2020年9月 7日 (月)

がんの定期健診、丸山ワクチン / 膠絵

9月4日(金)36℃

癌の主治医の定期健診に鎌ヶ谷の病院へ。

主治医に丸山ワクチンを始めたことを報告。予想通りだが、丸山ワクチンはほとんど無意味と言われる。免疫を上げるというのは、私のように進行がゆっくりなタイプの癌には意味がないと。

新型コロナに対してはBCGが効果あるかもしれないと言われているので、結核菌である丸山ワクチンも、もしかしたあ効果はあるかもしれないと。気休めにはなるかもしれないと。

私は、もう少しやってみたいと思っている。

癌の主治医は丸山ワクチンと甲状腺がんの関係について研究してきたわけではないし、なににも例外はあると思うから。

ワクチンを打つことで私自身の気分が上がるなら、それだけでも良いことなのではないかと思う。

結局、治療としてできることはない。ストレスで脳から甲状腺ホルモンを出せという指令が出ると肺にある癌細胞が増大してしまうから、とにかくストレスを感じないようにすること。

私の性格として根を詰めすぎる、寝食を忘れて仕事に没頭する傾向があるのでそれをやめること、のんびり楽しんで絵をやるように、と言われた。浅井先生は私の性格をよくわかっている。

・・

駅への帰り道、線路際の夏草がとても美しい。

水のようにすっと流れるカモジグサ、トゲトゲとヒレが面白いアザミ、極小の砂糖菓子のようなヤブカラシ、星雲のようなヒメムカシヨモギ。

何枚か猫と季節ごとの草花を描いてみたが、描きたい草と猫を全部試すと50枚くらいになりそう。

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ハルジオンとキュウリグサ(岩絵の具 紙本着彩 部分)

9月5日(土)

M医院でもらってきた消毒綿と注射器を使って自分で丸山ワクチンを打つ。

びくびくしてやるとガラスで手を切ると言われていたアンプルも、なんのことはなくあっさり割ることができた。針を取り換えるのも、お腹に刺すのも、不安もない。

最初はびくびくしてなかなかうまくできなかったことが、ある日突然すっと容易にできる。

とりあえず今年いっぱいまではワクチンを打ってみたいと思う。

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2020年7月26日 (日)

天沼、古い素敵な建物、クリーニング東京社

7月24日(土)

4連休の2日目。和紙を濾したような湿った淡い灰色の曇り空。隣町まで自転車で夏の景色を見に行く。

前から気になっている杉並区天沼の不思議な家。ここだけぽっかりと広い道の角にある。大谷石の門も素敵。古いアパートらしい。

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遊歩道の脇を通り、荻窪方面に自転車をこぐ。荻窪八幡と弁天池公園の近く、いつのまにか協会通りへ出る。

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大好きなクリーニング東京社さんの古い木の建物。閉まっていた。

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それはそれは美しい水色の剥落を隅から隅まで眺めていた。

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このあたり、懐かしい木の家と旺盛な夏草が息づいていた。カラスウリ、ヨウシュヤマゴボウ、エノコログサなどびっしり。

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きょうは至る所、オニユリが咲いていた。遠くから鮮やかなオレンジ色の点を見つけると、オニユリ!と何度も跳んで行った。カサブランカやヤマユリはもう散っていた。

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2020年5月28日 (木)

プフの眼、松の木、阿佐ヶ谷、八重チューリップ、薔薇、ザボンの花

4月29日(水)

4月からずっと見てきた(高円寺北の公園前の)紫の八重、大輪のチューリップが散り始め、一部は雨で腐り、しどけなく美しくなってきた。調べたが種類の名前はわからない(知っているかたは教えてください)。
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ナニワイバラ(難波薔薇)とジャスミンの絡んだ一角がほころび始めた。ジャスミンはまだ蕾が多い。
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イヌバラ(犬薔薇、ロサ・カニーナ)とナニワイバラはよく似ている。ナニワイバラの葉はつるつるしておうとつがなく、濃い深緑。イヌバラの葉はいわゆる薔薇らしく表が膨らんでいて葉脈もおうとつがあり、柔らかな印象。色はやや明るい草緑。
花はほとんど区別がつかないが、ナニワイバラは白のみ?イヌバラは白と薄ピンク。

タンポポは半分が穂綿になった。

プフの眼、抗菌目薬プラノプロフェンをさしているが涙と目やにがあまりよくならないので心配。
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5月1日(金)

ナニワイバラとジャスミン満開。ラッフルパンジーの花が終わりかけ。紫の八重のチューリップ、雨で腐って爛熟。

ハルジオン、キュウリグサ満開。

プフの眼、目薬で少し良くなった?
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5月3日(日)

きょうのプフの眼、わりといい?
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5月4日(月)

ジャスミンは茶色く枯れかけ、ナニワイバラは少し散りかけ。

毎年気にして見ている、人ひとりすり抜けるのがやっとの猫道にあるサクランボが熟してきた。

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近所2~3kmを自転車で周ると、素敵なイングリッシュローズを育てている家が増えている。花の形は、やはりクォーターロゼット咲きに惹かれる。

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植物園が閉鎖していても、近所を見て周れば山ほどの薔薇。

5月8日

薔薇、薔薇。町中に薔薇の香りが溢れかえる。

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この剣弁の白薔薇の咲く一丁目一番地から、細い暗渠の道を辿って阿佐ヶ谷北を行くと、どこまでも続いている。
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暗渠を辿って中杉通りまで 出た後、折り返して善福寺川へ下った。

松の木の住宅街の薔薇。
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やっぱり涙と炎症があるプフの青い眼。
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5月9日(土)

阿佐ヶ谷北の大きな屋敷森。
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「Aさんの庭」の垣根の白薔薇も満開。小輪の蔓薔薇はまだ蕾が残っている。

5月10日

ずっとうちの子たちがお世話になっているハナ動物病院の太田快作先生の「ザ・ノンフィクション」の前編。花子と20年一緒だった、何もかも花子のおかげ、花子を自分で看取るために開院した、と・・・私も20年ずっと一体だったちゃびのことを思い出して激涙。

夕方、善福寺川でシラサギを見てから、松の木の坂道のたくさんの薔薇を見る。

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人っ子ひとりいない夕暮れに、こっそり秘密のポランの広場を発見。
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ここの草花たちも、すぐに潰されてしまうのだろうけど・・。
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5月11日(月)

プフ、やはり少し涙。目やにを拭いてあげないと眼のまわりが汚れる。抗菌目薬が効かない。不安でたまらない。

5月12日(火)

近所の薄紫の薔薇レイニーブルー満開。

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スズラン満開。

待っていた近所の柑橘(朱欒 ザボン)の花、満開。大好きな香り。
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ネロリ、まだ残っているジャスミン、薔薇の香りが混じりあう、この眩暈する陶酔は一年のうちで今だけ。

 

 

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2020年4月22日 (水)

 善福寺川の湧き水へ

4月8日(水)

家の近所の落ちた椿を拾って描く。椿の裏側や横から見た風情、落ちてばらけたところも美しいと思う。

椿(鉛筆デッサン、水彩)
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白い八重の抱え咲き椿は「袖隠し」だと思ったが、もしかしたら「天の川」。神代植物園で見た「後瀬山」(神代植物園のものは薄い微かな桃色)と形はそっくりで純白。

椿(鉛筆スケッチ、デッサン、水彩)
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きょうも善福寺川緑地で満開の八重桜「普賢象」をじっくり見る。

「一葉」も「普賢象」も淡紅色八重大輪。雄蕊が葉化しているので「一葉」。雄蕊が2本葉化しているので普賢象菩薩が乗る白象に見立てて「普賢象」。だが実際はどちらも雄蕊が葉化しているのが1本の花、2本の花、または葉化していない花が混じっている。

それから善福寺川に沿った細い道を川の水が湧いている善福寺公園あたりまで、自転車でさかのぼって行った。

途中、古いアパートや変わったつくりの建物、見慣れない植物(一重の木香薔薇など)を見つけながら、川の土手にへばりついて咲くスミレもしっかり見ながら、たくさんの橋を横切って進んだ。

荻窪近く、交通量の多い環八を渡る時だけ興ざめだが、それ以外は車にも人にもほとんど会わない静かな旅。

原寺分橋(はらてらぶばし)の湧水近く。水が澄んで川の中にアヤメが咲いている。
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西日に輝く善福寺公園が見えた時は感激。
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東京女子大の周り。象徴主義の画家が描いたような雰囲気の森。

 

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ひっそりかんとして森の木々の声が聞こえそうな道。

杉並区善福寺から隣接した吉祥寺市東町の辺り、古い木の家やおしゃれな洋館風の家を眺めながら自転車で走る。

初めて出会ったものの写真をたくさん撮った。

帰りは環八から四面道、天沼に出て阿佐ヶ谷の欅屋敷の方から帰宅。家についたのは6時。

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プフの青いほう目の目やにが酷くなっているのでハナ動物病院に電話。あさって抗菌目薬をもらいにいくことになった。

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2020年4月17日 (金)

植物の記録 桜 デッサン

https://chisako-fukuyama.jimdofree.com/pencil-drawing-watercolor-painting-1-tulip-anemone/

3月26日(木)

新宿御苑。

人が多いのが怖かったが、桜「白妙」(大輪白、八重)と「太白」をどうしても見たくて木曜を選んだ。今年は海外からのお客がいないはずなので空いているかと思ったが、予想より混んでいた。

まっすぐ「白妙」へ。太い幹がふたつに別れている奥のほうの高い幹だけが満開。手前の低い枝は蕾。

「白妙」は純白だが、蕾の時だけは花弁の先端に桃色のぼかしがある。

「太白」は2分~3分咲き。皺とうねりのある大きな花弁にとても惹かれる。サクラ類で最も花弁の大きな花。

桜「太白」(鉛筆スケッチ、デッサン)
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咲きかけの「小汐山」が美しかった。オオシマサクラとヤマザクラの種間雑種と考えられる可憐な桜。

桜「小汐山」(鉛筆スケッチ、デッサン)
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桜「染井吉野 ソメイヨシノ」(鉛筆スケッチ、デッサン)
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人を避けて薄暗い林の中を歩くと、まったく目立たないところにポツン、ポツンと「白妙」の樹を発見した。これらの樹は花が枝の高いところにしか咲いていないので花のかたちを見ることができない。

これらの「白妙」には誰も気を止めない。ここにも存在していてくれることに気づけて嬉しい。

「新型コロナの予防について・・・手洗い、うがいを・・」と放送されていたが、茶屋にはいつものピーク時と同じに人がびっしり座っていたのを見て怖かった。私はいつも植物を見る時は時間惜しさにトイレ以外は休憩しない習慣なので、茶屋やレストランに入ったことはない。

薄暗く青灰色の山桜を背景に輝く染井吉野。

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森の端っこにある、ほとんど誰も見ていない私の大好きな倒れたヤマザクラ。またこの樹に会えて嬉しい。

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今が盛りのヒスイカズラを見ようとしたら、温室は閉鎖されていた。温室内は湿度も温度も高いが、それでも密室は危険なのだろうか。

3月27日(金)

「白妙」の手前の枝と「太白」の開花が気になり、再び新宿御苑へ向かう。

正午過ぎに着いたら、大木戸門が閉鎖されていた。

急に決定になったらしい。これで神代植物園も閉鎖されたので、ずっと楽しみにしていた「スミレ展」も見られないが、人から逃げながら植物を見に行くこともなくなり、少しほっとする。

久しぶりに世界堂画材店へ。いつもは混んでいるフロアに客は2、3人しかいなかった。いつもと異なる紙を買おうとしたが、スケッチブックの紙見本が手垢でボロボロになっていて今は見本を触るのが怖かったので、結局いつもの日本製を選んだ。

3月27日(金)

予約の一週間前なので病院に電話。ひと月前はぎりぎり不可だったが、今回はスムーズに、通院せずに処方箋を近所の調剤薬局に送っていただく手続きができた。

4月3日の予約当日に調剤薬局にファクシミリを送るそうなので、薬局に電話して薬の在庫があるか確認(自分の薬の㎍量を暗記しておく必要あり)。

いつも本を読んだり、小旅行のつもりで病院に行っているが、往復の乗車4時間はきつい。診療自体は5分ほどで、診療待ちが20分、会計と薬の待ち時間がさらに1時間。

3月28日(土)

善福寺緑地へ。

ソメイヨシノ、オオシマザクラ満開。オオヤマザクラはまだ蕾。

桜の花の柄の付け根の托葉の部分をスケッチする。

3月29日(日)

満開の桜に重い牡丹雪。
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スミレたちも凍えた。
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長靴を持っていないので、スニーカーで雪の中の植物を撮り歩いたら足がずぶ濡れになってかじかんだ。

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2020年4月16日 (木)

植物の記録 椿 桜 デッサン

https://chisako-fukuyama.jimdofree.com/japanese-style-paintings-1-膠絵/

3月22日(日)

神代植物公園。

鮮やかな朱色のミツマタが満開。

去年の夏にヤマユリがたくさん咲いていた木陰で、満開のカタクリの群れを初めて見た。母の生家(柏崎の山側)の裏山で毎年咲いていると聞いていた花。微妙な薄紫色、俯いてくるんと丸くそる細い花弁、葉の斑に特徴がある。

アーモンドの花が満開。ピンクの一重の桃に見える。

桜「神代曙」が見頃。去年、新宿御苑で見た「アメリカ」(ソメイヨシノの雑種)にそっくりと思ったら、やはり日本に帰って来たアメリカを神代植物園で接ぎ木して育てたものから特徴の違う花が出たものだった。桃色のぼかしのたいへん甘美な桜。

まだ硬い茶色の枝々の樹を背負って、臈長けた狂女のような枝垂桜。(鉛筆スケッチ、水彩)
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源平桃が満開。白、白地に桃の斑入り、薄桃、濃桃、紅と賑やか。

白、八重大輪の照手桃。名前は照手姫伝説から来ているのだろうか。

薄墨桜(?)が満開。ソメイヨシノともオオシマとも違う、透明感のある白く小さな花。翳のある美しさ。

ソメイヨシノは2分から3分咲き。

満開の椿・・・淡路島(白地淡紅〜濃紅縦絞一重唐子咲き)、御所車、古金襴(白地に濃紅の縦絞り)、紅千鳥(紅色地に白斑の入る八重咲き、散しべ)、菊更紗(白地に紅の縦絞り)、花富貴(濃桃八重抱え咲大輪)、黒椿、春の台(はるのうてな。淡桃地に紅縦絞りや小絞り。かたちは都鳥に似ている蓮華咲。)明日香、鴇の羽重、草紙洗(吹掛け絞)、玉霞、神楽獅子、絞唐子、桜司、出羽大輪、太神楽桃清司(だいかぐらとうせいし)、日暮、狩衣

椿「神楽獅子」(鉛筆スケッチ、水彩)淡桃地に少数紅絞り、牡丹~獅子咲き。大小の花弁の中に蕊が折りたたまれるように混じる。
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椿「京唐子」(鉛筆スケッチ、水彩) 唐子咲き(おしべ、あるいは葯の部分が旗弁に変形している椿)の中でも、淡路島(小輪)、絞唐子(中輪)よりも一段と華やかな大輪の白地に紅の絞り。葯が残っている花とすべて弁化したものがあり、色は濃い紅だけのものもあった。
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椿「淡路島」(鉛筆スケッチ、デッサン)
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椿「絞唐子」(鉛筆スケッチ、デッサン)
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梅林の端っこには「無類絞り」がまだ咲いていた。これ以上ないほどの美しい絞りの大輪の梅だそうだが、やや盛りを過ぎて絞りの桃色がにじんでぼやけていた。

武蔵野の雑木林はいよいよ早緑の芽がふきだした。

林の中にカンザキオオシマ。普通のオオシマよりも薄い桃色を感じた。

日向にはナズナ、ホトケノザ、オランダミミナグサのちっちゃな花たち。

3月25日(水)

善福寺川沿いを自転車で走る。ソメイヨシノ満開。

例年なら平日は桜満開でもほとんど人はいないのだが、今年は休校しているせいか家族連れが多い。

五日市街道から近い仮設トイレのあるエリアに人が密集。大学生と見える人たちが10人くらいで宴会。ほかにも3、4人で花見酒を飲んでいるグループがけっこういた。私はマスクをしない人と会うのが怖くてたまらないのでぎょっとした。

通過して人のいない林へ。高い小枝からヒヨドリやシジュウカラと風の声だけ。善福寺緑地は広いので、桜の季節にもどこかしらとても静かな場所を見つけることができる。

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桜の下にはタンポポ、スミレ、ハルジオン。

釣り堀武蔵野園のお食事処も、普段は静かなのに、きょうは自転車で来た子供たちで賑わっているようだった。

近所の見られる範囲で6種類のスミレが満開。

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2020年4月15日 (水)

植物の記録 椿 デッサン

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椿「白乙女」(スケッチ、水彩)
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3月3日(火)

神代植物園。

遠めの雑木林にはまだ黄緑の若芽は目視できない。茎を根元だけ残して刈り取られている薔薇園にはほとんど誰もいない。

2月に来た時はまだ固い蕾だったが、本日満開の梅・・・玉牡丹、白牡丹(大輪八重で萼は赤茶色。濃厚な花。)、塒出錦(とやでにしき。塒とは鳥のねぐらのこと。夜明けに鳥がねぐらを抜け出す時の曙色。)、玉拳(ぎょくけん)


まだ蕾の椿・・・磨墨(するすみ。白、大輪)、神楽獅子、都の錦、五色八重散椿

満開の椿・・・関西黒龍、無類絞、京唐子、大唐子、曙、蝦夷錦、天ヶ下、大虹、紅獅子(こうじし)、白獅子(はくじし)、春曙光(しゅんしょこう)、斑入り春曙光、日月(じつげつ)、沖の石、通鳥、百路の日暮(ももじのひぐらし)、鋸椿、桃色卜半、神代都鳥

椿「曙」(鉛筆スケッチ、水彩)明け方の優しい光がは花の芯からぼうっと漏れてきているような花。
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椿「蝦夷錦」(鉛筆スケッチ、水彩)白~淡桃地に紅の縦絞り。八重、筒蕊。
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散りかけの椿・・・有楽(太郎冠者)

満開の桃・・・寒白

桃「寒白」(鉛筆スケッチ、デッサン)ゴッホの『花咲くアーモンドの木の枝』の絵を思い起こす清冽な一重の白。

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植物園を3時すぎに出て電車が混まないうちに帰宅。

3月5日(木)

近所の裏道で満開の蜀光錦椿の樹を見つけた。

3月6日(金)

近所のアスファルトルトの隙間から立派なスミレ。花色は赤紫、葉は円形。

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3月12日(木)

うちの近所の椿。白、八重、筒蕊、大輪。(鉛筆スケッチ、水彩)
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3月13日(金)

神代植物公園。

まだ蕾の椿・・・五色八重散椿

咲きかけの椿・・・桜狩、神楽獅子

満開の椿・・・御所車、唐錦(淡桃地に紅の吹掛絞り)、玉霞(吹掛け絞り、一重玉状咲き)、肥後日本錦、紺侘助、孔雀椿、雪牡丹、日暮、絞唐子、後瀬山(ほとんど白に近い淡い桃色、八重抱え咲き)、三浦乙女、空蝉、白菊、加茂本阿弥(かもほんなみ。窓の月。白、一重抱え~椀咲き、中~大輪)、磨墨(するすみ。白、一重、大盃状咲き、輪芯、極大輪)、鴇の羽重(ときのはがさね。淡い淡い朱鷺色。)

椿「春曙光」(鉛筆スケッチ、水彩)淡い桃色で底(花弁の付け根のほう)が白いぼかし。
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椿「日月」(鉛筆スケッチ、水彩)乱れた八重。白、淡桃色、淡桃色に紅縦絞り、桃色に白覆輪など、さまざまに咲き分ける椿。
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3月17日(火)

近所の椿「天の川」(純白、八重抱え咲き)が満開。

「四海波」は毎日少しずつ開花。ユスラウメ、スミレサイシンも満開。

3月18日(水)

ハルジオンのうつむいた丸い蕾が膨らんできている。

3月19日(金)

近所の杏の花が満開。この樹は毎年枝を切られて、どんどん小さくなってきている。

3月21日(土)

阿佐ヶ谷方面を自転車で散歩。かつて大正時代築の素晴らしい木の建物があったという「Aさんの庭」という公園に初めて来た。ヒヤシンスや椿が満開。

久しぶりに早稲田通りの「お伊勢の森」あたりに行ってみると、バス停の前にあった古い家並みが無くなっていた。

蓮華寺の境内にはソメイヨシノがもう満開。10年以上前、よくこのお寺の裏の塀のあたりでカラスウリを採った。

大和町の荒巻医院の周辺の建物がだいぶ壊されていた。この周辺の不思議な雰囲気が好きだったのに残念。

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2020年3月19日 (木)

植物の記録、梅、椿、デッサン

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今年は記録的な暖冬で、植物たちの開花時期が例年と違う。

2月5日

近所の11月末から2月まで狂い咲きで満開だったコスモス(東京でコスモスの見頃は9月後半から10月)。沖縄では1月から2月に満開だそうなので、やはり暖冬すぎたせいなのでしょう。異常気象、地球温暖化が心配だ。

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2月13日 18℃

新宿御苑へ。

暖冬で休眠打破がなかったせいで、早咲きの梅の開花は遅れたらしい。

いくつかの梅を立ったまま鉛筆スケッチ。

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池のほとりのカンザクラは重苦しいほどに満開。カンザクラは例年より早い印象。

新宿御苑の桜パンフレットによると「寒桜」とカンザクラは違うそうだ。「寒桜」は厳密な栽培品種でカンヒザクラとヤマザクラの種間雑種。カンザクラは厳密な栽培品種でなく、カンヒザクラとヤマザクラ、あるいはオオシマザクラの種間雑種はすべてカンザクラとしてまとめられる。

カンザクラの中に、「大寒桜(おおかんざくら)」、「河津桜」のような栽培品種がある。

「河津桜」も6分咲きほどで見頃。

12月から咲いている水仙「ペーパーホワイト」は、まだ満開。

2月14日 16℃ 曇り

神代植物公園へ。

門近くの「大輪緑萼」が見頃。大きな白の八重。梅は萼が赤茶色の花と緑色の花とでは大きく印象が異なる。私は萼が緑色のほうが好きかも。

梅園への橋を渡ると、くらっくらするほど素晴らしい香り。この時点で涙が出た。

神代植物公園所蔵の「韻勝園梅図」の絵の看板が、十数点ほどの梅のたもとに立てられていて、「韻勝園梅図」の絵と比較しながら本物の梅を見ることができる。江戸時代の「韻勝園梅図」の記録と現在の梅の花とは違っているものもある。

この「韻勝園梅図」の梅の描き方(植物学的でもあるが、非常に単純化されていて絵画的でもある)に、とても興味を惹かれた。

全体の6割ほどの樹が見頃。「紅鶴」「雲の曙」「森の関」「蓮久」「見驚」「白難波」「紅千鳥」「緋の司」「輪違い」「白加賀」「道知辺」「未開紅」「鹿児島紅」「薄色縮緬」「白滝枝垂」など。

まだ咲きかけの樹・・・「古郷の錦」「米良」「寒紅」「月影」「玉垣枝垂」「酈懸(てっけん)」など。

「酈懸(てっけん)」は花弁が退化して、しべ咲きとなった珍しい品種。。「茶筅(ちゃせん)梅」ともいわれる。 今年は暖かいせいで白い(ほかの梅よりも小さな)花弁が付いている花が多い。

ほとんど蕾の樹・・・「白牡丹」「玉牡丹」「日月」「月宮殿」など。「白牡丹」は、ぜひ満開の時に見たいと思う。

曇りで午後3時近くなると人もいなくなり、薄い銀色の光の中で花たちは冷たい色に変わった。

桜の優美とは違う、つんとすましているようで苦悩しているような枝。庭園を整えるために切ったのではなく、樹の生命のためにだけ切った枝ぶりが、奇怪なまでに奔放に捻じ曲がって伸びている。

息が詰まるほど惜しげなくなまめかしい香り。園全体がこの世のものとも思えぬ妖しさに、しばし放心して佇む。

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梅の樹の枝ぶり。デッサン(素描、スケッチ)

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 椿園はまだほとんど蕾。咲きかけの樹が少し。「無類絞」「白腰蓑」「初雁」がちらほら。

椿 白腰蓑(しろこしみの)水彩(鉛筆デッサン、スケッチ)
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コロナの心配さえなければ閉園ぎりぎりまですべてを刻み付けるように見ているのに、バスと電車が混むのを恐れて深大寺門を3時15分に出る。

細い坂道を下ったところの池にアオサギが来ていた。

2月15日

毎年気にして見続けている近所のS歯科医院の椿「(おそらく)四海波」(5色、獅子咲き)が咲き始めている。

椿 四海波(しかいなみ)水彩(鉛筆デッサン、スケッチ)
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2月17日

自転車で梅里公園へ。

「烈公梅(れっこうばい)」(紅色一重)、「見驚」、「呉服(くれは)枝垂」(淡紅色八重)、「輪違い」が見頃。

梅 輪違い 水彩スケッチ(鉛筆デッサン)
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メジロが来ていた。

毎年、3月20日頃に満開のミモザがすでに満開。

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近所の大輪白八重椿(白八重椿は似ているものが多くあり、名前は特定困難)が満開。

2月20日

近所のT医院の白い八重の枝垂れ梅(おそらく「緑萼枝垂」)が満開。去年、この樹は3月3日に満開だった。中生の梅は2週間近く早い。

 

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2019年7月26日 (金)

神代植物公園 日本固有のユリ

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/7-other-flowers-plants/

7月23日(火)

再び神代植物公園へ。午後からところどころ強い雨になるという予報だったので10時半くらいに到着。予報ははずれ、またも蒸し暑い日となった。

山野草園では先日よりも百合が開花していた。

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細長い林の中、点々と数十本のヤマユリ。まだ蕾もあるので、あと一週間は見頃。深大寺門近くの林の中にも数本咲いていた。

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一面緑の夏草の中に、うつむいた大きな白い花が見えるのがたまらない。

ユリの花を描いた絵で、私が子供の頃に最初に心惹かれたのは酒井抱一の「夏秋草図屏風」(風神雷神図の裏に描かれた絵)だった。その理由はススキの緑の葉の隙間から実に微妙な分量の白が見えていて、しかもうつむいているからだ。

子供の頃、山で、実際に何度かその状態のヤマユリを見て感動したことがあるので、抱一の描いたのはヤマユリだと思い込んでいたが、今見ると「夏秋草図屏風」のユリはテッポウユリだ。

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日本に自生するユリは15種で、そのうち日本固有種はヤマユリ、ササユリ、オトメユリ、サクユリ、カノコユリ、テッポウユリ、タモトユリ、ウケユリの8種。

・・・

最近、大好きなヤマユリとカノコユリについて調べていたら、ちょうど植物会館で、今日から「世界のなかで日本の植物が果たした役割と影響」という特別企画展をやっていた。

メモ。

17世紀に西欧諸国による貿易航路が整うと、まずイギリスからプラントハンターが各大陸へとやって来た。

トラデスカント親子(1570-1638と1608-1662)はプラントハンターのパイオニア。

フランシス・マッソン(1741-1805)はキューガーデンから最初に派遣されたプラントハンターで南アフリカからイギリスへ植物を送った。

日本は北半球の温帯地域の中でも植物の多様性がもっとも高い地域と言われる。

日本と北アメリカ東部はよく似た植物が多くみられる。これは「第三紀周極要素(第三紀周北極植物相)」と呼ばれ、6500万年~200万年前に広く北半球に分布していた植物が南下し、各大陸の中緯度地域に残存することになったもの。ヨーロッパではその多くが(寒冷化に伴う南下が阻まれたために)すでに絶滅。

長崎の出島にケンペル、トゥンベリィ(ツンベルク)、シーボルトの三学者に先立って日本の植物を研究していたクライエル(1634-1698)がいた。

クライエルは1682~83年、1685~86年の2回、来日。日本の画家に描かせた植物画1360枚をドイツ・ブランデンブルクに住むメンツェル(1622-1701)に送った。

当時のドイツの学術雑誌にクライエルが送った植物画をもとにしたメンツェルが執筆した日本植物レポートが掲載されている。そこにはヤマユリとカノコユリの図(「ヤマユリ」と「カノコユリ」とカタカナが添えられている)がある。

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三学者の一人、ケンペル(1651-1716)は自ら描いた植物画(日本語による植物名が添えられている)とともに1695年にヨーロッパへ帰還。『廻国奇観』を1712年に出版。これはカール・フォン・リンネ(1707-1778)が1753年に『植物の種』を出版するより40年余り前。

イギリスの医師ハンス・スローンがケンペルの遺品・遺稿を買い取り、『日本誌』を1727年に出版。

トゥンベリィ(1743-1828)はリンネの愛弟子で、出島に滞在後1784年に『日本植物誌』を完成。

シーボルト(1796-1866)は1823年に来日。1830年7月に現ベルギーのアントワープに到着した時、積載した485種の植物のうち約260種が生き残っていた。それらをヘントの植物園に運び、2ヶ月滞在。

ベルギー独立戦争のさなか、ヘントのカノコユリは1832年に開花し、現地の人々はその美しさに驚嘆したという。

その後ベルギー独立戦争の余波を受けてシーボルトはオランダのライデンへ避難。戦争中、ヘントの植物園に残された日本の植物は、現地の園芸商に持ち出されて増殖・販売され、大部分が散逸してしまっていた。シーボルトは1839年の戦争終了後に返還を求め、80種を取り戻した。

シーボルトはドイツの植物学者ゲアハルト・ツッカリーニ(1797-1848)の協力を得、『日本植物誌』(二人の共著)の刊行は1835年にはじまった。(この中に素晴らしいカノコユリの図版がある。

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しかし刊行は1844年に中断。シーボルトとツッカリーニの死後、オランダの植物学者ミクェルによって第2巻の後半が刊行された。

ヤマユリ(Lilium auratum)が1862年にイギリスにもたらされると「驚嘆すべき美しさ」と大評判になった。auratumは「金色の」の意味。

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シーボルトらによる日本の植物の普及活動が欧米ではじまると、まずユリの評判が高まり、その需要に応えるため、1867年ごろには横浜を拠点としてユリ根の貿易を行う在留外国人があらわれた。

ボーマー(1843-1896)は北海道開拓使として来日したが横浜に転居し、ユリ根などを扱う貿易商を始めた。

鈴木卯兵衛(1839-1910)は横浜植木商会を設立。ユリ根の輸出を始め、1893年に園芸植物全般を扱う株式会社に発展。横浜植木商会の『LILLIES OF JAPAN』(1899年)の図版は素晴らしく魅力的。(左:表紙、中:サクユリ、右:丸葉カノコユリ。)

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ジョン・シンガー・サージェント(1856-1925)のぼうっと光り輝くヤマユリと提灯のを見た時、衝撃を受けたが、この絵が描かれたのは1886年。日本から入って来たばかりの金の帯と赤い斑のあるヤマユリは、さぞかし輝いて見えたことだろう。

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(この企画展では、ほかにも世界に渡った日本のサクラ、アジサイ、バラ、キク、ハナショウブについての展示があった。)

・・・

私の一番好きなユリの絵といえば、やはり1900年頃に描かれたモンドリアンのヤマユリとカノコユリの水彩だ。たっぷりと涙を湛えたようなカノコユリの絵はすごいと思う。

モンドリアンはオランダで20代の頃に、日本から来たヤマユリやカノコユリを生まれて初めて見て、とても神秘的な美しさを感じたのかもしれないと思うと、感無量だ。

形骸的ではなく、張りつめたようでいてとても傷つきやすい百合の美しさを描くことができたら、と思う。百合を描くのはとても難しい。

植物センター内に貼ってあったサクユリの場所を職員さんに尋ね、植物多様性センターへ。サクユリは伊豆諸島に自生する伊豆諸島固有のユリで、世界最大のユリ。絶滅危惧種。

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植物多様性センターの中にもヤマユリが何本か生えていた。芝生の近くにとても背の高いヤマユリが。

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植物公園に戻り、再び職員さんにカノコユリはないか尋ねたら、なんと山野草園の入り口付近に、ほんとうに小さなつぼみがついたのが一本。カノコユリも絶滅危惧種。どうか無事に咲いて、増えてくださいますよう。

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このあと花蓮園できょう咲いている蓮の花を撮影、その後、野生種とオールドローズ園の薔薇をひとつひとつ丁寧に見て歩き、たまだ開花しないショクダイオオコンニャク(燭台大蒟蒻)を見に温室を訪ね、さらに薔薇園を歩き回ったのでクタクタ。

深大寺通りで9割蕎麦を食べた。3時頃から盆踊りの曲(三波春夫の「大東京音頭」)が流れ、太鼓の音が鳴り響いてきた。蕎麦屋に貼ってあるポスターには6時からと書いてあるが、太鼓の練習なのだろうか?

 

 

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2013年3月29日 (金)

最後の阿佐ヶ谷住宅 桜

3月28日(木)

桜が散る前に阿佐ヶ谷住宅まで歩いてみる。壊されているのを見るのが怖かったのだが、植木を刈ったりしていたが本格的な破壊はしていなかった。

大好きな場所での最後の桜が見られた。やはり前川國男はすごい。建築家というのも素晴らしい才能の人間と汚らわしい奴とが設計したものにはっきり表れる職業だと思う。

緑地の中をS字にカーブする道、174戸のテラスハウスも知れぞれの庭も均一な形状ではなくいろんな個性があり、さまざまな場所が入り混じって個別でもあり融合してもいる、すべてが有機的にうごめいている生きもののような場所だった。

テラスハウスの前の錆びたブランコの柱と片側の枝を切られたアシンメトリーの桜の樹。

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この三角形の枝振りが好きだった。平屋のテラスハウスの前の庭にはシロツメクサとタンポポが咲いた。

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阿佐ヶ谷住宅案内図と桜。

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ひろびろとした原っぱを前に気持ちが落ち着くこの構図を幾度の春、見たことだろう。

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草木が茂った小道がいくつもあった。(きょうはだいぶ草木を刈られてしまってはいたが。)それそれが違う雰囲気を持ち、この小道をくぐり抜けたらどこに行くのだろうと思わせた。

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南天、椿、棕櫚、雑然として生き生きした草木の中を抜けるとぽっかりした空間があるようにつくられている。

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このあたり、「蛇のひげ」の茂みから出てきた大きな蛇と出会った場所。

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いつも静かだった一角。

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団地とテラスハウスの中を通るバスも通る道。

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団地の庭。梨の花が香気を放っていた。錆びた手すりも共鳴していた。

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山桜はもう散っていたが梨の花は今が盛り。

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李(すもも)の樹は花が散って新緑になっていた。日差しが強烈になる頃、たわわに実る李を見せてくれた大好きな樹。この李の樹にくっついた家には子供がいた。

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李の樹の横にも優しくうねる細い小道があった。蕗の薹の花がいっぱい。

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阿佐ヶ谷住宅の後ろはすぐ善福寺川。今年もまた、「あいおい橋」からのの桜を見ることができた。

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小学生の男の子から「すみません。この近くにロケットみたいな公園ありますか?」と尋ねられ、私はわからなかったのだが、通りすがりのご婦人が「ここからだと随分歩くわよ。大宮八幡のちょっと手前。」と言った。ロケットのかたちの遊具があるの善福寺緑地公園のことらしい。

善福寺川から一歩はいるとすぐ団地。お母さんを車椅子に乗せて桜を見せている男の人がいた。

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阿佐ヶ谷住宅の魅力は、植物に覆われた空間。たくさんの「裏」と「陰」と「隙間」。均質でなくそれぞれが個性的な個々の場所の融合。

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この薄い陰になる小道も美しかった。くぐり抜ければ真ん中の広場に出る、その裏にあるだけで静かな陰影の小道。

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広場を子どもが駆けていた。いつも桜が満開の時期でもあまり人がいなくて、ひろびろしているのも好きだった。

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この家も周りの植木などが一段とおしゃれで好きだった場所。

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その近くに、いつも阿佐ヶ谷住宅で会う猫ちゃん。友達を見つけてしのびよる。

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いつも同じ場所で仲良しの、いつもの2匹だ。

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6月には眩しいほど鮮やかな立葵が咲いていた45番の棟の前。今はハナニラ。

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45番の棟を桜並木側から見た風景。裏が表でもあり、さまざまな光の質があった。

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小さなわんこが家に帰りたくないとむずかって強力に抵抗していた。

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大好きな古木の桜並木。

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桜に限らないが、大好きな草木を大好きな人とふたりで見られた記憶ほど素敵なものはない。

桜の花吹雪、川面の花筏(はないかだ)。春女苑、ジシバリ(地縛り)、モジズリ(ネジバナ)、シロツメクサ(白詰草)、菫、藤、ミモザ、スモモ(李)、花桃、柘榴、獅子柚子・・・・

一緒に見た人、写真を撮ってくれた人、写真を撮らせてくれた人、静かで美しい時間をありがとう。

3月27日(水)

N病院。Y院長から「ごめ~ん。お母さん、きょう転んじゃったあ。」と言われる。レントゲンを撮ったが怪我はなしとのこと。

3月26日(火)

12時~3時の約束なのに11時30分に配送業者から「外で待ってます」との電話が来て焦る。ついに新しい冷蔵庫が来た!!!

木曜から死にそうになるくらいの荷物(主に絵のパネル)の大移動と掃除を続けて、やっと終わった。昼からビールもどきを買ってきて新しい冷蔵庫に入れてみる。そして飲んじゃっている。

3月25日(月)

母の骨折入院以前の訪問診療の主治医に処方を出してもらえないので、N病院退院直後にN診療所で診察を受けて処方を出してもらえないかをN病院の3Fのメディカルソーシャルワーカーに尋ねるようにケアマネさんに言われたので、そのとおり電話で尋ねる。

初めて電話で話したが、3FのMSWのSは2FのMSWのKさんと違って感じが悪く冷たかった。(電話中なので電話が終わったら電話させます、と言われてから一時間以上、。痺れをきらして電話してみたらすぐ出るとか。)

その後、ケアマネのMさんに電話で相談。

再びN病院に電話。この前の面談に同席してくれた看護師のUさんをお願いしたがきょうは休みで、かわりにYさんが聞いてくれる。Yさんはお顔がわからないが優しい人。

入院以前にショートでずっとお世話になっている施設K苑のKさん、SホームのHさんに、電話で介護度が急に上がったので特養のほう、よろしくお願いしますと言う。

その後、手持ちの余っている薬を確認したら8週間分ほどあったので、老健FのOさんに電話。N病院の出してくれる薬2週間分と合わせて、なんとかその期間だけでも入所させてもらえるようにお願いする。とりあえず即、申し込み書類を書いてくれと言われる。会議で審査するとのこと。

もし老健Fに3か月入れたとしても、その後はどこに行けるのだろう。

夕方、母の夕食の介助にN病院に行く。冷蔵庫買い替えのために三日N病院に行けなかったら、もう、すごい量の洗濯物がたまっている。

Y院長あての手紙に、母の薬のあまりがあった件と前の訪問診療の主治医の薬に関する意見のファクシミリのコピーを添えて、療法士のKさんに伝え、看護師のMさんに手紙を託す。

3月24日(日)

Hちゃんが来てくれて新しい冷蔵庫を部屋に入れるための荷物の大移動。ほとんど場所を占めているのは絵のための紙を張った木製パネル。

冷蔵庫の後ろ側を拭いたり、急な大掃除で筋肉痛。

夕方7時頃、新宿に出る。ヨドバシでシャープの人にいろいろ尋ねる。結局シャープの157cmのものを買う。

疲れ果て、gewaと登り亭でうなぎを食べる。懐かしい店。小さい頃、よくおばあちゃんが連れて来てくれた。昔はこげ茶色の木の素材のイメージの店だった気がするのだがインテリアは変わっていた。うなぎなんて高騰してもう二度と食べられないと思っていたのだが、登り亭は急な値上げ後、また値下げしたらしい。

3月23日(土)

溶けたエビを炒めたが、大好物のエビが、エビだけだと気持ち悪くて食べられない。

3月22日(金)

母の骨折入院前の主治医(訪問)にファクシミリでたずねたら、今定期的に訪問診療していないので、制度上、老健のための薬は処方できないとのこと。これで老健の3か月の薬の処方をお願いするために無理に一時帰宅させる意味は無くなった。

新宿のヨドバシカメラに冷蔵庫を見に行く。左ドアがないこと、大きすぎるか小さすぎるかで140cmくらいの高さの品がないことにショック。LABI、ビックカメラと廻るが無い。すごく疲労。

小さい冷蔵庫では私に絶対必要である花を花瓶ごと入れるスペースがない。大きすぎる冷蔵庫は電子レンジを載せられない。

3月21日(木)

母の主治医が院長のY先生にかわってから初めての面談。

母のリハビリは3点について成果があがっているとのこと。認知状態、食事(手作業、咀嚼、嚥下)、歩行(車椅子から立ち上がって移動の訓練)。

N病院はリハビリ専門なので3か月で出なければならない。転院後どうするのか決めてほしいと言われる。

院長Y先生は前の主治医のように病院の都合で、絶対帰宅しなければならないとは言わなかった。今の状態では自宅で家族が介護するのは無理だと思うと言った。

老健に3か月入るとしても、N病院では2週間しか薬の処方ができないとのこと。骨折する前の主治医に薬について意見を聞いてほしいとのこと。

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菫の鉢の土に氷をのせてあげようと思って冷凍庫を開けたら、氷が解けていた。冷凍食品全部が解けていた。え?!という感じだが、いきなり冷蔵庫の冷やす力が切れている。冷蔵部分の灯りだけが点いている状態。とりあえず百均で保冷バッグを買ってきて、クイーンズで保冷剤をいっぱいもらって来て溶けたエビを冷やした。

Hちゃんに電話したが留守。深夜来てくれて冷蔵庫を動かして電源の確認するのを手伝ってくれる。牛乳を2本預かってもらう。

冷凍庫の中のナウマン化したさまざまな商品を捨てる。それでも、どうしても捨てられないものは・・・・・・

銀座O画廊の個展に来てくださった鈴木清順監督がくださったマキシムのチョコレートとか――いただいたの、もう8年くらい前だっけ・・・・・??清順先生が80歳を超えた頃だと思う。

鈴木清順さん、お歳を召しても全然変わらず、すごくセクシーで、かわいくて、頭がキレて、天才肌で、気取らなくて、大好きな人だ。清順先生と言葉を交わした瞬間の時間、本当に、思い出すだけで好きすぎてかーっとなる。

愛するホルスト・ヤンセンの愛娘ランメ(カトリン)さんがくれたチョコレートも箱ごととってある。ホルスト・ヤンセンの教師アルフレート・マーラウが箱のデザインをしたチョコだと言って私にくれたのだ。

「1947年にわたしの教師アルフレート・マーラウは、わたしが偉大な素描家になるだろうといった。」というホルスト・ヤンセンの言葉が残っている。才能のある教え子に出会えることは、教師にとっては千載一遇の幸せ。生徒にとっても一生に初めての素晴らしい瞬間。マーラウはヤンセンほど有名にならなかったが、マーラウもすごい見る眼のあった人だと思う。

笠井久子さんに私の個展の時にいただいたデメルの猫の舌というチョコレートも、なんかもったいなくて食べられなくてずっと箱ごととっておいた。意外とブルームも出ずにチョコは劣化していないみたい(まだイケル)。

3月20日(木)

N病院。すごくかわいい療法士のK・Hさんに声をかけられる。きょう、母を屋上の花壇に連れて行ってくれたそう。誠実なだけでなくチャーミングなK・HさんにP.Tを担当していただいていることは本当に幸せだ。

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