日常

2018年3月29日 (木)

枝垂れ桜 / 胃腸炎

3月28日

4~5種類の薬を飲んでも胃酸が上がってきて吐き気がおさまらず。

午後3時、クリニックに行く。「普通なら治る頃なのになかなか治らないのは、虫垂炎など、変なところが炎症を起こしている可能性がある」と言われる。しかし熱はないので、私は違うと思う。

一応、腫瘍マーカーをはかる血液検査。

吐き気止めと抗生物質を入れた点滴を打たれる。点滴の商品名が「ユエキンキープ」。

点滴が終わりそうになったら自分で止めてからナースコール。ちゃびに一日おきに輸液をしていたことを思い出してたまらなくなる。

「薬をもう2種類追加しといたから。」と言われ、あとで確認したら、リタロクスと夜2錠の抗生物質だった。

抗生物質を飲んだら必ず胃が荒れて痛くなるのに、胃が荒れて苦しんでいる時に飲むわけない。先生に言うのもめんどくさいのでそのままもらって飲まなかった。

スーパーに寄るが、苦しくて食べられそうなものが見つからない。どれを食べても吐きそう。

帰宅して眠り、夜10時頃、起きたら胃酸過多が少しよくなっていた。温かいうどんを少々食べた。

3月29日 25℃

午前中、近所の禅寺で。ソメイヨシノと枝垂れ桜の饗宴。

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ツバキ。岩根絞り。華やかな獅子咲き。
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崑崙黒(こんろんぐろ)。風変わりで神秘的なツバキ。
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2時からマッサージ。

帰りに花屋に寄ったら、なんと非常に珍しくエステララインベルトがあった。10数年ぶり?3本買った。

近所の元耳鼻科の枝垂れ桜がみごとだったのでカメラをとってきて撮影。

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こちらは濃いピンクの枝垂れ桜と淡いピンクの枝垂れ桜、さらに手前に小さなユスラウメの饗宴。
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撮影して5時前に帰宅したら、猛烈にのどが渇いてきた。

今までぬるま湯を飲んでも胃酸が上がって吐きそうになっていた(脱水気味)のが、胃酸過多が治ったら、急に果物のジュースやスープが飲みたくてたまらなくなる。

とりあえず果汁100パーセントの桃のジュースを飲み、牛乳たっぷりのポタージュを鍋につくった。ポタージュスープがおいしくてカップに3杯飲んだ。「しげくに」のパンにチーズをのせたのを食べた。

水分をたくさん摂り、体重計に乗ったら41.6kgに増えていた。

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2018年3月27日 (火)

桜 / 胃腸炎

3月27日

善福寺川。満開の桜。

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ある橋のたもとで、かわいいカナヘビと出会った。Sdsc00108

コンクリートの割れ目から出て来ようとして様子をうかがいながら、外のお花見騒ぎに戸惑って、またおどおどと引っ込んだりしていた。
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石垣の割れ目からスミレとタンポポ。どこかでスミレを接写したい。
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20cmもある巨大輪椿。まるで牡丹のよう。

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白い八重の桃。
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朝からやはり胃が痛くてむかむかしていた。喉も乾いているので温かいミントティを2杯。

身体が栄養を欲しがっているのに、胃酸のきつさが食欲を奪う。薬でむかつきが少し抑えられると猛烈に食欲がわいてくる。しかし食べると吐く。

出かける前にトマトにマヨネーズをつけてひとかけのパンにはさんだものを食べた。

自転車で川まででかけ、散歩している時はなんとかだいじょうぶだったが、帰宅したらすぐに胃がでんぐり返って、2時間前に食べたものをお茶も含め全部吐いてしまった。吐き気止めも効かなかった。

体重を計ったら、ついに41kg。

とりあえず睡眠を多くとって絶食。

3月26日

午前中、クリニックへ。先週もらった胃腸の薬に、さらに吐き気止めを加えてもらう。星状神経ブロック注射。

2時から書道。胃がむかついてあまり集中できない。

4時からほぐしマッサージ。

アネモネミストラルの紫とワインの斑の花を描いている。ミストラルの変わった色味(斑)はアネモネの季節にもなかなか巡り合えない。

水声社さんから絵のレイアウトのラフが送られてくる。カラーページの再構成。

炊飯器に玄米のお粥と麹を入れて甘酒をつくってみた。飲みたいのに、飲むと米粒のもやもやとしたものが胃に触れただけでむかむかする。汁だけすくって飲んだ。

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2018年3月21日 (水)

浅草橋から東京駅

3月19日

A子ちゃんと11時40分に浅草橋待ち合わせ。まずは一緒にランチ。A子ちゃんは知る由もないパラボリカの独特の雰囲気を説明する。

そのあとパラボリカの私の展示に案内したが、間違えて12時30分に着いてしまい、まだ開廊していなかったので近所を散歩。

榊神社では岩根絞り、紅色の獅子咲き、薄桃色の八重など、数種の椿が咲き乱れていた。ソメイヨシノは枝の先のほうだけ咲いていた。

公園には薄桃色のぷっくりした八重の梅が満開で、まだ散っていなかった。

きょうは雨予報だったので私はカメラを持ってこなかった。

1時前にパラボリカにはいると思ったより明るくて、先日、日が暮れてから見た時より絵の色がきれいに見えた。

・・・

私はこの後、展示会場に行くのは、23日の1時頃、24日の12時頃、30日の夕方6時半頃、31日の2時過ぎを予定しています。

・・・

2時くらいに東京駅に移動し、八重洲地下街へ。お目当ての店がどこにあるのか、地図の表示がわかりにくくてウロウロ。

2時半頃、イタリアン系のお店でお酒を2杯ずつ飲んだ。

私はここ1か月、ずっと胃腸の調子が悪くて、一生懸命食べても42kg~43kg以上に体重を増やせないでいる。

うっかりポテトサラダを注文してしまったらハムがいっぱいはいっていて「ごめん、これ食べられない。A子ちゃん食べて。」と言ったら、「じゃ、お魚全部食べて。」と言われる。

A子ちゃんがスマホで撮ってくれたカルパッチョスタンド。

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私の女友達は皆すごくしっかりしていて情に厚くおおらかだ。歪んだり擦り切れたりしていない感情回路にすごくほっとする。

体力がなくて頼りない私にいろいろ世話をやいてくれて本当に感謝。

A子ちゃんより都会に住んでいる私のほうが、ほとんど東京駅に来ることもなく、巨大化した駅の中でまったく位置関係がわからない。A子ちゃんが丸の内線(店とは反対の方角)まで送ってくれた。

3月20日

きのうは友人と一緒だから食べられたが、やはり胃腸の調子が悪く、ついに近所のクリニックへ。

診察で仰向けに寝て、胃を押されたらすごく痛い。ストレスによる胃炎。

ラベプラゾールNa(胃酸の分泌を抑える)1日1錠、セレガスロン(胃潰瘍・胃炎)1日2錠、コロネル(腸内の水分量調整)1日3錠、ミヤBM(整腸)1日3包。

花輪和一さんと何度か電話でやりとりする。

3月21日

霙。すごく寒い。きのうは薬を飲んで少しよくなったと思ったのに、また胃がむかつく。冷えるのがよくないようだ。

ちゃびのことを思い出してまた涙。

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2018年2月12日 (月)

森島章人『アネモネ・雨滴』出版記念展  / 宇野昌磨  団体戦 / 誕生日 ChinamiさんとSkype

2月7日

『夜想』(ペヨトル工房) の今野裕一さんからメールをいただいた。

森島章人さんの『アネモネ、雨滴』展について、出品のお誘い。

今野さんは森島章人さんの歌がとても好きで、ずいぶん前から歌で展覧会をやりたいと思っていたと言う。私も森島さんの歌を讃える展示に参加できて幸せです。

森島章人『アネモネ・雨滴』出版記念展

311日~42日 Ⅰ期 バラボリカビス・マッティナ

46日~430日 Ⅱ期 パラボリカビス・コスタディーバ

参加作家

相場るい児

麻生志保

亀田尚子

建石修志

田村京子

日野まき

福山知佐子

槙宮サイ

間村俊一

渡邊加奈子

素敵な展覧会になりますように。

2月9日

あっというまにオリンピック開幕。フィギュア団体戦。

宇野昌磨のSP(ビバルディの『四季』から『冬』)の生命感溢れる演技。

足替えのシットスピンからコンビネーションスピンにむかう時の燃え上がるような表情に胸が熱くなった。

2月10日

2月は私の誕生月なので友人Gがお祝いをしてくれた。

私の好きな完全禁煙のおさかなのお店で、1000円のお刺身定食のランチ。

そして昼間から鳳凰美田純米吟醸酒(華麗な名前のままにおいしかったです)と流輝(るか)純米吟醸無濾過生酒(こちらも果物のように華やかでおいしかったです)を飲んだ。

誕生祝に、とっくの昔に廃番になっているヴィンテージのスイカズラの香水と、昔の絵本をいただいた。超レアなものばかり。

ヴィンテージのAVONのハニーサクル。すごい郷愁の香り。

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『ネコジャラ市の11人』(原作:井上ひさし・山崎忠明・山本譲久/ 音楽:宇野誠一郎/ 人形:片山昌(ひとみ座))の絵本。ガンバルニャンがものすごくかわいい。

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私の好きな植物いっぱいの狭い路地にて。

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まだ足元に雪が残っている。私の好きなヒメムカシヨモギの立ち枯れと。
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偶然迷い込んだ狭い路地裏で、錆びた窓ガラスを発見。
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近所のたくさんの植木鉢と。
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夜10時。イタリア在住のChinamiさんと初めてskype ビデオ通話。

とても感激。

Chinamiさんは、昨年6月、私の母が経口摂取できなくなって、もう最期だと私が追い詰められた頃に、はるかイタリアから連絡をくださったかただ。

それからずっと、母が亡くなり、ちゃびも亡くなり、私がどん底の時に、毎日のようにメールのやりとりをして遠くから支えてくださった人。

Chinamiさんには感謝の言葉がとても追いつかない。正直、私にそんなにしてくださるかたがいることが信じられないというか、実感が足りない。

今年は秋にChinamiさんに会いにイタリアに行く予定。緊張症でだらしなくてうっかり者の私がすごくご迷惑をおかけしてしまうのが怖いけれど。

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2018年2月 3日 (土)

花輪和一さんと電話 / skype不具合から復活

2月3日

花輪さんとまた電話で話す。

『みずほ草子』の中で、表紙の絵にもなっている「河童星」の葉富鏡(ハットミキョウ)のお話がとても素敵だった、と感想を言う。

「水がしみ出してしるところ」に「ショウブやセリやギシギシなどが生い繁り、草の根元に鏡を二つ置いて、交わったところを葉富鏡で、のぞいたら、」という表現。植物や小さな生命たちへのこの常なる観察力、感応力、発想、絵のみずみずしさは花輪和一特有だ。

花輪さんの描くセリやギシギシやフキやイタドリは、植物をすごくよく見て愛している人の絵。

そして河童も、花輪さんはよく出会って、見慣れているのかもしれない。

「お盆」の話の中で、ホタルブクロの中に頭をつっこんで、花粉まみれになって「あ~~いいったっていいよ!あ~いい。」と言っている人は、お母さんだよね、と言ったら「癖で顔描いちゃってるから意識できなかった」と。

「お母さんのことを許したから幸せそうに描いたんじゃないの?」と聞いたら、「許すわけないでしょ~、あんな~。」と言われた。

でも最近はけっこう忘れていて、鬱や淋しさはないそうだ。

裏表紙の絵になっている「温動玉」の物の怪たちもとてもかわいい。

「お犬様」のニホンオオカミの子のあどけなさは異様。

秩父の三峰神社は、花輪さんの故郷の地元から近い神社で、私がいつか行きたいと思っている青梅の御岳神社と同じく、お犬様(ニホンオオカミ)を祀っている。

若林奮先生も動物を祀っている神社に注目していた。私も夏に体力が許したら行ってみたい。阿吽のかたちに向き合っているお犬様を見たい。

2月1日

雪になる前の雨。夜、

花輪和一さんから新しい本『みずほ草紙』が届く。

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「ご母堂様とチャッピイ様につつしんでごめいふくをお祈り致します。お二方ともに、つくしにつくされて、誠に幸せであったことでしょう。出会いがあれば別れがある。悲しみの現実。大事なものを二つとも失った悲しみは巨大で深いことと、ご推察致します。」とあった。

(花輪さんはなぜかちゃびのことを最初からチャッピイと呼んでいる。)

お礼の電話をしたら「きのう出したばかりなのにもう着いたの?」と驚いていた。

雨は夜、湿った雪に変わる。

1月31日

skypeについて、マイクロソフト社から24時間以内に届くと言われた回答のメールが来ない。

以前のskypeから来たメールからクリックして飛ぶと、やはりログインはできる。なんでマイクロソフト社の人がログインできないと言ってパスワード変更までさせられたのか不明。

しかたなくまたサポートに電話。午前中に電話したが、混んでいるので3:30過ぎにかけなおしてもらうことになった。

本日担当してくれた人が、web用のskypeアプリをダウンロードしてくれたら、あっさり解決。以前のアカウントで普通に使用できるようになった。

いったいおととい担当してくれたマイクロソフトの人は何をやっていたのだろう?

1月29日

花輪和一さんとすごく久しぶりに電話で話す。

いきなり「今年は初夏にそちらに行こうかな、と思うんだけど。」と都合を聞いてみる。「いいですよ~。」との返事。

北海道に行くとしたら、できたら道東のトドワラ(一度だけ行ったことのある私の大好きな場所)に行きたいけど、一緒には無理だよね、と聞いたらその時になってみたら、もしかしたら一緒に行くかも、という応え。

私はまだ心身ともに元気とは言えないので、飛行機に乗って遠くに旅するのはすごく怖いのだが、今、花輪さんに会いに行かないともう行けなくなる気がして、とりあえずお伺いを立ててみた。

この前、最後に花輪さんと電話で話したのは、昨年6月に母がもう経口摂取できなくなった時。「どうか、酷いことにならないように、とにかく母にとって悪いことにならないようにお祈りしてくれる?」とお願いした。

そしてその通り、母は6月に栄養をまったく採れなくなってから、ほんの少しの水分点滴だけで穏やかに、4か月植物のように生存し、10月の初めに亡くなった。

私はスピリチュアルなことは全く信じない人間だが、毎回、花輪さんが心をこめて祈ってくれたことだけは最高に成就すると信じている(私が花輪さん個人の人柄を信じているからだ)。

母が10月に、ちゃびが11月に亡くなったことを話す。

「たいへんだったねえ。」と。

それ以来、かつて楽しかったことに興味がなくなり、散歩して写真を撮ることにも、食べ物にも、古着屋をひやかすことにも全然心がときめかない、と言ったら、「ちゃびは幸せだったと思うよ~。今、お母さんといっしょのところにいる。」と。

「どこかの県の物産展とか見るともうだめ。ああこれも、あれも母に食べさせてあげたかったな、って思って涙が出てくる。私自身は特になにも食べたくないんだけど。」と言うと、「今、お母さん、いろんなごちそうおなかいっぱい食べてるよ。」と。

「ちゃびは病気だったの?」と聞かれて、「まあ20歳で、人間で言ったら96歳くらいだからいろいろ弱ってて病気にはなってたんだろうと思うけど・・・結局老衰なのかな・・・」

「私の性格として、不自然な延命はやりたくないと思いつつも、やはり必死になってしまって、ネットで毎日検索して、心臓や食欲増進の薬に輸液、強制給餌、腸内環境を整えるサプリや抗酸化のサプリ数種類、日々の体調に寄り添って、やりすぎないように微量な調整をし、とにかくやれることはすべてやったんだけど、それでも自分が許せなくて。

もっといろいろ方法があったのじゃないか、自分にもっと知恵があればもう数日でもちゃびの命を延ばせたんじゃないかって、毎日泣いてる。」と言った。

「自分のためには絶対買わない大トロや中トロをすりつぶしてシリンジであげたんだけど、今もスーパーでまぐろのお刺身を見るだけで胸が苦しくて・・・」と言ったら、「ちゃびは幸せだね~。」と言われた。

私にはまだ、ちゃびが幸せだった、と自分を許せる実感がない。

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1月24日に「skypeのクレジットを使わないと5日後に消滅します」というメールが来て、ものすごく久しぶりに友人にskypeしようとしたら、使うことができなくなっていて呆然。

まず、いつもデスクトップに設置していたはずの自分のskypeのアイコンがない。ワンクリックで使えたはずのskypeにアクセスできない。アイコンを出すことすらできない。

受信したメールからskypeに飛んでみたがログインできない。新しいPCを購入した時点でマイクロソフトが自動的に設置していた新しいskypeアカウント(自分の日本語の本名)に飛んでしまう。

いろんなところをクリックしていたら、やっと前のskypeアカウントの画面が出たが、友人のs

kypeネームにWeb電話できなくなっている(友人のskypeがオフライン状態)。

しかたなく同じ友人の家電にskypeからかけたら、相手が応じたらしいことはわかったが、相手の声がこちらには全く聞こえず会話不能。すぐに私の家電から友人の家電にかけて確認(本当にばかみたいな徒労だ)。

友人はskypeにちゃんとログインしていると言う。だったらどうして友人とskypeで会話できないのか?

とりあえずこれでクレジットのお金を少々使うことができた(表示金額が減っている)ので17€ほどのクレジット消滅の危機だけは免れた。

今日、朝一番にマイクロソフト・プレミアム・サポートに電話。通じるまで20ぷんくらいかかり、その後アカウントとプレミアム・サポートの有効期限の確認。

そのあと技術担当の人から2時間以内に折り返し電話が来ると言われ、「外出しなければならないので、とにかく急いでください」と伝える。

技術担当の人がリモートコントロールで私のPCを操作してくれたが、なぜかskypeアカウントがロックされていると言われた(つい昨日はログインできたのに?)。

(マイクロソフトが勝手に設置していた私にとって不要な)skypeアカウントにログインできないと言われ、マイクロソフトパスワードの変更を余儀なくされる。おかげでPCスリープ時に入力するパスワードが以前のよりも長くなり、めんどくさくなった。

リモートではどうにもskypeにログインできず(なぜ?)、その技術担当の人がマイクロソフトの別部門にメールで回答を求める、ということになってしまった。

その時に、いつも使用している以外のメールアドレスを求められ、私は携帯を持っていないので他にメルアドはない、と応えると、またまた問題になる。

新しいメルアドをつくることになり、技術担当の人が私名義のヤフーのメルアドを取得しようとしてなぜか失敗。

次にGメールのメルアドを取得するよう試みる。メルアドの最初のネームを何度か入力するも、「すでに使われている」という注意書きが表示される。そんなに急に言われても気の利いたメルアドが思い浮かばない。

咄嗟に浮かんだあまり気乗りしないメルアドが取得でき、やっとこさでマイクロソフト社のskype部門にメールで質問を送るところまでできた。

24時間以内に回答がGメールに来るという。悲観的な私は、これから送られて来る回答が理解不能で、これからまたずいぶん余計な苦労をしそうな予感に震える。

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2018年1月28日 (日)

次の本のための絵の画像調整 / 大雪とちゃび / 書道

1月27日

カメラマンさん宅にて、撮影していただいた絵の画像をチェックし、鉛筆の線の強さ、水彩の色味、紙のグレーの濃度などの調整。前のカメラマンさんの撮影した画像とのすり合わせ。

今度のカメラマンさんの機材はキャノン・イオス。画質調整用のソフトで見ると、印刷に適した自然に近い色に見える。特に朱色が、うちのウィンドウズの画面で見た時のぎらぎらして蛍光色っぽく見える朱色とは全く違う。

前のカメラマンさんの機材はフジフィルムのカメラだったらしい。

鉛筆の線のかすれを、キャノンは点でとらえ、フジは面でとらえる感じ。フジのカメラのほうが鉛筆の色がグレーっぽく写っている。

雪が解けずに残っていて、風もあり、とても寒い。都心は53年ぶりに2日連続でマイナス3℃を下回ったとか、48年ぶりにマイナス4℃を記録したとか・・・電車の中でも皆が寒波の話で持ち切り。

帰りにまた日本酒を飲んだ。「こなき純米」と「酔鯨純米吟醸」。禁酒したいが、寒いのでつい飲んでしまう。

なぜか店員さんは「こなき純米」ではなく「こなきじじい」と呼んで注文をとっている。飾ってあった一升瓶に「お化けもびっくりの辛口!」と書いてあった。

1月22日

東京は4年ぶりの大雪。

ボアネックロールで耳が冷えないようにし、洗える布製マスクをし、アンダーシャツの上に3か所使い捨てカイロを貼り、フリース、コート、エアテックパンツの下にスパッツをはいて書道に出かけた。

私の場合、耳がもっとも冷えやすく、耳が冷たく痛くなると同時に激しい頭痛と吐き気に苦しむので、ボアネックロールが非常に役に立った。

書道の記録。

壽似春山(壽の字のかたちが違うけれど)。先生のお手本。

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下が私の書いた字。
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「壽」の字は何度書いてもうまく書けず、ボロクソ。美しい「壽」のかたちを自分でうまくイメージできないので、上手に修正することができない。

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「はね」の部分は、最終的に提出した字では修正することができた。

先生からお年賀をいただいた。とってもかわいいわんちゃんの墨。こういうのはかわいそうで使う気になれないので飾っておくしかない。

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横殴りの雪の中をスニーカーでよたよた歩き、滑って転倒しそうになって脚の筋肉を傷めた。

帰宅してから、ちゃびがいた時のことを激しく思い起こして、涙が止まらなかった。

外がどんなに寒くて雪が降っていても、部屋の中にちゃびがいてくれて、オイルヒーターのところにまあるくなって寝ていてくれたから、冷たい外気も、ことさらに嬉しく感じられた。

4年前の雪の日、私はカメラを持って雪の中に繰り出して、写真を撮ることが楽しかった。

今は雪の写真を撮る気にもなれない。

ちゃびの存在はあまりにも大きすぎて、あの愛おしさ、あの愛情関係の充足感を知っている今は、なにもかもが、それより劣って虚しく感じる。

寒い日は特にちゃびが愛おしくて、苦しくてたまらない。

どうしても「今、どこにいるの?」とさがしてしまう。

宮西計三の「月の園」(けいせい出版『金色の花嫁』)のなかの、「あなたが死んだ私 すべてが恐いの!」というセリフが頭の中をめぐっている。

2015年、私の膝の上のちゃび。

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2014年のちゃび。

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2011年のちゃび。

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生まれて2か月目くらいのちゃびとコナ。

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2016年5月26日 (木)

阿部弘一先生からの原稿 / 顔の湿疹

5月24日

詩人の阿部弘一先生より荷物が届く。たいへん大切なものだ。

阿部弘一詩集『測量師』、『風景論』などの原稿、それらの詩集の毛利武彦の表紙絵。

私の師である毛利武彦先生からの阿部弘一先生への長年にわたる書簡。

ていねいに分類して年代順にまとめて、それぞれを紙紐で結んであった。

これらは、拝読させていただいてから世田谷文学館に収めたいと思っている。

阿部先生に電話し、大切なお荷物を拝受したことを伝える。奥様の介護がたいへんなご様子だったが、とても久しぶりに阿部先生のお元気な声を聞けてほっとする。

阿部先生のお話によると、1948年に慶應義塾高等学校が発足したときから、毛利武彦先生は美術の教師を勤められ、その2、3年後に阿部先生は事務職として同校に勤められたそうだ。

もともと絵がお好きだった阿部先生は美術科の部屋を訪れ、毛利先生と親しくなられた。そして阿部弘一第一詩集『野火』を出されるときに毛利先生が装丁をしてくれることになったそうだ。

お二人とも学生だった時に戦争を体験され、戦争が終わった20歳代に知り合って、その後、一生親友となる。

阿部弘一の詩がもっと多くの人に読まれるように、願いをこめて書影をのせておきます。装幀、カバー絵はすべて毛利武彦。

阿部弘一第一詩集『野火』(1961年)奥付及び扉は「世代社」となっている。詩集『野火』の中身が刷り上がり、あとはカバーだけという時に、社名が「思潮社」に改称された。

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詩集『測量師』(1987年思潮社)。

この毛利先生の描いたたんぽぽの穂綿は、私の大好きな絵だ。

たんぽぽの穂綿を描いた絵は数多くあるが、さすがに毛利武彦は冠毛の描き方が非凡だと思う。もっとも不思議で、すべてをものがたる冠毛の形状と位置を選んで描かれている。
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詩集『風景論』(1996年思潮社)
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帯があるとわかりにくいが、左向きの馬の絵だ。遠くにも人を乗せて走る馬がいて、手前の馬のたてがみは嵐にたなびく草のようにも見える。

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この『風景論』で阿部弘一先生は第14回現代詩人賞を受賞された。

この授賞式に毛利先生ご夫妻に誘われて伺った私は、その会場で、間近に踊る大野一雄の「天道地道」を見て、魂を奪われた。

毛利やすみ先生から毛利武彦先生の書いた阿部弘一先生の受賞に寄せるお祝いの言葉の原稿を送っていただいているので、ここにのせておく。私は師毛利武彦の文字を見るたび、師の絵と同じ質の知性と美しさと力強さに圧倒されて胸が苦しくなってしまうのです。

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阿部弘一先生が翻訳された本にはフランシス・ポンジュ『物の見方』、『表現の炎』などがある。また思潮社の現代詩文庫『阿部弘一詩集』がある。

阿部先生と電話でお話しさせていただいてとても嬉しかったことは、『風景論』からあとの詩をまとめることについて、本にしたい、と確かにおっしゃったことだ。

「もし、まとめられたら。本にして知り合いに配りたいけど、みんな死んじゃったからなあ。ポンジュも亡くなったしね・・・。」とおっしゃられたが、未知の読者のために本をつくってほしい。「嶋岡晨はいるな。あいつは昔から暴れん坊だった。」とも。

阿部先生は、彫刻家毛利武士郎(私の師毛利武彦の兄弟)の図録や、巨大な椿図鑑も、「自分が持っていてもしかたないから、渡したい」と私におっしゃる。

椿図鑑は宮内庁がまとめたもので、宅急便では送れないほど巨大なのだそうだ。私などがいただいてよいのか自信がない。うちはすごく狭いので、貴重な大きな図鑑をきれいに見る大きな机もないし、大切に保管するスペースがないのだ。

私は椿の花が好きだが、椿図鑑に関しては、私より、その本にふさわしい人がどこかにいそうだ。

大切にしていたものを誰かに託したい、という気持ちを、私は私で、最近切実に感じることが多くなっている。

自分が持っているより、それを使って生き生きする人に、それを託したい、と思う気持ち。

私の持ち物(絵画作品や本)は、いったい誰がもらってくれるのだろう、と考えることがよくある。それを考えるとすごく苦しくなる。

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毎年、春になると苦しめられる顔の皮膚の乾燥と湿疹について。

昨晩、唇にプロペト(白色ワセリン)をべたべたに塗って寝たが、唇が痛いと同時に唇のまわりがかゆくて安眠できなかった。

朝、鏡を見たら口のまわりに真っ赤な痒い湿疹ができていた。

唇は皮が剥けて、縦皺がなくなるくらいパンパンに真っ赤に腫れあがり、唇の中にも爛れたような湿疹ができている。

プロペトとヒルドイドクリームを塗るがおさまらない。どんどんじくじくしてきて、爛れがひどくなってくる。

唇全体が傷のようになってしまい、痛くて口をすぼめたり広げたりすることができない。しゃべるのも食べるのも苦痛。口を動かさなくてもじんじんと痛い状態。

毎年、4月、5月になると皮膚が乾いてチクチク、ピリピリ痛み、特に唇が酷く乾燥して真っ赤に剥けてしまう。常に唇にべったりプロペトを塗っているのだが治らない。

きのうあたりから唇の荒れがますます酷く、歯磨き粉が口のまわりに沁みて涙が出るほど。味噌汁など塩分のあるものも沁みて飲めない。口にする何もかもが刺激物となり、皮膚が炎症を起こして爛れてしまったみたい。

紫外線にかぶれる体質なので5時30分頃を待ち、マスクをして皮膚科に行く。

タリオン(抗ヒスタミンH1拮抗薬)10mg朝夕

ビブラマイシン(抗生物質)100mg夕

ロコイド軟膏0.1パーセント

夕食はハンペンとパンケーキ、豆乳、ヨーグルトですませ、夜9時にタリオンとビブラマイシンを飲んだら、10時半には痛みと痒みが少しおさまってきた。

5月23日

31度。真夏のように暑い日。

このところ、ずっと顔が乾いて、特に唇が痛くてたまらない。

とにかく洗顔で顔をこするのをやめようと思い、2週間くらい日焼け止めも塗らないで夕方5時以降しか外に出ないようにしようと決めていた。

しかし今日は2時から書道の日だったので、紫外線吸収剤フリーの日焼け止めを塗って日傘を差して、1時半頃に出かけた。

その後、唇の痛みが酷くなり、まともに食事ができない。

夜中、寝ているあいだ、やたらに口のまわりがざらざらして痒い。寝ているあいだに顔を掻いてしまう。

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2016年4月 8日 (金)

桜 / S木R太との仕事が大きな山を越える

4月8日

きょう、ひとつの大きな仕事が山を越えた。

R太が昨晩2時過ぎまで、今朝も朝から頑張ってくれたおかげで、私自身のやることは少なかった。

この二か月、普段の私にはあり得ないほど、たくさんの人(自分の仕事関係とは、まったく違う世界の人たち)と会い、落ち着いて絵もかけないほど慌ただしくしていた。私のまったくの専門外のことで、的確にサポートしてくれる人を捜していたのだ。

皆、それぞれ違う見解を提示する中で、誰が私にとって最も有益な提案をするか、誰が誠実かの判断を迫られた。

その中でS木R太が本当によく対応してくれた。

最初電話で話した時は、舌足らずのしゃべりで、どんな浮ついた男が来るのかと思ったが、実際の容貌はすごく落ち着いていて、仕事熱心だった。顔立ちは要潤に似ている。顎がしっかりしている骨格の構造上、舌足らずになっているみたいだ。

彼は歳を隠していたので32才くらいかと思ったら、何回か会ったあとて24才と聞いて驚いた。

彼は私が好奇心にまかせてする専門的な知識に関しての質問にも、迅速かつ的確に、過不足なくメールで応えてくれた。

私にとって重要なこと、これだけは譲れないことについて、ほとんど理解されることがないので普段、あまり人に話すことはない。

それが意外なほど話しやすかったのは、R太が非常に正直で、かつ温和で柔軟な性格であり、面倒な仕事を物ともせず、馬車馬のように働くことを楽しいと感じるような人だったからだ。

彼には私の細かさ、気難しさを苦とも思わず対応してくれる誠実さと、理解力、判断力、行動力があった。

打ち合わせの時は、どこにいても禁煙で肉料理の匂いのしない店をさっと選んで連れて行ってくれた。それで私は人と会う時の過剰なストレスを感じないですんだ。

R太の実家の室内で飼っていたゴールデンレトリバーの姫ちゃんは、すごく大切にされて、子宮癌の手術も乗り越え、大型犬は寿命が短いにも関わらず18歳まで生きたそうだ。

動物が結んでくれた縁だと思っている。

彼の母親は、イギリス人の血が混じる非常にヴァイタリティのある自立した女性だそうだ。そのせいか彼も小学生の頃から自立心旺盛だったらしい。

4月3日

善福寺川沿いの桜を見に行く。薄灰色の空の下、桜は紅を増して見えた。

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松ノ木グラウンドの近く。毎年、淡い刺繍糸のような細い若葉がそよぐのを見るのを楽しみにしていた大きな柳の木が切られてしまっていたのが悲しい。
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両脇に籔椿と乙女椿が咲き、天井は桜のアーチになっている、私の好きな場所。曇り空で写真ではわかりにくいが、桜の花で空が塞がれている。

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昔は花見客のための旅館が連なっている一大観光地だっという瓢箪池の横を抜け、川に沿って荻窪方面へ歩く。

いくつかの子ども公園を過ぎ、五日市街道を渡ると、ここらへんにこんなに人が住んでいたのかと思うほどたくさんの人が、川の両脇の道にシートを広げてお花見をしていた。

毎年桜の季節にここに来る、相生橋からの眺め(川下側)。両側にびっしりソメイヨシノ。
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相生橋からの眺め(川上側)。こちら側には緑と白の点描の山桜が多い。

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大好きだった阿佐ヶ谷住宅(前川國男1905-1986が設計した今はない集合住宅)の近くの川べり。
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4月1日

所用で九段下に行く。帰りにお堀の桜を見た。

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お堀の柵には、たくさんの人が乗り出して桜の写真を撮っていたが、お堀の中は人が入れないので、とても静かな写真が撮れる。

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曇り空。強風。咲いたばかりなのに、灰緑の水の上には花筏が浮かんでいた。

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桜の下に一面の蕗の薹の花。

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きょうはS田さんとの打ち合わせだった。

R太の上司のS田さんもまだ27歳で、容貌はR太以上に華やかな チャームを持っている。彼もまた、親 がロシアとのハーフだそうだ。S田さんは仕事に厳しく、可愛い顔をして「鬼軍曹」と呼ばれているらしい。

3月27日

桜より一足早く満開になった雪柳と。

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ミモザの花は3月の半ばに満開だった。今は茶色い金平糖のようになって枝にくっついたままだ。

大宮八幡宮の桜は三分咲きだった。

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