つと「シャー!」と怒った。

ちゅびの「シャー!」を聞いたのは久しぶり(涙)。

甘えん坊全開中に私が席を立つと「シャー!」と怒る、すごくわがままないつものちゅびに戻っていた。

本来のちゅびは、おやつをもらえなくて普通のカリカリだけの時も「シャー!」と怒って、カリカリの上におやつをかけてあげるとガツガツ食べていたのだけれど・・・今は自主的に食べてくれない。

リンパ腫のせいで吐き気があって食欲が戻らない。

それでも抗がん剤が少し効いているのかもしれないと思う。

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1月30日(金)

ちゅびの首にチューブを通す手術をするか、に「しない」選択をしたことを伝える。

もう一度全身麻酔をして身体に負担をかけるのがかわいそうだと思った。

それと首に穴を開けてチューブをしているちゅびを見るのが怖かった。

チューブを入れてまで延命することは、人のエゴではないか、と・・・

もちろん、食べられないでだんだん衰弱して死に至るちゅびを見るのはものすごく辛いし、怖いのだけど・・・

1月29日(木)

今日は病院の休日だが、輸液と抗生物質の注射2本と強制給餌をしてもらうためにちゅびを連れて行く。

通常の治療費に加え、休日診療費2600円がプラスになる。いくらかかろうと気にせず、快作先生のリスペクトとしてお金を捧げる気持ちでないとやっていけない。

1月28日(水)

抗がん剤をやっても自主的に食べてはくれない。

「効いてないのかな」と言われて大ショック。

もう一度全身麻酔をして、首にチューブを入れる手術をするか、と聞かれて倒れそうになる。

チューブをすれば自分で給餌も投薬もできるので通院しなくてもよいから、と言われる。

確かに真冬の寒さの中を病院に通うのはちゅびにとってすごくストレスだろう。

けれどもう一度全身麻酔をして、首に穴を開けてチューブを通すなんて・・・残酷すぎる気がして決心がつかない。

そもそもなぜ抗生物質の注射と強制給餌を受けに2週間毎日通わなければならないかと言えば、

ちゅびが暴れて抗生物質の錠剤を飲ませられないからで、こんなに痩せて両足が麻痺していても、4本の脚で蹴って暴れる元気はあるのだ。

抗がん剤で食欲が戻ることはなかったが、副作用で吐いたりぐったりしたりということもなかった。

1月26日(月)

「抗がん剤をするかしないか決めて」と言われ、「副作用で苦しませたくないから、一番副作用の弱い抗がん剤(Lアスパラキナーゼ)を・・」と言ったら

「抗がん剤をやるなら「CHOP療法」の一択しかない」と言われた。

 3種類の抗がん剤(シクロフォスファミド・ドキソルビシン・ビンクリスチン)とステロイド(プレドニゾロン)の併用。

Lアスパラギナーゼ単独ではあまり効かないと。

すごく効くのか、強く副作用で苦しむのか、あるいは効かないのか、やってみないとわからない、と。

その場でどうしたらよいのか頭が回らなくて苦しくて涙が出たが、CHOPを一度やってみることにした。 

「ごめんね!ちゅび・・」と思わず口に出してしまったら

「泣いたらダメ!治療すると決めたら笑顔でいないと、自分のせいで大好きな人を苦しめてると思われる」と先生に怒られた。

輸液、抗がん剤、抗生物質2種、強制給餌。

今日は18000円超。

 

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2026年1月26日 (月)

早稲田での発表 / ちゅびのリンパ腫が悪性だった

22日にちゅびの細胞診の結果が出て、「LGLリンパ腫」、リンパ腫の中でもたちが悪いものと知って、頭が殴られたようになり、文字通り倒れていた。

手術後、抗がん剤をやってもあまり延命できないかも、という記事を読み(それもちゃんとは頭に入って来ない)、精神疲労マックスになり、朦朧とした。

早稲田での発表のための準備に根を詰め、ずっと過緊張で頭痛や動悸、そこにちゅびのことで、まともに言葉が出てこない感じ。

毎日のちゅびの通院には行っている。

手術後、一度も自主的に食べてくれなくなってしまい、毎回、抗生物質の注射(抗生物質の薬を抵抗して飲ませられないため)と輸液と強制給餌をしてもらっている。

後ろ脚の神経が麻痺して引きずっているが、強制給餌の時には4本の脚で先生を思い切り蹴ってくるので、私が前脚を押さえている。

頭はよく動くし、表情はしっかりしていて、私の呼びかけにも応える。

私は悲しすぎて心臓も胃も頭も全身の筋肉も痛い。

ちゅびがかわいくてたまらない。

1月22日(木)

早稲田大学 谷昌親先生の授業で発表。

塚原史先生も聞きに来てくださった。

「画家の身体」 

〇絵はなんのためにあるのか 画家の身体とは
画家の身体は普通の人が見ていない、あるいは見えないものを見ているということ

〇自我、主観、主体、あるいはそれらの主権、理性、さらに客体化された論理、習慣、常識、そこで繰り返され循環するステレオタイプ、ありふれたもの・・・、そうしたものから逸脱は可能か

〇デッサンは自分の外にあるものを見て、自分が受容体になることで、主客未分の状態になる
「証言」

〇言語でないもの、人間の外にある生命、文化の外にあるもの、遺棄されたものへ寄り添う

〇絵であるものと絵でないもの 絵は自分の外にあるものとの関係性 
具象という意味ではない

〇絵が「現代美術」としてあるためには、「問いかけ」が必要

〇若林奮 「人間に興味を持たない」、作品の「相手は」「犬であるかも知れない」、「自分の現在と最初期との接近を考え、その間にある歴史を不要としたい」

〇革命

〇アルトー ブルトンへの批判、シュルレアリスム、画家の身体

〇視覚芸術と無意識について

〇人は「現実」=「むき出しのままの表層」こそを見ていない、ということ

〇シュルレアリスムの目指した可能性を現代に生きるには

〇「現代美術」と「現代アート」(仮)

〇デリダの残したもの 動物、共苦、人間中心主義への批判 懐疑不可能なものに先行する 

ジャック・デリダ『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』(ちくま学芸文庫 鵜飼哲訳)

・・・・

結局、誰にも理解されない問題を発表したのだと思う。

でも、自分にしか発表できないことを発表したのだからよしとする。

死ぬ前に一番言っておきたかったことを、まあまあ言えた。

Z世代の学生さんが助けてくれて動画撮影はできたのだが、それを私が短く編集してYOUTUBEにアップするには、そうとう時間がかかるだろう。

20年前、私は早稲田大学のけっこう大きい教室で発表をさせていただき、そのあと谷昌親先生の授業でも発表したのだが、

その当時、吉田文憲さんが早稲田で教えていて、吉田さんが塚原史先生や谷昌親先生につないでくださったのだ。

この「画家の身体」という発表も、吉田文憲さんが聞いたら、なにを言っているのかわかってくれたかもしれない。

20年前、私は吉田さんに常に「画家の身体」の話をしていて、それはアルトー的な「宿痾」だと言われていたから。

・・・・・

アルトーの「アンドレ・ブルトンへの手紙」(1947)鈴木創士訳

「私は秘密の世界や、世界に隠された何かがあるなどとは信じない。見かけの現実的なものの下に、観念、知覚、実在性、あるいは真理の、埋もれた、あるいは抑圧された初段階があるとは信じない。
すべてはそしてとりわけ本質的なものは、むき出しのまま表層にあったのだし、それが垂直に、そして奥底に沈みこんだのは、人間たちがあくまでそう主張するすべを知らず、そう望まなかったからだと私は思っている。」

「秘法伝授を誕生させたのは現実的なものへの恐怖である。(…)もしシュルレアリスム(超現実主義)が現実的なものでないなら、いったいそれが何になるのか? 
だが、そうであっても、もうたくさんだ。いかなる外観のもとにあろうと私はもう芸術には我慢がならない。芸術、すなわちひとつの打撃、糞、殺戮、戦闘、決定的な一掃でないものは。」

・・・・・・

福山知佐子「応鳴、息の犇めき──ジャック・デリダの動物論に寄せて」『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』(ちくま学芸文庫)あとがきエッセイより

〈先決的、かつ決定的な問いは、動物が、苦しむことができるかであるだろう〉という言葉をめぐって、語れる能力を持っていることを示すことではなくて、動物たちの苦しみをどれだけ〈共に〉苦しむことが〈できる〉のか、どうしたらその苦しみを〈限界の周りで、限界によって〉〈養い〉、〈生成し、育成し、複雑にできる〉のかということだろう。
 
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打ち上げのサイゼリヤにて塚原史先生と谷昌親先生と
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2026年1月19日 (月)

ちゅびのリンパ腫の手術、成功

1月18日(日)

ちゅびのリンパ腫の手術、一応成功。
一応というのは、小腸を塞いでいた一番大きな腫瘍だけ摘出できたということ。

腫瘍がほかの臓器と絡んでいるがゆえに摘出できず、小腸のバイパス手術、みたいな恐ろしいことにならなくてよかった。
小さい腫瘍はいろいろあったみたい。詳しく聞いてないが。
それは抗がん剤に頼るということになるのだろう。

あとよかったのは、首に栄養を入れる管を入れられていなかったこと。
「内臓の色がきれいだったからだいじょうぶそう」みたいなことを言われた。

それと、押し入れの奥で発見された時から今現在までの中では一番元気そうだったこと。
麻酔のせいか低いどら声になっていたけど、頭を大きく動かしてすごく声が出て、キャリーの中で少し暴れていた。
もっとぐったりしているのかと思ったので、それには感動した。

明日まで絶食、明後日から食べさせてよい。栄養ちゅーるでもなめてくれればいいが。

飲ませなければいけない抗生物質の錠剤を2種類出された。

ちゅびが押し入れの奥の奥で発見されて病院に連れて行ったのが14日、

そこでリンパ腫のがんと言われてから、今日の手術までにかかったお金、ゆうに50万円近く。

(手術はしかたないが、CTの料金が高すぎると思う。全身麻酔CTと細胞診で16万以上かかった。)

私の飲んでいる癌の分子標的薬レットヴィモは1錠保険で8000円近くし、私はそれを毎日6錠飲んでいるので、ざっと月に140万円くらいかかっている計算になるが、高額医療の限度額制度を受けている。

ちゅびの医療費は私の年間にかかっている医療費をたった4日で超えてしまった。

最初はあまりのショックで、奈落の底に突き落とされた気持ちだったが、

今まで本当にこつこつと使わないで貯めてきたお金が、ちゅびの命のために使うことができた、と思うと少しすっきりした。

私が貯金ゼロで、そのせいでちゅびの腸が破れて死ぬような死なせ方をしたら、おそらくそうとう自分を責めてしまうだろうから。

1月19日(月)

ちゅび、昼くらいまではきのうの手術当日よりはぐったりしていた。疲れが出たのか?

しかし夕方には抗生物質を飲ませようとしたら暴れて飲ませられなかった。

結局、病院まで連れて行って、先生に飲ませてもらおうとしたら・・なんと暴れて先生でさえ飲ませることに失敗し、抗生物質の注射をしてもらった。

 

 

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