新緑、椿、枝垂桜、浮腫がましな日
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4月5日(土)
久しぶりに国立へ。
並木の桜は今日がまさに満開。だけど人気のない枯れ蔓の這う倉庫のようなところに惹かれてしまう。
菊科の立ち枯れの風情に惹かれて走り寄ってみると、危険なアメリカセンダングサ。
この種子は服や運動靴に刺さって、指で丁寧に抜いても小さな棘が残っていてずっとチクチクと刺す。
原生林の陰に花びらの大きいニオイスミレが咲いていた。
明治時代の一般の人が描いたスケッチなどを売っているというコレノナというお店に行ってみたかったのだけど、休業中だった。
裏通りを周ると明治牛乳の隣にユニコーンブレッドという素敵なお店と魅力的な古いアパートを見つけた。
18時過ぎに国立の駅に戻るとピーィッという高くてきれいな声が鳴り響いていた。
見上げると数羽のツバメが飛んでいた。とてもかわいい。
駅の構内のスピーカーの上に巣をつくっているのだ。新しい建物なのに気に入られたみたい。
この日も浮腫が酷く、使い捨てカイロを貼っていたのに冷えたのか、夜は悶絶するくらい胃腸の調子が悪かった。
4月4日(金)18℃
1日から3日間、冷たい雨だったが、桜の花は散らずにしっかりと枝にくっついていた。
私はあいかわらず浮腫が酷く、調子が悪い。
椿は早生の木は落花してしまった。咲いている花は雨で茶色く傷ついている。晩生の木はまだつぼみ。
4月1日(火)雨5.8℃
真冬の寒さの中、国立がん研究センター中央病院へ。
12時過ぎに採尿、採血。13時半くらいに内科のH先生の診察。
一般検査の方で脱水と言われて驚く。ずっと家にいてお茶ばかり飲んでいるのに。
つまり下痢で脱水していたみたい。
あいかわらず食べると胃腸が痛くて、どんどんやせている。ロペミン(強い下痢止め)は1日2回ずつ飲んでいいと言われる。
Y本先生の診察は15時半くらいまで待たされた。
粉のプロテインも飲んだ方がいいと言われる。ブレンダーで作るバナナと小松菜と牛乳の生ジュースは飲みやすいが、プロテインを入れるとおなかが痛くなるので少しずつ。
一日に50gくらい蛋白質をとらないといけないのに、私はせいぜい25gくらいしか摂れていないみたい。
3月31日(月)
卓球の時だけは汗びっしょりになる。代謝が上がるのは嬉しいけど、食べられないのに運動するのは筋肉が余計落ちてしまうのでよくなさそう。
とりあえず豆乳を飲んでダークチョコをポリポリかじりながらがんばった。
気がつくと自分の右上腕の筋肉が落ちてしまっているのに愕然とする。
それ以上に太腿とふくらはぎの筋肉が落ちてしまってふらふらしている。
アートフェアの日に痛めた右腰が治っていない。冬に捻挫した左足の甲の外側の痛みがぶり返してきて足を引きずっている。
先週は25℃を越えた日が3日もあったのに、急に寒さが戻ったせいか、身体が冷えて浮腫が酷くなる。
朝、眼が覚めた時に顔が冷えていて、瞼が分厚く重く、眼の奥と頭が痛くて、今日は酷い顔をしているとわかる。
眼の下の隈が真っ黒で、その隈の上がぶっくり腫れている。
食べると胃腸が痛くなるので食べられなくて、どんどん体温が低く循環が悪くなり、浮腫が酷くなっている感じ。
浮腫が酷いと頭が重くて、だるくてとにかく苦しい。
それでも春が来たので、植物を見に外に出かけた。
枝垂桜もソメイヨシノも咲きかけ。
枝垂桜の開花していない枝は極細の墨の線のようで、遠くから見ると灰色の靄で、鬱々としながらも甘やかさを感じさせる。
早咲きの椿はぼたぼたと落ちて地面を華やかにしていた。
油断して厚着していなかったので夕方に寒くて震えてしまった。冷たい風にあたるとさらに覿面に顔の浮腫が酷くなる。
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3月27日(木)
糸井さんが1時に絵を運びに車で来てくださった。
春の光の中をドライブ。普段通らない道を通るのがとても楽しい。
三鷹や小金井のあたり、けっこう広い生産緑地があったり、たまに去年の枯れ蔓が乱れる原っぱを見つけるとわあっと興奮する。
日向の桜はもう満開。玉川上水の新芽も、国際基督教大学のあたりもきれい。
西武線の青い列車が菜の花が満開の踏切を通り過ぎて行った。
糸井さんの写真スタジオにて、絵の撮影。
大きい絵は立てて、レンズとの距離をとって撮影。
私は撮影と同時にPCに送られてくる画像を見て「この銀箔の部分をもっと金属っぽく反射強くして下さい」とか「この青い色をもう少し濃く出してください」などとお願いして、イメージ通りの画像に近づけていく。
撮り方によっては銀箔の部分が白くなりすぎて平板になってしまうので、暗い部分と光があたった部分を一枚の絵の中にいれるようにしてもらう。
コントラストを上げたり、レフ板を使ったり。
撮影風景を撮るのを忘れたが、いつもどおり小さい絵(SM)は真上から撮影した。
目視では薄暗い部屋の中で絵は黒茶色っぽくしか見えないのだが、カメラのフラッシュによって撮影された画像は細部までとてもクリアで、色の変化もよく出ていた。
これは糸井さんのカメラではなくて私が撮ったのでピントがぶれて失敗した画像。
鬱金香(チューリップ)
・・
普段はお菓子を食べない私なのに、糸井さんが出してくれたFIKAというクッキーがあまりにおいしそうで、つい1枚いただいてしまった。
伊勢丹オリジナルの北欧クッキーらしいが、甘くなくてソフトでほろほろするタイプ。とてもおいしい。
朝、小松菜とバナナのジュースだけだったので、頭を使ったら急にお腹がすいてしまったみたい。
前に糸井さんのスタジオに来た時は、娘さんは中学生で、今は大学生で留学している。時がどんどん経っている。
・・
グリーンアパートという古い情緒のあるアパートの庭に、私の好きな野襤褸菊が満開だった。この花は目立たないけれどとても素敵な姿をしているのだ。あまり野襤褸菊を描いている人を見たことがないが、私は何度も描いている。
帰り道では「桜通り」というところを通った。ほぼ満開。
こういう風景を見ると、車の中からでは申し訳ないような気持ちで胸が痛む。花のそばに行って樹の肌合いを感じて匂いをかがないと。
春爛漫の直前の胸が苦しくなるような時間。
中央分離帯にはタンポポが満開。春紫苑はつぼみだった。
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3月26日(水)
雪さまにリクエストいただいているヒヤシンスの絵、制作中。
ヒヤシンスの花色は多いが、私は青色、水色、薄紫系統が一番好きだ。
ご注文いただいたかたからも青色系が希望だと言われたので嬉しかった。
淡い青だとスカイジャケット、ブルージャケット(花の根元が鮮やかな空色で花弁は紫がかった青)、デルフトブルー・・・などの種類のヒヤシンスをイメージして描きたい。
ヒヤシンスの詩と言えば、大手拓次である。
ヒヤシンスは特徴的な素晴らしい香りがあって、真珠や霜のように花弁が光って、幼い頃から大好きな花だが、大手拓次の詩を読んでさらにヒヤシンスが好きになった。
その詩は、ヒヤシンスに色をつけた時に載せようと思う。
・・
猫の絵を買ってくださったサヤカちゃん(30年来の友人)と、最近メールで久しぶりに話した。
サヤカちゃんも長く腸の病気に悩んでいる。彼女は高FODMAP食品を避けることを教えてくれた。
FODMAPというのは、小腸で吸収されにくい4種類の発酵性糖質を指す用語とのこと。
Fermentable➝発酵性
Oligosaccharides➝オリゴ糖
Disaccharides➝2糖類
Monosaccharides➝単糖類
AND
Polyols➝ポリオール
お腹によいとされているヨーグルトや納豆、はちみつやオリゴ糖も高FODMAPに含まれる。
玉ねぎ、にんにく、ブロッコリー、キムチ、マッシュルーム、豆類、絹ごし豆腐、さつまいもなど私の好きなものばかり。
そして私の大好きな果物、さくらんぼ、桃、りんご、梨、マンゴー、スイカ、アボカド、プルーン、あんず、ライチ、柿、西洋梨、いちじく、すいか、プラム、ドライフルーツ・・・これらは全部やめられない。
ずぼらな私にはFODMAPを避けるのは難しそう。
何十年も前から欲しかったのにまだ買っていないブレンダーを買って、生野菜ジュースを飲んでみたいです、と言うと、
サヤカちゃんから、ワット数の低いものだとうまくできないというアドバイスをいただき、一番安い150Wのを買おうとしていたのをやめて500Wのを買うことにした。
本日、ブレンダーが届き、仕事から帰宅して夜、生まれて初めての自分で作る生ジュース体験。
小松菜を2株と有機バナナ一本、それにラブレ1本を加えてジュースにしたら最高においしかった。
飲んだらすぐにおなかがきゅるきゅる・・と鳴ってしまったが。ミヤリサンとロペミンを飲みながらだましだまし飲んでいこうと思う。
・・
先日、卓球仲間のMさんに体重が減ったと言ったら「たいへん、甘いものいっぱい食べなきゃ」と言われたのだが、
私はもう30年くらい、好んで甘いものを食べたことがない。お菓子に興味がなく、ほとんど砂糖を摂らない。
がん細胞はまず糖を吸収するのは事実だが、甘いものを食べても癌の悪化には関係ない、とも言われている。
しかし癌の悪化に関係なくても、身体の糖化、酸化、炎症に関係あることは避けたいし、私は甘いものを食べたいという欲求がまったくない(お酒は時々飲みたくなるが)なので、勧められてもいただかない。
甘いものをお土産にいただいたら、友達にもらっていただいている。
ぶどう糖加糖液の入った飲料も飲まない。
同じく卓球仲間のKさんに「すごくおいしい」という揚げせんべいを持ってきているので食べないかと勧められたが、謹んでお断りした。炭水化物が揚げてあるお菓子は食べない。
癌が動き出してから、絶対に食べたくないものに無理してつきあうこともない。
・・・
明日はまた絵の撮影。
ちゃんと選んだはずなのに、あとから絵を修正したくなったり、選にもれた作品が重要に思えてきたり、どうしても感覚が微妙に変化するので一発で決定!というふうにはならない。
悩み、迷いながら修正を重ねて、頭が少しずつ冴えて、どうにか考えがまとまっていく感じ。時間がかかるのだ。
プロの撮影現場を見るのは楽しい。やりかたを見せていただいていろんな発見がある。
私が現場で、一番撮りたいところのポイント(ディテール、色味など)を説明して、そこに焦点を合わせて撮っていただいて、思い通りの撮影になっていくのがとても充実感がある。
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3月4日(火)5℃ 暗い灰色の空 夕方から雪
国立がん研究センター中央病院。まず採尿と採血。
・・
甲状腺癌の腫瘍マーカー(サイログロブリン)の値は、2024年7月880、9月1377、11月3075、12月6470、
この12月の結果6470という過去最悪の数値が1月7日に出て大ショックを受け、もうレットヴィモが奏功していないのではないかと疑われ、
もう絶望に近い気持ちで1月9日にPETMRIを受けたら、不思議なことに全身どこも光っていなかった。
そして鎌ヶ谷の浅井先生に結果の報告をしに行くと、腫瘍マーカーの値が上昇するのは初期のおとなしいタイプの乳頭癌であり、もう少し増殖の速い癌はレットヴィモで抑えられているのではないか、とお聞きしたのが前回までの話。
・・
内科のH先生に呼ばれるまでの1時間ほどの待ち時間、考えないようにしてもだんだん気持ちが追い詰められ、今日は1万越え、もしかしたら2万越え、という数値が頭にちらついてしまう。
1月の末には、あんなに気持ちが前向きだった森永卓郎さんが亡くなり、2月の最初には、長年ブログを読んできた吉野実香さんが亡くなったのも私にはそうとうのショックだった。
呼び出し機械が黒く点滅するのを見た時、いよいよ宣告される、と真っ暗な気持ち。
そして診察室に入ると・・・「検査結果は、下がってました」
「え?・・」
「682。一瞬6000かなと思ったんだけどね。600」
「え?!なんで・・?」
「Y本先生も先に見てコメントされてるけど、甲状腺癌が破壊されたときに血液に流れ込むことがあるみたいで。レットヴィモが効いて癌が壊れる時に血液中のサイログロブリンがすごく高くなることがあるのよ。1万に上がってそのあとぐっと下がったりとか。そういう例があったのを忘れてた」
「それって珍しいことなんですか?」
「あまりないね。だけどレットヴィモが効かなくなるには早すぎるし、おかしいと思ってた。治験からやってる人は2年、3年は続いてるからね。正直、この薬はまだわかっていないことが多いけど・・」
「ええ~・・なんかもう今日はすごく緊張して・・」悲観で固まっていたのでなんだかすぐには信じられない気持ち。
「緊張しやすいんだよね。とにかくレットヴィモが効いているということ。そんなわけで薬とじっくりつきあっていきましょう」
そして次にY本先生の診察。
「甲状腺癌の生検で腫瘍に針を刺すと、潰れたがん細胞が血液に流れ込んでサイログロブリンの値がすごく上がってしまうことがあるんです。だから針を刺す前に血液検査をする、という決まりがあるんです」と言われた。
昨年の3月に2324になった時、一昨年に人生で一番痛い手術をして右肺中葉を切除したのに、1年も持たずに脳や骨に転移していて切除する前と同程度の数値になってしまったことに絶望しそうになり、
そのあとレットヴィモ服用によりいったん700まで数値が下がったのに、それからたった4か月、5か月で数値が3000、6000と急上昇したことに、正直、そうとう心がすさんでしまっていた。
もうあとは進行していくだけ、耐えていくだけ、と思うと孤独感や虚無感がひどくなり・・。しかしこんなことがあるのだろうか。
・・・
夕方、Wさんのマッサージを受ける。肩も首も顔も頭もがちがちと言われる。
今日、1万越えの数値だったら、これからどんどん悪くなる一方だと緊張していたから。
「ほら、6000の時に私が、今がピークだからだいじょうぶって言ったじゃない」
「そうだっけ?・・・」適当に慰めてくれたことが本当になった。
帰り道、牡丹雪が暗闇の中に舞い、街路の銀杏の木の根元に白く積もっていた。
3月3日(月)
前日の予報では雪だったが、雨に変わったので使い捨てカイロをお腹と背中に貼って夜間卓球へ。寒いので先生のほか4人しか来ていなかった。
明日、がんセンターで腫瘍マーカー結果が出る恐怖を忘れるため、打つことだけに意識を集中して10勝。
新入りの力まかせにスマッシュを打つ(しかし空振りが多い)男性に勝てた。
3月2日(日)22.1℃
「この植物の名前は何でしょう?」という木の札。
最初の樹は「イヌシデ」と答えて、木の札をめくったら正解だったので驚かれる。
この樹は、井之頭公園の端っこの原生林にたくさん生えていて、少し斜めにねじれながら伸びるこの樹の枝ぶりと、縦に亀裂が入った灰褐色の木肌が絵になると感動して、昔に名前を調べたことがあるのだ。
シデとは「四手」であり「紙垂」であり、神道で玉串やしめ縄などに垂らす紙に、淡い緑色の花穂のかたちが似ているからである。
似たようなアカシデ、クマシデなどの樹との区別は私には難しいが、武蔵野の林にはイヌシデが多い。
2番目に出会った「この植物の名は?」に「マンサク」と答えてまた正解して「げっ」と言われる。
「花が咲いてないのに、どうして枝ぶりだけでわかるの!?」と。
実はよくよく細部まで見ると、去年の枯れて萎びた花が一輪、枝の端っこにぶらさがっていたので、花の形ですぐにマンサクとわかったのだ。
3番目に出会ったのは早咲の椿。
この花はふっくらした上品な薄桃色で、花弁に可憐な皺があり、花芯の黄色自体が柔らかく光っているような優しい色合い。
「曙(あけぼの)だね」と正解して「ぐげっ」と言わせる。
この花は初釜によく使われるらしい。
同じく蕊の黄色が滲み出したように、花弁の根元が薄黄色に光る椿に、八重咲きの「春燭光(しゅんしょっこう)」という花がある。この花はまだ莟だった。
ヒヨドリがせわしく飛び交っていた。持っていた小さな苺の実を木の幹に置いておいたら食べてくれそうだった。
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1月29日(水)
元新国立美術館副館長の南雄介さんに絵を見ていただいた。
最初にお茶を飲みながらおしゃべり。
アガンベンの『アウシュヴィッツの残りのもの』と、デリダの『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』などにからめて、証言不可能性、表象不可能性と、アートによる「当事者」の身体からの収奪について私からお話した。
おしゃべりのあと、梱包を解きながら、絵を見ていただく。
私の絵について「破滅的な生き方の人を引き寄せそうな絵ですね」と言われた。
そうだとすれば、それはきっと枯れていく植物の運動を描いていると同時に、絵そのものが崩落しているから(止めてあるけれど)だろう。
私は自分の外にあるもの、枯れていく植物、錆、退色、剥落など人間の手ではなく雨風と時が作ったものに惹かれること、なるべく自分の意図でなく偶然や時が作ったものを画面に召喚したいことなどをお話しした。
私の絵は、現代アートの要素があると同時に桃山の障壁画につながっていて、また、宗達のような要素もあるとも言われた。
現代アートについて、いろいろ質問してお答えいただいた。
現代アートは感性がなくても理論が理解できれば見ることができるので「意識高い系」の若い人たちが見る、とのこと。自分が最先端のアートを楽しんでいるという自負もあるのだろう。
「テキストだけで作品はいらないのでは?と思ってしまうものが多いんですけど」と言うと、「そういうことはありますね」と。
現代アートの3大コンテキストというものも教えていただいて、ああ・・なるほど、と思うと同時に虚しさを感じる。
最先端のメディアアートなどは、メディア(人工)と人工の組み合わせで、私にとっては非常にストレスになるもの。
現代アートの作家の仕事はますます人工にのめり込み、デッサンから乖離し、そこに生きているもの(ロジックが破綻した場所で時とともに生成するもの)を見ようとしない。
南さんは村上隆の企画展をされたことがあるそうだが、「村上隆はきっと福山さんの絵が好きですよ」と言われた。ああ見えて村上隆はホルスト・ヤンセンが好きらしい。
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谷川俊太郎さんが亡くなった。
今作っている次の本——沢渡朔さんが撮影してくださった私の写真と、それに寄せてくださった谷川俊太郎さんの詩と、私の絵をまとめた本の完成を見ていただくことができなかったのがとても残念だ。
少女の頃、あまりに衝撃を受けた『二十億光年の孤独』。
「ネロ」は泣けて泣けて暗唱するほど読んだ。
私の最初の個展の時にご案内を出したら見に来てくださった。
谷川俊太郎さんには大変お世話になっている。
2009年に作った『デッサンの基本』の帯文をお願いした時には4つも文をくださった。
・・・
「花」という言葉が花を覆い隠している
デッサンは花という言葉を剥ぎ取って
花という得たいの知れない存在に近づこうとする
*
紙の上にワープして
花は「花」という言葉から
自由になる
花が生きるように沈黙のうちに線も生きる
それがデッサンではないか
*
目前の具体物を紙の上に抽象化する過程で失われるもの
それを惜しむことで何かを得るのがデッサンかもしれない
*
「写す」のは写真でもできる
デッサンは「移す」のだ
花を紙の上に
・・・
どれも谷川俊太郎さんの『定義』という詩集にも関わっている、
言葉で覆い隠されている物への「不可能な接近」「邂逅」についての問いを提起する谷川さんにしか書けないことばだ。
『反絵、触れる、けだもののフラボン』の帯文をお願いした時、この本について「とても面白い」とお宅の玄関先で言ってくださったことが忘れられない。
私はこの本でいわゆる「現代詩」とよばれる現代詩手帖に載っている詩のようなものではなく、私にとってのポエジィとは何なのかを、絵ではなく言語のかたちにして問うてみたかったのであり、その文章を谷川俊太郎さんがほめてくださったことはこの上ない恩寵だった。
「この書物をオビにするのは、至難の業です。
書いても描いても尽せない
いのちの豊穣に焦がれて
ヒトの世を生きる福山知佐子は
どこまでも濃密なエロスの人だ。」
吉田文憲さんと一緒にご自宅にお邪魔させていただいたこともある。
端的で示唆に富んだ言葉。
吉田さんはいつもの感じで打ち解けていたけれど、谷川さんの人に対する絶妙な距離感を察しすぎて私はとても緊張していた。
その日、『なおみ』という沢渡朔さんの写真とタッグを組んだとても印象的な絵本をくださった。
あの日、谷川さんと一緒に撮っていただいた写真はどこにいったのだろう。
フェリス緑園都市校での谷川さんの講演も素晴らしかった。
人がまったくいない光景にポエジィを感じると谷川さんは言った。
立場は全く違うが、人疲れするという意味でなんとなく通じていると感じていた。
あの時も大学職員の人が谷川さんにあびせるくだらない質問に、私は傍ではらはらしてしまっていた。
もちろん谷川さんはそういうことに慣れっこで淡々とこなすのだけど。
電車でお会いしても、私はごあいさつした後、隣の席に座ってただ黙って揺られていたりした。
谷川さんはしつこく話しかけられたりすることがとてもお嫌だろうと思っていたからだ。
今作っている本への詩をお願いする時、今までいろいろお世話になり、そのたびに胸が震えたことを手紙でお伝えした。
「谷川先生はもう覚えていらっしゃらないと存じますが」という私に、
「もちろん全部覚えています」とお伝えくださって泣けた。
谷川俊太郎先生、ずっと多くのものを与えてくださり、そのありがたさはことばになりません。
・・・・・・
11月20日(水)
二匹展で対人緊張などで胃が受け付けなくなり4kgやせ、42kgになった。
その後、少しずつだましだまし食べ、やっと少し体重が戻ってきたが、昨日から寒くなったらてきめんに体調が悪い。
顔が冷たい風にあたると浮腫が酷くなり、眼がちゃんと開かないし、首や眼の奥が痛くて頭が重くて・・とにかく苦しい。
人に会えないレベル。
11月19日(火)
がん研究センター。採血5本。
少し肝臓の数値が上がっていて「お酒を少し飲みました」と言うとY本先生に「関係ないですね。薬を続けているせいでしょう」と言われた。
お酒を飲みたくなるのは緊張がとれないのと寒いせいで、飲んだとしても1杯だけ。
サイログロブリン値が上がっていないかが恐怖なのだが、その結果は来月。
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11月1日(金)
朝、彦坂尚嘉さんがfacebookに「二匹展」と花輪和一さんと私について丁寧に紹介してくださっているのに気づきました。
https://www.facebook.com/hikosakanaoyoship
たいへん恐縮に存じます。彦坂さんは「二匹展」最終日にも来られるとおっしゃっている。。重ね重ね恐縮です。
今日も花輪和一さんのファンの方がいらしてくださった。
花輪和一の生の絵47点、未発表の新作多数。一挙公開中です。メールで参加できるオークションも開催中です。
phttps://blog.goo.ne.jp/anti-lion
なんと、私が花輪さんへのオマージュ「花輪和一――生き延びた童女」を掲載していただいた『法政文芸』を買ってくださったかたがいた!
わ、いいんですか?という感じ。ありがたい~。
今日は私の大切な友人やお世話になっているかたたちがいらした。
私の次の本(沢渡朔さんが撮って下さった私の写真と、私の絵、谷川俊太郎さんの詩がはいった本)・・・(たぶん私の最後の本になるかも)を楽しみにしてくださっている希少なOさん。Oさんは私の大好きな紙関係のお仕事をされている。
日本画家の清野圭一さん。
清野さんは何年も前からずっと変わらず、私に対して「芸術屋はたくさんいるけど、福山さんは本当の芸術家。数少ない尊敬できる人」と言ってくださるかた。
英米文学、アイルランドのミューラルに詳しい佐藤亨さんと、水声社の私の画集を担当してくださった(たいへんお世話になった)飛田陽子さん。
私の画集の時は編集長だった飛田さん。
「今は違うのよ」
「今はなんていう役職なんですか?名刺ください」と言っても
「うふふ、言わなくていいわよ。うふふ・・私なんてうふふふ・・」となぜかはにかむ少女のような飛田さん。
デザイナーで陶芸家の村瀬亜紀さん。しっかり作品を見てくれるかた。
卓越した水墨画を描かれる新倉章子さん。新倉さんの水墨画は本物。
新倉章子さんは本物の水墨画を長年真剣に勉強していらして、私が全く知らないことをたくさん知っておられる。
日本画学科を出た人たちがまったく教わったこともない水墨画のお話。
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10月31日(木)
後ろの棚に展示してあるのは32枚の花輪和一さんの色紙です。
この日も花輪和一さんファンがたくさん訪れてくださいました。ありがとうございます!
どこで「二匹展」を知ってくださったのかお聞きすると面白い。
X(Twitter)が多いが、意外にも高円寺の何カ所か(古書店などなど)に貼らせていただいたチラシ(コピー)を散歩の途中で見た、というかたが・・。貼ってみるもんですねえ。
私は昨日に引き続き血行が悪く、からだが冷えてしまい、午後3時過ぎくらいから首肩の凝り、頭重、浮腫などに悩まされる。
だるくてだるくて、遠赤外線パックを腰にあてていても寒いし、体調は最悪とは言えないが元気はない。
今日、個人的に一番印象に残ったのは、夕方になって来てくれたWさん(私のマッサージをしてくれている人)だ。
Wさんは絵なんてほとんど見たことない、展覧会なんて行ったことがない人なのだが、何度か施術のためにうちに訪れてくれて、私の絵や写真を見るたびに「すごい!今まで知らなかった世界を見せてもらってる気がする!」と感動してくれる人。
Wさんは、玄関を入ってすぐにかけてあった私の暗くて渋い絵を見て、
「すごい!と思った。あれを見てしまったら緊張して、あそこから廊下を通って中に入っていいのか、と思った。」と言った。
絵を見たことが無い人が、そこで衝撃を受けて立ち止まるタイプの絵ではない、と私本人は思っていたので、その発言にとても驚いた。
もっと驚いたことは、Wさんは私の今回の展示の中で一番大きな絵を見て、
「これすごい!」と言ってから。その絵の横に貼ってあった
「「動物を食べない」と私が言うと、「じゃあ植物は殺して食べていいの?」と反射的に返してくる人がいる。
私は「あなたは植物を切るように平気で生きた動物のからだを切ることができるのか?」と問いたいのだが。
だが死の恐怖や痛みを感じて身を震わし、泣き叫ぶ生命と、芽を切ってもさらに伸びたり、土の下の根から再生したりする植物の生命、ただそこに開かれてあり、種子を飛ばし、伸びるところまで伸び、眠る動物たちを覆って、風に揺らぐだけの生命とを同等に考えられないことは、本当は誰でもたぶん気づいている。」
という言葉を読んでいきなり涙をこぼしたことだ。
「・・・わっ・・ティッシュちょうだい。泣けてしまう。文章が上手すぎる。無駄がなくて、すごく胸に刺さる」と言ってWさんは泣いた。
wさんも動物の肉を食べられなくて、周りの人にいろいろ非難されたりするのが辛いと言っている人。
「この絵を見て、この文章を読むから余計泣けるのかもしれない」とWさんは言った。
私はそんな素直な反応をしてくれる人がまさかいるとは思ってもいなくて、Wさんが泣いてくれたことに泣きそうになった。
・・
「植物もやさしさを示したり、苦しみを味わったりする」と主張するのは、決して超えてはならない境界線を越えている。植物は苦しまない。
苦しみとは、個体としての生物によって「実際に経験されるもの」だ。
死とは、決して後戻りできない、絶対的で不可逆的な終末だ。
――フロランス・ビュルガ
・・
「動物は他の動物を食べている。人間も人間以外の動物を犠牲にして生きるのが当たり前だ」と言う人がいる。
ライオンやトラが動物を食うのは本能だ。
肉食は単なる人間の文化にすぎない。動物を殺さない食文化もあり得るし、食べられない「本能」も私の中には確かにある。
・・
〈動物のジェノサイド〉。〈これらのイマージュが「悲壮〔pathétiques〕」なのは、それらが悲壮にも、それこそパトスの、病理=感性的なも
の〔lepathologique〕の、苦痛の、憐れみの、そして共苦〔同情compassion〕の巨大な問いを開くからでもある〉。
――ジャック・デリダ 『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』より
・・
〈先決的、かつ決定的な問いは、動物が、苦しむことができるかであるだろう〉という言葉をめぐって、語れる能力を持っていることを示すことではなくて、動物たち
の苦しみをどれだけ〈共に〉苦しむことが〈できる〉のか、どうしたらその苦しみを〈限界の周りで、限界によって〉〈養い〉、〈生成し、育成し、複雑にできる〉のか
ということだろう。」
——福山知佐子 「応鳴、息の犇めき——ジャック・デリダの動物論に寄せて」より
・・
私は切断された植物のあいまいな生と死の瞬間を開く。
だが、植物に動物のような感情や痛みがあるとは思わないし、決して植物を擬人化したくはない。
私にはかつて生きていた動物の死骸の一部を展示するようなアートも収奪(動物の虐殺への加担)だと感じられる。
過剰な感覚身体で誰も見ようともしない遺棄されたものによりそい、誰も見ることのできないものを体験し、共通言語から遁れさる「パトスの、
病理=感性的なもの〔lepathologique〕の、苦痛の、憐れみの、そして共苦〔同情compassion〕」を証言することが私の絵の仕事だと思っている。
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5月10日(金)
神代植物公園。毎年、散りかけや萎れかけを見に行くのだが、今年は薔薇の盛りの日に行った。
薔薇のどこに惹かれるのか、どんな薔薇に惹かれるのか、意識しながら見た。
私が惹かれるのはディープカップの花弁がびっしり詰まったロゼット咲きの薔薇。
それとは逆に原生種に近い一重の薔薇にも惹かれる。
オールドローズは小さめの葉、細くしなやかな茎や棘まで美しい。
一重の花はしべの色と形が輝いて見える。
散りかけ、枯れかけの少し歪んで線が柔らかくなった薔薇。
枯れかけ、腐りかけならどんな花でもいいわけではなく、意外性のあるかたちのもの。
陰影が微妙なもの。
色は薄黄色で中心が濃い濃い黄色、アプリコット、紫系が好き。
グラハム・トーマス(2001年 デヴィッド・オースチン作)は横顔も薄い色の葉も棘のない枝ぶりもすべてが端正。
グラハム・トーマスの前で。レットヴィモ240mgで11日目。顔にやや浮腫出ている。
チャイコフスキーは2000年にフランスで作出された薔薇。ロゼットになった状態が色も形も素敵。
ラ・フランス。1867年に誕生したモダンローズ第一号。これ以前のバラをオールドローズという。
このラ・フランスの花は剣弁高芯咲きだがかなり薄くて繊細。茎も細くて俯きがちなのが可憐。
帰りに、いつのまにか閉店になっていた薔薇に囲まれたカフェの前まで行ってみた。この店の中庭に入りたかったのに残念。
これは近所のお宅の薔薇。大輪の紫がかった暗い紅色のクォーターロゼット。すごく気になる薔薇だったのだが、最近、ようやく名前がわかった。
フォールスタッフというらしい。ウィリアム・シェイクスピアの作品ヘンリー4世」に登場する架空の人物。言語によっては「ファルスタッフ」とも。
肥満の老騎士。臆病者で大酒飲みで強欲、狡猾で好色だが、限りないウィットに恵まれ、時として深遠な警句を吐く憎めない人物。
すごくシックで妖艶な薔薇だと思うのに、なぜそんな男性キャラの名前がついたのか謎。
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