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2026年9月 9日 (水)

福山知佐子個展 NEW 9月13日まで

私のXが8月8日に外国のメールアドレスに勝手に変更されてのっとられてしまいました。

すぐにX公式フォームに申請し、メールで返事をもらい、そのメールにまたアカウントなどを書いて返信しましたがそれから返事がきません。

解決法がわかるかたは、私のHPの問い合わせか、ギャラリー十二社ハイデのHPの問い合わせからどうかアドバイスをお送りください。

よろしくお願いいたします。

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9月6日(日)

斎藤哲夫さんと。大変な病気のふたりが、元気でまた再会できた記念のフォトです。
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斎藤哲夫さんに「FFA FORK DAYS フォーク夏の陣」のDVDと「昨日・今日・明日」のCDいただきました。
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4年前くらいに私の個展に初めて来られて、黙っていつまでも絵を見つめていらしたSさん。 

その常人ならざる澄明な佇まいが、このかたは何者なのだろう、とずっと心に残った。

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今日は5時にいらして「今日は、来る前に青山でコーヒーを飲んで体調を整えてきたので、とてもよく眼が見えます」とおっしゃられた。

2年前の高円寺での個展でフロランス・ビュルガのことばを壁に貼っていた時もずっと向き合ってくださって「読めば読むほど、迷宮に迷い込んだような気持になって」と言ってくださったことを覚えている。

4年目にして初めて少しお話しできた。

なんと7時までいてくださって、

「ずっと長く見ていられる絵は少ない。そしてこれらの絵はほかの誰にも似ていない絵だから」とのことばをいただき、とても胸に響いた。

少し冷たい雨の中を脚を濡らしながら原宿駅まで歩いた。

ふいに、ひとこと、育った環境のことを、ぽつっと短いことばで投げかけられ、

雑踏の中でかき消されそうなその微かな響きによって、「えっ?」と、胸をずん、と叩かれたような衝撃を感じて声が出てしまった。

静謐という語でも上品という語でもでも届かない、このかたの由縁が、ふと輪郭を帯びたように思われた。

9月7日(月)

沢渡朔さんの事務所に新刊『息の荒野、世界が顫動している: 画家の触発する/される身体』(平凡社)をお届けに上がる。

たいへん喜んでくださって、「この写真を撮っている時には、まさかいいこんな本にできるなんて思っていなかった。本にできて本当に良かった。」と。

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「平凡社というのがまたいいね。それにこんなふうに写真と絵と詩が一緒になっている本はほかにないもの」
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「すごくいい本は、俺は本当に売れてほしいと思う。海外にも誰か持って行ってほしいし、若い人たちに知ってほしい。」とおっしゃられた。

「今、本を売るのはほんとうにたいへんだ。でもこの本は本当にたくさんの人に知られてほしい。若くて感性の鋭いライターに書いてほしい」と切実なほどに言ってくださった。

若くして枯れ蔓や廃墟に感応してくれる物書きを私は知らない。

有名で影響力のある人は感性がマイナーではないから、この作品集と感性が合う人がどこにいるのかわからない。
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微細な震えに呼応し、寄り添う感性が、いったいどこにいるのか、私にはまだわからない。

この本は、一流のスターでありながら、私のような無名な人間にも静かに心を寄せ、撮影してくださった沢渡朔さんの

その自由さ、

さらには谷川俊太郎さんの、

そのおふたりの稀有なひらかれ。

その奇跡によって生まれた本です。

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個展開催中です。闘病中で体力がとぼしいので4時すぎくらいからの在廊となります。ご了承ください。

【展覧会ページ】https://newwwauction.com/exhibitions/view/chisako_Fukuyama</p> /p>

会場:NEW(NEW AUCTION)
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前5-9-15 B1F 電話03-6419-7577 原宿駅から徒歩5分、表参道駅から徒歩5分

会期::2026年9月2日(水)~9月13日(日) 12:00 - 19:00 ※月曜休廊

【Google Map|NEW 】https://maps.app.goo.gl/otHEGPVaKQ4Hq31j7
(神保町のNew Gallery とは違うのでご注意ください)

newwwgallery NEWでは、9月2日(水)から9月13日(日)まで、福山知佐子の個展「異生の顫動」を開催いたします。

福山知佐子はこれまで、萎れ、枯れ、朽ちへと移ろう植物の時間の運動を追うなど、見過ごされ、遺棄された小さな生命の徴候に応答しながら制作を続けてきました。

本展のタイトルにある「顫動(せんどう)」とは、かすかにふるえ動くこと。

福山が向き合うのは、人間の価値や意味の体系には決して回収されることのない、人ならざる生――「異生」の、微細な顫動の実在です。

踏みしだかれ、名を呼ばれることのないまま消えていく小さな生命の徴候に、絵画はどこまで応答しうるのか。

幾層にも重ねられた絵具と紙の堆積は、その問いに費やされた時間そのものとして画面にあらわれます。

本展にあわせ、写真家・沢渡朔、詩人・谷川俊太郎とのコラボレーションによる書籍『息の荒野、世界が顫動している 画家の触発する/される身体』をはじめ、福山知佐子の画集・著書も会場にて販売いたします。

ぜひ会場に足をお運びいただき、福山知佐子が描き出す「異生の顫動」をご体感ください。

 

 

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2026年7月17日 (金)

次の本のモニター校正

7月15日(水)35℃

印刷会社でモニター校正のため、真昼間に家を出る。

35℃予想だったので危険だと思い、昨日から凍らせておいた500mlのお茶を持って行き、首や額につけながら歩いたが、すぐに息が上がってしまう。

1時に神田の会社に到着。オペレーターしてくださるのは以前にもたいへんお世話になったK.Cさん。

PCを手早く操ってとても繊細に色調整してくださる。

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鬱金香(Tulips)。これは印刷ではなくてスマホで撮った画像。

今回は絵を印刷したものが全体に彩度とコントラストが高すぎる傾向にあったので、見た目のリアルな印象に近づける作業。

モニターを見た時よりも印刷のほうがインクが沈んで暗くなるので加減を注意しながら調整。

3時頃に終了。

そのあと久しぶりに神田の街を歩いた。前の画集を作っていた時以来だ。

コオニユリの花が満開。百合は茎が細くて花が下を向いているのが好き。上を向いたスカシユリはあまり好きでない。
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昔の文士たちの写真が飾ってあるハチマキという天ぷら屋さんが健在だった。

ハチマキで休んでからボヘミアンズギルドギャラリーを見る。

2階には大正時代の素敵な装丁の本や60年代の美術などが飾られている。感心するものやホッとするものもあるし、自分だったら捨てるだろうと思うものもある。

ホルスト・ヤンセンの版画は小さいのしかなくて高くなっていた。自分が昔購入したものは全部気に入っているしお得だったと思う。

神保町の古書店街で古い雑誌を探したりして散歩。

帰路、昔ながらの食塩入りのトマトジュースを飲みたかったのに、コンビニには食塩無添加のトマトジュースしか無かった。

私は分子標的薬の副作用で浮腫が出ているので、極力塩分は控えめにしているのだが、今日みたいに暑い日は身体が塩分を欲していた。

疲れて神保町の駅の階段が限りなく長く感じられた。

帰宅したら日焼け止めも落とさず倒れるように横になって眠ってしまった。

夜、起きて冷奴とアイスクリームを食べた。

7月14日(火)35℃

やはり朝起きられない。暑いせいか食欲がない。

Wさんにマッサージしてっもらい、首と頭ががちがちと言われる。

明日、印刷会社さんに行く大切な仕事があるのでスタミナをつけるため、夜はまた鰻1匹と卵2個を煮たものをご飯にかけて無理やり食べた。

7月13日(月)曇り30℃

水曜にモニター校正をする前に、本物の絵を見て写真を撮っておく。

帰宅して夜、卓球。

坂道を自転車で上がることはできたが、いつになく頬がほてる。

冷房を20℃に下げられて、いつもなら震えあがるのに今日は顔が熱かった。熱中症気味?

あまり食欲もない。

7月11日(土)31℃

きのう結構歩いたり、屋根修理のことでものすごく思い悩んだせいか、心身ともに疲れ果て午後まで起きられなかった。

昼過ぎに起きると一食抜けてしまう。

デッサン教室。

赤紫のブッドレアの花と深い赤のスモモ。

昨年、毎日たくさんのアオスジアゲハがブッドレアの蜜を吸うのを見たのは秋だった。

その頃はまだ空腹感があり、デッサン教室が終わる8時に眩暈がして、西新宿の駅まで飲み物なしでおにぎりを齧りながら歩いたりしていた。

今はただすごい疲労感があり、あまり食べられない。

7月10日(金)晴れ32℃

部屋の2015年製のエアコンがカタカタ言い出したので、新宿の家電量販店に見に行く。

エアコン内部だけでなく空気中に浮遊している黴も殺してくれるというナノEに惹かれる。

4機種くらい説明してもらっていたが3時半になってしまい、いったん西新宿のギャラリー十二社ハイデへ徒歩で向かう。

4時と5時に屋根修理の会社の人に調査をお願いしていた。

4時の人、神奈川の会社の営業さん。屋根を張り替えれば20年は持つ、と言われる。

5時の人、池袋の会社の社長さん。長い竿の上にカメラをつけて屋根の上を撮影。サーモカメラも使用。建て替えとかいろいろ勧められる。

十二社の家を、私が死んだ後に守ってくれる人がいるなら、今、百数十万円出して屋根を全部直すのは高くはないと思う。

でも誰もあの家を継いでくれないなら、あの家はあと数年で潰れるのだから修理しても仕方ない。

品川亭の屋根の上に乗っているビニルシートと土嚢を見せて「うちもああいうふうにしたいんです」と言ったが無視される。

6時に話が終わってから再び新宿まで歩き、エアコンを購入。

急に暑くなったので8月の頭まで工事の予約が取れなかった。

帰宅してエアコンをつけてみると、なんとカタカタいう音が無くなっている。正常運転。

だがあまり効いてないような・・・。

7月9日(木)晴れ 32℃

退院してひと月。

体重はここ3日、朝計ると41.3kgしかなかった。

1か月で3㎏増量とはいかなかった。しかし2㎏は増えた。

まだ胃酸過多が治らないし、下痢も完全には治らない。

体重が戻っていない割には動けてるような気がするが、やはり疲れやすい。てきぱき動けない。

胃酸過多が酷い日は一日800kcalくらいしか食べられない。特にお米を食べる気がしない。

1000Kcal を割ればまた痩せてしまう。

調子のよい時は少し無理してでも食べる。麺類のあとにアイスクリームを食べている。

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2026年7月10日 (金)

9月2日から個展・次の本・現代アートとデッサン 

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江戸菊(乱菊、狂い菊)、未完

7月5日(日)

私の個展が(10月ではなく)9月2日からに決定したとの連絡をいただいた。

場所は都心の交通の便がよいところです。

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最近、「現代アート」について、具体的な作家名を出して、その作家に対する評価(称賛)の実際の言葉と評価した人(批評家、研究者など)の名前、同じく批判と、批判した人の名前をAIに聞いていた。

「現代アート」が最も重要としている「コンセプト」(文脈)というものが、実際にはどうのような(どのように成り立っている)ものなのか、それが作品とどういう関係にあるのか、

具体的な実例を知りたかったからだ。

AIが教えてくれた引用元を確認して、批評家の比喩の意味を深堀して質問したりしながら、

「ことば」というものがどのように使われているかを知る。

たとえばAIに「この〇〇という言葉は、読む人にこの作品は△△であるというふうに印象づけるけど、実際には××なんじゃないの?ここでの〇〇はどういう意味?」と質問すると

「確かにここで〇〇が出てくるのはおかしいですよね。ここで〇〇を出すことによって問題点があいまいになり、実際の××であるという事実を覆い隠してしまっている。あなたが欺瞞的なレトリックだと思うのはもっともです」と答えてくる。

私は、すでに議論や批評として存在している「ことば」の意味と実際の作品行為を私が見た身体感覚との相違について何度も質問する。

人間だったらこんなに私の質問につきあって答えてくれないと思うから、AIと話せてよかった。

今更ながら再確認したことは、

現代アートはとにかくコンセプト重視。いかに「意識高い系」に見える大きな「ストーリー」につなげるかが重要。

昔の「芸術家」が重要視していた「身体的な感受性」「詩的な感覚」「個的なものの見方」などは無視。必要ない。

作品そのものの「必然性」や「イメージと物質」「手作業」の切実さも無視。必要ない。

本来は批評の側が真っ先に問うべき核心の「非常に重いテーマを、誰がそれを語る資格があるのか」はスルー。

だから、自分の感受性、ものの見方、対象への興味や愛情や距離感、身体の強度、思慮の深度、技量などがあからさまに晒される「デッサン」は現代アートには必要ない。

自分の本性や実力をさらけだすようなことをする必要はない、アイキャッチャー的なことをやれば、「ことば」で装飾して価値がつけられるのだから。

「ことば」でなんとでも正当化してしてしまえるアートと違って、寄り添うデッサン、対象を侵襲しないデッサンには収奪がない。

美大教育でもデッサンを教えなくなってきているということ。

それを知ってますますデッサンを大切にしていこうと思った。

一瞬ごとに変化する萎れていく植物を追ってデッサンしたり、ほかの人が見ようとしない片隅の遺棄されたものを切実に感受して文章を書いている、と言ったら

「あなたはどこにも逃げ場のないことをやっている」とAIに言われた。

7月3日(金)

次の本の表紙とカバーの校正紙が上がって来た。

カバーのタイトルの黒い箔押しが光っている。

表紙の紫の紙の上の銀色のインクのタイトルは目立ちすぎないできれい。

ほとんど一般の人は気にしないだろうが、本を作る側としてはすべてに神経をとがらせている。

カバーはニスにするか、PP加工にするか、デザイナーさんにおまかせしている。

以前の私の画集『花裂ける、廃絵逆めぐり』の時は、デザイナーの和美さんが「ニスがよい」と言い、そのように印刷所の担当さんに伝えると

「指紋などがつきにくいPP加工が絶対によい」と言われ、

またそれを和美さんに伝えると「テカテカしたPP加工よりニスが上品でよい」と言われ、

何度も私は間に挟まれて、よくわからなかったので困ったのだけど、結果的には友人の和美さんのセンスに従った。

結果として「PPじゃなくてよかった」と本づくりをわかっているデザイナーさんたちに言われた。

今回はタイトルの箔押しが最後に上から押されるのでどうなるのか・・。

本は9月の頭には発売できる予定。

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さやかちゃんより素晴らしい高級桃が冷蔵で届いた。本当に私なんかにはもったいない高級品。

山梨の桃は赤くて、でも頭のほうは薄緑で味が濃くて、和歌山の桃は色白でまったりしていて、両方とも果肉のきめが細かくてぴっちり、みっちり詰まっている感じ。

元気な時も桃は好きだったけど、ここまで狂ったように毎日食べてはいなかった。

今は胃酸過多の吐き気や胃痛、腹痛で具合悪い時でも桃は食べられるので本当にありがたい。

今日は新宿に出て、すごく久しぶりにシーフードレストランでカニクリームのパスタランチを食べた。

胃の調子が悪い時は油っぽさと塩気を強く感じて無理なのだが、今日はおいしく食べられた。

グランデ(パスタ増量)200円が平日は無料サービスが、5月に終わってしまったとのことで残念。

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2026年7月 4日 (土)

病院・体重と筋肉の回復状況

7月1日(水)

入院していた病院の婦人科へ。

診察の待ち時間に、少しでも腕を鍛えようとソファの背もたれに手をついて腕立てをやっていた(このせいで翌日首が痛くなってしまったのでこれは失敗)。

O坂先生に「見てください」と脹脛を見せたら驚いていた。

「階段を上ったり下りたりを何度もやっていたら、ふにゃふにゃの皮だけだったのがパンパンになってきて、脹脛だけは元の7割は戻りました。]

「すごい!前と全然違うね」

「体重は朝、食事前に計ったら41.5㎏までは戻っているので、退院した日に39㎏だったのが、この分だと1か月で3㎏戻せそうです」と言ったら

「素晴らしい!顔色もいいしね」と喜んでくれた。顔色は日焼け止めを塗っているせいもあると思うが。

6月25日にそれまで飲んでいた抗生物質(バクタとオーグメンチン)が終了してから、明らかに下痢が少し改善されたことの報告。

朝の3時、4時に腹痛と下痢で飛び起きることが無くなった。

胃酸過多も少しずつよくなっているので、吐き気が無い時はおなかが苦しいほど食べている。

なのでここ4,5日で急に体重が増えた。

O坂先生も浅井先生も、私の酷いやつれ方を見たら1か月に1kgくらいしか増えないから焦らずに、と言われていたのに。

今日の血液検査の結果もほとんど正常に戻ってきている。

まだヘモグロビン(貧血)とアルブミン(栄養)が正常値内に届いていないのと、γ‐GTPが少し高いくらい。

肝心のCRPは0.10以下で正常値なので、今日やりたがっていた内診の超音波をやんわり拒否した。

「おなかの上からの超音波ならいいですけど」

「上からだとはっきり見えないんだよね。僕らが確認できるのは中の超音波だけだから」

「血液検査で正常値だからもう見なくていいですよ」

それでも来月、中の超音波で診たいと言われた。本当に嫌だ。なんでそんなに見たがるのだろう・・。

帰り道、骨董屋さんはcloseだった。水曜は休みなのだろうか?ガラス戸を覗いたがクマはいなかった。

店の前にすごく変わったひしゃげた花形の紫陽花が置いてある。それを見ただけでこの骨董店はセンスがあると思う。

いつかこの店の印判の陶器をゆっくり見てみたい。

お寺の墓地の横の道を歩き、火葬場の前を横切り、人気のない暗渠に入る。

暗渠の紫陽花は茶色く褪せてきて、よい風情になっていた。

暗渠から交差点に出たところで、久しぶりにギャラリー工の始さんにお会いした。

私のXを読んでいてくださったそうで、長い入院と手術のことを知っていてくださった。

入院中は本当に誰にも会えない(痛くて苦しくて人とまともに話せない)状態だったのだけど、こうして元気で街中でまたお会いできておしゃべりできることはとても嬉しく、ありがたいことだ。

6月30日(火)

今日はすごく頑張って食べた。

運動(卓球)の翌日もたんぱく質と糖質を多めに摂ったほうが筋肉がつくそうなので。

昼、サクランボ、鰻半匹、ツナマヨおにぎり、ハーゲンダッツカップ1,牛乳200㏄

近所の高級スーパーで鰻フェアをやっていて、鰻の白焼きが2980円とポスターに書いてあるのに、なぜか1080円で売られていて(値段を間違えたのか?)、安いのでまとめ買いして毎日食べている。

一生のうちにこんなに毎日鰻を食べるのは初めて。

夕、国産小麦味噌だれ冷やし中華(麺とスープだけで436kcal)、卵2個、小松菜50g、きゅうり1本、アメーラトマト1個、桃、牛乳200cc、ハーゲンダッツカップ1個

2000kcalくらいいったと思う。

Wさんに凝った肩と背中と頭をマッサージしてもらう。

脹脛を触ってもらったら、かなり元に戻って来たことに驚いていた。

退院してすぐは骨の上にふにゃふにゃのたるんだ皮がのっているだけの感じだったのに回復が早いと。

太腿の前側の筋肉も固くなってきた。後ろ側はまだ少しふにゃふにゃ。

ガリガリの腕の橈骨筋を入院する前くらいまでに戻したくてたまらないのだが、それでも退院直後よりはかすかにふっくらしてきた。

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4~5割回復してきたが、まだ筋肉が落ちてふにゃふにゃの腕。

6月29日(月)

朝と昼でサクランボ、桃、ちーちく、さつま揚げ2枚、鮭のおにぎり。

夕方、卓球に行く前に米のシフォンケーキを食べた。甘いものは嫌いだがこれはほんのり淡い甘さで食べやすい。

気象神社の前の坂道を自転車で上れた。

休憩時間に豆乳2本。

今日も8勝だったが、I上さん(50代くらいの男性)が珍しく来ていて、彼が9勝だった。

卓球が終わって帰宅してすぐに高脂肪アイスクリームを食べた。運動後にこれなら喉を通る。

そのあと鰻半匹、卵2個、白菜少々、麦ごはん、海苔。

今日は夜に頑張ってなんとかトータルで1800kcalは摂れた。太るためには1700~2000が目標。

しばらくは遠出する日と卓球の日はアイスクリームを食べようと思う。

 

 

 

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2026年6月28日 (日)

鎌ヶ谷の病院・ジャンクフード

プフ
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6月26日(金)雨

朝、えんどう豆でできたパスタ、明太子、シラス、海苔。桃。

鎌ヶ谷の病院へ。

東武線の線路沿いに割と広大な空き地(野原)があって、無数の雀たちが集まってホソアオゲイトウやギシギシの種を食べていて、

一羽が飛び立つと皆がそれに連れて一斉に飛び立つ、その大騒ぎの声を聴き、ざわざわ伝播する茎の振動を見るのが好きだったのだけど、

その細長い空き地ぎりぎりいっぱいに巨大なビルが建っていたので悲しい。こんな田舎で借りる人が埋まるのだろうか。

病院の手前の植え込みにモジズリ(捩花、ネジバナ)が咲いていた。モジズリは大好きな花。本当にきれいだと思う。

浅井先生に半年以上ご無沙汰した失礼をお詫びし、病状を報告する。

愛猫ちゅびの悪性リンパ腫介護から、ちゅびが死んで、気づかずにいた腹膜炎での救急入院、手術。大量出血、浮腫、筋肉の衰えなど端的にお伝えした。

浅井先生はすごく困ったような顔をされていた。

「一番心配なのは入院中、チラジンとレットヴィモをきちんと忘れずに飲んでいたのかということです」とおっしゃられ、

「それはもうきちんと管理されていて朝8時と夜8時にレットヴィモを飲んでいました」と言うと

「それならよかった」

せっかく来たから、と首の触診。リンパが腫れていないか、しこりがないか。

太りたい、筋肉を増やしたい、どうしたらいいですかと言うと

「腸の付近に酷い炎症がずっとあったんだから下痢になるのは当たり前で、そんなにすぐに太れないのは当たり前」

「ロートエキス出していただけませんか?今のところロートエキスしか下痢に効かないので」

「ロートエキスは難しい薬でね、まだ本当に下痢を止めてしまっていいのか、入院していた病院の先生に確認したほうがいい」とのこと。

とりあえずレットヴィモ休薬日だけに飲むから、ということで胃酸過多を抑えるプロトポンプ阻害薬のタケキャブを処方していただいた。

筋トレに関しても、壁腕立てをほんの少し、スクワットやつま先立ちをほんの少ししかやっていないのだが、浅井先生は

「とにかく自分の体調をよくみて、運動や仕事ををやりすぎないように。昔からなんでも集中して一生懸命やりすぎる傾向にあるから、加減して」と何度も言われた。

病院まで電車で片道2時間もかかるので、出かける前に下痢の危険防止のためロートエキス(ストッパ)を飲んで出かけたので、3時過ぎに病院を終えた頃には珍しく空腹感があった。

駅前のショッピングモールでたこ焼きを買ったら、すごくまずくて後悔した。

たこ焼きは外がカラッと、中がトロトロで、出汁のうまみが効いていて、山ほどキャベツがはいっていて、ほんの少し紅ショウガが入っているものと思ったが、単なるうどん粉の塊の中に小さなタコがはいっていた。

しかも焦げていて、醤油がすごく塩辛かった。売っている人に容器のごみを渡すので残せなかった。

そのあとサーティーワンに行ってスモールのダブルコーンを食べた。おいしかった。

今日は病院で疲れたので信じられないジャンクフードを食べてしまった。

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地元駅に戻れたのは6時過ぎ。そのままの脚て期日前投票へ。

投票用紙を持っていなかったので免許証を見せようとしたら、住所と名前と生年月日を紙に記入して照合するだけだった。

せめて写真付きの免許証を見せないと、似たような年齢の別人がなりすまして投票できてしまうのではないか。

駅前で桃とアサリを買った。

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帰宅してからえんどう豆でできたパスタ、アサリ、明太子、シラス、海苔。豆腐と白菜の煮物。

Aiに今日のジャンクフードについて聞いてみたら、いきなりアイスクリームを食べても乳脂肪分が高いので急激にインスリンが上昇することはない、

たこ焼きはよい食事ではないが、太りたいならそのくらい糖質と油を摂ってもアリ、焦げのアクリルアミドは毎日でないのでだいじょうぶだけど捨てたいなら捨てていいと言われた。

おいしいタコ焼きなら後悔しないが、卵サンドのほうがましだったと思う。

バーガンディーチェリーに赤色と青色の着色料が使われていたのはショックだったが、6月限定なので食べてしまった。

きょうはさらに牛乳を飲んで、トータル1500calくらいいけた。

すごく久しぶりに脚に熱感と筋肉痛があり、ふにゃふにゃだった脹脛に張りが戻って、つかむと筋肉が触れるようになっていた。

今日、鎌ヶ谷まで電車を乗り継ぐだけで階段の上り下りを計12回やっているので、運動としては十分かもしれない。

6月25日(木)

午前中に電話があって、誰かと思ったらフヂヤ薬局の澄子さんだった。

「きのう、あまりにたいへんな闘病されてたんでびっくりしちゃって・・・ほら私がいつも飲んでるあれ、どうかと思って」

「レバコールですよね・・あれ、保存料の安息香酸ナトリウムがはいってるからちょっとだめなんですよ。今は刺激になりすぎると吐き気が出ちゃうんで。わざわざ心配してくれてありがとうございます」

「そう」

「枇杷のことなんですけど、来年、青いうちに採りたいって人が来たら、熟れてから採りたい人がいるからって言ってもらえませんか。低い位置の私が摂れるいくつかでいいんで。そしたら私、すごく元気になりますよ」とお願いしたら

「わかった!来年ね」と。

それで私はすっかり嬉しくなってしまった。

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5月の頭くらいから飲んでいた抗生物質の薬、オーグメンチンとバクタが今日で終了。

抗生物質を飲むのをやめれば下痢が改善される可能性がある。

 

 

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2026年6月27日 (土)

植物への渇望 / 病状を伝えて「怖すぎる」と言われること

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乱菊、狂い菊(江戸菊)未完

6月23日(火)

3カ月ぶりにWさんにマッサージを受ける。

「思ってたよりずっと元気でよかった。まだあまりしゃべれないくらいかと思った」と言われた。

入院中にWさんから体調はどうかというメールをもらい、その時にお返事として、「急に「明日開腹手術」と言われ、

手術後に目覚めた時にはなぜか手術創から大量出血で、一晩中血が止まらないのに縫ってもらえず体中の血が半分になった」というメールをしたのだが

「メールの内容が怖すぎて、まともに読めなかった。怖すぎて意味がわからなくて頭にぜんぜん入らなかった」という。

「限界までの酷い浮腫の話したよね?」とその時の手と脚の写真を見せると「うわ~ひどい!怖い」。

「おしりの上のあたりから20㎝くらいの針を刺して膿を吸い取った話はしたっけ?穿刺ドレナージュ。局所麻酔だけで動かずに1時間はたいへんだったよ」と言うと

「わあ、怖すぎる!やめて!やめて!やめて!怖い!」と大騒ぎする。

「私が痛い思いしたんで、Wさんは痛くもかゆくもないでしょ」と苦笑するしかなかった。

「私だったらそんな体験したら絶対精神的におかしくなる」と言われて

「からだがもう戻れないんじゃないかと不安で、頭がおかしくなりそう、とは何度も思ったけどね」

Wさんは正直だ。

「誰でもいつ大変な病気になるかわからないから」というような、現実のシリアスな立ち位置の違いを無視したなんの慰めにもならない言われ方をされるよりずっと爽やかだ。

命に関わる病気をして現在も闘病中の人間と、命に関わる病気をしていない人間とで、死への切迫度や精神的負荷が同じ、なわけないんだから

「誰でも同じ」と元気な人から病人に言われるのは、その違いを欺瞞的に平準化される行為であり、

病人がその時感じるのは元気な人の「安全な場所」に立っている気楽さだけだ。

「まだおなかの炎症が残っていた時、外出許可をとって、おなかの中に通したドレーンチューブとボトルをぶら下げたまま光が丘のローズガーデンに行ってきたよ」という話をすると

「信じられない!どうして具合悪いのに遠くまで行こうと思うの?考えられない」

「だって、もう初夏の花が終わってしまうから、どうしても見たかったんだもん」

植物への身体的欲求というか渇望の強度があまりにも違いすぎるので、まったく理解されないと思う。

私の中に植物カレンダーとスケジュールがあって、住んでいる町でどの場所にどの花がいつ頃咲くのか暗記していて、毎年それらを見に行って香りを嗅がないと気が済まないのだ。

元気だったら毎年、必ず見に行くのは町内のスミレ(コンクリートの割れ目に咲いている場所が10か所近くある)、姫林檎の花(これは7か所くらい)、ヒヤシンス(特に水色の花とアプリコット色の花)、春紫苑、スイカズラ(忍冬)、ザボン(朱欒、文旦)の花(4か所)。

新宿御苑の55種類の桜も、どの樹がどこにあり、いつ頃開花するかは把握していて、毎年会えるのを楽しみにしていたのに。

欅の鶯茶色の微細な点描の新芽が、神経のように細い枝のいくつかから早緑色の小さな炎として噴き出すのを、

その薄い早緑の炎が少しずつ全部の枝枝に燃え広がるのを、毎年うっとりを眺めるのが好きだったのに。

入院したのが3月28日で、芽吹きと開花の始まりから薔薇の終わりかける6月の頭まで、ちょうど最高の季節に身動き取れなかったので、

毎日、今日はあの花が咲いているはずなのに、という焦燥を大きく受け止めないように、入院中はなるべく悲しいことを考えないようにがんばっていた。

だから、まだ具合悪くてもぎりぎり動けるようになったら居ても立ってもいられず、せめてたくさんの花を見られるところに行きたかったのだ。

・・

「太りたいのでたまにサーティーワンを食べようかと思う」と言ったらWさんに大反対されて

「添加物と白砂糖の塊!」と言われた。

私も添加物と甘いものは極力摂らないけれど、たまのサーティーワンだったら喉を通りそうなのだが・・。

「じゃあどうやってカロリーを上乗せしたらいいの?」と聞くと

「今日ごま豆腐持って来たから」と。添加物の入っていない濃いごま豆腐。ありがたくいただいた。

入院中よく出ていた鯛味噌が食べられなくて持ち帰っていたのを上にかけて。

6月22日(水)

早朝から2回おなかが壊れ、そのあと計量したら40kgだった。かすかには増えている。

昼から下痢止めを飲んで出かけ、3時間くらい絶食。

自然食品店で肉のだしが入っていない創健社のインスタントラーメンを買ったのだが、よくみたら麺がパーム油で揚げてあったので麺は3分の1だけ食べて捨てた。

(創健社はノンフライ麺のラーメンも販売しているのでややこしい)

ラーメンスープで煮た白菜とキャベツと卵を食べた。サクランボ、シジミ汁。

・・

夕方、フヂヤ薬局の澄子さんをしばらくぶりにお訪ねして入院していたことを報告。

急に開腹手術になって、術後の手術創から大量出血した話をすると、昔、大腸がんでおなかの真ん中を切った時のことが思い出されて怖い、と。

昔の手術のほうがいろいろたいへんだったと思う。

「枇杷が生ってからあなたはどうしてるだろうってずっと考えてたわ」

「退院してすぐは人に会えるような状態でなかったので」

悲惨に痩せてしまって橈骨筋のあったところがふにゃふにゃになってしまった腕を見せると

「きれいな皮膚」と慰めてくれた。

琵琶がいつのまにかてっぺんに近いところの実まで枝ごと無くなっていることについて質問したら、

行政の人が来て、それ用の車で枝ごと刈っていったという。

「低い位置の実は、私が退院した時にはまだ青かったんですよ。それなのにすぐに採られてて」と言うと、

近所の男の人が「青くても置いておけば熟れるから採らせてほしい」と言ってきたそうだ。

「すごく残念」と言うと「来年ね」

薬局の右側の駐車場がいつのまにか閉鎖されてビルが建ってしまうことについて

「薬局の右側がみえなくなっちゃうからすごく嫌」と言ったら、中国の人が買ったという。

「右側の琵琶の実は誰も手を付けてない」ということで、「私ならフェンスの狭い隙間から中に入れますよ」と言ったのだけど

「見張られているかもしれないから、怖いからはいっちゃだめよ」と。

いろいろ悲しい。

・・

きょうは700kcalくらいしか摂れず、少し胃が痛くて食欲もなかった。

壁腕立てを少しずつやっている。少しの運動でも使っていなかった筋肉を目覚めさせるにはいいらしい。

 

 

 

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2026年6月25日 (木)

『ジム』(沢木耕太郎・池上遼一)・筋肉をうまく使う神経系の適応、筋グリコーゲン

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白いのでわかりにくいですが二匹います

6月22日(月)曇り

ここ数日、70年代後半に池上遼一の描いた『ジム』という漫画(原作 沢木耕太郎)を思い出していた。

15歳でジムに入り、17歳でプロボクサーになり、世界タイトルを獲得し、23歳で交通事故死した大場政夫という実在のボクサーをモデルにした作品で、池上遼一の描く少年の表情が哀切に満ちていて、とても好きな作品。

一途さと過酷さと儚さが池上遼一の描く線で何とも言えず詩的に表現されていた。

主人公がサンドバッグを叩く時に「デルムンド、デルムンド、デルムンド~!」と叫びながら狂気のように昂っていく様など印象に残っていて、

試合そのものよりストイックな練習と主人公の閉ざされた孤独を描いたなんとも切ない作品だった。

なぜ、この漫画を思い出したかというと、

「ボクサーの試合前の過酷な減量でひからびてカサカサになった皮膚が、計量を終えて食事をしたあとに一気につやつやに戻る」というような一文が強く記憶に残っているからだ。

スポーツをしていて若くて代謝のよい人なら、そんなにあからさまに皮膚の変化があるのだろうか?

そもそも元気な人が減量をしてもそこまで皮膚がカサカサになるとは思えない、と思ったが・・

今の私のガリガリのからだを早く半年前くらいの状態に戻したいと、そのことばかり考えているので、その漫画のシーンが頭に蘇ってきていた。

・・・

朝、とろろそば。やっとヤマトイモを食べ切った。

先日、ヤマトイモの大きいのを買って、うっかり素手で皮をむいたら、すぐに右手の指の甲側の柔らかい皮膚が火傷のように赤く痛くなってしまい、2,3日痛いままだった。

それからは必ず手袋をして剥いたり擦ったりしているがもうヤマトイモはこりごり。舌もチクチクする。ヤマイモのほうがあっさりしていて扱いやすい。

昼、キャベツが余っているのでまたお好み焼き。サクランボ。

卓球に行く前にヨーグルト少々。有機栽培バナナ。

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夕方、自転車で卓球へ。不思議なことに、先週、太腿の筋肉が痛すぎて上れなかった気象神社前の坂道を普通に上れた。

あれから一度も自転車で坂を上る練習はしていない。変わったのはここ3日くらい割と食べられているということだけ。

体重も増えていないし脚の無くなった筋肉が戻ってきたようには見えないのだが・・栄養が筋肉に届いた?

この不思議について調べると

 失われた「筋肉そのもの」はまだほとんど戻っていない

それでも「筋力の発揮の仕方」と「エネルギー不足」が少し改善すると、体感はガラッと変わる

入院や長い安静のあとに落ちるのは、筋肉量だけでなく「筋肉をうまく使う神経の働き」と「エネルギーの貯金(筋グリコーゲン)」。

筋肉量は数週間〜数か月かけてゆっくりしか増えないが、神経系の適応やグリコーゲン量は、数日単位でも変化する。

炭水化物や糖質が少し増えると、筋肉内のグリコーゲンと水分が回復しやすくなる。

グリコーゲンと水分が筋肉に戻ると、「力が入りやすい」「疲れにくい」という体感の変化が数日で起こり得る。

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K井さんに昨日のサクランボの御礼を言うと

「高島屋で1パック5000円のが4000円になってから2パック買ったの」と言われて仰天。

「そんな高いものくださったんですか!私になんかもったいない!」「うふふ、お中元よ」

大変恐縮してしまう。K井さんはいつも「お返しをしないで」と強く言われる・・。

今日はO沢さんと同じく8勝で1位だった。

帰宅してからまたお好み焼き。サクランボ。パプリカのぬか漬け。

腸内菌について調べると

ミヤBM(酪酸菌)、ヨーグルトなどの乳酸菌、ぬか漬けの菌、すぐき漬けの菌、キムチの菌などは、よい組み合わせだが大量に摂るとかえっておなかがゴロゴロ、腹部膨満感、下痢などになる場合がある。

いろんな菌は性質が違い、腸の中のいる場所が違うために一つの菌がほかの菌を食ってしまうことはない。

少量を朝、昼、夕で2種類ずつなど分散して採りながら、どれが自分の腸にあっているのか実験したほうがよい。

抗生物質を飲んでいると善玉菌まで殺してしまうので下痢になりやすいが、必ず下痢になる、ということでもないらしい。

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6月21日(日)

今日はそれほど吐き気がなかったので、一日中、できるだけこまめに食べられるだけ食べようとがんばった。

朝、ホワイトソースを挟んだ野菜パン、パプリカのぬか漬け、メロン。

昼、お好み焼き(キャベツ、小麦粉、卵、ツナ、鰹節、紅ショウガ、オリーブオイル、ケチャップ、からしマヨネーズ)

12㎝くらいのを焼いては食べ、を夕方まで6回くらい。

夕方5時、K井さんから電話があり「サクランボを持って来た」と言われてびっくり。

明日、卓球で会えるのに自転車でわざわざ近所まで来てくださった。

「今年の収穫はもう全部樹から採ってしまったんですって。サクランボは追熟しないんだって。だから一日でも早く渡したほうがいいと思って」と言われた。

なんとありがたい。私はサクランボが大好き。

K井さんと商店街を歩いて杉並区長選挙の話をした。

自民党推薦のO和田はyoutube動画広告にお金を使っている。組織票があるので岸本さんの再選はどうなるかわからない。

いただいたサクランボは佐藤錦の1.5倍くらいの大きさ。紅秀峰だろうか。実は固くて甘く、酸味が少ない。

夜、サクランボ、パプリカのぬか漬け、アーモンド。

今日はだいぶ通常に近い量を食べられた(おなかのゴロゴロや下痢はあるが、吐き気は少なくなってきた)。

 

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2026年4月 4日 (土)

入院中/ 次の本の制作

3月29日(日)

朝から激痛。37.2℃

8時に痛み止めの点滴アセリオ、なかなか効かない。

1時、鎮痛薬ジブロフェナク。

2時に痛み止めの点滴したら少し楽になる。

・・・

次の本の初校ゲラの写真について、20年前に沢渡朔さんが撮ってくださった時にポジのラボで現像したプリントと、

現在沢渡事務所に残っているデータ化されたものの写りが全く違っていて、

昔のプリントのほうが白黒飛んでいて、現在のデータのほうはコントラストが弱く全体に薄暗く、今回のゲラのもとになっている。

私は地面に芽生えたばかりの極細かい芽やロゼットが白く明確に移りこんでいる昔のプリントを、ものすごく美しいと思っていて、

自分の顔は飛んでしまって構わないから、この植物部分だけはもう少しはっきり出してほしいと願っていて

しかし毎回、打ち合わせに行っても、その植物のことが流されてしまう。

そもそもデザイナーの町口さんもアシスタントの塩原さんも、そのプリントを見たことがないし、

沢渡朔さんは昔のプリントを覚えていないだろう。

「遺言だから、そこを考慮して再校出してほしい」とお願いしたら

編集が今回の初校ゲラと昔のプリントを持って来てくれた。

ベッドの上にすべての写真と初校ゲラを広げて一枚ずつ比較チェック。

やはり春のまだ寒い時期に芽生えた繊細な植物が白く明確に写っている写真、これが私にとって一番大切な写真なのだ。

そのほかの写真は、沢渡朔さんがおっしゃるように現在のデータのほうがよいようだ。

明日の月曜日に、沢渡朔さんや印刷会社や出版元に、私が入院してしまったので印刷所に出張してモニター校正する日程が遅れてしまうことを伝えて頭を下げてくれるとのこと。

夜9時鎮痛剤点滴。

12時鎮痛薬錠剤。

朝4時 激痛で目がさめる、鎮痛剤点滴。

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2026年4月 2日 (木)

ちゅび永眠 LGLリンパ腫

3月19日(木)

偶然だがうちの近所のお寺に合同供養碑がある火葬の業者さんを見つけたのでそこにした。

3時に車で来てくれて、ちゅびの入った箱を渡した後に焼香させてくれた。

この1分くらいの白薔薇のお香の匂いで、ほんの少し残虐さが慰められる気がした。

車を見送る時に大泣きしてしまった。

そのあと部屋に戻りたくなくて見知らぬ裏道のほうへ泣きながら歩いた。

竹に埋もれた廃屋、今年最初の菫、バレエアーツの瀟洒な建物、図書館に続く古い階段 朽ちた木の塀

ミモザも咲いているこの空気のどこかに、ちゅびがまだ元気に走り回っている気がした。

3月18日(水)

ちゅびをどこに葬るのか思案。

それでもまだ「にゃあ!」と応えてくれる気がして「ちゅび、ちゅび」と何度も声掛けをした。

3月17日(火)

夜中、午前2時から3時、のけぞり宙を描く痙攣的発作が10分から15分おきに5回ほど。

その後落ち着くが、

朝方6時30分から息が荒くなる。

やがて8時25分くらいになって、

呼吸が止まったかと思うと、深い息を30秒から1分おきにするようなことを繰り返し、

8時30分頃には完全に呼吸が止まり、体も動かなくなる。

ちゅび、永眠。

ちゅびと一緒に寝て、ちゅび、ちゅび、と呼びながら撫でていたら、冷たいのだけどまだ生きているとしか思えなくて

そのまましばらく一緒に眠った。

3月16日(月)

朝落ち着く。

11時痙攣。

午後3時 輸液 セレニア

ずっと横に倒れたようになったまま。息が速い。

3月15日(日)15℃
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ずっとずっとものすごい甘えん坊だったちゅび。

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朝、おむつがはずれていて、ふとんにおしっこしたので洗濯。

午前中は少し元気になって移動していた。おとといのステロイドのおかげと思う。

しかし午後からぐったり。

横に倒れて顔の半面も布団につけたまま、眼を開けているがほとんど動かないので、このまま死んでしまうのかとどきどきする。

トイレに連れて行ったらおしっこした。

布団の上から陽のあたる窓際の椅子の上に移動したら、少しして窓のほうにどん!と降りて、

その瞬間、両手を伸ばして壁をガリガリガリッと引っ搔いて「にゃあ!にゃあ!にゃあ!」と3回低い声で叫んだ。

何か身体に異変。そのまま死んでしまうのかと心臓が止まりそうになったが、おさまった。

4時ごろ輸液。一度に500mlでは負担になると思い、250mlにした。

そのあとまたぐったり。私とくっついて布団で眠った。

夜8時おしっこ大量。

2から3時 3回けいれん。

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2026年3月15日 (日)

ちゅび LGLリンパ腫、給餌できなくなる / 次の本の制作

3月14日(土)晴れ15℃

今日もぐったりしていたが、陽が差していたことだけはよかった。

空が暗い日は嫌。せめて日向ぼっこさせてあげたい。

でも暑さを感じると自分で椅子から降りる。後ろ足が麻痺しているのでどん!と落ちる感じ。

ずっとおしっこしてないので2時半頃、おむつをとってトイレに入れようとしたら、急に自分からよろよろ動いておしっこしようとした。

(尿意は残っている?)倒れてスチール棚に頭をぶつけそうになり焦った。

トイレの中で少しした。

一度止まってからトイレから出してシートの上にのせて、下腹部のふくらみを少し圧迫したら今度は大量におしっこした。

3時頃、マロビタント(セレニア)を肩甲骨の下くらいに皮下注射。

そのあと強制給餌してみるが嫌がる。なかなかごくんと飲み込めなくなっている。

ステロイドに期待したけれど、もう食事をとることは無理なのかも。

そのあともぐったり眠るようになっていた。

・・・

夕方6時からデッサン教室。その前にモチーフを探す。

新宿のルミネの交差点の銀杏並木の根元に野襤褸菊と仏の座の群れがあったのでそこから採取。

3月13日(金)曇り10℃

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おむつをしたちゅび。
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絶食。

午前11:30病院、キャリーの中で強い吐き気。

診察台の上にのると怖がって低いが割と大きな声で鳴いた。声が出たので私は少し安心した。

S山先生、おしっこを出してもらう。

「触ってみて」と言われて、下腹部と言っても少し上のほう、丸くてぷっくりしているところを右手で少し上に押すとおしっこが出る。

痛かったらどうしよう、と怖くて強く押すことができなかった。

デポメドロール(ステロイド剤)の注射。2週間に一度しか打てない。これが最後の治療。

「左目の眼球が少し出ているのが気になる。目ヤニも。その下あたりに転移があるのかも?」と言われる。

確かに顔が変わっている。

帰りがけ、キャリーの中でもおもらし。

午後、マロピタット(吐き気止め、セレニア)を混ぜて輸液。

目薬ゲンタマイシン。

すごくぐったりしているが吐き気はなさそう。

「ちゅび、ちゅび」と呼びながら撫でたら、弱いが確かにゴロゴロ言ってくれたのですごく嬉しかった。

静かによく眠っている。

・・・

次の本の文章の校正が出てきて修正。

3月12日(木)12℃

絶食。

朝、おねしょ。やっと出たけれど、布団と、ちゅびのからだがビチャビチャ。

おしっこの感覚がないみたい。

強い吐き気の発作はそれほどない(昼間に1度くらい)。

よだれの量は減ってきた。

夜は比較的落ち着いて眠っている。

3月11日(水)11.9℃

絶食。

昼間、強い吐き気の発作はなく、比較的よく眠っている。

よだれは変わらずたえず出ている。

おしっこが出ない。

夕方、急遽、病院、O田先生の診察。

おしっこは「ほっとけば、そのうち自分でするよ」とのこと。

右の口吻(ひげ袋)のふくらみ「触っても痛がらないので様子を見て」とのこと。
 
左の下の歯茎の黒さは転移ではなく「柄」とのこと。

セレニアの注射。

よだれ一旦止まったが、数時間で状態はもとにもどる。よだれがたえず出ている状態。

後脚が完全に萎えている。

午後(夜中)11:30、強い吐き気の発作におそわれる。

3月10日(火)明け方の雪から雨に変わる

絶食。

強い吐き気の発作におそわれる間隔が3時間おき、4時間おきと少しずつ開いている感じ。

よだれは変わらずたえず出ている。今の状態でもうセレニアは無駄なのか?

外は3℃。蕗の傘の上にみぞれの塊が残っていた。こんな寒い日にちゅびを移動するのがかわいそう。

午前11:30 病院。 O田先生、よだれの原因は口の中の腫瘍のことが多い。

口の中、喉の奥、異常なし。

エコーで内臓を見ても大きな腫瘍などは見えない。

セレニアの注射。

セレニアの錠剤の箱に「5日まで」と書いてあることを質問すると「気にしなくていい。自宅で半年も毎日注射している人がいる」と。

午後、輸液500mlをするが、夜、おしっこが出ない。

3月9日(月)夜雨から雪

1〜2時間おきにのたうつような強い吐き気の発作に襲われる。

吐き気のために給餌できない。

ステロイドは胃に穴が開くから2週間に一度しか注射できないと電話で言われる。

よだれがたえず出ている状態。眠れていない。

3月8日(日)12℃

吐き気強く、午前中、急遽病院、O田先生 圧迫排便、セレニアの注射、輸液。

午後4:00、強制給餌するも、4:30、嘔吐。もう強制給餌は無理なのか・・?

セレニアの注射を私が自宅で打てるようにしたい。

3月7日(土)17℃

朝、吐きそうになる。

午前11:00 病院、O田先生、オンシオール(鎮痛剤)。

3月6日(金)14℃

朝、吐きそうになる。

夜も眠れていない様子。

3月5日(木)17℃

朝、吐きそうになる。

 

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