『反絵、触れる、けだもののフラボン――見ることと絵画をめぐる断片』

2015年7月19日 (日)

『あんちりおん3』できました

7月18日

友人とつくっている雑誌『あんちりおん3』ができました。

今回は、友人が私の本『反絵、触れる、けだもののフラボン』に対する批評の特集号をつくってくれました。

私は表紙画をやっただけで文章を書いていません。

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『あんちりおん』3号 総特集:福山知佐子『反絵、触れる、けだもののフラボン』を読む

執筆者(あいうえお順)


阿部弘一(詩人、フランシス・ポンジュ研究)
鵜飼哲(フランス文学・思想)
斎藤恵子(詩人)
佐藤亨(イギリス・ アイルランド文学、アイルランド地域研究)
篠原誠司(足利市立美術館学芸員)
清水壽明(編集者)
鈴木創士(フランス文学・思想)
田中和生(文芸評論)
谷昌親(フランス文学・思想)
花輪和一(漫画家)
穂村弘(歌人)
堀内宏公(音楽評論)
水沢勉(神奈川県立近代美術館館長)
森島章人(歌人、精神科医)

+α・・・

興味を持ってくださるかたはこちらまでメールでお申し込みください。

http://blog.goo.ne.jp/anti-lion/e/9058c9bab36f1799e61dc98242d4c982

送料140円+カンパでお送りしております。

鈴木創士さんが図書新聞のアンケートに書いてくださいました。

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「『ANTI-LION3あんちりおん 総特集・福山知佐子『反絵、触れる、けだもののフラボン』を読む』(球形工房)

これまた一人の画家の書いた本に捧げられた論集である。鵜飼哲、阿部弘一、花輪和一、吉田文憲ほかによる熱いオマージュ集。このこと自体が今では稀少なことであるが、一人の画家による文章の極度の繊細、犀利、真率、真摯、苦痛に、批評家たちは幸いにもやられっぱなしである。この女性画家を前にして、プロの書き手たちがなんだか可愛らしく見えてしまうのは私だけであろうか。」

上の文章は私にはもったいない、あまりに心苦しい、全身から汗が噴き出すようなお言葉であるが、鈴木創士さんがこんなにも書いてくださったことに対する、胸の痛みと心よりの感謝を表明するために、謹んでここに記しました。

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先日、『あんちりおん3』を、今月20日まで限定で復活している、リブロ池袋本店内の詩集・詩誌の専門店「ぽえむぱろうる」に置いていただきました。

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かつて詩が最もアクティヴな生命力を持っていた頃と比べて、今現在は、詩を取り巻く環境も、詩のありかた自体も恐ろしく変わってしまった。

きょう、7月18日、新宿の地下街の雑踏の中で、

「多くの人が必死で国が強硬に進める安保法制と闘っているこの時に、天皇に恩賜賞なんかもらっている詩人がいる。吐き気がした。」

と私の友人は言った(その友人も詩人である)。

その言葉に非常に励まされた。時代状況が最悪になっても、友人が変わっていなかったことにほっとした。

おかしいと思うことをおかしいと言えない、吐き気がすることを吐き気がすると言えない逼塞した現状でも、やはり、吐き気がすることは「吐き気がする」と言っていいのだと思った。

友人は「頭がよくても体質的に合わない、と感じる人に理解されようと努力しないでいい。わかってくれる人はどこかにいるはずだ。」と言った。

ちなみに、私の本『デッサンの基本』と『反絵、触れる、けだもののフラボン』の帯文を書いてくださった谷川俊太郎さんは、国家からの褒章を一切もらっていない。谷川さんも、そこらへんは非常にはっきりした人なのだと思う。

・・・

詩人のパネルや詩についての記事など展示されているぽえむぱろうるの様子(7月13日撮影)。
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谷川俊太郎さんや田村隆一さんの若い頃のお姿。

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池袋のぽえむぱろうるに行った日(7月13日)、巣鴨に寄った。偶然見つけた廃屋の前で。

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この日の夕焼けは紫と金色が水平に幾重にもたなびいていた。

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2015年7月16日 (木)

鵜飼哲さんと多摩川を歩く  表現について

7月5日

小雨が上がって曇り。最近、陽に当たると湿疹が出てしまうので、私にとっては絶好の散歩日和だった。

鵜飼哲さんと多摩川を歩く。

中央線から西武多磨川線に乗り換えたとたん、線路沿いの夏草はぼうぼうに茂り、景色は急に昔の片田舎のように懐かしい感じになる。

3時に終点で電車を降りると、すぐに広い川べりに出る。是政橋の上から、向こうに見えるのは南武線の鉄橋。沢胡桃の樹には青い実がびっしり生っていた。

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日の当たる土手にはアカツメクサとヒメジョオンが多く咲いていた。

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下はアカツメクサの変わり咲き。とても淡い赤紫色の花。

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下は、めずらしい(たぶん)ヒメジョオンの変わり咲き。花弁(舌状花)の部分が大きく、紫色でとてもきれいだった。画像の真ん中の小さな白い花が本来のヒメジョオン。
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この先が行き止まりの突端まで歩いた。

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大丸(おおまる)用水堰。水の浅い場所にたくさんの水鳥がいた。望遠レンズを持っていないので写真にはうまく撮れなかったが、白鷺(ダイサギ)は多数、大きな青鷺が写真に写っているだけでも6羽。この辺りには鳶もいるらしい。

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これがアオサギ。

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道が行き止まりになる突端で野鳥を見てから、道を引き返す。


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ハルシャギク(波斯菊)と姫女苑。
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是政橋を戻り、駅側の岸へ。

青々と茂った草叢にヤブカンゾウ(籔萱草)の花が咲いていた。Sdsc06322

ヤブカンゾウには、同じ季節に咲くキスゲやユウスゲのようなすっきりした涼やかさや端正な美しさはないが、花弁の質感がしっとりと柔らかく厚みを持ち、少しいびつに乱れた様子が野性的で絵になる花だと思う。

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土手を下り、先ほど水鳥がいたところへと反対の岸を歩く。
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一面、なんとも可憐なハルシャギク(波斯菊)の野原が続く。ハルシャという発音がなんとも柔らかくフラジルな感覚を誘うが、波斯とはペルシャのこと。蛇の目傘にそっくりなのでジャノメキクともいうらしい。

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ここらへんは、川岸に降りてしまうとあまり周辺の建物も見えず、果てない草原にいるような、うんと遠くに来たような気持ちになる。

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草原を奥へと進むと、薄紫のスターチスに似た小さな花をつけた背の高い野草が多くなる。

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イネ科の薄茶色の細い線とハルシャギクの黄色い点とが震えて戯れている空間に、ギシギシの焦げ茶色の種子が縦にアクセントをつけている絵。

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多摩川が支流に分かれている場所。多摩川の本流は、きょうは水かさが増して烈しく流れていたが、この場所は水流が静かだった。鯉だろうか、大きな黒っぽい魚がゆったり泳いでいた。

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堰のところまで行って水鳥を見た。しばらくセメントで固めた斜めの土手に座っていたが、河が増水して速くなっているのが怖かった。

そのあと2m以上もあるススキの中を分けて道路まで戻った。ススキの青い刃が鋭くて手や顔が切れそうで怖かった。道なきススキの中を行く途中、幾度かキジくらいの大きさの茶色っぽい鳥が慌てて飛び立った。

車道に出ると美しく剥落した壁を発見。古い建材倉庫だった。

私は人の手によって描かれた絵よりも、自然の中のマチエールに惹かれる。

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これも私の眼には美術作品と見える水色のペンキと赤茶の錆の対比が鮮やかな柵。
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この日、3時に鵜飼さんに会ってから、ずっと話しながら歩いた。時には小さく、時には弾丸のように私は話していたと思う。

まずデリダも書いている動物についてのこと、非肉食についてのこと。

鵜飼さんは昨年から一年間パリに行っておられたが、フランスでは、最近、動物に関する議論は盛んにおこなわれているという。

今まで人間が殺して食べて当然、人間が搾取して当然だった動物の生に対して疑問を呈する意見が多数あがってきているということだ。

しかし一方で、今まではお洒落できれいな客間の裏側に隠されていた動物の(頭の)解体方法などを、わざわざポスターを貼って、食事をする客に得意気に図解して見せる日本のフランス料理店の話もした。すべてをあからさまにして、それが当たり前のこととするのが今時のトレンドなのかもしれない。

話題にのぼったそのレストランでは、そうしたポスターを見て、猛烈な吐き気を催す私のような人間もいることをまったく考慮していない。店のオーナーは、感覚的に動物を殺して食べることに拒絶反応を示す人間がいることを認めていない。

肉食をする人も、自分で屠殺しなければならないことになれば、もう食べなくなるだろう・・・というのは、もはや幻想に過ぎない。犬や猫を目に入れても痛くないほど可愛がっている人が、豚や牛に関しては、自分で殺してでも食べるのだろう。

「食べなくては生きてはいけない、動物だって他の動物を殺して食べているんだ・・・」そのくらい人間の語る言語は無意味なおしゃべりと化し、疑問を挟むものを生かす余地がない。

根こそぎの欲望がそれと結びついた経済のうちで肯定される。

そのことと無関係であるはずはないが、現在、日本の一億人の誰もがアーティストであり、誰もが表現者である。その中で商業主義の波にのるものと、そこからこぼれたものがいるだけだ。いずれにしろ美術批評も無駄なおしゃべりに堕してしまっているように見える。

ナルシシズムの増殖が安易で、そのスピードが極めて速い時代であり、誰も実作の「質(作者と呼ばれるものの身振り、その無言が指し示すなにか)」について問おうとしていない。

大学から人文系の学部をなくそうという動きまであるということだ。あまりに酷い世の中だ。

もし今、ランボーが詩人として登場しても、時代はランボーと彼の才能を埋もれさせてしまうだろう。ランボーの詩が残ることはないだろう・・・、と鵜飼さんは言った。

6時過ぎに鵜飼さんの車にのせてもらい、大沢のレストランに移動した。

レストランではパエリヤを注文した(一切の肉や肉の出汁を入れないように頼んで)。

鵜飼さんが私の本『反絵、触れる、けだもののフラボン』と、できたばかりの『あんちりおん3』を持ってきてくださっていたのに感激したが、私の性分として悲観的なため、すごく申しわけないような恥ずかしいような気持ちになった。

レストランのラストオーダーをとりに店員さんがまわって来たのが10時半、それからもまだ話していた。(当たり前だが、鵜飼さんが車なので、私も一滴もお酒を飲んでいない。喉が渇いて、氷のはいった水を何倍も飲んでいた。)鵜飼さんが家まで車で送ってくださった。家に着いたのは12時近かっただろうか。

3時から8時間以上話していたようだ。すべてが私にとって重要な話であり、記憶に強く残るが、そのほとんどの内容が非常に書くことが難しくて、このブログには書くことができない。

7月4日

きょうも高校時代からの友人みゆちゃんと会う。

まず(初めての)「カラオケの鉄人」に午前中11時から行ってみたが、ここはすこぶる安くて良かった。

ポップコーンなどの二人分のおつまみを無料でつけてくれて会員登録代は330円、それで30分90円。一見ホスト風の派手なお兄さん二人は、話し方はとても丁寧で親切。

みゆちゃんが私のリクエスト、フランソワーズ・アルディ(Françoise Hardy)をしっかり練習してきて歌ってくれた。

私の大好きな「もう森になんか行かない」(Ma Jeunesse Fout Le Camp )は難しくて無理、ということで「さよならを教えて」(Comment Te Dire Adieu?)をフランス語で歌ってくれた。科白の部分が、すごくかっこよくて感激。

「私って一度始めたことはずっと続くみたいなの。だから大学は大したことなかったけど、その頃から習ってるフランス語は今も習ってる。この歌、フランス語の先生とカラオケ行って発音直してもらったの。」とさらっと言うみゆちゃんは、やっぱりすごくかっこいい。

その夜、youtubeでフランソワーズ・アルディの曲をたくさん聞いて、画像を見ていた。つくりすぎない、甘すぎない、媚びない、さりげないスタイルはやはりかっこよかった。

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2013年9月18日 (水)

腫瘍マーカー / 阿佐ヶ谷 / 『反絵、触れる、けだもののフラボン』 絵画 

9月22日

4月に桜の写真を撮ったのが最後で、ずっと怖くて行けなかった阿佐ヶ谷住宅のほうまで歩く。

ガラスを抜かれた抜け殻の団地がいくつかあったが、ほとんど何も無くなっていた。

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暗渠の狭い道をたどって帰る。忍冬の茂みに、また狂い咲きの花を見つけた。

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きょうのちゃび。

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9月20日

鎌ヶ谷の病院に定期健診に行く。船橋まで地下鉄東西線とJRを乗り継いで行くと450円、JRだけで行くより170円も安いことを知る。船橋からは東武野田線という非常にローカルな路線に乗る。

「元気でしたか?しばらく会わないと元気にしてるかな・・・と思って。」とA先生に言われて嬉しい。最初の主治医、A先生に一生ついていくために、2時間近くかけて鎌ヶ谷まで来ている。

6月に採った血液とレントゲンの結果を聞き、腫瘍マーカーの値が、今までで初めて上がった、と言われて驚く。今までは300くらいだったのに、今回、急に836。

一瞬、動揺したが、A先生は、「レントゲンの画像は以前と変わっていない、もしもほかに転移したとしたら、最初からあったレントゲン画像の影も増えているはずだから、病院がかわったから、検査方法に誤差が出たんじゃないかと思います。」と言った。触診の感じもかわっていない、ということで、とりあえず、きょう再び3本採血することになる。

採血室に行くと、ベテランぽい優しい看護師さんで、すごく丁寧だった。M.Hさん。お名前を覚えた。

「すごくかわいいわんちゃんね~。」と言われて「ありがとうございます。」と笑った。私の大好きなGeorge.E.S.Studdy(1878‐1948)のBonzoという犬のキャラクターのTシャツを着ていたのだ。こんな犬です↓(これは9月23日に阿佐ヶ谷の「赤いトマト」で撮った写真。)

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George.E.S.Studdyは、Louis Wain(1860 - 1939)と同じくらい本当に絵がうまい人で(ちなみに二人とも、今読んでいるベルグソン1859-1941と同時代人だ・・・)、同じくらい強烈に私が好きな絵描きで、イギリスのアンティーク市がきっかけで、かれこれ18年くらいBonzoの古いグッズを集めている。古いAnnual Book、ヴィンテージの絵葉書、塩胡椒入れなどなど。このTシャツは、最近、日本で出たもの。

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歩道の銀杏の実が、もう黄土色に熟して落ちている。葉はまだ青々としているのに。

9月19日

午後3時、母の今いる施設に新宿区の施設の相談員Hさんが面談に来る。

真の満月が見られる中秋の名月ということで、夜、7時半くらいから川沿いのグラウンドまで歩いた。私のカメラでは月にピントが合わなかった。

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川の上にさーっと大きな流れ星が落ちるのを見た。よく見ると、この写真にも、向日葵の左下に小さな流れ星が写っているようだ。

どこを歩いても紅と薄クリーム色の彼岸花が満開だった。夕闇の中に白粉花の匂いがしていた。いろいろと狂い咲きの花が増えているが、彼岸花だけは毎年正確に咲いている。

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9月18日

すーっと透き通るような秋晴れの日。

我が師、 毛利武彦先生の奥様、やすみ先生から遅い残暑見舞いのお返事、やすみ先生の創画展出品作の絵葉書2枚(枯れた紫陽花のと、闇夜のアネモネの)にびっしりお便りを書いてくださったものを郵便受けに発見して感激した。

私の書いた本『反絵、触れる、けだもののフラボン』をいつも机の上に置いて夜中に何度も読み返してくださっているとのこと。やすみ先生と私とは摘む花が共通していること。

私が書いた毛利先生に関しての文章を読むと、毛利先生が私に向けて語ったことがやすみ先生にも伝わってきて、泣きながら絵を描いた、と書いてあった。

それから、もっと、ブログには書けないありがたいお言葉も・・・・。

変な言い方かもしれないが、自分が書いた文章が、自分で思っているよりも、誰かに伝わっているのかもしれない、と思う瞬間、本当に不思議な気がして、えっっ?!と驚いてしまう。

それは、読んでくれた誰かが私に感想を伝えてくれたり、誰かが感想を書いてくれたのを私が偶然発見したりする瞬間に起きる驚異だが、基本的に私は悲観的で、自分の言葉が誰かに伝わるとはあまり思えないのだ。

毛利先生の奥様が、私の書いた毛利先生に関する文章を大切に読んでくださっていると思うと、苦労して本を出したかいがあったと思われ、ものすごく嬉しいが、同時に信じられなくて、畏れと恐縮で身体が縮み上がるような気がする。

3日ほど前に、読書メーターに『反絵、・・・』の感想を書いてくださった人が何人かいるとのメールをいただき、それを見てびっくりしたばかりだった。まったく見知らぬ人に、感想をいただける不思議、それは私にとってたいへんうれしいことです。

私は絵も文章も、しばらく時間が過ぎて、自分がそれをつくったことを忘れたころにならないと、自分で自分を評価することができない。誰でもそうかもしれないが、私は特に自分のつくったものを不安に思う傾向が強い。

すごく緊張や不安が強いと言うことは、絵でも文章でも、それを終える瞬間が見極められないということでもある。

18才で美大に入った時は、絵を描くことが苦痛でたまらなかった。

価値評価のわからない不分明な世界に入ったのだ。

絵を描いているとき、自由だなんてとても思えなかった。苦痛で、恥ずかしくてたまらない絵をほめてくれたのは、毛利先生と、早くに亡くなったA先生・・・・。今思うと、あの時ほめられなければ絵をやめていた。自分では自分の絵がいいと思えなかったんだから。

9月17日

台風18号が去って陽が射した。

2日ほど前、近所の金柑の花が、今年5回目の満開になっていた。その樹についたアゲハ蝶の蛹が、嵐で落ちていないか心配だったのだが、無事だったのでほっとした。幼虫も元気でいた。お願いだから無事に羽化してほしい。

小さい頃、アゲハを卵から育ててかえすのに夢中になって、緑色の幼虫がかわいくて鼻のあたまにのせたりしていた(「気持ち悪~い」とか言う女子には心底頭にきたのを覚えている)。

9月15日

台風18号。

いくつかの古い映画のDVDを観る。

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2013年5月27日 (月)

『反絵、触れる、けだもののフラボン』批評

5月26日

鵜飼哲さんの私の本『反絵、触れる、けだもののフラボン――見ることと絵画をめぐる断片』への短評が『みすず』1-2月号に載っていたのを、親友が見つけてコピー送ってくれた。もう半年近くも前に書いていただいていたのに、気付かずに失礼をいたしました。

本への有益な評価をいただくことほど嬉しいことはない。何かと気の休まらない毎日だが、すべてをかけてやっている作品について、精確な言葉にしてくれる人がいる、その瞬間だけは本当に嬉しい。

以下、鵜飼哲さんの言葉。

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 政治・経済権力による民衆の生活環境の破壊はある種の歴史的必然である。アメリカはヴェトナムで地表に民衆が生活不可能になるまで生態系を破壊した。民衆は地下の民となった。ヴェトナム人民の外見上の政治的勝利は実際にはもっとも残酷な軍事的敗北だったと、ポール・ヴィリリオは一九七八年に書いていた(『人民防衛とエコロジー闘争』)。

 いまこの国では福島第一原発の惨状にもかかわらず、ふたたび原発を推進し、瓦礫焼却を全国で行い、TPP参加によってすでに虫の息の第一次産業を扼殺する政策が、社会の軍事化と軌を一にして、公然と、体系的に実行されようとしている。私たちは「純粋戦争」の渦中にいる。防衛するべき土地を破壊され喪失した民衆の抵抗は、どこで、いつ、どのように敢行されるのか?足下に、背後に、もはや寸土も持たない人々の表現、研究、記録に惹かれる一年だった。

福山知佐子『反絵、触れる、けだもののフラボン――見ることと絵画をめぐる断片』水声社、2012年

 厳密さへの意思をこれほど強烈にたたえた言葉に出会うことは稀である。観念としての言葉への徹底的な不信によって彫琢された言葉の美しさがここにはある。もっとも本質的な画家である著者の、植物、動物、「人間でないもの」への、生命と非生命の限界への無限の注視から多くのことを教えられた。

5月25日

Fで母のための面談。そのあと夕食介助。きょうは傾眠で、調子が悪く、おかゆを3分の2も残した。胸が苦しくて食べられない(空気が詰まる)と言う。しかし歯磨き後、覚醒。何か食べたい、と言われて困る。

そのあと池袋のGで食事。土曜なので少し混んでいたが、煙くないのでよい店だ。

深夜、またも親友とSkype date。きょうは私が好きな美術家や思想家のポートレイトの話。「見て、この小鳥を頭にのせたネルーダの写真。」「うわ!あははは・・・すごくいい。」などと仕事しながらもネットの映像を見て盛りあがる。シュペルヴィエル、ロートレアモン、パヴェーゼ、ランボー、ポンジュ、ソンタグ、デリダ、ベンヤミン、ジュネ、ジャコメッティ・・・。

とりわけロラン・バルトの素晴らしい眼と、アガンベンの若い頃のキュートな顔、ベケットの恐ろしく絵になる顔、髪の毛のある頃のフーコー、ジュネのたまらない目つき、アンリ・カルティエ・ブレッソンの撮ったジャコメッティ、カール・ヴァン・ヴェクテンの撮ったカポーティに惹かれるが、

なかでも今夜、魅了されたのはアンヌマリー・シュワルツェンバッハ(アンネマリー・シュヴァルツェンバッハ)の繊細な美貌だった。彼(彼女)が目の前に顕われたら、私も魅了され、写真を撮りまくっただろう。かわいそうに、彼女のとりこになったカーソン・マッカラーズは、さぞ苦しかっただろう。しかしアンヌマリーもエリカ・マン(トマス・マンの娘)への叶わぬ思いに苦しんだ。

Skypeで話しまくって、気がつけばまたも朝の4時半。

5月24日

施設Fの看護師さんから電話。

5月23日

Ullaが私のHPを見てくれた。ついに両想いだ。彼女は北欧系のアメリカ人? 

深夜、親友とドローイングの名作の話。ムンク、ジャコメッティ、ボナール、ハンス・ベルメール、ジョン・シンガー・サージェント、ケーテ・コルヴィッツ、コクトー、ヴォルス、アルトー、ゴヤ。skypeで、きりがなく盛り上がり、気がつくと明け方。     

5月22日

フランシス・ベーコンの『肉への慈悲』を読んでいる。

ペダンチックなところが何もなく、まさにリアルに共感できる言葉。

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Fに母の夕食介助に行くと、PTさんに、きょうは調子が悪く、昼間眠っていたと言われた。食堂に行くと夕食全介助してもらっているところだった。きょうは手がうまく使えず、ぼーっと前をうつろに見ていたが、「ねえ、私、誰?」と自分の顔を指さすと、母の妹の名を言ったので、「え~っ!?」と大きくのけぞるようなしぐさをしたら、はっきりと笑顔になった。向かいの人を介助中のヘルパーさんが「いい笑顔ねえ。」と言った。

介助して少しおかゆを食べさせたあと、プリンを食べさせた。「自分でやってみる?」と言ったら、上手に食べた。それから少しはっきりしてきたようで、祖母の話などをした。それからどんどんしっかりしてきて、残りの味噌汁とおかゆを食べる?と聞いたら、「食べる。」と言って自分でスプーンで食べた。それをみてヘルパーさんが「ああ、よかった。全部食べてくれたんだ。」と感心していた。

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2013年2月20日 (水)

知覚の不可能性の領域 / チューリップ素描 / N女医の母への人権侵害

2月24日

北川透さんからいただいた「別に詩人なんかでなくても、書くものすべてが詩になってしまう人がいます」という言葉がずっとひっかかっている。

書くものすべてが詩になってしまうなら「詩人」ではないのか?

その実態や内実ではなくて、本の表に「詩集」と書いたら詩人なのだろうか?詩集を何冊も出していても全然詩人でない人もいる、というのが私の経験からくる感覚だ。

画家と称していても描いているものが「絵」になっていない人もいるし、現代アートという呼称だけが先走っていて、べつに何も・・・と言う現象もある。才能のある人はすべての言動が違う、すべてにおいて鋭いというのが才能のある人を見て来た私の経験からくる感覚。

中野で見たアール・ブリュットの幾人かの作品はずっと心に残っている。日記を線の重なりとして残していた戸来貴規。誰にも見せず、その人の記録、記憶として。不思議な猫の絵を描いていた蒲生卓也。いつか本物を見られる機会があるだろう。

アール・ブリュットの作家たちのすごさは自己顕示欲や虚栄心がないこと、自分を大きく見せようとする醜悪なそぶりや押し付けがましさ、うるささ、余計なおしゃべりがないことだ。ただそこに集中したということ。それが「生(せい)」とも「なま」とも感じられる直接的なものだ。

詩にしても絵にしても、その成り立ちの条件として、「《知覚の不可能性の領域》に、身体の全感覚が触れてしまう」のはすべての基本ではないかと思う。

ここ10日ほど描き続けていたチューリップの鉛筆と水彩素描のまとめ(クリックすると大きくなります)。

八重咲きピンクのチューリップ(フラッシュポイント)と2月10日に京王で買った薄黄色のパロットチューリップ鉛筆素描(2月12日)。

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上のフラッシュポイントの開いたところ後ろ向きと上の黄色のパロットの開いたところ(2月13日)。

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2月10日に描いたエキゾチックパロットの画面左の花の花弁が落ちてしまったところを右下に逆方向から描いた(2月15日)。

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13日にゼフィールで買ったチューリップ(アプリコットパロット)の水彩(2月14日)。左と中上の花は同じものを違う方向から描いたもので、右下は同じ花の17日の状態。

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ゼフィールで2月13日に買ったアプリコットパロットが開いた。2月17日に新しく買ったアプリコットパロットとの比較(2月17日)。
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2月22日に買ったチューリップ(モンテオレンジ)。鮮やかな緑のすじを描きたかった。

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2月6日につぼみだったチューリップ(フラッシュポイント)の2月23日の状態。枯れてきた線が美しいと思う。

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美しい線の流れをさがして角度を変えて何度も描く。

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2月22日

中野のN病院。G・Kとデルソルで食事。プライベートでは話が通じて、相手の話の感覚の鋭さにわくわくするような相手としか話したくない。

2月19日

雪。積もらない。

2月18日

北川透さんからはがきをいただく。『反絵、触れる、けだもののフラボン』について、

「エッセイというより、全篇が散文詩だったことに驚きました。別に詩人なんかでなくても、書くものすべてが詩になってしまう人がいます。あなたもその種類の人のようです。みずから書いていらっしゃるように〈概念〉に頼って思考されないからでしょう。《知覚の不可能性の領域》に、身体の全感覚が触れてしまう。そんな印象でした。」と書いてくださった。

4時過ぎにN病院に行き、相談員に会いたいと受付で言う。二階の担当の人が不在で、三階の医療ソーシャルワーカーのKさんが話を聞いてくれた。

薬のこと、主治医のこと、勇気を出して話した。話してこれからどうなるのか、よい方向に向かうのか、もっと心労がかかるような事態になるのかわからない。けれど理不尽だと思うことを端的に訴えたのだ。

6時の夕食時、母は常食に近い食事になっていた。きょうの昼食時、ST(嚥下障害などを訓練、指導、助言するリハビリスタッフ)が評価したとのこと。2時間近く見守り、完食。

狸小路の赤ちゃん猫、4匹。もつ焼きやさんの前にケージを持って保護準備している人がいた。本当によかった。寒さで死んでしまったらどうしよう、と気が気ではなかった。

2月17日

14日に買ったチューリップ(アプリコット・パロット)をまた2本買った。N病院のことで胸がつぶれそうに苦しかったが素描に集中した。

2月16日 土

詩人の吉田文憲さんと新宿のRで食事。

私の書いている本や文章について、

「「内面を書いている、内的なことを書いている」というのはまったく間違いだ。」と吉田さんは言った。

「あなたの書いていることは、本当にものをつくる人間同士がつきあうとき、「お互いを生きる」ような関係性であって、そこにはむしろ「外部しかない」と言ったほうがいい。」「

「「内面」を書いている、と言うと「内部」だけでうごめいていて「外」がない人が、自分をわかってくれ、認めてくれと言って寄ってきてしまう。本当は中川幸夫さんがどんなことをしてきたかを見たら、凄い、という畏れを感じて自分は謙虚になるはずなんだけれど・・・。」

「中川幸夫さんが何をしてきたかを見ても、中川さんの厳しさや美しさ、頭の良さはまったく継承されない軽挙妄動の最悪のエピゴーネンもあるんだから、何を見ても何も感じない、何も学べない人間はどうしようもない。」

2月15日 金

N病院で母の主治医N・M医師(女性)との初面談。

あまりにも医師として不適切、人間としてどうかと思う態度にショックを受けた。

母が2階の一般病棟から3階のリハビリ病棟に移った日、顔が真っ赤になって胸が苦しいと言って、心電図や脳CTや血液検査をし、酸素吸入や点滴を受けていたことについて、「データには異常ないんだから、狼少年だ。」とN医師は言った。

パーキンソンは刺激によって状態が変動しやすい病気だが、手を煩わせられていらいらしたというような言い方をされた。「2階にいるときに(具合悪く)なってくれればいいのに。(3階に来られてから具合悪いとか言われて迷惑だ)」と。

「狼少年」というのは人の関心をひくために嘘を言うという意味だが、病気で苦しんでいる人間にどんな神経でそのたとえを使っているのだろうか。母は嘘をつく人間ではない。むしろ、そうとう我慢強いほうだ。

日によって体調のレヴェルが変わり、リハビリが効率よくできないことが気に入らないらしく、リハビリができないなら帰宅してほしい、といようなことを言われた。具合が悪い患者に対して慈悲どころか、面倒くさくて憎悪があるみたいだ。

そればかりか、今まで処方されたことのない副作用の危険な(死亡率があがる)薬を出したと言われ、愕然とした。

しかし昼食後、現場の若いリハビリスタッフにリハビリの現状を尋ねると、その場で「立ちましょうか。」と言って、後ろから補助して歩かせるところを見せてくれた。とても優しい。実際には予想以上にリハビリはうまくいっていることに驚いた。

「歩くことが好きなんですよね。ほかに好きだったことはありますか。」とそのかわいい療法士さんに聞かれ、「散歩が好きで、樹や草花が大好きでした。」と答えた。男性の療法士さんも、「お、きょうは調子いいねえ。」と声をかけてくれ、現場のスタッフはとっても親切。

狸小路の猫、もつ焼き屋さんの窓の外の棚の上にのっかて寄り添っている。毎日少し食べ物をもらっているようだが寒そうですごく心配。帰りに見たら一匹、薄茶の子がもつ焼き屋さんの二階へと登って行っていた。落ちませんように。

中野ブロードウェイで、日本のアール・ブリュットの展示を見た。初期のヤンセンの過密な線の版画のような、鉛筆で縦横に線を巡らせた作品に眼を奪われた。解説を読むと、これは個人の日記で、誰にも見せず、隠されて置いてあっただそうだ。よく見ると線の中に何月何日と書いてある。その上にゆっくり線を重ねていったのだ。

若林奮さんがやったのと偶然にも同じように、日を追ってきちんと紙を重ねて閉じてあったそうだ。すごいと思った。

帰宅後、夕方ケアマネさんに電話できょうのことを報告、相談した。彼女はN医師に対してすごく憤慨していた。N病院は進歩的な病院のはずだし、相談員に話してみたらどうか、と。

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2013年1月11日 (金)

浅田真央 田中和生さん評『反絵、触れる、けだもののフラボン』

1月11日

水声社の担当さんから手紙。『反絵、触れる、けだもののフラボン』について週刊読書人(2012年12月14日)に田中和生さんが書いてくれていたのを見つけて送ってくれたとのこと。

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「画家の福山知佐子によるエッセイ集『反絵、触れる、けだもののフラボン』(水声社)。美術や芸術について語る言葉が、慌ただしい現代社会とはまったく別の、生死と直に触れた時間の流れを感じさせる。浅田真央の「鐘」論に感動した。」

と書いてくださっています。書評するかたにはたくさん本が送られてくるのに、実際に読んでくださり、そこに目をとめてとりあげてくださったことに本当に感謝です。

『反絵、触れる、けだもののフラボン――見ることと絵画をめぐる断片』は、昨年11月に出た本ですが、心から敬愛する(もう亡くなってしまった)芸術家へのオマージュと、胸がいっぱいになるような苦しい、また幸せな思い出と、私がいつも見つめている動物、植物や黴(カビ)や苔(コケや雲などについて感じることをなるべく見えるがままに書いた本です。

「もっとも劇的な雲、異空間の生成――浅田真央「鐘」に」は、以前ブログに書いた文章を推敲し、浅田真央の演技の芸術性に焦点をしぼって、書き直したものです。なるべく見えるがままを、脳裡に残像としていつまでも残るものがなんなのかを、言葉にするように努めたものです。

私にとって「見る」とはどういうことなのか、「芸術」とはどういうことなのか、を書いた本です。興味のあるかたはどうか読んでいただけたら幸いです。

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1月10日

中野のN病院に母の転院のための面談に行く。(高円寺のK病院のような)余計な料金加算がなく、しかも一人部屋も2人部屋も4人部屋も差額なし、という良心的なシステム。さらにスタッフが若い人ばかり。ここに無事転院できますように。

ブロードウェイの天婦羅屋さんで食事。ここのご主人は白髪のおじいちゃんで、なんともレトロな良いお店。このあと母の病院に行かなくていいなら、コチやサヨリの天婦羅で梅サワーなどを飲んでのんびりしたいところだ。

まんだらけで古い絶版まんが本を物色。「変や」で昔の病院にあった内臓標本模型や、ブリキのおもちゃなどを眺める。

使い捨てマスクの大箱を買おうとブロードウェイのドラッグストアをいくつか見たが、値段はいろいろ。角にあったほんとに古い小さな薬局で50枚入り100円のを見つけて購入。

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2013年1月 9日 (水)

新年  アネモネ、前田英樹さん、水沢勉さんから手紙

1月7日

「一本のアネモネあらば 希望なる 言葉 かすかに 雨滴のごとし」

歌人の森島章人さんからいただいた美しく繊細な年賀状に書かれていた短歌。

たいへんなこと、苦しいことはたくさんあっても、今年も美しいものを見つけ、それを記憶にとどめていきたい。

森島さんの次の歌集、『アネモネ、雨滴』も楽しみに。(私のアネモネの絵を使ってくださるというずっと前からの約束。)

前田英樹さんからも、新しい本を「とてもよかったです。」と書いてくださった賀状をいただいた。大学の教授はものすごく忙しいと思うのに、読んでいただけたことがとても嬉しい。

今年も素敵な人と関わる素敵な時間がたくさんありますように。集中して物事に取り組めますように。

1月6日

今頃になって、近くの神社に初詣。宗教やげんかつぎはまったく信じないのだが、この小さな神社の、茅の輪や、古い桜の樹や紅梅の樹に会うのは好きだ。

1月4日

神奈川近代美術館葉山館の水沢勉さんから「濃密なご著書。圧倒されました。」と書いた年賀状をいただく。

きょうは母は少し熱があるのか、ぐったりしていた。なんでも油断はできない。

1月3日

夕食時に行くと、熱はなんとか下がったようで、点滴とアイスノンはしていなかった。とにかく、いったんはほっとした。

私のこともわかるようで、少し会話も通じたので、なんとか励ましながら、夕食はおかずだけは完食(おかゆはお腹いっぱいで無理)。

1月2日

夕食時の介助に行くと、母はまだ高熱のまま。後ろ頭と左脇をアイスノンで冷やされていた。点滴はアミノ酸系のと、抗生物質のと2本していた。

唇がカラカラで、すごく弱っている様子。目を開けないし、声も出ないし、食事はまったくできなかったが、看護師さんがベッドの頭部分を上げて、ぐったりしている母に無理やり薬を飲ましていた。誤嚥しないのかと心配。

血液検査の結果を尋ねると、少し炎症がある、手術の傷口が赤くなっているので、たぶんそこが炎症を起こしている、とのこと。

帰宅してから、夜、不安で眠れなかった。ここまま感染症で死んでしまったら、あまりにもかわいそうだと思い、いろいろな記憶が廻った。

1月1日

毎年、大晦日の11時45分くらいに家を出て、2日参りの初詣に近くの小さな神社に行っているのだが、今年は寒くて風邪をひきそうだったので、風邪をひいて母にうつしたら母が死んでしまいそうなので、行くのを止めた。寒いせいだと思うが、このところずっと頭痛と鼻水がある。

しかし元日から母の様子がおかしい。夕食時にいくら声をかけても目を覚まさない。正月は病院に看護師さんの人数も少ない危険な時期なのだが、看護師さんを呼んでみてもらう。

熱が39度以上あり、瞳孔も調べたがそこは異常なし。脳のCTをとるが、脳出血などでがなかった。血液を採り、検査の結果は明日出るとのこと。

晴れやかな新年とはいかず、不安いっぱいなスタート。

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2012年12月19日 (水)

鈴木創士さん短評 /  母手術、妹が精神的におかしいこと

12月18日

図書新聞(2012年12月12日号)に鈴木創士さんが書いてくださった短評のコピーが水声社より届く。

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  福山知佐子『反絵、触れる、けだもののフラボン――見ることと絵画をめぐる断片』(水声社)

 著者は画家であるが、「見ること」の繊細さと強度が、これほど豊かな、極限の、なんというか、めくるめく植物的想像力の揺れをもって文章の独特のリズムをつくり出していることにある種の感動を覚える。ジャコメッティや鏑木清方のように画家であって素晴らしい文筆家は確かにいるが、われわれのようなただの文筆家たちがいかに恥辱にまみれているかがわかって恥ずかしくなる。沢渡朔、大野一雄、中川幸夫、若林奮、毛利武彦、等について書かれた、率直で犀利なエッセーも必読。胸を打つ。

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という文章です。たいへんありがたく存じます。

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その水声社から来た手紙を持って電車に飛び乗り、電車の中で鈴木創士さんのコピーを読んだのだった。12時50分に病院につき、母と面会し、母は一時から全身麻酔による手術。

父も来たが、2時ごろ食事に出て行った。

2時30分ごろ、手術が終わったとの呼び出しがあり、院長先生から手術の説明。その後、母は病室に戻されたが、状態が安定しないようで面会できず、ずっと待合室で待たされた。3回ぐらい病室の前まで行って様子を伺おうとしたら、看護師3人と若い医師がついていて、母が苦しそうにしていた。その間、ケースワーカーから今後の転院に関する私への質問と説明。

3時過ぎに父が戻ってきたが、父も腰が痛いと言うので、4時ごろ帰宅してもらった。結局父は医師の説明も、ケースワーカーの説明も聞かず、私一人で全部対応する。

やっと病室に呼ばれたのは4時30分ごろ。酸素濃度が落ちていたので、今処置しました、と言われた。母は酸素マスクをつけていて返事がなかった。麻酔が醒めるのが遅く、吐き気と呼吸が苦しい状態が長く続いたようだった。何かあったら電話するので、と言われた。

5時前に妹が(子供と一緒に)来て、何年振りかわからないほど久しぶりに少し話した。

妹が来るなり、私が息せき切って「あっ、今ね、死にそうだったんだよ。すごく危ない状態で・・」と言うのを遮って、妹は「なんなの、ああ、もう、いい!うるさい!」というような捨て台詞で帰って行ってしまった。私は愕然とし、妹に対して激しい怒りがこみ上げた。その怒りが腹をねじりあげてきて、どうしようもなかった。

帰宅して、夜、ひとり、父や妹にはまったく介護の意思や能力がないこと、それ以上に私を暗澹とさせる言動が多すぎること、母が全身麻酔の影響による気管閉塞で死ぬかもしれないことなどを考えて朝6時まで眠れなかった。

12月15日

久しぶりにYと会う。批評眼は冴えていたし、人柄も変わっていなかった。しかし、やはり肉親の被災や病気のことで、ものすごく疲弊していた。

自分の病気との闘いだけでなく、有無を言わさずいろんなたいへんな重荷を負わされてしまう苦しさ。

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2012年10月26日 (金)

『反絵、触れる、けだもののフラボン』完成  個展2012.11 .7~12

11月5日

朝から作品の撮影、展示写真の選択。

また昨夜新しく描いた水彩に合わせてマットを切りに世界堂へ。

11月4日

新しい本、本屋さんに書名を言って注文していただければ、どこの本屋さんでも買えます。アマゾンでも買えます。

http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss_1?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%95%9F%8ER%92m%8D%B2%8Eq

『反絵、触れる、けだもののフラボン』 主な目次:

緋の異貌 動物媒――中川幸夫に

若林奮 人間でないもの

もっとも劇的な雲、異空間の生成――浅田真央「鐘」に

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個展直前だが、毎日新しい絵を制作し続けていて余裕のない毎日。世界堂に2回目のマットのカット注文に行く。

11月2日

台湾からSMSで私の描いたパンジーと薔薇の絵のラベルの台湾花王の洗剤の販促グッズが届く。ミニノートなどがあり感激。

洗剤の写真と私のプロフィールの台湾のサイト

http://shopping.pchome.com.tw/?m=item&f=exhibit&IT_NO=DAAK04-A63565061&SR_NO=DAAK04

11月1日

堀内宏公さんから、私の出した個展案内のお返事で、とても素晴らしい文章の葉書が届き、ほろり、とくる。

10月31日

朝3時に起きて、ずっと水彩を描き続ける。午後、世界堂でマットのカット位置指定するのに4時間以上かかって、8時に店を出、ふらふらで吐きそうになる。

10月26日

午前中、郵便屋さんが来て、ついに出来上がった新しい本『反絵、触れる、けだもののフラボン』(水声社)が届いた。

印刷の色が見本の微妙な調子を再現出来るのか心配で、封筒を開けるのが恐ろしくて胸がばくばくしたが、すごくうまくいっていた!

すごい、印刷の職人さんの技量、そして仕上がりを想定しながら、インクの色のブレを逆算してPCのデータの色の見え方をすごく細かく調整してくれたデザイナーcoppiceさん。

本当に胸がいっぱいだ。

本は来週くらいから配本されるそう。私の個展にぴったり間に合う感じで、個展でも販売する予定です。

http://www.suiseisha.net/blog/

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福山知佐子個展 

『反絵、触れる、けだもののフラボン』   出版記念

KID AILACK ART HALL 5階ギャラリー

2012年11月7日(水)~11月12日(月)

11月7日は16:00~20:00 

11月8日~11月11日 13:00~20:00

11月12日は18:00まで

会場の都合によりお花はご遠慮申し上げます。

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2012年10月13日 (土)

『反絵、触れる、けだもののフラボン』 カヴァー色校

10月15日

きのうデザイナーさんから届いたカヴァーなどの色校を持って、午前中に出版社へ。

今年初めての木犀が香った。あたりを探すと、まだ莟ばかりの金木犀がいたるところでほころび始めていた。

これで、本の制作に関しては本当に終り。次は個展の準備。

日差しが眩しかった。帰りの住宅街に、柵の向こうで外を見て、嬉しそうにぴょんぴょんはねている小さな犬がいた。ものすごく撫でてかわいがりたかったのに、少し前を歩いていたおじさんに先を越されてしまった。後ろに立って待っているのも変なので、しかたなく駅に向かった。

右手の腱鞘炎の痛みは手首から腕、肘まで及んできている。鉛筆やボールペンがまともに握れない。水道の蛇口が閉められない。ペットボトルが開けられない。

あまり寝ていなかったので眠かったが、母を迎えに4時に東中野に行かなければならないので、昼寝できなかった。

母を自宅に送り、食事と薬をとらせる。疲れていたので、父が絡んでくるのが耐えられず、少し神経が参ってしまった。

10月13日

午前中に、デザイナーさんから、『反絵、触れる、けだもののフラボン』のカヴァー、表紙、帯の色校が届いたというメールが来ていたのに、ルーターのコードが抜けていてメールも受信できていないという為体(テイタラク)。

午後に電話で話す。これからすぐ私のところに翌朝便で色校を送ってくれると言う。それで、修正希望をデザイナさんーに電話して、修正のしかた教えてもらって、私は色校修正を月曜の午前中に出版社に持っていくべし、とのこと。

デザイナーさんはサントリーウイスキー白州の工場の山の、もっと上のところに住んでいるのである。だから、一枚しか出ない色校を見に、デザイナーさんの自宅にぱっとは行けないのだ。

帯も表紙も、まあ、予想通り色がいかなくてもいいんだけれど、カヴァーだけが心配。過緊張で胃と肩と背中が痛くて、玉ねぎがんもをつまみに、鎮痛剤とビールもどきを飲んでいる。

デザイナーさんにものすごくわがまま言って、黒に近い微妙な紫色に背景を調節してもらったのである。そして表1の絵は、もとの銀箔腐食の絵をデジタル処理で華やかに色を変えてもらって、試しに色校出してもらってからさらに黒を薄く、緑や紫の銀箔の変幻の色が強調されて出るよう修正してもらい、とにかくすごく神経質に希望を言って、できるかぎり精確にオペレートしてもらった。むこうも介護で多忙なのに、本当にすご時間をとらせ、く迷惑をかけているのである。

ここまで何度も時間をかけて修正してもらったものが、最後の印刷のときにうまくいかなかったら、ほんと、死にそうになっちゃうんだろうな~。カヴァーは一回こっきりで、印刷する人の技量やセンスで決まるんだろうし、指定の意味がうまく通じるのだろうか、とか、肩が痛~い、首が痛い、逆流性胃腸炎がひどくなる・・・・・・。

さらにまずいことに、昨日の夜、個展ハガキも出来てきたので、大切な人に送ろうとしたら、右手の指の関節が痛くて、まともにボールペンを握れない。文字を書こうとすると痛くて、指をかばって緩く握ると目茶苦茶へたくそな字になってしまう。これが腱鞘炎ってやつ??今ごろ手に溜まってた疲れが出たの?

それで、最低、PCやメールを持っていない私の尊敬する先達には、右手が痛くてもなんとか手紙や案内はがきを送ろうと思います。ブログなどで見て、興味を持ってくださったかた、申し訳ないですがはがきは送れない(宛名が書けない)と思いますが、どうか、個展にお越しいただけたら幸いです。よろしくおねがいします。

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