ねこ

2018年7月14日 (土)

ちゅび(赤ちゃん)の記録 (7月7日~7月14日)

7月14日

西日本を襲った豪雨の災害は非常にショックだった。

中国地方に住む友人とそのうちの犬は無事だったが、近くの川はあと1mで氾濫するところだったという。

東京は36℃。昼間、外に出ると頭痛と吐き気に襲われるレベル。

赤ちゃんがうちに来てひと月になる。ウイルス性鼻気管支炎やら真菌やらいろいろ心配したが、今は元気すぎて暴れるために、私の体力がついていけない。生命力の横溢に嬉しい悲鳴。

ぴょん!ぴょん!となににでもじゃれて跳びかかり、弾丸のように走る姿が速すぎて、写真に撮ることができない。

名前は考えすぎて決まらず、ひとまず「ちゅび」(「ちゃ」でなく「ちゅ」)などと呼んでいる。

狭い隙間に入って見えなくなり、私が焦った時に、「ちゅび!!」「ちゅーちん!」「あかちゃん!」としか声が出てこなかったからだ。

スチール棚の下や、絵の具のはいったプラスチック引き出しと壁の間などを、段ボールをテープで貼りつけたりして塞ぐ。

ものを少しでも減らすために(捨てるのが苦手な私だが)、昔のパンフレットや資料などを捨てまくった。飾り物や、絵のモチーフになるものも、どんどん捨てないといけない。

明日から私は少しのあいだ、東京を離れる。ちゅびは信頼できる友人の家で預かってもらう。

7月7日

朝、温かい粉ミルクに溶かしたトラコナ。抗生物質を飲ませるのに、水で溶いてシリンジを使うよりも安全なので、朝だけは哺乳瓶で授乳。

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私の手をやたらに噛む。おもちゃより私の手を噛むほうが好きなのを、なんとかしないと身が持たない。
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ベビーフードは8回に分けて約1パック食べる。

水をお椀から直接なめるのが、まだへた。鼻が水についてびっくりしている。

熱湯で洗った皿に冷蔵庫で保存した冷たいフードを10gほど入れ、スプーンでほぐし、さらに上から熱湯を少々かける。フードと一緒なら水分もなめてくれる。

633g。

7月8日

朝、ミルク+トラコナ。哺乳瓶で飲むのを嫌がらず、むしろちっちゃい時よりずっとうまく、乳首を強く吸っている。

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耳の先っちょにくっついていた最後のひとつのカサブタ(サクラ耳になるのをおそれてそっとしておいた)がとれる。

鼻の上のカサブタのとれたあとは、まだ少し赤いが、だいぶきれいになってきた。

ケージの屋根にやたらに上るが、うまく降りることができない。

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よちよちがなくなり、ダダダッと走るようになる。

ベビーフード8回。

おねだりの時、「キャ、キャ」となく。

トイレでうんこする前に興奮して「ウキャ、ウキャ」となきながら旋回。

7月9日

4時に起こされ、ミルク+トラコナ。私の手をやたらに噛み、顎まで噛むので、起きないわけにいかない。

赤ちゃんぽい目つき。

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ベビーフード8回。一度に10gくらい食べたら、遊びだす。さんざん遊んでちょっと眠る、の繰り返し。

変なところにはいらないように見ていないといけないので、つきっきりで、私はなかなかトイレにも行けない。

7月10日

6時、ミルク+トラコナ。

初めて爪とぎで爪をとぐ(置いてあったが、今までは興味を示さなかった)。

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万歳のように両手をあげてぴょん!と跳びかかる動きがすごく激しくなった。ぴょん!と跳びかかっては走り、をジグザグにやる。
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ベビーフード9回。

7月11日

6時、ミルク+トラコナ。

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キバが鋭くなってきたので強く噛まれると怪我しそう。

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まぐろのベビーフードを一度に50g食べる。そのほかに、いつものベビーフード4回。

狭くて埃がたまった家具の隙間にはいりこもうとするのをふせぐのがたいへん。まだ頭が小さいので、信じられないほど狭いところにも潜り込んでしまう。

705g。

7月12日

4時、ミルク+トラコナ。

実際に遊びまわっている時は、あまりの激しさに写真は撮れない。結局、おとなしそうな写真ばかりになってしまうが、跳んでいるところを撮れたらいいと思う。

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ベビーフード8回。初めて朝と夜に2回うんこする。

7月13日

3:45 ミルク+トラコナ。

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ベビーフード7回。

7月14日

あいかわらず、私が朝のお茶を飲もうと廊下に出ると、ついて来て大暴れ。冷蔵庫と壁の隙間などに入ろうとするので目が離せない。

暴れたあとは私の膝の上でしか寝ようとしない。そおっとふとんの上において私が立つと、起きてついてくるので、トイレに行くことさえもなかなかできない。

水を入れたお椀と牛乳を入れたお皿を並べると、牛乳のほうを飲む。

夜、11時ごろ、たくさん遊んで暴れまわる。

一番、最近のちゅびらしいショット。

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2018年7月 7日 (土)

赤ちゃんの記録(6月27日~7月6日)

6月27日(水)

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病院へ。培養検査の結果、目視で「見たこともない菌が出た」と言われる。クラリスロマイシン7日分。

7回おしっこと授乳。

6月28日(木)

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蓋を上に起こして高くしたダンボール箱の縁を、自力で乗り越えて出てくる。

4:50におしっこと授乳のあと、私の左横で眠る。

8回おしっこと授乳。

6月29日(金)

朝4時台のおしっこが少し黄色い(脱水気味)。

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箱に入れてもすぐに出てきてしまう。外に出るとゴロゴロ。

おもちゃよりも私の手や足にじゃれて甘えるのが好き。まだおもちゃを少し怖がっている。

470g。

8回おしっこと授乳。

6月30日(土)

朝一番のおしっこが少し黄色い。

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夕方、2缶目の粉ミルクを飲み切り、3缶目(森乳プレミアム)になる。

お皿に入れたが、飲まず。哺乳瓶でしか飲めない。つくってあげたトイレでなかなかおしっこできず、ためる。

7回おしっこと授乳。

7月1日(日)

朝一番(5時)のおしっこが黄色い。

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手作りケージ完成。

夜、初めてトイレでひとりでおしっこできる。

7月2日(月)

元気よく遊ぶ。後ろ、斜めにすばやく走れるようになる。

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私の膝の上。
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よく体を足で掻く。カサブタが落ちる。背中や脇にあったカサブタがきれいにとれる。あとは頭のみ。

おしっこトイレに6回。7回授乳。

体重550g。

7月3日(火)

走る速度が著しく上がっている。

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タタタタッと横走り、後ろに下がり、両手をばんざいのように上げて、前にぴょん!とジャンプ。
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奇声をあげてくるくる回ったあと、初めてトイレでうんこ。緩め。

おしっこ4回。7回授乳。

7月4日(水)

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この後、赤ちゃん用のトイレ購入。

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私がトイレを片付けているあいだ、私を追って初めて廊下まで来る。

ケージの屋根の上にのぼって冒険。 頭から落っこちるのではないか、と心配で降ろす。

7月5日(木)

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一度に2g(1スプーン)も飲めず、1スプーンつくったミルクを7割くらい飲むとイヤイヤしてしばらく遊ぶのでたいへん手間がかかる。

7、8回授乳するが、1日に計7スプーン弱しか飲まない(標準12~16)のが心配だが元

しっぽが常にぴんと上がっている。

570g。

からだ中のカサブタがきれいに落ちてなくなる。

7月6日(金)

自分からケージに入ったり、出たり。

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威嚇してぴょん!ととびかかるのが激しくなる。

よちよち歩きでなく、速く走れる。

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一日に何回も大暴れ。疲れて眠ってくれるまでの見守りがたいへん。
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正午、トイレにうんこ。

590g。

夜、私の食べているパスタ(オーガニック全粒粉パスタ、釜揚げシラス、インゲン、アスパラ、トマト、オクラ、オリーブオイル)をくんくんかぐ。私の食べ物に(今までは興味を示さなかったのに)興味しんしんで、ピャア!ピャア!となく。

早速。ロイヤルカナン マザー&ベビーキャットを小皿であげてみたら爆食!あっというまに25g(1パックの4分の1)ほど食べる!!

今までお皿でミルクをあげても全然飲まなかったのに、いきなり食べた。

しかし哺乳瓶からミルクを飲むのが好きで、お皿からは拒否。水もお皿から飲まない。トラコナを混ぜたミルクを飲ませるには哺乳瓶からのほうがよい。

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2018年7月 4日 (水)

うちの赤ちゃん / ツバメの赤ちゃん / 布花 コサージュ

7月4日

九州の梅雨も明けないうちに明けてしまった東京の梅雨。6月25日からもう10日も続く刺すような日射しに、紫外線アレルギーの私はぐったりしている。

屋根に守られた狭い部屋の中では生命の充溢。とろけるような甘さも、心拍数が上がる心配の痛みも、はち切れそうに詰まっている。

赤ちゃんは一日ごとに目覚ましく成長している。今しか体験できない幸せを、一瞬でも逃したくない、今はすべての時間をこの子に集中したいと思う。

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転がり廻って、威嚇して斜め、後ろに素早く走り、ぴょん!と跳ねる。速すぎて跳んでいる瞬間はなかなか撮れない。
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猫は4つの名前(最後の1つは人間の能力では知ることのできない名前)を持っている、とT・S・エリオットは書いた。

おまえの名前は?「ちび」と呼んでも「ピャア!」。「あかちゃん」と呼んでも「ピャア!」。「あまこちゃん」と呼んでも「ピャア!」「かわこちゃん」と呼んでも「ピャア!」。「レオ」と呼んでも、「ティガ」と呼んでも、「ロビン」と呼んでも、「ニャジャ」と呼んでも「ピャア!」。

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毎日、違う肢体、新しい仕草を写真に撮る。素描(デッサン)する。

きのう、病院で2度目の培養検査(外注?)の結果が出、赤ちゃんのカサブタの原因は真菌と判明。トラコナ2週間分を出される。

カサブタがとれたあとにはまた毛が生えてくる、と聞いて、すごくほっとした。一番かわいい時期にたくさんハゲができるのが不憫でたまらなかったから。

私の布団で一緒に寝ているが、今のところ、私に痒みは出ていない。免疫が下がると真菌は人間にも感染するらしい。

ちゃびが赤ちゃんの時に、なんにも心配事がなく過ごせたのは、うちにくる直前まで母親と一緒にいて、たっぷり母乳をもらい、しつけてもらっていたからだ。

生まれたばかりの赤ちゃんとお母さん猫を一緒に箱に入れて捨てた人の神経は知れないが、とにかく母乳を飲んで免疫力をつけていたことだけはよかった(お母さん猫は別の人の家にもらわれていった)。

ちゃびは350gくらいだったと思うが、離乳もできていて、トイレもすぐに覚えた。めんどうをかけない、ほんとにいい子すぎる赤ちゃん猫だった。

今度の赤ちゃんは、目も開かないうちから母親と離れてしまったせいで、病気の心配もあり、もう500gを超えているのに離乳もなかなかできない(お皿からうまくミルクを飲むことができない)。ものすごくかわいそうだと思う。

この時期に甘えの欲求が充たされないと、大人になってから毛のセーターを噛みちぎったりするようになるので(かつて実家でそうした子猫と一緒にいた)、つきっきりで見守っている。

ミルクの缶に「日齢28~30の体重390g、1回あたりの標準8g、1日の標準哺乳回数3~4」と書いていある。

うちの赤ちゃんは1回に3~4gしか粉ミルクを飲めないので、まだ1日に6~7回も授乳している(生後1週と同じ回数)。それでいまだに朝4時に起こされる。

今朝は4時過ぎと6時過ぎに起こされて授乳。次に10時過ぎ。午前中だけで3回。

病院の先生は「早くに母親から離されてがらっと環境が変わったんだから、離乳は焦らなくていい。食欲はあるし、大きくなっているし。」と言ってくれている。

ただただ丈夫に育ってほしい。「初乳免疫グロブリン含有ラクトフェリン配合」のミルクが効きますように。

(まさか赤ちゃんに恵まれるとは思ってもいなかったので)早割で購入していた航空券は、すべて変更した。

長年の大切な友であり、尊敬する作家である花輪和一さんとの夏の旅は短縮。

私の資質をとても尊重してくれる大切な友、やはり素敵な画家であり、まだ実際には会ったことがない(メールは頻繁にやりとりしている)イタリアのChinamiさん宅に伺う旅の予定も日程と航空会社変更。

5月から通い始めていたダンススタジオもしばらくお休み(回数券なので助かった)。

月一回の書道も6月、7月、8月、9月はお休みさせていただく。

Eさんからの昼食のお誘いも、I社長さんからの夕食のお誘いも、赤ちゃんの写真を見せてしばらくお断りした。

あとは友人に頼める時に赤ちゃんを見てもらって、マッサージと整骨院に行くくらい。それ以外には赤ちゃんを離れて外に出たくない。

・・・

6月29日

うちの赤ちゃんに夢中になっていたら、いつのまにかツバメの赤ちゃんも大きくなっていた。

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どうかすくすくと大きくなって、無事に海を渡ってくれますように。

毎年、ツバメが巣をつくる古着屋の軒先。6月の初めに望遠レンズで撮った時は、まだ赤ちゃんは生まれていず、メスにオスがかいがいしく食べ物を運んでいた。

5月11日の様子。(二羽で巣の外にいる?)

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最近受注してつくった真っ赤なアネモネのコサージュ。

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朱色系と深紅系のぼかしのグラデーション。8輪のブーケ。ブーケの直系15cm。全体の直系17~18cm。

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赤ちゃんのやけどが心配でコテを扱うのが怖いので、注文が来た時以外は、しばらく布花はお休み。

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2018年6月26日 (火)

赤ちゃんの今までの記録

赤ちゃんの今までの記録。

6月13日(水)

夕方、突然、知人Yから「生まれて10日くらいの赤ちゃんがいる」と電話をもらった。Yの知人、Sさんが夕方4時ごろ、六本木ミッドタウン近くの社宅の駐車場に落ちていたのを保護したという。

体重207g。37.5g。栄養不足で低血糖、低体温。港区の病院でブドウ糖の皮下点滴を受けたとのこと。授乳を試みるがあまり飲まず、衰弱している。

6月14日(木)陽射しが強い日。

午後1時、六本木ミッドタウンのすぐ近くのSさん宅へ向かい、引き取って来た。

眼がうっすら開いてきている。栄養不足のせいか、眼が開くのが遅くれているような気がする。ちゃんと見えなかったらどうしようと心配。

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左足の指に黒く肥厚したカサブタのような皮膚がある。

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脚などに固くて落ちない汚れがある。

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手足がすごく細い。
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ミルクの吸いつきが悪いのが心配。

使い捨てカイロで保温。母親がなめるように手を温めて優しくなでるのをくり返す。

ミルクを飲んだ後はゴロゴロ言う。急いで飲むとしゃっくりがひどい。

夜、体重250g。

6月15日(金)20℃。

朝9時、かかりつけの病院へ。脱水している(おしっこが濃い黄色)。輸液。ブドウ糖は菌に感染する危険があるのでよくないと言われる。のみとりスプレー(フロントライン)を全身にかけられる。

ヘルペス(ウイルス性鼻気管支炎)がある、と言われてショック。免疫が強ければ治るし、弱ければ危険。ゲンタマイシン点鼻薬を1日6回。

私の過去に育てた赤ちゃん(実家では何匹も生まれて育てていた)の経験から、眼の開くのが遅いこと、眼が白っぽく濁っている気がすることが心配、と尋ねると、眼はまだ見えているか微妙。色はこんなもんだろう、と言われた。

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8時、10時、13時、15時、17時、20時、11時、深夜3時、8回おしっこを出してあげるのと授乳。

体重276g。

6月16日(土)18℃。雨。

おしっこと授乳8回。よくグルーミングするようになった。

ミルクを飲んだ後、仰向けになってうねうね手足を交互に大きく回す喜びの舞。

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自分でよく身体をなめているので、汚れがきれいになってきた。
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ウイルス性鼻気管支炎のことが不安でたまらなくて、ボランティア保護活動をしているSさんに相談するが、ワクチンを打てば抑えられ、ほかのワクチン済みの猫には感染させることもないと言われる。

夜、初うんこ直径3mm×1.6cm。

体重299g。(3日で約100g増え、体重が1.5倍になった。)

6月17日(日)

朝、おしっこ、ミルク、目薬の後、初めて身震いができる。

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ご機嫌でおすましさん。
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ミルクを飲んだ後も箱に入れたら鳴く。私にぴったりくっついて甘えていないと落ち着いて寝ない。

顔を近づけると私の口に口を近づけてチュッチュッとされる。

ミルクを飲んだり、飲まなかったり、気まぐれ。おしっこをたっぷり出してからでないと飲まない。ミルクの温度はやや熱めにしたほうが飲む。

体重313g。

6月18日(月)

関西で大きな地震。私は朝6時に授乳した後、また眠っていて気づかなかった。

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2、3時間おきにおしっこと授乳しているが、急にぴゃあ!ぴゃあ!と泣き出すので(たいていはおしっこがしたい欲求)少しも目を離せない。

ひとつだけ見ておきたい個展が銀座であったので、友人に面倒を見てもらって午後2時から1時間半ほど出かける。

7、8回授乳。体重323g。

6月19日(火)

朝4時に、おしっこがたまっていて、騒ぎ立てる。

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おしっこと授乳9回。暴れるので目薬をさしにくい。

6月20日(水)22℃。強い雨。


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手の動きが乱暴になってくる。しっぽが初めて立つ。

目薬1本使い切ったので病院へ。歯ははえている。離乳はまだまだ焦らないこと。

先生が左足の指、黒っぽく肥厚していた皮を無理やりはがす。血が出て大泣き。

抗生物質アモキクリア(1日2回)を出される。薬袋に書かれたその名を見た時、胸がどっきーんとして不安になった。ちゃびが注射されて吐くのと下痢をくり返した薬だからだ。

体重333g。

段ボール箱の上までぐぐっとせりあがってくるが、越えられなくて壁の向こうに滑り落ちる。

初めて、あとずさりが少しできる。

6月21日(木)

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おしっこと授乳8回。哺乳瓶の乳首をガジガジ噛んで、首を横に振り、飲まないことが多い。

眼がよく見えるようになったらしく、背伸びして何かを見たり、キョロキョロ。いろんなものに興味津々。鼻もひくひく。鼻炎が治ってよかった。

頭をぷるぷるっができるようになる。私の膝に乗っかってきて、綿ジャージ(スウェット)をかじる。私の近くで眠る。

体重356g。

6月22日(金)

5時に授乳のあと、私の首と鎖骨の上で眠る。

9:30 なかなかミルクを飲まない。スプーン1の粉を溶いたものを飲ますのに4回温めなおし、1時間以上かかる。

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11:30 おしっこの色が濃い黄色(脱水)。ミルク少ししか飲まない。

初めて猫らしい丸い座り方。

14:30 おしっこ濃い黄色。何度も授乳を試みるが飲まない。乳首をガジガジ噛むだけ。

16:30 病院へ。輸液。先生がおしり(肛門の後ろ側)を刺激したらうんこが8cmくらいも出た(うちに来てから2度目のうんこ)。

17:30 うんこが出ておかながすくかと思いきや、ミルク飲まない。ずっと眠っている。私、ものすごく不安で泣いてしまう。

20:00 ミルクほんの少々。ゴロゴロ言って眠る。

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11:30~0:30 ミルク+アモキクリア少々。

6月23日(土)23℃。雨。

5:00 ミルク少々。

9:40 おしっこ黄色い(脱水)。ミルク飲まない。私にくっついてくる。どんぶり3つにお湯を入れ、交互にチンして身体とミルクを保温。

冷たい雨なので病院に連れて行くのをやめて様子を見る。

その後、何十回も授乳。5、6回少々飲む。計3スプーンくらい(1日の必要栄養量は8スプーンなのですごく少ない)。元気がなくはない。

体重368g。

ちゃびがうちに来た頃に一緒に撮ったシュタイフのタビ―キャットと。

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くんくん。
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よろける。
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21年前の7月、うちに来た時のちゃびとタビ―キャット。こうして見ると、まだおまえは、あの時のちゃびよりずいぶんちっちゃいね。

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夜中1:35 急に起きておしっこ。ミルク一気飲み。しゃっくり。

6月24日(日)

8:50 粉ミルクがなくなったので湯煎で温めた牛乳。あまり飲まない。乳首をガジガジ噛んでばかり。

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9:30~11:30 病院、混んでいて2時間待ち。おしっこの色、まあまあ。授乳指導、特にされなかった。

「この子、からだ中がぼこぼこだね。」とカサブタを一個とり、培養検査に出す。そう言えばうちに来た時よりも全身のカサブタが増えている気がするが、痒がってはいない。

12:00 おしっこ。温めた牛乳一気飲み(なぜか急に)。

14:00 新しく買ってきた森乳ゴールデンミルク+アモキクリア一気飲み(コジマの粉ミルクより森乳の粉ミルクが好きみたい)。

初めて小走り。まだ足がよちよちしているが動きが早くなっている。

初めて足で耳を掻く。

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なぜか急に勢いよく一気飲みするようになる。

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15:30 おしっこ大量。森乳一気飲み。

19:40 おしっこ。 森乳1完飲。

20:50 おしっこ大量。森乳よく飲む。

23:40 おしっこ。ミルク+アモキクリア

0:15 おしっこの刺激していたら急にうんこ大量に出る。2回だけだが牛乳を飲んだせいか、アモキクリアのせいか、少し緩くなっている。

0:20 ミルク少々。1:40 ミルク少々。

体重380g。

6月25日(月)33℃。

ついに段ボール箱から自力で脱出!

ミルクの飲み方、力強い。

横にタタっとステップ。後ろに下がって前にぴょん!とジャンプして転ぶ。

ひとりでじゃれるような速い動きができるようになる。しっぽ元気に立っている。

私の手をつかまえて噛んでキック。

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2018年6月25日 (月)

赤ちゃんがやって来た!

6月25日(月)33℃の真夏日。

うちに赤ちゃん猫がやって来た! 名前はまだない(あれこれ考えすぎて決まらない)。

6月13日に、知人の知人が社宅の駐車場でぼろぼろの子猫の赤ちゃん(♂)を拾い、不思議なご縁で、翌日6月14日の昼間に、うちに引き取った。

この時、まだ生後10日~14日くらい。体重206g。

脱水、低栄養、低体温で、眼が開きそうで開いていない汚れたネズミのような状態で拾われた。

もう二度と赤ちゃんを育てることはないんだな、もう猫と暮らすこともないのかな、と淋しく思っていたのに、信じられない突然の僥倖。

嘘でしょう?!と、めぐり逢いに戸惑いつつ、私に全身でこの命を守れる体力があるのか、赤ちゃんのうちに死んだりしたらどうしよう、という不安と恐怖におののく。

ちゃびが亡くなった時の激痛を、再び全身で抱え込むことが怖くてたまらなかった。

ちゃびは赤ちゃんの時から花のようにきれいな子で、子育ての時は、ほとんどなにも心配はなかった。

この赤ちゃんは、身体中に疥癬?なのか、かぶれなのか、かさぶたのようなものがいっぱいある(今、菌の培養検査中)。

最初はよくくしゃみをしていて、ヘルペス(ウイルス性鼻気管支炎)のキャリアと言われた時は眼の前が暗くなった(今はゲンタマイシン入り点眼薬でほぼ症状は治まっている)。

最初の1週間は、夜中も2、3時間おきのミルクとおしっこで起こされて、私は寝不足で頭痛、首痛、激腰痛。鎮痛剤を飲み、腰痛部分に使い捨てカイロを貼ってがんばっている。

22日(金)から急にミルクを吸わなくなり脱水(おしっこが黄色)。病院で点滴したが食欲は戻らず。ぐったりした様子はないが、私は不安と過緊張のピークに。

その時、この赤ちゃんがうちに来てから初めて、私は泣いてしまった。金曜、土曜、一日中、何十回も授乳を試みるが、イヤイヤしてほとんど飲まなかった。死んだらどうしよう。病気がちの子だったらどうしよう。

きのう、新しく森乳の「ゴールデンミルク」に替えたら、急によく飲むようになった(嗜好?)。

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今現在は生後20日~25日くらい?体重390g。

21年前、ちゃびがうちに来た時と同じくらいになった。

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今日、初めて自力で段ボール箱の外に出てしまった。脚力がついた模様。
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きのうくらいから後ろや横にタタッとステップしてぴょん、とジャンプできるようになり、遊びかたが勢いづいた。まだ紐にはじゃれない。

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このあときょうは16時30分頃、さらにトピックス。ミルクのあとに綿のジャージのひざに乗ってきてスヤスヤゴロゴロしているところ、ずっと気になっていた顔のブツ(カサブタ)をつまんで引っ張ったら、取れた。

この写真がわかりやすいが、鼻筋の左右に4つのブツ(カサブタ)があった。(左足の指と右手の指にも大きめのブツがあったが、それらは病院に行ったときに毟り取られた。)
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取った後。赤くなってしまったけど、大きくゴロゴロ言って気持ちよさそうに眠っていた。

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取れたもの。固くて中身は黒い。
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2018年3月15日 (木)

『デッサンの基本』重版(第30刷り)

3月6日

『デッサンの基本』(ナツメ社)、3月6日に重版のお知らせをいただきました。

これで30刷りとなりました。

ご購入くださった方々、誠にありがとう存じました。

自分の眼で見たものを(勝手な妄想でなく)そのままに描いてみたいと思う人の参考に、少しでもなれたら幸いに存じます。

初心者のかたにも、鉛筆一本でも描ける、楽しい世界を知っていただけたらと思います。

最近描いたちゃびの素描。在りし日の写真を見て描きました。

ちゃびが亡くなってからずっと辛すぎて描くことができなかった。

これらの素描は、今、パラボリカ・ビスというギャラリーに展示しています。(これらの小品はおそらく第1期のみ、4月2日までで展示終了となります)

よろしければご覧いただけたら幸いです。

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2018年1月28日 (日)

次の本のための絵の画像調整 / 大雪とちゃび / 書道

1月27日

カメラマンさん宅にて、撮影していただいた絵の画像をチェックし、鉛筆の線の強さ、水彩の色味、紙のグレーの濃度などの調整。前のカメラマンさんの撮影した画像とのすり合わせ。

今度のカメラマンさんの機材はキャノン・イオス。画質調整用のソフトで見ると、印刷に適した自然に近い色に見える。特に朱色が、うちのウィンドウズの画面で見た時のぎらぎらして蛍光色っぽく見える朱色とは全く違う。

前のカメラマンさんの機材はフジフィルムのカメラだったらしい。

鉛筆の線のかすれを、キャノンは点でとらえ、フジは面でとらえる感じ。フジのカメラのほうが鉛筆の色がグレーっぽく写っている。

雪が解けずに残っていて、風もあり、とても寒い。都心は53年ぶりに2日連続でマイナス3℃を下回ったとか、48年ぶりにマイナス4℃を記録したとか・・・電車の中でも皆が寒波の話で持ち切り。

帰りにまた日本酒を飲んだ。「こなき純米」と「酔鯨純米吟醸」。禁酒したいが、寒いのでつい飲んでしまう。

なぜか店員さんは「こなき純米」ではなく「こなきじじい」と呼んで注文をとっている。飾ってあった一升瓶に「お化けもびっくりの辛口!」と書いてあった。

1月22日

東京は4年ぶりの大雪。

ボアネックロールで耳が冷えないようにし、洗える布製マスクをし、アンダーシャツの上に3か所使い捨てカイロを貼り、フリース、コート、エアテックパンツの下にスパッツをはいて書道に出かけた。

私の場合、耳がもっとも冷えやすく、耳が冷たく痛くなると同時に激しい頭痛と吐き気に苦しむので、ボアネックロールが非常に役に立った。

書道の記録。

壽似春山(壽の字のかたちが違うけれど)。先生のお手本。

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下が私の書いた字。
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「壽」の字は何度書いてもうまく書けず、ボロクソ。美しい「壽」のかたちを自分でうまくイメージできないので、上手に修正することができない。

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「はね」の部分は、最終的に提出した字では修正することができた。

先生からお年賀をいただいた。とってもかわいいわんちゃんの墨。こういうのはかわいそうで使う気になれないので飾っておくしかない。

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横殴りの雪の中をスニーカーでよたよた歩き、滑って転倒しそうになって脚の筋肉を傷めた。

帰宅してから、ちゃびがいた時のことを激しく思い起こして、涙が止まらなかった。

外がどんなに寒くて雪が降っていても、部屋の中にちゃびがいてくれて、オイルヒーターのところにまあるくなって寝ていてくれたから、冷たい外気も、ことさらに嬉しく感じられた。

4年前の雪の日、私はカメラを持って雪の中に繰り出して、写真を撮ることが楽しかった。

今は雪の写真を撮る気にもなれない。

ちゃびの存在はあまりにも大きすぎて、あの愛おしさ、あの愛情関係の充足感を知っている今は、なにもかもが、それより劣って虚しく感じる。

寒い日は特にちゃびが愛おしくて、苦しくてたまらない。

どうしても「今、どこにいるの?」とさがしてしまう。

宮西計三の「月の園」(けいせい出版『金色の花嫁』)のなかの、「あなたが死んだ私 すべてが恐いの!」というセリフが頭の中をめぐっている。

2015年、私の膝の上のちゃび。

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2014年のちゃび。

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2011年のちゃび。

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生まれて2か月目くらいのちゃびとコナ。

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2017年12月 4日 (月)

ちゃびへの恋しさが止まらない

12月3日(日)

ちゃびが死んでしまったことを、なかなか受け入れることができない。

理性的にはしかたないこととわかっているが、身体が勝手に反応している。

冷たい北風の中から帰宅してドアを開けたとたん、湿った暖かい空気に包まれ、「ちゃび、遅くなってごめんね!」と駆け寄って抱きしめようとすると、ちゃびがいない。

この部屋の湿り気のある柔らかくて暖かい空気はちゃびそのものだ。涙が噴き出てくる。

自分が寝ているふとんをめくったり、あるいはふとんの端が見えたりした瞬間に、そこにいっしょに寝ているちゃびの茶色くて丸いからだが見え、「ああ、ここにいたの。潰しちゃいそうだった。」と思う。

ほっとした2秒後に、ちゃびがいない、という現実に引き戻され、胸の真ん中の骨のあたりがズン!と打擲されたように痛くなる。

それからどくん、どくん、と骨が飛び出してくるような痛みの感覚とともに「嫌だ、嫌だ、耐えられない。」という言葉が繰り返される。

日に何度か聞こえるカサカサッという音に、ちゃびが私のところに近づいてくるいつもの足音だと思い、ふふっと嬉しくなる。

次の瞬間、ちゃびがいないことに目の前がぐにゃりと暗くなる。

夢の中で何度も、「ああ、ここにいたの。」とちゃびに会い、その数秒後には、「やっぱりいない。嘘でしょ?!」とうろたえる。夢の中でさえ泣いている私がいる。

うなされて眼が覚め、「はあ、はあ、」とまるでセリフのように出てしまっている自分の声を聴く。着ている綿シャツはぐっしょり汗で濡れている。

朝、目覚めた時がもっとも緊張が強く、首や肩の凝りからの頭痛や動悸が苦しくて、レキソタンを飲もうかと迷う。

朝一番に精神安定剤を飲んで依存するのが怖くて、とりあえず、ゆっくりお茶を飲んでみる。それからさまざまな用事をかたずけるが、緊張のための頭痛と肩凝りは収まらない。結局タイレノールを1錠飲み、それでも苦しくてたまらない時には、昼くらいにレキソタン1mgを飲む。

ちゃびがいつも水を飲みにきていたお風呂場。黴を落とすのに強力な洗剤を使いながら、「ちゃびに毒だから、ちゃびが入ってくるまでに洗い流さなきゃ。」と思う。その2秒後に、「ちゃびはもういない」という現実に、胸と頭ががん、と打ちのめされる。

ちゃびのトイレを置いていた場所では、足が引っかからないようによけて歩いてから、もうそこにトイレはないのだと気づかされ、「あっ」と驚く。

外出する時には、ちゃびが玄関の土間に出ないように、洗面所のドアを開けっぱなしにして、玄関への道をふさいでおいた。今も、出かけようとするたびに、洗面所のドアを開けっ放しにしようとしてしまう。

週に1、2回は行っていた店の前を通ると、「トイレの砂はまだあったっけ?」と、いつもの習いで店に寄ろうとしてしまう。そしてまたその2秒後に、「もうちゃびはいないんだ、トイレの砂も、K/Dも買う必要がないんだ。」と気づき、真っ暗になる。

二度と関係ない?この疎外感。この虚しさ。

スーパーでマグロのお刺身を見ても、中トロを買ってきて、ナイフで細かくたたき、レンジアレンを混ぜてから、ちゃびにあげていたことを思い出す。今はマグロの刺身を見るのも辛い。

ちゃびにあげたお刺身の余りを私が食べるのが嬉しかった。自分だけのためになら、もう二度とマグロのお刺身は買いたくない。

いたるところでちゃびのために買っていたもの、買おうと思っていたものに出会うたびに涙が止まらない。

ちゃびの医療費はそうとうかかっていたが、数字としてどのくらいなのかまったく考えなかった。自分のためには食費も暖房費もなるべく使いたくないと思う。

ショックで自分を虐めたくなっているということではない。ただ、自分に余計なものを与えること自体がストレスになるので、極力そぎ落としたい。

ちゃびが私に美しい景色を見せていてくれたのだろうか。ちゃびがいないと、すべてのものごとから魅惑が消えていってしまうのだろうか。

幼少期から、生家には犬や猫たちがいた。だから、一緒に暮らしていた最愛の動物との死別は、これが初めてではない。だが、このようなショック時の過ごし方に慣れるということはない。

最愛の犬、チロとの死別で、私は初めて心身ともにおかしくなった。小学校6年の時。それから何度も悲しい別れを体験し、そのたびに死ぬほど泣いた。

もう一度ちゃびに会えること、強い愛情関係が見つかることしか欲しいものはない。

2007年。10歳の時のちゃびと私(自撮り)。

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私の絵の具箱(高さ110cmくらいのクリアケース引き出し)の上がお気に入りだった。

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いつも私をじっと見ていて、眼が合っただけでゴロゴロいっていたちゃび。Sdh000031

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どんな接写も嫌がらずに私にカメラ目線をくれていたちゃび。
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11月30日(木)

静かな雨。乾いた北風でなかったせいか、それほど寒さは感じなかった。

週に2回、保険外のほぐしマッサージに通っている。通りいっぺんの保険内治療より、一番苦しいところを重点的にほぐしてもらえて効果があると感じる。

11月29日(水)

池袋の公園で猫たちを眺めた。

サラリーマンの男性が食べ物をあげていた。そのあと、その男性が猫を膝にのせながら煙草を吸っていたのが気になった。

どこにもちゃびに似た子はいなかった。

そのあと大塚駅まで歩く。

桜の紅葉はほとんど地面の上。柿色、檜扇色、紅玉色、葉脈の際は山吹色で、山吹色と山吹色に挟まれた部分が朱色の葉など。

大塚駅で都電を見た。線路際に揺れていた黄花コスモスの淡い色。この花がなければ殺風景な線路だ。

今度、この都電に乗って、母がまだ元気だった頃、父と一緒に行ったと言っていた都電荒川遊園に行ってみたいと思う。

11月28日(火)

午前中、E藤さんより電話。「今、すぐ近くに来ているので昼食を一緒にとらない?。」と誘われる。

高円寺の名代そば茶屋で昼間から熱燗。

E藤さんはまったく飲まない人だったが、娘さんの通夜から、お酒をほんの少しずつ飲むようになったという。

蕎麦は、私には汁の醤油が濃すぎて出汁のうまみが感じられず、まずかった。

E藤さんが私の母に会った最後は10年くらい前、西新宿の旧駒ケ峰病院の前で、父と一緒に歩いている母が「これから食事に行くの。」と嬉しそうに言っていたそうだ。

母が病気で外出できなくなる前、父と都内のいろんなところに食べ歩きに行っていたらしい。その当時、母はとても幸せだったと思いたい。

そのあと、E藤さんを送って、E藤さんの家まで行き、娘さんの祭壇にお線香をあげた。

娘さんがかわいがっていたという2匹の猫(外猫)が、ベランダから家の中をのぞいていた。とてもガタイのいい猫だ。ベランダの戸を開けたら、ぱっと逃げてしまった。

誰にも触らせない、と聞いて驚いた。昔、何度か野良猫の世話をしたことがあるが、たいてい1、2か月で慣れて、向こうからすり寄ってきて、ゴロゴロ言いながら私に抱かれるようになっていた。

触らせない猫だったことにがっかりした。撫でるのを楽しみにしていたのに。

E藤さんから「家にいるのがよくない。旅行にでも行ったほうがいい。」としきりに勧められた。夜にネットで、一応、東京から近い島の宿などを調べ、そこに行った自分を想像してみたが、気持ちははずまない。

やはり今、寒い中で遠出すること、時間とお金と体力を使うことを想像すると、さらに疲弊する気がする。

なにかやるべきこと、大切なことの本筋からずれてしまうような焦燥感がある。自分の仕事が遅れていることに対する自己嫌悪。

結局、自分が思うところのやるべき仕事が進むことでしか自分を支えることはできない。

今は、遅々とした歩みでも、仕事と家の中の整理をしていたほうが精神的にいいように思う。

ちゃびが亡くなってから、部屋の中にいるのが怖くて、無理やりにでも電車に乗って出かけたりしていたが、陽のある時間は近所を歩き、あとは家の中にいたほうが心身の回復のためにいいのかもしれない。

外に出て余計なストレスを受けることを避けるほうがいいと今は思う。

11月27日(月)

書道の日。「呈祥献瑞」。淡々とお手本を見ながら忠実に書いたが、正月のおめでたい言葉。

今は書くのが虚しい。

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2017年11月26日 (日)

ちゃびのこと、猫(動物)の看取り、動物を愛するということ

11月22日(水)

お世話になった動物病院に未使用の輸液や薬を返却しに行く。

ちゃびが亡くなる前日に、まだ、すぐ亡くなるとは思っていなくて購入したものだ。

(亡くなると思っていなかった、ということを思い出すと、苦しくて発狂しそうになる。)

これから一生、猫と触れ合えない人生が考えられない、すごく苦しい、と快作先生に言ったら、今、病院のケージの中にいる治る見込みのない猫の看取りをやらないかとすすめられた。

野良猫で、悪性リンパ腫で、おそらく余命半年くらいで、絶えず下痢をしているキャラメルちゃん。外猫として世話をしていた人たちからも、誰の自宅でも飼えなくて、お金を払うから引き取ってほしい、と言われたという。

顔はちゃびとはまったく違うけれど、同じ茶トラなので、快作先生は私に引き取ってもらいたくて、「ね~、ちゃび。」とキャラメルちゃんに話しかけて見せたりしていた。

「温かい部屋にいて、近くに人がいて、テレビがついているような安心できる暮らしを死ぬ前に味あわせてやりたい」「看取りをしてくれる人がいたら、なによりも助かる」「預かってくれる人がいない」と快作先生に言われて、苦しすぎて、ただ涙が出た。

外猫(地域猫)で、食餌の世話をしていた人はいるが、病気までは面倒みきれなくて、ほっておかれて死んでしまっていたかもしれない猫で、とりあえず病院に連れて来てもらえて、病院のケージに入れられて、命拾いだけはした猫。

引き取って看取りをしてあげたいとは思う。しかし、今の私には、愛情を注ぐものがやせ衰えて死んでいく現実を受け止めて、全力で介護する覚悟とエネルギーがない。

心身共に、今の私の力では足りる気がしない。

やるからには全力で介護しないわけにはいかない。同時に、誰もそれをやりたがらないなら力不足でも誰かがやらないと、という気持ちもある。

それをやったら、私自身が精神崩壊しかねないのではないか、という懸念がある(実際はどうなるかはわからない。私は私自身が予測するより強いのか、弱いのかわからない)。

どうしたらいいのかわからない。ただ苦しくて涙が止まらない。

ちゃびと死別して、正直、自分の精神崩壊、うつやパニック障害になるのは嫌だ、とすごくおそれている。

私が愛情や思いやりを注げる相手が喪失した、その欠落に苦しんでいるのだ。

自堕落になる気もなく、サプリ(アスタキサンチン、ブルーベリー、タウリン、レシチンなど)を飲んだり、日がさしている時間帯にはとりあえず無理やりでも歩くようにしている。

街を歩いていても勝手に涙がこぼれる。酷く疲れた顔なので極力、人に会いたくない。

11月20日(月)

人生で一番悲しい時、自分自身がどういうふうに過ごして(生きて)いったらいいのか、また、人生で一番悲しい時の相手に、自分はどのように接していったらいいのか、どんな言葉をかけたらいいのか、そんなことばかりを考える毎日。

・・・

午前中、おばさん(私の母の弟の奥さん)に電話。数十年ぶりにA子ちゃん(母の妹の娘。つまり、私の従妹、おばさんにとってはやはり姪)と連絡がついたことを報告。

おばさんは叔父さんを亡くして1年と半年。まだなにもやる気が起きない、誰にも会いたくない、と言う。体重は40kgもないそうだ。月命日は毎回、おじさんのお参りに行っているという。

おばさんはうつだと言うが、話し方に快活で頭のよかった昔の感じはそのまま残っている。ただ、かすれて低い声の色が苦痛をものがたっている。話す内容が、もっと叔父にこうしてあげればよかった、という後悔ばかりになっている。

おばさんは私に「お義姉さんは、お義兄さんのことですごくたいへんなことがたくさんあっても、家族っていうものをつくっていく力があったと思う。」と言われ、「母があんなどうしようもない父に惚れたせいで、私にばっかりしわ寄せが来てますけどね。」と言ったら、

「知佐子ちゃんはものすごく苦しい時でも、それにうまく対応する能力がある。そういう大物感があるのよね。だって声から笑顔が浮かぶもの。」と言われた。

私は自分が心身ともに強いとはまったく思えないし、実際、心拍がおかしくなっているし、ほとんどうつの一歩手前だが、おばさんを慰めたいという気持ちだけはとてもある。

おばさんは叔父と本音をぶつけ合わなかったことを後悔していた。いろんなことを話さないうちに、「まるで交通事故のように」、すい臓がんの告知からすぐに別れになってしまったことをとても悔やんでいた。

癌性の脳梗塞が多発し、癌の治療が始まる前に会話できなくなってしまったことがものすごくショックだったのだ。

子どもに対して口うるさく言い過ぎたことも子育てに失敗した、とおばさんは言っていたが、同じように愛情を注がれても私と妹は全然違う性格になったのだから、親の育て方のせいとばかりは言い切れない。もともとの資質とか、わからないことは多い。

母は自分の感情を押し殺すタイプではなく、私にはヒステリックに言いたいことをぶつけてくることも多かった。母は働き者で忍耐強くもあったが、笑ったり、泣いたり、怒ったり、感情回路はストレートで激しかった。

母が元気で私が若い頃は激しく衝突することもあったが、思いっきりぶつかり合える関係は幸せだったのかな、と今は思う。

母は世間がうらやましがるような贅沢には興味がなくて、どんな環境でもその場で面白いことをさがして楽しめる人だったから、それだけは私にとって、すごくよかったのかな、と思う。

ちゃびが亡くなって、私もすごく精神的に辛すぎておかしい、とおばさんに話したら、「ペットロス」という言葉を使われ、すごく違和感があった。

ちゃびを「ペット」だと思ったことが一度もない。「子ども」「恋人」…、どういう言葉を使っていいのかわからない。ただ、狭い部屋にずっと一緒に暮らしていて、心身ともに激しく求めあう関係、お互いに相手のことはわかっている、理解していると思える存在だった。

おばさんは動物と一緒に暮らしたことがないそうなので、それ以上のことは言ってもしかたないと思った。

・・・

午後、ほぐし屋さんで、凝り固まった背中の筋肉をほぐしてもらう。

僧帽筋、脊柱起立筋も酷いが、菱形筋が特に凝り固まっている。

リンパの激しい痛みは治まったが、まだ乾いた咳があり、血の混じった痰が出る。洗える布製の抗ウイルスマスクをしている。

・・・

夕方5時に、生まれて初めて保護猫カフェに行ってみた。

正直、ちゃびと同じ「猫」という生きものとは思えない子たちばかりだった。「猫」ってこんなだっけ?と思うくらい、私が知っている「猫」とは違った。

成猫が皆、ちゃびの数倍もガタイがよくて、頭の大きさに対して体幹が大きすぎるのだ。

そして顔のバランスがものすごく違う。皆、顔がクサビ形で、鼻の筋が太くて長く、直線的だ。ピューマとかチータとかに近い雰囲気の子ばかりだった。

たまたま同じ兄弟の子が集まっているのかもしれないが、私にとっては「猫」というものが「ちゃび」とあまりに違うことに驚愕しかなかった。

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ちゃびのおでこから鼻にかけての柔らかな曲線が恋しくてたまらない。

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蠱惑的で甘えっ子だったちゃび。
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11月19日(日)

保護猫譲渡会に行ってみた。

眼に障害がある子、四肢欠損の子、どの子もかわいく、愛情を感じた。

けれど、当たり前だが、「ちゃび」はいなかった。

夜、すごく苦しい感情が堰を切って溢れだし、爆発してしまった。

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2017年11月18日 (土)

ちゃびのこと

11月17日

母とちゃびを相次いで亡くし、今は私にとって人生で最大の喪失感に苦しむ時だ。

私にとって、ただ存在するだけで無条件に激しく暴力的に愛し愛された相手、私の命をかけて守りたいと必死になっていた相手が、この世からいなくなってしまったのだから。

このことを「乗り越える」ことは決してないだろう。大切な命が失われてしまった体験に対して、本来、「乗り越える」という言葉を使うべきでないと思う。

時が、ほんの少しずつ、心身の酷い痛みと動揺を和らげ、薄くしていってくれるのかもしれないとは思う。でも、それにしたって実際どうなるかは、この先経験してみないとわからない。

たいへんな「喪」の作業(世間一般の四十九日とか、読経とか、納骨とかとはまったく関係ない、私個人の)がいるだろう。

「喪」と名づけるべきでもない、私個人の喪失の体験の処し方、これこそがなにかを「表現する」ことそのものになっていないのであれば、私が生きていて表現する意味もないと思う。

毎日、ちゃびの写真をさがして整理している。

本にまとめるために過去の素描(デッサン)を整理した時と同じように、私自身にとって大切な発見がある。

20数年の記憶は、忘れていることも多く、断片的な記録や写真によって蘇り、リアルに追体験できたりもする。

私が絵を描いている時、ちゃびが、花瓶とスケッチブックを支えているちゃぶ台の上にどん、と乗っかって、絵を描くのを邪魔している写真。この絵を描いている時にも、ちゃびは私に絡みついてそばにいた。

(2000年のちゃび。この写真の時に描いた枯れたドクダミの素描(デッサン)がスケッチブックに残っている。当時、私はある小さな雑誌の表紙画を描いていた。)

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絵を描いている私の肩の上に乗っかって離れなかったり、私が絵に集中すると、自分のほうをかまえ、とことさらに激しく全身の力を込めて私の背中を蹴って、傷だらけにしたり…。

私が植物を持って帰るとすぐにちゃびは何の草かチェックしていた。薔薇やパンジーは買って来たら一瞬の隙にかじられていたので、かなり描くのがたいへんだった。

植物を氷水につけて流し台の中においても、必ずかじられるので、コップに生けて冷蔵庫の中にしまうしかなかった。

私の植物の絵を見ただけでは、ちゃびがそこにいることはわからないが、ちゃびは私と一体化するように、あまりに近くにいた。

私はちゃびと一緒に生きながら、蠱惑的な生命の秘密の世界で、植物の絵をたくさん描いた。

ちゃびが私に植物の絵を描かせてくれていたのだと思う。

私が誰かに会いに出かける時も、ちゃびは元気で留守番していてくれた(時には友人が、私の外出中はずっとちゃびを見ていてくれた)。

若林奮先生、種村季弘先生、毛利武彦先生、大野一雄先生、中川幸夫先生…私が心底慕った大切な先生たちがひとり、またひとりと亡くなって、私が激しく嗚咽してぼろぼろになっていた時も、いつもちゃびは元気で、私のそばにくっついていてくれた。

帰宅するとき、ちゃびが、私の階段を上る足音に飛び起きて、もう玄関に走って来ていて、ドアを開けた瞬間、嬉しそうにわあっと私にまとわりついてくる、そのことを、私はどれほどの奇跡だと自覚し、全身で味わうことができていたのだろうか?

幸せのさなかで、命が有限だと言うことをどれだけ意識できただろうか。

あまりに一心同体で、互いの身体の中に出入りするような関係だったから、ちゃびが生きているうちは、まるでナルシスティックな話にとられそうで、ちゃびのことを語ることが憚られた。

今、私は身体にちゃびを思い切り刻み付け、瘢痕を残したいと思う。

(2011年。13~14歳のちゃび。)

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常に私のことを眼で追い、私に甘えようとしていたちゃび
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私の絵の具箱(高さ110cmくらいのプラスチックの引きだし)の上がお気に入りだったたちゃび。この上から私の上にどーんとジャンプしてきた。

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とにかく元気で暴れまわっていた。

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(2012年。14~15歳のちゃび。)
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枕で私を待っているちゃび。

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私になでられるのが大好きだったちゃび。
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乾燥したカラスウリにじゃれているちゃび。
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11月15日

鼻の奥の炎症と頸部リンパの腫れを抑えるためにサワシリンを1日3回服用。毎日、少しずつだが頸のリンパの腫れは治まってき、きょうはずきずきしない。

そのかわりに、なぜか乾いた咳が出てきて苦しい。アステラス製薬に確認したが、抗生物質で細菌を抑制したから風邪のウイルスが優位になる、ということはない、と言われた。

また、サワシリンに関してはカルシウムとキレートをつくることはない(牛乳などの食べ合わせは気にしなくていい)、と。

このところずっと昼は温かい蕎麦にネギと卵を加えたもの、夜は日本酒とつまみ、という食事。それと毎日、スチューベン(野性的な酸っぱい葡萄)を食べている。

それ以外のものを食べる気になれない。

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