ねこ

2024年4月17日 (水)

レットヴィモ休薬

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プフとチョッピー

4月16日(火)

レットヴィモ320mg30日目。

朝起きた時、ひどいむくみと隈で疲れた顔。眼もはっきり開かなくてどんより。

眼の奥とこめかみと後頭部が圧迫されて痛い。全身疲労でとにかく苦しい。

国立がん研究センター中央病院で血液と尿検査。

頭頸・食道内科のH先生に「どうですか?体調は・・」と聞かれ、

「とにかく頭重と疲労で朦朧として苦しいです。頭が働かなくてぼけてるし、だるくて動けないです」

私の酷い顔と検査結果を見たH先生は優しかった。

肝臓の数値が上がっていると。「脳の浮腫が強いんですね」とも。

それで10日間休薬することになった。

 肝臓の数値

     2024/4/2 → 2024/4/16
ALP(IFCC) 139 → 167(基準値38~113)
GOT(AST)   29 → 54(基準値13~30)
GPT(ALT)    43 → 73(基準値7 ~23)

「10日も休んで腫瘍がまた大きくなることは・・?」

「それはだいじょうぶ。とにかくゆっくり休んでください。」

やっと休める!

苦しかったが自己判断で断薬するのが憚られて我慢していたので、すごくほっとした。

束の間の休薬期間だが有意義に時間を使いたい。

18時にWさんにマッサージしていただき、「うわ~!すごく頭と顔が固い~!」と驚かれた。

脳浮腫で頭に強いストレスがかかっているらしい。

額など異常にがちがちで、もまれると「痛い!痛い!」と叫んでしまう。

ずっと頭の筋膜が痛いので、自分でもしょっちゅう、こめかみや後頭部をもんでいるのだけど。

 

 

 

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2024年3月 4日 (月)

ストレスと散歩

3月2日(土)10℃

画材店へ。

強い北風のホームで電車を待つだけで凍えてしまい、今、熱を出したらまずいと思い、駅に着いてからすぐに使い捨てカイロを買った。

新宿で昼食をとってからマッサージ店へ。

治療中、私のすぐ隣のベッドに入って来た女性がいきなり大声で話し始め、

「最初に首が酷く痛くなったのは20代の出産後で~私は首が長いんですって!ロングストレートネックなんですって!それから○○のマッサージに行ったんですよ。そしたらマッサージでなおるみたいで~、でもその先生が病気になっちゃったんですよ~、それから○○に行って~。その○○は~だったんですけど~そこが××で~!それから耳鳴りで耳鼻科にに行ったんですけど~酷いことを言われたんですよ!!耳鳴りを中和する音の出る補聴器をつけろって。そんなの老人がつけるようなやつで~!ねえ酷いと思いません?酷いですよね!!」

カーテン一枚隔てただけで、すぐ私の耳の横からうるさい声ががんがん響いてきて、ストレスで頭痛と吐き気がしてきた。話が長くて止まらない。しつこく同意を求める。

私にはこういうおしゃべりの騒音が一番ストレス。

5、6分我慢してから耐えられなくて両耳を塞いだら、担当の人に「頭が痛いんですか?」と聞かれ、

「そうじゃなくて、声が辛い・・」と言ったら

「そうですよね」と奥のベッドに変更してくれた。

私は自己顕示の強すぎるおしゃべりの人が本当に苦手。

個展の時に声が大きくて私となんの関係もないおしゃべりをする人が来ると、ストレスで倒れそうになる。

3月3日(日)14℃

撮影した画像にゴミが映るので、センサークリーニングをしてもらいに中野のカメラ屋へ。

前回、センサークリーニングをしてもらってから半年も経っていないし、レンズ交換もしていないのになぜセンサーにゴミが付くのか質問したら、

ズームする時に鏡筒の中のゴミが落ちているのではないかと言われた。

クリーニングが出来上がるまでブロードウエイで天ぷらを食べ、古くてレアな漫画の本を探し、

カメラを引き取ってから散歩。

趣のあった古い団地(水仙の群れがあった)が潰されたあとに建った巨大ビルの中を通り(テナントは空きが多かった)、

木造の小さなバブテスト教会の横の緩やかな階段坂が無事なのを確認し、

不思議なスペイン風の家の前を通り、SLのある公園の脇を上り、

明治時代の洋館(旧中村家)を囲む煤けた大谷石の塀をつたい、くねった坂を下る。

紅葉山の向かいの旧中野第9中学校は瓦礫になりつつあった。

私の好きな散歩道はどんどん破壊されていく。

帰りは少し寒かったが桃園川緑道を通って高円寺まで歩いた。

沈丁花が満開。

田中稲荷という小さな神社で、チョッピ―によく似たかわいいおキツネ様と出会った。
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桃園川緑道沿いの古いアパート。
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アパートの横にいた猫たち。片方の子は桜耳だった。
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昔はかわいい野良猫を見つけたら喜んだりしたけれど、野良猫は1、2年しか生きられないと知ってからは

外に暮らしている猫を見つけるだけで保護しなければ死んでしまう、という心配でストレスになる。

すぐ向かいに保護猫活動をしている家があったのでほっとした。

 

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2023年12月21日 (木)

Sさん宅の猫、下北沢 / 上村忠男さん

12月21日(木)

上村忠男さんからメールをいただく。

『みすず』2023年読書アンケートへの回答文(冊子は2024年2月に刊行)に、鵜飼さんの最近書『いくつもの砂漠、いくつもの夜――災厄の時代の喪と批評』(みすず書房、二〇二三年)に収録されている私の本について書かれた文章について言及してくださったとのこと。

12月20日(水)

Sさん(うちの3匹を最初に保護してくれたかた)宅のタビちゃんに会いに行く。

タビちゃんの絵を描く約束をしたので、写真だけではなく実際に会いたかった。

タビちゃんはSさんが保護団体から譲り受けた猫で、メインクーンだが後ろ左足先端が欠損の(ブリーダーが売ることができなくなって保護団体に行った)子。

タビちゃんはメインクーンにしては大きくない。うちのちゅびおよりも軽い。

もう一匹、一時預かりだがもう1年半もいるというシマちゃんと仲良くしていた。

二匹を見るとうちの子たちとは大違い。同じく保護猫だが大人しい。おやつをねだったりもしないそう。

うちの子たちがいかに毎日ドタバタ大騒ぎしているかを痛感。

帰りに下北沢まで歩いた。

駅の南側、茶沢通りに出る。昔は露崎商店やら何軒ものアンティーク屋が連なっていたあたりを歩くとものすごい淋しさに襲われる。

駅の東側、ロックンロールバー・トラブルピーチ。そしてカラオケチイと本多スタジオのあるビル、ここだけぽつっと残っている。Sdsc07040_20231221223501

下北沢全体があまりに酷い破壊のされ方で、昔の記憶をたどって歩くのが難しい。方向感覚がおかしくなる。

ピーコックの入っている下北沢駅前共同ビルでトイレを借りる。4階にはいろんな劇団が入っていた。

北口にあった駅前食品市場(闇市の名残)が無い。

駅ビルにあったアンティークLIMONE、古いトランクが並んでいたお店は南口に移転したらしい。

北沢2丁目の北沢ビル。このビルはまだ存在している。
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3階まで外の階段を上がってみた。隣の建物も古い。

 

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2023年8月 5日 (土)

分離不安で逆にいい子になる猫たち

北海道から帰宅し、部屋のドアを開けた時、いつも私の座っていた位置に寝ていたちゅびは、私の顔を見るなり驚いたように「うにゃ~お、うにゃ~お」と叫んだ。

プフはそのあと、棚の一番上の私の手の届かないところに上って、私に向けて「うにゃ~?うにゃ~?」と捕まえに来て、と言うように何度も鳴いた。

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ちゅびは私のお膝にべったりでゴロゴロ。
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ちゅびがいなくなったらすぐにチョッピー(まだらさま)が私の膝の上に来てゴロゴロ。
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プフは朝方、気づくと私の頬に頭をつけて眠っていた。そのあと私の胸で長くゴロゴロ踏み踏みし、胸の上で眠る。

私が北海道に行っているあいだ、うちの3匹の猫たちはどうしていたかと聞くと・・

面倒を見てくれたYさんによると、なんと急にいい子になって大人しくしていた、と(・・!?)。

普段なら、カリカリをあげてもちゅーるなどおやつを欲しがってうにゃ~うにゃ~うるさくしていたプフとちゅびおが、

ひとことも文句を言わず、素直にカリカリだけを食べていたという信じられない報告。

そして毎日、お風呂場前の洗濯機の上に行っては「うにゅる~うにゅる~」と大きな声で壁に向かって鳴いていたちゅびが、

まったく変な鳴き声を出さず、大人しくしていたという。

つまり、私をわざわざ呼んで抱き上げてもらうために叫んでいた?

飼い主がいなくなると、普段はいい子たちが分離不安で異常行動になり、大きな声を出したり食べなくなったりする、とよく書いてあるのに、

うちの子たちはひどいわがままで甘ったれなのが、私がいなくなったら急にしっかりしていい子になった。

私はなるべく家を留守にしていた方がいいみたい。

・・

先代のちゃび(女の子)も、よちよち歩きの赤ちゃんの時に保護して、狭い部屋の中でずっと私とふたりきりだったせいで、たいへんな甘えん坊に育ち・・しょっちゅうパイルヘアゴムを咥えてきては私にキャッチヘアゴム遊びを要求し・・

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私が絵に集中しだすと高いところから私の肩を飛び蹴りしてたいへんだったのだ。

一瞬、頬や顎下まで電気が走り、何が起こったのかわからなく、そのあと痛くて痛くて、肩から背中が血まみれになり・・

マッサージに行くと必ず「どうしたんですか?首から肩が傷だらけですけど」と聞かれていた。

そういう経験を踏まえ、私にべったり依存し過ぎないように、無理してでも3匹一緒に飼うことにしたのだ。

 

 

 

 

 

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2023年5月28日 (日)

宇野亞喜良「蕉風展」、『オールド・ポッサムの抜け目なき猫たちの詩集』

5月21日(日)

Galerie LIBRAIRIE 6(シス書店)宇野亞喜良「蕉風展」へ。

『オールド・ポッサムの抜け目なき猫たちの詩集』(T.S.エリオット・詩、宇野亞喜良・画、佐藤亨・訳)を出版した球形工房さんと一緒に。

宇野亞喜良さんは私が小学生の頃から最高に憧れの絵描きさん。

私が生まれた新宿の、その頃のアングラで反体制でかっこいいイメージと宇野亞喜良さんの毒があって挑発的なイラストのイメージが重なる。

そして少女の頃に夢中で読んだ寺山修司とのコラボの新書館の詩集、どうしても、私は死ぬまであの頃の宇野亞喜良さんが見せてくれた気だるくて妖しい夢から抜け出せない。

宇野亞喜良さんと奥様の美恵子さんが到着し、訳者の佐藤亨さんと一緒に『オールド・ポッサムの抜け目なき猫たちの詩集』にサインしていただく。

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サインしてくだっさている間、左手で、本を90度傾けて宇野亞喜良さんが描く線に、その時間にすべてを見逃さないように眼を集中していた。
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ぞくぞくとお客さんが増えて、三枝子さんが「サイン会になってしまう」とおそれる。

宇野亞喜良さんと三枝子さんの沢渡朔さんが撮ったヒッピーぽい写真、最高に素敵で、大きなポスターにしたいくらい、と私が言うと、三枝子さんは「黒歴史よ~。でもあの頃があったから今が落ち着いていられるんだと思うわ~。」と。

三枝子さんは芸能界が合わなくて早くやめたかったそうだ。そして昔の原宿や表参道がどんなに素敵だったかのお話。

宇野亞喜良さんの絵はますます生気を帯び、華やかで、少女は愛らしく。

宇野亞喜良さんは正直で才能に溢れ、恐ろしく話が面白い。

劇団四季のミュージカル「ライオンキング」で、元の舞台では黒人が頭に草をつけて出てくる場面を、日本人が黒く塗らないでやったから面白くない、とか、「これ、文字読める?」とある本を開いて見せてくれて、ブックデザインがまずいことをはっきり指摘したり。

そういう芸術家そのものの宇野亞喜良さんのお話を聞いていると、私の心(頭)は嬉しくてたまらなく高揚する。

画家や文筆家でも、その道の「専門家」であって「芸術家」ではない人が多い。

この詩集はミュージカルCATSの原作になったものだが、宇野亞喜良さんはミュージカルとは違う、元の詩に寄せて、さらに元の詩からも少し違う宇野亞喜良独特のイメージを膨らませて自由に絵を描いておられる。
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佐藤亨さんは日本エリオット協会の会長で、原作を生かした意欲的な新訳。

 

 

 

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2023年1月 8日 (日)

智積院の明宝展・うちの猫3匹の生まれ故郷・宇野亞喜良万華鏡展

1月5日

六本木サントリー美術館「京都・智積院の明宝展」へ。

1時頃に六本木に着き、裏通りの隠れ家っぽいクッチーナ・アリアでウニとイクラのパスタを食べる。少し塩分が強かったけれど素敵な雰囲気のお店。夜はすごくお高そう。

福山家の墓が東京タワーの丘の中のお寺にあり、祖母の友人の家が六本木狸穴(まみあな)付近にあったので、子供の頃、六本木はよく連れられて来ていた。六本木にも草木が生い茂る庭と木造の古い家屋があった頃の思い出。

ミッドタウンの中のサントリー美術館へ。

智積院の「国宝桜図」(長谷川等伯の子・久蔵作と言われている)は昔から一度、本物を見てみたいと思っていた。(この写真は入り口にある撮影スポットの大きな印刷物を撮影したもの)
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八重桜の胡粉の盛り上がりがどうなっているのか、また、後ろの可憐な柳の葉の実物をこの目でよく見てみたかった。実際に見て、花の盛り上げ胡粉の黒灰色の立体感の心地よさ、柳の葉のヴァリエはいろいろあり、点々(粒粒)で描いている葉があることに気づいて感動。

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私はどうしても剥落や古色や欠損に美しさを感じる(けばけばしすぎるものが嫌い)ので、かすれた質の中にかつて描かれていたものの痕跡を間近で見つけることができて興奮した。

八重桜の樹の下には著莪(シャガ)や菫、蒲公英、山吹が描かれてあり、この時代(1500年代後半)にはもう入ってきていたのだなあと感慨深い。樹下の植物部分をよく見るためにしゃがんでガラスに顔をぎりぎりまで近づけてずっと見ていた。

展示室2では堂本印象の絵がけばけばしくて気持ち悪かった。堂本印象は好きな絵もあるけれど、この絵は大嫌いで見たくなかった。

ほかの真言密教関係の意匠は、その装飾性などいろいろ面白かった。花輪和一が真言密教に惹かれる感覚がわかる。モンテルキで実際に見ることができたピエロ・デルラ・フランチェスカの「出産の聖母」を彷彿とさせる左右対称の絵もあった。

・・

六本木駅近く(ミッドタウンからすぐ)の、うちの猫3匹の生まれた庭を久しぶりに訪れてみた。大きな修道院の庭。
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この修道院と道路隔てて向かい側の大きな社宅の駐車場の隅に生まれて10日から2週間ほどのちゅびが落ちていて、社宅に住むSさんが拾ってくれた。道路を渡り、社宅の中庭を横切って駐車場までけっこうな距離があるのに、まだ眼もあいていなくてよちよちの赤ん坊がそんなところに落ちていたことが不思議だ。

母猫がくわえてうろうろしていたとしか考えられないのだが、本当によく車に轢かれずに、衰弱死せずにタイミングよく拾ってもらえたなあ・・・と(涙)。拾ってくれたSさんに本当に感謝。

6月にちゅびが落ちていて、9月にはさらに社宅の中庭にチョッピーが落ちていた。10月の雨の中、さらに中庭でプフが保護された(プフはよちよちではなく、生後ひと月くらいだった)。3匹ともSさんが保護してくれて、Sさんの知人の知人である私がもらい受けた。

修道院では野良猫の避妊の意識がなくて、ものすごく増えてしまっていたが、Sさんが保護団体に連絡してくれて多数の野良猫が保護された。

12月27日(火)

ギンザ・グラフィック・ギャラリー「宇野亞喜良万華鏡展」へ。

<https://www.dnpfcp.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=1&t=1&seq=00000813p> 

宇野亞喜良さんは、私が小学生の頃から激しく憧れたイラストレーター。

「今年3月、めでたく米寿(88歳)を迎えた宇野亞喜良。イ>グラフィックデザイナーとして1950年代から半世紀以上にわたり、“黄金の左腕”を武器に、常に時代の第一線で活躍してきた。特に1960年代-70年代は、寺山修司演出の天井桟敷公演をはじめ、アングラ系の劇団を中心としたサブカルチャーと深く結びつき、狂気や毒気、エロティシズム、情念を孕んだポスターやイラストレーション表現で一世を風靡。街に貼られた宇野のポスターが次々と剥がされたり、ポスターが先行して芝居の中身にまで影響を与えるようなことも実際に起こっている。」(矢萩喜從郎)

 ギンザ・グラフィック・ギャラリーとはDNP(大日本印刷)のギャラリーであり、この展覧会は宇野亞喜良さんの絵を最先端の印刷技術を駆使してポスターにしたものの展示がメインで本当に驚異的な様々の印刷技術を目にすることができた。

地下階では、子供の頃にそのわけのわからない妖しさにくぎ付けになった宇野亞喜良さんの古いポスターたちを見られて感激。

寺山修司の演劇や越路吹雪のコンサートのポスター、驚いたのは大きな顔だけのイラストの車のポスターと花束と少女のイラストの銀行のポスター。ここまで宣伝目的と無関係の絵が昔は許されたことに感動。

2階では宇野亞喜良さんの60年代制作のアニメーション(イラストに詩と音楽を組み合わせたもの)を見た。映像技巧的には感覚的にショックを与えるようなものではなく素朴で、イラスト自体は今も古びずに色気たっぷりでアンニュイで刺激的で、すごく心地よくてずっと見ていたくなるようなアニメ。

宇野亞喜良さんは何度かお目にかかってお話を伺ったことがあるが、感覚の若さ、頭の回転の速さ、記憶力のすごさ、柔軟性、すべてが驚異的でとても魅力的なかた。

おそらく私が抱く芸術家のイメージそのもののかたのひとり。

私が画家になりたいと幼い頃に願ったきっかけに、宇野亞喜良さんの自由奔放なイメージと当時の新宿のイメージがあることは間違いない。

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2022年12月31日 (土)

2022年の個人的なことの振り返り 

12月31日(土)

今年(2022年)の自分を振り返ってみる。

秋に10年ぶりの個展をした。

その前に4月に近所(高円寺)のポルトリブレのグループ展に3点出品。

6月に神楽坂カモメブックスでミニ個展。

今まで10年も個展ができなかったのは親と愛猫(ちゃび)の介護と看取りもろもろで気持ちをそれ以上鼓舞できなかったこと、悲観的傾向と対人恐怖があることが大きいが、今年は画集を出したばかりということもあって自分なりにがんばった。

緊張したが、やってみるとありがたい出会いがあり、感激があった。

私が知らないところで私の文章を読んでくださっている人がいること、

お会いしたこともない人が絵を買ってくださったことに心から感激しました。

・・・

10月、友人の天才絵師、花輪和一に久しぶりに会えた。

北海道から帰宅したらちょうど文芸誌から原稿依頼が来ていたので、花輪和一へのオマージュを書けてよかった。

・・・

秋、昔からやりたかった「かな書道」(月に1回)を習い始めた。まだ3回しか行けていないけれど。

生まれて初めて書いたかな書道。「前に連綿をやったことがあるの?」と聞かれたが、この時が初めてだ。
「きみがため 惜しからざりし 命さへ ながくもがなと思ひけるかな」
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12月27日、今年の書道最終日。通い出して3回目に書いたもの。連綿と墨の濃淡(基本として1、3、5行目を濃く、2、4、6行目を薄くと言われたのでその通りににした)を思いのほか「やれって言われてもすぐにはできないものなのよ。」とほめていただいた。
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書道はデッサン(絵)と同じ感覚でかいている。先生の書き方を見たら、絵としてのポイント(筆勢と画面の空間のとりかたなど)が把握でき、そこにある「もの」として手本を見て美しさを感じたとおりに描けばいいのでとても楽しい。

小学生の2年から6年まで書道教室に通っていて、当時、中学生の先輩がやっていた草書に憧れたが、先生が引っ越してしまって終わり。

5、6年前、高円寺で少しだけ書道に通ったが、かなをやりたかったのに、その先生は漢字4文字の故事成語のみで、垂直と水平の線の変化の無さに面白みや美しさを感じず疲れてやめてしまった。

今の「かな書道」の先生は、手本通りにできたことを認めてくれて、さらに個人の感覚で自由に変化をつけるやりかたを教えてくれる。とても柔和で魅力的な先生なので楽しい。

・・・

秋、やはり小学生のころからやってみたかった卓球を始めた。

12月26日が今年の卓球最終日。私と練習していた私より年長で私と同じくらい下手なIさん(男性)が先生に向かって「(私と練習しているとラリーが続かないので)強打してください!」とおねだりをして「すごく楽しい!これぞ卓球をやったって感じがする!」と言っていたのを横目で見ていて、ずっと我慢していたが思わず私も大きな声で「先生!私にも強打してください!」とお願いした。

うまい人にばんばん強打してもらって受けるのは楽しい。サーブや返球がちゃんとできないIさんと練習したら続かないので、私も楽しくないのはお互い様なのだ。

来年は思い切り打ち込めるようになりたい。

・・・

今年、長男のちゅびが、私の布団の上でフミフミゴロゴロできるようになった。4歳になってからやっと初めてのフミフミ。

ちゅびは生後1、2週間で地べたに落ちていたので母猫のおっぱいをほとんど吸ったことがないからフミフミできないのかな、と思っていたので嬉しい。

ちゅび、チョッピー、プフ、3匹とも歳を重ねるほどに甘えん坊になってきている。

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2022年11月 4日 (金)

野葡萄を描くのを邪魔するプフ / がんの定期検診

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北海道から持ち帰ったノブドウを私が描こうとするのを徹底して邪魔する(蔓をかじる)プフ。

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11月4日(金)

癌の定期検診で鎌ケ谷の病院へ。

1時から血液検査とレントゲン。血液検査の解析に1時間かかる。

きょうは待ち時間がなく、2時から診療してもらえた。

血液検査の値は安定(前回より増悪はなし)。肺への転移のレントゲン像は、前回と少し身体の角度が違うので比較しにくいがほぼ変わらず、と言われた。

レントゲンでははっきりしない粟粒転移の状態を把握するためにいつかCTを撮りましょうと言われる。

現在のレントゲンは昔(私が甲状腺がんと診断された頃)よりは遥かに被爆量が少ない。昔のレントゲン1枚は今のレントゲンを20年くらい撮り続けるのに相当する被爆量と説明された。

そしてCTは今のレントゲンの200枚分くらい、と言われ、私自身はあまり撮る気になれなくて「あの・・CTを撮って状態がはっきりわかったとしても、特に何もできないんですよね。」と聞いてみる。

浅井先生が言うには「いや、前にも言いましたが抗がん剤とか、手術とか・・手術は相当難しいけど呼吸器内科の先生とよく相談して・・そういう選択肢は増える。」と。

私は呼吸が苦しくなって日常生活が辛くなるまでは、何もする気がない。

「でも手術が失敗したら死ぬんですよね?」

「手術のあとが破れたりするとそうなりますね。」

やっぱり何もする気になれない。肺が苦しくないのにCTを撮るのも嫌。

最近ニュースになったPD-1阻害薬も、甲状腺がんに関しては抗がん剤と併用して副作用が強まることがないかどうかはまだ研究途中とのこと。

何度も聞いているが、甲状腺がんの抗がん剤の副作用は血管が詰まったり切れたりすること。

甲状腺がんの抗がん剤はできて年月が浅いが、副作用を少なくする改良の研究は継続して行われているそうなので、私は自覚症状が深刻になるまで待って、その時に抗がん剤をやるか決めたい。

最近はQOLを重視して治療を選ぶ(または受けない)人も多いと。

雑談になるが、直腸がん、大腸がん、胃がんの治療結果はアメリカよりも日本の方がはるかと良いと言われた。アメリカは性的機能が失われることを嫌って直腸がんのリンパ郭清をしないとか。

最近は(生命だけを重視した昔とは違い、)生きる上で何を重視するかにより、本人が治療を選ぶようになっているそうだ。

忌野清志郎さんも浅井先生が診た、と今になって聞く。キヨシローが喉頭がんと聞いた時、おそらく浅井先生が診ただろうと思った(浅井先生は喉、首のがんの名医として知られているから)が、亡くなったことがあまりにショックでずっと聞けなかった。

「とても特徴的な声だったでしょう?彼は何よりも自分の声を大切にし、それに殉じたんですね。」と浅井先生は言った。

 

 

 

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2022年9月12日 (月)

吉祥寺リテイル個展 9月26日(月)~10月2日(日)

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9月26日から個展をします。よろしくお願いいたします。

吉祥寺 gallery re:tail(ギャラリー・リテイル)  福山知佐子個展「花裂ける、廃絵逆めぐり」 

9月26日(月)  15:00~20:00(初日15時から20時まで)
9月27日(火) ~ 10月1日(土) 12:00~19:00
10月2日(日) 12:00~17:00(最終日17時まで)

8月31日(水)

腰痛が酷くなったので、個展会場の椅子とカウンターの寸法を確認しに吉祥寺ギャラリー・リテイルへ。

結果、カウンター内に置く自分が在廊するための椅子を買って持ち込む予定。

リテイルで開催中の「小さな本屋」展を見る。なんとも不思議な展示。

十数枚のイラストのプリントが展示されているが、それは全部、本の文章を読んでAIがイメージして描いたイラストだという。

ひとつひとつの絵の下にバーコードが貼ってあり、それをピッとやるとスマホに本の題名とあらすじが表示される。私はスマホを持っていないので、受付の人がかわりにスマホでやって見せてくれた。

しかもこの「本屋」の展示をしているのはバーチャルなアニメのようなキャラだという設定。奥に設置してあるPCで、そのキャラと会話することができる。

しかし私はバーチャルキャラと話すのは恥ずかしくて苦手だ。こちらだけが生身をさらして、隠れている人に見られている気がして不公平な気がする。

展示してあったイラストは、たいへん今風のちょっと暗黒な雰囲気の凝ったイラストで、そこらへんの手描きのイラストよりずっとうまい。なんとも複雑な気持ちになる。

リテイルはとても雰囲気のある古い蔦の絡まったアパートメントの1階です。

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吉祥寺の西改札からアトレの中を通って西方面に出、ユニクロの左脇の中道通をまっすぐ進み、

緑色のKINOKUNIYAの看板が見える西公園(下の写真)を左に、
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おしゃれでかわいい「はらドーナッツ」の白い建物を右に見て、

「NAKAMICHI」と書いてあるゲートをくぐると左側に見えます。

すぐ近くのお店、私の大好きな「蟹の得意な洋麺屋PASTA」の蟹と海老のサラダ(800円)。
私の大好物の蟹と海老が専門で(肉類がないのがありがたい!)、しかもお安いこのお店は私にとって奇跡。
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2022年8月27日 (土)

E藤さんと会える、胃腸が治ってきた

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ヤマユリ(部分、銀箔、岩絵の具、膠)

2022年9月26日(月) ~ 10月2日(日)
吉祥寺の gallery re:tail で個展をします。
  
9月26日(月)  15:00~20:00(初日15時から20時まで)
9月27日(火) ~ 10月1日(土) 12:00~19:00
10月2日(日) 12:00~17:00(最終日17時まで)

よろしくお願いいたします。

8月20日

私の高円寺のお母さんのような存在のE藤さん(西新宿に住んでいた頃の母の友人で、そこから高円寺に引っ越して娘さん夫婦と同居)に久しぶりにお会いできて嬉しかった。

コロナ禍の状況が悪くなってからはずっとお会いしていなかった。

知人からいただいたお菓子を持って(私は甘いものを食べないのでもらっていただいた)自転車で伺う。家の前で少しおしゃべり。7月末にコロナに罹ってしまったことなどのご報告。

E藤さんはいつも明るく何があっても落ち着いていて、他人に親切で活動的だ。悲惨な戦争体験を持っておられることなども関係しているかもしれない。

E藤さんのご主人はずいぶん前に突然死された。朝、目が覚めたら亡くなっていたという。その時のことをE藤さんは「とにかくびっくりした」と言った。

私の母の亡くなる少し前、母が亡くなることが怖くて悲しくてものすごく思いつめていた私に、「(そういう時は)流れにまかせる」と言ってくれたのはE藤さん。どうにもならないことを必死で思いつめないこと。

E藤さんの同居していた娘さんは肝硬変で40代で亡くなり、私も葬儀に参列した。娘さんは長く闘病していたので、「心の準備はあった」とE藤さんは言った。

そして昨年末、同居していた娘さんのお婿さんが頭の血管が切れて倒れてしまい、90代のE藤さんが娘婿さんを介護することになった。このことを電話で聞いた時、私はものすごくショックを受けたのだが、E藤さんは「だいじょうぶよ。介護には慣れてるから。」と。

いろいろな手続きをしたり、病院やリハビリに付き添ったり。

すごく心配していたのだが久しぶりにお会いできたE藤さんはお元気で、まったく認知も衰えていず、「個展のはがきを持ってきたのかと思った。個展、ぜひ行くから知らせてね。」と。(涙)

「でもお忙しいでしょう?」と言う私に、「気晴らしも必要よ!ぜひ行くわ!」と。

本当にE藤さんはすごい。それからすぐに絵手紙のはがきを送ってくださった。

強いアザミの絵に「コロナも近づけぬ防衛力 この夏の心がまへはあざみです」という言葉。表書きには「先日はおいしいお菓子を有難とう御座居ました。アット云ふ間に頂きました。いつもすみません。病気したと聞き、驚きました。充分養生して体力を持ち治してください。少々痩せていらしたので心配です。作品展是非知らせて下さいね。お大切にね。」ときれいでしっかりした文字。

E藤さんが元気でいてくださることで、どんなに私が支えられているかしれない。

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コロナ後遺症の胃腸の方はだいぶ良くなり、ほぼコロナ前の食欲に戻ったが、相変わらず固くないスープのようなものが食べやすい。

保護猫活動を続けておられる「猫スペースきぶん屋」さんを応援したくて、ベジニャンカレーを購入した。

https://kenkoshukan.stores.jp/items/6267b61c84ec6e29c7f8b8db

https://twitter.com/nekocafekibunya

猫スペースきぶん屋さんを知ったのは「癌と闘わずに」「猫と癌と諸々と。。」のmikaさんのブログからだ。

ベジニャンカレーは、私の好みでは断然、日陰茶屋チャヤマクロビのヴィーガンカレー(520円)よりもおいしい。チャヤのはカボチャがごろごろ入っているのが甘くて苦しかった。ベジニャンカレーはカボチャは入ってなくて赤ピーマンが入っている。

しかもベジニャンカレーは350円でお値打ち。殺される動物が少しでも減りますように。

玉ねぎを炒め、ベジニャンカレーを入れ、さらに私は、カレーパウダー、昆布出汁、ニンニクすりおろし、牛乳を加え、卵を落とし、ふにゃふにゃのマンナンご飯にかけて毎日夕方に食べる。

それといただいたひとつ1500円もする清水白桃を一日にひとつずつと、シャインマスカットを数粒ずつ食べている。

 

 

 

 

 

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