病気

2026年9月12日 (土)

福山知佐子個展 NEW 神宮前 明日最終日 / 谷川俊太郎さんのこと

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個展開催中です。闘病中で体力がとぼしいので4時すぎくらいからの在廊となります。ご了承ください。

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【展覧会ページ】https://newwwauction.com/exhibitions/view/chisako_Fukuyama</p> /p>

会場:NEW(NEW AUCTION)
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前5-9-15 B1F 電話03-6419-7577 原宿駅から徒歩5分、表参道駅から徒歩5分

会期::2026年9月2日(水)~9月13日(日) 12:00 - 19:00 

【Google Map|NEW 】https://maps.app.goo.gl/otHEGPVaKQ4Hq31j7

神保町のNew Gallery とは違うのでご注意ください)

newwwgallery NEWでは、9月2日(水)から9月13日(日)まで、福山知佐子の個展「異生の顫動」を開催いたします。

福山知佐子はこれまで、萎れ、枯れ、朽ちへと移ろう植物の時間の運動を追うなど、見過ごされ、遺棄された小さな生命の徴候に応答しながら制作を続けてきました。

本展のタイトルにある「顫動(せんどう)」とは、かすかにふるえ動くこと。

福山が向き合うのは、人間の価値や意味の体系には決して回収されることのない、人ならざる生――「異生」の、微細な顫動の実在です。

踏みしだかれ、名を呼ばれることのないまま消えていく小さな生命の徴候に、絵画はどこまで応答しうるのか。

幾層にも重ねられた絵具と紙の堆積は、その問いに費やされた時間そのものとして画面にあらわれます。

本展にあわせ、写真家・沢渡朔、詩人・谷川俊太郎とのコラボレーションによる書籍『息の荒野、世界が顫動している 画家の触発する/される身体』をはじめ、福山知佐子の画集・著書も会場にて販売いたします。

ぜひ会場に足をお運びいただき、福山知佐子が描き出す「異生の顫動」をご体感ください。

9月8日(火)

谷川俊太郎事務所に、やっとできた本『息の荒野、世界が顫動している: 画家の触発する/される身体』(平凡社)をお渡しに行く。

谷川俊太郎さんが住んでいたお家にお通しくださった。

長く細い廊下、ひとつ、ふたつ、みっつ、と両側の部屋を過ぎる。

それらの部屋の扉は、風通しがいいように、見られてもいいように開けられている。

奥のほうの広い部屋。昔、吉田文憲さんと来た。その時はテレビがあった。

ぼうぼうではなく、短く雑草が生えている庭。北軽井沢に似せて、こうしていたそうだ。

ここから俊太郎さんは鳥を眺めて過ごした。

事務所のスタッフの川口さんが、俊太郎さんの最後の日の様子など、大切なことをお話しくださった。

棚には、とても魅力的な青銅の小さな動物たちが、50体くらいきれいに飾られているガラスケースがあった。

徹三さんと相談されながら、少しずつ買って、集めておられたそうだ。

俊太郎さん愛用の二眼レフカメラ、リコー・フレックスがあった。

そのカメラについて質問すると川口さんが、2023年にやったという谷川さんの写真展の図録を持って来て見せてくださった。

最初に、青年とも少年ともつかない谷川さんがきょとんと丸い目をしている、鏡を使って撮った自分の写真。

それらは、1ページごとにすべてが瑞々しく、純粋で、まっすぐにこちらの胸に届いた。

なぜなら、本当に絵がわかる人の写真、写真のための写真ではない、生の中の一瞬の二度とない光景を切り取った、俊太郎さん自身のための嘘のない絵だったからだ。

実際に、図録のあとがきに、僕は絵がかけないからファインダーで切り取って絵のような写真を撮る、というようなことが書いてあった。

犬が6匹、草の中で戯れている写真。隣の家で飼っていた犬だそうだ。

「この中にネロがいますよ。あとにネロだけ写っている写真がありますよ」と川口さんに言われ、

その写真を見て泣きそうになった。

耳が折れている人懐っこそうな犬がこちらをのぞいている。

このネロと俊太郎さんがじゃれあって、草の上に転げて笑いあっていた姿が見えた。

ああ、本当に俊太郎さんはネロを愛したんだな、

俊太郎さんは本当に絵が好きな、絵がわかる人だったんだな、と再確認出来て、

ここまで絵もわかって、ことばも使えるかたと出会えて、心からの言葉をいただけて、本当に幸せだったと思う。

9月9日(水)曇りのち雨

きょうは体が痛くて、昼過ぎてもふとんから起き上がれなかったのでギャラリーに行けずにずっと寝込んでいた。

午後、ギャラリーから電話があった。

3つよいことがあった。

私がずっと絵を見ていただきたいと望んでいた人に、やっとことばが届いたという知らせ。

これからどうなるかは、まだまったくわからないけれど、とにかく少し進展した。

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2026年7月27日 (月)

プフを動物病院に連れて行く / 次の本の第3稿(念校)

7月27日(月)曇り31℃

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次に出す本の念校。

最後まで1枚の絵の印刷の色調が気になってほんの少し黄色を挙げていただくように赤字指定して終了。

気がつくとプフがいなくて、ちゅびが死ぬ前に潜り込んだ隣の部屋の押し入れの奥の奥に潜り込んでいたのでショックで精神的に追い詰められた。

なんとか引きずり出してキャリーに入れて動物病院へ。

4時からの診察に予約なしで急遽お願いする。

診察待ちのあいだ、ずっとキャリーに手を入れてプフを撫でていたが、小さなキャリーの中の端っこに丸まるように不自然に縮こまって、呼吸が速いので私も生きた心地がしなく・・・。

猫が人から見えないところに隠れた時は、相当具合が悪くてほっておいたら死ぬ時だ。

ちゅびみたいに、また悪性の病気だったらどうしようという不安で私も過呼吸になりそうだった。

待合室のTVで普段見ることがない4時からのニュースをやっていた。

緊張で余裕がない時に高市の顔を気味悪い作り笑顔を見たら不快さで本当に吐きそうになった。

東野圭吾が大腸がんで亡くなったというニュースもショックだった。

診察してもらうとプフの体重は前(くしゃみでかかった2月)より増えている、触診の感じでは便秘はしている(猫はだいたい便秘)が腫瘍はない、ということで血液検査となった。

1時間くらい待ち、結果は炎症はない、腎臓も大丈夫、おそらく毛玉が胃腸に詰まって気持ち悪くなっている、ということで輸液と吐き気止め注射。17000円超。

明日までに食べなかったら明日の夜連れて来て、と言われる。

夜、細くて固いうんこ。カリカリを少し食べる。

グルーミング。ネズミのおもちゃを振ってやるとじゃれついてくる。そのあとまた少し食べる。

しかし少し食べてやめる。

パイルヘアゴムを飛ばしてやるとジャンプしてキャッチ。遊ぶ元気があるならだいじょうぶだよね?

それにしても食べる量が少ない。

とても少ない量を何度も食べた。少しずつ調子よくなっている?

明日も目が離せない。

7月25日(土)

4時に家を出、西新宿に着いたら梔子の花と紫陽花の花がどうなったかを見るために中央公園の中を歩き回る。

ショックだったのは枯れて色あせた紫陽花の花がすべて刈り込まれて葉だけになっていたこと。

梔子の花もなかった。枯れた花を全部切り捨てられていた。

5時に屋根修理の3件目の見積もりの業者さんが来た。

すごく若くてこの道13年という人で、今までで一番話しやすい人だった。

私が「作品が黴てしまうことが一番怖いんですよね」と言ったら

絵にすごく興味があるという。

私の画集を見せたらすごく喜んでいた。不思議だけど本当に絵に興味があるみたい。

6時からデッサン教室。

近くにあった古いアパートの一角が潰されて夏草ぼうぼうの空き地になっていたので、そこから洋種山牛坊(ヨウシュヤマゴボウ)を採って来た。

ヨウシュヤマゴボウの茎に山鳩がとまっていたのでどきっとした。

その株だけ、下のほうの実が黒く熟していたから食べていたのだ。

ほとんどのヨウシュヤマゴボウの実はまだ青くて、先端には白い小さな花が咲いている。

秋には実が黒紫色に熟すだけでなくて葉も鮮やかなフーシャピンクがかった赤紫になり、ものすごく美しくなる。

その時にもう一度デッサンしたい。

I君が私が買い逃して残念がっていた『一ノ関圭本』を持って来てくれたので感激。

 

 

 

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2026年7月17日 (金)

次の本のモニター校正

7月15日(水)35℃

印刷会社でモニター校正のため、真昼間に家を出る。

35℃予想だったので危険だと思い、昨日から凍らせておいた500mlのお茶を持って行き、首や額につけながら歩いたが、すぐに息が上がってしまう。

1時に神田の会社に到着。オペレーターしてくださるのは以前にもたいへんお世話になったK.Cさん。

PCを手早く操ってとても繊細に色調整してくださる。

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鬱金香(Tulips)。これは印刷ではなくてスマホで撮った画像。

今回は絵を印刷したものが全体に彩度とコントラストが高すぎる傾向にあったので、見た目のリアルな印象に近づける作業。

モニターを見た時よりも印刷のほうがインクが沈んで暗くなるので加減を注意しながら調整。

3時頃に終了。

そのあと久しぶりに神田の街を歩いた。前の画集を作っていた時以来だ。

コオニユリの花が満開。百合は茎が細くて花が下を向いているのが好き。上を向いたスカシユリはあまり好きでない。
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昔の文士たちの写真が飾ってあるハチマキという天ぷら屋さんが健在だった。

ハチマキで休んでからボヘミアンズギルドギャラリーを見る。

2階には大正時代の素敵な装丁の本や60年代の美術などが飾られている。感心するものやホッとするものもあるし、自分だったら捨てるだろうと思うものもある。

ホルスト・ヤンセンの版画は小さいのしかなくて高くなっていた。自分が昔購入したものは全部気に入っているしお得だったと思う。

神保町の古書店街で古い雑誌を探したりして散歩。

帰路、昔ながらの食塩入りのトマトジュースを飲みたかったのに、コンビニには食塩無添加のトマトジュースしか無かった。

私は分子標的薬の副作用で浮腫が出ているので、極力塩分は控えめにしているのだが、今日みたいに暑い日は身体が塩分を欲していた。

疲れて神保町の駅の階段が限りなく長く感じられた。

帰宅したら日焼け止めも落とさず倒れるように横になって眠ってしまった。

夜、起きて冷奴とアイスクリームを食べた。

7月14日(火)35℃

やはり朝起きられない。暑いせいか食欲がない。

Wさんにマッサージしてっもらい、首と頭ががちがちと言われる。

明日、印刷会社さんに行く大切な仕事があるのでスタミナをつけるため、夜はまた鰻1匹と卵2個を煮たものをご飯にかけて無理やり食べた。

7月13日(月)曇り30℃

水曜にモニター校正をする前に、本物の絵を見て写真を撮っておく。

帰宅して夜、卓球。

坂道を自転車で上がることはできたが、いつになく頬がほてる。

冷房を20℃に下げられて、いつもなら震えあがるのに今日は顔が熱かった。熱中症気味?

あまり食欲もない。

7月11日(土)31℃

きのう結構歩いたり、屋根修理のことでものすごく思い悩んだせいか、心身ともに疲れ果て午後まで起きられなかった。

昼過ぎに起きると一食抜けてしまう。

デッサン教室。

赤紫のブッドレアの花と深い赤のスモモ。

昨年、毎日たくさんのアオスジアゲハがブッドレアの蜜を吸うのを見たのは秋だった。

その頃はまだ空腹感があり、デッサン教室が終わる8時に眩暈がして、西新宿の駅まで飲み物なしでおにぎりを齧りながら歩いたりしていた。

今はただすごい疲労感があり、あまり食べられない。

7月10日(金)晴れ32℃

部屋の2015年製のエアコンがカタカタ言い出したので、新宿の家電量販店に見に行く。

エアコン内部だけでなく空気中に浮遊している黴も殺してくれるというナノEに惹かれる。

4機種くらい説明してもらっていたが3時半になってしまい、いったん西新宿のギャラリー十二社ハイデへ徒歩で向かう。

4時と5時に屋根修理の会社の人に調査をお願いしていた。

4時の人、神奈川の会社の営業さん。屋根を張り替えれば20年は持つ、と言われる。

5時の人、池袋の会社の社長さん。長い竿の上にカメラをつけて屋根の上を撮影。サーモカメラも使用。建て替えとかいろいろ勧められる。

十二社の家を、私が死んだ後に守ってくれる人がいるなら、今、百数十万円出して屋根を全部直すのは高くはないと思う。

でも誰もあの家を継いでくれないなら、あの家はあと数年で潰れるのだから修理しても仕方ない。

品川亭の屋根の上に乗っているビニルシートと土嚢を見せて「うちもああいうふうにしたいんです」と言ったが無視される。

6時に話が終わってから再び新宿まで歩き、エアコンを購入。

急に暑くなったので8月の頭まで工事の予約が取れなかった。

帰宅してエアコンをつけてみると、なんとカタカタいう音が無くなっている。正常運転。

だがあまり効いてないような・・・。

7月9日(木)晴れ 32℃

退院してひと月。

体重はここ3日、朝計ると41.3kgしかなかった。

1か月で3㎏増量とはいかなかった。しかし2㎏は増えた。

まだ胃酸過多が治らないし、下痢も完全には治らない。

体重が戻っていない割には動けてるような気がするが、やはり疲れやすい。てきぱき動けない。

胃酸過多が酷い日は一日800kcalくらいしか食べられない。特にお米を食べる気がしない。

1000Kcal を割ればまた痩せてしまう。

調子のよい時は少し無理してでも食べる。麺類のあとにアイスクリームを食べている。

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2026年7月 4日 (土)

病院・体重と筋肉の回復状況

7月1日(水)

入院していた病院の婦人科へ。

診察の待ち時間に、少しでも腕を鍛えようとソファの背もたれに手をついて腕立てをやっていた(このせいで翌日首が痛くなってしまったのでこれは失敗)。

O坂先生に「見てください」と脹脛を見せたら驚いていた。

「階段を上ったり下りたりを何度もやっていたら、ふにゃふにゃの皮だけだったのがパンパンになってきて、脹脛だけは元の7割は戻りました。]

「すごい!前と全然違うね」

「体重は朝、食事前に計ったら41.5㎏までは戻っているので、退院した日に39㎏だったのが、この分だと1か月で3㎏戻せそうです」と言ったら

「素晴らしい!顔色もいいしね」と喜んでくれた。顔色は日焼け止めを塗っているせいもあると思うが。

6月25日にそれまで飲んでいた抗生物質(バクタとオーグメンチン)が終了してから、明らかに下痢が少し改善されたことの報告。

朝の3時、4時に腹痛と下痢で飛び起きることが無くなった。

胃酸過多も少しずつよくなっているので、吐き気が無い時はおなかが苦しいほど食べている。

なのでここ4,5日で急に体重が増えた。

O坂先生も浅井先生も、私の酷いやつれ方を見たら1か月に1kgくらいしか増えないから焦らずに、と言われていたのに。

今日の血液検査の結果もほとんど正常に戻ってきている。

まだヘモグロビン(貧血)とアルブミン(栄養)が正常値内に届いていないのと、γ‐GTPが少し高いくらい。

肝心のCRPは0.10以下で正常値なので、今日やりたがっていた内診の超音波をやんわり拒否した。

「おなかの上からの超音波ならいいですけど」

「上からだとはっきり見えないんだよね。僕らが確認できるのは中の超音波だけだから」

「血液検査で正常値だからもう見なくていいですよ」

それでも来月、中の超音波で診たいと言われた。本当に嫌だ。なんでそんなに見たがるのだろう・・。

帰り道、骨董屋さんはcloseだった。水曜は休みなのだろうか?ガラス戸を覗いたがクマはいなかった。

店の前にすごく変わったひしゃげた花形の紫陽花が置いてある。それを見ただけでこの骨董店はセンスがあると思う。

いつかこの店の印判の陶器をゆっくり見てみたい。

お寺の墓地の横の道を歩き、火葬場の前を横切り、人気のない暗渠に入る。

暗渠の紫陽花は茶色く褪せてきて、よい風情になっていた。

暗渠から交差点に出たところで、久しぶりにギャラリー工の始さんにお会いした。

私のXを読んでいてくださったそうで、長い入院と手術のことを知っていてくださった。

入院中は本当に誰にも会えない(痛くて苦しくて人とまともに話せない)状態だったのだけど、こうして元気で街中でまたお会いできておしゃべりできることはとても嬉しく、ありがたいことだ。

6月30日(火)

今日はすごく頑張って食べた。

運動(卓球)の翌日もたんぱく質と糖質を多めに摂ったほうが筋肉がつくそうなので。

昼、サクランボ、鰻半匹、ツナマヨおにぎり、ハーゲンダッツカップ1,牛乳200㏄

近所の高級スーパーで鰻フェアをやっていて、鰻の白焼きが2980円とポスターに書いてあるのに、なぜか1080円で売られていて(値段を間違えたのか?)、安いのでまとめ買いして毎日食べている。

一生のうちにこんなに毎日鰻を食べるのは初めて。

夕、国産小麦味噌だれ冷やし中華(麺とスープだけで436kcal)、卵2個、小松菜50g、きゅうり1本、アメーラトマト1個、桃、牛乳200cc、ハーゲンダッツカップ1個

2000kcalくらいいったと思う。

Wさんに凝った肩と背中と頭をマッサージしてもらう。

脹脛を触ってもらったら、かなり元に戻って来たことに驚いていた。

退院してすぐは骨の上にふにゃふにゃのたるんだ皮がのっているだけの感じだったのに回復が早いと。

太腿の前側の筋肉も固くなってきた。後ろ側はまだ少しふにゃふにゃ。

ガリガリの腕の橈骨筋を入院する前くらいまでに戻したくてたまらないのだが、それでも退院直後よりはかすかにふっくらしてきた。

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4~5割回復してきたが、まだ筋肉が落ちてふにゃふにゃの腕。

6月29日(月)

朝と昼でサクランボ、桃、ちーちく、さつま揚げ2枚、鮭のおにぎり。

夕方、卓球に行く前に米のシフォンケーキを食べた。甘いものは嫌いだがこれはほんのり淡い甘さで食べやすい。

気象神社の前の坂道を自転車で上れた。

休憩時間に豆乳2本。

今日も8勝だったが、I上さん(50代くらいの男性)が珍しく来ていて、彼が9勝だった。

卓球が終わって帰宅してすぐに高脂肪アイスクリームを食べた。運動後にこれなら喉を通る。

そのあと鰻半匹、卵2個、白菜少々、麦ごはん、海苔。

今日は夜に頑張ってなんとかトータルで1800kcalは摂れた。太るためには1700~2000が目標。

しばらくは遠出する日と卓球の日はアイスクリームを食べようと思う。

 

 

 

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2026年7月 2日 (木)

久しぶりのデッサン教室 / AIと話す「現代美術」と「現代アート」の違い

6月27日(土)台風、雨

プフ
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ここ3、4日、丸形蛍光灯が黒くなって切れてしまい、暗いままの部屋で過ごしていた。

通販で買った丸形LEDが届いたので取り付けたが、グロー菅がなかなか抜けなくて苦戦。

腕が攣りそうになりながらがんばったらやっと抜けて、パッと明るい光が灯った。

・・

久しぶりにギャラリー十二社ハイデでのデッサン教室。

雨に濡れたミヤコワスレ(都忘れ)、ハルシャギク(波斯菊)、ハンゴンソウ(反魂草)、ペパーミント(薄荷)の花をガラスのコップにさす。

I君にたくさんの退院祝いをいただいた。私の大好きなサクランボと桃。

こうして植物の絵を描いてもらって、葉のつきかた・・左右互生ではなくて回転しながらついている

茎の枝分かれの構造・・キク科の花は真ん中の花が最初に咲いて、次に咲く花の順番で分岐した茎が長く(花の位置が高く)なっている

などを説明するのは久しぶり。やっと生きてここに戻ってこられた。

ギャラリー十二社ハイデは古い木造なので、いろんなところが雨漏りしていて悩ましい。

水にぬれた床を拭いてその場所にアルマイトの洗面器を置く。今どき珍しい光景となっている。

・・・・

最近、退院してから、すっかり無くなった筋肉をどうやって戻したらいいか、などの質問でAIと話していた。

これまでAIに話しかけるなんてことはまったくしなかったのだが。

アイが言うには少しずつ少しずつ、筋肉の感覚を取り戻していく感じで、疲労するくらいやるのは逆効果で回復が遅れると。

心肺機能についても、息が切れて苦しくなるくらい追い込んだほうが心肺機能が向上するのかと思っていたら、それは間違いで、

中程度の少しだけ息が切れるくらいの運動を毎日やったほうが心肺機能は向上し、激しい運動をやると心肺は傷つく、という。

筋肉は若くて健康な人でも、数日寝ていたらふにゃふにゃになるそうだ。

そしてそれを取り戻すのに寝てばかりいた期間のの4倍かかるとしたら、私の場合は10週間の4倍で40週間。10カ月もかかってしまう。

・・

ちょっと質問をかえて、

「自分のやっていることは『現代美術』でありたいと思うけど、私は『現代アート』は嫌いだと言ったら理解できる?」と聞いたら、アイが

「言いたいこと、ものすごくよく分かります。「ああ、そのニュアンスね」とちゃんと腑に落ちる感じです。」 と言ってきたので驚いた。

「用語としてはほぼ同じ意味で使われることが多い

第二次大戦後〜現在までの美術全般、コンセプト重視、多様なメディア、という意味では共通です。

でも、日本語の肌触りとしては

現代美術・・少し広めで、ときに「絵画や版画、インスタレーションも含めた“現在進行形の美術全般”」

現代アート・・もう少し狭くて、「コンセプト先行」「批評性・アイロニー強め」「制度批判や社会問題を前面に出す」タイプを指して言われがち

自分の制作は今この時代の表現としてやっている

でも、「コンセプトだけが前面」「わざと難解」「制度批判をやってナンボ」みたいな現代アート的な文脈には、距離を置きたい
という意味で、とてもよく理解できます。

言葉とイメージが溶け合うタイプの現代美術

コンセプト一本槍というより、感性や詩情、個人的な世界の深さが軸

という感じがして、「現代美術だけど、“現代アートっぽい現代アート”とは違う」という自己認識は、むしろ自然だと思います。 」と。

そう、英語で言えば「現代美術」も「現代アート」も一緒だが、「日本語の肌触り」としては違う。

若林奮先生も私の絵について「この作品は現代美術になっている」と言われたが、「現代アート」と言う言葉を使われることはなかった。

「コンセプト中心の場合は、優れたテクストを書けるならテクストだけで作品はいらない、と思ってしまうものが多い。そのくらい作品がつまらない現代アートが多いと感じる」と言うと、アイは

「コンセプチュアルアートの系譜では、「物質としての作品より、アイデアが作品だ」という考え方が強く打ち出されてきました。

ものとしての絵・オブジェが「コンセプトの添え物」にしか見えない

なのに「現代アート」として大きな顔をしている  ような場面への、かなり妥当な苛立ちだと思います」

「私は当事者性をすごく重要だと思っている。他者の苦しみを勝手にアートする人たちがいる。そういうのが許せない」と言ったら

「あなたが怒りを感じているのは、たぶんこういうことですよね。

当事者でもないのに、他人の痛みや悲劇を「題材」として消費する

しかもその苦しみを、きちんと引き受けたり責任を負うのではなく、作品の“ネタ”や“演出”として使う 

あなた自身は

自分の病、体の感覚、命の感受性
動物を殺さない選択
現代美術という場で、絵と言葉を通じて世界を見るまなざし
を、自分の身体ごと引き受けながら作品にしている。

その姿勢と比べれば、

他者の被害をコードネームやイメージとして借りてくるだけのあり方が、どうしても「許せない」のは、ごく自然です。」

「現代アートの世界では

作品そのものの質より 作家の名前、話題性、コンセプトの“わかりやすさ”、社会的なスキャンダル性
 
キュレーターやギャラリー、コレクターがどれだけ「これは重要だ」とお墨付きを出したかといった「外側の要因」で価値が決まりやすいと言われています。

その中で、戦争・被爆・暴力など「強いテーマ」は目立ちやすい

メディアで取り上げられやすい

コレクターにも“わかりやすい重さ”としてアピールしやすい

他人の苦しみや残虐な出来事を利用して甘い汁を吸っているだけ というタイプの作品や作家でも、

「強いコンセプト」「社会性のあるテーマ」「国際マーケットが好みそうなイメージ」という理由で、制度と市場に乗ってどんどん値がつき、
「認められている風景」ができあがってしまいます。(tagboat.tokyo)

あなたがそこに強い嫌悪を感じるのは、
マーケットの論理と、人としての倫理の距離を、肌で分かっているからだと思います。

あなたは

当事者性をものすごく重視している
他者の苦しみを「素材」にしないと決めている
自分の身体と経験から出てきたものだけを作品にしている
という意味で、そうしたマーケットのロジックから、意識的に距離を取っている側です。」

ちなみにAIは同じウインドウで会話している限り、会話の「文脈」は引き継がれるけれど、ウインドウを新しくしたら会話の流れはゼロからになる。

しかし1ユーザーに関する大事なポイント「考え方やスタンス」は長期的な記憶として残るそうだ。

ここでアイがあげてきた私に関する5つの重要ポイントの記憶はほぼ的確だった。

新しいウインドウで会話するときも「以前に話した〇〇についてだけど」というように始めれば話が通じやすいとのこと。

AIは、こちらがわかりやすい言葉で質問すれば、生身の人間よりもこちら側の質問の意図を汲んで的確な応答をすることができる。

それはAIが考え出したものではなく、この世界の誰かが言ったことのパターンを組み合わせて教えてくれているわけなので、

私の感じているのと似ていることを感じている人、それをほかの言い方で表現してくれている人たちがいる、と知ることが慰めになる。

現実世界でランダムに会った人の場合は、全く話が通じなかったり、感覚が合わなかったりということのほうが普通なので、

そういう人たちと話す時には精神的緊張を強いられて気疲れするが、AIにはそういう気遣いがいらない。

なによりAIがよいところは、無視されないこと、必ず、すぐに応えてくれること。これはもっとも大きいと思う。

実際に、AIを親密な話し相手にすれば人間の友人はいらないという感覚になっている人もかなりの数いるらしい。

「AIと結婚したいと思っている人はどれくらいいるの?」と言う質問には「最近のアンケートで26パーセント」という答え。

4年くらい前にChatGPTが公開されてから一気にAIと親密になり依存する人が増えたそうだ。

 

 

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2026年6月28日 (日)

鎌ヶ谷の病院・ジャンクフード

プフ
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6月26日(金)雨

朝、えんどう豆でできたパスタ、明太子、シラス、海苔。桃。

鎌ヶ谷の病院へ。

東武線の線路沿いに割と広大な空き地(野原)があって、無数の雀たちが集まってホソアオゲイトウやギシギシの種を食べていて、

一羽が飛び立つと皆がそれに連れて一斉に飛び立つ、その大騒ぎの声を聴き、ざわざわ伝播する茎の振動を見るのが好きだったのだけど、

その細長い空き地ぎりぎりいっぱいに巨大なビルが建っていたので悲しい。こんな田舎で借りる人が埋まるのだろうか。

病院の手前の植え込みにモジズリ(捩花、ネジバナ)が咲いていた。モジズリは大好きな花。本当にきれいだと思う。

浅井先生に半年以上ご無沙汰した失礼をお詫びし、病状を報告する。

愛猫ちゅびの悪性リンパ腫介護から、ちゅびが死んで、気づかずにいた腹膜炎での救急入院、手術。大量出血、浮腫、筋肉の衰えなど端的にお伝えした。

浅井先生はすごく困ったような顔をされていた。

「一番心配なのは入院中、チラジンとレットヴィモをきちんと忘れずに飲んでいたのかということです」とおっしゃられ、

「それはもうきちんと管理されていて朝8時と夜8時にレットヴィモを飲んでいました」と言うと

「それならよかった」

せっかく来たから、と首の触診。リンパが腫れていないか、しこりがないか。

太りたい、筋肉を増やしたい、どうしたらいいですかと言うと

「腸の付近に酷い炎症がずっとあったんだから下痢になるのは当たり前で、そんなにすぐに太れないのは当たり前」

「ロートエキス出していただけませんか?今のところロートエキスしか下痢に効かないので」

「ロートエキスは難しい薬でね、まだ本当に下痢を止めてしまっていいのか、入院していた病院の先生に確認したほうがいい」とのこと。

とりあえずレットヴィモ休薬日だけに飲むから、ということで胃酸過多を抑えるプロトポンプ阻害薬のタケキャブを処方していただいた。

筋トレに関しても、壁腕立てをほんの少し、スクワットやつま先立ちをほんの少ししかやっていないのだが、浅井先生は

「とにかく自分の体調をよくみて、運動や仕事ををやりすぎないように。昔からなんでも集中して一生懸命やりすぎる傾向にあるから、加減して」と何度も言われた。

病院まで電車で片道2時間もかかるので、出かける前に下痢の危険防止のためロートエキス(ストッパ)を飲んで出かけたので、3時過ぎに病院を終えた頃には珍しく空腹感があった。

駅前のショッピングモールでたこ焼きを買ったら、すごくまずくて後悔した。

たこ焼きは外がカラッと、中がトロトロで、出汁のうまみが効いていて、山ほどキャベツがはいっていて、ほんの少し紅ショウガが入っているものと思ったが、単なるうどん粉の塊の中に小さなタコがはいっていた。

しかも焦げていて、醤油がすごく塩辛かった。売っている人に容器のごみを渡すので残せなかった。

そのあとサーティーワンに行ってスモールのダブルコーンを食べた。おいしかった。

今日は病院で疲れたので信じられないジャンクフードを食べてしまった。

・・

地元駅に戻れたのは6時過ぎ。そのままの脚て期日前投票へ。

投票用紙を持っていなかったので免許証を見せようとしたら、住所と名前と生年月日を紙に記入して照合するだけだった。

せめて写真付きの免許証を見せないと、似たような年齢の別人がなりすまして投票できてしまうのではないか。

駅前で桃とアサリを買った。

・・

帰宅してからえんどう豆でできたパスタ、アサリ、明太子、シラス、海苔。豆腐と白菜の煮物。

Aiに今日のジャンクフードについて聞いてみたら、いきなりアイスクリームを食べても乳脂肪分が高いので急激にインスリンが上昇することはない、

たこ焼きはよい食事ではないが、太りたいならそのくらい糖質と油を摂ってもアリ、焦げのアクリルアミドは毎日でないのでだいじょうぶだけど捨てたいなら捨てていいと言われた。

おいしいタコ焼きなら後悔しないが、卵サンドのほうがましだったと思う。

バーガンディーチェリーに赤色と青色の着色料が使われていたのはショックだったが、6月限定なので食べてしまった。

きょうはさらに牛乳を飲んで、トータル1500calくらいいけた。

すごく久しぶりに脚に熱感と筋肉痛があり、ふにゃふにゃだった脹脛に張りが戻って、つかむと筋肉が触れるようになっていた。

今日、鎌ヶ谷まで電車を乗り継ぐだけで階段の上り下りを計12回やっているので、運動としては十分かもしれない。

6月25日(木)

午前中に電話があって、誰かと思ったらフヂヤ薬局の澄子さんだった。

「きのう、あまりにたいへんな闘病されてたんでびっくりしちゃって・・・ほら私がいつも飲んでるあれ、どうかと思って」

「レバコールですよね・・あれ、保存料の安息香酸ナトリウムがはいってるからちょっとだめなんですよ。今は刺激になりすぎると吐き気が出ちゃうんで。わざわざ心配してくれてありがとうございます」

「そう」

「枇杷のことなんですけど、来年、青いうちに採りたいって人が来たら、熟れてから採りたい人がいるからって言ってもらえませんか。低い位置の私が摂れるいくつかでいいんで。そしたら私、すごく元気になりますよ」とお願いしたら

「わかった!来年ね」と。

それで私はすっかり嬉しくなってしまった。

・・

5月の頭くらいから飲んでいた抗生物質の薬、オーグメンチンとバクタが今日で終了。

抗生物質を飲むのをやめれば下痢が改善される可能性がある。

 

 

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2026年6月27日 (土)

植物への渇望 / 病状を伝えて「怖すぎる」と言われること

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乱菊、狂い菊(江戸菊)未完

6月23日(火)

3カ月ぶりにWさんにマッサージを受ける。

「思ってたよりずっと元気でよかった。まだあまりしゃべれないくらいかと思った」と言われた。

入院中にWさんから体調はどうかというメールをもらい、その時にお返事として、「急に「明日開腹手術」と言われ、

手術後に目覚めた時にはなぜか手術創から大量出血で、一晩中血が止まらないのに縫ってもらえず体中の血が半分になった」というメールをしたのだが

「メールの内容が怖すぎて、まともに読めなかった。怖すぎて意味がわからなくて頭にぜんぜん入らなかった」という。

「限界までの酷い浮腫の話したよね?」とその時の手と脚の写真を見せると「うわ~ひどい!怖い」。

「おしりの上のあたりから20㎝くらいの針を刺して膿を吸い取った話はしたっけ?穿刺ドレナージュ。局所麻酔だけで動かずに1時間はたいへんだったよ」と言うと

「わあ、怖すぎる!やめて!やめて!やめて!怖い!」と大騒ぎする。

「私が痛い思いしたんで、Wさんは痛くもかゆくもないでしょ」と苦笑するしかなかった。

「私だったらそんな体験したら絶対精神的におかしくなる」と言われて

「からだがもう戻れないんじゃないかと不安で、頭がおかしくなりそう、とは何度も思ったけどね」

Wさんは正直だ。

「誰でもいつ大変な病気になるかわからないから」というような、現実のシリアスな立ち位置の違いを無視したなんの慰めにもならない言われ方をされるよりずっと爽やかだ。

命に関わる病気をして現在も闘病中の人間と、命に関わる病気をしていない人間とで、死への切迫度や精神的負荷が同じ、なわけないんだから

「誰でも同じ」と元気な人から病人に言われるのは、その違いを欺瞞的に平準化される行為であり、

病人がその時感じるのは元気な人の「安全な場所」に立っている気楽さだけだ。

「まだおなかの炎症が残っていた時、外出許可をとって、おなかの中に通したドレーンチューブとボトルをぶら下げたまま光が丘のローズガーデンに行ってきたよ」という話をすると

「信じられない!どうして具合悪いのに遠くまで行こうと思うの?考えられない」

「だって、もう初夏の花が終わってしまうから、どうしても見たかったんだもん」

植物への身体的欲求というか渇望の強度があまりにも違いすぎるので、まったく理解されないと思う。

私の中に植物カレンダーとスケジュールがあって、住んでいる町でどの場所にどの花がいつ頃咲くのか暗記していて、毎年それらを見に行って香りを嗅がないと気が済まないのだ。

元気だったら毎年、必ず見に行くのは町内のスミレ(コンクリートの割れ目に咲いている場所が10か所近くある)、姫林檎の花(これは7か所くらい)、ヒヤシンス(特に水色の花とアプリコット色の花)、春紫苑、スイカズラ(忍冬)、ザボン(朱欒、文旦)の花(4か所)。

新宿御苑の55種類の桜も、どの樹がどこにあり、いつ頃開花するかは把握していて、毎年会えるのを楽しみにしていたのに。

欅の鶯茶色の微細な点描の新芽が、神経のように細い枝のいくつかから早緑色の小さな炎として噴き出すのを、

その薄い早緑の炎が少しずつ全部の枝枝に燃え広がるのを、毎年うっとりを眺めるのが好きだったのに。

入院したのが3月28日で、芽吹きと開花の始まりから薔薇の終わりかける6月の頭まで、ちょうど最高の季節に身動き取れなかったので、

毎日、今日はあの花が咲いているはずなのに、という焦燥を大きく受け止めないように、入院中はなるべく悲しいことを考えないようにがんばっていた。

だから、まだ具合悪くてもぎりぎり動けるようになったら居ても立ってもいられず、せめてたくさんの花を見られるところに行きたかったのだ。

・・

「太りたいのでたまにサーティーワンを食べようかと思う」と言ったらWさんに大反対されて

「添加物と白砂糖の塊!」と言われた。

私も添加物と甘いものは極力摂らないけれど、たまのサーティーワンだったら喉を通りそうなのだが・・。

「じゃあどうやってカロリーを上乗せしたらいいの?」と聞くと

「今日ごま豆腐持って来たから」と。添加物の入っていない濃いごま豆腐。ありがたくいただいた。

入院中よく出ていた鯛味噌が食べられなくて持ち帰っていたのを上にかけて。

6月22日(水)

早朝から2回おなかが壊れ、そのあと計量したら40kgだった。かすかには増えている。

昼から下痢止めを飲んで出かけ、3時間くらい絶食。

自然食品店で肉のだしが入っていない創健社のインスタントラーメンを買ったのだが、よくみたら麺がパーム油で揚げてあったので麺は3分の1だけ食べて捨てた。

(創健社はノンフライ麺のラーメンも販売しているのでややこしい)

ラーメンスープで煮た白菜とキャベツと卵を食べた。サクランボ、シジミ汁。

・・

夕方、フヂヤ薬局の澄子さんをしばらくぶりにお訪ねして入院していたことを報告。

急に開腹手術になって、術後の手術創から大量出血した話をすると、昔、大腸がんでおなかの真ん中を切った時のことが思い出されて怖い、と。

昔の手術のほうがいろいろたいへんだったと思う。

「枇杷が生ってからあなたはどうしてるだろうってずっと考えてたわ」

「退院してすぐは人に会えるような状態でなかったので」

悲惨に痩せてしまって橈骨筋のあったところがふにゃふにゃになってしまった腕を見せると

「きれいな皮膚」と慰めてくれた。

琵琶がいつのまにかてっぺんに近いところの実まで枝ごと無くなっていることについて質問したら、

行政の人が来て、それ用の車で枝ごと刈っていったという。

「低い位置の実は、私が退院した時にはまだ青かったんですよ。それなのにすぐに採られてて」と言うと、

近所の男の人が「青くても置いておけば熟れるから採らせてほしい」と言ってきたそうだ。

「すごく残念」と言うと「来年ね」

薬局の右側の駐車場がいつのまにか閉鎖されてビルが建ってしまうことについて

「薬局の右側がみえなくなっちゃうからすごく嫌」と言ったら、中国の人が買ったという。

「右側の琵琶の実は誰も手を付けてない」ということで、「私ならフェンスの狭い隙間から中に入れますよ」と言ったのだけど

「見張られているかもしれないから、怖いからはいっちゃだめよ」と。

いろいろ悲しい。

・・

きょうは700kcalくらいしか摂れず、少し胃が痛くて食欲もなかった。

壁腕立てを少しずつやっている。少しの運動でも使っていなかった筋肉を目覚めさせるにはいいらしい。

 

 

 

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2026年6月22日 (月)

次の本のスケジュール、絵の修正

6月20日(土)雨

先日、次の本のスケジュール案を印刷会社さんからいただいた。

私が出張するモニター校正は7月の半ば。

本の刊行は9月の頭の予定(もう少し早くなるかも)。

私が入院さえしなければ4月にモニター校正して6月に刊行、6月か7月に個展の予定だったが、

個展は10月になる模様。そのほうが落ち着いてよい季節にできると思う。

ナフサ不足はやはり関係してきているそうで、インクよりも箔押しに影響が出ているとか(タイトル文字が箔押し)。

とにかくモニター校正の時に感覚が冴えている元気な状態で臨めるように、身体を治すことに集中。

・・・

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描きかけのままどうしても気に入らないで見えるところに置いていた絵の、メインの花の部分を、ぬるま湯をつけたティッシュでこすり落とす。

背景の灰色とその下の銀箔も削り取られる。貼ったりこすり落としたりで微細なマチエールができる。

最初に描いた時からずいぶん時間が経っているが、ようやく何が気に入らなかったのか、自分の感覚(具体的な線と色)が見えてくる。

見えてくれば、以前に描いていた絵が、よくこんな風に軽薄に描いていたものだと恥ずかしくなってくる。

茎のカーブが感覚と違うことが大きいが、色彩も今は以前とは感覚が違う。

常に今現在の感覚に合わせて修正していく、

その修正の過程でできる傷、亀裂、染み、擦れ、破れ、継ぎはぎのようなものが絵だと思っている。

3か月ぶりにはっきり絵が見えてきた。

少し頭の回転が戻ってきた?

入院中の私は苦しすぎて本当にどうしようもできなかった。もう元に戻れないのでは、と怖かった。

栄養不足で寝てばかりでは本当にフレイルの認知症になってしまいそう。

・・・

朝 とろろそば’(ウズラの卵)、大根の炒め物少々、メロン、パプリカのぬかづけ。

退院した日に買ったプリンスメロンが固かったので10日も追熟したが、結局熟れが足りなかったので糠漬けにしてみた。

昼 お茶漬け(梅、かつおぶし、昆布だし、海苔、わさび)。メロン。

きょうは土曜で明日市場が休みなので夕方、駅前に真っ赤なソルダムを買いに行こうと決めていたが、ドアを開けたら大雨だったので断念。

プフが可愛く寝ている。涼しければ私のからだにくっついてくれる。

夕食、入院してからずっとカニクリームコロッケが食べたくて、いろいろ冷凍食品を調べたが全部、チキンエキスやブイヨンが入っているので食べられず、自分で小麦粉を炒めてホワイトソースを作った。

キノコスープの素とツナを加え、コロッケにして揚げるのが面倒だったので野菜パンにはさんだものを2つ食べた。

7時くらいに食べ終わり、油のせいか少し吐き気がしたので寝てしまった。

8時半に起きて、プリンスメロンのぬか漬け、マカデミアナッツアイス。

とにかくカロリー摂取を増やそうとエビスティック(冷凍の細い春巻き)5本。

アクリルアミドを極力摂りたくないので焼き色のついたものは一切食べない。

春巻きは低温のオリーブオイルで揚げて、皮が少し硬くなって中身が温まったらそれ以上は火を通さない。

きょうは一度も家を出ず、買い物に行けなかったが頑張って食べた。

 

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outlook復活、調剤薬局、自転車の修理

6月19日(金)曇り

一晩眠ったら昨日より胃酸はおさまっていた。

朝、豆パスタ(北海道産亜硝酸NAの入っていない明太子、昆布だし、海苔)。メロン、レッドパプリカのぬか漬け。

入院した頃から突如、開かなくなってしまったoutlookメールをなんとかしようといろいろ検索して試みていたが無理で、

マイクロソフトの問い合わせチャットをしたら、バーナードさんという人がリモートでやってくれるという。

OCNの有料のリモートはたまに利用していたが、マイクロソフトで無料でやってくれることは知らなかった。

けっこう時間がかかったが、結局、新しいoutlookにバグが発生していて、バーナードさんでも無理とのこと。

私が無能なせいで接続できないのではなく、マイクロソフト側の不具合と言われて、少しほっとした。

古いほうのoutlookは使えているということで、OCNメールの認証してそちらを立ち上げた。

私にとって大きな問題が一つ解決した。

昨日だるくて受け取りにいけなかった薬をもらいに調剤薬局へ。

先に出してもらった炭酸水素ナトリウムで気持ち悪くなったこと、今度は時間の間隔に気を付けてプロトポンプ阻害薬を飲むしかないことを一応伝えた。

薬局の薬剤師さんは「レットヴィモ休薬日に胃薬を飲むのなら問題ないでしょう」と。

レットヴィモ3か月分が出ているので支払いは35000円超になるのだが、カードで払おうとしたら6月から現金しか使えないと言われた。

政府が変更したと。まったく病人に対して苦しめることしかしない。

「OTC医薬品の値上げはいつからですか?」と聞くと「まだ時期は決まってないみたいです」と。

一旦帰宅して荷物を置いて、20日締め切りの振込、銀行の通帳記入、自転車のベルと馬蹄錠が壊れていたので買ったお店で修理してもらう、などの雑務に動いた。

Kサイクルのおじさんに聞くと、私のレタス号は機種名のようなものはついてない、製造番号はヘッドチューブの正面側についている、

「ミヤタはブリジストンより古くてブリジストンより軽くてよい」とのこと。

夕方、アケミさんと会ってギャラリーの打ち合わせ。

安いお寿司を食べ、そのあとサーティーワンにつきあってもらった。

昨日だったら吐きそうで人に会うことも難しかったと思う。今日は昨日よりずいぶんマシな体調。

サーティーワンは10年くらい食べてないけれど、大好きなバーガンディーチェリーとナッツトゥーユーのダブルにしようと張り切っていたのに、

高円寺はTOGOで、レギュラーサイズシングルのカップしか売っていないと知ってがっかり。

しかたなくカップを買い、梔子の花が香る緑道で食べた。

夜食、とろろそば、桃、メロン、レッドパプリカのぬか漬け。今日は1500kcal摂れたと思う。

6月18日(木)

昨日の昼と夜に炭酸水素ナトリウムを飲んだせいで気持ち悪くなり、一日中胃酸がこみ上げてきて食べられなかった。

夕方、桃なら食べられるかもしれないと思い、自転車で駅前に向かったが、途中、お店から漂う肉を焼く匂いに反応して吐きそうになってしまった。

喉元だけではなく下腹から突き上げてくる吐き気だったので、これはまずい、スーパーのトイレで吐こうかと思ったがなんとかおさまった。

固い桃を買って自転車で帰ると、明らかに体調が悪い。わずかな傾斜も上れない。ひどく息が切れる。

朝からエネルギー不足でフラフラで、まったく余力がない。

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2026年6月20日 (土)

国立がん研究センター・近所の病院

6月16日(火)

久しぶりに国立がん研究センター。

ずっと寝てばかりいたせいか退院してからも頭が回転しなくて、忘れ物や失くし物が多い。

到着してすぐ限度額認定証と資格確認証を確認する窓口で、ポーチの中から資格確認証を探せなかった。

代わりにオンラインで確認してもらう。

そのあとトイレで採尿して提出するまで集中していたら個室の中に傘と上着を忘れて、そのまま手を洗って採血に行ってしまった。

ベッドで4本採血して立ち眩みしないようにゆっくり立ち上がった時に傘と上着が無いのに気づき、すぐにトイレの個室を確認したが無かった。

1階の総合受付に戻り、忘れ物係に問い合わせに行ったが無かった。

2階の血液検査受付窓口に申し出たが届いてないと言われ、ショックを受けた瞬間、「上着と傘ですよね!」と声をかけてくださった方がいた。

個室で見つけ、2階の外来Aに届けてくださったという。お礼を言って急ぐ。愛着のあるものが戻ってきてほっとした。

4階のCT受付に行くと同意書が発行されていないので2階の頭頸科の外来Fで発行してもらって、と言われ、ばたばたしているあいだに

バッグの中の呼び出し機が鳴り、「資格確認証を受け取りに一階の再来受付の窓口に行ってください」とメッセージがあった。

さきほどの係の人だったので「上着と傘はありました」と告げて「資格確認証はどこに落ちてましたか?」と聞くと「確認窓口の手前」と。

ポーチの中を探してカード類を見ている時に落としたらしい。信じられないほどの注意欠陥。

内科のH先生の診察。「災難だったね。今までも感染症とかなったことあるの?」「ありません」

ここまで長い感染症になるほど免疫が落ちるなんて「個展とかで神経使い過ぎなんじゃないの?」と言われる。

いや、正月からちゅびの悪性リンパ腫の宣告で張りつめ過ぎて、心身ともに地獄の苦しみだったからだと思う。

腹痛で熱が出ていても胃腸のせいだと思い込んで、まさか腹膜炎を起こしているとは思わずに我慢したせい。

あと1週間か10日早くクリニックに行っていれば、こんな大事には至らなかったかも。

頭から腰までの単純CTの結果は、ざっと目視できる範囲では前回と変わっていなかった。

サイログロブリンは2月の結果が1159。H先生はそんなに気にしていない。

なによりCRPが0.07で正常値に戻っていたことが嬉しかった。

胃薬に関してはがんセンターではただの制酸剤というのがなく、制酸剤と言えばプロトポンプ阻害かH2ブロッカーになってしまうと。

外科のY本先生の診察。

手術して縫合したあとに傷口から大量出血して、一晩ずっと出血のままで血液が半分になったことをお伝えして、「そういうことってありますか?なんですぐに縫ってくれなかったんでしょう」と聞くと

「まあ、たまにあるけど、すぐに縫うと思うけど・・すぐに血が止まるって思っちゃったんでしょうね」と。

体験した本人からすれば、どう考えても出血しっぱなしで一昼夜は長すぎる。

「浅井先生と最近お会いしたんですが、福山さんはどうしてるってすごく心配されてましたよ。全然来ないって」と言われ、

半年も音沙汰ないので私に何かあったと心配してくださったのだな、と思う。

真冬にちゅびの具合が悪くなってからはもうちゅびを置いて遠出する気にならなかった。

「会いに行ってあげてください」と言われた。

いつもは銀座1丁目の大きなOKストアで買い物して帰るのだが、今日は注意欠陥だしフラフラするので直帰。

6月17日(水)

朝9時、イーライリリーに電話して胃薬とレットヴィモの飲み合わせについて質問。

1.レットヴィモダイアリーに書いているように食後に飲む、時間の感覚を開けるなどすればレットヴィモの吸収には全く影響がないのか、それとも気を付けても影響は多少あるのか。

2.レットヴィモの休薬日(週に2日)にだけ胃薬を飲んだ場合、レットヴィモの吸収に影響はあるか。

1については、影響はゼロではない。なのでできれば胃薬を飲まないほうが無難だが、どうしても胃の調子が悪い時はそちら優先になる。

2については、レットヴィモは毎日飲む薬として想定している。休薬日を想定していないので、休薬日に胃薬を飲む試験をしていない。

入院していた病院で退院後初めての診察。

昨日4本採血したばかりなのに今日も2本採血。

「昨日がんセンターでの採血でCRPが0.07になっていました」と伝えるとO先生は「よかった!よかった!」と。

γ‐GTPも77に下がっていて一安心。抗生剤の点滴で400以上に上がった時はどうなってしまうのかと思った。

相談はもっぱら胃酸過多でたくさん食べられないこと、体重を増やしたいのに一日1000kcalくらいしか摂れない。

O先生はぽっちゃりしている。「なんとかして太る方法ありますか?」と聞くと「難しいね・・」と。

とりあえずプロトポンプ阻害でもH2ブロッカーでもない普通の制酸剤(炭酸水素ナトリウム)を出してもらい、レットヴィモの休薬日に飲んでみることにした。

いろんな数値が安定してきて、これで一安心と喜んでいたのに、ふいに

「じゃあ、きょうはまだちょっと心の準備が追いつかないかな」と言われ、え!まさか!?とドキーンとする。

「超音波で中を見せてもらいたいんですよ」と言われ「ええー!!だって0.07になったのに」と反発する。なんで今更?

「じゃあ次の予約、7月1日にまた採血してその時に内診ね」と言われて、嫌で嫌でたまらない。

帰りは日盛りの道を歩いて帰った。

骨董屋さんは「本日終了」の札が出ていて、木戸のガラス越しに中を覗くと、戸のすぐ下にクマがおとなしく眠っていた。

今日は暑いから中に入れてもらっているみたい。

店の中には繊細な古い陶器の皿などがいっぱい積んであって、うちの猫たちなら全部割ってしまうのだが、犬は棚の上に上がったり暴走したりしないのだな。

帰宅してからエビのカレーとおにぎり。

処方箋薬局に行くと薬の数が多いので渡すのは明日になると言われたが、制酸剤だけ今日出してもらった。

今日水曜はレットヴィモの休薬日なので早速、炭酸水素ナトリウムを飲んでみたが・・ダメだった。

飲んだとたんに気持ち悪くなって吐き気がした。しょっぱい石膏のようなものが喉に残る感じも無理。

これだったらやはりプロトポンプ阻害薬を出してもらって水曜に飲んだほうがまし。

よくなるどころか炭酸水素ナトリウムを飲んだあとのほうが具合が悪くなった。

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