味戸ケイコ

2016年10月23日 (日)

味戸ケイコ「夕暮れの少女」展 / 原宿裏通り

10月20日

味戸ケイコ「夕暮れの少女」展(10月29日まで)を見に、北青山のギャラリーハウスマヤへ。

この新作のひまわりと一緒の少女は、名作「ひぐれのひまわり」の絵を思い出す。

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味戸ケイコさんの絵を少女の頃に見てから、ずっとその味戸さんの少女の世界と、無言の交信を繰り返しながら、行き来しているような感じだ。

味戸ケイコさんの魅力は、何と言っても鉛筆で描かれた微妙な光と、さびしいけれど、静かで豊かなもので満ちた空間だ。

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下のススキの野原にぽつんといる女の子。地平線近くにほんの少しの柿色。夕暮れの不安で淋しい空に、すべて包まれてしまう感じがとても好きだ(撮影時、絵の右がわの空間に向かいの壁の額が映りこんでしまいました)。
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下の絵は、女の子が空に近い岩山のてっぺんに座っている。まわりは雲の海だけれど、飛んでいるのはカモメ。

最近見たばかりの「ピクニック・アット・ハンギングロック」を思い出した。

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幼稚園の頃から、私は野原でいつまでも草花を摘んだり、きれいな貝や石をさがして一日中拾ったり、夕焼けの雲が刻々と変化していくのをじっと見つめているのが大好きだった。

自由時間があれば、絵を描いているか、本を読んでいるかが好きで、お遊戯や、みんなで元気に校庭で遊びなさい、と言われるのが苦痛だった。

なにかを夢中で見ていたり、雨や風や波の音、鳥の声を聞いていたりするのが好きな子なら、味戸ケイコさんの世界はとてもはいりこめて、安心できる世界だと思う。

味戸ケイコさんと。
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味戸さんは、私が子どもの頃からずっと味戸さんの絵が好きだったことを、とても喜んでくださる。

私が『白樺のテーブル』の女の子の顔が一番好きです、と言ったら、「あの絵、怖いって言われるの。」と。「全然。あの絵は特に髪の毛の表現がすごく繊細で、きれいで、大好きです。」と言うと、「あれを怖いって言う人がいるのよね。怖いとは思わないのは、やっぱり福山さんは私と似てるのよね。」と言われた。

下の絵。この絵を「怖い」と言う人がいることが、私には驚きだが、そんな人もいるのだろうか。味戸さんの絵は、最近よくあるような、あからさまにホラー的なものを見せつける絵ではまったくない。

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『白樺のテーブル』(安房直子/作 味戸ケイコ/ 絵)は偕成社より復刊されています。素晴らしい本なので、皆さん、ぜひ買ってください。

楳図かずおさんの『おろち』の小学館漫画文庫の味戸さんのカヴァー画の話、まんがの話など。私が『おろち』が大好きで、ストーリーやセリフをほとんど覚えていることに驚いてらした。

味戸さんの住んでらっしゃるところは山の斜面で、近くに秋草が咲き乱れる野原はいっぱいあるそうだ。最近、山百合の球根を鹿が掘り返して食べてしまったそう。

味戸さんも私も青梅街道のすぐそばに住んでいる、青梅街道は山のほうから新宿のほうまでずっとつながっている、という話。

新聞に映画「悪童日記」についてのインタヴューが載ったが、記者の編集により、自分が大切に思っている部分ではなく、どうでもいい部分を掲載されてしまった、という話。

絵描きにとって、自分の絵を大切にしてくれる人がいることがなによりも嬉しい、という話。自分の絵に興味を持って見てくれる人、好きになって、買って、手元においてくれる人。

絵には、絵を生み出すための困難、悩みや迷いの時間、じっと待機しなければならない時間、静かに集中する時間、それ以前の身体の記憶、大切な人や動物や植物やものとの深い関わりや思いなど、それに関わるすべてのものが含まれる。

そのことが理解できない人、他人の作品がどういうものか想像できず、他人の作品をぞんざいに扱ったり、ファンと言いながら、相手の貴重な時間も、相手の神経も、尊重しないで滅茶苦茶にしてしまう人がいる、という話。私もさんざんいやな思いはしてきたが、味戸さんにもそういうことがあったのだなあ、と、非常に共感した。

久しぶりに味戸さんとたくさんお話できて嬉しかった。

・・・

帰りに友人Oと外苑西通りから原宿まで散歩。

都会の真ん中にありながら昔ながらの都営住宅の雰囲気がとても素敵だった霞ヶ丘アパートはどうなったか見てみた。すっかり工事の柵に覆われ、かつて素晴らしかった植物たちはもう失われていた

柵の外側から、この廃墟を見るだけで、私はかつて西新宿にあった都営角筈アパートや、南阿佐ヶ谷にあった阿佐ヶ谷住宅の記憶で胸がいっぱいになってしまうのだ。

私が通った小学校のすぐ裏にあった角筈アパートには、同級生の友達が何人もいた。罌粟やダリアや向日葵、雛菊、オイランソウ、色とりどりの植物が咲き乱れていた。

阿佐ヶ谷住宅は、こういうアパートに加え、前川國男が設計した、たくさんの低いテラスハウスが曲がりくねった道に配置され、李、梨、枇杷、蜜柑、柘榴など実の生る樹や、桜、ミモザ、野薔薇、紫陽花、芙蓉、カンナ、葉鶏頭、白粉花、彼岸花、蕗、白詰草、モジズリ、春女苑など、植物の迷宮だった。
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ビクタースタジオの前を通って、裏道を一周。

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「リカリスイ」っていったいなんだろう?不思議な看板を発見。飲み屋さんのようだが、かなりマイペースな雰囲気。細い柳も素敵。

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神宮前の裏通りの商店街は、なんとなく高円寺に似ているような、古い木の家と変なお店がいくつかあった。
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キラー通り、原宿通り、少し道に迷いながらアートスクール表参道の建物をさがし、Mさんの彫金作品を見た。

キディランドの裏の曲がりくねった細い路地を散歩しながら、コンビニで買った鮭おにぎりとビール。

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派手で大づくりな表参道の裏道には、意外にも植物でいっぱいの狭い路地や、古いアパートが残っていた。
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2015年10月29日 (木)

味戸ケイコ個展―あわいのひかり―

10月26日

味戸ケイコさんの個展ーあわいのひかりーを見に銀座のスパンアートギャラリーへ。

(2015年10月26日~11月7日 最終日は17:00まで 日曜休廊)

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久しぶりにお目にかかれて、たいへん嬉しかった。

味戸ケイコさんと、「桜のアリス」と「薔薇のアリス」の絵とともに。

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「桜のアリス」は着物姿のアリスが兎や栗鼠やティーカップやトランプカードを桜と一緒に抱きかかえている。

「薔薇のアリス」は猫や鳥や王冠をかぶった芋虫やキノコを薔薇と一緒に抱きかかえていて蜥蜴が逃げ出している。

会場風景。

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ほかにも暗闇の中、蝶が溢れて光る草原に佇む少女、

浜辺の水際で跳ねる少女――まわりは薄暗く浜に映った少女の影の部分が光になっている、

人気のないサーカスの旗やテントの前で風に吹かれている少女、

夜の庭の透き通る野薔薇の中にいる少女、

暗くなって見えなくなる寸前の夕焼けの雲の下の少女など、

無口で淋しげな少女と、ゆっくりと動き息づいている「あわいの光」を描いた作品が並ぶ。

味戸ケイコさんの描く少女は、皆が集まる賑やかなところには入っていかず、ひとりでぽつんと淋しい場所にいる。

そこは静かで孤独なのだが、そっと虫や植物が寄り添い、温度や湿度を変える風や、心地よい闇や、移ろいやすい光で満ちていて、決して空虚な場所ではない。

そこに蠢いているものは微細でおとなしいものだが、生命の強度を持って語りかけてくる。

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たいへん迷ったが、少女がじっとこちらを見つめている絵を購入した。

子どもだった頃からずっと心の中にいる少女が、私の部屋にいて、私が絵を描くのを見ていてくれるように。

・・・

私の着ていた黒のベルベットの服を見て、味戸さんに「自分で作ったの?」と訊かれた。すべて高円寺の古着屋でごく安く買ったもの(マーガレット・ハウレル、アン・テイラー、シビラなど)だが、「最近はこういうのないから。ベルベットでしょ。なつかしいわ。」と言われた。

毎年、秋が深くなると黒いベルベットがたまらなく着たくなる。これも幼い頃から私が憑りつかれている憧れだ。今よくあるポリエステルの「ベロア」と呼ばれているものとは違う、伸縮しない生地で、深い漆黒の艶のある昔風のベルベット。

味戸ケイコさんが鉛筆だけを気が遠くなるほど重ねて描く、深い、懐かしい闇もベルベットに似ている。

味戸ケイコさんの故郷の函館の海について以前書かれた文章が素晴らしかったという話から、「私は西新宿で生まれたので、街はすっかり変わってしまいました。」と言ったら、味戸さんも一時期、新宿に――私の強烈な憧れであった1960年代初期の新宿に住んでおられたと聞いて興奮した。

1966年まで曙橋近くに住み、そこから多摩美に通っていたという。

寺山修司の映画に出てくるような、本物の「ろくろっ首」の見世物を、当時の花園神社の縁日でやっていたと聞いてびっくり。

赤テント、黒テント、天井桟敷の芝居小屋、ごちゃごちゃした出店や、まだ草ぼうぼうのところも多くあった新宿。味戸さんはその頃流行っていたジャズ喫茶にも通っていたそうだ。

・・

私が子どもの時の味戸ケイコさんの絵との出合いは衝撃だった。

非常に内向的な子であった私の心の奥に、そのまま重なる世界。

他の人にはなかなか理解されることのない、言葉では説明できないもどかしいもの。

だが自分がいつも夢中で見ているものを、ちゃんと見ていて、絵にしてくれている人がいるということ。

夕焼けの雲がどんどん翳っていき、最後の暗い鼠色の帯になって見えなくなるまで、たえず変化し、ぎらぎらしたり、澱んだり、ぼおっと柔らかく放射する、濃いグレーからまばゆい銀色までの雲のかたちを、漫然と眺めるのではなく、細部までも一瞬一瞬の絵として見つめている人がいること。

『あのこが見える』はわたしにとって忘れがたい絵本である。

やなせたかし責任編集の『詩とメルヘン』で、安房直子さんの文章に味戸ケイコさんが描いていた絵も強烈に心に残っている。

今頃の季節には、味戸ケイコさんの描いた独特なコスモスと澄んだ冷たい空気の感触がよみがえる。

コスモスの葉のような文字のはがき。この(コスモスたちが書いた)手書き文字の絵が、2005年に刊行された単行本『夢の果て』には載らなかったのがすごく残念だ。(『詩とメルヘン』1974年12月号「秋の風鈴」より)

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下の絵は、風鈴のほかは何もない貧乏な絵描きの部屋で、よく見ると床の上の暗がりの中に硬質なパレットと一本の筆が置いてあるのがすごいのです。そのパレットについた絵の具は、闇の中でぎらぎらと光っているのです。

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下の、コスモスが一斉に咲いた朝の絵も『夢の果て』の単行本には掲載されていなくて悲しかった。
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こちらも私の大好きな絵。小学館文庫の楳図かずお『おろち4 秀才』のカヴァー(1977年)。

「秀才」と併録されている「眼」の内容からのイメージだろうが、暗い工場を背景に突っ伏した少女の背にぼおっと咲くコスモス。(ちなみに私は楳図かずおの『おろち』シリーズが大好きなのだが、その中でも「秀才」「眼」は特に好きな作品だ。)

黒々とした工場を映す水の反射と、光を発するコスモスと、ていねいに描かれた髪の毛の対比がぞくっとするほどかっこいい。

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2014年6月26日 (木)

味戸ケイコさんからの手紙 / 文章、絵について

6月24日

昼間、耳をつんざくような雷と豪雨。夕方、友人と会う。

文章についての話。それと今現在の私の状況――父が死にかかって、担当医師にもほとんど生きて帰れないだろう、非常に厳しい状態と言われたのに奇跡的に生き残ったこと。それによって家族の非常に悲惨にこじれた愛憎と精神的苦痛がまた問題になっている話。

文章についての話はとても難しい。

私の生は結構陰鬱でしんどい部分がある。それなのに植物と絵画についてのことだけを書いて、どういう価値が生まれるのか、自分自身でよくわからない、焦燥を感じるところが大きい。

絵についての話。

私が最近すごく惹かれてやまないもの。ヴィクトル・ユーゴーの絵。ピサネロの素描。モンドリアンの花の素描と水彩。エドワード・リアが14才の時に描いた鳥の素描。ロートレックの動物の素描。C・R・マッキントッシュの花の素描。ハイスムの花の素描。ジョン・ラスキンの素描。

意識して選んだわけではなく、あまり知られていないもの、巨匠の代表作と言われていない絵のほうに断然惹かれる。

たとえばモンドリアンの水平と垂直で仕切られた赤、黄、青の絵を私はあまり見たいとは思えない。それよりもモンドリアンの、心がざわざわと掻き立てられるような夕暮れの、ものの輪郭が曖昧になってきた時間の風景や、繊細な樹の素描や、涙をいっぱいためたような百合や菊の水彩のほうが魅力があると感じる。

かつて赤、黄、青の抽象が最高の到達点であると認めた権威者がいて、もちろんモンドリアンの「冷たい抽象」はその時代の必然、その時の作者本人の意志の必然であったのだろうから、そこでモンドリアンの価値は決まったのかもしれないが、彼自身はその抽象が高く評価された後も、憂いに満ちたような花の水彩を描いている。今の美術界で機能している絵画の評価基準とは何だろう、今、現在の批評とはどこにあるのか、と思う。

友人はそれはものすごく重要な問題だと言った。

夜、調布や府中で猛烈な雹が降って、植物がずたずたに裂かれてしまったニュースを見る。

・・・・・・

先週の金曜(6月20日)に味戸ケイコさんからお手紙をいただいた。前に本と一緒にお送りした手紙の返信。どこをとっても凝縮されているような、とてもあたたかく、素晴らしいお手紙だった。

味戸さんの文字は、本当に味戸さんの絵と同じ、丁寧でコスモスの葉のようにそよいでいる植物の生命そのもののようなかたち。

「「思い出すことと忘れられないこと」は、見事に不思議にも子どもだった私と重なります。ふつう(ふつうとは何なのか未だにわからないけれど…)とはちがう、ふつう誰も目を向けない心をかけない、もの、ことにたまらなく惹かれ、愛着を持ってしまう子ども…

今の季節なら、あまり陽の差さない場所に咲いている細くてくねくねした枝にはらりと薄く小さいまばらな花びら、色合いも水をふくんだような、そんな紫陽花を愛おしい…と、相当、おとなになったはずの私も、いまだに変わらずに、こうして、生きています。

子どものときの知佐子さんに子どものときの私が会っていたら、きっととても仲良しになったと思います。でも今、こうして手紙を書けるのが嬉しいです。」 という、とても身に余るようなお言葉。

絵を見ればわかることだが、味戸さんも子どものころから話すのが苦手だったそうだ。「絵で話せばいいということなのかしらとも思っています。」 私もしゃべるのが苦手だった。家族とごく親しいともだち以外、人前ではまったく口を開かないような子どもだった。

味戸ケイコさんの文章で、僭越だが私がものすごく共感したものを引用させていただく。(『終末から』1974年4月)より。

「草むらのなかには空家がぽつんと、うつむいてたっていました。入口はしっかりクギづけされて窓のなかはいつもまっ暗でした。まるで夜を切りとったような暗やみがおそろしくて、いつも駈足でとおりぬけたのです。でもいつか、あの窓のなかを見てみたいというおもいに胸いっぱいになりながら走るのでした。そしてある日、とうとう決心したのです。ゆらゆらと背のたかい草は揺れていました。目のおくでまわりのものが白く滲んでゆきました。きがつくとわたしは、おそろしい窓のまえにたっていました。そして、その暗やみにすっぽり包みこまれたとき、そこにあったのは海の底にもにた優しい空間だったのです。」

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2014年5月28日 (水)

味戸ケイコ展 / 北青山から外苑前 千駄ヶ谷

5月24日

ギャラリーハウスマヤの味戸ケイコさんの展覧会へ。青山界隈は、あまり来ることのない場所だ。展覧会は盛況だった。

丁寧な鉛筆のタッチによって現出した闇の空気が美しい味戸ケイコさんの絵。

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初めてお目にかかった時と少しも変わらず、庭に咲いた花を胸に挿している味戸さんにまたお会いできてとても嬉しかった。水の入った小さなシリンダーのようなものに挿してあったのは変わり咲きのクレマチス。

北青山から新宿まで歩いて帰った。そこだけ鳥の激しい鳴き声が響く古い神社やお寺のある通りを歩いて外苑前の方へ。

1961年に建設されたというすごく懐かしい感じの外苑マーケット。この都営霞ヶ丘アパートは2020年の東京五輪のため、取り壊しと立ち退きをせまられているという。

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霞ヶ丘アパートの公園で、黄色い服の小さな男の子がひとりで遊んでいた。

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アパートのフェンスから歩道の方へはみ出して伸びているキャベツを発見。素晴らしい容貌にメタモルフォーゼしていた。
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明治公園の横を通って千駄ヶ谷の方へ歩く。国立能楽堂の周りには不思議な家がある。そこを散歩してから千駄ヶ谷駅前の大きな道路へ。

以前から気になっていた「泥人形」という名の店。面白い名前をつけたなあと思う。

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幻冬舎の方へ行く横道にあった広い空き地。

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チガヤとヒルガオが伸びていた。
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千駄ヶ谷から代々木へと歩く。以前から好きな代々木駅前のビル。雰囲気がある場所だなと思っていたら、ここは昔、萩原健一と水谷豊主演のドラマ「傷だらけの天使」のロケに使われたビルらしい。
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新宿南口のサザンテラスまで歩いてきたら、工事中のJR新宿駅新南口のビルが、遊園地のように見えた。

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5月26日(月)

2か月使った薬Mにより、この日の体調は最悪。貧血のためのひどい頭痛。後頭部とこめかみと眼の奥が猛烈に痛くて何もできない。

5月27日(火)

きのうに引き続き頭痛。

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2012年5月21日 (月)

味戸ケイコさん個展 / 罌粟、薔薇

5月19日

味戸ケイコさんの『夢違』(恩田陸の新聞連載小説)挿絵原画展を見に銀座のSAgalleryへ。

294点あった。これはほしい、と思ったものは2点とも売約済みだった。青緑がかった銀色の雲の切れ目の中に入っていく少女のスカートと足だけが見えるもの、ブランコに揺れている少女の影が地面に映っているもの。味戸さんに聞いたら、ブランコのほうは作者蔵とのこと。

生で見ると、ていねいに重ねた鉛筆のタッチの肌合いがよくわかる。薄暗い懐かしい記憶を呼び起こしてくれる淡い光と影。

味戸さんは茶色のワンピースの胸に、野の花の小さな花束をつけていた。細い銀のシリンダーのような、水を入れて生花を挿せるブローチ。初めてお会いした時から少しも変わらない。静かで清楚で濃やかな雰囲気の少女のようなかた。

閉廊時間を過ぎ、そのあといくつかの馴染みの画廊を見に行ったら、いくつか無くなっていた。銀座も刻々と変わっている。

5月20日

母の洗濯物を取りにFへ。その前にお気に入りの場所で植物と遊んだ。

花弁のふちが黒紫のレースになった枯れかけの薔薇が美しいと思う。

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俯いた薔薇の顔(かんばせ)。
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秘密の花園。

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萎れかけたジャーマンアイリス。

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衰微とともに曲線に表情が現われるジャーマンアイリス。
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茎からねばねばした液を分泌するムシトリナデシコの蜜を吸う揚羽。

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この場所はひっそりとして、日本じゃないみたいに感じる。

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ゴジュウカラか、きれいな声で鳥が鳴き続けている。

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花弁のふちが黒紫になった雛罌粟。
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群れの中で、枯れかけた花の美しさばかりに目が留まる。

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雛罌粟の朱の花弁の上に散り零れた黒紫の花粉を見ていた。

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2011年9月 2日 (金)

毛利武彦の世界 第1回追悼・回顧展 成川美術館 / 味戸ケイコ K美術館

8月31日

師毛利武彦の追悼・回顧展を見に芦ノ湖畔へ。9時27分新宿発の列車に乗る。箱根湯本で箱根登山バスの案内所に行くとそこで成川美術館の割引券を販売していた。旧道経由のバスが来ていたが、山道経由のバスを選んで乗る。

バス停の数にすると28個。途中、上底倉、蛇骨野、猿の茶屋、笛塚、曽我兄弟の墓、六道地蔵、双子茶屋などの魅力的な名のバス停を通る。成川美術館は元箱根港のバス停前すぐだった。

「独りの騎手」。石灰石のように堅牢に感じさせる画面。写真ではよくわからないが実物を見ると、斜めに傾いた黒い人物の顔はかなりの表情を持っている。「使者と命名したい気持もあった。」と添えられた師の言葉。

「公園の冬」。「公園のベンチは、ひらかれたものでありながら、逆に孤独の象徴に化す。池は不在の領域の耳である。」という師の言葉に、あらためて毛利武彦が自分の師であって本当に良かったと心底思う。闇に溶け込む裸木には古い電信柱のように寂しいものの背後にくねるように寄り添う妖気の細枝も在る。黒い池の底に金の陽が棲んでいる。

「花――鎮魂」「華厳」「蝕」 三部作として描かれたものを一同に見る。「蝕」の筆致、特に「花――鎮魂」にくらべても勢いのある枝の筆致をずっと見つめていた。

限られた一生の中での、限られたほんの偶然の巡り合わせが、どんなにありがたく恐ろしいことか。毛利武彦が自分の師であって本当に良かった。毛利先生に出会うことなく、ほかの画家に師事していたら、今の自分がどうなっていただろうかと考えると恐ろしい気がした。その違い、一生があまりにも違ってしまう出会いはあまりにも決定的だ。

成川美術館を出て、しばし芦ノ湖畔の枯れ紫陽花や霧に煙る山を見て散歩。まだ8月だが周りの数件しかない食堂のうち半分くらいが閉まっていた。食事せずに三島行きのバスに乗ることにした。

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廃墟と化した箱根芦ノ湖美術館。 シャガールやゴッホが収蔵されていたらしい。

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東海バスで箱根の山を越える。山道の道路の際にぽつぽつ咲いている白百合(葉の細いシンテッポウユリ?)を数えながら。峠から煙る山々と三島の町が展望でき、最高に気分は良かった。

2時ころ三島に着き、荷物を置いて散歩。桜エビのかき揚げの蕎麦を食べる。大きな欅が生えた富士山の溶岩の記念碑のところから富士山の湧水の中の道を通って、ひなびた裏通りを眺めながら梅花藻の池まで歩く。

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古くていい感じの三島広小路駅。

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湧水の中を歩いて行ったら不思議な「ヘルス銀座」発見。

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藪甘草

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台風が近づく目まぐるしい天気。堆積した雲の表情が素晴らしい。梅花藻の池についたとき、黒雲からぽつぽつと雨。

三島梅花藻(ミシマバイカモ)の池。

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9月1日

台風が近くにいるので雨模様。降ったりやんだり天気雨の空。

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10年以上前から行きたかった味戸ケイコさんの70年代からの作品を集めたK美術館に行くため駅前のバスターミナルに行く。2時間に1本くらいしかバスがないのを知りショック。蒸し暑い駅舎の中で1時間ほど待つ。

玉井寺というバス停から歩き、正午過ぎにK美術館に着く。

味戸ケイコさんの原画をガラス額をはずして見せてもらえて大感激!!私の大好きな「ほたる」の闇の中にぼおっと光る貨物列車の絵、「あのこがみえる」の原画全部などなど貴重な作品を生で見る。

紙(ボード)の肌理にのった鉛筆の黒のざらざらしたニュアンスがすごい。モノトーンの鉛筆画の中でも、ところどころ(黒煙の粒子の質が違う)青っぽいニュアンスの鉛筆の色があったり、夕暮れの宵闇の濃さをものすごい濃やかな丹念な塗り重ねで描いてあったり、そのデリケートな鉛筆の使われ方が非常に感受性に訴える。

「あのこがみえる」は、最初昼の淡い光と柔らかい雲から始まって、夕焼け雲の光と影のコントラストのエッジがぎらぎらして、最後は藍色の闇に光が吸収されてしまうまで、雲の陰影だけで、初々しい出会いから記憶に変わるまでまでが描かれている。

味戸ケイコさんの描く少女はいつも淋しそうな眼でこちらを見つめているか、うつむいて顔が影になっているか。その内向する感じ、線の細さ、嵩のないからだ、背景の雲の反射、自分が少女だったころから、まるで言語化不能の秘密を共有するように感じる絵本の画を描く人。

三島の駅から3時過ぎの電車に乗って帰った。窓から海を見た。種村季弘先生と歩いた山道の記憶が鮮明だった。線路脇の夏草の中に見える野生の白百合は武蔵小杉を過ぎるころまで点々と咲いていた。

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