病気

2023年3月13日 (月)

手術日決定 / 毛利武彦先生の絵、 新倉章子さん宅 / 遠藤さんと会う

新倉章子さんに私の恩師、毛利武彦先生の画集を買ったと言われてすごく嬉しくなって、久しぶりに先生の画集を開いて見ている。やはりこの深淵さはすごい。

『毛利武彦画集』(求龍堂)より 「花ー鎮魂」1986 188.0×285.0
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『毛利武彦画集』(求龍堂)より 「曲馬」1973 50M
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毛利先生は本当に厳しくて、愛情深くて、すべてにおいて際立っていて、先生に教わったことが私の一生の宝だ。

もうずいぶん昔、初めて国立がんセンターで甲状腺摘出の手術を受ける前日、同級生のTがお見舞いに来てくれて「毛利先生に電話しなさいよ。」と言ってくれた。

それで病院の公衆電話から電話して、先生の声を聞いたら、それまで平気だったのに急に泣いてしまった。

次の朝、私の頭頸科とは関係ない科の外科部長先生が病室に来て「〇〇科の外科部長の▽▽です!」と言われてびっくりしたが、

「慶応高校の毛利先生の教え子です!昨日、毛利先生から電話がかかってきて、励ましてやってくれって言われたから来ました。頑張って!元気出して!」と言われた。

とてもとてもありがたい思い出。

3月7日(火)

頭頸科でY本先生にPETの結果を聞いてから、呼吸器外科のY倉先生と面談。

手術の日について、年度末で人が入れ替わる時期なので不安定だが、やはり早い方がいいだろうということで24日、と言われる。

帰りに銀座の有楽町近くの花屋で紫とオペラ色のアネモネを買う。

帰宅したらY倉先生から電話があり、24日に確定しました、とのこと。「一緒にがんばりましょう!」と言われた。

3月9日(木)

遠藤さんと久しぶりに会う。一緒にお寿司を食べた。

12月に突然、左目が見えなくなり、失明すると言われ、いろんな病院に行ってたいへんだったとのこと。しかし何度か通って点滴を受けたら治ってきたという。眼底の動脈が詰まっていたとか。

手術の話をして、それから遠藤さんが高等小学校に入ったころの、戦争を話を聞いた。

遠藤さんは疎開をしていないので、空襲のリアルな話を。

それから私のふるさと、十二社(西新宿)に遠藤さんがお嫁に来た頃の新宿の様子を。新宿駅はまだ木の駅舎で、闇市がそこここに立ち、やくざが多かったそうだ。

遠藤さんは今年93歳だ。お互い腰が痛いのに、新しくできた阿佐ヶ谷区民センターに行ってみようということになり、結構な距離を歩いた。帰路は桃園川緑道を歩き、桃や早咲きの桜、沈丁花、雪柳などを見た。

3月10日(金)

水墨画家、新倉章子さんの中野のお宅の庭を見せていただきに行く。

スミレ、アネモネ、ムスカリ、アミガサユリ・・・さりげなく自然な感じで植えてあるのが素敵。

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春が来たんだなあ。もう梅は散って椿が満開。

ベンチに座ってお庭で摘んだミントのお茶をいただく。

病気の話、絵の話などいろいろ。

私の恩師、毛利武彦先生のことを拙著で知って興味を持ち、毛利先生の画集を購入されたと聞いて感激。

毛利武彦先生のことを「絵がすごい」「頭がいい」「いい先生」と言ってもらえるのは何より嬉しく誇らしい。

 

 

 

 

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2023年2月 8日 (水)

気分の落ち込み / 「白い指の戯れ」


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プフとチョッピー

2月4日(土)

星状神経ブロック注射の失敗のあと、その当日だけでなく、3,4日胃痛とむかむかが続きあまり食べられなかった。

TANITAの体重計に乗ってみたら、卓球2か所に行き始めてから体重48kg、筋肉量36.6kg(TANITAの体重計では除脂肪の重さ)に増えて喜んでいたのに、体重46kg、筋肉量34.6kgに戻っていてショック。

コロナの病み上がりの時と同じく、口が苦い。

Sクリニックの医師の対応について、15年以上かかりつけだったのに信頼を裏切られて、なんともいえない嫌な気分で、切り替えるのが難しかった。

「(注射は)難しいから、嫌ならやらなくていい。」とも言われた(自分の失敗を棚に上げて)。

「難しいという説明のプリントを渡してるでしょ。」と言われたが、おそらく最近配り始めたのだろう。私は15年くらい前に最初に口で説明されただけ。「血行をよくし、リラックスさせる。すごくいいものだからやってみますか?」とK先生に言われたのをはっきり覚えている。

和美さんとメールで話していて「ひどい対応ですね。患者の心配より自分の立場を守ろうというのがみえみえですね。」と言われて、そのとおりだと思い、やっと少しすっきりした。

自分の中に15年以上もかかりつけだから相手に失望したくないというバイアスが働いていて、自分の感情を抑制して我慢しようとしていたが、やはり患者の身体のことを考えておらず、酷いと思う(近所では絶大な人気ですごく混んでいるが)。

2月5日(日)

すぐ近所のレンタルビデオ屋がつぶれてしまい、ずっとお世話になっていたGYAO!も3月いっぱいで終了と知って淋しい。

GYAO!でなにか慰めになる映画を見ようと思い、レヴューなど読んで調べたが、結局、

『白い指の戯れ』(1972年 村川透の監督デビュー作 脚本:神代辰巳、村川徹、日活ロマンポルノとして初めてキネマ旬報ベストテン入りを果たした作品)を選んだ。

「十九才のゆきは新宿の街で二郎を知った。」と 説明に書いてあったので。私は60年代から70年代前半の新宿の風景が大好きなのだ。

見始めると冒頭の喫茶店は新宿ではなく渋谷(今のウエマツ画材店の側)だった。

ビール150円、カルピス150円、ジンフィズ250円、ジンライム250円。

何もわかっていない、何もわかろうともしない19歳の女の子がスリの仲間にのめりこんでいく。

トスピイタ、エスンポポ、コウギンビシミツ、ラーコシプペ、ルーホスンダ、ステスホ、ノアピイワカ、コンチパ・・・

荒木一郎(の映画を見るのは初めて)は、なるほど無口で、無表情で、人を食ったようなアメリカンニューシネマっぽさ。

この映画は暴力シーンが無く、淡々としているのがいい。濡れ場も全然色気を感じない。

「白い指の戯れ」は肌の上を滑る指であり、掏りのことなのだな。

最後のシーンはまさに私のふるさと、新宿西口から京王バスに乗ってバスの中でゆきが初めての掏り、私の生家に一番近いバス停「熊野神社(結婚式場)前」で主人公二人が降り、ゆきは交番へ。

当時の十二社の交番や、交差点前の松葉米店を見ることができて感涙。。

私がなぜ60年代から70年代半ばくらいの新宿が大好きなのかと考えてみると、当時の新宿の反体制的な空気、ゴミゴミした混沌と変化とアンダーグラウンドな雰囲気に痺れるんだと思う。それはもう失われてしまった。

ほかにも「のらねこロック」シリーズや、寺山修司の映画に映る60年代後半から70年代前半の新宿を見ると、胸がわーっと沸き立ってたまらなくなる。

2月6日(月)

まだ胃がむかむかして、通常のように食べられないが、無理にでも卵を食べ、卓球に出かけた。途中で具合悪くなったら休ませてもらおうと思ったが、結局、熱が入った。

体育館の方はフットワークをほめてもらえた。要するに力を抜いて球がオーバーしないようにすること。

もうひとつの方は8人2台で休みなくダブルス。

7時50分からほぐしマッサージに行き、星状神経ブロック注射の失敗から2kgやせて筋力も落ちてしまった話をしたら、

「すごくかわいそう~。でもなんでそんな状態で4時間も卓球できるの?つじつまが合わない~。」と言われ

「だってそんなことで休みたくないんですもん。」と苦笑。

 

 

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2023年2月 3日 (金)

星状神経ブロック注射失敗の説明 / 言葉、自然治癒力

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箱入り娘のプフ。

2月3日(金)

朝、Sクリニックに電話し、おとといの星状神経ブロック注射の失敗の原因を説明されていない、そのことで院長のO先生と直接お話ししたい、と告げた。

しばらくしてO先生が電話をかわった。

4時間も吐き続けて寝ていたこと、帰宅してからも吐き気で仕事ができなかったことを告げ、「打ちどころが悪かったんですよね?」ときくと

O:「打ちどころは悪くない。」

私「じゃ、なにが悪かったんですか?」

O:「難しい。」

私「は?何が難しいんですか?」

O:「福山さんが難しい。」

私「私の何が難しいんですか?」(要領の得ない会話に辟易。)

O:「俺じゃない時は帰った方がいい。」

私:「はあ?」

O:「俺は3割引いてやってる。」

私:「はあ?何を3割ですか?薬の量のことですか?引くって何を?」

O:「位置とかね・・神経が細かいのよ。俺しかできないから。ほかでも無理だから。」

私:「やっと少し意味が通じてきました。私は神経が細かくて麻酔が効きやすいからポイントから距離をとるということですか?」

O:「そう。芸術なんて言ったらおこがましいんだけどさ、すごく細かくさ・・」

私:「そういう話はいいから。」

O:「K先生が打ったことなかったでしょ?いつも俺が打ってたでしょ?」

私:「いいえ、昔、何度も打ってもらってます。私が左の反回神経を切断しているのに右に打たれて窒息しそうになりました。」

O:「すごく難しいのよ。」

私:「すごく難しくて、院長だけが私にうまく打てるってこと?」

O:「そう言ったら傲慢だけどさあ。」

私:「だったらそのことをK先生と私に言っておいてください。今、初めてそんなことを言われても・・(そんな重要なことがカルテに書かれてないの?共有されてないの?)」

O:「すみません。」

私:「吐くのが止まらなくなったので吐き気止めの点滴打つかってきかれたんですけど、そんな、K先生のせいで気持ち悪くなったのに余計な治療費かかるの嫌だったんで。」

O:「それはいつものK先生のやりかただね。」

私:「今度、手術するんです。」

O:「甲状腺の?」

私:「甲状腺は昔に全摘してますってば。だから麻酔のことを聞いておかないとと思って。私は麻酔が効きやすいということですか?」

O:「そう。それは言っておいたほうがいいね。」

私:「それは神経が細かいからという表現で合ってるんですか?麻酔のアレルギーではないんですね。」

O:「そう、合ってる。アレルギーはない。」

最初からもっと端的にわかりやすく説明できないのだろうか。はぐらかすために、わざと雑な言葉づかいをするのが癖になっているのかと思う。

それにしても雑だなあ。もうずいぶん長く週一で首の注射に通っているのに、過去に甲状腺摘出手術をしていることも覚えていないなんて。

・・・

白州のYさん(男性)からメールが来ていた。

「知佐子さんのお身体が心配ですが、生命力の強さを信じています。

外科的な危険な治療をなるべく避けて、自己治癒力を高める方法が知佐子さんのイメージに近い気がします。」

 

私のイメージって言われても・・なにそれ?と思うんだが。

そりゃ外科的に危険な治療は怖いし嫌だけれど、腫瘍が小さくならない限り、仕方ない(時期を遅らせることはできるかもしれないが)。

Yさんは昔からの友人で、人柄を知っているから腹も立たないけれど、これ、あまり知らない人から言われたら、そうとう無責任で能天気な人だなあ、と思うだろう。

言葉がゆるい人が多いなあ。

 

「創造力や楽しみ、追求心に対する情熱にかける知佐子さんの精神面が陰らないように、不安を煽る検査や言葉で追い詰められないでほしいです。

必ず隙間やチャンスが存在します。イメージを膨らませいろいろと調べて出会った中にまだ知らない世界がやってくると期待します。
のらりくらりと生き続けてください。」

「のらりくらり」ほど私にとって難しいことはない。「のらりくらり」ができたら、こんなに対人ストレスに悩まされていない。

誰とでも平気で話せて垣根のないYさんなら、もし癌になっても「のらりくらり」ができそうだけど。

主治医のA井先生にもさんざん言われてきたけれど、「一生懸命やりすぎないこと」、私にはそれが難しい。

いつのまにか過集中になり、力が入りすぎてしまう。

自然治癒力を高めることは意識したほうがよさそう。とりあえず身体(特に患部)を温めること。

Yさんに勧められたヨモギは一度、試してみようと思う。

 

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2023年2月 2日 (木)

星状神経ブロック注射の失敗

2月1日(水)

星状神経ブロック注射を失敗されて酷い目にあった。

いつも星状神経ブロック注射(首の神経に打って自律神経を副交感神経優位にし、首や肩の凝りを緩和する)を打っているSクリニックへ。

午後の部3時の最初に呼んでもらえるように、2時40分に受付をすると「きょうは院長が休みなんですけどいいですか?」と聞かれた。

セリーヌの『夜の果てへの旅』を読み返して待っていた。

3時に呼ばれ、処置室で寝て待ち、院長の代理のK先生が来たので、「あ、K先生ですよね?お久しぶりです。15年ぶりくらいですね。」と挨拶。K先生は、最近はSクリニックには日曜しか出勤されていないので私とは会わない。

3:20に注射を打たれ、10分休憩して出血が止まったかを看護師さんが確認、いつもはさらに10分休憩して終わり。その後、会計となるのだが、

本日は3:40に(昔からおられるベテランの)看護師さんに「左腕に力が入らない。左手の指がびりびり痺れる。肩に力が入らなくて起き上がれません。」と訴えた。左手が麻痺してだら~と下がってまったく上がらない。

K医師が来て左手や腕の感覚を見、「歯医者の麻酔と同じ麻酔だから。もう少し休めば切れるから。運動神経のほうに流れたかも。」と言われるが、

どんどん息苦しくなってきて吐き気がしてきたので、看護師さんを呼んでガーグルベースンを持ってきていただいた。

しゃべることはできたので看護師さんに、左腕の上腕は右手でつねっても叩いても感覚がない、と訴えた。

吐き気はどんどん増し、午前中に食べたご飯を何度も吐き続けた。

吐き気とめまいと軽い頭痛と左腕の麻痺がおさまらず、看護師さんに

「原因を知りたいんです。急に体質が変わったわけじゃないですよね。打ちどころを間違ったんですね。さっき、先生が運動神経の方に流れたって言ったし。」と訴えると、また先生を呼んでこられ、

「打ったところは間違っていないけど、こういうこともある。」と言われ、吐き気で顔を上げることもできないでいたら

「吐き気止めの点滴打つ?」と言われたので断った。(先生のせいで吐くことになったんだから、点滴は無料にしてくれるんですか?と聞きたかったが我慢。)

6時を過ぎた頃か、急に寒気に襲われ、歯がガチガチガチッと鳴りっぱなしで、看護師さんを呼んで毛布を掛けていただいた。

毛布3枚掛けられるが寒さはおさまらず、あまり重いものを胃の上に掛けられるとまた吐きそう。

それから急に眠気に襲われた。おそらく麻酔が切れてきて、いつも打ってもらっている時のリラックス状態にまでやっと治癒してきたのだと思う。

眼が覚めたら、まだ左手は痺れていたが、ゆっくり起き上がれるくらいになっていたので、看護師さんにお礼を言って会計。

「次にもうこの注射するの怖いです。」と言ったら「院長先生によく聞いてからやったほうがいいわね。」と。

K医師に「次はもう僕が打つことはないから・・」と言われ、(やっぱり自分の打ち方が悪かったってわかってるんじゃない・・)

ふらふらしながら処置室を出ると、もう待合室にはほとんど人がいなかった。

看護師さんが玄関(階段の上)まで送ってきてくださったのでお名前をうかがって「N田さん、ありがとうございます。お世話になりました。」と頭を下げて時計を見た。

外は真っ暗で「もう7時。」と言ったら

N田さんが「ほんとよねえ。ごめんなさいね。」と謝ってくださった。医師は意地でもミスを認めないのに、看護師さんがかわりに謝るなんて・・・と思う。

帰宅してからも吐き気がおさまらず、すごい疲労感で仕事ができない。

今日は朝食の分を吐いてしまったから何かタンパク質を摂らなければ、と思ったが、

もしも寝ているうちに吐いて誤嚥性肺炎で死んだら・・と思い直して、水分を少々摂ってまた寝た。

これで1日、苦しんだだけで仕事できなくて終わってしまったのが悔しくて、いやいや、免疫を上げるためにわざと絶食したと思うことにしよう、とか・・

来週、院長先生に話すのが面倒くさいし、さらに院長がK先生をかばったら(あり得る)憤懣のやりどころがなくなる・・と考えたりするうちに眠ってしまった。

夢の中で背景が群青や納戸の青色系の絵と、岩鼠や紫鼠の灰色系の絵を、夢とは思えないくらい細かいところまで描いていて、早く絵を仕上げなきゃ、と焦っていた。

あと近所のMさん(私が20年以上避けまくっている人で、私の絵にも私の人となりにもまったく興味がないのに、無理やり個展に押しかけてきて自分のことだけをしゃべりまくる人)に「個展は私にとって大切な場所なので、もう来ないでください」と言っている夢を見た。

2月2日(木)

朝、まだ胃がむかむかする。コロナの病み上がりの時と似ていて口の中が苦く、食欲がない。

午後、やはり気になったので杉並の医療安全相談窓口に電話して、きのうのことをそのまま伝えたら、

「それで原因は?どう説明されました?」と聞かれた。

「説明されてません。だからどういう態度に出たらいいのかをお聞きしたくて。」

「だっていつもは20分で終わるところが4時間も苦しんだんでしょ。なるべく早いうちに原因を聞いた方がいいですよ。」と。

たいへんだが明日の朝、また行って院長に話をするしかないみたい。

 

 

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2022年9月19日 (月)

個展 / E藤さんの誕生日

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コスモス

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コスモス(すみれ曇り)

2022年9月26日(月) ~ 10月2日(日)
吉祥寺ギャラリー gallery re:tail »

福山知佐子個展「花裂ける、廃絵逆めぐり」 (thetail.jp)

リテイルの地図

吉祥寺駅を出、「中道通」と書いてあるゲートをくぐり、まっすぐ進み、10分ほど歩いて「NAKAMICHI」というゲートをくぐったらすぐ左に見えます。

よろしくお願いいたします。

9月18日(日)

台風。

首肩が凝りすぎているので豪雨の中をマッサージに行ったら、思った以上に服がずぶ濡れになって、からだが冷えてしまった。

9月16日(金)

連日、額装のことなどで奔走。気に入ったちょっと変わった額があったのだが、今から取り寄せても個展には間に合わない。

9月13日(火)

昨日、E藤さんに個展案内はがきをお渡しするために会った。

「吉祥寺駅から10分くらい歩けますか?」と聞くと、「全然平気よ。駅の2駅くらい毎日のように歩いてるから。」とのこと。

9月13日はE藤さんの93歳のお誕生日だそうだ。「おめでとうございます!」と言ってカフェで一緒にお茶を飲んだ。

同居している義理の息子(亡き娘さんの配偶者)さんが順調に回復し、近所を散歩するまでになっていることを聞いて、本当に嬉しくほっとした。

倒れる前は車で廻る営業職で、今は車には乗れないけれどPCは普通にできるし、頭はしっかりされているそうだ。

E藤さんとお茶を飲むのは3年ぶりだが、相変わらず頭が冴えているし、私よりずっと元気でおしゃれだ。

私より20cmくらい背は低いが、背筋は真っすぐで、へろっとしている私より筋骨がしっかりされている様子。

整ったショートのヘアスタイルは、明るい栗色の中にパステルシルバーのメッシュの束数本が、きれいに並行に流れている。レンガ色のトップスに細いプラチナのネックレス。

遥か昔、ご主人からもらった金の喜平のブレスレットなどを近くの貴金属買取店に売ったら数十万円になったという。「競馬場に行くおじさんがつけてるようなごつい金鎖を、私なんかがつけたら嫌味にしかならないからね。」と笑わせる。

驚いたことにコロナの前、90歳で歌を習い始め、浅草公会堂や新宿のホールなどのステージに立ったそうだ。

私は古い歌が好きで、カラオケでは渡辺はま子や織井茂子、西田佐知子、高峰三枝子あたりを歌うのが一番好き、と言ったら、E藤さんがよく歌うのはそこまで古くなくて都はるみあたりだそうだ。コロナの心配さえなければカラオケにご一緒したいのだけれど。

私は最近、卓球を始めましたとお伝えすると、「昔、取次チーム対出版社チームの卓球大会に出たわ。」と。

日販(書籍の取次)の重役だったご主人が優勝したそうだ。ご主人の思い出をいろいろうかがった。

ご主人が大病で昏睡状態になり、ICUで1週間意識が戻らず8日目に体中につながれていたチューブをはずした時に、眼は開いて朦朧としながら未来(引っ越す家の間取り)の予知を話していたこと、

その2年後に、健康を取り戻したご主人を連れて、家族皆で新しくなった東京駅を見に行き、楽しんだ夜に、帰宅してふっと心不全で亡くなったこと。

 

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2022年8月17日 (水)

絵画制作 コロナからの復活

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変化朝顔(銀箔、岩絵の具、膠)

8月9日(火)

絵は常に5、6枚を同時に描いている。

紙をパネルに張って下塗りをしたものは20枚くらいある。どれかの下塗りの中に見えてきたものを描く。下図はなし。

近所のスーパーでチャヤ・マクロビオティックス(日陰茶屋)のヴィーガンカレー(レトルト)を見つけ、毎日それを夕方に食べている。まだ汁っぽいものしか食べる気にならないので。レトルトに玉ねぎの炒めたもの、カレーパウダー、エビ、牛乳などを足して味を調える。

8月11日(木)すごく蒸し暑い

古本を探しに隣駅の中野へ。まんだらけのマニア館まで行ったが、お目当ての本はなかった。

久しぶりに住友の天ぷらを食べた。食欲がなくて油ものを食べられる気がしないが、実際に食べるととてもおいしくて(味覚は良好)空腹なのがわかる。

しかし食後30分から1時間すると胃がむかむかしておなかが痛くなってくる。コロナの後遺症で一番困っているのが胃腸がなかなか戻らないこと。

中野ブロードウエイの裏側は昔のまんま。
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しかし駅は巨大な駅ビルに生まれ変わるという。レトロでいかがわしい個性的な街が、またつまらないありきたりの町に変わってしまうのが心配。

8月12日(金)

岡山に住むM子さんから数万円もする清水白桃とシャインマスカットの箱が2つも送られてくる。

もう二度とこんな高級フルーツを食べられることはないだろうと思い、ありがたくいただく。

8月15日(月)

世界堂へ。安っぽくてよくないと数人が助言してきた世界堂製のボックス型の額がどんなものなのか、実際に購入して絵を入れた感じを見たかったので。

私の好きな新宿4丁目ビジネス旅館街。この一角だけは昭和の昔のまま。

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旅館中野屋。
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やはり帰宅して1時間くらいで猛烈におなかが痛くなる。

それでも夕方6時、以前から行きたかった卓球教室へ。コロナ後、何をしてもハアハアと息が上がっている自分を無理にでも鼓舞したかった。

初めてラケットの握り方、打ち方を教えてもらえてすごく楽しかった。いきなりダブルスの試合。

私は返球はうまくできないが、サーブだけは低くて高速だとほめられた。

全身ぐしょぐしょに汗をかき、ひどく息が上がってしまった。帰宅してから氷水をがぶ飲み。

8月16日(火)

コロナの診察以来、初めて星状神経ブロック注射を受けにSクリニックへ。やはり発熱している人が予約なしで続々来ていて、コロナ検査を受けて薬をもらっているのを目の当たりにし、院長のO先生に疑問をぶつける。

「この前のコロナの時、電話が繋がったのが27日で、8月1日まで予約できないと言われたんですけど、今度熱が出たら勝手に来ていいですか?薬だけでももらえないかと聞いたら、それなら他のところに行ってくださいと言われ、すごく苦しんだ。」と言うと、

「それ(電話受付をしている男性)は優等生的な対応だね。」と言われ、

「じゃあ熱が出たら電話しないで直に来ていいですか?」という問いにO先生は「いいとは言えないけど・・・」とはっきりしない応え。「国ができるわけないことを押し付けてるんだよ。でも来た人を追い返すわけにいかない。」と。

つまりダブルスタンダードで、発熱したら電話予約するようにHPに書いてあるのを真面目に守ったら馬鹿を見ると言うこと。

 

 

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2022年8月 9日 (火)

コロナ・癌の定期検診

7月25日(月)

すぐ近所のSクリニックで毎週受けている星状神経ブロック注射。8時45分に受付するが、9時過ぎにはクリニックは患者でいっぱい。

待合室で待っている間、受付で「今日はどうされました?」と看護師さんに聞かれて「熱があって。」「いつからですか?」「おとといから。」などと会話している人が何人もいるのを見る。あからさまにコロナっぽい咳をしている人も来ている。

神経ブロック注射を受けてベッドで休んでいる時、カーテン一枚隔てたすぐ隣で「コロナ陽性ですね。」という声を聞く。

7月26日(火)

朝、発熱。38.2℃。頭痛用にもらっているカロナールを飲む。胃が痙攣して2回胃液を嘔吐。38℃~38.5℃。頭痛と吐き気。苦しくて水も飲めない。

ハナ動物病院に電話すると、とにかく離れたほうがいいと言われ、猫3匹をキッチン側に出して扉を閉める。入れて~とニャアニャア、かわるがわるに大騒ぎ。

たまに起きて3匹のごはんとトイレの世話をする。私がキッチン側に出てくるとゴロゴロ。そのほかはただ寝ているしかできない。

7月27日(水)

熱は下がらない。午後から猛烈に喉が痛くなる。Sクリニックに電話するが繋がらない。

杉並区の保健所に電話すると、荻窪病院にタクシーで行くなら、明日木曜のみ、予約がとれる時間帯がある、と言われる。一瞬、考えたが、とりあえず肺炎にはなっていないと思ったので辞退した。

Sクリニックにようやく電話が繋がり、「すぐに予約できますか?」と尋ねると「できません。8月1日月曜の10時まであいていません。」と言われ、愕然。「薬だけでも取りに行けませんか?」と聞くと「ほかのところに行ってもらうしかない。」と言われた。

7月28日(木)

2、3日で2kg体重が減って44.5kgに。脱水気味で尿が茶色っぽくなるが、吐き気であまり水分も摂れない。

7月31日(日)

普段はそんなにべたべたしないプフが、必死に高い声でニャアアン、ニャアアンと泣き叫び、あまりにも切なく通る声なので根負けして扉を全開にする。まだ完全に治っていないので顔に近づいてこないように注意しながら寝る。

コーンポタージュ(肉エキスのはいってないもの)だけは飲める。おかゆなども食べられる気がしない。

8月1日(月)

言われた通り、10時にクリニックの玄関の外で待つ。熱と咳の人が何人も外来受付に直接来ているのに、なぜ予約させられ、外で待たされるのかと思う。

診察で36.6℃。抗原検査を受け、陽性。

喉はまだ痛いので、炎症を抑えるトラネキサム酸をもらう。

クリニックから保健所に連絡が行き、本当に今更どうでもいいと思うのに、私の肺にがん転移があると言う理由で、パラオキシメーターを配達してきて経過観察すると保健所から電話。

後遺症としては痰と頭痛、倦怠感。少し作業すると疲れて眠くなる。口の中が甘苦くて食欲が出ない。

8月2日(火)

だるいがパネルに紙を貼ることから始めて、絵を描き始める。

8月5日(金)

本日までで、コロナの自宅療養期間終了。

8月8日(月)

鎌ケ谷の病院で癌の定期検診。血液検査と肺のレントゲン。

レントゲンの結果が恐ろしかったが、前回と変わっていなかった(画像の目盛りによると縦2mm縮小)。コロナで肺炎になった形跡もないとのこと。

痰がまだ絡んで苦しいと言ったら、私の大嫌いな鼻から入れるスコープをされた。麻酔をしても機械が喉の奥に当たるので吐きそうになる。

喉の奥は赤く腫れているが、薬を出すほどでもないと言われ、結局、コロナ後遺症に対しての薬は無し。

とりあえず癌が悪化していなかったこと、耳鼻咽喉科としてコロナの後遺症はほとんど認められなかったことで、グリーンラベル(ビールもどき)で祝杯。

キッチンの床に寝そべるチョッピー。
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2021年12月25日 (土)

宇野昌磨「オーボエコンチェルト」、三原舞依「レ・ミゼラブルよりI Dream A Dream」 / 笠井久子さん、画集

12月24日(金)

フィギュア全日本の個人的な感想メモ。

三原舞依「レ・ミゼラブルよりI Dream A Dream」。

ヴィクトル・ユーゴーはもちろんその壮大にして愛憎うずまく物語が素晴らしいのだが、私はユーゴ―の絵がものすごく好きなのだ。あの凄み、あの重み、闊達さ、とても敬愛している。

三原舞依選手は不幸や理不尽に打ちひしがれながらも精いっぱい生きる「レ・ミゼラブル」のファンティーヌを演じることを選び、衣装も渋く落ち着いた茶色。とても素晴らしい選択と思った。

妖精っぽさが身上の三原舞依選手だが、このプログラムは運命にあらがう抵抗力、とてつもない芯の強さを感じさせる。

私は彼女のFPよりだんぜんこのSPに打たれる。

駆け寄る姿が激しい希求そのままで、本当に彼女の願いが叶ってほしいと思った。

 

宇野昌磨「オーボエコンチェルト」

右足の負傷の不安。今まで必死に毎日、積み上げてきたものを信じることと、不安、恐怖のコントロール。

不安を意識しないように、冷静になろうとすることさえも意識しないように、集中しなければと必死になることなく、静まる水のように集中する。

ぴりぴりしているのはその場の空気で、彼自身は無表情にスタート位置に着く。

滑りだしてからは彼の世界だった。

朝の公式練習で決まらないままの4回転フリップに果敢に挑んで成功!

音楽に対して表面的にタイミングをただ合わせるのではなく、その情感、深み、無名の色調を共鳴する。

宇野昌磨ならではの、風に震える微物やたゆたう光と影まで見せる豊かな演技。

この危機的な状況の中で、やった!とおのずとガッツポーズが出るほどの手ごたえ。

しかし「うん、うん、」と自分でうなづきながらも、なかなかくだけた笑顔にならなかったのが印象的だった。

フリーでは、思いっきり、その情熱のままにやりきってほしい。

・・・

尊敬する笠井久子さんが私の画集についてブログに書いてくださった。

「福山知佐子さんから、画集「花裂ける、廃絵逆めぐり」を頂いた。チューリップ、タンポポ、アネモネ、スイセン、コスモス………が、朽ちていく様を描い素描が、ページをめくるごとに次々と現れる。花弁は縮れ、葉は捩れ、茎はくねくね曲がっている。彼女が描く鉛筆の線の一本一本を丁寧に見ていると、不思議に私の壊れていくカラダが踊り出す。死に向かって、私は永遠の時間を生きている。凄いな」

akirakasai笠井叡WEBサイト

笠井久子さんは、もう40年もリウマチに苦しんでおられる。

20年前、久子さんが首の骨のたいへんな手術をされた時、病院にお見舞いに行った。

手の指もどんどん変形して、前にお会いした時も、PCのキイボードを叩くのも痛くてなかなか簡単にはいかないとおっしゃっていた。

私も首の筋肉を切除してからずっと首と肩の凝りと頭痛に苦しんでいるけれど、そんな痛みの比ではないだろう。

福山知佐子画集『花裂ける、廃絵逆めぐり』(リンクをクリックすると内容の説明に飛びます)、水声社から発売されました。

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巻頭文:ジョルジョ・アガンベン、論考:水沢勉、鵜飼哲、鈴木創士

自分で構成を考え、たくさんの人に助けられて、何年もかかってやっとできた本です。

ひとりでも多くの方に手に取っていただけたらと祈っております。

 

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2020年9月10日 (木)

チョッピーとプフ2歳の誕生日 / 首こり治療

9月10日(木)33℃

9月10日は2年前にチョッピー(チョビ)がSさんに拾われた日。135gだった。

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ぐったりしていて授乳しても途中で眠ってしまい、ほとんど飲めなかった。おでこが出ていて眼が落ちくぼんでいた赤ちゃんの時のチョビ。

その後、真菌のただれと抜け毛が日増しに酷くなり、9月末には露出した真っ赤な皮膚が痛々しすぎて、長生きはできないと思われていたチョビ。

2019年6月には眼瞼内反症(落ちくぼんだ眼のための逆睫毛)手術もあり、何度も痛くて苦しい思いをしたけどがんばった。

現在のチョビ(チョッピー)。一度もシャーと威嚇したのを見たことがない。おっとりしていて、いつもご機嫌で、とても賢い子。

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細くて小さい寄り眼。猫にしては長すぎる鼻。立派な茶縞のしっぽがチャームポイント。ふかふかで極上のビロードのように柔らかな毛並みはターキッシュバンによく似る。

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私がストレッチのためにSuchmosの「STAY TUNE」をかけるとアンアン!と歌いだし、カカカカカッとクラッキング。なぜかチョッピーは獲物を見つけた時でなくても高くてかわいい声でクラッキングする。

ネズミのおもちゃに目がない。あまりにも興奮して高くジャンプするので危ない。

去年よりもさらに、おでこをなすりつけてきてゴロゴロ甘えるのが激しくなってきた。

チョビと四つ子だけど9月30日に拾われたプフも満2歳。ターキッシュアンゴラによく似ている。

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最近はパイルヘアゴムをジャンプしてキャッチする遊びが大好き(亡きちゃびとそっくり。。涙。)で、私にニャアニャアおねだり。

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赤ちゃんの時からほとんど顔が変わらず、可憐であどけないプフ。

9月9日(水)33.6℃

首と肩が凝りすぎて耳の後ろまで強い痛み。タイレノール(鎮痛剤)やテルネリン(筋肉の凝りを和らげる薬)、レキソタン(緊張を和らげる薬)でも具合がよくならないので久しぶりにマッサージを予約。

午後2時 丸山ワクチン(自分で)注射。

3時  星状神経ブロック(自律神経を副交感神経優位にする)注射。

4時~5時  スケッチブックにあるデッサンの中から数点をコンビニでコピー。

5:20 3か月ぶりにもみほぐしマッサージへ。首と肩甲骨まわりがガチガチに固まっていた。

信頼できる若い女性の治療師さん。三鷹の三平ストア(新宿で闇市から始まった庶民的過ぎるスーパー)を知っているという。新高円寺の三平ストアがもうすぐ閉店してしまうので大ショックだと言ったら、「三平は私が生まれた時からあって。野菜がすっごく安いですもんね。」と。私にとっては西新宿時代からたいそう愛着のある店。今度、ぜひ三鷹の三平にも行ってみたい。

10月、11月のフィットネスを休会。私のように首の筋肉を切除している場合、自分の頭の重みを支えるだけで凝りや痛みが激しいので、運動で肩凝りが改善されることはないとわかった。

マッサージに2回行けばフィットネス1か月分の会費以上になるが、私にとってマッサージは必需。お金がかかるが癌の後遺症の治療費と思うしかない。

9月8日(火)34.2℃

きょうも川沿いの雲と植物を見るために自転車で走る。済美山の周りを上ったり下りたり、1時間ほどで全身汗だく。

色が変化してきたヒメムカシヨモギを撮っていたら「ニャア、ニャア」と高い声で呼ばれ、振り返ると三毛とサビがいた。人慣れしてしてるが耳のカットはされていない。夕方、フードをくれる人を待っている様子。

避妊していないなら、またすぐに産んでしまう、と胸が搔き乱される。

9月7日(月)31℃

台風の影響の雲を見るために川へ。

西の空のすごい速さで飛んでいく雲と、その遠景の精巧な編み物のような、螺鈿のような細かい雲を見ていた。

東の空には虹が出ていた。
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草たちは秋の気配。ジュズダマ、イヌビエ、マコモ、カヤツリグサ、ヘクソカズラ、クズ・・・。

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2020年6月24日 (水)

副腎腫瘍疑いの血液検査結果 / プフ病院へ

https://chisako-fukuyama.jimdofree.com/7-other-flowers-plants/

6月24日(水)

午前11時、ハナ動物病院に電話。プフの診察の予約をとる。夕方6時20分。3日前から食欲がないため。

・・・

副腎腫瘍が疑われた血液検査の結果を聞きに新高円寺のクリニックへ。

アルドステロン 101.5 (基準値 29.9~158)

カテコールアミン3分画ーP 

アドレナリン   0.02(0.10)

ノルアドレナリン 0.11(0.10-0.50)

ドーパミン    0.01 (0.03)

アルドステロンもカテコールアミンも正常値。褐色細胞腫などの内分泌異常の疑いは低い。ほっとする。

18日から発熱し、それから5日間、自己判断でチラジンを断薬してみた、とお話しすると、「え~っ?!!なんでそんな怖いことするの?!」とO先生には珍しく絶叫。

「甲状腺機能亢進のような気がしたから。」と応えると、「神経がすごく細かそうなのに全然細かくないじゃん!」とO先生。「あ、私、いちかばちかのすごく暴力的なとこあるんですよ。」

次に鎌ヶ谷の病院で血中の甲状腺ホルモン濃度を測ってもらえるのは9月になるので、きょう血液採取して検査してもらうことにした。

これで結局、自律神経のせいとしか言えないくらい原因不明になってしまった。

最初の後頭部を強く殴られるような「がん!」という衝撃はなんなのか、と先生の意見を聞く。「ストレスによる血圧急上昇だとしても、こんな「がん!」と殴られるような痛みは、ネット検索しても、くも膜下出血くらいしか出てこない。」と言うと、O先生は「自律神経でも、そういうのもあるよ。」と(適当)。

HDL(善玉)コレステロール 108(40-90)

LDL(悪玉)コレステロール 130(70-139)

中性脂肪 60(50-149)

痩せてるのにコレステロール値が高い、と言われたが、最近はLDL/HDLの比率で診るのじゃなかったっけ?帰宅してから調べるとやはりそうだ。LDL/ HDLが1.5以下ならサラサラなので、私の場合、130/108 =1.2037で十分サラサラだ(来週、O先生に言おう)。

HDLが高いのはオリーブオイルやオメガ脂肪酸をよく摂っているからだと思うが、調べると甲状腺機能亢進でもHDLが上昇すると書いてある。

「私、食生活からコレステロール値が上がることだけは考えられないです。ポテトチップみたいなスナックやお菓子食べないし、ハンバーガーとか一生に一度も食べたことないんですよ。」と言うと、「ハンバーガー食べたこと一回もないの?」と驚かれる。「肉食しないんで。」と言うと最も陳腐な質問、「魚はかわいそうじゃないの?」

「魚もかわいそうですけど、体温の高い生き物、牛や豚は犬や猫とまったく同じなんで。私、革靴も皮のカバンも使わないんですよ。」

O先生、1週間前とは逆に、「運動もやったほうがいいんじゃない?」と言い出した(適当)。フィットネスお休みしてる、と言ったら、「行ったら?」と。今忙しいし、猫の治療費もかかるので自分で運動する、と話すと猫の治療費の高さにまた驚かれる。

「そんなにお金かけてもらって幸せな猫だね~。外でなんにもしてもらえない野良猫もいるのに。」

「外猫を避妊手術するにもお金がかかるんですよ。避妊して耳の先端をカットして、虐待されないように地域で面倒をみるんです。」

ハナ動物病院に治療費を払うことは、太田快作先生が犬猫の命を救うための活動費になる。

O先生はまったく動物の命の問題に無知(ダメじゃん明久)。まあ、関心がない人は、こんなもんなんだろう。

帰宅してストレスとコレステロール値の相関について調べたところ、ストレスによって副腎皮質ホルモンが出、血圧と血糖が上昇し、副腎皮質ホルモンの材料であるLDLコレステロールが上昇してしまうそうだ。どんなに食生活に気をつかっていても、ストレスによって高血圧になるということ。

私の場合、すべての不調の原因はストレスを感じやすい(嫌だと思うことが気になりすぎる)性質にあるのはわかる。

・・・

花輪和一さんに電話。「とりあえず副腎腫瘍じゃなかったみたい。この前、花輪さんに「だいじょうぶなんじゃない?」と言われた時、すごく気が落ち着いた。ありがとう。」と言ったら、「中国経済の動向について滅茶苦茶言ってるって、いつもすごくバカにしてるじゃない~。」と(笑)。

Nちゃんとチナミさんにメール。

・・・

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6時すぎ、プフをハナ動物病院へ。すごく具合が悪そうとまではいかないが、3日前からあまり食べない。水もほとんど飲まない。

パイルヘアゴムを飛ばすと「ウウ、ウウ!」と夢中でキャッチして遊んでいるが。

きょうは夕方6時半から7時の予約が混んでいた。7時まで待合室で待った。

太田快作先生の診断は、おそらくこの時期、なめて毛づくろいした毛(特にプフは長毛でよく抜ける)がお腹に詰まっているのじゃないかと。

輸液と吐き気止めをやっても、今日の深夜になっても食べないようなら、他の原因を考えるのでまた連れて来て、と。

輸液とセレニア(吐き気止め)の(激痛といわれる)注射。6100円。

帰宅後、8時10分、プフ、急にニャア、ニャアと叫ぶ。「お魚クリーム入りドライ」に「総合栄養食ちゅーる」をかけてやったら、半分ほど食べた。

まだまだ食べる量が少なすぎて心配。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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