芸術

2025年12月 5日 (金)

ギャラリー十二社ハイデでのデッサン教室・「絵」の話

ギャラリー十二社ハイデのデッサン教室

12月は、6日(土)17時~と20日(土)17時~ 各2時間となります。

参加ご希望のかたはギャラリー十二社ハイデのHPの問い合わせからメールください。

11月29日(土)

ギャラリー十二社ハイデでのデッサン教室。

新宿西口中央公園の木々の色づき。後ろに都庁が見えます。
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かわいいかたちの十二社熊野神社前交番。ギャラリー十二社ハイデでは、ここから徒歩3分くらいのところです。

今日初めて参加のK君には自分の手を描いてもらった。
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K君は美大生なのでちゃんと描ける人なのだが、余計な塗りを入れないで、必要最小限のかたちのかわり目のタッチと

繊細な骨格、皮膚の立体感に添った皺だけで人の手の感じを出すように描いてもらいました。

微妙なニュアンス、生命的な皮膚感を大事にしたい。

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I君はケイトウ(鶏頭)。この花は柔らかくてギザギザもこもこした質感を2Bの鉛筆でガシガシ描いてもらった。

垂れ下がったフリルの曲線部分と光っているエッジ、暗い穴のような部分を強調して描きます。

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アケミさんには薔薇を描いてもらった。

この薔薇には花弁とも葉とも判別できない緑色の筋のあるものがついていた。

私はそういう畸形の花に巡り合えると幸運と思う。

私は花屋でそういう変形の花を選んで買う。

そういう奇妙で独特な部分を持っているのが、花の真実だから。

そういうところに面白さや美しさを感じるから。

アケミさんは「ええ!?そうなの?そういう畸形がない花を選んで描くのかと思ってた」と。

花のどういうところに「美しさ」や「それらしさ」を感じるかは非常に微妙なところだが、そこに画家の体質や神経が出るのではないだろうか。

アケミさんが別の絵画教室で、ビニールやプラスチックでできた果物や造花をモチーフに描いていたと聞いて愕然としたが、

工業製品の造花には畸形や個体の個性が無い。

一般になんとなくそれっぽく見える単純化した記号を造形化したものを描いて、それで満足できるのは、本物を見てもその程度の絵しか描けないからなのだろう。

「現代アート」の行為として、あえて造花を描く、という意図ががはっきりしているのなら理解できるが、そうでなくてそんなモチーフを出されたら、私なら爆発してしまうだろう。

・・

終わってからK君と新宿駅方面へ歩き、絵の話をした。道沿いの樹々に年末恒例のネオンがキラキラしている。

それから西口のカフェで9時半まで話した。

K君もいろいろ悩んでいるみたいだ。

「自分が本当にやりたいことを追求していったとしても、他者に認められなければ、自分が本当にやりたいことはなんなのかもわからなくなってきてしまう」と言ったら

K君は「そのとおりです」と言った。

自分の悩みや苦しみを表現しても、それは「自己表現」にしかならず「表現」未満だ。

絵画は絵画として成り立たなければならない。

そして「芸術」である「絵画」には、必ず「問いかけ」が存在している。

美大時代、私は決して楽しい学生生活ではなかった。

入学してすぐに、とんでもないところに来てしまったと思った。

純粋に信じて絵に打ちこめた予備校(高3)時代が懐かしかった。

私の場合は絵の世界の構造のようなものが見えてしまったから。

そんな業界に自分が入ってやっていけるはずもないと思ったし、今でも18歳の時のその直観は正しかったと思っている。

美大なんかに入ったら悩むのは当たり前だろう。

自分が絵になんの(どういう)価値があるのか、絵なんか描いていていいのか、

そもそも「絵を描く」ということがどういうことなのか、

それを考えないで、ただ楽しく描いている人の絵は、たぶん絵未満なのだと思う。

恩師、毛利武彦は、絵になっていないものを「見るべきところがない」と言った。

若林奮先生は「絵になっているか、なっていないか。あなたのは絵になっています」と言った。

今の私には、ほぼ明晰にそれが見えていると思う。

若い頃からよく「絵が好きなら○○も好きでしょう」とか「絵が好きなら○○を見に行くといいよ」などと人に言われて戸惑った経験があるが、

本当に絵が好きならば、絵未満のものに全く興味がないし、むしろストレスになるのだ。

真っ赤なポリの造花を「素敵でしょう?」と言われているのを同じく、絵のまがいものを見ることはストレスになる。

アートフェアに行った時、作者の名前を見ないで、作品に強く惹かれたものだけ、その近くに行って名前を確認すると、すべてもう亡くなっている画家だった。

その作家の世に知られている画風でないものもあったが、燦然と、絵として存在してた。

具象、抽象、コラージュに関わらず歴然としていた。

そして私がすごい画家だと認める人たちは、全員、その人独特の詩的言語もすごいということ。

私の感覚では、その人の言葉を読んだ(聞いた)時点で、どの程度の絵を描く人なのか知れてしまう。

言葉がばからしいと感じた人の絵は、やはり絵未満でしかない。

「絵」を描くということは全身の運動であり、総合芸術だということ。

すごい絵を描ける人はすごい詩的文章を書けるし、詩的映像や写真も撮れるし、すべてに対して慧眼でありラジカルである、と私は思っている。

すごい絵には哲学的な「問いかけ」がある。

たぶん私が志向しているのはとうにこの世に存在しない「芸術家」というもので、私は結局そういう人にしか興味を惹かれないのだ。

 

 

 

 

 

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2025年11月24日 (月)

国立がんセンター中央病院 検査値下がる

11月18日(火)

国立がんセンター中央病院。

10月21日の日のサイログロブリン検査の結果、502。今までで一番低い。

花輪和一展を開催したあと、すぐに自分の個展が続いて疲労困憊していたし、レットヴィモの飲み忘れもあったので、上がると思っていたのに、なぜか下がった。

昨年の11月19日、3075。12月17日、6470。

その時はもう癌の勢いが止まらなくてレットヴィモが効かないと絶望したが、今はまた下がった。

造影剤CTやMRIをやらないと癌の状態は血中サイログロブリン値だけではわからないということ。

 

一般の血液検査のほうも、懸念していたカルシウムの値が正常値内に下がった。

カルシウムが上がり過ぎていた原因は、過敏性大腸で食べると即下痢になってしまうので、朝から強い下痢止めを飲み、人前に出る時は絶食してがんばっていたので、

空腹になり過ぎると血中カルシウム濃度が下がり過ぎて、(副甲状腺も摘出しているために)テタニー(全身けいれん)が起きてしまい、

それを治す救急処置として牛乳とアルファロールを急激にに飲むことが何度かあったせい。

人前に出なくなれば、もう少しこまめに食事をとることができ、テタニーが起きることも少なくなるので、アルファロール服用を少な目にしてもだいじょうぶになり、血中カルシウムが正常になった。

アルブミンはあいかわらず低い。

体調は最悪ではないが、個展が終わってからどっと疲労感に襲われ、脳がオーバーヒートしているような苦しさが続いた。

腸は最悪の時よりは改善し、体重も増えたが、まだ健常な状態ではなく、やや過敏。

つまり私の今の疲労感は甲状腺癌のせいではなくて、ほとんどが胃腸と仕事の緊張からきているもの。

癌関係で苦しいことは、レットヴィモの副作用の顔の浮腫で、目の周りと瞼の奥が圧迫されて痛いこと。

それと秋ぐらいからずっと右脇の手術(右肺の中葉摘出)痕がちくちく痛い。辛いというほどではないが。

ケロイドになっている部分に痛みが出ている。

右胸の肋間神経痛も出ている。びりびり痛むところの上の肉をぎゅっとつまむと少し和らぐ。

11月14日(金)

新宿御苑に菊を見に行く。

私が何を見に行くのかというと「清新優美のあでやかさ」を見ているわけではなくて、

乱菊、狂い菊のうねった線、伊勢菊の針のような線、嵯峨菊の混乱した線、そして大菊の重量感のある歪みを見に行っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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2025年11月16日 (日)

デッサン教室・造花では無理

2025年年11月のデッサン教室は、あと22日(土)と29日(土)の17時からの2回となります。

参加したいかたはHPからメールください。

11月13日(木)

阿佐ヶ谷区民センターでのデッサン教室。

今日、薔薇の花を描きたいから持ってくるとTさんが言っていたので、楽しみにしていたのだが。

遅れて来たTさんが持ってきたのは、なんと本物とは似ても似つかない真っ赤なポリエステルと緑のビニルでできた造花の花束だったので、驚きすぎて言葉に詰まった。

しかもなんの味わいもない安い茶色の壺まで、わざわざ買ったのだという。

「造花ではデッサンできません!いんちきなものではできません!」と声を荒げてはいけないとトーンを抑えて言ったが、内心、かなりイラっときてしまった。

なんでそんな不快なものをわざわざ描きたがるのだろう?

「私がモチーフを探してきます」と言って外に出て、寒い遊歩道を歩きつつ、熱くなった頭を冷ました。

Tさんは何十年も油絵をやってきているが、Tさんの眼に映る薔薇は、安物の造花と区別がつかないのだろう。

実際に、Tさんが家で描いたと見せてくれた薔薇や百合の絵も、安物の造花と区別がつかない。

かたちは雑で色はショッキングピンクで微妙なニュアンスも細部もない。

つまり生命を持った花に見えない。

歪んでいようが濁っていようが魅力的に描けていれば、その人がなにに惹かれて描いたのかが伝われば、良い絵になっているはずなのだが。

Tさんは「薔薇の描き方を教えてもらおうと思って」造花を買って来た、という。

人に絵を教えるようになってわかってきたことは、絵を描くのが好きだと言っている人であっても、そこに在るものが見えて(在るものに感じて)いる人はほとんどいないということだ。

本当は、生きている花から造花のいんちきさを引いた、残余のエッセンス、その香りや生々しさ、儚さを描ければ、輪郭なんてとる必要もないのだけれど。

それは高度で不可能に近いから、まずは薔薇の中心がきゅっと固く巻いて、それが外に向かってしどけなくほどける感じや、

花弁の根元は淡いクリーム色でそこから紅色が滲む様子や、一枚一枚違う花弁の皺や亀裂のニュアンス、

規則性があるようで変則的な個々のかたち、柄のついている部分の托葉、左右非対称な棘などをていねいに見て描くのだ。

遊歩道で拾った桜の今が盛りの紅葉を10枚ほど持ち帰って、それを描いてもらった。

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いつもどおり、Tさんの根気が続かずに私に手を入れてもらいたがるので、ほとんど私の絵になってしまうのだけど。

色はあっさり薄めにした。

葉のめくれ上がった部分と、縁のギザギザ(きょ歯)、黒く枯れた部分や虫くい部分を丁寧に描くのがポイント。

よく見ると葉の根元にふたつ、むかごのような小さな球がついている。

アケミさんとTさんは別の絵画教室に何年も通っているが、そこの先生はモチーフ用にたくさんのプラスチックの果物や花を用意していて、それを描かせるのだそうだ。

ちょっと私にはなにが楽しいのか、なにがしたいのか理解できない。

石膏なら光と影を見るのによい。ガラスや人形などの人工物を描くのもよい。

しかしいんちきのブドウやいんちきのリンゴを描いて、「自分はブドウやリンゴの描き方がわかった」と勘違いさせることは最悪だ。

植物の生命のみずみずしさや儚さを感じたことのない、よほど感性の麻痺した人だから平気なのだろう。

つまり優れた絵のすごさもわからない人。

その教えている人に対してかなり気持ち悪さを感じるが、それで楽しいサロンができているのだから。世の中にはそういうのが絵だと思っている人もたくさんいるのだろう。

アケミさんが明るい単純な色ばかり使っているので、私が大正時代の絵や着物の色を参考にするように言ってグレイッシュトーンやダルトーンを教えたら、

その先生がそれらの絵を見た時「色が暗い!まるで大正時代の絵みたいだ」と言ったそうだ。

まさしく私とはまったく感覚が違う、私から見るとはっきり言って「絵」になっていないもの(絵にならない方向性)を「絵のかきかた」と言って教えている人だ。

拙いせいで「絵未満」ならいいのだけど、「絵」と逆のベクトルを教えていることに呆れるというか腹立たしく思う。

その人と会うこともその人に何かいう機会もないだろうけれど、私のデッサン教室では私の考えを話していくつもりだ。

なにも変わりたくなくて現状で楽しくやりたい人、現状でほめてもらいたい人には何も言わない。

11月16日(日)

急に寒くなってから顕著にレットヴィモの副作用の顔の浮腫が酷い。

浮腫と眼の下の隈の見た目も酷いが、なによりむくんだ眼の周りや眼の奥が痛いのが苦しい。

お風呂に入ったり、遠赤外線パックを顔にあてたり、ストレッチしたり、いろいろやっているが、とにかく気温が低くなると体調が悪くて辛い。

それといつものことだが、舌に口内炎が出来て痛い。

火曜の夜から木曜の朝までの休薬期間、口内炎に関しては少しましになる気がする。

しかし浮腫のほうは良くなっている気がしない。

これからの冬がとても憂鬱。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2025年10月28日 (火)

足利市立美術館コレクション展2025「いのちの寓話」トーク

10月26日(日)

アケミさんと9時過ぎに待ち合わせて11時半くらいには足利市駅に着くはずだったのに、しゃべっていて、気がついたら終点の宇都宮。

小山まで戻って両毛線。篠原さんに1時間以上遅れることを電話。

足利駅に着いたらなんと館長さんと篠原さんが美術館の車で迎えに来てくれていた。アケミさんを蕎麦屋に送って私は美術館へ。

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十二社ハイデに展示していた時は大きく見えたのに、美術館の空間ではそうとう小さく見えるあねもね。

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2年前に篠原さんが「次のコレクション展には若林奮先生のドローイング(「Blue Daisy」)の向かい側に展示する」と言ってくれたのが、本当に叶った。

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14:30くらいからトーク。

「まずチューリップが私が最初に題材にした植物で、それはなぜかと言うと

チューリップというのは歌にもあって、筒型に咲いているイメージがあるけれど、

実際はチューリップが開いてからは、薔薇のようにも牡丹のようにもなり、さらに萎れてからは曲線の運動を描くんですね。

それでその、萎れていく曲線の運動というものに、非常に・・時間というものに惹かれて

チューリップが萎れてまた水分がさらに蒸発してカサカサに枯れて、虫に食われてという・・

2年くらいそれをとっておいて毎日描いて行くというデッサンを30年続けてやっていたんですね。

その過程で、アネモネというのも、この絵はアネモネなんですけど、非常にその花びらや葉が細かくこう運動する、

絡み合ったり、しなだれたり力が抜けたりとか、枯れていく時に乾燥して拘縮したりするんですね。

その運動がわかりやすい植物として、最初にチューリップ、次にアネモネに興味を持ったという・・

若林先生が私に残してくれた最大の言葉というのは・・・

美術は人間と人間の間にだけあるものではない、

人工物と人工物、テクノロジーのの発展、そうものではなくて、

自分の美術作品は人間ではない生命のためにあってもいいんじゃないか、ということを若林先生が言われていたことが、ものすごく自分にとって強烈に残っていて、

若林先生は自分の彫刻を見るのは犬であってもいい、と言っていて、

旧石器時代の絵から今までの美術の歴史をすべてゼロにする、とまでおっしゃって、

旧石器時代の「人間が初めて洞窟の壁面に自分の手の跡をつけた、その瞬間から現在の自分までのあいだをゼロにして自分のありかた考える」とまで言った、

それで私は手仕事で、植物が萎れて・・みんなが盛りと言ってきれいと言ってからゴミ箱に捨ててしまう、それからが私にとっての一番描きたい植物の時間が始まるので

それから腐るまでとか、乾燥して虫に食われて粉になるまでを描くということが

その中ですごく生命の運動の時間というのでしょうか・・・

そこにすごく美しさを感じて、それで30年やってきたんですけど

そのデッサンの中で色を付けて描いたのがこれらの作品です。

若林先生は、今はテクノロジーの時代になって最初から情報でしかものを知っていないんですけども、自分で知っているような気になっているともおっしやっていたと思うんですけども・・

自分で直に見た花の姿、植物の姿というものが、非常に独特で、奇妙で、固定概念の花ではない、非常に奇妙なものだというそのリアリティを描きたくて、

銀箔の腐蝕は、それも自分の予想を超えた変化が顕われるということ、人間の力の及ばない外の変化や運動というものと

人間以外の植物とか動物という弱い生命の運動を自分で見る、経験する、ということがテーマです。

ありがとうございました。」

トークが終わってから江尻潔さんに話しかけられた。

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「いやあ、若林さんの話、懐かしかった。いろいろ思い出しました」と。

若林先生にもっとたくさんいろいろな話を聞いておけばよかった、と。本当に後悔ばまりだ。

若林先生が私に「ぜひお見せしなきゃ」と何度も言ってくださっていた服のモデルをした写真も、結局見られなかったのものすごく残念。

「Yギャラリーならその写真を持っているという話も聞いたんですけど・・」

「Yギャラリーね、あそこは話しかけづらいね」と。

やはり美術館の学芸員さんでも話しづらいギャラリーがあるのだな。

・・・

小雨の中、アケミさんと散歩に出る。

私の大好きだった古い映画館(「今夜ロマンス劇場で」という映画のロケに使われた建物)が跡形も無く更地になっていたのを見て大ショックで

その手前の駐車場でつまづいて前に転倒してしまった。

両手をつき、両膝を強くコンクリートに打った。

右膝が痛くて立てなくて、またも篠原さんに電話。すごく申し訳ないのだが美術館まで5分くらいの道を車で迎えに来ていただいた。

それから5時半の閉館まで図書コーナーのベンチに座らせていただき、保冷剤を貸していただいて冷やしていたら、だんだん痛みが弱まった。

帰りも駅まで車で送ってくださった。本当に美術館のかたがたにはご迷惑かけまくり、お世話になりっぱなし。

膝のお皿に罅がはいっていたら、とぞっとしたが、擦り傷と打撲だったみたいだ。

 

 

 

 

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2025年10月24日 (金)

福山知佐子個展8日目

10月18日(土)

ギャラリー十二社ハイデでの個展、最終日の前日。今日はアケミさんはお休みなので、Uさんに手伝っていただいた。

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パフォーマーで写真家の中村博さんが撮ってくださった写真。中村さんは私の絵の写真も、ものすごく素敵に撮ってくださった。

今日は書ききれないほどたくさんのお客様がいらした。

水墨画家の新倉章子さん。この絵にもすごく思い入れがある。彩度を上げて私の『反絵、触れる、けだもののフラボン』の装丁に使った絵。
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アケミさんのお友達で美術に詳しいユミさん。

優秀な編集者のミナコさん。

彦坂尚嘉さん。デッサンを見てくださっていた。
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いつもあたたかく応援してくださる逗子のO.Iさん。

近所で花を山ほど育てておられるY.Tさん。

そして作曲家で演奏家のすずきみゆきさん。

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昨年の「二匹展」の時に展示していた私の絵、2点が気になっていたとご連絡を下さり、本日買ってくださった。

すずきみゆきさんは、私が若い頃にお世話になった音楽家の桑原弘明さんの奥様である。

私の初個展の時に桑原先生に連れられて来てくださったみゆきさんが、あとで桑原先生に私のことを

「彼女はものすごく神経が鋭敏で、繊細で、いつも震えているような感じがすごく芸術家っぽい」と言ってくださったことを、桑原先生が嬉しそうに私に伝えてくださったことを強烈に覚えている。

(桑原先生が20代の頃の私に注文した絵が、ポーランドの作曲家のもとから海を渡って何十年も長い旅をして、骨董屋を経て、コスタリカの花を愛する人から私の絵を持っているとFBで連絡が来た、という感動的な話もある)

みゆきさんは作品を大切に持ち帰るためにスーツケースまで持って来てくださって、涙・・・本当に感激いたしました。

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中村博さん。今日初めてお話するが、2016年の室伏鴻アーカイブカフェSHYでの「対論 : 未知のアントナンアルトー」で同じ空間にいらしたという。どこかで誰かが見ていてくれて、こういう出会いがあるから、苦しくてもなんとかブログを書いてきてよかったと思う。
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ハナ動物病院にも通われていたというし、いろいろご縁がある。クロポンちゃんの写真も見せていただいた。

平田星司さん。

寺山修司研究のK.Fさん、モノポさん・・・いっぱい・・・
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最後は麗しい絵を描くH.Mさんがいらして、私とUさんをお祝いの食事に連れて行ってくださるという。

十二社バス停の前の、おしゃれで気になっていたイタリアンへ。

シャブリを2本も開けて、それはそれは贅沢なディナー・・写真をたくさん撮ったのだが、載せるとまずい(内緒のエスケイプ)そうなので載せられなくて残念。

H.Mさんに二人の関係を聞かれ、Uさんは、2007年くらいに詩人の友人に連れられて私の個展に来てくれて、そのあと私のブログや本を読んでくださっていたとこたえ、

「本の文章がすごくかっこよくて」と言ってくださったのと

「私(Uさん)がすごく緊張することを肯定的にとらえてくれる人はいない」と言ってくださったのがすごく嬉しかった。

H.Mさんごちそうさまでした。Uさん手伝ってくださってありがとうございます。

 

 

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2025年10月22日 (水)

福山知佐子個展5日目~7日目

10月17日(金)

ギャラリー十二社ハイデでの個展もあと3日。

1階の窓越しの光。カーテンには蔦の影がまだらになって揺れている。

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元平凡社の「太陽」や「コロナブックス」の編集長、清水壽明さんがいらしてくださった。

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横浜の港の見える丘あたりもずいぶん変わったそうで、古くて素敵な教会がマンションになったとか・・・ショック!山下公園近くの人形館はまだあるそうだ。

それから花を愛する桃子さん、スパイダー咲きのガーベラがお好きだと聞いて、伊勢ナデシコや伊勢菊、変化朝顔などを画像検索でお見せしたら喜んでくださった。

細い花弁が絡まり合っている不思議な花は描きたい心を刺激する。

木彫りの彫刻をやっておられる高屋敷哲さんと写真家の黒瀬輝智志さんと。

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高屋敷さんはとてもリアルな動物の木彫りの作品画像を見せてくださって感動。

黒瀬輝さんは「今までのハイデの展示で一番良かった。花輪さんのより良かった。これだけの世界をつくっているのがすごい」と言ってくださった。

以前、レコード会社の財団にお勤めで、音楽関係にとても詳しい堀内さん、堀内さんは足利市立美術館の私のトークにも来てくださると言う。堀内さんが気に入ってくださったのはこちらの絵。

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明後日パフォーマンスがある「十二社の階段」でカメラテスト。暗いかも?

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7時過ぎ、看板を入れてもう閉めようとしていたら、ポルトリブレの平井勝正さんが来られた。プリントした地図をお渡ししていたが、道に迷ったそうだ。

「グーグルマップに載ってる」と言ったら「グーグルマップを見る習慣がない」と。

10月16日(木)

寒くて暗い雨で、お客様がほとんど来られなかったので、アケミさんに絵の前で動画を撮ってもらった。

アケミさんの大好きな一粒万倍日なので、面白いことを考えてふたりで笑っていた。

10月15日(水)

新高円寺でお世話になっているギャラリー工の濱田さんが来てくださった。

濱田さんは十二社のあたりは初めてだそうで、もう何年か、せめて1年前に来られたらかつての料亭っぽい場所も見せられたのに、残念。

 

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2025年10月15日 (水)

福山知佐子個展4日目

10月14日(火)

ギャラリー十二社ハイデで福山知佐子個展の4日目。

今日は私の高校のA先輩が一番乗り。

A先輩の親友で、私が美大受験予備校に迷っていた時に、高校の一番近くの小さな美大予備校(もうとうの昔に無くなった)を紹介してくれたM子先輩が癌で亡くなったことを聞く。

言葉にならない。私と同じ武蔵野美術大の先輩でもあり、とても気持ちの優しいかただった。

その後斎藤哲夫さんが来てくださった。

哲夫さんは私の最初の個展の頃からずっと来てくださっている、芸能人的な気取りが無くて、本当に温かい人。

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スケッチブックのデッサンを真剣に見てくださって、枯れた花の絵に「華やかだ」と。

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ツアーから帰ったばかりなのに明後日手術とお聞きする。

私は最初に甲状腺癌に気づいた時には肺に粟粒状転移していて4期。その時に、15年くらい経ったら肺の粟粒上転移が急に活性化する時が来る可能性が高い、そうしたら成すすべはない、と最初の執刀医の浅井先生に伺っていて・・・

その転移の活性化が15年ではなくて30年後(忘れていた頃)に来たのだけれど、甲状腺癌の肺転移手術という前例のない(麻酔が切れた時に気が狂いそうなくらい痛い)手術を受け、

さらに脳転移にサイバーナイフを受け、認可になったばかりの分子標的薬レットヴィモ(30年前にはこんな薬ができるなんて想像もできなかった)を服用して、

まあなんとか元気に生きている、ということをお話したら「すごい経験をしてきてるね」とけっこう元気づけられたようだった。

12月からのツアーを全部キャンセルされたと聞いて「キャンセル料とかだいじょうぶなんですか?」と聞くと

「それがだいじょうぶなんだよね。ライブハウスはさ。これが大きな会場だったら死んででもやらなきゃいけなかった」と。

お互い頑張って生きようとハグ。

そのあといつも優しい古い友達が来てくれた。

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それから今日は私ひとりなので心細くて来てほしいとお願いしていた詩を書くUさん。Uさんはとても鋭敏なかたで、神経と言うのか・・話が通じるのが嬉しい。

いつもマッサージでお世話になっているWさん。

Uさんはなかなか食事ができない私のために柿を剥いて切ったものを容器に入れて持って来てくださった。

Wさんは私の生家の古い雰囲気をとてもいいと言ってくれて、それからナニワイバラとハゴロモジャスミンの絵をすごく気に入ってくれたそう。

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2025年10月14日 (火)

福山知佐子個展2日目・3日目

10月13日(月)

今日は開廊すぐから若いお客様が待っていてくださった。

聞けば龍谷大学の渡邉悟史先生から、良い画家だから見に行くように、とのご紹介があったとのこと。

渡邉悟さんは『生き物の死なせ方』の著者で、私はXで相互フォローしていただいているだけで、面識なくメールでさえお話したこともないかたなのだが、 なんとありがたい・・・

その渡邊先生の教え子のかたはすごく感じがよいかたで、とても熱心に見てくださっていた。

そのあと早稲田大学名誉教授の塚原史先生が。

先日『異説 ダダ・シュルレアリスム』という分厚い超力作の御本をお送りいただいたばかりで、お世話になりっぱなし。

私が特にシュルレアリスムとアナキストの関係に興味を持った、と感想をかいたことを評価してくださった。

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20年前に早稲田によんでいただいて、講演や、授業などに出させていただいたのだが、また今度よんでいただけるかも、というお話になって、

「なにしろ福山さんは生き方そのものが芸術だからね。そういう人はいないから。ゴッホとかならいたけどね、今は・・」と言われてびっくり。

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水彩画家の伊佐さんと。
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シモーヌ・ヴェイユの研究者の今村純子さんも。

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私の装丁した吉田文憲さんの詩集『ふたりであるもの』を見て「こんなに素敵な装丁の本は見たことがないと言ってくださった。

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夕方、この場所に通ってくださっていた、母のケアマネだったMさんもいらしてくれた。

夕方、6時半以降に来てくれたかたもいたのだけど、きっちり7時に閉廊させていただいた。

閉廊して、やっとお茶。今日はギャラリーに来てから水分を口にすることも完全に忘れていた。

本日はこれから動画撮影。

最初に私が自宅で録音してきた詩(吉田文憲さんの)をスマホで共有するのに手間取り、それから撮影の段取りの打ち合わせなどに1時間を要した。

自分の絵の前で、私の生まれて初めてのアドリブのパフォーマンス。スマホで撮影してもらったものを逐一見て、撮影の角度や構図などを修正してもらって、6,7テイクくらい撮っただろうか。

終了したらやっとおなかがすいて、10時近くだったがお赤飯とビールをいただいた。

10月12日(日)

いつもアオスジアゲハが集まる花壇。昨日、陽射しがきらきらしていた時間には5匹(5頭)もいた。

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夕方、マツダトイズさんが15歳のご子息を連れていらした。

私のデッサンへの姿勢(同じ固体の花を咲いてから萎れて枯れてカサカサに拘縮するまで何か月も捨てないで描いている)に感銘を受けられられたそうで・・。

息子さんも絵を描いていきたいそうだ。

マツダトイズさん自身が時代の趨勢に息苦しさを感じていらっしゃるのは、もともとが純粋に美術志向で傷ついた経験をお持ちだからだ。

時代の趨勢にどこまでどこのように同調し、あるいは反発していくのか、個人の感性、個人の意識、個人の趣味、個人の体質、そういうことは私はわからない。

私が教えられることは、「そこに在るもの(生命)」の、なにを、どのように、どういうふうに「見る」のか。

どうやったら「見る(感じる)」ことができるようになるのか、ということ。

 

 

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2025年10月12日 (日)

福山知佐子個展 1日目

10月11日(土)雨

ギャラリー十二社ハイデでの個展初日。

雨で、私としてはもう辛いほど寒かった。2階の箪笥の中から何十年も前のセーターを引っ張り出して重ね着した。

夕方、足利市立美術館の篠原さんがいらしてくれた。今回は美術館の展示替えでどうしても休めないから行けないと言われていたのに、休みがとれたそうだ。

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つい先日、チェコから帰国したとお聞きしたのに、きょうもいくつか回って来られたみたいで、本当にそのエネルギーには驚嘆してしまう。

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ギャラリー十二社ハイデの管理人のアケミさんは愛知県の出身なのだが、篠原さんも栃木県に行く前に愛知県に住んでおられたそうで、

ふたりで愛知のローカルな(私のよくわからない)話ですごく盛り上がっていた。

アケミさんは篠原さんと初対面だが、篠原さんの仕事への情熱、行動力とお人柄にたいへん魅了されたようだ。

私の来年の仕事関係の話について、私はあまり自信がないのだけど、篠原さんが「だいじょうぶ。俺がうやむやにはさせないよ」と断言されて・・

「ええ?」と驚く私に「これで少し安心した?」と篠原さん。

これには私もアケミさんも言葉が出ないほど感動した。なんでそこまで親身になってくれるのか。

想像がつかないほどたくさんの作家さんを助けてきたかたなのだと思う。

本当にただただ頭が下がる。

 

 

 

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2025年7月10日 (木)

ギャラリー十二社ハイデ 展示の設営

7月9日(水)

世界堂に額装を発注していた絵を2点受け取りに行き、十二社ハイデまで運んだ。

昨日の夜に運んでおいた額絵とともに展示の設営。

アケミさんのコレクションはおおよそ位置が決まって、もう設営されていたので細かい修正ですんだ。

奥の部屋は奈良美智のドローイング(1986年作)でほぼいっぱいになってしまい、横尾忠則の大きくて派手なシルクスクリーンは雰囲気に合わなかったのでとりあえずはずしておいてあった。

(ちなみに横尾忠則のシルクは90年代ではなく、87年制作でした。)

でもアケミさんは、この大きな横尾忠則の版画をとても売りたがっているので、興味がある人はぜひ見に来ていただきたいです。廊下に飾ろうか思案中。

あと宮西計三の原画、ホルスト・ヤンセンの版画、手前の部屋には宮西計三の版画とアケミさんの絵と私の絵を飾って、ひととおり完成。

母が使っていた古いミシン。
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私の母が残した裁縫雑誌「ドレスメーキング」の中のこのポーズがかっこよくて、いずれ、このポーズができるようになりたい。

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奈良美智の赤いドローイングの前で。
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昔、私が小さい頃には大きなボーンという音を鳴らしていた柱時計とホルスト・ヤンセンの銅版画。

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この奥にかかっているドローイングが、私のお気に入り。なかなか繊細です。

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昨日、久しぶりに体重を計ったら41kgを切って40.5kgくらいになっていて驚いたのだが、動けないということはなくて、卓球の時は連勝だったし、休み時間も休みたくなくて先生に特訓をお願いしているくらい元気ではある。

遠野なぎこのニュースがショックで、かわいそうで・・・食べられなくなって衰弱するのは本当に怖い。

転移が酷くなった時のために筋肉や脂肪の貯金をしておかなければならないのに、私はがんと関係ない理由で体重が減少中。

私は吐くことはないのだけど、食べると必ずおなかが痛くなる過敏性大腸炎になってしまったようで、お腹が痛くなると食欲どころではない。

今日も帰りにアケミさんとグラタンを食べた時(お酒は飲んでいない)は1皿完食できたのに、帰宅したらやはりお腹が壊れてしまった。

今は、とにかく脱水しないようにこまめに水分を摂っている。

本当だったら7月は個展で、今ごろは過緊張でもっと体調が酷くなっていたはず。

しばらくは根を詰めないで心身ともに緩めたい。

 

 

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