身体

2026年1月26日 (月)

早稲田での発表 / ちゅびのリンパ腫が悪性だった

22日にちゅびの細胞診の結果が出て、「LGLリンパ腫」、リンパ腫の中でもたちが悪いものと知って、頭が殴られたようになり、文字通り倒れていた。

手術後、抗がん剤をやってもあまり延命できないかも、という記事を読み(それもちゃんとは頭に入って来ない)、精神疲労マックスになり、朦朧とした。

早稲田での発表のための準備に根を詰め、ずっと過緊張で頭痛や動悸、そこにちゅびのことで、まともに言葉が出てこない感じ。

毎日のちゅびの通院には行っている。

手術後、一度も自主的に食べてくれなくなってしまい、毎回、抗生物質の注射(抗生物質の薬を抵抗して飲ませられないため)と輸液と強制給餌をしてもらっている。

後ろ脚の神経が麻痺して引きずっているが、強制給餌の時には4本の脚で先生を思い切り蹴ってくるので、私が前脚を押さえている。

頭はよく動くし、表情はしっかりしていて、私の呼びかけにも応える。

私は悲しすぎて心臓も胃も頭も全身の筋肉も痛い。

ちゅびがかわいくてたまらない。

1月22日(木)

早稲田大学 谷昌親先生の授業で発表。

塚原史先生も聞きに来てくださった。

「画家の身体」 

〇絵はなんのためにあるのか 画家の身体とは
画家の身体は普通の人が見ていない、あるいは見えないものを見ているということ

〇自我、主観、主体、あるいはそれらの主権、理性、さらに客体化された論理、習慣、常識、そこで繰り返され循環するステレオタイプ、ありふれたもの・・・、そうしたものから逸脱は可能か

〇デッサンは自分の外にあるものを見て、自分が受容体になることで、主客未分の状態になる
「証言」

〇言語でないもの、人間の外にある生命、文化の外にあるもの、遺棄されたものへ寄り添う

〇絵であるものと絵でないもの 絵は自分の外にあるものとの関係性 
具象という意味ではない

〇絵が「現代美術」としてあるためには、「問いかけ」が必要

〇若林奮 「人間に興味を持たない」、作品の「相手は」「犬であるかも知れない」、「自分の現在と最初期との接近を考え、その間にある歴史を不要としたい」

〇革命

〇アルトー ブルトンへの批判、シュルレアリスム、画家の身体

〇視覚芸術と無意識について

〇人は「現実」=「むき出しのままの表層」こそを見ていない、ということ

〇シュルレアリスムの目指した可能性を現代に生きるには

〇「現代美術」と「現代アート」(仮)

〇デリダの残したもの 動物、共苦、人間中心主義への批判 懐疑不可能なものに先行する 

ジャック・デリダ『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』(ちくま学芸文庫 鵜飼哲訳)

・・・・

結局、誰にも理解されない問題を発表したのだと思う。

でも、自分にしか発表できないことを発表したのだからよしとする。

死ぬ前に一番言っておきたかったことを、まあまあ言えた。

Z世代の学生さんが助けてくれて動画撮影はできたのだが、それを私が短く編集してYOUTUBEにアップするには、そうとう時間がかかるだろう。

20年前、私は早稲田大学のけっこう大きい教室で発表をさせていただき、そのあと谷昌親先生の授業でも発表したのだが、

その当時、吉田文憲さんが早稲田で教えていて、吉田さんが塚原史先生や谷昌親先生につないでくださったのだ。

この「画家の身体」という発表も、吉田文憲さんが聞いたら、なにを言っているのかわかってくれたかもしれない。

20年前、私は吉田さんに常に「画家の身体」の話をしていて、それはアルトー的な「宿痾」だと言われていたから。

・・・・・

アルトーの「アンドレ・ブルトンへの手紙」(1947)鈴木創士訳

「私は秘密の世界や、世界に隠された何かがあるなどとは信じない。見かけの現実的なものの下に、観念、知覚、実在性、あるいは真理の、埋もれた、あるいは抑圧された初段階があるとは信じない。
すべてはそしてとりわけ本質的なものは、むき出しのまま表層にあったのだし、それが垂直に、そして奥底に沈みこんだのは、人間たちがあくまでそう主張するすべを知らず、そう望まなかったからだと私は思っている。」

「秘法伝授を誕生させたのは現実的なものへの恐怖である。(…)もしシュルレアリスム(超現実主義)が現実的なものでないなら、いったいそれが何になるのか? 
だが、そうであっても、もうたくさんだ。いかなる外観のもとにあろうと私はもう芸術には我慢がならない。芸術、すなわちひとつの打撃、糞、殺戮、戦闘、決定的な一掃でないものは。」

・・・・・・

福山知佐子「応鳴、息の犇めき──ジャック・デリダの動物論に寄せて」『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』(ちくま学芸文庫)あとがきエッセイより

〈先決的、かつ決定的な問いは、動物が、苦しむことができるかであるだろう〉という言葉をめぐって、語れる能力を持っていることを示すことではなくて、動物たちの苦しみをどれだけ〈共に〉苦しむことが〈できる〉のか、どうしたらその苦しみを〈限界の周りで、限界によって〉〈養い〉、〈生成し、育成し、複雑にできる〉のかということだろう。
 
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打ち上げのサイゼリヤにて塚原史先生と谷昌親先生と
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2026年1月19日 (月)

ちゅびのリンパ腫の手術、成功

1月18日(日)

ちゅびのリンパ腫の手術、一応成功。
一応というのは、小腸を塞いでいた一番大きな腫瘍だけ摘出できたということ。

腫瘍がほかの臓器と絡んでいるがゆえに摘出できず、小腸のバイパス手術、みたいな恐ろしいことにならなくてよかった。
小さい腫瘍はいろいろあったみたい。詳しく聞いてないが。
それは抗がん剤に頼るということになるのだろう。

あとよかったのは、首に栄養を入れる管を入れられていなかったこと。
「内臓の色がきれいだったからだいじょうぶそう」みたいなことを言われた。

それと、押し入れの奥で発見された時から今現在までの中では一番元気そうだったこと。
麻酔のせいか低いどら声になっていたけど、頭を大きく動かしてすごく声が出て、キャリーの中で少し暴れていた。
もっとぐったりしているのかと思ったので、それには感動した。

明日まで絶食、明後日から食べさせてよい。栄養ちゅーるでもなめてくれればいいが。

飲ませなければいけない抗生物質の錠剤を2種類出された。

ちゅびが押し入れの奥の奥で発見されて病院に連れて行ったのが14日、

そこでリンパ腫のがんと言われてから、今日の手術までにかかったお金、ゆうに50万円近く。

(手術はしかたないが、CTの料金が高すぎると思う。全身麻酔CTと細胞診で16万以上かかった。)

私の飲んでいる癌の分子標的薬レットヴィモは1錠保険で8000円近くし、私はそれを毎日6錠飲んでいるので、ざっと月に140万円くらいかかっている計算になるが、高額医療の限度額制度を受けている。

ちゅびの医療費は私の年間にかかっている医療費をたった4日で超えてしまった。

最初はあまりのショックで、奈落の底に突き落とされた気持ちだったが、

今まで本当にこつこつと使わないで貯めてきたお金が、ちゅびの命のために使うことができた、と思うと少しすっきりした。

私が貯金ゼロで、そのせいでちゅびの腸が破れて死ぬような死なせ方をしたら、おそらくそうとう自分を責めてしまうだろうから。

1月19日(月)

ちゅび、昼くらいまではきのうの手術当日よりはぐったりしていた。疲れが出たのか?

しかし夕方には抗生物質を飲ませようとしたら暴れて飲ませられなかった。

結局、病院まで連れて行って、先生に飲ませてもらおうとしたら・・なんと暴れて先生でさえ飲ませることに失敗し、抗生物質の注射をしてもらった。

 

 

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2025年10月25日 (土)

福山知佐子個展最終日

10月19日(日)

ギャラリー十二社ハイデでの個展も最終日。

この絵は割と最近出来たのだがすごく気に入っている。この絵とも淋しいけどさよなら。
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鬱金香

最初に高校の時の友人タカちゃんや小学校低学年の時の友人マリコが来てくれた。

マリコは茨城に住んでいて、何十年かぶりかに新宿西口に降りたので、新宿が変わり過ぎてまったく方向がわからなくて迷ってしまったと。私も破壊されている新宿が辛い。

6歳の頃、マリコが住んでいたのは十二社通りの野菜市場の2階。そこはマリコが引っ越してすぐに普通のビルになってしまった。

毎回来てくれる音大卒のS.Y君。Twitterでお知り合いになったM.Sさん。

鎌倉で絵を描いているT.Jさん。芸大のデザイン科卒のアキさん。

そして静かに長い時間見てくださるS.Hさん。S.Hさんは佇まいがすごく美しいかた。
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今日は5時から舞踏のパフォーマンスだが、あいにくの降りだしそうな空。

5時、十二社の階段。

村野正徳の挨拶。福山知佐子が愛着がある十二社の記憶、昔あった十二社の大きな池などをテーマに身体表現するそうだ。

村野正徳舞踏パフォーマンス  (youtube)

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吉田文憲さんの(私が一番好きな)詩、「生誕」を暗唱し、そのあとに舞踏パフォーマンス。
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※日本には「舞踏」という日本特有の前衛的な舞踊の形式があります。

西洋の軽やかで流れるようなダンスとは違い、地面に這いつくばるように情念や土着性などを表現するものです。

60年代に土方巽が創始、大野一雄などが発展させたもので、今は世界的にButohとして認知されています。
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途中、ばらばらと大粒の雨が降って来て、けっこうな大降りになる。

スマホが濡れたら壊れるのでは、とコートを頭から被ってスマホを庇いながら撮影。

見てくださっているお客様も濡れて申し訳なかった。傘を最初からお客様に用意するべきだった。

パフォーマンス終了後、村野君の予備校時代からのお友達が来て一緒に録画を見ていた。

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本人はミミズをイメージして踊ったそうだ。

そして私に若いお客様が。友人のサヤカちゃんの息子さんのK君と、その幼馴染のT君。

多摩美の院生のK君。
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レザーベイビーというバンドのドラムスのT君。
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私は何と言ったらいいのかわからないくらい、この若いおふたりに励まされた。

私のデッサンを見て、二人で(私に向かって言うのではなく)「すげえ!全部すげえ!絶対描けない!」って本当に驚いて言ってくれていたので。

「どういうところが?」と質問するとK君は「線の選び方がすごい。こんなふうには誰も描けない」と。

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スケッチブックを一枚ずつめくって見せたら、その一枚ごとのデッサンに、いちいち「すごい。全部すごい」と言ってくれて

そして枯れたチューリップを和紙の上に鉛筆で描いて岩絵の具を散らした絵を見て、「これが一番好きです。生命の揺らぎを感じる」と言ってくれて、画集まで買ってくれた。
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T君は絵をやっている人ではないにも関わらず、私の銀箔の絵を見て「すごい!これ、なんなんですか?」と真剣にくいついてきて、

「銀箔を腐食して、絵の具を使わずに絵を描いたの」と応えたら「すごい!誰もやってない。誰もやってないことを考えるのがすごい」と。

花の部分だけ塗っている紫のチューリップの絵を見て「どうして一部分だけしか色を塗ってないんですか?」と聞かれ

「花は一瞬ごとに動いているから、今の瞬間を描こうとすると全部塗れない。全部塗ると絵が固くなるから。

左のチューリップに比べて右のチューリップは早く無造作に描いているでしょ。無造作に描いた方が運動が描けるから」と応えたら

「すごい!それで動いているように見えるのか」と。
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なんで若い人がこんなに素直に、強く興味を持ってくれているのか、本当に驚いた。

なにか表現している特に若い人は、自分のやっていることが一番と思っていて、私のデッサンに興味を持ってくれる人などほとんどいないから。

現代アートをやっている人は設計図は描くかもしれないが、自分の外にある小さな生き物をよく見て鉛筆で描くことなど必要ないと思っているし、

絵をやっている人でも自分の絵のスタイルを作るのに熱心で、ものを見てものに寄りそうデッサンの質には興味がなかったり・・

私の絵を見て敵愾心丸出しで、私から話しかけても「ふん!」とそっぽを向いた同じ美大の同じ学科の10年も15年も後輩の女の子が何人もいたし、

だから、絵の世界とはそういう嫌な感情が渦巻く世界だとずっと昔から認識していたので、ふたりの素直さに愕然とした。

私は萎れて枯れていく植物の運動に寄り添って描くこと、そしていわゆる美大受験用の画一的なデッサンを抜け出て線で描くことを目指して30年やって来たのだけど

きょうは馬鹿の一念で続けて来たことが無駄ではなかったと思えた幸せな日だった。

7時に個展終了。すぐに絵5点を梱包して足利市立美術館に送る準備をした。

そのあと打上げ。昨日H.Mさんにごちそうしていただいたちょっと高級なイタリアンへ。

私がごちそうすると言っているのに、二人はすごく遠慮していた。今日ばかりはごちそうさせて欲しい。

シャブリのグラスで乾杯。マグロと紫玉ねぎのカルパッチョ。スモークサーモンのサラダ。ウニのクリームソースレモン添え。

アケミさんが、「花輪和一展と福山知佐子展を手伝えて、すごくたくさんのお客様と会えて楽しかった。それと知佐子さんのお客様がみんな優しくて素敵な人ばかりでびっくりした」と言ってくれたのが嬉しかった。

「芸術家ってみんなおかしな人ばかりかと思ってたから」と言われ、

「そんなことはないよ。一流の人は優しいよ。変な人って自己顕示欲がおかしくなってるんだと思う」

9日間、たくさんのかたとの出会いがあり、すごく目まぐるしくて体力的に大変だったけれど、幸せでした。

お運びくださった皆様、絵や本や絵葉書をご購入くださった皆様、本当にありがとうございました。

10月25日からは足利市立美術館でのコレクション展「いのちの寓話」に8点が展示されます。

新宿から2時間。空気も澄んでいて、とても良い美術館ですので、お近くのかた、興味がおありのかた、よろしくお願いいたします。

 

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2025年10月15日 (水)

福山知佐子個展4日目

10月14日(火)

ギャラリー十二社ハイデで福山知佐子個展の4日目。

今日は私の高校のA先輩が一番乗り。

A先輩の親友で、私が美大受験予備校に迷っていた時に、高校の一番近くの小さな美大予備校(もうとうの昔に無くなった)を紹介してくれたM子先輩が癌で亡くなったことを聞く。

言葉にならない。私と同じ武蔵野美術大の先輩でもあり、とても気持ちの優しいかただった。

その後斎藤哲夫さんが来てくださった。

哲夫さんは私の最初の個展の頃からずっと来てくださっている、芸能人的な気取りが無くて、本当に温かい人。

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スケッチブックのデッサンを真剣に見てくださって、枯れた花の絵に「華やかだ」と。

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ツアーから帰ったばかりなのに明後日手術とお聞きする。

私は最初に甲状腺癌に気づいた時には肺に粟粒状転移していて4期。その時に、15年くらい経ったら肺の粟粒上転移が急に活性化する時が来る可能性が高い、そうしたら成すすべはない、と最初の執刀医の浅井先生に伺っていて・・・

その転移の活性化が15年ではなくて30年後(忘れていた頃)に来たのだけれど、甲状腺癌の肺転移手術という前例のない(麻酔が切れた時に気が狂いそうなくらい痛い)手術を受け、

さらに脳転移にサイバーナイフを受け、認可になったばかりの分子標的薬レットヴィモ(30年前にはこんな薬ができるなんて想像もできなかった)を服用して、

まあなんとか元気に生きている、ということをお話したら「すごい経験をしてきてるね」とけっこう元気づけられたようだった。

12月からのツアーを全部キャンセルされたと聞いて「キャンセル料とかだいじょうぶなんですか?」と聞くと

「それがだいじょうぶなんだよね。ライブハウスはさ。これが大きな会場だったら死んででもやらなきゃいけなかった」と。

お互い頑張って生きようとハグ。

そのあといつも優しい古い友達が来てくれた。

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それから今日は私ひとりなので心細くて来てほしいとお願いしていた詩を書くUさん。Uさんはとても鋭敏なかたで、神経と言うのか・・話が通じるのが嬉しい。

いつもマッサージでお世話になっているWさん。

Uさんはなかなか食事ができない私のために柿を剥いて切ったものを容器に入れて持って来てくださった。

Wさんは私の生家の古い雰囲気をとてもいいと言ってくれて、それからナニワイバラとハゴロモジャスミンの絵をすごく気に入ってくれたそう。

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2025年8月18日 (月)

NEW AUCTIONギャラリー 沢渡朔『NANA』展 / 国立がん研究センター中央病院

8月17日(日)

沢渡朔さんの『NANA』展の最終日で13時から在廊されるとネットで見たので、ご挨拶に行って来た。

沢渡朔さんに撮っていただいた写真と谷川俊太郎さんの詩と私の絵を編集した本、1か月以上前に写真の出版社さんに入稿しているが、まだデータが来ていないことをお伝えした。

たぶんデータが来てから、私の修正希望がはいるので、今年中に本ができるのかはわからない。

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いつもながら静かでさり気なくてかっこいい沢渡朔さん。その写真は若々しくて生気に満ちる。モデルとの共鳴。

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一日半で一気に撮ったという本当にたくさんの写真。スタイリストがついていたそうで、何十種類もの服を着替えているので、そんなに短い日数で撮ったとは思えない。

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8月15日(金)

NEW AUCTIONギャラリーに11時に見学に行く。篠原さんも来てくださった。

表参道ヒルズの向かい側。裏原宿キャットストリートの側よりは静かな、大きなガラスから優しい光が差し込む地下のスペース。

12時過ぎに篠原さんが30年以上?も毎年企画しているというトキ・アートスペースのブックアート展へと移動。

灼熱の太陽の下、表参道を横切り、裏通りで古い昭和のマンションや夏草繁る廃屋を見つけたりしながら、ワタリウムの前を通り、外苑前のほうへ歩く。

足利市立美術館で11月にやるはずだったコレクション展が、市長がOKを出したのに会計課の人が予算を出さなくて中止になった話、また逆転して、今は市長のほうに分がある、と篠原さんに言われた。ええ?!

もしそうなら、すごく嬉しい(若林奮先生の絵の隣に私の絵を展示してもらえるかもしれない)のだけど、まだわかりません・・。

ブックアート展には、小学生の作った絵本から、製本のプロの作品まで、いろいろなかたちの本があった。

私が一番素敵だと思ったのはこちら。活版印刷の活字のような、しかし文節になっているもの。黒い鉛筆にも文字。入れ替え可能で詩になる。箱も手づくりだそうだ。
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吉田文憲さんの『原子野』(砂子屋書房)の装丁をした時、もう日本にはほとんど残っていない活版印刷の会社に行ったのを懐かしく思い出した。

『銀河鉄道の夜』のジョバンニがアルバイトで活字(これも星のメタファ)を拾う場面を思い出しながら、その時は印刷所にいた。

『原子野』の本の奥付を見たら内外印刷という会社だった。もうないのかもしれない。板橋のトレーニングセンターの近くだったのを覚えている。

・・・

夕方から夜、Mに舞踏の話をきく。

大きな場でなく細部の。

言葉もまた大きな言葉でないほうがいいのだろうと思う。

私の感覚では大きくて壮大な言葉ほど詩でなくなる。

デッサンする身体。

最近、人にデッサンを教えるようになって、私はデッサンのことばかり考えている。

基礎の基礎ととして構造を踏まえることはあるが、その先は

良いデッサンとはどういうものか。それは鈍くないもの、繊細で感情があって、捧げられたもの。

受動体となって、どこ(なに)が残されるのか、なのだが

おそらく身体感覚の強度や繊細にものを見る(あるいは気づく)力、線を選ぶ身体が「絵」であるデッサンを生み出すが、

「絵」になっているか、「絵」になっていない(絵未満)か、を見分けらえる人はあまりにも少なく、機械的で均質な「鉛筆画」のようなものが世間では絶賛され、人気が高い。それはデッサンでも「絵」でもない。

そしていわゆる現代アートをやっている人でデッサンを大切に考えている人は皆無だろう。

8月12日(火)

国立がん研究センター中央病院。

尿と血液検査。結果が出るまで時間がかかった。

若い男性のかたが採血してくれたのだが、「刺すときに痛いか痛くないかは、痛点に当たるかどうかで、技術とは関係ないのですか?」

と質問したら

「そのとおりです。それに針の太さも痛さと関係ないんですよ」と言われて驚いた。

普通に考えれば太いほうが痛点に当たりやすい気がするけど・・?さらに見た目で太い針の方が痛く感じてしまうというのはある。

いや、やはり太い針は痛いと思う。昔は点滴の針が太くて長時間すごく痛かった思い出が・・。

あまり細い針を開発しても、血液の成分が潰れてしまうのでだめだそうだ。

帰りにハイデに行く。

8月10日(日)

2時に足利市立美術館の篠原さんがNEW AUCTIONギャラリーのAさんとギャラリー十二社ハイデに来られた。

篠原さんはギャラリー工事途中(ダクトレールがつく前)は見ていただいたが、完成してから来られるのは初めて。

Aさんは奈良美智のドローイングなど見ていただいた。

篠原さんは、次の本のために撮影した私の絵の画像をAさんに見せてくれた。

それと紐にクリップで吊るしていた私の鉛筆デッサンを「これ、すごくいいよ」と言ってくださった。

Aさんは私の絵を「錆にこだわった画家が日本にもいたんですね」と言われた。Aさんはキ-ファーや若林奮先生が好きだそうだ。

『デッサンの基本』を見て「懐かしい。これ受験の時に使ってました」と言われたので「この本、私が書いたんですよ」と言ったらすごく驚いていらした。

どこかで誰かが自分の本を読んでいてくださるのがとても不思議だ。

 

 

 

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2025年6月 8日 (日)

OSAKA INTERNATIONAL ART

5月30日(金)~6月1日(日)

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大阪城ホールでのアートフェア、OSAKA INTERNATIONAL ARTに、GALLERY KTO(ギャラリー・クトー)さんのブースから出展していただきました。

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私にとって素晴らしいことは、丹生谷貴志さんが見に来てくださったことだ。

そのことはいまだに信じられないほどありがたいことです。

丹生谷さんは文章を読むときにまず言葉が視覚になると言ってらした。それは私と同じだ。

私は小説などはすべて映像で記憶している。

難しい論理的な文章でも、意味がわからなくてもまず視覚的なものがはいってくる。意味を考えるのはそのあとだ。

自分が受容する身体であるということ。

丹生谷さんは自分の外にあるものを見るということと、アートという空虚について考えておられると思う。

どんなお話をされたのかはおいおいオーナーに伺おうと思う。

 

 

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2025年4月17日 (木)

沢渡朔さん「AWA no HIBI]」内覧会

4月10日(木)曇りのち雨

少女の頃から大好きな沢渡朔さんの写真展「AWA no HIBI」の内覧会に、Akio Nagasawa Gallery Aoyamaへ。おはがきをいただいていたので伺わせていただく。

青山骨董通りを散歩。ちょっと脇道に入ると、素晴らしくきれいな花々が飾られているウインドウに思わず駆け寄る。

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「青山フラワーマーケット」の本店だった。

6時から内覧会だが、5時半くらいに伺ったら立木義浩さんはもういらしていた。

それで私は27年も前のガーディアンガーデンとクリエイションギャラリーG8の「検証・沢渡朔の写真美学」展の時のことを思い出していた。
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6時を過ぎた頃からすごい数のお客様。ひとりひとりと話す沢渡朔さん。

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この日は少し肌寒くて、私は浮腫が酷く出てしまっていたので人に顔を見られたくなかった。

そうっと沢渡さんの近くに寄って、2.3m離れたところからお客様となにを話しているのか、わずかに聞こえてくる会話を伺ったりしていた。

「30歳の沢渡朔はまさにアンファンテリブル。『少女アリス』と『ナディア』は沢渡朔にしか撮れない。篠山紀信にもアラーキーにも撮れない」

と沢渡さんに熱弁しているお客様がいて、私がいつも沢渡さんに心からお伝えしていることと同じなので、

無言で沢渡さんに「本当にそのとおりですね」とにっこり目線を送ると

沢渡さんは昔から同じ仕草で、ちょっと困ったような恥ずかしそうな顔を私に返してくれる。

「いや、みんなもっとすごいの撮ってるわけだからさあ」と謙遜する沢渡さんは本当に繊細で気取りがなくて素敵な人。

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私を撮ってくださった時もそうだったが、ポーズをとらせるのではなく、自然な感じで女性を自由にさせて撮っていく。

その場所で、現場で、撮られる側と撮る側がなにか感じれば自然に絵になっていく感じが、沢渡さん特有の、女性を柔らかく自由にしていく無言の感応力、その信頼感が素晴らしいのです。

そして靄のような、小さく震える片隅の植物のような、その一瞬の場で出会うとらえがたいものを撮ってくださるから、私は沢渡朔さんの詩的な写真が大好きなのだ。

会場ではとても素敵なソムリエ(?)さんがワインなどの飲み物を配ってくれていた。

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この日はこのあとローソンのイートインで休んでいたら急に強い雨となり、傘を買って帰った。

・・

1998年「検証・沢渡朔の写真美学」展(Guardian Garden ガーディアンガーデンとクリエイションギャラリーG8の二会場)の時の沢渡朔さんと私。
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詩人の白石和子さんと沢渡朔さんと。
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この時のモノクロ写真は当時のアシスタントさんが撮ってくださっていた会場写真だと思うが、わざわざ自宅にお送りくださって、なんて丁寧なのかしらとたいへん感激したものだ。

この時、金子功ご夫妻が全身カネコイサオの服で現れて、うわ!すごい!ユリさんきれい!って衝撃を受けたのを覚えている。

今思うと、なんでお二方を撮れなかったのだろうと残念でたまらないのだが、緊張して慌てていたのか撮ることができなかった。

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写真家さんたちのトークがありました。女性を撮ることについてだったと思う。

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今も昔もかっこいい沢渡朔さんと立木義浩さん。

「検証・沢渡朔の写真美学」 この本は沢渡朔さんのお生まれの時のことから、「女性を撮ることに独自の美学を貫きとおす」沢渡朔さんのデビューから約20年の写真人生をまとめた素晴らしい本なのです。

当時いただいたサインも入っていて、とても大切にして時々読み返している。
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この本と2004年の「Natural Glow 特集沢渡朔 「NADIA 究極の愛との出会い」」は沢渡さんの感性のありかたがよくわかる。私の宝物。

今、私が編集制作中の本は、沢渡朔さんが撮ってくださった写真(20年前に廃墟で撮影、一昨年に癌で右肺葉を摘出した時の手術痕を撮影、昨年に枯れ野原で撮影)と、谷川俊太郎さんがくださった詩と、私の(1冊目の画集にはいらなかった)絵をまとめた本です。

 

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2023年5月23日 (火)

眼から入ってくるもの、脳の疲労と意識、銀座奥野ビル

手術してからずっと脳の疲労がすごくてブログを書くのが遅れている。

ストレスを感じると眼の奥から後頭部が重く痛み、その場で昏睡しそうになる。

とにかく余計なおしゃべりが辛い。

脳が疲れると翌日は朝5時に目が覚め、そこから二度寝、三度寝をして10時間以上眠らないと頭が働かない。

5月11日に沢渡朔さんとお会いした。一昨日は宇野亞喜良さんとお会いした。

こども時代から本当にあこがれ続けた人たち。

その人たちの話を聞いている時は、すべてが芸術的示唆に満ちていて、さりげなくて正直なひとことひとことに最高に心がときめいた。

そういう時だけは幸せで傷の痛みも脳の疲労も取り除かれる気がする。

5月13日(土)

銀座奥野ビルの堀田展造写真展「無感覚物体」へ。

私にとっては知らない人だが、なぜ行く気になったかというと、4月にナツメ社気付でこの写真展の案内が送られて来たからだ。

「無感覚物体(phantom)=架空のダンス」という長い文章が印刷されてある。

文章の意味は何となく理解できたつもりだ。

「冷徹な非幻視の眼=写真」「架空と暗喩を暴く」「語を否定する語」「つねに取り残される暗喩の根深さ」・・・

案内状に書いてあったメルアドに、今は癌の手術後の痛みがあり、脳へのサイバーナイフを受けたばかりでエネルギーがないので、行けるかどうかわかりませんが・・・なぜ私にお送りくださったのでしょうか?と書いて送ったが返事は来なかった。

銀座に行くと酷く疲れそうで迷ったが、

名前で検索すると1945年生まれでずっと写真館をやっていた人であること、私の好きな奥野ビルでやっていることが行ってみる気になった理由だ。

奥野ビルの2回の端のギャラリー一兎庵。真っ暗な写真はビルと部屋の雰囲気にはあっていた。

挨拶して、なぜ私に案内を送ったのか(しかも水声社でなくナツメ社気付)尋ねてみると、

「なんでだろう。アルトーの関係かな?」と。

アルトーは出版記念のイベントに行っただけ。あと映画の中で朗読したけれど堀田さんが知るわけない。

「なんでだろう。ミステリーだね。」と言われ「はあ?」としか言いようがない。

「たぶんなにかで検索してブログを見て、変わってる人だなあ、すごくはっきりものを言う人だなあって思ったんだ。適当に出すわけない。」

そうですか。変わってるのは堀田さんのほうだ。強い文章と詩を書き、写真集をつくり、このエネルギーはなんなのだろう。

展示されている真っ黒な写真たち(ほとんど全部同じ)を見ていると、てきめんに脳が疲労してきた。

「無感覚物体」なのだから無感覚な写真を見せられて正解なのだろうが、私の身体(脳)はついついなんらかの感覚的な刺激、ときめき、快感、新鮮な驚き、感情などを求めてしまって、それが抑圧されると辛すぎて卒倒しそうになる。

哲学を勉強している人なら容易にわかり、軽くおしゃべりしあえるようなことを眼から入ってくる表現でやられると、私はものすごく疲弊する。テキストだけで十分なのに、と思ってしまうのだ。

たいていの人が私のように目で見る表現からストレスを受けることはない(ように私の長年の経験からは見える)。

絵にそれほど興味があるわけではないから、絵や眼から入っている表現に嫌悪や不快を催してしまう感覚がないからだ。

これは一般の人たちだけでなく、いわゆるお勉強のできる人たちも同じだ。言語や論理に精通している人たちはなおさら平気で無感覚な人が多い気がする。

まずい、すごく眠いと思いながら机の上にある過去の写真集を見せてもらった。

やはりどれも黒っぽい。喫茶店にいる奥様の写真も、暗いうえに左上と左下から三角色の闇が迫っている。

「この影は偶然?」と質問すると

「あとからフォトショップでやったんだ。デジカメの写真なんてフォトショップで作りこまないと意味ない。フォトショップが発売された頃からずっとパソコンでやってる。」と。

自分の頭が朦朧とするのがわかった。

夕暮れの海を撮った写真があった。「これは素敵ですね。雲の光がすごくきれいで、しかもカモメのすべてにぴったりピントが合ってる。」

「だいたいこの辺ていうところにピントを合わせて鳥が来るのを待った。」

この写真は私の好きな淋しげな海の景色で、私はその写真からポエジーを感じたから正直に素敵と言えた。

「少し上の方の階も見てきます」と部屋を出ようとすると、「福山さん、これ見て。定点観測。」と言われてデジカメの中にある奥野ビルの前で撮ったたくさんの写真を見せられたが、申し訳ないけれど「ああ・・」としか応えられなかった。

奥野ビルは昔は二つの並んだビルだったらしいです、と言うと「福山さんはその頃から生きてたりして。」と冗談を言われたが、疲れすぎて愛想笑いができない。

本当に精神のエネルギー切れ。

階段で上へ。6階までどんなになっているのか各部屋をちらりちらりと覗いてきた。

奥野ビルの素晴らしい古色の雰囲気とまったく合わない、とんでもなく酷い絵を飾ってある部屋もあった。仲間内の盛り上がりに入室できる空気もない。

一兎庵に戻ると谷昌親さんがいらしていて驚いた。

以前に詩人の浜田優さんと堀田さんがコラボ展をやった時からのお知り合いとのこと。

堀田さんが「写真やってる人たちが言うのは白黒の諧調とピントが合ってないと写真じゃないと。」というようなこを言って、

谷さんは「えっ?それじゃ森山大道がやったこうやってパシャパシャって撮ったのは写真じゃないってこと?」と。

私はもう質問する気力もなく、立っているのが不思議なくらい。

谷さんは、なにか写真論について書いた冊子を堀田さんに渡していらした。

「谷先生!写真とはなんですか?」と堀田さんが質問して、谷さんは「えっ・・これはロラン・バルトについて書いたものですけど、今の時代にそれがあてはまるかどうか・・」ともっともな対応。

堀田さんは帰り際に「福山さん、これ、もらってもらえるかな。」と私家版の詩集をくださった。

堀田さんは某哲学者が来てくれた、ととても喜んでいた。その人は写真の話はせずに、ずっと堀田さんが大学を卒業してから何をしていたかを聞いていたとという。

私も堀田さんの若い頃の話を聞けばよかった。個人の経験の話の方が写真論よりはるかに興味がある。

ちゃんと感想を言えなくて失礼だったかな、と気にしていたが、私の個展の時に来る人も絵の感想をひとこともくれず、どうでもいい雑談や、自分の話ばかりををしてくる人が多い。

そのことを私自身がすごく辛く思っているからこそ、他人の個展ではなにか感想を言わないと失礼だと思ってしまい、それがちゃんとできない自分がだめに思えて余計に精神が疲弊してしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020年6月13日 (土)

救急搬送(頭を殴られたような頭痛と嘔吐)

6月11日(木)

昼間、寝不足で横になっていたら、またもや後ろ頭をがん!と強く拳で殴られたような激しい痛み(この発作は3回目。7日が生まれて初めて)。直後に頭がかーっと熱くなり、ズキン!ズキン!と激しい脈動性頭痛で頭が割れそうになる。

台所で激しく嘔吐。涙も鼻水もぐしゃぐしゃ。今すぐに頭を身体から切り離したいほどのきつい痛み。後頭部、こめかみ、眼も痛い。

これはまずい、意識不明になるかも、と友人に電話。「苦しすぎてPCを見られないから調べてくれる?」と。友人は、くも膜下出血か髄膜炎かも、すぐに救急車を呼べと。

自分で119番に電話。すぐに折り返し、救急車の中から電話がかかってくる。ピーポー音に負けない声でしゃべらないと救急隊員さんに聞こえないのだが、脈動性頭痛が苦しすぎて大きな声が出ない。はあはあと肩で喘ぎながら、やっとこさしゃべる。「入院の準備をしてください」と言われ、保険証、近くにあったTシャツと綿ジャージ2枚ずつ、タオル2枚、ティッシュ、常用している薬の袋を大きなバッグに詰める。

10分くらいで救急車が建物の前に到着。割れそうな頭を押さえながらドアの外で待った。

救急車が出るまでに15分くらい色々聞かれた。救急隊員さんの大きな声が頭にがんがん響いて、とにかく頭が痛い、痛い、と悶えながら、なんとか応えつつ何度も嘔吐。

血圧188-82。異常に高い。

私の意識状態を確かめる意味もあるのか、病院を選ばせてくれたので、(母の介護の時に非常に嫌な思いをした)中野K立病院と高円寺の(うちから一番近い)K川病院だけは嫌だとお伝えする。

結局、野方の東京警察病院へ。まずは脳のCT。「2分くらいがんばれますか?」と言われても「ちょっと待ってください。今吐きそう。」と嘔吐が止まらない。

CTの結果は異常なし。

そのあと頭痛が起きた状況や、「痛みを言葉で表すと?」などいろいろ聞かれる。がん!と鈍器で殴られたあと、ズキンズキンで、顔がすごく熱く、二日酔いの時の100倍くらい痛い、一番痛いのは首の後ろ(頭の付け根)、脈動の痛みはこめかみや眼や頭全体と応える。

結局、救急医は首を傾げ、診断はつかない。「後頭神経痛かも」と言われ、神経痛のビリッと電気が走るような痛みとは全然違う、神経痛のわけないです、と言いたいけれど、興奮して声を出すと脈動性頭痛が酷くなるので我慢。

カロナール(アセトアミノフェン)を2錠飲まされて、2時間ほど硬いERのベッドで横になっていた。帰宅を勧められたが、まだのぼせと脈動性頭痛がおさまらず、歩けるか不安だったので、もう少し横にならせてほしいとお願いする。

カロナールと吐き気止めを処方され、17時半頃、タクシーで帰宅(1100円)。徐々に痛みは引いたが深夜まで頭のほてりと脈動のズキズキは収まらず。

6月12日(金)

朝からまだ頭がほてり、少し脈動性頭痛があり、普通の状態ではなかった。急激に血圧が上昇した高血圧脳症ではないか?とも考えてみる。

救急車の中での血圧は聞いたが、病院のERでの血圧の数値を聞いていないことに気づき、東京警察病院に電話して尋ねると「個人情報保護のため教えることはできない」と。「本人が自分自身である証明に、氏名、住所、電話番号を言って、折り返しそちらから電話をいただいて、そのうえで教えていただくことはできないか」と尋ねても、「できない」の一点張り。

14:30、がんの主治医、浅井先生から(以前より予約していた)電話診察で常用薬(チラジン、アルファロール)の処方箋を出していただく。昨日の救急搬送のことをお伝えする。

浅井先生のご意見は「血圧急上昇で頭痛が起きたのではなくて、逆かも」と。「脳の誤作動の血管けいれんで頭痛発作が起きている場合、それ専用の薬がある」と。とにかく内科を受診したほうがいいと。

もう一度発作が起きそうな嫌な予感がし、高円寺のSクリニック(脳神経科)へ。

診察まで40分待つ。今回の症状や既往症など記入。薬のアレルギーは総合感冒薬(ルル、ベンザエースなど)。

S先生の診断は「筋緊張性頭痛」。

筋緊張性頭痛は昔からずっと辛くて、甲状腺癌のリンパ節転移のため首の筋肉を切除してから特に酷く、たまにアセトアミノフェンやレキソタンを飲んで我慢していたが、緊張性頭痛で急に殴られるような痛みの発作が起きるなんて聞いたことはない。

S先生が言うには、強い凝りが慢性になり、我慢していたのが閾値を越えて発作が起きたと(最初の後頭部を殴られるような痛みのメカニズムは何?)。

S先生は激しい頭痛になるほどの血圧は200を超えた時で、私のは190くらいだから高血圧頭痛にはならないという(たった10の差で頭痛にならない?)。また、S先生は救急車に乗ったから不安と緊張で血圧が上がったのだと言うが、私はそうは思わない。痛みで悶え苦しんではいたが、ずっとパニックではなかったし、救急車が着いてからはむしろ逆にほっとして、救急隊にすべておまかせしていた。

診察室で血圧を測ると上が154だった。

(きのうCT撮影したばかりなので、レントゲンは最初断っていたが、正確な判断ができないと言われ、)首のレントゲンを7枚撮影。

重い頭を無理に支えているので骨が変形しているとの説明。何十年も首痛に苦しんできているから当たり前と思う。

跳んだり走ったりの運動も、首の筋肉がしっかりしていない状態でやるのは首肩を痛めるのでよくないと。コロナの自粛期間中、ひとりで跳んだりの運動(HIIT)をがんばっていたこともよくなかった?

・・・

この激しく殴られたような痛みと脈動頭痛の発作は3回目。

最初は6月7日(日)。

6月1日深夜にFからの電話の受け、個展にFが来てくれなかったことを思い出し、その時のショックと辛さがよみがえって来て、不眠になった。

さらにここ10年の辛かったこと(母と愛猫ちゃびの介護と看取り、父の借金のことなど)思い出してしまい、激しいストレスを感じ、涙が出た(かすかに身体に力が入った)瞬間に、後頭部をがん!と殴られたような痛みを感じ、嘔吐。
その後、6~7時間、激しい脈動頭痛に襲われた。

2度目は6月9日(水)。

ひとつ前のPCから画像データをUSBに移す作業をして、眼ももう限界なほど疲れ、首も凝り、吐き気がしていた。亡くなった母やちゃびの写真を見て苦しくなり、涙が出た瞬間(そんなに力んでもいないのに)、再び後頭部にがん!と痛みが来て脈動性頭痛で吐いた。

プフの眼が4月から抗菌目薬でもよくならず、6月3日にアレルギー注射をしてもよくならず、4日にクシャミを頻繁にし始めてからはドキシサイクリンを毎日飲ませているのに、まだ眼がよくならない不安も私の首凝りの原因。

発作が激しいストレスと首の緊張に関係していることだけは確かだ。

 

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2017年5月 3日 (水)

高円寺大道芸2017  セクシーDAVINCI

4月29日

第9回高円寺びっくり大道芸。

涼しく晴れた日。日差しが強いので、紫外線アレルギーで顔中に湿疹ができる私は要注意なのだが、昼からセクシーDAVINCIさんが、うちの近所の狭い会場に出演されるとパンフにあったので、ウッカリ見に行ってしまった。

「高円寺に巻き起こす春のセクシー旋風!No Sexy No Life! 全ての人よ、セクシーであれ!」「とっても美しいお兄さんによる、とってもおバカなパフォーマンス。」と大道芸の公式パンフレットにある。そのままです・・・

セクシーさんが「ヘブンアーティスト」のライセンスを取得して高円寺大道芸に初参加した2008年に、たまたま通りがかった商店街の隅で演じていた彼の美しさにに「うわッ、この人いったいなに?」と思わずウッカリ目を奪われてしまい、それから毎年癖になって見に行っている。

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存在自体が華やかで、フレンドリーで、厳しくもてきとーで、とっても楽しい芸風。
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とってもきれいな自慢のおしり。セクシー年貢(投げ銭)をいっぱい納めると触らせてもらえます。
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折りたためるセクシー年貢をウッカリ納めてしまったら、ブロマイドをもらえた。

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記念撮影。このブロマイドはGACKT風?のゴージャスなイラスト風味。ブロマイドは400種類くらいあり、全種類を集めている人は日本に約2名いるそうだ。「自分のペースで集めてネッ」とのこと。

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私よりずっと白くて美しいもち肌のセクシーDAVINCIさん。無駄毛のまったくないすべすべの手足は天然で、脱毛などは「アタシ、そんなめんどくさいことしないわよッ」だそうです。

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午後1時、3時、5時くらいに、場所をかえて1日3回公演があるのだが、1回目の公演を見た後は家で仕事をして、ウッカリまた夕方5時の部を見にJR高円寺駅前へ行ってしまった。昼の場所よりずっと人が大勢でワイワイ。
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セクシー!!という皆の掛け声も最高潮に。

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いろんな演目があるが、私はこの黒い帽子をつかった「伊勢佐木町ブルース」の踊りが、仕草が本当に妖艶できれいで、一番好き。真っ白なつるつるの細いおなかが素敵。
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夕方6時前に、急に凍えるような強風。JR駅前でやっていた中国雑技団の人の椅子を積み上げた上でのバランス芸がゆらゆらして危なそうだった。

稲妻が光り、雷雨になった。

4月30日

高円寺びっくり大道芸2日目。きょうもきのうと同じ場所にウッカリ、セクシーさんを見にいってしまった。

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またもやウッカリ折りたためる年貢を納めてしまったために、ブロマイドをいただいた。

今度は、「花と一緒に写ってるやつをお願いします。」とおねだりして、私好みの綺麗な薔薇の花の中のセクシーさんの写真をゲット。

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夕方5時半ごろ、JR高円寺駅前のフィナーレ。頭に火をかぶって熱くないのかしら。黒い金剛力士がシッカリ火を怖がってよけている(画面左側)のが面白かった。

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大きな羊さん。
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毎年、このフィナーレの人だかり(高円寺駅前の都市計画で、人が集まれるスペースとして、この場所をちゃんと考えて確保しておいたらしい)にいると、この高円寺という街は本当に素晴らしいな、と思う。

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桔梗ブラザーズ(ジャグリング)のかっこいいお兄さんの背後に忍び寄るセクシーさん。
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ぶちゅ~っとやるセクシーさん。嬉しそう。
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芸人さんたちが退場するのが名残惜しい。
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びっくり大道芸のお祭りが終わって、喧騒が遠ざかる中、久しぶりに夕暮れの北中通りを散歩した。パイプや配線の交錯が面白い建物。
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新宿や渋谷みたいな人混みはないけれど、閑散としすぎているわけでもなく、細くてぼろい裏通りにはいつも、お酒を飲んで笑い合っている人たちがいる。

一見、廃屋みたいな建物に若い人たちがいて、なにかをやっているところが高円寺らしい。
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