悩み 苦しんでいること

2020年6月26日 (金)

猫たちのこと / ストレス

https://chisako-fukuyama.jimdofree.com/8-cats/

6月26日(金)

プフ(♀)、性格は大人しくて神秘的だが、ネズミのおもちゃや飛ばせたヘアゴムを捕まえるのが、ものすごく(真剣に)好き。

Sdsc01505

24日(水)にプフが食べなくなったことで病院に連れて行き、太田快作先生の診断は毛が胃腸に詰まっているということだったけれど、プフのうんこに毛は混じっていない。

輸液と吐き気止めを打ったあと、夜8時にほんの少しだけ食べたけれど、その後もずっと、カリカリとちゅーるをあげてもほとんど食べてくれず、たいへんな病気だったらどうしようと私の身も細る心配が続いた。

まだ2歳にもならないのに、こんなに心労があるとは思わなかった(前のちゃびは17歳までなんの心配もなかった)。

ピンクのパイルヘアゴムを持つプフ。
Sdsc01545-2

朝5:30 金のだしカップとカリカリ、普段の半分食べる。

11:00 総合栄養ちゅーるとカリカリ 少々。

11:20 うんこ 細い。普段の半量。

パイルヘアゴムを私が飛ばし、跳んでキャッチする遊びを30分以上。とても楽しそう。

15:30 トイレのタンクの上に寝ている。流してやると4日ぶりにトイレのタンクの上で水を飲む。ああ、やっといつもどおりに戻ったかな、と思い、ほっとする。まだまだ食べる量が少ないので注意。

・・

チョッピーの異嗜(異食)の問題。やたらとビニール袋やゴムを食べ、PCのUSBコードなどもガリガリに齧ってしまう。

太田快作先生から「開腹手術になれば20万円以上かかり、それで命が助かればいいけど助からない場合も多い」と言われ、家中のビニール袋を隠すことを始めた。

今までチョッピーの吐瀉物やうんこにビニールの切れ端やゴムが混じっていたことはよくあった。しかし、たまに吐くが食欲不振にはならないことで安心してしまっていた。今まで体外に排出していることが奇跡なのかもしれない。もっと必死にやらなければ。

きょう、チョッピーは全粒粉パスタ(乾麺)をガリガリと齧っていた。運動不足などのストレスがあるのかも。疲れるくらいまで遊ばせないといけない。

チョッピー(チョビ♂)、性格はきわめて温厚かつ好奇心旺盛でお茶目。

ちゅび(大きなお兄ちゃん)にちょっかいを出してドタバタけんかして遊ぶ時も、ちゅびは必ずシャーッと威嚇して逃げていくのに、チョッピーがシャーッと言うのを見たことがない。チョッピーは生まれてこのかた誰にも威嚇したり怒ったりしたことがない。

Sdsc01636-2

・・・

昼、Iさんから電話。「からだだいじょうぶ?俺がコロナになったら絶対死ぬって言われてるから。」「私もそうですよ。肺に癌があるから絶対死ぬと思います。極力人と距離をとって、人のいないところにしか行かないようにしてます。」

どうしてそのあとに「食事しない?」となるのかが理解できない。

私は7月の頭まで特に忙しい、と言っているのに。なぜ30分以上も(私にとってはまったくの)無駄話をして、用件をこの電話で言わないのかが理解できない。会わなければ言えないような用件はないはずだが。

私にとって最もストレスになるのはつまらないことにつきあわされること。

・・

近所で偶然見つけた捩花(モジズリ、ネジバナ)の撮影。

6月25日(木)曇り23℃

すごく肩が凝って(筋肉が勝手にぎゅっと凝縮してくる)具合が悪かった。テルネリン(筋肉弛緩剤)を飲んだら、(前に5回ほど飲んだ時は快適だったのに)きょうはなぜか気持ち悪くなって横になっていた。

血圧は122-82くらい。正常。

気圧が低下すると頭痛になるという人がいるが、私の場合は当てはまらないと思っていた(私は雨、嵐、曇り空が好きなので)。が、偏頭痛は気圧に影響を受けるという。やはり病名としては偏頭痛となるのか?

夕方5時過ぎにビール(発泡酒)を飲んだらリラックスして楽になった。

・・

プフのことがすごく心配。

夕方5時半と6時過ぎにカリカリを少し食べたが量が少ない。

もう一度ハナ動物病院に連れて行くべきなのか、レントゲン撮られて手術になったら・・と心配で、胃と眼の奥が痛くなる。

|

2020年6月17日 (水)

鵜飼哲さんとスカイプ / 血液検査と星状神経ブロック

https://chisako-fukuyama.jimdofree.com/pencil-drawing-watercolor-painting-1-tulip-anemone/

6月16日(火)

鵜飼哲さんと夜10時にスカイプのお約束をいただいていた。

次の本についての相談。

画集をこの秋に出すべきか来春まで伸ばすか迷いもあったのだが、コロナを含め、あらゆる状況がどうなるのか一切読めないので、出せる時に出しておくほうがいいとのこと。

イベントのことなども心配してもしかたないので、とにかくやれることをやれる時にやること。

鵜飼さんが退職とともに遠くに引っ越しされることを聞いてショックを受けた。頻繁にお会いするわけではないが、近くにおられるだけで何か安心していた。

時がどんどん過ぎていく。

6月17日(水)

新高円寺のかかりつけのクリニック(脳神経科はないが頭痛には対応している)に星状神経ブロックと今回の頭痛の相談に行く。

Sクリニックの待合室はコロナ対応でずいぶん変わっていた。待合室のベンチがひとり分のスペースごとにプラスチックの板で仕切られ、背中部分もプラスチックの板で遮断されていた。待っている人数も4人くらいで通常の2割くらいしかいなかった。

今回の頭痛発作の経過とかかったクリニック、薬のメモを渡す。先生も看護師さんも住友3MのN95マスク。

O院長先生はまず私の血圧を疑った。その場で計測すると上が180超あった。家から5、6分の距離を歩いて来ただけで、どきどきして明らかにおかしい。

なぜこんなにも血圧が急上昇するのか自分でもわからない。私は4歳くらいから肉食をしていないし、魚と野菜と果物、オリーブオイルやDHA,EPAも採っている。塩分控えめ。ジャンクフードも甘いものも食べない。162cm、47kg。内臓脂肪は平均より少ない。ストレッチもしている。

「自律神経かなあ。あなたの神経の細かさは異常よ。」と(毎回のことだが)言われる。「はい・・」としか言いようがない。

「カテコールアミンが高くなってるかもしれないから血液検査をしていい?もしかしたらお腹の腫瘍(褐色細胞腫)かもしれない」と、考えていなかった病気を出されて少し不安になる。

その前に動脈の硬さをみる検査。仰向けに寝た状態で両手両足の血圧を測定するとやや高めだが正常範囲だった。

星状神経ブロックのあとに検査のための血液採取。結果は一週間後になるそう。

「自粛期間中、特にがんばって運動をしていたんですよ。かえって悪かったのかな?」と言ったら「やんなくていいんじゃない?もともと運動なんてやってないでしょ。」と。しかし元気に運動できていた時は、確かにこんなにどきどき頭がほてっていなかったはずだ。

帰宅してから褐色細胞腫について検索して恐ろしくなった。

高血圧になる病気を調べて、もしかしたら常用しているチラジンの量が過剰で甲状腺機能亢進症なのかもしれない、とふと思った。チラジンの量を少し減らして、それで血圧が安定して普通に戻ればいいのだが・・。

 

 

 

|

2020年5月29日 (金)

太田快作先生の「ザ・ノンフィクション」、プフの眼、阿佐ヶ谷、薔薇

5月13日(水)

きょうも阿佐ヶ谷北を自転車で走る。馬橋公園のそばの薔薇で溢れるお庭。
Sdsc00595

高円寺に25年も住んでいて初めて阿佐ヶ谷の五叉路に気づく。すぐ近くの欅屋敷と河北病院の辺りは散歩していたのに。知らないところがいっぱい。どれだけ狭い習慣の中で動いていたか。

それも、コロナで自粛になって自転車で人のいない通りを選んで(体力持続のために)走り廻るようになってわかったこと。

阿佐ヶ谷教会の辺り、私の琴線に触れる絵になる家が多い。
Ssdsc00558

この四角い敷石、とても懐かしい。
 Ssdsc00635
アメリカの西海岸のようなペンキのドア。
Sdsc00637

早稲田通りに近いところの古い看板。(消えた文字は「装」と「アクセサリー」?)ざらざら、かすれと腐食にものすごく身体が反応して興奮。

自分にとって重要なこと(マチエール)を言語ではなく身体で考えることが沁みついている。自分が夢中になることは、おそらくほとんどの人からはまったく理解されない感覚だろう。

Sdsc00606

5月14日(木)

プフ、まだかすかに残っている目薬をさしてやるが、目やにがよくならない。日によって涙の量が違う。赤茶色の涙の跡が酷い日とそうでもない日がある。
Dsc00662-2

5月15日(金)

夕方6時頃青紫の薔薇を撮る。午後3時頃に撮るよりずっと深い、私の眼の感覚に近い色。
Sdsc00676 

長くなった髪を自分で切る。後ろの髪を前に引っ張りながら。背中の真ん中より下だったのを15~20cmほどカット。もともと年に一度くらいカットモデルで切ってもらうくらいしか美容院には言っていないのだけれど、美容院で切ってもらうよりも自分で切ったほうが気持ちいい。

5月16日(土)

快作先生にプフの眼の状態の画像添付してメールを出す。

・・

雨の中で薔薇を撮る。ひしがれた花。雫の冷たい感触。冷たい雨の中の花を撮ること自体よりも、そこの身体感覚を絵にどう描くか。

Sdsc00721

5月17日(日)

ハナ動物病院の太田快作先生の「ザ・ノンフィクション」後半。

快作先生と実際に関わる体験であまりに多くのことを感じ、考えた。私の命だった愛猫ちゃびが20歳で亡くなるまでの数年を快作先生にお世話になり、そのあとも、新たに3匹がお世話になっている。

私と20年一体だったちゃびも、今、私と一緒にいるちゅび、チョッピー、プフの3匹も、生後一週間から10日の赤ちゃんの時に捨てられていた、あるいは落ちていた猫だ。

苦しい、深い想いが激しすぎて、簡単に番組の感想など言えるはずもない。感動したなどと軽く言えるわけもない。

快作先生は人間がかえりみない動物の命を救うために人生を捧げていて、どんな誹謗中傷にも負けない信念を持った人。

ほっておいたら凄惨に命の短い野良猫を、ただ「見て癒される」と言ってしまう人には、どう言葉にしたらいいのかわからない。

少なくとも私は耳がカット(避妊手術したしるし、TNR 避妊手術してから元の場所に戻して地域で世話)されていない野良猫の写真を、「いいね」「かわいいね」とはとても言えない。逆に焦燥で悪寒がして具合が悪くなる。

(外気温、菌、ウイルス感染などなどによって)あっという間に死んでしまう野良猫(特に体力や免疫のない子猫)や、多頭崩壊で飢えて共食いしているような犬猫を救うために、身を粉にして無償で働いているボランティアの人たちがいることを知ってほしい。

野良猫の命、動物の命に関しては、自分なりの言葉が見つかり次第、少しずつ書いていくしかできない。

・・

きょうも松の木あたりを自転車で走る。廃屋らしい古い建物を見つける。

5月20日(水)

暗渠をたどって阿佐ヶ谷の中杉通りまで出て、きょうは中杉通りを渡って天沼のほうまで走る。

中杉通りを渡ると、来たことのない場所ばかり。

ルドゥーテが描いたそのもののクラシックなかたちの薔薇。

Sdsc00823-2

さりげなく素敵な生け垣と庭。
Sdsc00837

急にぽっかりと広い空間に緑の蔦の家。高円寺からほんの2、3kmの距離でも、高円寺よりはるかに住宅が密集していない場所があることに驚く。

Sdsc00849
その斜め向かいに民間信仰の石仏を集めた場所。

Sdsc00851 

「宝永元年(1704)銘・元文5年(1740)銘の庚申塔、享保15年(1730)銘の地蔵塔、宝暦9年(1759年)銘・享和3年(1803)銘の百番観音供養塔です」「「お地蔵様」と呼ばれて人々に親しまれている地蔵菩薩は、人間の苦を除き楽を与え六道衆生を救済する仏として信仰を集めました。また、境の守護と村の安全の守護を行う仏ともされ、村境や辻に多く造立されています。」

「なお、石塔隣の区画整理記念碑は、整理の完了した昭和13年に建てられたものです。」と区のHPより。

5月22日(金)

プフの眼、まだ涙と赤み、とれない。少し良くなったかと思うと、すぐに赤茶色の目やに。
Sdsc00871

5月23日(土)

夕方、善福寺川まで自転車で行く。

川への坂を下る途中の、高原にあるような水色の木でできた家。
Sdsc00900

緑地の中の誰もいない木陰で運動。ネットニュースで知ったHIIT(High Intensity Interval Training)。私が通っていたフィットネスの30秒運動×8種×3周を超コンパクトにした運動。正直、これならそんなにきつくない。

 

 

|

2019年11月 6日 (水)

アミアタ山の猫を救ってください Please rescue the cats on Mt. Amiata!!!

11月6日

動物を愛するイタリアの皆さん、どうか、アミアタ山の山頂の猫たちを救出してください。

イタリアに住む日本語がわかるかた、どうかアミアタ山の頂上に捨てられた猫たちのことを考えてください。

去年の猫たちのほとんど全部が冬を越せずに死んでいます。

冬を生き残ったたった2匹の猫が、春夏に繁殖をくり返しています。

猫たちは暖かい寝場所も与えられていず、ただ食べ物だけを与えられ、避妊もされていません。

どうか、どうか、アミアタ山の猫たちを救出してください!

Everyone who love animals in Italy,

Please rescue the cats on Mt. Amiata!!!

Most of the cats that lived last year died without passing through the winter.
Ten new kittens are born again in spring and summer.
They are not given a warm place, they just get food. They are not contraceptive.


Please, please rescue amiata mountain cats!!!!

Sdsc01238-fileminimizer-2

Sdsc01301-fileminimizer Sdsc01736-fileminimizer-002

Sdsc01386-fileminimizer Sdsc01706-fileminimizer-002

Sdsc01401-fileminimizer Sdsc01674-fileminimizer-002

・・・

親愛なるENPA  Amiata Grossetana - zona monte amiata(イタリア国立動物保護局 アミアタ山管轄)の
ラーラ・バンチーニ様

どうか、どうかアミアタ山の猫たちを救出してください!!

どうかあの猫たちを凍死させないでください!!

猫たちの生死は、あなたの慈悲にかかっています。

あなたは若く美しい。あなたは猫を救出するための協力者を集める力がある。

捕獲器が足りない(1~2器しかない)というのなら、本部から借りてきてください。
ボランティアが足りないなら、どうしてSNSで募集しないのですか?

あなたは若くて能力もあるはずです。

あなたは国立動物保護局アミアタ山支部の会長なのですから、どんな手段を使ってでもアミアタ山の猫たちを救ってください。

私は昨年、アミアタ山の頂上でたくさんの子猫たちを見ました。

その中に20歳で死んでしまった私の愛猫にそっくりな子を見つけました。
私は万難を排してその子を日本に連れて帰りたかった、けれどできませんでした。

今年、私が愛したその子はどこにも見えません。
その子猫は冬を越せずに死んでしまったのでしょう。

私は死ぬほど悲しいです。

猫が生まれて1年も生きられないで死んでいくことに私は耐えられません。

どうか猫たちが凍死する前に救出してください!

私はあなたの動物たちへの愛情を信じます。どうか・・・どうか!お願いします。

 

Dear Lara Banchinii,

Please, please rescue the cats on Mt. Amiata!!

Don’t freeze them!!

The Life and death of cats depend on your mercy.

You are beautiful and young.
You should have the power to gather collaborators to rescue the cats.

If you do n’t have enough catchers, borrow from the headquarters.

If you don't have enough volunteers, please recruit on Facebook.

You are young and have potential.

Because you are the president, use any means to rescue the amiata mountain cats.

I saw many kittens at the top of Mt. Amiata last year.
In it, I found a kitten that looks exactly like my dead cat at the age of 20.

I wanted to take the kitten back to Japan, but I couldn't catch it.

This year my beloved child is nowhere.
The kitten died without passing the winter.

I'm so sad to die.

I just can't stand the breeding cats that can't live for a year!!

Please rescue the cats before they freeze to death!!!

I want to believe in love for your cats

Please…please!!

 

Chisako Fukuyama

 

 

|

2019年6月11日 (火)

チョビ 眼瞼内反手術後、下痢

6月5日(水)

朝、クロラムフェニコール(目薬)。ラリキシン+ピルポケット。

11時ラリキシン。食事。プラノプロフェン(目薬)。

12時過ぎにトイレでひどい下痢。トイレ、床、チョビの足をきれいにするのがたいへんだった。

ドキシサイクリン(抗生物質)が合わないのか。

14時過ぎ、おなかがすいたらしく「にゃあ!にゃあ!」とおねだり。だがいつもの3分の1も食べない。

夜、ミヤリサンをピルポケットで食べさせてみる。

が、深夜0時過ぎにまた下痢。

Sdsc00343

Sdsc00340

6月6日(木)病院定休日

ピルポケットが嫌になってきたようで口から出してしまう。

そのままでは頭を押さえるのが困難なため、エリザベスカラーをはずして保定し、薬を飲ませる。

病院に電話し、私の明日の癌の定期検診の予約を2週後(チョビの抜糸後)にずらしてもらう。飲み忘れで余っている薬が2週間分ほどあったので良かった。

朝、ミヤBM、ラリキシン+ピルポケット。

13時下痢。下痢した後におねだり。

17時下痢。

夜、ミヤBM、ラリキシン+ピルポケット、ドキシサイクリン+ピルポケット。

クロラムフェニコール(目薬)5~6回。プラノプロフェン(目薬)3回。

Sdsc00339

6月7日(金)大雨

17:30病院へ。下痢がひどいことの相談。抗生物質は眼には効いているので、下痢しても8日間飲み切らせるように言われる。

ドキシサイクリンは食欲不振や吐き気も出るとのこと。

おしっこの量が少ないと言ったら輸液される。

下痢をする前、トイレで何度も砂を掘り、くるくる位置を換えるのを異常に長く(5分くらいも)やっている。おなかが痛くて落ち着かないのだろう。

トイレ砂を掘り出したらすぐに飛んで行って傍らで待ち、足につかないように、終了した瞬間を見極めてさっと抱き上げ、始末する。

6月8日(土)曇り、小雨

ミヤBMを朝晩飲ませてもおさまらず2回下痢。

6月9日(日)小雨

ミヤBMを朝晩飲ませてもおさまらず2回下痢。

6月10日(月)大雨

朝9時に下痢。

誰かに見ておいてもらわないと心配なので、病院にペットホテルの予約をしておいたが、酷い雨と、手術前の緊張と恐怖を思い出すだろうことがかわいそうで、予約キャンセル。

12時にまた下痢。

下痢で部屋中汚されてもしかたない覚悟で14時半に私は家を出、「毛利武彦詩画集『冬の旅』出版記念展」の阿部弘一先生の詩の朗読会へ。

20時に帰宅。便はしていなく、私の布団に寝ていた。

夜、ついに最後のドキシサイクリンを飲ませ終わり、ほっとした。

手術そのものの成功も心配だったが、術後の感染症や下痢でこんなに悩まされるとは想像していなかった。

チョビ、まだ1歳にもならないのに、ずいぶんいろいろ苦労していてかわいそう。

Sdsc00209

 

私のバッグに入るのがお気に入りのプフ。

Sdsc00200

6月11日(火)

朝薄暗い時に目を覚ますと、2匹がぴったり私の左横にくっついて眠っている。ほんとうにかわいい。

今日から目薬2種類のみ。

12時に下痢したが、少しかたちになってきた。

花輪さんに電話。無事、書類届いたとのこと。私が猫に必死になっていることを話すと傷つけてしまうことがわかっているので、少しだけ話す。

 

 

 

 

 

 

|

2019年6月 5日 (水)

チョビ、眼瞼内反の手術。目やにひどくなる

6月2日(日)

チョビの眼瞼内反の手術当日。

きょうは日曜なので動物病院は12時に受付終了なのだが、11:40くらいにチョビを連れて行ったら、とても混んでいた。

預けるのを待っている間、いつもはすごく我慢強いチョビが恐怖で声も失くして固まり、わき腹がドドドドドッと超高速の鼓動で波打っているのがすごくかわいそうで「チョッピー、だいじょうぶだよ~」と話しかけながらずっと撫でていた。

12:20頃、受付に呼ばれた。きょう3番目の手術だから遅くなるそうだ。

私は自宅待機のあいだ、掃除をしたが、夕方、朦朧としてきて少し眠ってしまう。

ずっと電話を待っていたが来ないので19:20にこちらから電話してみたら、まだ前の手術が終わっていないと言われる。ずっと待たされて恐怖しているチョビを想像し、胸が苦しくなった。

結局、22:40に「もう目がさめてるので迎えに来てください」との電話がある。会計の時に聞いたらきょうは緊急の手術が何件も入ったとのこと。先生も看護士さんもほんとうにたいへんだ。

2日後の火曜に一度診せに来るよう言われる。

左眼の下の切ったところ、青い糸で縫ってある。自宅に戻ったのは23時頃。前足にも落ちた血が付着していて生々しい。

すぐにエリザベスカラーをつける。ふらふらして後ずさりしている。

3匹でどたばたして傷が開いたらたいへんなので、野生児で暴れん坊のちゅびを友人宅に預かってもらうことにする(ちゅびが地下鉄の車内で大暴れしソフトキャリーを破壊して飛び出そうとしたそうで友人は23:30に戻って来、ハードキャリーに入れ替えて再出発)。

「チョッピー。」となでるとゴロゴロ。カリカリとちゅーるを少々食べる。

ラリキシンをピルポケットに包んで食べさせたら薬だけ舌で出したが、なんとか口の中に入れて呑み込ませる。

布団の上に来ずぐったりと床の上に寝ている。

23:40くらいから少し元気になり食欲が出てくる。水を勢いよく飲む。

1:40頃、麻酔が切れたのか、とても元気にばたばた転がり、両前足で引っ張ってスポッとエリザベスカラーを抜いてしまった。

2番目のホックにしても、また同じようにスポッと抜いた。

3番目ではきつすぎないか心配だったが、今度はジャストフィット。しかし筒の角度が狭くなり、非常に食べにくくなった。

撫でるとゴロゴロの音が激しくなった。呼ぶと声を出さずにしっぽでお返事。

プフ、いつもと違うチョビの姿を見て神妙な顔になり、あまり近づかない。私にはくねくねゴロゴロ言って甘えている。

・・

私、昨夜から寝ているあいだずっと、咽喉に大きな固い飴玉のようなものがつかえている痛みがあった。寝る前に大きな錠剤を水無しで飲んだのだっけ?と思った。

朝、起きてお茶を飲んでもつかえがとれない。咽喉の前側の筋肉が硬直しているのだ。咽喉頭異常感症?

緊張による肩凝りはいつものことだが、咽喉が狭く硬直したのは初めて。

6月3日(月)

8:30チョビ、良いうんこ。輸液した分、おしっこ大量。

9:10眠そうなうちにピルポケットでラリキシン飲ませる。

10:10カラーの広がりが狭いので、カリカリやちゅーるがカラーの縁に付いてしまう。

12時から私のふとんで気持ちよさそうに眠る。撫でるとゴロゴロ。

夕方からプフとチョビ、私の脚の上でいつものようにべったり抱き合って一体化して眠る。エリザベスカラーを怖がらないプフ、いい子。

Sdsc00030

チョビは手術でよほど疲れたのかほんとどずっと眠りっぱなし。プフも大人しく、いつものように2匹でレスリングしないので安心。

21:40ピルポケットでラリキシン飲ませる。

カリカリとウェットの総合栄養食を食べる。量はいつもよりずっと少ない。水をほとんど飲まない。

・・

私、咽喉の硬直が元に戻らず、お茶を飲む時に固い塊を無理に嚥下するかのような(昨日より強い)痛みを感じた。

明らかに咽喉の筋肉が不自然に硬く委縮している。脳神経の病気?と不安になる。

チョビの容態は落ち着いているので、私はそれほど緊張していないはずなのに、自律神経が狂ってしまったようで、額や手の甲からぴりぴり沁みる汗がふき出し、突然に鼓動が速くなったりした。

午後にレキソタンを飲み、夜にゆっくりお酒を飲んでいたら徐々に治ってきた。

6月4日(火)

チョビ、朝、ゴロゴロ言いながら私の胸の上に乗っかってくる。私の顔に勢いよく鼻や口をつけようとしたので、エリザベスカラーの(小学校時代の下敷きのような固い)縁が私の頬や咽喉に何度もぶち当たる。

そのあと私のタオルケットを掘り、私の股に入ってゴロゴロ言いながら眠る。

プフも私の左横で、私の腕に横っ腹を、肩に顎を乗せるようにしゴロゴロすやすや。

あまりの心地よさに、ついまた眠りこけてしまい、目が覚めたら昼近かった。

チョビの左眼を見たら、昨晩とは劇変してべたべたした目やにで蔽われていて、目頭の黒い塊も大きくなっていたので一気に不安になる。

しかもラリキシン経口投与に失敗。とりあえず食事させて診療を待つ。

16:30動物病院の診察。

「目やにがひどいね。おかしいな。手術うまくいってるんだけどな。感染症かな。」と言われる。

その場で午前の分のラリキシンを飲ませてもらう。もう一回は深夜1時頃に飲ませるようにとのこと。

さらにドキシサイクリン(抗菌薬、一日1回)とクロラムフェニコール(抗生物質の目薬、一日5~6回)が増える。

クロラムフェニコールとプラノプロフェン(抗炎症の目薬)は20分以上感覚を開けて点眼すること。

18:00クロラムフェニコール。食事。斜めにした器から水を飲む。

プフとチョビのおしり周りの毛を、眠っているあいだになるべく短くカット。

20時プラノプロフェン。

21時クロラムフェニコール。

22時プラノプロフェン。

23時クロラムフェニコール。

23:20食事。

23:25ドキシサイクリン+ピルポケット。

23:50ついにいつもの大運動会が再開される。元気が戻って来た。

0:10疲れて眠る。

1:00ラリキシン+ピルポケット。

「だいじょうぶ?目、痛くない?」と聞くと「にゃん!」とお返事。目やにが出ていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

|

2019年5月30日 (木)

チョビ、眼瞼内反、毛玉を切る、Hさんと会う

5月29日(水)

きのうよりいちだんとチョビの目やにが酷く、目の周りが真っ赤になっていて「瞬膜」も被っていたので、重篤な細菌感染の炎症かと焦って、また病院へ連れて行った。

「毛が伸びるのが速いね。酷い内反。」と言われ、また目の下の毛を抜かれる。

目が膿んで潰れてしまったらどうしよう、と焦ったのだが、眼球が膿むことはないという。炎症による失明を悩むほどではないらしいが、赤くなった目の周りはとても痛々しい。

12日の手術の前に、週に一度は目の周りの毛を抜いたほうがいいとのこと。

チョビは135gで地面に落ちていて、母親のおっぱいの味もちゃんと味わえないまま、うちの子になった。哺乳瓶からまともにミルクも吸えず、真菌で身体中の毛が赤剥けになって、病院でも「ちょっと目を離したすきに死んでいてもおかしくない」と言われていたような子だ。

Chyobi2

2018年9月10日のチョビ。

Chyobi1

体重が少なすぎるために抗生物質も飲ませることができず、抗菌シャンプーで真菌を落とし、ドライヤーをしたらぷるぷるして心臓が止まってしまいそうだったちっちゃな赤ちゃん。

小さい時から苦労したせいか、3匹のなかでもっとも我慢強く、ドライヤーや掃除機の音も怖がらない穏やかで優しい子。

そんなチョビが愛おしくてたまらない。

なにがあっても、守ってあげるからね。

5月25日

長毛の子と暮らしたことがなかったので、毛玉がこんなに固い石のようになるとは想像もできなかったが、調べると猫にとってかなりのストレスで、皮膚炎の原因にもなるらしいので早く対処したほうがいいようだ。

百均で売っている先の丸いちっちゃな鋏(鼻毛切り?)が猫の毛玉を切るのに使える、という情報があったのでさっそく挑戦してみる。

私の膝の上に乗って来て、うっとりゴロゴロ眠そうにしている時、バンザイさせるようにして、プフの脇下の固い毛玉を確かめながら、鋏の刃を皮膚と平行にして3mmくらいカット。

それをくり返し、毛玉の半径くらいまで切り進んだら、そっとサキイカを裂くように縦に毛をほぐしながら、さらに少しずつ切っていく。

大きな毛玉石の癒着していた部分の毛をすれすれまできれいにカットすることに成功。

下の皮膚は少し痒くなっていたようで、固い瘤が無くなって、とても気持ちよさそうにうっとりゴロゴロ。

同じようにチョビの脇の下の毛玉石もカット。

5月24日

きょうから急に気温が上がり、夏日になる。

Hさん(スケッチを趣味にしている人)と初対面。

午後3時からHさんとお会いするのに合わせて友人に自宅に来てもらい、私が留守のあいだ、3匹を見ていてもらうようにお願いした。まだ1歳にならない3匹を数時間もほっておけないので。

5月22日のチョビ。左眼が目やにでしみになっている。

Sdsc09753-3

5月20日

チョビの目やにがまた酷くなっていたので、きょう、また病院に連れて行ったら、6月12日に眼瞼内反の手術をすることになった。

チョビの左目にやたら目やにが多くなってきたのは4月の後半。動物病院で最初クラミジアと言われ、抗生物質を8日間飲ませたが治らないので、また連れて行ったら、逆まつげと言われ、目の周りの毛を抜いてもらった。

帰宅してからネットで猫の逆まつげを調べ、眼瞼内反の手術について知りショックを受けた。なんとか自然に治らないかと祈っていたのだが。とにかく手術するしかないようだ。

チョビはまだ9カ月だ。全身麻酔で身体に負担をかけるのが心配。

快作先生が「(目のかたちが)少し変になるかもしれないけど」と言ったのも心配。

とりあえずさらに目の周りの毛を少し抜いてもらった。

チョビとプフの脇下のあたりの毛が、気がついたら石のような塊になって癒着していたことについても相談。私が鋏で切っていいか尋ねたら、「うまくやらないと皮膚まで切ってしまうかもしれない。トリマーに頼むと1万円くらいでやってもらえる」と言われて困惑。

 

|

2019年2月 4日 (月)

私をナルシスティックな欲望の道具にする人

2月3日

私に共感してくださるかたは、どうか私の絵を見てください。お願いいたします。

私がずっとどんな仕事(絵、文章など)をしてきたか、知っていてくださるかたがいるということが、私を支えてくれます。

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/japanese-style-paintings-1-膠絵/

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/pencil-drawing-watercolor-painting-1-tulip-anemone/

私は緘黙気質で、自分を強く前面に押し出していける性質ではありません。過敏で緊張が強く、考えすぎ、躊躇、逡巡して悩む性格です。

私の絵や文章は、私の生きづらさから生まれているものだと思っています。

ほとんど孤絶して、苦しみながら生み出されいる絵だからこそ標的にされ、このように「知る人ぞ知る画家」と書かれて道具にされたと思うと、苦しくてたまりません。

「私のものを自分のものと思い込む人」では誤解を生むので、「私をナルシスティックな欲望の道具にする人」と言ったほうが、より正確かもしれません。

もちろん「私のもの」と書いたのは単に枯れ花を描くことではないです。

彼は最後のメールで「福山さんの枯れ花への独占欲のようなものが理解できない。怒りを感じる。」と書いて来ました。

これについては、私が意見を聞いた複数の第三者の誰もが、この世にたくさんある枯れた花を描いた絵の中で、彼の絵だけが著しく、私の描いた絵に似ている、と言ってくれました。

他人との差別化には必死になりながら、私の絵に「似すぎていると自覚している」絵を発表、販売して、自分が私に与えている苦しみは理解しない、という彼の思考の構造が、私には理解できかねます。

「収奪」とは、自分の欲望を満たすことが他者を苦しめることに直結している、それでも平気で自分優先でやる、という意味です。

・・・・・・・・

今、トラウマが蘇り、苦しんでいる(2010年~16年に苦しめられた)パクリストーカーNも、私を彼のナルシスティックな欲望の道具にしていたという意味では同じです。

Nにも会ったことはありません。2010年に彼から熱烈な長いメールをもらいました。

「画家として、人間として純粋に生きようとされている福山知佐子氏の強さと繊細さ」

「物事に鋭くて、異次元のような、知的な世界をお持ちの方」

「是非ともお会いしたいです!画家として、人間として、真の芸術家の空気に触れてみたいと思います」

「先生の花は狂おしくて、病的な筆致、緻密で繊細、妖しくも格調高く、優雅なエロティシズムに満ちています。なにより、植物への愛情、その純度の高さにただ敬服します。」

「福山さんの誰よりも純粋で、(多分、誰しもが理解、共有しえない)研ぎ澄まされた少女が持つような刃は、稀有だと思います」

けれどNは一度も、メールに書いてきたような言葉を、N自身のブログに私の名前とともに書いて、公にしたことはありません。彼のブログの読者には、私に惹かれていることを隠していました。

そのうちNは、私の書いた単語、言い回し、言葉の癖、好きな画家や愛読する作家、親密にさせていただいている芸術家の名前、好きな植物やものの名前までなにからなにまで真似てブログを書くようになりました。

彼に意味が理解できないだろう言葉や、読めるはずもないだろう作家の名前が目につくや、すぐに跳びついて写していました。

彼はあるがままのNとは似ても似つかない人に、ブログでなりすましているかのようでした。

言葉では語りがたいものをなんとか言葉にしようと、私が苦しんだ残余としての断片や言い回しが、何も考えていない彼に有頂天になる道具にされること、

私が自分に戒めている「自分が実感としてわからないことを、わかったように書かない」という自制の上での言葉が、

逆に、Nが知ったかぶりをして陶酔するために利用されていることが、気持ち悪くてたまりませんでした。

「現在を生き、常に事物(もの)の本質に迫り、また事物の深淵へと眼差しを向ける一人の画家のヴィジョンは、(いつまでも)私のヴィジョンにさえ、波紋のように静かな影響を与え、新たな風景を垣間見せてくれる契機となっていた。」

と、Nが私の名前をふせて書いているのを見て、私はぞっとしてしまいました。(実際の私は一度も本質主義など語ったことがないので、余計に気持ち悪いです。)

彼に、私の書く単語、固有名の後追いや、言い回し、言葉の癖などを真似するのをやめてください、と告げても、Nは私に言われている意味が理解できませんでした。

彼はすべて「無意識」で、ほぼ条件反射のように、夢中で真似ていたらしいのです。

いつのまにかNは、私よりはるかに偉い態度をとるようになっていました。

私は、話がまったく通じない相手にストーカーされている恐怖で心身ともに病みそうになりました。

Nは、自分が私のものを見て真似ている、という事実を認識できていなかった、と2016年に認めました(私への横柄で傲岸な態度は崩しませんでしたが)。

強く惹かれている相手のものをそっくり真似する人は、現実よりも、他人や自分に言い張っている嘘のほうを信じる、と私はNの経験から思いました。

|

2019年1月30日 (水)

激しい怒りの長い長いメールをもらった

1月30日

(私はPCしか持っていないのですが、スマホではサイドバーが見えないそうなので、今年から)署名として自分の絵のホームページを載せることにします。

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/pencil-drawing-watercolor-painting-1-tulip-anemone/

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/

・・・・

前回のブログに書いた事実について、若い学生画家は私に激怒し、

「返信しないつもりでしたがやっぱりこれを最後にします」という一方的に上から目線の、私に対する激しい怒りを、えんえんとぶつけてくる長い長いメールをよこした。

彼の自己正当化だけを書きまくって、これで終わり!「何を話し合うのか、会う目的がわからない」と言う。

美人画をやっていた彼が、急に私にそっくりな絵を描いているのに気づいて吐き気がするほどショックを受けた私の苦しみには、彼は一切興味がないそうだ。

私の苦しみには興味ないが、私の苦しみから生まれている絵の表面には、ついつい似すぎた絵を描いていまうほど利用しやすい道具として興味があるのか。

「福山さんの考えかたが好きでそれこそ『深層部に至るほど』の衝撃を受けました」と、彼はまた書いて来ているが、

私は、つきあいのある画家に対して相手が不快に思うレヴェルまで似ている絵は発表も販売もしない。

そんな失礼で、恥知らずなことはできない。それが私の「考えかた」であり、私の神経だ。

私は好きな作家に関しては、その人の名前と、作品のどんなところが好きかを、なるべく自分の言葉でブログ(公)に書くようにしている。

言葉に書くのが難しくても、その人の名を出して書くことが、その作品と作家が生き延びるチャンスであると思うからだ。

「他者」とは語り得ないものだが、それでもなお、相手の作家の名を出して、語り尽くせないものに対して言葉を尽くそうと努力することが、「他者」からの「贈り物」に対する「礼」ではないかと私は思う。

彼は私の絵も「考え方」も好きだといいながら、私の気持ち、作品の命を尊重する気はまったくないと言う。そういう感覚が私にはまったく理解できない。

SNSに対して無知でよくわからなかったから私の名前をふせたと彼は言うが、今までいくらでも私にメールで話しかけて相談してくれるチャンスはあったが、彼はやらなかった。

彼はどこまでも「無意識に」利己的で、狡くて、自己正当化しか考えていない。

彼は私とは全く逆の考えかた、感じ方をする人間だ。彼は私だったらとても恥ずかしくて言えない言葉を平気で吐き、私が激しく痛みを感じるところでなんにも感じない。

「枯れ花を描き始めた時点に関しては福山さんの影響ではない」、

「僕は福山さんの絵が好きでしたが、僕の絵とは関係のないことです」、

「悩んでいるといったのは福山さんを心配してではなく今の自分の絵が福山さんの絵に似た雰囲気を醸し出していることについてです。そもそもそういう意味で書いたつもりです」

「福山さんの考えかたが好きでそれこそ『深層部に至るほど』の衝撃を受けましたがそれに己を重ねるつもりはなくその画家としての姿勢を学ぶ気はありません」

「真似と言われる筋合いもありません。これが収奪だとも思えません。」

「ナルシズムへの転換も何もそんなものはありません」

「あれは絵が良かったというよりは「藝大」という学校名とその値段の手軽さで売れたのです」

「無意識に似たとはいえ苦労してつくったものに違和感や恥を感じる意味がわかりません」

「そもそも人物を描くことに自分の何か重要な要素を感じることもありませんし、合わなかったからまた植物に戻っただけのことです」

「福山さんは途中からの要素でありそもそもの『枯れ花を描く』を作ったのは自分です」

「枯れ花は」「僕が一浪の時」、「もう2年以上前のこと」「受験対策用に家でこそこそやっていました。」「ですから枯れ花を描くのをやめる気はありません。」

「時間を掛けて自力で道を切り開いてきました。その程度の努力はできる人間であるつもりです。」

はあ?道理もつじつまも、私にはよく理解できないのですが。

二十歳そこそこで、こんな姑息なやりかたをしながら「人の心に何か少しでも揺さぶりをかけることができたらと思って絵をかいています」と言われても・・・。

確かに私が嫌悪感で激しく動揺するほど、あなたは人の心に揺さぶりをかけることに成功していますよ、としか言えない。

この件について、第3者に判断を委ねるつもりだ。

・・・

この400字詰め原稿用紙何十枚もある長い長い「絶対に自分は悪くない」という激昂メールも、まるで、以前はりつかれたN・Sというパクリストーカーのデジャブだ。

もちろん、今回と前回はあらゆる点が異なるが、しかし「福山さんに言われる筋合いはない」というようなセリフまでそっくり同じだ。

まったく共感能力がない異常性を感じる。

|

2019年1月29日 (火)

「影響」と「真似」の違い、わたしのものを自分のもののように思い込む人

1月28日

(スマホではサイドバーが見えないそうなので、今年から)署名として自分の絵のホームページを載せることにします。

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/pencil-drawing-watercolor-painting-1-tulip-anemone/

https://chisako-fukuyama.jimdo.com/

・・・

新年から酷く苦しんでいる。

最近になって急に、私の名をふせて私の枯れ花の絵に「近すぎている絵」を描いている二十歳くらいの若い画家のことだ。

私は、自分のブログに「ナルシズムのための他者からの収奪ほど、私が嫌悪するものはない」と繰り返し書いてきたつもりだ.。

なのにどうして、私のブログや絵をずっと見ていて、私に共感して「いいね」やリツイートをしてくれている人から、私がもっとも傷つく「収奪」をされなければならないのだろう。

彼は昨年4月の私の絵の展示にも、私が在廊していない時に来て、長いこと見ていたという。

どうして、(数少ない)私の味方かと信じて気を許していた人に、平気で私のもっとも大切なものを侵害されるのだろう。

私に「深く影響を受けた」なら、私の書いている言葉の意が理解できるなら、私から「収奪」だけは絶対やらないはずなのだが。

・・・

2、3年前の彼が浪人中から、お互いフォローしていた。自分と同じ日本画科を目指して頑張っている人と思い、また彼が私と同じに父親のことで苦しんでいるツイートを知って、心情的にとても応援していた。

彼は私の記事を何度も「いいね」やリツイートしている。私もたくさん「いいね」している。

しかし彼がやっていたのは「鍵付き」のツイッターだ。

彼が東京芸大日本画科に入学したと知った時には「おめでとうございます」とDMを送った。その時にメールで話した。

つい最近、とても久しぶりにツイッターにログインし、彼の「鍵つき」ツイッターの中身をふと見たら、

私の枯れ花の絵によく似た(友人、知人に見てもらっても「ちょっと似すぎている」と言われた)彼の絵(私はぎょっとした)と、

「以前は美人画を描くと言ってたのに、今植物ばかり描いている。

あるときふと見かけた存在(画家)に心の深層部に至るほど深く影響を受けて」(1月15日)

という彼の言葉を見つけた。

彼とは昨年5月にメールで会話したきりだ。その時、彼は美人画(人物画)をがんばっていたはずだ。

最後は私から出したメールに、彼が返信をくれなかったのでメールはとだえていた。

今の彼が私に「似すぎている」枯れ花の絵を描いていることに驚きすぎて、さんざん悩んだ末、私は彼に質問のメールを出した。

そのメールの返事で彼は、その「心の深層部に至るほど深く影響を受け」た「画家」とは私のことだと認めた。

彼は、彼の描いた枯れた花の絵を「完全に自分が1から創り出したものとは思えない」とまで言ってきた。

絵の「表面」だけをそっくりに類似させることは「影響」ではなく、もっとも安易な「真似」だ。

たとえば私が「師、毛利武彦の影響を受けた」と言う場合、それは師の生き方の姿勢を、不可能に決まっているが、少しでも真似ていきたいという意思のことであり、毛利先生自身が喜んでくださるような実践だけだ。

私本人がもっとも嫌がることをやりながら「深く影響を受け」などと、私の名前をふせて書かれていることは、気持ち悪い以外のなにものでもない。

いくらモダニズムの批評では「作品」と「作家」は別のものとして考えられる、と言っても、私にとって、私の表現は私の血と肉そのものだ。

「誓って盗作しようとしたわけでは無い」と言うが、描いている途中で、私の作風にあまりに似ていると本人が「自覚している」と言いながら発表、販売しているのはどういうことなのだろう。

私の絵を以前から知っていて、関心を持って見ていて、私の絵の展示も見に来ている以上、結果として著しく類似していることに「偶然の類似」は通らない。「意識」も「無意識」も同義だ。

「パクリをする気ではない証拠」に、彼は周囲の人に私のことを話している、と平気で言うのだが、公(鍵のかかっていないSNSなど)に、私自身が見られるかたちで、私の名前と彼の言葉を書いていないかぎり、私にとっては何の証拠にもならないことだ。

そして彼の作品を見る人、買う人に、いちいち私の名前を出していたわけがあるはずもなく、買った人にとって、彼の絵が私のような無名画家に類似していようがいまいが、興味のないことなのだ。

そこにあるのは「私の絵によく類似した表面」という事実だけだが、その絵は、まるで私の私秘的な苦しみの体験を「悶絶するそぶり」だけで真似られているような、私にとってはぎょっとするものだった。

ずっと「美人画」をやりたくて素朴な人物画を描いていた二十歳そこそこの男子学生の絵には、とても見えない。 その絵は 急に別人のように見える。

私が描いたものだと言っても、私の絵を知っている人に、おそらく通るだろう。

なんともやりきれない。

彼は自分の個性が確立できないことを「悩んでいる」だけで、作家としての私を自分がどれほど傷つけているかわかって、そのことを「悩んでいる」のではない。

私のメールへの返信も「連絡しにくい」からしなかったと言う。それなのに私の絵とそっくりな絵を描いて発表することは「しやすかった」から夢中でやったのか。

「福山さんの絵に似すぎていることをはっきり自覚しており」「いわゆる「パクリ」で絵を描いていくつもりは無い」と彼は言っているが、その絵が売れて、とても喜んでいる。

その事実に私は強い「違和感」を覚える。

本来の自分が描いてきた人物画ではなく、私の「絵に似すぎ」の絵が売れたことに、微塵の「違和感」も恥も感じずに有頂天になるのなら、私の苦しみから生まれ出ているものにそっくりのものが、もう既に自分独自のものと区別がつかなくなっているということではないのか。

「人物を描く中で徐々に違和感を感じ」、「他の方向性を求め、植物を描き始めた」と言うが、彼の言う「違和感」は、本当の批判精神や内省から出ていることばではなく、自分が高く評価されない時に感じる不全感ではないのだろうか。

人の絵に「似すぎていると自覚している絵」でも、他人に高く評価されてしまえば、これこそが自分の生きる道、だと有頂天になってしまうのかもしれない。

彼のやっていることすべてが、ほとんど無意識に、気持ちよくなる方向にずるずる流れていて、自分に都合よく歪んでいる。

認識したくないことを認識しない、楽しいことだけしたい、相手の苦しみは想像しない。

どうして本人から何も言ってきてくれないのだろう、とさんざん悩んでこちらからメールしたのだが、彼は、私がそっくりな絵を描かれることを、酷く嫌がっているということをわかりたくないようだ。

そんなことがわからない彼が、私から「深い影響を受けた」と言い、「弱さ」を主題にしようとしていることは、転倒以外の何ものでもないのではないか。

その「弱さ」は決して「傷つきやすさ」「過敏さ」ではなくて、「鈍さ」「狡さ」ではないのか。

自分の「弱さ」と「不安」に向き合わないで、私のエピゴーネンをやることが作家としての自立を模索する道なのでしょうか?

私が長年、困難に耐えながらやってきたものの真似で、偽りの自己実現をすれば、不安も緊張もなく、自分がすごい個性を持っているような気になり、気分が高揚することでしょう。

こんなことをやるために、苦労して親や教師の反対を押し切ってまで東京芸大に入ったのですか?

芸大に入学したばかりで、二十歳そこそこで、なんでも自由に試せる時期に、もうこんな姑息なことをするのか。

芸大には真似すべき人がたくさんいるでしょうに。私を標的にするなんてやめてほしい。

・・・

私が安易に収奪、侵害の標的にされるのは、私が無名だからだろう。

彼は「“知る人ぞ知る”イメージ。自分の求める緻密さがそこにあっったから。」と私の名前をふせて書いている。ぞっとする。

私がほとんど誰からも知られない「知る人ぞ知る」作家だから、安心して私の絵を自分の特別な秘密のように感じ、私に同一化したように似すぎた絵を描いてしまう。

そして自分が周囲の人とは異なる強烈な世界を持っているように思い込んで、気持ちよくなるのだと思う。

私の苦しみや困難から生まれているものが、相手のナルシズムに転化されるのが気持ち悪くてたまらない。

セクハラの構造と、ものすごくよく似ている。「惹かれる」「興味がある」と言って蹂躙するのは痴漢や強姦と同じだ。

私の絵を「好き」で、作家として認めてくれるならば、余計に相手に触れないように、気をつけて距離を保つべきなのに。

私はMeTooの酷く辛いセクハラ経験が山ほどある。けれど作品に関する蹂躙は、私にとってセクシャルハラスメントよりもずっとずっと辛い。

・・・

自分の実情に「違和感を感じ」、それから「福山さんに深い影響を受け」、この二つ言葉が出てきたらもう、デジャブで、背筋が怖気だつ。

「無意識に」「悪気はない」と言いながら「私の名前をふせて」自分のもののように発表され、勝手に同一化されて侵害された体験、そのトラウマがよみがえり、不安と嫌悪感で心臓がばくばく言い出す。

かつて私はN・Sという年下男性のパクリストーカーに数年はりつかれてなにもかもうっとりとパクられ、まとわりつかれるような嫌悪感で、心身ともに滅茶苦茶になりそうなくらいに悩まされたことがある。

また同じ悪夢のような被害が繰り返されている。

私の絵やブログに惹かれながら、私の名前を、決して自分の記事に書かないことが同じ。

元の作家(私)に対して、真似した「彼」のほうが偉そうに激怒してきているのも同じだ。

以前の時は文章そのほかのパクリ(N・Sには基本的な画力がなかったから、私の絵をそっくり真似ても似ていないものになっていた)、

しかし今回は、私の命の「絵」が真似されているのだ。

私の苦痛とやりきれなさは前回の比ではない。

|