ちゅび、LGLリンパ腫/ 次の本の制作(文章)
2月25日(水)雨 13℃
寒くて陰鬱な雨。
薬(セレニア)、輸液、給餌(栄養ちゅーる3本と高カロリーちゅーる1本)。
2月24日(火)
うちのドアの下部分が錆びて膨張してしまったのでドアを変えることになり、その工事の日。
朝9時に業者さんが来るというのでその3時間前に起床。疲れた。
ちゅびは私の顔を見ると「にゃあ!」と鳴いて近寄るとゴロゴロ。
午前中からビールを飲んでちゅびを撫でていた。
眠くて床に横になると、久しぶりに(手術後、初めて)私の股のあいだでゴロゴロ言いながら寝た。
あまりにもガリガリに痩せてしまったので私が寝返りを打ったら踏みつぶしそうで、ずっと一緒に寝るのが怖かったのだけど。
ちゅびが入ってきたので私はじっと動かないようにしていたが、気がつくと眠ってしまった。
電気毛布が熱かったようで、しばらくするとちゅびは私の顔の右横に頭を出していた。
3時頃給餌。
ちゅびは今日、なぜか割と元気に動き回っていた。ひとりで椅子から降りて歩き回ったり、」また椅子に乗って寝たり。
後ろ脚が麻痺しているのだが、横座りでなく、なんとかしゃがんでおしっこもしていた。
私は疲労のせいで長い耳鳴り(左耳)が3回あった。ずっと緊張性の頭痛。
顔の浮腫が酷くて頬や目の周りを軽く押しても痛い。
次の本の原稿の締め切りで朝も文章を推敲していた。なんとか頭が動かしたが、冴えていないと思う。
一応の決定稿を提出。帰りの電車の中でもう一度文章を読み直したら2文字、脱落していた。
薬、輸液、給餌。
5時頃ギャラリー十二社ハイデへ。
私が誘った大船のT・Jさんが来てくれていた。もうすぐ新しい仕事をするそうで、よかった。
2月22日(日)
ギャラリー十二社ハイデに1時過ぎに行く。
今日はアガサさんのご家族がみえていた。
そのあとちゅびのところへ。薬、給餌。
夜、次の本のあとがきの文章を修正する。頭と首と肩と背中が痛くて、朦朧として詩的なことばが出てこない。
2月21日(土)
ちゅびがうんこがしたくて何度もトイレに行って一晩中砂を掻いている、ということで、朝11時半に病院に連れて行くことになった。
10時50分に吐き気止めを何とか飲ませて、病院で給餌してもらおうとしたが、
病院でうんこを絞ってもらった(苦しがっていた)あと輸液してもらい、給餌の用意をする時に吐きあげる動作があったので、病院では給餌を諦めた。
病院で1時間以上待たされて、ずいぶん時間が押してしまった。
1時半くらいに帰宅して軽食をとり、事務所に行って私が給餌。
私が給餌したほうが病院で給餌するよりは嫌がっていない。
・・・
きょうはギャラリー十二社ハイデのアガサ森田・芍薬アカデミー二人展「絵と音の彫刻」の初日。
4時半頃にギャラリーへ。
おふたりの親しいお友達がいらしていました。
(アガサ森田さん、芍薬アカデミーさん、エミリー村山さん)
おふたりは初めてのお客さんにもひとりひとりにたいへん丁寧に接しておられた。
・・・
その後、モチーフを用意し、6時からデッサン教室。
デッサン教室が終わる頃に3月にやる劇団の人たちが見学に来ると聞いていたが、7時半すぎても来てくれないので焦っていた。
デッサン指導中は気が張っているので感じないのだが、デッサン教室が終わった8時には、疲労困憊と空腹でめまいがした。
劇団の人たちが8時を過ぎてから来られたので驚いた。
測量をされていたが、その25分くらいのあいだ、めまいと頭痛と吐き気で倒れそうなほど苦しかった。
あとでメールで「デッサン教室の邪魔になると思って7時半から8時まで外で待っていた」と聞いて、本当に驚いた。
デッサン教室を邪魔したくないなら6時前の展示の時間に来てほしい。
1時から6時まで展示しているので、ギャラリー見学だけの人も展覧会に来るのは大歓迎だ。私が対応する必要もない。
8時はギャラリーを閉める時間で、そこで限界。それ以上の時間は心身ともに無理。
過労で体調悪いので、1分1秒でも早く帰宅して自分の本の制作の仕事をしたい。
2月20日(金)
薬、給餌。
ずっとあとがきの文章を考えている。
今日はアガサ森田・芍薬アカデミー二人展の搬入なので、ギャラリー十二社ハイデに寄ってみようとしたが遅くなった。
4時半ごろ、坂の下の道でちょうど帰宅途中の二人に会った。
それからひとりでギャラリーを見に行ったが、バランスよく展示してあった。
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