宇野昌磨 フィギュア世界選手権2024
ショートプログラム・・・映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』より「I Love You Kung Fu」
どうしても白い靄に光が差している中で踊っているのが見えてしまう。
静謐で人がいない世界。
湖の氷に何度も透明な声が反響する。
孤独で、怜悧で、溌剌として、一糸乱れぬ暴力的な
この1秒ごとに最大振り幅の生命が捧げられている舞踏。
至高の演技にただ驚嘆。
昨年の末に見た時より顔も体つきもずっと大人びて見えた。
そのとおりに演技も異様に洗練されて深みが増し、完全に異質なものになっていた。
敢えて透明で淡い音楽の中で、すべての動きをくっきりと
強烈に印象付ける挑戦的なプログラム。
時折激しくかぶりを振るような
絡みついてくるもろもろの迷いを振り払うような
ふっと力が抜けて落下する花びらのような
強靭さとしなやかさ、儚さと爆発。
踊り狂う身体は彼の制御を超えて、端正であると同時に予測不可能。
熾烈な争いと言われるが、宇野昌磨選手だけはまったくの別物。
異質であり、これぞ至高のフィギュアスケート。
今までのフィギュアスケートの域を超越して、(美しいジャンプを備えつつ)身体表現の極を行く。
フリープログラム・・・『Timelapse』~『鏡の中の鏡』
盛り上がる後半に「鏡の中の鏡」に入り込み、成功すれば度肝を抜くようなプログラム。
確かにジャンプを失敗したら、緊張の極の中での息が止まるような表現の美しさは見えづらくなってしまうけれど、
スケートとは何かを全身を使って伝えようとする彼にとって、それはもはや大きな問題ではなかっただろう。
フリープログラムでの演技に衰えは全く感じない。
これが彼の最後の試合だなんて思いたくはない。
彼がもう試合に出ないのなら、私はフィギュアスケートを観ることは無くなりそうだ。
私は絵でもなんでも、自分がエロスと詩情を感じないものに興味がないから。
昨年の世界フィギュア選手権フリーの日、私は癌研究センター中央病院で右肺中葉摘出の手術を受けていた。
動脈、静脈、硬膜外と3本の麻酔の管を繋がれ、激痛と嘔吐でどうしても観ることができなかった。
宇野昌磨選手の試合を見るにはそうとうなエネルギーがいる。
優勝したと知って安心したが、観たのは退院してだいぶ体力が戻ってからだ。
昨年のフリーは感情が入りやすかった。
曲は典雅なクラシックからたぎる情熱へ。
もっと!もっと!と激しさとスピードを増す動き。
終わった瞬間、倒れ込み、会場総立ち、鳴り響く拍手。
日本で開催されて、彼の演技に歓喜する観客に囲まれている宇野昌磨選手を見られるのも嬉しかった。
ステファンのワンダフォー!ワンダフォー!と繰り返す抱擁。
彼だけの良さが遺憾なく発揮された演技。
そして驚くべきことに、
今年のフリーの表現は、昨年よりさらに重厚さや深遠さを増していた。
昨年よりさらに「点数に評価されない次元」の高みへ向かおうとしていた。
高難度ジャンプ偏重のフィギュアスケートではなく、
フィギュアスケートの始原へ、
フィギュアスケートの域を超えた始原の未知の表現の深みへと。
またぜひとも情熱でたぎるような宇野昌磨の演技を見たい。
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