ねこ

2017年3月19日 (日)

画集の打ち合わせ / 対人ストレス /  最近のちゃび

3月8日

水声社の編集さんと次の画集の打ち合わせ。

新宿3丁目の名曲喫茶らんぶる。広いのに、地下の禁煙席はほぼ満員だった。一階の紫煙が階段を伝ってくるのが難点。

次の本について、私がすごく気にしているのは、紙の質と絵のページ数。希望の紙の見本の本を2冊渡す。こんな触感の紙で、と。B7だけはイヤダ。

紙がすごく高かった場合、絵のページを増やすか、その時点で検討。

とにかくもう一度、絵を増やす方向で全体の構成をやり直してみること。

いろいろわからないことが多くて不安になった。

3月14日

S・YさんとM・Hさんと飲みに行く。

M・Hさんは心理学の専門家で、対人についていろいろアドバイスをもらう。

私が、誰かにものすごく不快な思いをさせられたことをブログに書くと、「絵を描く人は心がきれいって思っている人たちから非難されたりする」と言われたが、別にそんなことはどうだっていい。

その誰かが特定されると、それが事実であっても名誉棄損罪、もしくは侮辱罪に問われるらしい。

そんなことも、まあ私はどうだっていいのだが。

私を道具のように利用して自己愛を充たそうとする人がらされた耐え難く不快な体験をブログに書こうとすると、たいてい危険だと止められる。

私が表現をやる根本のところに関わる問題なので、そこを書かないとなにも表現にならない気がするのだが。

3月15日

高円寺の私の好きな古着屋さんの店主、O・Kさんと話す(私が高円寺を離れられない理由のひとつは素敵な古着屋が多いことだ)。

去年、彼女から購入したビリティスの黒いレースブラウスの釦が、外に着ていく前に取れて無くなってしまったので、適当な釦(私の好きな小さな貝釦)をつけていただいだ。

彼女と話しているとすごく楽て、救われたような感覚があった。

それは、彼女は服をつくって売るクリエイティヴな仕事に携わっているが、アートや絵をやっている人のような異常な自己顕示欲がないからだ。

仕事として望まれたことに対して親切に、ちゃんと応えてくれるだけで、余計な自己主張がない清々しさ。

彼女は背が高くて陶器のような白い肌の、おっとりしてきれいな人だ。

3月16日

久しぶりにGと西永福で食事。

去年、真っ白なユキヤナギで埋もれていた松ノ木グラウンド横を抜け、大宮八幡のへりの暗い道を通って行く。

ハナ動物病院の近くの桜がもう満開だった。

・・・

最近のちゃび。

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朝の自撮り。

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最近のちゃびは、歳をとっているがなんとか元気で、おしゃべりが得意だ。

明け方から朝、何度もトイレに行き、戻って来ては、私のふとんの中にはいりたいとにゃあ、にゃあ。私の耳元でおしゃべり。それでも私が起きないと、私の顔をお手々でぱんぱんと叩く。

朝、私の顔のすぐ前にあるちゃびの顔にちゅっちゅっと口づけると「ぐるにゃあああああ」とゴロゴロ爆裂。
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私の枕にまたがる。
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もうすぐ二十歳。がんばれちゃび。
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2016年12月25日 (日)

宇野亞喜良展《絵本の城》 / ちゃび

12月23日

宇野亞喜良さんの個展《絵本の城》へ。

その前に、3時頃、外苑前を少し散歩した。

きょうは真冬なのに20度にもなった異常に暖かい日。そのせいか黒雲と入道雲が混じるような不思議な空模様だった。

外苑のあたりには、欅、スダジイ、松などの巨樹。

グレーの諧調で光る背景に並んだ欅の細枝を見て、モンドリアンの描いた水辺の木々の絵を思い出した。

それと象徴派の画家で生け垣を何枚も描いていた人(名前を思い出せない)。穴澤一夫先生が解説を書いた展覧会で見た絵だ。

細い血管のような線の先端が溶けてつながっていた。

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しだれ桜も象徴派の線のように垂れていた。

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このあたり、都会には珍しくビルがなく空が広い。イギリスやドイツの小さな町を歩いた時の記憶が蘇る。サイレンセスター、バーミンガム、バーモンジー、バース、オルテンブルク、ハンブルク、ベルリン・・・と記憶が飛ぶ。

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絵画館前の銀杏並木はすっかり裸になっていた。シンメトリーの風景をマラソンする人たちが速いスピードで横切って行った。
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ユリノキ(リリオデンドロンチューリッピフィラ)の黄葉。
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駅に戻る時、黒雲から雨がぽつぽつ。陽に光っているほうの雲は明るい。めまぐるしくてコントラストの強いバルセロナやフィゲラスの雲を思い出す。

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電車で新宿に移動。地下道から伊勢丹にはいると、いつになくすごく混んでいた。毎年意識しないので気づかなかったが、クリスマスの直前だからなのか。

宇野亞喜良さんの個展《絵本の城》は、『白猫亭 追憶の多い料理店』(小学館)と『おばあさんになった女の子は』(講談社)の絵本原画展示。

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会場はとても盛況だった。2時から5時まで、ひとり2分としても3時間以上。100人にも丁寧にサインをしている宇野亞喜良さんはすごい。

5時を過ぎてもなかなかサインが終わらないようなので、きょうは奥様にだけご挨拶をした。

撮影OKの場所は、このコーナーともうひとつTVのあるコーナーのみ。

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TVでは宇野亞喜良先生の昔の実験的なフィルムが流れていた。60年代後半の絵だろうか。「あのこ」を思い出す馬の絵のボディペインティング。

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資生堂マジョリカマジョルカのイラスト。パーツをどのように組み合わせても絵になるように色彩と線の分量のバランスがうまくできているのが鮮やか。
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12月24日

ちゃびの検査結果を聞きに行く。体重が増えると同時にまた少し腎臓の数値が上がってしまったようだ。BUN36.3 CRE3.0。

でも最近は元気だ。

13日と14日に2日連続でほんの少し黄色い唾液を吐いたので、14日に病院に電話したら「連れて来て。」と快作先生に言われたので、青くなって連れて行った。

診てもらったら「おなかに毛玉がつまってる」と言われ、バリウムと吐き気止めを飲まされた。

受付の看護師さんに聞いたら「うちの子もしょっちゅう黄色い胆汁吐くけど、けろっとしてるんでほっといてますよ~」とも言われた。

大事なくてよかったのだが、ついでにワクチンが切れていないかの検査と、腎臓などの検査一式をしたので、いつもの輸液セットと薬と合わせて、この日は25000円もかかった。

毎朝、私のふとんにはいってきて、私の口に自分の口を近づけ、大きな声でゴロニャア!爆発のちゃび。顔にチュッとやると「ウギュルルウウウ~」とゴロゴロの爆音で大きくお返事。

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真夜中、ふと目を開けると、私の顔を見つめてゴロゴロ言っているちゃびの顔が目の前に。
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体調がいい時ほど激しく甘えてくる。

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私の左腕に顔をのせて、さらにお手々で私の腕の付け根を押さえて、嬉しそうなちゃび。

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息で鼻を膨らませたちゃび。

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2016年12月 1日 (木)

ちゃび 19歳5か月 給餌の試行錯誤 / 書道

12月1日

試行錯誤により、ちゃび(19歳5か月)の体調が戻ってきたメモ。(老猫が食べられなくなったり、強制給餌に悩んでいるかたの参考に、少しでもなれたら幸いだ。)

10月10日に、ちゃびが自分で食べることができなくなり、一時はもうだめか、と思われた。自分で水を飲むことも、毛づくろいもしなくなってしまった。

今も自分では食べないので、一日一回、夜にシリンジ6~7本くらいの給餌をしている。

快作先生によると、猫は自分で食べることを忘れてしまうのは、珍しいことではなく、がんばって給餌してあげていると、ふとまた自分で食べるようになる子も珍しくない、ということだ。

ちゃびに関して私が生みだしたやりかたは、給餌を暴れて嫌がる場合は、セルシンを一錠(10mg)の1/6ほど飲ませ、10分くらいしたタイミングで給餌することだ。

ちゃびはFKW(スペシフィックの腎不全、肝不全、心不全用)があまり好きでないようで、シリンジであげると、半分量くらい舌で口の外に押し出してしまう。

試しにマグロのお刺身を叩いてすりつぶして、亜麻仁油、レンジアレン、ミヤリサン、デキストリン少々を混ぜてシリンジであげたら、このほうがよく呑み込む。

とりあえずマグロと亜麻仁油を毎日あげていたら、DHAが脳に効いたのか、以前のように生き生きしてきて、ゴロにゃあ!と爆裂するようになり、自分で水を飲み、毛づくろいもするように戻り、、便秘もなおって、吐かなくなった!

きのうは10cmの直線一本のうんこをして、朝、私にそれを知らせるために、うにゃあ!うにゃあ!と元気に私を起こした。きょうも7cmのうんこでうにゃあ!うにゃあ!

私が外から帰宅すると、すぐに膝の上にきてゴロゴロ甘えておしゃべり。

そしてなんと19歳と5か月にしてジャンプ力が戻った。

今年の2月くらいにはまだジャンプして上っていたが、夏には上れなくなった私の絵の具箱の引き出し(高さ1m)の上や、流し台の上に、また乗っかるようになった。

無農薬のカブの葉っぱもまた食べるようになった。

体重も一番具合の悪かった時の3.2kgから3.4kgに増えた。(老猫だから維持だけで増えるのは無理、と快作先生に言われていたのに・・・)

ネットで調べると、お刺身など生魚は、チアミン欠乏症(ビタミンB1の破壊)や黄色脂肪症(ビタミンEの破壊)の危険があるので、あげすぎはよくないと書いてある。

快作先生に聞いたところは、まだ、あげすぎというほどではないから、だいじょうぶ、と言われたが。

とりあえずFKWかk/dのウエットと、マグロには亜麻仁油またはえごま油とオリーブオイル(ビタミンE)を少量混ぜてあげて、様子をみようと思う。

きのうのちゃび。

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私の(ジャージの)ひざの上にしょっちゅう乗ってきて甘えるちゃび。

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最近の書道。「月落烏啼風傳鴈信」。月落ち烏啼き風は鴈信を傳う。

本部からのお手本には「ふうふがんしん」と書いてある。「ふうでんがんしん」ではないのか?鴈という字はわりとうまくいったと思うが、傳の「寸づくり」が左に曲がってしまった。

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「かいちつほうきん」。「帙を開き琴を抱く」(陳方)。「開」の門構えがすごく難しくて苦手。特に「右反跳勢」という縦画がなかなかうまくいかない。

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6月28日に痛めた右上腕の筋膜がずっと痛くて、11月から新しい治療法を求めて治療院をかえ、本格的な電気治療に通っている。

(治療院をかえたもうひとつの大きな理由は、客への楽しいサービスだと勘違いしているうるさいおしゃべり、院長が従業員を侮蔑、揶揄する大声のしゃべりが、あまりに不快で我慢できなかったからだ。)

ちょっとひねった右腕の損傷がこんなに大事になるとは思わなかった。絵を描くのにも筆や鉛筆を持つ右腕なので、常に嫌な感じの痛みがあると本当に辛くて、夜寝る時にも痛いので困っている。

どうしても治らないようならMRIを撮影して筋膜断裂の状態を診て、場合によっては手術、と言われている。

右腕を上に伸ばしたり、背中のほうに腕を曲げるストレッチなどが痛くてできない状態なので、背中の筋肉も凝って苦しい。

傷めたところにカイロを貼ってあたためて、少しずつ稼働域を広げるリハビリを前向きにがんばっている。

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2016年11月 8日 (火)

太田快作先生講演会 飼い主のいない犬猫 殺処分ゼロにする方法

11月5日

ハナ動物病院院長、太田快作先生の講演(調布市環境政策課主催)を聞きに、調布市の市民プラザへ。(画像はすべてクリックで大きくなります)

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地域猫についてと、殺処分ゼロにするにはどうしたらいいかの話。以下、内容を聞き書きでまとめたもの。

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理想主義と言われようと、すべての猫が飼われてほしいと思っている。その前段階として、とりあえず地域猫とする。

野良猫を減らすためにTNR(Trap、Neuter、Return。猫を捕獲して不妊手術してもとの場所に戻す)をすることの実際の難しさを、行政がわかっていない。問題意識がない。

個人のレヴェルでは手におえない。

野良猫に子猫が多いのを見たら、すぐ誰もがTNRを、と思いつくまでの啓蒙が必要。振り込め詐欺と同じくらい行政は啓蒙してほしい。

◎不妊手術などの助成金は上限なしにするべき。

捨てられて運よく生き延び、怖い思いをしながら繁殖している猫は、誰の猫でもない。最初に捨てた人が責めを負うべきだが、それが無理なら、行政が責任もって事態に対処していかなければならないはずだ。

どうしてもそれを見過ごせない一般市民が全責任を負うのはおかしい。倒れた人をたすけた人がその後の治療費用まで負うのと同じ。

ボランティアは3Kの重労働。行政にとって、こんなありがたい人たちはいない。無料で教育もなしにやってくれている。本来は、交通費、謝礼までもあるべき。もしそんな人がいたら、行政が申し訳ないけど、とお願いすべきところ。

助成金に上限があると不妊が中途半端になり、また子猫が生まれ、結局、やっているふりになってしまう。

◎獣医が野良猫を診ないこと、手術代が高いことについて。

獣医師会は対応してくれない。獣医師は誰よりも専門知識があり、国家資格を持ち、動物を愛する人たちのおかげで飯を食っているのだから、社会的責任がある。

人間が動物を飼う文化があるかぎり、獣医師は動物の命についての協力は好き嫌い関係なくやるべき。

ボランティアさんが苦労や議論をすべきではない。行政と獣医師の責任。

◎殺処分をゼロにする方法。

平成27年の殺処分・・・犬と猫全部で8万匹。うち猫6万7千匹 うち8割が子猫。1日に200匹。10分に1匹。

不妊手術をしなければ、子猫は死ぬために生まれてきたようなことになってしまう。それはあまりにかわいそう。

殺したくないというのはボランティアをやっているかどうかと関係なく、人として当たり前の気持ち。

殺処分が去年より1万匹減少したのは、ひとえにボランティアさんたちのおかげ。

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○飼い犬の殺処分の8割は迷子。迷子とわかっていて処分される。

マイクロチップを法律で義務化すればよい。

○飼い犬の子犬の殺処分5千匹以上。

地方では不妊手術を知らない飼い主が多い。徹底的な啓蒙が必要。

○野犬

山口県周南市では野犬が増え、虐待が起きている。狂犬予防法により、捕獲したら放せない。近々現地に行ってTNRをしたい。議論を起こしたい。

(※周南市の野犬の事件について、私はこの快作先生のお話を聞いた時点で初めて知った。

帰宅してからネットで調べて見ると、本当に信じられないような野犬の大量虐殺が起きているようだ。聞いただけでショックで体調が悪くなり、怒りと嫌悪感で震えてしまうような動物虐待事件だ。

これについては少しでも拡散したほうがいいと思うのでリンクさせていただきます。

http://next.spotlight-media.jp/article/323850146902489446

周南市緑地公園の野犬を皆んなで守る会

https://www.facebook.com/Rykucicouen88/photos/a.543177579222627.1073741828.542340932639625/545252135681838/?type=3

市は巣穴を破壊し、餌やりを禁じて、犬たちを餓死させればいい、という、まったく罪のない命を軽視した、時代に逆行する野蛮な態度だ。一方虐待をしている人間は放置。

これに対して、快作先生がすごいのは、近々、現地に行ってTRNをするつもりだ、と明言したことだ。

TRNがすべての解決にはならないが、狂犬予防法に抵触してもやる、繁殖して虐待されないための一歩として、行動を起こすということだ。

後日(11月7日)、快作先生が現地に行くことをブログに書いていいのかを先生に確認すると、「隠すつもりはないから書いていい。問題提起をしたい。その行動に文句がある人は、自分の前に出てきてほしい。」と快作先生は言った。)

○飼い猫の殺処分は、1年で7千匹。各都道府県で月に10匹。

だめな飼い主のしりぬぐいをするのはおかしいが、TNRで減った分、里親探しをすればよい。

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◎見かた その1

飼育されている犬猫2千万匹超。寿命約14年。1年の殺処分8万匹。

新しく犬猫を飼う人のうち、17人に1人が捨て犬や捨て猫を飼えば、殺処分はゼロに!

実際は犬は30人に1人。猫は2人に1人。

そんなに簡単ではないが、猫はけっこういけるはず!

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◎見かた その2

8万匹を各都道府県に割ると1700匹。

年間、各都道府県が1700匹の里親探しを行えば、その年から殺処分ゼロに!

どこの動物病院でも、毎年8匹引き取ればよい。

費用は病院持ち。犬舎もあるし、専門知識や技術を持ったスタッフがいる。

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◎ボランティアさんへ。

いつも結果がともなうわけではないが、動物の神様はいつも見ている。

命が待っていることを思って、あと一歩の力をかしてほしい。

この社会が狂っている。いじめはだめ、と教えながら、最も弱者である動物の子どもをいじめて殺している。

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西山ゆう子獣医師が、アメリカはアニマルポリスをつくって素晴らしいと言っているが、2000万頭が300万頭に減っただけ。日本には法律もなく、ボランティアの気持ちだけで殺処分ゼロが見えてきたのはすごいこと。

・・・・

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このあと休憩をはさんで質疑応答。

実際に傷ついた猫を保護して、たいへんな思いをされているかたの発言。行政への援助の要望や、捕獲の時期ややりかたなど快作先生への質問。

市へは、助成金が足りないこと、地域猫の世話について近所の住民に理解を求める説得を市の職員がやってほしいことなどの要望。

公園での地域猫のえさやりについて、

「ボランティアがやるのはおかしい。えさと掃除は公園の管理課がやればいい。えさ代、手術代、個人のボランティアがやって(負担して)あげている。なんとなくやってあげていると、人はどんどんそれが当たり前になってしまう。」

「助成金の予算に上限があるから(いわば行政のかわりにやってあげているボランティアが)下に見られる。これができない、これじゃ使えない、と市が嫌がるくらいに言ってください。無視すれば楽と思われたらだめ。無視すると楽じゃない、面倒くさいと思われるくらい言いまくると、行政は意外と変わる。」

と市の職員さんたちを前に言う快作先生。

超絶的な情熱と労力を、日々、動物の命を救うことに捧げている快作先生の、非常に具体的で明快な話で、素晴らしい講演会だった。

現場を知っているボランティアの人たちがたくさん来られていたようだ。本当は、こういう話をこれまでまったく聞いたことがないような若い人たちに、もっと聞かせたい話だ。快作先生は大学などでの講演も望んでいる。

私個人は、野生動物や産業動物について、命を救うにはどうしたらいいかの考えを太田快作先生にもっと聞いてみたい。

快作先生は不可能だと思われる現実を動かすための発想と行動力がある。彼の生き方は出口なしの憂鬱に希望を与えてくれる。

・・・

初めて国領という駅に降りたので、講演後、少し散歩した。駅の周辺は古い建物はあまり残っていなかった。

西日に透けて光っている白い花がきれいだったので、撮影。白いコスモスかな、と思ったら秋明菊(シュウメイギク)だった。秋明菊は、キクではなくアネモネの仲間だ。

その下には淡い赤紫の小菊。端っこには夏の名残りのオレンジ色の百日草。

錆びた階段も、打ち捨てられた看板も、刈り取られて乾いた草も、私は好きだ。

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多摩川住宅の横の道。桜の紅葉が散っていた。きょうは比較的暖かかったので、私は左右非対称の変形サルエルパンツ。

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11月4日

『マンガで学ぶ動物倫理』(化学同人 伊勢田哲治:著 なつたか:マンガ)を読んでいた。

高校生がペット、肉食、動物実験、外来種、イルカ・クジラなど、動物たちの命の難問に挑むストーリー仕立てになっている。

頭で考えるとこうなる、という例。

動物の命が失われることに対するショックや、やむにやまれぬ身体感覚のようなものは、ほとんど描かれていないが、種差別についての疑問を提起するのに、まあわかりやすい本。

人間だけが人権という権利で守られる理由と根拠はなにか。

化粧品のような嗜好品のために動物実験をして動物を殺すことには反対意見が出てきているが、肉食も、やめても栄養に問題ないとしたら嗜好品と言えないか。

外来種は駆除してよいのか。そもそも外来種の定義とは江戸時代の日本の生態系についての言葉で、それが現代にあてはまるのか、などなど。

動物の権利についての考えは、イギリスが先んじていたということだが、ベンサムが功利主義の立場から動物の権利についても書いていたというのが、あらためて興味深いと思った。

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2016年10月19日 (水)

ちゃびのこと 危機からの快復

10月19日

今朝7時すぎ、ちゃびの「うぎゃあ!うぎゃあ!」というゴロゴロ爆裂音で起きる。

日曜から、朝からずっと何時間もゴロゴロ言ってご機嫌になった。具合が悪い時には、爪とぎバリバリも、足で顎をかいたりもしなかったが、今は活動的。

私のひざの上に乗っかってきてはゴロにゃあ!とおしゃべり。

一週間くらい前に、すごく具合が悪くなり、もうだめかと思ったが、介護により元気に快復したちゃびの記録。

ちゃびがもうだめかと思った時は、私は生きた心地がしなくて、もう一度、ちゃびのゴロにゃあ!が聞けるなら、代わりになにを失ってもいいと思った。

今、ずっとゴロにゃあ!と言ってくれているちゃびが、奇跡のようで、胸がいっぱいだ。

ちゃびは現在、19歳と4か月だ。老猫の介護をされている人に、少しでもなんらかの参考になることがあれば、と具体的に書いておこうと思う。

・・・

10月10日の祝日のことだ。

ちゃびが、すごく具合が悪くなって、食べ物のお皿に鼻をくっつけて食べたそうにしているのに食べられない、トイレに何回も行くのにうんこが出ない。

そう言えば「うぎゃあ!うぎゃあ!」とはげしく喜んでいた10月4日以来、ゴロゴロ言っていない。

11:15にプロナミド1/2錠、ぺリアクチン1/6錠をあげて、いつもなら食べていたのに食べないので、さらに12:30にセルシン(10mg)の1/6錠あげたが食べない。トイレとお皿の往復、何度もトイレに行って座り込んだり、食べ物のお皿に鼻をつけているが食べられないのを繰り返す。

13:30にさらにセルシン1/10錠(1mg)をあげたら3時に、腰がふらふらになって両足を開いた変な座り方をしながらk/dのカリカリと缶詰、ほんの少し食べ始めた。

夜21:20にセレニア。22:20に輸液170ml。23:10にピモベハート1/2錠。プロナミド1/2錠。23:50にセルシン。12時に亜麻仁油をシリンジであげた。

すごくぐったりしていて、顔つきがおかしい。

12:15~何度もトイレに行っては中に座り込む。

心配で頭がおかしくなりそうで、私は10日の夜は朝までよく眠れず、何度も全身びっしょりの汗でうなされて目覚めては、疲れた頭のまま、また寝た。頭と肩だけでなく、胸のほうの筋肉まで硬直して、ざわざわとした動悸と胸の痛みが苦しかった。

10月11日(火)

ハナ動物病院に連れて行った。

ちゃびの脚に針が刺されて採血されているあいだ、ちゃびの頭に口をつけながら涙が止まらなかった。私がちゃんとしていなかったせいで、腎不全の末期になってしまったのかと、検査結果が怖くてしかたなかった。

血液検査の結果、腎不全はBUN22.2(前回5月末は45.4)、CRE1.7(前回3.6)で、むしろ前回の半分の数値になるほど良くなっていた。

肝臓も心臓もすぐ危ないという数値ではなく、結局、脳神経だと言われ、とりあえず今すぐ絶望的な状態ではないと安堵する。

しかし、ふらふらして感情の反応がなくなってしまったちゃびに涙、涙。

夜10:40輸液170ml。

11:15からFKWを15回くらいに分けて少しずつ給餌。

10月12日(水)

6mlのシリンジが給餌に使いづらかったので、10mlのシリンジをもらいにハナへ。

給餌は初めてなので、ひと口にどのくらいの量まで入れていいのかを質問。

今まで投薬の時に私が勢いよく水を飲ませたせい、またきのう焦って亜麻仁油をシリンジで飲ませたりしたせいで肺炎になった可能性はあるのか、など聞いた。

血液検査の結果、炎症反応はないので肺炎にはなっていない、と先生に言われながらも涙、涙・・・。

嗚咽しているわけではなく、普通に会話はできるのだが、流れてくる涙と鼻水を止められなくて、しょっちゅうティッシュで眼を拭き、鼻をかみながら話していた。

急に悪くなったことが悲しくて。確かに今まで、何年も前に急に食べなくなって2日くらいで自然に治ったり、2年前に食べなくなった時も腎不全が原因ではないと言われた。

2:30から30分かけて、少しずつFKWをシリンジで給餌。計20gほど食べる。

3:45、ちゃびがカリカリのお皿の匂いをかいだ。かつおぶしとレンジアレンをほんのかすかにかけた部分を食べた。

夕方、また給餌。夜10時近く、少し元気になり、ふとんにはいってくる。

10月13日(木)

昼にFKW16mgほど給餌。深夜12時に家で初めての摘便。1.5cmほど。

深夜1:30までかけてFKWの残り全部を給餌。

10月14日(金)

朝7時、ちゃび、トイレに行くが出ない。私も飛び起きてネットでいろいろ調べる。

セルシンやぺリアクチンなど抗コリン薬や抗ヒスタミン薬は、消化管運動抑制作用がある、と書いてある。

プロナミド(セロトニン5-HT4受容体拮抗薬)は抗コリン薬投与の場合は投与間隔をあける、と。

抗コリン薬をやめてプロナミドとピモベハートだけにすること、今までの薬の飲ませかたが悪かったのではないかを相談しにハナへ。

快作先生は、ちゃびにやっていたセルシンやぺリアクチンはごく少量だからだいじょうぶ、また、プロナミドとぺリアクチンの投薬間隔をあけなかったことも、効かなくなることもあるということだからだいじょうぶ、と言う。

しかし、私としては、自分のやってきたことがよくなかったのではないかと、胸が痛くてたまらない。

プリンペランについて質問したら、プロナミドはプリンペランをさらに改良した薬というわけではなく、効果が違う薬で、猫にはプロナミドのほうが効くと言われている、とのこと。

とりあえず私の考えとして、投薬はプロナミド(消化管運動促進薬)とピモベハート(強心薬)のみにする。

3時、FKW20g給餌。この日、朝9:30に1.5cm、夜8時に3.5cmの太いうんこが出た。おしっこの出もまあまあ。

夜10:30から12:30くらいまで、数回に分けてFKWの残りを給餌。

10月15日(土)

昼1:50 プロナミド1/2、ピモベハート1/2。

2:30~3時 少しずつ何回かFKW給餌。

夕方4時すぎ、私がドーナツ座布団で寝ているちゃびに、「ちゃび~、ちゅっ、ちゅっ」と口をつけると「うにゅ~ん、うにゅ~ん、うにゅ~ん」と反応あり。

夜9時 プロナミド1/2、ピモベハート1/2。爪とぎの上で伸びをする。

9:20 輸液170ml。

10:30 うんこ5cm。

11:35 ついにドーナツ座布団でゴロゴロ爆発!

11:50~ 鮪のお刺身2切れ、叩いてミンチにしたもの、レンジアレン。FKW1パックの残り全部(シリンジで7本)給餌。

10月16日(日)

朝9時 うんこ12cm分くらいの軟便。

シャワーしておしり拭く。

9:47 私がうとうとしていたらうぎゃあ!うぎゃあ!とゴロゴロ爆発の声で起こされる。だっこして一緒に寝る。私に抱かれたまま、ずっとゴロゴロ。

1時 うんこ2.5cm。

4時 プロナミド1/2。

4:30  うんこ10cm。

8:50 プロナミド1/2、ピモベハート1。 

9:40~10:40 FKW1パックの残り全部、少しずつ(シリンジで7~8回)給餌。

10月17日(月)

朝8:20 ぐるにゃあ!ぐるにゃあ!の大きな声で起こされる。私の布団にはいって来て、またのあいだでゴロゴロ言いながら寝る。

10時 お勝手に寝転がっている。触ったらすぐにゴロゴロ。

11:40 ハナ動物病院にFKWをもらいに行くが品切れ。快作先生に、すごく元気になったと報告。「躁鬱だね。」と言われ、「本当に躁鬱?胃腸のせいじゃないの?」と言うと「わかんない。」と。やはり一緒に暮らしている者が観察して判断しないと、と思う。

12:48 PCをやっている私のひざに乗っかってきてゴロゴロ。

1:30 FKWシリンジ1本分。暴れる。

2:05 うんこ1cm。

夜9時 ドーナツで眠っていたところを触るとゴロゴロ爆発。

9:30 プロナミド1/2。ピモベハート1。

9:58 輸液170ml。

10:27 うんこ3cm。

10:40~11:40 ヒルズk/d缶 100gほど給餌。

10月18日(火)

朝9時 ごろにゃあ!ごろにゃあ!と爆発。私の布団にはいって来て、またのあいだでゴロゴロ言いながら寝る。

10時 うんこ5cm。

11:45 うんこ2.2cm。

12:58 うんこ2.5cm。ずっとゴロゴロ。

1:07 プロナミド1/2。

その後、ドーナツ座布団でゴロゴロ。私がトイレに行くと、ついて来てゴロゴロ。

2:45 ヒルズk/d缶8gほど給餌。元気になってきたので給餌を拒否して暴れる。

夜8時 うんこ2.5cm。

9時 プロナミド1/2、ピモベハート1。

9:30~11:50 ヒルズk/d缶をシリンジで何回も給餌。マグロ中トロ2切れ、サーモン1切れを細かくしてレンジアレンと混ぜたものを口に入れてやる。

11時 うんこ2.3cm。

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2016年8月31日 (水)

写真家、後藤真樹さんと打ち合わせ / 方南歌謡祭

8月25日

次の私の本のための絵の撮影について、写真家の後藤真樹さんと打ち合わせ。

特に箔をつかった作品について、なにを優先して撮影していただくか(銀箔のきれいな光の質感か、腐蝕部分の細かい線か、腐蝕部分の微妙な色か)、難しい問題がある。

また、写真をPCで調整しても、印刷物での再現は、それとはまったく違うノウハウになるそうだ。いろいろ想像して悩んでしまった。

・・・・

後藤さんは、座右宝刊行会代表として、書籍の執筆、編集、刊行も行っている。

座右宝刊行会という名称は、大正時代にさかのぼり、下のようないきさつがあるらしい。

(ホームページから引用します。)

「大正末期に作家・志賀直哉がコロタイプ印刷で作った自らの心眼に叶うものを集めた美術写真集「座右寶」を刊行する為に座右寶刊行會を創設しました。

大正15(1926)年に「座右寶」を刊行したのち、岡田三郎助氏の元で「時代裂」を刊行。その後、後藤眞太郎が引き継いで数々の文学書・美術書などを編集・出版。終戦の翌年、昭和21年には美術雑誌「座右寶」を創刊。

真太郎没後は、息子の後藤茂樹が引き継ぎ、美術全集の編集などを行い、日本の編集プロダクションの先駆けとなったが、1981年に解散。

現在の座右宝刊行会は、後藤眞太郎の孫にあたる写真家・後藤真樹が祖父と伯父の志のいくばくかを継ぎたいとして書籍の編集・出版を行っています。」

http://gotophoto.zauho.com/zauhopress/zauho.info.html

後藤さんとのご縁のきっかけは、私がハナ動物病院の待合室で、たまたま「座右宝」という薄い小冊子を見つけたことだ。

なんだろう?と読んでみたら快作先生の殺処分ゼロ運動のインタヴューと、高円寺ニャンダラーズ(猫レスキューのボランティアさんたち)のメンバーのかたの、福島での動物レスキューの現場体験を語る言葉がのっていた。

「福島被災猫レスキューの現場から」――西井えり(高円寺ニャンダラーズ)の全文は下のURLで読めます。

http://gotophoto.zauho.com/zauhopress/nishii-hisaineko.pdf

後藤さんは、たまたま被災猫の里親探しの活動に賛同し、譲渡会で出会った猫を引き取り、フクスケ(フクチン)と名付けた。

そして福島の警戒区域から保護された猫たちが、引きとった人々の元で幸せにくらしている姿をつづった物語つき写真集『おーい、フクチン! おまえさん、しあわせかい?――54匹の置き去りになった猫の物語』を刊行した。

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http://gotophoto.zauho.com/book/fukuchin.html

打ち合わせ中、フクチンは、うにゃ~お!うにゃ~お!と、すごく元気な声で、おしゃべりしてきていた。おなかがすいたみたい。フクチンは、ごはんをもらう前に、おすわりをして、お手!をする。

フクチンは福島で大けがをしたらしく、横隔膜が破れて内臓が肺を圧迫して呼吸ができなくて、内臓をもとに戻す大手術をしたそうだ。今は、そんなふうには全く見えないほど、元気だ。(ほかにアレルギー症状もあって、投薬によるコントロールが続いているそうだけど。)

後藤さんのお宅のまわりは、鬱蒼とした植物に囲まれていた。帰り道、コオロギたちが一斉に鳴いていた。もう秋だ。

8月27日

台風のせいで、雨がしとしと。その中、杉並区方南町の方南歌謡祭に行ってみた。

駅前の駐車場に、ステージカーが。その前に折りたたみ椅子をびっしり並べて、みんな雨合羽を着て座っていた。私は前から3番目の一番端っこの席。

熱心に見ているのは、70歳以上と思しき、元気なご高齢のかたが多いのにびっくり。駐車場の柵の外から、酔っぱらって大きな掛け声をかける男の人。柵によじ登る人。立ち見で煙草を吸っている人。全体的に、すごく自由というのか、無法地帯というのか、騒がしく、いなかっぽい雰囲気。

正直、高円寺の阿波踊りでは、考えられない感じだ。高円寺は、商店街の人の踊りが「芸能」まで高められているというのもあるが、観客も、もっと上品だ。

一番よかったのはフィンガー5の晃。歌もトークもすごくうまかった。

いきなり「・・・お祭りって、こんなんだっけ?」と。「なんか、すごく、いなかっぽいね。」とずばり。「すごい人だね。これ、お金とったらすごいけどね。タダだからね。」とも。

まずは「恋のダイヤル6700」。追っかけの人が10人くらい、最前列の真ん中に陣取っていてキャーッと黄色い(?)歓声。会場全体がすごい盛り上がり。「ここ、騒音対策、だいじょうぶ?俺、歌いながら帰ろうかと思っちゃった。」

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「個人授業」、晃の自作の沖縄ことばの歌も素晴らしかった。それから最後は「学園天国」。

彼はさすが、和製マイケル・ジャクソンとかつて言われただけのことはあって、歌唱から独自のソウルフルなものが伝わってくる。

(小学生にして、レコードデビューの時に、まわりの大人の耳がよくなくてつまらない、と言っていたらしい。)彼を見られたことは、とてもよかった。

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終わってから、方南通りを西永福まで歩いた。大宮八幡宮のあたりは人通りがなく、暗い湿った空気をふるわす虫の音がすごかった。

西永福の三崎丸で牡蠣のオイルづけや白子の天婦羅を食べ、生グレサワーを飲んだ。

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2016年7月26日 (火)

愛しのちゃび 19歳 /  書道

7月24日

きょうは、1997年にちゃびがうちの子になってから19年目の日だ。

最近のちゃび。私の膝の上でゴロゴロ爆裂中。便秘がちだがまあ元気です。快作先生には「ジャンキー」と呼ばれている(食欲増進剤を飲んでいるから)。

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19年間も一緒にいてくれて本当にありがとう。ちゃびから、どれだけ多くのものをもらったことか。これからもずっと元気でいてね。

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うちに来た日のちゃび。

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うちに来て数日後のちゃび。

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7月19日に動物病院にちゃびの薬をとりに行った際に、診療時間が終わるのを待って、駅近くのお寺の脇道に子猫が数匹ぴょんぴょんしているのを見たのだけれど、野良の子猫を見つけた時にはどのように対応したらいいのか快作先生に聞いた。

「簡単だよ。ケージを持ってってつかまえて、保護して、生後2か月になったら避妊手術して。」とにっこり言われる。最低でも1kgにならないと手術できないそうだ。

正直言って今の私には体力的(紫外線アレルギー、右腕の負傷など)、時間的、経済的、今の住居の条件的に無理なので、すごく悩んでいた。

出来る範囲でどうしたらいいか、と聞くと、快作先生はその時ちょうど最後の順番で子猫を連れて来ていたご婦人に向かって「ねえ、簡単だよね!」と声をかけた。

そのご婦人はM上さんという、もう40年も野良猫の保護活動をやってらっしゃるかただった。

M上さんは谷川俊太郎さんと小学校の同級生だったという。見るからに私よりずっとずっとお元気。

M上さんは「きょう、鳥越さんが阿佐ヶ谷に来てたから自転車で応援に行ってきたのよ。」と言う。「山添拓ちゃんがしゃべってたのよ。あの子は私の孫と同い年だからすごく応援してるの。ストップ安倍でがんばってもらわなくちゃいけないから。」と。

快作先生も「鳥越さんは今ひとつなんだけどね~、でも今の選択では鳥越さんしかないでしょう。」とはっきり言われる。

「子猫がいたのどの辺?」とM上さんに聞かれ「K寺のあたりです。」と言うと「ああ、K寺ね。私、昔、自転車を盗まれてね。そしたらK寺の前の交番から自転車が見つかったって電話かかってきたのよ。」とM上さん。

すかさず「わあっ!それはご縁だねえっっ!」とアピールする快作先生に思わず笑ってしまった。

そのあと快作先生が仕事で奥にはいり、M上さんとしばらくふたりで話していたが、私が自ら労力やまとまったお金を提供できない分際で、なんとかしてくださいと図々しく人に頼めるわけもなく、とりあえずM上さんのお話を伺っていた。快作先生が奥から出て来て「どう?話まとまった?」と言われ「いいえ。」と応える。

M上さんと住所と名前を交換した。出版関係の仕事をしていたかたで「うちはね、典礼聖歌っていう本、出したのよ。」とおっしゃると、すかさず快作先生が「テンレイサンカねっ!!うんうん!」と(笑)。

そのあとM上さんと快作先生から、関わりがあったいくつかの野良猫愛護団体のメンバーの人についての雑談をうかがう。某会は自然消滅したとか、○○さんと●●は性格がきつくて、とかいろいろ・・・。

「(野良猫レスキューの)仲間になっちゃえ!」と言う快作先生に「ええ。。。性格が強い人とか、聞いただけで胃が痛くなっちゃう・・・無理ですよ私は。」と言うと、M上さんに向かって私のことを「この人は対人恐怖症だからね。」と。快作先生、ちゃんとわかってるじゃないですか。

結局、地元の野良猫レスキューのS藤さんに電話して相談したら、そのK寺のあたりは、保健所からも言われていて、近々行くつもりだったと言われた。さすが快作先生が「仏のS藤さん」と呼んでいるかただ。保健所と連携して殺処分されないようにしているのもさすがだ。

保護活動をされているかたには、本当にありがたく申し訳ない。これからちょこちょこ寄付をするつもりだ。

7月25日

書道の日。帰宅してからすぐに復習。「白砂青松」。「砂」のつくり、「少」のはらいが難しい。なぜか右の点より上からはじめる。はらいは「石」の下すれすれくらいにつけて左真横にはらうとのこと。

これは「松」の木偏の下の「とめ」ひどく失敗。
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下のほうが「白」はうまくいったような気がする・・・。「青」という字が難しいです。「松」の字もうまくいかない。「公」の字、きたない。要練習。
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先生の朱墨のお直しを見ていると、下手な人ほどお直しがはいるわけではなく、むしろその反対だ。

当たり前だが一流の眼から見たら、どこまでも無限にお直しがはいるに決まっている。厳しくお直しをしてくださるのはありがたいことだ。

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2016年5月31日 (火)

ちゃび 定期健診

5月29日

明け方、激しい雨の音がしていた。

朝、9時にちゃびを動物病院に連れて行く。

昨年の11月18日以来だ。半年に1回くらいは血液検査をしておきたかった。

雨上がりの曇り空。紫陽花や柘榴の花や枇杷の実に雫がいっぱい。ひさしぶりに空気がひんやりしていた。

ソフトキャリーを肩にかけて病院へ歩いて向かう途中、ちゃびが全然声を発しないので具合が悪いのかと心配になる。ちゃびはけっこう重たく、ソフトキャリーの底がちゃびの体型に合わせてぐにゃっと沈んでいるので持ちにくい。

朝一の病院はけっこう混んでいて3~4番目くらいだった。椅子で30~40分待っていると、今頃気づいて文句を言うかのようにキャリーの中のちゃびが「にゃあ~、にゃ~」と鳴き出した。元気がないわけじゃなかったので少しほっとする。

病室にはいってまずは体重測定。4.2kg。また増えてる!ついに4kg超え。

口の中を診てもらって「少し貧血が心配かな」と言われる。採血の時、ちゃび絶叫。私は心配で涙目。

血液検査の結果を待つ間、前より一段と腎不全が悪化しているのではないかと心配で胸がつぶれそうだった。

待合室で動物の雑誌を読みながら待つ。犬と猫の長寿自慢の投稿写真を見ていた。それぞれの顔を見ているとよくがんばってるね、と胸が熱くなる。にゃんこでは25歳の子が、わんこでは20歳の子が最高齢だった。

12時近くなって、やっと血液検査の結果を聞く。「よくなってるね。」という快作先生の意外な言葉に嬉しい驚き。

CRE・・・3.6、BUN・・・45.4で前回よりも数値は低くなっていた。 貧血もHt32で正常値内だった。

数値が下がった理由として思い当たるのは食事だ。前回の検査までは食べられなくなったことが一番の心配だったので、とりあえず食べられるものを何でも食べさせること優先で、ほとんど腎臓ケアのドライを食べていなかった。

前回の検査以降は腎臓ケアのドライに慣れて食べてくれるようになったので、おやつは一日一回、「コンボ15歳以上海の味わいスープ」か「銀のスプーン三ツ星ジュレ20歳」のみにして、そのほかはヒルズのk/dドライをひたすらあげていた。

以前より吐かなくなったのに、プロナミドを飲ませ始めたことが大きいような気がする。はっきりとはわからないが、この半年、プロナミドを飲ませるようになってから、ほとんど一回もセレニア(高価な吐き気止め)を飲ませなくてよくなった。

最近は昼プロナミド半錠、夜プロナミド半錠、ぺリアクチン1錠の1/6、ピモベハート1錠、食欲が出ない時にセルシン1mg、吐いた時にガスターでなんとかうまくいっている。

ちゃびは、もうすぐ19歳になる。

最近、動きがまったりして気だるそうにしていることが多いが、調子はまあまあで、何回にも分けて少しずつ食べている。

ちゃびは女の子なのに若い頃はけっこうな暴れん坊だったが、16~17歳くらいからおとなしくなってきたみたい。

以前はよく、朝おなかがすいているのに私が起きないと、高いところからけっこうな距離をジャンプして、眠っている私の胃の上にどーん!!と力強く足をつっぱるように着地してきて、ショックで私の心臓が止まりそうになることがあった。

3年位前までは私が絵を描いていると勢いよく私の肩に乗っかってきて降りなくて、私の首や背中が傷だらけになっていた。音楽をかけるとにゃあにゃあと大きな声で怒ったり。

最近、うるさく邪魔することがなくなったけれど寝る時は私の肩に顎を乗せたり、私の顎の下に顔をうずめたりしてぴったりくっついて甘えている。

無農薬のカブの葉っぱを食べるちゃび。

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長生きしてね~。

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2015年12月31日 (木)

椿 年賀状 書 / ちゃびのこと

12月31日

もうすぐ一年が終わる。

12月30日

年賀状に阿部弘一先生のお好きな椿の花を描こうと思い、いろいろやってみる。

年の暮れぎりぎりになるまで年賀状が書けていないので、焦っておかしくなる。

阿部弘一先生には、先生が一番お好きな「侘助」。それと一重の絞り。

「侘助」は雄蕊の葯が退化して花粉をつくらないらしい。本格的な「侘助」だと極小輪で、正月にはちょっとさびしいかな、と思い、「玉之浦」、「乙姫」や「雛侘助」「有楽」などを混ぜた淡いイメージで描いてみた。

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私は「岩根絞」など、斑入りや絞りの花が好きなのだが、こちらはちょっと濃いめに描いてみた。
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侘助だけだとやさしい感じ。
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やはり吹掛けの獅子咲きも描いてみたい。
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葉の色もそれぞれ変えてみた。だけど、早くしなければ!こんなことを何日もしていたら歳が明けてしまう。。。!

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恥ずかしげなかわいらしい抱え咲きや、強烈な唐子咲きなど、いろいろ描いた。そのあと、宛名リストを見ながら、お世話になった人の顔を思い浮かべ、この人はどんな花が好きかを考える。

ブログの画像には載せていないが、獅子咲きの椿を描いていたら、凝りすぎてどんどん花が大きくなってしまい、狂乱の獅子咲き椿になってしまった。これはいったいどなたに出せばいいのだろうと悩んだが、たぶんこんな絵をわかってくれるだろう花輪和一さんと沢渡朔さんに出した。

(花輪和一さんに久しぶりに電話してみたら、もう今年は20回以上雪かきをしたそうだ。)

昔のスケッチブックを開いてみたら、「有楽」や獅子咲きの変形椿を丁寧に描いていた。無我夢中で素描していて、その時はわからないのだが、あとで見返すと、実際、そのような花の個体には二度と出逢えないし、自分の記憶よりその時の素描(デッサン)が遥かに良く描けていることに驚く。

大きな獅子咲きの花の一期一会の不思議な模様と「有楽」の花びらの艶、光る質感は、その場でリアルに見なければ描けないものだ、とあらためて素描(デッサン)の力を確信する。

ところで、私が大好きな、魅力ある椿を描いた絵に、狩野重賢画・写本『草木写生春秋之巻』(1657~1699)という図譜がある。見たままを写していながらも写真のような味気ないリアリズムではなく、写本であったかもしれないが、ちゃんと個々の植物の魅力の核心を描いているところに打たれる。

・・・

今年、少しずつながら書道の進歩のさまをブログに記録しようと思っていたのにできなかったので一枚。

私にしてはあまり先生に手直しされなかった書。こつこつ地味にやって、やっと「とめ」が少しできるようになってきたのと、最初の頃より筆の上のほうを持てるようになった記念。

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・・・

最近のちゃびのこと。結論から言うと、流動パラフィンが効きました。

ちゃびが12月になってから主にk/dのカリカリを食べるようになり、それから極端に○○こが小っちゃく少なくなってしまっていた。

前は一日2回で、いっぺんに10cm以上も出ていたのに、最近は一日8回もトイレに行って、そのうち4回は空振り。あとの4回に1cmずつしか出ないような状態。

あまり食べてもいないので詰まっているのかは不明。毎日おなかをマッサージしていたが、腎臓を押さないように、腸をうまく押すのが難しい。

それでもおそるおそるおなかの下の方をやや強めにさすってもんであげたら、さっそくトイレに行って、たった1.5cmしたり。

いよいよ食欲が落ちてきた12月26日に快作先生に油を飲ませるといいかもと言われ、流動パラフィンをもらって来る。

その日から、一日2回、1ml飲ませたが、なかなか出ず。やっぱり一回1.5cmのままで、どうすりゃいいの、と私は目の下に隈ができるほど追い詰められていたが・・・

4日目の12月29日、

朝5時前 1.5+1.5。

10時 4+2+2+2.。

昼1時 2。

1時40分 5。

この日、一日で計20cm出た。やった―――!!

「今まで辛かったんだね。ごめんね。ごめんね。」とちゃびを抱きしめて耳を優しく噛むと「にゃぁぁァァァァァん・・・・にゃぁぁァァァァァん・・・・」と高く甘~い声。

12月30日

朝10時40分 1.5。

昼1時 1.5。

4時 3+1+1。

夜8時30分 2。

9時50分 1.5。計11.5cm。

12月31日

朝8時 3+1.5。

10時 2+1。

昼3時 2。

8時23分 3。計12.5cm。

来年もどうか元気でいてね。

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2015年11月21日 (土)

ちゃび 久しぶりに病院 / 西新宿のこと

11月18日

午前中は晴れていて気温21度もあった。

寒くなる前に健診をしておこうと、ちゃびを久しぶりに動物病院に連れて行く。

私はちゃびの輸液セットや薬をもらいに週に一度は通院しているが、ちゃびが病院に行くのは今年の2月28日以来だ。

怖がって大声を出すのじゃないかと心配だったが、意外にもソフトキャリーに入れてもにゃあとも言わない。病院に向かって歩いている間、中を覗いてみたらおとなしく寝ていた。

「キャリーに入れても暴れなかったから、元気ないのかと心配で。」と言うと「たま~には病院に行くのもいいや、と思ったんじゃないですか?しょっちゅうだと嫌だけど。」と快作先生。

計量。3.94kg(また増えてる!!)。

食べられなくなって、もうだめかと思われたのに、すっかり大きくなったちゃびを見て「こんなこともあるんですねえ・・・」と快作先生。「今も薬をあげないと食べないんですけど。」と言うと「やっぱりなにか脳の病気なんでしょうね。人間にも突然の味覚障害とか、解明されてない病気がたくさんあるんですよ。」と。

去年の9月15日、ちゃびが急に食べなくなって、初めてこの病院に連れてきた時、ちゃびは2.8kg。検査しても、結局食べられない原因は不明だった。

セレニア(吐き気止め)、ぺリアクチンとセルシン(食欲増進剤)、ピモベハート(心臓の薬。以前はベトメディンかアカルディしかなく、オブラートにくるんだが飲ませるのがたいへんだった)と一日置きの輸液。レンジアレン。ガスター(胃薬)。

必死で介護したが、なかなか食欲が出ず、三日間、何も食べなければ命が危ないと言われ、私の緊張はピークに達し、夜も眠れない日が続いた。ちゃびのようすがおかしい時、毎日のように先生に電話してアドバイスをもらった。

もうだめかと思ったが、毎日の観察と試行錯誤により、だんだん食欲増進薬の使い方――これはすごく個体差があると思うが、ちゃびにとっての薬の量やタイミングもわかってきて、ちゃびは少しずつ食べるようになり、体調も落ち着いてきた。

今はぺリアクチン一回につき1/8~1/6錠程度を飲ませた30分後にセルシン一回につき1/10~1/8錠程度を(ハサミで錠剤を切って)飲ませるとよく食べる。

ちゃびの久しぶりの血液採取。針を刺してる間、ちゃびの頭を抱いて、顔に唇をつけて「だいじょうぶよ~、痛くない、痛くないよ・・・」と言っていた。終わったあと、診察台の上が濡れていた。私の手の甲から流れ落ちた汗だった。

ちゃびが針を刺されたり、大きなニッパーで爪を切られているだけで、私の全身から汗が噴き出す。痛くないのかと心配でたまらないのだ。

「だいじょうぶですよ。ただ痛いだけですから。」と微笑みを浮かべる快作先生(ほんとうにいい性格!)。

この快作先生は、獣医科大学時代に、外科実験で生きた犬を使い手術練習をする(使われた犬は安楽死させられる)ことにたったひとり果敢に反対したり、捨てられた犬を自宅アパートに引き取りまくって飼い主を捜したりした。犬猫の殺処分を減らすための運動に邁進している若き獣医師だ。

この先生の明るさと恐ろしいほどのタフさのおかげで、とにかく生きづらい、人とつきあいづらい私が、とても励まされたことは確かだ。

私が(動物を殺すことが絶対的に受け入れられないために)肉食に身体的拒否反応がでてしまうこと、そのためにあらゆる会食の場に出席できないことも、「私のためにだけ肉抜きの食事をください」とオープンに言えばいい、何も悪いことはしていないのだから、と言われて気が楽になった(なかなか実践するのは難しいが)。

緊張で汗だくになって診察室からちゃびを連れて出て来た私に、待合室にいたふたりの女性がキャリーをのぞいて「あら、かわいい~。」と声をかけてくれた。ボランティアの人達だという。

18歳です、というと「そんなに見えないわ。全然、言われなきゃ若く見える。きれいだし、可愛い顔してる。すごく大切にされてるからなのねえ。」と言われてとっても嬉しかった。

ちゃび素描。

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私の書類棚の上にのっかているちゃび。

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あにゃ~~ん・・
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すりっすりっ
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あにゃ~ん
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あにゃあああ~ん!
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すりっすりっっ
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あにゃあああぁああん!
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カメラレンズをパシパシ!

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いいこいいこ・・・
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再びカメラレンズをパシッ!
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いいこいいこよ~
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すりっすりっ
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・・・

午後から雨らしいので、降らないうちにE・Aさんのお宅へいただきものの林檎を届けに自転車で走った。

E さんは、昔西新宿に住んでいた人で、母が親しくしていただいていた人だ。Eさんは留守だった。

住宅街の木々を眺めながら走って帰宅したら、Eさんから電話があり、近くで会うことになった。雨が近かった。

西新宿(昔は十二社(じゅうにそう)と言った)の話をしていて、夕食の買い物の時に、商店街でよくうちの祖母に会ったそうだ。「毎日ごはんつくって偉いですね。」と言うと「嫁が外で働いてくれてますから。」とにこにこしながら話していたと聞いて涙がこぼれた。

「お母さん、一生懸命働いてたものねえ。」と言われ、本当に私の母と祖母(父の母)はよく働く真面目な人だったな、とあらためて思う。結局、それが父を甘やかした。父の自分勝手で無責任な性格を増長させるために、祖母と母が心身が滅茶苦茶になるほど貢いだようなものだ。

「今だったらとっくに離婚しているよね。あなたのお父さん、死んでくれてよかったわねえ。」と言われる。この「死んでくれてよかったわねえ」とはっきり言ってもらえることが嬉しくて、また涙。

「方南通りに瓦屋さんがあったでしょ。時計屋さんの隣の。今はセブンイレブンになってるところ。」と言われて、長らく忘れていた商店街の店並みの記憶が一瞬でばっと見えてきて、胸が詰まった。

黒々とした土の上の資材置き場、暗渠にはりついた小さな茶色い家々。今はオフィスビルと高層マンションしかない大通りが生き生きとして、顔見知りの人がたくさんいた昔の記憶が蘇って来た。

Eさんのように昔のことを知っていて、ずっと元気で頭が切れる人がいてくれることが、私にはものすごくありがたい。

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