ねこ

2019年4月 8日 (月)

新宿御苑の桜(花吹雪)(4月5日)

4月3日(水)

2日に歩いた時にひどく冷えたせいか、胃が痛くなり、夜、嘔吐。朝に食べたものが消化されていずそのまま出る。

小型のミラーレス一眼しか持って行っていない(替えのレンズも置いていっている)のに、帰宅してからの首肩の凝りが尋常ではない。筋力がすごく落ちている。

10年前には大きなデジタル一眼とマクロレンズと動画のカメラを全部背負って、ひとりでドイツで撮影していたのが嘘のよう。身体がきつい。しかし何かを見に歩いて出かけなければもっと体力が落ちてしまう。

4月4日

衣類を入れた袋の中に入って袋の端っこを破って顔を出すチョビ。

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4月5日(金)

今日は22℃。青空。明るい光の下で白妙を見たかったので新宿御苑へ。

地下鉄の駅から歩道に出たら、強風で街路沿いの桜の花びらが空に激しく吹き上げられていた。

大木戸門から入り、まずは玉藻の池の水中桜を見る。

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しどけなく散っていた。池の水に溶け込んで透けた薄い薄い桜。眼に見えなくてもそこに咲いているものを描くのはとてつもなく困難だ。

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白妙は満開。蕾がほとんどない。花も全部紅色が消えて純白に変わっている。

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手鞠のように咲きそろった白妙。わずかに残る紅。白濁と透明感のバランス。かわいらしくではなく、この戦慄を描くにはどうしたらいいのか。

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歳をとるにつれて、紅の桜よりも白い桜が好きになっている。大島、白妙、太白、琴平、白雪。

過去に名だたる桜の絵で、私の好きな絵を考えてみると、どうしても江戸時代の図譜が浮かぶ。よく見ながら筆でスケッチ(素描)して、部分的に色をつけたもの。さりげないが動勢があり、写本でさえ臨場感が生々しいもの。

それらは美術というより博物学に分類されてしまうものだ。

いわゆる「美術」として価値が高いものより、なにげなくその時、その瞬間を手で写した生命感のある「絵」に惹かれる。

国宝の長谷川等伯の智積院「桜図」も寺院の障壁画として見たら感動するとは思うが、自分がこのような絵がかけるようになりたいとは思わない。「日本美術」というカテゴリーの中では素敵、たとえば着物の柄にこの絵があったらすごく豪奢できれいだとは思うが、自分が生きていく上で今現在の「絵」を考えていくためにはヒントのひとつでしかない。

桜ほど、よほどの思考と感覚の両方で破らなければ酷たらしいほど嫌らしい絵になってしまう題材の花はない(ステレオタイプの絵の汚らわしさが、実物の桜の透明感や儚さとかけ離れてしまうからだと思う)。

一瞥で激しい嫌悪感を感じたらもう耐えられないのが「桜」の絵。

私が静かに長く見ていたいのは我が師、毛利武彦先生の、戦争で若くして亡くなった友人に捧げる腐れ胡粉の桜。一般的な分類上は毛利先生の絵は「日本画」になるのかと思うが、その絵は「いわゆる「日本画」」とはまったく異なる。

桜を描くのがあまりに難しすぎて私はずっと桜を描きたいとは思わなかったし、自分に描けるとも思わなかったが、もし私が描けるとしたらどんな絵になるのだろうかと思いながらずっと桜を見ていた。


ノジスミレの上に散りかかった花びら。
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ついに太白も満開。若葉の色がオオシマや白妙よりもずっと渋い鴬茶で、花びらの皺が魅力。この樹も大好き。

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代々木のドコモタワーを背景にソメイヨシノと枝垂れ桜とカイドウが重なる。

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上の池の黒緑の森を背景にしたオオシマザクラも満開。(私は虹色の光がはいった写真が好き。)

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白雪も満開。この樹の花は高いところにあって接写できない。

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非常にすっきりした樹。

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千駄ヶ谷門近くの桜林。紅色は長州緋桜。

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ソメイヨシノ、オオシマ、すべての花びらが強風に乱舞していた。

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かつて「わあ、きれい」と言いあいながら一緒に桜を見て笑った、死んでしまった人たちのことを想わずにはいられなかった。

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吹きすさぶ風に池の水面の花びらが増え、波紋が動いている。。

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次に来る時は一葉、普賢象、福禄寿、菊桜、数珠掛桜、鬱金、御衣黄など。駿河台匂と目立たないカスミザクラも見たい。

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新宿御苑の桜、植物(4月2日)

4月2日

2日か3日には真冬の天気で雪が降るかも、という予報にもめげず新宿御苑へ。気温13℃の予報だがもっと寒く感じた。

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玉藻の池の桜の枝は水中まで垂れ下がって水の中で咲いている。よく川やお堀で、水面ぎりぎりまで下がっている桜の枝を美しいと思うが、水中にまで入って咲いているのを初めて見た。

今年生まれたらしいカモのヒナたちと桜。時々、二羽で追いかけっこをするように水面をターーッと勢いよく滑る。うちのちび猫たちと同じ仕草。

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白妙がついに満開。。咲いたばかりの花は薄紅がさしていて、その後白く変わる丸い花がなんとも気品があってきれい。

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寒さを我慢して来た甲斐があった

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白色大輪一重の太白も咲き始めた。花弁にしわ状のうねりがあるのが魅力。花弁はサクラ類で最も大きいらしい。

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ソメイヨシノよりもかなり甘い雰囲気の小汐山(コシオヤマ)。今、まさに満開。

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梅護寺数珠掛桜(バイゴジジュズカケザクラ)の赤い蕾。

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中の池の緑に澱んだ水にせり出したソメイヨシノ。母が元気な頃にここで写真を撮った。

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オオシマザクラは満開。

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手が限界まで冷えてかじかんでしまったので、自動販売機へと向かったが、温かい飲み物はすべて売り切れ。茶店でコーヒーを買っている人が多かったが、胃が痛くてストレートコーヒーは飲めないので諦めた。

青空が掻き曇り、雨が落ちてくるほんの少し前の気配。

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不穏な空と桜。

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傘を持っていなかったので急いで帰った。地下鉄を降りたら地面がびしょ濡れだった。
・・・

トイレットペーパーをガラガラ引っ張り、細くちぎってご機嫌なプッフィーちゃん。

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真ん中で気持ちよさそうに眠るのはチョッピ―(チョビ)。

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最近、ちゅびが深夜3時頃に鳴きだすので困っている。おなかがすいたらしいので食事をあげると、そのあと全員で鬼ごっこを始め、私はなんとか静かにさせようと紐でじゃらしたりして朝7時すぎまで眠れない。7時過ぎに皆も私も疲れてもう一度眠る、の繰り返し。

私が昼間出かけているあいだ、3匹ともあまり食べずに眠っているので、夜になるとやたら元気になる。

とにかくちゅびだけが無駄鳴きする。外を飛び回りたいお年頃なのか。ほかの2匹の兄妹があまりに仲が良すぎて疎外感があるのか。

もしちゅび一匹だけだったら、もっと私にうるさく鳴いていたということか。

朝に眠る時、ちゅびは私にべったり抱きついて眠る。

チョッピ―君よ。お前がちゅびと仲良くけんかしてくれないとちゅびの欲求不満がたまるのよ。もっとちゅびをかまってやってよ。

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2019年4月 6日 (土)

善福寺川の桜

今は桜が満開を過ぎて散っているが、桜の咲き始めの頃の記録を書いている。

3月28日

善福寺川を自転車で散歩。

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20年、ほぼ毎年来た「あいおい橋」のあたり。

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ここの護岸に咲くスミレは薄紫の中に濃い紫のスジがはいっていて葉は心形。おそらくアメリカスミレサイシン。

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ヤマザクラ。

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オオシマザクラ。

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荻窪の手前、護岸工事をしていて、子供公園が一つ丸ごと無くなっていた。見事な八重桜がたくさんあり、ジャングルジムに上ったりベンチに座ったりしてずっと桜の匂いをかいでいられた公園だ。

荻窪団地のほうまで川沿いに行くと生えているスミレ科のスミレ。葉も細く茎も高い。菫は横顔が美しいと思う。

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赤と白と桃色の巨大輪椿と木蓮とミモザと薔薇と水仙とワスレナグサが咲き乱れる、川沿いのお庭。昔、このお庭で兎が遊んでいるところを見た。夢みたいだった。

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ミモザは満開。

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荻窪近くの覆輪の椿。撮っていたら「素敵でしょう?大きいわよねえ。毎年すごくきれいに咲いてくれるのよ。」と通りがかった女性に声をかけられた。

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自動交通公園近くの乙女椿と桜の林。

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にゃあにゃあ!と高い声で呼ばれて振り返ると樹の上にのぼって遊んでいた猫。

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釣り堀近くのひょうたん池。中の島の樹々の細い線が美しかった。ユキヤナギも満開。

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松の木グラウンド近くの、大好きだった柳の樹が切られて無くなっていたのがショック。杏の樹も無くなっている。

かつて花輪さんがジャンプしてひとつ実をもいでくれた杏の樹。

護岸工事で滅茶苦茶に変わってしまった。

大宮八幡宮近くの、大蛇のような藤蔓のあった鬱蒼とした林が無くなっていた。かつてVXー2000で動画を撮った場所。

・・・

最近よくこの段ボール箱がお気に入りの3匹。ちゅびの上にチョビが、そのまた上にプフがのっかってぎゅうぎゅうづめ。

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2018年12月29日 (土)

猫の絵、枯れたアネモネ

12月29日

年の暮れは嫌いだ。とても働き者だった元気な頃の母と祖母を思い出して、胸が苦しくなるから。

おせちは味が濃すぎておいしくないし、初詣も人が多くて疲れるので私は好きではなかったが、母や祖母の楽しそうな顔を見ることだけが嬉しかったのだと思う。

大きな鍋にいっぱいの煮物をつくっていた祖母の姿や、母と正月に飾る花を買いに行った時のことばかり思い出してしまう。

しゃれた高級な食べ物に私自身は興味がないが、華やかに飾られているスーパーに行けば、あれもこれも、母が今まで食べたことのないおいしいものを、食べさせてあげたかった、と涙が出てしまうから。とても辛いので年末とお正月は嫌い。

・・・

猫の絵。

赤ちゃんの頃のちゅび。

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(Cat drawing, dessin)
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生後3か月目の時のちゅび。運動能力抜群のやんちゃっ子。
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現在に比べるとずいぶん細かったちゅび。
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禿げていた毛も生えそろい、日ごとにたくましくなってきたチョビ。毛の質はちゅびと違って柔らかくベルベットのよう。薄茶の縞のしっぽだけが長毛。
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ちゅびとチョビ、プフ。対面して3日目にはお互いをなめてあげるほど仲良しになった。特にちゅびとチョビはオス同士なのに、じゃれあいのボカスカはするがまったくいがみ合わず、お互い優しいのに驚いた。
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大きいちゅびにのっかるプフ。恋人同士のような(実は4つ子のうちの別々の日に落ちていた2匹)プフとチョビ。
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去年のすっかり乾いたアネモネ(冷蔵庫に保存していた)。
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(dead and dried anemones, watercolor painting)

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2018年12月22日 (土)

猫の絵、動物の犠牲について、デリダ

12月22日

猫の絵(Cat drawing, Dessin)

わずか100gちょっとで拾われた日のチョビ。初めて病院に行った日(135g)のチョビ。

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小さな犬のぬいぐるみだけに甘えていたチョビ。
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真菌によってしっぽ、手足、首の毛がはげたチョビ。特にしっぽが真っ赤で痛々しかった。
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ひとりぼっちではなくなったチョビとプフ。
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「〈殺すなかれ〉は、ユダヤ・キリスト教の伝統のなかでは、また明らかにレヴィナスによっても、〈生物一般を死なせてはならない〉という意味で解釈されたことは一度もない」。

「人間主義を超えて」存在の思考を推し進めたはずのハイデガーも、犠牲(サクリファイス)のエコノミーを問いなおすことはできなかった。

ハイデガーでもレヴィナスでも、「主体」とは、「犠牲が可能であり、生命一般の侵害が禁じられていない世界における、ただ人間の生命に対する、隣人である他者の、現存在としての他者の生命に対する侵害だけが禁じられている世界における人間なのだ」

(「〈正しく食べなくてはならない〉あるいは主体の計算――ジャン=リュック・ナンシーとの対話」)。

こうしてデリダが、ユダヤ=キリスト教も含めて、西洋形而上学の「肉食=男根ロゴス中心主義」を問題化する。

それは、現代の動物実験、生物学実験に至るまで、「肉食的犠牲が主体性の構造にとって本質的である」ような世界である。

いまからほど遠くない過去に、「われわれ人間」が「われわれ成人の、男性の、白人の、肉食の、供犠をなしうるヨーロッパ人」を意味した時代もあった(『法の力』)。

(高橋哲哉『デリダ――脱構築』(講談社)より引用)

・・・

「 問題は(略)動物が思考すること、推論すること、話すこと等々ができるかどうかではない。(略)先決的かつ決定的な問いは、動物が、苦しむことができるかどうかであるだろう。《Can they suffer?》

この問いは、ある種の受動性によっておのれを不安にする。それは証言する、それはすでに、顕わにしている、問いとして、ある受動可能性への、ある情念=受苦(passion)、ある非‐力能への証言的応答を。「できる」(can)という語は、ここで、《Can they suffer?》と言われるやいなや、たちまち意味および正負の符号を変えてしまう。

「それらは苦しむことができるか?」と問うことは、「それらはできないことができるか?」と問うことに帰着する。

(略)苦しむことができることはもはや力能ではない。それは力能なき可能性、不可能なものの可能性なのである。われわれが動物たちと分有している有限性を思考するもっとも根底的な仕方として、生の有限性そのものに、共苦(compassion)の経験に属する可死性は宿っているのである、この非‐力能の可能性を、この不可能性の可能性を、この可傷性の不安およびこの不安の可傷性を、分有する可能性に属する可死性は。」

(ジャック・デリダ『動物を追う、ゆえに私は(動物)である』(鵜飼哲訳、筑摩書房)より引用)

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2018年11月13日 (火)

ちゅびとチョビ、プフ初対面

11月10日

きょう、ついに、ちゅびとちびっこ猫たちとの対面。

ちゅびを昼1時に私とチョビとプフのいる部屋に連れて来た。

先住猫と新入り猫との対面は慎重にやらないといけないという記事を読んで、ここ数日は緊張していた。

まずはチョビとプフにケージの中に入っていてもらって、ニャアニャア騒ぐちゅびをキャリーから部屋に放す。

チョビ、プフは初めて会う大きなちゅびをまったく怖がらず、「出して!出して!」と手作りケージを壊して外へ。いつも通り、ふたりで無邪気にじゃれ合い、もつれ合い、平気でお昼寝。

まったく緊張せずリラックスのチョビちゃん。

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ちゅびのほうは大きな図体にも関わらず、初めて接する猫たちに緊張。怯えて棚の上に上がっている。

ちゅびは恐る恐るちびっこ猫たちに近づいて匂いをかぎ、顔と顔が合うと「シャーッ」と威嚇して走って逃げるのをくり返す。ちびっこたちは怯えることもなくマイペース。

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友だちになりたいのに、どうしても「シャーッ」と威嚇してしまうちゅび。
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怖がりなちゅびはチョビやプフがトイレしている最中や、眠っている時に、ここぞとばかりに匂いをかぎに行ってはダッと逃げていた。

玄関の方まで逃げてから、追いかけて来てほしそうにちびっこを見つめるちゅび。

ちゅびはまだ眼も見えないうちにひとりぼっちで落ちていたので、ほかの猫と接触したことがないかわいそうな子だ。生まれて初めて見る子猫たちが気になってたまらない様子。

遊んでもらいたいポーズをとるちゅび。

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ちゅびがボール紙の影に隠れて手だけ出して、チョビ、プフにじゃれてもらったり、逆にチョビ、プフが隠れてガサガサしてちゅびにじゃれてもらったり。

猫たちはお互い、どうしても目の前の動くものにじゃれてしまう習性をうまく利用して、遊びながら距離を縮めていく賢さに感心した。

私が紐を走らせると皆がその紐を追いかけて走り、勢い余ってからだがぶつかる時にはまったく威嚇しない。

この日、チョビとプフは私のふとんで一緒に寝、ちゅびはひとり離れて高いところで寝た。

11月11日

怖いもの知らずのプフがちゅびに超接近。

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後ろから、「えい!」
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ちゅびとチョビも、だいぶ仲良くなる。(遠近法により同じくらいの大きさに見えるが、実際のちゅびのからだはチョビの3倍ある。)
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物陰に隠れて(手だけ出して)チョビとキャッチボールするちゅび。

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深夜まで遊び続けていた。

11月12日

朝5時過ぎ、目が覚めたら、ちゅびは私の右脇にべったりくっついて寝ていた。ちゅびのおしりにプフがくっついて、チョビは私の左肩で眠っていた。

6時に食事。4か月未満のベビー用ロイヤルカナンのウエットとカリカリ。3匹とも同じものを食べたがり、ほかの子のお椀が気になって、ぐるぐる交代しながら全部きれいに食べる。

ちゅびはプフに勢いよく押されてお椀をとられても、怒ったりしない。いっぱい食べたくてウーウー言うのはプフのほう。

朝から激しく追いかけっこ遊び。

二本足で立って万歳のように両手を上げて相手をやっつける仕草をしてからダダダッと一目散に逃げて追いかけてもらう。追いかけるほうは追いついたら「つかまえた!」というタッチをして、一目散に逃げる。その繰り返し。

ちゅびは6月の初めに生まれ、もう5ヶ月。ちゅびは今、乳歯と永久歯が同時に生えている。

上下左右のキバが2本づつ、計8本あるちゅび。ちょっと魔物っぽい。

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もうすっかり仲良く、3匹で一緒に寝ている。

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お友達ができてよかったね、ちゅび。

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2018年11月 8日 (木)

ちゅびとチョビとプフの記録 / 新聞記者さんと話す

11月7日(水)

私の股の間にチョビ。私の左腿の横にプフ。紐に結んだパイルヘアゴムを取り合って遊ぶ。

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かわいくて、くすぐったくて、あたたかくて、動けない。

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毛もすっかり生えそろい、少したくましくなってきたチョビ。
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いたずらっぽい眼のプフ。ルイス・ウェインの描く微笑んだ猫に似ている。
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11月6日(火)

雨が降っていた。

明治神宮の暗い深緑も白くけぶり、その向こうに見える渋谷の高層ビルも、きょうは見えない。

なんとも幻想的な風景。

ここはいつも静かだが、すべての音が雨粒に吸い取られて、きょうは一層静か。

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夕方、朝日新聞社会部のM永さんから電話があり、1時間以上もお話しさせていただいた。

11月1日の記事についての情報提供のメールをしたのが2日前。電話をいただけるとは期待していなかったが、丁寧な対応だった。

・・・

眠っているチョビを優しくなめるプフ。

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あんなにか弱くて死にそうだったのに、チョビは日増しに腕白になっている。

プフの足を噛んでは、プフが「にゃ!にゃ!(痛い!痛い!)」と言い続けていることが多い。

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11月5日(月)

O川さんのマッサージを受けに高円寺へ。

終わって暗くなった道をちゅびの待っている部屋へ急ぐ。

きょうは暖かくて闇がなまめいていた、と思ったら、うちの建物のすぐ前の、梅雨の頃になるとたくさんのヒキガエルがたむろしている細道に、13cmくらいのヒキガエルが一匹出て来ていた。

きょうのちゅび。

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きょうのチョビとプフ。

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11月4日(日)

きょうのちゅび。

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水道から出る水を手でちょんちょんして遊ぶのが好き。

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へへっ。足が濡れちゃった。
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きょうのチョビとプフ。

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もう、大好き~。
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チョビを優しくなめるプフ。チョビは目が覚めたらプフをかじってばかり。
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2018年11月 3日 (土)

ちゅびとチョビとプフの記録

11月1日(木)

きょうのちゅび(ふとんの中)。

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・・・・

きょう、とてもショックなことがあった。右上腕の筋膜を痛めて硬結ができてから、ずっと週に2回、お世話になっていたもみほぐしのプロ、O川マネージャーがお店を辞めると言う。

O川さんが少しずつ丹念に上腕と肩をもみほぐしてくれたおかげで、硬結の激痛で90度も上げることができなかった右腕がほぼ完全に治癒した。

右手で髪を梳かすことも、お風呂に入りながら右手で水道の蛇口をひねることもできなかった苦しみは忘れがたい。

大きな病院の整形外科も、小さな町の整形クリニックも、痛い時に無理に動かせと言ってきて、結果として悪化しかしなかった。

O川さんがいなくなったら、もう酷い肩凝りをどうしたらいいかわからない。

11月2日(金)

きょうのちゅび。抱いて体重計に乗ったら47.9kg。私だけ乗ったら44.7kgだった。

ちゅび、3.2kg。抱いた感じのしっかりした感覚、もっとあるように感じる。

私はイタリアに行く前と、帰国直後と、今と体重が変わっていなかった。料理できない部屋に来てもう20日が過ぎた。野菜不足なので増えたかと思ったのに。疲れやすいので、もっと筋肉をつけたい。

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腕が同じくらいの太さの人形(ライトスタンド)の腕をちょんちょん。
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ひとりでいる時、さみしげな神秘的な瞳のプフ。右目が湖の色、左はヘーゼル、デヴィッド・ボウイと同じだ。

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チョビのことが大好きなプフ。
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夜中、ふと目が覚めたら、私の横に二匹でくっついて眠っていた。こりゃ、たまらん。魂とろけてダメになりそう。

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21年前、ちゃびとコナがくっついて寝ていたときのことを思い出してしまう。

11月3日(土)

午前中、チョビ、ワクチン2回目接種。

1050g。いつのまにか1kgを超えていた。

真菌の皮膚病、まったくわからないくらい良くなったが、一応、あと2回、残っているトラコナをきっちり飲ませて、とのこと。

「そろそろちゅびと対面させたいんですけど、オス同士なのでちゅびが噛みつきますか?」との質問には「噛みつかないよ。」と言われた。

夕方、プフ、今までの緊張と怯え、躊躇の分を取り戻したいかのように、椅子に座っている私の膝の上で甘えまくり。甘える時、「ニャァァア~ン」という悶え声を出してゴロゴロ言う。

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今までプフの前でチョビだけがこれみよがしに私に甘えて来て、それをプフがじっと見ていることが多かったのだが、プフもやっと慣れたみたい。
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2018年10月31日 (水)

ちゅびとチョビとプフの記録

10月31日

きょうのちゅび。

コウモリか、ネズミか、この生きものはいったい何?と思うシルエットはちゅびがカーテンレールまで飛び移ろうとして失敗して片手で宙ぶらりんになっている図。

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きょうのチョビとプフ。

プフがチョビの弱点、(つい最近までずる剥けで真っ赤で痛々しかった)しっぽばかりを噛むので、チョビは怒る。

チョビはちょっとストレスが溜まって、避難して私に甘えてきたりしていた。

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プフもきのうから私に触られるとゴロゴロ、ウニャア!ウニャア!すぐに慣れて甘えるようになった。

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プフが来てから、激しく走り回り、一日中遊んでいるせいか、急に食欲が出てベビー用ウエットとカリカリをたくさん食べるチョビ。

プフが来る前は異常に離乳が遅く(ウエットやカリカリをあげても食べ物と認識できなかった?)、お湯で溶くタイプの粉末離乳食を一日に4、5スプーンしか食べられなくて心配だったのが嘘のよう。

仲良く、一緒に、健やかにね。

夕方7時過ぎ。チョビが眠っている棚でつかず離れず一緒に眠りながら距離を縮めるプフ。
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寝ぼけてうとうとしているチョビを襲って耳を噛むプフ。チョビのことが好きでたまらないみたい。
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プフの眼の色の神秘。すごいね。この瞳を描きたい。
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2018年10月30日 (火)

ちゅびとチョビとプフの記録 / 素晴らしい夕焼け

10月30日

次に出す本の編集、ゲラの修正。

ちかちかと明滅して暗闇に消えていく命。

一瞬と一瞬の錯綜する重なりあい、淡くて脆くて気まぐれで激しい記憶。自分もそのなかのひとつでしかない。

弱くて儚くて、誰もかえりみない小さなものの命ほど、愛おしく守りたく思う。

誰も興味を持たないが私は美しいと思ったもの、人間の自己愛からの妄想(自分に都合よく粉飾した世界)ではなく、「自分の外に在る」命の姿を見つめていきたい。

そのための本。

・・・・・

きょうのちゅび。

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きょうのチョビとプフ。

きのうはお互い警戒してウー、シャーッと威嚇し合っていたが、一晩寝たら今朝からは距離がぐっと縮まり、興味を持って触れ合い、遊びだした。

きょうは「ウー」と怒っているのはチョビのほうだけ。プフは威嚇していない。

自分よりずっとからだの大きいプフがどこにでもくっついて来て、マネしてくるのでチョビがちょっと警戒して怒っている。

チョビがトイレでうんこしようと紙砂を掘っている時も、プフが一緒にトイレに入ってくるのでチョビは怒っていた(誰にも邪魔されずにひとりで集中したい時間だよね)。

かまって、かまって、とチョビにくっついてくるプフ。

「えいっ!」「ウッ、やられた。」

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「お返しだ!」「ウッ。。」(のけぞるプフ。)
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「それならこうだ!」「ワッ!」
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ツッパリ同士の握手のような光景(逆光)。
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パイルヘアゴムを結んだ紐に夢中でじゃれるプフをじっと物陰で見つめるチョビ。Sdsc02133_2

プフが紐のほうに夢中になっている時にダッと後ろから襲いかかってバシッとパンチをしては、さっと逃げてまた物陰に隠れるチョビ。
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チョビはこの戦法を何度もやっていた。まるで自分よりずっと大きい相手を爽快に打ちのめすツッパリのギャグまんがの主人公のように、狡い頓智を生み出したチョビ(おりこうさん)。

チョビが大好きなペンギン(チョビが生後一週で拾われた時から与えられているお気に入り)のぬいぐるみで遊んでいるのをじ~っと見ているプフ。
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じ~っと見ていたけど、相手にしてくれないなら「ええい!」と襲うプフ。
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なんで邪魔するの~?!も~!。。
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チョビのペンギンのぬいぐるみを奪い取って大事に抱きかかえるプフ。
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結局、チョビに相手にしてもらいたいだけのプフ。
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窓辺の眩しい光の中でうっとり。
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幸せ。
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きょうは素晴らしい夕焼けだった。

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金色、枇杷色、銀鼠から少しずつ薔薇色と紫に変わっていく雲を、ずっと12階の非常階段から見ていた。
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紺色の空に淡い薔薇が散っていた。
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ふわふわと風に浮かんで蒸発していくうたかたの薔薇。

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最後は柿色の地平線に沿って、紫鼠色の雲が長く伸びる。納戸色の空。
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